JP4327932B2 - 低水素系被覆アーク溶接棒 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、低水素系被覆アーク溶接棒に関し、特に溶接部の残留応力を低減し、応力腐食割れ特性、疲労特性、脆性破壊特性等の溶接構造物の信頼性に関わる諸特性の向上に寄与する被覆アーク溶接棒に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来、構造物の溶接において最も一般的な溶接部の残留応力低減方法は、溶接継手の溶接後熱処理(PWHT)を行うことであった。PWHTは、単に溶接部の残留応力を低減するだけでなく、冶金的な意味において特性向上も期待できるため、最も重要な方法である。例えば、特公昭54−43985号公報には、母材よりも十分高い降伏点を有する高張力鋼用溶接棒を用いて溶接し、焼鈍処理により溶接部の残留応力を除去する方法が提案されている。しかしながら、PWHTは、溶接構造物の建造コストを押し上げる要因であり、経済的メリットを考慮すると、PWHTを用いない方法が望まれる。
【0003】
PWHTを用いない技術として、従来から溶接方法を工夫することにより溶接部の残留応力を低減する方法がある。これは、溶接部の残留応力が圧縮状態であれば、応力腐食割れ特性などが向上することを利用した方法である。例えば、特公昭56−33191号公報には、溶接金属継手部の疲労亀裂が発生しやすい個所またはその近傍に対して高強度の溶接材料で肉盛補強の化粧溶接を行うことにより、疲労強度を大きくして、残留応力を緩和させる方法が提案されている。
【0004】
また、溶接学会全国大会講演概要集(第51集、278〜279ページ、1992年)には、残留応力を低減する方法として、オーステナイトからマルテンサイトに変態が開始する温度(以降Ms温度と呼ぶ)に着目し、Ms温度を低くして低温度での変態膨張を利用して残留応力を低減することが示されている。すなわち、Fe−Ni−Cr系溶接棒を用い変態に伴う膨張により一時的に熱収縮を熱膨張に反転させることにより残留応力低減を達成させる方法が提案されている。
【0005】
また、特開平9−67643号公報には、添加元素を特定した鋼材について、溶接の際に適切な温度範囲の予熱を行い、さらに溶接入熱を制限することにより、Ac1点以上溶融点未満の温度に加熱された溶接熱影響部に特定範囲の体積率の残留オーステナイトを含ませることによって熱膨張させ、溶接趾端部のHAZに圧縮残留応力を発生させるものである。
【0006】
しかしながら、これらの方法は、かなりの低Ms温度材を用いても溶接残留応力を低減することは難しい。なぜなら、Ms温度以下でマルテンサイト変態により膨張し、その温度で一時的に圧縮状態になったとしても、変態終了後の熱収縮により再び高い引張応力状態になってしまうためである。
以上のように、溶接後熱処理(PWHT)を行わずに応力腐食割れや疲労強度などが問題となる溶接部の残留応力残留応力を制御し、溶接構造物の特性を向上させる方法は、経済性や技術面からまだ実用レベル達したものとは言い難い。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
上述したように溶接後熱処理(PWHT)を用いずに、溶接において溶接部の残留応力を低減し、応力腐食割れや疲労強度などを向上させる実用的な技術はまだ確立されていない状況にある。
本発明は、溶接材料の面から構造物の溶接部において、応力集中が発生しやすく、全面的に引張残留応力になる表面部分の残留応力を低減することにより、構造物の信頼性向上を目的とする。
【0008】
さらには、構造物の溶接において溶接部の残留応力を低減できる被覆アーク溶接棒を提供することを技術的課題とするものである。
このように溶接部の残留応力を低減することにより、応力腐食割れ等の問題を改善し、溶接構造物の信頼性を確保すると共に、PWHTを省略できるため従来に比べて経済性を向上できる等、非常に効果が大きい。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明は、以上のような技術課題に鑑み、溶接部の残留応力の挙動を種々調査検討した結果、完成に至ったものであり、その要旨は、次の通りである。
