JP4935295B2 - 錫めっき鋼板およびその製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、DI缶、食缶、飲料缶などに使用される缶用錫めっき鋼板に関するものであって、特に、りん酸を含有する化成処理皮膜を表面に有する錫めっき鋼板およびその製造方法に関するものである。
缶用表面処理鋼板としては、従来からぶりきと称される錫めっき鋼板が広く用いられている。このような錫めっき鋼板は、通常、重クロム酸などの6価のクロム化合物を含有する水溶液中に鋼板を浸漬、もしくは、この溶液中で電解処理あるいは鋼板に塗布することによって、鋼板のめっき表面に、クロメート皮膜を形成させるのが一般的である。このように鋼板表面にクロメート皮膜を形成することによって、長期保管時の錫めっき表面の酸化を防止し、外観の劣化(黄変)を抑制する。また、塗装して使用する際には錫酸化膜の成長を抑えることで、錫酸化膜の凝集破壊を防止し、塗料の密着性を確保している。
しかし、上記のように、錫めっき鋼板表面にクロメート皮膜を形成するにあたっては、6価のクロム酸化物を含有する水溶液を使用するため、作業環境上の安全性確保および廃水処理に多大な費用を要する。さらに、万が一、事故等でクロメート処理液が漏洩した場合には環境に大きな被害を及ぼす危険性が高い。
このように、昨今の環境問題から、クロムを規制する動きが各分野で進行しており、前記錫めっき鋼板においてもクロムを使わない化成処理の必要性が増大している。
以上のような現状を受けて、缶用錫めっき鋼板におけるクロメート処理に代わる化成処理技術がいくつか提案されている。例えば、特許文献1には、りん酸系溶液中で錫めっき鋼板を陰極として直流電解することにより、錫めっき鋼板上にCrを含有しない化成処理皮膜を形成した錫めっき鋼板の表面処理法が開示されている。
特許文献2には、化成処理皮膜中にPもしくはPとAlを含有させて、Crを含有しない化成処理皮膜を錫めっき層表面に施したシームレス缶用電気めっきぶりきが開示されている。
さらに、特許文献3には、りん酸イオン、塩素酸塩及び臭素酸塩の1種又は2種以上、並びに錫イオンを含有するpH3〜6の金属表面の化成処理液が開示されている。
しかしながら、外観の劣化(黄変現象)や塗料密着性の低下など、表層の錫酸化膜の成長に由来する性能劣化を抑制する観点から見ると、特許文献に記載された化成処理皮膜はいずれも、従来の重クロム酸を含有する溶液によって形成したクロメート皮膜に比べて性能が十分に得られているとはいえない。
また、現状のクロメート処理を行う錫めっき鋼板は、通常300m/分以上の高速で製造されており、非常に生産性が高い。よって、新しい化成処理がクロメート処理を行う錫めっき鋼板に置き換わるためには、少なくとも現プロセス同等以上の高速で処理できることが必要とされる。300m/分以上の高速で化成処理を行う目安としては、化成処理時間として1秒程度で完了することが望ましい。1秒以下で化成処理が完了すれば、例えば実効的な深さが2.5m程度の比較的小型の縦型タンクが1槽あれば300m/分で処理可能である。しかし、処理時間が長くなるにつれ、処理タンクのサイズを大きくする、あるいは数を増やすなどによりタンクの通過時間を確保する必要が生じる。その結果、設備費、設備維持費ともにかさみ、好ましくない。
特公昭55-24516公報 特公平1-32308号公報 特公昭58-41352号公報
本発明は、かかる事情に鑑みなされたもので、従来のクロメート皮膜に代わり、表層の錫酸化膜の成長に由来する性能劣化を抑制できる、りん酸系化成処理皮膜を有する錫めっき鋼板を提供するとともに、現行クロメート処理プロセスに匹敵する高速で安定して処理可能な、りん酸系化成処理皮膜を有する錫めっき鋼板の製造方法を提供することを目的とする。
