JP4122984B2 - 連続鋳造用のモールド銅板およびその製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、溶融金属とりわけ溶鋼の連続鋳造に使用される鋳型の構成部材として好適であり、特に溶融金属を鋳造するモールド銅板としての用途に供して好適な銅板に関するものである。そして、当該モールド銅板について、その耐久性の有利な向上を図る技術あるいは強冷却を可能とする技術に関するものである。
また、本発明は、上記の連続鋳造用のモールド銅板の製造方法にも関する。特にモールド銅板の表面に被成する耐摩耗性被覆層の密着性を効果的に改善して、該モールド銅板の耐久性の一層の向上を図る製造技術に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
近年、溶融金属、とりわけ溶鋼の連続鋳造においては、鋳造速度の高速化による生産性の向上が図られている。またそれと共に、多数の品種およびサイズの鋳片を効率良く製造することも要求されている。
一般に、溶融金属の連続鋳造は、鋳造方向の上流側と下流側が開放された水冷式の鋳型が用いられる。すなわち、当該鋳型内に溶融金属を注入し、溶融金属から鋳型への抜熱によって溶融金属を凝固させつつ、下流方向に鋳造された鋳片を引き抜く鋳造方式が採用されている。この際、鋳型は、固定されているか、または鋳造方向に沿って反復振動するが、いずれの場合であっても鋳片と鋳型との間には摩擦が発生する。また、鋳型の鋳片と接する面は絶えず高温に曝されるため、特にその表面において大きな熱負荷を受ける。
【0003】
勿論、鋳型/鋳片間の潤滑、および溶融金属表面の保温、酸化防止のため、酸化物を主な成分とするモールドフラックスが使用されている。しかしながら、特に高速の連続鋳造の場合は、鋳片と鋳型の相対速度が増大するので、鋳型の受ける摩擦力が著しく増大する。しかも、高速化によって鋳型内鋳片温度が上昇するため、鋳型の受ける熱負荷も著しく増大する。その結果、鋳型表面には、使用回数の増加につれてクラックが発生し易くなる。
【0004】
また、スラブの連続鋳造にあっては、効率的な鋳造を行うために、鋳造中にスラブ幅の変更が行われることが多い。この場合も、鋳型と鋳片との間には、定常状態での鋳込み時に比べると、著しく大きな摩擦力が発生する。
【0005】
さらに、熱間強度が高いステンレス鋼や高炭素鋼のような高級鋼の連続鋳造を行う場合には、凝固シェルの硬さが普通鋼よりも高いために、鋳型表面の摩耗が顕著となる。
【0006】
そこで、従来から鋳型の耐久性を向上させるために、種々の研究・開発が行われてきた。
連続鋳造用鋳型は、通常、鋳片の冷却効率を高めるために、鋳片と接する側に銅板(以下、モールド銅板と呼ぶ)を構成部材として配置する。現在のモールド銅板には、銅板の寿命を延長し、かつ高温に耐える材料強度を確保するために、析出硬化型の銅合金材料が主に採用されている。
さらに、一般にこのモールド銅板の表面には、湿式めっき法や溶射法などによって、Ni−Cr、Fe−Ni、Co−Ni等の合金がコーティングが施されている。
【0007】
しかしながら、たとえ、上記したような析出硬化型の銅合金材料の基材表面に、上記した湿式めっきや溶射でコーティングを施したモールド銅板(表面処理材)であっても、ステンレス鋼や高炭素鋼の連続鋳造に使用した場合の寿命は、普通鋼の連続鋳造に使用した場合と同程度か、それよりも低下することがあった。従って、ステンレス鋼や高炭素鋼等の高強度鋼の連続鋳造に使用するモールド銅板の寿命延長を図るためには、今までにない新しいモールド表面処理材の開発が不可欠となる。
【0008】
このような観点から、特許文献1では、モールド銅板の表面を、Al、4A族元素(Ti,Zr等)、5A族元素(V,Nb,Ta等)、6A族元素(Cr,Mo,W等)およびFeなどの金属の窒化物で被覆することを提案している。このような窒化物は硬度が極めて高いため、モールド銅板の耐摩耗性の向上が期待できるからである。
なお、このような窒化物の被覆層は、モールド銅板基材との密着性が悪いために、上記の特許文献1では、かかる窒化物被覆の下地層として好ましくはFe合金やNi合金、Co合金などの合金めっきを施すことを推奨している。
【0009】
【特許文献1】
特開平9−314288号公報(特許請求の範囲)
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
上記した特許文献1では、実験室的な試験により、耐クラック性や耐摩耗性に好成績が得られた旨が報告されている。
しかしながら、発明者らが、連鋳機において実際の連続鋳造に供したところ、被覆した窒化物層内にクラックが発生し、甚だしい場合にはかかる窒化物層が剥離して、長期間の連続使用が不可能であることが判明した。また、窒化物などのセラミック層は、銅板による溶融金属からの抜熱(heat extraction )効果を劣化させることが懸念される。
