JP4473219B2 - D−乳酸生産用生体触媒 - Google Patents

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Description

本発明は、D−乳酸を高選択的に高生産する微生物と、それを用いたD−乳酸の生産方法に関するものである。詳しくは純度が高い乳酸を効率良く生産する方法、特にピルビン酸の生成蓄積量が少ないD-乳酸の効率的な製造法に関わる。
また、本発明は、FAD依存性D-乳酸デヒドロゲナーゼが不活化あるいは低減されている微生物を用いることを特徴とするD-乳酸の生産方法に関する。
また、本発明は、不純物であるコハク酸やフマル酸を生産せずにD-乳酸を生産する微生物と、それを用いたD-乳酸の生産方法に関するものである。
生分解性ポリマーであるポリ乳酸は、CO問題・エネルギー問題の顕在化とともにサスティナビリティー(持続可能性)、LCA(ライフサイクルアセスメント)対応型製品として強い注目を浴びており、その原料である乳酸には効率的で安価な製造法が求められている。
ちなみに現在工業生産されているポリ乳酸はL−乳酸ポリマーであるが、乳酸にはL−乳酸とD−乳酸があり、D-乳酸についてもポリマー原料や農薬、医薬の中間体として近年注目が集まりつつある。但しいずれの用途においても、原料たる乳酸には高い光学純度が要求されるのが事実である。
自然界には乳酸菌や糸状菌など乳酸を効率良く生産する微生物が存在し、それらを用いた乳酸製造法の中には既に実用化済みのものもある。例えば、L-乳酸を効率良く生産させる微生物としてLactbacillus delbrueckii等、またD-乳酸を効率良く生産させる微生物としてSporolactobacillus属の微生物等が知られている。どの場合も乳酸の蓄積量は高いレベルに達しているが、培養液中に含まれる乳酸以外の副生物、例えば酢酸、エタノール、アセトイン、ピルビン酸といった化合物が精製過程で除けきれないことが、最終産物である乳酸の品質低下につながることがある。また光学異性体の混入が原因で、光学純度の低下をきたす事も重大な問題となる。
そのような乳酸の純度低下を回避するには、微生物によって生産される副生物の量を低減化させることが効果的な手段である。近年発展してきた遺伝子組換え技術を利用して微生物の特定遺伝子を破壊すれば、狙った副生物の生産を特異的に阻害することが可能となってきた。ただ現状的には、遺伝子破壊法がどのような微生物にでも容易に適用できる訳ではなく、乳酸菌や糸状菌など元来乳酸を高生産できる微生物での適用は容易ではない。なぜならこれらの微生物はゲノム情報が必ずしも十分とは言えず、かつ遺伝子組換えの宿主としても汎用されていないからである。
それに対しゲノム情報が豊富で、遺伝子組換え宿主としての実績が十分にあるエシェリヒア・コリ、酵母、ヒト培養細胞等では、比較的容易に遺伝子破壊を行うことが可能である。特に増殖の速さや培養の容易さの点ではエシェリヒア・コリが最も好ましい。さらにエシェリヒア・コリが生産する乳酸はD体のみであるため、光学純度の高いD-乳酸を得る目的では好都合な宿主である。しかし野生型のエシェリヒア・コリは、D-乳酸生産性が低く、D-乳酸以外にも種々の副生有機酸を生産する。この問題を解決するために、遺伝子組換えによってエシェリヒア・コリの代謝経路を改変し、D-乳酸を選択的に高生産させる試みが過去になされている。
Changら(Chang,D.-E., et. al., Appl. Environ. Microbiol., Vol.65(4), pp1384-1389 (1999))は、エシェリヒア・コリのホスホトランスアセチラーゼ(以下ptaと略することがある)、及びホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(以下ppcと略することがある)の2重変異株を5%のグルコース、及びアミノ酸を含む培地を用いて、さらに予め通気培養で菌体を増加させた後、嫌気培養を行い、培地中のグルコースが5%を超えないようにグルコースを追添加し培養することにより62.2g/LのD−乳酸を60時間で生産させている。この時のグルコースからD-乳酸への転換率は76%であった。
Zhouら(Zhou,S., et. al., Appl. Environ. Microbiol., Vol.69(1), pp399-407 (2003))は、ピルベートホルメートリアーゼ(以下pflと略すことがある)、フマル酸レダクターゼ(以下frdと略すことがある)、アルコール/アルデヒドデヒドロゲナーゼ(以下adeEと略すことがある)、およびアセテートキナーゼ(以下ackAと略すことがある)の4重破壊エシェリヒア・コリを作製し、これを5%のグルコースを含む無機塩培地で嫌気条件下にて168時間培養することによって、ギ酸、コハク酸、エタノールおよび酢酸の副生なしに48.5g/LのD−乳酸が生産されたと報告している。しかしこの試みは、D−乳酸を高選択的に生産させることには成功しているが、生産性は0.29g/L/hrとかなり低く、選択率と生産性の両方を満足させたとは言えない。また副生物のピルビン酸についての言及がなく、その低減化効果については不明である。ピルビン酸はD−乳酸の代謝反応基質であるため、他の副生有機酸とは異なり、むやみに生成を抑えるとD−乳酸そのものの生成も抑えられてしまう。その点でピルビン酸の副生を最小限に抑えることは容易なことではない。一般にピルビン酸が乳酸モノマー原料に不純物として含まれた場合には、ポリマー重合率が低下する等の好ましからざる問題が生じることは当業者には良く知られた事実であり、その意味からもピルビン酸はぜひとも低減化すべき副生物の一つである。にも拘わらずD乳酸生産性を高く維持しながら、ピルビン酸副生を抑えることに成功したという報告は過去になされていない。
以上まとめると、現在までに知られているエシェリヒア・コリでのD−乳酸最大蓄積量62.2g/Lであり、その生産時間は60時間であった。一方、L−乳酸の工業化生産に用いられている乳酸菌または糸状菌のL−乳酸生産性が蓄積量100g/L以上かつ生産時間24時間以内であることを考慮すれば、エシェリヒア・コリのD−乳酸蓄積量と生産時間は依然として低いレベルにあると言わざるを得ない。エシェリヒア・コリが乳酸菌や糸状菌なみの乳酸生産性を達成したという報告は過去になく、それどころかそもそもエシェリヒア・コリを用いて100g/Lを越えるD−乳酸を蓄積生産させることができるのか否かについても、それを示唆するようなデータは過去に存在しなかった。
大腸菌を用いてD−乳酸発酵させる場合、一般には酸素の存在は好ましくないと考えられている。なぜなら酸素のような電子受容体が存在すると、大腸菌は発酵ではなく呼吸を行うからである。酸素のような電子受容体が無い場合に限り、大腸菌は基質レベルのリン酸化のみによりエネルギー(ATP)を得、解糖系で得られた還元力(NADH)を用いて乳酸などの還元性有機酸を生産する。そのような理由から、従来の大腸菌によるD−乳酸発酵は殆ど嫌気培養で行われている。まれに培養の前半を通気し、後半を嫌気培養するという二相培養が行われる場合もあるが、これは前半の通気培養によって十分な菌体量を確保するのが目的であり、最終的な乳酸発酵はやはり嫌気で行っている訳である。しかし実際の工業生産を想定した場合、培地に添加する安価なアミノ酸源であるコーンスティープリカー(以下CSLと略すことがある)等の中には不純物となる有機酸だけでなく、D体、L体両方の乳酸が含まれるが、嫌気培養だとL−乳酸が資化されず、培地中に残存したままとなる。L体からピルビン酸を生成する反応の触媒酵素であるL-乳酸デヒドロゲナーゼ(以下lldと略すことがある)は通気条件下で発現することが知られているので、もし通気条件下でも効率良く乳酸発酵させる方法があれば、その方法を用いることで培地中に含まれるL体を菌体に資化させ、光学的にも高い純度のD体を生産させることが可能となるものと期待されるが、これまでそれを実現する技術は存在しなかった。
pfl破壊株を用いた乳酸生産に関してはZhouらの報告に先立ち、以下のような報告がなされている。すなわちContagら(Contag, P.R., et. al., Appl. Environ. Microbiol., Vol.56(12), pp3760-3765 (1990))は、pfl非変異エシェリヒア・コリ株が35mMの乳酸を生成するのに対して、pfl変異株では乳酸の生産性は向上し、45mMの乳酸を生成することを示している。すなわちエシェリヒア・コリにおいてpfl活性の不活化によりD−乳酸の生産性が向上することはContagらのデータ開示により既に公知となっている。
D−乳酸デヒドロゲナーゼは、補酵素に対する依存性の違いによって、NADH依存性とFAD依存性に区別される。NADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼは、生体内でピルビン酸からD−乳酸への反応を触媒している。特に大腸菌由来のNADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼはldhAと呼ばれる。
Yangら(Yang, Y.T., et. al., Metab. Eng., Vol.1(2), pp141-152 (1999))はldhA遺伝子を組み込んだ発現ベクターをエシェリヒア・コリに導入することで、D−乳酸蓄積量が8g/L程度と低いながらも向上することを報告している。すなわちエシェリヒア・コリにおいてldhA活性の強化により、D−乳酸の生産性が向上することはYangらのデータ開示により公知となっている。
一方で、バンチら〔Bunch, PK., Microbiology, Vol.143(Pt 1), 187-195 (1997)〕の報告によれば、エシェリヒア・コリ由来ldhA遺伝子の発現ベクターを導入したエシェリヒア・コリは、発現ベクターの導入によりその増殖が阻害されることが報告されている。
また大腸菌以外の細菌由来D−乳酸デヒドロゲナーゼ(以下、ldhと呼ぶことがある)を大腸菌に過剰発現させた例としては、Lactobacillus helveticus由来ldhの発現例としてコッカーら〔Kochhar,S., Eur. J. Biochem., (1992) 208, 799-805〕 やLactobacillus bulgaricus由来ldhの発現例としてコッカーら〔Kochhar,S., Biochem. Biophys. Res. Commun., (1992) 185, 705-712〕の報告が挙げられるが、いずれの例も発現させた酵素の物理化学的性質を調べたものであって、D体やピルビン酸の蓄積量についての言及は皆無である。
しかしながらpfl活性を不活化または低減化させ、且つldhA活性を強化させた微生物のD−乳酸生産性については、依然として良く知られてはいなかった。
一般に発現ベクターを用いた遺伝子強化方法では、ベクターの脱落が生じ、目的遺伝子の発現量が低下し、さらには目的物質の生産性が低下するという不具合が生じ得る。こうしたことからD−乳酸工業生産への応用に際し、発現ベクターを用いたldh遺伝子の強化方法には幾つかの解決すべき課題が存在し、それに代わる遺伝子強化方法が望まれる。しかしながらそうした取り組みの報告はなされていない。
発現ベクターに代わる遺伝子強化方法として、Solemら(Solem, C., et. al., Appl. Environ. Microbiol., Vol.68(5), pp2397-2403 (2002))が報告したようにゲノム上のある遺伝子のプロモーター領域を任意のプロモーターに置換することで、該遺伝子を強化する方法があげられる。しかし、本技術を上記のldhA遺伝子を用いたD−乳酸製造に応用した場合を考えると、この方法では強化されるldhA遺伝子はゲノム上の遺伝子1コピーのみであり、多コピーの遺伝子が発現する発現ベクターによる強化方法に比べ、ldhA活性の向上は小さなものであると予測され、D−乳酸生産性が発現ベクターを用いた場合に比べ向上すると予想することは当業者といえども困難であった。
