本発明は、ガラスなどの成形素材をモールド成形して光学素子等を製造するモールドプレス成形装置の製造方法に関するものである。さらに詳しくは、モールドプレス成形装置における摺動部位に対する潤滑性薄膜の形成技術に関するものである。
ガラス素材を用いて非球面レンズなどの光学素子を製造する方法として、得ようとする成形体の形状に基づいた成形面を備えた上型及び下型によって、加熱して軟化状態とした成形素材(プリフォーム)をプレス成形し、上下の型の成形面を転写するモールドプレス法が知られている。このような成形に用いられるモールドプレス成形装置では、上下の型が精度良く同軸状態となるように、上型及び下型を胴型でガイドするように構成され、かつ、胴型と上型あるいは下型とのクリアランスは狭く設定されている。そのため、かじりなどが発生しないように、胴型あるいは型の摺動部分に炭素膜からなる固体潤滑性薄膜を形成しておくことが提案されている(例えば特許文献1参照)。
この特許文献1に記載の技術は、型の摺動部が酸化するため、定期的に紙やすりで擦るなどのメンテナンスが必要であったものを、上記炭素膜の被覆によって、解消したものであり、特許文献1には、炭素膜として、マイクロ波プラズマCVD法などによるダイヤモンド膜、プラズマCVD法などによる、DLC膜、水素化アモルファス炭素膜、硬質炭素膜などが開示されている。
特開平7−2534号公報
一般的に、機械要素などの相対運動が伴う表面間に生じる剪断応力は、エネルギーロスを生じさせるだけでなく、機械要素の摩耗を引き起こし、その寿命を縮める。また、剪断応力が大きい場合には機械要素などの相対運動を妨げ、機械の稼働を停止させてしまう。
このような剪断応力を抑制するための固体潤滑膜は、従来、上述のCVD法、イオン注入、PVD法など、そのほとんどが高真空下で成膜する必要があり、そのための大規模設備を要する。また、メッキによる成膜は、真空設備を必要としないが、固体潤滑薄膜の付着力が弱く剪断時に膜剥がれが生じやすい。このように、従来から行われている種々の剪断応力抑制のための表面改質法は、用途や製法に多くの制限を有し、場合によっては莫大な設備を必要とする。
特にモールドプレス成形装置では、上型及び/又は下型と胴型とのクリアランスが10μm以下であることが求められる状況にあり、従来の潤滑材には、以下の問題点がある。すなわち、光学素子、例えばレンズは、撮像機器、光ピックアップ装置などに多用され、その画素数、又は記録密度の増大とともに、必要精度が極度に高くなっている。特に、非球面レンズの偏心精度においては、例えば、光学素子の光学機能面である第1面と第2面の中心軸の傾き(ティルト)を2分以内程度に抑えなければ、十分な光学性能を達成できない光学系が多くなっている。このように、偏心精度の極めて高い光学素子を成形する場合には、成形型の摺動部分のクリアランスを極めて小さくする必要がある。例えば、下型と胴型が摺動によって相対移動する場合に、その摺動部のクリアランスは10μm以下とすることが求められる。しかしながら、摺動部のクリアランスを小さくするに従って、摺動時に噛み込みが生じやすくなる。また、摩擦によって型が磨耗し、発生したパーティクルが成形体を汚染するなどの問題が生じる。
かといって、摩擦を小さくするために、特許文献1に記載の技術を適用すると、炭素膜の消耗が速く、連続プレスを行なうに従い、摺動性が失われる。また、摺動によって炭素膜が剥離し、そのパーティクルがプレス成形品を汚染したり、表面欠陥を引き起こすなどの問題がある。一方、成形温度は500〜800℃程度の高温であるため、グリース、オイルに分散させるもの、又は有機溶媒を使用するものは適用できない。
しかも、モールドプレス成形装置でのプレス工程は、数百〜数千ショットの連続工程であり、消耗、または離脱しやすい表面処理材は生産効率を下げるのみでなく、離脱した表面処理材が成形体を汚染し、またクリアランスを次第に大きくする。さらに、成形サイクルは、降温と昇温の繰り返しを伴うため、摺動部材も、熱膨張と熱収縮を繰り返すため、極めて耐久性が高くなければならない。
以上の問題点に鑑みて、本発明の課題は、型とガイド部材との摺動部位に対して、優れた摺動性を長期間にわたって持続可能な固体潤滑性薄膜を、多大なコストをかけずに効率よく形成するためのモールドプレス成形装置の製造方法を提供することにある。
上記課題を解決するために、本発明では、一方が他方に対して相対移動可能な第1の型及び第2の型を含む成形型と、前記第1の型及び前記第2の型のうちの少なくとも一方の型と摺動部位を構成するガイド部材とを備え、加熱により軟化した状態の成形素材を前記第1の型と前記第2の型との間でプレス成形するモールドプレス成形装置の製造方法において、前記型と前記ガイド部材のうちの少なくとも一方の部材に対して、前記型と前記ガイド部材との摺動部位を構成する領域に固体潤滑剤を移着成膜して固体潤滑性薄膜を形成する移着成膜工程を有し、当該移着成膜工程では、棒状の膜原料物質を軸線周りに回転させながら、当該膜原料物質を前記一方の部材における前記固体潤滑性薄膜が形成される下地面に圧接させることにより、前記膜原料物質を前記下地面に移着させることを特徴とする。