【0011】
本発明は、上記の実状に鑑み開発されたもので、工業的規模で実際に使用した場合においてもモールド銅板基材との密着性が高く、かつ耐摩耗性に優れ、さらには抜熱効果も高い表面被覆層を有する、連続鋳造用のモールド銅板を、その有利な製造方法と共に提案することを目的とする。
また、本発明は、上記の技術において、モールド銅板の耐摩耗性被覆層の密着性をより一層向上させ、モールド銅板の耐久性等のさらなる向上を可能ならしめた、連続鋳造用モールド銅板の有利な製造方法を提案することを目的とする。
【0012】
【課題を解決するための手段】
さて、発明者らは、上記の目的を達成すべく、高硬度で耐磨耗性に優れる各種金属の炭化物や窒化物を、銅または銅合金製の基板上に、如何にして、実際の連続鋳造環境での長期間の使用下においても剥離やクラックを生じないように強固に密着させるかについて、鋭意検討を行った。
その結果、乾式めっき法、中でもイオン化率に優れ、しかも高速成膜が可能なPVD(Physical Vapor Deposition )法、特に好ましくはHCD(Hollow Cathode Discharge)法やアーク放電法を用いて、
(1) Ti,Cr,Ni,B,SiおよびAlのうちから選んだ一種または二種以上の金属からなる金属層を、モールド銅板表面上の耐磨耗性被膜の最内層として形成することにより、銅板に対して強力な密着性が確保され、
(2) 耐磨耗性被膜の最外層として、上記金属群(Ti,Cr,Ni,B,SiおよびAl)から選んだ一種または二種以上の金属の窒化物、炭化物または炭・窒化物からなるセラミック膜を被覆することにより、高強度のみならず、優れた耐摩耗性および耐熱性を、抜熱効果の劣化なしに確保することができ、
(3) さらに、上記した最内層と最外層との間に、上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属の窒化物、炭化物または炭・窒化物からなるセラミック層と、上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属からなる金属層とを、交互に積層することにより、耐磨耗性複合被膜の内部歪が効果的に緩和されて銅板に対する密着性が一層向上するだけでなく、耐磨耗性複合被膜の剥離や該複合被膜中とくにセラミック膜中におけるクラックの発生を効果的に防止することができることを新たに見出した。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0013】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.溶融金属を連続鋳造するためのモールド銅板であって、
銅製または銅合金製の板材からなる基材と、
上記基材の表面に設けられた被覆層とを有し、
上記被覆層が、
金属群Ti,Cr,Ni,B,SiおよびAlのうちから選んだ一種または二種以上の金属からなる最内層と、
上記最内層の上に形成された、上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属の窒化物、炭化物または炭・窒化物からなる層と、上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属からなる層とが、交互に一組以上積層された中間層と、
上記中間層の上に形成された、上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属の窒化物、炭化物または炭・窒化物からなる最外層とからなる
ことを特徴とする連続鋳造用のモールド銅板。
【0014】
2.前記最内層と前記基材との境界に、最内層を構成する金属と基材を構成する金属との混合層が形成されていることを特徴とする上記1に記載の連続鋳造用のモールド銅板。
【0015】
3.前記基材が、予め前記板材の表面に、Ni,Cr,FeおよびCoのうちから選んだ一種または二種以上を主成分とするコーティングを施したものであることを特徴とする上記1または2に記載の連続鋳造用のモールド銅板。
【0016】
4.基材となる銅製または銅合金製の板材の表面に、PVD法により、最内層として金属群Ti,Cr,Ni,B,SiおよびAlのうちから選んだ一種または二種以上の金属からなる層を形成し、その上に上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属の窒化物、炭化物または炭・窒化物からなる層と、上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属からなる層の一組以上を交互に積層し、さらに最外層として上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属の窒化物、炭化物または炭・窒化物からなる層を形成することを特徴とする連続鋳造用のモールド銅板の製造方法。
