しかしながら、前述したマグネシウム合金は、自動車のエンジン部品等のように、肉厚が大きく、耐熱性が要求される製品の成形には適しているが、携帯電話のケース部分のように薄肉部分を含む部材を成形する場合には、流動性が充分でないため、鋳造欠陥等の不良品の発生が多くなるという問題がある。
本発明は、前述した問題に対処するためになされたもので、その目的は、流動性を向上させることにより、厚みを小さくできる成形品およびマグネシウム合金の成形方法を提供することである。
前述した目的を達成するため、本発明に係る成形品の構成上の特徴は、液相線以上の温度に加熱溶解されたマグネシウム合金を射出成形することによって所定の形状に成形される成形品であって、マグネシウム合金を、アルミニウム9.5〜12重量%、亜鉛0.65〜1.75重量%、カルシウム0.5〜1.5重量%およびマンガン0.17〜0.4重量%を含有し、残部がマグネシウムと、0.05重量%以下の珪素、0.025重量%以下の銅、0.004重量%以下の鉄および0.001重量%以下のニッケルである不純物とからなる材料とし、成形品が、厚みが0.8mm以下の薄肉部分を含んでいることにある。
前述のように構成した本発明に係る成形品に用いるマグネシウム合金は、従来から使用されているAZ91Dのマグネシウム合金(以下、AZ91D材と記す。)と比較して、アルミニウムの含有量が増加されているとともに、AZ91D材には含まれていないカルシウムが含まれている。これによると、マグネシウム合金の流動性が大幅に向上する。また、引張強さ、耐久性、硬度等の機械的性質の向上も図れ、実用的効果の大きな合金が得られる。このマグネシウム合金は、特に肉厚の小さな成形品の成形に適したものとなる。
また、マグネシウム合金中に含まれるアルミニウムの量が多いと射出成形時の加熱によってマグネシウム合金が発火しやすくなるが、カルシウムを添加することにより、マグネシウム合金の発火温度が大幅に上がる。すなわち、AZ91D材の発火温度が430〜520℃であるのに対し、カルシウムを1重量%添加することにより、発火温度は780〜870℃に上昇する。このため、発火を防止することができ成形作業がし易くなるとともに、安全性の向上も図れる。
また、アルミニウムの含有量が12重量%以上、カルシウムの含有量が1.5重量%以上になると、マグネシウム合金の靭性が減少して成形の際に成形割れが生じたり、成形後にプレス加工する際にプレス欠けが生じたりするおそれがある。また、これらの含有量が少なすぎると流動性の向上に大きな効果を得ることができなくなる。このため、カルシウムおよびアルミニウムの含有量は、前述した範囲に設定することが必要である。
また、本発明に係るマグネシウム合金では、不純物が、0.05重量%以下の珪素、0.025重量%以下の銅、0.004重量%以下の鉄および0.001重量%以下のニッケルである。これらの成分は、本発明に係るマグネシウム合金に必要なものでなく、製造過程において不可避的に入ってしまうものである。このため、これらの成分は無くてもよく、残存していても前述した量以下にすることが必要である。これによって、流動性や機械的性質に優れたマグネシウム合金を得ることができる。
本発明によると、マグネシウム合金の流動性が大幅に向上するため、薄肉で複雑な形状の成形品を良好な状態で得ることができる。
本発明に係るマグネシウム合金の成形方法の構成上の特徴は、アルミニウム9.5〜12重量%、亜鉛0.65〜1.75重量%、カルシウム0.5〜1.5重量%およびマンガン0.17〜0.4重量%を含有し、残部がマグネシウムと、0.05重量%以下の珪素、0.025重量%以下の銅、0.004重量%以下の鉄および0.001重量%以下のニッケルである不純物とからなるマグネシウム合金を液相線以上の温度に加熱溶解する加熱溶解工程と、加熱溶解工程によって、加熱溶解されたマグネシウム合金を金型内に射出して成形体を成形する成形工程とを備え、成形体が、厚みが0.8mm以下の薄肉部分を含んでいることにある。
本発明に係るマグネシウム合金は、AZ91D材と比較して、流動性が向上するとともに、固相温度が若干高くなる。このため、このマグネシウム合金の加熱温度は、AZ91D材の加熱温度よりも高くする必要があるが、これをさらに上昇させて、マグネシウム合金を液相線以上の温度で溶解して成形することにより、材料が金型の成形用凹部の隅々まで良好な状態で入るようになり、複雑な形状の成形品の製造が可能になる。
