本発明は、変速比が異なる複数のギヤ段を有する遊星歯車式、平行軸式などの有段変速機を備えている車両用駆動装置に適用される。
また、本発明は、アクセルが踏込み操作されたパワーON時のアップシフトで、係合側摩擦係合装置の係合トルクに基づいて入力軸回転速度を強制的に低下させる場合に適用される。
振動抑制手段は、例えば第2発明のようにフィルター手段を用いて出力トルクを増大補正するように構成されるが、イナーシャ相終了時の出力トルク変化量を計算によって推定し、その出力トルク変化量に応じて予め定められた補正トルクだけ出力トルクを増大させるようにしても良いなど、種々の態様が可能である。この振動抑制手段は、捩り振動が完全に相殺されて無くなるようにすることが望ましいが、必ずしも容易でないため、出力トルクの増大補正で捩り振動を少しでも低減できるものであれば良い。
上記出力トルクの補正時間(所定時間)は、例えば動力伝達系の固有振動数ωを予め実験等により求め、その振動周期の1/4程度とすれば良く、予め実験等によって設定される。第2発明における補正時間(所定時間)は、フィルター手段によって求められる制振トルクTH (t)と出力トルクTo(t)との関係で自動的に定まるが、結果的に動力伝達系の固有振動数ωの振動周期の1/4程度の間だけ出力トルクが大きく増大補正される。
出力トルクを一時的に増大させる具体的な手段は、例えば自動変速機よりも手前(上流側)に配設されるエンジンや電動モータ等の走行用の動力源のトルクを一時的に増大させれば良いが、自動変速機の下流側に設けた電動モータ等を用いて出力トルクを増大させることも可能である。発電機で回生制御を行う場合には、その回生トルクの制御で出力トルクを増大補正することもできるなど、種々の態様が可能である。
ガソリンエンジン等の内燃機関で出力トルクを補正する場合には、実際にトルクが変化するまでの応答遅れを考慮する必要があり、スロットル制御などを前出して行うことが望ましいが、例えば出力トルクの補正量を考慮して予めスロットル弁開度を開いておくとともに、点火時期の遅角制御で所定トルクまで低下させ、イナーシャ相の終了時に点火時期の遅角量を変更することにより、内燃機関のトルクを高い応答性で増大させることができる。
第2発明で、出力トルクTo(t)から制振トルクTH (t)を求めるフィルターG(s)は、例えば車両の振動特性C(s)を次式(1) で示すように2次の応答遅れで車両毎に予め実験的に求め、この振動特性C(s)に基づいて(2) 式のように設定することができる。(1) 式は、動力伝達系の捩り振動に基づいて設定されるが、シャシー系の振動も考慮することが望ましい。(2) 式の分子は進みフィルターで分母は遅れフィルターであり、周波数ωn は、進みフィルターおよび遅れフィルターを合成したフィルターG(s)の減衰のピークが車両の固有振動数ωと略一致するように設定される。減衰係数ζ1 、ζ2 は、所定の減衰性能を確保しつつ所定の応答性が得られるように適宜定められるが、(2) 式の分母である遅れフィルターだけでも固有振動を減衰する効果は得られる。
C(s)=ω2 /(s2 +2ζωs+ω2) ・・・(1)
但し、ω:動力伝達系の固有振動数〔Hz〕
ζ:減衰係数
s:複素数
G(s)=(s2 +2ζ1 ωn s+ωn 2)/(s2 +2ζ2 ωn s+ωn 2)
・・・(2)
但し、ωn :周波数〔Hz〕
ζ1 :進みフィルターの減衰係数
ζ2 :遅れフィルターの減衰係数
s:複素数
出力トルクTo(t)および制振トルクTH (t)は、何れも時間tの経過と共に変化するもので、出力トルクTo(t)の変化が小さい時には制振トルクTH (t)は出力トルクTo(t)と略同じ値であるが、出力トルクTo(t)が急に大きく変化した場合には、制振トルクTH (t)は出力トルクTo(t)から大きく離隔する。この離隔は、動力伝達系の捩り振動や駆動トルクの振動を意味し、制振トルクTH (t)と出力トルクTo(t)との差トルクΔT(t)だけ実際の出力トルクを増大させることにより、捩り振動が相殺されて駆動トルクの振動が抑制される。
動力源の出力制御で出力トルクを増大補正する場合、前記係合側摩擦係合装置の伝達トルクがトルク容量の限界を超えると、その係合側摩擦係合装置がスリップして変速ショックが悪化するため、トルク容量の限界を超えないように、上記制振トルクTH (t)にガードをかけたり、或いは差トルクΔT(t)だけ出力トルクを増大させるために出力制御が行われる動力源のトルクにガードをかけたりすることが望ましい。
