JP4300287B2 - 分離始原生殖細胞の移植による生殖細胞系列への分化誘導法 - Google Patents

分離始原生殖細胞の移植による生殖細胞系列への分化誘導法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、脊椎動物における新規増殖及び育種方法、及び特に魚類のような変温脊椎動物における分離始原生殖細胞を用いた、生殖細胞系列への分化誘導法、及び該分化誘導法を用いた脊椎動物の増殖或いは育種方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、例えば、哺乳動物個体において、トランスジェニック動物やクローン動物の作製のために、動物個体の改変やクローン化の方法として、種々の遺伝子の導入技術や増殖技術が開発されている。哺乳動物個体に外来遺伝子を導入する方法として、最も広く用いられているのは、受精卵前核中へのDNAの注入であり、この方法は、家畜を含む多くの動物種に用いられている。この方法は、比較的確実な方法ではあるが、遺伝子導入率が低く、特に大型動物に適用する場合には大きなコストが必要になる。また、精子をDNAで処理して受精させることにより、遺伝子を導入する方法、例えば、マウス凍結精子とDNAとを混ぜた後に、卵子細胞内注入法によって受精を行うことにより、高い率で遺伝子導入マウスが得られることが報告されている。この方法は、まだ、広い範囲の系統のマウスやその他の動物種に対しても適用可能なものとはなっていない。
【0003】
また、哺乳動物等の遺伝的改変方法として、内在遺伝子と相同部分を持つベクターを導入して、染色体上の標的遺伝子を外来ベクターに置きかえることによって、遺伝的改変を行う方法がある。例えば遺伝的改変や遺伝子破壊などを目的として標的組換え(遺伝子ターゲッテイング)を行い、相同遺伝子組換えを起したものを選別する方法である。
更に、現在は、胚幹細胞(ES細胞)株を用いて、遺伝子導入と選別を行った後、該胚幹細胞を用いて生殖系列に遺伝子導入したキメラマウスを作り、交配することによって標的遺伝子改変マウス個体を作る方法が報告されている。しかし、現在のところ、ES細胞株は、数種類のマウス系統で存在しているのみであるから、該方法を、広範囲の動物に適用するのは困難である。従って、ES細胞株が存在しない家畜などで現在試みられているのが、体細胞株において相同遺伝子組換えを起させた後に、除核卵子への核移植による動物クローニングを行って標的遺伝子組換え動物を作る方法である。また、近年家畜等の大型動物にも適用可能であり、かつ効率の高い形質転換動物の作出を目的として、精巣内に存在する精子形成細胞への遺伝子導入法も提案されている(特開2001−309736号公報)。上記のように哺乳動物のような個体において、トランスジェニック動物やクローン動物の作製のために、動物個体の改変やクローン化の方法として、種々の遺伝子の導入技術や増殖技術が開発されている。
【0004】
トランスジェニック動物やクローン動物の作製のための動物個体の改変やクローン化の方法は、鳥類や魚類のような脊椎動物においても、種々試みられている。
近年、ニワトリのような鳥類で、始原生殖細胞を用いて、生殖系列キメラ個体を作出する技術が報告されている(J. Reprod. Fert. ,96(1992)521-528)。この方法は、鳥類では、始原生殖細胞が胚の血液中に存在して循環しており、なおかつそれが巨大な細胞であるため、始原生殖細胞を血液中から分離し、分離した細胞を移植個体の血液中に戻すというシンプルな方法を採っている。しかし、この方法は、始原生殖細胞が胚の血液中に存在しており、なおかつそれが巨大な細胞である鳥類においてのみ適用可能な方法であり、他の脊椎動物には適用不可能な方法である。
魚類のような変温脊椎動物においても、動物個体の遺伝子改変やクローン化の方法が種々試みられている。魚類のような脊椎動物の場合は、通常、形成された大量の卵子と精子が個体外で受精して、新規個体を発生するようなシステムで増殖が行われていることや、哺乳動物におけるようなES細胞が取得できていないことなどから、魚類のような脊椎動物において、その実用的な方法として適用して、動物個体の改変やクローン化を行う方法を開発するには、上記のような哺乳動物における場合とは異なる技術的課題が存在している。
【0005】
魚類の遺伝子導入研究は、1980年代の半ばに魚類への外来遺伝子の導入のはじめての成功例が報告されて以来、近年ではゼブラフィッシュ、メダカのようなモデル実験魚において、遺伝子導入手法を用いた遺伝子機能解析が盛んに試みられている(Transgenic Animals, Generation and Use. Harwood Academic Publishers, Amsterdam. 1997; 387-395)。メダカおよびゼブラフィッシュは、多産であるうえ、成熟までに要する期間が短い。さらに初期胚が透明であるため、初期発生の観察に適しているという利点を備えており、近年急速に基礎生物学のモデル動物として利用され始めている。また、これらの魚種では突然変異体の大規模スクリーニングのシステムが樹立されているうえ、ゲノムプロジェクトも精力的に進められており、今後ますますモデル動物としての利用頻度が増加することが予想されている(蛋白質核酸酵素、45-17(2000)、2667-2982)。
【0006】
魚類への遺伝子導入技法として現在提案されているものには、以下のようなものがある。
まず、魚類への遺伝子導入法として最も汎用されているのは、受精卵へのマイクロインジェクション法である。魚類の卵は受精後(種によっては環境水と接触後)に表層原形質が動物極側に集積し、胚盤を形成する。この方法は、先端の外径が5〜10μmのガラス製微細ピペットを用い、胚盤の細胞質へ外来遺伝子を注入する方法である。魚類の受精卵はその直径が0.7mm(ゼブラフィッシュや多くの海産魚)から6mm(サケ科魚類)と大きいため、通常これらの遺伝子注入作業は実体顕微鏡下で行う。しかし、巨大な卵黄の存在下では、胚盤の中に存在する核の可視化は困難であるので、外来遺伝子は細胞質内に注入することとなる。魚種にもよるが約50〜200pgという非常に多量の外来遺伝子を注入することで、核への注入を行わなくても遺伝子導入魚を作出することが可能である。
【0007】
また、母体外で発生する魚卵は、胚を保護するために非常に強靱な卵膜や、厚くて透明度の低い卵膜を保持している場合もある。このような卵膜は、マイクロインジェクションの際の大きな障害になる。コイ科魚類の場合、タンパク質分解酵素、あるいはピンセットを用いて物理的に卵膜の除去を行い、裸卵に遺伝子を注入後、塩類溶液中で培養することで遺伝子導入魚の作出が可能である。一方、サケ科魚類の卵膜は極めて強固であり、市販のタンパク質分解酵素では除去することができない。そこで、受精直後の卵膜が硬化する以前の卵に遺伝子注入を行う方法、卵門から微細ピペットを挿入する方法等が開発されている(「魚類のDNA」(恒星社厚生閣),1997,80-98)。
