本発明は、キラー蛋白質の精製方法に関する。
キラー酵母は、他の酵母の生育(増殖)を阻害し、死滅させることができる蛋白質(キラー蛋白質又はキラートキシンと呼ばれる)を菌体外に分泌する酵母である。キラー蛋白質及びキラー酵母が有するこの抗真菌活性は、キラー活性と呼ばれている。キラー酵母自身は、自らの産生するキラー蛋白質に対して耐性を有しており、他の酵母を排除しつつ生育することができる。このキラー蛋白質によって殺される酵母は(キラー活性)感受性酵母と呼ばれている。
多くのキラー酵母では、キラー活性を担う遺伝子はプラスミド(キラー・プラスミド)にコードされている。このキラー・プラスミドを細胞融合等の技術により他の酵母に移入して発現させることにより、非キラー酵母にキラー活性を付与できることが知られている。近年では、そのようにしてキラー活性を導入した各種酵母が、例えばワイン、清酒、アルコールなどの醸造工程で野生型酵母の排除に有効な優良酵母として利用されている。
キラー酵母については、遺伝学、生化学、分子生物学などを含め、様々な角度から研究が進められている。特にサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、クリュイベロミセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)などの幾つかの種のキラー酵母に関しては、キラー蛋白質とその発現に関わる遺伝子の両面から多くの研究が行われてきている。
そのクリュイベロミセス・ラクティスは、ザイモシン(zymocin)と呼ばれるキラー蛋白質を生産することが知られている。ザイモシンはサッカロミセス・セレビシエのK1キラートキシンと並んで研究が進んでいるキラー蛋白質である。ザイモシンは、αサブユニット(約97kD)、βサブユニット(約31kD)、及びγサブユニット(約28kD)の3つのサブユニットからなる三量体蛋白質である。ザイモシンは、酵母細胞表面に存在するキチン(真菌特異的多糖)と結合して酵母細胞内に侵入し、そのγサブユニットのキラー活性によりその酵母を殺すことが明らかにされている(非特許文献1)。このようなザイモシンのキラー活性は、クリュイベロミセス・ラクティスが細胞質中に維持するpGKL1とpGKL2の二種類の染色体外線状二本鎖DNA(dsDNA)プラスミドにコードされた遺伝子の発現によって生じる。pGKL1プラスミドはザイモシン前駆体をコードしており、pGKL2プラスミドはpGKL1の維持を担っている(非特許文献2)。
現在では、クリュイベロミセス・ラクティス以外にも、キチン結合性を有するキラー蛋白質を生産する酵母がいくつも分離されている。例えば、ピキア属酵母やデバリオミセス属酵母では、キチン結合性をもつキラー蛋白質をコードするプラスミドを保持した酵母株が複数同定されている。また、クリュイベロミセス・ラクティスの二種類のキラー・プラスミドpGKL1とpGKL2を、サッカロミセス・セレビシエ、クリュイベロミセス・フラギリス(Kluyveromyces fragilis)、カンジダ・シュードトロピカリス(Candida pseudotropicalis)などのキラー活性をもたない菌株に導入することにより、それらのプラスミドが細胞質中で安定的に維持され、クリュイベロミセス・ラクティスと同様のキラー活性及びキラー蛋白質に対する耐性(免疫性)を有するようになった酵母株も作製されている(非特許文献3〜5)。
キラー蛋白質は、真菌類以外の真核生物細胞をほとんど損傷しないため、食品分野、環境分野、農業分野、医療分野などにおいて安全性の高い抗真菌剤としての用途が期待されている。特にザイモシンは、1μg/mlという低濃度でもサッカロミセス・セレビシエの生育を抑制することができることから、高いキラー活性をもつ抗真菌剤として有用である。ザイモシンについては、例えば、サイレージ(家畜の発酵飼料)の腐敗防止(特許文献1)、カルシニューリン活性化(特許文献2)などに有用であることも報告されている。しかしキラー蛋白質は、通常、キラー酵母の培養物中にごく少量しか存在しないため、大量に精製することが難しい。