JP4186684B2 - マルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、マルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法に関するものであり、より詳しくは、機械的強度としての耐力のバラツキを小さく抑えることができるマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
マルテンサイト系ステンレス鋼は、耐力、引張強さおよび靱性といった機械的強度に加え、耐食性、耐熱性にも優れる。マルテンサイト系ステンレス鋼の中でも、AISI(全米鉄鋼協会)420鋼に代表されるCr含有量が約13%のマルテンサイト系ステンレス鋼、いわゆる13%Cr鋼は、炭酸ガスなどに曝される環境下でも優れた耐食性を有する。しかし、13%Cr鋼は、使用できる臨界温度が低く、その臨界温度を超える温度領域では耐食性が低下することなどにより使用環境が制限されるという欠点もある。
【0003】
そこで、13%Cr鋼にNiを加えて改良したマルテンサイト系ステンレス鋼が開発されている。このマルテンサイト系ステンレス鋼は、一般にスーパー13Crと呼ばれ、13%Cr鋼に比べて耐力などの機械的強度や耐食性が高いだけでなく、耐硫化水素性能もよいという特性も有するため、特に硫化水素を含む環境下で、例えば、油井管用材料として使用するのに好適である。
【0004】
その製造には、任意の組成を有する鋼材をAC3点以上に加熱後、焼入することによりマルテンサイト変態を誘発させ、焼戻しにより調質を行うという方法が取られている。硫化物応力割れ感受性は機械的強度が大きいほど高いため、必要以上の機械的強度は好ましくない。焼戻しは、焼入れにより高強度になりすぎたマルテンサイト組織を所望の機械的強度を有するものに調整するため行われる。
【0005】
現在、機械的強度の調整を行うために焼戻し方法に改良を加えたマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法が、以下に示すようにいくつか開示されている。
【0006】
特許文献1(特開2000−160300号公報)および特許文献2(特開2000−178692号公報)には、耐食性または耐応力腐食割れ性を改善した655N/mm2(655MPa)級の耐力を有する低C高Cr合金油井管の製造方法が開示されている。その方法は、任意の組成を有する鋼をオーステナイト化した後冷却し、AC1点以上でAC3点以下の温度で1回目の焼戻しを行い冷却した後、さらに550℃以上でAC1点以下の温度で2回目の焼戻しを行う熱処理を施すという方法である。
【0007】
また、特許文献3(特開平8−260050号公報)には、任意の組成を有する鋼をAC1点以上でAC3点以下の温度に加熱し焼戻した後、冷却して冷間加工することにより、所望の降伏応力に調節するマルテンサイト系ステンレス鋼継目無鋼管の製造方法が開示されている。
【0008】
【特許文献1】
特開2000−160300号公報
【特許文献2】
特開2000−178692号公報
【特許文献3】
特開平8−260050号公報
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
油井管として用いる鋼材には、API規格に適合させるため、各グレードに応じて耐力の下限値が552〜759MPa(80〜110ksi)の範囲内の或る値に設定され、かつ、その下限値から103MPaを超えるほど高い耐力にならないように焼戻しにより調質することが求められる。以下、これを「API強度スペック」という。しかし、鋼材がNiを含有している場合、AC1点が13%Cr鋼に比べ低下するため、十分な焼戻しができなくなり、鋼材をAC1点近傍あるいはAC1点以上で焼戻しを行わざるを得ない。その結果、焼戻し後の組織が焼戻しマルテンサイトと残留オーステナイトからなり、残留オーステナイト量の変動によって、焼戻し後の耐力にバラツキが生じる。
【0010】
また、鋼材のC含有量のバラツキが多いと焼戻し時に生成する炭化物の量、特にVCの量にバラツキが生じ、これによって耐力のバラツキが発生する。各鋼材間のC含有量のバラツキは0.005%以内であることが好ましいが、このようなバラツキを抑えることが工業的には困難である。
