JP3961026B2 - 耐温度性植物の作出方法 - Google Patents
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Description
本発明は新規な性質を付与された植物の作出方法に関し、さらに詳しくは、環境ストレスに強い耐温度性植物の作出方法に関する。
背景技術
多くの生物は苛酷な環境ストレスから自己を保護するために細胞質中に適合溶質(compatible solute)と呼ばれる特別な化合物を合成して蓄積することによって適応している。このような機構で生物が適応するとされている環境ストレスには塩(Imhoff et al.,FEMS Microbiol Rev 39:57-66,1986;Mackay et al.,J.Gen Microbiol 130:2177-2191,1984:Rhodes and Hanson,Annu Rev Plant Physiol Plant Mol Biol 44:357-384,1993)、脱水(Yancy et al.,Science 217:1214-1222,1982)および低温(Ko et al.,J Bacteriol 176:426-431,1994)が含まれる。
このような適合溶質のうち、グリシンベタイン(以下においてベタインと記載する)は高等植物(Robinson ahd Jones,Aust J Plant Physiol 13:659-668,1986)、細菌(Csonka,Microbiol Rev 53:121-147,1989)や動物(Garcia-Perez and Burg,Physiol Rev 71:1081-1115,1991;Lever et al.,Biochim Biophys Acta 1200:259-264,1994)に広く分布している。ベタインは図1に示すように、分子中に正電荷と負電荷とをもつ両極性化合物である(Rhodes and Hanson,Annu Rev Plant Physiol Plant Mol Biol 44:357-384,1993)。ベタインの生理学的機能が長年議論されてきており、ベタインが環境との浸透圧バランスを取ることによって細胞を保護すること(Robinson and Jones,Aust J Plant Physiol 13:659-668,1986)、およびベタインがタンパク質の高次構造を安定化すること(Bernard et al.,Acad Sci III.307:99-104,1988;Papageorgiou and Murata,Photosynth Res 44:243-252,1995)が示唆されている。しかしながら、塩ストレスや脱水ストレス時に細胞中で合成されるのはベタインだけではない。したがって、これらのストレスから細胞を保護するのはベタインの直接的効果であると断定できていなかった。
大腸菌やホウレンソウ(Spinacia oleracea)では、図1に示すように2段階の酸化を経てコリンからベタインが生合成される。一方、グラム陽性の土壌菌であるアルスロバクター・グロビフォルムス(Arthrobacter globiformis)から得られるコリンオキシダーゼは、1段階の酸化反応でコリンをベタインに酸化することができる(Ikuta,S.et al.,J.Biochem.82:1741-1749,1977)。
ベタインの直接効果を研究するために、本発明者はコリンからベタインへの酸化を触媒する新規コリンオキシダーゼをコードするcodA遺伝子を単離し[日本植物生理学会1994年度年会、第34回シンポジウム(1994年3月28日〜30日)]、これをラン藻であるシネココッカス(Synechococcus)PCC7942の細胞およびアブラナ科の植物に組み込み、耐塩性および/または耐浸透圧性の植物体を得ることに成功した(特願平7−106819号)。したがってベタインは生物を塩ストレスから保護する作用のあることが確認された。
しかしながら、現在までにベタインが植物や細菌において耐温度性を付与するとの報告は得られていない。
本発明の目的は、遺伝子組み換えの手法によって高温や低温などの環境変化に対して耐性のある植物体を作出することにある。
発明の開示
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、コリンオキシダーゼをコードする遺伝子をラン藻、アブラナ科の植物およびイネ科の植物に組み込み発現させることによって、耐温度性の植物体を得ることに成功した。
すなわち、本発明はコリンオキシダーゼをコードする遺伝子を含有する組換えベクターで植物を形質転換することからなる耐温度性植物の作出方法を提供する。
さらに、本発明はこのようにして作出される耐温度性植物又はこれと同じ性質を有するその子孫を提供する。
【図面の簡単な説明】
図1:コリンからベタインへの酸化過程を示す模式図である。
図2:Aは、シネココッカスPCC7942の形質転換に用いた構築物を示す模式図である。PAMはpAM1044で形質転換したシネココッカスPCC7942であり、PAMCODはcodA遺伝子をもつpAM1044で形質転換したシネココッカスPAMCODである。点線矢印はPCRに用いたプライマーを示す。三角はconIIプロモーターを示す。矢印は遺伝子の方向性を示す。
Bは、シネココッカスPCC7942のDNAで染色体がスペクチノマイシン耐性遺伝子とcodA遺伝子で完全に置換されたことを示すSDS−PAGEの図(電気泳動の写真)である。レーンa:λ−HindIII/φx174−HaeIII断片;レーンb:シネココッカスPCC7942の野生型株;レーンc:PAM株;レーンdおよびe:PAMCOD株(レーンb、cおよびdはプライマー1および2を用いたPCRの結果を、レーンeはプライマー1および3を用いた結果を示す)。
図3:シネココッカスPCC7942のPAM株およびPAMCOD株におけるコリンオキシダーゼの発現を示すウェスタンブロット分析の図(電気泳動の写真)である。レーンa:PAMCOD株からのタンパク質抽出物;レーンb:PAM株からのタンパク質抽出物;レーンc:精製コリンオキシダーゼ。
図4:1mM塩化コリン補充BG11培地の寒天プレート上で、各種温度で10日間生育させたシネココッカスPCC7942の増殖を示す結果(生物の形態を示す写真)である。番号1および4:PAM株;番号2および3:PAMCOD株を示す。
図5:1mM塩化コリン補充BG11培地中で、光照射下における、シネココッカスPCC7942のPAM(○)株およびPAMCOD(●)株の増殖を示す。Aは42℃、Bは20℃で培養した結果である。
図6:シネココッカスPCC7942のPAM(○)株およびPAMCOD(●)株を低温で培養したときの光合成酸素発生量を示す。Aは1mM NaHCO3存在下で、Bは1,4−ベンゾキノンと1mM K3Fe(CN)6存在下で測定した結果である。
図7:codA遺伝子の制限酵素マップを示す模式図である。
図8:アラビドプシスの形質転換に用いたバイナリーベクタープラスミドpGAH/codAの構造を示す模式図である。