本発明で用いた「移着成膜」とは、機械要素などの固体によって構成される二面間が相対運動を伴う状態で、二面間に発生する剪断応力を低減させるために固体潤滑性薄膜を移着によって成膜する技術である。「移着」とは、成膜材料と被成膜材料の両固体間の剪断時に生じる現象であって、2種またはそれ以上の材料が直接接触することにより、一方の材料が相手方の材料の表面に移動することをいう。「移着膜」とはこの移着によって形成された膜である。
また、「剪断応力」とは、二つの物体を外力をもって相対的に動かそうとしたとき、一方の物体が他方に対して逆らう力、すなわち変形に対する抵抗力をいい、固体間の相互のずれに伴い、横断面に互いに平行で向きが逆に生ずる応力である。固体の一方に、本発明の移着膜が形成された場合には、移着によって成膜された固体潤滑性薄膜表面と他方の表面の界面、及び固体潤滑性薄膜内部での膜分子間に働く力をいう。
本発明は、相対運動を伴う2個の物体の二面間のいずれか片方、もしくはその両方に予め固体潤滑性薄膜を移着成膜する工程を行い、この工程において、軸線周りに回転する棒状の膜原料物質を、固体潤滑性薄膜を形成すべき下地面に圧接させることにより、下地面を有する物体と膜原料物質との間に相対的な剪断運動を与えて、移着成膜を行う。このため、真空設備などといった高価な装置を用いることなく、多大なコストをかけずに効率よく移着成膜を行うことができる。また、この方法によれば、物体表面の所定領域に選択的に成膜できるという利点もある。そして、形成された固体潤滑性薄膜は、優れた潤滑性を有する。このため、移着膜からなる固体潤滑性薄膜を型とガイド部材との間に形成したモールドプレス成形装置では、型とガイド部材との摺動部位のクリアランスを10μm以下、さらには5μm以下に設定した場合でも、かじりなどが発生しない。また、摺動部位のクリアランスを摺動限界である1μm程度に設定した場合でも成形が可能である。それ故、高い精度での成形を行うことができる。また、成形ティルト(対向する成形面の相互の軸の傾き)を2分以下、更には30秒以下とするために摺動部分を長くとった場合にも、安定な生産を行うことができる。また、固体潤滑性薄膜の消耗が著しく遅いため、連続プレスを行っても摺動性が失われることがないので、メンテナンスなしでも長期間の稼動が可能である。さらに、高温安定性にも優れているので、降温と昇温の繰り返しを行っても摺動性が失われることがない。さらにまた、移着成膜した固体潤滑性薄膜は、CVD法などで成膜した固体潤滑性薄膜と違って、下地面と固体潤滑性薄膜との間で下地面を構成する成分と固体潤滑性薄膜を構成する成分とが混在し、明確な境界面が存在しない。それ故、移着成膜した固体潤滑性薄膜は、下地面との密着性が高いので、機械的なストレスや熱的なストレスが加わっても剥離し難い。
本発明において、前記移着成膜工程では、前記一方の部材を前記膜原料物質とは反対方向に回転させながら、当該一方の部材の周面に前記膜原料物質の周面を圧接させる。これにより、一方の部材の周面と膜原料物質との間に相対的な剪断運動を与えて、一方の部材の周面に設けられた下地面に移着膜を形成することができる。
本発明において、前記移着成膜工程では、前記一方の部材を前記膜原料物質の回転中心軸線と直交する方向に往復移動させながら、当該一方の部材に前記膜原料物質の周面もしくは端面を圧接させる。これにより、一方の部材と膜原料物質との間に相対的な剪断運動を与えて、一方の部材の周面に設けられた下地面に移着膜を形成することができる。
本発明において、前記一方の部材はリング状の物体である場合には、前記移着成膜工程において、当該リング状の物体の内周面もしくは外周面に前記膜原料物質を圧接させることができる。このようにすれば、リング状の物体の内周面に対する移着膜の形成を容易に行うことができる。
本発明において、前記下地面は、金属またはセラミックスからなり、前記移着成膜工程を行う際、前記下地面の粗さ曲線において平均山間隔で表される表面粗さSmが1nm以上であることが好ましい。接触面積は小さいほど面圧が高まり、より高い成膜エネルギーを得られることから、被成膜面の粗さSmが1nm以上であることが望ましい。表面粗さSmが1nm未満では、移着膜形成時のエネルギーが不足するため、移着された膜の被成膜体への密着力が不足し、剥離等の固体潤滑性薄膜としての機能不全が発生する虞がある。
本発明において、前記移着成膜工程では、前記膜原料物質として、ZrS 2 、VS 2 、NbS 2 、MoS 2 、WS 2 、ReS 2 からなる硫黄系化合物、WSe 2 、MoSe 2 、NbSe 2 からなるセレン系化合物、CdCl 2 、CdI 2 からなるカドミウム系化合物、グラファイト、フッ化黒鉛、六方晶BN、雲母、Sb 2 O 3 の中から選ばれた少なくとも一つを用いている。
本発明において、前記移着成膜工程では、前記一方の部材と前記膜原料物質との間に印加される荷重が1N以上、相対剪断速度が1.0m/sec上の条件で相対的な剪断運動を行わせることが好ましい。