また、本発明に係るマグネシウム合金の成形方法では、成形体が、厚みが0.8mm以下の薄肉部分を含んでいる。例えば、携帯電話のケース部分には、厚みが、0.5mm程度の薄い部分を含むことがある。本発明に係るマグネシウム合金を用いることにより、このような肉厚の小さな成形品も良好な状態で成形することが可能になる。また、本発明に係るマグネシウム合金の成形方法では、加熱溶解工程および前記成形工程を、アルゴンガス雰囲気で行うことが好ましい。
以下、本発明の一実施形態を図面を用いて説明する。図1は、本発明にかかるマグネシウム合金からなる原料チップMを用いて成形品Pを成形するための射出成形機10の概略を示している。この射出成形機10は、内部にスクリュー11を内蔵する射出シリンダー12と、射出シリンダー12に原料チップMを供給する原料ホッパー13と、射出シリンダー12の後端部に設置されスクリュー11を駆動させる高速射出ユニット14と、射出シリンダー12の先端部に設けられた金型15とを備えている。
射出シリンダー12の後端側部分の上部には、原料チップMを内部に取り込むためのチップ取り込み口12aが設けられている。また、原料ホッパー13の下方には、原料ホッパー13の下端開口から落下する原料チップMをチップ取り込み口12aの上方に送るための原料供給装置16が設置されている。そして、原料供給装置16の下流端とチップ取り込み口12aとの間には、原料供給装置16の下流端から落下する原料チップMをチップ取り込み口12aから射出シリンダー12内に送るための原料供給管16aが設けられている。
原料供給装置16は、搬送路を振動させることにより原料チップMを原料ホッパー13の下端部から原料供給管16a側に搬送できるフィーダーで構成されている。また、原料供給管16a内には、アルゴンガス供給装置(図示せず)からアルゴンガスが供給されて、内部は不活性のアルゴンガス雰囲気になっている。したがって、原料供給管16a内を通過する原料チップMは酸化されることなく射出シリンダー12内に送られる。また、射出シリンダー12内に送られた原料チップMは、高速射出ユニット14の作動により回転するスクリュー11によって、勢いよく射出シリンダー12の先端側に移動する。
また、射出シリンダー12の外周面には、所定間隔で、6個のヒーター17a,17b,17c,17d,17e,17fが射出シリンダー12の後端側から前端側に向って設けられ、射出シリンダー12内を移動する原料チップMを溶解温度以上に加熱できるようになっている。そして、射出シリンダー12の先端部には、射出ノズル18が設けられており、この射出ノズル18の先端部の外周面には射出ノズル18を加熱して所定温度に維持するためのヒーター19が取り付けられている。
このため、原料チップMは、スクリュー11の回転によって移動する間にヒーター17a等の加熱によって溶解され、金型15内に形成された成形品形成凹部15a内に射出される。金型15は、固定型21と可動型22とで構成されており、固定型21の中央には、スプール形成穴21aが形成されている。このスプール形成穴21aは、固定型21と可動型22との境界面に形成されたランナー形成穴15bを介して成形品形成凹部15aに連通しており、射出シリンダー12で溶解され、射出ノズル18から射出されてくる溶融材料HMをランナー形成穴15bを介して成形品形成凹部15a側に通過させる。
成形品形成凹部15a内に形成された成形品Pは、可動型22が移動して固定型21から離れることにより成形品形成凹部15aから取り出される。また、図示していないが、この射出成形機10は、金型15の所定部分を冷却するための冷却水路、射出成形機10を作動させるための制御装置、各種のスイッチ等が設けられた操作パネル等を備えている。射出成形機10をこのように構成したことにより、連続したタッチ成形(射出ノズル18を固定型21側に常時接触させた状態で行う射出成形)を良好な状態で行うことができる。