一方、FAD依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(以下dldと略すことがある)については、大腸菌から精製された酵素の解析によりNADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼとは逆の反応、すなわちD−乳酸からピルビン酸への反応を主として触媒することが開示されている。過去において、Shawらはdldが破壊された大腸菌株JS150とJS151を取得しているが、それらの株におけるD−乳酸生産性やピルビン酸生産性については言及していない(Shaw, L., et. al., J. Bacteriol., Vol.121(3), pp1047-1055 (1975))。またBarnesらは、dldが種々のアミノ酸や糖類の取りこみに関わっていると報告しているが(Barnes, E.M., et. al., J. Biol. Chem., Vol.246(17), pp5518-5522 (1971)〕、D−乳酸やピルビン酸の生産への関わりについては言及していない。
尚、大腸菌株の分譲機関の一つであるYale大学付属のE.coli Genetic Stock Center (CGSC)のデータベースでdldとpflの2重変異株の検索を行うと、Mat−Janらの論文(Mat-Jan, F., et. al., J. Bacteriol., Vol.171(1), pp342-348 (1989)〕が該当案件として出力されるが、実際に精査した結果、この論文にはdldとpflの2重破壊株に関する記述は見られなかった。
先にも述べたがD−乳酸に関しては、微生物による発酵生産で工業化レベルに見合う生産性と選択性を同時に達成したという報告は無く、例えば主たる副生有機酸であるコハク酸やフマル酸を、高いD−乳酸生産性を維持しながら低減化させた前例もない。
そこで我々はD−乳酸の生産性を損なうことなくコハク酸生産を抑制することを目標にして鋭意検討を重ね、その結果、嫌気条件下でオキサロ酢酸からリンゴ酸への反応を触媒する酵素リンゴ酸デヒドロゲナーゼ(以下mdhと呼ぶことがある)の遺伝子を破壊することによって、D−乳酸の生産性を損なうこと無しにコハク酸の生成を完全に抑えることが可能であることを見出した。しかし依然としてフマル酸が副生されていたため、アスパラギン酸アンモニアリアーゼ(以下aspAと呼ぶことがある)の遺伝子を破壊することによって、フマル酸の副生量をも低減化することが可能であることを見出した。
mdh活性不活化の効果に関しては、1970年のCourtrightらの論文に開示されている(Courtright, J. B. et. al., J. Bacteriol., Vol.102(3), pp722-728 (1970))。その開示内容は、mdh活性が不活化されたエシェリヒア・コリでは、嫌気条件下でのオキサロ酢酸からリンゴ酸への反応活性がゼロになっているものの、アスパラギン酸からフマル酸への反応活性が逆に向上しているというものであった。つまり嫌気条件下でコハク酸を生成する経路には、オキサロ酢酸からリンゴ酸を経由してフマル酸、コハク酸に流れる経路と、オキサロ酢酸からアスパラギン酸を経由してフマル酸、コハク酸に流れる経路の2種類があり、mdh活性を不活化すると前者の経路は止まるが、後者の経路はむしろ活性化されることを説明している。よってCourtrightらの論文は、mdh活性不活化によってコハク酸が生成しなくなることを開示したものではない。
mdh活性不活化の効果に関するもう一つの先行技術は、mdh遺伝子が破壊された酵母に関するものである(特開平11−056361号公報)。本特許は酵母のmdh遺伝子を破壊することによって、生産されるリンゴ酸量を変化させるというものであり、その結果がコハク酸の生産量にどのような影響をもたらすかについて言及したものではない。
つまるところ過去の知見からは、微生物のmdhを不活化することによってコハク酸の生産が完全に抑制され得ることを想定することは、当業者といえども困難であった。
またaspA活性不活化の効果については、過去において唯一、エルシニア ペスティスでの知見が開示されている(Dreyfus, L. A., et. al., J. Bacteriol., Vol.136(2), pp757-764 (1978))。しかしながら、本論文の主旨は、aspA活性の不活化によってアスパラギン酸やグルタミンが細胞内で分解されにくくなることであって、フマル酸生成量についての考察はなされてはいない。
特開平11−056361号公報 Chang,D.-E., et. al., Appl. Environ. Microbiol., Vol.65(4), pp1384-1389 (1999) Zhou,S., et. al., Appl. Environ. Microbiol., Vol.69(1), pp399-407 (2003) Contag, P.R., et. al., Appl. Environ. Microbiol., Vol.56(12), pp3760-3765 (1990) Yang, Y.T., et. al., Metab. Eng., Vol.1(2), pp141-152 (1999) Bunch, P.K., et. al., Microbiology, Vol.143(Pt 1), pp187-195 (1997) Kochhar, S., et. al., Eur. J. Biochem., Vol.208(3), pp799-805 (1992) Kochhar, S., et. al., Biochem. Biophys. Res. Commun., Vol.185(2), pp705-712 (1992) Solem, C., et. al., Appl. Environ. Microbiol., Vol.68(5), pp2397-2403 (2002) Shaw, L., et. al., J. Bacteriol., Vol.121(3), pp1047-1055 (1975) Barnes, E.M., et. al., J. Biol. Chem., Vol.246(17), pp5518-5522 (1971) Mat-Jan, F., et. al., J. Bacteriol., Vol.171(1), pp342-348 (1989) Courtright, J. B. et. al., J. Bacteriol., Vol.102(3), pp722-728 (1970) Dreyfus, L. A., et. al., J. Bacteriol., Vol.136(2), pp757-764 (1978)
本発明の課題の一つは、D−乳酸の高生産方法を提供することであり、本発明の別な課題は光学純度が高く、副生有機酸が少ない高選択的なD−乳酸の生産方法を提供することにある。
本発明の他の課題は、不純物有機酸として従来より微生物により乳酸を生成蓄積させた培地中からの除去が簡単ではなかったピルビン酸の蓄積量を低減化させたD-乳酸生産法を提供することにある。
本発明の他の課題は、ヘテロ乳酸醗酵細菌を用いて乳酸を効率的に生産する乳酸の生産方法を提供することである。本発明の別な課題は、ヘテロ乳酸醗酵細菌を用いて光学純度の高い乳酸を効率的に生産する乳酸の生産方法を提供することである。
本発明の他の課題は、目的物質の生産性を低下させることなく、副生物であるコハク酸及び/又はフマル酸の生産を抑制するD-乳酸の生産方法を提供するものである。
本発明の他の課題は、発現ベクターを用いた強化方法に代わる、安定なD-乳酸デヒドロゲナーゼ遺伝子の強化方法を提供し、また、D-乳酸をより高生産する方法を提供することである。
本発明者らは、これら上記の課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、ピルベートホルメートリアーゼ(pfl)活性が不活化あるいは低減化され、かつエシェリヒア・コリ由来NADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)活性が増強された細菌が従来よりも短時間でD−乳酸を生産し、これまでになく高い蓄積量を達成することを見いだした。特にldhA活性の増強方法に関しては、ldhAをコードする遺伝子をゲノム上において、解糖系、核酸生合成系又はアミノ酸生合成系に関わる蛋白質の発現を司る遺伝子のプロモーターと連結することで発現させた微生物を用いることにより、発現ベクターを用いた遺伝子発現強化方法に比して短時間で著量のD−乳酸を生産させることが可能であることを見いだした。発現ベクターを用いた方法では本発明の方法よりもD−乳酸デヒドロゲナーゼの細胞内発現量は多いが何らかの理由によりこの高い酵素量がD−乳酸の高生産には直接結びついておらず、むしろ、本発明のように細胞内での酵素の発現量はそれほど高くなくとも結果的にD−乳酸の生産性が飛躍的に向上することは極めて驚くべきことである。
次に発明者らは、微生物培養液中に存在するピルビン酸の一部が、実際にdldによってD−乳酸から生成されていることを見出し、さらにdld遺伝子が実質的に不活化された、あるいは低減された微生物を育種し培養することによって、当該微生物の増殖が宿主と比較して抑制されないこと、および培地中のピルビン酸含有濃度が低下した高品質のD−乳酸を含む培養液が得られることを見出した。さらに、pfl活性が不活化あるいは低減化され、且つ/またはldhA活性が増強され、且つdld遺伝子が実質的に不活化あるいは低減された微生物を育種し培養することによって、培地中のピルビン酸が低下した高品質のD−乳酸が得られることを見出した。
さらに本発明者らは、TCA回路を有し、且つリンゴ酸デヒドロゲナーゼ(mdh)活性が不活化または低減され、且つアスパラギン酸アンモニアリアーゼ(aspA)活性が不活化または低減化されている上記微生物を用いることによって、D−乳酸の生産性を高く維持したままでコハク酸とフマル酸の副生を抑えうることを見出すことによって本発明に到達した。
即ち、本発明は以下のとおりである。
〔1〕ピルベートホルメートリアーゼ(pfl)の活性が不活化あるいは低減化されたヘテロ乳酸発酵細菌を2種以上のアミノ酸が添加された培地で培養し、得られた培養物から乳酸を回収することを特徴とする、乳酸の生産方法。
〔2〕ヘテロ乳酸発酵細菌がエシェリヒア・コリであることを特徴とする〔1〕に記載の乳酸の生産方法。
〔3〕エシェリヒア・コリがMT−10934(FERM BP−10057)株であることを特徴とする〔2〕に記載の乳酸の生産方法。
〔4〕エシェリヒア・コリ由来NADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)活性が増強され、かつピルベートホルメートリアーゼ(pfl)活性が不活化あるいは低減化された細菌を培養し、得られた培養物からD−乳酸を回収することを特徴とする、D−乳酸の生産方法。
〔5〕細菌がエシェリヒア・コリである〔4〕に記載のD−乳酸の生産方法。
〔6〕2種類以上のアミノ酸が添加された培地で培養することを特徴とする、〔4〕又は〔5〕に記載のD−乳酸の生産方法。
〔7〕該微生物が本来有しているFAD依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(dld)活性が不活化あるいは低減化された微生物であって、ピルベートホルメートリアーゼ(pfl)活性が不活化あるいは低減化されている、且つ/またはエシェリヒア・コリ由来NADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)活性が増強されていることを特徴とする微生物。
〔8〕微生物が細菌である〔7〕に記載の微生物。
〔9〕細菌がエシェリヒア・コリである〔8〕に記載の微生物。
〔10〕〔7〕〜〔9〕の何れか一項に記載の微生物を液体培地で培養し、培養液中にD−乳酸を生成蓄積せしめ、培養液からD−乳酸を分離することを特徴とするD−乳酸の生産方法。
