JP4517925B2 - 還元性物質を用いるタンパク質又はペプチドの構造解析手法 - Google Patents

還元性物質を用いるタンパク質又はペプチドの構造解析手法 Download PDF

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Description

本発明は、プロテオミクスに関し、より詳しくは、MSの2乗以上が可能な質量分析装置を用いたタンパク質又はペプチドの構造解析手法に関する。
従来、タンパク質やペプチドのジスルフィド結合の還元反応は、タンパク質又はペプチドに、ジチオスレイトール(DTT)などの還元剤を過剰に加え、特定のpH及び適当な温度条件の下で一定時間反応させることにより行われている。通常は、還元反応終了後、還元反応で生じたSH基を適当なアルキル化剤によって保護する。その後、ゲル濾過や透析を行うことによって過剰の試薬や塩類を取り除き、還元アルキル化タンパク質又はペプチドを得る。得られた還元アルキル化タンパク質又はペプチドは、質量分析装置などを用いて分析が行われる。
還元アルキル化タンパク質又はペプチドを得るためのより具体的な操作の一例として、以下の一連の操作が挙げられる。
・試料タンパク質を6M塩酸グアニジン及び2mMエチレンジアミン四酢酸(EDTA)を含む0.5Mトリス緩衝液(pH 8.1)に溶解して、50℃の恒温槽に30分置いて変性させる。
・タンパク質に含まれるジスルフィド結合の50倍量過剰のDTTを加え、室温で4時間インキュベートすることにより還元反応を行う。
・1N水酸化ナトリウム溶液に溶解したモノヨード酢酸を加えてアルキル化し、還元の際に生成したSH基を保護する。
・ゲル濾過や透析によって過剰の試薬や塩類を取り除いた後、凍結乾燥する。
なお、試料や還元剤の種類によって、これら反応の最適条件や各試薬の最適濃度は異なってくる。
このような従来から行われてきたジスルフィド結合の還元に関しては、例えば、Crestfield, A. M., Moore, S., and Stein, W.H. (1963), J.Biol.Chem., vol. 238, p. 622-627、Crestfield, A. M., Stein, W.H., and Moore, S. (1963), J.Biol.Chem., vol. 238, p. 413-2420、Crestfield, A. M., Stein, W.H., and Moore, S. (1963), J.Biol.Chem., vol. 238, p. 2421-2428、及び、Konigsberg, W. (1972). “Methods in Enzymology”, vol.25, ed. By Hirs, C.H.W. and Timasheff, S.N., p.185-188, Academic Press, London.に詳細に記載されている。
得られた還元アルキル化タンパク質又はペプチド試料は、質量分析装置で計測され、MS及びMSにてそのアミノ酸配列の解読が行われる。
質量分析装置による構造解析は、酵素消化で得られるペプチド断片試料又は酵素消化プロセスを経なかった試料を、MS及びMSすることによって行われる。すなわち、MSで計測される試料分子の分子量関連イオン(すなわち分子量情報の獲得に直接役立つイオン種)をプリカーサイオンとして MSを行い、得られたプロダクトイオンを解析して試料分子のアミノ酸配列情報を得る。
質量分析においては、測定試料に対して上記した還元アルキル化のような前処理を行わない場合は、一般に測定試料中のジスルフィド結合が維持されたままイオン化が起こる。
一般に、タンパク質又はペプチドを質量分析装置で計測する際、ポジティブモードにおいては、主に測定試料分子(分子量M)にプロトンが1つ付加した[M+H]が分子量関連イオンとして検出される。また、測定試料分子(分子量M)に金属イオンが1つ付加した[M+Na]や[M+K]が分子量関連イオンとして検出されることもある。そして、この分子量関連イオンをプリカーサイオンとしてMSが行われる。同様に、ネガティブモードにおいては、測定試料分子からプロトンが1つ脱離した[M−H]が分子量関連イオンとして検出される。そして、この分子量関連イオンをプリカーサイオンとしてMSが行われる。得られたMSスペクトル上のプロダクトイオンを解析することで、測定試料のアミノ酸配列を解読する。
