JP4003450B2 - 鋼線材、鋼線及びその製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、鋼線材、鋼線及びその製造方法に関する。より詳しくは、例えば、自動車のラジアルタイヤや、各種産業用ベルトやホースの補強材として用いられるスチールコード、更には、ソーイングワイヤなどの用途に好適な鋼線材と、前記の鋼線材を素材とする鋼線及びその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
自動車のラジアルタイヤや、各種のベルト、ホースの補強材として用いられるスチールコード用鋼線、あるいは、ソーイングワイヤ用の鋼線は、一般に、熱間圧延後調整冷却した線径(直径)が5〜6mmの鋼線材(以下、「鋼線材を」単に「線材」ともいう)を、1次伸線加工して直径を3〜4mmにし、次いで、パテンティング処理を行い、更に2次伸線加工して1〜2mmの直径にする。この後、最終パテンティング処理を行い、次いで、ブラスメッキを施し、更に最終湿式伸線加工を施して直径0.15〜0.40mmにする。このようにして得られた極細鋼線を、更に撚り加工で複数本撚り合わせて撚鋼線とすることでスチールコードが製造される。
【0003】
一般に、線材を鋼線に加工する際や鋼線を撚り加工する際に断線が生ずると、生産性と歩留りが大きく低下してしまう。したがって、上記技術分野に属する線材や鋼線は、伸線加工時や撚り加工時に断線しないことが強く要求される。
【0004】
更に、スチールコードの製造の場合、熱間圧延した直径5〜6mmの線材を直径が1〜2mmの鋼線にするのに多くの中間処理工程を要し、製造コストの上昇を招いている。したがって、最終製品の性能を低下させることなく、製造工程を簡略化したいとする産業界からの要望が大きくなっている。このため、C含有量が質量%で0.8%未満の比較的強度の低い炭素鋼線材などでは、中間処理を省略して、例えば直径5.5mmから1.7mmまで直接に伸線する技術が開発されている。なお、前記伸線における真歪み量は2.35である。ここで、真歪み(ε)は線材の直径(d0 )と伸線後の鋼線の直径(d)を用いて下記の(i)式で表されるものである。
【0005】
ε=2loge(d0/d)・・・(i)
一方では、近年、種々の目的からスチールコードなどを軽量化する動きが高まってきた。このため、前記の各種製品に対して高強度が要求されるようになり、上記のC含有量が質量%で0.8%未満の炭素鋼線材などでは、所望の高強度を得難いため、C含有量が高くて鋼線に高い強度を確保させることができ、しかも前記の中間処理を省略できるような伸線加工性に優れた線材に対する要求が極めて大きくなっている。
【0006】
上記した近年の産業界からの要望に対して、偏析、化学成分や介在物を制御して線材の伸線加工性を高める技術が提案されている。
【0007】
例えば、特公平7−11060号公報には、化学組成として、質量%で0.6〜1.0%のCや0.50〜1.1%のMnなどを含み、線材でのMnの偏析を制御する「伸線加工性のすぐれた高強度線材」が開示されている。しかし、この公報で提案された技術は、線材におけるMnの偏析ピーク幅を小さくするために、▲1▼鋳片サイズを大きくとって圧減比を高める、▲2▼中心偏析を改善するために鋳造時の溶鋼過熱度を低めとする、▲3▼鋳型内電磁攪拌を行う、▲4▼凝固末期に鋳片に圧下をかける、▲5▼鋳片を均熱炉中で加熱し偏析元素を拡散させる、などの特殊な処理を必要とする。このため、線材の製造工程や製造設備が異なる場合には、必ずしも適用できないものであるし、たとえ適用できたとしても製造コストが嵩むものであった。更に、前記公報の実施例における伸線加工量は真歪みに換算して高々2.0であり、Mnの偏析を制御しても、熱間圧延した線材の絞りの向上には寄与するが、前記した中間処理としてのパテンティングを省略するには不十分なものである。
【0008】
