従来から、軸受などの摺動部材として、硬度が高く耐摩耗性に優れたセラミックスが用いられている。近年においては上記特性に加え、耐熱性に優れ、高精度な加工が可能な点などから動圧軸受、特に空気動圧軸受に用いられるようになってきている。
図2(a)は、本発明の摺動部材を用いた動圧軸受の斜視図を示し、(b)は(a)のD−D線での断面図である。
例えば図2に示すように、動圧軸受51はシャフト52((a)では不図示)、スリーブ53、スラスト54のいずれかの組み合わせで構成したものであり、シャフト52がスリーブ53の中空部に配置され、シャフト52は端部でスラスト54と連結している。
シャフト52とスリーブ53は回転軸と垂直方向の変位を拘束し、スラスト54は回転軸方向の変位を拘束する。
シャフト52の表面52aには、ラジアル方向の動圧を発生する動圧発生溝52bが形成されており、回転し動圧発生溝52bに空気などの流体が流入し、隙間55に動圧が発生し、スリーブ53の内径と一定の距離Eを保った状態で回転する。同様に、スラスト54の表面54aにはスラスト方向の動圧を発生する動圧発生溝54bが形成されており、浮上時には隙間56に動圧が発生し、スリーブ53の端面と一定の距離Fを保った状態で回転する構造である。
回転の駆動力は、シャフト52、スリーブ53のいずれかにロータハブ等を介してコイルやマグネットなどのモータ部品を組み付けることにより得られる。
但し、スリーブ53を浮上する回転部材とし、シャフト52及びスラスト54を固定する固定部材とする構成でも構わない。例えば、シャフト52が回転するものとしてLBPのポリゴンミラーなどがあり、スリーブ53が回転するものとしてHDDなどがある。
また、スラスト54はシャフト52と一体的に形成される場合と、個別の部材として形成し、後で接着剤やネジ等でシャフト52に固定する場合がある。スラスト54とシャフト52を一体的に形成するか、個別の部材として形成するかは、製品形状、加工精度、製造コスト等を考慮して設計する必要がある。
また、隙間55、56の距離E、Fは電子機器に用いられる小型の動圧軸受の場合、1〜5μm程度としている。これは、隙間55、56の距離E、Fを1μm以下とした場合、大きな動圧が得られる反面、部材の真円度、円筒度、面粗さなどを極めて高精度に加工する必要が生じて製造コストが高価になるという問題があり、逆に、隙間55、56の距離E、Fの間隔を5μm以上とした場合には、回転軸がぶれやすくなるという問題が生じるためである。
また、動圧軸受51は回転の開始時には回転速度が遅く、動圧が小さいため、部材同士は接触した状態で回転するが、回転速度が上昇し動圧が大きくなると、部材は浮上し一定の隙間を保った状態で回転する。回転の停止時には、回転速度が低下し動圧が小さくなり、回転開始時と同様に、部材同士が接触した状態で回転し、摩擦力により停止する。
動圧軸受に用いられる材料に要求される特性の多くは、この回転開始/停止時の摺動環境に対応するものであり、主に耐摩耗性と耐熱性である。
そして、隙間55、56に潤滑流体としてオイルが充填されているものは、浮上時には動圧軸受の隙間からオイルが飛散しないよう確実にシールを行い、さらに、オイルが酸化など劣化しないよう発熱や回転速度などの使用環境を考慮した設計をする必要がある。また、潤滑流体に空気を用いる場合は、回転の開始/停止時に部材同士が直接接触するため、耐摩耗性と耐熱性に優れたセラミックスで部材を構成する方法や、摺動面に潤滑層としてDLC(ダイヤモンドライクカーボン)コーティングを行う方法などがある。
そして、このような動圧軸受等に用いられる摺動用部材として、例えば、特許文献1〜4に示すようなものがあった。
特許文献1においては、窒化珪素焼結体にFe成分を10〜600ppmの範囲で含有し、電気抵抗値を1〜105Ω・mとしたことによって、回転時に発生した静電気を周辺部材に逃がし、更に、粒界相の面積率で95%以上をガラス相としたことによって、高速摺動特性を高めることを可能とした摺動部材が示されている。
特許文献2においては、軸と軸受の摺動によって生成する摩耗粉などを潤滑材料として用いる動圧空気軸受が示されている。前記潤滑材料として、O−H結合やカルボニル基、エーテル結合を有する物質に、軸と軸受の接触によって発生した珪素を含む摩耗粉を取り込ませたコロイダルシリカ(シリコンの酸化物のゲル状物質)が示されている。潤滑材料としてコロイダルシリカを用いることにより、耐摩耗性と低摩擦係数を有しつつ加工性に優れた動圧空気軸受を得ることを可能としている。
