JP3956514B2 - 転がり軸受 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、製紙機械、変速機等の機械部品、モータ等の電機部品、圧延機や連鋳用等の鉄鋼用部品、自動車用部品等に用いられる転がり軸受に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
製紙機械のドライヤーロール、圧延機や連鋳用等の鉄鋼用設備等に用いられる転がり軸受は、温度条件が厳しく且つごみや水等の異物が侵入する条件下で使用されており、ここには、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、自動調心ころ軸受等のころ軸受が使われている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、これらの軸受には、スキュー、スキッディング等の軸受挙動による損傷及び不具合があり、この対策として摩擦係数を大きくすべく粗さを粗くする方法がとられているが、油膜パラメータの減少でピーリングやフレーキングが発生し易くなるなどの個別の問題が生じる。
【0004】
このことは、実際の操業で使用された軸受の疲労解析に最もよく表れている。一般に軸受の疲労形態は、
(a):軌道面表面が最も疲労度が高い表面疲労
(b):表面と共に内部も疲労している表面+内部疲労
(c):荷重の最大剪断応力位置が最も疲労度が高い内部疲労
である。軸受寿命はどの疲労形態が表れるかによって大きく異なり、発生頻度は(a),(b),(c)の順になっている。自動調心ころ軸受について行われた約100件の調査結果では(a)の表面疲労の事例が95%を占める。即ち、実際の使用条件下では、転がり疲労の説明に用いられるLundberg&Palmgrenによる(c)の内部応力説より、表面で応力が高くなる(a)の要因が存在すると考えられる。その理由は種々考えられるが、一つには「転がり軸受工学」(第1版、養賢堂、昭和50年)171 〜 172頁記載のように、滑りにより最大剪断応力位置が浅くなるということで、スキューやスピン滑りが挙げられる。また、異物混入による表面応力の増加や油膜の減少による突起間の干渉が考えられる。表面起点型の軸受寿命は内部起点型のそれの数分の1に短縮するため、(a)の疲労形態が(b)に、更に(b)の表面部の疲労が小さくなった内部疲労の形態を示すほど、軸受は長寿命となる。このためには、スキューやスピン滑りを小さくすること、油膜の減少による突起間干渉を防ぐため、粗さをできるだけ小さくすることが有効である。以下に、その問題について、代表例を示す。
【0005】
自動調心ころ軸受の場合は、特公昭57−61933号公報に見られるように、スキューは発熱の防止や軸受長寿命化に大きく影響し、この対策として内輪及び転動体間の摩擦係数や外輪及び転動体間の摩擦係数を制御するために、軸受の接触面積や軌道面の粗さを調整することが実施されている。例えば、前記特許に基づいて設計された軸受では、内輪の粗さが0.1μmRa以下であるのに対し、外輪は0.2μmRa以上になっており、0.3μmRaのものも少なくない。この場合は、スキュー制御には効果があるが、軌道面と転動体間の油膜形成を示す油膜パラメータΛの値が小さくなり、ピーリングやフレーキングが発生し易くなる。ちなみに、粗さが0.1μmRaで油膜パラメータΛが約1.5であるときに、粗さが0.3μmRaになると油膜パラメータΛは約0.5となる。
【0006】
転がり軸受の寿命と粗さについては、潤滑第27巻第2号高田(1982年)やASME Paper71-DE-3(1971年)Harrisの解説記事に見られるように、通常の軸受使用条件では油膜パラメータΛは0.8〜3.0の領域が多く、0.8〜1.5では滑りが大きいと表面損傷が起こり、0.8以下では滑りの大小に関係なく表面損傷が起こる範囲であることから、粗さが大きくなることは表面損傷が起こる領域に入ることを意味し、軸受寿命は短くなる。
【0007】
