以下、本発明を詳細に説明する。
1.CAPS2タンパク質の発現異常又はCAPS2遺伝子変異に基づく自閉症素因の検出
CAPS2(Ca2+-dependent activator for secretion 2)タンパク質は、細胞内輸送及び分泌に関わるタンパク質として知られている。ヒトCAPS2は、有芯小胞調節性エキソサイトーシスに関わるマウスCadpsタンパク質のヒトホモログとして、ヒトCAPS1と共にクローニングされた(非特許文献10)。非特許文献10及び後述の実施例にも示される通り、ヒトCAPS1タンパク質(CADPS、CAPSとも呼ばれる)は神経組織及び内分泌組織等に限定して発現されるが、CAPS2タンパク質は非常に広範な組織(脳、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小脳、白血球など)で発現される。本発明者らの以前の研究で、CAPS2タンパク質は脳由来神経栄養因子BDNFの放出を媒介する分泌促進タンパク質であることが示されている(特許文献1及び非特許文献6)。CAPS2タンパク質は、他の文献ではCADPS2とも呼ばれている。
本発明においては、典型的には、野生型のヒトCAPS2タンパク質は、GenBankアクセッション番号NP 060424に示すアミノ酸配列(配列番号2)からなり、野生型ヒトCAPS2 mRNA(cDNA)は、GenBankアクセッション番号NM017954に示す塩基配列(配列番号1)からなるものとする。なお野生型ヒトCAPS2遺伝子のオープンリーディングフレーム(ORF)は、配列番号1の塩基番号124〜3915に相当する。
本発明では、CAPS2遺伝子をノックアウトしたマウスが自閉症様の症状及び病理学的特徴を呈した。さらに、一部のヒト自閉症患者では、スプライシング変異により健常被験体では認められないエキソンスキッピングが生じたCAPS2 mRNAの発現が認められ、そのエキソンスキッピングが生じたCAPS2 mRNAから発現されたCAPS2タンパク質は細胞内局在が異常になることが示された。また一部の自閉症患者のCAPS2遺伝子のゲノム配列にも複数の変異が認められた。
これらの知見に基づき、本発明では、被験体由来の生体試料について、健常被験体と比較した場合のCAPS2タンパク質の発現異常、又はその発現異常を引き起こすようなCAPS2遺伝子の変異の有無を検出することにより、自閉症素因を検出する方法を提供する。
本発明において被験体由来の生体試料は、被験体から採取される任意の組織又は体液であってよい。そのような生体試料としては、例えば、皮膚、つめ、毛髪、又は粘膜細胞などであってもよく、血液、リンパ液、唾液、精液などであってもよい。CAPS2遺伝子は非常に広範囲の組織で発現されているので、生体試料の起源は特に限定されないが、取り扱いの容易さや患者の負担の面からは、血液試料(特にヒスタミン陽性好塩基球などの白血球を含む)が特に好ましい。生体試料からは、タンパク質又は核酸(好適には、ゲノムDNA又は全RNA)を常法により抽出及び精製してから分析に用いることができる。あるいは生体試料は、細胞を破壊せずにin situなどの分析に用いてもよい。ゲノムDNAやRNAの調製は、J.Sambrook et al. (Eds.), Molecular Cloning, 3nd ed. Cold Spring Harbor Laboratory Press, (2001)などの分子生物学分野の標準的な実験書に従って行うことができる。
本発明の方法において、「健常被験体と比較した場合のCAPS2タンパク質の発現異常」とは、CAPS2タンパク質の発現レベル又は発現状態が健常被験体と有意に異なることを意味する。ここで「健常被験体」とは、自閉症ではなく、自閉傾向が認められず、知的障害(精神遅滞)及び精神障害もない、健康な被験体を言う。限定するものではないが、CAPS2タンパク質の発現異常の例としては、例えば、CAPS2タンパク質が生成されないこと(CAPS2タンパク質の欠損)、CAPS2タンパク質の生成量が低下すること(CAPS2タンパク質の発現量低下)、活性低下したCAPS2タンパク質が発現されること(CAPS2タンパク質の活性低下)、発現されたCAPS2タンパク質の細胞内局在が変化することが挙げられる。これらのCAPS2タンパク質の発現異常は、主として、CAPS2タンパク質をコードするCAPS2 mRNAの配列又は発現量に異常が生じたことによって生じうる。これらの発現異常は、生体内でのCAPS2タンパク質の機能を低下又は喪失させる。
本発明の方法では、これらのCAPS2タンパク質の発現異常を、CAPS2タンパク質を検出することにより(タンパク質レベルで)検出してもよい。具体的には、例えば、被験体より採取した生体試料(血液など)に含まれるCAPS2タンパク質を抗CAPS2抗体を用いて免疫染色し、CAPS2タンパク質の量を測定し、その値を健常被験体の場合と比較すればよい。ヒト健常被験体では、ヒスタミン陽性好塩基性白血球においてCAPS2タンパク質とCAPS1タンパク質の両方が発現することが分かっている。従って、被験体由来の血液試料中のヒスタミン陽性好塩基性白血球について抗CAPS2抗体を用いて免疫染色を行うことにより、CAPS2タンパク質が検出されないか又は(例えばCAPS1タンパク質の量を基準として)CAPS2タンパク質の量が有意に減少した場合に、その被験体が有するCAPS2タンパク質の発現異常が検出されたものと判断することもできる。
CAPS2タンパク質の検出は、当業者に公知の任意のタンパク質分析法に従って行えばよい。例えば、抗CAPS2抗体を用いるウェスタンブロッティングに基づく免疫学的測定法、アフィニティークロマトグラフィー、二次元電気泳動などが挙げられる。免疫学的測定法の具体例としては、例えば、酵素免疫測定法(EIA)、酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)、微粒子酵素免疫測定法(MEIA)、蛍光・酵素免疫測定法(FEIA)、蛍光偏光免疫測定法(FPIA)、化学発光免疫測定法(CLIA)、結合タンパクサンドイッチ測定法(SBPA)、ラジオイムノアッセイ(RIA)などが挙げられる。これらの免疫学的測定法の詳細については、例えばSambrookら編, A Laboratory Manual 第3版 (2001)(Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)、Ausubelら編, Current Protocols in Molecular Biology(Wiley. Interscience, New York)、竹縄忠臣編、「分子生物学研究のためのタンパク実験法 改訂第2版」(1998)羊土社、などの分子生物学及び生化学における通常の参考書を参照することもできる。
免疫学的手法で使用する抗CAPS2抗体は、CAPS2と特異的に反応する任意の抗体であってよく、例えばIgG、IgA、IgM、IgD、IgEなどを含む任意のクラスの抗体であってよい。抗CAPS2抗体は、モノクローナル抗体であってもよいし、ポリクローナル抗体であってもよい。抗CAPS2抗体として、抗CAPS2抗体をタンパク質加水分解酵素などで処理することによって得られる、抗体結合能を保持した抗体フラグメント(例えば、Fab、Fab'、F(ab)2、F(ab')2、Fv、scFvなど)を使用することもできる。抗CAPS2抗体として、抗CAPS2抗体を含む血清、マウス腹水、ハイブリドーマ培養上清などを直接使用してもよいが、それらを精製して得られる精製抗体を用いることがより好ましい。抗CAPS2抗体は蛍光物質や酵素などで標識されていてもよい。
抗CAPS2抗体は、被験体動物種(好ましくはヒト)のCAPS2タンパク質又はその一部を抗原として用いて、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体の一般的作製法に従って製造することができる。例えば、それらのCAPS2タンパク質又はCAPS2遺伝子の配列に基づき、CAPS2タンパク質又はその断片を組換え発現させることにより、抗体作製のための抗原としての精製タンパク質を容易に得ることができる。なお、ヒトCAPS2タンパク質のアミノ酸配列はGenBankアクセッション番号NP060424の配列(配列番号2)、ヒトCAPS2 mRNA(cDNA)の塩基配列はGenBankアクセッション番号NM 017954の配列(配列番号1)を参照すればよい。なお本発明でCAPS2タンパク質の検出に適した抗CAPS2抗体を作製するための抗原としては、例えば、配列番号2のアミノ酸番号20〜51を含む部分断片がより好ましい。一般的には、そのようにして得られたCAPS2タンパク質又はその断片を感作抗原として用いて、哺乳動物(マウス、ラットなど)の腹腔内または皮下に注射して免疫することにより、抗CAPS2抗体を産生させればよい。具体的には、CAPS2タンパク質又はその断片をPBS(Phosphate-Buffered Saline)や生理食塩水等で適当量に希釈したものを所望により通常のアジュバント、例えばフロイント完全アジュバントと適量混合し、乳化した後、哺乳動物に4〜21日毎に数回投与して、血清中に抗CAPS2抗体のレベルが上昇するのを確認することによって哺乳動物を免疫する。このようにして免疫した哺乳動物からは、抗CAPS2抗体(ポリクローナル抗体)を含む血清又は腹水を採取することができる。あるいは、この哺乳動物から脾細胞等の抗体産生細胞を採取し、それをミエローマ細胞とともに細胞融合促進剤の存在下で培養することにより細胞融合させ(例えばミルステインらの方法(Kohler. G. and Milstein, C.、Methods Enzymol.(1981)73, 3-46)等に準じて行う)、そこから抗CAPS2抗体を産生するモノクローナル抗体産生ハイブリドーマを選択することによって抗CAPS2モノクローナル抗体を得ることができる。