クレストフィールド・A・M(Crestfield, A. M.)、モーア・S(Moore, S.)、及びステイン・W・H(Stein, W.H.)、「ザ・ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(The Journal of Biological Chemistry)」、1963年、第238巻、p.622−627 クレストフィールド・A・M(Crestfield, A. M.)、モーア・S(Moore, S.)、及びステイン・W・H(Stein, W.H.)、「ザ・ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(The Journal of Biological Chemistry)」、1963年、第238巻、p.2413−2420 クレストフィールド・A・M(Crestfield, A. M.)、モーア・S(Moore, S.)、及びステイン・W・H(Stein, W.H.)、「ザ・ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(The Journal of Biological Chemistry)」、1963年、第238巻、p.2421−2428 ケーニヒスベルク・W(Konigsberg, W.)、ジチオスレイトールを用いたタンパク質中のジスルフィド結合の還元(Reduction of disulfide bonds in protein with dithiothreitol)、「メソッズ・イン・エンザイモロジー(Methods in ENZYMOLOGY)」ヒルス・C・H・W(Hirs, C.H.W. )及びティマシェフ・S・N(Timasheff, S.N.)編、ロンドン、アカデミック・プレス社(Academic Press)出版、1972年、第25巻、p.185−188
従来の構造解析方法によると、ジスルフィド結合を持つタンパク質又はペプチドを測定試料として質量分析を行う場合、MSで主に得られる分子量関連イオンをプリカーサイオンとしてMSを行うと、ジスルフィド結合が維持されたままのプロダクトイオン、ジスルフィド結合が維持されていないプロダクトイオンなどを含む、多くのプロダクトイオン種が検出される。そのため解析には、ジスルフィド結合の有無を考慮した理論値を、それぞれのプロダクトイオンに対してひとつひとつ計算する必要がある。また、一般的な開裂様式(すなわちx−、y−、z−系列、a−、b−、c−系列及びそれに関連したプロダクトイオン群)にはあてはまらないピークも多く含まれるため、解析は大変困難である。
さらに、市販されているタンパク質及びペプチドのde novo Sequencing用ソフトウェアでは、測定試料がジスルフィド結合を持つ場合に対応していない。従って、ジスルフィド結合を持つ測定試料に対して正確なアミノ酸配列情報を自動解析で得ることは大変難しい。
ジスルフィド結合の還元・アルキル化反応は通常前処理として行われるが、すでに述べた通り、相応の時間と手間が必要となる。反応の際は、試料分子の他の部位に影響を与えないように、ジスルフィド結合のみを還元し保護することが要求されるため、pHを始め反応条件の制約は厳しい。さらに、反応においては塩類を含む過剰の試薬を使用するため、反応後に過剰の試薬を取り除く作業が必須である。また、試料の分析に際して高性能の質量分析装置を検出器として用いる点からも、残留試薬の影響は特に危惧される。
そこで本発明の目的は、質量分析測定試料となるタンパク質又はペプチドがジスルフィド結合を有するものであっても、その一次構造解析を迅速且つ容易に行うことができる方法を提供することにある。
本発明者は、LI質量分析装置により、ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質を用いることによって、上記本発明の目的が達成されることを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明は、以下の発明を含む。
(1)MSの2乗以上が可能なLI(レーザーイオン化)質量分析装置により、1,5−ジアミノナフタレン、2,3−ジアミノナフタレン、及び1,8−ジアミノナフタレンからなる群から選ばれる、ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質を用いてタンパク質又はペプチドのMSを行い、前記MSで得られた分子量関連イオンをプリカーサイオンとしてMSを行い、タンパク質又はペプチドのアミノ酸配列情報を得る、タンパク質又はペプチドの構造解析手法。
(2)前記ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質が、ジスルフィド結合に対して還元性を示すマトリックスである、(1)に記載のタンパク質又はペプチドの構造解析手法。
)前記LI質量分析装置が、MALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化型)質量分析装置である、(1)又は(2)に記載のタンパク質又はペプチドの構造解析手法。
)前記MALDI質量分析装置が、MALDI−QIT−TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化四重極イオントラップ飛行時間型)質量分析装置である、()に記載のタンパク質又はペプチドの構造解析手法。
