JP4570702B2 - 香味成分含有量の割合が改変された酒類の製造法 - Google Patents
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Description
〔発明の背景〕
【発明の属する技術分野】
本発明は、高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子の発現性を変えたサッカロミセス属酵母を用い、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール及び酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチルの含有量の割合が改変された酒類の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
酵母が生産する主要な香味成分は、高級アルコールと酢酸エステルである。これらの香味成分構成は香りや味の強弱や調和を決定する重要な因子であり、酒類の品質を特徴付けている。高級アルコールに含まれるイソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、及びβ−フェネチルアルコールは、それぞれロイシン、バリン、スレオニン、及びフェニルアラニンの代謝系の中間生産物であるケト酸からそれぞれ生産される。これらの生成には、グルコースからのアミノ酸生合成系を経由する系と培地中のアミノ酸を取り込む系、所謂、エーリッヒ経路の2つの系がある。各段階の酵素及び遺伝子について詳細な報告がある[J. Gen. Microbiol., 139, p2783, 1993]。取り込んだアミノ酸は、アミノ基転移酵素によりアミノ基を奪われて、この代謝系の中間生産物であるケト酸となる[J. Biol. Chem., 271, p24458, 1996 ]。これらのケト酸が、脱炭酸・還元されて上記のアルコールが造られると考えられている。一方、酢酸エステルは、対応するアルコールとアセチルCoAを基質として、アルコールアセチルトランスフェラーゼにより造られる[Appl. Environ. Microbiol.,60 , p2786, 1994]。
【0003】
高級アルコール生成におけるアミノ酸代謝系の中間生産物であるケト酸が、脱炭酸されて、対応するアルデヒドと二酸化炭素が生産される。この脱炭酸を触媒する酵素に関しては、古くから研究が行われている。酵母より部分精製したピルビン酸デカルボキシラーゼ(PDC1、5、6遺伝子によってコードされ、ピルビン酸の脱炭酸を触媒しアセトアルデヒドと二酸化炭素とを生産する)が、エーリッヒ経路の推定の中間生産物を含む色々な2-オキソ酸の脱炭酸を触媒することが報告されている[Biochem. J., 74, p568, 1960; Eur. J. Biochem., 32, p83, 1973; J. Biol. Chem., 138, p327, 1941; J. Inst. Brew. 75, p359, 1969 ]。Schureらは、PDC遺伝子の単一の破壊株の細胞抽出液を用いた実験により、PDC1とPDC5遺伝子によってコードされる酵素が分岐鎖2−オキソ酸を脱炭酸することができることを示している[Appl. Environ. Microbiol. 64, p1303, 1998]。一方、Hodgsonらは、エタノール生成と高級アルコール生成は、生化学レベルで分離できる可能性を報告している[EBC Congress, p461, 1993]。Dickinson らは、ロイシンからイソアミルアルコールの代謝を13C−NMRを使って調べたところ、ピルビン酸デカルボキシラーゼの構造遺伝子の3つを破壊した株(pdc1 pdc5 pdc6)で、イソアミルアルコール生産量が減少しなかったと報告している[J. Biol. Chem. 272, p26871, 1997]。このように様々な報告があるが、ピルビン酸デカルボキシラーゼが、高級アルコール生成に関与するのか、或いは、関与しないのかは、結論的に証明されていない。
【0004】
高級アルコール生産量の割合を改変させる方法として、ロイシンやバリンなどの代謝系のILV1、ILV2やLEU2遺伝子の変異により、イソアミルアルコール、イソブタノールやn−プロパノール生産能が改変された株の取得[日本醸造協会誌, 93, p37, 1998 ]、ロイシンの類似物(5´,5´,5´−トリフルオロ−D,L−ロイシン)に対する耐性獲得によりロイシン生合成系のフィードバック阻害が解除され、イソアミルアルコール生産能が増大した株[特開昭62-6669 号公報]の取得、及びフェニルアラニンの類似物(フルオロフェニルアラニン)に対する耐性獲得によりフェニルアラニン生合成系のフィードバック阻害が解除され、β−フェネチルアルコール生産能が増大した株[特許 2683058号公報]の取得が試みられているが、これらの変異株では、限られた高級アルコール生産量を減少、或いは増大させるだけであり、多数の高級アルコール生産量の割合を改変させることはできなかった。