図9:アラビドプシスの野生型および形質転換植物の可溶性画分のコリンオキシダーゼのウェスタンブロット分析を示す(電気泳動の写真)。レーン1:市販のアルスロバクター・グロビフォルムス(Sigma Chemical Co.St.Louis,MO,USA)由来のコリンオキシダーゼ;レーン2:野生型植物の可溶性画分;レーン3:形質転換植物の可溶性画分。
図10:アラビドプシスの野生型および形質転換植物の葉における光化学系IIに及ぼす低温の影響を示す。(○):野生型植物;(●):形質転換植物。
図11:アラビドプシスの野生型および形質転換植物の葉における、低温による光合成の阻害(A)ならびに低温による光合成の阻害からの回復(B)を示す。(○):野生型植物;(●):形質転換植物。
図12:アラビドプシスの野生型および形質転換植物の葉の凍結耐性試験の結果を示す。(●):野生型植物;(○):形質転換植物。
図13:アラビドプシスの野生型および形質転換植物の種子発芽の吸水段階における低温の影響を示す(生物の形態を示す写真)。Aは吸水段階で低温処理を行わずに発芽させた種子を、またBは吸水段階で低温処理を行った後に発芽させた種子を示す。A、Bいずれも左側のWは野生型植物の種子を、右側のTは形質転換植物の種子で得られた結果を示す。
図14:イネの形質転換に用いた2種類のキメラcodA遺伝子:35SINTPcodAおよび35SINcodAの構造を示す。
図15:イネの野生型、codA遺伝子を発現していない形質転換体(A)、およびcodA遺伝子を発現している形質転換体(B)のベタイン蓄積を示すNMRのチャートである。図中、GBはベタインに、Chはコリンに相当するピークを表す。
図16:シネココッカスPCC7942にcodA遺伝子を導入した場合の光化学系IIが行う電子伝達に対する効果を、最大活性時を100%とした相対値で示す。(○):PAM細胞光照射時、(●):PAMCOD細胞光照射時、(□):PAM細胞暗時、(■):PAMCOD細胞暗時。
図17:シネココッカスPCC7942にcodA遺伝子を導入した場合の、低温光阻害からの光化学系IIが行う電子伝達の回復を示す。(○):PAM細胞光照射時、(●):PAMCOD細胞光照射時。
図18:シネココッカスPCC7942にcodA遺伝子を導入した場合の、暗条件の低温処理が酸素の光合成による発生に及ぼす効果を示す。(○):PAM細胞光照射時、(●):PAMCOD細胞光照射時。
図19:シネココッカスPCC7942にcodA遺伝子を導入した場合の、低温処理がもたらす脂質相転移の効果を示す。(○):PAM細胞光照射時、(●):PAMCOD細胞光照射時。
図20:シネココッカスPCC7942にcodA遺伝子を導入した場合の、可溶性画分と膜画分のタンパク質の変化を示す電気泳動の図である。
レーン1;コリンオキシダーゼ、2;PAM細胞の原形質膜、3;PAMCOD細胞の原形質膜、4;PAM細胞のチラコイド膜、5;PAMCOD細胞のチラコイド膜、6;PAM細胞の可溶性画分、7;PAMCOD細胞の可溶性画分。→はコリンオキシダーゼを示す。
発明を実施するための最良の形態
本発明において、耐温度性とは、形質転換を行っていない植物が通常生育可能な温度よりも高温あるいは低温において、形質転換した植物が生育可能な性質をいう。
本発明において使用するコリンオキシダーゼをコードする遺伝子はコリンをベタインに1段階反応で変換しうる機能をもつタンパク質をコードする遺伝子であり、グラム陽性の土壌菌アルスロバクター属由来のものを使用できる。例えば、アルスロバクター・グロビフォルムス(Arthrobacter globiformis)やアルスロバクター・パセンス(pascens)由来のものが好ましく、特にアルスロバクター・グロビフォルムス由来のものが好ましい。
本発明者はアルスロバクター・グロビフォルムスからコリンオキシダーゼをコードするcodA遺伝子をクローニングしてその塩基配列を決定した。codA遺伝子は1641bpのオープンリーディングフレームをもち、547アミノ酸をコードする。codA遺伝子の塩基配列およびアミノ酸配列を配列表の配列番号1に示す。
このようなコリンオキシダーゼをコードする遺伝子はこれを適当なベクターに組み込むことにより、植物を形質転換することができる。さらに、これらのベクターに適当なプロモーターや形質発現にかかわる配列を導入することにより植物中において遺伝子を発現させることができる。
コリンオキシダーゼをコードする遺伝子としては、配列表の配列番号1に記載のアミノ酸をコードする塩基配列のみならず、該アミノ酸配列に対して1個または複数個のアミノ酸が付加、欠失もしくは置換したものであって、コリンオキシダーゼ活性を有するタンパク質をコードする塩基配列も含む。
本発明の方法において耐温度性を付与できる植物の範囲は極めて広く、ラン藻から高等植物にまで及ぶ。ラン藻は、光合成の機構が高等植物と基本的に同じであること、また形質転換が容易で短時間に結果が得られることから、高等植物のモデル生物として広く用いられている。ラン藻の中には、細胞外のDNAを容易に細胞内に取り込み、効率よく組換えを起こす形質転換型ラン藻がある。このようなラン藻には、シネココッカス(Synechococcus)PCC7942、シネココッカスPCC6301(ATCC 27144)やシネコシスティス(Synechocystis)PCC6803(ATCC 27184)などがある(蛋白質 核酸 酵素、35巻、14号、p.2542-2551,1991;Crit.Rev.Microbiol.Vol.13,No.1,p.111-132,1985)。
高等植物には双子葉植物および単子葉植物を含む。後述する実施例では、双子葉植物としてアブラナ科植物を用いて、耐温度性に優れた植物を得ることができたが、これに限定されずに各科、属の双子葉植物を用いることができる。さらに、本発明の方法は単子葉植物にも応用が可能である。単子葉植物であるイネはベタイン合成能をもたないが、本発明の方法によって形質転換することによりベタイン合成能を獲得することが明らかとなった。
コリンオキシダーゼをコードする遺伝子を組み込むベクター、形質転換方法ならびに形質転換植物体の選択方法は形質転換すべき植物の種類に応じて適宜選択することができる。なお、形質転換すべき植物には植物細胞も含む。
例えば、ラン藻ではpUC303などのプラスミドを用いることができる。次いでプラスミドに挿入した薬剤耐性遺伝子によって所望の性質をもつ形質転換体を選択することができる。本発明では、アルスロバクター・グロビフォルムスから得たコリンオキシダーゼをコードするcodA遺伝子を用いてラン藻:シネココッカス(Synechococcus)PCC7942を形質転換して安定的に高温にも低温にも耐温度性を示す植物体を得ることに成功した。
codA遺伝子で形質転換したシネココッカスPCC7942を、塩化コリン補充BG11培地で培養したところ、形質転換したシネココッカスは外的に補充したコリンを取り込んでベタインに変換することが示され、約80mMのレベルまでベタインを蓄積した。一方、対照群のcodA遺伝子をもたないシネココッカス株ではこのような蓄積は見られなかった。