本発明者らは、クロメート皮膜に代わり、表層の錫酸化膜の成長を抑制できるりん酸系化成処理皮膜を有する錫めっき鋼板を得るために、鋭意研究を重ねた。その結果、化成処理皮膜の付着量を規定すると共に、表層の錫酸化膜の成長を抑制し性能向上に大きく関与していると思われる元素:Sn、PおよびOの化成処理皮膜中での原子比率を規定し、さらには、赤外吸収スペクトルにおけるPO結合の反射吸収強度(IPO)と、OH結合の反射吸収強度(IOH)の比、IOH/ IPO を0.18以上0.30以下とすることにより、表層の錫酸化膜の成長を抑制し、優れた外観、塗料密着性および耐食性が得られることを見出した。
本発明は、以上の知見に基づきなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
[1]鋼板の少なくとも片面に錫を含むめっき層を有し、該めっき層上にPと錫を含む化成処理皮膜を有し、該化成処理皮膜の付着量が片面あたりP換算で1.0〜50mg/m2であり、X線光電子分光法で表面から測定した前記化成処理皮膜のP2pピークとSn3dピークの強度から求めたSnとPの原子比率Sn/Pが1.0〜1.5であり、かつ、P2pピークとO1sピークの強度から求めたOとPの原子比率O/Pが4.0〜9.0であることを特徴とする錫めっき鋼板。
[2]前記[1]において、前記化成処理皮膜の赤外吸収スペクトルにおけるPO結合の反射吸収強度(IPO)と、OH結合の反射吸収強度(IOH)の比、IOH/IPOが、0.18〜0.30であることを特徴とする錫めっき鋼板。
[3]鋼板の少なくとも片面に錫を含むめっき層を形成した後、錫イオンとりん酸イオンを含有する化成処理液中で前記鋼板を浸漬処理、または陰極電解処理し、次いで、60〜200℃に加熱することを特徴とする錫めっき鋼板の製造方法。
[4]前記[3]において、前記錫イオンが4価錫イオンであることを特徴とする錫めっき鋼板の製造方法。
本発明によれば、錫酸化膜の成長を抑制し、優れた外観、塗料密着性および耐食性を有する錫めっき鋼板が得られる。その結果、本発明の錫めっき鋼板は、錫めっき層の上層に、その皮膜特性を向上させる作用を有するものの環境上の問題から望ましくないとされるクロメート皮膜を形成させることなく、クロメート皮膜を有しためっき鋼板と同等もしくはそれ以上の優れた諸性能を有することが可能となる。また、本発明の錫めっき鋼板は、従来のクロメート処理の錫めっき鋼板に比べても遜色ない高速処理が可能であり、工業生産においても優れた生産性を有する。
以下に本発明を詳細に説明する。
本発明の錫めっき鋼板は、鋼板の少なくとも片面に錫を含むめっき層を有し、前記めっき層上にPと錫を含む化成処理皮膜を有した鋼板である。
まず、本発明において「錫めっき鋼板」とは、錫を含むめっきが施されたすべての鋼板を対象とする。中でも、特に好ましい「錫めっき鋼板」はFe−Sn−Ni合金層もしくは、Fe−Sn合金層の単一層からなる中間層、又は最下層にFe−Ni合金層、その上面にFe−Sn−Ni合金層の複合層からなる中間層を形成し、さらにその上面に形成した金属Sn層である錫を含むめっき層とを有する鋼板である。めっき層の付着量は、片面あたり、0.05〜20g/m2であることが好適である。付着量が0.05g/m2以上であれば充分な耐食性が得られる。一方、20g/m2超えではめっき層が厚くなりすぎるため、コスト的なメリットがなくなる場合がある。尚、Sn付着量は、電量法又は蛍光X線による表面分析により測定することができる。
次いで、上記めっき層上に形成される、Pと錫を含む化成処理皮膜について説明する。まず、化成処理皮膜の付着量としては、P換算値で、1.0〜50mg/m2であることが必要である。これは本発明において、重要な要件である。付着量が1.0mg/m2未満では、化成処理皮膜の被覆性が不十分となり、錫の酸化を抑制しきれず、塗料密着性が十分に得られない。一方、50mg/m2超えでは皮膜にクラックなど欠陥が生じやすくなり、塗料密着性や耐食性が劣化するので50mg/m2以下とする。なお、付着量は蛍光X線による表面分析により測定することができる。