本発明の実施に際しては、イナーシャ相でイナーシャトルクによって駆動トルクが増加することを防止するためのトルクダウン制御は必ずしも必要ないが、イナーシャ相でトルクダウン制御を行うとともに、イナーシャ相終了時に本発明の出力トルクの増大補正を行うことも勿論可能である。
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図3は、本発明が適用された車両用駆動装置8の概略構成を制御系統と共に示すブロック線図で、FR(フロントエンジン・リヤドライブ)車両用のものであり、ガソリンエンジンやディーゼルエンジン等の内燃機関によって構成されているエンジン30の出力は、トルクコンバータ32、自動変速機10、プロペラシャフト34、差動歯車装置36、および左右の車軸38L、38Rを経て左右の駆動輪40L、40Rへ伝達される。エンジン30は車両走行用の動力源で、トルクコンバータ32は流体式動力伝達装置であり、自動変速機10の出力軸24(図1参照)、プロペラシャフト34、差動歯車装置36、車軸38L、38R等によって、自動変速機10から駆動輪40L、40Rまでの動力伝達系42が構成されている。
自動変速機10は、図1の(a) に示す骨子図から明らかなように、ダブルピニオン型の第1遊星歯車装置12を主体として構成されている第1変速部14と、シングルピニオン型の第2遊星歯車装置16およびダブルピニオン型の第3遊星歯車装置18を主体として構成されている第2変速部20とを同軸線上に有し、入力軸22の回転を変速して出力軸24から出力するもので、図1の(b) は複数の変速段を成立させる際の係合要素の作動状態を説明する作動表である。入力軸22は入力部材に相当するもので、トルクコンバータ32のタービン軸であり、出力軸24は出力部材に相当するもので、等速ジョイント等を介してプロペラシャフト34に連結されている。なお、自動変速機10およびトルクコンバータ32は中心線に対して略対称的に構成されており、図1の(a) では中心線の下半分が省略されている。
図2は、上記自動変速機10の第1変速部14および第2変速部20の各回転要素(サンギヤS1〜S3、キャリアCA1〜CA3、リングギヤR1〜R3)の回転速度を直線で表すことができる共線図で、下の横線が回転速度「0」で、上の横線が回転速度「1.0」すなわち入力軸22と同じ回転速度であり、クラッチC1〜C4、ブレーキB1、B2の作動状態(係合、解放)に応じて第1速ギヤ段「1st」〜第8速ギヤ段「8th」の8つの前進ギヤ段が成立させられるとともに、第1後進ギヤ段「Rev1」および第2後進ギヤ段「Rev2」の2つの後進ギヤ段が成立させられる。図1の(b) の作動表は、上記各ギヤ段とクラッチC1〜C4、ブレーキB1、B2の作動状態との関係をまとめたもので、「○」は係合、「◎)」はエンジンブレーキ時のみ係合を表している。第1速ギヤ段「1st」を成立させるブレーキB2には並列に一方向クラッチF1が設けられているため、発進時(加速時)には必ずしもブレーキB2を係合させる必要は無いのである。また、各ギヤ段の変速比(=入力軸回転速度NIN/出力軸回転速度NOUT )は、第1遊星歯車装置12、第2遊星歯車装置16、および第3遊星歯車装置18の各ギヤ比(=サンギヤの歯数/リングギヤの歯数)ρ1、ρ2、ρ3によって適宜定められ、第1速ギヤ段「1st」の変速比が最も大きく、高速側(第8速ギヤ段「8th」側)程小さくなる。なお、図1(a) の符号26はトランスミッションケースで、符号48は機械式のオイルポンプである。
このように本実施例の自動変速機10は、複数の係合装置すなわちクラッチC1〜C4、およびブレーキB1、B2(以下、特に区別しない場合は単にクラッチC、ブレーキBという)を選択的に係合させることにより変速比が異なる複数のギヤ段を成立させるものであり、図1(b) の作動表から明らかなように、クラッチCおよびブレーキBの何れか2つを掴み替える所謂クラッチツークラッチにより連続するギヤ段の変速を行うことができる。これ等のクラッチCおよびブレーキBは、多板式のクラッチやブレーキなど油圧アクチュエータによって係合制御される油圧式摩擦係合装置であり、油圧制御回路98(図3参照)に設けられたソレノイドバルブやリニアソレノイドバルブの励磁、非励磁、或いは電流値制御などにより、係合、解放状態が切り換えられるとともに係合、解放時の過渡油圧などが制御される。