〔11〕2種以上のアミノ酸が添加された培地で培養することを特徴とする、請求項10に記載のD−乳酸の製造方法。
〔12〕FAD依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(dld)活性が不活化あるいは低減化されている微生物を液体培地で培養し、培養液中にD−乳酸を生成蓄積せしめ、培養液からD−乳酸を分離することを特徴とするD−乳酸の生産方法。
〔13〕微生物が細菌である〔12〕に記載の方法。
〔14〕細菌がエシェリヒア・コリである〔13〕に記載の方法。
〔15〕微生物のゲノム上において、エシェリヒア・コリ由来のNADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)をコードする遺伝子が、解糖系、核酸生合成系又はアミノ酸生合成系に関わる蛋白質の発現を司る遺伝子のプロモーターを使用することで該NADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)を発現する微生物。
〔16〕微生物がエシェリヒア・コリである〔15〕に記載の微生物。
〔17〕該微生物が本来有しているピルベートホルメートリアーゼ(pfl)活性が不活化あるいは低減化されている、且つ/またはFAD依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(dld)活性が不活化あるいは低減化されていることを特徴とする〔15〕又は〔16〕に記載の微生物。
〔18〕エシェリヒア・コリのゲノム上において、エシェリヒア・コリ由来のNADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)をコードする遺伝子のプロモーターに代えて、エシェリヒア・コリ由来の解糖系、核酸生合成系又はアミノ酸生合成系に関わる蛋白質の発現を司る遺伝子のプロモーターを使用することで該NADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)を発現するエシェリヒア・コリ。
〔19〕エシェリヒア・コリの解糖系、核酸生合成系又はアミノ酸生合成系に関わる蛋白質の発現を司る遺伝子のプロモーターが、エシェリヒア・コリ由来のグリセルアルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子のプロモーターである〔18〕記載のエシェリヒア・コリ。
〔20〕該エシェリヒア・コリが本来有しているピルベートホルメートリアーゼ(pfl)活性が不活化あるいは低減化されている、且つ/またはFAD依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(dld)活性が不活化あるいは低減化されていることを特徴とする〔18〕又は〔19〕に記載のエシェリヒア・コリ。
〔21〕〔15〕〜〔20〕のいずれか一項に記載の微生物を培地を用いて培養することによりD−乳酸を生産する方法。
〔22〕TCA回路を有し、且つリンゴ酸デヒドロゲナーゼ(mdh)活性が不活化あるいは低減化されている微生物であって、更にピルベートホルメートリアーゼ(pfl)活性が不活化あるいは低減化されている、且つ/またはFAD依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(dld)活性が不活化あるいは低減化されていることを特徴とする微生物。
〔23〕該微生物が本来有しているアスパラギン酸アンモニアリアーゼ(aspA)活性が不活化または低減化されている〔22〕に記載の微生物。
〔24〕微生物が細菌である〔22〕又は〔23〕に記載の微生物。
〔25〕細菌がエシェリヒア・コリである〔24〕に記載の微生物。
〔26〕エシェリヒア・コリ由来のNADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)活性が増強されている〔25〕に記載の微生物。
〔27〕〔22〕〜〔26〕の何れか一項に記載の微生物を培地を用いて培養することにより、TCA回路上で生産される有機酸以外の化合物を生産させる方法。
〔28〕有機酸以外の化合物がD−乳酸である〔27〕に記載の生産方法。
〔29〕通気条件下で培養することを特徴とする〔1〕〜〔6〕、〔10〕〜〔14〕、〔21〕、〔28〕の何れか一項に記載の乳酸の生産方法。
〔30〕通気条件が温度30℃の水を対象とした場合、常圧で酸素移動容量係数Kaが1h-1以上400h-1以下となるような条件で達成し得る酸素供給を可能とする条件であることを特徴とする〔29〕に記載の乳酸の生産方法。
〔31〕培養pHが6〜8であることを特徴とする〔1〕〜〔6〕、〔10〕〜〔14〕、〔21〕、〔28〕〜〔30〕の何れか一項に記載の乳酸の生産方法。
本発明により、高いD−乳酸生産性とD−乳酸選択性を有する微生物が提供される。そして、本発明により作製された微生物を培養し、D−乳酸を生産することにより既存の方法に比較してより経済的に高純度なD−乳酸を生産することが可能となる。
また、本発明により、ピルビン酸の生成量が少ないD-乳酸を生成する細菌が提供される。そして、本発明により作成された菌株を培養し、D-乳酸を生産することにより既存の方法に比較してより経済的に化学的純度及び光学純度の高いD-乳酸を生産することが可能となる。
また、本発明により作製された菌体を使用しD-乳酸を生産することにより、既存の方法に比較して不純物であるピルビン酸含量の低下した、精製負荷の少ない高品質のD-乳酸発酵液を製造できるようになる。
また、本発明により、TCA回路上で生産される有機酸以外の化合物の生産性低下を招くことなく、コハク酸及び/又はフマル酸の副生を抑えることが可能となる。特にTCA回路上で生産される有機酸以外の化合物を工業的に生産することを目的とする場合、副生物の種類と量を低減化することで目的物質の精製コストの低減化が可能となる。
以下に本発明を詳しく説明する。
本発明におけるピルベートホルメートリアーゼ(pfl)とは、国際生化学連合(I.U.B.)酵素委員会報告に準拠した酵素番号2.3.1.54に分類され、ホルメートアセチルトランスフェラーゼとも呼ばれる酵素である。本酵素はピルビン酸からギ酸を生成する反応を可逆的に触媒する酵素の総称を意味する。
本発明における不活化とは、既存の測定系によって測定された当該酵素の活性が検出限界以下である状態を指す。
本発明における低減化とは、当該酵素をコードする遺伝子の突然変異及び/または遺伝子組み換えにより、それらの処理を行う前の状態よりも有意に当該酵素活性が低下している状態を指す。
本発明におけるヘテロ発酵細菌とは、糖を発酵的に分解して乳酸以外にギ酸、酢酸、コハク酸、エタノールより選ばれる物質のうち少なくとも1種類以上を生産する能力をもつ細菌を意味する。具体的に本発明のヘテロ醗酵性細菌としてはエシェリヒア・コリが好適であり、ピルベートホルメートリアーゼ(pfl)の活性が不活化あるいは低減化されたヘテロ発酵細菌としては、本発明の実施例で示した方法などで作製できる任意のエシェリヒア・コリ野生株のpfl遺伝子の破壊株やエシェリヒア・コリMT−10934が例示できる。
上記MT−10934はすでにpflは活性が低下していることが確認されている株であり、容易に本発明を実施することが可能である。本菌株は、寄託番号FERM BP−10057として、茨城県つくば市東1丁目1番1号中央第6の、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに、特許手続上の微生物の寄託等の国際的承認に関するブタペスト条約に基いて、平成14年11月8日より寄託されている。
またpflの単独変異株は、MT−10934にはHfrCの性質があるため任意のF−の性質をもつ野生株、例えばMG1655、W3110などとLB培地中で2時間混合後、希釈してシングルコロニーを取得し、所望の変異株を選択すればよい。pfl変異株は嫌気培養において、野生株と比較してギ酸の生成量が低下しているのでそれらを指標に選択することでも取得できる。
本発明の培養とは、培地を用いて本発明に係る微生物を培養することである。その際、使用される培地としては、炭素源、窒素源、無機イオン、及び乳酸を生産するために微生物が要求する有機微量元素、核酸、ビタミン類等が含まれた培地であれば特に制限はない。
本発明における2種以上のアミノ酸が添加された培地とは、天然に存在する各種アミノ酸の中から少なくとも2種以上を含有する培地を意味し、酵母エキス、カザミノ酸、ペプトン、ホエー、廃糖蜜、コーンスティープリカーなどの天然物や天然物抽出物の加水分解物を含有する培地も含む。より好ましい結果を得るためには酵母エキス、ペプトン、ホエー、廃糖蜜、コーンスティープリカーより選ばれる少なくとも1種類、もしくはそれらの混合物が0.5%から20%含む培地が好ましく、2%から15%ではさらに好ましい。特にコーンスティープリカー添加は大きな効果が得られ、このとき硫酸アンモニウムなどの塩は添加しないほうがむしろよい結果となる。培地は通常液体培地である。
培養条件としては作成された菌体、培養装置により変動するが、例えばpfl活性が低減化されたMT−10934を使用する場合は、培養温度は20℃から40℃、より好ましくは25℃から35℃で培養することが好ましく、pHはNaOH、NH等で6.0から7.2、より好ましくは6.5から6.9で調整し、培養することが好ましい。培養時間は得に限定されないが、菌体が十分に増殖し、且つ乳酸が生成するに必要な時間である。
また、pfl活性が不活化されたエシェリヒア・コリ野生株MG1655のpfl遺伝子破壊株を用いた場合には、中性もしくは中性よりややアルカリ性側のpHで最大の生産性を得られ、培養pHは6.9から7.4、より好ましくは7.1から7.3である。培養温度はMT−10934より高温で培養することが可能となり33℃から42℃で培養することで最大の生産性を得ることができる。
培養に際しては通常は温度、pH、通気条件、攪拌速度を制御し得る培養槽を用いるのが一般的であるが、本発明の培養に際しては培養槽を使用することに限定されない。培養槽を用いて培養する場合には、必要により、予め前培養として種培養を行いこれを必要量予め調製しておいた培養槽内の培地に接種してもよい。
MT−10934は、pH7〜7.5のpH領域でギ酸が生成することがあるのに対してMG1655のpfl遺伝子破壊株では、本発明の培養方法ではギ酸の生成は確認されない。よって、ヘテロ醗酵性細菌としてエシェリヒア・コリを用いる場合は、採用した菌体で中性付近のpHの培地を用いて乳酸を生産させた場合にMT−10934のようにギ酸の生成が観察されたときは、実際の乳酸の製造に際しては培地のpHを中性よりやや酸性側で制御し、MG1655のpfl遺伝子破壊株のようにギ酸の生成が観察されない場合は実際の乳酸の製造に際しては培地のpHを中性もしくはややアルカリ性側に制御することで最大生産性が得られる。
本発明における培養物とは、上述した方法により生産された菌体、培養液、及びそれらの処理物を指す。
以上のようにして得られた培養液等の培養物から乳酸を回収する方法は、例えば培養液からならば通常知られた方法が利用でき、例えば酸性化した後直接蒸留する方法、ラクチドを形成させて蒸留する方法、アルコールと触媒を加えエステル化した後蒸留する方法、有機溶媒中に抽出する方法、イオン交換カラムで分離する方法、電気透析により濃縮分離する方法などやそれらを組み合わせた方法が採用できる。また、本発明の方法により生産された菌体は、乳酸の生産に適した酵素群を生産していることから、これを利用してさらに乳酸を生産し、回収することも培養物から乳酸を回収する方法の一部とみなされる。