特許文献3においては、アルミナ換算したアルミニウム成分の含有率が、90〜99.5質量%のアルミナ質セラミックを用いることにより、曲げ強度及び硬さに優れ、耐摩耗性の良好な動圧軸受を形成できることが示されている。アルミナが90質量%未満になると、焼結助剤の添加量が多すぎ、セラミックスの強度や耐摩耗性が損なわれ、セラミックスの粒成長が過度に進み、他方、アルミナが99.5質量%を越えると、焼結時に液相が不足して結晶粒の成長が抑制され、後の研磨加工時の粒脱落により形成される表面空孔が小さくなり、動圧発生効果が低下するためである。また、アルミナ質セラミックの焼結助剤成分として、Li、Na、K、Mg、Ca、Sr、Ba、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Lu、Siから選ばれる1種又は2種以上を、酸化物換算の合計で0.5〜10質量%含有していることが示されており、焼成時に生じる液相の流動性を改善し、粒界相の結晶化を促進し、その強度を向上させる効果が示されており、さらに、セラミック結晶粒子の平均粒径を1〜7μmの範囲となるように調整することにより、研磨加工で好ましい大きさの表面空孔を形成し、凝着摩耗や焼き付きなどの不具合を抑制できることが示されている。さらには、寸法2〜20μmの表面空孔の形成面積率を10〜60%とすることにより、動圧隙間形成面に焼き付きやリンキングを生じにくくする効果が、そして、前記表面空孔は、主に研磨時の粒子脱落により形成されることが示されている。
特許文献4においては、動圧軸受の支持部材と回転部材の少なくとも一方を結晶化ガラスで形成したものが示されている。熱膨張率の小さい結晶化ガラスで動圧軸受の部材を形成することにより、温度変化によるシャフトとスリーブの隙間の変動が小さくなり、さらに、他の部材への熱の伝達を抑制することを可能としている。
特開2003−63871
特開1996−219145
特開2002−235746
特開2003−176825
本発明を実施するための最良の形態を説明する。なお、本説明においては、摺動部材の一例である動圧軸受を用いて説明する。
図1(a)は、本発明の摺動部材を用いた動圧軸受の斜視図を示し、(b)は同図(a)のC−C線での断面図である。
この動圧軸受1は、シャフト2((a)では不図示)、スリーブ3、スラスト4の組み合わせで構成したものであり、シャフト2をスリーブ3の中空部に配置するとともに、両端部でスラスト4と連結してある。そして、シャフト2の長さ方向を回転軸として、シャフト2とスラスト4またはスリーブ3が回転するように設定してあり、シャフト2とスリーブ3は回転軸と垂直方向の変位を拘束し、スラスト4は回転軸方向の変位を拘束するようにしてある。
また、シャフト2の表面2aには、ラジアル方向の動圧を発生する動圧発生溝2bが形成されており、シャフト2が回転すると動圧発生溝2bに空気などの流体が流入し、隙間5に動圧が発生し、スリーブ3の内径と一定の距離Aを保った状態で回転する。同様に、スラスト4の表面4aにはスラスト方向の動圧を発生する動圧発生溝4bが形成されており、スラスト4が回転すると隙間6に動圧が発生し、スリーブ3の端面と一定の距離Bを保った状態で回転する構造としてある。
回転の駆動力は、シャフト2、スリーブ3のいずれかにロータハブ等を介してコイルやマグネット等のモータ部品を組み付けることにより得ることができるが、シャフト2及びスラスト4と、スリーブ3とは、一方を固定とし他の一方を回転させるように設定すればよく、用途に応じて適宜選択すればよい。
例えば、LBPのポリゴンミラーに用いる場合はシャフト2を回転させるようにすればよく、HDDの場合はスリーブ3を回転させるように設定すればよい。
なお、シャフト2とスラスト4とは一体的に形成しても、個別に作製して接着剤やネジ等で連結しても構わない。
そして、隙間5、6の距離A,Bは電子機器に用いられる小型の動圧軸受の場合、1〜5μm程度としている。これは、隙間5,6の距離A,Bを1μm以下とした場合、大きな動圧が得られる反面、動圧軸受を構成する部材の真円度、円筒度、面粗さなどを極めて高精度に加工する必要が生じて製造コストが高価になるという問題があり、逆に、隙間5,6の距離A,Bの間隔を5μm以上とした場合には、前記回転軸がぶれやすくなるという問題が生じるためである。
