連続鋳造機で鋳造される鋼のスラブ鋳片(以下、単に「鋳片」とも記す)に要求される品質の1つとして、鋳片中の非金属介在物(以下、「介在物」と記す)の含有量が少ないことが挙げられる。鋳片に捕り込まれる介在物には、(1):Alなどによる溶鋼の脱酸工程で発生し、溶鋼中に懸濁しているアルミナなどの脱酸生成物、(2):タンディッシュや浸漬ノズルで溶鋼内に吹き込まれるArガスなどの不活性ガスのガス気泡、(3):鋳型内の溶鋼湯面上に散布したモールドパウダーが溶鋼中に巻込まれて懸濁したものなどがある。これらは何れも薄鋼板製品において表面欠陥となるため、何れも少なくすることが重要である。
しかも、近年、連続鋳造機の生産性を向上させるために、鋳造速度即ち鋳型内への溶鋼の供給速度を増加させた高速鋳造化が推進されており、このような高速鋳造操業では、鋳型内への溶鋼の供給量の増加に伴って鋳型内に注入される溶鋼の吐出流速が増加する、即ち鋳型内における溶鋼の運動エネルギーが増加するため、溶鋼中に巻込まれるモールドパウダーの発生頻度が高くなると共に、浸漬ノズルからの吐出流が鋳型短辺側の凝固シェルに衝突した後に分岐して下流側に向かって流れる侵入流の侵入深さが増大し、この侵入流に随伴して未凝固層の深くまで侵入して鋳片中に捕捉される脱酸生成物も多くなり、全体的に、鋳片の介在物含有量が増加する傾向となる。
そのため、高速鋳造時のスラブ鋳片中の介在物量の低減を目的とした、鋳型内における溶鋼の運動エネルギーを低減する手段として、鋳型内の溶鋼に磁場を印加し、印加した磁場と溶鋼との作用によって誘導電流を生じさせ、この誘導電流と印加した磁場とが作用して溶鋼に生じる電磁気力を利用し、鋳型内における溶鋼の運動エネルギーを制御する方法が、広く採用されている。
例えば、特許文献1には、鋳型の長辺方向に沿って水平に移動する磁界を、鋳型短辺側から浸漬ノズル側に向かう方向、即ち、浸漬ノズルからの溶鋼の吐出方向と反対方向に移動させ、浸漬ノズルからの吐出流に制動力を与えながらスラブ鋳片を連続鋳造する方法が提案されている。尚、これ以降、本発明では、特許文献1に提案されるような、浸漬ノズルからの溶鋼の吐出流に制動力を付与するように移動磁場を印加する方法を「EMLS」(Electromagnetic Level Stabilizer)と記す。
又、例えば特許文献2に提案されるように、鋳型内の溶鋼湯面で一方向に循環する溶鋼流を形成するように、電磁気力を作用させる方法も提案されているが、高速鋳造時には、鋳型内溶鋼の有する運動エネルギーは高く、この方法では却ってモールドパウダーの巻込みを誘発する恐れがあるため、高速鋳造時の流動制御方法としては望ましくない。
特開平9−192801号公報
特開平6−606号公報
鋳型内の溶鋼に移動磁場を印加して鋳型内における溶鋼の流動を制御する、特許文献1を含めた従来の方法は、鋳型内の溶鋼湯面における溶鋼流速を制御すること、又は、凝固シェルと溶鋼との界面における溶鋼流速を制御することが主体であり、未凝固層内を鋳型の下方にまで侵入する侵入流の侵入深さを浅くするように制御することは行われていなかった。換言すれば、鋳片表層部の介在物に対しては十分に対策が採られているものの、溶鋼の侵入流に随伴して鋳片内部に持ち来たされる脱酸生成物を主体とする介在物に対しては、十分な対策が採られていないことが現状であった。
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、溶鋼の侵入流の侵入深さを浅くすることによって侵入流に随伴して鋳片の内部に持ち来たされる介在物を少なくし、更に、鋳型内の溶鋼流動を制御することによって鋳片表層部の介在物も少ない、極めて清浄性に優れたスラブ鋳片を鋳造することのできる鋼の連続鋳造方法を提供することである。