【0017】
5.前記最内層の形成方法が、高バイアス放電被覆法であることを特徴とする上記4に記載の連続鋳造用のモールド銅板の製造方法。
【0018】
6.少なくとも最内層である金属層の形成に際し、アークカットのバイアス電圧を使用することを特徴とする上記4または5に記載の連続鋳造用モールド銅板の製造方法。
【0019】
7.前記基材となる銅製または銅合金製の板材が、予めその表面に、Ni,Cr,FeおよびCoのうちから選んだ一種または二種以上を主成分とするコーティングを施したものであることを特徴とする上記4〜6のいずれかに記載の連続鋳造用のモールド銅板の製造方法。
【0020】
なお、上記1〜7において、各金属層が、必ずしも同一の金属により構成されている必要はなく、Ti,Cr,Ni,B,SiおよびAlのうちから選んだ一種または二種以上であれば、各層に異なる金属を用いてもよい。同様に、炭化物、窒化物または炭・窒化物からなる各層も、必ずしも同一の化合物により構成される必要はない。
【0021】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を、図面に従い具体的に説明する。
図1(a) に、本発明に従い、モールド銅板基材の表面に金属層としてTi金属膜を、またセラミック層としてTiN膜を用い、これらを交互に6組(合計12層)被覆したモールド表面処理材の断面を模式で示す。一方、図1(b) には、モールド銅板基材の表面にNiめっきを施した後Crめっきを施した2層被覆になる、現行のモールド表面処理材の断面を模式で示す。
【0022】
図1(a) に示したところから明らかなように、本発明のモールド表面処理材(モールド銅板)の骨子は、次のとおりである。
1)モールド銅板基材と強力に密着させるために、金属群Ti,Cr,Ni,B,SiおよびAlのうちから選んだ一種または二種以上の金属からなる金属層と、上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属の窒化物、炭化物または炭・窒化物のセラミック膜の一種または二種以上とを、耐磨耗性被膜を構成する層として採用したこと。
2)モールド銅板基材の表面には、耐磨耗性被膜の最内層として上記の金属層をコーティングして強力な密着性を確保したこと。すなわち、基材表面と上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属からなる金属コーティング層との間に発生する剥離を皆無としたこと。
なお、少なくともこの最内層である金属層の形成に際しては、バイアス電圧としてアークカットのバイアス電圧を利用することにより、被膜密着性はさらに向上する。
3)モールド銅板基材に対するコーティング膜の最外層は、硬度の高いセラミック膜(上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属の窒化物、炭化物または炭・窒化物からなるセラミック膜)とすることにより、高強度、耐摩耗性、耐熱性を向上させ、さらに抜熱性も確保したこと。
4)モールド銅板基材上の耐磨耗性被膜の内部歪みを緩和するために、上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属からなる金属層と、上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属の窒化物、炭化物または炭・窒化物からなるセラミック層とを一組として、これを複数組コーティングすることにより、耐磨耗性被膜の剥離や耐磨耗性被膜中におけるクラックの発生を防止したこと。
【0023】
上記したTiやCr,Ni,B,Si,Alは、各種金属の中でも特に銅または銅合金等への密着性に優れているため、本発明では、モールド銅板基材に対する最内層として、およびセラミック膜の間に介挿する中間層として使用することとした。
一方、これらの金属の窒化物、炭化物または炭・窒化物からなるセラミック膜は、特に硬度に優れることから、高い強度ならびに耐摩耗性および耐熱性を必要とする最外層として使用することとした。
そして、上記した金属の最内層とセラミックの最外層との間には、上記したセラミック層と金属層とを一組として、これを少なくとも一組コーティングすることによって、各被膜間の密着性の一層の向上を図ることができ、併せて耐磨耗性被膜中におけるクラックの発生を防止することができる。
【0024】