特許第2500786号公報には、化学組成を、質量%で0.85〜1.05%のC、0.05〜0.6%のCrや0.05〜0.20%未満のCuなどを含むとともにAlの含有量を0.003%以下に制限したり、前記化学組成規定に加えて、酸化物系介在物の組成やTi(C、N)系介在物に関する規定などを設けた「熱間圧延鋼線材、極細鋼線および撚鋼線、並びに極細鋼線の製造法」が開示されている。しかし、この公報で提案された技術は、Cuを必須の構成元素として含むのでスクラップ処理時にCu元素を除去するのが困難で、リサイクル性という点で劣るものである。更に、前記公報の実施例における1次の鉛パテンティング処理前の伸線加工量は、直径5.5mmから2.2mmまでの真歪み換算で1.8と小さいものであり、前記した中間処理としてのパテンティングを省略するには不十分なものである。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記現状に鑑みなされたもので、その目的は、スチールコードやソーイングワイヤなどの用途に好適な伸線加工性などの冷間加工性に優れた線材を得るとともに、前記の線材を素材とする鋼線を高い生産性の下に歩留り良く廉価に提供することである。なお、前記の鋼線としては、特に、素材である線材に真歪み量で2.35以上の冷間加工を施したものが対象である。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本発明の要旨は、下記(1)に示す線材、(2)に示す鋼線及び(3)に示す鋼線の製造方法にある。
【0011】
(1)質量%で、C:0.8〜1.1%、Si:0.1〜1.0%、Mn:0.1〜1.0%、Cr:1.0%以下、Co:2.0%以下、Nb:0.015%以下、B:0.005%以下、Ca:0.003%以下、Mg:0.003%以下を含有し、残部はFe及び不純物から成り、不純物中のAlは0.0020%以下、Tiは0.0020%以下、Nは0.005%以下、Pは0.01%以下、Sは0.01%以下、O(酸素)は0.0020%以下で、更に、初析セメンタイトの平均厚さが0.19μm以下であり、且つ、長手方向縦断面において長径をL(μm)、短径をW(μm)として「L/W」で表されるアスペクト比が2.5以下のB系介在物及びC系介在物の極値統計法によって求めた100mm2での√areamaxが9μm以下を満足する鋼線材。
【0012】
(2)上記(1)に記載の線材を2.35以上の真歪みで冷間加工した鋼線。
【0013】
(3)上記(1)に記載の線材を冷間加工後に、最終熱処理、メッキ処理、湿式伸線加工をこの順に施す鋼線の製造方法。
【0014】
ここで、「線材」とは、棒状に熱間圧延された鋼で、コイル状に巻かれた鋼材を指し、所謂「バーインコイル」を含むものである。
【0015】
上記した「初析セメンタイトの平均厚さ」は次のようにして求めたものをいう。すなわち、図2に示すように、被検面で観察される初析セメンタイトを平行な2本の直線で区切ったとき、その2本の直線の間隔が最大になる場合をその初析セメンタイトの長さとし、前記長さの2分の1の位置で長さ方向に垂直な直線を引く。そして、上記直線が対象とする初析セメンタイトと交わる長さを求め、これを対象とする「初析セメンタイトの厚さ」とする。同様の測定を、例えば、20箇所の初析セメンタイトについて行い、求めた「初析セメンタイトの厚さ」の平均を「初析セメンタイトの平均厚さ」とする。
【0016】
「長手方向縦断面」(以下、L断面という)とは、線材の圧延方向に平行に切断した面をいう。
【0017】
又、前記のL断面において「アスペクト比が2.5以下のB系介在物とC系介在物について極値統計法によって求めた√areamax 」とは、通常の極値統計法の処理手順によって求めたものをいう。すなわち、下記▲1▼〜▲3▼式におけるSを予測を行う面積(mm2 )、S0 を検査基準面積(mm2 )、Tを再帰期間、yを極値統計での基準化変数として、線材から採取した試験片のL断面を鏡面研磨した後、その研磨面を被検面とし、例えば、光学顕微鏡の倍率を400倍として40視野程度観察し、各検査基準面積中においてアスペクト比が2.5以下で、最大の面積であったB系又はC系介在物の面積を測定して極値統計グラフを作成し、その極値統計グラフから規定のSとS0 におけるyを計算し、そのyに対する値をもって求める√areamax とすればよい。
【0018】
√areamax=a×y+b・・・▲1▼、
y=−ln[−ln{(T−1)/T}]・・・▲2▼、
T=(S+S0 )/S0 ・・・▲3▼。
【0019】
線材を鋼線に加工するための「冷間加工」には、通常の穴ダイスを用いた伸線加工だけでなく、ローラダイスを用いた伸線加工、所謂「2ロール圧延機」、「3ロール圧延機」や「4ロール圧延機」を用いた冷間圧延加工を含む。
