JP4009441B2 - 作物育成評価システム - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
将来の人口の増加と食料の不足に備え、農作物に、より適した育成環境を見つけ出すこと、あるいは、より生産性の高い農作物を作り出すことが必要である。農作物の育成環境の面で見ると、特定の地域あるいは特定の気象条件にきめ細かに対応することが有用であり、新しい農作物としての遺伝子組み替えによる新品種では、その有用性および栽培方法を確立することが重要である。
【0002】
【従来の技術】
植物の育成環境の検討あるいは新品種の開発過程においては、生育環境を擬似的に作り、その生育環境の中で植物を育て、その生育結果を評価することが行なわれる。このような装置として、たとえば、特開平08−172912号が開示されており、人工的に育成空間内の温度、湿度、土壌湿度、日照量を制御して人工気象を作り出し、苗床からポットへ移植された幼苗の順化をカメラで得た画像データをもとにモニタすることが行なわれている。
【0003】
一方、品種改良に関しては、農業試験場や農業生産者の委託を受けた機関が、その地域のごく限られた範囲に属する試験圃場にて栽培試験を行い、得られた生育データを測定して比較・選抜し、農業生産者にその情報提供や実際の種苗の提供および生育管理(植え替え、施肥、摘芯等)の指導をすることも行なわれている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
従来は、試験圃場の設備を設けることの制約から、ここで得られた生育データを、より広い地域における標準的な生育状態であると仮定して利用せざるを得なかった。しかし試験圃場の気象環境(日照、温度、土質、湿度、風当たりなど)は農業生産者個人(あるいは団体)の特定の田畑の気象環境とは微妙に異なっているため、試験圃場での生育データを基準に作製された生育管理マニュアルが、個々の生産者にとって最適のやりかたであるとはいえなかった。
【0005】
しかし、農業生産者の特定の田畑における最適品種の選抜やその生育管理方法の確立を、実際の農業生産者の田畑で生育させた作物の生育データに基づいて行うことは、実際問題として、そのためのスペースと生育測定のための検査作業者が必要となって、実現困難である。
【0006】
さらに、生育データの評価を、ものさしをあてての目視検査測定もしくは作業者が圃場に行って写真撮影をした画像に頼っているのでは、非効率で高コストになるのみならず、評価者の経験や能力に応じて評価結果にばらつきが出る。さらに、屋外試験圃場での生育データの測定は、毎年毎年気象条件が異なるので、新品種や育種系統の1次選抜を行った年度のデータと2次選抜以降のデータとの比較は難しく、相当な熟練と経験をもつものでなければ適切な選抜や生育管理指導を行えない。特に、人間の視覚による測定・観察工程(色の濃淡、形状など)は、個人の主観的要素が強く働き、また、気象条件、測定時刻、さらには作業者の熟練度、心理状況や疲労度によっても影響を受け、統一的な基準による優良品種選抜のための測定を行うことは難しい状況にある。
【0007】
本発明の目的は、その空間の気象条件が人為的に制御できる植物の栽培室で植物の育成を行うともに、その生育に関するデータをカメラによるモニタにより収集して、カメラからの画像データから得られる作物の生育状態と該生育状態となった気象条件との関連を示すデータを総合的に得ることを可能にし、この結果を利用して作物の評価と推奨すべき気象条件とを関連づけて、適切な選抜や生育管理指導を可能とできる作物観察用模擬環境装置とその利用方法を提案するものである。
【0008】
【課題を解決するための手段】
室内の気象条件を調節する気象制御装置を備えた栽培室を準備して、その気象制御装置により日長時間、照度、光波長の調節、雨量、温度、湿度、風速を随意に調節する。また栽培室には、作物を栽培するための栄養条件を調節可能とされた培地が備えられており、培地は、有機肥料、無機肥料、酸素、塩分、金属イオン濃度などの栄養条件を任意に調節される。栽培室に与えられた気象条件および培地の栄養条件はデータベース化されてデータ記憶媒体に気象および栄養データベースとして保管される。
【0009】
