JP4347594B2 - 光学素子成形方法 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
この発明は、フッ素系の光学素子をガラス素材のプレス成形により製造するための光学素子成形方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、このようなガラス素材から光学素子を製造する方法として、成形型を用いたプレス成形がある。この製造方法では、研磨加工を必要としないため、簡単且つ安価に光学素子を製造できる利点を有する。このプレス成形に使用する光学素子成形用型に要求される性質としては、硬度、耐熱性、ガラス素材との非融着性、鏡面加工性等に優れていることが挙げられる。
【0003】
従来、この光学素子成形用型は、クロム、チタン、コバルト等の活性金属を焼結助剤として含む超硬合金やサーメットからなる型母材と、光学素子を製造する際にガラス素材に接触する成形面を有する貴金属層と、これら型母材および貴金属層の間に形成される中間層とを備えている(例えば、特許文献1参照。)。
貴金属層は、白金、イリジウム等の貴金属材料から形成されており、プレス成形におけるガラス素材の融着を防ぐようになっている。また、中間層は、窒化チタン、炭化クロム、炭化チタン、炭化ニオブ、炭化タンタル、炭化ケイ素、アルミナ、ジルコニア、チタン、クロムから選ばれる1種類以上の材料から形成されている。
上記のように、チタン、クロム等の活性金属を含む中間層の形成は、型母材と貴金属層との密着力向上を図り、貴金属層の剥離を防止して成形面の表面粗さの増大を抑制することを目的としている。
【0004】
一方、レンズ、プリズム等の光学素子を形成するガラス素材には、様々な種類があり、例えば、チタンを含むチタン系ガラス、フッ素を含むフッ素系ガラス等がある。特に、フッ素系ガラスは、他のガラス素材と比較して光の分散性が低いため、色収差を補正するためのED(Extra low Dispersion)レンズに用いられている。
【0005】
【特許文献1】
特公昭62−28093号公報
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上述の光学素子成形用型において、フッ素系のガラス素材を収容してプレス成形を繰り返し行う場合には、貴金属層が中間層から剥離する場合があった。
すなわち、プレス成形を繰り返し行う際には、ガラス素材に含まれるフッ素が、貴金属層の結晶粒界を通過して中間層内部に徐々に拡散する。そして、拡散したフッ素は、中間層に含まれるクロム、チタン等の活性金属を浸食する。これは、クロム、チタン等の活性金属のフッ素に対する化学的耐性が弱いためである。
【0007】
この活性金属の浸食により、中間層の材質が変化して型母材と貴金属層との密着力の低下を招くため、貴金属層が中間層から剥離して成形面の表面粗さが増大する。このため、製造される光学素子の面精度が低下するという問題があった。
【0008】
この発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、プレス成形によりフッ素系の光学素子を成形しても、フッ素による成形面の表面粗さの増大を防止して、面精度が低下しない光学素子を成形できる光学素子成形方法を提供することを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決するために、この発明は以下の手段を提案している。
請求項1に係る発明は、フッ素系のガラス素材をプレス成形して光学素子を成形する光学素子成形方法であって、超硬合金または炭化ケイ素からなる型母材と、プレス成形の際に前記ガラス素材に対向する前記型母材の表面に形成される母材表面層とを備え、該母材表面層が、炭化タングステン、または炭化タングステンを含む合金、または炭素から構成されていると共に、金属クロム、金属チタン、およびクロム、チタンの元素を含む窒化物、炭化物の含有量が合計で3モル%以下である光学素子成形用型を用いて、前記フッ素系のガラス素材をプレス成形することを特徴とする光学素子成形方法を提案している。
【0010】