【0020】
真歪み(ε)は加工前の線材や鋼線の直径(d0 )と加工後の鋼線の直径(d)を用いて下記の(i)式で表されるものである。
【0021】
ε=2loge(d0/d)・・・(i)
「最終熱処理」とは、最終のパテンティング処理を指す。又、「メッキ処理」は、ブラスメッキ、Cuメッキ、Niメッキなどのように、次の湿式伸線の過程における引き抜き抵抗の低減や、スチールコード用途の場合におけるようなゴムとの密着性を高めることなどを目的に施されるものをいう。
【0022】
以下、上記の(1)〜(3)に記載のものをそれぞれ(1)〜(3)の発明という。
【0023】
本発明者らは、線材の化学組成や介在物、初析セメンタイトが、機械的性質及び伸線加工性や冷間圧延加工性といった冷間加工性(以下、簡単のために単に「伸線加工性」という。又、伸線加工と冷間圧延加工をまとめて「伸線加工」という)に及ぼす影響について調査・研究を重ね、その結果、下記の知見を得た。
【0024】
(a)引張強さを高めるためには、C、Si、Mn、Crなどの合金元素の含有量を増やせばよいが、これら合金元素の含有量の増加は伸線加工性の低下、つまり、伸線加工時の限界加工度の低下を招く。
【0025】
(b)伸線加工を行うと、変形能が小さい介在物の周辺にボイドが生成して断線の起点になりやすいが、JIS G 0555に規定されたB系介在物及びC系介在物の変形能は線材のL断面におけるアスペクト比で簡便に評価できる。なお、上記JIS G 0555に規定されたA系介在物は変形能が大きいため断線の起点にはなり難い。
【0026】
(c)変形能の小さい介在物には上記B系介在物とC系介在物があり、その断面積が大きいと、伸線加工時に介在物を起点とした断線が生じやすい。しかし、断面積が小さい場合には、たとえ介在物の変形能が小さくても、通常の伸線加工時の断線起点にはならない。
【0027】
(d)光学顕微鏡観察した視野における最も大きなB系及びC系の介在物の断面積と伸線加工性とは必ずしも相関関係を有しない。一方、B系及びC系の介在物に関して前述の極値統計法を用いた√areamax と伸線加工性との間にはよい相関関係がある。
【0028】
(e)鋼中のB系及びC系の介在物のうち酸化物系介在物については、不純物元素としてのAlとO(酸素)の含有量を厳しく制限することで、変形能の大きい介在物組成にすることができる。
【0029】
(f)伸線加工性に影響を及ぼすB系及びC系の介在物のうち窒化物系介在物と炭化物系介在物は主にTiN、NbNとNbCである。これらの介在物は非常に硬質で変形能が小さいので、前記(c)で述べたように、その断面積を小さなものとする必要がある。上記介在物のうちTiNの断面積制御のためには、不純物元素としてのTiの含有量を厳しく制限することが有効である。一方、NbNやNbCは微細分散させることが可能であり、その場合には旧オーステナイト粒が微細化して伸線加工性が向上するものの、Nbの含有量が多すぎる場合には、NbCやNbNが粗大化して伸線加工時の断線起点となるので、Nbの含有量の上限を制限する必要がある。
【0030】
(g)伸線加工性に悪影響を及ぼすとされている初析セメンタイトは、その平均厚さを薄くすれば、通常の伸線加工時の断線起点にはならない。
【0031】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものである。
【0032】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
(A)化学組成
C:0.8〜1.1%
Cは、線材の強度を高めるのに有効な元素である。しかし、その含有量が0.8%未満の場合には、例えば引張強さで3400MPaといった高い強度を安定して最終製品に付与させることが困難である。一方、Cの含有量が多すぎると鋼材が硬質化して伸線加工性の低下を招く。特に、C含有量が1.1%を超えると、初析セメンタイト(つまり、旧オーステナイト粒界に沿うセメンタイト)の厚さを後述する0.19μm以下に制御するために熱間圧延後の冷却速度を速くする必要があるが、前記の冷却速度を速くすることによって、マルテンサイト組織が生成して伸線加工性が大きく低下し、真歪みで2.35以上となる加工度で伸線加工を行うと断線が頻発する。したがって、Cの含有量を0.8〜1.1%とした。