あるいは、本発明の方法では、上記のようなCAPS2タンパク質の発現異常(例えば、CAPS2タンパク質の欠損、発現量低下、活性低下、又は細胞内局在の変化など)を引き起こすCAPS2遺伝子の変異の有無を検出してもよい。より具体的には、そのようなCAPS2遺伝子の変異としては、限定するものではないが、例えばCAPS2 mRNAの欠損、CAPS2 mRNAの発現量低下、及びCAPS2 mRNAのスプライス変異体の発現、又はCAPS2遺伝子の非同義置換などが挙げられる。本発明においてCAPS2 mRNAの欠損とは、健常被験者ではCAPS2 mRNAの存在が検出される細胞又は生体試料においてCAPS2 mRNAが検出されないことを言う。CAPS2 mRNAの欠損は、例えば、CAPS2遺伝子の欠損、CAPS2遺伝子に対する転写抑制などによって生じうる。なお、CAPS2遺伝子の欠損とは、活性タンパク質を産生できないような、少なくとも1つの染色体上のCAPS2遺伝子配列の一部若しくは全部の欠失、及び/又は該CAPS2遺伝子配列への異種配列の挿入を言う。またCAPS2 mRNAの発現量低下とは、CAPS2 mRNAの検出される量が健常被験体の当該生体試料と比較して低下することを言い、これは例えば、ゲノム上のCAPS2遺伝子の欠損をヘテロ接合で有する場合などにも認められる。さらにCAPS2 mRNAのスプライス変異体の発現とは、CAPS2 プレmRNAがスプライシングを経てCAPS2 成熟mRNAとなる際に、異常なスプライシングにより、健常被験体では認められない新たなタイプのmRNA(スプライス変異体mRNA)が生成され、検出されることを言う。そのようなCAPS2 mRNAのスプライス変異体では、通常、1以上のエキソン配列(例えばエキソン3配列)が欠失する。一方、CAPS2遺伝子の非同義置換とは、CAPS2遺伝子のゲノム上のエキソン配列又はmRNA若しくはcDNA配列において、野生型配列(すなわち健常被験体配列;配列番号1)との比較で示される非同義置換、すなわちCAPS2タンパク質のアミノ酸配列を変化させる塩基置換が生じていることを意味する。上記CAPS2遺伝子の変異は、より一般的には、CAPS2タンパク質のアミノ酸配列を変化させ、好ましくはCAPS2タンパク質の活性(例えばBDNF放出誘導活性)又は機能性(例えば細胞内局在)を低下又は喪失させるような、CAPS2遺伝子のゲノム配列(好ましくはエキソン配列)又はmRNA若しくはcDNA配列における少なくとも1つの塩基の欠失、置換、又は付加であってよい。
ここで、ヒトCAPS2タンパク質をコードするゲノム上の領域は、第7染色体のq31.32座位に存在する。該領域は、28個のエキソン(エキソン1〜28)と27個のイントロンを含む。CAPS2遺伝子からの野生型成熟mRNA配列(典型的には、配列番号1の配列)はこれらのエキソン1〜28のそれぞれに対応する塩基配列を含む。CAPS2遺伝子のエキソン構造については、例えばCisternasらが、GenBankアクセッション番号AF401638に示すヒトCAPS2 mRNA配列の塩基番号を基準としてエキソン1:1〜430(430bp)、エキソン2:431〜544(114bp)、エキソン3:545〜877(333bp)、エキソン4:878〜958(81bp)、エキソン5:959〜1195(237bp)、エキソン6:1196〜1314(119bp)、エキソン7:1315〜1426(112bp)、エキソン8:1427〜1566(140bp)、エキソン9:1567〜1633(67bp)、エキソン10:1634〜1743(110bp)、エキソン11:1744〜1943(200bp)、エキソン12:1944〜2080(137bp)、エキソン13:2081〜2268(188bp)、エキソン14:2269〜2370(102bp)、エキソン15:2371〜2434(64bp)、エキソン16:2435〜2558(124bp)、エキソン17:2559〜2662(104bp)、エキソン18:2663〜2819(157bp)、エキソン19:2820〜2961(142bp)、エキソン20:2962〜3117(156bp)、エキソン21:3118〜3265(148bp)、エキソン22:3266〜3280(15bp)、エキソン23:3281〜3355(75bp)、エキソン24:3356〜3439(84bp)、エキソン25:3440〜3472(33bp)、エキソン26:3477〜3580(104bp)、エキソン27:3581〜3685(105bp)、及びエキソン28:3686〜4639(954bp)であることを報告している(非特許文献10)。
本発明の方法では、上記のようなCAPS2遺伝子の変異として、1つ以上のエキソン配列が欠失したCAPS2 mRNA、特に、エキソン3配列が欠失(エキソン3スキッピング)したスプライス変異体であるCAPS2 mRNAの有無を検出することが、特に好ましい。ここでヒトCAPS2遺伝子のエキソン3配列は、配列番号1で示す塩基配列では塩基番号478〜810の配列に相当する。
ところで、CAPS2タンパク質内には、図11Bに示すように、p150Glued/ダイナクチン1相互作用ドメイン(p150Glued/dynactin 1 interacting domain;DID)、C2ドメイン(C2)、プレクストリン相同(pleckstrin homology;PH)ドメイン、及びMunc13-1相同ドメイン(Munc13-1 homologous domain;MHD)が含まれる。DIDドメインは、軸索輸送に関与するダイナクチン複合体を構成するサブユニットの1つであるp150Glued(ダイナクチン1とも称する)との相互作用を担うタンパク質部分であり、配列番号2ではアミノ酸番号98〜295の領域に相当する。C2ドメインは、配列番号2ではアミノ酸番号333〜415の領域に相当する(非特許文献10も参照)。PHドメインは、CAPS2の細胞膜への結合、特にポリホスホイノシチドへの結合を媒介するタンパク質部分であり、配列番号2ではアミノ酸番号457〜559の領域に相当する(非特許文献10も参照)。Munc13-1相同ドメインは、ニューロンのシナプス小胞からの物質放出を誘導する活性を担うタンパク質部分であり、配列番号2ではアミノ酸番号640〜1142の領域に相当する。これらドメインについては、例えばGomperts, B.D.ら編、"Signal Transduction" Academic Press社(日本語訳版:「シグナル伝達−生命システムの情報ネットワーク」(2003)、メディカル・サイエンス・インターナショナル社)にも記載されている。本発明では、自閉症患者においてCAPS2遺伝子に見出されたエキソン3配列の欠失及び非同義置換が、p150Glued/ダイナクチン1相互作用ドメインをコードする配列内に存在すること、このドメインの機能喪失によりCAPS2タンパク質の細胞内局在が異常に変化することが示された。また自閉症患者においてはCAPS2遺伝子のMunc13-1相同ドメインをコードする配列内に頻繁に非同義置換が生じることが示唆された。これらのドメインのアミノ酸変異を引き起こすCAPS2遺伝子の変異も、上記のようなCAPS2遺伝子の変異に含まれうる。
CAPS2遺伝子の変異の解析は、生体試料から常法により抽出・精製したゲノムDNA若しくはmRNA又はそこから得たcDNAを用い、SNPや配列変異を検出するために当業者が利用可能な公知の任意の方法を使用して行うことができる(Orita et al., Proc. Natl. Acad. Sci., 86: 2766-2770等を参照されたい)。典型的には、ゲノムDNAを被験試料とする場合には、CAPS2遺伝子のエキソン1〜エキソン28の少なくとも1つをPCR増幅することが好ましい。RNAを被験試料とする場合には、RT-PCR増幅を行い、CAPS2 cDNAの一部又は全部を核酸増幅することが好ましい。得られた増幅産物については、電気泳動して健常被験体の結果と比較することにより、増幅産物のサイズの違いを検出してもよい。あるいは増幅産物についてダイレクトシークエンスを行うか又は適当なシークエンスベクターにクローニングし塩基配列を決定して、健常被験体の結果と比較することにより、塩基配列レベルでの相違を検出してもよい。これらの解析に使用できる具体的な手法としては、例えば、CAPS(Cleaved Amplified Polymorphic Sequence)法、PCRダイレクトシークエンス法〔Biotechniques, 11, 246-249 (1991)〕、AP-PCR(Arbitrarily Primed-PCR)法〔Nucl. Acids Res., 18, 7213-7218 (1990)〕、PCR-SSCP(一本鎖DNA高次構造多型)法〔Biotechniques, 16,296-297 (1994), Biotechniques, 21, 510-514 (1996)〕、ASO(Allele Specific Oligonucleotide)ハイブリダイゼーション法〔Clin. Chim. Acta, 189, 153-157 (1990)〕、ARMS(Amplification Refracting Mutation System)法〔Nuc. Acids. Res., 19, 3561-3567 (1991), Nuc. Acids. Res., 20,4831-4837 (1992)〕、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(Denaturing Gradient Gel Electrophoresis; DGGE)法〔Biotechniqus, 27, 1016-1018 (1999)〕、RNaseA切断法〔DNA Cell. Biol., 14, 87-94 (1995)〕、化学切断法〔Biotechniques, 21, 216-218 (1996)〕、DOL(Dye-labeled Oligonucleotide Ligation)法〔Genome Res., 8, 549-556 (1998)〕、MALDI-TOF/MS法(Matrix Assisted Laser Desorption-time of Flight/Mass Spectrometry)法〔Genome Res., 7, 378-388 (1997), Eur. J. Clin. Chem. Clin. Biochem., 35, 545-548 (1997)〕、TDI(Template-directed Dye-terminator Incorporation)法〔Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 94, 10756-10761 (1997)〕、パドロック・プローブ(Padlock Probe)法〔Nat. Genet., 3, p225-232 (1998)、遺伝子医学, 4, p50-51 (2000)〕、モレキュラー・ビーコン(Molecular Beacons)法〔Nat. Biotechnol.,1, p49-53 (1998)、遺伝子医学、4, p46-48(2000)〕、TaqMan PCR法〔Genet. Anal., 14, 143-149 (1999), J. Clin. Microbiol., 34, 2933-2936 (1996)〕、インベーダー法〔Science, 5109, 778-783(1993), J. Biol. Chem., 30, 21387-21394 (1999), Nat. Biotechnol., 17, 292-296 (1999)〕、ダイナミック・アレル−スペシフィック・ハイブリダイゼーション法(Dynamic Allele-Specific Hybridization (DASH)法〔Nat. Biotechnol.,1, p87-88, (1999)、遺伝子医学, 4, p47-48 (2000)〕、UCAN法〔タカラ酒造株式会社ホームページ(http://www.takara.co.jp)参照〕、及びDNAチップまたはDNAマイクロアレイを用いる方法〔Genomics 4, (1989), Drmanae, R., Labat, I., Brukner, I. and Crkvenjakov, R., p114-128、Bio Industry Vol.17 No.4, 「DNAチップ技術」 p5-11 (2000)〕等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