この発明に係る光学素子成形用型によれば、母材表面層における金属クロム、金属チタン、およびクロム、チタンの元素を含む窒化物、炭化物の含有量を3モル%以下としたのは、フッ素系のガラス素材をプレス成形する際に、母材表面層に含まれるこれらの物質がフッ素に反応しても、母材表面層における材質の密着力等が殆ど変化しないためである。したがって、母材表面層が劣化して型母材から剥離することを防止して、母材表面層の表面粗さ増加を防ぐことができる。
【0011】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の光学素子成形方法において、前記母材表面層が、イオン化した窒素ガスもしくはアルゴンガスを電気的に加速して前記型母材の表面に照射しながら形成されたことを特徴とする光学素子成形方法を提案している。
この発明に係る光学素子成形用型によれば、母材表面層を形成する初期段階において、照射された窒素イオン・アルゴンイオンが母材表面層を構成する原子・分子に衝突すると、この衝突エネルギーにより母材表面層の構成原子や構成分子の一部が、型母材の表面から内部にめり込むことになり、型母材表面との結合力が高くなる。
【0012】
請求項3に係る発明は、請求項1に記載の光学素子成形方法において、前記母材表面層が、該母材表面層を構成する少なくとも1種類の元素からなるイオンを、該イオンとは逆極性の電圧にバイアスされた前記型母材の表面に向けて加速させ、前記型母材に注入又は付着させて形成されたことを特徴とする光学素子成形方法を提案している。
この発明に係る光学素子成形用型によれば、母材表面層を形成する初期段階においては、母材表面層を構成する原子・分子のイオンが型母材の表面に衝突するため、この衝突エネルギーによりこれらイオンの一部が、型母材の表面から内部に注入されることになり、型母材表面との結合力が高くなる。
【0013】
以上の2つのいずれかの方法で母材表面層を形成することにより、型母材と母材表面層との密着力が向上し、プレス成形の際に母材表面層が型母材から剥離することを確実に防止できる。
【0014】
請求項4に係る発明は、フッ素系のガラス素材をプレス成形して光学素子を成形する光学素子成形方法であって、型母材と、プレス成形の際に前記ガラス素材に対向する前記型母材の表面に形成される母材表面層とを備え、これら型母材および母材表面層が、超硬合金または炭化ケイ素から構成され、少なくとも前記母材表面層において、クロム、チタン、コバルト、ニッケルの元素の含有量が合計で5モル%以下である光学素子成形用型を用いて、前記フッ素系のガラス素材をプレス成形することを特徴とする光学素子成形方法を提案している。
【0015】
この発明に係る光学素子成形用型によれば、焼結により形成される母材表面層において、焼結助剤となる活性金属に含まれるクロム、チタン、コバルト、ニッケルの元素の含有量を5モル%以下としたのは、フッ素系のガラス素材をプレス成形する際に、母材表面層に含まれるこれらの物質がフッ素に反応しても母材表面層における材質の密着力等が殆ど変化しないためである。したがって、母材表面層が劣化して型母材から剥離することを防止し、母材表面層の成形面の表面粗さの増加を抑制できる。
【0016】
請求項5に係る発明は、請求項1から請求項4のいずれかに記載の光学素子成形方法において、前記母材表面層の表面に、プレス成形の際に前記ガラス素材に接触する接触層が形成され、該接触層が、イリジウム、レニウム、白金、オスミウム、パラジウム、ロジウム、ルテニウムから選択される少なくとも1種類の元素、またはこれら元素を含む合金、化合物から構成されていることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の光学素子成形方法を提案している。
【0017】
この発明に係る光学素子成形用型によれば、プレス成形の際にガラス素材に接触する成形面を有する接触層がガラス素材に対して優れた離型性を有するイリジウム、レニウム等の貴金属材料から形成されているため、プレス成形を行う際に、ガラス素材が光学素子成形用型の成形面に融着することを防止できる。
なお、貴金属材料から形成される接触層はフッ素を容易に通過させるため、フッ素が母材表面層に到達することになるが、前述したように母材表面層の材質が殆ど変化しないため、接触層が母材表面層から剥離することを防止できる。
【0018】