このためキラー蛋白質を抗菌剤として利用する場合にも、キラー酵母の菌体や培養上清を醸造用培地などに添加する手法を取ることが多い。しかしこの方法は、キラー酵母の拡散を防ぐ管理が必要になることや、キラー蛋白質の添加量の制御が難しいことなどが障害となり、大量生産の現場において利用しにくい場合がある。一方、実験室レベルでキラー蛋白質をキラー酵母培養物から精製する方法として、ザイモシンをハイドロキシアパタイトカラムに吸着させ、リン酸カリウムバッファー(pH6.8)で溶出することにより、キラー活性を持つ画分を集める方法も知られているが(特許文献2)、収率や純度の面ではなお改善の余地がある。また、ザイモシンのもつキチン結合性を利用してザイモシンをキチン担体に吸着させ、それをSDSで変性させて溶出させる方法も報告されているが(非特許文献1)この方法ではSDSによる変性のためにザイモシンの活性が失われてしまうという問題がある。蛋白質の精製方法として、キチナーゼやリゾチームなどの単量体蛋白質をキチン担体を用いたアフィニティークロマトグラフィーに供し、最後に酢酸で溶出させる方法は知られているが(非特許文献6)、ザイモシンのような多量体蛋白質を活性を保持した状態で効率良く精製する方法は確立されていない。このため、活性のあるキラー蛋白質を効率良く精製し取得する方法の開発が、なおも求められている。
特開平10−042861号公報
国際公開第03/080841号パンフレット
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本発明は、キラー蛋白質の効率の良い精製方法を提供することを目的とする。
本発明者らは上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、キチン担体に吸着させたキラー蛋白質を酢酸で溶出させることにより、ワンステップで、活性を保ったキラー蛋白質を高純度かつ高濃度に精製できることを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は以下を包含する。
[1] キラー酵母培養物中のキラー蛋白質をキチン担体に吸着させ、酢酸で溶出させることを含む、キラー蛋白質の精製方法。
[2] 酢酸が0.01M〜1M 酢酸である、上記[1]に記載の方法。
[3] 酢酸で溶出させる前に、キラー蛋白質が吸着したキチン担体を0mM〜500mM NaClの塩濃度勾配をかけて洗浄することをさらに含む、上記[1]又は[2]に記載の方法。
[4] 溶出したキラー蛋白質をアルカリ性溶液で中和することをさらに含む、上記[1]〜[3]に記載の方法。
[5] キラー蛋白質がザイモシンである、上記[1]〜[4]に記載の方法。
本発明の精製方法によれば、活性を保ったキラー蛋白質を高純度かつ高収量にて取得することができる。
以下、本発明をより詳細に説明する。
本発明は、キラー酵母培養物中のキラー蛋白質をキチン担体に吸着させ、酢酸で溶出させることにより、キラー酵母が産生したキラー蛋白質を高純度かつ高濃度に精製する方法に関する。図1には、本発明のキラー蛋白質精製方法を実施するための典型的なプロトコールの例を示す。但し、本発明のキラー蛋白質精製方法は、図1に示す手順で行う方法に限定されるわけではない。
本発明の方法で精製されうるキラー蛋白質は、酵母細胞表面に存在するキチンに結合し、それによりその酵母の生育(増殖)を阻害して死滅させることができる蛋白質である。このようなキラー蛋白質としては、クリュイベロミセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)のキラー株が産生するザイモシン(zymocin)が代表例として挙げられるが、これに限定されるわけではなく、例えばピキア属やデバリオミセス属などの他属の酵母のキラー株(キラー酵母)が産生するキラー蛋白質も包含される。本発明の方法では、キラー酵母によって産生されその菌体内又は菌体外(培養上清中)に存在しているキチン結合性のキラー蛋白質を、キラー酵母培養物から成功裡に精製することができる。