化成処理皮膜の組成としては、X線光電子分光法で表面から測定した化成処理皮膜のP2pピークとSn3dピークの強度から求めたSnとPの原子比率Sn/Pが1.0以上1.5以下であり、かつ、P2pピークとO1sピークの強度から求めたOとPの原子比率O/Pが4.0以上9.0以下とすることが必要である。これもまた、付着量同様に、本発明において重要な要件である。
りん酸と錫の化合物には、りん酸第1錫(Sn(H2PO4)2)、りん酸第2錫(SnHPO4)、りん酸第3錫(Sn3(PO4)2)が存在し、水溶液中において式(1)(2)に示す平衡関係にある。
Sn(H2PO4)2⇔SnHPO4+H3PO4 ・・・(1)
3SnHPO4⇔Sn3(PO4)2+H3PO4 ・・・(2)
ここで、化成処理皮膜は缶の内面にも適用されるため、水分を含む内容物に対して化成処理皮膜は安定に存在する必要がある。りん酸第1錫は水に対して可溶性があり、内容物中に容易に溶出し、皮膜の安定性が失われる恐れがある。したがって化成処理皮膜はりん酸第2錫もしくはりん酸第3錫、あるいはそれらの混合物とする必要がある。以上の点を考慮した場合、前記SnとPの原子比率Sn/Pはりん酸第2錫100%の場合1.0、りん酸第3錫100%の場合1.5になる。よって、本発明においては、SnとPの原子比率Sn/Pは1.0以上1.5以下とする。Sn/Pが1.0未満の場合、りん酸第1錫が皮膜中に残存していることで可溶性の成分が内容物中に溶出し耐食性が劣化する。一方、1.5超えの場合は化学量論的に存在しない範囲となる。
また、上式(1)、(2)によれば、O/Pは、化学量論的には4.0となる。オルトりん酸構造は、高温で加熱されると脱水重合反応が起こり、O/Pは4.0より小さくなり、最終的にはメタりん酸構造(PO3 -)をとり、O/Pは3.0になる。その結果、加熱によりオルトりん酸構造からの脱水が起こると、体積収縮から皮膜にクラックが発生しやすくなり、バリア性が損なわれる。また、加熱によって錫の酸化が起こり、外観も損なわれる。よって、耐食性及び外観を維持し、脱水反応を防止する観点から、O/Pは4.0より小さくなることは好ましくない。
一方、実際に水溶液系でりん酸系の皮膜を形成させる場合には、O/Pが4.0よりも大きくなるケースが多い。これは皮膜中にはりん酸と錫以外に、吸着物あるいは水和物として水が取り込まれていることを示している。りん酸錫皮膜は周りの環境から錫めっき層への水や酸素の透過を抑制するバリアとして作用する。しかし、皮膜中に水が多量に存在すると、化成処理皮膜自身が酸素の供給源となり、錫めっき層の酸化を促進してしまう。よって、錫めっき層の酸化を抑制し、黄変による外観劣化や塗料密着性低下を防ぐには、皮膜中に腐食促進因子となる水が多く存在しないことが好ましい。特にこのような水が皮膜中に多く存在し、O/P>9.0となると、化成処理皮膜が存在していても錫酸化膜の成長を十分抑制することができなくなり、表面が錫酸化膜に覆われ黄色く変色して外観を損なったり、錫酸化膜の凝集破壊による密着性低下を引き起こすなど、実用上弊害が生じる。
したがって、O/Pは4.0以上9.0以下とする。
なお、これらの原子比率は、表面からのX線光電子分光測定によりO1s、P2p、Sn3dのピークをそれぞれ測定し、X線光電子分光の定量ソフトを用いて求めた原子濃度を元に計算から求めることができる。定量ソフトの一例を示せば、KRATOS社 VISION2を挙げることが出来る。O1sについては、最表面の吸着成分や汚染の影響を大きく受けるため、皮膜の特性と対応付けするには軽いスパッタリング等によりコンタミネーションの影響を軽減して分析することが好ましい。また定量には相対感度係数法が広く用いられており、目的元素のピーク強度あるいはピーク面積強度を用い、予め装置に組み込まれている係数または標準物質測定により求められた係数を用いて計算することができる。