請求項6に係る発明は、請求項5に記載の光学素子成形方法において、前記接触層が、イオン化した窒素ガスもしくはアルゴンガスを電気的に加速して前記母材表面層の表面に照射しながら形成されたことを特徴とする光学素子成形方法を提案している。
この発明に係る光学素子成形用型によれば、接触層を形成する初期段階において、照射された窒素イオン・アルゴンイオンが接触層を構成する原子・分子に衝突すると、この衝突エネルギーにより接触層の構成原子や構成分子の一部が、母材表面層の表面から内部にめり込むことになり、型母材表面との結合力が高くなる。
【0019】
請求項7に係る発明は、請求項5に記載の光学素子成形方法において、前記接触層が、該接触層を構成する少なくとも1種類の元素、合金、化合物のイオンを、該イオンとは逆極性の電圧にバイアスされた前記母材表面層の表面に向けて加速させ、前記母材表面層に注入又は付着させて形成されたこと特徴とする光学素子成形方法を提案している。
この発明に係る光学素子成形用型によれば、接触層を形成する初期段階においては、接触層を構成する原子・分子のイオンが母材表面層の表面に衝突するため、この衝突エネルギーによりこれらイオンの一部が、母材表面層の表面から内部に注入されることになり、型母材表面との結合力が高くなる。
【0020】
以上の2つのいずれかの方法で接触層を形成することにより、母材表面層と接触層との密着力が向上し、プレス成形の際に接触層が母材表面層から剥離することを確実に防止できる。
【0021】
【発明の実施の形態】
図1はこの発明に係る第1の実施形態を示す。この実施の形態に係る光学素子成形用型は、フッ素系のガラス素材をプレス成形してレンズ(光学素子)を成形するためのものである。この光学素子成形用型1,5(以下、成形型1,5とも記載する。)は、図1に示すように、一対の型母材2,2と、各型母材2の表面2a上に形成され、プレス成形の際にガラス素材Gに接触する成形面3aを有する母材表面層3とを備えている。
これら型母材2、母材表面層3の具体的な構成を表1に示す。
【0022】
【表1】
Figure 0004347594
【0023】
表1中の成形型1は、本実施形態の光学素子成形用型1を示している。この成形型1においては、型母材2が炭化タングステン(WC)を主成分とした超硬合金から形成されており、その表面2aは、成形するレンズの形状に合致するように形成されている。この型母材2には、焼結助剤として炭化チタン(TiC)が約18モル%含まれている。
母材表面層3は、炭化タングステン(WC)から形成されており、この母材表面層3には、焼結助剤、または一般に表面層の密着強度を向上させる目的で使用する中間層として、金属チタン、金属クロム等の活性金属、またはこれらの元素を含む窒化物、炭化物が含まれていない。
【0024】
また、表1中の成形型5は、図1に記載した本実施形態の光学素子成形用型5を示している。この成型型5は、前述の成型型1の母材表面層3の組成のみが異なる。この母材表面層3は、3モル%の炭化チタンを含む炭化タングステン(WC−3TiC)から形成されている。
【0025】
また、表1には、上述した成形型1,5と比較するために成形型を作製した比較例1が示されている。この比較例1は、成形型1の母材表面層3を省略した構成となっており、型母材2の表面2aがガラス素材に直接接触する成形面となっている。
【0026】
この成形型1は、以下のように製造される。
はじめに、炭化チタン(TiC)を焼結助剤として炭化タングステン(WC)を焼結して型母材2を形成する焼結工程を行う。次いで、この型母材2の表面2aに、炭化タングステン(WC)からなる母材表面層3を形成する母材表面層形成工程を行う。この工程の際には、イオン化した窒素ガスもしくはアルゴンガスを電気的に加速して炭化タングステンターゲット(母材表面層3を形成するための原料固体)に照射し、スパッタされた原子を用いて成膜するイオンビームスパッタ成膜法により母材表面層3を形成する。
【0027】
また、成形型5は、前述の成形型1の製造工程と同様にして製造されるが、母材表面層3を形成する際のターゲットに3モル%の炭化チタン(TiC)を含む材料を用いる点で異なっている。
また、比較例1の製造方法は、前述した成形型1の焼結工程と同様である。
【0028】