一方、酢酸イソアミル生産量の割合を改変させる方法として、ロイシンの類似物(5´,5´,5´−トリフルオロ−D,L−ロイシン)に対する耐性獲得によりロイシン生合成系のフィードバック阻害が解除され、基質となるイソアミルアルコール生産量が増大し、酢酸イソアミル生産量が増大した株[特開昭62-6669 号公報]、酢酸β−フェネチル生産量を改変させる方法として、フェニルアラニンの類似物(フルオロフェニルアラニン)に対する耐性獲得によりフェニルアラニン生合成系のフィードバック阻害が解除され、基質となるβ−フェネチルアルコール生産量が増大し、酢酸β−フェネチル生産量が増大した株[特許 2683058号公報]の使用が試みられている。これらは、特定の酢酸エステル生産量を増大させるだけであり、減少させることはできなかった。また、酢酸イソアミル生成酵素の構造遺伝子(ATF1)の遺伝子の高発現により酢酸イソアミル生産量を増大させた株[特開平6-062849号公報]、エステラーゼ遺伝子の破壊により分解を抑えて酢酸イソアミル生産量を増大させた株[特開平9-234077号公報]の使用が試みられている。一方、酢酸イソアミル生産量を減少させるための方法として、酢酸イソアミル生成酵素の構造遺伝子(ATF1)の遺伝子の破壊により酢酸イソアミル生産量を減少させた株[特開平6-253826号公報]の使用が試みられ、特定の酢酸エステル生産量が改変されている。
【0005】
しかし、高級アルコールや酢酸エステル含有量の割合を改変するための従来の酒類の製造方法は、特定の成分に絞っているために、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール及び酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチルの複数成分の含有量の割合を改変する酒類の製造法は、現在まで得られていない。
〔発明の概要〕
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール及び酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチルの含有量が改変された酒類の製造方法を提供することを目的とするものである。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素を同定し、この構造遺伝子の発現の阻止、或いは高発現させることにより、上記課題を解決できることを見出し、この知見を基に本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明による酒類の製造方法は、高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子の発現性を変えた改変酵母を用いて酒類製造のための発酵を行い、発酵液中のイソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール及び酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチル含有量(または含有量の割合)を改変もしくは制御することを特徴とするものである。本発明における典型的な態様は下記に示す方法である。
高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子の発現を阻止したサッカロミセス属酵母を用い、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール及び酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチルの含有量の割合が改変された、上記の酒類の製造方法。
高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子を高発現性としたサッカロミセス属酵母を用い、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール及び酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチルの含有量の割合が改変された、上記の酒類の製造方法。
【0007】
〔発明の具体的な説明〕
【発明の実施の形態】
改変サッカロミセス酵母
本発明における酵母は上述した通り、高級アルコールの生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子の発現性(発現産物の生産性)を変えた酵母であって、典型的には、高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子の発現を阻止したサッカロミセス属酵母、または高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子を高発現性としたサッカロミセス属酵母である。
本発明において、遺伝子の発現阻止とは、本来その遺伝子によりコードされる酵素の生成もしくは活性が全く無いか減少する状態を意味する。また遺伝子の高発現とは、その遺伝子によりコードされる酵素の生成もしくは活性が増大することを意味する。
本発明において、脱炭酸酵素の遺伝子とは、ケト酸類から対応するアルデヒド類と二酸化炭素との生成を触媒する酵素をコードする遺伝子である。該酵素の遺伝子としては、代表的には通常のサッカロミセス属酵母が有するピルビン酸デカルボキシラーゼ(PDC)遺伝子、例えばPDC1、PDC5、PDC6遺伝子等があげられ、本発明においてはPDC1遺伝子が特に好ましい。PDC1遺伝子は、グルコース存在下で機能する酵素をコードする遺伝子であり、PDC5遺伝子は、PDC1酵素が正常に機能しない場合にグルコースの存在下でその機能を肩代わりする酵素をコードする遺伝子である[Eur.J.Biochem., 188, p615, 1990 ]。またPDC6遺伝子は、エタノールの存在下に脱炭酸酵素機能が誘導される酵素をコードする遺伝子である[J.Bacteriol., 173, p7963, 1991]。これらのPDC遺伝子については、例えば Nucleic Acids Res., 14, p8963, 1986, Eur.J.Biochem., 188, p615, 1990, Curr. Genet., 20, p373, 1991 に記載されている。本発明における脱炭酸酵素遺伝子は、上記の機能を有する限り配列の一部が変化した(置換、欠失、挿入など)変異体を包含するものである。