)前記タンパク質又はペプチドのアミノ酸配列情報を、de novo Sequencingの自動分析により得る、(1)〜()のいずれかに記載のタンパク質又はペプチドの構造解析手法。
本発明によると、質量分析測定試料となるタンパク質又はペプチドがジスルフィド結合を有するものであっても、その一次構造解析を迅速且つ容易に行うことができる方法を提供することができる。
本発明においては、MSの2乗以上が可能な質量分析装置により、ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質を用いて、タンパク質試料又はペプチド試料のMS及びMSを行う。本明細書においては、質量分析装置によって行われる分析において、測定試料の1回目の分析をMSとし、MSにおいて得られたスペクトルのイオンピークから特定のイオンを選択し、選択された特定のイオンをプリカーサイオンとして2回目の分析を行うことをMS/MS又はMSと表記する。同様に、MSn-1において得られたスペクトルのイオンピークから特定のイオンを選択し、選択された特定のイオンをプリカーサイオンとしてn回目の分析を行うことをMSと表記し、MSのn乗と呼称する。
本発明では、LI(レーザーイオン化)質量分析装置が用いられる。LI法は、固相または液相の試料に対しては、適切な波長のレーザー光を照射して試料を気相中に脱離した後イオン化し(レーザー脱離イオン化;LDI)、気相の試料に対しては、気相の状態を保ったままで適切な波長のレーザー光を照射して、試料をイオン化する方法である。気相試料のLIには、LS(レーザースプレー;液体を噴霧させ、赤外レーザーを照射して、試料を気相中でイオン化する方法)などがある。固相または液相試料のLIには、LDI(レーザー脱離イオン化)質量分析装置などがある。
LDI法は、レーザー光を吸収する固体又は液体に試料を混合または搭載し、適切なレーザー光を照射し、気相中に試料をイオン化する方法である。ここで、レーザー光を吸収する固体または液体が試料そのものである場合もある。LDIには、MALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化)やSELDI(表面増強レーザー脱離イオン化)、DIOS (desorption/ionization on silicon)などがある。
MALDI質量分析装置としては、MALDI−QIT−TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化四重極イオントラップ型飛行時間型)質量分析装置が好ましい。MALDI−QIT−TOF質量分析装置としては、島津製作所AXIMA−QITなどが挙げられる。
本発明における、ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質は、質量分析に用いるレーザーの波長を吸収し、ジスルフィド結合を還元的に開裂する能力を有する。ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質は、一例として、本発明の条件下で、タンパク質試料又はペプチド試料中のジスルフィド結合の、例えば20%以上、好ましくは50%以上を還元的に開裂させる能力を有しうる
ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質は、1種又は複数種を組み合わせて用いることができる。そして、ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質は、このような還元性の強さを考慮して適宜用いることができる。ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質の中でも比較的還元性が強くないものを用いれば、ジスルフィド結合が還元されていない分子量関連イオンが相対的に多く得られる。
具体的には、ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質の構造としては、質量分析に用いるレーザーの波長に吸収帯を有する分子骨格と、ジスルフィド結合を還元的に開裂させることができる官能基とを有するものであより具体的には、ジアミノナフタレン類が挙げられる。ここでいうジアミノナフタレン類は、ジアミノナフタレンの存在しうる位置異性体のうち、1,5−ジアミノナフタレン(1,5−DAN;下記式(I))、1,8−ジアミノナフタレン(1,8−DAN;下記式(II))、及び2,3−ジアミノナフタレン(2,3−DAN;下記式(III))からなる群から選ばれる
Figure 0004517925
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これら位置異性体は、測定試料に応じて適宜使い分けることができる。この中では、1,5−DANは、もっとも強いS/N比を示し、2,3−DANは、もっとも強い還元性を持つ。従って、これら位置異性体は、このように感度や還元性などの各々の能力を考慮しながら、適宜使い分けると良い。
ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質は、上記の強さの還元性を損なわない程度の十分な量で用いると良い。
以下に、本発明においてMALDI質量分析装置を用いる場合を挙げて、ジスルフィド結合を有する物質、及び測定試料をMALDI質量分析装置に導入する手順について説明する。
本発明においてMALDI質量分析装置を用いる場合、タンパク質試料又はペプチド試料は、ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質と混合され、MALDI測定用試料混合物に調製される。この測定用試料混合物は、MALDI質量分析装置を用いる一般の測定用試料混合物と同様に、マトリックス物質を含んでいる。従って本発明では、測定用試料混合物中の還元性を示す物質として、ジスルフィド結合を還元する働きとともにマトリックスとしての働きを有する物質(すなわち、還元性を示すマトリックス)が用いられることがある。この場合は、還元性を示すマトリックスを単独で用いても良いし、そのような強い還元性を示さないマトリックス(例えば従来から用いられてきたマトリックスなど)とともに用いても良い。さらに、前記の還元性を示す物質として、ジスルフィド結合に作用する働きを有するがマトリックスとしての働きは有しない物質を選択し、このような物質を、前記の強い還元性を示さないマトリックスとともに用いても良い。
測定用試料混合物において、還元性を示すマトリックス、強い還元性を示さないマトリックス、還元性を示し且つマトリックスでない物質は、それぞれ1種又は複数種を選択して用いることができる。すなわち、タンパク質試料又はペプチド試料と混合させる物質の還元性の強弱やマトリックスの有無などを考慮することによって、測定用試料混合物に含まれる物質の種類と数とを制限なく組み合わせることができる。
測定用試料混合物の例としては、以下の混合物などが挙げられる。
タンパク質試料又はペプチド試料と、ジスルフィド結合に対して還元性を示すマトリックスとの混合物;タンパク質試料又はペプチド試料と、還元性を示すマトリックスと、強い還元性を示さないマトリックスとの混合物;又は、タンパク質試料又はペプチド試料と、還元性を示し且つマトリックスでない物質と、強い還元性を示さないマトリックスとの混合物など。
なお、「強い還元性を示さないマトリックス」としては、「還元性を示す物質」が有する還元性よりも強い還元性を有しないマトリックスであれば特に限定されない。強い還元性を示さないマトリックスの例としては、タンパク質試料又はペプチド試料中のジスルフィド結合を全く還元する能力を有しないものや、還元する能力があっても、本発明の条件下で、タンパク質試料又はペプチド試料中のジスルフィド結合の、例えば50%未満、好ましくは20%未満、より好ましくはせいぜい5%を還元することができる程度のものが挙げられる。
強い還元性を示さないマトリックスは、イオン化能力に優れたもの(例えば従来から用いられてきたマトリックスなど)から選択することができる。強い還元性を示さないマトリックスを用いることによって、より効率的にイオン化を行うことが可能になる。
本発明においてMALDI質量分析装置を用いる場合、ジスルフィド結合に対しての還元性を示す物質としては、MALDI質量分析に用いられるレーザーの波長に吸収帯を有する分子骨格と、ジスルフィド結合を還元的に開裂する能力を有する官能基とを有するものが挙げられる。すでに挙げたジアミノナフタレン類は、マトリックスとしての働きを有するため、還元性を示す物質として還元性を示すマトリックスを用いる場合に、このようなジアミノナフタレン類が特に有用に用いられる。
還元性を示すマトリックスを単独で用いる場合、MALDI質量分析においてマトリックスとして用いるという目的において通常用いられる量を、当業者が適宜決定すれば良い。すなわち、測定試料に対してマトリックスが過剰量となるような適当な濃度、例えば1mg/ml〜飽和濃度の溶液として用いると良い。溶媒としては、有機溶媒水溶液、トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液、有機溶媒−TFA水溶液などを用いることができる。有機溶媒としては、アセトニトリル、エタノール、メタノールなどを用いることができる。
測定試料をMALDI質量分析装置に導入する手順としては特に限定されない。例えば、還元性を示すマトリックスを単独で用いる場合、以下のような方法が挙げられる。
すなわち、MALDI質量分析用のプレートに、測定試料の溶液とマトリックスの溶液とを、同一の位置に微量滴下し、乾燥させる。測定試料の溶液は、測定試料のタンパク質又はペプチドを、TFA水溶液に適当な濃度で溶解することによって調製すると良い。マトリックスの溶液は、上記の溶媒に、上記の濃度で溶解することによって調製すると良い。滴下する量としては、特に限定されず、当業者が適宜決定すればよい。例えば、試料にして数fmol〜数pmol程度となるような量とすることができる。