また、原料チップMは、アルミニウム9.5〜12重量%、亜鉛0.65〜1.75重量%、カルシウム0.5〜1.5重量%およびマンガン0.17〜0.4重量%を含有し、残部が、マグネシウムと、不可避の不純物である0.05重量%以下の珪素、0.025重量%以下の銅、0.004重量%以下の鉄および0.001重量%以下のニッケルとからなるマグネシウム合金を、大きさが3〜5mmのチップ状に形成したもので構成した。そして、原料チップMを用いて成形される成形品Pは、厚みが0.4mm程度の薄肉部分を含む携帯電話用のケース部材とした。
以上のように構成された射出成形機10を用いて、原料チップMで成形品Pを射出成形する場合は、まず、原料ホッパー13内に原料チップMを充填するとともに、電源スイッチをオン状態にして射出成形機10を作動可能な状態にする。そして、スタートボタンをオン状態にして、射出成形機10の作動を開始させる。これによって、下蓋13aが開いて原料チップMが原料供給装置16側に落下するとともに、原料供給装置16が作動を開始する。そして、原料ホッパー13から原料供給装置16の搬送面上に落下した原料チップMは順次搬送面の下流側に移送され、原料供給装置16の下流端から原料供給管16a内を通過して射出シリンダー12内に落下する。
ついで、原料チップMが、射出シリンダー12内に充填されると、高速射出ユニット14が作動して射出シリンダー12内のスクリュー11が回転移動して、射出成形が行われる。その際、原料チップMは、ヒーター17a等の加熱によって徐々に昇温していき、射出ノズル18に到達するときには、液相線温度以上の略620℃になって溶解され溶融材料HMになっている。また、その射出成形の際、原料供給装置16が停止して原料チップMが射出シリンダー12内に入らないようになる。そして、成形品Pが成形されると、可動型22の移動により金型15が開いて、成形品Pはロボット(図示せず)によって取り出される。
なお、図2に、マグネシウム−アルミニウム系平衡状態図を示し、図3にマグネシウム−カルシウム系平衡状態図を示している。図2によると、マグネシウムにアルミニウムが9%含まれるときの液相線の温度は598℃を示しており、図3によると、マグネシウムにカルシウムが3%含まれるときの液相線の温度は626℃を示している。熱分析によっても、アルミニウム11%、カルシウム1%を含む場合は、582℃であった。これらの値から、本発明に係るマグネシウム合金の液相線上の最高温度は略610℃であるとした。このため、溶融材料HMの温度が略610℃であれば、本発明に係るマグネシウム合金の成分を前述した範囲内でどのような組み合わせにしてもその溶解温度は、液相線以上の温度になる。このため、マグネシウム合金の流動性がよくなり、良好な成形品Pが得られる。
このように、本実施形態では、原料チップMを、従来から一般的に使用されているAZ91D材と比較して、アルミニウムを多く含んでいるとともに、AZ91D材には含まれていないカルシウムを含んだマグネシウム合金で構成している。このため、原料チップMが溶解して溶融材料HMになったときの流動性が大幅に向上し、肉厚の小さな成形品Pの成形に適したものとなる。また、複雑な形状の成形品Pの射出成形も可能になる。また、不純物である珪素が、0.05重量%以下、銅が0.025重量%以下、鉄が0.004重量%以下、ニッケルが0.001重量%以下の含有量になっているため、これらの不純物によって、流動性や機械的性質が低下することが防止される。
つぎに、図4に示した吸引装置30を用いて、AZ91D材、カルシウムを含まない比較例のマグネシウム合金および本発明に係る実施例のマグネシウム合金とに対してそれぞれ吸引実験を行った。以下、吸引装置30の構成、吸引実験の方法およびその実験結果について説明する。
吸引装置30は、鉄るつぼ31を密閉状態で収容できる電気炉32と、真空ポンプ33と、アルゴンガスボンベ34と、減圧タンク35とを備えている。電気炉32における鉄るつぼ31が収容される収容部32aは開閉可能になって、鉄るつぼ31を出し入れできるようになっている。そして、収容部32aの周囲には、ヒーター36aと温度センサ36bとからなる温度調節器36が設けられて、収容部32a内の温度を設定した温度に調節できるようになっている。また、鉄るつぼ31内には、実験用の溶融マグネシウム合金TMが充填され、その内部に、溶融マグネシウム合金TMの温度を測定する温度計31aが設置されている。