本発明において塩基配列変異の解析には、配列番号1又は2の配列に基づいて任意に設計したプライマーを使用することができる。このプライマーの長さは、限定するものではないが15〜50塩基、好ましくは19〜40塩基でありうる。
具体的には例えば、CAPS2遺伝子のmRNAにおいて、エキソン3スキッピング、すなわちCAPS2 mRNA又はcDNA上のエキソン3配列(好適には配列番号1の塩基番号478〜810の塩基配列)の欠失を、検出するためには、そのエキソン3配列を挟むように設計したプライマーセットを用いて、CAPS2 mRNAをRT-PCR又はCAPS2 cDNAをPCRで増幅すればよい。このようなプライマーセットの好ましい例としては、(a) 配列番号1で示される塩基配列の一部であって塩基番号478よりも5'側に位置する、限定するものではないが15〜50塩基、好ましくは19〜40塩基の連続した配列からなる少なくとも1つのポリヌクレオチド又はその標識物、及び(b) 配列番号1で示される塩基配列の一部であって塩基番号810よりも3'側に位置する、限定するものではないが15〜50塩基、好ましくは19〜40塩基の連続した配列に相補的な配列からなる少なくとも1つのポリヌクレオチド又はその標識物、を含むものが挙げられる。例えば、このプライマーセットを用いてCAPS2 mRNA又はCAPS2 cDNAの核酸増幅を行い、健常被験体と比較して短い増幅産物が得られた場合には、CAPS2タンパク質の発現異常を引き起こすようなCAPS2遺伝子のゲノム配列又はmRNA配列における変異が検出されたと判断できる。より具体的には、例えば、ヒト被験体がエキソン3スキップ形態のCAPS2 mRNAを有する場合には、333bp程度短い増幅産物が得られることになる。RT-PCR(逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応法)及びPCR(ポリメラーゼ連鎖反応法)による増幅の条件の例は、後述した実施例の記載を参照されたい。
本発明における「被験体」としては、齧歯類、偶蹄類、奇蹄類、霊長類などの哺乳動物が好ましい。具体的には、例えばウシ、ウマ、ブタなどを含む家畜動物、マウス、ラット、ウサギ、サルなどを含む実験動物、イヌ、ネコ、フェレットなどを含む愛玩動物、及びヒトなどが好ましい。
以上のようにして、被験体の生体試料について、健常被験体(野生型)と比較した場合のCAPS2タンパク質の発現異常又はそれを引き起こすCAPS2遺伝子の変異を有することが検出された場合、その被験体は、自閉症の素因を有すると判断される。
本発明において「自閉症(の)素因」とは、自閉症を発症しやすい遺伝的体質(遺伝的素因)を言う。従って、本発明の方法において素因が検出される自閉症は、主として特発性自閉症(脳損傷、病原体感染、他の疾患などの外来要因によって引き起こされた自閉症以外の自閉症)である。自閉症の素因を有すると判断された被験体は、自閉症をすでに発症しているか又は将来的に自閉症を発症する可能性が高いと考えられる。この自閉症素因の検出方法は、被験体が自閉症であるかどうかの診断に有用な検査情報を提供する。
本発明において「自閉症」とは、狭義の自閉症でありうるが、広汎性発達障害(広義の自閉症)でもありうる。広汎性発達障害には、狭義の(典型的な)自閉症に加えて、高機能自閉症、アスペルガー症候群、レット症候群、非定型自閉症などが含まれる。本発明における「自閉症」には、知的障害(精神遅滞;一般的にはIQ70以下)及び/又は言語発達の遅れがある場合も、ない場合も含まれる。例えば、エキソン3スキップ形態のCAPS2 mRNAを発現する被験体は、自閉症(例えば、知的障害を伴う狭義の自閉症)の素因があると判断される。本発明における狭義の自閉症及び他の広汎性発達障害は、一般的には、米国精神医学会の診断基準DSM-IV、又はWHOの診断ガイドライン及び診断基準ICD-10に定義されたものを言う。本発明の方法において、自閉症の素因があると判断された場合には、そのような一般的な自閉症診断基準、又は自閉症スクリーニング・テスト(CHAT[Checklist for Autism in Toddlers;Charman et al., 1998]、ASQ[Autism Screening Questionnaire]など)を用いて、継続的に経過観察を行い、自閉症であるか否かを最終的に確認して診断を行うことが好ましい。
2. プライマーセット及びキット
本発明の他の実施形態としては、配列番号1の塩基配列の一部からなる少なくとも1つのポリヌクレオチド又はその標識物、及び配列番号1の塩基配列に相補的な配列の一部からなる少なくとも1つのポリヌクレオチド又はその標識物とを含むプライマーセットであって、配列番号1の塩基配列の一部又は全体をPCR増幅することができるものが挙げられる。このようなプライマーセットは、CAPS2遺伝子のゲノム配列又はmRNA配列における変異を検出するために用いることができる。
本発明における上記実施形態で特に好ましいのは、(a) 配列番号1で示される塩基配列の一部であって塩基番号478よりも5'側に位置する15〜50塩基の連続した配列からなる少なくとも1つのポリヌクレオチド又はその標識物、及び(b) 配列番号1で示される塩基配列の一部であって塩基番号810よりも3'側に位置する15〜50塩基の連続した配列に相補的な配列からなる少なくとも1つのポリヌクレオチド又はその標識物、を含むプライマーセットである。このプライマーセットは、特に、エキソン3スキップ形態のCAPS2 mRNA(又はCAPS2 cDNA)を検出する上で好適である。
プライマーとして用いる上記ポリヌクレオチドは、DNAであってもRNAであってもよい。RNAである場合には配列番号1で示される塩基配列中の「T(チミン)」は「U(ウラシル)」に読み換えるものとする。これらのプライマーには、アデニン・チミン・グアニン・シトシン以外の塩基(修飾塩基又は人工塩基等を含む)を使用することもできる。限定するものではないが、具体的には例えば、チミンの代わりにウラシル、アデニン・チミン・グアニン・シトシンの4種の混合塩基の代わりにイノシンを用いることができる。
プライマーとして用いる上記ポリヌクレオチドは、検出用に好適となるように標識されたものであってもよい。例えば、上記ポリヌクレオチドは、蛍光色素、酵素、タンパク、放射性同位体、化学発光物質、ビオチン等の標識が付加されたものであってよい。また本明細書では、上記ポリヌクレオチドに付加することによって検出用に使用するオリゴヌクレオチド(例えば、変異検出のためのインベーダー法における、鋳型とは無関係な配列「フラップ」など)も、「標識」に包含する。
例えば、蛍光色素を用いる場合には、一般にヌクレオチドを標識して、核酸の定量、検出等に用いられる蛍光が好適に使用でき、例えば、ビオチン(Hexahydro-2-oxo-1H-thieno[3,4-d]imidazol-4-pantanoic acid、vitamin H)、HEX(4,7,2',4',5',7'-hexachloro-6-carboxyfluorescein、緑色蛍光色素)、フルオレセイン(fluorescein)、ローダミン(rhodamin)またはその誘導体(例えば、テトラメチルローダミン(TMR))等を挙げることができるが、これらに限定されない。蛍光色素でヌクレオチドを標識する方法は、公知の標識法のうち適当なものを使用できる(Nature Biotechnology, 14, p303-308 (1996))参照。また、市販の蛍光標識キットを使用することもできる(例えば、アマシャム・ファルマシア社製オリゴヌクレオチドECL 3'-オリゴラベリングシステム等)。
上記ポリヌクレオチドに上記のような標識を付加することにより、変異の検出を簡便かつ高感度に行うことができる。標識を用いる各種検出方法は、当業者には公知の技術である。なお本発明において、ポリヌクレオチドの「標識物」とは、ポリヌクレオチドに上記のような任意の標識を付加したものである。
さらに本発明は、上記プライマーセットを含む自閉症素因検出用キットも提供する。本発明に係るこの自閉症素因検出用キットは、さらにDNAポリメラーゼ、逆転写酵素、dNTP混合液、及び核酸増幅反応バッファーなどの核酸増幅用試薬、RNA抽出用試薬、ゲノムDNA抽出用試薬、採血キットなどを含んでもよい。
3. スクリーニング方法及び薬剤評価法
本発明はさらに、自閉症治療薬の候補物質をスクリーニングする方法にも関する。本発明に係るスクリーニング方法は、下記工程(a)〜(c):
(a) CAPS2タンパク質を発現している細胞に被検物質を接触させる工程、
(b) 被検物質を接触させた前記細胞におけるCAPS2タンパク質の発現量及び/又はCAPS2遺伝子の転写量を測定する工程、及び
(c) 前記工程(b)で測定した発現量及び/又は転写量を、前記被検物質不在下での前記細胞におけるCAPS2タンパク質の発現量及び/又はCAPS2遺伝子の転写量と比較して、前記工程(b)で測定した発現量及び/又は転写量が増加している場合に前記被検物質を自閉症治療薬の候補物質として同定する工程、
によって行うことができる。
本スクリーニング方法に適用可能な被検物質は特に限定されないが、例えば、無機化合物、低分子有機化合物、高分子化合物、ペプチド、タンパク質、抗体、核酸(天然核酸、人工核酸、アンチセンス核酸、リボザイムなど)、天然物(植物、動物、菌類、細菌など)由来の抽出物などが挙げられる。