図5は、油圧制御回路98のうちクラッチC1〜C4、およびブレーキB1、B2の各油圧アクチュエータ(油圧シリンダ)AC1、AC2、AC3、AC4、AB1、AB2の作動を制御するリニアソレノイド弁SL1〜SL6に関する回路図である。各油圧アクチュエータAC1、AC2、AC3、AC4、AB1、AB2には、ライン油圧PLがそれぞれリニアソレノイド弁SL1〜SL6により電子制御装置90からの指令信号に応じた係合油圧PC1、PC2、PC3、PC4、PB1、PB2に調圧されてそれぞれ直接的に供給されるようになっている。このライン油圧PLは、エンジン30により回転駆動される機械式のオイルポンプ48(図1参照)から発生する油圧を元圧として図示しないリリーフ型調圧弁(レギュレータバルブ)によって、アクセル操作量Acc或いはスロットル弁開度θTHで表されるエンジン負荷等に応じた値に調圧されるようになっている。リニアソレノイド弁SL1〜SL6は、基本的には何れも同じ構成で、電子制御装置90により独立に励磁、非励磁され、各油圧アクチュエータAC1、AC2、AC3、AC4、AB1、AB2の油圧が独立に調圧制御されてクラッチC1〜C4、およびブレーキB1、B2の係合油圧PC1、PC2、PC3、PC4、PB1、PB2が制御される。そして、自動変速機10は、図1(b) の係合作動表に示すように所定のクラッチC、ブレーキBが係合させられることによって各ギヤ段が成立させられる。
図3において、アクセルペダル50の操作量であるアクセル操作量Accがアクセル操作量センサ52により検出されるとともに、そのアクセル操作量Accを表す信号が電子制御装置90に供給されるようになっている。アクセルペダル50は、運転者の出力要求量に応じて大きく踏み込み操作されるもので、アクセル操作部材に相当し、アクセル操作量Accは出力要求量に相当する。また、エンジン30の回転速度NEを検出するためのエンジン回転速度センサ58、エンジン30の吸入空気量Qを検出するための吸入空気量センサ60、吸入空気の温度TA を検出するための吸入空気温度センサ62、エンジン30の電子スロットル弁92の全閉状態(アイドル状態)およびその開度θTHを検出するためのアイドルスイッチ付スロットルセンサ64、車速V(出力軸24の回転速度NOUT に対応)を検出するための車速センサ66、エンジン30の冷却水温TW を検出するための冷却水温センサ68、常用ブレーキであるフットブレーキの操作の有無を検出するためのブレーキスイッチ70、シフトレバー72のレバーポジション(操作位置)PSHを検出するためのレバーポジションセンサ74、タービン回転速度NT(=入力軸22の回転速度NIN)を検出するためのタービン回転速度センサ76、前記第2遊星歯車装置16のサンギヤS2の回転速度NS2を検出するためのNS2回転速度センサ77、油圧制御回路98内の作動油の温度であるAT油温TOIL を検出するためのAT油温センサ78、アップシフトスイッチ80、ダウンシフトスイッチ82などが設けられており、それらのセンサやスイッチから、エンジン回転速度NE、吸入空気量Q、吸入空気温度TA 、スロットル弁開度θTH、車速V、エンジン冷却水温TW 、ブレーキ操作の有無、シフトレバー72のレバーポジションPSH、タービン回転速度NT、サンギヤ回転速度NS2、AT油温TOIL 、変速レンジのアップシフト指令RUP、ダウンシフト指令RDN、などを表す信号が電子制御装置90に供給されるようになっている。
上記シフトレバー72は、例えば運転席の近傍に配設され、図4に示すように、5つのレバーポジション「P」、「R」、「N」、「D」、または「S」へ手動操作されるようになっている。「P」ポジションは、自動変速機10内の動力伝達を遮断してニュートラル状態(中立状態)とし、且つメカニカルパーキング機構によって機械的に出力軸24の回転を阻止(ロック)するための駐車ポジションである。「R」ポジションは、後進走行を行うための後進走行ポジションで、前記第1後進ギヤ段「Rev1」または第2後進ギヤ段「Rev2」が成立させられる。「N」ポジションは、自動変速機10内の動力伝達を遮断してニュートラル状態(中立状態)とするためのニュートラルポジションである。
また、「D」ポジションは、自動変速機10の全変速範囲である第1速ギヤ段「1st」〜第8速ギヤ段「8th」の総ての前進ギヤ段を用いて変速制御を行う自動変速モード(Dレンジ)を成立させる前進走行ポジションである。「S」ポジションは、前進ギヤ段の変速範囲を制限した複数種類の変速レンジを切り換えることにより手動変速が可能なシーケンシャルモード(以下、Sモードという)を成立させる前進走行ポジションである。この「S」ポジションには、シフトレバー72の操作毎に変速レンジをアップ側(高速側)にシフトさせるためのアップシフト位置「+」、シフトレバー72の操作毎に変速レンジをダウン側(低速側)にシフトさせるためのダウンシフト位置「−」が備えられており、それ等の操作が前記アップシフトスイッチ80、ダウンシフトスイッチ82によって検出される。アップシフト位置「+」およびダウンシフト位置「−」は何れも不安定で、シフトレバー72はスプリング等の付勢手段により自動的に「S」ポジションへ戻されるようになっており、アップシフト位置「+」またはダウンシフト位置「−」への操作回数に応じて変速レンジが変更される。
