JP4232128B2 - 被削性に優れた高強度プリハードン鋼材 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、マルテンサイト組織による高強度と被削性を兼備した高強度プリハードン鋼材に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来プラスチック製品を成形するための金型で被削性にすぐれた金型としては、炭素鋼系、SCM系やさらにこれらにS、Pbなどの快削性元素を含む材質が使用されている。
また、金型材料としては上記の炭素鋼系、SCM系のほかに、適量のNiおよびAlを添加してそれらの金属間化合物を析出させて硬さを確保したものが提案されている(特開平2−179845号)。この組織は、60%以上のフェライトと残りのパーライトとからなる2相で、被削性は十分とはいえない。
【0003】
とくに大型の金型の材料に適するものとして、特定量のCr、MoおよびCuを必須成分として比較的多量に含有するプリハードン鋼も提案されている(特開平2−263953号)。この材料は硬さがHRC34程度まで高められ、組織は上部ベイナイトに調整されている。これはSなどの快削元素を添加しなくても比較的良好な被削性を実現しているが、広範囲な硬さ領域での被削性は十分ではない。
さらに、上記のような材料では耐食性が劣るため長期保管中あるいは水溶性切削油が付着した状態で放置された場合には発錆などの問題を生じることがある。
【0004】
一方、従来から耐食性のすぐれた金型としては、SUS420系、SUS630系などのステンレス系の材料が使用されたり、特開平3―75333号にも類似金型鋼が開示されている。これらは難燃性樹脂など腐食性の強い樹脂を成形するための金型材であり、耐食性に優れ当然保管中の発錆などの問題は無いものの、被削性が劣るため金型加工工数の増加、納期、価格などの面で不具合を生じている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
上述した上部ベイナイト組織を主体とするプリハードン鋼材は比較的良好な被削性を実現しているが、この分野で特に要求される生産コスト低減、リードタイム短縮の観点からの金型の切削加工工数の低減にとって十分な被削性を有しているとはいえない。また安定した被削性を実現する上部ベイナイト組織を得るためには、製造時の熱処理工程で冷却速度のコントロールが不可欠であり、多大な熱処理工数がかかるという欠点も有している。
【0006】
一方、マルテンサイト組織を主体とする鉄鋼材料は、オーステナイトからマルテンサイト変態させることで、強度が大きく上昇するにもかかわらず延性・靭性がほとんど低下しないという特徴を最大限に利用して種々の用途に用いられている。しかし、マルテンサイトは被削性に問題があると考えられており、マルテンサイト組織に調整した後での機械加工は通常行われていない。
本発明の目的は、以上のような問題点を解決するためのものであって、マルテンサイト組織を主体とする鋼材の特徴である強度・延性バランスに優れる利点を害することなく、被削性を改善した特にはプラスチック成型金型用鋼として使用できる高強度プリハードン鋼材を提供することである。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、マルテンサイト組織と被削性について検討し、焼入れ時にオーステナイト組織から生じるマルテンサイトのパケットの大きさをできるだけ大きく調整することにより、焼入れ・焼戻し後の被削性が大きく改善されることを見出し本発明に到達した。
【0008】
すなわち本発明は、マルテンサイト組織を有し、該マルテンサイト組織を構成するパケットサイズがオーステナイト結晶粒度番号で評価したとき8番かそれより大きいサイズを有する被削性に優れた高強度プリハードン鋼材に関するものである。
【0009】
上述した被削性を害することなく、例えばプラスチック成形金型用鋼材としてのシボ加工性、磨き性に優れ、さらには切削加工、放電加工などの加工後そのまま放置しても錆び発生等の問題を生じないためには質量比でC:0.2%以下、Si:1.5%以下、Mn:2.0%以下、Cr:3.0〜8.0%未満、Ni:1.0〜4.0%、Al:0.5〜2.0%、Cu:0.3〜3.5%を含み、残部Feおよび不可避的不純物の化学組成に調整する。
【0010】
本発明においては、上述した組織と化学組成による基本的な作用を損なわない範囲において耐食性向上元素や、靱性改善元素あるいはさらに被削性改善元素を添加することができる。