【0033】
Si:0.1〜1.0%
Siは、強度を高めるのに有効な元素である。更に、脱酸剤として必要な元素でもある。しかし、その含有量が0.1%未満では添加効果に乏しく、一方、1.0%を超えると伸線加工での限界加工度が低下する。したがって、Siの含有量を0.1〜1.0%とした。
【0034】
Mn:0.1〜1.0%
Mnは、強度を高める作用に加えて、鋼中のSをMnSとして固定して熱間脆性を防止する作用を有する。しかし、その含有量が0.1%未満では前記の効果が得難い。一方、Mnは偏析しやすい元素であり、1.0%を超えると特に線材の中心部に偏析し、その偏析部にはマルテンサイトやベイナイトが生成するので、伸線加工性が低下してしまう。したがって、Mnの含有量を0.1〜1.0%とした。
【0035】
Cr:1.0%以下
Crは添加しなくてもよい。添加すれば、パーライトのラメラ間隔を小さくして圧延後及びパテンティング後の強度を高める作用を有する。又、伸線加工を初めとする冷間加工時の加工硬化率を高める働きがある。こうした効果を確実に得るには、Crは0.1%以上の含有量とすることが好ましい。しかし、その含有量が1.0%を超えると、パーライト変態が終了するまでの時間が長くなり、熱間圧延後の線材の中心部にマルテンサイトやベイナイトが生成するため、伸線加工中の断線頻度が増加する。したがって、Crの含有量を1.0%以下とした。
【0036】
Co:2.0%以下
Coは添加しなくても良い。添加すれば、初析セメンタイトの析出を防止し、更にパーライトを微細化して強度を高める作用を有する。この効果を確実に得るには、Coは0.2%以上の含有量とすることが好ましい。しかし、2.0%を超えて含有させても前記の効果は飽和し、コストが嵩むばかりである。したがって、Coの含有量を2.0%以下とした。
【0037】
Nb:0.015%以下
Nbは添加しなくてもよい。添加すれば、オーステナイト結晶粒を微細化して伸線加工性を高める作用を有する。この効果を確実に得るには、Nbは0.003%以上の含有量とすることが好ましい。しかし、Nbの含有量が0.015%を超えると、√areamax が9μmを超える粗大なNbCやNbNが生成し、この粗大なNbCやNbNが伸線加工中の断線起点となるので伸線加工性が低下してしまう。したがって、Nbの含有量を0.015%以下とした。なお、Nbは凝固偏析し易い元素であり、粗大なNbCやNbNの生成を確実に防止するためには、その含有量を0.010%未満にすることが望ましい。
【0038】
B:0.005%以下
Bは添加しなくてもよい。添加すれば、鋼中に固溶したNと結合してBNを形成し、固溶Nを低減して、伸線加工性を向上させる効果がある。この効果を確実に得るには、Bは0.0003%以上の含有量とすることが好ましい。しかし、Bを0.005%を超えて含有させると、粗大なBNが生成して、伸線加工性が低下する。したがって、Bの含有量を0.005%以下とした。
【0039】
Ca:0.003%以下
Caは添加しなくてもよい。添加すれば、熱間加工性を高める作用を有する。この効果を確実に得るには、Caは0.0001%以上の含有量とすることが好ましい。しかし、Caを0.003%を超えて含有させても前記の効果は飽和し、コストが嵩むばかりである。したがって、Caの含有量を0.003%以下とした。
【0040】
Mg:0.003%以下
Mgは添加しなくてもよい。添加すれば、熱間加工性を高める作用を有する。この効果を確実に得るには、Mgは0.0001%以上の含有量とすることが好ましい。しかし、Mgを0.003%を超えて含有させても前記の効果は飽和し、コストが嵩むばかりである。したがって、Mgの含有量を0.003%以下とした。
【0041】
更に、(1)の発明においては、不純物元素であるAl、Ti、N、P、S及びO(酸素)の含有量を下記のとおりに制限する。
【0042】
Al:0.0020%以下
AlはAl2O3を主成分とする変形能の低い酸化物系介在物を形成して伸線加工性を低下させてしまう。特にその含有量が0.0020%を超えると、前記酸化物系介在物が粗大化して極値統計法を用いた√areamax が9μmを超えるため、伸線加工中に断線が多発し、伸線加工性の低下が著しくなる。したがって、Alの含有量を0.0020%以下とした。
【0043】
Ti:0.0020%以下