【0008】
以下に、本発明における改変サッカロミセス酵母、すなわち高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の発現性を変えた酵母、代表的には、上記脱炭酸酵素遺伝子の発現を阻止した酵母および該遺伝子を高発現性とした酵母の作製方法について説明する。この説明においては、PDC1遺伝子の場合を代表的に例示しているが、他の脱炭酸酵素遺伝子の場合もその作製方法に準ずることができる。
PDC1遺伝子の発現を阻止したサッカロミセス属酵母は、次のように作製することができる。PDC1遺伝子の場合、アミノ酸の1つであるロイシン生合成に関するLEU2遺伝子あるいは核酸の1つであるウラシル生合成に関するURA3遺伝子等のマーカー遺伝子等他の配列の上流と下流にPDC1遺伝子の一部分を結合させたDNA断片を作製し、このDNA断片で親株酵母を形質転換し、PDC1遺伝子の破壊された発現阻止株を得ることができる(遺伝子の破壊については例えば特開平6-253826号参照)。
また、PDC1遺伝子を高発現性としたサッカロミセス属酵母は、例えばPDC1遺伝子の場合、PDC1遺伝子を含む多コピー型プラスミドを作製し、このプラスミドで親株酵母を形質転換してPDC1遺伝子が高発現する株を得ることができる(遺伝子の高発現については例えば特開平6-62849 号参照)。遺伝子破壊とは、遺伝子に挿入、置換、及び欠失等[生物化学実験法:酵母分子遺伝学実験法、学会出版センター、p145, 1996]することにより、その遺伝子の機能を完全にもしくは著しく失わせることである。破壊用DNA断片の作製は、化学合成、サッカロミセス酵母の染色体DNAライブラリー(該ライブラリーの作製については例えば Appl. Environ. Microbiol., 60, p2786, 1994 参照)からの適当なプローブによるハイブリダイゼーション法なども可能であるが、サッカロミセス属酵母の染色体DNA(該DNAの取得については例えば Methods in yeast genetics, Cold Spring Harbor Laboratory press, p137, 1994参照)を鋳型として、PDC1遺伝子の一部分のためのプライマーを用いるポリメレースチェインリアクション(PCR)法によりPDC1遺伝子の部分配列を得て、これを上記他の配列(LEU2遺伝子など)の両側に結合させる方法が簡便である。部分配列はPDC1遺伝子のどの領域でも構わないが、30塩基程度の連続領域でも可能であるが、好ましくは400塩基程度の連続領域である。PDC1遺伝子の配列は、上記のように文献に酵素のアミノ酸配列と共に記載されている他、インターネット上でも容易にそれらの情報を得ることができる[http://genome-www.stanford.edu/ ]。
PDC1遺伝子を含む多コピー型プラスミドは、例えば、サッカロミセス酵母の染色体DNAを鋳型として、PDC1遺伝子のための適当なプライマーを用いてPCR法によりPDC1遺伝子配列を得て、これを多コピー型プラスミドに導入することにより簡便に作製することができる。上述のような遺伝子の発現阻止および高発現は、PDC1遺伝子を例示しているが、他の脱炭酸酵素遺伝子の場合も上記の方法に準じて行うことができる。
遺伝子の発現阻止に関しては、エタノールの存在下に機能する前記PDC6遺伝子について、PDC1遺伝子の発現阻止に加えて上述の方法に準じて更に発現阻止のための改変処理を行うことができる。また遺伝子の高発現に関しては、上記PDC6遺伝子あるいは非常時にPDC1の機能を肩代りする前記のPDC5遺伝子について、PDC1遺伝子の高発現に加えて上述の方法に準じて更に高発現のための改変処理を行うことができる。
本発明においては、上記のような高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子の発現性(発現産物の生産性)を変えた酵母、典型的には該構造遺伝子の発現阻止あるいは高発現性の遺伝子を導入したサッカロミセス酵母の育種株の使用により、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール及び酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチルの含有量の割合が改変された酒類の製造法が提供される。
【0009】
本発明でいうサッカロミセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)とは、The yeasts, a Taxonomic study 3rd. Edition (ed. by N.J.W.Kreger-van Rij. Elsevier Science Publishers B.V., Amsterdam. p379, 1984 )に記載されているサッカロミセス・セレビジエ及びそのシノニムないし変異株である。
【0010】
サッカロミセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)において、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコールは、培地中のグルコースからのロイシン、バリン、スレオニン、フェニルアラニン生合成系、或いは培地中のこれらの取り込みから造られる。培地中から取り込んだアミノ酸は、アミノ基転移酵素によりアミノ基を奪われて、この代謝系の中間生産物であるケト酸となる[J. Biol. Chem., 271 , p24458, 1996]。これらのケト酸が、脱炭酸・還元されて、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコールがそれぞれ造られる[J. Am. Soc. Brew. Chem.,36, p39, 1978 ]。