以上の3種類の光学素子成形用型について、窒素雰囲気中でフッ素系のガラス素材Gを成形型1,5および比較例1の成形面に載置し、各光学素子成形用型を100時間にわたって520℃に加熱する実験を行った。この実験は、プレス成形で約1500回分に相当する。
この実験を行った後、成形型1,5および比較例1において、ガラス素材Gが接触する成形面を観察した。この実験結果を表2に示す。
【0029】
【表2】
Figure 0004347594
【0030】
表2の結果によれば、比較例1について、成形面の表面粗さを測定したところ、この表面粗さが増加していた。このように、成形面の表面粗さが増大することは、型母材2の材質が変化する、すなわち、ガラス素材Gのフッ素が型母材2の表面2aに存在する活性金属であるチタンの炭化物(TiC)を浸食したためである。
【0031】
これに対して、成形型1について、その成形面を調べても、母材表面層3の剥離や表面粗さの増加が認められなかった。これは、母材表面層3にフッ素に反応するチタンやクロム等の活性金属、またはこの炭化物、窒化物が含まれていないためである。したがって、ガラス素材Gから母材表面層3にフッ素が拡散しても、母材表面層3と型母材2の表面2aとの密着強度が保持されることになる。
また、成形型5は、電子顕微鏡による検査で極僅かに表面粗さの増加が確認されたが、レンズとなる成形品の品質を損なう程度のものではなかった。
【0032】
また、成形型1,5および比較例1の光学素子成形用型について、成形温度を520℃として、実際にフッ素系のガラスを用いて繰り返しプレス成形を行い、母材表面層3の成形面3aおよびレンズとなる成形品に不具合が発生するまでの成形回数に関してそれぞれ実験を行った。この実験結果を表3に示す。
【0033】
【表3】
Figure 0004347594
【0034】
表3の結果によれば、比較例1については、プレス成形を約500回繰り返した時点で、表2の結果と同様に型母材2の表面2aの表面粗さが増大し、成形品であるレンズ表面に白濁が現れるという不具合が発生した。この不具合現象は、前述と同様に、フッ素が活性金属の炭化物である炭化チタンを浸食するため、微細な凹凸が発生して型母材2の表面粗さが増大したためである。
これに対して、成形型1については、2000回のプレス成形を行っても、成形面や成形品となるレンズ表面に不具合は認められなかった。これは、前述と同様に、母材表面層3に炭化チタン等が含まれていないためである。
また、成形型5については、2000回のプレス成形を行った後の検査において、極僅かに母材表面層3の表面3aに表面粗さの増加が確認されたが、成形品の品質を損なうものではなかった。これは、母材表面層3に含まれる活性金属であるチタンの炭化物がごく僅かしか含まれておらず、フッ素による浸食の影響が小さかったためである。
【0035】
上述のように、光学素子成形用型1,5では、母材表面層3に、フッ素に対する化学耐性の弱いチタン、クロム等の活性金属、およびその化合物が含まれていない、もしくは微量であるため、母材表面層3の劣化を防ぐことができる。したがって、プレス成形を繰り返し行ってフッ素系のレンズを成形しても、母材表面層3の成形面3aの表面粗さ増大を防止して、製造されるレンズの面精度を保持できる。
また、母材表面層3が、イオンビームスパッタ成膜法により形成されているため、型母材2と母材表面層3との密着力が向上し、プレス成形の際に、母材表面層3が型母材2から剥離することを確実に防止できる。
以上のことから、光学素子成形用型を交換することなく多数のレンズを成形できるため、フッ素系のレンズの製造コスト削減を図ることができる。
【0036】
以下に、この発明に係る第2の実施形態について説明する。第2の実施形態と第1の実施形態との異なる点は、第1の実施形態では、炭化タングステン膜からなる母材表面層3の表面を成形面3aとしたことに対し、第2の実施形態の光学素子成形用型10,11(以下、成形型10,11とも記載する。)では、図2に示すように、炭化タングステン膜からなる母材表面層13の表面13aにイリジウム−レニウム合金膜からなる接触層14を形成し、接触層14の表面を成形面14aとした点である。したがって、ここでは接触層14の材質について説明し、第1の実施形態の構成要素と同一の部分については、その説明を省略する。
【0037】
【表4】
Figure 0004347594
【0038】