本発明においてキラー蛋白質の供給源として用いるキラー酵母培養物を調製する際には、キラー酵母として、キチン結合性のキラー蛋白質を産生し、好ましくはそれを菌体外に分泌できる酵母株を選択して用いることが好ましい。本発明で用いる「キラー酵母」は、キチン結合性のキラー蛋白質をコードする遺伝子をゲノム中に有していてもよいが、キチン結合性のキラー蛋白質をコードするプラスミド(好適には、線状の二本鎖プラスミドDNA)を細胞質中に保持していることがより好ましく、特に培養時にキラー蛋白質を発現できることが好ましい。ここで「キチン結合性のキラー蛋白質」とは、キチンに結合することが実証されているか又はキチンに結合する蓋然性が高い(例えばキチン結合性ドメインを有するなど)キラー蛋白質を言う。例えば、代表的なキラー酵母の1つであるクリュイベロミセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)が産生するキラー蛋白質ザイモシン(zymocin)は、キチン結合性であることが確認されている。クリュイベロミセス・ラクティス以外にも、ピキア・アカシエ(Pichia acaciae)、ピキア・イノシトボラ(Pichia inositovora)、デバリオミセス・ロベルチエ(Debaryomyces robertsiae)などの酵母で、キチン結合性のキラー蛋白質をコードするプラスミドを有する酵母株が報告されている(Klassen R. et al., Mol. Microbiol. (2004) 53(1) p.263-273; Klassen R. and Meinhardt F., Mol. Genet. Genomics (2003) 270(2): p,190-199; DDBJ/EMBL/GenBankアクセッション番号AJ617333; PIN564102; AJ617332など)。また、クリュイベロミセス・ラクティス由来のキラー・プラスミドpGKL1及びpGKL2を、クリュイベロミセス・フラギリス(Kluyveromyces fragilis)、カンジダ・シュードトロピカリス(Candida pseudotropicalis)、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)などの他の酵母に導入して得られた酵母株が、キラー蛋白質ザイモシンを発現(産生)及び分泌して、キラー活性及びキラー蛋白質耐性を有するようになることも報告されている(非特許文献3〜5)。従って本発明のキラー酵母としては、クリュイベロミセス属、ピキア属、デバリオミセス属などに属するキチン結合性のキラー蛋白質を産生する天然のキラー酵母株を用いることもできるし、キチン結合性のキラー蛋白質をコードするプラスミド(キラー・プラスミド)を人為的に導入した任意の酵母株を用いることもできる。すなわち、本発明のキラー酵母は、クリュイベロミセス(Kluyveromyces)属、ピキア(Pichia)属、又はデバリオミセス(Debaryomyces)属に属するキラー酵母であってもよいし、サッカロミセス(Saccharomyces)属、シゾサッカロミセス(Shizosaccharomyces)属、カンジダ(Candida)属、ハンセヌラ(Hansenula)属、ヤロウィア(Yarrowia)属、トルロプシス(Torulopsis)属、ジゴサッカロミセス(Zygosaccharomyces)属、ゲオトリカム(Geotrichum)属、ウィケルハミア(Wickerhamia)属、フェロミセス(Fellomyces)属、又はスポロボロミセス(Sporobolomyces)属に属するキラー酵母であってもよい。