CAPS2タンパク質を発現している細胞としては、体内でCAPS2タンパク質を発現していることが判明した任意の細胞又はその培養物を用いることができる。そのような細胞としては、例えば、脳(大脳、小脳、皮質、海馬など)、肺、肝臓、腎臓、及び膵臓などの臓器に由来する細胞や、白血球などの有核血液細胞が挙げられる。特に小脳、新皮質又は海馬由来のニューロン(錐体細胞、顆粒細胞などの神経細胞)、及び白血球は、発現を検出しやすく、より好ましい。あるいは、CAPS2タンパク質を発現している細胞としては、CAPS2遺伝子を組み込んだ発現ベクターを導入して作製された形質転換細胞を用いてもよい。そのような形質転換細胞は、任意の培養細胞を用いて作製されたものであってよいが、神経細胞様又は血液細胞様に分化可能な培養細胞を用いたものがより好ましい。例えば、CAPS2遺伝子を組み込んだ発現ベクターを導入し、CAPS2遺伝子を組換え発現するようにしたPC12細胞はとりわけ好ましい。なおPC12細胞は、ラット副腎髄質由来褐色細胞腫由来の細胞株であり、血清存在下で培養すると増殖し、血清非存在下でNGFが存在する環境では突起を伸展して神経細胞様に分化するという特徴を有するため、神経細胞のモデル細胞株として広く知られている。発現ベクターの構築及び培養細胞の形質転換については、J.Sambrook et al. (Eds.), Molecular Cloning, 3nd ed. Cold Spring Harbor Laboratory Press, (2001)などの分子生物学分野の標準的な実験書に記載された通常の手法によって行うことができる。「CAPS2タンパク質を発現している細胞」は、任意の哺乳動物種由来の細胞であってよいが、薬剤評価に用いられうるヒト、サル、イヌ、マウス、又はラットなどに由来する細胞が好ましい。
上記細胞に被検物質を接触させるためには、単離した細胞又はその培養物を含む反応系に被検物質を添加すればよい。すなわちこの接触はin vitoで行われうる。
被検物質と接触させたCAPS2発現細胞におけるCAPS2タンパク質の発現量(タンパク質存在量)及びCAPS2遺伝子の転写量(mRNA存在量)の測定は、通常のタンパク質の検出方法やmRNAの検出方法に従って行えばよく、具体的には前述の説明や後述の実施例に記載した手順などを参照して行うことができる。
次いで、被検物質と接触させたCAPS2発現細胞についてのCAPS2タンパク質の発現量及び/又はCAPS2遺伝子の転写量の測定値を、被検物質と接触させない細胞における対照値と比較し、被検物質との接触によるそれらの量の変化を特定する。この対照値は、その被検物質を添加しない(被検物質不在下)こと以外は同様の実験条件で測定したCAPS2発現細胞におけるCAPS2タンパク質の発現量及び/又はCAPS2遺伝子の転写量である。被検物質と接触させたCAPS2発現細胞における上記発現量及び/又は転写量がその対照値よりも有意に増加している場合、添加した被検物質はCAPS2タンパク質の発現及び/又はCAPS2遺伝子の転写を増強する作用を有すると判断し、その被検物質を自閉症治療薬の候補物質として同定することができる。ここで候補物質とは、自閉症治療用薬剤の有効成分又はそのリード物質として使用できる可能性が高い物質を意味する。
本発明はまた、自閉症治療薬の存在下及び不在下でのCAPS2タンパク質の発現量及び/又はCAPS2遺伝子の転写量を指標として用いて、自閉症治療薬の効果を評価する方法にも関する。より具体的には、例えば、上記のようなスクリーニング系において被検物質として自閉症治療薬を使用して、CAPS2タンパク質の発現量及び/又はCAPS2遺伝子の転写量の対照値(この場合、自閉症治療薬の不在下)と比較した場合の変化(増加、維持、又は減少のいずれか、及びその変化量)を特定し、それを指標として該自閉症治療薬の治療効果を判定することができる。しかし、本発明に係る自閉症治療薬の効果を評価する方法は必ずしも上記スクリーニング系を利用する必要はなく、例えば、自閉症治療薬を投与した被験体から採取した細胞又は組織についてCAPS2タンパク質の発現量及び/又はCAPS2遺伝子の転写量を測定してもよい。CAPS2タンパク質の発現量及び/又はCAPS2遺伝子の転写量はin vitroで測定することが好ましい。
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
なお、各実施例では、必要に応じ、抗体として以下のものを使用した。マウスCAPS2タンパク質(GenBankアクセッション番号BAD05017)のアミノ酸番号18〜89を含む断片に対するモルモットポリクローナル抗体、及びマウスCAPS1タンパク質(GenBankアクセッション番号BAA13044)のアミノ酸番号18〜107に対するウサギポリクローナル抗体(非特許文献6を参照)。これら抗CAPS2抗体(アミノ酸番号18〜89の断片に対するもの;1:10,000希釈)及び抗CAPS1抗体(アミノ酸番号18〜107の断片に対するもの;1:5,000希釈)を、ウェスタンブロッティング、免疫細胞化学及び免疫組織化学に使用した。また、ウサギポリクローナル抗HA抗体(カタログ番号631207;BD Biosiences社)、抗シナプトフィジン抗体(カタログ番号RB-1461-P0;NeoMarkers社)、及び抗CAPS2[アミノ酸番号235〜226]抗体(CAPS2タンパク質のアミノ酸番号235〜226の断片に対するもの;非特許文献6を参照)を、免疫沈降に用いた。マウスモノクローナル抗FLAG抗体(1:2,000希釈;カタログ番号F3165;Sigma社)、ラットモノクローナル抗HA抗体(1:1,000希釈;クローン番号3F10;カタログ番号1867423;Roche社)、マウスモノクローナル抗p150Glued抗体(1:500希釈;カタログ番号610473;BD社)、及びマウスモノクローナル抗シナプトフィジン抗体(1:2,000希釈;カタログ番号S5768;Sigma社)は、ウェスタンブロッティングにおいて一次抗体としても使用した。ウサギ抗BDNF抗体(1:100希釈;Katoh-Semba R. et al., J. Neurochem (1997) 69(1), p.34-42を参照)、ウサギポリクローナル抗パルブアルブミン抗体(1:4,000希釈;カタログ番号M-1406;Sigma社)、マウスモノクローナル抗ヒスタミン抗体(1;2,000希釈;カタログ番号ab5836;abcam社)、及びラットモノクローナル抗HA抗体(1;250希釈;クローン番号3F10;カタログ番号1867423;Roche社)は、免疫細胞化学及び免疫組織化学で一次抗体としても使用した。
[実施例1] CAPS2遺伝子ノックアウトマウス系統の作製
以下に示すCAPS2遺伝子ノックアウトマウス系統の作製は、基本的には特許文献1に記載した方法と同様にして行った。
1. ターゲティングベクターの作製
C57BL/6マウス由来のゲノムライブラリー(RPCI-23 BACライブラリー、Children's Hospital Oakland Research Instituteより入手)から、CAPS2遺伝子を含むクローンを選抜した後、そこから野生型CAPS2遺伝子の第1エキソン全長を含むゲノム断片(XhoI-EcoRI断片;約12 kb)を制限酵素処理によって切り出し、精製した。こうして得られたXhoI-EcoRI断片を用いて、図1Bに示す構造のターゲティングベクターを常法により構築した。このターゲティングベクターでは、陽性選択を可能にするため、第1エキソン全長を含むSmaI-SmaI断片を、loxP配列で挟まれたPgk-neo遺伝子カセットによって置換した。さらに、陰性選択を可能にするため、ジフテリア毒素A断片(DTA)遺伝子カセットをそのターゲティングベクターの5'末端に付加した。
こうして構築したターゲティングベクターを用いれば、相同組換えにより、マウスゲノム中のCAPS2遺伝子の第1エキソン(約0.9kb)をloxP配列で挟まれたPgk-neo遺伝子カセットで置換することができ(図1C)、その結果、マウスゲノム中のCAPS2遺伝子の第1エキソンを欠失させるだけでなく、CAPS2遺伝子自体をノックアウトすることができるはずである。さらに、そのような相同組換えが成功した細胞は、上述したような陽性選択及び陰性選択により、容易に選択可能である。
以下では、このターゲティングベクターをマウスに導入して、CAPS2遺伝子ノックアウトマウス系統の作製を行った。
2. マウスES細胞へのトランスフェクション
ターゲティングベクターを導入するマウス細胞としては、C57BL/6マウス(毛色:アグーチ色)由来の胚性幹細胞(ES細胞)株であるMS12細胞(Kawase et al., Int. J. Dev. Biol. 38, 385 (1994))を用いた。MS12 ES細胞へのターゲティングベクターの導入及びそれに基づくマウス系統の作製は、基本的には特開2006-81496の記載の方法と同様にして行った。まず、MS12 ES細胞を細胞数が4000万個程度になるまで培養し、細胞を回収し、そこに上記で作製したターゲティングベクターを含むDNA溶液を添加して、エレクトロポレーションを行った。エレクトロポレーションの24時間後、ES細胞培養液にG418を0.15mg/ml添加し、その選択培地で一週間培養を行った後、1mmを超える直径のコロニーを形成した細胞を採取した。選択されたこのES細胞では、G418耐性を有することからneo遺伝子が導入されていると考えられ、かつその生存性からDTA遺伝子カセットは挿入されていないものと考えられる。
そこで、選択されたES細胞から常法によりゲノムDNAを抽出し、それをBamHI及びEcoRVで切断してからサザンブロット解析に供して、相同組換えの成否をさらに確認した。サザンブロット解析においては、図1Cに示す5'外側プローブ及び3'外側プローブを使用した。両方のプローブで検出が確認されたことにより、選択されたES細胞で相同組換えが生じたことが確認された。
3. マウス系統の作製
以上のようにして相同組換えにより得られた、CAPS2遺伝子ノックアウトES細胞を用いて、次にキメラマウスを作製した。まず、マウスBalb/c系統同士を交配し、その8細胞期胚を採取して透明帯を除去し、そこに上記のCAPS2遺伝子ノックアウトES細胞を注入してキメラ胚細胞塊を調製した。このキメラ胚細胞塊を偽妊娠処理した雌Balb/cマウスの子宮に導入して胎仔へと発生させ、出産させた。こうして得られたキメラマウスの雄をさらに野生型C57BL/6Jマウス(毛色:黒)の雌と交配し、誕生した仔マウスの中から毛色がアグーチ色のものを選抜した。このアグーチ色の仔マウスは、ゲノム上のCAPS2遺伝子の第1エキソンの欠失をヘテロ接合で有していると考えられる。このヘテロ接合性仔マウス(F1マウス)同士を交配したところ、野生型(CAPS2+/+)、ヘテロ接合体(CAPS2+/-)、ホモ接合体(CAPS2-/-)の仔マウス(F2マウス)が1:2:1のメンデル比で誕生した(調べた257匹のF2マウスのうち、66匹がCAPS2+/+、128匹がCAPS2+/-、63匹がCAPS2-/-であった)。なお、これらの仔マウスがそれぞれ野生型、ヘテロ接合体、又はホモ接合体であることは、抽出したゲノムDNAを鋳型として、CAPS2遺伝子第1エキソン増幅用プライマーセット及びneo遺伝子増幅用プライマーセットを用いたPCR増幅を行い、その増幅産物のパターンに基づいて判定した。
以上のようにして、CAPS2遺伝子がノックアウト(破壊)されたマウス(F1及びF2マウス;ヘテロ接合体及びホモ接合体)が得られた。