図3の電子制御装置90は、例えばCPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより、エンジン30の出力制御や自動変速機10の変速制御などを実行するようになっており、必要に応じてエンジン制御用や変速制御用などに分けて構成される。
図6は、上記電子制御装置90による制御機能の要部を説明する機能ブロック線図である。図6において、エンジン制御手段110は、スロットル制御のためにスロットルアクチュエータにより電子スロットル弁92(図3参照)を開閉制御する他、燃料噴射制御のために燃料噴射装置94による燃料噴射を制御し、点火時期制御のためにイグナイタ等の点火装置96による点火時期を制御するなどしてエンジン30の出力制御を実行する。スロットル制御は、基本的にはアクセル操作量Accが増加するほどスロットル弁開度θTHを増加させるように、図7に示す予め定められたマップ等に従って電子スロットル弁92を開閉制御する。
変速制御手段120は、自動変速機10の変速制御を行うもので、シフトレバー72が「D」ポジションへ操作されることにより前記自動変速モード(Dレンジ)を成立させ、例えば図8の(a) に示すように車速Vおよびアクセル操作量Accをパラメータとして予め設定された変速マップに従って、総ての前進ギヤ段「1st」〜「8th」を用いて自動変速を行う。図8の(a) の変速マップは変速規則に相当するもので、実線はアップシフトを判断するための変速線(アップシフト線)であり、破線はダウンシフトを判断するための変速線(ダウンシフト線)である。また、シフトレバー72が「S」ポジションへ操作されることにより前記Sモードを成立させ、アップシフト指令RUPやダウンシフト指令RDNに従って図8の(b) に示すように最高速段すなわち変速比が小さい高速側の変速範囲が異なる8つの変速レンジ「D」、「7」、「6」、・・・、「L」の何れかを電気的に成立させるとともに、各変速範囲内において前記図8(a) の変速マップに従って自動変速を行う。したがって、例えば下り坂などでシフトレバー72をダウンシフト位置「−」へ繰り返し操作すると、変速レンジが例えば「4」レンジから、「3」レンジ、「2」レンジ、「L」レンジへ切り換えられ、第4速ギヤ段「4th」から第3速ギヤ段「3rd」、第2速ギヤ段「2nd」、第1速ギヤ段「1st」へ順次ダウンシフトされて、エンジンンブレーキ力が増大させられる。このSモードで成立させられる第1速ギヤ段「1st」は、エンジンブレーキ作用が得られるように前記ブレーキB2が係合させられる。
このような自動または手動による自動変速機10の変速制御は、係合側摩擦係合装置の油圧(係合トルク)や解放側摩擦係合装置の油圧を予め定められた変化パターンに従って変化させたり、所定の変化タイミングで変化させたりすることによって行われる。例えば、図11はパワーONアップシフトにおける係合側油圧指令値および解放側油圧指令値を、タービン回転速度NTや駆動トルク、エンジントルクTEの変化と関連付けて示すタイムチャートの一例で、タービン回転速度NTの欄の「lodoki」は変速前ギヤ段における同期回転速度で、「hidoki」は変速後ギヤ段における同期回転速度であり、「各ギヤ段の変速比×出力軸回転速度NOUT 」によって求められる。そして、タービン回転速度NTがそれ等の同期回転速度と一致している場合は各ギヤ段が成立しているが、それ等の同期回転速度から外れている間は変速途中(イナーシャ相)であることを意味している。また、係合側油圧指令値、解放側油圧指令値は、何れも前記リニアソレノイド弁SL1〜SL6に対する励磁電流に対応するもので、実際の油圧は、この指令値よりも遅れてなまされた形で変化する。