上記の効果が得られる理由は、まだ明確に解明されたわけではないが、発明者らは、次のように考えている。
すなわち、セラミック膜は、通常、硬度が硬く、熱膨張係数が金属コーティング膜に比較して小さい。従って、高強度、耐摩耗性、耐熱性を確保するために厚膜のセラミック膜を被覆した場合、基材との界面に最も歪みが蓄積される結果、剥離し易くなる。このため、密着性の確保が困難である。
これに対し、金属層とセラミック層とを交互に何層も積層した場合には、各金属層−セラミック層との間で歪みが効果的に開放(セラミック層の歪みが金属層へ移動)される結果、密着性が格段に向上するものと考えられる。理想的には、金属層−セラミック層が原子単位で交互に積層することが、歪みの開放には最適と考えられる。
【0025】
また、意外なことながら、本発明のセラミック層を被覆層に用いた場合には、抜熱性はほとんど劣化しないばかりか、場合によっては格段に改善されることが確認された。この理由は、最外層に本発明で選定した組成のセラミックを用いた場合、該セラミックスと潤滑剤である溶融モールドフラックスとの濡れ性が著しく向上し、その結果、セラミック層による被膜の熱伝導度低下を補って余りある抜熱性能が得られるものと考えられる。
【0026】
上記の抜熱効果を得るには、最外層のセラミックの表面粗さを算術平均粗さRaで5μm 以下の範囲とすることが好ましい。
また、抜熱性の面からは、Ti系の炭化物・窒化物とくにTiNをセラミック層として用いた場合に顕著な効果があり、銅板に金属めっきを施した現行のモールド銅板よりも抜熱量が10〜40%高かった。
【0027】
本発明において、最内層を含め各金属層の厚みは 0.1〜5.0 μm 程度、また最外層を含め各セラミック層の厚みは 0.1〜5.0 μm 程度、さらにこれらの合計厚み、すなわち耐磨耗性被膜の厚みは 1.0〜50μm 程度とすることが好ましい。
また、本発明では、基材の表面に、金属層とセラミック層との組を(最内層、最外層を含めて数えると)少なくとも二組コーティングする必要がある。好ましくは上記の組を3組以上、より好ましくは5組以上とする。
なお、各層の厚み、層の数および総厚みなどは、上記の密着性改善効果、被膜に要求される耐磨耗性および被膜の多層化・厚肉化にかかるコスト等の兼ね合いで決定すればよい。
【0028】
また、密着性を損なうことなしに、高強度や耐摩耗性、耐熱性の一層の向上を図るためには、金属層とセラミック層の成分ならびにそれらのコーティング厚みを膜厚方向で変化させることが好適である。具体的には、最内層から最外層に向かうに従って、各層のコーティング厚を漸次厚くすることや、特にセラミック層について熱膨張係数が漸次小さくなるようにコーティングを施すことが好適である。なお、セラミック層の熱膨張係数は、組成、表面状態などにより制御することができる。一例として、線膨張係数は物質の種類により、例えば20℃では、
TiNの場合 9.4×10-6/℃
Ti の場合 8.6×10-6/℃
Cu の場合 16.5×10-6/℃
である。よって、これらの複合物質の場合、その組成割合に応じて線膨張係数が純物質の場合と比べて変化することになる。そこで、予め、組成割合と線膨張係数との関係を求めておけば、層の組成割合を制御することにより膨張係数を制御することができる。むろん、上記のような方法に限定はされることはない。
【0029】
なお、被膜のコーティングに際しては、それに先立ち、被コーティング面の表面を清浄にした状態にしておくことが、密着性の向上を図る観点からは望ましい。
【0030】
また、上記したような連続鋳造用のモールド表面処理材を好適に得るための製造方法の骨子は、次のとおりである。
5)モールド銅板基材と上記金属層とを、または上記金属層と上記セラミック層とを強力に密着させるため、ならびに表面被覆処理に伴う高温での熱影響による基材の変化を避けるため、比較的低い温度(300 ℃以下)でコーティングが可能なPVDを採用したこと。
6)好ましくは、PVDの中でもイオン化率の優れたHCDやアーク放電法を採用して、モールド銅板基材と上記金属層および上記金属層と上記セラミック層とを強固に接合し、かつ高温での熱影響による基材の変化を避けたこと。
7)特に好ましくは、少なくとも最内層の金属層のコーティングに際しては、バイアス電圧としてアークカットバイアス電圧を利用することにより、基材に対するコーティング層の密着性の一層の向上を図ったこと。
8)さらに、最内層の金属層のコーティングに際しては、高バイアスを印加してモールド銅板基材と上記の金属層との境界に混合層を設けたこと。
【0031】