なお、ヘテロ接合体CAPS2+/-マウス同士を交配したところ、得られた産仔数は、野生型CAPS2+/+マウス(対照)の産仔数と同程度であった。また、標準的な飼育ケージで育てたCAPS2-/-マウスの寿命は、野生型CAPS2+/+マウスと同程度であり、両者の間に有意な差は認められなかった。さらにCAPS2-/-マウスの生殖能力は雄と雌のいずれについても正常であることが確認された。
後述の実施例では、本実施例においてヘテロ接合体CAPS2+/-マウス(F1マウス)同士の交配によって得た、同腹仔の野生型(CAPS2+/+)、ヘテロ接合体(CAPS2+/-)、ホモ接合体(CAPS2-/-)マウス(F2マウス)を使用した。
[実施例2] CAPS2遺伝子ノックアウトマウスの行動試験
CAPS2遺伝子ノックアウトマウスの行動特性を調べるため、以下の行動試験を行った。なお、本実施例でマウス行動試験に用いた実験プロトコルは、全て、独立行政法人理化学研究所研究機関動物管理使用委員会(IACUC)の承認を受けたものである。各マウスは、特に記載しない限り、12時間/12時間の明暗サイクル条件下、20時〜8時を暗期として飼育ケージで飼育した。行動試験は全て、マウスのCAPS2遺伝子の遺伝子型について盲検試験として行われた。
1. ホームケージ活動性試験
10〜12週齢の雄マウス(CAPS2-/-マウス、CAPS2+/+マウス)を新しい飼育ケージに入れ、24時間慣れさせた後、ホームケージ(幅18cm×高さ14cm×奥行32cm)内での自発運動活性を、SCANET(6ch SV-20システム;Melquest社)で6日間測定した。マウスは12時間/12時間の明暗サイクル下(20時〜8時を暗期とする)で1匹ずつ飼育した。飼料及び水は、試験期間中マウスに自由摂取させた。試験は8時(明期)から開始し、一週間に及んだ。
検出された自発運動活性の結果を図2に示す。CAPS2-/-マウス(グラフ中、黒のバー;n=9)の自発運動活性は、野生型CAPS2+/+マウス(グラフ中、白のバー;n=9)よりも有意に高かった。このことは、CAPS2-/-マウスにおいて、ホームケージ内での活動亢進が認められたことを意味する。
2. オープンフィールド試験
4週齢の雄マウス(CAPS2-/-マウス、CAPS2+/+マウス)を使用し、その自発運動活性を、50ルクスの明るさ(エリアの表面レベルで)のオープンフィールド装置(60cm×60cm)で測定した。マウスを1匹ずつオープンフィールドの中央に置き、その水平方向の移動をCCDカメラで15分間モニターした。さらに、オープンフィールドの中央に見慣れない物体(白黒の縦縞が入った円筒;図3Bのグラフ内の絵を参照)を置き、同様にしてマウスの水平方向の移動を15分間モニターした。それらの画像はNIH IMAGE O.F.ソフトウェア(O'Hara & Co.社)を用いて加工処理した。オープンフィールド装置の取り外し可能な床は、1回のモニタリングが完了する度に流水で洗浄した。15分の観察時間は5分ずつ区切ってそれぞれを「ブロック」と称し、ブロック毎の自発運動活性の合計を算出し、統計的解析を行った。
結果を図3A及びBに示した。まず、オープンフィールドにおけるCAPS2-/-マウスの自発運動活性(黒丸;n=15)を、野生型CAPS2+/+マウスの自発運動活性(白丸;n=17)と比較すると、オープンフィールドに何も配置しない条件では、CAPS2-/-マウスはいずれのブロックでも正常な自発運動活性を示した(図3A)。一方、オープンフィールドの中央に上記のような見慣れない物体が存在した場合には、CAPS2-/-マウスの自発運動活性(黒丸;n=15)は、3つのブロックを通じて(15分間通して)野生型CAPS2+/+マウスの自発運動活性(白丸;n=17)よりも有意に低かった。またCAPS2-/-マウスのその物体との接触頻度は、野生型マウスと比較して有意に少なかった。マウスの移動をトレースした結果の代表例を、図3Bの上部挿入図に示す。
この結果は、CAPS2-/-マウスが、新しい対象物や新しい環境に対して無関心であるか又は増強された不安を感じることを示している。
3. 社会的相互作用試験
4週齢の雄マウス(CAPS2-/-マウス、CAPS2+/+マウス)を2匹ずつ使用し、上記オープンフィールド装置を用いて社会的相互作用のレベルを測定した。使用した各マウスは、予め、4日間にわたって20分間ずつオープンフィールド内に1匹ずつ置いて、オープンフィールドに慣れさせておいた。別々に飼育した(これまで互いに一度も出会ったことがない)2匹のCAPS2-/-マウス、又は2匹のCAPS2+/+マウスを、オープンフィールド内に20分間置き、2匹のマウスが接触した回数を測定した。接触回数の測定は、NIH IMAGE O.F.ソフトウェアを用いて行った。具体的には、画像フレーム内に検出される点(マウス個体に対応)の数を各時点で算出し、点が2個存在する場合はマウスは互いに接触していないとみなし、点が1個のみ存在すれば2匹のマウスが接触しているものとみなして、接触回数をカウントした。こうして測定された20分間の接触回数の合計については、統計的解析を行った。
その結果を図4に示した。CAPS2-/-マウス同士の接触回数(黒のバー;n=6)は、CAPS2+/+マウス同士の接触回数(白のバー;n=6)と比較して有意に少ないことが示された。このことは、CAPS2-/-マウスでは社会的相互作用機能に障害があることを示している。
4. 概日リズムの測定
この測定には6週齢の雄マウス(CAPS2-/-マウス、CAPS2+/+マウス)を用いた。ホイールケージ(円周50cm×幅5cm)を取り付けた20セットの部屋(幅14.3cm×高さ14.8cm×奥行29.3cm)を有するホイールメーター(WW-3302;O'hara & Co.社)を用いて、マウスによるホイール回転量を測定した。マウスは、20時〜8時を暗期とする12時間/12時間の明暗サイクル条件(LD)下に7日間置いた後、明期を作らず24時間を通じて暗期とする恒暗条件(DD)下に14日間置き、その間ホイール回転量の測定を継続的に行った。マウスは自由に移動して固形飼料及び水を自由摂取できるようにしておいた。この測定ではホイールケージが1/3回転する毎に1カウントが記録されるようにした。こうして記録されたカウント数をホイール回転量とし、その値に基づいてカイ二乗ピリオドグラムによって概日周期を算出した。
結果を図5A〜Cに示す。12時間/12時間の明暗サイクル条件(LD)下では、CAPS2-/-マウス(図5B)と野生型CAPS2+/+マウス(図5A)との間で、睡眠覚醒リズムに差異は検出されなかった。一方、昼夜を通して暗黒下に置かれる恒暗条件(DD)下では、正常なマウスの体内日周期が24時間よりも短いことに起因して、野生型CAPS2+/+マウスの睡眠覚醒リズム(概日リズム)はLD条件下よりも短い周期にシフトした(図5A、C;n=8)。一方、CAPS2-/-マウスでは、DD条件下でも睡眠覚醒リズムのシフトはほとんど観察されなかった(図5B、C;n=9)。すなわちCAPS2-/-マウスでは、正常な体内周期性が認められず、睡眠覚醒リズムに異常があることが示された。
5. 母性行動試験
4〜8月齢の処女雌マウス(CAPS2-/-マウス、CAPS2+/+マウス)を、野生型CAPS2+/+雄マウスと交配し、仔マウスを出産させた。毎日午前10時に飼育ケージの観察を行い、誕生したばかりの新生仔マウスの存在がケージ内で初めて発見された日を生後0日目とした。その後も毎日午前10時に観察を行って新生仔マウスが生存しているか否かを判定した。なお、妊娠したCAPS2-/-雌マウス又はCAPS2+/+母マウスには、妊娠期間中は触れないようにし、出産前の少なくとも5日間は1匹で飼育した。
その結果、CAPS2-/-母マウスが出産した新生仔は、生後1日以降、ほとんど生存していなかった(図6、黒丸;n=19)。これに対し野生型CAPS2+/+母マウスが出産した新生仔は、生後1日以降もほとんどが生存した(図6、白丸;n=13)。この新生仔の生存割合は産仔数とは無関係であることが示され、さらにほとんどの場合、新生仔の大部分が生存しているケージと死滅したケージのいずれかに極端に分かれる結果となった。生後2日目の新生仔全滅ケージ数/生後2日目に調査したケージ数、で表される新生仔全滅の割合は、CAPS2-/-母マウスのケージで12/19、野生型母マウスのケージでは1/13であった。このことから、CAPS2-/-母マウスが新生仔の養育を放棄しているものと考えられた。
そこで、CAPS2-/-母マウスが出産した新生仔に致死的な遺伝的異常が存在しないことを確認するため、マウスの交差哺育試験を行った。具体的には、CAPS2-/-母マウスが出産した新生仔と、野生型CAPS2+/+母マウスが出産した新生仔とを生後0日目に交換してそれぞれ養育させ、新生仔の生存を観察した。その結果、野生型母マウスの新生仔として生まれ、CAPS2-/-母マウスに養育された仔マウスは生存できなかったのに対し、CAPS2-/-母マウスの新生仔として生まれ、野生型母マウスに養育された仔マウスは生存した。従って、CAPS2-/-母マウスの新生仔の生存率が低いのは、CAPS2-/-母マウスの新生仔が致死的な遺伝的異常を有するためではなく、CAPS2-/-母マウスに、重要な社会的行動である新生仔の養育という母性行動の障害があるためであることが示された。
活動亢進、社会的相互作用の障害、新しい環境に非常に強い不安を感じること、及び異常な睡眠覚醒リズムは、ヒト自閉症に特徴的な行動特性である。したがって上記行動試験の結果により、CAPS2遺伝子ノックアウトマウスが自閉症様の行動表現型を有することが示された。
[実施例3] CAPS2遺伝子ノックアウトマウスの身体的・組織的特性の解析
行動特性の分析に続いて、CAPS2遺伝子ノックアウトマウスにおける身体的・組織的特性を分析した。
1. 体重測定
生後8日目(P8)及び生後21日目(P21)の雄及び雌の仔マウス(野生型CAPS2+/+マウス、ヘテロ接合体CAPS2+/-マウス、ホモ接合体CAPS2-/-マウス)について、体重を測定した。その結果を図7に示す。
図7に示される通り、CAPS2-/-マウスでは、野生型マウスと比較して有意に体重が少ないことが示された。このような体重減少は自閉症スペクトラム障害の患者においても高頻度に認められることから(J. Hebebrand et al., Acta. Psychiatr. Scand. 96, 64 (1997))、CAPS2-/-マウスの体重減少症状はヒト自閉症患者とよく似ていることが示された。
2. 脳組織におけるCAPS2タンパク質の検出