一方、酢酸エステルは、対応するアルコールとアセチルCoA を基質として、アルコールアセチルトランスフェラーゼにより造られる[Appl. Environ. Microbiol.,60 , p2786, 1994]。
【0011】
本発明者は、後記実施例に記載のように、サッカロミセス・セレビシエTD4株(Appl. Environ. Microbiol., 60, p2786, 1994)由来の染色体DNAからPDC1遺伝子の破壊用DNA断片と多コピー導入用DNA断片をポリメレースチェインリアクション(PCR)法によってそれぞれ取得した。得られたPDC1遺伝子の破壊用DNA断片を用いて酵母を形質転換し、PDC1遺伝子を破壊した育種株を作製した。また、PDC1遺伝子を含む多コピー型プラスミドを構築し、これにより親株の酵母を形質転換し、PDC1遺伝子の発現量を増大した育種株を作製した。これらの育種株の発酵試験によりイソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール及び酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチル生産量を調べたところ、育種株ではこれらの生産量の割合が改変されたことが明らかとなった(後記実施例10参照)。
【0012】
上記改変の対象となる宿主としては、分類学的には上記のようなサッカロミセス・セレビシエ等のサッカロミセス属の酵母が使用でき、用途上の分類では醸造用酵母(例えば上面発酵ビール酵母、下面発酵ビール酵母、清酒酵母、ウイスキー酵母、ワイン酵母、焼酎酵母等)およびパン酵母が使用できる。下面発酵ビール酵母以外の通常の酵母は1セットの染色体を持つ同質倍数体であり、前記のようにしてPDC1遺伝子等の脱炭酸酵素遺伝子の発現阻止(破壊)を行うことができる。一方、下面発酵ビール酵母は、2つのセットの染色体(サッカロミセス・セレビジエ型遺伝子と下面発酵ビール酵母特異的な遺伝子)を持つ異質倍数体であることが報告されている。しかし、下面発酵ビール酵母の遺伝子破壊については、既にMET10遺伝子の4コピーの破壊が報告されており[Nature Biotechnology, 14, p1587, 1996 ]、PDC1等の上記遺伝子においても同様にして下面発酵ビール酵母の遺伝子破壊は可能であることが容易に推察できる。上記の酵母はIFO(Institute for Fermentation, Osaka )、日本醸造協会、ATCC(American Type Culture Collection)等から容易に入手することができる。
【0013】
酵母にDNA断片を導入する際に用いるベクターとしては、多コピー型、単コピー型、染色体DNA組み込み型のいずれも利用可能である。例えば、多コピー型ベクターとしては、YEp24[Gene, 8 , p17, 1979 ]、単コピー型ベクターとしては、YCp50[Gene, 60, p237, 1987]、染色体DNA 組み込み型ベクターとしては、YIp5[Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.,76, p1035, 1979 ]が知られている。
遺伝子の高発現を目的として多コピー型ベクターを用いる場合、コピー数は特に制約されないが、酵母においては通常約20コピー程度(例えば上記YEp24など)である。
【0014】
形質転換の際に用いる選択マーカーとしては、例えばウラシル要求性遺伝子(URA3)、トリプトファン要求性遺伝子(TRP1)及びヒスチジン要求性遺伝子(HIS3)等の栄養要求性マーカー[Gene, 110 , p119, 1992]の他に、G418耐性遺伝子(G418r)[Gene, 19, p259, 1982]、ブラストサイジン耐性遺伝子(BSr)[Agric. Biol. Chem., 55, p3155, 1991 ]、セルレニン耐性遺伝子(PDR4)[Gene, 101 , p149, 1991]及び銅耐性遺伝子(CUP1)[Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 81, p337, 1984]等が利用可能である。
【0015】
遺伝子の発現を阻止する(著しい低下を包含する)方法として、前記の遺伝子破壊のみならず、アンチセンスDNAまたはRNAによる阻害作用を利用するアンチセンス法[Curr. Gtnet., 13, p283, 1988]、あるいは遺伝子の欠失[特開平6-253826号]等の他の方法を用いても、高級アルコール及び酢酸エステル生産量の割合の改変の目的は達せられ、これらの方法も包含される。なお、発現阻止として遺伝子破壊あるいはアンチセンス法を用いる場合、酵母に導入する部分塩基配列は、該酵母が本来有している脱炭酸酵素遺伝子と配列が全く同じか相同性が高いものである必要がある。通常PDC遺伝子の配列を利用すれば、サッカロミセス属酵母における遺伝子の発現阻止は可能である。また、PDC1遺伝子の高発現は、前記の多コピー導入のみならず、PDC1遺伝子のプロモーター領域の改変、ピルビン酸デカルボキシラーゼをコードする遺伝子の発現を調節するPDC2遺伝子[Mol. Gen. Genet., 241, p657, 1993 ]の改変、或いは高発現プロモーター(例えば、グリセルアルデヒド−3−ホスフェートデヒドロゲナーゼ;GAPDH遺伝子のプロモーター[J.Biol.Chem., 254 ,p9839, 1979])との置き換え等によっても、高級アルコール及び酢酸エステル生産量の割合の改変の目的は達せられる。