さらに、化成処理皮膜の赤外吸収スペクトルにおけるPO結合の反射吸収強度(IPO)とOH結合の反射吸収強度(IOH)の比、IOH/ IPOが、0.18〜0.30であることが好ましい。化成処理皮膜中の水は、化成処理皮膜の赤外吸収スペクトルにおけるPO結合の吸収強度(IPO)と、OH結合の吸収強度(IOH)の比、IOH/ IPO によっても定量化することが可能である。なお、ここではこのように極表層皮膜の赤外吸収スペクトルを定量的に評価するため、FT-IR(フーリエ変換赤外分光光度計)を用い、高感度反射法により測定した。具体的には、日本電子(株)製FT-IR:JIR-100を使用し、高感度反射測定における入射光は平行偏光、入射角度は70°とし、分解能は4cm-1、積算回数は200回、検出器は広帯域MCT検出器で測定した。参照試料としては、化成処理皮膜を有さない錫めっきのみを行った鋼板を使用し、参照試料との差スペクトルを得た。IOH と IPOは、図1に示すように、それぞれ、化成処理皮膜の赤外吸収スペクトルにおける、波数1130cm-1の近傍に見出されるPO結合による吸収ピーク、及び、波数3510cm-1の近傍に見出されるOH結合による吸収ピークの強度である。IOH / IPOはOHによる3510cm-1近傍のピーク強度とリン酸による1130cm-1近傍のピーク強度を測定し、バックグラウンドを差し引いた(差スペクトル)のち、その比を算出して得ている。
IOH / IPO が、0.30を超えると、化成処理皮膜中の水が多すぎるため、錫の酸化物の成長を十分抑制することができなくなり、表面が酸化物に覆われ黄色く変色して外観を損なったり、錫酸化物の凝集破壊による密着性低下を引き起こすなど、実用上弊害が生じることがある。したがってIOH/ IPO は0.30以下にすることが好ましい。さらに性能を安定的に維持するには0.28以下にすることが好ましい。一方、IOH/ IPOが0.18未満では、化成処理皮膜中の水が少ないが、これはは、加熱が過多となった場合の結果であり、錫酸化物が表面に多量に形成されてしまい、逆に外観や密着性を損ねることがある。したがってIOH/ IPOは0.18以上であることが好ましい。
次に本発明の錫めっき鋼板の製造方法について説明する。
まず、錫を含むめっき層を少なくとも鋼板の片面に有した鋼板上に、Pと錫を含有する化成処理皮膜を形成する。形成方法としては、例えば、1)りん酸、りん酸ナトリウム、りん酸カリウム等の金属塩などを含む水溶液に鋼板を浸漬する方法、2)錫イオン、好適には4価の錫イオンとりん酸イオンを含有する化成処理液中で鋼板を浸漬処理、または陰極電解処理する方法が挙げられる。
上記1)の方法は一般的であり、1)の方法においては、りん酸、りん酸ナトリウム、りん酸カリウム等の金属塩のりん酸源と錫めっきの表面が反応することで、例えば式(3)のようにりん酸第1錫が形成される。
2H3PO4+Sn⇔Sn(H2PO4)2+H2 ・・・(3)
りん酸第1錫は、前述の式(1)、(2)で示したように、りん酸第2錫、りん酸第3錫と平衡関係にある。また式(3)で、りん酸第1錫が形成されると、同時に水素ガスが発生する。その結果、鋼板界面近傍ではプロトンが消費されてpHが上昇し、りん酸第2錫、りん酸第3錫が沈殿して鋼板上に皮膜が形成されることになる。
前記1)の方法によれば、Pと錫を含有させた化成処理皮膜をめっき層上に析出させることは現実に可能であるが、反応時間が5〜10秒程度と長い。そのため、高速で皮膜を形成させるには不利である。これに対し、前記2)の方法、すなわち、りん酸イオンを含有する水溶液中に錫イオン、好適には4価の錫イオンを添加した化成処理液中で鋼板を浸漬処理、または陰極電解処理する方法では、皮膜析出の格段の高速化が可能となる。このように2)の方法で高速化が可能となるのは以下の理由による。