例えば、耐食性改善元素としては、Mo:1.0%以下、靱性改善元素としては、質量比でV:0.5%以下、被削性改善元素としては、S:0.20%以下を含有させることができる。
また、本発明において、さらに基地の硬さを向上するためには質量比で0.2%<Si≦1.5%を満足させることが好ましい。
もちろん、Co≦1.0%のような靭性改善元素を加えても良い。
【0011】
【発明の実施の形態】
上述したように、本発明の最も重要な特徴の1つは、焼入れ時にオーステナイト組織から生じるマルテンサイトのパケットサイズをオーステナイト結晶粒度番号で評価して8番もしくは、それより大きいサイズに調整したことである。
鋼のマルテンサイトには種々の形態のものがあるが、大半の実用熱処理用鋼に現れるマルテンサイトはラス状を呈する。ラスマルテンサイトは極めて細かい(幅が約0.2μm程度)組織であるが、個々のラス晶はフェライト組織のような1つの結晶粒としての作用をもたない。
【0012】
それは、ラスマルテンサイトはほとんど同じ結晶方位(同じバリアント)のものが多数隣接して生成する傾向があり、これらのラスが合体した境界は小傾角粒界になるからである。
光学顕微鏡では、1つのオーステナイト粒は数個のパケットにより分割され、各パケットはさらにいくつかのほぼ平行な帯状のブロックにより分割されている。
【0013】
パケットは平行に並んだ(つまり同じ晶へき面の)多くのラスの集団からなる領域であり、ブロックは平行でかつ同じ結晶方位をもつラスの集団からなる領域である。
このようにパケットあるいはブロックはマルテンサイトの強靱性を支配する基本的組織単位となる。炭素鋼や低合金鋼の場合にはブロックの発達が不十分なため、強靱性は主としてパケットによって支配されると考えて良い。具体的には図1に示す組織を有することになる。
【0014】
以上のように、ラスマルテンサイト組織ではパケットが、フェライト組織における結晶粒に対応する組織単位であり、これらは母相オーステナイトが微細になるほど細かくなる。つまり、超強力鋼に代表されるこれまでの開発では、延性・靭性を害せずさらなる高強度化をめざすためにラスマルテンサイト組織の微細化に精力を費やしていたが、反面被削性の劣化が助長されていた。
【0015】
本発明では、機械的性質の基本的組織単位であるマルテンサイトのパケットサイズをオーステナイト結晶粒度番号で評価して8番かそれより大きいサイズに調整したことで、マルテンサイト組織を有する鋼材の特徴である強度・延性バランスに優れる利点を害することなく、焼入れ・焼戻し後の被削性が大きく改善されることを実現した。即ち、被削性の優れたプリハードン用鋼として使用できるマルテンサイト組織を見いだしたのである。
実用上は、35〜45HRCの硬さにおける優れた被削性を兼備させることが可能である。
【0016】
本発明における成分範囲の基本とするところは、被削性を害さないで優れた耐食性を付与するためにCrあるいはさらにMoなどを固溶し、焼入れされた低Cマルテンサイト組織を有する基地を、焼戻し時に金属間化合物や炭化物を析出させて硬さを高めようとするものである。
本発明の金型用鋼材の成分範囲の限定理由について説明する。
【0017】
C:0.20%以下
Cは、フェライトの生成を防ぎ、硬さ、強度向上に有効な元素である。0.20%を超えると、炭化物を形成し切削時の工具摩耗を増長する原因となったり、基地中のCr量が減じるため耐食性を劣化するので、0.20%以下とする。なお、含有量が0.02%未満では十分な強度を確保することができない場合があるので好ましくは0.02%以上とする。
Si:1.5%以下、好ましくは0.2<Si≦1.5%
Siは、通常脱酸剤として使用されるが、一方、靭性を低下させる反面被削性を改善する。したがって両者の作用バランスを考慮して1.5%以下とする。望ましくは、上述の両者の作用バランスを害せず基地の硬さを向上させるために0.2<Si≦1.5%とする。
【0018】
Mn:2.0%以下
Mnは、Siと同様に脱酸剤として使用されるほか、焼入れ性を高めてフェライトの生成を阻止する作用があるが、多すぎると組織に延性を増し被削性を低下するので2.0%以下とした。
Cr:3.0〜8.0%未満
Crは、耐食性を付与するのに有効な元素であり、明らかな効果を示すには3.0%以上の含有が必要である。しかし、8.0%以上含有すると、耐食性は一層向上するがフェライトの形成が増長され必要硬さが確保できなくなったり、過剰の靭性により被削性が劣化することとなるので3.0〜8.0%未満と規定した。