上記図11のタイムチャートから明らかなように、時間t1 でアップシフトの変速出力が為されると、係合側油圧指令値および解放側油圧指令値はそれぞれ予め定められた変化パターンで変化させられ、解放側油圧指令値は所定時間後に所定の変化率で低下させられる一方、係合側油圧指令値は、ファーストフィル後に所定の定圧待機圧に保持され、タービン回転速度NTが変速前ギヤ段の同期回転速度lodokiから変化するイナーシャ相の開始が検出されると(時間t2 )、変速を進行させるように所定の勾配で上昇させられる。また、タービン回転速度NTが変速後ギヤ段の同期回転速度hidoki付近に達すると(時間t3 )、係合側油圧指令値は更に大きな勾配で上昇させられ、変速終了が確認されると(時間t4 )最大油圧まで一気に上昇させられて油圧制御が終了し、係合側摩擦係合装置が最大油圧(ライン油圧PL)で完全係合させられる。なお、イナーシャ相においては、タービン回転速度NTが所定の変化率で低下するように係合側油圧指令値をフィードバック制御するなど、他の種々の制御態様が可能である。
ここで、このようなアップシフトでは、タービン回転速度NTが変速後ギヤ段の同期回転速度hidokiまで低下するイナーシャ相において、入力軸22やトルクコンバータ32、エンジン30の回転速度を強制的に低下させる必要があることから、それ等のイナーシャトルクによって駆動トルクが増大するとともに、イナーシャ相の終了に伴ってそのイナーシャトルクや駆動トルクが急に低下する際に変速ショックが発生する。この変速ショックを防止するため、前記エンジン制御手段110はイナーシャ相トルクダウン手段112を備えており、点火時期の遅角制御によりイナーシャ相でエンジン30のトルクダウン制御を行うようになっている。図11の「エンジントルク」の欄の破線はスロットル弁開度θTHに対応するトルクで、点火時期の遅角制御によりエンジントルクTEが所定量だけ低下させられており、これによりイナーシャ相における駆動トルクの増大が抑制される。
しかしながら、このようにイナーシャ相でエンジン30のトルクダウン制御を行っても、イナーシャ相の終了時には係合側摩擦係合装置の係合によりタービン回転速度NTやエンジン回転速度NEの低下が急に止まるため、その時のイナーシャトルクの急な変化を完全に無くすことは困難であり、イナーシャトルクの急な変化に起因して、自動変速機10の出力軸24から駆動輪40L、40Rまでの動力伝達系42で捩り振動が発生し、図11の「駆動トルク」の欄に一点鎖線で示すように、共振により変速終了後も暫く駆動トルクが振動して乗り心地が損なわれるという問題があった。これに対し、イナーシャ相の終了時に、例えば係合側摩擦係合装置の油圧を一時的に低下させて滑りを生じさせ、タービン回転速度NTを滑らかに変化させるなまし処理を行うことが考えられるが、変速時間が長くなって好ましくない。
このような問題を解決するために、本実施例では、イナーシャ相の終了時にイナーシャトルクの急な変化に起因して発生する上記動力伝達系42の捩り振動が相殺されるように、エンジン30のトルクTEを一時的に増大させる振動抑制手段130(図6参照)を備えている。この振動抑制手段130は、前記電子制御装置90の信号処理によって実現されるもので、出力トルク演算手段132、フィルター手段134、ガード手段136、差トルク算出手段138、およびエンジントルク補正手段140を機能的に備えており、エンジントルク補正手段140は更にスロットル事前開き手段142を備えている。図9は、上記振動抑制手段130による処理内容を具体的に説明するフローチャートで、ステップS3は出力トルク演算手段132に相当し、ステップS4はフィルター手段134に相当し、ステップS5はガード手段136に相当し、ステップS6は差トルク算出手段138に相当し、ステップS7はエンジントルク補正手段140に相当する。本実施例では、上記差トルク算出手段138およびエンジントルク補正手段140が請求項2のトルク補正手段として機能している。
図9において、ステップS1では、前記変速制御手段120によりアップシフトの変速出力(油圧制御の開始)が為されたか否かを判断し、アップシフトの変速出力が為された場合にはステップS2を実行する。ステップS2では、イナーシャ相が開始したか否かを、例えばタービン回転速度NTが変速前ギヤ段の同期回転速度lodokiから変化したか否かによって判断し、イナーシャ相の開始が検出された場合はステップS3以下の振動抑制処理を開始する。本実施例では、イナーシャ相の開始を検出してステップS3以下を実行するが、振動抑制手段130は、イナーシャ相終了時におけるイナーシャトルクの急な変化に起因して発生する動力伝達系42の捩り振動を抑制するためのものであるため、少なくともイナーシャ相が終了する前に信号処理を開始するようになっておれば良く、例えばタービン回転速度NTが変速後ギヤ段の同期回転速度hidokiよりも所定値だけ高い判定値に達した時、或いはイナーシャ相が終了する予想時間が所定時間以下になった時等に、ステップS3以下の処理を開始するようにしても良い。イナーシャ相が終了する予想時間は、例えば同期回転速度hidokiに達するまでの実際の回転速度差をタービン回転速度NTの変化率ΔNTで割り算することによって求めることができる。