TiはNと結合してTiNを形成する。Ti含有量が0.0020%を超えると、極値統計法を用いた√areamax が9μmを超える粗大なTiNが生成する。この粗大なTiNは伸線加工中の断線起点となるので伸線加工性が低下してしまう。したがってTiの含有量を0.0020%以下とした。
【0044】
N:0.005%以下
Nは冷間での伸線加工中に転位に固着して鋼線の強度を上昇させる反面で、伸線加工性を低下させてしまう。特に、その含有量が0.005%を超えると伸線加工性の低下が著しくなる。したがって、Nの含有量を0.005%以下とした。
【0045】
P:0.01%以下
Pは粒界に偏析して伸線加工性を低下させてしまう。特に、その含有量が0.01%を超えると伸線加工性の低下が著しくなる。したがって、Pの含有量を0.01%以下とした。
【0046】
S:0.01%以下
Sは伸線加工性を低下させてしまう。特に、その含有量が0.01%を超えると伸線加工性の低下が著しくなる。したがって、Sの含有量を0.01%以下とした。
【0047】
O(酸素):0.0020%以下
Oは酸化物系介在物を形成して伸線加工性を低下させてしまう。特に、Oの含有量が0.0020%を超えると、酸化物系介在物が粗大化し、不純物としてのAl含有量を前記範囲に制限しても、極値統計法を用いた√areamax が9μmを超える変形能の低い、粗大なAl2O3が生成するため、伸線加工性の低下が著しくなって、伸線加工中に断線が多発する。したがって、Oの含有量を0.0020%以下とした。
(B)介在物
真歪み量で2.35以上の伸線加工を施しても介在物起点による断線を生じないためには、前記(A)項で述べた化学組成に加えて介在物に関する規定を設けることが必要である。
【0048】
本発明者らは化学組成が前記(A)項で述べた範囲にあり、セメンタイトの平均厚さが後述する(C)項の規定を満たす直径5.5mmの種々の熱間圧延線材を通常の方法で伸線加工し、伸線加工中に断線した部分を観察して、横軸に真歪み量、縦軸に断線部分に存在した介在物のアスペクト比をとって整理した。その結果を図1に示す。図1から明らかなように、伸線加工時に2.35未満の真歪み量で断線した場合の断線部分に存在した介在物のアスペクト比はいずれも2.5以下であった。なお、断線部分に存在した介在物は線材のL断面で観察したものである。又、既に述べたように、アスペクト比とは、L断面における介在物の長径をL(μm)、短径をW(μm)としたときの「L/W」で表される値をいう。
【0049】
本発明者らは次に、上記真歪み量が2.35未満で断線した断線部分に存在したアスペクト比が2.5以下の介在物を観察した。その結果、B系介在物又はC系介在物であることが明らかになった。既に述べたように、A系介在物は変形能が大きいため断線の起点にはなり難く、したがって、真歪み量が2.35未満の伸線加工で断線する場合のアスペクト比が2.5以下の介在物はB系介在物あるいはC系介在物と考えることができる。なお、B系介在物とC系介在物は伸線加工で変形し難いため、前記図1の真歪み量と鋼線におけるB系介在物とC系介在物のアスペクト比との関係は、真歪み量と線材におけるB系介在物とC系介在物のアスペクト比との関係に置き換えることができる。
【0050】
したがって、本発明においては、線材のL断面におけるB系介在物とC系介在物のアスペクト比を2.5以下と規定した。
【0051】
なお、後述の実施例で詳しく述べるが、熱間圧延した線材のL断面において、アスペクト比が2.5以下のB系及びC系の介在物に関して極値統計法を用いた面積100mm2 における√areamax が9μmを超える場合には、伸線加工時に真歪み量で2.35未満で介在物起点による断線が生じる。
【0052】
したがって、(1)の発明においてアスペクト比が2.5以下のB系及びC系の介在物に関して極値統計法を用いた面積100mm2 における√areamax を9μm以下と規定した。なお、上記√areamax は、この値が小さい方がより大きな真歪み量まで介在物起因の断線を生じずに伸線できる傾向があるので、7μm以下にすることが望ましい。
【0053】