まず、前記式(3)に示す、りん酸第1錫の形成を促進させるには、浴中の錫イオン濃度を増すことが有効である。その点から、錫イオンを化成処理液中に含有させることは好ましい。ところが、りん酸イオンを含有する水溶液中に2価錫イオンを多量に添加すると、浴中にスラッジが発生し、皮膜の均一付着が損なわれるため、十分な効果が得られないことが多い。これに対し、4価錫イオンを添加すると、浴中のスラッジの形成が抑えられ、2価錫イオンの場合よりも多くの錫イオンの添加が可能である。しかも、2価錫イオンを添加するよりも、皮膜の析出が向上する。浴中に溶けた4価錫イオンは、錫めっき表面の溶解に伴う放出電子により鋼板界面付近では2価錫イオンに還元される。このため、結果的に界面近傍に高濃度の2価錫イオンを添加したのと同じ効果が得られ、反応速度が飛躍的に向上することになる。さらに、鋼板を陰極として電解を施すと、4価錫の2価への還元を促進するとともに、プロトンの還元反応をも助長し、界面近傍のpH上昇によるりん酸第2錫、りん酸第3錫の沈殿析出を促進することから、さらに大きな反応促進効果が得られる。その結果、りん酸イオンを含有する水溶液中に4価錫イオンを添加した化成処理液中で鋼板を浸漬処理、または陰極電解処理することで、1秒以下の短時間で皮膜の形成が可能となり、現行クロメート処理と同等の処理時間で皮膜を形成させることが可能となる。
以上より、錫を含むめっき層を少なくとも鋼板の片面に有した鋼板上にPと錫を含有する化成処理皮膜の形成方法としては、錫イオン、好適には4価の錫イオンとりん酸イオンを含有する化成処理液中で鋼板を浸漬処理、または陰極電解処理する方法が好ましく、これにより、クロメート処理プロセスに匹敵する速さ(高速)で、安定して処理することが可能となる。なお、2価の錫イオンを添加するには塩化第一錫や硫酸錫を、4価錫イオンを添加するには、塩化第二錫、よう化第二錫など錫塩の形で添加する、あるいは酸化第二錫を酸に溶解して添加するなど、特にその添加法に限定はしない。また、りん酸イオンを添加するにはオルトりん酸、りん酸ナトリウムなどを添加して、オルトりん酸イオンとして化成処理液中に含有させることが好ましい。さらに、処理時間は必要なP付着量に応じて適宜決定すればよい。
次いで、上記により化成処理皮膜を形成した鋼板を60〜200℃の温度に加熱する。上述の電解、もしくは浸漬処理によって得られた化成処理皮膜は、そのままでは化成処理皮膜中に多くの吸着水もしくは水和水を含有し、化成処理皮膜の原子比O/Pを9.0以下にすることができない。O/Pを9.0以下にするためには化成処理皮膜を形成後、60℃以上に加熱することが必要となる。温度60℃未満では化成処理皮膜の脱水効果が低いため、O/Pを短時間で9.0以下にすることは難しい。一方、温度が200℃を超えると、加熱処理による脱水効果は大きいが、加熱処理自身によって錫酸化膜が表面に多量に形成されてしまい、逆に外観や密着性を損ねる。また、温度がさらに高温になると、オルトりん酸構造からの脱水縮合(メタ化)も起こるようになり、皮膜の耐食性も失われるようになる。したがって温度は200℃以下である必要がある。また、図2に示すように、鋼板の加熱温度は、IOH/ IPOとの間にも相関がみられる。よって、IOH / IPOを0.18〜0.30とするためにも、鋼板の加熱温度は、60〜200℃とする必要がある。加熱方式は、特に限定するものではなく、通常、工業的に行われている熱風を吹き付ける加熱方法や、赤外線加熱、誘導加熱、輻射加熱などが好適である。
尚、化成処理液には、Fe、Niの金属塩、例えば、FeCl2、NiCl2、FeSO4、NiSO4などの金属塩を適宜添加することができる。この場合には、促進剤として塩素酸ナトリウム、亜硝酸塩などの酸化剤、フッ素イオンなどのエッチング剤を適宜添加してもよい。
また、化成処理液の均一処理性を向上させる目的で、ラウリル硫酸ナトリウム、アセチレングリコールなどの界面活性剤を適宜添加しても良い。