表4中の成形型10は、本実施形態における光学素子成形用型10の具体的な構成を示している。母材表面層13は、表4に示すように、炭化タングステン(WC)のみで形成されている。なお、母材表面層13の厚さを300nmとしているが、これは、フッ素が母材表面層13の内部に拡散して、型母材2の表面2aに到達することを防止するためである。接触層14は、イリジウム(Ir)およびレニウム(Re)の組成比を50:50としたイリジウム−レニウム合金(Ir−50at%Re)から形成されている。
この成形型10は、以下のようにして製造される。
はじめに、第1の実施形態の成形型1を製造し、成形型1の母材表面層3を成形型10の母材表面層13とする。その後、この母材表面層13の表面13aに、イリジウム−レニウム合金からなる接触層14を形成する接触層形成工程を行う。この工程は、第1の実施形態において記載したイオンビームスパッタ成膜法により行われる。
【0039】
また、表4中の成形型11は、本実施形態における光学素子成形用型11の具体的な構成を示している。成形型11の母材表面層13は、表4に示すように、5モル%の炭化チタン(TiC)を含む炭化タングステン(WC)から形成されている。なお、成形型11の型母材2および接触層14の組成は、成形型10と同様である。
【0040】
また、表4には、これら2つの成形型10,11と比較するための成形型を作製した比較例2が示されている。この比較例2は、前述した比較例1の型母材2の表面2aに、DCスパッタ法により活性金属であるクロム(Cr)を母材表面層13として形成し、その後に接触層14となるイリジウム−レニウム合金層を形成したものである。
比較例2の母材表面層13は、一般的に、型母材2の表面2aに対する接触層14の密着強度を向上させる中間層として使用されており、その化学的活性度によって接触層14が型母材2の表面2aに強固に接着されている。
【0041】
これら成形型10,11および比較例2について、それぞれの光学素子成形用型およびフッ素系のガラス素材Gを500℃〜550℃に加熱して、荷重をかけながら上下一対の成形型を押し当ててガラス素材Gをプレス成形する実験を行った。そして、接触層14の成形面14aおよびレンズとなる成形品に不具合が発生するまでの成形回数に関して調査した。この実験結果を表5に示す。
【0042】
【表5】
Figure 0004347594
【0043】
表5の結果によれば、比較例2については、プレス成形を約50回繰り返した時点で、接触層14の一部が浮き上がったり、剥離していることが認められ、この浮き上がった形状が成形品であるレンズに転写され、これによりレンズの面精度が低下するという不具合が生じた。この不具合現象は、ガラス素材のフッ素が接触層14の内部に浸透して活性金属であるクロムに到達し、クロムを浸食することにより、母材表面層13の材質が変化して、型母材2と接触層14との密着力が低下するために発生する。
これに対して、成形型10,11については、3000回のプレス成形を行っても接触層14の成形面14aには特に異常が見られず、成形品となるレンズの表面にもレンズとしての性能を損なう不具合は認められなかった。
【0044】
成形型10においては、ガラス素材のフッ素が接触層14の結晶粒界を通過して母材表面層13の内部に到達しても、活性金属であるクロム、チタンおよびその化合物が存在しないため、この母材表面層13の材質が変化しない。また、前述した第1の実施形態の成形型1と比較して、接触層14がガラス素材に対する離型性に優れるイリジウム−レニウム合金から構成されているため、接触層14へのガラス素材の融着を防ぐことができる。さらに、この接触層14を形成することによって、ガラス素材から供給されるフッ素が型母材2の表面2aに到達するまでの道のりが長くなるため、型母材2の劣化を抑制でき、製造されるレンズの面精度を長期間良好に保持できる。
【0045】
また、成形型11においては、母材表面層13に含まれる炭化チタンの含有量が微量であるため、フッ素の浸食も極僅かとなり、前述の成形型10と同様にして製造されるレンズの面精度を長期間良好に保持できる。
【0046】