上述したとおり、本発明のコーティング処理には、PVD法を採用することを基本とする。PVD法には、HCD,アーク放電、EB(Electron Beam) +RF(Radio Frequency) 等のドライプレーティング法などもあるが、特にイオン化率に優れ、高速成膜が可能なHCD法あるいはアーク放電法を採用することが好ましい。この際、これら二つの方法を複合して使用しても良い。なお、最外層のコーティングに際しては、平滑で緻密なセラミックコーティングが可能なHCD法が特に有利に適合する。
【0032】
そして、発明者らは、本発明の複合被覆において、さらなる耐久性の改善を目指して研究を進めた結果、金属層やセラミック層の被覆に際し、バイアス電圧としてアークカットのバイアス電圧を利用することが、所期した目的の達成に関し、極めて有効であることの知見を得た。PVD法におけるバイアス電圧とは、基材を接地電位に対してマイナス電位になるように印加する電圧のことであり、これによって陽イオン化した被覆材粒子を加速して基材に衝突させることができる。
本発明では、上記した金属層やセラミック層の被覆に際し、バイアス電圧としてアークカットのバイアス電圧を利用すると、異物が原因で発生する異常放電を効果的に防止して、イオン化した粒子を安定して基板上に供給することができ、両層の密着性をより一層高める結果、クラックの発生やコーティング膜の剥離が格段に低減し、耐久性の有利な向上が達成されたのである。
【0033】
ここに、アークカットのバイアス電圧について説明する。アークカットバイアス電圧の波形としては、図2(a) および図2(b) に模式的に示すような2つの場合が想定される。ここで、図2の(a), (b)とも縦軸の上方向ほど、基材に印加する電圧が負に大きいことを示す。いずれの場合も、電圧立ち上げの際に、急激に(直線的に)立ち上げるのではなく、ある程度緩やかに(放物線状または階段状)に立ち上げることにより、より効果的に異常放電を防止することができる。
なお、図2(a) に示されるタイプのアークカットは、アークアウトあるいはアークチェックとも呼ばれ、通常はサイリスタ機能を有するDC電源が使用されている。一方、図2(b) に示されるタイプは別名パルスとも呼ばれる。アークカットとしては図2(a) のタイプがより一般的に使用されるが、若干作用は異なるものの場合によっては図2(b) のタイプも使用することができる。
【0034】
上述したとおり、アークカットのバイアス電圧を利用すると、イオン化した粒子を安定して供給することができるので密着性が格段に高まり、耐磨耗性被膜の剥離が有利に回避される。
従って、被覆層(耐磨耗性被膜)全体の剥離を防止する面からは、少なくとも最内層である金属層の形成に際しては、アークカットのバイアス電圧を使用することが強く奨励される。
勿論、全ての層の形成に際して、アークカットのバイアス電圧を使用すれば、被覆層相互間の密着性が有利に向上して、最良の結果が得られることは言うまでもない。
【0035】
そして、上記のコーティングに際し、バイアス電圧としてアークカットバイアス電圧を利用することにより、イオン化した金属粒子が下層内に深く打ち込まれ、下層と上層との境界にこれら金属の混合層が濃密に形成される結果、両者がより強固に接合され、密着性の有利な向上が達成されるのである。
ここに、上記したアークカットバイアス電圧は、基材を接地電位に対して負になるように印加し、その印加電圧の好適範囲は、その絶対値で10〜1000Vである(以下同様に、印加電圧は、基材を接地電位に対して負になるように印加し、その数値は絶対値で示す)。
【0036】
また、コーティングに際しては、基材と強力な密着性を確保するために、特に最内層の金属コーティングに際しては、高バイアス電圧印加の下でコーティング処理を行う高バイアス放電被覆法を用いることが望ましい。ここに、かかる高バイアス放電被覆法におけるとくに好適な印加電圧は50〜1000Vである。
かような高バイアス放電被覆法を使用すると、最内層の金属被覆に際し、イオン化した金属粒子が基材内に深く打ち込まれ、銅板基材と金属最内層との境界にこれら金属の混合層が形成される結果、両者がより強固に接合され、密着性のさらなる向上が達成されるという利点がある。
なお、このような方法で形成される混合層は、層内における最内層金属の比率が10〜50mass%程度となるようにすることが好ましい。
【0037】
なお、本発明では、上記の表面被覆層(耐磨耗性被膜)によって高強度ならびに耐摩耗性および耐熱性を得ることができるので、基材となる銅板あるいは銅合金板の材質に特別な制限は設けない。すなわち、モールド銅板基材としては近年、高温における材料強度を上げるため、析出硬化型の銅合金が使用されるようになってきているが、本発明では、特に基材強度を確保する必要はない。従って、例えば市販の各種の連続鋳造用銅板および銅合金板は、いずれも問題なく使用することができる。
また、銅板の板厚は用途・鋳片サイズに応じて設計されるが、スラブの鋳造の場合、一般には30〜60mmである。