【0011】
ここで、バラツキとは、複数の鋼材または最終製品であるマルテンサイト系ステンレス鋼を比較したときの耐力などの機械的強度の特性バラツキ、成分の含有量などの化学組成のバラツキなどをいう。耐力のバラツキは、同じ組成の鋼から同じ製造条件でマルテンサイト系ステンレス鋼の製造を行ったとしても、焼戻し時の組織の変動により不可避的に生じる。客先に対して信頼性の高い製品を提供するには、製品の耐力のバラツキが小さいほど好ましい。
【0012】
前記の公開公報には、所望の機械的強度を有する鋼管が得られる製造方法の記載はあるものの、どの公報でも耐力のバラツキに関しては言及されていない。これらの公報に開示されるいずれの製造方法でも、複雑な製造工程を通して鋼管を製造するため、耐力をある範囲に納めるように製造条件を制御することは容易ではなく、そのバラツキは大きなものになると推測される。
【0013】
本発明の目的は、以上のような問題を解決することにあり、具体的には、鋼材の化学組成、焼入条件および焼戻条件を制御することにより、耐力のバラツキの小さいマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法を提供することが本発明の目的である。
【0014】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、まず、マルテンサイト系ステンレス鋼の焼戻温度と耐力の関係について検討した。マルテンサイト系ステンレス鋼の耐力と焼戻温度には一定の関係がある。この関係は焼戻し軟化曲線により示される。焼戻し軟化曲線は、任意の温度で焼戻したときに得られる耐力について示した曲線であり、これをもとに焼戻温度を決定することができるが、本発明で扱うNiを含有したマルテンサイト系ステンレス鋼の場合、焼戻し軟化曲線は急峻なものとなる。
【0015】
図1は、焼戻し軟化曲線の一例を模式的に示した図である。同図に示すようにNiを含有したマルテンサイト系ステンレス鋼の焼戻し軟化曲線は、Niを含まないマルテンサイト系ステンレス鋼の焼戻し軟化曲線に比べて、AC1点近傍で急激に変化する。このため、任意の目標耐力に対して、前記の強度スペックで許容される耐力のずれ幅以内に耐力を収めるようにマルテンサイト系ステンレス鋼を製造しようとする場合、Ni含有のマルテンサイト系ステンレス鋼では、Niを含まないマルテンサイト系ステンレス鋼に比べて、選択できる焼戻温度の範囲が狭くなる。
【0016】
焼戻温度の範囲が狭くなれば、例えば、焼戻しの際の炉温の変動などに対応できず、強度スペックを満足するマルテンサイト系ステンレス鋼を製造することが困難になる。すなわち、マルテンサイト系ステンレス鋼の耐力のバラツキが大きくなる。よって、焼戻し軟化曲線の急激な変化を抑えれば、耐力のバラツキは抑えられる。
【0017】
また、Niを含有するマルテンサイト系ステンレス鋼の場合、前述のように、鋼材をAC1点近傍あるいはAC1点以上で焼戻しを行わざるを得ない。このため、焼戻しによるマルテンサイトの軟化だけでなく、オーステナイト変態による軟化も起こる。オーステナイト変態が起こる場合には、保持時間の影響を大きく受けるので、焼戻しの際の保持時間の管理も必要となる。
【0018】
実操業では、焼戻しの際の炉温の変動や、焼戻し工程とその後の工程との進行時間の相違から生じる在炉時間の長時間化など、焼戻条件の変動が起こりやすい。このような変動を抑えれば、耐力のバラツキを抑えることは可能である。
【0019】
本発明は、以上に示したように、焼戻し軟化曲線の傾きの改善と焼戻条件の厳密な管理を行うことにより、マルテンサイト系ステンレス鋼の耐力のバラツキを小さくする方法の発明である。本発明の要旨は、下記(1)〜(3)のマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法にある。
【0020】
(1)質量%で、C:0.003〜0.050%、Si:0.05〜1.00%、Mn:0.10〜1.50%、Cr:10.5〜14.0%、Ni:1.5〜7.0%、V:0.02〜0.20%、N:0.003〜0.070%およびTi:0.300%以下を含有し、残部Fe および不純物からなり、不純物としてのPが0.035%以下、Sが0.010%以下であり、上記C、NおよびTiの含有量(質量%)をそれぞれ[C]、[N]および[Ti]としたとき、