【0016】
遺伝子の発現阻止(破壊など)および発現増強のためのDNA、ベクター等を含むDNA 断片の酵母細胞への導入は、外来DNAを酵母に導入するための形質転換法において周知の技術であり、例えば酢酸リチウム法[J.Bacteriol., 153 , p163, 1983]等で行うことができる。
【0017】
改変酵母を用いた酒類の製造
本発明による酒類の製造法は、上述したような、高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子の発現性(発現産物の生産性)を変えた改変酵母、すなわち典型的には、高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子の発現を阻止したサッカロミセス属酵母、および高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子を高発現性としたサッカロミセス属酵母、のいずれかまたは両者を用いて酒類製造のための発酵を行なうことを特徴とするものである。
本発明において酒類とはビール、清酒、ワイン等の醸造酒、およびウイスキー、焼酎等の蒸留酒等を包含するものであり、従って酵母種としては前記のように、用途に応じて例えば上面発酵ビール酵母、下面発酵ビール酵母、清酒酵母、ウイスキー酵母、ワイン酵母、焼酎酵母等の醸造用酵母が使用できる。
本発明による酒類の製造方法は、発酵用酵母として上記の改変酵母を使用する以外は、基本的に従来の酒類の製造方法と変わらない。すなわち、目的の酒類に応じた発酵原料(例えば麦汁、麹、果汁など)に、通常の方法と同様にして本発明による上記改変酵母を添加し、通常の方法と同様の操作条件で発酵(またはその後更に蒸留)を行うことにより、目的の酒類を得ることができる。種々の酒類の製造法は周知の技術である。
【0018】
本発明における上記改変酵母を酒類の製造に用いることにより、代表的には下記のようにそれぞれの改変酵母を酒類の製造に用いることにより、高級アルコール(イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール)や酢酸エステル(酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチル)の含有量の割合を改変もしくは調節した味感の異なる酒類を製造することができる。
すなわち、高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子の発現を阻止したサッカロミセス属酵母を用いて発酵を行うことにより、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール及び酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチルの含有量の割合が改変(各成分比率の変化、および主として各成分含量の低下)された酒類が得られる。
高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子を高発現性としたサッカロミセス属酵母を用いて発酵を行うことにより、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール及び酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチルの含有量の割合が改変(各成分比率の変化、および主として各成分含量の増加)された酒類が得られる。
本発明においては、代表的には上記のいずれか一種の改変酵母を用いて発酵を行うが、必要に応じて上記の両改変酵母を適宜混合して用いて発酵を行ない、高級アルコールおよび酢酸エステルの含有割合を改変した酒類を製造することができる。
【0019】
【実施例】
以下に、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
実施例1. 高級アルコール生成に関する脱炭酸酵素の活性測定
反応用緩衝液(100mM リン酸カリウム緩衝液(pH7.0)、10mMαーケトイソカプロン酸)、及び本酵素を含む溶液1mlを20ml容バイアルに封入した後、30℃で1時間反応を行い、その後5.5μMの硫酸を加えることにより反応を停止した。内部標準として、n−ブタノールを50ppmの濃度になるように加え、ガスクロマトグラフィー(島津GC−17A、HSS−4A)を用いて、ヘッドスペース法により生成するイソバレルアルデヒドを定量した。
分析条件:キャピラリーカラム:Megabore ID=0.53mm 30m
昇温プログラム:40℃で 5分間保温し、10℃/分で140 ℃まで昇温後、140 ℃で3分間保温
バイアル温度:40℃
シリンジ温度:140℃
インジェクター温度:200℃
ディテクター温度:200℃
保温時間:15分間
【0020】
実施例2. 粗酵素の調製