さらに、栽培室にはカメラが備えられており、生育している農作物の生育状態を撮影して画像データを取り込む。カメラは、必要なら空間的な駆動制御機構により様々な位置から画像を撮影可能とされる。取り込まれた画像データはデータ記憶媒体に画像データベースとして保管されるとともに、コンピュータにより作物の生育や形態的特性に関する数値化した解析データとしてデータベース化されてデータ記憶媒体に解析データベースとして保管される。
【0010】
前記解析データベースは作物の評価基準と対照されて前記気象および栄養データベース、および、画像データ、さらに、必要に応じて外部の農産物の収量や遺伝情報などのデータベースを参照し、特定の気象条件における最適な栽培品種を選別し、あるいは育成するための総合的な情報を、農業生産者、育種家、農作物関連事業の生産者や流通業者、および消費者などに提供する。
【0011】
本発明では、前記気象制御装置は、データとして得られている気象条件により制御されるものとされてよいのは当然であるが、さらに、前記総合的な情報を要求する者、たとえば、農業生産者の特定農地に設置された気象データ観測装置により測定されたデータを、インターネット等を通じて時々刻々受け取り、その農地の条件に合わせた環境に調節して、植物を育成しながら、ある時点で、気象条件を先見的に予測して、先行的に、より良い収穫を期待できる条件を模索するものとしても良い。
【0012】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施例を図面を参照して説明する。
【0013】
(実施例1--- 特定地域のための品種選抜)
図1は本発明による作物観察用模擬環境装置の実施の一例及びこれを取り巻く全体システムの一例を示す図である。同図において、100は栽培室であり、作物をほぼ自然な環境状態で育成できる広さと高さ、たとえば、1m×1mの広さで、1.5mの高さ、を備える。101は植物を栽培するための培地1011と培地の栄養条件を調節する栄養調整手段1012とよりなる水耕栽培装置である。培地1011には、複数の農作物が整然と配列されて植え付けられている。この農作物は、異なる栽培品種や、遺伝子組換え作物、突然変異作物などであり、図示されていないが、1個体ずつバーコードなどでラベルされている。勿論、水耕栽培装置101に代えてポットなどに植物を植えるものとしても良い。栽培室100は、屋外と隔離されて完全に人工気象により管理されるものとすることもできるが、必要なら、一定量の屋外の大気や日照等が入りこむものとすることもできる。なお、栽培室100で栽培する植物体が遺伝子組換え作物である場合は、所定の規則に従って、必要なバイオハザード条件を満たすよう、外界と隔離されているものとされるのは当然である。110は栽培室100内の気象条件を調節する気象制御装置であり、その制御装置は照明調節装置105を介して、日長時間、照度、光波長の調節を行うことができる。また、気象制御装置110は、雨量調節装置104、温度風量調節装置102および湿度調節装置103を介して雨量、温度、湿度、風速を調節できる。気象制御装置110はコンピュータ160により制御される。106および107はカラーカメラもしくは暗視カメラであり、栽培室100に設置されて栽培室内の農作物の生育状況を光学的に取り込んで画像データとして出力する。これらのカメラ106および107は、ひとつの栽培室ごとに1台だけ、あるいは栽培室ごとに複数台設置され、カメラ制御装置150により栽培室100内を移動し、あるいはズーム制御されて培地1011に植え付けられている複数の農作物の拡大画像を取り込む。カメラ106および107で得られた画像データはカメラ制御装置150を介してコンピュータ160に送出される。ここで、カラーカメラは栽培用の照明点灯時に画像データを得るのに用い、暗視カメラは、照明消灯時に、図示していないが植物が感受性を持たないような長波長(850nm以上)の光源、例えば、発光ダイオードランプやレーザ光ダイオード等と共に用いて、夜に相当する時間帯における生育状況の画像データを得るのに用いる。130は特定農地に設置された気象データ観測装置であり、これで測定されたデータはインターネット120を通じてコンピュータ160に送られる。