また、動圧軸受1は回転の開始時には回転速度が遅く、動圧が小さいため、シャフト2またはスラスト4と、スリーブ3とは接触した状態でどちらかが回転するが、回転速度が上昇し動圧が大きくなると、スリーブ3はシャフト2またはスラスト4とは一定の隙間を保った状態で回転する。回転の停止時には、回転速度が低下し動圧が小さくなり、回転開始時と同様に、接触した状態で回転し、摩擦力により停止する。
ここで、本発明の摺動部材は上記シャフト2、スリーブ3、スラスト4を構成するものであり、これらシャフト2、スリーブ3、スラスト4の各摺動部材における少なくとも摺動面2a、3a、4aが、酸化アルミニウム結晶相とガラス相とを主体とし、この摺動面に存在するガラス相の占有面積率が30%以上、75%以下であるとともに、存在する気孔の占有面積率が50%以下であり、ガラス相が酸化ケイ素を40質量%以上含有することを特徴とするものである。
これにより、酸化アルミニウム結晶相が摺動部材の強度と耐摩耗性を確保し、さらに摺動時に、ガラス相が摺動部材同士が強く接触摺動する部位において潤滑層としての作用をなすとともに、その供給源としても作用し、強度と耐摩耗性を備えるとともに、優れた摺動特性を発揮し、摺動によって潤滑層が摩耗したとしても適度なガラス相の存在によって、潤滑層が補充されることから耐久性に優れたものとすることができる。このガラス相からなる潤滑層は、オイルなどの液体潤滑剤とは異なり、摺動面2a、3a、4aの隙間から飛散するという欠点がないためシールを不要とし、オイルの酸化や蒸発という経時劣化の問題もない。
また、摺動面2a、3a、4aにおけるガラス相の占有面積率を30%以上、75%以下に特定するため、各摺動部材が接触摺動しても摺動面2a、3a、4aを傷つけることなく、長期間にわたって回転速度を保持して極めて円滑に摺動させることができる。
この占有面積率が30%未満になると、各摺動部材の接触摺動によって生じる欠けによる欠片が摺動面2a、3a、4aを傷つけることによって、摺動速度などの摺動特性を低下させたり、動圧軸受等の場合にはシャフト2またはスラスト4と、スリーブ3との噛み込みにより、回転速度などの摺動特性が低下するなど、酷い場合は動圧軸受が破損するという問題が生じるからである。一方、ガラス相の占有面積率が75%を超えると、硬度の高い酸化アルミニウム結晶相が少ないため、耐摩耗性が著しく低下するという問題が生じる。したがって、摺動面2a、3a、4aにおけるガラス相の占有面積率は30%以上、75%以下に特定され、好ましくは35%以上、65%以下、さらに好ましくは50%以上、60%以下とする。
また、本発明の摺動部材では、各摺動部材同士が接触摺動する面、即ち摺動面2a、3a、4aのみを上記酸化アルミニウム結晶相とガラス相を主体とする焼結体から形成すればよいが、例えば、シャフト2、スリーブ3、スラスト4のような各摺動部材全体を酸化アルミニウム結晶相とガラス相を主体とする焼結体で構成してもよい。
さらに、本実施形態では、上記動圧軸1において、シャフト2、スリーブ3、スラスト4の各摺動部材の摺動面2a、3a、4a全てを構成したが、各摺動部材のいずれかに本発明の摺動部材を用いてもよく、相対する部材の一方の摺動面を構成する場合でもよい。
ここで、摺動面2a、3a、4aに存在するガラス相の占有面積率Sgは、摺動部材をファイヤーエッチングし、酸化アルミニウム結晶相の視認性を改善した後、酸化アルミニウム結晶相の占有面積率Saを同様に画像解析装置で数値化し、
Sg=100−Sa−Svにより算出して求める。
また、摺動面2a、3a、4aにおいては、気孔の存在が重要である。この気孔は、摺動部材同士が接触摺動する摺動面2a、3a、4aに空気を導入し、リンキングを抑制する作用をなすため摺動特性に重要な要素となる。摺動面2a、3a、4aに存在する気孔の占有面積率は、大きければ大きいほど摺動部材同士の接触部に空気を導入することができるようになるため、摺動特性は向上する。一方で、摺動面2a、3a、4aに存在する気孔の開口端は、摺動部材同士が接触摺動すると、気孔の開口端の欠けによる欠片によって、摺動面2a、3a、4aを傷つけることになることから、気孔が多すぎると潤滑層が摺動面2a、3a、4aに形成されても気孔の開口端の欠けによる欠片が発生して摺動面2a、3a、4aを傷つけやすい。したがって、摺動面2a、3a、4aにおける気孔の占有面積率は50%以下に特定され、より好ましくは30%以下とする。また、ここで述べた気孔は、摺動面2a、3a、4aをなす焼結体に内在している気孔が表面に現れたものと、加工時の脱粒により形成されたものを含有している。