また、円筒ころ軸受やニードル軸受についても同様にスキューの問題があり、特開平4−39412号公報では、前記自動調心ころ軸受と同様に、内輪軌道面の粗さと外輪軌道面の粗さを規定することにより、スキューを制御して軸受性能が向上することが明らかになっているが、粗さが大きい場合には前記油膜パラメータΛの減少による軸受短寿命が考えられる。
【0008】
また、円すいころ軸受や円筒ころ軸受ではスキューの問題と共に転動体の運動が滑りを誘発してスミアリング、スキッディングやきしり音となって表れる。
また、使用温度条件が厳しく、シャフトと軸受内輪内径部との嵌め合いを締り嵌めであるとすると、軸受内輪に円周方向の引張りのフープ応力が発生し、内輪割れが発生し易くなるという問題もある。このような内輪割れ対策として、例えば熱処理にオーステンパーを採用し、ベイナイト組織とすることにより、内輪に圧縮残留応力を付加することが行われている。但し、この熱処理は圧縮残留応力にばらつきがあり、必ずしも要求通りの値が得られないこともある。また、ベイナイトは硬さが向上しないため、転がり疲労によるフレーキングに対しては通常より短寿命となってしまう。
【0009】
本発明は、これらの諸問題に鑑みて開発されたものであり、例えば内輪軌道面に摩擦係数が小さくなる浸炭窒化処理等の表面処理を施すこと等により、内外輪の軌道面の粗さを小さくしながら内外輪の摩擦係数に差をもたせてスキュー対策を行うと共に、転動体の滑りを制御して、付随する諸問題を解決することができる転がり軸受を提供することを目的とするものである。
【0010】
【課題を解決するための手段】
かかる目的を達成するために、本発明に係る転がり軸受は、内輪と外輪との間に転動体を配置し、潤滑剤で潤滑されて使用される転がり軸受において、外輪及び転動体間の摩擦係数に対する内輪及び転動体間の摩擦係数の比が0.8より大きく且つ1.0未満であり、且つ内輪に浸炭窒化処理が施されて圧縮残留応力が発生し、且つ外輪の熱処理がずぶ焼きであり、且つ内輪及び外輪の軌道面の粗さは0.04〜0.15μmRaであることを特徴とするものである。また、下記1式で表す内輪と転動体間の油膜パラメータ及び外輪と転動体間の油膜パラメータが、0.8より大きく4.0未満であることを特徴とするものである。
【0011】
油膜パラメータ:Λ=hmin /(R1rms 2 +R2rms 2 )1/2 ……… (1)
hmin :Dowson-Higginson,Hamrock-Dowsonの式で計算した最小油膜厚さ
R1rms:軌道輪の軌道面自乗平均粗さ
R2rms:転動体の転動面自乗平均粗さ
本発明の転がり軸受では、例えば表面処理により内輪及び転動体間の摩擦係数μi が外輪及び転動体間の摩擦係数μo より小さくなり(μi /μo <1)、ころ軸受ではスキュー、玉軸気ではスピン等の軸受の不規則な挙動を小さく抑えることができる。
【0012】
また、表面処理等により内輪及び転動体間の摩擦係数μi と外輪及び転動体間の摩擦係数μo とに差を生じさせるので、粗さを大きくする必要がなく、油膜パラメータΛを大きいままに保つことができる(Λ>0.8)。
また、最大接触面圧が大きい内輪に、例えば摩擦係数を小さくするために浸炭窒化等の表面処理を施すことにより、表面硬さが大きくなり、異物混入により軌道輪や転動体に生じる圧痕を小さく且つ浅く抑えることができ、また表面損傷形の疲労に対しても磨耗が小さいので、どちらの疲労に対しても長寿命になる。
【0013】
また、例えば前記摩擦係数を小さくするために浸炭窒化処理してSiを添加することにより、高温での軟化抵抗性が大きくなるので、高温下でも硬さの低下を抑制することができ、長寿命を維持できる。
また、内輪,即ち回転輪に圧縮応力が残留するため、軸受の回転輪とシャフト,即ち回転体との嵌め合いで発生する引張りのフープ応力に対し、回転輪の割れ抵抗性を増す。これは、例えば前記摩擦係数を小さくするために内輪に浸炭窒化処理を施す場合には、確実に10kgf/mm2 より大きい残留圧縮応力を得ることができ、品質安定性も高い。
【0014】
また、基地の炭素含有量を少なくすることにより、軌道面の水素との結合し易さが緩和されるので、水混入下での固定輪のフレーキングの発生を抑制することができ、水素脆性や遅れ破壊による短寿命を防止できる。