【0008】
吉崎らは、ニジマス卵を還元型グルタチオン溶液中で受精させることで、卵膜の硬化抑制に成功しており、これらの受精卵に外来遺伝子をマイクロインジェクションすると、処理卵の約半数が遺伝子導入個体になることを見いだしている(Nippon Suisan Gakkaishi, 57 (1991), 819-824)。また、尾里らは成熟前の卵母細胞をin vitroに取り出し、核内に外来遺伝子を直接マイクロインジェクションする方法により遺伝子導入メダカを作出している(Cell Differ, 19 (1986), 237-44)。この方法は操作が煩雑であるものの、卵母細胞は卵膜が柔らかいうえ、卵核胞と呼ばれる巨大な核を持っているため、前述した2つの問題を一挙に解決する極めて合理的な方法である。なお、ゼブラフィッシュのような薄い卵膜を持つ魚種では、通常の受精卵にマイクロインジェクションを行うことも容易である。このようにマイクロインジェクション法では対象魚種に応じた工夫を施すことで、多くの魚種に応用可能な方法である。
【0009】
一方、エレクトロポーレーション法も遺伝子導入魚作製法として有用視されている。これは、受精前の精子、あるいは受精卵に電気パルスを加えることで細胞膜に一過性の孔を形成し、そこから細胞内に外来遺伝子を流入させる方法である。
この方法は一度に大量の個体を処理することができるうえ、操作方法が容易であるといった利点を持つが、1細胞当たりに導入できる外来遺伝子の量がマイクロインジェクション法と比較して少ないため、導入効率や、遺伝子導入魚系統の作出効率はあまり高くないのが通例である。最近になって精子へのエレクトロポーレーションによる外来遺伝子の導入効率を上げるために、浸透圧の差を利用した新たな方法が開発された。コイ科魚類の精子は外部環境の浸透圧が低下すると運動を開始し、その後数十秒から数分で受精能力を失う。そこで、まず搾出したコイ精子を高調液中に浸漬することで精子に脱水処理を施す。その後、この脱水精子を等調液中に戻すことで、精子は急激に吸水を開始する。この吸水を外来遺伝子溶液中で行い、同時に電気パルスを加えることで、効率よく外来遺伝子を精子内部に流入させることが可能になった。実際に本法を利用することで遺伝子導入魚の作製効率は従来法の3倍以上にまで高まったと報告されている(Aquaculture, 173(1999), 297-307)。
【0010】
近年、Linらにより、多くの動物種に感染することが可能な水疱性口内炎ウイルスのG−タンパク質を持つように改変されたレトロウイルスが、ゼブラフィッシュに感染することが示され、実際にこのウイルスベクターを利用して遺伝子導入ゼブラフィッシュの作製に成功している(Science. 265 (1994), 666-669)。これらウイルスベクターを用いた系では外来遺伝子がコンカテマーを形成しないうえ、外来遺伝子が宿主細胞内で改変を受けにくいといった利点がある。その他、ジーンガンを用いた方法や生体組織に直接外来遺伝子を注入することで遺伝子導入を行う方法も開発されている。
【0011】
受精卵や卵母細胞へのマイクロインジェクション法、あるいは精子や受精卵へのエレクトロポーレーション法により遺伝子導入を行った場合の、外来遺伝子の魚体内での挙動として、外来遺伝子は宿主個体の染色体中にただちに組み込まれることはなく、発生の初期過程では染色体外に遊離した状態で存在するということがある。ニジマス受精卵へマイクロインジェクション法で外来遺伝子の導入を行った場合、1細胞当たりの外来遺伝子量は胞胚期までの間に急激に減少し、その後孵化期までゆっくりと減少し続ける。宿主細胞の染色体内に外来遺伝子が組み込まれるのは、ある程度卵割が進んでからで、個々の割球で独立してこの組み込み現象が起きると考えられている(「魚類のDNA」(恒星社厚生閣)1997、80-98)。多くの場合、外来遺伝子は数コピーから数百コピーが連結されたコンカテマーを形成し、宿主染色体の1カ所から数カ所に組み込まれる。
【0012】
以上のように、外来遺伝子の宿主染色体への組み込みは、発生が開始された後に生じるため、宿主個体中には外来遺伝子を持つ細胞と持たない細胞がモザイク状に混在することとなる。さらに、外来遺伝子の組み込みが各割球で独立して生じるために、外来遺伝子を異なる染色体上の異なる位置に保持する細胞がモザイク状に混在することもしばしば観察される。この外来遺伝子のモザイク状の組み込みは、現在までに試みられたいずれの方法を用いた場合においても、常に認められている現象である(Transgenic Res. 5 (1996), 147-166)。通常、宿主の染色体中に組み込まれた外来遺伝子は生殖細胞系列を経て次世代へと遺伝するが、遺伝子導入魚の第1世代(founder世代)では、この生殖細胞系列においても外来遺伝子はモザイク状に存在する。場合によっては外来遺伝子が体細胞系列には組み込まれているものの、生殖細胞系列には組み込まれずに、外来遺伝子がF1世代には全く伝達しないといった現象も頻繁に見受けられる。多くの報告では遺伝子導入親魚からF1世代を作出した場合、その中での遺伝子導入F1個体の割合は10%以下である。このように、現在の遺伝子導入魚作製技法の問題点は、遺伝子導入魚を系統化する際の効率の低さである。
【0013】
他方、この10年間に魚類由来のプロモーター解析もめざましい勢いで進み、遺伝子導入魚における外来遺伝子の発現を正確に制御する技術も着実に進展を見せている。魚類の内在性遺伝子の発現は胞胚の中期から急激に活性化される。遺伝子導入魚作製の際、遍在的に発現するタイプのプロモーターを用いた場合は、外来遺伝子もこの胞胚中期直後に一過性の極めて高レベルの発現を示す。この一過性発現の生物学的意義は明らかではないが、魚類卵には通常大量の外来遺伝子が導入され、かつこれらの外来遺伝子はメチル化されていないために、細胞内での発現制御が効かず、いわば遺伝子発現が暴走している状態にあると考えられている(Nucleic Acids Res, 26 (1998), 4454-4461)。
【0014】
近年になって、特にゼブラフィッシュを用いて各種遺伝子のプロモーター解析が進展し、赤芽球細胞または脳神経細胞特異的に発現するプロモーター、あるいは種々のストレスにより発現が誘導されるプロモーター等が単離されている(蛋白質核酸酵素,45 (2000),2954-2961)。ニジマスにおいてもvasa遺伝子のプロモーターが生殖細胞系列に特異的に活性化されることが報告されている(J. Dev. Biol. 44 (2000), 323-326)。なお、同様のvasaプロモーターは、その後メダカからも単離され、同様の活性が報告されている(蛋白質核酸酵素,45 (2000),2954-2961)。今後、ゼブラフィッシュ、メダカを中心に多くの時期特異性、組織特異性を示すプロモーターが単離されることが期待されるが、これらの魚種のプロモーターの開発は、魚類における遺伝子導入に際しての、外来遺伝子の発現制御のために重要な課題となる。