本発明者等は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。以下に検討結果を説明する。
先ず、溶鋼の侵入流に随伴して鋳片の内部に持ち来たされる介在物について検討した。鋳型の下方まで未凝固層内を侵入する侵入流の深さを、実機で実測することは困難であるので、手嶋等(鉄と鋼,79(1993),p576)が提案した、鋳型内の湯面変動を表す実験式である湯面波動指数(以下、「F値」と呼ぶ)を引用することとした。
F値は、磁場を印加しない状態における鋳型内の溶鋼湯面の変動を表す実験式であり、下記の(1)式により表され、F値から求まる湯面波動の大きさは、鋳型内の溶鋼湯面における表面流速と比例関係にあることが分かっており、従って、鋳型内の溶鋼湯面における表面流速の算定にあたり、F値を用いることで、机上で溶鋼の表面流速を推定することができる。但し、(1)式において、ρは、溶鋼の密度(kg/m3 )、QL は、単位時間当たりの溶鋼注入量(m3 /秒)、Ve は、溶鋼の吐出流が鋳型短辺面側と衝突するときの速度(m/秒)、θは、溶鋼の吐出流が鋳型短辺面側と衝突する位置における水平線となす下向き方向の角度(deg)、Dは、溶鋼の吐出流が鋳型短辺面側に衝突する位置から鋳型内溶鋼湯面までの距離(m)である。
この(1)式は、「鋳型短辺面側に衝突した溶鋼の吐出流が上下2方向に分岐して形成される上昇流の運動量が、鋳型内での溶鋼湯面の盛り上がりや湯面波動を発生させる」との実験結果から導き出した実験式であり、次のようにして導き出される。
即ち、下部に2つの吐出孔を有する浸漬ノズルを用いて溶鋼を鋳型内に注入する場合、浸漬ノズルから片側の鋳型短辺側に向かって吐出される溶鋼注入量はQL /2となる。又、鋳型短辺面側への衝突速度をVe とすると、衝突時の溶鋼の吐出流が持つ運動量はρQL Ve /2となる。衝突後の溶鋼流は上方へ(1−sin θ)/2、下方へ(1+sin θ)/2の比で振り分けられる。従って、衝突後、上方に向かう溶鋼流の運動量は(ρQL Ve /2)×[(1−sin θ)/2]で表され、下方に向かう溶鋼流の運動量は(ρQL Ve /2)×[(1+sin θ)/2]で表される。鋳型短辺面側への衝突時に保有していた運動量は、溶鋼流が上昇して溶鋼湯面に到達するまでに減衰する。そのため、溶鋼流が溶鋼湯面に到達したときに保有している運動量は、衝突時に保有していた運動量の1/Dn (通常、nは約1)になると考えられる。従って、溶鋼の上昇流は、鋳型内の溶鋼湯面位置において上記(1)式で示す運動量を有していることになる。(1)式における速度(Ve )、角度(θ)及び距離(D)は、別途回帰式により求めることができる。
但し、F値は鋳型内の溶鋼湯面における表面流速を求める式であり、そこで、本発明では、鋳型の下方まで未凝固層内を侵入する溶鋼の侵入流の深さは、下方に向かう溶鋼流の運動量、即ち、上記の「(ρQL Ve /2)×[(1+sin θ)/2]」と相関するものと想定し、この値を「下降流F値」と定義した。下記の(2)式に下降流F値を示す。
そして、実機連続鋳造機において、この下降流F値を変更してスラブ鋳片を鋳造し、鋳造した鋳片を冷延薄鋼板に圧延し、冷延薄鋼板におけるブリスター疵の発生率を調査した。ブリスター疵は鋳片中のアルミナに起因して発生することが知られている。調査結果を図1に示す。図1からも明らかなように、下降流F値が1.0を越えると、ブリスター疵の発生率が高くなることが分かった。この結果から、溶鋼の侵入流に随伴して鋳片内部に持ち来たされるアルミナなどの介在物を削減するためには、下降流F値が1.0以下となる鋳造条件で鋳造する必要があるとの知見が得られた。