codA遺伝子で形質転換したシネココッカス株と、対照群の非形質転換株の高温に対する反応を調べるため、塩化コリン補充の液体BG11培地で42℃で培養したところ、形質転換したシネココッカスでは増殖が1日停止した後、再度増殖し始めた。形質転換しない対照群では42℃では全く増殖しなかった。また低温に対する反応を調べるため、20℃で培養したところ、形質転換株では増殖は4日間遅れたが、その後急速に増殖し始めた。対照群では4日後になっても増殖は極めて遅いままであった。また、固体培地を用いた増殖試験でも形質転換株は非形質転換株と比較して高温および低温のいずれにおいても良好な増殖を示した。これらの結果から、codA遺伝子で形質転換したシネココッカスは高温においても低温においても非形質転換株に比べて有意によく増殖することが明らかとなった。
光合成独立栄養生物では、ベタインが浸透圧保護物質として作用するのみでなく、光合成のメカニズム保護にも本質的な役割を果たしていることが指摘されている(Murata et al,FEBS Lett.296:187-189,1992)。そこで本発明の形質転換されたシネココッカスと非形質転換株を用いて、暗所で種々の低温で培養することにより光合成の温度耐性を試験した。その結果、低温にすると、光合成による酸素発生量および細胞中の光化学系II媒介性の電子伝達の不活性化において、形質転換株と非形質転換株との間に大きな違いが観察された。すなわち、形質転換株の光合成酸素発生量は、非形質転換株よりも低温に対して耐性であった。また、形質転換株の光化学系II媒介性の電子伝達活性も非形質転換株に比べて低温に耐性であり、非形質転換株では5℃において元のレベルの50%まで活性が低下したが、形質転換株では5℃では元のレベルとほとんど同じであり、5℃以下で低下し始めた。
従来シネココッカスPCC7942の増殖の最適温度は30℃〜38℃の間であることが知られている。したがって、非形質転換株では42℃という高温によって、幾つかのタンパク質の構造が変性されたために細胞増殖が阻害されたと考えられる。一方、codA遺伝子をもつ形質転換株では、細胞内に蓄積された約80mMのベタインによってタンパク質の変性が妨げられたために増殖が可能になったと考えられる。また、20℃では非形質転換株は増殖できなかったが、codA遺伝子を組み込んだ形質転換株は増殖可能であった。これもベタインの蓄積によるものであると考えられる。さらに、細胞質中のベタイン蓄積が暗所でのラン藻細胞の低温に対する耐性をも増強すると考えられる。しかし、本発明はこのような作用機構に拘束されるものではない。
これらの結果は、本発明の方法により、コリンオキシダーゼをコードする遺伝子で形質転換して得られるシネココッカスが高温に対しても低温に対しても優れた耐性を付与されたことを意味する。
双子葉植物などでは、形質転換植物の作出に、プロトプラストを経由する遺伝子導入法、あるいは組織の一部を用いる遺伝子導入法を利用できる。組織片を用いる遺伝子導入では、アグロバクテリウム(Agrobacterium)由来のTiプラスミドを利用することができる。コリンオキシダーゼをコードする遺伝子を組み込んだプロトプラストをもつアグロバクテリウムをカルス化した植物組織片に感染させ、カナマイシンなどの薬剤耐性を利用して選択し、次いで茎葉を分化させて組換え植物体を得ることができる。
本発明では、コリンオキシダーゼをコードする遺伝子を用いてアブラナ科のアラビドプシス・タリアナ(Arabidopsis thaliana:和名シロイヌナズナ)を以下のようにして形質転換して耐温度性にすぐれた植物体を得ることができた。
codA遺伝子を含むバイナリーベクタープラスミドpGAH/codAを作製し、これをTiプラスミドをもつアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)EHA101に組み込む。得られたcodA遺伝子を組み込んだアグロバクテリウムEHA101(pGAH/codA)をアラビドプシスの胚軸カルスに感染させた後、シュート形成を行い、カナマイシンおよびハイグロマイシン耐性の茎葉を選択して根を誘導し、種子形成を行う。このようにして得られるヘテロ個体のT2種子から得られる植物体を自家交配して得たホモ個体T3を播種して、植物体を形成させる。
このようにして得られる形質転換植物体では、コリンオキシダーゼが葉緑体に輸送されていることが観察された。また、葉のコリンとベタイン量を測定したところ、野生型ではコリンのみが、形質転換植物ではコリンとベタインの両方が観察され、codA遺伝子の導入により植物体内にベタインが蓄積されることが示唆された。形質転換植物は野生型と比較して顕著な耐温度性を示した。
単子葉植物であるイネ(Oryza sativa L.cv.Nipponbare)を形質転換するには、例えば、カリフラワー・モザイク・ウイルス35Sプロモーターの転写制御下で翻訳後サイトゾルまたはプラスチドに局在するような2種類のキメラcodA遺伝子をプラスミドpUC119上に作製したものを用いることができる。これらのキメラ遺伝子はいずれも発現量を高めるためにイネ由来のイントロンを5’非翻訳配列中に含む。
イネの形質転換体の作出は以下の方法で行うことができる。すなわち、上述したキメラcodA遺伝子をそれぞれ選択マーカーであるハイグロマイシン耐性遺伝子とともにパーティクルガン装置を用いてイネ種子胚盤カルス由来の懸濁培養細胞に導入し、その後薬剤耐性を指標にして形質転換カルスを選抜し、これを植物体に再分化させて組換え植物体を得ることができる。
野生型イネはベタイン合成能をもたないが、本発明の上記方法で形質転換したイネはベタイン合成能を獲得した。codA遺伝子を発現する形質転換イネは外観上何の異常もなく非形質転換植物と同様に、土耕、水耕の両条件で生育した。したがって、ベタイン合成の副産物として生じる過酸化水素は細胞内で効率的に解毒されているものと考えられる。ラン藻や双子葉植物におけるベタイン合成能と耐温度性の獲得との関連から、本発明の方法で得られる形質転換イネも耐温度性を獲得していることが期待できる。遺伝子工学的手法によってイネがベタイン合成能を獲得したのはこれが初めての例である。
シネココッカスを用いた実験において、暗条件下においた後の光化学系IIの回復を、形質転換植物と非形質転換植物で比較したところ、形質転換植物の方が回復が速く、これはベタインの存在が光化学系IIの回復を速めたことを示している。また、形質転換植物の光合成は非形質転換植物のそれよりも低温に対して抵抗性であることも示された。さらに、形質転換植物と非形質転換植物では、膜脂質やタンパク質に大きな差が認められなかったことから、形質転換植物に見られた低温時の光化学系IIの保護は、ベタインの効果であると考えられた。
本発明の範囲は、上述のようにして作出される耐温度性植物またはこれと同じ性質を有するその子孫のみならず、これらから得られる植物細胞(例えばカルス培養された細胞)および植物部分(例えば花、種子、果実、塊茎など)ならびにその子孫に及ぶ。