【0015】
魚類における遺伝的改変方法の技法として、遺伝子ターゲティングの技法が提案されている。この技法は、目的の遺伝子のみを狙って破壊あるいは改変する技法であるが、哺乳動物のマウスにおいては、既に確立した技術である。遺伝子ターゲティング動物の作出には、個体に改変することが可能な培養細胞が必要である。マウスではこのような条件を満たした細胞として、胚性幹細胞(Embryonic stem cell ES細胞)が使用されている。
魚類においてもこの10年以上の間、マウスES細胞と同様の特徴を備えた細胞株の樹立を目指して技術開発が行われてきた。魚類のES細胞研究についてはHongによる優れた総説(Fish Physiol Biochem, 22 (2000), 165-170)がある。
【0016】
魚類のES細胞株樹立の試みが、多くの研究者によりなされており、形態学的、生化学的特徴はマウス由来のES細胞に類似した細胞株がメダカ(蛋白質核酸酵素,40,2249-2256,1995;Fish Phys. Biochem. 22,165-170, 2000)、ゼブラフィッシュ(Methods Cell Biol. 59: 29-37, 1999)、及びヨーロッパヘダイ(Biomolecular Engineering, 15, 125-129, 1999)の胞胚細胞から樹立されている。これらの細胞を胞胚期前後の宿主胚に移植すると、移植細胞は種々の体細胞に分化することは既に確認されている。
上記のように、魚類のES細胞株樹立の試みは、多くの研究者によりなされているが、しかし、魚類ES様細胞が生殖細胞系列に分化し、次世代の作出に貢献したという論文は発表されていない。実際にはin vitroで数日間しか培養していない細胞は生殖系列にも分化するが(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98, 2261-2266, 2001)、培養期間を延長すると生殖細胞への分化能力は急激に消失する。
【0017】
魚類の生殖細胞がどのような機構によって他の体細胞から分化してくるかは未だ明らかではないが、近年、親の卵巣内で成熟途上の卵内に蓄積されたRNAやタンパク質等の母性因子が、生殖細胞系列の決定に重要な役割を果たしている可能性を示唆するデータが示されている(月刊海洋,31-5,266-271,1999)。そして、これらの母性因子が受精卵中に不均一に存在するため、細胞分裂により一部の割球のみがこの因子を受け取ることとなる。その結果、母性因子を受け取った一部の細胞のみが、将来生殖細胞系列へと分化していくと考えられている。一方、ES細胞が生殖細胞系列に分化することが知られているマウスでは、未分化な状態を維持している細胞集団が、周辺細胞からの刺激により生殖細胞へと分化していくと考えられている(蛋白質核酸酵素,43,405-411,1998)。このように生殖細胞系列の決定機構を考慮すると、マウスにおいては生殖細胞系列に分化可能な細胞株に求められる条件は“未分化であること”であるが、魚類の場合は“生殖細胞への分化を決定する母性因子を含むこと”である。このことは先に示した、未分化なマウスのES細胞は生殖細胞に分化するものの、魚類のES様細胞は体細胞にしか分化しないといった現象と矛盾の無いものである。
【0018】
以上のように、魚類のような脊椎動物においても、従来より、トランスジェニック動物やクローン動物の作製のための動物個体の改変やクローン化の試みがなされてきた。しかし、魚類のような脊椎動物の場合は、このように遺伝的に改変した、或いはクローン化を目的とした細胞を、宿主個体に移植し、これを分化誘導して、新たな個体として変換する技術が確立していない。したがって、魚類のような脊椎動物において、その個体を遺伝的に改変して、或いはクローン化して、その育種を行い或いはクローン動物の作製を行うためには、改変或いは分離した細胞を、宿主個体に移植し、これを分化誘導して、新たな個体として変換する技術の確立が重要な課題となっている。
【0019】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の課題は、脊椎動物における新規増殖又は育種方法を提供すること、特に魚類のような変温脊椎動物において、遺伝的に改変した或いは分離した細胞を、宿主個体に移植し、これを生殖細胞系列へ分化誘導する方法、及び、該分化誘導法を用いて、魚類のような脊椎動物の増殖或いは育種を行う方法を提供することにある。
【0020】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、魚類のような脊椎動物において、遺伝的に改変した或いは分離した細胞を、宿主個体に移植し、これを生殖細胞系列へ分化誘導する方法について、鋭意研究の結果、(1)ES細胞が生殖細胞系列に分化することが知られているマウスでは、未分化な状態を維持している細胞集団が、周辺細胞からの刺激により生殖細胞へと分化していくと考えられているのに対して、魚類のような脊椎動物においては、前記のように、親の卵巣内で成熟途上の卵内に蓄積されたRNAやタンパク質等の母性因子が、生殖細胞系列の決定に重要な役割を果たしており、そして、これらの母性因子が受精卵中に不均一に存在するため、細胞分裂により一部の割球のみがこの因子を受け取ることとなり、その結果、母性因子を受け取った一部の細胞のみが、将来生殖細胞系列へと分化していくと考えられること、(2)このような生殖細胞系列の決定機構を考慮すると、マウスにおいては生殖細胞系列に分化可能な細胞株に求められる条件は“未分化であること”であるが、魚類のような脊椎動物の場合は“生殖細胞への分化を決定する母性因子を含むこと”であること、(3)以上のような事実を考慮すると、魚類のような脊椎動物において、遺伝的に改変した或いは分離した細胞を、宿主個体に移植し、これを生殖細胞系列へ分化誘導する際に用いるべき細胞(すなわち、宿主個体に移植後、卵子又は精子に分化し、次世代個体に改変可能な細胞)は、未分化な胚細胞ではなく、将来生殖細胞に分化することが決定付けられている生殖細胞の幹細胞、すなわち始原生殖細胞であること、をつきとめ、そして、該始原生殖細胞を、魚類のような脊椎動物の孵化前後の魚類個体に移植することにより、始原生殖細胞を、生殖細胞系列へ分化誘導することができることを見い出した。即ち、本発明において、魚類のような脊椎動物由来の分離始原生殖細胞を、宿主脊椎動物の孵化前後の魚類個体への移植、特には、孵化前後の発生段階にある魚類個体の腹腔内腸管膜裏側への移植により、該始原生殖細胞を生殖細胞系列への分化誘導を行うことが可能であることを見い出した。