本発明におけるエシェリヒア・コリ由来NADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)とは、ピルビン酸とNADHからD−乳酸とNADを生成するエシェリヒア・コリ由来の酵素であり、具体的にはBunchら(Microbiology 143 (Pt 1), 187-195 (1997))が取得した遺伝子、またはエシェリヒア・コリのゲノムDNAを鋳型に配列番号3および配列番号4よりPCRにより増幅されるDNAフラグメントに含まれる配列をもつ遺伝子より生産される酵素を例示できる。
本発明においてldhA活性が増強されたとは、ldhAをコードする遺伝子の突然変異及び/または遺伝子組み換えにより、それらの処理を行う前の状態よりも有意にldhAをコードする遺伝子より生産される酵素の活性が増加した状態を指す。
本発明における細菌とは一般の原核細胞の微生物である。
本発明においてldhA活性が増強され、かつpfl活性が不活化あるいは低減化された細菌の例として、本発明実施例記載のMT−10934/pGlyldhAを例示できる。本菌株は上記〔1〕に記載した、ピルベートホルメートリアーゼ(pfl)の活性が不活化あるいは低減化されたヘテロ乳酸発酵細菌を2種以上のアミノ酸が添加された培地で培養し、得られた培養物から乳酸を回収することを特徴とする乳酸の生産方法に好適に利用することが出来る。
本発明におけるldhA活性を増強する方策の一つとして、ldhAをコードする遺伝子を、解糖系、核酸生合成系又はアミノ酸生合成系に関わる蛋白質の発現を司る遺伝子のプロモーターと連結した状態で発現プラスミドに組込み、それを所望の細菌へ導入する方法が有効である。その場合の解糖系、核酸生合成系又はアミノ酸生合成系に関わる蛋白質の発現を司る遺伝子のプロモーターとは、恒常的に細菌内、好ましくはエシエリヒア・コリ内で機能する強力なプロモーターで、且つグルコース存在下でも発現の抑制を受けにくいプロモーターを指し、具体的にはグリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼのプロモーターやセリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼ(glyA)プロモーターが例示できる。このようにして得られた細菌は、通気条件下でD−乳酸を生産させる時にldhAの発現が増強されていないものと比較してD−乳酸の蓄積量が向上し、不純物のピルビン酸濃度が減少すると共にD−乳酸の光学純度が向上させることが可能となる。
本発明におけるFAD依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(dld)とは、D−乳酸から、補酵素である酸化型フラビンアデニンジヌクレオチドの存在下でピルビン酸を生成する反応を触媒する酵素の総称を意味する。
本発明における微生物とは、D−乳酸生産能を有する微生物であれば特に制限はなく、D−乳酸生産能を有さない微生物であっても、何らかの改変を加えることによってD−乳酸生産能を有するようになった微生物をも含む。
本発明におけるdld活性が不活化あるいは低減化されている、且つ/またはpfl活性が不活化あるいは低減化されている、且つ/またはldhA活性が増強されていることを特徴とする微生物として、エシェリヒア・コリMT−10994(FERM BP−10058)株が例示できる。
本発明における解糖系、核酸生合成系、またはアミノ酸生合成系に関わる蛋白質の発現を司る遺伝子のプロモーターとは、恒常的に微生物内で機能する強力なプロモーターで、かつグルコース存在下でも発現の抑制を受けにくいプロモーターで、具体的にはグリセルアルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼ(以下GAPDHと呼ぶことがある)のプロモーターやセリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼのプロモーターが例示できる。
本発明におけるプロモーターとはシグマ因子を有するRNAポリメラーゼが結合し、転写を開始する部位を意味する。例えばエシェリヒア・コリ由来のGAPDHプロモーターはGenBank accession number X02662の塩基配列情報において、塩基番号397−440に記されている。
本発明におけるldhAをコードする遺伝子がゲノム上において、解糖系、核酸生合成系、またはアミノ酸生合成系に関わる蛋白質の発現を司る遺伝子のプロモーターを使用することで該ldhAを発現し、pfl活性が不活化あるいは低減化されている、且つ/またはdld活性が不活化あるいは低減化されていることを特徴とする微生物としては、エシェリヒア・コリMT−10994(FERM BP−10058)株を例示することができる。
エシェリヒア・コリMT−10994株は、ldhA遺伝子をゲノム上においてGAPDHプロモーターと機能的に連結することで発現させており、また遺伝子破壊によりpflB、dldが不活化しているため、これを用いて容易に本発明を実施することが可能である。本菌株は、FERM BP−10058の寄託番号で、茨城県つくば市東1丁目1番1号中央第6の独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに、特許手続上の微生物の寄託等の国際的承認に関するブタペスト条約に基いて、平成16年3月19日より寄託されている。
本発明においてTCA回路とは、糖・脂肪酸・多くのアミノ酸などの炭素骨格を最終的に完全酸化するための代謝経路であり、クエン酸回路、トリカルボン酸回路、クレブス回路とも呼ばれる。
本発明におけるリンゴ酸デヒドロゲナーゼ(mdh)とは、国際生化学連合(I.U.B.)酵素委員会報告に準拠した酵素番号1.1.1.37に分類され、リンゴ酸から、補酵素である酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの存在下でオキサロ酢酸を生成する反応を可逆的に触媒する酵素の総称を指す。
本発明におけるmdh活性が不活化または低減されている微生物であって、pfl活性が不活化または低減されている、且つ/またはdld活性が不活化または低減されている微生物としては、エシェリヒア・コリMT−10994株を例示できる。本菌株は上記〔1〕に記載した、ピルベートホルメートリアーゼ(pfl)の活性が不活化あるいは低減化されたヘテロ乳酸発酵細菌を2種以上のアミノ酸が添加された培地で培養し、得られた培養物から乳酸を回収することを特徴とする乳酸の生産方法に好適に利用することが出来る。
本発明におけるアスパラギン酸アンモニアリアーゼ(aspA)とは、国際生化学連合(I.U.B.)酵素委員会報告に準拠した酵素番号4.3.1.1に分類され、アスパルターゼとも呼ばれる酵素である。本酵素はL−アスパラギン酸からフマル酸を生成する反応を可逆的に触媒する酵素の総称を意味する。
本発明で得られた微生物を培養して乳酸を生産させる際には、通気を全く行わなくとも良いが、より好ましい結果を得るためには通気を行った方がよい。ここで言う通気条件下とは必ずしも培養液中を空気が通過する必要はなく、培養槽の形状によっては適度に培養液を撹拌しながら培養液上の空気層が換気されるような上面通気も含み、培養槽の内部に酸素を含む気体を流入させることを意味する。液中に通気する場合は内圧、撹拌羽根位置、撹拌羽根形状、撹拌速度の組み合わせにより溶存酸素濃度が変化するために乳酸の生産性および乳酸以外の有機酸量などを指標に次のように最適条件を求めることができる。例えばエシェリヒア・コリMT−10934株をABLE社製培養装置BMJ−01等の比較的小型の培養槽で培養する場合は、500gの培養液を使用した際、空気を常圧で0.01vvm〜1vvm、撹拌速度50rpm〜500rpm、より好ましくは、常圧で0.1vvm〜0.5vvm、撹拌速度100rpm〜400rpmで達成し得る通気条件で好ましい結果を得ることができる。この条件は通気撹拌条件が温度30℃の水を対象とした場合常圧で酸素移動速度係数kaが1h−1以上400h−1以下となる条件で達成し得る酸素供給を可能とする条件である。
また、最適な通気条件の別の指標としてはMT−10934株が嫌気培養で生産するギ酸、酢酸、コハク酸、エタノールが5.0g/L以下、さらに好ましくは1.0g/L以下になり且つ、乳酸が生産されるような通気量、撹拌速度により達成される通気条件である。
また、最適な通気条件の別の指標としては0.3%の光学異性体であるL−乳酸を含む培地でMT−10934株を培養した際に10〜100時間以内にL−乳酸の濃度が0.02%以下に低下するような通気量、攪拌速度である。
上述した通気条件は培養初期から終了まで一貫して行う必要はなく、培養工程の一部で行うことでも好ましい結果を得ることができる。
また、上記のように通気を行うことで乳酸の生産性の向上、光学異性体の削減を達成することができる。
以下に実施例により本発明の一例を示すが、これらは本発明をなんら制限するものではない。
[実施例1] MT−10934株による乳酸生産
培養に使用する培地の組成を下記表1に記載する。
Figure 0004473219
本培地にはコーンスティープリカー由来の酸加水分解後の還元糖0.34%、D−乳酸0.31%、L−乳酸0.31%、遊離アミノ酸0.33%及び微量の各種有機酸が含まれている。
前培養として三角フラスコに入れたLB Broth, Miller培養液(Difco244620)25mlにエシェリヒア・コリMT−10934株を植菌し、一晩120rpmで撹拌培養を行った後、1L容培養槽(ABLE社製培養装置BMJ−01)に上記組成の培地475gを入れたものに全量植菌した。培養は大気圧下、通気量0.5vvm、撹拌速度150rpm、培養温度31℃、pH6.7(NaOHで調整)でグルコースが完全に消費されるまで行った。
培養終了後、得られた培養液中の有機酸の定量および光学純度の測定はHPLCで定法に従って測定した。結果を表2に示す。
Figure 0004473219
上記結果において、総乳酸量が培養開始時に加えたグルコース量を上まわっている原因はコーンスティープリカー中の炭素源を利用したためと考えられる。しかしながら、コーンスティープリカー中の還元糖、有機酸、アミノ酸をすべて使用したとしても90%以上の変換率を達成した。また、培地中に不純物である有機酸や乳酸の光学異性体の含まれる培養液を使用しても不純物である有機酸が減少し、光学純度が高い乳酸が製造された。
なお、MG1655はアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(ATCC)よりATCC47076として入手した。
[実施例2] ldhA発現ベクターおよび乳酸生産菌の構築
セリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼ
(serine hydroxymethyltransferase)(glyA)プロモーターを取得するため大腸菌ゲノムDNAをテンプレートに用いて配列番号 1、及び配列番号2をプローブとして用いることによりPCR法で増幅し、得られたフラグメントを制限酵素EcoRIで消化することで約850bpのglyAプロモーターをコードするフラグメントを得た。さらにldhAの構造遺伝子を取得するためにエシェリヒア・コリのゲノムDNAをテンプレートに用いて配列番号3 、及び配列番号4をプローブとして用いることによりPCR法で増幅し、得られたフラグメントを制限酵素EcoRI及びHindIIIで消化することで約1.0kbpのldhA構造遺伝子フラグメントを得た。上記の2つのフラグメントとプラスミドpUC18を制限酵素EcoRI及びHindIIIで消化することで得られるフラグメントとを混合し、DNAリガーゼを用いて結合した後、大腸菌に形質転換することによりプラスミドpGlyldhAを得た。
得られたプラスミドpGlyldhAをエシェリヒア・コリMT−10934株に形質転換することにより乳酸生産菌MT−10934/pGlyldhA株を得た。
尚、pUC18はアメリカンタイプカルチャーコレクションより入手できるATCC37253から定法により抽出することにより得られる。また、MT−10934株は、上記寄託番号により、茨城県つくば市東1丁目1番1号中央第6の、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに平成14年11月8日より寄託されている。