ステップS3では、自動変速機10の出力トルクTo(t)を算出する。この出力トルクTo(t)の算出に際しては、図12に示すように、係合側摩擦係合装置のトルク容量から決まる変速中出力トルクTo1、および変速後ギヤ段の変速比と推定入力トルクとによって決まる変速後出力トルクTo2をそれぞれ逐次算出し、タービン回転速度NTが変速後ギヤ段の同期回転速度hidokiと略一致してイナーシャ相の終了判定が為されるまではTo(t)=To1とし、イナーシャ相の終了判定が為された後はTo(t)=To2とする。変速中出力トルクTo1は、本実施例のように直接圧制御の場合、係合側油圧指令値に対応する係合油圧Pkeigo 、油圧アクチュエータのリターンスプリング荷重Fspおよび受圧面積Aに基づいて次式(3) に従って有効圧Pyukoを求めた後、次式(4) のように受圧面積Aや摩擦材の摩擦係数等によって定まるトルク容量換算係数Kを掛け算することによりトルク容量Tkeigo を算出し、これに次式(5) のように変速後ギヤ段の変速比γhiを掛け算することによって求めることができる。コントロールバルブを用いて係合油圧を制御する場合は、係合側油圧指令値に対応する油圧値にコントロールバルブのゲインを掛け算することによって上記係合油圧Pkeigo を算出するようにすれば良い。また、変速後出力トルクTo2は、スロットル弁開度θTHやエンジン回転速度NE、トルクコンバータ32のトルク比等から求められる推定入力トルクTinを用いて、次式(6) のようにその推定入力トルクTinに変速後ギヤ段の変速比γhiを掛け算することによって求めることができる。
Pyuko=Pkeigo −Fsp/A ・・・(3)
Tkeigo =Pyuko×K ・・・(4)
To1=Tkeigo ×γhi ・・・(5)
To2=Tin×γhi ・・・(6)
次のステップS4では、上記出力トルクTo(t)に予め設定されたフィルターG(s)をかけて制振トルクTH (t)を算出する。フィルターG(s)は、出力軸24から駆動輪40L、40Rまでの動力伝達系42の固有振動数ωの振動成分を減衰させるためのもので、本実施例では前記(1) 式に示すように車両毎に2次の応答遅れで予め実験的に求められた車両の振動特性C(s)に基づいて、進みフィルターおよび遅れフィルターを用いて前記(2) 式に示すように設定されている。図10は、このフィルターG(s)の特性の一例で、減衰のピークが固有振動数ωと略一致するように、前記減衰係数ζ1 、ζ2 が設定されている。これにより、出力トルクTo(t)の変化が小さい時には、制振トルクTH (t)は出力トルクTo(t)と略同じ値になるが、イナーシャ相の終了時(時間t3 )に図12に示すように出力トルクTo(t)が急に大きく変化した場合には、制振トルクTH (t)は破線で示すように出力トルクTo(t)=To2から大きく離隔する。この離隔は、動力伝達系42の捩り振動や駆動トルクの振動を意味し、制振トルクTH (t)と出力トルクTo(t)との差トルクΔT(t)だけ実際の出力トルクを増大させることにより、捩り振動を相殺して駆動トルクの振動を抑制することができる。
ステップS5では、上記差トルクΔT(t)だけ実際の出力トルクが増加するようにエンジントルクTEの増大補正を行った場合に、前記係合側摩擦係合装置のトルク容量の限界を超えることがないように、上記制振トルクTH (t)にガード処理を行う。具体的には、前記変速中出力トルクTo1を算出する場合と同様に、その時の係合側油圧指令値に基づいて係合側摩擦係合装置のトルク容量を算出するとともに、そのトルク容量で伝達可能な出力トルクTomax を求めて、その出力トルクTomax 以下、或いは所定の余裕を持って制振トルクTH (t)にガードをかければ良い。なお、イナーシャ相が終了する直前における変速中出力トルクTo1をそのまま用いて制振トルクTH (t)にガードをかけるようにしても良い。
ステップS6では、上記ガード処理が行われた制振トルクTH (t)から出力トルクTo(t)、この場合は変速後出力トルクTo2を引き算することにより、差トルクΔT(t)を算出する。そして、ステップS7では、その差トルクΔT(t)だけ出力トルクを増大させるためのエンジントルクTEの補正トルクΔTE(t)を変速後ギヤ段の変速比γhi等に基づいて算出し、その補正トルクΔTE(t)だけエンジントルクTEが増大するようにエンジン30の出力制御を行う。その場合に、エンジン30はスロットル弁開度θTHが変化して実際にトルクが増加するまでに応答遅れを有するため、本実施例ではスロットル事前開き手段142によりイナーシャ相終了前にスロットル弁開度θTHを予め所定量だけ開いておき、点火時期の遅角制御で所定トルクまで低下させるとともに、イナーシャ相終了時(時間t3 )に点火時期の遅角量を変更することにより、制振トルクTH (t)の変化に応じてエンジントルクTEを高い応答性で増大補正できるようにしている。