【0021】
魚類における分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導に際しては、分離始原生殖細胞として、孵化前後の胚から分離した始原生殖細胞を用い、宿主の孵化前後の魚類個体への移植を、孵化前後の発生段階にある宿主の腹腔内腸管膜裏側への移植により好適に行うことができる。
本発明の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法を用いて、脊椎動物個体中において、始原生殖細胞を卵母細胞或いは精原細胞に分化誘導し、更に卵子或いは精子へ分化誘導することにより、始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導を行い、該方法を用いて、脊椎動物の増殖や育種を行うことができる。
【0022】
すなわち本発明は、魚類由来の分離始原生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類の腹腔内への移植により孵化前後の魚類個体に移植することを特徴とする分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法(請求項1)や、魚類の腹腔内への移植による孵化前後の魚類個体への移植が、孵化前後の宿主魚類の腹腔内腸管膜裏側への移植であることを特徴とする請求項1記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法(請求項2)や、魚類由来の分離始原生殖細胞が、魚類の始原生殖細胞を可視化し、分離した始原生殖細胞であることを特徴とする請求項1又は2記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法(請求項3)や、始原生殖細胞の可視化が、魚類の生殖細胞で特異的に発現している遺伝子の調節領域に、生体中で始原生殖細胞を可視化しうるタンパク質をコードするマーカー遺伝子を組込んだプラスミドを、魚類の受精卵の細胞質内に組込むことによって行われることを特徴とする請求項3記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法(請求項4)や、魚類の生殖細胞で特異的に発現している遺伝子が、vasa遺伝子であり、生体中で始原生殖細胞を可視化しうるタンパク質をコードするマーカー遺伝子が、蛍光タンパク質FPをコードする遺伝子であることを特徴とする請求項4記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法(請求項5)からなる。
【0023】
また本発明は、分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導が、始原生殖細胞から、卵母細胞或いは精原細胞への分化誘導、又は、更に卵子或いは精子への分化誘導であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法(請求項6)や、魚類由来の分離始原生殖細胞が、宿主魚類とは異系統又は異種の魚類由来の始原生殖細胞であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法(請求項7)や、魚類由来の分離始原生殖細胞が、魚類から分離後、遺伝的に改変した始原生殖細胞であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法(請求項8)や、分離始原生殖細胞が、孵化前後の胚から分離した始原生殖細胞であり、宿主の孵化前後の魚類個体への移植が孵化前後の宿主の腹腔内腸管膜裏側への移植であることを特徴とする請求項1記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法(請求項9)や、請求項1記載の分化誘導法を、魚類の異種個体の卵子及び/又は精子の形成に用い、魚類の生殖細胞を調製することを特徴とする魚類の増殖方法(請求項10)や、請求項1記載の分化誘導法を、遺伝的に改変した魚類の始原生殖細胞に適用し、遺伝的に改変した魚類の卵子及び/又は精子を形成して、遺伝的に改変した魚類を調製することを特徴とする魚類の育種方法(請求項11)からなる。
【0024】
【発明の実施の形態】
本発明は、魚類由来の分離始原生殖細胞を用い、該細胞を、孵化前後の宿主魚類の腹腔内への移植により孵化前後の魚類個体に移植し、移植した分離始原生殖細胞を、宿主魚類個体中で生殖細胞系列へ分化誘導することよりなる。分離始原生殖細胞の宿主魚類孵化前後の魚類個体への移植は、孵化前後の宿主魚類の腹腔内腸管膜裏側への移植によって行うことができる。
本発明の方法により、分離始原生殖細胞を、例えば宿主魚類個体の孵化胚の腹腔内に、マイクロインジェクション法のような方法で移植すると、移植した始原生殖細胞は、自発的に宿主生殖腺内へと移動し、そこで増殖、分化を誘導することができる。魚類のような脊椎動物においては、移植に用いる始原生殖細胞は、孵化前後の胚から分離した始原生殖細胞を用いることができ、又、宿主の孵化前後の魚類個体への移植は、孵化前後の発生段階にある宿主を用いることができる。
【0025】
本発明において、始原生殖細胞を移植に用いるに際しては、該細胞の分離、精製を行い、取得する必要がある。始原生殖細胞は、初期発生の限られた段階、例えば魚類では、孵化前後の限られた初期発生の段階でのみ出現する細胞集団であることから、その取得のためには、その可視化を行い、分離、精製を可能として、取得を行う必要がある。
始原生殖細胞の可視化には、本発明者らが報告した方法(Int. J. Dev. Biol. 44: 323-326, 2000)を用いることができる。即ち、例えば、魚類のような脊椎動物の始原生殖細胞の可視化には、まず、脊椎動物の生殖細胞で特異的に発現している遺伝子を取得し(Mol. Reprod. Develop. 55: 364-371, 2000)、その調節領域を利用する。魚類においては、vasa遺伝子を利用することができる。vasaとは、ショウジョウバエでF1世代が不妊になる(F2世代が取れない)突然変異の原因遺伝子として単離され、生殖細胞におけるmRNAの翻訳に関与するRNAヘリカーゼ活性を有するといわれている遺伝子で(蛋白質核酸酵素,43,356-363,1998)、ニジマスのような魚類においても、始原生殖細胞において特異的に発現しており、この遺伝子の発現を、始原生殖細胞の可視化に利用することができる。
【0026】
始原生殖細胞の可視化に際して、始原生殖細胞において特異的に発現している遺伝子の発現を用いて、生体中で始原生殖細胞を標識して分離するためには、vasa遺伝子のように脊椎動物の生殖細胞で特異的に発現している遺伝子の調節領域に、例えば、生体中で始原生殖細胞を可視化しうるタンパク質等をコードするマーカー遺伝子を組込んだプラスミドを、脊椎動物の受精卵の細胞質内に組込むことによって行うことができる。