さらに、摺動面2a、3a、4aにおける気孔は、その平均直径を50μm以下、さらには、8μm以下とすることが好ましい。平均直径が50μmを越えると、この作用が顕著となり潤滑層の形成が著しく妨げられる。また、気孔の平均直径が小さいと、潤滑層を削り取る作用も減少するため、気孔の占有面積率が多い材料を用いる場合、可能な限り気孔の平均径が小さい材料を用いることが望ましい。
さらに、図1(c)に摺動面2aの拡大断面図を示す。気孔30の開口端部近傍における摺動面2aと気孔30の内壁面30bとがなす角度θは鈍角であることが好ましく、45度以上であることがより好適である。また、摺動面3a、4aにおいても同様である。
なお、気孔の占有面積率Svは、各摺動面2a、3a、4aの面積0.9mm2の範囲で金属顕微鏡の画像をCCDカメラで取り込み、画像解析装置を用いて倍率100倍で数値化した。
また、各摺動部材は、ガラス相の成分として酸化ケイ素を40質量%以上含有することが重要である。
酸化ケイ素は、酸化アルミニウムの焼結助剤として酸化マグネシウムや酸化カルシウムなどと並んで用いられるが、本発明では、酸化ケイ素を酸化アルミニウムの焼結助剤として作用させるとともに、ガラス相の状態で摺動面2a、3a、4aを成す焼結体に存在させることが重要である。そして、ガラス相を形成する成分として、酸化リン、酸化ゲルマニウム、酸化ホウ素などもあるが、これらの材料は、融点が低く、酸化アルミニウムと焼成温度が合わない点や、化学的安定性も酸化ケイ素と比較し劣るため実用的ではない。
また、ガラス相に含有する酸化ケイ素を40質量%以上としたのは、酸化ケイ素が40質量%未満になると、本来ガラス相となるべき相が、焼結の過程で結晶相になる傾向が強くなり、摺動部材として摺動させた際、摺動面2a、3a、4aに潤滑層が形成されにくくなり、たとえ潤滑層が形成されたとしても剥がれやすいものになるためである。また、安定した潤滑層を形成するため、酸化ケイ素の含有量は54質量%以上であることがより好ましい。
さらに、ガラス相には酸化マグネシウム、酸化カルシウム、酸化ジルコニウム、酸化チタニウム、酸化鉄、酸化ナトリウム、酸化ホウ素の少なくとも一種以上が含まれていることが好ましい。これらの添加剤は、摺動部材の焼結性やガラス相の特性を改善するために添加する。酸化ナトリウムはガラス相の溶融温度と粘度を低下させることにより、潤滑層の進展を促進する効果があり、酸化カルシウムはガラス相と潤滑層の化学的安定性を高める効果がある。酸化ジルコニウムと酸化チタニウムはガラス相の剛性を高める効果があり、酸化マグネシウムは酸化アルミニウム結晶相の焼結性を改善する効果がある。さらに、酸化アルミニウムは一部がガラス相に含有しており、ガラス相の化学的安定性を高めるとともに、ガラス相の結晶化を抑制することにより潤滑層が形成されやすくする効果がある。酸化ホウ素はホウケイ酸ガラスを形成し、熱膨張率が低いため耐熱衝撃性を改善し、耐食性にも優れるという効果がある。酸化鉄は、着色剤の効果があり、添加するとベージュに発色するため、特に、動圧軸受に用いた場合、部材表面に形成する動圧発生溝の視認性を高める効果がある。
また、各摺動部材における酸化アルミニウム結晶相の平均結晶粒径が1.0〜8μmであることが好ましい。
酸化アルミニウム結晶相の平均結晶粒径と、気孔の占有面積率とガラス相が使用中に作用する潤滑層の形成過程には密接な関係がある。即ち、摺動部材を成す焼結体の焼結過程において、酸化アルミニウム結晶相の平均結晶粒径を1.0〜8μmの範囲とすることにより、摺動面2a、3a、4aに存在する気孔の占有面積率を50%以下とし、さらに、潤滑相が摺動面2a、3a、4aに固着しやすくなるのである。ここで、酸化アルミニウム結晶相の平均結晶粒径を1.0μm以上としたのは、平均結晶粒径が1.0μm未満になると、摺動部材の成形体を焼成し焼結体となす過程において、焼結が不十分なためガラス相に気孔が多数残留し、摺動面2a、3a、4aにおける気孔の占有面積率を50%以下にすることが困難となるためである。また、酸化アルミニウムの平均結晶粒径を8μm以下としたのは、平均結晶粒径が8μmを越えると、潤滑層が酸化アルミニウム結晶相の表面に進展し覆う時間が増加し、摺動面2a、3a、4aが傷つきやすくなるという問題があるからである。また、より好ましい平均結晶粒径の範囲は6μm以下である。