140は気象機関のデータベースであり、これが持っている過去の特定地域や特定年の気象データをインターネット120を通じてコンピュータ160に導入する。180,190,200および210は、それぞれ、農業生産者、育種家、種苗生産者や流通業者、および消費者のいわゆるユーザであり、インターネット120を介してコンピュータ160にアクセスでき、栽培室100を利用してやってほしい試験や研究についての注文を出し、また、栽培室100を利用した研究により得られたデータを受け取る。161,162,163,---,16nはコンピュータ160の各種のデータベースであり、たとえば、161は画像データベース、162は解析データベース、163は気象データベース、16nは農産物収量、遺伝子情報データベースである。これらの栽培室100の活用のためのデータベースの他に、コンピュータ160に要求される各種の計算および制御のためのプログラム、計算データ等を保存するディスクなどが当然備えられる。
【0014】
栽培室を管理運用する人は、ユーザの要望あるいは長期の研究計画に基づいて、作物の育成指針あるいは特定の気象条件における最適な栽培品種を選別する。
【0015】
図2はカメラ106,107により得られる画像データに基づき、作物の生育や形態的特性に関する数値化した解析データを得る考え方を模式的に示す図である。
【0016】
図2の上段には画像データを時系列に示す。左端に播種された種の画像、その右に新芽と根が出始めた状況の画像、次いで、新芽と根が伸び始めた状況の画像、さらに、幼苗からある程度成長した状態の画像、最後に穂が出て実った状態の画像を示す。これらの画像に於いて、根は、培地中にあるのでカメラで撮像した場合には一般には見えないが、作物の全体像と言う意味で参考までに示したものである。また、稲などでは、成長に応じて分げつが起こるが、本発明では、主として、個体に着目すると言う意味でこれを省略した。
【0017】
図2の下段には画像データから解析データを得る例を示す。上段に示すような変化をする作物の、ひとつひとつの個体についてモニタリング開始後、たとえば、1時間おきに画像データを取り込み、これらの画像データ群から24時間ごとの草丈の変化を測定して、その時間変化をグラフに表示する。そのデータを基に、草丈の伸長速度をグラフに表示することも可能である。ここでは、左端に、生育特性データとして、同一品種、同一気象条件で、個体1、個体2のように生育にばらつきがあることを模式的に示した。中央部には、特性1、すなわち、ある気象条件で、ある施肥条件、のもとで、得られた収量のばらつきを品種別に示す。本発明では、栽培室100の管理データ、および作物の生育データ等はデータベース161−16nに格納、保存されるから、コンピュータ160により、気象条件および施肥条件ごとの各品種に関する複数個体の測定データから、注目する形質の平均値やばらつきなどの統計計算を行い、グラフや表に表示することは簡単である。右端には、これを模式的に示した表である。ここで、表を重ねて示したのは、同じ特性(気象条件および施肥条件)であっても、たとえば、土の条件によりデータが変わり得ることを意味するものとして表示する意図からである。
【0018】
このように、本発明では、画像データや測定データ、および必要に応じて外部の農産物の収量や遺伝情報などのデータをコンピュータ160による統計的な処理により、どの栽培品種が、どのような気象条件、施肥条件の下で、どのような生育特性を示すのかを判別することは容易であり、これを参照して栽培品種ごとの最適生育条件を見出すことができ、特定地域の気象条件における最適な栽培品種を選別するための総合的な情報を、農業生産者、育種家、農作物関連事業の生産者や流通業者、および消費者などに提供できる。
【0019】
図3は、実施例1の応用形態としての実施例を示す全体構成図である。この実施例では、複数の農地A−Xに設置した気象データ観測装置250−290によるデータに基づき、複数の気象条件を個別に再現した栽培室100A−100Xにより、多数の栽培品種を同時に生育させてその生育状況や収量を一度に比較することを可能にする。図3において、図1と同じ参照符号を付して示すものは同一物、または、同等の働きをするものである。作物の育成、気象条件の制御等は図2の実施例で行ったと同様に、コンピュータ160で統括して行い、データ収集も同様に行う。なお、この実施例では、培地1011は各農地を代表する培地とすることは当然である。