乾燥させたプレートは、MALDI質量分析装置内に導入される。プレート上の試料とマトリックスとの混合結晶にレーザー光が照射されると、そのレーザー波長を吸収してマトリックスが励起し、そのとき試料も同時にイオン化される。すなわち、マトリックスは、質量分析装置のレーザー波長を吸収して励起する際に、マトリックスとともにプレート上に搭載された試料を同時にイオン化する働きをする。マトリックスと共にイオン化した試料は、電位差によりイオン源を飛び出し、高真空である分離部を飛行し、質量による飛行速度の違いによって分離される。その後、検出器においてそれぞれのイオンの質量値を示すイオンピークとして検出される。
MALDI質量分析装置以外のLI質量分析装置により質量分析測定を行う場合は、ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質を用いて試料を調製すること以外は、それぞれの分析装置にて通常用いられる手順に従って、試料調製及び分析を行うことができる。
このようにMALDI質量分析装置をはじめ、LI質量分析装置により質量分析測定にかけられた測定試料は、ジスルフィド結合が還元的開裂された状態で検出される。従って本発明の方法では、ジスルフィド結合の開裂のために従来必ず行われてきたような、煩雑な前処理を行う必要がない。すなわち、そのような前処理に必要とされていた時間、手間、試薬類、より具体的には、pHなどの反応条件の調整、チオール基の保護、試薬等の塩類の除去等という作業が不要になる。そして、そのような前処理によって危惧されていた残留試薬のスペクトルへの影響もなくなる。
このように、本発明の方法を用いると、ジスルフィド結合の還元反応を、迅速且つ容易に行うことが可能になる。MALDI質量分析装置を用いた場合は、ジスルフィド結合の還元反応を、オンターゲットで、すなわちMALDIプレート上で行うことが可能になるため、迅速且つ容易な処理が可能になる。
アミノ酸配列の解析のためにまず行われるMSでは、主に分子量関連イオンが得られる。ここで分子量関連イオンとは、分子量情報の獲得に直接役立つイオン種をいう。
従来法において、還元性を示す物質を用いない場合や、強い還元性を示さないマトリックスのみを用いた場合に得られるMSスペクトルにおいては、測定試料がジスルフィド結合を有する場合も、分子量関連イオンのピークは、通常[M+H](ポジティブモードでの測定の場合で、プロトン付加分子として検出された場合(金属イオン付加分子として検出されることもある。))又は[M−H](ネガティブモードでの測定の場合)として帰属される。すなわち、分子量関連イオンはジスルフィド結合を維持した状態のものとして得られる。
一方、本発明のようにジスルフィド結合に対して還元性を持つ物質を用いて得られるMSスペクトルにおいては、測定試料がジスルフィド結合を有する場合、ジスルフィド結合が還元された分子量関連イオンの質量数は、従来のマトリックスのみを用いた場合よりも大きくなる。
例えば、測定試料がジスルフィド結合を1個有するものである場合、ジスルフィド結合が還元された分子量関連イオンのピークは、主に、[M+2+H](ポジティブモードでの測定の場合で、プロトン付加分子として検出された場合(金属イオン付加分子として検出される場合もある。))又は[M+2−H](ネガティブモードでの測定の場合)として帰属される。従来のマトリックスのみを用いた場合と比べて質量数が2Da大きくなっているのは、ジスルフィド結合(−S−S−)が還元的に開裂を受けることによって2個のチオール基(−SH,HS−)へ変換されたためといえる。
同様に、測定試料がジスルフィド結合を2個有するものである場合は、主に[M+4+H](プロトン付加分子の場合)又は[M+4−H]として、ジスルフィド結合が還元された分子量関連イオンが得られる。
すなわち、測定試料がジスルフィド結合をm個有する場合は、本発明の還元性を示す物質を用いることによって理論上、主に[M+2m+H](プロトン付加分子の場合)又は[M+2m−H]として、ジスルフィド結合が還元された分子量関連イオンが得られる。このように、従来のマトリックスのみを用いて得られたスペクトルと比較することによって、ジスルフィド結合の有無及び数を確認することも可能になる。
MS/MS(MS)は、このような分子量関連イオンをプリカーサイオンとして行われる。これによって、測定試料のアミノ酸配列情報を与えるプロダクトイオンが得られる。
従来法において、還元性を示す物質を用いない場合や、強い還元性を示さないマトリックスのみを用いた場合は、プリカーサイオンがジスルフィド結合を有するため、MS/MSで得られるプロダクトイオンは、さまざまな種類のプロダクトイオン種が入り混じる。このようなプロダクトイオン種としては、例えば、ジスルフィド結合を維持したもの、ジスルフィド結合に由来し且つシステイン残基のチオール基に相当する「−SH」を生成するフラグメンテーションが起こったもの、ジスルフィド結合に由来し且つシステイン残基のチオール基「−SH」のHが外れた「−S」に相当する基を生成するフラグメンテーションが起こったものなどが含まれる。さらに、ジスルフィド結合を維持した内部断片なども相対的に多く検出され得る。