本発明に係るキラー酵母として有用な種をさらに例示すれば、クリュイベロミセス・ラクティス、クリュイベロミセス・フラギリス、クリュイベロミセス・ファフィイ(Kluyveromyces phaffii)、ピキア・アカシエ、ピキア・イノシトボラ、ピキア・アノマラ(Pichia anomala)、ピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)、ピキア・ソルビトフィラ(Pichia sorbitophila)、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)、ピキア・エッチェルジ(Pichia etchellsii)、デバリオミセス・ロベルチエ、デバリオミセス・ハンセニイ(Debaryomyces Hansenii)、サッカロミセス・セレビシエ(出芽酵母とも呼ばれる)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Shizosaccharomyces pombe;分裂酵母とも呼ばれる)、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans)、カンジダ・シュードトロピカリス、カンジダ・ステラータ(Candida stellata)、カンジダ・ウチリス(Candida utilis)、ヤロウィア・リポリティカ(Yarrowia lipolytica)、ハンセヌラ・ポリモルファ(Hansenula polymorpha)などが挙げられるが、これらに限定されるわけではない。このようなキラー酵母は、常法に従って培養することにより、キチン結合性のキラー蛋白質を産生し、好適には菌体外にそれを分泌することができる。
上記のようなキラー酵母の菌株は、例えば独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部生物遺伝資源部門(NBRC)、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(IPOD)、ATCC(American Type Culture Collection)などの様々な保存分譲機関から入手することもできる。本発明において使用できるキラー酵母株の好適な例としては、クリュイベロミセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)IFO1267株がある。クリュイベロミセス・ラクティスIFO1267株は、財団法人発酵研究所(IFO)にカタログ番号IFO1267で寄託された後、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部生物遺伝資源部門(NBRC)(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に移管されており、NBRCからカタログ番号NBRC1267にて分譲を受けることができる。
本発明では、このようなキラー酵母の培養物(キラー酵母培養物)を出発材料として用いて、キラー蛋白質を精製する。本発明において「キラー酵母培養物」とは、キラー酵母を培地にて培養して得られる混合物(キラー酵母菌体、菌体破砕片、培養培地の成分、キラー酵母が産生した生成物などを含有する)を意味する。キラー酵母の培養は、使用する酵母株が属する種に適した培養条件に従って常法通りに行えばよい。各種の酵母の培養条件については、例えば「生物工学実験書 改訂版」(日本農芸化学会編、培風館、2002年4月)等の参考書を参考にすることができる。一例としては、クリュイベロミセス・ラクティスのキラー株を、YPD培地[酵母エキス(Difco社)1%、ペプトン(Difco社)2%、グルコース2%]中で30℃にて1夜、220rpm/分で回転振とう培養し、それを種母培養液として200μlを、100mlのYPD培地を入れた500ml容三角フラスコに植菌し、30℃で18時間〜24時間、220rpm/分で回転振とう培養することにより、キラー酵母培養物を調製することができる。
調製したキラー酵母培養物は、遠心分離や膜濾過等により、菌体と培養上清に分離することができる。大部分のキラー蛋白質は培養上清に分泌されるので、キラー酵母培養物から培養上清をそのような方法で分離して次の工程に用いることがより好ましい。キラー酵母培養物から培養上清を回収する具体的手順は、通常の酵母実験プロトコールに従って定めることができるが、例えば、キラー酵母培養物を2000〜30000gで1〜15分間以上遠心分離することにより菌体を沈降させ、その上清を採取し、さらに孔径0.1〜1μmの濾過膜(ミリポア社製の孔径0.22μmのメンブランフィルターDurapareなど)を通して膜分離し、その濾液を採取すればよい。