【0020】
この実施例によれば、各個別の農地における最適品種が選別できるばかりでなく、特定優良品種がどの農地で最も良好な生育を示すのかを容易に判別できる。また、測定した気象データ観測装置によるデータを気象データベースに記憶しておけば、必要に応じて随時一連の気象条件が栽培室100で再現でき、複数の栽培室を用いた大規模な個体数や品種数からのハイスループットな選別が可能になる。
【0021】
本実施例1において一度蓄積したデータは、画像データおよび生育特性データとしていつでも参照可能であり、比較したい対象品種や特徴を必要に応じて迅速に検索できる。作物の生育の全過程をもれなく画像データとして記録しているので、過去にさかのぼっての解析が容易にでき、生育を促進する、あるいは阻害する要因の特定が容易になる。その結果、地域特性の違いによる特定品種の生育状況の違い、特定農地における品種の違いによる生育特性の違い、生育気象条件の違いによる特定品種の生育状況の違い、等のデータを比較することが容易になる。これにより、多数の遺伝子組換え品種、突然変異品種の中からから特定地域の気象条件での生育が良好かつ生産性が優良なものを、短時間に低コストで選抜できる効果がある。また、ある優良な品種がどのような気象条件の栽培地でうまく育つかどうかを同時にいろいろな気象条件の栽培室で試験し、栽培地域を短時間に選定できるので、新品種の生産不適地における栽培のリスクを低減でき、収穫量の増加が見込める。
【0022】
(実施例2--- 数年に遡る試験)
農地の気象環境は毎年毎年異なっているので、農業生産者が栽培を計画している栽培品種が、その農地において冷夏の年や降水量の少ない年など、過去の代表的な気象環境において、期待された生育を示し収量を上げることができるかどうかをあらかじめ調べることは重要である。
【0023】
図4は、本発明による作物観察用模擬環境装置により、そのような要求に応えることのできるデータを取得する方法およびシステムを示す構成図である。本実施例では、図3で説明した農地の気象条件に代えて、特定の農地Aについての過去の気象データに基づく気象条件を栽培室100A−110Dに再現する。また、栽培室100E−110Xには長期短期の今後の気象条件を再現する。全ての栽培室の培地1011は農地Aのものとする。図4において、図1、図3と同じ参照符号を付して示すものは同一物、または、同等の働きをするものである。作物の育成、気象条件の制御等は図2の実施例で行ったと同様に、コンピュータ160で統括して行い、データ収集も同様に行う。
【0024】
栽培を計画している1種類もしくは複数種類の品種を栽培室で栽培し、その生育をモニタリングする。農地Aの現在、もしくは過去の気象条件を栽培室に再現し、栽培を計画している品種が、過去に栽培実績のある品種に比べて、有利な生育状況や収量を示すかどうかを予め判別できる。たとえば、過去にある品種で豊作だった年度や不作だった年度の気象データを栽培室の気象制御装置に入力して調べたい品種を栽培し、その生育状況や収量の豊作・不作の判別を行う。農地Aの現在の気象データは、農地Aに設置された気象測定器により測定され、インターネットを介して時々刻々、栽培室の気象制御装置に入力され、同様に調べたい品種を栽培してその生育状況や収量の豊作・不作の判別を行う。農地Aに限定された気象データの代わりに、農地Aの近傍地点の気象観測データを外部の気象データ機関よりインターネットを介して取得し、栽培室の気象制御装置にその気象条件を入力することで、栽培を計画している品種が良好な生育を示すかどうかを調べることも、豊作や不作を予め判別するための方法のひとつである。
【0025】
本実施例2によれば、従来は数年かけて田畑での生育や作柄データを蓄積しなくてはならなかった作業を、必要な栽培室の数さえ用意すれば、一回の栽培期間で数年分に相当する生育データ取得することが可能になり、短期間に栽培の適否が判別できる。特に、遺伝子組換え作物は、環境への配慮から実際の農地での栽培前に一定の要件を満たす隔離温室での栽培試験および屋外の試験農地での栽培試験を経ることが義務づけられており、実際の農地の気象環境での生育を調べるまでには長い年月が必要であった。本発明により、事前の隔離温室での選抜の段階から、栽培する地域を特定した気象条件において、試験すべき遺伝子組換え品種が従来品種に比べてどのような特長を示すのかを記録、比較できるので、栽培予定農地での生育および収量が最適の遺伝子組換え体を短期間に効率よく選抜できる。