該マーカー遺伝子としては、蛍光タンパク質FPをコードする遺伝子、例えばオンワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein:GFP)やEGFP(Enhanced Green Fluorecent Protein)のようなマーカー遺伝子を用いることができる。
【0027】
可視化した始原生殖細胞を、生殖細胞組織から分離するには、適宜公知の方法を用いることができる。例えば、孵化胚から始原生殖細胞を含む生殖隆起を回収し、これをタンパク質分解酵素でバラバラになるまで解離し、更にこれをセルソーターに掛けて、分取することができる。始原生殖細胞は、マーカー遺伝子の発現により、蛍光陽性に標識されているから、蛍光を発している生殖細胞と蛍光を発していない他の体細胞とを、セルソーターにより、容易に分離することができる。
【0028】
取得した始原生殖細胞は、例えば、マイクロインジェクション等の適宜の方法により、孵化前後の宿主魚類の腹腔内腸管膜裏側のような宿主魚類孵化前後の魚類個体への移植を行うことによって、始原生殖細胞は、自発的に宿主生殖腺内へと移動し、卵母細胞或いは精原細胞への分化誘導、更には卵子或いは精子への分化誘導を行うことができる。
本発明の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法は、これを、新規個体の作成に用いることができ、脊椎動物の増殖方法及び育種方法に用いることができる。
【0029】
本発明の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法の脊椎動物の増殖方法への利用としては、該分化誘導方法を魚類等の異種個体の卵子及び/又は精子の形成に用い、これを用いて魚類等の大量の増殖に利用することができる。
本発明の増殖方法の特徴として、次のようなことが言える。
即ち、前記したように、哺乳動物のマウス等においては、精原細胞を宿主個体に移植し、精子に分化させる方法が開発されている。精原細胞を持つ精巣はこれらの細胞を天文学的な量、保持している。したがって、例え、数十、数百の外来の細胞を移植したところで、宿主生殖腺内で形成される精子の割合は極めて低く、実用に耐えうる技術とはなり得ない。しかし、本発明の方法では非常に若い胚を用いるため、宿主は50個程度の始原生殖細胞しか保持していない。ここに10個以上の(原理的には100細胞程度の移植は可能)細胞を移植することで、宿主生殖腺内での移植始原生殖細胞に由来する卵・精子の割合が極めて高くなる。
【0030】
また、始原生殖細胞は孵化前後の極めて若い胚に由来するため、元来その増殖能力が極めて高く、移植後の宿主個体内での増殖も極めて早いことが確認されている。さらに精原細胞の移植では精子しか作れないが、始原生殖細胞は性が分化する以前の細胞であるため、卵・精子の両者の形成が可能である。ちなみに魚類では卵の凍結保存技術が完成していないため、本始原生殖細胞を凍結保存後、移植により卵・精子を作れば遺伝子始原の保存という観点では画期的な技術であるといえる。
【0031】
本発明の分化誘導方法の、脊椎動物の増殖方法への利用の具体例としては、次のようなものがある。
(1)魚類等の脊椎動物の借り腹としての利用:単離した始原生殖細胞を異系統或いは異種の宿主動物に移植することで、宿主個体内で異系統・異種に由来する卵・精子が作られる。例えば、ニジマスの始原生殖細胞を、ヤマメに移植し、細胞増殖・分化を行うことができる。特に、親魚がマグロのような巨大な種の始原生殖細胞を小型の近縁種に移植することで、小型水槽でマグロの種苗生産も可能とすることができる。
【0032】
(2)魚類等の脊椎動物の遺伝子資源の保存への利用:希少種、絶滅危惧種の始原生殖細胞を凍結保存し、必要な時に飼育が容易な近縁種に移植すれば、これらの宿主は希少種、あるいは絶滅危惧種(場合によっては既に絶滅した種)に由来する卵・精子を作出することが可能となる。また、今後遺伝子導入等の技術により様々な有用系統・品種が作出された場合、個体の経代飼育を行わなくてもこれらの維持が可能であり、必要なときに宿主胚への移植により個体へ改変することが可能となる。
(3)単離した始原生殖細胞の分子生物学的・生化学的解析への利用:単離した始原生殖細胞からタンパク質、核酸を抽出し解析することで、この細胞で発現している遺伝子・タンパク質の同定が可能になる。特に再生医療等で注目されている幹細胞の解析系として有用である。
【0033】
本発明の分化誘導方法の、脊椎動物の増殖方法への利用の具体例としては、次のようなものがある。
(1)魚類等の脊椎動物の育種(品種改良)への利用:分離した始原生殖細胞をin vitroで遺伝的改変を施した後、宿主個体内に移植し、卵・精子に分化させ、受精することで、効率よく、目的の遺伝的改変を行った個体を作製することができる。
始原生殖細胞の遺伝的改変を行うには、前記したように、魚類のような脊椎動物で、既に用いられている公知の遺伝子の導入方法及び遺伝子の改変方法を用いることができる。該方法としては、例えば、魚類等の遺伝子導入方法として汎用されている、マイクロインジェクション法及びエレクトロポーレーション法を挙げることができる。
【0034】
(2)魚類等の脊椎動物の遺伝子機能解析への利用:始原生殖細胞がin vitroで培養することが可能になれば、この細胞に対して遺伝子ターゲティングを行った後、上記の方法で始原生殖細胞を個体に変換することで、例えば、当該遺伝子の機能が破壊されたノックアウト魚や、さらには当該遺伝子の配列を改変したノックイン魚を作出することが可能となる。すなわち、マウスで利用されている胚性幹細胞(ES細胞)の代用として利用することが可能であり、これにより機能が未知の新規遺伝子の役割を明らかにすることが可能となる。
【0035】
【実施例】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
本発明の実施例として、ニジマスを用いた例を示し、本発明を説明する。
[可視化による始原生殖細胞の分離]
(ニジマス始原生殖細胞におけるvasa遺伝子の発現)
ニジマスの始原生殖細胞を可視化するためには、細胞を標識するための何らかの分子マーカーが必要である。高等脊椎動物では種々の細胞表面抗原に対する特異抗体が既に作製されているため、生きた始原生殖細胞を同定することが可能になっている。しかし、魚類ではそのような簡便な分子マーカーは知られていない。そこで、我々はショウジョウバエからヒトまでの幅広い動物種にわたり、生殖細胞系列で特異的に発現していることが知られているvasa遺伝子に注目した。vasaとはショウジョウバエでF1世代が不妊になる(F2世代がとれない)突然変異の原因遺伝子として単離され、生殖細胞におけるmRNAの翻訳に関与するRNAヘリカーゼ活性を有するといわれている(蛋白質核酸酵素,43,356-363,1998)。