次ぎに、鋳片の表層部の介在物について検討した。表層部の介在物を低減する手段としては、EMLSのモードによる移動磁場の印加を採用することとした。鋳造速度が高速度化された近年の連続鋳造操業では、鋳型内の溶鋼流動を制御する手段として最適な制御手段であるからである。
先ず、EMLSのモードで移動磁場を印加して浸漬ノズルからの溶鋼の吐出流に制動力を付与して鋳造する際に、印加する磁場強度と溶鋼湯面における表面流速との関係を、実機において調査した。実機における溶鋼の表面流速の測定は、Mo−ZrO2 サーメットの細棒を、棒の上端を回動支点として、浸漬ノズルから鋳型幅の1/4の距離だけ鋳型短辺側に離れた鋳片厚み中央位置(以下、「1/4幅位置」とも記す)の溶鋼湯面に浸漬し、この細棒が溶鋼流から抗力を受けて傾く角度から力の釣合い計算によって溶鋼流速を求める方法で行った(鉄と鋼,86(2000),p271参照)。
測定結果を図2に示す。図2に示すように、EMLSモードの印加電流が高くなるにつれて、1/4幅位置における溶鋼の表面流速は連続的に低下し、表面流速が0m/秒となった後は、溶鋼の流れる方向が逆向きになること、即ち、EMLSモードの磁場印加によって溶鋼の表面流速は減速されることが分かった。尚、本発明では、鋳型内の溶鋼湯面における表面流速を、鋳型短辺側から浸漬ノズル側に向いた流速を正の数値で表示し、その逆の方向の流速を負の数値で表示している。図2は、厚みが220mm、幅が1300mmのスラブ鋳片を、吐出孔の直径が88mm、吐出角度が下向き25度である浸漬ノズルを用いて2.2m/分の鋳造速度で鋳造したときのデータであり、鋳造条件が変われば、EMLSモードの印加電流と溶鋼の表面流速との関係は変化するが、EMLSモードの磁場印加によって溶鋼の表面流速が減速されるという傾向は、鋳造条件に拘わらず常に同様である。
次いで、EMLSモードの印加電流を変更して鋳造した鋳片を冷延コイルに圧延し、冷延コイルにおける不合格率の発生頻度を調査した。調査した不合格率の発生頻度と1/4幅位置における溶鋼の表面流速との関係を図3に示す。図3に示すように、1/4幅位置における溶鋼の表面流速が0m/秒近傍、具体的には溶鋼の表面流速が−0.05m/秒から0.05m/秒の範囲内において不合格率が極小になるとの知見が得られた。これは、溶鋼の表面流速が低下することにより、モールドパウダーの削り込みが抑制されると同時に、溶鋼が鋳型左右から流れることで均衡し、溶鋼湯面における渦の生成も抑制され、モールドパウダーの巻き込みも抑制されるからである。
ところで、凝固シェルと溶鋼との界面、即ち、凝固界面における溶鋼流速を増大させるほど、介在物付着防止効果が大きいことが知られている。即ち、凝固界面での流速を増加させるほど、凝固シェルに捕捉される介在物の大きさ及びその個数が減少することが知られている。そこで、本発明者等は、鋳造速度及び鋳片サイズを種々変更して凝固界面における溶鋼流速を変更させた試験を行い、凝固界面における溶鋼流速と溶融亜鉛鍍金後のコイルでの表面不良率との関係を調査した。調査結果を図4に示す。
図4からも明らかなように、凝固界面における溶鋼流速が0.2m/秒以上になると、表面不良率が1.0以下になり、安定して低下することを確認した。又、凝固界面における溶鋼流速が0.3m/秒以上になると、表面不良率は更に低下することも確認できた。即ち、凝固界面における介在物の捕捉を抑制するためには、凝固界面の溶鋼流速を0.2m/秒以上確保することが必要であるとの知見を得た。凝固界面の溶鋼流速は、例えば鋳型温度を測定することによって計測することができる(特開2000−246413号公報参照)。