本発明を適用したモールドプレス成形装置の製造方法によれば、型とガイド部材との間の摺動部位に固体潤滑性薄膜を移着成膜する工程を行い、この工程において、軸線周りに回転する膜原料物質を、固体潤滑性薄膜を形成すべき下地面に圧接させることにより、下地面を有する物体と膜原料物質との間に相対的な剪断運動を与えて、移着成膜を行う。このため、真空設備などといった高価な装置を用いることなく、多大なコストをかけずに効率よく移着成膜を行うことができる。また、この方法によれば、物体表面の所定領域に選択的に成膜できるという利点もある。そして、移着膜からなる固体潤滑性薄膜は、優れた潤滑性を有する。従って、本発明を適用した製造方法により製造したモールドプレス成形装置では、型とガイド部材との摺動部位のクリアランスを10μm以下、さらには5μm以下に設定した場合でも、かじりなどが発生しないので、高い精度での成形を行うことができる。また、固体潤滑性薄膜の消耗が著しく遅いので、連続プレスを行っても摺動性が失われることがないので、長期間の稼動が可能である。さらに、高温安定性にも優れているので、降温と昇温の繰り返しを行っても摺動性が失われることがない。さらにまた、移着成膜した固体潤滑性薄膜は、下地面との密着性が高いので、機械的なストレスや熱的なストレスが加わっても剥離しない。
図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。
(移着成膜法及び移着膜の構成)
図1(a)及び(b)は、移着成膜法の基本原理を模式的に示す説明図、及び移着膜が成膜された機械要素を模式的に示す説明図である。図2(a)、(b)及び(c)はそれぞれ、別の移着成膜法の基本原理を模式的に示す説明図である。
図1(a)及び(b)に示したように、移着成膜法は、物体1の被成膜面1a(下地面)に膜原料物質2を圧接させ、この状態で膜原料物質2及び物体1のうちの一方を移動させて膜原料物質2と物体1との間に相対的な剪断運動を与えることにより、膜原料物質2を被成膜面1aに移着させる。従って、化学反応を伴うことなく、かつ、雰囲気制御することなく、薄膜(移着膜3)を形成することができる。
ここで、膜原料物質2と物体1との間に相対的な剪断運動を与えるには、例えば、図2(a)に示すように、棒状の膜原料物質2を軸線周りに回転させながら、その縁部分を物体1に圧接させる。また、図2(b)に示すように、棒状の膜原料物質2を軸線周りに回転させながら、その周面を、反対方向に回転する物体1に圧接させてもよい。さらに、図2(c)に示すように、棒状の膜原料物質2を軸線周りに回転させる一方、膜原料物質2の回転中心軸線と直交する方向に物体1を往復移動させてもよい。
また、図2(b)、(c)には、リング状の物体1の外周面に膜原料物質2を圧接させたが、リング状の物体1の内周面に膜原料物質12を圧接させれば、CVD法と違って、リング状の物体1の内周面に対しても薄膜(移着膜3)を容易に形成することができる。また、移着成膜法によれば、物体1の被成膜面1aが曲面であっても、薄膜(移着膜3)を容易に形成することができる。
このような移着は、接触荷重、剪断速度、及びその他の成膜条件を制御した状態で行われ、移着膜を効率よく形成するには、成膜エネルギーを高くする必要がある。ここで、膜形成時の成膜エネルギーに影響を与えるパラメーターは、
膜原料物質及び被成膜体の固さや熱伝導率
ペクレ数
被成膜面と膜原料物質間に働く摩擦係数
被成膜面に対する膜原料物質の印加荷重
膜原料物質の剪断速度
被成膜面と膜原料物質間の接触面積
被成膜面の表面粗さ
等である。
これらのパラメーターのうち、膜原料物質及び被成膜体の固さや熱伝導率等は物性値であり、用いる材料によって決定される。従って、移着膜形成時のエネルギーは、被成膜面に対する膜原料物質の印加荷重、膜原料物質の剪断速度の複合関数として求められるといえる。被成膜面の表面粗さが大きいほど、被成膜面と膜原料物質間の接触面積は小さくなる。
ここで、荷重は大きいほど良く、1N以上が望ましい。荷重が1N未満では、移着膜の形成時のエネルギーが不足するため、移着された膜の被成膜体への密着力が不足し、剥離等の固体潤滑性薄膜としての機能不全が発生する場合がある。
剪断速度は早いほど良く、1.0m/sec以上が望ましい。剪断速度が1.0m/sec未満では、移着膜形成時のエネルギーが不足しやすく、移着された膜の被成膜体への密着力が不足し、剥離等の固体潤滑性薄膜としての機能不全が発生する可能性がある。
接触面積は小さいほど面圧が高まり、より高い成膜エネルギーを得られることから被成膜面の粗さは、Sm(粗さ曲線が平均線と交差する交点から求めた山間隔の平均値)が1nm以上有する事が望ましい。表面粗さSmが1nm未満では、移着膜形成時のエネルギーが不足するため、移着された膜の被成膜体への密着力が不足し、剥離等の固体潤滑性薄膜としての機能不全が発生する虞がある。
また、移着による膜の形成は、膜厚が0.4nm未満では不均一となる傾向があり、潤滑機能が発現されない場合がある。一方、摩擦係数は膜の形成に伴い逐次変化し、膜厚が100μm程度以上になると、摩擦係数の変化は消失し、摩擦係数の影響による成膜エネルギーの変化も無くなる結果、膜形成速度が著しく低下する。従って、膜厚の最小値は制御限界の0.4nm以上となり最大でも100μmとなる。より好ましくは、膜厚は100nm〜100μmである。