このようにしてキラー酵母培養物から得た培養上清は、液量が多い場合などには、限外濾過等により濃縮してから次の工程に用いてもよい。この濃縮は、当業者に周知の任意の蛋白質溶液濃縮法を用いて行えばよく、例えば、キラー酵母培養物から得た培養上清若しくは菌体破砕液上清を分画分子量50,000の限外濾過フィルター(旭化成社製の限外濾過モジュールACP1010など)に通して限外濾過し、200ml以下に濃縮すればよい。この濃縮の際、20mM Tris-HCl(pH 8.0)などの好適なバッファーを用いてバッファー交換を行うことがより好ましい。
次に、以上のようにして調製したキラー酵母培養物又はそのキラー酵母培養物から得た培養上清に含まれるキラー蛋白質を、常法によりキチン担体に吸着させる。ここで「キチン担体」とは、キチン(chitin)への結合能を有する物質を吸着することができる固定化担体を意味し、例えば、限定するものではないが、キチン又はキトサンを含む、多孔性ビーズ、粒子、カプセル、フィルム、又は多孔性ゲルなどが挙げられる。キチン担体の市販品としては、例えばキトサン架橋多孔質ビーズであるキトパール(登録商標)BL-10(富士紡社製)を用いることができる。キチン担体は、キラー蛋白質を吸着させる前に、適切な平衡化緩衝液を用いて洗浄し、平衡化しておくことが好ましい。キラー蛋白質をキチン担体に吸着させるには、具体的には、キラー酵母培養物又はその培養上清をキチン担体と接触させればよい。好ましくは、キラー酵母培養物又はその培養上清を、キチン担体を充填したカラムに通すことにより、カラム内のキチン担体に本発明のキラー蛋白質を吸着させることができる。キチン担体を充填したカラムを用いるアフィニティークロマトグラフィーは、本発明に係るキラー蛋白質を精製する上でとりわけ好適な手法である。
限定するものではないが、キラー蛋白質を吸着させたキチン担体は、キラー蛋白質を溶出させる前に、洗浄して夾雑物を除去することが好ましい。このキチン担体の洗浄は、Tris-HCl緩衝液などの適切な溶出用緩衝液を用いて行えばよい。より好適には、キラー蛋白質を吸着させたキチン担体は、溶出用緩衝液の塩濃度に勾配を付けて(すなわち、塩濃度を徐々に上昇させながら)洗浄することにより、夾雑物をさらに効率良く溶出させることができる。この塩濃度勾配溶出法を用いたキチン担体洗浄工程の具体例としては、キラー蛋白質を吸着させたキチン担体を、まず溶出用緩衝液20mM Tris-HCl(pH 8.0)(0mM NaCl濃度に相当)を用いて洗浄し、それからその緩衝液に徐々にNaClを加えて、500mM NaCl含有20mM Tris-HCl(pH 8.0)まで塩濃度を上昇させながら洗浄を行い、その後500mM NaCl含有20mM Tris-HCl(pH 8.0)での洗浄を一定時間継続することにより、夾雑物を溶出させる手順が、特に好適である。
本発明の方法では、キラー蛋白質を吸着させたキチン担体から、キラー蛋白質を、酢酸を用いて溶出させる。溶出に用いる酢酸としては、0.01M〜1M 酢酸(酢酸水溶液)、とりわけ0.2M 酢酸が好ましい。好適には、このような酢酸を、キラー蛋白質を吸着させたキチン担体に導入(好ましくは滴下)して、その溶出画分を集める。280nmでの吸光度測定に基づいて溶出画分の蛋白質濃度を測定し、酢酸添加直後の蛋白質濃度が上昇している間の溶出画分を回収すれば、キラー蛋白質を含む画分を効率良く集めることができる。
このようにしてキチン担体から溶出させたキラー蛋白質を含む画分(キラー蛋白質画分)については、溶出後直ちにアルカリ性溶液と混合することにより、pH4.5〜8の範囲内に調整(すなわち中和)することが好ましい。アルカリ性溶液としては、Tris緩衝液、例えば1M Tris(pH 8.0)を用いることが好ましい。