研究用酵母KY1122(研究用酵母TD4[ MATa leu2 ura3-52 his4-519 trp1 canr ; Appl. Environ. Microbiol., 60 , p2786, 1994 ]株をポリメレースチェインリアクション(PCR)法によって増幅・単離したLEU2、URA3、HIS4及びTRP1遺伝子の4つのDNA断片で形質転換を順番に行うことにより、栄養要求性を失わせた株)をYM10培地(1.25%酵母エキス、1.25%麦芽エキス、10%グルコース)200mlに植菌し、20℃で72時間前培養した。その培養液を集菌し、初期菌体量がOD600が0.05となるように5リットルのYM10培地を入れた5リットル容の試薬ビンに植菌し、20℃で24時間培養した。次に、遠心分離(5000回転/5分間)により湿菌体で70.4グラムの菌体を回収した。その菌体を100mlの緩衝液A(100mM リン酸カリウム緩衝液(pH7.0))に懸濁させ、遠心分離(10000回転/5分間)により、菌体の洗浄を行った。この菌体を50mlの緩衝液Aに懸濁させ、100mlのグラスビーズを加え、「ダイノミル」(シンマルエンタープライゼス社)菌体破砕装置を用いて細胞を破砕した。破砕後、遠心分離(12000回転/20分間)の2回の操作により破砕残さを取り除いて粗酵素液を得た。
【0021】
実施例3. 酵素の精製
この粗酵素液90mlを500ml容のビーカに移し、1%ストレプトマイシン硫酸塩(和光純薬工業)を加え、スターラーバーを用いて、4℃で30分間懸濁した。その後、遠心分離(10000回転/10分間)し、上清を緩衝液Aに対して1晩透析した。
まず、イオン交換カラムクロマトグラフィー Q Sepharose Fast Flowカラム(ファルマシア社)とFPLC装置(ファルマシア社)を用いてカラムクロマトグラフィー(ファルマシア社)により精製した(吸着:緩衝液A、溶出:緩衝液A0ー2M塩化ナトリウム濃度勾配)。
【0022】
活性画分を、更に、第1表に示したように精製した。即ち、
1) 疎水性カラムクロマトグラフィー HiLoad 26/10 Phenyl Sepharose HP カラム(ファルマシア社)
FPLC装置(ファルマシア社)
吸着:緩衝液A、溶出:緩衝液A 1.7ー0M硫安濃度勾配
2) ゲルろ過カラムクロマトグラフィーHiLoad 26/20 Superdex 200pg カラム(ファルマシア社)
FPLC装置(ファルマシア社)
緩衝液A
3) 疎水性カラムクロマトグラフィー TSK-GEL Phenyl-5PW RPカラム(東ソー)
HPLC装置(日立製作所)
吸着:緩衝液A、溶出:緩衝液A 1.7ー0M硫安濃度勾配
4) ゲルろ過カラムクロマトグラフィー TSK-GEL G3000SWXLカラム(東ソー)
HPLC装置(日立製作所)
緩衝液A
により部分精製した。
【0023】
第1表に示すように疎水性カラムクロマトグラフィーHiLoad 26/10 Phenyl Sepharose HPカラムを用いた精製後、活性は2つのピークに分かれた。比活性の高いピークをピークIと、比活性の低いピークをピークIIと呼んだ。ピークIは、169倍まで、ピークIIは、49倍まで精製されていることが確認された。
【0024】
【0025】
実施例4. 部分精製したピークI及びIIのSDS−PAGE
部分精製したピークI及びIIをSDS−PAGEにかけて、銀染色法により染色した。図1に示すように、ピークIより5つのバンドを、ピークIIより2つのバンドを検出できた。これら7つのバンドの中に当該酵素が含まれると考えられる。酵母Saccharomyces cerevisiae遺伝子の全塩基配列は、1996年4月にインターネットで全て公開されたことから(http://genome-www.stanford.edu/ 参照)、目的とする酵素を完全精製して、アミノ酸配列の決定から同定することなしに、目的とする酵素を部分精製し、含まれる全ての酵素の質量分析の結果より、候補酵素を同定することができるようになった。更に、遺伝子破壊が容易に行えることから、候補酵素をコードする遺伝子の破壊により当該酵素を同定することができる。
【0026】
実施例5. 質量分析による酵素の同定
SDS−PAGEにかけたピークI及びIIをポリビニリデン・ジフルオリド・メンブレンにトランスファーした。ピークI及びIIに相当するバンドをそれぞれリジルエンドペプチダーゼ(アクロモバクター・プロテアーゼI)で消化した。結果として得られたペプチドをC18カラム・クロマトグラフィーにより分画し、質量分析にかけて同定した[Cancer Res., 56, p2752, 1996]。
【0027】
これらの候補酵素のアミノ酸配列のホモロジー検索を行った後、高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の同定は、これらの中から最も有力であるピルビン酸デカルボキシラーゼをコードするPDC1遺伝子の破壊実験と多コピー導入実験により行なった。
【0028】
実施例6. PDC1遺伝子の破壊用DNA断片の作製
サッカロミセス・セレビジエの遺伝子(脱炭酸酵素遺伝子を含む)の全塩基配列は決定され、インターネット上で容易に情報を得ることができる[http://genome-www.stanford.edu/ ]。この情報を元に遺伝子破壊用のDNA断片をポリメレースチェインリアクション(PCR)法によって増幅・単離した。研究用酵母TD4[ MATa leu2 ura3-52 his4-519 trp1 canr ; Appl. Environ. Microbiol., 60 , p2786, 1994 ]株から染色体DNAを抽出し、これをPCRの鋳型とした。
【0029】
PDC1遺伝子の破壊用DNA断片の作製には、PCR用のプライマーとして、下記に記したP101からP108の合わせて8本の合成DNAを用いた。PCR法を用いた遺伝子破壊用DNA断片の作製には、Wach, A.らの方法を使用した[Yeast, 12, p259, 1996 ]。
P101 5´-AGG GTA GCC TCC CCA TAA CAT AAA CTC AAT-3´ (配列番号1に相当).