【0019】
Ni:1.0〜4.0%
Niは、変態点を下げ、冷却時にマルテンサイト組織を均一に生成させる作用と、Alとの金属間化合物を形成して析出させて硬さを高める作用があり、1.0%未満ではこの作用が認められなく、4.0%を超えてもその効果は添加量の割りには顕著にならず、また、オーステナイトを生成し必要以上に粘くなり被削性を劣化させるので1.0%〜4.0%とする。
Al:0.5〜2.0%
Alは、Niと結合し金属間化合物NiAlを形成して析出させ、硬さを高める作用があり、その効果のためには0.5%以上を必要とするが、2.0%を越えてもNiとのバランスの点から析出硬化に効果が期待出来ないこと、酸化物系の硬い介在物を形成し工具摩耗の原因となったり、鏡面研摩性、シボ加工性なども害するので0.5〜2.0%とした。
【0020】
Cu:0.3〜3.5%
Cuは、少量のFeを固溶した固溶体(ε相)を生成するとされ、Niと同様に析出硬化に寄与する。その効果のためには0.3%以上が必要である。しかし、Cuは、反面靭性を低下させたり、高温で母材の結晶粒界に浸潤して、熱間加工性を害する作用をするため3.5%以下とした。
Mo:1.0%以下
Moは、固溶により耐食性の向上に極めて有効であるので必要に応じて添加するとよい。しかし、炭化物を形成して、工具摩耗を増加させるので、上限を1.0%とする。
【0021】
V:0.5%以下
Vは、結晶粒の細粒化に有効で材料の靭性改善作用を有し、本発明鋼の特性をさらに改善する効果を示すので、必要により添加するが、多量に含有すると炭化物を形成して、工具摩耗を増加させるので上限値は、0.5%とした。
S:0.20%以下
Sは、Mnと結合してMnS介在物を形成し被削性を向上させる。しかし、MnSは孔食の起点となり易く耐食性を劣化させるので必要に応じて添加する。しかし、0.20%を越えても耐食性の低下に見合う被削性向上は望めないので上限は0.20%とした。
【0022】
【実施例】
(実施例1)
表1に示す成分を有する供試鋼を30kg高周波溶解炉にて溶解し、40mm×40mmの角棒に鍛伸後、熱処理を施し実験に供した。なお、試料FはSUS420に、試料GはSUS630にそれぞれ相当するものである。
熱処理は以下に示す、Type1、Type2、Type3の焼き入れを行い、続いてすべての加工熱処理材に対して、硬さ40HRC±5を得るように、焼戻しとして520℃から580℃の20℃刻みの適正温度で1時間加熱後空冷するものである。
Type1:1000℃で1時間加熱してから約20℃/minの冷却速度で空冷
Type2:1100℃で1時間加熱してから約5℃/minの冷却速度で徐冷
Type3:1000℃で1時間加熱してから冷却過程でオースフォーミングしたのち約100℃/minの冷却速度で空冷
【0023】
【表1】
【0024】
表2は、熱処理して得られた試料のミクロ組織におけるマルテンサイトのパケットサイズ、被削性、硬さ、耐食性を測定した結果を示すものである。
またマルテンサイトのパケットサイズを熱処理にて調整した代表的な鋼種Aにおけるパケットサイズの違いを組織写真として図2に示す。図2に示すように、熱処理によって、パケットサイズが大きくことなることが確認できる。
なお、実際の測定評価におけるマルテンサイトのパケットサイズは、まず光学顕微鏡組織をASTMで規定されている100倍での標準粒度図と比較して粒度を決定し、各試料において6枚の写真についてこれらの測定を行い平均パケットサイズを求めた。
【0025】
被削性の評価は、エンドミル切削試験を実施し、切削長6m時での工具逃げ面の最大摩耗巾(Vbmax)を測定した。切削条件は、2枚刃φ10ハイス・エンドミル、切削速度23m/min、送り速度0.06mm/刃、湿式で行った。
耐食試験として、▲1▼塩水噴霧試験(5%NaCl,35℃,1hr)▲2▼水道水浸せき試験(室温,1分浸せき後大気中放置)を実施し、外観観察により発錆状況を比較しその程度により◎(良好:発錆ゼロ)、○(良:発錆面積率10%未満)、×(不良:発錆面積率30%以上)、△(中間:発錆面積率10〜30%未満)で評価した。
【0026】
【表2】
【0027】
いずれの試料も熱処理により硬さ40±5HRCを満たすものとなっている。試料A〜Eでは、組織を構成するパケットサイズがオーステナイト結晶粒度番号で評価したとき8番より大きいサイズを有している場合には良好な被削性を有しているが、それ未満の小さいサイズでは被削性が劣化しているのがわかる。