なお、前記(A)項で述べた化学成分に関する規定を満たしても、介在物の形状と√areamax には、介在物の組成、鋼の凝固速度や凝固偏析などが影響する。更に、製鋼設備も介在物の形状と√areamax に影響を及ぼす。このため、通常の方法では線材のL断面におけるアスペクト比が2.5以下のB系介在物とC系介在物について、前記極値統計法を用いた面積100mm2 における√areamax を9μm以下にするための条件を限定することは難しい。しかしながら、例えば、以下に示す(a.)〜(d.)の要件を満足させることによって、前記規定を満たす介在物の形状と√areamax にすることができる。
【0054】
(a.)鋼中の不純物としてのAl、O(酸素)、Ti、Nb及びNの含有量を既に(A)項で述べた量、すなわち、それぞれ、0.0020%以下、0.0020%以下、0.0020%以下、0.015%以下及び0.005%以下に制御する。
【0055】
(b.)酸化物系介在物中のAl2O3の割合を質量%で30%以下にする。
【0056】
(c.)取鍋、タンディッシュ等の耐火物の溶損や鋳造時のスラグ及びパウダーの巻き込みを防止する。
【0057】
(d.)Ti及びNbの中心偏析を抑制するために、鋼塊を小断面のインゴット、スラブやブルームとする。一方、連続鋳造によって、例えば、一辺の長さが400mmといった大断面のブルームを製造する場合には、Ti及びNbの中心偏析を抑制するために、溶鋼の電磁攪拌や凝固末期に軽圧下を施す。
(C)初析セメンタイト
真歪み量で2.35以上の伸線加工を施しても断線を生じないためには、前記(A)項の化学組成規定及び(B)項の介在物規定に加えて、初析セメンタイトの平均厚さを0.19μm以下にする必要がある。
【0058】
すなわち、後述の実施例で詳しく述べるように、直径5.5mmに熱間圧延した線材がたとえ前記(A)項の化学組成規定及び(B)項の介在物規定を満たすものであっても、その初析セメンタイトの平均厚さが0.19μmを超える場合には、伸線加工時に真歪み量で2.35未満で断線が生じる。
【0059】
したがって、(1)の発明において、線材における初析セメンタイトの平均厚さを0.19μm以下と規定した。
【0060】
既に述べたように、線材は棒状に熱間圧延された鋼である。このため、線材における初析セメンタイトは等方的な形状を呈する。したがって、線材における初析セメンタイトの平均厚さの測定は、L断面(長手方向縦断面)やC断面(長手方向横断面)等任意の断面について行えばよい。
【0061】
初析セメンタイトの平均厚さを0.19μm以下とするには鋼片の化学組成に応じて、鋼片を1050〜1250℃に加熱し、圧延仕上げ温度を800〜950℃として熱間圧延した後、800〜600℃の温度域を5℃/秒以上の冷却速度で冷却して線材を製造すればよい。具体的には、例えば、1.00〜1.05%のC、0.2〜0.5%のSi,0.3〜0.5%のMn、0.3〜0.5%のCrを含んでいる鋼片の場合には、その鋼片を1190〜1220℃に加熱し、圧延仕上げ温度を900〜920℃として熱間圧延した後、800〜600℃の温度域を平均して15℃/秒以上の冷却速度で冷却して線材を製造すればよい。なお、上記温度や冷却速度の測定は鋼片や線材の表面部で測定したものである。
【0062】
(1)の発明においては、パーライトコロニー径(すなわち、パーライトラメラの方向が同一である範囲の径)について、特に規定する必要はない。しかし、後述の実施例における表2に示すように、真歪み2.35以上の伸線加工を行う場合、パーライトコロニー径は6μm以下であることが好ましい。
【0063】
(1)の発明においては、線材の直径についても特に規定はしないが、スチールコード用鋼線やソーイングワイヤ用の鋼線を製造する際、中間処理の工程を省略してコストを低減するためには、冷間加工を施される線材の直径はできるだけ小さくすることがよく、特に6mm以下とすることが望ましい。一方、線材の直径を小さくすれば生産性が低下するし、熱間圧延中に断線したり疵の発生が多発するので、直径4mm以上にすることが望ましい。
【0064】
更に、(1)の発明においては、熱間圧延した線材の引張試験での絞り値が高い方が伸線加工性が良好であるため、絞り値は25%以上であることが好ましく、絞り値が30%以上であれば一層好ましい。
【0065】