以上により得られたキラー蛋白質画分は、高純度のキラー蛋白質を高含量に含む。本発明では、このキラー蛋白質画分について、さらに常法により透析又は硫安沈殿を行うことにより、キラー蛋白質を濃縮することができる。具体的には、例えば、キラー蛋白質画分を、分画分子量12000〜14000の透析チューブに入れて、20mM リン酸カリウムバッファー又は20mM リン酸ナトリウムバッファー(pH 6.8)に対して透析すればよい。これにより濃縮されたキラー蛋白質は、最終濃度10%のグリセロールを加え、-80℃以下で保存することができる。
以上のような本発明の精製法によれば、キラー酵母培養物から本発明に係るキラー蛋白質を、従来法と比較して、ワンステップでより簡便かつ迅速に、より高収量かつ高純度に精製することができる。例えば、従来の高純度なキラー蛋白質の精製法の一例では、3種類のクロマトグラフィーを使用し、精製に10日以上必要であるのに対し、本発明の方法では、1種類のクロマトグラフィーのみを使用して2日以内に精製を完了することが可能である。また本発明の精製法では、従来のキラー蛋白質の精製法と比較して、10〜70倍、典型的には約50倍も収率が高い。さらに本発明の精製法では、得られたキラー蛋白質が真菌類(特に酵母)に対するキラー活性を保持することも示されている。キラー蛋白質は、一般的に精製等の処理に対してより不安定な三量体蛋白質であるため、本発明のような簡便な方法により活性を保持した形で精製できることは非常に有用である。
本発明の精製法は、培養物中に通常は少量しか存在しないキラー蛋白質を大量かつ高純度に生産することを可能にするため、例えば抗真菌剤としてキラー蛋白質を大量生産する上で、非常に有利に用いることができる。本発明の精製法によって精製されたキラー蛋白質は、高純度で活性を有し、加熱処理で容易に分解されるため、安全性の高い抗真菌剤として、食品(醸造用抗真菌剤)、台所用品、農業製品(サイレージ腐敗防止剤)、園芸用品などに直接使用することができる。本発明の精製法は、蛋白質の立体構造情報に基づいて抗イディオタイプ抗体(抗体の抗原結合部位に対する抗体)や新規有機化合物性抗真菌剤の開発を行う際に、優良な解析試料として用いるキラー蛋白質を調製する目的でも、有利に用いることができる。
以下、実施例を挙げて本発明についてさらに詳細に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例によって限定されるものではない。
[実施例1] キラー蛋白質の精製
キラー蛋白質ザイモシンを産生するキラー酵母であるクリュイベロミセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)IFO1267株を、YPD培地[酵母エキス(Difco社)1%、ペプトン(Difco社)2%、グルコース2%]中で30℃にて1夜、220rpm/分で回転振とう培養したものを、種母培養液とした。500ml容三角フラスコに100mlのYPD培地を入れ、種母培養液200マイクロリットルを植菌した後、30℃で18時間〜24時間、220rpm/分で回転振とう培養した。培養完了後、得られた培養液を約2.6リットル集め、それを5500gで10分間遠心し、細胞を除去した。こうして得られた培養上清液を孔径0.22マイクロメートルのメンブランフィルター[Durapare(ミリポア社)]で濾過した。濾液を、分画分子量50,000の限外濾過モジュール(ACP1010、旭化成社)を用いて、濃縮しつつ、20mM Tris-HCl(pH8.0)を用いてバッファー交換を行った。約400マイクロリットル以下に濃縮した培養濾液を、約2mlのキチン担体[キトパールBL-01(富士紡社)20mM Tris-HCl(pH8.0)で洗浄済]を充填したクロマトグラフィーカラムに、0.15〜0.4ml/分の速度で滴下した。その後、カラムを20mM Tris-HCl(pH8.0)(0mM NaClに相当)で洗浄し、そこから500mM NaClを含む20mM Tris-HCl(pH8.0)まで、塩濃度に勾配を付けて夾雑物を溶出させた。続いて、キラー蛋白質の溶出を行うため、0.2M酢酸をカラムに滴下し、25滴(約1ml)毎にフラクションコレクターを用いて溶出画分を集めた。溶出画分を集めるフラクションチューブには予め、70マイクロリットルの1M Tris(pH8.0)を添加しておき、溶出終了後にそのフラクションチューブの内容物を直ちに混ぜ合わせることにより、溶液を中和した。キラー蛋白質の洗浄、溶出操作は、全て280nmでの吸光度を測定して蛋白質濃度を確認しながら行った(図2)。キラー蛋白質を含む溶出画分を10ml集めて、分画分子量12000〜14000[Spectra/Pore社]の透析チューブに入れ、20mMリン酸カリウム(又はリン酸ナトリウム)バッファーpH6.8に対して透析した。最終濃度10%のグリセロールを加え、-80℃以下で保存した。