(1)オーステナイトからマルテンサイトに変態を開始する温度が200〜350℃であり、かつ、変態後における降伏強度が590〜1180MPa(60〜120kg/mm 2 )であり、下記の式で定義されるパラメーターPaの範囲が、0.55〜0.95である溶接金属を溶接継手に形成せしめる低水素系被覆アーク溶接棒であって、
質量%で、
C:0.08%以下、
Mn:0.35〜0.65%、
N:0.005%以下
に規制した鋼心線の周囲に、
金属炭酸塩:25〜50%、
金属弗化物:18〜28%
を含有し、残部が脱酸剤、合金剤、アーク安定剤、スラグ生成剤、粘結剤からなり、かつMnを含まない被覆剤を、溶接棒全質量に対する被覆剤質量の割合が25〜45%となるように被覆し、
更に溶接棒全質量に対して、
C:0.01〜0.2%、
Si:0.1〜1.5%、
Mn:0.2〜0.5%、
Ni:6〜10%
を含有し、さらに
Al:0.01〜0.4%、
Ti:0.1〜1.0%、
Nb:0.01〜0.3%、
V:0.1〜0.5%
の1種または2種以上を含有し、
P:0.010%以下、
S:0.010%以下
としたとを特徴とする、低水素系被覆アーク溶接棒。
Pa=[C]+[Ni]/12+[Cr]/24+[Mo]/19
但し、[C]、[Ni]、[Cr]、[Mo]は、それぞれ、溶接金属のC、Ni、Cr、Moの質量%を示す。
【0010】
(2)さらに、溶接棒全質量に対して、
Cr:0.1〜3.0%、
Mo:0.1〜3.0%、
Co:0.5〜2.0%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする、(1)に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
【0011】
【0012】
【0013】
【発明の実施の形態】
以下に本発明を詳細に説明する。はじめに本発明の技術思想について述べる。溶接金属および溶接熱影響部の残留応力を低減させる方法として、マルテンサイト変態のような変態膨張を利用する方法が最も有望な方法であると考えられる。
従来からも、この考えに基づきマルテンサイト変態開始温度(Ms点)の低い材料の検討が行われていたが、マルテンサイト変態終了後に熱収縮が再び生じ、結果的に充分に残留応力を低減させることは困難であった。これは、変態に伴う体積膨張が5〜10%あっても引張降伏応力状態から圧縮降伏応力状態にするため必要な膨張量は、降伏強度が390MPa(40kg/mm2 )の場合は、線膨張に換算して0.4%程度であり、残りの変態膨張は溶接変形に影響を及ぼすが、残留応力低減には寄与していないためである。これは、Ms温度近傍の高温でほとんどマルテンサイト変態が終了してしまうためと考えられる。
【0014】
ここで、溶接部の冷却過程でMs温度になった時点で変態が一気に終了するとした場合、溶接部が室温に達しても圧縮応力状態になっているMs温度はどの程度になるかを考察した。溶接部の温度がMs温度に達すると、マルテンサイト変態が始まり膨張する。これにより溶接部が圧縮応力状態となり、圧縮降伏応力に達する。変態膨張は、圧縮降伏応力になってもさらに進むが、既に応力は圧縮降伏応力に達しているため応力状態はそのままで、溶接継手の塑性変形が進む。マルテンサイト変態が終了すると、温度低下に伴う熱収縮が再び発生し、圧縮降伏応力から次第に引張り応力状態へ移行し、ついには引張降伏応力に達する。従って、溶接部においてMs温度から室温に至るまでの熱歪みを、圧縮降伏応力に対応する弾性歪みの絶対値より小さくすることによって、室温時の溶接部を圧縮応力状態に保つことができると考えられる。
【0015】
これらを満たすための条件は、例えば、室温を20℃、Ms温度をT、降伏応力をσy、ヤング率をE、熱膨張係数をαとすると、以下のように表わされる。
α(T−20)<σy/E ・・・・(1)
【0016】