[実施例3] 乳酸生産菌MT−10934/pGlyldhA株による乳酸生産
前培養として三角フラスコにいれたLB Broth, Miller培養液(Difco244620)25mlに実施例2で得られた乳酸生産菌MT−10934/pGlyldhA株を植菌し、実施例1に記載の方法で培養を行った。培養終了後、乳酸の定量および光学純度の測定はHPLCで定法にしたがって測定した。結果を表3に示す。
Figure 0004473219
上記結果において、総乳酸量が培養開始時に加えたグルコース量を上まわっている原因はコーンスティープリカー中の炭素源を利用したためと考えられる。しかしながら、コーンスティープリカー中の還元糖、有機酸、アミノ酸をすべて使用したとしても90%以上の変換率を達成した。
[実施例4] エシェリヒア・コリpfl遺伝子の近傍領域のクローニング
エシェリヒア・コリのゲノムDNAの全塩基配列は公知であり(GenBank accession number U00096),エシェリヒア・コリのピルベートホルメートリアーゼ(以下pflと呼ぶことがある)をコードする遺伝子の塩基配列も報告されている(Genbank accession number AE000192)。pflをコードする遺伝子(2,283bp)の塩基配列近傍領域をクローニングするため、配列番号5、6、7及び8に示すオリゴヌクレオチドプライマーを4種合成した。配列番号6、7のプライマーは5´末端側にSphI認識部位を有している。
エシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAを、Current Protocols in Molecular Biology(JohnWiley & Sons)記載の方法により調製し、得られたゲノムDNA 1μgと、配列番号5の塩基配列を有するプライマーと配列番号6の塩基配列を有するプライマー、配列番号7の塩基配列を有するプライマーと配列番号8の塩基配列を有するプライマーの組み合わせで、上記プライマーDNA各々100pmolとを用いて、通常の条件でPCRを行うことにより約1.8kbp(以下pflB−L断片と呼ぶことがある)及び、約1.3kbp(以下pflB−R断片と呼ぶことがある)のDNA断片を増幅した。このDNA断片をアガロース電気泳動にて分離、回収し、pflB−L断片をHindIII及びSphIで、pflB−R断片をSphI及びPstIでそれぞれ消化した。この消化断片2種と、温度感受性プラスミドpTH18cs1(GenBank accession number AB019610)(Hashimoto-Gotoh, T., et.al., Gene, Vol.241(1), pp185-191 (2000))のHindIII及びPstI消化物とをT4DNAリガーゼで反応した後、エシェリヒア・コリDH5αコンピテントセル(宝バイオ)に形質転換して、pflBをコードする遺伝子の5´上流近傍断片と3´下流近傍断片の2つの断片を含むプラスミドを得、pTHΔpflと命名した。
[実施例5] エシェリヒア・コリMG1655株pfl遺伝子破壊株の作製
実施例4で得たプラスミドpTHΔpflをエシェリヒア・コリMG1655株に形質転換し、細胞が温度感受性プラスミドを保持できる30℃でクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレート上で一晩培養し、形質転換体を得た。得られた形質転換体をLB培地で30℃で3時間から一晩培養後、LB液体培地または生理食塩水で適当に希釈して、クロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレート上に塗布した。このLB寒天プレートを、温度感受性プラスミドを保持できない42℃で培養し、生育した形質転換体をゲノム外−ゲノム間相同組換えによりプラスミド全長がエシェリヒア・コリゲノムに組み込まれた株として得た。
この株からゲノムDNAを取得し、これを鋳型としたPCRを実施して、pTH18cs1が有するクロラムフェニコール耐性遺伝子がゲノム上に存在すること、およびpflBをコードする遺伝子の5´側近傍領域、及び3´側近傍領域のそれぞれと相同な領域がゲノム上に存在することをもってプラスミド全長がエシェリヒア・コリゲノムに組み込まれた株であることを確認した。
プラスミド全長がエシェリヒア・コリゲノムに組み込まれた株を、クロラムフェニコールを含まないLB液体培地20mlを入れた100mlのバッフル付きフラスコに植え、これを30℃で4時間振とう培養した。この培養液を適当にクロラムフェニコールを含まないLB液体培地で希釈し、クロラムフェニコールを含まないLB寒天培地上に塗布する。これを42℃で培養して生育したコロニーを無作為に96個選抜し、それぞれをクロラムフェニコールを含まないLB寒天培地上と、クロラムフェニコールを含むLB寒天培地上に生育させ、クロラムフェニコール感受性の株を選抜した。
さらに選抜された株からゲノムDNAを取得し、これを鋳型としたPCRを実施してpflをコードする遺伝子が欠損した株を選抜し、これをMG1655ΔpflB株と命名した。
[実施例6] カザミノ酸を用いたMG1655Δpfl株による乳酸の生産
前培養として三角フラスコにLB Broth, Miller培養液(Difco244620)25gを入れたものを複数用意した。これに乳酸生産菌MG1655、MG1655Δpfl株、およびMG1655Δpfl株に実施例2に記載のプラスミドpGlyldhAを定法により組み換えたMG1655Δpfl /pGlyldhAの3種類の菌株を別々に植菌し、一晩、30℃、120rpmで撹拌培養を行った後、1L容の培養槽(ABLE社製培養装置BMJ−01)に表4に示す培地475gを入れたものにそれぞれ全量植菌した。培養は大気圧下、通気量0.5vvm、撹拌速度200rpm、培養温度31℃、pH6.7(NaOHで調整)で50時間行った。培養終了後、得られた培養液中の乳酸の定量および光学純度の測定はHPLCで定法に従って測定した。結果を表5に示す。
Figure 0004473219
Figure 0004473219
[実施例7] コーンスティープリカーを用いたMG1655Δpflによる乳酸の生産
前培養として三角フラスコに入れた培養液25gにMG1655、MG1655Δpfl、およびMG1655Δpfl/pGlyldhAを別々に植菌し、一晩30℃、120rpmで撹拌培養を行った後、1L容培養槽(ABLE社製培養装置BMJ−01)に表6に示す培地475gを入れたものに別々に全量植菌した。培養は大気圧下、通気量0.5vvm、撹拌速度300rpm、培養温度35℃、pH7.2(NaOHで調整)で24時間行った。培養終了後、得られた培養液中の乳酸およびピルビン酸の測定はHPLCで定法に従って測定した。結果を表7に示す。
Figure 0004473219
Figure 0004473219
上記結果において、総乳酸量が培養開始時に加えたグルコース量を上まわっている原因はコーンスティープリカー中の炭素源を利用したためと考えられる。しかしながら、コーンスティープリカー中の還元糖、有機酸、アミノ酸を全て使用したとしても90%以上の変換率を達成した。
[実施例8] 高グルコース濃度下でのMG1655Δpfl株による乳酸の高蓄積生産
前培養として三角フラスコにいれた培養液25gにMG1655Δpflを植菌し、一晩120rpmで撹拌培養を行った後、ABLE社製培養装置BMJ−01の培養槽に表8に示すグルコース濃度を10%〜15%まで変化させた培地475gを入れたものに全量植菌した。培養は大気圧下、通気量0.5vvm、撹拌速度300rpm、培養温度35℃、pH7.2(NaOHで調整)でグルコースが枯渇するまで行った。培養終了後、乳酸の測定はHPLCで定法にしたがって測定した。結果を表9に示す。
Figure 0004473219
Figure 0004473219
総乳酸量が培養開始時に加えたグルコース量を上まわる原因はコーンスティープリカー中の炭素源を利用したためと考えられる。しかしながら、コーンスティープリカー中の還元糖、有機酸、アミノ酸をすべて使用したとしても90%以上の変換率を達成し、かつ130g/Lというこれまでにない高い蓄積量を達成した。
[実施例9] MG1655Δpfl株によるコーンスティープリカー添加量の検討
前培養として三角フラスコにいれた培養液25gにMG1655Δpflを植菌し、一晩120rpmで撹拌培養を行った後、ABLE社製培養装置BMJ−01の培養槽に表10に示すコーンスティープリカー濃度を1〜10%まで変化させた培地475gを入れたものに全量植菌した。培養は大気圧下、通気量0.5vvm、撹拌速度300rpm、培養温度35℃、pH7.2(NaOHで調整)で24時間行った。培養終了後、乳酸の測定はHPLCで定法にしたがって測定した。結果を表11に示す。
Figure 0004473219
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1%のコーンスティープリカー添加区では生産速度の低下が観察されたものの24時間で55g/Lとこれまでにない生産速度である。また、使用したグルコースに対する乳酸への変換率は90%以上を維持していた。
[実施例10] MG1655Δpfl株による通気条件による解糖速度への影響
前培養として三角フラスコにいれた培養液25gにMG1655Δpfl株を植菌し、一晩120rpmで撹拌培養を行った後、ABLE社製培養装置BMJ−01の培養槽に表12に示す培地475gを入れたものに全量植菌した。培養は大気圧下、通気条件は表13に示す条件、培養温度35℃、pH7.2(NaOHで調整)で24時間行った。残存グルコース量はグルコースCII−テストワコー(和光純薬工業)により測定した。
Figure 0004473219
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この試験により通気条件が向上するに従い解糖速度が向上し、通気条件を向上させすぎると解糖速度が低下することがわかる。
[実施例11] MG1655Δpfl/pGlyldhA株によるコーンスティープリカー添加量の検討
前培養として三角フラスコにいれた培養液25gにMG1655ΔpflB/pGlyldhAを植菌し、一晩120rpmで撹拌培養を行った後、ABLE社製培養装置BMJ−01の培養槽に表15に示すコーンスティープリカー濃度を1〜10%まで変化させた培地475gを入れたものに全量植菌した。培養は大気圧下、通気量0.5vvm、撹拌速度300rpm、培養温度35℃、pH7.2(NaOHで調整)で24時間行った。培養終了後、D−乳酸の測定はHPLCで定法にしたがって測定した。結果を表16に示す。
Figure 0004473219
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1%のコーンスティープリカー添加区はこの中では最も低い生産性であるが、24時間で58g/Lと従来にない生産速度である。また、使用したグルコースに対するD−乳酸への変換率は90%以上を維持していた。
[実施例12] MG1655Δpfl/pGlyldhA株による通気条件による解糖速度への影響
前培養として三角フラスコにいれた培養液25gにMG1655ΔpflB/pGlyldhAを植菌し、一晩120rpmで撹拌培養を行った後、ABLE社製培養装置BMJ−01の培養槽に表17に示す培地475gを入れたものに全量植菌した。培養は大気圧下、通気条件は表18に示す条件、培養温度35℃、pH7.2(NaOHで調整)で24時間行った。残存グルコース量はグルコースCII−テストワコー(和光純薬工業)により測定した。
Figure 0004473219