生後8日目(P8)の雄マウス(野生型CAPS2+/+マウス、ヘテロ接合体CAPS2+/-マウス、ホモ接合体CAPS2-/-マウス)について、迅速断頭術を施した後、その脳を解剖して小脳、新皮質、及び海馬を取得し、それぞれの組織から常法により全タンパク質を抽出した。得られたタンパク質抽出物について、抗CAPS2抗体を用いてイムノブロット解析を行った。その結果を図8に示す。図8中、Cbは小脳、Cxは新皮質、Hipは海馬である。図8に示される通り、小脳、新皮質及び海馬のいずれにおいても、CAPS2+/+マウスでははっきりとCAPS2タンパク質の存在が検出されるのに対し、CAPS2+/-マウスではCAPS2タンパク質の存在量が顕著に低下しており、CAPS2-/-マウスではCAPS2タンパク質は全く検出されなかった。
このことから、ノックアウトされたCAPS2遺伝子に関してヘテロ接合性であるかホモ接合性であるかは、脳領域におけるCAPS2タンパク質の存在量に比例的に影響を及ぼすことが示された。
3. 脳切片の免疫組織化学
生後8日目(P8)及び生後17日目(P17)のCAPS2-/-マウス及び野生型CAPS2+/+マウスにジエチルエーテルを用いて麻酔した後、PBS及びそれに続いて4%PFA含有PBSを使用して心臓灌流を行った。その脳を解剖し、4%PFA中で4℃で5時間灌流した後、凍結保護のために15%スクロース含有PBS中に浸漬した。その脳をTissue-Tek OCT化合物(Sakura Finetechnical)中に埋め込んだ後、粉末ドライアイス中で凍結させ、クリオスタット(低温保持装置;CM1850;Leica Microsystems社)を用いて-18℃で14μm厚の矢状切片に切断した。次いで得られた脳切片を1時間かけて風乾し、PBS中で3回すすいだ。5%正常ロバ血清(Vector社)を含むPBSでブロッキングした後、脳切片を一次抗体と4℃で一晩反応させて、PBS中ですすぎ、さらに二次抗体と室温で1時間反応させ、そして再びPBS中ですすいだ。免疫反応させた脳切片を、Vectorshield(Vector)マウンティング培地を用いてマウントし、冷却CCDカメラ(Spot;Diagnostic Instruments Inc)を備えたエピ蛍光顕微鏡(Eclipse E800;Nikon)又は共焦点レーザー顕微鏡(LSM 510 META;Carl Zeiss)を用いて観察した。
その結果を図9に示す。P8 野生型CAPS2+/+マウスの新皮質では、CAPS2タンパク質に対する免疫反応性は、皮層V中の錐体細胞に主に局在し(図9A)、かつBDNFに対する免疫反応性と共局在することが示された(図9B及びC)。このことは、ニューロンによるCAPS2媒介性BDNF放出が、出生後早期から生じることを示すものである。それは、ヒト自閉症が通常3歳までに発症するという事実と良く一致する結果と言える。
さらにCAPS2-/-マウスの新皮質では、BDNF-/-マウスの新皮質での既報の結果(K.R. Jones et al., Cell (1994) 76, p.989)と同様に、パルブアルブミン陽性介在ニューロンが野生型マウスと比較して有意に少ないことが示された(図9D:野生型CAPS2+/+マウス、図9E:CAPS2-/-マウス、図9F)。GABA性介在ニューロンの発育不全が自閉症と関連すること(M. F. Casanova et al., Neuroscientist 9, 496 (2003))、新皮質のパルブアルブミン陽性GABA性ニューロンの一部の分化がBDNFによって調節されること(K.R. Jones et al., Cell, 76, 989 (1994))から考えても、新皮質中のパルブアルブミン陽性介在ニューロンの減少は、CAPS2-/-マウスの自閉症様表現型を裏付けるものと言える。
さらに、野生型マウスとCAPS2-/-マウスの新皮質におけるBDNF放出活性を測定した。まずそれらの脳から採取した新皮質ニューロンの初代培養で培養液中に自然分泌されたBDNF量を測定し、培養開始から21日目で評価し、細胞密度に対する相対値に換算した。その結果を図9Gに示す。CAPS2-/-マウスでは、野生型CAPS2+/+マウスと比較してBDNF放出活性が顕著に低いことが示され、野生型マウスにおけるBDNFレベルの約22.1%となった。したがってCAPS2遺伝子のノックアウトは、BDNF放出を減少させることが示された。
また、P8 野生型CAPS2+/+マウスの海馬におけるCAPS2タンパク質に対する免疫反応性は、大部分が歯状回の顆粒細胞軸索に局在しており(図9H)、BDNFタンパク質に対する免疫反応性と共局在していた(図9I及びJ)。さらにCAPS2-/-マウスの海馬でも、BDNF-/-マウスの海馬での既報の結果(K.R. Jones et al., Cell (1994) 76, p.989)と同様に、パルブアルブミン陽性介在ニューロンが有意に少ないことが示された(図9K:野生型CAPS2+/+マウス、図9L:CAPS2-/-マウス、図9M)。
4. 小脳初代培養物の解析
小脳初代培養物は、基本的には以前に記載された方法(非特許文献6)に従って調製した。簡単に述べると、迅速断頭術の後、ICRマウス[ICR(別名CD-1)マウスは、米国チャールス・リバー社が1957年にHaM/ICR(Hauschka and Mirand-Roswell Park Memorial Institute-Swiss)マウスを導入し、1959年にその胎児を帝王切開により取り出して無菌的に飼育した無菌マウスを起源とするマウス系統である]の生後0日目の小脳を切り出し、それを、0.1%トリプシン(Sigma社)及び0.05% DNase I(Roche社)を用いてCa2+/Mg2+不含ハンクス平衡化塩溶液(HBSS-CaMg(-);Sigma社)中で37℃で13分かけて消化し、さらにHBSS-CaMg(-)で洗浄した後、0.05% DNAase I及び12ml MgSO4を添加したHBSS-CaMg(-)中で1mlプラスチックマイクロピペットチップによりピペッティングすることで粉砕し、さらに以下の培地で洗浄した:無血清イーグル最少必須培地をベースとして、0.25%(w/v)グルコース(Nacalai Tesque社)、10μg/mlインシュリン(Sigma社)、0.1nM L-チロキシン(Sigma社)、0.1mg/mlアポトランスフェリン(Sigma社)、1mg/mlウシ血清アルブミン(BSA;Sigma社)、2mM L-グルタミン(Nacalai Tesque社)、1μg/mlアプロチニン(Sigma社)、30nM亜セレン酸ナトリウム(Merck社)、100 U/mlペニシリン(Banyu Pharmaceutical社)及び135 μg/mlストレプトマイシン(Meiji Seika K.K.社)を添加した化学調整培地。このようにして分離精製した細胞を、ポリ-L-リジン(Sigma社)で被覆したカバーガラス(直径12mm;Matsunami社)1枚当たり5×105細胞にてプレーティングした。次いで、それらを培地中、加湿5%CO2環境下で37℃にて培養した。
このようにして得られた小脳細胞培養物について、カルビンジン陽性プルキンエ細胞を検出したところ、CAPS2-/-マウスの小脳細胞培養物においてはその量がかなり少なく、野生型マウス由来の小脳細胞培養物と比べて約39%しかなかった(図10A)。一方、小脳細胞培養物に含まれるMAP2陽性ニューロン(対照;大部分は顆粒細胞)の数は、CAPS2-/-マウスと野生型マウスの間で同程度であった(図10B)。この結果は、プルキンエ細胞の生存率が、CAPS2タンパク質の欠損により顕著に低下することを示している。
プルキンエ細胞の減少は自閉症患者の小脳に特徴的に認められることから(M. Bauman and T.L. Kemper, Neurology 35, 866 (1985))、このプルキンエ細胞の減少もCAPS2-/-マウスの自閉症様表現型を裏付けるものであった。
上記実施例1〜3の結果は、CAPS2遺伝子の欠損(すなわち、CAPS2タンパク質の欠損又は減少)により、自閉症の発症が誘導されることを強く示していた。
[実施例4] ヒト自閉症患者におけるCAPS2遺伝子発現変異の検出
健常被験者の血液から、以前に記載(Fukuda D. et a., Circulation (2005) 111 p.926)されているようにして白血球を分画した。分離した新鮮な白血球をAPS被覆したスライドガラスに塗布しアセトンを用いて4℃で10分かけて固定し、それに対し抗CAPS2抗体及び抗CAPS1抗体を用いて免疫細胞化学分析を行った。その結果、健常被験者のヒスタミン陽性好塩基球では、CAPS2タンパク質及びCAPS1タンパク質の両方が発現することが示された。このため、以下ではCAPS2タンパク質及びCAPS2 mRNAの分析のため、血液を生体試料として分析に用いた。
まず、自閉症の診断基準DSM-IVを満たし、知的障害(IQ70未満)のある8人の男性自閉症患者(a1〜a8とする;13歳〜21歳)から、書面でインフォームド・コンセントを取得した上で血液(末梢血)試料を採取した。対照試料は健常な男性ボランティアから得た(c1〜c18とする)。
CAPS2 mRNAの分析には、末梢血から抽出したRNAを鋳型として、CAPS2コード領域全体をほぼカバーする8組のプライマーセットを用いる逆転写PCR(RT-PCR)によってcDNAを取得し、その分析を行った。
具体的には、RNA(全RNA)の抽出は、1ml TRIzol Reagent(Invitrogen社)を100μlの新鮮な血液に添加した後、その製造業者の説明書に記載された実験操作に従って行った。RT-PCR反応は、GeneAmp PCR System 9700(Perkin Elmer社)を用いて20μl量で行った。Qiagen OneStep RT-PCRキット(Qiagen社)を製造業者の説明書に従って使用した。1反応につき抽出したRNA 50ngを鋳型として用いた。逆転写サイクル条件は、以下の通りであった。50℃で30分、続いて95℃で15分。続くPCRサイクル条件は、94℃で30秒、67℃で30秒、及び72℃で30秒を48サイクル、そして最後に72℃で5分とした。反応後のPCR産物は、2%アガロースゲル上で、100bp DNA Ladder(カタログ番号15628-050;Invitrogen)を分子量マーカーとして用いて電気泳動した。
その結果、3人の自閉症患者(a2、a4、a5)由来のRNA試料について、エキソン1〜エキソン5の領域を増幅するプライマーセット[フォワードプライマー:5'-ggcagcagaagcttaacaaacaacagttgcagttac-3'(配列番号3)、リバースプライマー:5'-ggaccacctttcgaaactggaagactttcc-3'(配列番号4)]を用いて増幅した場合に、予測される増幅産物(661 bp)よりも短い増幅産物(328 bp)が得られた(図11A)。この328bpの増幅産物を、それぞれpCR4-TOPO TAクローニングベクター(Invitrogen)中に常法によりクローニングし、配列決定を行った。その結果、328bpの増幅産物においては、CAPS2遺伝子のエキソン3に相当する領域が欠失し、エキソン2とエキソン4の配列がイン・フレームで連結されていることが判明した。欠失した領域は、上記3人の自閉症患者において同一であった。このことは、少なくとも一部の自閉症患者では、CAPS2遺伝子の転写産物において異常な選択的スプライシングが生じることによりエキソン3の全長配列がスキップされる結果、CAPS2遺伝子発現に異常が生じていることを示している。一方、このエキソン3スキッピングは、18人の男性健常被験者(対照)では1例も認められなかった(図11A)。また、野生型マウスの脳、胸腺、肺、心臓、肝臓、脾臓、腎臓、及び精巣由来のmRNAについても同様の実験を行ったが、マウスCAPS2 mRNAにおけるエキソン3スキッピングは、全く見出されなかった。