また従来鋼F,Gにおいても、パケットサイズが8番の場合には被削性の改善傾向が確認された。また、従来鋼F,Gにおいては、パケットサイズが8番より細粒の場合は、被削性が非常に悪く、従来鋼Gでは欠けが生じた。
さらにパケットサイズを変化させた種々の鋼種の耐食性は、各鋼種や試験条件によってやや異なっているものの、どの鋼種においても長期保管中あるいは水溶性切削油が付着した状態で放置された場合にも発錆などの問題が生じない程度の耐食性を有していることがわかる。
【0028】
(実施例2)
表3に示す成分を有する供試鋼を30kg高周波溶解炉にて溶解し、40mm×40mmの角棒に鍛伸後、熱処理を施し実験に供した。
熱処理は硬さ40HRC±5を得るように、焼入れは1000℃で1時間加熱してから空冷し、その後焼戻しとして520℃から580℃の20℃刻みの適正温度で1時間加熱後空冷するものである。
【0029】
【表3】
【0030】
得られた試料に対して、実施例1と同様にパケットサイズ、硬さ、耐食性、被削性を測定評価した。結果を表4に示す。
本発明の組成範囲であるC:0.2%以下、Si:1.5%以下、Mn:2.0%以下、Cr:3.0〜8.0%未満、Ni:1.0〜4.0%、Al:0.5〜2.0%、Cu:0.3〜3.5%を含み、残部Feおよび不可避的不純物を満たす、試料1〜9は、いずれも熱処理により硬さ40±5HRCを満たす硬さが得られ、被削性および耐食性も優れたものであった。
【0031】
一方、試料11、13、14、15は、Cが低いがNi,Cu,Alなどの析出硬化元素が不足のため硬さを高めることができなかった。
また、試料10、12、16は、本発明の組成範囲の組成である試料に比べてパケットサイズが粒度No.9と細粒化し易く、被削性が劣る。
また、Crの低い試料14や、S量の多い試料17は錆び易く、Sを添加する試料7、8、9、Cが高くCrが低い試料13、15もやや錆び易い。
【0032】
【表4】
【0033】
【発明の効果】
本発明によればマルテンサイト組織を有する鋼材の熱処理後の加工性を飛躍的に高めるため、生産コスト低減、リードタイム短縮の観点からの金型の切削加工工数の低減にとって欠くことのできない高強度プリハードン鋼材となる。
特に本発明の組成範囲を満たすことにより、強度・延性バランスに優れる利点を害することなく、35〜45HRCの硬さを有し、耐食性に優れ、かつ被削性を飛躍的に改善することができるというプラスチック成形用金型用鋼材として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の鋼材の有する金属ミクロ組織の模式図である。
【図2】本発明の鋼材の典型的なミクロ組織とパケットを示す金属ミクロ組織写真と模式図である。
Claims (6)
- マルテンサイト組織を有し、該マルテンサイト組織を構成するパケットサイズがオーステナイト結晶粒度番号で評価したとき8番かそれより大きいサイズを有し、質量比でC:0.2%以下、Si:1.5%以下、Mn:2.0%以下、Cr:3.0〜8.0%未満、Ni:1.0〜4.0%、Al:0.5〜2.0%、Cu:0.3〜3.5%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物よりなることを特徴とする被削性に優れた高強度プリハードン鋼材。
- 質量比でC:0.02〜0.2%を含有することを特徴とする請求項1に記載の被削性に優れた高強度プリハードン鋼材。
- 質量比でMo:1.0%以下を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の被削性に優れた高強度プリハードン鋼材。
- 質量比でV:0.5%以下を含有することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の被削性に優れた高強度プリハードン鋼材。
- 質量比で、S:0.20%以下を含有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の被削性に優れた高強度プリハードン鋼材。
- 質量比で0.2%<Si≦1.5%を満たすことを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の被削性に優れた高強度プリハードン鋼材。
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