上記スロットル事前開き手段142は、例えばタービン回転速度NTが変速後ギヤ段の同期回転速度hidokiよりも所定値だけ高い判定値に達した時、或いはイナーシャ相が終了する予想時間が所定時間以下になった時等に、スロットル弁開度θTHを所定量だけ開き制御するものである。また、その開き量は、前記補正トルクΔTE(t)だけエンジントルクTEを増加させることができるように、例えば変速の種類毎に余裕を持って予め一定値が定められても良いが、前記変速中出力トルクTo1と変速後出力トルクTo2との差をパラメータとして予め定められたマップ等により設定されるようにすることもできる。また、出力トルクTo(t)=制振トルクTH (t)となり、エンジントルクTEの増大補正が終了したら(時間t5 )、スロットル弁開度θTHを、図7のマップに従ってアクセル操作量Accに応じて求められるスロットル弁開度θTHまで戻すとともに、それに対応して点火時期の遅角量が0とされる。
このように、本実施例の車両用駆動装置8の制御装置においては、イナーシャ相の終了時にイナーシャトルクの急な変化に起因して発生する動力伝達系42の捩り振動が相殺されるように、イナーシャ相終了時にエンジン30のトルクTEが増大補正されるため、イナーシャトルクの急な変化に起因する捩り振動、更には駆動トルクの振動が抑制されて乗り心地が向上する。
特に、本実施例では、自動変速機10の出力トルクTo(t)を計算によって算出するとともに、その出力トルクTo(t)にフィルターG(s)をかけることにより、動力伝達系42の固有振動数ωの振動成分を減衰させる制振トルクTH (t)を求め、その制振トルクTH (t)と出力トルクTo(t)との差トルクΔT(t)だけ実際の出力トルクを増大させるようにエンジン30のトルクTEを増大補正するため、イナーシャ相の終了時にイナーシャトルクの急な変化に起因して発生する動力伝達系42の捩り振動を適切に抑制することが可能で、図11の「駆動トルク」の欄に実線で示すように駆動トルクの振動を効果的に防止できる。
ここで、上記制振トルクTH (t)に応じたエンジントルクTEの増大補正は、出力トルクTo(t)が変速中出力トルクTo1から変速後出力トルクTo2に切り換えられる際の変化に基づいて実施され、その変速中出力トルクTo1から変速後出力トルクTo2への切り換えは、イナーシャ相の終了判定に従って行われるが、その切り換えタイミングがずれると所望の振動抑制作用が得られない。このため、変速中出力トルクTo1から変速後出力トルクTo2へ切り換えるためのイナーシャ相の終了判定は、所望の振動抑制作用が得られるように変速時の油圧制御の制御態様等を考慮して適宜設定され、必ずしもタービン回転速度NTが変速後ギヤ段の同期回転速度hidokiと完全に一致した時である必要はなく、例えばタービン回転速度NTが変速後ギヤ段の同期回転速度hidokiよりも所定値だけ高い判定値に達した時、或いはイナーシャ相が終了する予想時間が所定時間以下になった時等に、変速中出力トルクTo1から変速後出力トルクTo2へ切り換えるようにしても良い。また、実際の動力伝達系42の振動状態を計測して、切り換えタイミングを学習補正するようにすることも可能である。
一方、本実施例ではガード手段136が設けられ、係合側摩擦係合装置のトルク容量の限界を超えることがないように制振トルクTH (t)にガード処理が行われるため、エンジントルクTEの増大補正で係合側摩擦係合装置がスリップして変速ショックが悪化することが防止される。
また、本実施例ではスロットル事前開き手段142によりイナーシャ相終了前にスロットル弁開度θTHを予め所定量だけ開いておき、点火時期の遅角制御で所定トルクまで低下させるとともに、イナーシャ相終了時(時間t3 )に点火時期の遅角量を変更することにより、制振トルクTH (t)の変化に応じてエンジントルクTEが高い応答性で増大補正されるため、エンジン30のスロットル弁開度θTHが変化して実際にトルクが増加するまでの応答遅れに拘らず、イナーシャ相終了時にイナーシャトルクの急な変化に起因して発生する動力伝達系42の捩り振動を適切に抑制することができる。