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この試験により通気条件が向上するに従い解糖速度が向上し、通気条件を向上させすぎると解糖速度が低下することがわかる。
[実施例13] エシェリヒア・コリMG1655株dld遺伝子欠失株の作製
MG1655株由来ゲノムDNAのdld遺伝子近傍領域の遺伝子情報に基づいて作製された、CAACACCAAGCTTTCGCG(配列番号9)と TTCCACTCCTTGTGGTGGC(配列番号10)、AACTGCAGAAATTACGGATGGCAGAG(配列番号11)とTGTTCTAGAAAGTTCTTTGAC(配列番号12)を用いてPCRを行った。得られたフラグメントをそれぞれ、制限酵素HindIIIとPstI、PstIとXbaIで消化することにより、それぞれ約1140bpの フラグメントを得た。このフラグメントを温度感受性プラスミドpTH18cs1(Hashimoto-Gotoh, T., et.al., Gene, Vol.241(1), pp185-191 (2000))をHindIII,、XbaIで消化して得られるフラグメントと混合し、リガーゼを用いて結合した後、DH5α株に30℃で形質転換し、クロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られたコロニーをクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB液体培地で30℃で一晩培養し、得られた菌体からプラスミドを回収した。このプラスミドをMG1655株に30℃で形質転換し、クロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られた形質転換体を寒天プレートに塗布し、30℃で一晩培養した。次にこれらの培養菌体をが得られるようにクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに塗布し、42℃で生育するコロニーを得た。
さらにもう一度、42℃で生育するシングルコロニーを得る操作を繰り返し、相同組換えによりプラスミド全体が染色体に組込まれたクローンを選択した。本クローンがプラスミドを細胞質中に持たないことを確認した。
次に上記クローンをLB寒天プレートに塗布し、30℃で一晩培養した後に、LB液体培地(3ml/試験管)に接種し、42℃で3〜4時間、振とう培養した。これをシングルコロニーが得られるように適当に希釈(10−2〜10−6程度)し、LB寒天プレートに塗布し、42℃で一晩培養し、コロニーを得た。出現したコロニーの中から無作為に100コロニーをピックアップしてそれぞれをLB寒天プレートとクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに生育させ、LB寒天プレートにのみ生育するクロラムフェニコール感受性のクローンを選んだ。さらにはこれらの目的クローンの染色体DNAからPCRによりdldを含む約2.0kbp断片を増幅させ、dld遺伝子領域が欠失している株を選抜し、以上を満足するクローンをdld欠失株とし、得られた株をMG1655Δdld株と命名した。
[実施例14] MG1655Δdld株によるD−乳酸生産
前培養として三角フラスコにいれたLB Broth, Miller培養液(Difco244620)25mlにMG1655株、またはMG1655Δdld株を植菌し、一晩、120rpmで攪拌培養を行った。各々の前培養液全量を、表20に示す組成の培地475gの入ったABLE社製培養装置BMJ−01の培養槽に移し、培養を行った。培養は大気圧下、通気量0.5vvm、撹拌速度200rpm、培養温度31℃、pH6.7(NaOHで調整)で96時間行った。48時間後、および培養終了後、HPLCで乳酸、ピルビン酸、ギ酸および酢酸の定量を定法にしたがって測定した。MG1655株、MG1655Δdld株それぞれをWild、Δdldと表記して48時間後の結果を表21に、培養終了時の結果を表22に示す。
Figure 0004473219
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[実施例15] エシェリヒア・コリMG1655pfl、dld遺伝子欠失株作製
実施例4で得たプラスミドpTHΔpflを、MG1655Δdld株に形質転換し、クロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られた形質転換体を寒天プレートに塗布し、30℃で一晩培養した。次にこれらの培養菌体が得られるようにクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに塗布し、42℃で生育するコロニーを得た。
得られたクローンから、実施例5と同様に行うことによりMG1655dld、pfl遺伝子欠失株を取得し、MG1655ΔpflΔdld株と命名した。
[実施例16] MG1655Δdld株、MG1655ΔpflΔdld株へのldhA発現ベクターの導入
実施例2で得たプラスミドpGlyldhAを、MG1655Δdld株、MG1655ΔpflΔdld株にそれぞれ形質転換することにより、MG1655Δdld/pGlyldhA株、MG1655ΔpflΔdld/pGlyldhA株を得た。
[実施例17] MG1655株、MG1655Δdld株、MG1655Δpfl株、MG1655ΔpflΔdld株、MG1655Δdld/pGlyldhA株、MG1655ΔpflΔdld/pGlyldhA株によるD−乳酸生産
前培養として三角フラスコにいれたLB Broth, Miller培養液25mlにMG1655株、MG1655Δdld株、MG1655Δpfl株、MG1655ΔpflΔdld株、MG1655Δdld/pGlyldhA株、MG1655ΔpflΔdld/pGlyldhA株をそれぞれ植菌し、一晩、120rpmで攪拌培養を行った。各々の前培養液全量を、表20に示す組成の培地475gの入ったABLE社製培養装置BMJ−01の培養槽に移し、培養を行った。培養は大気圧下、通気量0.5vvm、撹拌速度200rpm、培養温度31℃、pH6.7(NaOHで調整)で96時間行った。培養終了後、HPLCで乳酸、ピルビン酸、ギ酸および酢酸の定量を定法にしたがって測定した。96時間後の結果を表23に示す。菌株名はそれぞれ A、B、C、D、E、Fと表記した。
Figure 0004473219
[実施例18] GAPDHプロモーター制御下ldhA発現ベクターおよびldhA発現ベクター形質転換体の構築
エシェリヒア・コリのldhA遺伝子の塩基配列はすでに報告されている(GenBank accession number U36928)。グリセルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)プロモーターを取得するためエシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAをテンプレートに用いてAACGAATTCTCGCAATGATTGACACGATTC(配列番号13)、及びACAGAATTCGCTATTTGTTAGTGAATAAAAGG(配列番号14)によりPCR法で増幅し、得られたDNAフラグメントを制限酵素EcoRIで消化することで約100bpのGAPDHプロモーターをコードするフラグメントを得た。さらにD−乳酸デヒドロゲナーゼ構造遺伝子(ldhA)を取得するためにエシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAをテンプレートに用いてGGAATTCCGGAGAAAGTCTTATGAAACT(配列番号15)、及びCCCAAGCTTTTAAACCAGTTCGTTCGGGC(配列番号16)によりPCR法で増幅し、得られたDNAフラグメントを制限酵素EcoRI及びHindIIIで消化することで約1.0kbpのD−乳酸デヒドロゲナーゼ構造遺伝子(ldh)フラグメントを得た。上記の2つのDNAフラグメントとプラスミドpUC18を制限酵素EcoRI及びHindIIIで消化することで得られるフラグメントを混合し、リガーゼを用いて結合した後、エシェリヒア・コリDH5αコンピテントセル(タカラバイオ社製)に形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られたコロニーをアンピシリン50μg/mLを含むLB液体培地でLB培地で30℃で一晩培養し、得られた菌体からプラスミドpGAPldhAを回収した。このプラスミドpGAPldhAをMG1655ΔpflΔdld株に形質転換し、アンピシリン1μg/mLを含むLB寒天プレートで37℃一晩することによりMG1655ΔpflΔdld/pGAPldhA株を得た。
[実施例19] エシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdld株のゲノム上ldhAプロモーターのGAPDHプロモーターへの置換
エシェリヒア・コリのゲノムDNAの全塩基配列は公知であり(GenBank accession number U00096)、エシェリヒア・コリのldhA遺伝子の塩基配列も報告されている(GenBank accession number U36928)。エシェリヒア・コリMG1655株由来ldhA遺伝子の5'近傍領域の遺伝子情報に基づいて作成された、AAGGTACCACCAGAGCGTTCTCAAGC(配列番号17)とGCTCTAGATTCTCCAGTGATGTTGAATCAC(配列番号18)を用いて、エシェリヒア・コリゲノムDNAを鋳型としてPCRを行うことにより約1000bpのDNA断片を増幅した。
また、エシェリヒア・コリMG1655株のグリセルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH)プロモーターの配列情報に基づいて作製されたGGTCTAGAGCAATGATTCACACGATTCG(配列番号19)とエシェリヒア・コリMG1655株のldhA遺伝子の配列情報に基づいて作製されたAACTGCAGGTTCGTTCTCATACACGTCC(配列番号20)を用いて、実施例18で作製した発現ベクターpGAPldhAを鋳型としてPCRを行い、GAPDHプロモーターとldhA遺伝子の開始コドン近傍領域からなる約850bpのDNAフラグメントを得た。
上記により得られたフラグメントをそれぞれ、制限酵素KpnIとXbaI、XbaIとPstIで消化し、このフラグメントを温度感受性プラスミドpTH18cs1をKpnIとPstIで消化して得られるフラグメントと混合し、リガーゼを用いて結合した後、DH5αコンピテントセル(タカラバイオ社製)に30℃で形質転換し、クロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られたコロニーをクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB液体培地で30℃一晩培養し、得られた菌体からプラスミドを回収し、pTH−GAPldhAと命名した。pTH−GAPldhAをMG1655ΔpflΔdld株に30℃で形質転換し、クロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに30℃で一晩培養し、形質転換体を得た。得られた形質転換体をクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB液体培地に接種し、30℃で一晩培養した。次にこれらの培養菌体が得られるようにクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに塗布し、42℃で生育するコロニーを得た。得られたコロニーを薬剤を含まないLB液体培地で30℃一晩培養し、さらに薬剤を含まないLB寒天プレートに塗布して42℃で生育するコロニーを得た。