得られたキラー蛋白質溶液の分析結果から、本実施例では、2.6リットルのキラー酵母培養物から約10mgのキラー蛋白質(ザイモシン)が高純度で精製されたことが示された。このキラー蛋白質溶液については、後述の実施例2及び3に記載のように、キラー蛋白質が高収量かつ高純度に精製されていることも確認された。
[比較例1] 従来法によるキラー蛋白質の精製
比較のため、以下のような従来の精製法によってキラー蛋白質ザイモシンを含む溶液を調製した。
まず、実施例1と同様にして、クリュイベロミセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)IFO1267株の培養上清を調製した。次に、その培養上清を、約50mlのハイドロキシアパタイト担体(ナカライテスク社のヒドロキシルアパタイト100〜200メッシュ)を充填したカラムに通した。次いでそのカラムを、0.3ml/分の速度で10mM及び50mMのリン酸カリウムバッファー(pH 6.8)で洗浄した後、200mMのリン酸カリウムバッファー(pH 6.8)で段階的に夾雑物を流出させた。続いてカラムに400mMのリン酸カリウムバッファー(pH 6.8)を滴下して、5mlずつフラクションコレクターを用いて分画した。各々のフラクションのキラー活性を調べ、活性を示す画分(66〜92番目の画分)を集めて濃縮した後、10mM リン酸カリウムバッファー(pH 6.8)で透析した。最終濃度10%のグリセロールを加え、-80℃以下で保存した。
このようにして得られたキラー蛋白質溶液の分析結果から、4リットルのキラー酵母培養物から約0.33mgのキラー蛋白質(ザイモシン)を精製できたことが示された。この従来の精製法によって得られたキラー蛋白質溶液中には、夾雑物が比較的多く認められた。
[実施例2] キラーアッセイ
キラー蛋白質ザイモシンに対する感受性株として、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)BY4741株を用いた。実施例1で得られたザイモシンを適宜水又はバッファーで連続希釈して調製したキラー蛋白質溶液10マイクロリットルと、その感受性株1000細胞を、YPD培養液[酵母エキス(Difco社)1%、ペプトン(Difco社)2%、グルコース2%]60マイクロリットルに加え、丸底マイクロプレート(98穴)に入れた。これを30℃で静置培養し、増殖してきた細胞が丸底上で生育する様子を観察した。比較のため、キラー蛋白質溶液の代わりに同量の水を加えて、同様の培養試験を行った。対照実験としては、上記のキラー蛋白質溶液の代わりに、上記の比較例1で従来法によって調製したキラー蛋白質溶液を用いて同様の実験を行った。
本アッセイの結果の例を図3に示す。図3は、静置培養開始から48時間後の細胞が丸底マイクロプレートの底で生育する様子を示している。図3の下段には、本発明の精製法を用いて調製したキラー蛋白質溶液を、左から1/1000、1/500、1/250、1/125に連続希釈したものを培地に添加して試験した結果を示す。本発明の精製法を用いて調製したキラー蛋白質溶液は、1/1000に希釈しても、培地中の感受性酵母株の生育をほぼ阻止することができた。一方、図3の上段には、従来の精製法によって調製したキラー蛋白質溶液を、左から1/250、1/125、1/62.5、1/31.3に連続希釈して培地に添加して試験した結果を示す。従来の精製法によって調製したキラー蛋白質溶液は、1/31.3に希釈した場合は、感受性酵母株の生育をほぼ阻止することができた。しかし1/62.5まで希釈したところ感受性酵母株の生育が認められるようになり、さらに1/125に希釈すると感受性酵母株の生育がはっきりと認められ、1/250まで希釈した場合は感受性酵母株の生育は遅れたもののかなりの増殖が認められた。