さらに、化成処理液中の錫イオンの含有量を増加させ、短時間で化成処理被膜を形成させるために、酸化剤を適宜添加しても良い。酸化剤としては、過酸化水素、過マンガン酸カリウム、ヨウ素酸ナトリウム、硝酸、過酢酸、塩素酸塩、過塩素酸塩などが好ましい。
以上より、本発明の錫めっき鋼板が得られる。上述に基づいて、本発明の一実施形態として製造方法の一例を以下に説明する。
冷延鋼板にSnめっきを施した後、錫の融点(231.9℃)以上の温度で加熱溶融(リフロー)処理を行い、Fe−Sn合金層(中間層)と金属Sn層(上層)の2層からなる錫系めっき層を形成させる。次に、リフロー処理後に表面に生成した錫酸化膜を除去するため、10〜15g/Lの炭酸ナトリウム水溶液中で1〜3C/dm2の陰極処理を行う。引き続き、浸漬処理もしくは陰極電解処理によって化成処理を行う。化成処理液としては、1〜80g/Lのリン酸、0.5〜5g/Lの塩化第二錫を添加した水溶液を用いる。化成処理条件は、温度を40〜80℃、浸漬処理の場合は浸漬時間を1〜2秒、陰極電解処理の場合は電解時間を0.5〜1秒、電流密度を0.5〜10A/dm2とする。化成処理後、リンガーロールで絞ったのち、赤外線加熱装置により60〜200℃に加熱し乾燥させ、その後、水洗し、常温の冷風で乾燥する。その結果、P換算で1.0〜50mg/m2、SnとPの原子比率Sn/Pが1.0〜1.5、OとPの原子比率O/Pが4.0〜9.0、および赤外吸収スペクトルのIOH/IPOが0.18〜0.30のりん酸系化成処理皮膜を有する錫めっき鋼板を得られることになる。尚、上述したところは、この発明の実施形態の一例を示したにすぎず、請求の範囲において種々の変更を加えることができる。
本発明の実施例について以下で詳細に説明する。
実施例1
板厚0.2mmの低炭素鋼からなる冷延鋼板の両面に、市販の錫めっき浴を用い、錫めっき層を片面当り10g/m2の付着量で形成した後、錫の融点(231.9℃)以上で加熱溶融(リフロー)処理を行った。次にリフロー処理後に表面に生成した錫酸化膜を除去するため、浴温50℃、10g/Lの炭酸ナトリウム水溶液中で1C/dm2の陰極処理を行った。その後、水洗し、6.0g/Lのリン酸、2.7g/Lの塩化第二錫・五水和物を添加した水溶液中で、浴温60℃、10A/dm2の電流密度で1秒間陰極電解処理を行った。更にその後、リンガーロールで絞り、赤外線加熱装置により、鋼板温度が70℃となる条件で加熱乾燥を行い、水洗し、冷風乾燥することにより、P換算で付着量8.3mg/m2の、Pと錫を含有する化成処理皮膜をめっき層上に形成した。なお、P付着量の測定は予め付着量を湿式分析して求めた検量板との比較による蛍光X線分析により行った。また、後述するように、表面からのX線光電子分光法測定により化成処理皮膜の原子比率Sn/PおよびO/Pを求めたところ、Sn/Pは1.3、O/Pは6.0であった。さらに、前述した高感度反射法により測定した赤外吸収スペクトルのIOH/IPOは0.28であった。
(X線光電子分光法(XPS)による測定)
各試料を装置内に挿入後、表面汚染除去のための軽いArスパッタリングを施した後定量分析に供した。このとき表面汚染除去はC1sピークが相対感度係数法による定量で5原子%以下になる条件を目安とした。表面汚染除去後、P2p、O1s、Sn3dのピーク強度を測定し、相対感度係数法を用いて強度を原子濃度に換算した。さらにこの値を用いてSn/P、O/Pの原子比を算出した。このとき相対感度係数はKRATOS社製XPS(AXIS-HS)に組み込まれている値を用いた。一般にXPSには各装置に標準的な相対感度係数が組み込まれており、半定量が可能である。しかし、定量値を議論する場合は、可能な限り試料に近く、かつ組成が明らかな物質でその定量性を確認しておくことが望ましい。本実施例では、Na2PO4、SnO2を用い、同様の定量を行えばNa2PO4のO/Pは3.6〜4.4、SnO2のSn/Oは0.45〜0.55と±10%程度で定量できることを確認したのち、測定を行った。これらの値は分析点を増やすことにより精度・代表性を向上させることができるため、各試料については100μmφ以上の点を3点以上分析し、その平均を算出した。