出現したコロニーの中から無作為に100コロニーをピックアップしてそれぞれを薬剤を含まないLB寒天プレートとクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに生育させ、クロラムフェニコール感受性のクローンを選んだ。さらにはこれらの目的クローンの染色体DNAからPCRによりGAPDHプロモーターとldhA遺伝子を含む約800bp断片を増幅させ、ldhAプロモーター領域がGAPDHプロモーターに置換されている株を選抜し、以上を満足するクローンをMG1655ΔpflΔdld/GAPldhAゲノム挿入株と命名した。
[実施例20] MG1655ΔpflΔdld株、MG1655ΔpflΔdld/pGAPldhA株、MG1655ΔpflΔdld/GAPldhAゲノム挿入株によるD−乳酸生産
前培養として三角フラスコにいれたLB Broth, Miller培養液(Difco244620)25mLにMG1655ΔpflΔdld株、MG1655ΔpflΔdld/pGAPldhA株、MG1655ΔpflΔdld&pflB/GAPldhAゲノム挿入株をそれぞれ植菌し、一晩、120rpmで攪拌培養を行った。各々の前培養液全量を、グルコース120g/L、コーンスティープリカー(日本食品化工製) 5%よりなる培地475gの入った1L容の培養槽(ABLE社製培養装置BMJ−01)に移し、培養を行った。培養は大気圧下、通気量0.5vvm、撹拌速度200rpm、培養温度35℃、pH7.2(NaOHで調整)でグルコースが枯渇するまで行った。培養終了後、得られた培養液中のD−乳酸蓄積量をHPLCで定法に従って測定した。結果を図1に示す。それぞれのD−乳酸蓄生産性は、MG1655ΔpflΔdld株が48時間で109.0g/L、MG1655ΔpflΔdld/pGAPldhA株が48時間で115.6g/L、MG1655ΔpflΔdld/GAPldhAゲノム挿入株が30時間で113.5g/Lであった。
[実施例21] エシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdldΔmdh株の作製
エシェリヒア・コリのゲノムDNAの全塩基配列は公知であり(GenBank accession number U00096)、エシェリヒア・コリのmdh遺伝子の塩基配列も報告されている(Genbank accession number AE000403)。mdhをコードする遺伝子(939bp)の塩基配列近傍領域をクローニングするため、配列番号21、22、23及び24に示すオリゴヌクレオチドプライマーを4種合成した。配列番号21の塩基配列を有するプライマーは5´末端側にKpnI認識部位を、配列番号22、23の塩基配列を有するプライマーは5´末端側にBamHI認識部位を、配列番号24の塩基配列を有するプライマーは5´末端側にXbaI認識部位をそれぞれ有している。
エシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAを、Current Protocols in Molecular Biology(JohnWiley & Sons)記載の方法により調製し、得られたゲノムDNA1μgと、配列番号21と配列番号22、配列番号23と配列番号24の組み合わせで、上記プライマーDNA各々100pmolとを用いて、通常の条件でPCRを行うことにより約800bp(以下mdh−L断片と呼ぶことがある)及び、約1,000bp(以下mdh−R断片と呼ぶことがある)のDNA断片を増幅した。このDNA断片をアガロース電気泳動にて分離、回収し、mdh−L断片をKpnI及びBamHIで、mdh−R断片をBamHI及びXbaIでそれぞれ消化した。この消化断片2種と、温度感受性プラスミドpTH18cs1(GenBank accession number AB019610)(Hashimoto-Gotoh, T., et.al., Gene, Vol.241(1), pp185-191 (2000))のKpnI及びXbaI消化物とをT4DNAリガーゼで反応した後、エシェリヒア・コリDH5αコンピテントセル(宝バイオ)に形質転換して、mdhをコードする遺伝子の5´上流近傍断片と3´下流近傍断片の2つの断片を含むプラスミドを得、本プラスミドをpTHΔmdhと命名した。
プラスミドpTHΔmdhをエシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdld株に形質転換し、実施例5と同様の方法に従って、mdh遺伝子が破壊されたMG1655ΔpflΔdld株を取得した。本株をMG1655ΔpflΔdldΔmdh株と命名した。
[比較例1]エシェリヒア・コリMG1655ΔpflBΔdldΔppc株の作製
エシェリヒア・コリのゲノムDNAの全塩基配列は公知であり(GenBank accession number U00096)、エシェリヒア・コリのppc遺伝子の塩基配列も報告されている(Genbank accession number AE000469)。ppcをコードする遺伝子(2,652bp)の塩基配列近傍領域をクローニングするため、配列番号25、26、27及び28に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドプライマーを4種合成した。配列番号26、27のプライマーは5´末端側にXbaI認識部位を、配列番号28のプライマーは5´末端側にSacI認識部位ををそれぞれ有している。
エシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNA1μgと、配列番号25と配列番号26、配列番号27と配列番号28の組み合わせで、上記プライマーDNA各々100pmolとを用いて、通常の条件でPCRを行うことにより約1,450bp(以下ppc−L断片と呼ぶことがある)及び、約750bp(以下ppc−R断片と呼ぶことがある)のDNA断片を増幅した。このDNA断片をアガロース電気泳動にて分離、回収し、ppc−L断片をHindIII及びXbaIで、ppc−R断片をXbaI及びSacIでそれぞれ消化した。この消化断片2種と、温度感受性プラスミドpTH18cs1のHindIII及びSacI消化物とをT4DNAリガーゼで反応した後、エシェリヒア・コリDH5αコンピテントセル(宝バイオ)に形質転換して、ppcをコードする遺伝子の5´上流近傍断片と3´下流近傍断片の2つの断片を含むプラスミドを得て、このプラスミドをpTHΔppcと命名した。
プラスミドpTHΔppcをエシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdld株に形質転換し、最終的にppc遺伝子が破壊されたMG1655株ΔpflΔdld株を取得した。本株をMG1655ΔpflBΔdldΔppc株と命名した。なお本株を得る詳細な方法は、本発明の実施例5に記載された方法に準じた。
[比較例2]
エシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdldΔfrd株の作製
エシェリヒア・コリのゲノムDNAの全塩基配列は公知であり(GenBank accession number U00096)、エシェリヒア・コリのfrd遺伝子の塩基配列も報告されている(Genbank accession number AE000487)。本実施例で欠失を試みるfrd遺伝子は、frdAをコードする遺伝子(1,809bp)、frdBをコードする遺伝子(735bp)、frdCをコードする遺伝子(396bp)、及びfrdDをコードする遺伝子(360bp)の4種類の遺伝子を含む遺伝子である。frd遺伝子の塩基配列近傍領域をクローニングするため、配列番号29、30、31及び32に示す塩基配列を有するオリゴヌクレオチドプライマーを4種合成した。配列番号29のプライマーは5´末端側にEcoRI認識部位を、配列番号30、31のプライマーは5´末端側にBamHI認識部位を、配列番号32のプライマーはその内部にHindIII認識部位をそれぞれ有している。
エシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNA1μgと、配列番号29と配列番号30、配列番号31と配列番号32の組み合わせで、上記プライマーDNA各々100pmolとを用いて、通常の条件でPCRを行うことにより約600bp(以下frd−L断片と呼ぶことがある)及び、約800bp(以下frd−R断片と呼ぶことがある)のDNA断片を増幅した。このDNA断片をアガロース電気泳動にて分離、回収し、frd−L断片をEcoRI及びBamHIで、frd−R断片をBamHI及びHindIIIでそれぞれ消化した。この消化断片2種と、温度感受性プラスミドpTH18cs1のEcoRI及びHindIII消化物とをT4DNAリガーゼで反応した後、エシェリヒア・コリDH5αコンピテントセル(宝バイオ)に形質転換して、frdをコードする遺伝子の5´上流近傍断片と3´下流近傍断片の2つの断片を含むプラスミドを得て、このプラスミドをpTHΔfrdと命名した。
プラスミドpTHΔfrdをエシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdld株に形質転換し、最終的にfrd遺伝子が破壊されたMG1655ΔpflΔdld株を得、MG1655ΔpflΔdldΔfrd株と命名した。本株を得る詳細な方法は、本発明の実施例5に記載された方法に準じた。
[実施例22] エシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdldΔmdhΔasp株の作製
エシェリヒア・コリのゲノムDNAの全塩基配列は公知であり(GenBank accession number U00096)、エシェリヒア・コリのaspA遺伝子の塩基配列も報告されている(Genbank accession number AE000486)。aspAをコードする遺伝子(1,482bp)の塩基配列近傍領域をクローニングするため、配列番号33、34、35及び36に示すオリゴヌクレオチドプライマーを4種合成した。
エシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNA1μgと、配列番号33と配列番号34、配列番号35と配列番号36の組み合わせで、上記プライマーDNA各々100pmolとを用いて、通常の条件でPCRを行うことにより約910bp(以下aspA−L断片と呼ぶことがある)及び、約1,100bp(以下aspA−R断片と呼ぶことがある)のDNA断片を増幅した。このDNA断片をアガロース電気泳動にて分離、回収し、AspA−L断片とAspA−R断片の両者ともにDNA Blunting Kit(宝バイオ)で末端を平滑化した後、T4ポリヌクレオチドキナーゼを用いて定法にて5´末端をリン酸化した。一方温度感受性プラスミドpTH18cs1は、SmaI消化後、アルカリフォスファターゼにて脱リン酸化処理を行った。上記のリン酸化した2種類の断片と、脱リン酸化したプラスミドをT4DNAリガーゼで反応した後、エシェリヒア・コリDH5αコンピテントセル(宝バイオ)に形質転換して、aspAをコードする遺伝子の5´上流近傍断片と3´下流近傍断片の2つの断片を含むプラスミドを得て、このプラスミドをpTHΔaspと命名した。
プラスミドpTHΔaspをエシェリヒア コリMG1655ΔpflΔdldΔmdh株に形質転換し、最終的にaspA遺伝子が破壊されたMG1655ΔpflΔdldΔmdh株を得、MG1655ΔpflΔdldΔmdhΔasp株と命名した。本株を得る詳細な方法は、本発明の実施例5に記載された方法に準じた。
[実施例23] エシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdldΔmdhΔasp株/GAPldhAゲノム挿入株の作製