([Ti]−3.4×[N])/[C]>4.5
を満足する鋼材を850〜950℃に加熱して焼入れした後、焼戻温度Tが前記鋼材のAC1点±35℃の範囲内の温度で、かつ後述の軟化特性値LMP1のバラツキ△LMP1が0.5以下となる条件で焼戻すことを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
【0021】
(2)質量%で、C:0.003〜0.050%、Si:0.05〜1.00%、Mn:0.10〜1.50%、Cr:10.5〜14.0%、Ni:1.5〜7.0%、V:0.02〜0.20%、N:0.003〜0.070%およびZr:0.580%以下を含有し、残部Fe および不純物からなり、不純物としてのPが0.035%以下、Sが0.010%以下であり、上記C、NおよびZrの含有量(質量%)をそれぞれ[C]、[N]および[Zr]としたとき、
([Zr]−6.5×[N])/[C]>9.0
を満足する鋼材を850〜950℃に加熱して焼入れした後、焼戻温度Tが前記鋼材のAC1点±35℃の範囲内の温度で、かつ後述の軟化特性値LMP1のバラツキ△LMP1が0.5以下となる条件で焼戻すことを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
【0022】
(3)質量%で、C:0.003〜0.050%、Si:0.05〜1.00%、Mn:0.10〜1.50%、Cr:10.5〜14.0%、Ni:1.5〜7.0%、V:0.02〜0.20%、N:0.003〜0.070%、Ti:0.300%以下およびZr:0.580%以下を含有し、残部Fe および不純物からなり、不純物としてのPが0.035%以下、Sが0.010%以下であり、上記C、N、TiおよびZrの含有量(質量%)をそれぞれ[C]、[N]、[Ti]および[Zr]としたとき、
([Ti]+0.52×[Zr]−3.4×[N])/[C]>4.5
を満足する鋼材を850〜950℃に加熱して焼入れした後、焼戻温度Tが前記鋼材のAC1点±35℃の範囲内の温度で、かつ下記の軟化特性値LMP1のバラツキ△LMP1が0.5以下となる条件で焼戻すことを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
【0023】
ただし、上記(1)〜(3)において、軟化特性値、即ちLMP1とは、下記の式で定義されるものである。
【0024】
LMP1=T×(20+1.7×log(t))×10-3
ただし、T:焼戻温度(K)、t:焼戻時間(hour)である。
【0025】
上記(1)〜(3)の製造方法の対象になる鋼材は、さらに、0.2〜3.0質量%のMoを含有することが好ましい。
【0026】
【発明の実施の形態】
本発明の方法が対象とするマルテンサイト系ステンレス鋼は、板状、管状、棒状などのような形状であってもよい。以下では、本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法に関し、(1)鋼材の化学組成、(2)焼入れ、および(3)焼戻しについてそれぞれ詳細に述べる。なお、以下の記述において、成分含有量に係る%は、質量%のことである。
【0027】
(1) 鋼材の化学組成
鋼材の化学組成は、焼戻し軟化曲線の傾きおよびその他の特性に影響を及ぼす。特にC、V、TiおよびZrは、焼戻し軟化曲線の傾きに及ぼす影響は大きい。そのため、鋼材の化学組成を以下のように規定する。
【0028】
C:0.003〜0.050%
Cは焼戻しにより他の元素と炭化物を生成する。特にVCが形成されると、鋼自体の耐力が必要以上に上昇し硫化物応力割れ感受性が高くなる。そのため、C含有量は低いほどよいが、製鋼工程で精錬に必要な時間が長くなるので、C含有量の過剰な低減は製鋼コストの上昇を招く。よって、C含有量は0.003%以上であることが好ましい。
【0029】
一方、鋼材にCが含有されている場合でも、さらにTiまたは/およびZrが含有されていれば、これらは優先的にCと結合し、耐力の上昇を招かないTiCおよびZrCが形成されるので、VCの生成を抑制することができる。VCの生成をTiまたはZrで抑えるためには、C含有量は0.050%以下であることが必要である。
【0030】
Si:0.05〜1.00%