実施例2〜10、13〜15、参考例1、2
板厚0.2mmの低炭素鋼からなる冷延鋼板の両面に、実施例1と同様の方法により、めっき処理を行い、めっき層を形成した。次いで、表1に示す濃度のリン酸あるいはりん酸ナトリウム、及び塩化第二錫・五水和物あるいはよう化第二錫を添加した水溶液中で、表1に示す電流密度と時間の条件で陰極電解処理を行った。あるいは表1に示す時間で浸漬処理を行った。更にその後、リンガーロールで絞り、赤外線加熱装置により鋼板温度が表1に示す温度になる条件で加熱乾燥を行い、水洗し、冷風乾燥することにより、Pと錫を含む化成処理皮膜を形成した。
以上により得られた錫めっき鋼板について、実施例1と同様に、P付着量、化成処理皮膜の原子比率Sn/P、O/P、およびIOH/IPOを測定した。結果を条件と併せて表1に示す。
実施例16
板厚0.2mmの低炭素鋼からなる冷延鋼板の両面に、市販の錫めっき浴を用い、錫めっき層を片面当り10g/mの付着量で形成した後、錫の融点(231.9℃)以上で加熱溶融(リフロー)処理を行った。次にリフロー処理後に表面に生成した錫酸化物を除去するため、浴温50℃、10g/Lの炭酸ナトリウム水溶液中で1C/dmの陰極処理を行った。その後、水洗し、6.0g/Lのリン酸、2.7g/Lの塩化第二錫・五水和物を添加した水溶液中で、浴温60℃、10A/dm2の電流密度で1秒間陰極電解処理を行った。更にその後、水洗を行い、リンガーロールで絞り、赤外線加熱装置により、鋼板温度が70℃となる条件で加熱乾燥を行うことにより、P換算の付着量7.0mg/m2のりん酸錫からなる化成皮膜を形成した。以上により得られた錫めっき鋼板について、上記実施例と同様に、P付着量および化成処理皮膜の原子比率Sn/P、O/P、およびIOH/IPOを測定した。結果を条件と併せて表1に示す。
参考3〜5
板厚0.2mmの低炭素鋼からなる冷延鋼板の両面に、実施例1と同様の方法により、めっき処理を行い、めっき層を形成した。次いで、表1に示す濃度のリン酸及び塩化第一錫あるいは硫酸錫を添加した水溶液中で、表1に示す電流密度と時間の条件で陰極電解処理を行った。あるいは表1に示す時間で浸漬処理を行った。更にその後、リンガーロールで絞り、赤外線加熱装置により鋼板温度が表1に示す温度になる条件で加熱乾燥を行い、水洗し、冷風乾燥することにより、Pと錫を含む化成処理皮膜を形成した。
以上により得られた錫めっき鋼板について、実施例1と同様に、P付着量、化成処理皮膜の原子比率Sn/P、O/P、およびIOH/IPOを測定した。結果を条件と併せて表1に示す。
比較例1〜7
比較のため、化成処理皮膜の形成方法及びP付着量あるいは組成が本発明範囲外である錫めっき鋼板を製造した。板厚0.2mmの低炭素鋼からなる冷延鋼板の両面に、実施例1と同様の方法により、めっき処理を行い、めっき層を形成した。次いで、表1に示す濃度のオルトリン酸、及び塩化第二錫・五水和物あるいは塩化第一錫・二水和物を添加した水溶液中で、表1に示す電流密度と時間の条件で陰極電解処理を行った。あるいは表1に示す時間で浸漬処理を行った。更にその後、リンガーロールで絞り、赤外線加熱装置により鋼板温度が表1に示す温度になる条件で加熱乾燥を行い、水洗し、冷風乾燥することにより、りん酸錫からなる化成処理皮膜を形成した。以上により得られた錫めっき鋼板について、実施例1と同様に、P付着量、化成処理皮膜の原子比率Sn/P、O/P、およびIOH/IPOを測定した。結果を条件と併せて表1に示す。
Figure 0004935295