このような多種類のプロダクトイオンのピークが混在した複雑なスペクトルは、その解析が非常に困難である。例えば、de novo Sequencing(すなわち数学的演算によりアミノ酸配列を算出する方法)による自動解析を試みたとしても、配列のほとんどを解析することができない。これは、自動解析に用いられるソフトウェアが、通常はジスルフィド結合が維持されている条件に対応していないことが原因に挙げられる。このようなソフトウェアによる計算は、ジスルフィド結合を持たない状態か、或いはジスルフィド結合が還元されてカルボアミドメチル化などの修飾を受けた状態としてのみ行われると考えられるため、誤った配列情報を与えてしまう。
マニュアルでde novo Sequencingを行う場合は、プロダクトイオンの構造、すなわちジスルフィド結合の有無やジスルフィド結合に由来する官能基(あるいは基)を考慮しながら、一つ一つのプロダクトイオンピークに関して質量の理論値を計算する必要があり、大変な手間がかかる上に困難を極める。しかも、得られたプロダクトイオンの多くは解析できない結果に終わってしまう。
一方、本発明の還元性を示す物質を用いた場合は、プリカーサイオンがジスルフィド結合を有しないため、MS/MSで得られるプロダクトイオンは、通常の規則性を持ったフラグメンテーションにより生じるイオン(x−、y−、z−系列、a−、b−、c−系列及びそれに関連するプロダクトイオン)が得られる。すなわち、質量分析の前処理としてジスルフィド結合の還元・アルキル化を行った測定試料を解析するときと同様に、シンプルなスペクトルが得られる。従って、アミノ酸残基の質量のみを考慮するだけの、容易な解析が可能となる。
また、MSで得られたプロダクトイオンから特定のイオンをプリカーサイオンとして選択してMSを行うことで、より詳細な構造情報を得ることができる。同様に、MSn-1で得られたプロダクトイオンから特定のイオンをプリカーサイオンとして選択してMSを行うことで、さらに詳細な構造情報を得ることができる。MSで得られるプロダクトイオンは、特定のプリカーサイオンに帰属できるので、分子量関連イオンピークについてのより正確な構造解析が可能となる。
このように、本発明の方法を用いると、還元・アルキル化の前処理を行っていないにもかかわらず、スペクトル解析の際に、還元・アルキル化の前処理を行ったときと同様の簡便さでアミノ酸配列の解析を行うことが可能になる。そして、従来からのアミノ酸配列解析用のソフトウェアが適応できるスペクトルを与えるため、たとえば市販のde novo Sequencing用ソフトウェアをそのまま使用することが可能になる。市販のde novo Sequencing用ソフトウェアとして、PEAKSTMなどが挙げられる。
なお、本発明の方法は、測定試料がジスルフィド結合を持つ場合に特に有用に用いられるが、ジスルフィド結合を持たない測定試料についても従来のマトリックスと同様に用いることができることはいうまでもない。すなわち、測定試料中におけるジスルフィド結合の有無に関わらず、アミノ酸配列の解析に利用することが可能になる。
<実験例1>
測定試料として、図1に示すように、A鎖(A-chain:GIVEQCCASVCSLYQLENYCN(配列表の配列番号1),ジスルフィド結合CysA6-CysA11)とB鎖(B-chain:FVNQHLCGSHLVEALYLVCGERGFFYTPKA(配列表の配列番号2))とがジスルフィド結合CysA7-CysB7及びCysA20-CysB19で架橋した構造を有するInsulinを用い、還元性を示すマトリックスとして、ジアミノナフタレンの位置異性体3種、及び比較用として強い還元性を示さない2,5-dihydroxybenzoic acid(DHBA)をそれぞれ用いて、AXIMA−QIT(島津製作所)によりポジティブモード及びネガティブモードで質量分析を行った。本実験例で用いたジアミノナフタレンの位置異性体は、1,5-diaminonaphthalene(1,5−DAN)、1,8-diaminonaphthalene(1,8−DAN)、及び2,3-diaminonaphthalene(2,3−DAN)である。また、DHBAを用いた場合においては、還元性を有する物質は用いなかった。
図1の(a−1)は、比較用のDHBAを用いた、ポジティブ(positive)モードでのMSスペクトル、(a−2)は、比較用のDHBAを用いた、ネガティブ(negative)モードでのMSスペクトル、(b−1)は、1,5−DANを用いた、ポジティブモードでのMSスペクトル、(b−2)は、1,5−DANを用いた、ネガティブモードでのMSスペクトル、(c−1)は、1,8−DANを用いた、ポジティブモードでのMSスペクトル、(c−2)は、1,8−DANを用いた、ネガティブモードでのMSスペクトル、(d−1)は、2,3−DANを用いた、ポジティブモードでのMSスペクトル、及び、(d−2)は、2,3−DANを用いた、ネガティブモードでのMSスペクトルである。