【0026】
(実施例3--- 特定農地の過去の気象データでの栽培方法確立)
作物の生育は農地の気象環境ばかりでなく、土壌の栄養や病害虫の発生状況に左右されるので、施肥や農薬散布のタイミングや量を適切に行うことは生産性向上のために重要である。たとえば、同じ品種でも、気温の高い農地で栽培する場合は、気温の低い農地で栽培する場合よりも、肥料の添加を少なくするほうが作物の生育の良好な場合が多い。いつ種をまき、散水、施肥、農薬散布などをどのようなタイミングと量でおこなえばよいかという一連の作物生産マニュアルは、従来は農業試験場などの平均的な気象環境のもとで、標準的な品種を用いて作製されている。しかし、実際の農地の気象環境は、生産マニュアルを作製したときの農地とは違っているため、そのような作物生産マニュアルかならずしも作物の育成に最適であるとは限らない。実際に栽培する農地の気象環境においては、いつが施肥や農薬散布に最も有効であるか、どのくらいの量を散布すればよいかの情報を詳細かつ具体的に農業生産者に知らせることが望まれている。
【0027】
図5は、本発明による作物観察用模擬環境装置により、そのような要求に応えることのできるデータを取得する方法およびシステムを示す構成図である。この実施例では、図1で説明した気象制御装置110に代えて、気象・農薬散布制御装置111を採用するとともに、農薬散布装置108を栽培室100に付加的に設ける。ここでは、農薬散布と略称したが、本実施例としては、これは、施肥制御および肥料散布を兼ね備えるものである。気象・農薬散布制御装置111は上述の実施例と同様にコンピュータ160により制御される。
【0028】
本実施例は、図4における農地Aの経年的な気象条件の変化に着目した栽培に代えて、複数の栽培室において過去のある年の気象条件を再現した状態で作物を栽培し、個々の栽培室では施肥や農薬散布のタイミングや量をいろいろに変化させて実施し、その生育をモニタリングすることで、その農地のある気象環境での最適な生育のための施肥や農薬散布のタイミングを判別して情報提供する。勿論、気象条件を種々変えてデータを蓄積することで農業生産者へより活用しやすいデータを提供できる。
【0029】
実際の農地での栽培実施前に、栽培には不適当な季節でも栽培室で上記の実験を行うことができるので、実際の農地での栽培前に、栽培を計画している作物、特に、農家が経験していない新品種の栽培にとっての最適栽培マニュアルを迅速に提供し生産性向上の効果が見込める。
【0030】
(実施例4--- 気象予測での栽培方法フィードバック)
前期実施例でも述べたように、作物の生育は農地の気象環境に応じた一連の作物生産マニュアルによって、生産性が左右される。従来は農業試験場などでの平均的な気象環境のもとで、標準的な品種を用いて作製されているが、毎年毎年少しずつ異なる気象状況においては、そのような作物生産マニュアルはかならずしも作物の育成に最適であるとは限らない。従って、当年の気象環境ではいつが施肥や農薬散布に最も有効であるか、どのくらいの量を添加すればよいかの情報をまえもって農業生産者に知らせることが望まれている。
【0031】
図4あるいは図5で説明した構成により、実際に生産する土地の1〜2ヶ月又は1ヶ月先の気象予報をその土地の気象取得機関又は会社と契約し、インターネットで接続し、気象データを先取りしその気象条件を栽培室で再現する。育成状況をリアルタイムにモニタする。例えば画像データから育成の状況を判断し、施肥、農薬散布、植え替えや栄養分の与えるタイミングを予め求める。この栽培室における先取りした育成管理情報を実際の生産地に情報として発信する。生産地と栽培室側とは契約により結ばれている。契約対象の生産地を所有する生産者に対し、得られている先取りした育成管理情報を提供する。この提供として、インターネットによる通信手段によるリアルタイム情報としても良い。このように栽培室での育成管理データにより不作を低減することやまた生産調整的に収穫時期を調整することも可能とするものである。