そして、収容部32aは、配管33aを介して真空ポンプ33に接続されており、配管33aには、配管33a内を開閉するハンドバルブ33bが設けられている。また、収容部32aは、配管34aを介してアルゴンガスボンベ34に接続されており、配管34aには、配管34a内を開閉するハンドバルブ34bが設けられている。さらに、収容部32aは、配管35aを介して減圧タンク35に接続されており、配管35aには、配管35a内を開閉するハンドバルブ35bと電磁バルブ35cとが設けられている。
また、配管35aは昇降可能な状態で設けられており、その下端部は、銅製の吸引パイプ35dに連結されている。この吸引パイプ35dは、内径がΦ3mmの細管で構成されており、その下端部は、鉄るつぼ31内に向って延びている。なお、この吸引パイプ35dは洗浄されて異物等が除去された状態で収容部32a内に設置されている。
また、収容部32aは、収容部32a内を排気するための排気管37に接続されており、内部に充填されるアルゴンガス等の気体をこの排気管37から排気できる。この排気管37にもハンドバルブ37aが設けられて、排気管37を開閉できるようになっている。さらに、減圧タンク35は、接続管38を介して、配管33aにおける真空ポンプ33とハンドバルブ33bとの間の部分に接続されている。この接続管38にもハンドバルブ38aが設けられている。また、減圧タンク35には、減圧タンク35内の圧力を測定する圧力メータ39と、排出管39aとが接続されており、排出管39aにはリークバルブ39bが設けられている。
このように構成された吸引装置30を用いて吸引実験はつぎのようにして実施した。まず、内部にマグネシウム合金が充填された鉄るつぼ31を電気炉32の収容部32a内に入れ、収容部32a内を排気するとともに、アルゴンガスを充満させて収容部32aを密閉した。そして、温度調節器36によって、収容部32a内の温度を上昇させて設定温度に維持することによりマグネシウム合金を溶解して、溶融マグネシウム合金TMにした。また、温度調節器36の設定温度は、温度計31aの指示温度が610℃になるように設定した。
そして、配管35aを下降させて吸引パイプ35dの下端部を鉄るつぼ31内の溶融マグネシウム合金TMに浸漬させ、1秒後、真空ポンプ33の作動により減圧タンク35内を0.02MPaに減圧した。そのときに、溶融マグネシウム合金TMが吸引パイプ35d内で上昇した距離を吸引長とした。この実験をAZ91D材、各比較例のマグネシウム合金および各実施例のマグネシウム合金に対してそれぞれ10回行った。その結果を以下の表1〜表4に示した。
下記の表1は、AZ91D材とカルシウムを含まない比較例に係るマグネシウム合金とを用いて実験した結果を示している。AZ91D材(現行材)では、吸引長の平均値は94.3mmであった。以下、この値を吸引長の基準値100として、各比較例および後述する実施例の値を比較した。比較例のマグネシウム合金は、それぞれ、アルミニウムの含有量を、10重量%、11重量%、12重量%とし、亜鉛の含有量を、0.65重量%、1.2重量%、1.75重量%とした9種類のマグネシウム合金とした。また、比較例のマグネシウム合金の残りの成分は、0.3重量%のマンガンと残りの部分を占めるマグネシウムとで構成した。
表1から分かるように、アルミニウムの含有量が9〜12重量%の範囲では、アルミニウムの含有量が多いほど吸引長は大きくなる。また、亜鉛の含有量が少ないほど吸引長はやや大きくなる傾向が見られる。
また、下記の表2〜表4には、実施例に係るマグネシウム合金を用いて実験した結果を示している。実施例のマグネシウム合金は、それぞれ比較例のマグネシウム合金と同様、アルミニウムの含有量を、10重量%、11重量%、12重量%、亜鉛の含有量を、0.65重量%、1.2重量%、1.75重量%とし、マンガンをそれぞれ0.3重量%含む9種類の組み合わせのマグネシウム合金を3組設定した。そして、各組を構成するマグネシウム合金にそれぞれ、カルシウムを、0.5重量%、1.0重量%、1.5重量%添加して、残りをマグネシウムで構成した27種類のマグネシウム合金について、実験を行った。下記の表2は、カルシウムを0.5重量%含むマグネシウム合金の結果を示している。
表2から分かるように、アルミニウムの含有量が10〜12重量%の範囲では、アルミニウムの含有量が多くなるほど吸引長は大きくなる。しかしながら、亜鉛の含有量については少なくしても多くしても有意差は見られなかった。また、下記の表3はカルシウムを1.0重量%含むマグネシウム合金の結果を示している。