【0015】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態を図面等を参照して説明する。
まず、本実施形態では、特に内輪の基地の組成を以下のように設定した。
・0.2wt%<C<1.2wt%(好ましくは0.9wt%)
Cが0.2wt%以下であると、摩擦係数を制御するための後述する浸炭窒化処理時間が長くなり過ぎて経済効果に劣る。上限は一般の軸受鋼SUJ2を含むが、Cが0.9wt%未満であると巨大炭化物の生成やC偏析を防止することができるので、水素脆性等の遅れ破壊対策として有効である。
【0016】
・0.2wt%<Si<1.5wt%
Siは焼戻し軟化抵抗性を示す元素であり、0.2wt%以上が必要であるが、多過ぎると機械的強度の低下を招いたり、浸炭を阻害したりするため、上限を1.5wt%とした。
・0.5wt%<Mn<1.1wt%
Mnは焼入性の向上に寄与し、硬さが向上するので、0.5wt%以上が必要であるが、多過ぎると鍛造性及び被削性等の機械加工性が悪くなるので1.1wt%を上限とする。
【0017】
・0.4wt%<Cr<1.7wt%
Crは焼入性、軟化抵抗性、耐磨耗性の向上に有効であり、その効果を得るためには0.4wt%以上の含有が必要である。但し、炭化物生成元素でもあるため、多過ぎると過大炭化物を生じるため1.7wt%を上限とする。例えば特開平6ー307457のデータNo.34にもあるように、Cr1.5wt%のものは、3.5wt%のものに比して、C%が多くても、大きな残留応力が得られる。これは過大炭化物生成の影響であり、本実施形態の上限はこれを満足する。本実施形態では、Crの上限を1.7wt%未満とすることで、Cの含有量が0.7wt%以上でも10kgf/mm2 より大きな圧縮残留応力を得ることを目的とする。
【0018】
次に、表1に本実施形態の実施例1〜4及び従来例の比較例5,6の組成、熱処理、圧縮残留応力、硬さ、転がり疲労寿命比、軸受温度を示す。なお、表中の圧縮残留応力≒0の定義は、特開平6−307457の図7を引用して4%未満の場合とする。また、転がり疲労寿命比は、ロットの10%が破損する転がり寿命L10の計算寿命Lcal に対する比である。
【0019】
【表1】
【0020】
比較例5は一般的な軸受鋼SUJ2のずぶ焼き品であり、比較例6は前述のSUJ2のオーステンパによるベイナイト品である。これに対して、実施例1は内外輪ともC0.7〜0.9wt%の同一諸元の炭素鋼を用い、内輪に浸炭窒化等の表面処理を施し、外輪はずぶ焼きのままとしたものである。このようにすることで、同一の棒材から内輪と外輪とを所謂親子取りで製作することができ、生産性を向上させたコストの低廉化が可能となる。また、実施例2の外輪は実施例1とほぼ同じ組成の材料を持ち、内輪を低炭素鋼及び中炭素鋼としたものである。また、実施例3は実施例1とほぼ同じ組成の材料で、内輪と外輪の諸元が異なるものである。また、実施例4は内輪に低炭素鋼、外輪に前記SUJ2を用いたものである。
【0021】
ここで、本実施形態の実施例1〜4では、浸炭窒化条件として(C+N)を(0.9〜1.7)wt%、N%を(0.05〜0.5)wt%の範囲に設定して行ったもので、実施例1は表面C%1.2wt%、表面N%0.1wt%であり、実施例2は表面C%1.0wt%、表面N%0.15wt%であり、実施例3は表面C%1.1wt%、表面N%0.08wt%であり、実施例4は表面C%0.9wt%、表面N%0.25wt%である。(C+N)含有量は少ないと炭窒化物の分散が十分に行われず、強度が不足するために0.9wt%以上必要であり、多過ぎると巨大炭化物を生じるので1.7wt%以下とする必要がある。Nは少ないと窒素の固溶不足により微細炭窒化物が得られず、摩擦低減効果が得られないので0.05wt%以上必要であり、Nが多過ぎると残留オーステナイトの増加等の問題が生じ、逆に摩擦係数が大きくなるので0.5%以下とする必要がある。
【0022】