Siは、製鋼段階で脱酸剤として必要な元素である。Si含有量が多いと、靱性および延性が劣化するので、Si含有量は低いほどよい。しかし、Si含有量の極端な低減は製綱コストの上昇を招く。よって、Si含有量は0.05%以上であることが好ましい。一方、靱性および延性の劣化を防止するためには、Si含有量は1.00%以下であることが必要である。
【0031】
Mn:0.10〜1.50%
MnもSiと同様に脱酸剤として必要な元素である。また、Mnは、オーステナイト安定化元素であり、熱間加工の際にフェライトの析出を抑制することにより熱間加工性を改善する効果も有する。熱間加工性を改善するにはMn含有量は0.10%以上であることが必要である。しかし、Mn含有量が多すぎると、靱性が劣化するので、Mn含有量は1.5%以下であることが必要である。また、耐ピッティング性能および靱性を向上させるには、Mn含有量は1.00%未満であることが好ましい。
【0032】
Cr:10.5〜14.0%
Crは、鋼の耐食性を向上させる元素、特に耐CO2腐食特性を改善する元素である。孔食や隙間腐食を防ぐためには、Cr含有量は10.5%以上であることが必要である。一方、Crはフェライト形成元素であり、Cr含有量が14.0%を超えると、高温加熱の際にδフェライトが生成し、熱間加工性が低下する。また、フェライトの量が多くなり、耐応力腐食割れ性を損なわないために焼戻しを行っても所定の耐力が得られない。したがって、Cr含有量は14.0%以下であることが必要である。
【0033】
Ni:1.5〜7.0%
Niは、オーステナイトを安定化させる元素であり、本発明鋼のようなC含有量が低いマルテンサイト系ステンレス鋼では、Niを含有させることで熱間加工性が著しく改善される。また、Niはマルテンサイト組織を生成させ、必要な耐力と耐食性を確保するためにも必要な元素である。そのため、Ni含有量は1.5%以上であることが必要である。一方、過剰に添加すると、高温から冷却してマルテンサイト組織に変化させようとしても、オーステナイト組織が残留し、耐力の不安定化および耐食性の低下が起きる。そのため、Ni含有量は7.0%以下であることが必要である。
【0034】
V:0.02〜0.20%
Vは焼戻しするとCと結合し、VCを形成する。VCは焼戻し軟化曲線を急峻なものとするため、極力少なくすることが好ましい。しかし、V含有量の極端な低減は製鋼コストの上昇を招くため、V含有量は0.02%以上とすることが好ましい。一方、V含有量が0.20%を超えると、C含有量が多い場合には、後述するTiまたは/およびZrを添加してもCが消費されず、VCが形成され、焼戻し後の硬度が著しく高くなるため、V含有量は0.20%以下であることが必要である。
【0035】
N:0.003〜0.070%
Nは、鋼の耐力を高める効果を有する。一方、Nが多いと硫化物応力割れ感受性が高まり、割れが発生しやすくなる。また、Cに優先してTiおよびZrと結合するため、耐力の安定化の妨げともなる。そのため、N含有量は0.070%以下であることが必要である。耐食性および耐力の安定性を考慮した場合は、N含有量は0.010%以下であることが好ましい。一方、N含有量を低くするためには製鋼工程で精錬に必要な時間が長くなるので、N含有量の極端な低減は製鋼コストの上昇を招く。したがって、N含有量は0.003%以上であることが好ましい。
【0036】
Ti:0.300%以下で、かつ([Ti]−3.4×[N])/[C]>4.5
Tiは焼戻しの際に固溶しているCと優先的に結合してTiCを生成し、VCの生成に伴う耐力の増大を抑制する効果を有する。また、C含有量のバラツキは、焼戻しにより形成されるVC量のバラツキを引き起こすため、C含有量のバラツキを0.005%以下とすることが好ましいが、C含有量が低い範囲におけるC含有量のバラツキを0.005%以下とすることは工業的に困難である。Tiは、C含有量のバラツキに起因する耐力のバラツキを低減する効果も有する。
【0037】
図2は、焼戻温度範囲ΔTを説明するために、模式的に示した焼戻し軟化曲線である。ここで、ΔTとは、「API規格強度下限値+103MPa (15ksi) 以下」という前述の「API強度スペック」を満たすための焼戻温度の範囲である。同図に示すように、焼戻し軟化曲線の急勾配位置において、API規格強度の下限耐力から、その強度に103MPaを加算した耐力までの温度範囲が焼戻温度範囲ΔTとなる。