表3から分かるように、アルミニウムの含有量が10〜12重量%の範囲では、アルミニウムの含有量が多くなるほど吸引長は大きくなる。また、亜鉛の含有量については多いほど吸引長は多少長くなる傾向が見られる。下記の表4はカルシウムを1.5重量%含むマグネシウム合金の結果を示している。
表4から分かるように、アルミニウムの含有量が10〜12重量%の範囲では、アルミニウムの含有量が多くなるほど吸引長は大きくなる。また、亜鉛の含有量については少ないほど吸引長は多少長くなる傾向が見られる。また、表1〜表4から、カルシウムを含ませることにより吸引長は長くなり、カルシウムの含有量が、0.5〜1.5重量%の範囲では、カルシウムの含有量が多いほど吸引長が長くなることが分かる。
また、表1〜表4に示した結果を視覚的に分かり易くするために、これらの値を、図5〜図7にグラフで示した。図5〜図7は、亜鉛の含有量の違いに基づいて3種類の組み合わせを作り、それぞれの組み合わせに含まれるマグネシウム合金の実験結果を一つにまとめて示している。また、図5〜図7における横軸は、それぞれカルシウムの含有量を示しており、縦軸は吸引長の比(AZ91D材の吸引長に対する比)を示している。そして、グラフの各線は、同量のアルミニウムを含むマグネシウム合金の実験結果を一つの線で結んで表したものである。これによって、アルミニウムとカルシウムが吸引長に及ぼす影響が分かり易くなるようにしている。
すなわち、図5は、亜鉛を0.65重量%含むマグネシウム合金の実験結果を示し、図6は、亜鉛を1.2重量%含むマグネシウム合金の実験結果を示し、図7は、亜鉛を1.75重量%含むマグネシウム合金の実験結果を示している。また、図5〜図7において、菱形の印を結んだ線はアルミニウムが10重量%、四角の印を結んだ線はアルミニウムが11重量%、三角の印を結んだ線はアルミニウムが12重量%をそれぞれ含むマグネシウム合金の結果を示している。図5〜図7に示したグラフからもアルミニウムおよびカルシウムの含有量が多いほど吸引長が長くなることが分かる。
また、各種のマグネシウム合金の流動性を検証するために、図1に示した射出成形機10と同様のチクソ成形機(図示せず)を用いて、試験金型内に、表5に示した従来材(AZ91D材)、比較例1〜3および実施例1〜9のマグネシウム合金を鋳込んで、流動長を比較した。この試験金型は、図8(a),(b)に示した形状の試験片形成部40を備えており、試験片形成部40内に鋳込まれた各マグネシウム合金における試験片形成部40のゲート40aから最初にクラック(表裏に貫通している割れ)が生じた部分までの長さをそれぞれの流動長として比較した。
図8(a),(b)におけるL1〜L7は、それぞれ対応する部分の長さを示しており、L1は試験片形成部40の全長で386mm、L2はゲート40a近傍の厚みの大きな部分の長さで60mm、L3は先細りになったテーパ部分の長さで20mm、L4は先端側の厚みの小さな部分の長さで306mm、L5はゲート40aの厚みで1.2mm、L6は先端部の厚みで0.7mm、L7は試験片形成部40の幅で60mmである。
また、チクソ成形機としては、日本製鋼所のJLM−220MGを用い、成形条件は、成形温度を620℃、成形速度を2m/秒、金型温度を175℃とした。さらに、離型剤として、松村石油のMK−400を希釈倍率100倍として用いた。また、マグネシウム合金としては、表5に示したように、従来材はAZ91D材、比較例1〜3は、カルシウムを含まず亜鉛を略1.2重量%含み、アルミニウムをそれぞれ、略10、11,12重量%含むものとした。
実施例1〜3は、カルシウムを0.5重量%、亜鉛を1.2重量%含み、アルミニウムをそれぞれ、略10、11,12重量%含むものとした。実施例4〜6は、カルシウムを1重量%、亜鉛を1.2重量%含み、アルミニウムをそれぞれ、略10、11,12重量%含むものとした。実施例7〜9は、カルシウムを1.5重量%、亜鉛を1.2重量%含み、アルミニウムをそれぞれ、略10、11,12重量%含むものとした。そして、サンプル数は、それぞれについて30個としてそれぞれの平均値を算出し比較した。また、表5には、従来材の平均値を基準値100とした場合の各例の比率も記載した。