上記の(1)式の左辺は温度がT℃から20℃になるまでに生じる熱収縮量、右辺は降伏応力状態に対応する弾性歪みを表わしている。また、(1)式は、溶接部が周囲より完全に拘束されている1次元応力状態を想定している等の仮定をおいているが、基本的には実際の現象と同じものと考えられる。つまり、(1)式より溶接部のMs温度(T)は、以下のようになる。
T<20+σy/(E・α) ・・・・(2)
【0017】
(2)式より、ヤング率(E)を206GPa(21000kg/mm2 )、熱膨張係数(α)を1.5×10−5とすると、降伏応力(σy)が390、490、590MPa(40、50、60kg/mm2 )のそれぞれの場合で室温時に溶接部を圧縮応力状態に保つためのMs温度(T)の条件は、以下のようになる。
T<150℃(at σy=390MPa(40kg/mm2 )) (3)
T<180℃(at σy=490MPa(50kg/mm2 )) (4)
T<210℃(at σy=590MPa(60kg/mm2 )) (5)
【0018】
上記(3)から、例えば、490MPa級の溶接金属(σy〜390MPa(40kg/mm2 ))では、Ms温度を150℃以下にしない限りは、室温時の接合部に圧縮残留応力が得られないことになる。上記の考察は先にも述べたようにMs温度に達した時点でマルテンサイト変態が一気に終了すると仮定して行ったものである。しかしマルテンサイト変態はA1 変態やA3 変態のような等温変態と異なり一定温度では変態が進行せず、Ms点からマルテンサイト変態終了温度Mf点に至るまで温度降下に応じた割合のマルテンサイト変態が進行する。Mf点温度自体正確に測定することは困難であるが、通常Ms点の100℃程度下であってMs点温度が低くなると前記100℃程度下よりさらに低くなる。したがって上記のMs点温度が150℃以下といった条件は、Mf点温度が常温以下になって残留オーステナイトが生ずる可能性もありこの点からも現実的でない。
以上の結果から、Ms温度低減のみに着目して溶接部の残留応力を低減する方法は、Ms温度を非常に低いレベルにしなければならずあまり現実的ではないという問題があると考えられる。
【0019】
発明者らの実験結果から、溶接金属がオーステナイト(面心構造)からフェライトまたはマルテンサイト(体心構造)に変態する場合、体積は約9%増加し、線膨張に換算して、約3%膨張することが判っている。従って、溶接部を引張応力状態から圧縮応力状態にするためには、変態に伴う全膨張の数割程度あれば充分であり、残りの変態膨張は、応力には寄与しない塑性歪みになっている。このことは、マルテンサイト変態後の降伏強度を従来以上に高くすることにより、圧縮弾性歪みへの変化量を多くすることができることを示唆するものである。
【0020】
本発明は、以上の知見からなされたものであり、従来のMs温度の低減のみによる残留応力の低減ではなく、溶接金属の降伏強度の面から溶接部の残留応力を低減する方法である。つまり、本発明は、溶接部のマルテンサイトの変態膨張による圧縮弾性歪みへの変化は小さく、そのほとんどが塑性変形に寄与していることに着目し、溶接金属の降伏強度を高くすることにより、できるだけ変態膨張によって得られる圧縮弾性歪みを大きくするという方法である。
【0021】
本発明によって、変態膨張による溶接部の圧縮弾性歪みを相対的に大きくできるため、マルテンサイト変態後から室温においての熱収縮によっても、溶接部を圧縮応力状態にとどめることができ、したがって、従来よりもMs温度を高くすることが可能となる。
【0022】
以下に、本発明の限定根拠を説明する。
はじめに、本発明の溶接金属のマルテンサイト変態点(Ms温度)および降伏強度の限定理由について以下に説明する。
(MS温度および降伏強度)
本発明では、上述の(1)式で表わされる溶接部の残留応力低減の条件であるMs温度(T)と降伏応力(σy)の関係を基に、工業的実施の可能性を踏まえて、実際の溶接継手の残留応力を低減するために溶接金属のMs温度を200〜350℃とし、マルテンサイト変態後の降伏強度を590〜1180MPa(60〜120kg/mm2 )と規定する。
【0023】