なお、上記実施例ではフィルター手段134によって得られる制振トルクTH (t)に基づいてエンジントルクTEが増大補正されるが、図13および図14に示すように、イナーシャ相終了時の出力トルク変化量ΔToを計算によって求め、その出力トルク変化量ΔToに応じて予め定められた補正出力トルクTohosei だけ出力トルクが増大するように、エンジントルクTEを増大補正するようにしても良い。
図13のステップR1では、前記ステップS1と同様にしてアップシフトか否かを判断し、アップシフトの場合にはステップR2でイナーシャ相終了直前か否かを判断する。イナーシャ相の終了直前か否かは、例えばタービン回転速度NTが変速後ギヤ段の同期回転速度hidokiよりも所定値だけ高い判定値に達したか否か、或いはイナーシャ相が終了する予想時間が所定時間以下になったか否か、等によって判断でき、イナーシャ相終了直前になったらステップR3以下の振動抑制処理を開始する。
ステップR3では、前記実施例と同様にして変速中出力トルクTo1および変速後出力トルクTo2を算出するとともに、イナーシャ相終了時における出力トルク変化量ΔToとして、その変速中出力トルクTo1と変速後出力トルクTo2との差(To1−To2)を算出する。そして、ステップR4では、その出力トルク変化量ΔToをパラメータとして変速の種類毎に予め設定されたマップや演算式などから補正出力トルクTohosei を算出する。この補正出力トルクTohosei は、イナーシャ相の終了時にイナーシャトルクの急な変化に起因して発生する動力伝達系42の捩り振動を相殺できるように、予め実験等によって設定される。
次のステップR5では、上記補正出力トルクTohosei だけ出力トルクを増大させるための補正エンジントルクTEhosei を変速後ギヤ段の変速比γhi等に基づいて算出し、ステップR6では、イナーシャ相の終了判定に従ってその補正エンジントルクTEhosei だけエンジントルクTEが増大するように、スロットル弁開度θTHの事前開き制御や点火時期の遅角量の制御でエンジン30の出力制御を行う。このエンジントルクTEの増大補正の補正時間thosei は、イナーシャ相の終了時にイナーシャトルクの急な変化に起因して発生する動力伝達系42の捩り振動を相殺できるように、予め実験等によって設定され、具体的には動力伝達系42の固有振動数ωの振動周期の1/4程度に定められる。その後、点火時期の遅角量の制御でエンジントルクTEが、アクセル操作量Accに対応するトルクまで滑らかに低下させられる。また、スロットル弁開度θTHが、前記図7のマップに従ってアクセル操作量Accに応じて求められるスロットル弁開度θTHまで戻されるとともに、それに対応して点火時期の遅角量が0とされる。
本実施例でも、イナーシャ相の終了時にイナーシャトルクの急な変化に起因して発生する動力伝達系42の捩り振動が相殺されるように、イナーシャ相終了時にエンジン30のトルクTEが増大補正されるため、イナーシャトルクの急な変化に起因する捩り振動、更には駆動トルクの振動が抑制されて乗り心地が向上する。
特に、本実施例では、出力トルク変化量ΔToに応じて予め設定された補正出力トルクTohosei だけ出力トルクを増大させるようにエンジントルクTEを増大補正するため、フィルター手段134等による複雑な演算処理が必要な前記実施例に比較して信号処理が簡略になり、電子制御装置90の負荷が軽減される。
なお、本実施例においても、イナーシャ相の終了判定に従って補正エンジントルクTEhosei だけエンジントルクTEを増大させるタイミングが重要で、イナーシャ相の終了判定は必ずしもタービン回転速度NTが変速後ギヤ段の同期回転速度hidokiと完全に一致した時である必要はなく、所望の振動抑制作用が得られるように変速時の油圧制御の制御態様等を考慮して適宜設定される。
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これはあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更,改良を加えた態様で実施することができる。
8:車両用駆動装置 10:自動変速機 30:エンジン(動力源) 42:動力伝達系 90:電子制御装置 110:エンジン制御手段 130:振動抑制手段 132:出力トルク演算手段 134:フィルター手段 138:差トルク算出手段(トルク補正手段) 140:エンジントルク補正手段(トルク補正手段) NT:タービン回転速度(入力軸回転速度) hidoki:変速後の同期回転速度 thosei :補正時間(所定時間)