本発明によると環境ストレスに強い耐温度性の組換え植物を得ることが可能である。本発明の方法を用いると、通常生育できないような高温あるいは低温条件下でも生育できる植物の作出が可能となる。本発明の方法において耐温度性を付与できる植物の範囲は極めて広く、光合成を行う細菌から高等植物にまで及ぶ。特に、主要作物のほとんどが含まれる単子葉植物であるイネで安定な形質転換植物が得られ、ベタイン合成が確認されたのは本発明が初めてであり、その産業上の利用価値は極めて大きい。
本発明の耐温度性植物の作出方法を用いると、高温にも低温にも耐え得る植物を作出することが可能であり、その利用価値は極めて大きい。以下の実施例においてさらに詳しく本発明を説明するが、本発明の範囲はこれに限定されない。
実施例
実施例1:codA遺伝子によるラン藻:シネココッカス(Synechococcus)PCC7942の形質転換
(1)codA遺伝子のクローニング
日本植物生理学会1994年度年会、第34回シンポジウム講演要旨集に記載の方法により、アルスロバクター・グロビフォルムスからコリンオキシダーゼ遺伝子を単離した。簡単に記載すると、▲1▼コリンオキシダーゼを臭化シアンで断片化する、▲2▼適当な断片のN末端アミノ酸配列を決定する、▲3▼前記アミノ酸の部分配列から適当な部分を選びそれに対応するオリゴヌクレオチドを合成する、▲4▼それらをプライマーとして用いるPCR(ポリメラーゼチェインリアクション)によってコリンオキシダーゼ遺伝子の部分配列を増幅する、▲5▼増幅されたコリンオキシダーゼ遺伝子の部分配列をプローブとして用いて、アルスロバクター・グロビフォルムスのゲノムDNAライブラリーをスクリーニングする。
このようにして得られた陽性クローンをプラスミドpBluescript (SK+)(Stratagene社)にサブクローニングして陽性クローンを単離し、サザンブロット分析に付した。上記プローブとハイブリダイズする3.6kbpのXbaI−XhoI断片をpBluescriptにサブクローニングし、制限酵素でマッピングした。初めのSalI部位からXhoI部位(約2.5kbp)の領域のヌクレオチド配列を決定した。
その結果、コリンオキシダーゼ遺伝子は、547アミノ酸残基のポリペプチドをコードする1641bpのオープンリーディングフレームを含むことが判明した。コリンオキシダーゼをコードする遺伝子のアミノ酸配列および塩基配列を配列表の配列番号1に示す。
(2)codA遺伝子によるシネココッカスPCC7942の形質転換
codA遺伝子をもつプラスミドpBluescriptを、BstEII(翻訳開始点から−40の位置)とSmaI(ストップコドンの下流)制限酵素で消化した。BstEII付着末端をKlenowフラグメント(宝酒造社製)でフィルインした。codA遺伝子のコーディング領域と推定的リボゾーム結合部位を含む平滑末端化断片をプラスミドpAM1044のSmaI部位に挿入した。pAM1044のconIIプロモーターの制御下で発現されると思われるこの遺伝子の正しい方向を制限酵素分析により確認した。conIIプロモーターは大腸菌のプロモーターのコンセンサス配列でTTGGACA(−35)およびTATAAT(−10)の塩基配列が含まれている。
プラスミドpAM1044およびcodA遺伝子を含むプラスミドを用いて、Elhaiらの方法によってシネココッカスPCC7942を形質転換した。得られる形質転換体をPAMCOD株と命名した。これに対して、pAM1044のみで形質転換した対照のシネココッカスPCC7942をPAM株と命名した。
形質転換体の選択は、スペクチノマイシン30μg/mlを含むBG11寒天プレートで行った。スペクチノマイシン含有の新しいBG11プレートに単一コロニーを数回移した後、染色体のすべてのコピー中にスペクチノマイシン耐性遺伝子とcodA遺伝子が完全に挿入されたことを、図2Aに示すプライマーを用いるPCR(ポリメラーゼチェインリアクション)によって確認した。プライマー1と2の組み合わせを用いるPCRによって、スペクチノマイシン耐性遺伝子とcodA遺伝子のシネココッカス染色体への挿入が完全に行われたことを確認した。
なお、PAMCOD株およびPAM株の培養は、1mM塩化コリン(北山化学社製)を補充したBG11培地(Stanier et al.,Bacteriol Rev 35:171-205,1971)中、30℃で、1%CO2を含む空気を通気しながら、70μE m-2s-1の白熱電球を照射しながら行った。増殖の対数期にある細胞を以下のすべての試験に使用した。また、光合成活性の測定には、5−10μg/mlのクロロフィル濃度に細胞密度を調整した。
実施例2:形質転換体の挿入遺伝子の確認
シネココッカスPCC7942の野生型株からのDNA、PAM株からのDNA、およびPAMCOD株からのDNAを鋳型として用いて、PCRを行い、増幅産物をSDS−PAGEにより解析した。得られた結果を図2Bに示す。
野生型株からのDNAのPCRでは、約400bpの増幅産物を得た(図2B、レーンb)。一方、PAM株からのDNAを鋳型として用いると、約2.4kbのバンドが出現し、これは染色体中にpAM1044が挿入されたことを示す。野生型株で観察された約400bpのバンドが存在しないことは、PAM株においては天然型染色体が突然変異染色体によって完全に置換されたことを示す。
また、PAMCODからのDNAを鋳型として用いると、野生型染色体に対応するバンドが観察されなかった(図2B、レーンc)。しかしながら、予期された約4.1kbのバンドも増幅されなかった。これは、インサートが大きいこと、およびcodA配列のGC含量が高いことによるものと思われる。したがって、codA遺伝子のコーディング領域(図2A)に対応するプライマー3をプライマー1と組み合わせて用いた。予期された約2.6kbのバンドが増幅され(図2B、レーンd)、これはPAMCOD株の染色体中にcodA遺伝子の存在することを示す。
実施例3:シネココッカスPAMCOD株におけるcodA遺伝子の発現
実施例1で得たPAMCOD株中のcodA遺伝子の発現を、精製コリンオキシダーゼに対するポリクローナル抗血清を用いるウェスタンブロット分析によって試験した。得られた結果を図3に示す。PAMCOD株からのタンパク抽出物(レーンa)および精製コリンオキシダーゼ(レーンc)において、60kDaの位置にシグナルが検出された。PAM株からのタンパク抽出物(レーンb)にはこのシグナルは検出されなかった。この結果により、シネココッカスPCC7942中でconIIプロモーターの制御下にcodA遺伝子が発現したことが確認された。
実施例4:細胞中のベタイン濃度の分析
形質転換細胞を塩化コリン5mM補充のBG11培地1リットル中で増殖した。各種濃度のNaClを添加することにより塩ストレスを与えた。回収した細胞を1M H2SO4で25℃、20時間処理し、過ヨウ素酸沈殿法(Wall,J.S.et al.,Analyt.Chem.32:870-874,1960)により混合物からベタインを回収した。過ヨウ素酸ベタインを、内部標準として2mM 2−メチル−2−プロパノール(和光純薬工業社製)を含むメタノールーd4 1ml(和光純薬工業社製)に溶解した。この溶液をNMRチューブに入れ、Bruker AMX 360 Wbにて1H NMRスペクトルを測定した。積分ピークを標準曲線と比較することによりベタインを定量した。