上記のように、これら光学素子成形用型10,11によれば、母材表面層13および接触層14に活性金属およびその化合物を含ませない、もしくは含ませる活性金属およびその化合物を極めて少なくすることにより、プレス成形を繰り返し行ってフッ素系のレンズを成形しても、接触層14の成形面14aの表面粗さ増大を抑制でき、製造されるレンズの面精度を保持できる。
また、このことから光学素子成形用型10,11を交換することなく繰り返し多数のレンズを成形できるため、フッ素系のレンズの製造コスト削減を図ることができる。
【0047】
なお、上述した第1の実施形態において、母材表面層3には、フッ素に対する化学耐性の弱い金属チタン、金属クロム等の活性金属、またはこれらの元素を含む窒化物、炭化物が含まれていない、もしくは3モル%の炭化チタンが含まれるとしたが、これに限ることはなく、少なくとも母材表面層3に含まれる活性金属およびその化合物の量が合計で3モル%以下であればよい。
また、母材表面層3は、炭化タングステンから形成されるとしたが、これに限ることはなく、例えば、ダイヤモンドライクカーボンのように炭素から形成されるとしてもよい。
【0048】
また、第2の実施形態において、母材表面層13の厚さを300nmとしたが、これに限ることはなく、50nm以上あれば効果が得られ、より好ましくは200nm以上あればよい。
さらに、母材表面層13における炭化チタンの含有量は5モル%としたが、これに限ることはなく、5モル%以下であればよい。
また、母材表面層13には、炭化チタンが含まれるとしたが、これに限ることはなく、活性金属であるクロム、チタン、コバルト、ニッケルの元素が少なくとも1種類含まれていてもよい。ただし、この場合には、これら元素の含有量の合計が5モル%以下であることが好ましい。
【0049】
さらに、母材表面層13は、超硬合金から構成されるとしたが、これに限ることはなく、炭化ケイ素から構成されるとしてもよい。
また、接触層14は、イリジウム−レニウム合金から形成されているとしたが、これに限ることはなく、イリジウム、レニウム、白金、オスミウム、パラジウム、ロジウム、ルテニウムのうち少なくとも1種類の元素、またはこれら元素を含む合金、化合物から形成されていればよい。
さらに、接触層14を形成するとしたが、これに限ることはなく、フッ素によるレンズの面精度の劣化防止のみを考慮した場合には、特に形成しなくてもよい。
【0050】
また、第1、第2の実施形態において、母材表面層3,13や接触層14は、イオンビームスパッタ成膜法により形成されるとしたが、これに限ることはなく、母材表面層3,13や接触層14を構成する物質のイオンもしくはプラズマを、このイオンまたはプラズマとは逆極性の電圧に定常バイアス又はパルスバイアスされた型母材2や母材表面層13の表面に向けて加速させるイオン注入法により形成してもよい。
この場合には、母材表面層3,13や接触層14を形成する初期段階において、炭化タングステンのイオンもしくはプラズマや、炭素のイオンもしくはプラズマが型母材2や母材表面層13の表面に衝突し、この衝突エネルギーによりこれらイオンもしくはプラズマの一部が、型母材2や母材表面層13の表面から内部に注入されることになる。なお、このイオン注入法による母材表面層3,13の形成は、母材表面層3,13と型母材2、および型母材2と接触層14との密着力を向上させることができる。
また、母材表面層3,13や接触層14は、これらの方法により形成することに限らず、例えば、PCVD法(プラズマ化学気相成長法)、イオンプレーティング法等の手段により形成されるとしてもよい。
【0051】
さらに、型母材2は超硬合金から形成されるとしたが、これに限ることはなく、例えば、炭化ケイ素から形成されるとしてもよい。
また、光学素子成形用型1,5,10,11は、レンズを成形するものであるとしたが、これに限ることはなく、プリズム等の他の光学素子を成形するものでも構わない。
以上、本発明の実施形態について図面を参照して詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等も含まれる。
【0052】
【発明の効果】
以上説明したように、請求項1および請求項4に係る発明によれば、フッ素による母材表面層の表面粗さ増加を抑制できるため、プレス成形を行ってフッ素系の光学素子を成形しても、製造される光学素子の面精度保持を図ることができる。また、このことから光学素子成形用型を交換することなく多数の光学素子を成形できるため、フッ素系の光学素子の製造コスト削減を図ることができる。