膜原料物質は、剪断応力抑制効果に優れ、かつ化学的に安定な物質が望ましく、例えば、ZrS2、VS2、NbS2、MoS2、WS2、ReS2などからなる硫黄系化合物、WSe2、MoSe2、NbSe2などからなるセレン系化合物、CdCl2、CdI2などからなるカドミウム系化合物、グラファイト、フッ化黒鉛、六方晶BN、雲母、Sb2O3などの中から選ばれた少なくとも一つが望ましい。
このような膜原料物質は、単独で用いてもよいし、複数の膜原料物質が混合された複合体を用いてもよいし、異なる膜原料物質を複数用い、それぞれを異なる領域に移着成膜させてもよい。
(移着膜の評価結果)
本発明では、移着成膜された移着膜における剪断応力の低減効果を、次のようにして調べた。
まず、移着法による成膜条件を
被成膜材=SiC基板
膜原材料=グラファイト
印加荷重=15N
成膜時の剪断速度=7.85m・sec
SiC基板の被成膜面の粗さSm=約50nm
とした。かかる条件で移着成膜した移着膜表面の剪断応力を市販の原子間力顕微鏡(AFM)を用いて測定した。
図3(a)は、本発明の移着法によって成膜された表面の剪断応力分布である。原子間力顕微鏡によれば、カンチレバーの自由端にある探針と移着膜表面との間に働く原子間力によって生ずるカンチレバーの撓みから移着膜表面の形状を測定することができる。図3(a)において、横軸は剪断応力、縦軸は発生頻度である。原子間力顕微鏡では、カンチレバーにレーザー光を照射しながら被検物とを相対移動させ、カンチレバーが剪断応力によって曲がったときに、レーザー光の反射光の変化量を受光素子で検知し、そのときの電圧変化が剪断応力として認識される。ただし、原子間力顕微鏡の出力は、画像表示であるため、測定領域内の剪断力の分布を表示させたとき、剪断力の大きい部分が明るく表示され、剪断力の小さい部分は暗く表示される。従って、図3(a)の横軸は明るさ、縦軸はそのピクセル数をカウントしたものである。
図3(a)から分かるように、本発明に係る移着成膜は、剪断応力が小さい部分が測定領域の多くを占め、剪断応力の大きい部分が少ない。それ故、全体的に剪断応力の低減効果、すなわちエネルギーロスの低減効果が得られる。
比較として、未成膜SiC基板を用いたときの剪断応力分布を市販の原子間力顕微鏡(AFM)を用いて測定した。その結果を図3(b)に示すが、図3(a)と比較して剪断応力が高いことがわかる。
また、本発明に係る移着膜が成膜された面へ、面圧約100PaでSiC球体を押しつけ、5mm/secにて往復運動を300回行った。試験後の表面を光学顕微鏡で観察した結果、移着法により成膜されたSiC表面に摩耗痕は観察されなかった。
これに対し、未成膜SiC基板を用い、同様の条件で摩擦(比較試験)を行って摩擦後の表面を光学顕微鏡で観察したところ、SiC基板表面に摩耗痕が見られた。
このような結果は、被成膜材としてSiCを用いた時だけでなく、金属材料であるステンレス(SUS304)やタングステン合金を用いたときにも同様な結果を示した。
このように、移着成膜させることにより改質された表面層は、耐久性が高く、成形装置において高温環境下で連続的に繰り返し行われる摺動に耐え得る。たとえば、数千回の連続プレスにおいて、良好な摺動性を示した。
また、移着成膜した固体潤滑性薄膜では、固体潤滑性薄膜が形成された被成膜面(下地面)と固体潤滑性薄膜との間に、被成膜面を構成する成分と固体潤滑性薄膜を構成する成分とが混在する層が存在し、明確な境界面が存在しない。すなわち、CVD法などで成膜した場合には、膜は下地面に堆積しているだけであるのに対して、移着成膜の場合、膜原料物質が下地面内に拡散、浸透している。それ故、移着成膜した固体潤滑性薄膜は、被成膜面との密着性が高いので、機械的なストレスや熱的なストレスが加わっても剥離しない。
(成形装置への適用例1)
本発明の表面処理(固体潤滑性薄膜を移着成膜)を行った基体を、光学素子等をプレス成形する成形装置の摺動部に適用することができる。本発明を適用した成形装置の一例を図4に示す。
図4に示すモールドプレス成形装置は、一方が他方に対して相対移動可能な第1の型10及び第2の型20を含む成形型と、第1の型10及び第2の型10を摺動ガイドする胴型30(ガイド部材)とを備え、加熱により軟化した状態の成形素材40(プリフォーム)を第1の型10の成形面13と第2の型20の成形面23との間でプレス成形する。
このようなモールドプレス成形装置において、胴型30は、上型10及び下型20のうちの少なくとも一方を位置規制してガイドするため、上型10又は下型20が相対的に昇降移動する際に、上型10と胴型30との間、あるいは下型20と胴型30との間が摺動する部分である。従って、下型20が可動である場合、下型20の外周面21と、それに接触した状態で相対的に移動する胴型30の内周面31とに対して本発明に係る固体潤滑性薄膜を移着成膜する。
このような成形型を製作する場合には、成形しようとする光学素子の形状に基づき、精密に形状加工した成形面13、23をもつ上型10、下型20を用意する。型母材としては、公知のもの(SiC、Si3N4、WC、TiC、TaC、BN、TiN、ZrO2、サーメット、ステンレスなど)を用いることができるが、本発明の摺動部位を、上型10、下型20の少なくとも一部に設ける場合には、SiC、Si3N4、WCを用いることが好ましい。胴型30も同様の素材から選択して用いることができる。特に、高い成形温度に耐え、かつ成形面を緻密に精密加工できるという観点からすれば、SiC、Si3N4を用いることが好ましい。