【0036】
ニジマスのvasa cDNAをクローニングするため、既知の配列情報を用いPCR法でcDNA増幅を行ったところ、ニジマスにおいても卵巣からvasa cDNAのホモログを単離することができた。次に、この遺伝子の発現状況を成魚の各組織を用いてノーザンブロット解析により調査した結果、卵巣と精巣に特異的に強い発現が認められた。さらに、発眼胚におけるvasa遺伝子の発現をホールマウントin situハイブリダイゼーション法で調査したところ、vasa遺伝子は腹腔背側に2列に並んでいる約60個程度の細胞において発現していることが明らかになった(図1(参考写真1参照):ニジマス発眼胚でのvasa遺伝子発現細胞。vasaアンチセンスRNAをプローブに用いて行ったホールマウントin situハイブリダイゼーションの結果、始原生殖細胞と予想される腹腔背側に2列に並んだ細胞だけが特異的に青黒く染色している)。
【0037】
これらの細胞の分布は、組織学的観察から予想される始原生殖細胞の位置(Bull Japan Soc Sci Fish. 46, 1317-1322, 1980)と一致した。そこで、孵化胚で組織切片を作製し、これらvasa遺伝子の発現細胞の同定を試みたところ、vasa遺伝子は腹腔の背側から懸垂している1対の生殖隆起(未分化な生殖腺)に取り込まれている大型の円形細胞において特異的に発現していることが明らかとなった(図2(参考写真2参照):ニジマス孵化胚においてvasa mRNAは生殖隆起内の始原生殖細胞(矢印)においてのみ発現している。vasaアンチセンスRNAをプローブにし、組織切片に対して行ったin situハイブリダイゼーション。MD:中腎管、G:腸管)。これらの細胞の位置、および形態は既知の始原生殖細胞の特徴と同一であり、ニジマス胚でもvasa遺伝子が始原生殖細胞において特異的に発現していること、さらにこの遺伝子発現が始原生殖細胞のマーカーとして有用であることが明らかとなった。
【0038】
(ニジマス始原生殖細胞の可視化)
従来報告されたvasa遺伝子の発現を利用したニジマス始原生殖細胞の同定法はどれも、固定された死んだ胚を用いて行ったものである。そこで、次のステップとして、生きたニジマス胚の始原生殖細胞の可視化を行った。vasa遺伝子が始原生殖細胞においてのみ発現するということは、vasa遺伝子の転写調節領域(プロモーター、エンハンサー)は始原生殖細胞においてのみ活性化され、vasa mRNAの転写を促すと考えられる。そこで我々は、このvasa遺伝子の転写調節領域をクローニングし、これにオワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein; GFP、青い光を当てると、緑色の蛍光を発するタンパク質)の遺伝子を接続し(図3:始原生殖細胞の可視化のために用いた組換え遺伝子の構造。GFP遺伝子の発現がvasa遺伝子の転写調節領域により制御される。UTR:非翻訳領域)、この組換え遺伝子をニジマスへ導入した。すなわち、始原生殖細胞において、vasa遺伝子由来の転写調節領域が特異的に活性化されGFPを産生することで、始原生殖細胞が特異的に緑色蛍光を発することを期待したわけである。
【0039】
魚類へ外来遺伝子を導入する際は、通常ガラス製の細いピペットで遺伝子を受精卵へ注射する(マイクロインジェクション法)。その後卵割が進むと、注入された外来遺伝子は一部の割球では宿主の染色体に組み込まれるが、多くの割球では異物として排除される。その結果、マイクロインジェクション法で作製された遺伝子導入魚では、外来遺伝子を持つ細胞と持たない細胞がモザイク状に混在することとなる。予想通り、本法で作製された遺伝子導入ニジマスは、緑色に蛍光を発する始原生殖細胞とそうでない始原生殖細胞が混在するモザイク個体が得られた。しかし、我々の最終目的は大量の始原生殖細胞を精製し、培養に用いることであるため、受精卵一粒ずつにマイクロインジェクションを施し、一部の始原生殖細胞だけを可視化するのでは効率が極めて悪い。幸いにして遺伝子導入魚において、宿主の染色体に組み込まれた外来遺伝子は、宿主染色体と一緒に次世代へ遺伝する。
【0040】
そこで、これらの遺伝子導入ニジマスを親にして、F1、F2世代を作出することで、すべての細胞が外来遺伝子を保持するモザイクではない遺伝子導入ニジマスの大量生産を行った。図4(図4(参考写真3参照):vasa遺伝子の転写調節領域により制御されるGFP遺伝子の導入により始原生殖細胞が特異的に緑色蛍光を発している遺伝子導入ニジマスの孵化稚魚)にF1個体の蛍光写真を示したが、これらの個体では、予想通り全ての始原生殖細胞が強い緑色蛍光を発しており、生きたニジマス胚の中で生きた始原生殖細胞を可視化することに成功した。この緑色蛍光は始原生殖細胞に限らず、vasa遺伝子の発現パターンと同様に卵原細胞・精原細胞、さらには卵母細胞においても、その発現が認められた(図5(参考写真4参照):vasa遺伝子の転写調節領域により制御されるGFP遺伝子を導入したニジマス1年魚の生殖腺(左:卵巣、右:精巣)。生殖細胞が緑色の蛍光を発している。*、無印はそれぞれ遺伝子導入個体、通常個体から摘出した生殖腺)。以上のように、vasa遺伝子を分子マーカーとして利用することで、固定した胚のみならず、生きた胚においても始原生殖細胞を可視化・同定することが可能となった。そこで次項では、これらの緑色蛍光を発する始原生殖細胞の単離・精製について概説する。
【0041】
(可視化ニジマス始原生殖細胞の分離)
先に述べたように、始原生殖細胞をES細胞のように培養し、“幹細胞を介した遺伝子導入技法”に利用していくためには、多量の細胞を生きた状態で単離・精製する必要がある。そこで、細胞が発する蛍光強度を指標に細胞を分取することができるセルソーターと呼ばれる装置を用いて、緑色蛍光陽性である生殖細胞と蛍光を発していない他の体細胞とを分取することを試みた。ニジマス始原生殖細胞は孵化稚魚1尾当たり60個程度しか存在しないため、予備実験として、蛍光標識された生殖細胞を大量に含む1才魚の精巣を用いて、セルソーターによる蛍光強度解析を行った。まず精巣を解離後、フローサイトメーターに供試し、その蛍光強度の分布を解析した。その結果、図6(図6:解離した精巣細胞の蛍光強度分布。生殖細胞のみがGFP遺伝子を発現したことにより、特異的に蛍光を発し蛍光陽性細胞集団を形成している)に示したようなグラフが得られ、明らかに蛍光強度の強い細胞集団が認められた。
【0042】