ここで注意したいことは、EMLSのモードで移動磁場を印加したときの1/4幅位置における溶鋼の最適表面流速は−0.05m/秒から0.05m/秒であり、単に溶鋼流速の値としては、介在物の凝固シェルへの付着を防止するための溶鋼流速である0.2m/秒を下回っていることである。しかしながら、EMLSのモードで印加して1/4幅位置における溶鋼の表面流速を−0.05m/秒から0.05m/秒の範囲内に制御しても、介在物の付着サイトとなる凝固界面における流速は、介在物付着防止に必要な流速に維持されることを本発明者等は確認している。
このようになる理由は、EMLSを印加した場合には、磁場を印加しない場合と比較して鋳型内の溶鋼流動パターンが大幅に異なるためである。具体的には図5示したように、磁場が印加されない場合には、溶鋼の吐出流4によって形成される湯面直下溶鋼流21と、この流れに伴って形成される凝固界面に沿った界面溶鋼流22とが形成されるが、EMLSを印加した場合には、EMLS印加前の吐出流4によって形成される本来の湯面直下溶鋼流21と、EMLS印加によって駆動された溶鋼が作る湯面直下溶鋼流23とが逆向きとなり、これらの溶鋼流がバランスすることで、両者の流速は減少し、1/4幅位置25における湯面直下溶鋼流速は0m/秒近傍になるのである。
そして、その際にEMLS印加によって減速された溶鋼の吐出流4が鋳型長辺面に沿って発散することで発生する凝固界面に沿った界面溶鋼流24により、凝固界面における溶鋼流速が維持され、又、溶鋼湯面への熱供給も維持されることになる。尚、図5は鋳型内の溶鋼流動を模式的に示す図で、(A)は磁場が印加されない状態を示す図で、(B)はEMLSが印加された状態を示す図である。図中の符号11は浸漬ノズルである。
本発明は、上記検討結果に基づいてなされたものであり、第1の発明に係る鋼の連続鋳造方法は、下部に2つの吐出孔を有する浸漬ノズルを用い、吐出孔からの溶鋼の吐出流を鋳型の短辺側に向けて吐出させて溶鋼を鋳型内に注入し、スラブ鋳片を連続鋳造するに際し、先ず、鋳造速度が定常鋳造域の所定の鋳造速度であって磁場が印加されていない状態での鋳造条件に基づいて上記の(2)式により算出される下降流F値が1.0以下となる鋳造条件を設定し、次いで、設定した鋳造条件下で鋳型内の溶鋼に対して、浸漬ノズルからの吐出流に制動力を与えるように移動磁場を印加したときに、該移動磁場の印加によって、浸漬ノズルから鋳型幅の1/4の距離だけ鋳型短辺側に離れた鋳片厚み中央位置における溶鋼湯面での溶鋼流速が、該溶鋼流速を、鋳型短辺側から浸漬ノズル側に向いた溶鋼流速を正の数値で表示し、その逆の方向の溶鋼流速を負の数値で表示したときに、−0.05m/秒から0.05m/秒の範囲内となると同時に、少なくとも鋳型内の溶鋼湯面位置近傍における凝固シェルと溶鋼との界面での溶鋼流速が0.2m/秒以上となる、移動磁場の磁束密度を求め、連続鋳造時、少なくとも前記定常鋳造域では、前記求めた磁束密度での移動磁場を印加して浸漬ノズルからの吐出流を制動しつつ、前記設定した鋳造条件で鋳造することを特徴とするものである。
第2の発明に係る鋼の連続鋳造方法は、第1の発明において、更に、鋳型振動の1サイクル中のネガティブストリップ時間が0.10秒以下となるように鋳型振動条件を設定して鋳造することを特徴とするものである。