【0038】
マルテンサイト系ステンレス鋼を製造しようとする場合、焼戻しを行う炉温の変動等を考慮すると、耐力のバラツキを抑えるためには、焼戻し軟化曲線の勾配が小さく、選択できる焼戻温度の範囲が広い方が好ましい。すなわち、前述のΔTは大きいことが好ましい。実際に焼戻しを行う際、より具体的には、ウォーキングビーム炉などで焼戻しを行う際の炉温変動は±10℃程度である。そのため、ΔTが30℃(炉温変動幅の20℃に10℃を加算)であれば、複数のマルテンサイト系ステンレス鋼を製造したとき、その耐力の変動を「API強度スペック」以内におさめることができる。
【0039】
図3は「([Ti]−3.4×[N])/[C]」とΔTとの関係を示した図である。この「([Ti]−3.4×[N])/[C]」は、TiがNとも結合し窒化物を形成するため、窒化物として消費されるTiを差し引き、炭化物として消費されるTiについてまとめたものである。図3より、ΔTが30℃以上となる条件は、([Ti]−3.4×[N])/[C]>4.5であり、これを満足すれば、鋼材の成分組成に起因するバラツキの問題を解決することができる。一方、Tiの過剰添加はコスト高となるので、Tiの含有量は、0.300%以下であることが好ましい。
【0040】
Zr:0.580%以下で、かつ([Zr]−6.5×[N])/[C]>9.0
ZrもTiと同様の効果を有する。図4は「([Zr]−6.5×[N])/[C]」
とΔTとの関係を示した図である。図4においても、図3と同様にΔTが30℃以上となる条件は、([Zr]−6.5×[N])/[C]>9.0である。一方、Zrの過剰添加は、Tiの過剰添加と同じくコスト高となるので、Zrの含有量は0.580%以下であることが好ましい。
図5は、「[Ti]+0.52×[Zr]−3.4×[N])/[C]」とΔTとの関係を示した図である。図示のとおり、鋼材にTiとZrをともに含有させる場合には、([Ti]+0.52×[Zr]−3.4×[N])/[C]>4.5であることが望ましい。なお、前記の理由で、Tiの含有量は0.300%以下、Zrの含有量は0.580%以下であることが好ましい。
【0041】
Mo:0.2〜3.0%以下
Moは特に含有させなくてもよいが、含有させた場合にはCrと同様に耐食性を向上させる効果を有する。さらに、硫化物応力割れ感受性の低減に著しい効果を有する。Moを含有させて、これらの効果を得るにはMo含有量は0.2%以上であることが好ましい。一方、Mo含有量が多いと、熱間加工性が低下するので、Mo含有量は3.0%以下であることが必要である。
【0042】
鋼の不純物として、PおよびSがある。これらは、下記の理由によりその含有量は、一定量以下に制限される。
P:0.035%以下
Pは鋼中に含有される不純物元素である。鋼中に大量に含まれると鋼キズの発生が顕著になり、靱性も著しく低下するので、P含有量は0.035%以下であることが好ましい。
S:0.010%以下
Sも、Pと同様に鋼中に含有される不純物元素である。鋼中に大量に含まれると熱間加工性および靱性が著しく劣化するので、S含有量は0.010%以下であることが好ましい。
【0043】
なお、不純物として0.0100%(100ppm)以下のCaの含有が許容できる。
【0044】
(2)焼入れ
本発明では、上記(1)の化学組成を有する鋼材を850〜950℃に加熱して、焼入れする。
【0045】
焼入れする前の温度が950℃を超えていると、靱性が劣化するとともに鋼中の炭化物の固溶量が増加し、フリーのCが増加するので、Tiまたは/およびZrが有効に作用せず、焼戻し時にVCが形成され、耐力が上昇する。この結果、焼戻し軟化曲線の勾配が急になり、耐力のバラツキが大きくなる。一方、焼入れする前の温度が850℃より低いと、炭化物の固溶が不十分になり、耐力のバラツキが発生し、さらに組織の均一化も不十分となるので耐食性が劣化する。
【0046】
したがって、焼入れ前の温度は850〜950℃とし、この温度範囲内で一定時間保持し、鋼材の均熱化を図った後、焼入れを行う。焼入れ方法には特に制約はない。
【0047】
(3)焼戻し
上記(1)および(2)は、焼戻し軟化曲線の傾きを小さくして機械的強度のバラツキを小さくしようとしたものである。しかし、焼戻し軟化曲線の傾きを小さくしただけでは、強度バラツキを小さくすることができない。