そこで、これらの強い蛍光を発している細胞のみを分取したところ、全ての細胞において緑色蛍光が観察され、これらの細胞が生殖細胞であることが示唆された(図7(参考写真5参照):セルソーターにより単離した精巣由来の生殖細胞。全細胞が蛍光を発している;左:明視野像、右:蛍光像)。次に、精巣を用いて設定された条件を用いて、始原生殖細胞の精製を試みた。セルソーターを用いた細胞の分取においては、供試する細胞懸濁液中における目的細胞(この場合は始原生殖細胞)の濃度が高ければ高いほど、高回収効率が期待できる。そこで、ニジマス胚全体を用いるのではなく、孵化胚から始原生殖細胞を含む生殖隆起のみを大量に回収した。この生殖隆起は極めて微細な組織であるが、前述のようにニジマス孵化胚は他の魚種と比較して極めて大きいため(ニジマス卵はサケの卵であるイクラ同様の大きさであり、その孵化稚魚は全長1.5cm程度である)、実体顕微鏡下で解剖が可能である。さらに生殖隆起内に含まれる始原生殖細胞は緑色蛍光を発しているため、実体蛍光顕微鏡を用いると、緑色蛍光を目印にして容易に生殖隆起を単離することができた(図8;参考写真6参照)。
【0043】
得られた生殖隆起はタンパク質分解酵素でバラバラになるまで解離し、セルソーターに供試した。精巣細胞で行った実験と同一の方法で細胞分取を行ったところ、精巣細胞と同様に蛍光強度の強い細胞集団が認められたので、この集団を分取した。得られた細胞は顆粒を多く含む大型の円形細胞であり、大型の核を有するという始原生殖細胞の形態的特徴を良く示していた。さらに、これらの蛍光陽性細胞と陰性細胞からmRNAを抽出し、vasa遺伝子の発現を調査した結果、蛍光陽性細胞にのみvasa遺伝子の発現が認められた。以上のように、その形態および遺伝子発現パターンから考えて、本実験で得られた細胞は間違いなく始原生殖細胞であると考えられた。本実施例の方法により、約20尾のニジマス孵化稚魚から500個程度の始原生殖細胞を精製することができる。
【0044】
[分離した始原生殖細胞のニジマス初期胚での分化誘導]
(分離始原生殖細胞のニジマス初期胚への導入)
上記方法により分離した、ニジマスのvasa遺伝子の発現調節領域にオワンクラゲ由来のGFP遺伝子を接続し、可視化したニジマスの始原生殖細胞を、宿主ニジマスの初期胚に導入した。このGFP遺伝子を導入したニジマスは、始原生殖細胞が特異的に緑色蛍光を発するため、生きた個体内で可視化することができる。
ニジマスの初期胚への始原生殖細胞の導入は、ニジマスの孵化前後の胚(水温10℃で飼育した場合、受精後30−40日の胚、孵化は受精後32日)から、前記の方法で単離した始原生殖細胞10個程度を、マイクロインジェクターに装着したガラス製のマイクロピペットで吸引し、同じ発生段階のニジマス個体の腹腔内腸管膜裏側に移植した(図9;参考写真7参照)。なお、このステージの胚は約50個の始原生殖細胞を保持している。この際、腸管膜の手前側に移植すると移植した細胞が腹腔内の内圧により胚体外に漏出し、移植効率が悪い。
【0045】
(移植した始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導)
初期発生段階のニジマス個体の腹腔内腸管膜裏側に移植した始原生殖細胞は、自発的に未熟生殖腺に向かって移動を開始し、そこで生殖腺内に取り込まれる(図10;参考写真8参照)。移植後、30日で、移植した始原生殖細胞が生殖腺内へ移動しているのが観察された(図11;参考写真9参照)。その後、移植した始原生殖細胞は、生殖腺内で、1箇所に固まって存在し、細胞分裂しているのが観察された(図12;参考写真10参照)。更に、移植した始原生殖細胞は、宿主生殖腺内で効率よく増殖し、6ヶ月後には、精巣において精原細胞に(図13;参考写真11参照)、卵巣において卵原細胞・卵母細胞に(図14;参考写真12参照)分化誘導しているのが観察された。これらの卵母細胞や精原細胞は、卵子又は精子に分化するので、これらの生殖細胞を用いることにより、新しいニジマス個体を作製することができる。
【0046】
[分離した始原生殖細胞のヤマメ初期胚での分化誘導]
(分離始原生殖細胞のヤマメ初期胚への導入)
上記方法と同様にして、ニジマスのvasa遺伝子の発現調節領域にオワンクラゲ由来のGFP遺伝子を接続し、可視化したニジマスの始原生殖細胞を、異種個体である宿主ヤマメの初期胚に導入した。このGFP遺伝子を導入した始原生殖細胞は特異的に緑色蛍光を発するため、生きたヤマメ個体内で可視化することができる。
ヤマメの初期胚への始原生殖細胞の導入は、ニジマスの孵化前後の胚(水温10℃で飼育した場合、受精後30−40日の胚、孵化は受精後32日)から、前記の方法で単離した始原生殖細胞10個程度を、マイクロインジェクターに装着したガラス製のマイクロピペットで吸引し、同じ初期発生段階のヤマメ個体の腹腔内腸管膜裏側に移植した。
【0047】
(移植した始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導)
初期発生段階のヤマメ個体の腹腔内腸管膜裏側に移植した始原生殖細胞は、自発的に未熟生殖腺に向かって移動を開始し、そこで生殖腺内に取り込まれる。移植後、60日目において、移植した始原生殖細胞が生殖腺中の生殖隆起へ移動し、生殖隆起内に取り込まれて、更に増殖しているのが観察された(図15(参考写真13参照);図中の矢印はヤマメ宿主の生殖腺中に観察されたニジマス由来の生殖細胞を示す。)。その後、移植した始原生殖細胞は、宿主生殖腺内で効率よく増殖し、精巣において精原細胞に、卵巣において卵原細胞・卵母細胞に分化誘導しているのが観察された。これらの卵母細胞や精原細胞は、ヤマメ個体内で、卵子又は精子に分化するので、これらの生殖細胞を用いることにより、新しいニジマス個体を作製することができる。
【0048】
【発明の効果】
本発明の方法は、胚性幹細胞(ES細胞)から、生殖細胞系列への分化が困難な魚類のような脊椎動物において、始原生殖細胞を用いて、これを脊椎動物の初期胚へ移植することにより、魚類のような脊椎動物においても、生殖細胞系列への分化誘導を可能とし、更には個体の形成を可能とするものである。本発明の方法を用いれば、魚類のような脊椎動物において、その増殖や育種が可能となり、種々の技術への利用を可能とする。例えば、(1)分離した始原生殖細胞を、異種系統や異種の宿主個体に移植して、魚類等の借り腹としての利用を可能とする。この方法により、マグロのような巨大な種の始原生殖細胞を小型の近縁種に移植することで、小型水槽でマグロの種苗生産も可能とすることができる。
【0049】