図1中の全てのマススペクトルにおいて、横軸は(質量/電荷)を表し、縦軸は相対強度(%Int)を表す(以下、全ての図において同じ)。
DHBAを用いた結果によると、図1(a−1)及び(a−2)が示すように、主にInsulinの分子量関連イオンが検出された。これに対し、1,5−DANを用いた結果によると図1(b−1)及び(b−2)が示すように、主にA鎖及びB鎖の分子量関連イオンが検出された。これは、Insulin分子の架橋構造を形成していたジスルフィド結合が還元的に切断された結果、A鎖とB鎖とに分解されたことを示す。同じ結果が、1,8−DANを用いた場合(図1(c−1)及び(c−2))、及び、2,3−DANを用いた場合(図1(d−1)及び(d−2))においても得られた。
さらに、この3種類のジアミノナフタレンを用いた結果を比較すると、1,5−DANが最も強いS/N比を示し、2,3−DANが最も強い還元性を持つことが確かめられた。なお、還元性については、Insulinの分子量関連イオンと、A鎖及びB鎖の分子量関連イオンとのピーク強度比を比較することにより行った。
<比較例1>
測定試料として、ペプチドUrotensin II(human由来; アミノ酸配列: ETPDCFWKYCV(配列表の配列番号3), ジスルフィド結合: Cys5-Cys10, 分子式:C648613182,分子量:1388.6,最小質量による精密質量:1387.6)を用いた。マトリックスとしてDHBAを用いて、MALDI−QIT−TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化四重極イオントラップ型飛行時間型)質量分析装置(AXIMA−QIT(島津製作所))によって、MSと、MSで得られた分子量関連イオンをプリカーサイオンとしたMS/MSとを行った。得られたMS/MSスペクトルを図2に示す。なお、比較例1では、還元性を示す物質は用いなかった。
<実施例1>
マトリックスとして本発明の1,5-diaminonaphtalene(1,5−DAN)を用いた以外は比較例1と同じ条件でMS及びMS/MSを行った。すなわち、測定試料として、ペプチドUrotensin II(human由来; アミノ酸配列: ETPDCFWKYCV(配列表の配列番号3), ジスルフィド結合: Cys5-Cys10, 分子式:C648613182,分子量:1388.6,最小質量による精密質量:1387.6)を用い、還元性を示すマトリックスとして1,5-diaminonaphtalene(1,5−DAN)を用いて、MALDI−QIT−TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化四重極イオントラップ型飛行時間型)質量分析装置(AXIMA−QIT(島津製作所))によって、MSと、MSで得られた分子量関連イオンをプリカーサイオンとしたMS/MSとを行った。得られたMS/MSスペクトルを図3に示す。
以下に、DHBAを用いた比較例1で得られた図2、及びDANを用いた実施例1で得られた図3について説明する。
図2は、比較例1におけるMSで検出された分子量関連イオン、すなわち試料分子にプロトンが付加したプロトン化分子([M+H];m/z 1388.7)をプリカーサイオンとして、MS/MSを行うことにより得られたスペクトルである。図2が示すように、比較例1では多くのプロダクトイオンが検出された。
これらプロダクトイオン群について、de novo Sequencingによるマニュアル解析と自動解析とのそれぞれの方法によって行った。なお、図2に示す解析結果は、de novo Sequencingによるマニュアル解析により得られた結果である。
(マニュアル解析)
マトリックスとしてDHBAを用いると、MSによる分子量関連イオンが、ジスルフィド結合が維持された分子として得られる。このため、MS/MSによるプロダクトイオンは、ジスルフィド結合及びそれに由来するシステイン残基のチオール基の状態を考慮して質量の理論値を計算する必要がある。さまざまなプロダクトイオン種が入り混じっているため、マニュアルによる解析は大変困難な作業となった。
図2中のy/b系列表示上に付された“*”は、そのイオンが、ジスルフィド結合(−S−S−)を含むプロダクトイオンであることを示す。また“**”は、そのイオンが、ジスルフィド結合に由来し且つシステイン残基のチオール基「−SH」のHが外れた硫黄原子「−S」に相当する官能基を1個有するプロダクトイオンであることを示す。さらに“***”は、そのイオンが、ジスルフィド結合に由来し且つシステイン残基のチオール基「−SH」に相当する官能基を1個有するプロダクトイオンであることを示す。図2中“?”を付したピークは、そのイオンが、解析できなかったプロダクトイオンであることを示す。このように比較例1ではプロダクトイオンの多くは解析できなかった。解析できなかったプロダクトイオンとしては、ジスルフィド結合が維持されたまま複数の部位で開裂したことにより生じたプロダクトイオン、或いは一般の開裂様式のプロダクトイオン(すなわちx−、y−、z−系列、a−、b−、c−系列及びそれに関連するプロダクトイオン群)に当てはまらないプロダクトイオンなどが考えられる。