次に、本発明の摺動部材は、摺動面2a、3a、4aで摺動させることにより、摺動面2a、3a、4aの少なくとも一部に前記ガラス相の成分を主体とする潤滑層が形成されることが好ましい。
すなわち、本発明の摺動部材を摺動させると、硬度の小さいガラス相から摩耗や塑性流動が始まり、この状態が継続するとガラス相の成分を主体とする潤滑層が酸化アルミニウム結晶相の表面にも進展し、潤滑性を有する摺動面の潤滑層となり、摺動部材同士が互いに削り合うアブレシブ摩耗を抑制することができるのである。そして、潤滑層には、酸化アルミニウム結晶相から生じた摩耗粉をその内部に取り込む作用もあり、摩耗粉が摺動面2a、3a、4aから外部に飛散することを抑制する効果もある。
また、潤滑層の進展は、摺動面2a、3a、4aに加わる圧力に加え、摩擦熱も影響していると考えられる。特に、動圧軸受1のように摺動部材同士が、回転開始/停止、振動、揺動、傾きなどにより、高速で接触摺動する場合、摺動面2a、3a、4aは微小な領域で瞬間的に高熱となり、潤滑層を軟化させ進展を促進すると考えられる。
すなわち、本発明の摺動部材に形成される潤滑層は、各摺動部材が浮上している状態では、摺動面2a、3a、4a上に固着しているが、部材同士が高速で接触摺動する際、流動性を発現し、衝撃を吸収して摺動面2a、3a、4aを保護する作用も成す。
また、本発明における潤滑層とは、回転数が5000rpm以上(周速度約2.6m/s以上)で5秒以上摺動させた際に摺動面2a、3a、4aに形成されているものであり、その組成はガラス相からなる主成分に、酸化アルミニウム結晶相の摩耗粉が混入したものであり、摺動部材の寸法精度を保つという観点から、潤滑層の厚みは2μm以下で形成されることが好ましい。
なお、潤滑層の確認は、摺動面を走査電子顕微鏡(以降SEMと称す)で観察することによって判別することができる。その表面状態は、例えば、潤滑層で覆われることにより、気孔や酸化アルミニウム結晶相が見られない平滑面となる場合や、潤滑層が鱗状の模様を形成している場合などがある。
そして、この潤滑層が形成される過程において、潤滑層成分は接触摺動した個所から供給されるため、摩耗により部材の寸法精度が低下することは殆どなく、安定して動圧を発生させることが可能である。
次に、本発明の摺動部材の製造方法について、摺動部材としてスリーブ3を酸化アルミニウム結晶相とガラス相とを主体とする焼結体で形成する場合について述べる。
先ず、酸化アルミニウムとガラス相成分とを調合し、これをボールミルや振動ミルなどで粉砕して所定の粒度とした後、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、アクリル等からなるバインダーを加えてスプレードライで造粒する。そして、この造粒した原料を用いて、粉末プレス装置で0.8〜1.5ton/cm2の圧力を加えて成形体を得る。
その後、電気炉やガス炉などを使用して1500〜1650℃で1〜5時間焼成して焼結体を得、最後に、焼結体を所定の形状に加工する。このとき、内周面にあたる摺動面3aに存在するガラス相の占有面積率を30%以上、75%以下とするためには、酸化アルミニウムを55質量%以上、95質量%未満、ガラス相成分となる助剤を5質量%以上、45質量%未満とすればよく、ガラス相の占有面積率を35%以上、65%以下とするためには、酸化アルミニウムを60質量%以上、90質量%未満、ガラス相成分を10質量%以上、40質量%未満に、さらに、ガラス相の占有面積率を50%以上、60%以下とするためには、酸化アルミニウムを65質量%以上、75質量%未満、ガラス相成分を25質量%以上、35質量%未満にそれぞれ調整すればよい。
なお、内周面にあたる摺動面3aに存在するガラス相の占有面積率が30%以上、75%以下とするために、酸化アルミニウムを55質量%以上、95質量%未満、ガラス相成分を5質量%以上、45質量%以下とすればよく、また、ガラス相の占有面積率を35%以上、65%以下とするためには、酸化アルミニウムを62質量%以上、90質量%未満、ガラス相成分を10質量%以上、38質量%未満に、さらに、ガラス相の占有面積率を50%以上、60%以下とするためには、酸化アルミニウムを65質量%以上、75質量%未満、ガラス相成分を25質量%以上、35質量%未満とすればよい。