PAMCOD株細胞中のベタイン濃度は、陰性染色細胞の電子顕微鏡写真から推定される細胞容積に基づいて決定した。1個の細胞の細胞質は長さ2.14μm、直径0.82μmの円筒形であり、細胞容積は約1.13μm3と推定された。
その結果、PAMCOD株の細胞中のベタイン濃度は約80mMであると計算された。一方、codA遺伝子をもたないPAM株ではベタインを全く検出できなかった。
実施例5:高温および低温ストレス下での増殖
(1)固体培地での増殖試験
高温での増殖
1mM塩化コリンを補充したBG11培地の寒天プレートにシネココッカスPAM株およびPAMCOD株を移し、40℃、42℃および44℃で培養して増殖を観察した。得られた結果を図4のAに示す。40℃ではどちらの株もほぼ同等に増殖した。44℃ではどちらの株も全く増殖しなかった。42℃では、PAM株の増殖は非常に遅かったが、PAMCOD株は極めて良好に増殖した。
低温での増殖
1mM塩化コリンを補充したBG11培地の寒天プレートにシネココッカスPAM株およびPAMCOD株を移し、22℃、20℃および18℃で培養して増殖を観察した。得られた結果を図4のBに示す。22℃ではどちらの株もほぼ同等に増殖した。20℃では、PAMCOD株はPAM株よりも早く増殖した。18℃ではどちらの株もあまり増殖しなかった。
(2)液体培地での増殖試験
高温での増殖
1mM塩化コリン補充のBG11培地中、30℃で培養しておいたシネココッカスPAM株およびPAMCOD株細胞を42℃に移して、増殖を波長730nmにおける濁度でモニターすることによって測定した。得られた結果を図5のAに示す。PAMCOD株の細胞は1日目には増殖が停止したが、その後増殖を再開した。一方、PAM株の細胞は全く増殖しなかった。
低温での増殖
1mM塩化コリン補充のBG11培地中、30℃で培養しておいたシネココッカスPAM株およびPAMCOD株細胞を20℃に移して、増殖を波長730nmにおける濁度でモニターすることによって測定した。得られた結果を図5のBに示す。PAMCOD株の細胞は4日間増殖速度が遅れたが、その後急速に増殖し始めた。PAM株では4日後になっても増殖は極めて遅いままであった。
実施励6:低温ストレス下での光合成活性
低温ストレスによって誘導される光合成の酸素発生の不活性化を試験した。30℃で培養しておいたPAM株およびPAMCOD株細胞を各温度で暗所で培養した。その後、光合成酸素発生活性を、1mM NaHCO3の存在下、および1,4−ベンゾキノンと1mMのK3Fe(CN)6の存在下に30℃でクラーク型酸素電極を用いて測定した。
低温での光合成活性
0〜20℃の様々な温度で細胞を1時間暗所で培養し、次いで30℃で5分間培養した。培養後、光合成酸素発生活性を上記方法で測定した。なお、PAM株およびPAMCOD株細胞のCO2存在下での光合成酸素発生の絶対活性(100%)はそれぞれ、387±23および379±=19μmole O2/mgクロロフィル/時であり、1,4−ベンゾキノンとK3Fe(CN)6の存在下での光合成酸素発生の絶対活性はそれぞれ、802±36および740±8μmole O2/mgクロロフィル/時であった。
得られた結果を図6に示す(A:NaHCO3存在下;B:1,4−ベンゾキノンとK3Fe(CN)6存在下)。図6のAに示すように、PAMCOD株の光合成酸素発生活性はPAMよりも低温に対して耐性であった。また、図6のBに示すように、PAMCOD株の光化学系II媒介性の電子伝達活性もPAM株よりも低温に対して耐性であり、PAM株の活性は5℃で最初のレベルの50%に低下したが、PAMCOD株では5℃ではほとんど最初のレベルと同じであり、5℃以下で低下し始めた。
実施例7:codA遺伝子を含むバイナリーベクタープラスミドの作製
タバコ(Nicotiana sylvestris)由来のrbcS(リブロース1,5−ビスフォスフェートカルボキシラーゼ小サブユニット)トランジットシグナルXbaI−NdeI断片(約200bp)を、5’CTGTCTAGATGTAATTAACAATGGCT3’および5’CCACATATGCATGCATTGCACTCT3’をプライマーとするPCRにより増幅し、XbaI、NdeI部位を導入した。
次いでcodA遺伝子のN端−BamHI断片(約100bp)を、5’AACCATATGCACATCGACAACATC3’および5’GCTCCATCCAGCGGTCCAGC3’をプライマーとするPCRにより増幅した後、NdeI部位を導入した。また、codA遺伝子のBamHI−SmaI断片(約1.6kbp)を制限酵素により調製した。さらに、codA遺伝子のSmaI−C端断片(約80bp)を、5’GAAACAGTCCTGCTTCCACAC3’および5’GCGAGCTCTGCCTACACCGCCAT3’をプライマーとするPCRにより増幅し、SacI部位を導入した。
これらの断片をバイナリーベクタープラスミドpBI221のGUS(β−グルクロニダーゼ)遺伝子と入れ換えた。
なお、codA遺伝子の制限酵素マップを図7に示す。
カリフラワー・モザイク・ウイルスの35SプロモーターおよびNOS(ノパーリン・シンターゼ)ターミネーターを含むHindIII−EcoRI断片をバイナリーベクタープラスミドpGAHに導入してプラスミドpGAH/codAを作製した(図8)。なお、このプラスミドはカナマイシンおよびハイグロマイシン耐性遺伝子を含んでいる。
実施例8:バイナリーベクタープラスミドのアグロバクテリウムへの導入
Tiプラスミドをもつアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)EHA101と実施例7で得たバイナリーベクタープラスミドpGAH/codAとを混合して凍結融解し、これをテトラサイクリンとカナマイシンとを含むLBプレートで選別した。得られたcodA遺伝子を組み込んだアグロバクテリウムをEHA101(pGAH/codA)と命名した。
実施例9:アラビドプシスの形質転換
シロイヌナズナ(アラビドプシス・タリアナ)WS株を発芽させ、胚軸切片を得た。この胚軸を0.05mg/lのカイネチン(和光純薬工業社製)と0.5mg/lの2,4−D(和光純薬社製)を含むB5培地(ICN Biochemicals社製)(pH5.7)でカルス化を誘導して胚軸カルスを得た。
次いでカルスに実施例8で作製したcodA含有アグロバクテリウムEHA101(pGAH/codA)による感染を行い、共培養した。アグロバクテリウムの除菌を250mg/lバンコマイシン、500mg/lカルベニシリンおよび200mg/lクラフォランを含むB5培地によって行った後、カナマイシンとハイグロマイシンを含む分化用培地(25mg/lカナマイシン、15mg/lハイグロマイシンを含むB5培地)に移してシュートを形成させた。このようにして、カナマイシンおよびハイグロマイシン耐性の茎葉を選択して根を誘導し、種子形成を行った。このようにして得られたT2種子は染色体の一方のみが形質転換されたヘテロ個体である。