次に、前記表1の各実施例及び比較例を、前記内外輪の摩擦係数比μi /μO 及び油膜パラメータΛのグラフにプロットしたのが図1である。また、前記実施例1〜4及び比較例6の内輪軌道面粗さ、外輪軌道面粗さ、転動体粗さ、内輪油膜パラメータ(Λ)、外輪油膜パラメータ(Λ)の計測及び計算結果を表2に示す。
【0023】
【表2】
【0024】
図1において、本実施形態で限定する内外輪の摩擦係数比μi /μO は1未満、油膜パラメータΛは0.8より大きい領域となる。また、内径φ55mmの自動調心ころ軸受について転動体及び外輪の粗さをRa=0.1μmとした計算例では、現状の加工技術レベルで加工した各軸受は、各実施例が図の\\\で示す計算範囲、各比較例が図の×××で示す計算範囲に夫々入っている。なお、実施例1〜4及び比較例6は前記表2に示す内輪油膜パラメータ及び外輪油膜パラメータのうちの小さい方の値を、比較例5は寿命試験でフレーキングによって短寿命が表れた3個の平均値を、夫々用いている。
【0025】
前記表1及び図1から明らかなように、前記各実施例1〜4の全てが計算寿命Lcal の2倍以上であるのに対し、各比較例5,6は計算寿命Lcal より短寿命に終わった。即ち、比較例5では油膜厚さを確保しようとすると内輪と外輪の摩擦係数の差が小さく、結果的に内外輪の摩擦係数比μi /μO が1より大きくなり、スキューが表れて短寿命となった。また、比較例6では、外輪の摩擦係数を大きくするために粗さを大きくしようとすると、油膜厚さが小さくなり、油膜パラメータΛが0.8より小さくなって短寿命になる。このため、十分な軸受性能を満足するためには、内輪と転動体との間及び外輪と転動体との間に、双方の軌道面とも短寿命が表れない程度の油膜が形成されている必要があり、それを規定すると、夫々の油膜パラメータΛが0.8より大きく、内外輪の摩擦係数比μi /μO が1未満である必要があるのである。
【0026】
なお、図1では、現行の量産加工能力で加工した粗さの大きな場合、即ち、ころ軸受で内外輪軌道面及び転動体の粗さが0.1μmRa、玉軸受で内外輪軌道面の粗さが0.05μmRa及び転動体の粗さが0.01μmRaとし、特許第2629339号で転がり疲労寿命の延長を図ることが最も優先されている範囲として、油膜パラメータΛが2未満の領域しか表示していないが、現行の加工能力で粗さを最も小さくした場合、即ちころ軸受で軌道面及び転動体の粗さを0.03μmRa、玉軸受で軌道面の粗さを0.05μmRa、転動体の粗さを0.007μmRaとしたときには、ころ軸受で油膜パラメータΛは3、玉軸受で油膜パラメータΛは4となるので、油膜パラメータΛの上限は4とする。なお、油膜パラメータΛは前記(1)式で計算するが、その計算途中に用いられる潤滑油粘度は油膜温度として前記表1中に示す軸受外輪温度を用いて換算する。また、使用条件の回転速度、荷重等は、軸受選定時の設計仕様又は最も通常的な稼動時の条件とし、自動車等のように回転速度と荷重とが変動する使用条件下ではマイナー則(累積損傷則)に基づく等価条件を用いる。また、油膜パラメータΛの詳細な計算は、例えば前記「転がり軸受工学」177〜179頁記載の計算式に沿って計算するが、本実施形態が目的とするスキューや表面損傷形の寿命が問題となる軸受については、ころ軸受で内外輪軌道面及び転動体の粗さが0.1μmRa、玉軸受で内外輪軌道面の粗さが0.05μmRa及び転動体の粗さが0.01μmRa以下であるので、回転速度が1000rpm以上で潤滑油粘度30cSt以上、3000rpmで10cSt以上を確保すれば、殆どの場合に油膜パラメータΛを1より大きな値に確保することができる。
【0027】