【0032】
実施例4の実施に関し、低温気象時の冷害回避方法への応用例として、気温と施肥に特化して具体的に対応する例を以下に示すものである。
【0033】
単位面積あたりのイネの収量を減少させる気象要因のひとつに、低温による障害がある。栽培農地の気温や水温条件をモニタリングしつつ、作物観察用模擬環境装置で作物を栽培しながら肥料組成や施肥量を試行することによって冷害を回避する方法をいち早く選択して情報提供する方法を説明する。
【0034】
あらかじめ特定の栽培品種銘柄(たとえば日本晴れ)を温度条件と施肥条件を変えた作物観察用模擬環境装置で栽培し、草丈の成長曲線と収量を測定する。図6に観測結果の一例を示す。(a)は低温条件における草丈と草丈の伸張速度を、(b)は適温条件における草丈と草丈の伸張速度を、それぞれ示す。ここで、低温条件とは昼の温度が25℃、夜間の温度が15℃とし、適温条件とは昼の温度が30℃、夜間の温度が20℃とした。各温度条件の下での施肥条件を、多窒素条件として、5リットルのポットあたり窒素量1gに相当する化学肥料を添加し、少窒素条件として同じポットに窒素量0.3gに相当する化学肥料を添加し、無窒素条件として化学肥料の添加なしとした。なお、日照条件は、いずれの温度条件に対しても、午前6時から午後6時まで照明を点灯している12時間を昼、消灯時を夜とし、湿度は70%に設定した。(c)は、これらの条件の下での最終的な収量を棒グラフで示す。収量を温度条件と施肥条件の組み合わせで評価してみると、適温条件では多窒素添加のものが一番収量が多く、窒素添加が少ないほど収量が少ない。低温条件では、多窒素添加は収量の減少が非常に大きく、少窒素添加および無窒素添加では収量の減少割合が少ない。
【0035】
低温条件では、栽培初期に生育の遅延が生じるため、どの施肥条件でも草丈の伸長が遅いが、少窒素条件の方が、最終的な収量は多くなる。草丈伸長速度のカーブで表示すると、草丈の伸長速度がわかりやすい。
【0036】
このような試行により、あらかじめ、どの程度の低温条件の場合は、どのくらいの量の肥料を添加すれば収量の減少を最小にできるかを、短期間にデータ収集することができる。あらかじめ特定農地の冷害のあった年の気象条件での施肥量をいろいろに変えて、画像データを収集し、草丈の伸長速度曲線を求めておくことも参考になる。
【0037】
実際の農地での栽培を開始する時には、農地の実測気象データを入力した作物観察用模擬環境装置において、農地の土壌を用いて農地での栽培品種と同じものを栽培させて、生育データを記録していく。作物観察用模擬環境装置における生育画像データおよびそれから得られるイネの草丈の伸長曲線を確認しながら、追肥を添加するかどうかを判断する。たとえば、実際の農地では低温状態での生育が続いており、気象予測データからも今後2週間程度は低温が予測されるときに、田植え後4週間の時期に施肥をすべきかどうかは、作物観察用模擬環境装置で生育しているイネの草丈の伸長曲線を参照し、その温度条件での草丈伸長速度が早過ぎないような施肥量を選び、実際の農地での施肥量の目安とする。このような方法により、最終的に穂が実る時期を待たずに、どの施肥条件が良好な苗の生育を導くのかを早期に判定し、初期成長の不良による冷害を最小限に回避できる。生育データは、草丈の伸長曲線のほかにも、分げつ本数、植物体の緑色の濃さ、葉の面積、葉の厚さなどを指標にしてもよい。
【0038】
(実施例5 --- 画像データの取得方法)
上述の各実施例においては、栽培室100での育成状況をモニタするため、カメラ106,107による画像取得システムが必要である。画像はデータ量が大きいから、24時間連続してカメラを動作させ画像を取得し、全てのデータを保存することは、膨大なデータベースを必要とすることになるとともに、処理に要する時間も大きくコンピュータの負担が大きい。この画像データを効率的に扱う方法の一例を実施例5として説明する。
【0039】