本発明によれば、鋳造条件から得られる上記の(2)式に示す下降流F値を1.0以下として鋳造するので、浸漬ノズルからの溶鋼の吐出流が分岐して形成される侵入流の侵入深さが浅くなるため、侵入流に随伴して鋳片の内部に持ち来たされる介在物が減少し、鋳片内部の介在物量を低減することができる。更に、移動磁場を印加して、浸漬ノズルから鋳型幅の1/4の距離だけ鋳型短辺側に離れた鋳片厚み中央位置における溶鋼湯面での溶鋼流速を−0.05m/秒から0.05m/秒の範囲内とすると共に、少なくとも鋳型内の溶鋼湯面位置の近傍における凝固シェルと溶鋼との界面での溶鋼流速を0.2m/秒以上とするので、鋳片内部の介在物のみならず、鋳片表層部の介在物をも低減することが可能となり、極めて清浄性に優れたスラブ鋳片を鋳造することが達成され、薄鋼板製品における表面疵の低減や製品歩留まりの向上など工業上有益な効果がもたらされる。
以下、添付図面を参照して本発明を具体的に説明する。図6〜図8は、本発明を実施する際に用いたスラブ連続鋳造機の概略図であり、図6は、鋳型部位の概略斜視図、図7は、鋳型部位の概略正面図、図8は、印加する磁場を制御するための磁場制御設備の概略構成図である。
図6〜図8において、相対する鋳型長辺7と、鋳型長辺7内に内装された相対する鋳型短辺8とを具備した鋳型6の上方所定位置にタンディッシュ9が配置されており、このタンディッシュ9の底部には上ノズル16が設置され、そして、上ノズル16の下面に接して、固定板17、摺動板18及び整流ノズル19からなるスライディングノズル10が配置され、更に、スライディングノズル10の下面に接して、下部に2つの吐出孔12を有する浸漬ノズル11が配置され、タンディッシュ9から鋳型6への溶鋼流出孔20が形成されている。溶鋼1中に懸濁するアルミナが浸漬ノズル11の内壁面へ付着することを防止するために、上ノズル16、固定板17、浸漬ノズル11などから溶鋼流出孔20内にArガスなどの不活性ガス又は窒素ガスなどの非酸化性ガスが吹き込まれている。鋳型6は、振動装置(図示せず)により、所定の振動数及び振幅を有する正弦波形又は非正弦波形で鋳造方向に振動するようになっている。
鋳型長辺7の背面には、浸漬ノズル11を境として鋳型長辺7の幅方向左右で2つに分割された合計4基の移動磁場発生装置13が、その鋳造方向の中心位置を吐出孔12の直下位置とし、鋳型長辺7を挟んで対向して配置されている。それぞれの移動磁場発生装置13は電源28と結線され、又、電源28は、磁場の移動方向及び磁場強度を制御する制御装置27と接続されており、制御装置27から入力される磁場移動方向及び磁場強度に基づいて電源28から供給される電力により、移動磁場発生装置13から印加される磁場強度及び磁場移動方向がそれぞれ個別に制御されるようになっている。制御装置27は、連続鋳造操業を制御するプロセス制御装置26と接続されており、プロセス制御装置26から送られてくる操業情報に基づいて磁場印加の時期などを制御している。
この移動磁場発生装置13により印加される磁場は移動磁場であり、浸漬ノズル11からの溶鋼1の吐出流4に制動力を与えるためのEMLSモードによる磁場印加における磁場の移動方向を図9に示す。図9に示すように、EMLSモードによる移動磁場の印加の場合は、移動磁場の移動方向を鋳型短辺8側から浸漬ノズル11側とする。尚、図9は、EMLSのモードにおける磁場の移動方向を鋳型6の真上から示した図であり、図中の矢印が磁場の移動方向を表している。
鋳型6の下方には、鋳造される鋳片5を支持するための複数のガイドロール(図示せず)と鋳片5を鋳型6の下方に引き抜くための複数のピンチロール14が設置されている。尚、図7ではピンチロール14を1つのみ記載し、他のピンチロールは省略している。
このように構成される連続鋳造機において、鋳片5に介在物が少なく、清浄性に優れた鋳片5を鋳造するには、次のようにして行う。