欠失が確認されたエキソン3配列は、野生型ヒトCAPS2 cDNAに相当する配列番号1の配列上の478番目〜810番目の塩基配列に対応していた。このエキソン3配列の欠失は、CAPS2タンパク質において、野生型ヒトCAPS2タンパク質である配列番号2のアミノ酸配列上の119番目〜229番目のアミノ酸配列の欠失をもたらすものと思われる(図11B)。
続いて、エキソン3スキッピングが認められた上記自閉症患者a4及びa5の家族について、CAPS2 mRNAの発現を調べた(図12)。患者a5(図12A及びB中、TW1)は一卵性双生児であり、他方の双生児(TW2)も自閉症を発症している。そして双生児TW2も、エキソン3をスキップしたCAPS2 mRNAを発現していることが示された(図12A及びB)。一方、彼らの健常な家族員である父親(F)、母親(M)、兄(B)、及び妹(S)は、誰もエキソン3スキッピングにより短縮化されたCAPS2 mRNA(エキソン3スキップ形態)のCAPS2 mRNAを全く発現していなかった(図12B)。
なお、上記自閉症患者TW1及びTW2は、エキソン3スキップ形態のCAPS2 mRNAに加えて、正常なサイズのCAPS2 mRNAも発現していた(図12B)。エキソン3スキップ形態のCAPS2 mRNAは、正常なCAPS2 mRNAと共に発現される場合であっても自閉症と強く関連することが示された。
同様に、自閉症患者a4の健常な家族員である父親(F)と母親(M)も、エキソン3スキップ形態のCAPS2 mRNAを全く発現していなかった(図12C及びD)。患者a4では、上記の双生児の自閉症患者とは異なり、正常なサイズのCAPS2 mRNAの発現は認められなかった(図12D)。
エキソンスキッピングが生じる機構については一般に理解が進んでいない。エキソン3スキッピングを有する上記患者のCAPS2遺伝子のゲノム配列上のイントロン2スプライスドナー部位周辺(下流60 bp以内)及びスプライスアクセプター部位周辺(上流80 bp以内)の塩基配列を調べたが、突然変異は認められなかった。さらに、エキソン3内部プライマー(フォワードプライマー: 5'-ccgagtggccagaatggta-3'(配列番号28)、リバースプライマー: 5'-tccgcacacgtttttctatgtt-3'(配列番号29))を使用し、上記自閉症患者のゲノム上のCAPS2遺伝子に対して定量的ゲノムPCRを行ったが、エキソン3スキッピングが認められた患者のゲノム上のエキソン3配列自体の欠失は確認できなかった。Prader-Willi症候群における異常な選択的スプライシングには、スプライシング部位の近位領域に相補的な小核小体RNAの発現が関係していると考えられていることから、同様の機構がCAPS2 mRNAのエキソン3スキッピングと関連している可能性が考えられる。
CAPS2 mRNAにおけるエキソン3配列の欠失が自閉症患者のみで見出され、かつその欠失が認められた自閉症患者の健常家族員にも見出されなかったことは、CAPS2遺伝子発現の異常が自閉症の発症に強く関わっていることを示すものである。
[実施例5] エキソン3に対応するアミノ酸配列に欠失を有するCAPS2タンパク質の機能性解析
実施例4でエキソン3スキッピングが認められた自閉症患者では、ヒトCAPS2タンパク質(GenBankアクセッション番号NP 060424;配列番号2)のアミノ酸番号119〜229の111個のアミノ酸残基(エキソン3配列がコードするアミノ酸)が欠失したCAPS2スプライシング変異体が産生されているものと推定される。そこでこのCAPS2スプライシング変異体が、ニューロンのBDNF放出を媒介(誘導)する活性を保持しているかどうかを調べるため、エキソン3スキップ形態のマウスCAPS2タンパク質を、BDNFとともにPC12細胞中に遺伝子導入により発現させた。
具体的にはまず、マウスBDNF cDNAを、EF-1αプロモーターを含むpEF4/Myc-Hisプラスミドベクター(Invitrogen社)中にサブクローニングし、発現ベクターを作製した。またマウスCAPS2 cDNA(GenBankアクセッション番号AK038568;野生型)をCMVプロモーター含有pcDNA3プラスミドベクター(Invitrogen社)中にサブクローニングし、発現ベクターpcDNA3-CAPS2(wt)を作製した。さらに、マウスCAPS2 cDNA(GenBankアクセッション番号AK038568)からヒトCAPS2のエキソン3配列に対応するアミノ酸番号155〜265のコード配列を欠失させた断片(CAPS2(Δエキソン3))を、同様にCMVプロモーター含有pcDNA3プラスミドベクター(Invitrogen社)中にサブクローニングし、発現ベクターpcDNA3-CAPS2(Δエキソン3)を作製した。
作製した発現プラスミドを、それぞれ、LIPOFECTAMINE 2000 Reagent(Invitrogen社)を用いて以前の記載(非特許文献6)に従って、PC12細胞中へトランスフェクションした。24時間後、PC12細胞を新鮮なアッセイ培地(0.2%BSA含有DMEM)中で10分間インキュベートした。以下の2つの異なるDMEMを培地に用いた:標準DMEM(11965;Invitrogen社)及び高KCl DMEM(11965をベースとした50mM KCl/65mM NaCl;特注品;Invitrogen社)。どちらのDMEMも使用前に37℃、5%CO2環境中で十分平衡化した。インキュベーション後、標準DMEM培地(対照)及び高KCl DMEM培地(高KCl刺激アッセイ)をそれぞれ回収し、その培地中のニューロトロフィン含量を、BDNF Emax ImmunoAssay System(Promega社)を製造業者の使用説明書に従って用いて測定した。
その結果を図13に示す。野生型CAPS2タンパク質を組換え発現するPC12細胞では、以前に報告されたのと同様に(非特許文献6)、高KCl刺激に応答してBDNFを培養液中に大量に放出し、そのBDNF量は非組換えPC12細胞が放出するBDNF量の約2倍であった。BDNFはまた、CAPS2(Δエキソン3)を組換え発現するPC12細胞中でも、やや少ない傾向があったものの、その放出量はやはり増加することが示された(図13)。これはエキソン3スキップ形態のCAPS2タンパク質が、なおBDNF放出誘導活性を保持していることを示している。
続いてCAPS2タンパク質のエキソン3に対応する領域の機能をさらに調べるため、本発明者らは、酵母ツーハイブリットシステム(Matchmaker GAL4ツーハイブリッドシステム3;Clontech社)を用いて、エキソン3対応領域(ここでは、マウスCAPS2タンパク質[GenBankアクセッション番号BAD05017]のアミノ酸番号134〜331の断片を使用)と相互作用する候補タンパク質のスクリーニングを行った。なお、マウスCAPS2タンパク質のアミノ酸番号134〜331の配列は、ヒトCAPS2タンパク質(アクセッション番号NP060424)のアミノ酸番号98〜295の配列とほぼ同一である。
具体的にはまず、マウスCAPS2 cDNAの部分配列(アミノ酸番号134〜331に対応)をベクターpGBKT7中に常法によりクローニングしてpGBKT7-CAPS2(134-331aa)を作製し、これを酵母ツーハイブリッド法で用いるベイトプラスミドとした。ベイトプラスミドpGBKT7-CAPS2(134-331aa)を酵母株AH109中へと形質転換し、それをSD/-Trpプレート上にプレーティングした。そこから陽性のpGBKT7-CAPS2(134-331aa)導入酵母株を選抜し、SD/-Trp培地で一晩培養した後、それを、成体マウス全脳cDNAライブラリー酵母(1ml)と、製造業者の説明書に従って交配させた。得られた交配酵母混合物を50個のSD/-Ade/-His/-Leu/-Trp(QDO)プレート(150mm2、200μl/プレート)上にプレーティングした。プレートは30℃で最大14日間インキュベートし、約18×106コロニーをスクリーニングした。その結果、10個の陽性コロニーを選抜し、そのそれぞれについてClontech社酵母プラスミドプロトコールに従ってプラスミド調製処理を行った。得られた酵母プラスミドは、次に大腸菌(E. coli)中へと形質転換し、さらに培養し、精製して、配列決定を行った。
配列決定の結果、3つの候補遺伝子が得られた。すなわち、E1A結合タンパク質p400(Ep400)/mDominoをコードする遺伝子(Ogawa H. et al., Genes Cells (2003) 8 p.325)、RAN結合タンパク質9(Ranbp9)/RanBPMをコードする遺伝子(Shibata N. et al., Mol. Reprod. Dev. (2004) 67, p.1)、及びp150Glued/ダイナクチン1(Dctn1)をコードする遺伝子(Schroer T.A., Annu. Rev. Cell Dev. Biol. (2004) 20 p.759)である。しかしmDomino及びRanBPMについては、細胞内局在がCAPS2とは異なること、すなわちmDominoが核内に局在する(Ogawa H. et al., Genes Cells (2003) 8 p.325)のに対し、CAPS2は細胞質と膜に局在すること(Speidel D. et al., J. Biol. Chem. 278 (2003) p.52802)、さらに、CAPS2とRanBPMを共発現させたCOS-7細胞を用いた免疫共沈試験で再現性のある複合体形成の結果が得られなかったことから、in vivoでCAPS2と相互作用する相手のタンパク質としては考えにくいと判断し、それらの遺伝子は候補遺伝子から除外した。そこで以下の実験では、p150Glued/ダイナクチン1(Dctn1)とCAPS2タンパク質の相互作用についてさらに調べた。