また、(2)希少種、絶滅危惧種の始原生殖細胞を凍結保存し、必要な時に飼育が容易な近縁種に移植することにより、魚類等の脊椎動物の遺伝子資源の保存への利用を可能とすることができる。また、(3)単離した始原生殖細胞からタンパク質、核酸を抽出し解析することで、この細胞で発現している遺伝子・タンパク質の同定が可能になり、単離した始原生殖細胞の分子生物学的・生化学的解析への利用を可能とすることができる。また、(4)分離した始原生殖細胞をin vitroで遺伝的改変を施した後、宿主個体内に移植し、卵・精子に分化させ、受精することで、魚類等の脊椎動物の育種(品種改良)への利用を図ることができる。更に、(5)始原生殖細胞に対して遺伝子ターゲティングを行った後、上記の方法で始原生殖細胞を個体に変換することで、例えば、当該遺伝子の機能が破壊されたノックアウト魚や、さらには当該遺伝子の配列を改変したノックイン魚を作出することが可能となり、魚類等の脊椎動物の遺伝子機能解析への利用が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施例において、ニジマス発眼胚でのvasa遺伝子発現細胞において、vasaアンチセンスRNAをプローブに用いて行ったホールマウントinsituハイブリダイゼーションの結果を示す図である。
【図2】本発明の実施例において、ニジマス孵化胚においてvasa mRNAの発現を確認するために、vasaアンチセンスRNAをプローブにし、組織切片に対してin situハイブリダイゼーションを行った結果を示す図である。
【図3】本発明の実施例において、始原生殖細胞の可視化のために用いた組換え遺伝子の構造を示す図である。
【図4】本発明の実施例において、vasa遺伝子の転写調節領域により制御されるGFP遺伝子の導入により始原生殖細胞が特異的に緑色蛍光を発している遺伝子導入ニジマスの孵化稚魚の写真を示す図である。
【図5】本発明の実施例において、vasa遺伝子の転写調節領域により制御されるGFP遺伝子を導入したニジマス1年魚の生殖腺(左:卵巣、右:精巣)において、生殖細胞が緑色の蛍光を発している状態を示す図である。
【図6】本発明の実施例において、解離した精巣細胞の蛍光強度分布の状況を示す図である。
【図7】本発明の実施例において、セルソーターにより単離した精巣由来の生殖細胞が、全細胞蛍光を発している(左:明視野像、右:蛍光像)状況を示す図である。
【図8】本発明の実施例において、生殖隆起内に含まれる始原生殖細胞が緑色蛍光を発している実体蛍光顕微鏡像である。
【図9】本発明の実施例において、始原生殖細胞を、マイクロインジェクターに装着したガラス製のマイクロピペットで吸引し、発生段階のニジマス個体の腹腔内腸管膜裏側に移植している状況を示す図である。
【図10】本発明の実施例において、発生段階のニジマス個体の腹腔内腸管膜裏側に移植した始原生殖細胞が、自発的に未熟生殖腺に向かって移動を開始し、そこで生殖腺内に取り込まれる状況を説明した図である。
【図11】本発明の実施例において、腹腔内腸管膜裏側に移植した始原生殖細胞が、未熟生殖腺に向かって移動を開始し、移植後、30日で、移植した始原生殖細胞が生殖腺内へ移動している状況の写真を示す図である。
【図12】本発明の実施例において、移植した始原生殖細胞が、生殖腺内で、1箇所に固まって存在し、細胞分裂している状況の写真を示す図である。
【図13】本発明の実施例において、移植した始原生殖細胞が、宿主生殖腺内で効率よく増殖し、6ヶ月後には、精巣において精原細胞に分化誘導している状況の写真を示す図である。
【図14】本発明の実施例において、移植した始原生殖細胞が、宿主生殖腺内で効率よく増殖し、6ヶ月後には、卵巣において卵原細胞・卵母細胞に分化誘導している状況の写真を示す図である。
【図15】本発明の実施例において、ヤマメの腹腔内腸管膜裏側に移植したニジマス始原生殖細胞が、ヤマメ胚内で、生殖隆起に移動し、生殖隆起内に取り込まれ、更に増殖している様子を示す写真である。

Claims (11)

  1. 魚類由来の分離始原生殖細胞を、孵化前後の宿主魚類の腹腔内への移植により孵化前後の魚類個体に移植することを特徴とする分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法。
  2. 魚類の腹腔内への移植による孵化前後の魚類個体への移植が、孵化前後の宿主魚類の腹腔内腸管膜裏側への移植であることを特徴とする請求項1記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法。
  3. 魚類由来の分離始原生殖細胞が、魚類の始原生殖細胞を可視化し、分離した始原生殖細胞であることを特徴とする請求項1又は2記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法。
  4. 始原生殖細胞の可視化が、魚類の生殖細胞で特異的に発現している遺伝子の調節領域に、生体中で始原生殖細胞を可視化しうるタンパク質をコードするマーカー遺伝子を組込んだプラスミドを、魚類の受精卵の細胞質内に組込むことによって行われることを特徴とする請求項3記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法。
  5. 魚類の生殖細胞で特異的に発現している遺伝子が、vasa遺伝子であり、生体中で始原生殖細胞を可視化しうるタンパク質をコードするマーカー遺伝子が、蛍光タンパク質FPをコードする遺伝子であることを特徴とする請求項4記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法。
  6. 分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導が、始原生殖細胞から、卵母細胞或いは精原細胞への分化誘導、又は、更に卵子或いは精子への分化誘導であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法。
  7. 魚類由来の分離始原生殖細胞が、宿主魚類とは異系統又は異種の魚類由来の始原生殖細胞であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法。
  8. 魚類由来の分離始原生殖細胞が、魚類から分離後、遺伝的に改変した始原生殖細胞であることを特徴とする請求項1〜7のいずれか記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法。
  9. 分離始原生殖細胞が、孵化前後の胚から分離した始原生殖細胞であり、宿主の孵化前後の魚類個体への移植が孵化前後の宿主の腹腔内腸管膜裏側への移植であることを特徴とする請求項1記載の分離始原生殖細胞の生殖細胞系列への分化誘導方法。
  10. 請求項1記載の分化誘導法を、魚類の異種個体の卵子及び/又は精子の形成に用い、魚類の生殖細胞を調製することを特徴とする魚類の増殖方法。
  11. 請求項1記載の分化誘導法を、遺伝的に改変した魚類の始原生殖細胞に適用し、遺伝的に改変した魚類の卵子及び/又は精子を形成して、遺伝的に改変した魚類を調製することを特徴とする魚類の育種方法。
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