また、表面処理により摩擦係数を小さくする方法には、例えば燐酸塩皮膜、MoS2・PTFE膜、クロムメッキ等があるが、本実施形態では重荷重・高温・高周速下で用いられる軸受を対象としているため、表面に皮膜を形成するとかメッキするという方法では、使用期間中に十数回の起動停止でそれが剥がれてしまい、機能をなさなくなるので、浸炭窒化とかニダックスメッキのように、その処理により元素が固溶するとか反応するとかした表面処理法を用い、通常の軸受の使用条件では剥がれないものでなければならない。更に、自動調心ころ軸受の場合には、後述のように内輪割れ強度の向上を要求されるので、この表面処理により10kgf/mm2 より大きい(表1では負値表示であるため、絶対値では大きいが、数直線上では小さい)圧縮残留応力が発生する必要があり、高温での使用で軟化抵抗性が要求される。このような表面処理として該当するのは浸炭窒化に代表されるが、表面処理前と比べて摩擦係数の減少は2割程度であり、前記内外輪の摩擦係数比μi /μO のとり得る範囲は0.8以上となる。また、外輪と内輪の摩擦係数を必要以上に大きくすることは、内輪の滑りを大きくすることからも避ける必要があり、更にスキューが負の場合でも絶対値で1°より小さくなればよいことは分かっているので、内外輪の摩擦係数比μi /μO を0.8より小さくするのは望ましくない。
【0028】
なお、特開昭63ー308219号公報にも記されているように、残留オーステナイト量を変えることにより転がり摩擦力が変わることが明らかになっており、浸炭窒化処理等の表面処理だけでなく、この特性を利用して、熱処理時に内輪の残留オーステナイト量を外輪の残留オーステナイト量より少なくすることによりスキュー制御を行うことも可能である。この場合の残留オーステナイト量と摩擦係数の差を調べた結果、残留オーステナイト量の差が15%変化すると摩擦係数が約2割変化する。寸法安定性や軟化抵抗性の規制から内輪と外輪の残留オーステナイト量に必要以上の差をもたせるのは性能低下につながり、実用的な内外輪の残留オーステナイト量の差は15%程度であり、前記内外輪の摩擦係数比μi /μO のとり得る範囲は同様に0.8以上1未満となる。なお、この残留オーステナイト量を変える方法を利用した場合は、浸炭窒化だけでなく、滲炭した軸受でも摩擦係数の差及び内輪の圧縮残留応力の付与が可能である。
【0029】
本実施形態は、浸炭窒化等の表面硬化処理により圧縮残留応力、硬さ向上等の優れた特徴を示すものであるが、その一つが内輪に浸炭窒化処理を施すことにより窒素添加による摩擦・磨耗低減効果が表れ、自動調心ころ軸受、ニードル軸受をはじめとするころ軸受のスキュー制御に有利に働くことである。図2は実施例の表面処理を施した内輪と転動体に相当する熱処理仕様と、ずぶ焼きの外輪と転動体に相当する熱処理仕様との夫々で円筒試験片を作成し、軌道面側の粗さを変えて2円筒試験機を用いて摩擦係数の測定を行った結果である。なお、円筒の転動体に相当する材質の熱処理はずぶ焼きとし、粗さはRa=0.1μmである。摩擦係数は粗さが大きくなると共に増加するが、粗さの値と共に漸増する傾向が見られる。このため、例えば内輪軌道面及び転動体が粗さRa=0.1μmの場合に、外輪及び転動体間の摩擦係数に5%差をもたせるためには、外輪軌道面粗さを0.25μmRa以上とする必要があり、軸受軌道面の粗さをこのように大きくすると油膜パラメータΛが半分以下となり、実用的な潤滑油を用いた場合には油膜パラメータΛが0.8より小さくなる。これを避ける方法としては潤滑油粘度を高くする方法があるが、粘度が高くなると軸受トルクが大きくなり、発熱が大きくなって実用的でない。これに対して、浸炭窒化処理では、粗さを同等に維持しながら摩擦係数を5%小さくすることができ、油膜パラメータΛを0.8より大きな値に維持しながら内輪と外輪の摩擦係数に差を生じさせることができる。即ち、前記実施例1〜4は、何れも比較例6と同様に内輪及び転動体間の摩擦係数を外輪及び転動体間の摩擦係数より小さくすることができ、比較例6は油膜パラメータΛが小さくなってしまうのに対して、各実施例は油膜パラメータΛを0.8以上に確保することができる。
【0030】