まず、マウスCAPS2 cDNA(GenBankアクセッション番号AK038568)を、C末端HAプライマーと共にEF-1αプロモーター(Mizushima and Nagata, Nucleic Acids Res. (1990) 18 p.5322)を含むpEF-BOSプラスミドベクター中にサブクローニングし、発現ベクターpEF-BOS-CAPS2(wt)-HAを作製した。同様に、マウスCAPS2 cDNAからアミノ酸番号155〜265をコードする配列(ヒトCAPS2エキソン3配列に対応)を欠失させた断片を、C末端HAプライマーと共にEF-1αプロモーターを含むpEF-BOSプラスミドベクター中にサブクローニングし、発現ベクターpEF-BOS-CAPS2(Δエキソン3)-HAを作製した。さらに、マウスp150Glued(GenBankアクセッション番号NP031861)のアミノ酸番号951〜1281をコードするcDNA断片を、N末端FLAGプライマーを用いてベクターpEF-BOS中にクローニングし、発現ベクターpEF-BOS-FLAG-p150Glued(951-1281aa)を作製した。
次いでCOS-7細胞を、10%FBSを添加したDMEM中で37℃、5%CO2にて培養した。培養したCOS-7細胞を5×105個ずつ6穴プレートのウェルに入れ、それら細胞に対し、LIPOFECTAMINE 2000試薬を用いて、1.25μgの上記発現ベクターpEF-BOS-CAPS2-HA[pEF-BOS-CAPS2(wt)-HA又はpEF-BOS-CAPS2(Δエキソン3)-HA]と3.75μgの上記発現ベクターpEF-BOS-FLAG-p150Glued(951-1281aa)を、一過性トランスフェクションした。トランスフェクションの24時間後にCOS-7細胞を回収し、プロテアーゼ阻害剤カクテルを添加したNonidet P-40溶解バッファー(10mM Tris-HCl, pH7.5, 150mM NaCl, 1mM EDTA、及び1% NP-40)1.3ml中に溶解させた。そしてプロテインGセファロースを用いた予備吸着後の上清を、0.5μgの抗HA抗体又は抗FLAG抗体と共にインキュベートし、免疫複合体をプロテインGセファロースに結合させた。次いでプロテインGセファロース樹脂を溶解バッファーで5回洗浄し、溶出した結合タンパク質をさらにSDS-PAGEゲル電気泳動にかけて分離し、それをニトロセルロース膜へ転写し、ウェスタンブロッティング解析を行った。上記COS-7細胞溶解液においてはFLAG-p150Glued(951-1281aa)と、完全長CAPS2-HA又はCAPS2(Δエキソン3)-HAとが共発現されるため、それらが相互作用するならば、抗HA抗体、抗FLAG抗体のいずれによっても免疫複合体が形成され、免疫共沈されるはずである。
その結果、FLAG-p150Glued(951-1281aa)は、いずれの抗体によっても、完全長CAPS2-HAとともに免疫共沈された。しかしFLAG-p150Glued(951-1281aa)は、CAPS2(Δエキソン3)-HA断片とともに抗HA抗体によって免疫共沈されることはなかった。このことは、CAPS2タンパク質はp150Gluedと相互作用するが、ヒトエキソン3に対応するアミノ酸領域を欠失したCAPS2タンパク質は、p150Gluedと相互作用できないことを示している。
さらに、マウス新皮質溶解液に含まれる内因性p150Gluedが内因性CAPS2とともに免疫共沈されること、海馬細胞初代培養物及び新皮質細胞初代培養物においてp150Gluedに対する免疫染色シグナルがCAPS2に対する免疫染色シグナルと重なり合うことも示された。
これらの結果から、CAPS2タンパク質が、ヒトエキソン3に対応する配列を含む領域を介して、p150Gluedタンパク質と結合し、相互作用することが示された。p150Gluedは、軸索輸送に関与するダイナクチン複合体を構成するサブユニットの1つである(Schroer T.A., Annu. Rev. Cell Dev. Biol. (2004) 20, p.759-779)。CAPS2タンパク質の配列解析により、ヒトCAPS2タンパク質のアミノ酸番号98〜295の領域(配列番号2を基準とする場合;エキソン3に対応する配列を含む)を、p150Glued/ダイナクチン1相互作用ドメイン(p150Glued/dynactin 1 interacting domain;DID)として同定した。
そこで次に、CAPS2(Δエキソン3)タンパク質のニューロン内での細胞内局在を調べた。まず、カルビンジン陽性ニューロンにおけるCAPS2(Δエキソン3)の局在を調べるため、新皮質細胞初代培養物の調製を行った。妊娠したウィスターラット(Nihon SLC)を麻酔し、E16胚を集めた。迅速断頭術の後、E16脳から新皮質を切り取り、45Uのパパイン(Worthington PAPL)、0.01% DNase I、0.02% DL-Cystein、0.02% BSA、及び0.5%グルコースを含むPBS(-)溶液中で、37℃で10分かけて消化した。次いで培養液にウシ血清を終濃度20%となるよう添加し、1mlプラスチックマイクロピペットチップを通して繰り返し通過させることにより新皮質組織を粉砕した。培養液中に分散させた細胞を、2% B27補充剤(Invitrogen)、500μM L-グルタミン、0.1mg/mlストレプトマイシン、及び100U/mlペニシリンを含む神経細胞用基礎培地Neurobasal Medium(Invitrogen)中、ポリ-L-リジンで被覆したカバーガラス上に5×104細胞/cm2の密度で播種し、5%CO2の加湿環境下、37℃で培養した。培養した細胞に、上記発現ベクターpEF-BOS-CAPS2(wt)-HA又はpEF-BOS-CAPS2(Δエキソン3)-HAを、リン酸カルシウム法でそれぞれ導入し、発現させた。
その結果、発現された完全長CAPS2タンパク質(野生型)は、樹状突起(MAP2陽性)、及び軸索(MAP2陰性)の両方に分布していた(図14A)。一方、CAPS2(Δエキソン3)については、樹状突起への局在は認められたが、軸索では全く検出されなかった(図14B)。このことから、CAPS2(Δエキソン3)は、軸索に標的化されないことが示された。同様の結果は海馬細胞初代培養物についても得られた。
以上の通り、p150Glued/ダイナクチン1相互作用ドメインの一部であるエキソン3対応領域に欠失を有するCAPS2タンパク質は、ニューロンに対するBDNF放出誘導活性はなお保持しているものの、p150Glued(ダイナクチン1とも称する)との相互作用が失われるためにニューロン内でのその局在が異常になることが示された。したがって、p150Glued/ダイナクチン1相互作用ドメインに異常のあるCAPS2タンパク質を発現する自閉症患者では、ニューロンによるBDNF放出の量や制御に変化が生じ、その結果として自閉症症状が誘導されるものと説明されうる。
[実施例6] ヒト自閉症患者におけるCAPS2遺伝子のゲノム配列変異の検出
本実施例では、ヒト自閉症患者が有するCAPS2遺伝子のゲノム配列における変異を調べた。自閉症患者由来のゲノムDNA試料としては、遺伝子銀行AGRE(Autism Genetic Resource Exchange)から供与された自閉症患者の末梢血に由来するゲノムDNAを用いた。具体的には末梢血中の血液細胞を株化して増殖させ、そこから大量のゲノムDNAを常法により抽出し精製した核酸試料を、Milli-Q水で2ng/μlに希釈して使用した。なお「AGRE」とは、自閉症患者の遺伝情報、表現型情報、家族経歴情報、及びDNA試料を含む生体試料などをデータベース化して世界中の科学者に広く提供する機関であり、インターネット上で「http://www.agre.org/」からアクセス可能である。
ゲノム配列の解析を行った自閉症患者は、いずれもADI-R(Autism Diagnostic Interview Revised)の基準で特発性自閉症と診断された白人男性(1人のみ女性)であり、その両親は共に自閉症患者ではなかった。調べた自閉症患者の多くは4歳〜15歳であった。
このAGRE由来の末梢血より精製されたゲノムDNA試料を鋳型とし、CAPS2遺伝子の各エキソン配列(エキソン1〜28)をPCR法により増幅し、ダイレクトシークエンス法によって全エキソンの塩基配列を決定した。使用したプライマーは、CAPS2遺伝子の既知配列に基づき、個々のエキソンを増幅可能なプライマーセットとして設計した。
まず、PCR反応液を以下の組成に従って18μlずつ調製した。
調製したPCR反応液18μlに、個々の患者のゲノムDNA試料(2ng/μl)を2μl添加し、PCR反応に供した。PCR反応のサイクル条件は、以下の通りとした:94℃で5分、続いて[94℃で15秒、58℃で15秒、72℃で30秒]を35サイクル、次いで72℃で7分の後、4℃で保存。得られたPCR産物のうち2μlを、次のダイレクトシークエンス反応に用いた。
ダイレクトシークエンス反応では、下記組成に基づいてダイレクトシークエンス用反応液を調製した。
調製したダイレクトシークエンス用反応液18μlに上記で得たPCR産物2μlを添加し、PCR反応に供した。このPCR反応のサイクル条件は、以下の通りとした:96℃で5分、続いて[96℃で10秒、55℃で10秒、60℃で4分]を25サイクル、そして4℃で保存。得られたPCR産物をシークエンサーにかけて、塩基配列決定を行った。
得られた各患者の塩基配列をヒトCAPS2 cDNA(野生型)(GenBankアクセッション番号NM 017954;配列番号1)の各エキソンに相当する塩基配列と比較したところ、10人の患者のCAPS2 ゲノムDNA配列に非同義置換が見つかった。見出された非同義置換とそれに関連する情報を以下の表にまとめた。
表中、変異塩基及び変異アミノ酸の位置は、便宜的に配列番号1(GenBankアクセッション番号NM 017954)及び配列番号2(GenBankアクセッション番号NP 060424)の対応する位置番号で特定した。例えば、患者A7及びA8で認められた塩基変異G3286Aは、CAPS2遺伝子のゲノム配列上の、配列番号1の塩基番号3286に相当する塩基が、アデニン(A)からグアニン(G)に変化したことを示し、アミノ酸変異D1055Nは、CAPS2タンパク質のアミノ酸配列上の、配列番号2のアミノ酸番号1055に相当するアミノ酸残基が、アスパラギン酸(D)からアスパラギン(N)に変化したことを示す。なお表中、アミノ酸残基を表す略号のIはイソロイシン、Vはバリン、Mはメチオニン、Tはトレオニン、Lはロイシンである。
上記患者A1〜A10のうち、A6は女性、他は男性であった。またIQが判明している5人のうち、2人がIQ88とIQ95、他の3人はIQ100以上であった。
表3に示される通り、患者A7のアミノ酸置換(G3286A)は、患者A8でも同一の置換が認められた。また患者A1におけるアミノ酸置換(I148V)はCAPS2タンパク質のp150Glued/ダイナクチン1相互作用ドメイン(DID)内に存在した。さらに上記表中のアミノ酸置換のうち7つは、Munc13-1相同ドメイン(MHD)内に存在していた。