次いでT2種子から得られる植物体を自家交配させてカナマイシンとハイグロマイシンによる選択を行うことによりホモ個体であるT3種子を得た。
なお、野生型および形質転換株の植物体は、特記しない限り、0.1%HYPONEX(Hyponex Corporation,Marysville,OH,USA)を含む培地(pH5.2)中、1日のうち16時間は75μmolm-2s-1の光にあて、8時間は暗くして、30日、22℃で水耕栽培またはバーミキュレートとパーリットの土で栽培し、その後実験に用いた。
実施例10:発現したコリンオキシダーゼの免疫学的研究
本発明者らによる文献記載の方法(Deshniumu,P.et al.,Plant Mol.Biol.29:897-907,1995)に従って、コリンオキシダーゼに対する抗体を作製した。
野生型および形質転換株のアラビドプシス・タリアナの20日齢の植物体からの葉を、ミクロ遠心管中、0℃ですりつぶし、ホモジネートを10,000xgで10分遠心することによって、可溶性画分を調製した。上清の可溶性タンパク質をSDS−PAGEで分離し、ナイロン膜(Immobilon PVDF;Millipore.Bedford.MA,USA)に移した。膜を上述のコリンオキシダーゼに対する抗体とともにインキュベートし、ビオチン化二次抗体、アビジン、およびビオチン化ホースラディッシュ・パーオキシダーゼからなる系(ABC Kit;Vectastain,Burlingane,CA,USA)で検出した。
ウエスタンブロット分析の結果を図9に示す。コリンオキシダーゼに対応する64kDaの免疫応答性タンパク質の存在が確認された。さらに、コリンオキシダーゼの前駆体に対応する70kDaの少量のタンパク質と、rbcSトランジットペプチドも観察された。これらの結果は、codA遺伝子が染色体の正しい位置に組み込まれて発現していること、ならびに発現した前駆体が成熟タンパク質にプロセシングされたことを示す。
次いで発現したコリンオキシダーゼの植物体中における局在を、上述のコリンオキシダーゼに対する抗体を用いて文献記載の方法(Mustardy,L.et al.,Plant Physiol.94:334-340,1990)で検出した。植物体から取った若い葉の小片を0.1Mリン酸ナトリウムバッファー(pH7.2)中の1%グルタルアルデヒドで1時間固定した。同じバッファーですすいだ後、試料をエタノールで脱水し、Lowicryl K4M樹脂(TAAB Laboratories Equipment LTd.,Berkshire,U.K.)中に置いた。文献記載の方法(Mustardy,et al.,前出)でイムノ−ゴールド標識を行った。
その結果、発現したコリンオキシダーゼは葉緑体のストローマに局在することが観察され、コリンオキシダーゼが葉緑体まで輸送されたことを示した。
実施例11:形質転換植物におけるベタインとクロロフィル量の測定
植物の葉中のベタイン含量は、4級アンモニウム化合物のNMRスペクトルを測定することによって算出した(Wall,J.et al.,Analyt.Chem.32:870-874,1960)。野生型および形質転換植物の葉5gを液体窒素中でセラミックモーターを用いて粉末にした。この粉末を1.0M H2SO425ml中に懸濁し、25℃で2時間インキュベートした。不溶物を除去した後、1000xgで10分遠心することにより上清を回収した。上清に、KI−I2溶液10mlを加えて、0℃で2時間インキュベートした。1000xgで30分遠心することにより、ベタインとコリンのパーアイオダイド付加物を回収し、内部標準として0.5mMの2−メチル−2−プロパノール(和光純薬)を含むCD4OH(和光純薬)0.5mlに溶解し、1H NMRスペクトルを測定した。ベタインおよびコリンの2つの主要ピークが観察され、ベタインピークの積分値を濃度の定量に用いた。
葉のクロロフィル含量は以下の方法で測定した。葉(1g)を液体窒素中、セラミックモーターで粉末にした。粉末をアセトン:水(4:1、v/v)10mlに懸濁した。30分インキュベートした後、不溶物を除去して、上清を分光学的測定に付した(Arnon,D.I.Plant Physiol.24:1-15,1949)。
その結果、野生型ではコリンのみが観察されたが、形質転換植物ではベタインとコリンの両方が観察された。ベタイン含量は1.0μモル/g新鮮葉であった。また、クロロフィル含量は0.3μモル/g新鮮葉であった。
実施例12:低温ストレスに対する形質転換アラビドプシスの耐性
codA遺伝子の導入およびベタインの蓄積が低温ストレスに対する耐性を付与するか否かを検討した。
野生型および形質転換植物体を5℃、250μmol m-2s-1の連続光で7日間インキュベートした。肉眼では野生型と形質転換植物体との間に有意の差が観察されなかった。しかしながら、これらの植物体を22℃でさらに2日間インキュベートしたところ、野生型植物体の葉はしおれ始め、白化現象を示した。一方、形質転換植物体はこの処理によって外見上何ら影響を受けなかった。
実施例13:低温における光化学系II活性の不活性化
形質転換植物の葉の光化学系II活性に及ぼす低温ストレスの影響を、クロロフィルの蛍光をモニターすることにより測定した。光化学系IIの効率は、パルス強度変調フロロメーター(PAM−2000;Waltz,Effeltrich.Germany)を用いて、最大クロロフィル蛍光に対する変数クロロフィル蛍光の割合(Fv/Fm)として測定した(Annu.Rev.Plant Physiol.Plant Mol.Biol.42:313-349,1991)。
得られた結果を図10に示す。5℃、250μmol m-2s-1の連続光で7日間インキュベートしたところ、野生型および形質転換植物体の光化学系II活性がいずれも落ちた。野生型および形質転換植物のいずれも1日目に急激な落ち込みが見られ、その後ゆるやかとなった。しかしながら、すべての時点で形質転換植物の不活性化は野生型よりもはるかにゆるやかであった。5日間インキュベートした後には、野生型植物の活性はほぼ完全に失われたが、形質転換植物は元のレベルの活性の約30%を保持していた。しかし、10℃〜15℃では両者の光合成系II活性に有意な差は見られなかった。
実施例14:低温による光合成阻害とその回復、ならびに凍結耐性
(1)低温による光合成阻害と光合成阻害からの回復試験
1℃という低温での光合成の阻害程度を測定した。得られた結果を図11Aに示す。形質転換植物の葉は野生型植物の葉よりも低温による光合成阻害に対して耐性であった。すなわち、野生型植物の葉の光化学系II活性の約75%が2.5時間後に失われたが、形質転換植物の葉が同程度に不活性化されるには3.5時間以上かかった。
図11Bは低温による光合成阻害からの回復試験の結果を示す。上述した低温試験の後、葉を17℃、70μmolm-2s-1でインキュベートした。野生型および形質転換植物の葉のいずれも低温による光合成阻害からの回復を示した。しかしながら、回復の程度は野生型よりも形質転換植物の方が高かった。インキュベーション4時間後で、野生型植物の葉は元の活性の25〜50%を回復した。一方、形質転換植物の葉は25〜75%の回復を示した。