前記(A)〜(C)の各規定を満たす線材に、穴ダイスを用いた伸線加工、ローラダイスを用いた伸線加工、所謂「2ロール圧延機」、「3ロール圧延機」や「4ロール圧延機」を用いた冷間圧延加工など通常の冷間加工を施して鋼線が加工される。この冷間における加工量を真歪みで2.35とすれば、スチールコード用鋼線やソーイングワイヤ用鋼線の素材として現在常用されている直径5.5mmの線材を1.7mmの鋼線に加工することができるので、既に述べた中間処理工程の省略が可能となる。したがって、(2)の発明においては鋼線の冷間加工量の下限を真歪みで2.35とした。なお、冷間加工量が真歪みで3.0であれば、常用される直径5.5mmの線材を直接1.2mmの鋼線に加工することができるので、真歪みは3.0以上とするのがよい。
【0066】
スチールコード用やソーイングワイヤ用の極細鋼線は、(3)の発明の方法で製造される。つまり、(A)〜(C)の各規定を満たす線材に、通常の冷間加工を施した後、通常の方法で、最終熱処理(パテンティング処理)及び、ブラスメッキ、Cuメッキ、Niメッキなど、次の湿式伸線の過程における引き抜き抵抗の低減や、ゴムとの密着性の向上などを目的とするメッキ処理を施し、更に湿式伸線を行うことで極細鋼線が製造される。
【0067】
こうして得られた極細鋼線は、この後所定の最終製品へと加工される。例えば、極細鋼線を更に撚り加工で複数本撚り合わせて撚鋼線とすることでスチールコードが成形される。
【0068】
以下、実施例により本発明を詳しく説明する。
【0069】
【実施例】
表1に示す化学組成を有する鋼A〜Pを1.5トン真空炉を用いて溶製し、鋳型内で凝固させてインゴットを作製した。表1における鋼A、鋼C〜F、鋼H、鋼I、鋼O及び鋼Pは、化学組成が本発明で規定する含有量の範囲内にある本発明例の鋼である。一方、表1における鋼B、鋼G及び鋼J〜Nは、成分のいずれかが本発明で規定する含有量の範囲から外れた比較例の鋼である。
【0070】
なお、鋼O以外の場合には、真空炉での真空排気を十分に行って初挿Cを0.7%添加した後にAlを添加したが、鋼Oの場合には、真空炉での真空排気を行った後、初挿C添加を行う前にAlを添加した。又、鋼Pについては、鋳型に耐火物が損傷しているものを用い、意図的に耐火物が混入するようにした。
【0071】
【表1】
【0072】
次いで、上記の各インゴットを通常の方法で熱間鍛造して一辺が140mmの角材にし、各鋼について長さ3mのビレットを3本採取した。
【0073】
このようにして得た一辺が140mmで長さが3mのビレットを、下記a〜cに示す各条件で熱間圧延し、直径が5.5mmの線材とした。
【0074】
a:加熱温度1150℃、圧延仕上げ温度880℃、800〜600℃の温度域での平均冷却速度6℃/秒、
b:加熱温度1180℃、圧延仕上げ温度900℃、800〜600℃の温度域での平均冷却速度12℃/秒、
c:加熱温度1200℃、圧延仕上げ温度910℃、800〜600℃の温度域での平均冷却速度18℃/秒。
【0075】
上記のようにして作製した各線材のL断面を鏡面研磨した後、その研磨面を被検面とし、光学顕微鏡の倍率を400倍として40視野の写真を撮影した。なお、各写真における観察面積は0.19mm2 である。
【0076】
次いで、各写真中でアスペクト比が2.5以下で、サイズが最大であったB系又はC系介在物の面積を通常の画像解析ソフトを使って測定し、その結果を極値統計グラフにプロットして、前記▲1▼〜▲3▼式においてSを100mm2 、S0 を0.19mm2 とした場合のyの値、つまり6.27に対する値を極値統計グラフから求め、その値を各線材の√areamax とした。
【0077】
又、熱間圧延した各線材のC断面(長手方向横断面)を鏡面研磨したものをナイタールで腐食し、その腐食面を被検面とし、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)を用い倍率10000倍で、20箇所の初析セメンタイトについて写真撮影を行った。各写真における初析セメンタイトの長さと厚さを既に述べた方法で測定し、20箇所の初析セメンタイトについての平均値をもとめ、この値を各供試線材における初析セメンタイトの平均厚さ及び平均長さとした。
【0078】
同様に、上記のナイタールで腐食した面を被検面として、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE−SEM)を用いて、倍率4000倍で任意の10視野の写真撮影を行い、写真上に目視でパーライトコロニー粒界を記入した後、通常の画像解析ソフトを使って、パーライトコロニー粒径を測定した。