その結果、各サンプルの流動長は、従来材が248.93mmであったのに対し、実施例1が302.28mm、実施例2が319.57mm、実施例3が326.23mm、実施例4が330.47mm、実施例5が347.10mm、実施例6が349.50mm、実施例7が312.77mm、実施例8が352.68mm、実施例9が367.40であった。また、比較例1が288.43mm、比較例2が328.10mm、比較例3が330.17mmであった。
この結果から、カルシウムの含有量が増加するほどマグネシウム合金の流動長が長くなることが分る。また、カルシウムの含有量が同じ場合には、アルミニウムの含有量が多いほどマグネシウム合金の流動長が長くなることが分かる。また、カルシウムを含まない比較例1〜3においてもアルミニウムの含有量が増加するほど流動長が長くなった。これらの結果から、カルシウムおよびアルミニウムの含有量が増加するほどマグネシウム合金の流動性が向上することが分かる。
また、実施例1〜9、比較例1〜3ともに、従来材よりも良好な値を示した。また、この表5に示した結果を視覚的に分かり易くするために、図9にグラフで示した。図9においても、菱形の印を結んだ線はアルミニウムが10重量%、四角の印を結んだ線はアルミニウムが11重量%、三角の印を結んだ線はアルミニウムが12重量%をそれぞれ含むマグネシウム合金の結果を示している。
また、前述した従来材、比較例1〜3および実施例1〜9のマグネシウム合金を用いてサンプルを成形し、それぞれのサンプルに対して引張強さ、0.2%耐力および硬度の測定を行った。測定は、各試験について3個のサンプルで実施しその測定値の平均値を比較した。引張強さは、サンプルを引っ張り続けて切断したときの応力(MPa)であり、0.2%耐力は応力と歪みとの関係から求められる降伏応力(MPa)である。また、硬度は、Hv(ビッカース硬度計で測定した硬さ)で示した。この測定の結果を下記の表6に示した。
表6に示したように、引張強さは、実施例1〜9の中では、カルシウムを0.5重量%含みアルミニウムを12重量%含む実施例3のサンプルが最大の267MPaで、カルシウムを1.5重量%含みアルミニウムを10重量%含む実施例7サンプルが最小の252MPaであった。また、カルシウムを含まない比較例1〜3のサンプルはすべて実施例1〜9のサンプルと同等もしくはそれ以上の良好な値を示し、従来材のサンプルは最低値を示した。これらの結果から、引張強さは、アルミニウムを増加することにより大きくすることができるが、カルシウムを増加することにより小さくなることが分かる。
また、0.2%耐力においては、比較例1〜3のサンプル、実施例1〜9のサンプルともに、従来材のサンプルよりも大きな向上が見られ、比較例1〜3のサンプルよりも実施例1〜9のサンプルの方が良好な結果が得られた。また、同一量のカルシウムを含むサンプルの中では、アルミニウムの含有量が多いものほど良好な結果が得られた。これらの結果から、0.2%耐力は、カルシウムの含有量が多いほど向上し、さらにアルミニウムの含有量が多いと多少向上することが分かる。
また、硬度においては、比較例1〜3のサンプル、実施例1〜9のサンプルともに、従来材のサンプルよりも大きな向上が見られ、比較例1〜3のサンプルよりも実施例1〜9のサンプルの方が良好な結果が得られた。また、カルシウムの含有量が多いサンプルほど硬度も大きくなり、同一量のカルシウムを含むサンプルの中では、アルミニウムの含有量が多いサンプルほど良好な結果が得られた。これらの結果から、硬度は、カルシウムの含有量が多いほど向上し、さらにアルミニウムの含有量が多いと多少向上することが分かる。
また、図10に、アルミニウムを11重量%含む比較例2、実施例2,5,8のサンプルについての測定結果をグラフに示した。図10においては、菱形印を結んだ線は引張強さの結果を示し、四角印を結んだ線は0.2%耐力の結果、×印を結んだ線は硬度の結果を示している。これによって、カルシウムの含有量に対する機械的性質の向上を確認することができる。
また、前述した従来材、比較例1〜3および実施例1〜9のマグネシウム合金を用いてサンプルを成形し、それぞれのサンプルに対して塩水噴霧試験を実施した。塩水噴霧試験は、成形したままで化成処理を行っていないサンプルに対して、温度が35℃の5%塩化ナトリウムを、1サイクルを8時間の噴霧と16時間の休止として、このサイクルを繰り返すことにより実施し、その間の錆の発生を比較することによって行った。また、塩水噴霧試験は、各材料について3個のサンプルで実施しその測定値の平均値を比較した。この試験結果を下記の表7に示している。