【0048】
上記(1)で述べた化学組成を有する鋼材には、Niが含有されているため、AC1点が13Cr%鋼に比べて低い。よって、焼戻しにより所望の耐力とするには、焼戻温度をAC1点近傍またはAC1点以上として焼戻しを行うこととなる。
【0049】
上記(1)で述べた化学組成を有する鋼材をこのような焼戻温度で焼戻しすると、マルテンサイトの軟化だけでなく、マルテンサイト組織がオーステナイト変態(AC1変態)することによる軟化も生じる。この場合、前述のように、鋼材に含有させるTiまたは/およびZrの含有量を調整し、鋼材の化学組成に起因するバラツキを小さくしたとしても、焼戻時間の経過とともに急激な軟化が起こるために、焼戻しの後のマルテンサイト系ステンレス鋼の耐力のバラツキが大きくなる。そこで、耐力と焼戻温度、焼戻時間の関係について調べた。
【0050】
図6は、軟化特性値LMP1と耐力YSとの関係を示した図である。ここで、LMP1は、Tを焼戻温度(K)、tを焼戻時間(hour)として、
LMP1=T×(20+1.7×log(t))×10-3
で示される。同図から明らかなように、LMP1とYSとの間には一定の関係がある。
【0051】
しかし、実操業では、前述のように、焼戻しの際の炉温の変動や、焼戻し工程とその後工程との進行時間の相違から生じる在炉時間の長時間化など、焼戻条件の変動が起こりやすい。このことは、LMP1の設計値と実値にずれを生じさせることとなる。すなわち、複数の鋼材を同じ設計値で焼戻したとしても、LMP1の実値には鋼材によりバラツキが生じ、結果として、マルテンサイト系ステンレス鋼の耐力にバラツキが生じることになる。
【0052】
図7は、ΔLMP1と耐力(YS)の標準偏差との関係を示した図である。ここで、ΔLMP1は、複数の鋼材を焼戻してLMP1の実値を測定したときのLMP1のバラツキを示し、LMP1の最大値と最小値の差により計算される値である。同図から明らかなように、ΔLMP1が小さいほど耐力の標準偏差は小さく、バラツキが小さい。
【0053】
本発明では、ΔLMP1を0.5以下と規定する。このとき、耐力のバラツキの標準偏差σは約12であり、3σが約36となるので、製造したマルテンサイト系ステンレス鋼の耐力のバラツキを、前記「API強度スペック」の103MPaの約1/3程度以内におさめることができるからである。
【0054】
なお、焼戻温度は「AC1点±35℃」と規定する。焼戻温度が「AC1点+35℃」を超えると、オーステナイト変態による軟化傾向が強く、軟化の進行が速くなり、マルテンサイト系ステンレス鋼に所望の耐力を持たせることが困難になる。また、焼戻温度が「AC1点−35℃」よりも低いと、マルテンサイト系ステンレス鋼を軟化させることができない。
【0055】
焼戻しでは、上記のように、焼戻温度と焼戻時間を制御すればよいが、具体的には、ウォーキングビーム炉などで均熱ゾーンの温度設定と鋼材の送り出しピッチを厳密に管理すれば、耐力のバラツキの少ないマルテンサイト系ステンレス鋼を得ることができる。
【0056】
【実施例】
本発明の効果を確かめるために、1条件につき10個の供試材を作製し、耐力(YS)を測定し、その標準偏差を計算することによりバラツキについて調べた。供試材として、外径88.9mm、肉厚6.45mm、長さ9600mmの鋼管を用いた。
【0057】
表1、表2、表3および表4は、供試材として作製した鋼管の化学組成およびその組成におけるAC1点を示したものである。表1に示す材質A群は、本発明で規定する組成の範囲外のものである。また、表2に示す材質B群は本発明で規定する組成の範囲内に含まれるものであって、実質的にZrを含有しないものである。さらに、表3に示す材質C群は本発明で規定する組成の範囲内に含まれるものであって、実質的にTiを含有しないものである。そして、表4に示す材質D群は本発明で規定する組成の範囲内に含まれるものであって、TiおよびZrがともに含有されるものである。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【0060】
【表3】
【0061】
【表4】
【0062】