実施例19で得たプラスミドpTH−GAPldhAを、エシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdldΔmdhΔasp株に30℃で形質転換し、クロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに30℃で一晩培養し、形質転換体を得た。得られた形質転換体をクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB液体培地に接種し、30℃で一晩培養した。次にこれらの培養菌体が得られるようにクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに塗布し、42℃で生育するコロニーを得た。得られたコロニーを薬剤を含まないLB液体培地で30℃一晩培養し、さらに薬剤を含まないLB寒天プレートに塗布して42℃で生育するコロニーを得た。
出現したコロニーの中から無作為に100コロニーをピックアップしてそれぞれを薬剤を含まないLB寒天プレートとクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに生育させ、クロラムフェニコール感受性のクローンを選んだ。さらにはこれらの目的クローンの染色体DNAからPCRによりGAPDHプロモーターとldhA遺伝子を含む約800bp断片を増幅させ、ldhAプロモーター領域がGAPDHプロモーターに置換されている株を選抜し、以上を満足するクローンをMG1655ΔpflΔdldΔmdhΔasp/GAPldhAゲノム挿入株と命名した。
[実施例24]
エシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdldΔmdh株によるD−乳酸、及びコハク酸の生産
前培養として4本の三角フラスコに入れたLB Broth、Miller培養液(Difco244620)25mlに、実施例15で得たエシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdld株、実施例21で得たエシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdldΔmdh株、比較例1で得たエシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdldΔppc株、比較例2で得たエシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdldΔfrd株を別々に植菌し、一晩30℃、120rpmで攪拌培養を行った。その後、4台の1L容培養槽(ABLE社製培養装置BMJ−01)に、表24に示す培地475gを入れたものに、別々に上記フラスコ内容物全量を植菌した。培養は大気圧下、通気量0.5vvm、攪拌速度200rpm、培養温度35℃、pH7.2(NaOHで調整)で32時間行った。培養終了後、得られた培養液中の乳酸、及びコハク酸濃度をHPLCで定法に従って測定した。乳酸蓄積の結果を図2に、コハク酸蓄積の結果を図3に示す。
乳酸については、ΔpflΔdldΔmdh株が32時間で89g/L蓄積し、ΔpflΔdld株と同等の蓄積を示したのに対して、ΔpflΔdldΔppc株、ΔpflΔdldΔfrd株ではそれぞれ56g/L、71g/Lであった。
コハク酸については、ΔpflΔdld株が32時間で3.8g/L蓄積したのに対して、残る3株はいずれも蓄積が見られなかった。
Figure 0004473219
[実施例25]エシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdldΔmdhΔasp株およびMG1655ΔpflΔdldΔmdhΔasp/GAPldhAゲノム挿入株によるD−乳酸、及びフマル酸の生産
前培養として3本の三角フラスコに入れたLB Broth、Miller培養液(Difco244620)25mlに、実施例22で得たエシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdldΔmdhΔasp株と、実施例23で得たエシェリヒア・コリMG1655ΔpflΔdldΔmdhΔasp/GAPldhAゲノム挿入株、および実施例21で得たΔpflΔdldΔmdh株を別々に植菌し、一晩30℃、120rpmで攪拌培養を行った。その後、3台の1L容培養槽(ABLE社製培養装置BMJ−01)に、表24に示す培地475gを入れたものに、別々に上記フラスコ内容物全量を植菌した。培養は大気圧下、通気量0.5vvm、攪拌速度200rpm、培養温度35℃、pH7.2(NaOHで調整)で48時間行った。培養終了後、得られた培養液中の乳酸、及びフマル酸の濃度をHPLCで定法に従って測定した。乳酸蓄積の結果を図4に、フマル酸蓄積の結果を図5に示す。
乳酸については、ΔpflΔdldΔmdhΔasp株が48時間で91g/L、ΔpflΔdldΔmdh株が48時間で90g/Lと同等の蓄積を示したのに対して、ΔpflΔdldΔmdhΔasp/GAPldhAゲノム挿入株では24時間で98g/Lの蓄積を示した。
フマル酸については、ΔpflΔdldΔmdh株が48時間で0.037g/Lの蓄積を示したのに対して、ΔpflΔdldΔmdhΔasp株とΔpflΔdldΔmdhΔasp/GAPldhAゲノム挿入株では48時間で0.01g/Lの蓄積を示した。
実施例20における培養液中のD−乳酸蓄積量の経時変化を示したグラフである。図中、三角はMG1655ΔpflΔdld株(実施例15)の結果を、四角はMG1655ΔpflΔdld/pGAPldhA株(実施例18)の結果を、丸はMG1655ΔpflΔdld/GAPpldhゲノム挿入株(実施例19)の結果を示す。 実施例24における培養液中乳酸蓄積濃度の経時変化を示したグラフである。図中、十字はΔpflΔdld株の結果を、丸はΔpflΔdldΔmdh株の結果を、三角はΔpflΔdldΔppc株の結果を、四角はΔpflΔdldΔfrd株の結果を示す。 実施例24における培養液中コハク酸蓄積濃度の経時変化を示したグラフである。図中、十字はΔpflΔdld株の結果を、丸はΔpflΔdldΔmdh株の結果を、三角はΔpflΔdldΔppc株の結果を、四角はΔpflΔdldΔfrd株の結果を示す。 実施例25における培養液中乳酸蓄積濃度の経時変化を示したグラフである。図中、丸はΔpflΔdldΔmdhΔasp株の結果を、三角はΔpflΔdldΔmdhΔasp/GAPldhAゲノム挿入株の結果を、四角はΔpflΔdldΔmdh株の結果を示す。 実施例25における培養液中フマル酸蓄積濃度の経時変化を示したグラフである。図中、丸はΔpflΔdldΔmdhΔasp株の結果を、三角はΔpflΔdldΔmdhΔasp/GAPldhAゲノム挿入株の結果を、四角はΔpflΔdldΔmdh株の結果を示す。

Claims (16)

  1. 該微生物が本来有しているFAD依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(dld)活性が不活化あるいは低減化された微生物であって、ピルベートホルメートリアーゼ(pfl)活性が不活化あるいは低減化されている、且つ、エシェリヒア・コリ由来NADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)活性が増強されていることを特徴とする微生物。
  2. 該微生物が本来有しているリンゴ酸デヒドロゲナーゼ(mdh)活性、および該微生物が本来有しているアスパラギン酸アンモニアリアーゼ(aspA)活性の少なくとも一つが、不活化あるいは低減化されている請求項1に記載の微生物。
  3. 微生物が細菌である請求項1または2に記載の微生物。
  4. 細菌がエシェリヒア・コリである請求項3に記載の微生物。
  5. 請求項1〜4の何れか一項に記載の微生物を液体培地で培養し、培養液中にD−乳酸を生成蓄積せしめ、培養液からD−乳酸を分離することを特徴とするD−乳酸の生産方法。
  6. 2種以上のアミノ酸が添加された培地で培養することを特徴とする、請求項5に記載のD−乳酸の生産方法。
  7. 該微生物が本来有しているピルベートホルメートリアーゼ(pfl)活性が不活化あるいは低減化されている、且つ、FAD依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(dld)活性が不活化あるいは低減化され、および
    前記微生物のゲノム上において、エシェリヒア・コリ由来のNADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)をコードする遺伝子が、解糖系、核酸生合成系又はアミノ酸生合成系に関わる蛋白質の発現を司る遺伝子のプロモーターを使用することで該NADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)を発現する微生物。
  8. 微生物がエシェリヒア・コリである請求項7に記載の微生物。
  9. 該エシェリヒア・コリが本来有しているピルベートホルメートリアーゼ(pfl)活性が不活化あるいは低減化されている、且つ、FAD依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(dld)活性が不活化あるいは低減化され、および
    前記エシェリヒア・コリのゲノム上において、エシェリヒア・コリ由来のNADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)をコードする遺伝子のプロモーターに代えて、エシェリヒア・コリ由来の解糖系、核酸生合成系又はアミノ酸生合成系に関わる蛋白質の発現を司る遺伝子のプロモーターを使用することで該NADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)を発現するエシェリヒア・コリ。
  10. エシェリヒア・コリの解糖系、核酸生合成系又はアミノ酸生合成系に関わる蛋白質の発現を司る遺伝子のプロモーターが、エシェリヒア・コリ由来のグリセルアルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子のプロモーターである請求項9記載のエシェリヒア・コリ。
  11. 請求項7〜10のいずれか一項に記載の微生物を培地を用いて培養することによりD−乳酸を生産する方法。
  12. TCA回路を有し、且つリンゴ酸デヒドロゲナーゼ(mdh)活性が不活化あるいは低減化されているエシェリヒア・コリであって、更にピルベートホルメートリアーゼ(pfl)活性が不活化あるいは低減化されている、且つ、FAD依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(dld)活性が不活化あるいは低減化され、および
    該エシェリヒア・コリ由来のNADH依存性D−乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA)活性が増強され、および
    該エシェリヒア・コリが本来有しているアスパラギン酸アンモニアリアーゼ(aspA)活性が不活化または低減化されている請求項4に記載のエシェリヒア・コリ。
  13. 請求項12に記載のエシェリヒア・コリを培地を用いて培養することにより、D−乳酸を生産させる方法。
  14. 通気条件下で培養することを特徴とする請求項5、6、11、13の何れか一項に記載の乳酸の生産方法。
  15. 通気条件が温度30℃の水を対象とした場合、常圧で酸素移動容量係数K aが1h −1 以上400h −1 以下となるような条件で達成し得る酸素供給を可能とする条件であることを特徴とする請求項14に記載の乳酸の生産方法。
  16. 培養pHが6〜8であることを特徴とする請求項5、6、11、13〜15の何れか一項に記載の乳酸の生産方法。
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