なお、摺動面3aにおけるガラス相の占有面積率は、摺動面3aを表面粗さRa0.3μm以下にした場合には上述のような酸化アルミニウムと、ガラス相成分の組成比で調整することができるが、後述する表面粗さ等の表面状態によって影響を受けやすい。そのため、後述するような加工条件によって要求される表面状態に合わせて加工条件を変えることでガラス相の占有面積率を調整する必要がある。
また、前記ガラス相成分に添加する助剤における酸化ケイ素の含有量を40質量%以上とすればよく、ガラス相の残部を酸化マグネシウム、酸化カルシウム、酸化ジルコニウム、酸化チタニウム、酸化鉄、酸化ナトリウムの一種以上とするには、前記ガラス相成分にこれらを適宜添加すればよく、酸化ケイ素の含有量を40質量%以上にするために、助剤における酸化ケイ素の比率も40質量%以上としておくことが好ましい。
そして、摺動面3aに存在する気孔の占有面積率を50%以下とするには、製造の段階でできる限り、気孔を減少させておくことが必要であるが、作製した焼結体の加工の段階で、摺動面3aに相当する部分の加工は、最終的にラップ加工、センタレス、ホーニング、超仕上げ加工などで加工するのであるが、この時の加工方法によっては、焼結体の表面の結晶粒子が加工の圧力によって脱落して新たな気孔が発生することになるため、加工の方法によって摺動面3aに存在する気孔の占有面積率は調節することができ、特に加工に用いる砥石は#1000〜#10000程度のダイヤモンドを用いるとよい。具体的には、砥石の番定を細かく、加工速度を遅くすることにより気孔の占有面積率を小さくし、番定を粗く、加工速度を早くすることにより気孔の占有面積率を大きくできる。スリーブ3を加工する際は、外径をセンタレス加工した後、内径を内径加工機で加工し、その後ホーニング加工で気孔が本発明の範囲内となるように加工すればよい。ホーニング加工の条件は、回転数を1000〜3000rpmとし、砥石の番定は#1000〜#10000の範囲で調整する。また、酸化セリウム、酸化ケイ素、酸化アルミニウム、炭化珪素、炭化硼素、窒化硼素、ダイヤモンドなどを遊離砥粒として研削液に添加し、砥石の代わりにSK鋼を用いることもできる。また、シャフト2を加工する際は、センタレス加工を行った後、超仕上げ加工で摺動面の気孔が本発明の範囲内となるように加工すればよい。超仕上げ加工の条件は、ワークの送り速度を0.5〜2.0m/min、ワーク周速度を10〜50m/minとし、砥石の番定は#1000〜#10000の範囲で調整する。
すなわち、酸化アルミニウムと助剤の調合比、焼成温度、仕上げ加工の条件を調整する
ことによりガラス相の比率を本発明の範囲内に調整することが可能となるのである。
さらに、気孔の占有面積率を30%以下とするためには、シャフト2であれば超仕上げ加工で砥石の番定を#3000〜#10000とすればよく、スリーブ3であればツールにSK鋼などの金属板、遊離砥粒にダイヤモンド、酸化セリウム、酸化ケイ素などを用いるとよい。
そして、これら摺動部材を動圧軸受に用いる場合、材料に要求される特性の多くは、回転開始/停止時の摺動環境に対応するものであり、主に耐摩耗性と耐熱性であり、その為に、隙間5、6に潤滑流体としてオイルを充填してもよいが、動圧軸受の隙間からオイルが飛散しないよう確実にシールを行い、さらに、オイルが酸化して劣化しないよう発熱や回転速度などの使用環境を考慮した設計をする必要がある。また、潤滑流体に空気を用いる場合は、回転の開始/停止時にシャフト2またはスラスト4と、スリーブ3とが直接接触するため、耐摩耗性と耐熱性に優れた焼結体で構成すればよい。また、摺動面2a、3a、4aにDLC(ダイヤモンドライクカーボン)や二流化モリブデン等の固体潤滑剤でコーティングを行い、潤滑層を形成する方法もあるが、それらのコーティング層は時間が経つにつれて摩耗や剥離が生じるため、素地が露出した場合も考慮した設計をすることが望ましい。
そして、このように製造された各摺動部材は上述の図1に示すような動圧軸受として好適に用いることができ、さらには、この動圧軸受を用いて図3に示すようなモータとして好適に用いることができる。