表1から4までに示す組成を有する供試材に、900℃で20分間保持して水焼入れした後、焼戻処理を施した。焼戻処理では、AC1点近傍までウォーキングビーム炉で加熱し、任意の時間保持し、均熱化した後、炉から取り出し冷却した。ウォーキングビーム炉での加熱の際には、1条件につき10本ある鋼管の焼入処理の条件を異なるものとするため、加熱時間を調整し、適宜、LMP1にバラツキを与えた。
【0063】
表5は、焼戻条件T01〜T20について示したものであり、本発明で規定する組成の範囲外の組成(材質A群)の供試材に施した焼戻しの温度およびΔLMP1を示したものである。
【0064】
【表5】
【0065】
表6は、焼戻条件T21〜T36について示したものであり、本発明で規定する組成の範囲内の組成(材質B群)の供試材に施した焼戻しの温度およびΔLMP1を示したものである。同表のΔLMP1は本発明の規定の範囲外の値である。
【0066】
【表6】
【0067】
表7は、焼戻条件T37〜T52について示したものであり、本発明で規定する組成の範囲内の組成(材質B群)を有する供試材に施した焼戻しの温度およびΔLMP1を示したものである。ここで、焼戻条件T37〜T52は本発明で規定する焼戻条件を満足する。
【0068】
【表7】
【0069】
表8は、焼戻条件T53〜T68について示したものであり、本発明で規定する組成の範囲内の組成(材質C群)を有する供試材に施した焼戻しの温度およびΔLMP1を示したものである。ここで、焼戻条件T53〜T68は本発明で規定する焼戻条件を満足する。
【0070】
【表8】
【0071】
表9は、焼戻条件T69〜T75について示したものであり、本発明で規定する組成の範囲内の組成(材質D群)を有する供試材に施した焼戻しの温度およびΔLMP1を示したものである。ここで、焼戻条件T69〜T75は、本発明で規定する焼戻条件を満足する。
【0072】
【表9】
【0073】
焼戻し後の供試材を焼入れし、実験炉で種々の温度で焼戻処理することにより焼戻し軟化曲線を得て、ΔTを確認するとともに、弧状引張試験を行うことにより、全ての供試材の0.5%伸び判定による耐力(YS)を測定し、焼戻条件毎にYSの標準偏差を計算した。
【0074】
表10は、焼戻条件T01〜T20についてのΔTとYSの標準偏差を示したものである。供試材が本発明で規定する組成の範囲外の成分組成のもの(材質A群)であるため、いずれもΔTが30以上とならず、その結果、YSの標準偏差も12を超える大きな値を示した。
【0075】
【表10】
【0076】
表11は、焼戻条件T21〜T36についてのΔTとYSの標準偏差を示したものである。本発明で規定する組成の範囲内の組成のもの(材質B群)を供試材としたため、いずれもΔTが30以上となったが、ΔLMP1が本発明の規定の範囲外の値であるため、YSの標準偏差が12を超える大きな値になっている。
【0077】
【表11】
【0078】
表12は、焼戻条件T37〜T52についてのΔTとYSの標準偏差を示したものである。ここでは、本発明で規定する組成の範囲内の組成のもの(材質B群)を供試材とし、かつΔLMP1も本発明の規定の範囲内であるため、いずれもΔTが30以上となり、かつYSの標準偏差も12以下の値を示した。
【0079】
【表12】
【0080】
表13は、焼戻条件T53〜T68についてのΔTとYSの標準偏差を示したものである。本発明で規定する組成の範囲内の組成のもの(材質C群)を供試材として用い、かつΔLMP1も本発明の規定の範囲内であるため、いずれもΔTは30以上となり、かつYSの標準偏差は12以下の値を示した。
【0081】
【表13】
【0082】
表14は、焼戻条件T69〜T75についてのΔTとYSの標準偏差を示したものである。ここでは、本発明で規定する組成の範囲内の組成のもの(材質D群)を供試材とし、かつΔLMP1も本発明の規定の範囲内であるため、いずれもΔTは30以上となり、かつYSの標準偏差は12以下であった。
【0083】
【表14】
【0084】
以上から明らかなように、本発明に係るマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法を用いれば、マルテンサイト系ステンレス鋼の機械的強度のバラツキを小さくすることができる。
【0085】
【発明の効果】
本発明の方法では、鋼材の化学組成を調整するとともに、適切な温度で焼入れを行い、焼戻し軟化曲線の傾きが急峻なものとなることを防止し、さらに焼戻条件を厳密に制御してマルテンサイト系ステンレス鋼を製造するため、マルテンサイト系ステンレス鋼の耐力のバラツキを小さく抑えることができる。本発明方法で製造される鋼材は、例えば油井管としてきわめて有用である。