ここで、上型10、下型20の成形面13、23には、成形された成形体の離型を促すための離型膜を設けることが好ましい。離型膜としては、ダイヤモンド状炭素膜(以下、DLC)、水素化ダイヤモンド状炭素膜(以下、DLC:H)、テトラヘドラルアモルファス炭素膜(以下、ta−C)、水素化テトラヘドラルアモルファス炭素膜(以下、ta−C:H)、アモルファス炭素膜(以下、a−C)、水素化アモルファス炭素膜(以下、a−C:H)、窒素を含有するカーボン膜等の炭素系膜、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、イリジウム(Ir)、ロジウム(Rh)、オスミウム(Os)、ルテニウム(Ru)、レニウム(Re)、タングステン(W)、及びタンタル(Ta)から選ばれる少なくとも一つの金属を含む合金膜が適用できる。
また、成形面13、23への離型膜の成膜は、DC−プラズマCVD法、RF−プラズマCVD法、マイクロ波プラズマCVD法、ECR−プラズマCVD法、光CVD法、レーザーCVD法等のプラズマCVD法、イオンプレーティング法などのイオン化蒸着法、スパッタ法、イオンプレーティング法、蒸着法やFCA(Filtered Cathodic Arc)法等の手法が用いることができる。
次に、本発明のモールドプレス成形装置を用いた、光学素子の製造方法について説明する。
成形に用いる成形素材としては、例えば予備成形されたガラスプリフォームを用いることができる。即ち、予めガラスを溶融固化もしくは冷間加工して所定の体積、形状にしたプリフォームを用いる。成形に先立ち、表面に離型機能をもつ膜を設けておくことが好ましい。このような膜としては、炭素膜、炭化水素膜、自己組織化膜(分子中に特定の官能基を有する有機物を、自己的にガラスプリフォーム表面上に配列、組織化して形成した膜)であることができる。
成形工程は以下のようなものであることができる。例えば、成形に適した粘度に加熱軟化したガラスプリフォームを、上下型10、20間で、適切な荷重をかけてプレス成形し、成形面を転写する。成形面との密着を維持したまま、転移点付近、好ましくは転移点以下まで所定の冷却速度で冷却し、離型し、取り出す。このとき、プリフォームを上下型10、20間に配置してから、成形型と共に昇温、加熱(例えばガラス粘度で108〜1012dPa・sに相当する温度に)したのちに、プレス成形してもよく、又は、型外で加熱(例えばガラス粘度で106〜109dPa・s相当の温度に)したプリフォームを加熱した成形型間に供給し、プレス成形してもよい。後者の場合は、型外で加熱した成形素材を、それより低い温度に加熱(例えばガラス粘度で108〜1012dPa・s相当の温度に)した成形型間に供給し、ただちに上下成形型を接触させ、荷重をかけてプレス成形することができる。
成形雰囲気は、非酸化性とすることが好ましい。例えば、窒素ガス、又は窒素ガスと水素ガスの混合雰囲気などを用いることができる。
尚、荷重を維持したまま、又は荷重を減じた状態で、成形された光学素子と成形型の密着を保ち、ガラスの粘度で1012dPa・s相当の温度以下になるまで冷却したのち、上下成形型を離間し、離型する。離型温度は、1012.5〜1013.5dPa・s相当、好ましくは1013〜1013.5dPa・s相当で行うことが好ましい。
特に、型外で加熱したプリフォームを、加熱した上下型10、20に供給する方法(以下、成形方法1)においては、加熱され、開かれた上下型10、20間に、型外で加熱されたプリフォームを供給したのち、上下型10、20を胴型30にて位置規制した上で接近させ、閉じる必要がある。このとき胴型30も上下型10、20の温度又はそれに近い温度に加熱されている。高温下によって熱膨張した上型10、又は下型20と位置規制と摺動が、胴型30内でスムーズに行われるためには、上型10又は下型20の外周面11、21と胴型30の内周面31の間のクリアランスをある程度を超えて小さくすることは、従来、困難であった。
しかしながら、本発明に係る固体潤滑性薄膜を摺動部(胴型の内周面31、または上下型10、20の外周面11、21に移着成膜することによって、このような成形方法においても、十分に偏心精度の高い光学素子(例えば、成形ディセンタ5μm以下)が可能となった。更に、プリフォームを上下型間に配置してから、成形型と共に昇温、加熱(例えばガラス粘度で108〜1012dPa・sに相当する温度に)したのちに、プレス成形を行う方法(以下、成形方法2)においては、熱膨張前に上下型10、20と胴型30を組み立てることができるため、更にクリアランスを小さくすることが可能となり、本発明によって、更に偏心精度の高い光学素子、例えば、成形ディセンタ2μm以下の光学素子が得られるようになった。
また、成形ティルトを小さくするためには、上型10又は下型20と胴型30との摺動部を長くとることが効果的だが、そのような場合には、更に低摩擦の良好な摺動性が必要である。本発明の適用により、成形ティルトとしては、成形方法1で2分以下、成形方法2で1分以下の成形が可能となった。