図3のモータ10は、本発明の摺動部材を用いたモータの一例を示す縦断面図であり、回転部材であるシャフト11、ロータハブ15、スラスト13と、静止部材であるベース18、スリーブ12、スラスト14を備え、それらはいずれも円筒形状であり、さらに、回転の駆動力を与える手段として、ベース18に固定されたステータ17、ロータハブ15の内壁にN極とS極が交互に環状に配設されたマグネット16を具備する。ステータ17、マグネット16は、それぞれベース18、ロートハブ15に同数で複数個設置されており、回転軸20に対して同心円状の配置となっている。
この動圧軸受において、シャフト11、スラスト13、静止部材のスリーブ12、スラスト14を本発明の摺動部材によって構成する。シャフト11は、上端にロータハブ15の中央部が固定された状態で、スリーブ12に回転自在に挿入され、下端にはスラスト13が固定される。スリーブ12、スラスト14は、ベース18に固定され、それぞれラジアル方向、スラスト方向の動圧を受ける。本発明の摺動部材は、シャフト11、スリーブ12、スラスト13、スラスト14に用いられており、シャフト摺動面11a、スラスト摺動面13a、13bには動圧発生溝が形成され、回転時には対向する部材との隙間に動圧を発生し、非接触で浮上回転する構造となっている。
動圧発生溝の形状は、一般的なヘリングボーンや、特開平9−14257に示されるようなシャフトの外周に等間隔で軸方向に平行な平坦面を形成したタイプでも構わない。電子機器に用いられる小型モータの場合は、へリングボーンの溝深さは数μm程度が望ましく、前記平坦面を溝と見なした場合の溝深さは20μm以下が望ましい。
このように構成されたモータ10は、ステータ17に交流電流が流れると磁界が発生し、マグネット16の磁力と引き合い(反発し)、ロータハブ12が回転する。ロータハブ12が回転すると、シャフト11、スラスト13も回転し、回転開始時には対向する部材と接触摺動するが、回転数が増加すると、それぞれの部材に形成された動圧発生溝により動圧が発生して部材が浮上し、一定の隙間を保った状態で非接触回転を継続する。
そして、ロータハブ15の外周部19にハードディスクやポリゴンミラー等を装着し、HDDやLBP等に使用する。
また、本発明のモータは、例えば回転数が10,000rpm以上のサーバー用HDDや、回転数が15,000rpm以上のパソコン用HDDや、回転数が50,000rpm以上のLBPや、回転数が10,000rpm以上のDLP(デジタルライトプロセッサ)などに用いることができる。これらのモータ回転数は、それぞれの製品で使用されるモータの軸受が、ボールベアリングやオイル動圧軸受では摩耗や焼き付きにより使用できなくなる値であり、本発明の摺動部材を用いて空気動圧軸受を形成することにより、問題を解決することができる。さらに、本発明のモータは車載用HDDのように振動の激しい環境で用い、軸受部材同士が接触しても潤滑層が摺動面を保護するため、摩耗やカケを抑制し好適に使用することが可能である。
(実施例1)
次に、本発明の摺動部材を用いた実施例として、動圧軸受を構成した場合を例に説明する。
まず、表1に示す組成で、酸化アルミニウムに助剤として酸化ケイ素と添加剤の酸化マグネシウム、酸化カルシウム、酸化ジルコニウムを加え調合原料とした。なお、この時、酸化ケイ素の質量と添加剤の質量との比率を4:6と一定とした。なお、添加剤は酸化マグネシウム、酸化カルシウム、酸化ジルコニウムをそれぞれ4:9:7の質量比で調合した。
そして、前記調合原料をボールミルを用いて水で湿式粉砕してスラリーとし、バインダーを加え、スプレードライで噴霧乾燥して粉末原料とした。
その後、この粉末原料の適宜量を秤量し、粉末プレス装置を用いて約1ton/cm2の圧力で加圧成形し、図1に示すような動圧軸受1のシャフト2、スリーブ3、スラスト4の成形体を作製した。
次に、前記成形体を電気炉にて1400〜1700℃、1〜5時間で焼成し、シャフト2、スリーブ3、スラスト4のセラミックスを得た。
そして、本発明のシャフト2はセンタレス加工を行った後、超仕上げ加工で摺動面の気孔が本発明の範囲内となるように加工した。超仕上げ加工の条件は、ワークの送り速度を0.5〜1.0m/min、ワーク周速度を30〜40m/minとし、砥石の番定は#2000〜#6000の範囲で調整した。
スリーブ3は外径をセンタレス加工した後、内径を内径加工機で加工し、その後ホーニング加工で気孔が本発明の範囲内となるように加工した。ホーニング加工の条件は、回転数を1200〜2000rpmとし、砥石の番定は#1000〜#3000の範囲で調整した。また、砥石の代わりにSK鋼を用い、研削液に粒径が2〜4μmのダイヤモンド砥粒を用いる加工方法も使用した。