【図面の簡単な説明】
【図1】焼戻し軟化曲線の一例を模式的に示した図である。
【図2】焼戻温度範囲ΔTを説明するため、模式的に示した焼戻し軟化曲線である。
【図3】「([Ti]−3.4×[N])/[C]」とΔTとの関係を示す図である。
【図4】「([Zr]−6.5×[N])/[C]」とΔTとの関係を示す図である。
【図5】「([Ti]+0.52×[Zr]−3.4×[N])/[C]」とΔTとの関係を示す図である。
【図6】軟化特性値LMP1と耐力YSとの関係を示す図である。
【図7】ΔLMP1と耐力YSの標準偏差との関係を示す図である。
Claims (4)
- 質量%で、C:0.003〜0.050%、Si:0.05〜1.00%、Mn:0.10〜1.50%、Cr:10.5〜14.0%、Ni:1.5〜7.0%、V:0.02〜0.20%、N:0.003〜0.070%およびTi:0.300%以下を含有し、残部Fe および不純物からなり、不純物としてのPが0.035%以下、Sが0.010%以下であり、上記C、NおよびTiの含有量(質量%)をそれぞれ[C]、[N]および[Ti]としたとき、
([Ti]−3.4×[N])/[C]>4.5
を満足する鋼材を850〜950℃に加熱して焼入れした後、焼戻温度Tが前記鋼材のAC1点±35℃の範囲内の温度で、かつ下記の軟化特性値LMP1のバラツキ△LMP1が0.5以下となる条件で焼戻すことを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
LMP1=T×(20+1.7×log(t))×10−3
ただし、T:焼戻温度(K)、t:焼戻時間(hour) - 質量%で、C:0.003〜0.050%、Si:0.05〜1.00%、Mn:0.10〜1.50%、Cr:10.5〜14.0%、Ni:1.5〜7.0%、V:0.02〜0.20%、N:0.003〜0.070%およびZr:0.580%以下を含有し、残部Fe および不純物からなり、不純物としてのPが0.035%以下、Sが0.010%以下であり、上記C、NおよびZrの含有量(質量%)をそれぞれ[C]、[N]および[Zr]としたとき、
([Zr]−6.5×[N])/[C]>9.0
を満足する鋼材を850〜950℃に加熱して焼入れした後、焼戻温度Tが前記鋼材のAC1点±35℃の範囲内の温度で、かつ下記の軟化特性値LMP1のバラツキ△LMP1が0.5以下となる条件で焼戻すことを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
LMP1=T×(20+1.7×log(t))×10−3
ただし、T:焼戻温度(K)、t:焼戻時間(hour) - 質量%で、C:0.003〜0.050%、Si:0.05〜1.00%、Mn:0.10〜1.50%、Cr:10.5〜14.0%、Ni:1.5〜7.0%、V:0.02〜0.20%、N:0.003〜0.070%、Ti:0.300%以下およびZr:0.580%以下を含有し、残部Fe および不純物からなり、不純物としてのPが0.035%以下、Sが0.010%以下であり、上記C、N、TiおよびZrの含有量(質量%)をそれぞれ[C]、[N]、[Ti]および[Zr]としたとき、
([Ti]+0.52×[Zr]−3.4×[N])/[C]>4.5
を満足する鋼材を850〜950℃に加熱して焼入れした後、焼戻温度Tが前記鋼材のAC1点±35℃の範囲内の温度で、かつ下記の軟化特性値LMP1のバラツキ△LMP1が0.5以下となる条件で焼戻すことを特徴とするマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
LMP1=T×(20+1.7×log(t))×10−3
ただし、T:焼戻温度(K)、t:焼戻時間(hour) - 鋼材が、さらに0.2〜3.0質量%のMoを含有することを特徴とする請求項1から3までのいずれかに記載のマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
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