【0038】
さらに、銅板の表面に、上述した耐磨耗性被膜(最内層・最外層を含め金属層とセラミック層からなる交互の複層被覆層)の下地として、予め各種の金属あるいはセラミックからなる下地被覆を、一層または複数層設けたものであっても良い。とくにNi,Cr,Fe,Co,Mo,W,AlおよびYのうちから選んだ一種または二種を主成分(すなわち当該下地被覆の50mass%以上)とするコーティング(いわゆる金属めっき層)は、銅板とも上記耐磨耗性被覆層とも密着性が良好なので上記の下地被覆として好適である。中でもNi,Cr,FeおよびCoのうちから選んだ一種または二種を主成分とすることが好ましい。
これらのコーティングは、従来のモールド銅板の被覆として、湿式めっきや溶射などの方法により同銅板に付与されるもので、一般には30〜2000μm 程度の厚みを有する。本発明においては、これらの金属めっき層の効果は必ずしも必要とはされないが、これらの金属元素は、銅板との密着性が良いので、本発明の耐磨耗性被膜はこの金属めっき層の上に形成しても問題はない。
従って、既存のモールド銅板に本発明の耐磨耗性被膜を施す場合には、わざわざこの金属めっき層を剥離する手間およびコストをかける必要はない。
【0039】
本願発明のモールド銅板は、モールドの全内面に適用しても良いし、重要な部分にのみ適用しても良い。例えば抜熱機能を重視するのであれば、モールドの上部(上端から少なくとも湯面下約100mm 程度の範囲)だけに、抜熱機能の高い本発明材(例えばTi系とくにTiN被覆層)を適用することが考えられる。他方、耐久性を重視するのであれば、モールドの下部(中央部から下端の上方約30mm程度の範囲)のみに、硬度の高い本発明材(例えばSi系特にSiC被覆層)を適用することが考えられる。勿論、例えば上半分にはTiN被覆層を採用した本発明銅板、下半分にはSiC被覆層を採用した本発明銅板を適用してモールドを構成すると、それぞれの長所を活かした好適な組合せとなる。
【0040】
【実施例】
実施例1
モールド銅板からなる基材(Cr:1.0 mass%、Zr:0.1 mass%、残部:Cu)の表面に、アーク放電法を用い、初期バイアス:400 Vのアークカットバイアス電圧印加の下に、Ti金属最内層(厚み:3.0 μm )を形成した。ついで同様にして、TiN(厚み:3.0 μm )→Ti(厚み:3.0 μm )→TiN(厚み:3.0 μm )→Ti(厚み:3.0 μm )→TiN(厚み:3.0 μm )を積層し、約18μm 厚の複合被膜を成膜した。その後さらに、HCD法を用い、初期バイアス:400 V(通常バイアス電圧、以下同様)印加の下に、Ti(厚み:2.0 μm )→TiN(厚み:2.0μm )を成膜し、合計8層、合計厚み:約22μm の耐磨耗被膜をそなえるモールド銅板(発明例1)を作製した。
また、同じ基材の表面に、アーク放電法を用い、初期バイアス:250 V印加の下に、Ti金属最内層(厚み:3.0 μm )を形成した。ついで同様にして、TiN(厚み:3.0 μm )→Ti(厚み:3.0 μm )→TiN(厚み:3.0 μm )→Ti(厚み:3.0 μm )→TiN(厚み:3.0 μm )を積層し、約18μm 厚の複合被膜を成膜した。その後、さらに、HCD法を用い、初期バイアス:400 V印加の下に、Ti(厚み:2.0 μm )→TiN(厚み:2.0 μm )を成膜し、合計8層、合計厚み:約22μm の耐磨耗被膜をそなえるモールド銅板(発明例2)を作製した。
【0041】
かくして得られた表面被覆モールド銅板の硬度(表面のビッカース硬度。試験力:3.923 N)および密着力について調べた結果を図3(a) および図3(b) に示す。ここに、密着力は、ロックウェルCダイヤモンドチップ(先端半径:0.2 mm、先端角度:120 °、硬度Hv:8000以上)を引っ掻き法を用いて表面被覆モールド銅板の表面に当て、該工具に連続的に漸増する荷重をかけながら基板を引っ掻いていき、きずの端にすじ状の破断(被膜剥離)が発生したときの臨界荷重で評価した。
【0042】
なお、比較例として、発明例と同じ基材の表面に、従来法に従い、湿式めっき法によりNiめっき (厚み:0.5 mm) を施したのち、その上にさらにCrめっき (厚み:30μm ) を施した。得られた表面被覆モールド銅板について、同様の調査を行った結果を図3(a) および図3(b) に併せて示す。
【0043】
図3(a) および図3(b) から明らかなように、発明例1および発明例2は、比較例に比べて、硬度および密着力とも格段に優れていることが分かる。特に、アークカットバイアス電圧を使用した発明例1は、発明例2と比べてより密着性に優れていることが分かる。