P102 5´-GGA TTC CAT TTT TAA TAA GGC AAT CGT TGA CTT GCT TTA ATC TTT CGA ACA AAT-3´ (配列番号2に相当).
P103 5´-TCT GTC AGA AAC GGC CTT ACG TGG TTG AAC AAG CTA AGT TGA CTG CTG CTA-3´ (配列番号3に相当).
P104 5´-GTG TCT AGT CTT CTA TTA CAC TAA TGC AGT-3´ (配列番号4に相当).
P105 5´-ATT GCC TTA TTA AAA ATG GAA TCC-3´ (配列番号5に相当).
P106 5´-CGT AAG GCC GTT TCT GAC AGA-3´ (配列番号6に相当).
P107 5´-ACA AGC TCA TGC AAA GAG GTG GTA CCC GCA-3´ (配列番号7に相当).
P108 5´-TGG AAA CCA CAC TGT TTA AAC AGT GTT CCT-3´ (配列番号8に相当).
TD4株の染色体DNAを鋳型として、プライマーP101とP102の組み合わせによりPDC1遺伝子の塩基番号−955〜+55(翻訳開始点を+1とした)が、TD4株の染色体DNAを鋳型として、及びプライマーP103とP104の組み合わせによりPDC1遺伝子の塩基番号+1646〜+2055が、プラスミドYEp13[Meth. Enzymol., 185, p234, 1990]のDNAを鋳型として、及びプライマーP105とP106の組み合わせによりプラスミドYEp13に含まれるLEU2遺伝子の塩基番号−606〜+1561が増幅され、それぞれ、1.0−kb、0.4−kb、2.2−kbのDNA断片が得られた。
次に、これら3つのDNA断片を鋳型として、プライマーP107とP108の組み合わせにより3つのDNA断片が結合し、1本のDNA断片が増幅され、3.5−kbのDNA断片が得られた。
【0030】
実施例7. PDC1遺伝子の破壊株の取得
研究用酵母TD4株を上記のPDC1遺伝子の破壊用DNA断片で形質転換を行い、ロイシン要求性のなくなった形質転換株KY1123をロイシンを含まない最少合成培地より取得した。この形質転換株は、ポリメレースチェインリアクション(PCR)法によりPDC1遺伝子が破壊されていることが確認された。
一方、対照株として、PCR法により増幅したLEU2遺伝子のDNA断片で形質転換を行い、ロイシン要求性のなくなった形質転換株KY1124をロイシンを含まない最少合成培地より取得した。
【0031】
実施例8. PDC1遺伝子の多コピー導入用プラスミドの作製
研究用酵母TD4株から染色体DNAを鋳型として、制限酵素部位BamHIとHindIIIをそれぞれ持たせたプライマーP115とP116の組み合わせによりPDC1遺伝子の塩基番号−955〜+2055が増幅され、3.0−kbのDNA断片が得られた。このDNA断片をプラスミドpT7/BlueT−Vector[Novagen, Catalog Number: 69829-1]のBamHIとHindIII部位に挿入し、プラスミドpHY469を作製した。プラスミドpHY469をBamHIとHindIIIで切断後、PDC1遺伝子を含むDNA断片をG418耐性遺伝子とURA3遺伝子を含む研究用酵母と醸造酵母の両方に導入できる多コピー型プラスミドpYT77[American Chemical Society, Chapter18, p196, 1996]のBamHIとHindIII部位に挿入したプラスミドpPDC1/77を作製した。
P115 5´-CCG GAT CCG GAG GGT AGC CTC CCC ATA ACA TAA ACT CAA T-3´ (配列番号9に相当).
P116 5´-CCA AGC TTG GGT GTC TAG TCT TCT ATT ACA CTA ATG CAG T-3´ (配列番号10に相当).