溶鋼1を取鍋(図示せず)からタンディッシュ9に注入し、タンディッシュ9内の溶鋼量が所定量になったなら、摺動板18を開き、溶鋼流出孔20を介して溶鋼1を鋳型6内に注入する。溶鋼1は、鋳型6内の溶鋼1に浸漬された吐出孔12から、鋳型短辺8に向かう吐出流4となって鋳型6内に注入される。鋳型6内に注入された溶鋼1は鋳型6により冷却され、凝固シェル2を形成する。そして、鋳型6内に所定量の溶鋼1が注入されたならピンチロール14を駆動して、外殻を凝固シェル2として内部に未凝固の溶鋼1を有する鋳片5の引き抜きを開始する。引き抜き開始後は溶鋼湯面3の位置を鋳型6内の略一定位置に制御しながら、鋳造速度を増速して所定の鋳造速度とする。鋳型6内の溶鋼湯面3の上にはモールドパウダー15を添加する。モールドパウダー15は溶融して、溶鋼1の酸化防止や保温、或いは凝固シェル2と鋳型6との間に流れ込み潤滑剤としての効果を発揮する。
この鋳造に際し、各々の鋳造条件において、先ず、前述した(2)式を用いて予め下降流F値を求める。求めた下降流F値が1.0以下の場合には、設定した鋳造条件で鋳造することとし、一方、求めた下降流F値が1.0を越える場合には、吐出角度又は吐出孔径の異なる浸漬ノズル11に変更する、浸漬ノズル11内へのArガスなどの吹き込み量を変更する、或いは、鋳造速度を変更するなど鋳造条件を変更し、下降流F値が1.0以下となる鋳造条件を設定し、設定した鋳造条件で鋳造することとする。
次いで、EMLSのモードで印加する移動磁場の磁束密度を設定する。EMLSのモードで印加した場合、鋳型幅や鋳造速度などの鋳造条件が異なる鋳造条件下においても、浸漬ノズル11から鋳型幅の1/4の距離だけ鋳型短辺8側に離れた鋳片厚み中央位置における溶鋼湯面3の表面流速は、図10に示すように、磁束密度の4乗に比例して減速する関係にあることを本発明者等は確認しており、従って、下記の(3)式を用いて磁束密度を設定する。但し、(3)式において、Rv は、鋳型短辺8側から浸漬ノズル11側に向いた溶鋼流速を正の数値で表示し、その逆の方向の溶鋼流速を負の数値で表示し、移動磁場を印加しないで鋳造したときの鋳型内の溶鋼湯面3における表面流速を分母とし、磁束密度Bで移動磁場を印加したときの鋳型内の溶鋼湯面3における表面流速を分子としたときの比、即ち、EMLS印加による溶鋼流速の減衰比、βは係数、Bは、溶鋼1の吐出流4に作用する移動磁場の磁束密度(テスラ)、V0 は、浸漬ノズル11の吐出口12からの吐出流4の線速度(m/秒)である。
(3)式のRv の分子に代入すべきEMLS印加後の目標流速は、−0.05m/秒から0.05m/秒の任意の値とし、一方、(3)式のRv の分母に代入すべき、移動磁場を印加しないで鋳造したときの鋳型内の溶鋼湯面3における表面流速は、前述した(1)式に示すF値から算出される溶鋼流速値を用いることとする。因みに、本発明者等は、F値と、鋳型内の1/4幅位置周辺の溶鋼湯面3における表面流速(u)との間には、「表面流速u(m/秒)=0.074×F値」の関係があり、この関係は全ての鋳造条件に当てはまることを確認している。この場合、F値は、下降流F値が1.0以下となるように設定した鋳造条件に基づいて算出する。このようにして、1/4幅位置における溶鋼湯面3の表面流速が−0.05m/秒から0.05m/秒となる磁束密度Bを求める。
更に、求めた磁束密度Bにおいて、凝固界面の溶鋼流速が0.2m/秒以上であるか否かを確認する。
1/4幅位置における表面流速が−0.05m/秒から0.05m/秒となるようにEMLSのモードで移動磁場を印加したときの凝固界面における界面溶鋼流は、前述した図5に示すように、浸漬ノズル11から吐出される溶鋼1の吐出流4が、EMLSによる制動力によって分散して凝固界面に至ったものである。そのため、吐出流4の流速が速くなるほど、換言すれば、吐出流4に対して十分な制動力を与えるために必要とする磁束密度Bが高くなるほど、界面溶鋼流は速くなる。