本発明の処理は、上下型10、20の外周面11、21、それらをガイドする胴型30の内周面31に行うことができる。尚、上下型10、20の外周面11、21に行う場合には、精密加工を施した成形面13、23の汚染などを防止する必要が生じる。このため、胴型30の内周面31に対する表面処理の方が簡便であり好ましい。但し、本発明に係る移着成膜によれば、CVD法などと違って、所定領域に選択的に成膜できるので、上下型10、20の外周面11、21に成膜する場合でも、成形面13、23を汚染しないなどの利点がある。しかも、本発明による移着成膜では、マイクロ波プラズマCVD法や、熱フィラメントCVD法などと比較して、膜厚をモニタリングしながら制御する必要がなく、固体潤滑性薄膜の移着成膜を適性化すれば、耐久性の高い低摩擦の摺動部が形成できる。
また、成形された光学素子を離型する際、上型又は下型の成形面上に貼りつきが生じると、自動取りだしに支障が生じるため、成形後の光学素子を確実に成形面から離型させる強制離型手段を設けた成形装置に、本発明は好ましく適用できる。すなわち、強制離型手段は、上型10又は下型20の外周付近に設けられ、プレス成形が行われて、上下型10、20が離間したとき、上型10又は下型20に付着したままの光学素子を離型させる。特に、上型10に付着した光学素子を離型させて下型20上に落下させることができる。
このとき、強制離型手段は、上型10又は下型20の外周面11、21と摺動することにより、上型10又は下型20の成形面と相対的に位置移動するため、摺動部に本発明による表面処理を施しておくと極めて有利である。これによって、光学素子の離型が確実に行われ、光学素子の自動取出しが行われる。
以下、本発明に係る実施例及び比較例を説明して本発明をより詳細に説明する。なお、表1は、実施例1〜3及び比較例における諸条件及び評価結果をまとめた表である。
表中「*噛み込みによる停止回数」は、同一型でのプレス回数5000回までの噛み込み停止の回数で表され、「**こすれ等の摺動不良」は、同一型でのプレス回数5000回まで連続プレスをしたレンズの、パーティクルによる外観不良率を
○:不良率<0.5%
△:不良率が0.5%〜2%
×:不良率>2%
で表され、「***偏心性能」は、5000ヶのプレス成形品から無作為に10ヶ選出した光学素子の非球面偏心性能の最大値で表されている。
[実施例1]
<移着材料:グラファイト/等温プレス>
成形素材としては、ホウ酸塩系光学ガラスA(ガラス転移温度(Tg)は520℃、屈伏点(Ts)は560℃)からなるガラスプリフォームを用い、両凸レンズを成形した。
上下型としては、CVD法により作製したSiCの成形面をRmax=18nm(AFM測定)に鏡面研磨した後、イオンプレーティング法成膜装置を用いて、成形面にDLC:H膜(水素化ダイヤモンド状炭素膜)を成膜したものを用いた。
胴型としてはSiC焼結体を用い、上下型との摺動部とのクリアランスが4μmになる様にSiC焼結体を加工した。
そして、上下型の外周面の摺動部、及び胴型の内周面の摺動部(図4を参照)にグラファイトを印加荷重15N、剪断速度8.0m/secの条件にて移着成膜を行った(移着成膜工程)。
ここで、上下型の外周面の摺動部(被成膜面/下地面)、及び胴型の内周面の摺動部(被成膜面/下地面)の粗さSmは、50nmであり、移着成膜したグラファイト膜の膜厚は、電子顕微鏡(SEM)での観察によれば100nm〜150nmであった。
このように構成した胴型及び上下型を用いて、窒素ガス雰囲気のプレス室内においてモールドプレスを行った。すなわち、上下型間にプリフォームを設置し、610℃まで加熱して150kg/cm2の圧力で1分間加圧した。次に、圧力を解除した後、冷却速度を−50℃/minで480℃になるまで冷却し、その後は−100℃/min以上の速度で冷却を行い、プレス成形物の温度が200℃以下に下がった時点で成形物を取り出した。
そして、同一型でプレスショット5000回まで連続プレス成形した。その結果、噛み込みなどの摺動不良は無く、また、成形したレンズの表面には、パーティクルによる凹凸などの外観不良は認められなかった。
また、プレス成形後に成形型及び胴型を観察したところ、グラファイトを移着成膜した摺動面には擦れ等の摺動不良に起因する欠陥は認められなかった。
さらに、上記モールドプレス法にて作製した5000ヶの両凸レンズから10ヶを無作為に選び出し、これら10ヶの両凸レンズの非球面偏心性能を評価したところ、tiltは最大45秒であった。
[実施例2]
<移着材料:グラファイト/非等温プレス>
ホウケイ酸塩系光学ガラスB(ガラス転移温度(Tg)500℃、屈伏点(Ts)は540℃)からなるプリフォームを用いて、凸メニスカスレンズを成形した。上下成形型及び胴型としてはWC材を用いた。
上下成形型としては、成形面をRmax=22nm(AFM測定)に鏡面研磨した後、ECRスパッタ成膜装置を用いて成形面にDLC膜(ダイヤモンド状炭素膜)を成膜したものを用いた。
胴型としては、上下型との摺動部とのクリアランスを8μmに加工したものを用いた。
本例では、図5を参照して後述するモールドプレス装置において、上下型の外周面の摺動部、及び胴型の内周面の摺動部に対して、グラファイトを印加荷重20N、剪断速度6.5m/secの条件にて移着成膜を行った(移着成膜工程)。上下型の外周面の摺動部(被成膜面/下地面)、及び胴型の内周面の摺動部(被成膜面/下地面)の粗さSmは約100nmであり、移着成膜したグラファイト膜の膜厚は、電子顕微鏡(SEM)で観察した結果、200nm〜250nmであった。