【0032】
実施例9. PDC1遺伝子の多コピー型プラスミドを導入した株の作製
研究用酵母KY1124株を上記のPDC1遺伝子の多コピー型プラスミド(pPDC1/77)で形質転換を行い、G418耐性を示す形質転換株KY1125を0.3mg/mlのG418を含むYPD完全合成培地(1%酵母エキス、2%ペプトン、2%グルコース、2%寒天)より取得した。また、発酵試験には、株の要求性を揃えるために、KY1124株をベクターのみのプラスミドpYT77[American Chemical Society, Chapter18, p196, 1996]で形質転換し、形質転換株KY1126を取得した。
【0033】
実施例10. 形質転換株による酒類の製造
親株KY1124株[LEU2 ura3 ]、PDC1遺伝子の破壊株KY1123株[pdc1::LEU2 ura3 ]、親株KY1126株[LEU2 ura3 (pYT77)]、及びPDC1遺伝子の多コピー導入株KY1125株[LEU2 ura3 (pPDC1/77)]を用いた発酵試験を次に記した条件下で行った。
前培養では、プラスミドの脱落を防ぐために100mlの0.3mg/ml G418を含むYPD10(1%酵母エキス、2%ペプトン、10%グルコース)培地で、30℃、2日間振盪条件下で培養した。遠心分離した菌体を600ml培養器内の新しい600mlの0.3mg/ml G418を含むYPD10培地中にOD600=0.05になるように植菌した。発酵には30℃で、初期のヘッドスペースの空気を窒素置換し、磁気スターラーバーで緩く攪拌しながら嫌気条件下で行なった。
発酵中の高級アルコールと酢酸エステルの定量は、発酵培養液をサンプリング後、遠心分離した上清をヘッドスペースガスクロマトグラフィーに供して行った。また、集菌した菌体から酵素活性を測定した。
【0034】
【0035】
【0036】
【0037】
その結果、PDC1遺伝子の破壊株では、表3と表5に示すように、イソアミルアルコール生産量が野生株のそれぞれ69%に、酵素活性が72%減少した。
この破壊株の酵素活性は、0%にならないのは、PDC1遺伝子の破壊株では、今まで発現していなかったPDC5遺伝子の発現が起こり、野生株の80%の活性を有するため考えられる[Eur. J. Biochem., 188, p615, 1990 ]。一方、PDC1遺伝子の多コピー導入株では、表4と表5に示すように、イソアミルアルコール生産量が野生株のそれぞれ123%に、酵素活性が151%に増大した。
以上から、PDC1遺伝子によってコードされるピルビン酸デカルボキシラーゼが、高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素であることが明らかとなった。
【0038】
更に、他の高級アルコール、及び酢酸エステル生産量について比較を行うと、PDC1遺伝子の破壊株では、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、及びβ−フェネチルアルコール生産量が野生株のそれぞれ69%、119%、68%、及び37%であった。これは、PDC1遺伝子の破壊により前駆体物質の量的バランスが崩れるためと思われる。また、酢酸イソアミルと酢酸β−フェネチル生産量は、基質との減少に伴い、46%と80%に減少した。
一方、PDC1遺伝子の多コピー導入株では、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、及びβ−フェネチルアルコール生産量が野生株のそれぞれ123%、72%、105%、及び147%であった。これも、PDC1遺伝子の多コピー導入により前駆体物質の量的バランスが崩れるためと思われる。また、酢酸イソアミルと酢酸β−フェネチル生産量は、基質の増大に伴い、143%と140%に増大した。
【0039】
以上の結果から、本発明は発酵工程で生じるイソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール及び酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチルの含有量の割合を改変させ、その結果、香味成分の異なる新しい酒類の製造に有効であることが確認された。
【0040】
【発明の効果】
本発明に於いては、サッカロミセス酵母の高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子の発現性を変えたことにより、典型的な一つの態様では、該遺伝子の発現を阻止したことにより、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール生産量の割合が変り(生産量は主として減少)、基質の減少に伴い、酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチル生産量も減少する。また別の態様では、高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子の高発現により、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール生産量の割合が変り(生産量は主として増加)、基質の増大に伴い、酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチル生産量も増大する。
本発明によれば、高級アルコールおよび酢酸エステルの生産能の割合が上述のように改変された酵母を使用することにより、香味成分比およびそれによって風味感が従来と異なる(香味成分含量の制御もしくは調節された)酒類の製造方法を提供することができる。従って、酒類中の香味成分含量の随意制御もしくは調節が可能となり、高級アルコール生成のバランスを変え、これに伴う酢酸エステル生成を改変させることも可能となった。
【0041】
【配列表】
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
【0047】
【0048】
【0049】
【0050】
【図面の簡単な説明】
【図1】脱炭酸酵素を部分精製したピークI及びIIのSDS−PAGEの結果。
Claims (3)
- 高級アルコール生産に関する脱炭酸酵素の構造遺伝子としてピルビン酸デカルボキシラーゼの遺伝子1(PDC1遺伝子)を高発現性としたサッカロミセス属の酵母を用いて酒類製造のための発酵を行い、イソアミルアルコール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール及び酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチルの産生量を増加させ、イソブタノールの産生量を減少させることにより、イソアミルアルコール、イソブタノール、n−プロパノール、β−フェネチルアルコール及び酢酸イソアミル、酢酸β−フェネチルの含有割合を改変することを特徴とする、酒類の製造方法。
- 酵母がサッカロミセス・セレビシエである、請求項1に記載の酒類の製造方法。
- PDC1遺伝子を高発現性としたサッカロミセス属の酵母として、遺伝子の多コピー型ベクターを導入したサッカロミセス属を用いることを特徴とする、請求項1または2に記載の酒類の製造方法。
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