作物の成長状況を遂次的に画像として捉える場合、多くの場合、時間に対する変化率は小さい。そのため、漫然と長時間のデータを収集してこれの変化を全て保存することは、多くの場合意味が無い。本実施例では、カメラによる画像データの取得は、たとえば15分に1度というように、周期的に行うが、画像データ上で作物の特徴的な部分の変位に着目して、その部分の変位が所定の値以上になった場合に限り、その時点を中心とする画像データを記録するものとした。遂次的に捉える画像は、動画でも静止画でも良い。取り込んだ画像上の変位の検出には相互相関法や位相限定法の画像処理技術を用いて行う。
【0040】
なお、本実施例においては、着目すべき特徴点は一点に限られるものではなく、成長の過程を考慮して特徴点を変更しても良いし、いくつかの特徴点を並行して監視するものとしても良い。この場合、一つの特徴点に注目すべき変化があったときは、すべての特徴点の画像デ−タの処理をするものとするのが良い。
【0041】
(実施例6 --- 画像データの取得方法)
作物の生育は、上記農地の気象環境、土壌の栄養や病害虫の発生状況ばかりでなく、作物を植えつける密度に左右される。栽培室で栽培する作物は、カメラにより連続的に画像としてその生育の過程を記録し、その画像から生育データを解析していく必要があるため、隣り合う個体同士の葉などが重なり合うほどに成長したものでは、各個体の境界を識別しなくてはならない。各個体を識別することだけを考えれば、個体間の距離を十分に離して栽培すればよいが、その場合は実際の農地での栽培密度での作物とは、各個体が受容する日照や、農地の湿度などが変わってきてしまうため、農地の植え込み密度の作物とは違った生育状態を示すという問題が出てくる。栽培室100で作物を栽培する場合は、できるだけ実際の農地での作物の栽培と似た環境を作ることが重要なので、植え込み密度も実際の農地での状態と同じであることが望ましい。栽培室で実際の農地と同じ植え込み密度で生育させ、実際の農地と同様に作物の成長に伴って、隣り合う個体同士の葉などが重なり合っても、各個体の識別を可能にする方法が望まれている。
【0042】
本実施例では、そのような問題を解決する方法を示す。図7を参照して具体的に説明する。図7(a)は、個体間の間隔は実際の農地と同様の距離を保ち、しかも隣あった個体で葉が重なり合う程度に成長した個体群を斜め上方から概観した状態を模式的に示す図である。図7(b)は、これを真上から見た個体群の2次元配置を模式図であらわしたものである。このような状態になるほどに作物が生長した段階では、たとえば稲では、当然分けつが起こり、個体としての作物は図のように一本が孤立したものでないことが多いが、本発明では、個体に着目すると言う意味で一本で表示した。
【0043】
試料作物を画像データだけで判別できるようにするために、本実施例では、試料作物とマーカー作物とを交互に配置して生育させるものとした。図7(a)で試料作物には参照符号として500を付し、マーカー作物には参照符号として600を付すとともに黒く染めて図示した。図7(a)では、これを白抜きの丸と右下がりのハッチングを付付した丸とで表示した。したがって、たとえば、試料作物5001に着目したいときは、マーカー作物6001,6004,6007および6003で囲まれた作物を画像上で判別すれば良いわけである。
【0044】
マーカー作物としては、たとえば、葉にアントシアンを大量に含んで紫色になっているような品種を用いれば、カラーカメラで撮影した画像データにおいて、緑色の試料作物を容易に識別できる。クロロフィルの含量が少ないために葉の色があきらかに薄い品種なども、有効なマーカー個体に利用できる。また、蛍光を発するようなたんぱく質GFPなどを組み換えた作物をマーカー作物に用い、励起光を照射して撮影した画像から蛍光を発するマーカー作物と蛍光を発しない作物とを識別すれば、試料作物を個体別に識別できる。
【0045】
さらに、このような配列と、バーコードなどによる試料作物のラベリングを組み合わせれば、隣り合う個体同士の葉などが重なり合うほどに成長した作物でも各個体の境界を識別ながら、各個体を判別し、その生育を連続して撮影、記録することができる。
【0046】
【発明の効果】
以上説明したように本発明によれば、農業生産者の要求に応えて生育のガイドラインを提供することができるとともに、多数の遺伝子組換え品種、突然変異品種の中からから特定地域の気象条件での生育が良好で生産性が優良なものを短時間に低コストで選抜できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明による作物観察用模擬環境装置の実施の一例及びこれを取り巻く全体システムの一例を示す図。