一方、de novo Sequencingによる自動解析を行った場合は、配列のほとんどを解析することができなかった。例えば最高の結果でも、Urotensin IIのN末端側のETPという配列と、C末端側のアミノ酸Vとが解析された程度である。これは、ソフトウェアが、ジスルフィド結合が保持されている条件に対応していないため、ジスルフィド結合を持たない状態か、或いはジスルフィド結合が還元されてカルボアミドメチル化などの修飾を受けた状態としてのみ計算するためだと考えられる。しかも実際には、この結果においては、解析されたアミノ酸の情報さえも、間違ったイオンピークを選んで解析されていたことが判明した。
図3は、実施例1におけるMSで検出された分子量関連イオン、すなわちジスルフィド結合が還元され且つプロトンが付加した分子(プロトン化分子)([M+2m+H];m/z 1390.5)をプリカーサイオンとして、MS/MSを行うことにより得られたスペクトルである。比較例1で得られた分子量関連イオンと比較して実施例1で得られた分子量関連イオンの質量が2Da増加しているのは、1つのジスルフィド結合(−S−S−)が還元的に開裂し、2つのチオール基(−SH)となったためであると考えられる。図3が示すように、実施例1ではより多くのy−/b−系列イオンが得られ、比較的解析しやすいスペクトルが得られた。
マトリックスとしてDANを用いると、MSによる分子量関連イオンが、ジスルフィド結合が還元的に開裂したイオンとして得られる。このため、MS/MSによるプロダクトイオン群は、アミノ酸残基の質量を考慮するのみで、簡便な解析が可能である。PEAKSTMを用いたde novo Sequencingによる自動解析を行ったところ、この測定試料の全アミノ酸配列はほとんど解読され、同ソフトウェアの解析によるランキング上位に全く同一のアミノ酸配列を持つペプチドが挙がった。
以上のことから、本発明によるタンパク質又はペプチドの構造解析手法は、以下の効果を奏する。
1)ジスルフィド結合をもつタンパク質・ペプチドの一次構造解析が容易になった。
2)ジスルフィド結合の還元を、迅速且つ容易に行うことが可能となった。
3)ジスルフィド結合の還元により生じたSH基を保護する過程が省略できる。
4)ジスルフィド結合をもつタンパク質・ペプチドの一次構造について自動解析 (de novo Sequencing)が可能となった。
5)タンパク質・ペプチド中のジスルフィド結合の有無及び数が確認できる。
6)ジスルフィド結合の有無に関らずタンパク質・ペプチドの一次構造解析に適用できる。
実験例1で用いられた測定試料の構造、及び本発明のマトリックス3種を用いて得られたMSスペクトルである。 比較例1で得られたMS/MSスペクトル及び解析結果である。 実施例1で得られたMS/MSスペクトル及び解析結果である。

Claims (5)

  1. MSの2乗以上が可能なLI(レーザーイオン化)質量分析装置により、1,5−ジアミノナフタレン、2,3−ジアミノナフタレン、及び1,8−ジアミノナフタレンからなる群から選ばれる、ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質を用いてタンパク質又はペプチドのMSを行い、前記MSで得られた分子量関連イオンをプリカーサイオンとしてMSを行い、タンパク質又はペプチドのアミノ酸配列情報を得る、タンパク質又はペプチドの構造解析手法。
  2. 前記ジスルフィド結合に対して還元性を示す物質が、ジスルフィド結合に対して還元性を示すマトリックスである、請求項1に記載のタンパク質又はペプチドの構造解析手法。
  3. 前記LI質量分析装置が、MALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化型)質量分析装置である、請求項1又は2に記載のタンパク質又はペプチドの構造解析手法。
  4. 前記MALDI質量分析装置が、MALDI−QIT−TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化四重極イオントラップ飛行時間型)質量分析装置である、請求項に記載のタンパク質又はペプチドの構造解析手法。
  5. 前記タンパク質又はペプチドのアミノ酸配列情報を、de novo Sequencingの自動分析により得る、請求項1〜のいずれか1項に記載のタンパク質又はペプチドの構造解析手法。
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