図5(a)、(b)に示すモールドプレス装置の詳細な構成は後述するが、成形型50は、対向配置された上型51及び下型52と、円筒状の胴型53とを備えている。上型51は上型支持部材(上型支持台54及び上母型56)によって下向き状態で垂直に支持されており、下型52は、型支持部材としての下型支持台55の上面部分55aに上向き状態で垂直に支持されている。このように構成した成形型50において、型閉め状態(プレス状態)では、図5(b)に示すように、上昇した下型52の小径部分52bが胴型53の下側開口からその内部に摺動自在の状態で挿入され、胴型53は、下型42に対するガイド部材として機能する。その際、上型51が押し上げられて、上型51の上面が上型支持台54の下面54aに当接し、上型51の段面51dと、胴型53の段面53eの間に隙間が形成される。成形体の肉厚が一旦ここで規定されるが、この後、上下型51、52と成形体の密着を維持したまま冷却を行うと、成形体の熱収縮に追従して、上型51が僅かに下降する。その際、胴型53は、上型51に対するガイド部材として機能する。従って、本例では、上型51の外周面の摺動部、下型52の外周面の摺動部、およびこれらの上下型に対するガイド部材としての胴型53の内周面に移着成膜が施されている。
これらの胴型及び上下型を用いて、窒素ガス雰囲気であるプレス室内において、モールドプレスを行った。予め型外で650℃まで加熱したプリフォームを、600℃に加熱した上下型の下型成形面上に供給し、上下型を接近させた後、150kg/cm2の圧力で1分間加圧した。次に、圧力を解除した後、冷却速度を−50℃/minで480℃になるまで冷却し、その後は−100℃/min以上の速度で冷却を行い、プレス成形物の温度が200℃以下に下がった時点で離型して成形物を取り出した。
そして、同一型でプレスショット5000回まで連続プレス成形した。その結果、噛み込みによる摺動不良は発生せず、成形したレンズ表面にはパーティクルによる凹凸などの外観不良は認められなかった。また、プレス成形後に上下型及び胴型を観察したところ、擦れ等の摺動不良にもとづく欠陥は認められなかった。また、摺動面を観察した結果、移着成膜したグラファイト膜が残存していることを確認した。
さらに、上記モールドプレス法にて作製した5000ヶの両凸レンズから10ヶを無作為に選び出し、これら10ヶの両凸レンズの非球面偏心性能を評価したところ、tiltは最大60秒あった。
[実施例3]
上下型及び胴型の材質、摺動部のクリアランス、移着成膜、成形素材を変更し、それ以外の条件は実施例1と同様に、成形装置内で5000回まで連続成形した。
[比較例1]
上下型の外周面及び胴型の内周面の摺動部へのグラファイトの移着成膜をせずに、実施例1と同様に、同一型でプレス成形を開始したところ、150ショット付近で、摺動部に噛み込み発生し、400ショット程度から、こすれパーティクルによる凹凸などの外観不良が発生した。また、1000ショットまで同一型でプレスを行ったが、途中、噛み込み停止が7回発生した。また、モールドプレス成形した1000ヶの両凸レンズの外観不良率は24%に達した。さらに、プレス成形後に上下成形型の側面及び胴型の内面を観察したところ、ともに、摺動部の一部に擦れが認められた。
[その他の実施例]
上記実施例及び実施の形態では、上下型の外周面、それらをガイドする胴型の内周面に対して固体潤滑剤を移着成膜して固体潤滑性薄膜を形成したが、以下の構造を有するモールドプレス成形装置において、下型の下面、及び下型支持台の上面のうちの少なくとも一方に固体潤滑剤を移着成膜して固体潤滑性薄膜を形成してもよい。
図5(a)及び(b)は、モールドプレス装置における成形型の型開き状態を示す概略断面図、及びプレス状態(型閉め状態)を示す概略断面図である。
これらの図に示すモールドプレス装置において、成形型50は、対向配置された上型51及び下型52と、円筒状の胴型53とを備えている。上型51は上型支持部材(上型支持台54及び上母型56)によって下向き状態で垂直に支持されており、下型52は、型支持部材としての下型支持台55の上面部分55aに上向き状態で垂直に支持されている。上型支持台54の下面54aには、上型51を同軸状態で取り囲む円筒状の上母型56が垂直に固定されており、胴型53は、これらの間に同軸状態に装着されている。下型支持台55の上面55aには、下型52を同軸状態で取り囲む円筒状の下母型57が垂直に固定されている。
ここで、上型51は大径部分51aと、この下端から同軸状態で下方に延びている小径部分51bと、この小径部分51bの下端面に形成された成形面51cを備えている。胴型53は上半部分53aが大径とされ、その下半部分53bが小径とされ、これらの内周面53c、53dの間には円環状の段面53eが形成されている。同様に、これらの外周面にも円環状段面53fが形成されている。上母型56には、この形状の胴型53の上半部分53aが同軸状態に装着され、上母型56の下端開口部は小径とされ、ここから胴型53の下半部分53bが下方に突出している。