(2)葉の凍結耐性試験
アラビドプシスの野生型および形質転換植物の葉をちぎって水に浸し、3℃/分の割合で温度を下げた。−3℃になったところで液体窒素で冷やした針を葉にあてて凍結させた。次いで−2℃から−12℃までの各測定温度になるまで1℃/時間の割合で冷却した。葉を取り出して4℃で一晩放置して解凍した。翌日室温に戻して光化学系II活性を測定した。得られた結果を図12に示す。いずれの温度においても野生型よりも形質転換植物の方が活性が高かった。
実施例15:種子発芽の吸水段階における低温処理の影響
野生型植物体の種子および形質転換植物体のT3種子を氷水(約0℃)中に2時間保持し、滅菌した後、2%スクロースおよび0.5%ゲランガムを含むMS(ムラシゲースクーグ)培地上で発芽させた。種子は1日16時間を明、8時間を暗の条件で22℃、20日間かけて発芽させた。
得られた結果を図13に示す。図から明らかなように、吸水段階で冷却処理しなかったものは、野生型植物体の種子も形質転換植物体の種子も発芽した(図13のA)。吸水段階で冷却処理を行った後に発芽させると、野生型植物体の種子は発芽しなかったが、形質転換植物体の種子は発芽し、冷却処理を行わなかったものと同様に生育した(図13のB)。
実施例16:イネの形質転換に用いるキメラcodA遺伝子の作製
アルスロバクター・グロビフォルムス由来のコリンオキシダーゼ遺伝子(codA)を、カリフラワー・モザイク・ウイルス35Sプロモーターの転写制御下で翻訳後にサイトゾルあるいはプラスチドに局在するような2種類のキメラcodA遺伝子(それぞれ35SINcodAおよび35SINTPcodAと命名した)をプラスミドpUC119上に実施例6に述べたような方法で作製した(図14参照)。イネでの遺伝子の高発現にはイントロンの存在が必要とされている(例えば、Tanaka,A.et al.,Nucleic Acids Res.18:6767-6770,1990)ので、イネのスーパーオキシドジスムターゼ遺伝子(SodCc2:Sakamoto,A.et al,FEBS Lett.358:62-66,1995)の5’非翻訳配列中のイントロンをいずれのキメラ遺伝子にも導入してある。さらに、35SINTPcodAには、codAタンパク質を葉緑体に移行させるためにエンドウ由来のrbcSトランジットペプチド(Coruzz,G.et al,EMBO J 3:1671-1679,1984)由来のDNA配列を付加してある。
実施例17:イネの形質転換
実施例16で作製した2種類のキメラcodA遺伝子をそれぞれ選択マーカーであるハイグロマイシン耐性遺伝子とともにパーティクルガン装置を用いてイネ種子胚盤カルス由来の懸濁培養細胞に導入した。薬剤耐性を指標に形質転換カルスを選択し、これを植物体に再分化させた。ハイグロマイシン耐性を示す形質転換カルスまたは形質転換再分化個体について、ポリメラーゼチェイン反応(PCR)を行い、ノーザンブロット法によりcodA遺伝子の核ゲノムへの統合と転写について調べ、各codA遺伝子について80〜100以上の形質転換体を選択した。
実施例18:形質転換イネでのcodA遺伝子の発現解析
実施例17で得た形質転換体について、ウェスタンブロット法によるスクリーニングを行い、codA遺伝子をタンパク質のレベルで発現する形質転換イネ(当代)を最終的にプラスチド局在型遺伝子について6個体、サイトゾル局在型遺伝子について10個体得た。
イネは内因性のコリンオキシダーゼ活性をもたないが、形質転換の葉または根から調製した可溶性画分はコリンオキシダーゼ活性を示した。予想に反して、同じ発現プロモーターを用いているにもかかわらず、葉におけるプラスチド型形質転換体のコリンオキシダーゼタンパク質量は、サイトゾル型のそれに比べて全ての個体で低いことが観察された。
codA遺伝子の発現をさらにノーザンブロット法で調べたところ、転写レベルでは両遺伝子の発現量に有意な相違は認められなかった。そこで逆転写PCRを行いイントロンのプロセッシングについて調べた結果、プラスチド型遺伝子から転写されたmRNAから、3’−アクセプターサイトが異なり正常なタンパク質への翻訳が起こり得ない複数のスプライシングバリアントが検出された。このことから、プラスチド型遺伝子による形質転換体における低レベルなタンパク質発現量はmRNA前駆体の異常なプロセッシングによるものであると推定された。この現象はコリンオキシダーゼのプラスチドターゲティングに用いたトランジットペプチドをコードする配列が双子葉植物起源(エンドウRbcS遺伝子)であることと関係していると考えられる。従って、トランジットペプチドをコードする配列を、単子葉植物起源のもの、例えばイネのrbcS由来のものにすれば、codAのイネ葉緑体での発現が効率よくなり、その形質転換イネは温度ストレスに対して一層の耐性を獲得すると容易に予想できる。
実施例19:形質転換イネでのベタイン生合成
コリンオキシダーゼを発現する形質転換体組織に蓄積するベタインをプロトンNMRを用いて検出した。野生株、codA遺伝子を発現していない形質転換体(図15のA)、およびcodA遺伝子を発現している形質転換体(図15のB)のNMRの結果を図15に示す。
コリンオキシダーゼを発現する形質転換体はベタインを生合成し、ウェスタンブロット法で検出されたコリンオキシダーゼ量とベタイン蓄積量には正の相関が見られた。ベタインの蓄積量は根よりも葉で多く、高度にcodA遺伝子を発現する個体では4μモル/g新鮮葉であった。これは遺伝子工学的手法によりイネがベタイン合成能を獲得した初めての例である。
実施例20:低温で光を照射した際の光合成の不活性化
形質転換植物における耐温度性の獲得がベタインの存在によるのか、あるいは他の原因によるのかを検討するために、実施例1で作製したシネココッカスPCC7942をcodA遺伝子を含むプラスミドで形質転換した形質転換体と、pAM1044のみで形質転換したPAMを用いて以下の試験を行った。
1mMの塩化コリン存在下で30℃で培養しておいたPAMとPAMCOD細胞を明条件あるいは暗条件で20℃で培養した。この時暗条件下では光化学系IIの活性は保たれていた。ところが、500μEm-2s-1で120分培養すると、PAM細胞の光化学系IIの活性はもとの35%にまで低下した(図16A)。PAMCOD細胞の光化学系IIは光照射下でやはり活性は低下したが、その程度はPAM細胞よりは少なかった(図16A)。以上のことから、PAMCOD細胞の光化学系IIは、PAM細胞のそれよりも光阻害に対して抵抗性であることがわかった。