具体的には、砥石の番定を細かく、加工速度を遅くすることにより気孔の占有面積率を小さくし、番定を粗く、加工速度を早くすることにより気孔の占有面積率を大きくした。
そして、酸化アルミニウム結晶相とガラス相が摺動面に存在していることを確認するため、X線回折装置を用いて分析し、酸化アルミニウムの結晶のピークを確認するとともに酸化ケイ素の結晶のピークが検出されないことを確認し、さらに制限視野電子回折像解析の方法でハローパターンを示したことから、ガラス相の存在を確認した。
また、気孔の占有面積率Svは、摺動面の面積0.9mm2の範囲で金属顕微鏡の画像をCCDカメラで取り込み、画像解析装置を用いて倍率100倍で数値化した。ガラス相の占有面積率Sgは、摺動部材をファイヤーエッチングし、酸化アルミニウム結晶相の視認性を改善した後、酸化アルミニウム結晶相の占有面積率Saを同様に画像解析装置で数値化し、(1)の計算式により求めた。
Sg=100−Sa−Sv・・・・・・(1)
次に、作製したシャフト2、スリーブ3、スラスト4を用いて図3に示すようなモータを組み付け、回転速度10000rpmで5万回のスタート、ストップ試験を行い、摺動面の破損、損耗状態をSEM、金属顕微鏡を用いて観察し、摺動面に傷や結晶粒脱落がなく破損していないものを◎、線状痕はあるが結晶粒脱落や破損がないものを○として摺動性の優れた良品と判定し、破損や結晶粒脱落があるものを×、として摺動性の悪い不良品と判定した。
さらに、試験終了後に各摺動面をSEMで観察し、潤滑層が形成されているかを調査した。摺動部材同士が接触摺動した部位に、全面的に潤滑層が形成されているものを◎、少なくとも一部に形成されているものを○として良品と判定し、潤滑層が全く形成されていないものを×、として不良品と判定した。
表1より、本発明の範囲内となるガラス相の占有面積率が30〜75%、気孔の占有面積率が50%以下である試料(No、2〜6、9〜16)は、摺動試験後に摺動面には部分的に線状痕が生じるものがあったが、結晶粒脱落、破損がなく摺動性の優れたものであることが判った。
特に、ガラス相の占有面積率が50〜60%、気孔の占有面積率が50%以下である試料(No.4〜6)は、摺動試験後に線状痕もなく、より優れた摺動性を有することが判った。
これに対し、ガラス相の占有面積率が30%未満の試料(No.17、18)は摩耗が大きいため摺動性が悪く、ガラス相の占有面積率が75%を超える試料(No.1)は、ガラス相が多すぎるため摺動面の強度が低下し破損した。さらに、気孔の占有面積率が50%を超える試料(No.7、8)は、潤滑層が形成されたものの剥がれてしまい、摺動面に線状痕や結晶粒脱落が生じることが判った。
(実施例2)
次に、表1の試料13の助剤中における酸化ケイ素と添加剤の比率を変え、実施例1と同様にしてシャフト2、スリーブ3、スラスト4を作製し、同様にモータを組み付け、摺動条件を厳しくするためモータの回転軸を水平とし、回転数を15000rpmで100回のスタート、ストップ試験を行い、摺動性の評価を行った。摺動性の評価は、試験前後で摩耗により寸法変化していないかを摺動面の状態をSEMで観察して測定し、1.5μm以下を◎、2μm以下を○、それ以上を×として評価した。また、試験終了後に各摺動面をSEMで観察し、潤滑層が形成されているかを調査した。摺動部材同士が接触摺動した部位に、全面的に潤滑層が形成されているものを◎、少なくとも一部に形成されているものを○として良品と判定し、潤滑層が全く形成されていないものを×、として不良品と判定した。
表から明らかなように、ガラス相の占有面積率が30〜75%、気孔の占有面積率が50%以下で、さらに添加するガラス成分である助剤の酸化ケイ素の含有量が40質量%以上の試料(No.13−1〜13−4、13)は、摺動面に均一に潤滑層が形成されており、摺動性も優れていることが判った。また、これらの試料は、厚み変化も2μm以下に抑えられており、SEMで摺動面を観察すると、潤滑層が形成されていることが判った。
これに対し、ガラス相の占有面積率が30〜75%、気孔の占有面積率が50%以下の場合においても、添加するガラス成分である助剤の酸化ケイ素の含有量が40質量%未満の試料(No.13−5〜13−7)は、寸法変化は2μm以下に抑えられているものの、
潤滑層が形成されない場合が生じ、酸化ケイ素が40質量%以上含有されている試料に比較すると、耐摩耗性が低下することが判った。