【図2】カメラにより得られる画像データに基づき、作物の生育や形態的特性に関する数値化した解析データを得る考え方を模式的に示す図。
【図3】実施例1の応用形態としての実施例を示す全体構成図。
【図4】本発明による作物観察用模擬環境装置によるデータを取得する方法およびシステムを示す構成図。
【図5】本発明による作物観察用模擬環境装置によるデータを取得する他の方法およびシステムを示す構成図。
【図6】(a)は特定の栽培品種銘柄を温度条件と施肥条件を変えた作物観察用模擬環境装置で栽培し草丈と草丈の伸張速度を低温条件で観測した結果の一例を示し、(b)は適温条件における草丈と草丈の伸張速度を観測した結果の一例を示し、(c)は、これらの条件の下での栽培の結果の最終的な収量を示す図。
【図7】葉が重なり合うほどに成長した植物体の各個体の境界を識別するための配列方法を示す図であり、(a)は配列を斜め上から概観した図、(b)は配列を真上から見た摸式図。
【符号の説明】
100,100A−100X:栽培室、101:水耕栽培装置、1011:植物を栽培するための培地、1012:栄養調整手段、102:温度風量調節装置、103:湿度調節装置、104:雨量調節装置、105:照明調節装置、106,107:カメラ、108:農薬散布装置、110:気象制御装置、111:気象・農薬散布制御装置、120:インターネット、130:気象データ観測装置、140:気象機関のデータベース、150:カメラ制御装置、160:コンピュータ、161:画像データベース、162:解析データベース、163:気象データベース、16n:農産物収量、遺伝子情報データベース、180:農業生産者、190:育種家、200:種苗生産者や流通業者、210:、消費者、250−290:複数の農地A−Xに設置した気象データ観測装置、500:試料作物、600:マーカー作物。
Claims (4)
- 所定の空間を有し、その空間の気象条件が人為的に制御できる植物の栽培室と、前記栽培室内の気象条件を調節する気象制御機構と、前記気象制御機構に特定地域の特定期間の気象データを入力するための手段と、前記植物を栽培するための培地の栄養条件を調節する栄養調整手段と、前記栽培室内の培地で育成されている複数の作物の生育状態を撮影して画像データを取り込むカメラと、前記カメラからの画像データを取り込むタイミングを制御できる調節手段と、前記カメラからの画像データから得られる前記複数の作物の生育状態と該生育状態となった気象条件との関連を示すデータの格納手段とを備える作物観察用模擬環境装置を備え、
前記作物観察用模擬環境装置によって得られる第1の植物育成情報と、
前記作物観察用模擬環境装置とネットワークで接続されて得られる前記栽培室で栽培される植物が栽培されることが期待される地域の農作業に関する環境の情報とを利用して、前記作物観察用模擬環境装置の前記栽培室において、前記地域で栽培される植物の当該地域の農作業の一般的なスケジュールから所定の期間先行して前記植物を栽培して得られる第2の植物育成情報とから、前記地域で栽培される植物の現在の環境の下での栽培指針を得る手段を有していることを特徴とする作物育成評価システム。 - 前記栽培指針が、植物の評価と所定の気象条件の下での推奨すべき品種とを関連づけたものであることを特徴とする請求項1記載の作物育成評価システム。
- 前記作物観察用模擬環境装置の栄養調整手段は、培地の有機肥料、無機肥料、酸素、塩分、金属イオンの添加を調節する制御手段を備えていることを特徴とする請求項1または2記載の作物育成評価システム。
- 前記作物観察用模擬環境装置は、人工的に制御される気象条件の下で作物を生育させる二つの栽培室を有し、それぞれの栽培室の気象条件をほぼ同一条件で変化するものとするとともに、所定時間ずれた状態に置くことにより、先行する気象条件の下での栽培室内での作物の生育状況に応じて、追随する栽培室の培地に供給する栄養分を制御して作物の育成条件を評価する手段を備えていることを特徴とする請求項1または2記載の作物育成評価システム。
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