通常の溶接金属のMs温度は、500℃以下である。溶接金属のMs温度は、低いほど溶接部の残留応力低減効果は高いが、Ms温度が200℃を下回る溶接金属を得るための溶接材料は製造上非常に限定され、経済性や工業的価値が低くなるため、本発明では、溶接金属のMs温度の下限を200℃とする。また、同様に溶接金属の降伏強度は、高いほど溶接部の残留応力低減効果が期待できるが、その材料を製造する上での経済性及び工業的価値の点から、本発明では、溶接金属の降伏強度の上限を1180MPa(120kg/mm2 )とした。本発明の溶接金属のMs温度の上限:350℃は、降伏強度の上限:1180MPa(120kg/mm2 )を基に溶接部の残留応力低減のための条件式である上記(1)式から決定された。また、同様に、本発明の溶接金属の降伏強度の下限:590MPa(60kg/mm2 )は、Ms温度の下限:200℃を基に上記(1)式から決定された。
【0024】
一般に溶接金属のMs温度は、その化学成分に依存し、降伏強度は、溶接施工条件によって多少の変動はあるが、大部分は溶接金属の化学成分に依存する。
本発明では、溶接部の残留応力を低減するために必要な上記の溶接金属のMs温度および降伏強度をコントロールするために、被覆アーク溶接棒の成分を限定する。
以下にその成分の限定理由を説明する。
【0025】
(鋼心線の成分)
本発明の被覆アーク溶接棒の鋼心線において、C、Mn、Nの含有量を以下のように規制する。
Cは、0.08質量%を超えると溶接金属のじん性劣化および溶接金属割れの危険があるため0.08質量%以下とした。
Mnは、溶接金属の強度確保のため、少なくとも0.35質量%含有させる必要があるが、0.65質量%を超えると溶接金属のじん性が劣化するため、0.35〜0.65質量%とする。
【0026】
溶接金属のNを低減することは、溶接金属のじん性向上や延性向上に有効であるが、溶接金属のNは、溶接中に大気中から混入するものの他、鋼心線のNによっても影響される。このため鋼心線のNをできるだけ低く抑えることが望ましいが、Nを低く抑えるには原料の厳選等製造コストの上昇につながる。このため本発明では、溶接金属のじん性や延性に悪影響を及ばさない範囲として、鋼心線に使用するN量を0.005質量%以下とした。
【0027】
(被覆剤の成分)
本発明では、被覆アーク溶接棒の被覆剤を以下のように規制する。
本発明における金属炭酸塩とは、CaCO3、MgCO3、BaCO3等のアーク熱で分解してガスを発生し、アーク雰囲気を大気から保護する働きを有するものを指す。
本発明では、上記の1種以上の金属炭酸塩の含有量の合計を25〜50質量%に規定する。その含有量が25質量%未満では、シールドガスが不足して溶接金属に大気中の窒素や水素が多量に溶解し、じん性や耐低温割れ性の劣化を招き、低水素系被覆としての基本性能が得られない。また、50質量%を超えるとアークが不安定になりビード形状が悪化し、スラグの剥離性も悪くなる。
【0028】
本発明における金属弗化物とは、CaF2、MgF2、AlF3等の溶融スラグの流動性をコントロールするために添加するものを指し、それら1種以上の含有量の合計が18質量%未満では溶融スラグの粘性が不足し、スラグの被包性が悪くなりビード形状も劣化する。また、28質量%を超えて添加すると、被覆筒の形状が不完全となり、アークの安定性が悪くなるので、本発明ではその含有量を18〜28質量%の範囲とした。
【0029】
本発明の被覆アーク溶接棒の被覆剤成分は、上記の金属炭酸塩や金属弗化物を必須成分とするが、その他の成分として、主として脱酸剤、合金剤、アーク安定剤、スラグ生成剤、粘結剤からなるものを含むものである。
脱酸剤としては通常の脱酸剤でよい。合金剤は、強度を向上させるために添加するもので、Cu、W、Ta等を指す。アーク安定剤、スラグ生成剤としては、SiO2、TiO2、Al2O3アーク安定性向上やスラグの粘性調整を目的として添加することができる。また、粘結剤としては、珪酸カリや珪酸ソーダなどを指す。
【0030】
また、本発明の被覆アーク溶接棒の被覆剤成分において、Mnは、実質的に添加しないものとする。