表7では、錆の発生が無いか微小である場合を「○」で示し、錆の発生が少ない場合を「▲」で示し、錆の発生がかなり有る場合を「×」で示し、錆の発生が多い場合を「××」で示している。表7に示したように、従来材のサンプルでは、2サイクル終了後に多少の錆が発生し、3サイクル終了後にはかなりの錆が発生したのに対し、比較例1〜3および実施例1〜9のサンプルでは、2サイクル終了後には、僅かな錆しか発生せず、3サイクル終了後に、多少の錆が発生した。
また、4サイクル終了後には、従来材のサンプルでは、多量の錆が発生したのに対し、比較例1〜3および実施例4〜9のサンプルでは、従来材のサンプルの錆発生よりも少ないがかなりの錆が発生した。また、実施例1〜3のサンプルでは、多少の錆しか発生しなかった。この結果から、塩水噴霧に対する錆の発生は、カルシウムを添加するとともに、アルミニウムを増加することにより向上することが認められるが、カルシウムの含有量は少ない方がより効果的であることが分かる。
また、従来材、比較例1〜3および実施例1〜9のマグネシウム合金を用いて成形したサンプルに対して化成処理を行ったのちに塩水噴霧試験を実施した。化成処理は、サンプルの表面を脱脂したのちに、塩酸や硫酸等の酸でエッチングし、サンプルの表面にリン酸マンガンカルシウム系のアルカリ溶液による不動態膜を形成することによって行った。また、塩水噴霧試験は、前述した塩水噴霧試験と同じ条件で行い、サンプル数も各材料について3個とした。この試験結果を下記の表8に示している。
表8に示したように、従来材、比較例1〜3および実施例4〜9のサンプルでは、4サイクル終了後に多少の錆が発生したのに対し、実施例1〜3のサンプルでは、4サイクル終了後にも、錆は殆ど発生しなかった。この結果から、化成処理を行ったのちに塩水噴霧した場合の錆の発生の減少は、アルミニウムを増加しても有意差は認められないが、少量のカルシウムを添加したときに向上することが認められる。
また、従来材、比較例1〜3および実施例1〜9のマグネシウム合金を用いて成形したサンプルに対して塗装密着試験を実施した。この塗装密着試験は、前述した化成処理を行ったサンプルに、下塗りの塗料(ハニー化成:AW−130GR)を塗布したのちに、上塗りの塗料(ハニー化成:MA−150SL)を塗布し、それぞれについて初期密着試験、湿潤試験、耐湿試験を行うことによって実施した。
湿潤試験は、サンプルを、温度が50℃、湿度が98%の雰囲気中に24時間保持することにより行い、耐湿試験は、サンプルを、温度が60℃、湿度が95%の雰囲気中に120時間保持することによって行った。そして、初期密着試験、湿潤試験、耐湿試験ともに、サンプルの表面を碁盤状に区切って100のマスを形成し、その中の合格数(良好な部分)を数えることによって判定した。また、サンプル数は各材料について3個とした。この試験結果を下記の表9に示している。
表9では、合格数が95以上の場合を「○」で示しており、合格数が95以上であれば良、95未満であれば不可と判定した。表9に示したように、従来材、比較例1〜3および実施例1〜9のサンプルすべてにおいて、合格数は95以上で、95未満の不可のものは無かった。この結果から、本発明に係るマグネシウム合金は、塗装密着性は、従来のAZ91D材と同等の性能を発揮することができ、充分使用に耐え得るものであることが認められる。
また、本発明は、前述した実施形態に限るものでなく適宜、変更実施が可能である。例えば、前述した実施形態では、成形品Pを携帯電話のケース部材としているが、これに限るものでなく、マグネシウム合金を射出成形することによって成形されるものであれば他のものでもよい。ただし、本発明に係るマグネシウム合金は、薄肉部分を含む成形品の成形に使用することにより大きな効果を発揮する。また、マグネシウム合金を射出成形する際の溶解温度は、前述した610℃や620℃に限らず、これ以下の温度であっても、マグネシウム合金が溶解する液相線温度以上であればよい。また、それ以外の部分の構造等についても本発明の技術的範囲内で変更が可能である。