【0079】
又、通常の方法で各線材の引張試験を行い、引張強さと絞りを測定した。
【0080】
更に、上記のようにして得た線材を通常の方法で酸洗してデスケーリングし、潤滑処理としてリン酸塩皮膜処理を施した後、各ダイスでの減面率が平均で21%となるパススケジュールで、直径1.03mmまで乾式で伸線することも行った。この際、直径1.70mm以下まで伸線加工を行っても断線しない場合に、伸線加工性が良好であると評価した。ちなみに、直径5.50mmから直径1.70mmまで伸線すると、真歪み量は2.35になる。
【0081】
表2〜4に、線材の圧延条件と前記の調査結果をまとめて示す。図3には、縦軸に線材の初析セメンタイトの平均厚さ(μm)、横軸に断線せずに伸線できた真歪み(ε)の量をとって、伸線加工性に及ぼす初析セメンタイトの平均厚さの影響を示した。又、図4には、縦軸に線材の初析セメンタイトの平均長さ(μm)、横軸に断線せずに伸線できた真歪み(ε)の量をとって、伸線加工性に及ぼす初析セメンタイトの平均長さの影響を示した。なお、図3及び図4には、前記(A)項の化学組成規定及び(B)項の介在物規定を満足するものについてだけ示したもので、「初析セメンタイトの平均厚さ」と「初析セメンタイトの平均長さ」をそれぞれ単に「セメンタイト厚さ」、「セメンタイト長さ」と記載した。
【0082】
【表2】
【0083】
【表3】
【0084】
【表4】
【0085】
図3から、初析セメンタイトの平均厚さが小さくなると、断線するまでの真歪み量が増加し、初析セメンタイトの平均厚さが0.19μm以下の場合、真歪み量で2.35以上の伸線加工ができることが明らかである。
【0086】
一方、図4に示すように、初析セメンタイトの平均長さと断線するまでの真歪み量との間には明確な相関関係は認められない。
【0087】
表2〜4から、本発明で規定する条件から外れた試験番号の場合には、直径1.70mmより太い線径で断線し、伸線加工性が低いことが明らかである。
【0088】
上記の比較例に対し、本発明で規定する条件を満たす試験番号の場合には、5.5mmから1.70mmまで伸線しても断線を生じず、良好な伸線加工性を有することが明らかである。
【0089】
【発明の効果】
本発明の線材は伸線加工性などの冷間加工性に優れるので、この線材を素材としてスチールコードやソーイングワイヤなどを高い生産性の下に歩留り良く提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】伸線加工での真歪み量と断線部のL断面におけるB系介在物とC系介在物のアスペクト比との関係を示す図である。
【図2】初析セメンタイトの長さと厚さを求める方法を説明する図である。
【図3】実施例の一部について、縦軸に線材の初析セメンタイトの平均厚さ(μm)、横軸に断線せずに伸線できた真歪み(ε)の量をとって、伸線加工性に及ぼす初析セメンタイトの平均厚さの影響を整理した図である。
【図4】実施例の一部について、縦軸に線材の初析セメンタイトの平均長さ(μm)、横軸に断線せずに伸線できた真歪み(ε)の量をとって、伸線加工性に及ぼす初析セメンタイトの平均長さの影響を整理した図である。
Claims (3)
- 質量%で、C:0.8〜1.1%、Si:0.1〜1.0%、Mn:0.1〜1.0%、Cr:1.0%以下、Co:2.0%以下、Nb:0.015%以下、B:0.005%以下、Ca:0.003%以下、Mg:0.003%以下を含有し、残部はFe及び不純物から成り、不純物中のAlは0.0020%以下、Tiは0.0020%以下、Nは0.005%以下、Pは0.01%以下、Sは0.01%以下、O(酸素)は0.0020%以下で、更に、初析セメンタイトの平均厚さが0.19μm以下であり、且つ、長手方向縦断面において長径をL(μm)、短径をW(μm)として「L/W」で表されるアスペクト比が2.5以下のB系介在物及びC系介在物の極値統計法によって求めた100mm2での√areamaxが9μm以下を満足する鋼線材。
- 請求項1に記載の鋼線材を2.35以上の真歪みで冷間加工した鋼線。
- 請求項1に記載の鋼線材を冷間加工後に、最終熱処理、メッキ処理、湿式伸線加工をこの順に施す鋼線の製造方法。
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