これは、溶接金属中のMnは、上記鋼心線に含有されるMn量の範囲内のもので充分であるため、さらに被覆剤からMnを添加するとMn量が過剰となり、溶接金属のじん性が劣化するためである。
【0031】
(被覆率)
本発明では、上記の組成の被覆剤を上記組成の鋼心線の周囲に被覆剤質量が25〜45質量%となるように被覆するものとする。ここで、被覆率とは、溶接棒全質量に対する被覆剤の質量%を意味し、被覆率が25質量%未満では保護筒としての機能が不十分になってシールド不足を生じ、溶接金属中のNが増加してじん性が低下したり、スパッタが増加したり、生成スラグ量の不足によってビード外観が悪化する。一方、45質量%を超えると、スラグ量が多くなりすぎるためにスラグ巻き込み等の欠陥が発生しやすくなると共に、開先幅の狭い溶接継手に適用した場合に運棒が困難になる。
【0032】
(溶接棒全体の成分)
本発明では、被覆アーク溶接棒の鋼心線および被覆剤のそれぞれの組成を上記のように規制すると共に、さらに以下の通り、その溶接棒全体のC、Si、Mn、P、S、Ni、Al、Ti、Nb、V、更には、Cr、Mo、Coを規定する。
この場合、例えば、溶接棒全体に対するi成分の含有量(Mi(mass%))は、上記被覆率(A)の関係から次式のように表される。
Mi(mass%)=(心線中のi成分含有量)×(100−A)/100+(被覆剤中のi成分含有量)×A/100
ここで、iは、C、Si、Mn、P、S、Ni、Al、Ti、Nb、V、Cr、Mo、Co等の成分名を示す。
【0033】
Cは、溶接金属のMs温度を下げる働きをする。しかし、過度の添加は、溶接金属のじん性劣化および溶接金属割れの問題を引き起こすため、その上限を0.2質量%とした。一方、Cが無添加の場合は、マルテンサイトが得られにくく、また他の高価な元素のみで残留応力低減を図らなければならず経済的とはいえない。Cが0.01質量%以上添加するように限定したのは、安価な元素であるCを利用し、その経済メリットがでる最低限の値として設定した。
【0034】
Siは、溶接金属の脱酸を目的とするものであるが、溶接作業性確保の上からも必要である。Siは、溶接金属の酸素レベルを下げる効果があり、特に溶接中には、溶融金属に空気が混入する恐れがあるため、Si量を適切な値にコントロールすることは極めて重要である。溶接棒中のSi含有率が0.1質量%未満では脱酸不足によって溶接金属中に気泡が発生しやすくなったり、溶接金属中の酸素レベルが高くなりすぎ、機械的特性、特にじん性の劣化を引き起こす危険性がある。また、スラグの流動性が悪くビード形状が凸型になったり、立向姿勢での溶接作業性が劣化する。一方、1.5質量%を超えると溶接金属の結晶粒が粗大化してじん性が著しく劣化するので0.1〜1.5質量%とした。
【0035】
Mnは、強度を上げる元素として知られる。そのため、本発明における残留応力低減メカニズムである変態膨張時の降伏強度確保という観点から有効利用すべき元素である。溶接棒中のMn含有率が0.2質量%未満では、強度が確保できない。一方、0.5質量%を超えると溶接金属のじん性劣化を引き起こすので0.2〜0.5質量%とした。
【0036】
Niは、単体ではオーステナイトすなわち面心構造を持つ金属であり、溶接棒に添加することによりオーステナイトの状態をより安定な状態にする元素である。鉄そのものは、高温域でオーステナイト構造になり低温域でフェライトすなわち体心構造になる。Niは、それを添加することにより、鉄の高温域における面心構造をより安定な構造にするため、無添加の場合に比べ、より低温度域においても面心構造となる。このことは、体心構造に変態する温度が低くなることを意味する。Niが6質量%未満では、残留応力低減の効果が発揮できない。一方、10質量%を超えると残留応力低減の観点からはこれ以上添加しても効果が変わらない上、これ以上添加するとNiが高価であるという経済的デメリットが生じてくるため6〜10質量%とした。
【0037】
以下の元素は必要に応じて1種または2種以上添加される。
Alは、脱酸のために添加されるが、0.01質量%未満では、脱酸が不十分となる。一方、0.4質量%を超えると脱酸生成物中のAl2O3が溶接金属中に多く残存するようになり、脱酸効果が消失してじん性が劣化するので0.01〜0.4質量%とした。