また、上記の各表面被覆モールド銅板を用いて、ステンレス鋼スラブを連続鋳造したところ、発明例1、発明例2とも1000チャージ鋳造後でも、クラックの発生は皆無であり、良好な耐久性が得られることが実操業で確認された。これに対し、比較例に代表される現行の表面被覆モールド銅板では、 300〜600 チャージ鋳造後に表面被覆層にクラックが発生した。
【0044】
実施例2
モールド銅板からなる基材(No.1〜12;Cr:1.5 mass%、Zr:0.15mass%、残部:Cu)、表面にNiめっきを施した銅板からなる基材(No.13, 14 ) および表面にNi−Cr溶射を施した銅板からなる基材(No.15, 16)の表面にそれぞれ、表1に示すように、種々のPVD法を用いて、金属層とセラミック層を交互に積層し、表面被覆モールド銅板を作製した。
得られた表面被覆モールド銅板の硬度および密着力について実施例1と同様に調べた結果を、表1に併記する。
なお、表1の「アークカットバイアス電圧使用の有無」の欄で、「有り」とあるものは、全層にアークカットバイアス電圧を適用した。また「なし」としたものはアークカットしないバイアス電圧(電圧強度は「有り」と同じ)を全層に適用した。
【0045】
【表1】
【0046】
同表に示したとおり、本発明に従い得られた表面被覆モールド銅板はいずれも、高硬度のみならず、優れた密着性を得ることができた。また、アークカットバイアス電圧を使用した場合、さらに密着性等が優れていることが分かる。
【0047】
実施例3
発明例として、実施例1に示したTi−TiN系の表面被覆をそなえるモールド銅板(発明例1,2)、実施例2に示した16種類の表面被覆モールド銅板(発明例3〜18)を用意した。
また、比較例として、実施例1に示した(Ni+Cr)めっきをそなえるモールド銅板(比較例1)、銅板基材上にアーク法でTiNを10μm 積層したモールド銅板(比較例2)、銅板基材上にHCD法でクロム窒化物を10μm 積層したモールド銅板(比較例3)、銅板基材上に下地層としてアーク法でNi−Pめっき (厚み:30μm)およびその上にチタン窒化物 (厚み:7μm)をHCD法で積層したモールド銅板(比較例4)、銅板基材上に下地層として湿式メッキ法でCrめっき (厚み:30μm)およびその上にクロム窒化物 (厚み:5μm)をHCD法で積層したモールド銅板(比較例5)、銅板基材上に下地層としてNi−Cr溶射(厚み:1mm)およびその上にCrめっき(厚み:30μm )したモールド銅板(比較例6)を用意した。
【0048】
これらの表面被覆モールド銅板を、鋳型の短辺側に用いて、連鋳機により連続鋳造を行った。
鋳造した鋼種はJIS ハンドブック鉄鋼に規定されるステンレス鋼(SUS430鋼、SUS304鋼)および高炭素鋼(SK5〜SK2)である。連続鋳造機は垂直曲げ型であり、鋳型サイズは、厚み:200 mm、幅:750 〜1240mm、長さ:915 mmのスラブ連続鋳造機である。鋳造速度は、ステンレス鋼で 0.9〜1.3 m/min 、高炭素鋼で 0.8〜1.2 m/min であり、使用したモールドフラックスの物性は、凝固温度:1100℃、1300℃での粘度:0.2 Pa・s (2.0 poise) 、塩基度(CaO/SiO2):1.05である。
【0049】
各モールドについて、1ヒート:150 トンの溶鋼を合計 500ヒート鋳造した。このようにして 500ヒートを鋳造後、モールド銅板の表面被膜の状況(クラック、剥離、摩耗の有無)を観察した。
得られた結果を表2に示す。
【0050】
【表2】
【0051】
同表から明らかなように、発明例はいずれも、表面被覆層において、クラックや剥離、摩耗の発生は皆無であった。
これに対し、比較例1、6では、鋳型短辺の下端においてめっきの摩耗が観察された。また比較例2、比較例3では、全面で多数のクラックや剥離が生じ、さらに比較例4、比較例5では、メニスカス近傍で多数のクラックが、また下端で剥離が観察された。
【0052】
実施例4
実施例3で採用した各実施例および比較例の一部について、表面粗さ(Ra)および抜熱性を調査した。抜熱性は、銅板冷却水の入側と出側の温度差、冷却水流量から計算し、比較例1との抜熱量比で評価した。また、抜熱性の評価はそれぞれ、1.0 m/min 、スラブ幅:1000〜1100mmで実施した。さらに、冷却の均一性を評価するため、短辺幅中央部メニスカス下100 mm、表面から10mm深さでの温度を1秒間隔で測定し、10分間での標準偏差を求めた。
得られた結果を表3に示す。
【0053】
【表3】
【0054】