この結果から、本発明の方法で精製したキラー蛋白質が、確かにサッカロミセス・セレビシエに対するキラー活性を有することが確認できた。さらに図3からは、本発明の精製法を用いれば、従来の精製法と比較して、少なくとも30倍(1000/31.3=約31.9)、おそらくは約50倍程度の活性を有するキラー蛋白質溶液を調製できることが示された。
[実施例3] 精製したキラー蛋白質のSDSゲル電気泳動による確認
実施例1で得られたキラー蛋白質溶液をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動にかけて、ザイモシンの三量体サブユニット構造の確認を行った。その結果を図4に示す。図4A中、左は、比較例1で従来の精製法によって得たキラー蛋白質溶液を電気泳動したゲルを銀染色して撮影した写真、右は、実施例1で得られたキラー蛋白質溶液を電気泳動したゲルをCBB染色して撮影した写真である。
図4Aに示される通り、本発明の精製法を用いて精製したキラー蛋白質は、比較例1で従来の精製法によって得たキラー蛋白質と同様に、ザイモシンの3つのサブユニット(α、β、γ)を含んでいた。図4A中の3つのバンドは、ザイモシンの各サブユニットが示す公知の分子量サイズとほぼ一致していた。
さらに図4Aに示される通り、本発明の精製法を用いて精製したキラー蛋白質(ザイモシン)は、従来法によって得たキラー蛋白質と比較して量が多く、かつ高純度であった。
また、電気泳動により分離したキラー蛋白質ザイモシンの3種類のサブユニットを、常法によりそれぞれゲルから抽出した。次に、そのザイモシンのα、β、γの各サブユニットを用いて、常法により、各サブユニットを特異的に認識できるポリクローナル抗体を作製した。得られた抗αポリクローナル抗体、抗βポリクローナル抗体、及び抗γポリクローナル抗体をそれぞれ使用して、上記のようにしてザイモシンの各サブユニットを分離した電気泳動ゲルから転写したブロッティング膜について、ウエスタン解析を行った。その結果を図4Bに示す。
図4Bに示すように、各サブユニットに対するポリクローナル抗体は、キラー蛋白質の対応する各サブユニットのバンドを確かに検出することができた。さらに、YPD培地にて培養したクリュイベロミセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)IFO1267株の培養液を抗γポリクローナル抗体でウエスタン解析した。その結果、図5に示されるように、キラー蛋白質のγサブユニット、β+γサブユニット会合体、及びα+β+γサブユニット会合体を検出した3本のバンドが検出された。従って本発明の方法によって精製された蛋白質は、確かにキチン結合性のキラー蛋白質ザイモシンであることが確認された。
本発明のキラー蛋白質の精製方法は、キラー蛋白質を高純度かつ高収量に取得するために利用することができる。
本発明の精製法を実施するための典型的なプロトコールの一例を示す図である。
キチン担体からのキラー蛋白質の溶出プロフィールを示す図である。
精製したザイモシンの抗菌活性を調べたキラーアッセイの結果を示す写真である。
本発明の精製法で調製したザイモシン溶液と従来の精製法で調製したザイモシン溶液とを比較した写真である。AはSDSゲル電気泳動したザイモシンの各サブユニットを銀染色又はCBB染色で示したもの、BはSDSゲル電気泳動したザイモシンの各サブユニットをポリクローナル抗体を用いたウエスタン解析によって示したものである。
クリュイベロミセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)IFO1267株の培養液を継時的(培養開始から5、10、15、18、21、24、27、30時間後)にサンプリングして、その各100マイクロリットルをトリクロロ酢酸で沈殿・濃縮したものをSDSゲル電気泳動した後、抗γポリクローナル抗体を用いたウエスタン解析を行った結果を示す写真である。