【0038】
Tiは、脱酸元素または組織微細化元素として任意に添加される。Tiが0.1質量%未満では、その効果が発揮できない。一方、1.0質量%を超えると溶接金属のじん性を低下させるので0.1〜1.0質量%とした。
【0039】
Nbは、溶接金属中においてCと結合し炭化物を形成する。Nb炭化物は、少量で溶接金属の強度を上げる働きがある。また、本発明における残留応力低減技術であるMs温度における降伏強度を高める効果がある。しかし、0.01質量%未満では、炭化物を形成せしめ、強度の増加が期待できない。一方、0.3質量%を超えるとじん性劣化が顕著となるため0.01〜0.3質量%とした。
【0040】
Vも、Nbと同様な働きをする元素である。しかし、Nbと異なり同じ析出効果を期待するためには、Nbより添加量を多くするする必要がある。しかし、0.1質量%未満では、析出効果が期待できない。一方、0.5質量%を超えるととじん性劣化が顕著となるため0.1〜0.5質量%とした。
【0041】
本発明では、以下の理由からさらに溶接棒全体に対してCr、Mo、Coを含有しても良い。
Crは、Ms温度を低減する効果がある。しかし、過度のCr添加は必ずしも残留応力低減効果を向上させない。Crが0.1質量%未満では、残留応力低減効果が得られない。一方、3.0質量%を超えると残留応力低減効果があまり変わらなくなり、じん性劣化が顕著となるため0.1〜3.0質量%とした。
【0042】
Moも、Crと同様の効果を持つ元素である。Moが0.1質量%未満では、残留応力低減効果が得られない。一方、3.0質量%を超えると硬化しすぎるためじん性劣化が顕著になってくるため0.1〜3.0質量%とした。
【0043】
Coは、強度増加をもたらし、かつ強度増加を期待しながらじん性を確保できる。Coが0.5質量%未満では、前記効果が得られない。一方、2.0質量%を超えると強度増加が過大となりじん性劣化をもたらすため0.5〜2.0質量%とした。
【0044】
P、Sは、本発明では不純物である。これら元素は、溶接金属に多く存在するとじん性が劣化する。このため溶接棒のP、Sは極力少なくすることが望ましいが、少なくするほど原価が上昇する。このため溶接金属のじん性に影響の少ない範囲として、P、Sの量をそれぞれ0.010質量%以下とした。
【0045】
(パラメーターPa)
本発明では、さらに、溶接金属のマルテンサイト点(Ms温度)をコントロールするために、下記(1)式に示されるパラメーターPaを0.55〜0.95に規定する。
Pa=[C]+[Ni]/12+[Cr]/24+[Mo]/19・・・・・(1)
但し、[C]、[Ni]、[Cr]、[Mo]は、それぞれC、Ni、Cr、Moの質量%を示す。
【0046】
以下にパラメーターPaの範囲を限定した理由について述べる。
Ti、Al、NbおよびVなどのような炭化物を形成する元素の有効利用も考えられるが、Ti、Al、NbおよびVなどでMs温度が充分低くなるほど添加すると、溶接金属の特性上大きな問題が生じて好ましくない。
【0047】
パラメーターPaを決定するC、Ni、CrおよびMoの成分は、溶接金属に添加することによりMs温度を最も有効に低下させる働きを持つ。しかしながら、それらの成分によるMs温度低減効果は、必ずしも同一ではないため、本発明では、上記4成分のそれぞれの寄与に応じた係数を定め、溶接金属のMs温度の低減効果を表す指標として式(1)で示されるパラメーターPaを規制するものとする。
図1は、パラメーターPaと溶接金属のMs温度の関係を示したグラフである。図に示されるように、上述の通り、本発明の溶接金属のMs温度範囲:200〜350℃を満たすために、Paの範囲を0.55〜0.95とする。
次に本発明の実施例を説明する。
【0048】
【実施例】
この実施例においては、表1に示す化学成分を有する心線と、表2ないし表4に示す化学成分を有する被覆剤および表5ないし表7に示す被覆アーク溶接棒成分を用いて、心線径4.0mmの外周に被覆剤を塗布し被覆アーク溶接棒を作製した。
【0049】
【表1】
【0050】
【表2】