【0053】
また、請求項2および請求項3に係る発明によれば、プレス成形の際に母材表面層が型母材から剥離することを確実に防止できるため、繰り返しプレス成形を行ってフッ素系の光学素子を成形しても、母材表面層の表面粗さ増加を確実に防止して、光学素子の面精度を確実に保持できる。
【0054】
また、請求項5に係る発明によれば、プレス成形を行う際に、ガラス素材が光学素子成形用型の成形面に融着することを防止できるため、繰り返しプレス成形を行うことによる成形面の表面粗さ増大を防止して、光学素子の面精度の低下を防ぐことができる。
【0055】
また、請求項6および請求項7に係る発明によれば、プレス成形の際に接触層が母材表面層から剥離することを確実に防止できるため、繰り返しプレス成形を行ってフッ素系の光学素子を成形しても、接触層の成形面の表面粗さ増加を確実に防止して、光学素子の面精度を確実に保持できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 この発明の第1の実施形態に係る光学素子成形用型の構成を示す概略断面図である。
【図2】 この発明の第2の実施形態に係る光学素子成形用型の構成を示す概略断面図である。
【符号の説明】
1,5,10,11 光学素子成形用型
2 型母材
2a 表面
3,13 母材表面層
14 接触層
G ガラス素材

Claims (7)

  1. フッ素系のガラス素材をプレス成形して光学素子を成形する光学素子成形方法であって、
    超硬合金または炭化ケイ素からなる型母材と、プレス成形の際に前記ガラス素材に対向する前記型母材の表面に形成される母材表面層とを備え、
    該母材表面層が、炭化タングステン、または炭化タングステンを含む合金、または炭素から構成されていると共に、
    金属クロム、金属チタン、およびクロム、チタンの元素を含む窒化物、炭化物の含有量が合計で3モル%以下である光学素子成形用型を用いて、
    前記フッ素系のガラス素材をプレス成形することを特徴とする光学素子成形方法
  2. 前記母材表面層が、イオン化した窒素ガスもしくはアルゴンガスを電気的に加速して前記型母材の表面に照射しながら形成されたことを特徴とする請求項1に記載の光学素子成形方法
  3. 前記母材表面層が、該母材表面層を構成する少なくとも1種類の元素からなるイオンを、該イオンとは逆極性の電圧にバイアスされた前記型母材の表面に向けて加速させ、前記型母材に注入又は付着させて形成されたことを特徴とする請求項1に記載の光学素子成形方法
  4. フッ素系のガラス素材をプレス成形して光学素子を成形する光学素子成形方法であって、
    型母材と、プレス成形の際に前記ガラス素材に対向する前記型母材の表面に形成される母材表面層とを備え、
    これら型母材および母材表面層が、超硬合金または炭化ケイ素から構成され、
    少なくとも前記母材表面層において、クロム、チタン、コバルト、ニッケルの元素の含有量が合計で5モル%以下である光学素子成形用型を用いて、
    前記フッ素系のガラス素材をプレス成形することを特徴とする光学素子成形方法。
  5. 前記母材表面層の表面に、プレス成形の際に前記ガラス素材に接触する接触層が形成され、
    該接触層が、イリジウム、レニウム、白金、オスミウム、パラジウム、ロジウム、ルテニウムから選択される少なくとも1種類の元素、またはこれら元素を含む合金、化合物から構成されていることを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の光学素子成形方法
  6. 前記接触層が、イオン化した窒素ガスもしくはアルゴンガスを電気的に加速して前記母材表面層の表面に照射しながら形成されたことを特徴とする請求項5に記載の光学素子成形方法
  7. 前記接触層が、該接触層を構成する少なくとも1種類の元素、合金、化合物のイオンを、該イオンとは逆極性の電圧にバイアスされた前記母材表面層の表面に向けて加速させ、前記母材表面層に注入又は付着させて形成されたこと特徴とする請求項5に記載の光学素子成形方法
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