本発明者等は、1/4幅位置における表面流速を−0.05m/秒から0.05m/秒とすべくEMLSモードで移動磁場を印加した場合、1/4幅位置における表面流速をこの範囲とするために必要とする磁束密度Bが0.05テスラ以上であるならば、凝固界面の溶鋼流速は0.2m/秒以上になることを確認しており、従って、上記の(3)式によって求められた磁束密度Bが0.05テスラ以上であるならば、その鋳造条件で鋳造することとする。この場合、凝固界面の溶鋼流速は0.2m/秒以上が確保される。
一方、上記の(3)式によって求められた磁束密度Bが0.05テスラ未満となった場合には、浸漬ノズル11の吐出角度、吐出孔径、浸漬ノズル11内へのArガスなどの吹き込み量、鋳造速度を変更し、再度、下降流F値の算出からやり直し、下降流F値が1.0以下で、且つ、磁束密度Bが0.05テスラ以上となる鋳造条件を設定し、その鋳造条件で鋳造することとする。このようにして本発明を実施する際のフローチャートを図11に示す。
図11に示すように、鋳片厚み、鋳片幅、鋳造速度、溶鋼流出孔20内へのArガスなどの吹き込み量、及び使用している浸漬ノズル11の形状を含む鋳造条件情報に基づき、前述した(2)式を用いてその鋳造条件における下降流F値を求める。又、同時に、前述した(1)式を用いてF値を求める。下降流F値が1.0以下であれば、前述した(3)式を用いて、磁束密度Bを求める。求めた磁束密度Bが0.05テスラ以上であるならば、設定した鋳造条件においてその磁束密度Bで鋳造する。その際に、鋳造速度が定常鋳造域の所定の鋳造速度になるまでは、これらの条件を満足しないこともあり得るが、全ての鋳造条件において満足することは困難であるので、鋳造速度が定常鋳造域の所定の鋳造速度になった状態でこれらの条件を満足させる。
この場合、鋳造条件はプロセス制御装置26の保有する情報が制御装置27に入力され、制御装置27では、下降流F値及びF値の算出工程から所定の磁束密度Bを発生するための電流値の算出工程までを行い、電源28は、制御装置27から入力された電流値に基づいて移動磁場発生装置13へ電力を供給する。制御装置27から磁場モードも入力されるが、この場合はEMLSモードが入力される。
ところで、鋳片5の表層直下に捕捉される介在物量は、凝固初期の凝固シェル2の形状に影響されることが知られている。即ち、溶鋼湯面3の直下における凝固シェル2の先端が溶鋼側に曲がった爪状の形状(以下、「爪」と記す)になると、爪の直下に溶鋼1中を浮上する介在物が捕捉され、表層直下の介在物量が多くなり、一方、爪の深さを軽減することにより、表層直下の介在物量が減少するというものである。
この爪の深さと鋳型振動の1サイクル中のネガティブストリップ時間とは、比例することが知られており、従って、爪の深さを低減させ、表層直下の介在物量を低減するために、鋳型振動の1サイクル中のネガティブストリップ時間が0.10秒以下となる鋳型振動条件で鋳造することが好ましい。図12は、正弦波形で鋳型6を振動させたときの鋳型6の振動速度と鋳片5の鋳造速度との関係を示す図であり、鋳片5の鋳造速度よりも鋳型6の下降速度の方が速い時期をネガティブストリップ域(N.S域)と称しており、この時間即ちネガティブストリップ時間が0.10秒以下になるように鋳型振動条件を調整することが好ましい。図12におけるP.S域は、ポジティブストリップ域と呼ばれている。
このようにして、溶鋼1を連続鋳造することにより、広範囲の鋳造速度においても脱酸生成物及びArガスなどのガス気泡のみならず、モールドパウダー15の巻込みが極めて少なく、内部のみならず表層部まで清浄な高品質の鋳片5を安定して鋳造することが可能となる。