同表から明らかなように、発明例はいずれも、少なくとも現行銅板材(比較例1)並みの良好な抜熱性を示す。抜熱の板面位置による差も少ない。とくに被膜がTiとその化合物からなる系(発明例1,2,3,7)では、抜熱量が現行材より改善され、中でも最外層被膜がTiNからなる系(発明例1,2)では平均で20%以上改善された。またこれらの銅板材では、銅板温度の標準偏差も少なく抜熱の均一性にも優れていた。一般的に、抜熱量の増加に伴い、鋳片表面に微細な縦割れの発生が懸念されるが、本発明鋳型で鋳造した鋳片においては、そのような割れの発生は無かった。
従って、これらのモールド銅板材を用いることにより、鋳込材の強冷却かつ均一冷却が可能となり、スラブ鋳造速度の高速化も期待できる。
これに対し、銅板またはめっきを施した銅板上に直接TiN層のみを設けた比較例2,4は、表面粗さが好適範囲外であり、抜熱性の改善効果も小さかった。
【0055】
なお、上記の各実施例では、本発明のモールド銅板を鋳型の短辺側に適用した場合について主に説明したが、鋳型の長辺側に適用した場合も同等の効果が得られることが確認されている。
【0056】
【発明の効果】
かくして、本発明の表面被覆モールド銅板によれば、熱間での凝固シェルの硬さが高いステンレス鋼や高炭素鋼の連続鋳造に実際に供した場合であっても、優れた耐久性および抜熱性を維持して、特に高速鋳造時に、高品質の鋳片を効率良く製造することができ、工業上極めて有効といえる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 (a) は、本発明の表面被覆モールド銅板の断面模式図、また(b) は、現行の表面被覆モールド銅板の断面模式図である。
【図2】 (a) は、アークカットバイアス電圧の波形を示す模式図、また(b) は、アークカットバイアス電圧の別の波形を示す模式図である。
【図3】 (a) は、本発明の表面被覆モールド銅板と現行の表面被覆モールド銅板の硬度を比較して示した図、また(b) は、本発明の表面被覆モールド銅板と現行の表面被覆モールド銅板の密着力を比較して示した図である。
Claims (7)
- 溶融金属を連続鋳造するためのモールド銅板であって、
銅製または銅合金製の板材からなる基材と、
上記基材の表面に設けられた被覆層とを有し、
上記被覆層が、
金属群Ti,Cr,Ni,B,SiおよびAlのうちから選んだ一種または二種以上の金属からなる最内層と、
上記最内層の上に形成された、上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属の窒化物、炭化物または炭・窒化物からなる層と、上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属からなる層とが、交互に一組以上積層された中間層と、
上記中間層の上に形成された、上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属の窒化物、炭化物または炭・窒化物からなる最外層とからなる
ことを特徴とする連続鋳造用のモールド銅板。 - 前記最内層と前記基材との境界に、最内層を構成する金属と基材を構成する金属との混合層が形成されていることを特徴とする請求項1に記載の連続鋳造用のモールド銅板。
- 前記基材が、予め前記板材の表面に、Ni,Cr,FeおよびCoのうちから選んだ一種または二種以上を主成分とするコーティングを施したものであることを特徴とする請求項1または2に記載の連続鋳造用のモールド銅板。
- 基材となる銅製または銅合金製の板材の表面に、PVD法により、最内層として金属群Ti,Cr,Ni,B,SiおよびAlのうちから選んだ一種または二種以上の金属からなる層を形成し、その上に上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属の窒化物、炭化物または炭・窒化物からなる層と、上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属からなる層の一組以上を交互に積層し、さらに最外層として上記金属群から選んだ一種または二種以上の金属の窒化物、炭化物または炭・窒化物からなる層を形成することを特徴とする連続鋳造用のモールド銅板の製造方法。
- 前記最内層の形成方法が、高バイアス放電被覆法であることを特徴とする請求項4に記載の連続鋳造用のモールド銅板の製造方法。
- 少なくとも最内層である金属層の形成に際し、アークカットのバイアス電圧を使用することを特徴とする請求項4または5に記載の連続鋳造用モールド銅板の製造方法。
- 前記基材となる銅製または銅合金製の板材が、予めその表面に、Ni,Cr,FeおよびCoのうちから選んだ一種または二種以上を主成分とするコーティングを施したものであることを特徴とする請求項4〜6のいずれかに記載の連続鋳造用のモールド銅板の製造方法。
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