【0051】
【表3】
【0052】
【表4】
【0053】
【表5】
【0054】
【表6】
【0055】
【表7】
【0056】
作製した各種被覆アーク溶接棒を用いて溶着金属試験を実施した。溶接電流170A、予熱・パス間温度100℃、溶接入熱20kJ/cmで溶接を行い、その後、溶接残留応力を測定した。測定位置は、溶接ビード中央である。また、残留応力測定溶接金属より試験片を採取して、2mmVノッチ衝撃試験、Ms温度およびその温度における降伏強度を測定した。残留応力測定方法は、溶接金属部表面に歪みゲージを張り付け、歪みゲージ張り付け部分を機械切断することにより残留応力を解放し、解放された歪みを歪みゲージで測定するという、いわゆる応力弛緩法を用いて測定した。
【0057】
表8および表9に試験結果を示す。本発明例(E1〜E10)は、本要件を全て満足しており溶接作業性はもとより残留応力は100MPa(10kg/mm2 )未満で良好であり、Ms温度も低く、かつ降伏強度およびシャルピー吸収エネルギーが高い。
【0058】
【表8】
【0059】
【表9】
【0060】
比較例E11は、Mnが多くじん性が劣化した。比較例E12は、Niが少なくPa値が低くてMs温度が高く、残留応力も低減されていない。比較例E13は、Niが多く性能は良好であるが、Pa値が高く高価な被覆アーク溶接棒となっている。比較例E14は、Siが少なく溶接作業性が劣化している。比較例E15は、Mnが少なく、かつ被覆率が小さいため溶接作業性が劣り、降伏強度が低く、残留応力も低減されていない。比較例E16は、Cが多くじん性が劣化した。比較例E17は、被覆率が大きいためSiが歩留まり、じん性が劣化した。比較例E18は、PとVが多くじん性が劣化した。比較例E19は、Crが多くじん性がやや低い。
【0061】
【発明の効果】
以上説明したとおり、本発明によれば、低水素系被覆アーク溶接棒において鋼心線、被覆剤の成分および溶接棒全体の成分、被覆率を規制することにより、溶接金属部に発生する残留応力を低減することが可能となり、これにより応力腐食割れ特性、脆性破壊特性、疲労特性の改善が可能となり、溶接構造物の信頼性向上に寄与することが大きく、産業上のメリットは極めて大である。
【図面の簡単な説明】
【図1】 PaとMs温度の関係を示すグラフである。
Claims (2)
- オーステナイトからマルテンサイトに変態を開始する温度が200〜350℃であり、かつ、変態後における降伏強度が590〜1180MPa(60〜120kg/mm 2 )であり、下記の式で定義されるパラメーターPaの範囲が、0.55〜0.95である溶接金属を溶接継手に形成せしめる低水素系被覆アーク溶接棒であって、
質量%で、
C:0.08%以下、
Mn:0.35〜0.65%、
N:0.005%以下
に規制した鋼心線の周囲に、
金属炭酸塩:25〜50%、
金属弗化物:18〜28%
を含有し、残部が脱酸剤、合金剤、アーク安定剤、スラグ生成剤、粘結剤からなり、かつMnを含まない被覆剤を、溶接棒全質量に対する被覆剤質量の割合が25〜45%となるように被覆し、
更に溶接棒全質量に対して、
C:0.01〜0.2%、
Si:0.1〜1.5%、
Mn:0.2〜0.5%、
Ni:6〜10%
を含有し、さらに
Al:0.01〜0.4%、
Ti:0.1〜1.0%、
Nb:0.01〜0.3%、
V:0.1〜0.5%
の1種または2種以上を含有し、
P:0.010%以下、
S:0.010%以下
としたことを特徴とする、低水素系被覆アーク溶接棒。
Pa=[C]+[Ni]/12+[Cr]/24+[Mo]/19
但し、[C]、[Ni]、[Cr]、[Mo]は、それぞれ、溶接金属のC、Ni、Cr、Moの質量%を示す。 - さらに、溶接棒全質量に対して、
Cr:0.1〜3.0%、
Mo:0.1〜3.0%、
Co:0.5〜2.0%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1に記載の低水素系被覆アーク溶接棒。
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