尚、上記説明では2枚板構成のスライディングノズル10の例を挙げたが、3枚板構成のスライディングノズルについても上記に沿って本発明を適用することができる。又、ストッパー方式の場合にも、上記に沿って本発明を適用することができる。
以下、図6〜図8に示すスラブ連続鋳造機を用いた実施例を説明する。表1に、用いた連続鋳造機の仕様を示し、表2に、用いた移動磁場発生装置の諸元を示す。鋳造には、C:0.03〜0.05mass%、Si:0.03mass%以下、Mn:0.2〜0.3mass%、P:0.020mass%以下、sol.Al:0.03〜0.06mass%、N:0.003〜0.006mass%の低炭素Alキルド鋼を供した。
(1)式に示すF値及び(2)式に示す下降流F値を求めるには、前述したように、速度(Ve )、角度(θ)及び距離(D)を求める必要があり、本実施例ではこれらを次のようにして求めた。
速度(Ve )は、吐出流の軌跡に関する水モデル実験における結果を重回帰分析して得られた下記の(4)式により求めた。但し、(4)式において、Wは鋳片全幅(mm)、QL は単位時間当たりの溶鋼注入量(m3 /秒)、dは吐出孔径(m)、αは浸漬ノズルの吐出角度(deg)、Qg は溶鋼流出孔内へのArガス吹き込み量(Nm3 /秒)、A1 、B1 、l、m、n、pは定数であり、その値を表3に示す。
又、角度(θ)及び距離(D)は、溶鋼の吐出流の軌跡から求めた。この場合、先ず、溶鋼の吐出流の軌跡を、吐出流の軌跡に関する水モデル実験における結果を重回帰分析して得られた下記の(5)式により求めた。但し、(5)式において、yは浸漬ノズル吐出孔出口を原点とした垂直方向距離(m)、xは浸漬ノズル吐出孔出口を原点とした水平方向距離(m)、αは浸漬ノズルの吐出角度(deg)、Sは平均吐出孔径(m)、a1 、a2 、b1 、b2 、c1 、c2 、d1 、d2 は、その値を表3に示す定数、G1 及びG2 は下記の(6)式で定まる数値である。但し、(6)式において、QL は単位時間当たりの溶鋼注入量(m3 /秒)、Qg は溶鋼流出孔内へのArガス吹き込み量(Nm3 /秒)、ζ1 、ζ2 、ξ1 1、ξ1 2、ξ1 3、ξ1 4、ξ2 1、ξ2 2、ξ2 3、ξ2 4は定数であり、その値を表3に示す。
そして、(5)式から得られる吐出流の軌跡のx=W/2位置における微分値から角度(θ)を求め、(5)式から得られる吐出流の軌跡のx=W/2位置におけるy値に基づき距離(D)を求めた。これらの算出方法を下記の(7)式及び(8)式に示す。但し(8)式におけるhは鋳型内溶鋼湯面から吐出孔上端までの距離(m)である。
このようにして求めた速度(Ve )、角度(θ)及び距離(D)と、鋳造条件及び溶鋼密度(7000kg/m3 )とから、F値及び下降流F値を算出した。
鋳造したスラブ鋳片は、冷延コイルに圧延し、冷延コイルにおいて表面不合格率を調査した。連続鋳造機においては、Mo−ZrO2 サーメットの細棒を溶鋼湯面に浸漬し、この細棒が溶鋼流から抗力を受けて傾く角度に基づいて1/4幅位置における溶鋼の表面流速を測定すると共に、鋳型長辺の幅方向に複数埋設した熱電対による測温値から凝固界面における溶鋼流速を推定した。又、比較のために、下降流F値及び1/4幅位置における表面流速が本発明の範囲を外れる鋳造条件(比較例)についても実施した。表4に、鋳造条件及び冷延コイルにおける表面不合格率の調査結果を示す。
表4に示すように、本発明の実施例では、冷延コイルにおける表面不合格率は低く、良好な成績であったが、比較例では、表面不合格率が高く、製品歩留まりが低下した。