胴型53には上型51が同軸状態で挿入されている。型開き状態においては、上型51が自重によって最下位置にあり、上型51の段面51dが、胴型53の段面53eに当接している。上型上面と上型支持台54の下面54aの間には隙間が形成されている。
一方、下型52は、下側の大径部分52aと、その上端から同軸状態に上方に延びている小径部分52bを備え、当該小径部分52bの上端面が成形面52cとなっている。この下型52を同軸状態で取り囲んでいる下母型57は、下端側が大径内周面57aとされ、上側が小径内周面57bとされ、これらの間に形成されている下向きの円環状の段面57cによって、下型52の上下方向の移動が拘束されている。しかるに、下母型57の大径内周面57aと、下型52の大径部分52aの外周面52dとの間には所定のクリアランスΔが形成されており、このクリアランス分だけ、下型52は、下型支持台55の上面55aに沿って水平方向(型閉め・型開き方向に直交する直交方向)に摺動可能となっていてガイド部材として機能する。
次に、下型52の小径部分52bと下母型57の小径内周面57bの間には上方に開口した円環状の挿入溝59が形成されている。この挿入溝59には、胴型53の小径部分53bの下端部分を挿入可能となっている。胴型53の小径部分53bの円環状の下端面53gは、下型52の挿入、ガイドが円滑に行われるように、R面取り、C面取りなどが施されたガイド部53gとされている。このガイド部53gは、下型52が水平方向に上記クリアランスΔの範囲内で最大限に移動しても、下型52を受け入れ可能な開口径を有している。
本例では、下型支持台55がエアーシリンダなどからなる昇降機構(図示せず)に取り付けられており、この下型支持台55に乗っている下型52が昇降して、プレス動作(型閉め動作)及び型開き動作が行われるようになっている。勿論、上型51を昇降させるようにしてもよく、双方をともに昇降させるようにすることも可能である。
型閉め状態(プレス状態)においては、図5(b)に示すように、上昇した下型52の小径部分52bが胴型53の下側開口からその内部に摺動自在の状態で挿入される。上型51が押し上げられて、上型上面が上型支持台54の下面54aに当接し、上型51の段面51dと、胴型53の段面53eの間に隙間が形成される。成形体の肉厚が一旦ここで規定されるが、この後、上下型51、52と成形体の密着を維持したまま冷却を行うと、成形体の熱収縮に追従して、上型51が僅かに下降する。このように、成形面51c、52cが当該ガラスに転写され、プレス成形体である光学ガラスG1が得られる。
ここで、下型52の底面52e、及び当該底面52eが乗っている下型支持台55の上面部分55aのうち、少なくとも一方の面は、固体潤滑剤を移着成膜してなる固体潤滑性薄膜が形成されている。その結果、下型52は下型支持台55の上面部分55aに沿って水平方向に円滑に摺動可能である。摺動可能量は、前述のように、下型52の大径部分52aの外周面と下母型57の大径内周面57aの間に形成されているクリアランスΔによって規定される。クリアランスΔは5〜100μmの範囲とすることができる。好ましくは5〜50μmである。このクリアランスΔが小さすぎると、下型52と下母型57の熱膨張差によってクリアランスが無くなり、下型52が移動(摺動)できなくなる場合がある。さらに、複数個取りのプレス成形をする場合に、クリアランスΔが小さすぎると、各型の位置精度の許容範囲が小さくなる上、かじりの発生や型閉め不能になる虞がある。逆に、クリアランスΔが大きすぎると、下型52の移動許容範囲が過大になることから、胴型が下型の成形面に当ったり、型閉め不能になる虞がある。
しかるに本例のモールドプレス成形型においては、下型52が水平方向に摺動可能な状態で下型支持台55の上面部分55aによって支持され、上面部分55a及び下型底面52aのうち、少なくとも一方の面は、固体潤滑剤を移着成膜してなる固体潤滑性薄膜が形成されている。従って、型閉め時において、上型51と下型52の間に軸ずれが発生していても、胴型53に下型52が挿入する際に、当該胴型53が下型52に機械的に係合して当該下型52が水平方向にガイドされて移動して、上下の型51、52の軸合わせが自動的に行われ、この状態でプレスが行われる。
なお、プレス成形対象の光学ガラスの形状については、特に制限はなく、両凸レンズ、凸メニスカスレンズ、凹メニスカスレンズ、両凹レンズなどの成形を行うことができる。
(a)及び(b)は、移着成膜法の基本原理を模式的に示す説明図、及び移着膜が成膜された機械要素を模式的に示す説明図である。
(a)、(b)及び(c)はそれぞれ、別の移着成膜法を模式的に示す説明図である。
(a)及び(b)は、移着成膜された表面の剪断応力分布を示すグラフ、及び未成膜表面の剪断応力分布を示すグラフである。
本発明を適用した製造方法により製造したモールドプレス成形装置の胴型及び上下型の構成を示す説明図である。
本発明を適用した製造方法により製造した別のモールドプレス成形装置の胴型及び上下型の構成を示す説明図である。
符号の説明
1 物体
1a 被成膜面
2 膜原料物質
3 固体潤滑性薄膜(移着膜)
10、51 上型
20、52 下型
30、53 胴型