光化学系IIの光阻害はD1蛋白質の光による不活性化と新たに合成されたD1蛋白質の取り込みによる光化学系IIの回復との間の競合によって生じる(Aro,E.-M.et al.,Biochim.Biophys.Acta 1019:269-275,1990:Aro,E.-M.et al.,Biochim.Biophys.Acta 1143:113-134,1993)。PAMCOD細胞における低温下での光ストレスに対する抵抗性が、D1蛋白質の不活性化の抑制によるのか、あるいは、D1蛋白質合成の促進の結果なのかを調べるために、蛋白質合成阻害剤であるリノマイシン(400mg/ml)存在下で光阻害を誘導した(図16B)。暗条件では、リノマイシンはPAMとPAMCOD細胞の光化学系II活性に影響を与えなかった。光照射下では、光化学系II複合体の不活性化は両者の細胞で同じ速度で生じた(図16B)。この結果は、PAMCOD細胞の低温下での光ストレス耐性の向上は、D1蛋白質の不活性化が抑制されたためではないことを示している。ベタインの存在が光化学系IIの回復を速めたと考えられる。
実施例21:光阻害からの回復
光阻害からの光化学系IIの回復をPAMとPAMCOD細胞において、酸素の発生活性で測定した。細胞に3500μEm-2s-1の光を当てて、光化学系II複合体をもとの15%にまで阻害した。その後、細胞を20℃か30℃で70μEm-2s-1の光下で培養した。得られた結果を図17に示す。
20℃では、光化学系II複合体の光阻害からの回復はPAM細胞ではわずかしか起こらなかった。一方、PAMCOD細胞では2時間後にはもとの60%にまで回復した(図17A)。30℃では、両者の細胞とも2時間後には光化学系IIの活性は完全に回復した。しかしながら、PAMCOD細胞における回復速度の方が、PAM細胞による回復速度よりずっと速かった(図17B)。
実施例22:低温における光合成の暗条件での不活性化
PAMおよびPAMCOD細胞の低温ストレス耐性を低温の暗条件で比較した。両者の細胞における、正味の光合成と光化学系IIが行う電子伝達の不活性化に、様々な低温処理が与える効果を図18に示した。PAMCOD細胞の光合成による酸素発生活性は、PAM細胞より低温耐性であった(図18A)。同様の結果が光化学系IIが行う電子伝達でも得られた。5℃においてはPAM細胞における活性はもとの50%にまで低下したが、PAMCOD細胞においては5℃では対照とほぼ同じで、5℃以下にすると低下が見られた(図18B)。これらの結果は、PAMCOD細胞の光合成はPAM細胞のそれより低温に対して抵抗性であることを示している。
実施例23:原形質膜の相転移
ラン藻の細胞が低温にさらされたときに、生育や光合成活性が低下するのは原形質膜の脂肪相が液晶状態から相分離状態に変わることにより、引き起こされることが報告されている(Murata,N.,J.Bioenerg.Biomembr.21:61-75,1989)。そこで、PAMCOD細胞の低温耐性の向上が、膜の脂質の相が変化することと関係があるかどうかを調べた。
原形質膜の脂質相の転移は、シネココッカスPCC7942およびPCC6301(以前はAnacystisnidulansと呼ばれていた)の細胞における388nmの吸光度変化をモニターすることにより、ゼアキサンチンの凝集で調べることができる(Brand,J.J.,Plant Physiol.59:970-973,1977;Gombos,Z.et al.,Plant Physiol.80:415-419,1986;Murata N.,J.Bionenrg.Biomembr.21:61-75,1989;Ono,T.et al.,Plant Physiol.67:176-181,1981;Wada,H.et al.,Nature 347:200-203,1990;Yamamoto,H.Y.et al.,Biochim.Biophys.Acta 507:119-127,1978)。同様の方法でPAM細胞およびPAMCOD細胞を用いて試験した結果を図19に示す。PAM細胞の膜脂質の相転移は、まず、10℃で明らかとなり、2℃で終了し、その中間温度は6℃であることが、図19からわかる。一方、PAMCOD細胞の膜脂質の転移は、5℃からはじまる。これらのことから、PAMCOD細胞の原形質膜の脂質転移はPAM細胞のそれより、5℃低い温度で起こることがわかる。
実施例24:膜脂質と蛋白質の変化
ラン藻の膜脂質の転移温度は脂肪酸の不飽和の程度と脂質の種類に依存していることが知られている(Murata,N.,J.Bioenerg.Biomembr.21:61-75,1989)。そこで、PAMCOD細胞の膜脂質を調べた。PAMとPAMCOD細胞の原形質膜とチラコイド膜の脂肪酸とグリセロ脂質の成分を表1と2に示す。表1は、1mM塩化コリン存在下で、30℃で培養したときの脂質組成を示す。また、表2は、1mM塩化コリン存在下で、30℃で培養したときのグリセロ脂質を示す。
表1および2から明らかなように、両者の間に有意の差は認められなかった。
さらに、PAMおよびPAMCOD細胞の膜と可溶性画分の蛋白質の電気泳動パターンを図20に示す。膜画分にはわずかに差が見られた。すなわち、PAMCOD細胞では14kdaの蛋白質の量が増加し、16kdaの蛋白質の量が減少していた。可溶性画分に関しては、PAMCOD細胞でコリンオキシダーゼに相当するバンドが見られたほかは差がなかった。
以上から、PAMおよびPAMCOD細胞間で、膜脂質や蛋白質に大きな差が認められなかったので、PAMCOD細胞で見られた低温時の光化学系IIの保護は、ベタインの効果であると考えられる。
【配列表】
配列番号:1
配列の長さ:2400
配列の型:核酸
鎖の数:二本鎖
トポロジー:直鎖状
配列の種類:DNA
配列の特徴
特徴を表す記号:mat peptide
存在位置:361..2002
配列
Claims (8)
- アルスロバクター・グロビフォルムス又はアルスロバクター・パセンス由来のコリンオキシダーゼをコードする遺伝子を含有する組換えベクターで植物を形質転換することからなる耐温度性光合成植物の作出方法。
- コリンオキシダーゼをコードする遺伝子が、配列表の配列番号1に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列、または該アミノ酸配列に対して1個又は数個のアミノ酸の付加、欠失および/または他のアミノ酸による置換により修飾されているアミノ酸配列をコードする塩基配列であって、且つコリンオキシダーゼ活性を有するタンパク質をコードする塩基配列である請求項1記載の作出方法。
- コリンオキシダーゼをコードする遺伝子が、配列表の配列番号1に記載の塩基配列、または配列表の配列番号1に記載の塩基配列に対して1個又は数個の塩基の付加、欠失および/または他の塩基による置換により修飾されている塩基配列であって、且つコリンオキシダーゼ活性を有するタンパク質をコードする塩基配列である請求項1記載の作出方法。
- 光合成植物がラン藻である請求項1〜3のいずれかに記載の作出方法。
- 光合成植物が高等植物である請求項1〜3のいずれかに記載の作出方法。
- 高等植物が双子葉植物である請求項5記載の作出方法。
- 双子葉植物がアブラナ科植物である請求項6記載の作出方法。
- 耐温度性光合成植物の作出のためのアルスロバクター・グロビフォルムス又はアルスロバクター・パセンス由来のコリンオキシダーゼをコードする遺伝子の使用。
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