次いで、実施例および比較例の化成処理を施した各錫めっき鋼板について、化成処理皮膜の性能を評価するため、下記の錫酸化膜の成長特性、塗膜の密着性、耐食性の調査を行った。表2にそれらの評価結果を示す。
(錫酸化膜の成長特性の評価)
実施例および比較例の各錫めっき鋼板について、60℃、相対湿度70%の環境下で10日間保管し、表面に形成された錫酸化膜の量を、電気化学的還元に要した電気量で評価した。電解液には1/1000NのHBr溶液を用い、電流密度25μA/cm2で電解を行った。
○・・・還元電気量 3mC/cm2未満、外観 優 (クロメート処理材同等)
△・・・還元電気量 3mC/cm2以上5mC/cm2未満 、外観 やや黄色み
×・・・還元電気量 5mC/cm2以上、外観 はっきりとわかる黄色み
(塗料密着性の評価)
実施例および比較例の各錫めっき鋼板の表面に、付着量50mg/dm2のエポキシフェノール系塗料を塗布した後、210℃で10分間の焼付を行った。次いで、上記塗布・焼付を行った2枚の錫めっき鋼板を、塗装面がナイロン接着フィルムを挟んで向かい合わせになるように積層した後、圧力2.94×105Pa、温度190℃、圧着時間30秒の圧着条件下で貼り合わせ、その後、これを5mm幅の試験片に分割し、この試験片を引張試験機を用いて引き剥がし、強度測定を行った。
◎・・・4.50N(0.5kgf)以上
○・・・3.92N(0.4kgf)以上4.50N(0.5kgf)未満(クロメート処理材同等)
△・・・1.96N(0.2kgf)以上、3.92N(0.4kgf)未満
×・・・1.96N(0.2kgf)未満
(耐食性の評価)
実施例および比較例の各錫めっき鋼板の表面に、付着量50mg/dm2のエポキシフェノール系塗料を塗布した後、210℃で10分間の焼付を行った。次いで、市販のトマトジュースに60℃、10日間浸漬し、塗膜の剥離、錆の発生の有無を目視で評価した。
◎・・・塗膜剥離、錆の発生 なし
○・・・塗膜剥離なし、ごくわずか点状の錆の発生(クロメート処理材同等)
△・・・塗膜剥離なし、微小な錆の発生
×・・・塗膜剥離あり、錆発生あり
Figure 0004935295
表2より、実施例1〜10、13〜16はいずれも、錫酸化膜の成長特性、塗料密着性、耐食性の全てについて優れていた。一方、比較例1〜7は、錫酸化膜の成長特性、塗料密着性、耐食性のいずれかの性能が悪く、実用レベルにないことがわかる。
本発明の錫めっき鋼板は、優れた外観、塗料密着性および耐食性を有しているため、DI缶、食缶、飲料缶などに使用される缶用を中心に、多様な用途に用いることが可能である。
赤外線吸収スペクトルにおける波数と反射吸収率との関係を示す図である。 加熱温度と赤外吸収スペクトルにおけるIOH/IPOとの関係を示す図である。

Claims (3)

  1. 鋼板の少なくとも片面に錫を含むめっき層を有し、該めっき層上に陰極電解処理により形成されたPと錫とOとHを含む化成皮膜を有し、該化成処理皮膜の付着量が片面あたりP換算で1.0〜50mg/m2であり、X線光電子分光法で表面から測定した前記化成処理皮膜のP2pピークとSn3dピークの強度から求めたSnとPの原子比率Sn/Pが1.0〜1.5であり、かつ、P2pピークとO1sピークの強度から求めたOとPの原子比率O/Pが4.0〜9.0であることを特徴とする錫めっき鋼板。
  2. 前記化成処理皮膜の赤外吸収スペクトルにおけるPO結合の反射吸収強度(IPO)と、OH結合の反射吸収強度(IOH)の比、IOH/IPOが、0.18〜0.30であることを特徴とする請求項1に記載の錫めっき鋼板。
  3. 鋼板の少なくとも片面に錫を含むめっき層を形成した後、4価錫イオンとりん酸イオンを含有する化成処理液中で前記鋼板を陰極電解処理し、次いで、60〜200℃に加熱することを特徴とする請求項1または2に記載の錫めっき鋼板の製造方法。
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