また、自動調心ころ軸受のスキューについては、前記特公昭57−61933号公報に記載されるように、内輪の摩擦係数を外輪の摩擦係数より小さくすることにより、スキューモーメントを小さくして軸受性能を向上することが明らかになっている。しかしながら、この公報では、摩擦係数の差を生じさせる手段の一つとして加工時に内輪と外輪の粗さをコントロールすることを利用しているため、加工法は非効率であり、寿命が短寿命になるという新たな問題が生じる。即ち、前者,即ち加工法については、研削砥石、超仕上げ法や加工時間等の加工法を内輪と外輪とで変える必要があり、現在の加工法では、その加工機械の有する最適能力で加工するのが最も効率がよく、粗さについても加工能力より粗いものを量産するのは非効率である。後者,即ち寿命については、粗さが大きくなることにより油膜形成が悪くなり、軸受寿命が短くなる。これについては前述と同様に、油膜形成がよいほど転がり軸受の寿命を長寿命とすることが知られており、その判断基準として用いられる油膜パラメータΛをできるだけ大きくすることが望ましい。前記表2からも明らかなように、比較例6では粗さが大きくなると油膜パラメータΛが小さくなり、寿命に対して不利であるにも関わらず、スキューコントロールを優先して粗さを大きくしていたという経過がある。これに対して、各実施例では粗さを小さくして油膜パラメータΛが大きな状態で、表面処理により内輪の摩擦係数を外輪のそれより小さくすることができ、油膜形成による寿命向上とスキューモーメントの減少による性能向上の両方が可能となる。この表2の実施例の測定値は、現状の加工レベルで最も粗さが小さく且つ量産性がよい状態での加工品の測定結果であり、個々の値は、実施例1〜4のばらつき範囲内で表している。ばらつきは、何れかの実施例が大きいというものではなく、何れも同様にばらついており、加工能力は0.04μmRa〜0.15μmRaに入る。このときの油膜厚さは、概ね油膜パラメータΛを1より大きな値に維持するものであり、前記文献でも滑りが小さければ短寿命が回避できる領域である。これに対して、比較例6の外輪は0.2〜0.3μmRaとなっており、必要以上に大きな粗さになっている。
【0031】
また、前記表1に示す転がり疲労寿命比L10/Lcal の結果は前述の通りであるが、今回の試験では転動体は同一の材質を用い、熱処理は外輪と同じずぶ焼きとして浸炭窒化は行わず、焼戻し温度を低くすることにより硬さをHv710〜Hv730まで上げて外輪より硬くしてある。即ち、ずぶ焼き同士の摩擦係数の方が、ずぶ焼きと浸炭窒化の組合せより摩擦係数が大きいので、転動体を外輪と同じずぶ焼きとすることにより、摩擦力は外輪と転動体の方が内輪と転動体より大きくなる。転動体の硬さを外輪より大きくするのは、前記文献に見られるように、長寿命が得られるためであり、硬さを大きくする方法は今回の試験で行った焼戻し温度の変更だけでなく、冷却速度の変更や材料成分中のC,Cr,Si,Mo等を変えることによっても可能である。焼戻し温度を下げる以外の方法で転動体の硬さを上げる実用的な方法は実施例1より炭素量を多く含んだ軸受鋼SUJ2を用いること及び炭素量を上げるために浸炭及び浸炭窒化すること等の方法がある。
【0032】
次に、行った寿命試験の条件を列記する。
回転速度:1000rpm
荷重:動定格荷重の65%(P/C=0.65)
(ラジアル荷重Fr=44.1kN、アキシャル荷重Fa=11.0kN)
潤滑油:鉱油VG68
周囲温度:室温(約28℃)
軸受温度:外輪外径で45〜54℃
フレーキングについては、実施例1〜4の長寿命側のものは殆ど面圧が高い内輪軌道面中央部に表れるのに対し、比較例5の短寿命のものはスキューの影響により軌道面の端に寄っており、比較例6の短寿命のものは軌道面粗さの大きい外輪に発生した。このため、実施例1〜4は比較例5,6のような短寿命が表れておらず、比較例5,6に対して寿命比で約2.5倍以上長寿命になった。即ち、この長寿命は比較例5の大きな負のスキューが表れるのを防ぎ、スキューを負の場合でも絶対値で1°より小さくすることと、比較例6の小さい油膜パラメータΛを大きくする効果によって得られたものである。一般に、寿命試験に用いた自動調心ころ軸受をも含め、多くの軸受は内輪の方が外輪より最大接触面圧が大きいか軌道面表面温度が高いので、内輪と外輪の材料・熱処理が同じ場合は殆ど内輪フレーキングとなる。このため、本実施形態は面圧又は温度が高くなり易い内輪に浸炭窒化を施すことにより長寿命化を狙っており、実際の試験でも比較例5,6の短寿命以外の正常な内輪フレーキングでも、各実施例1〜4の方が長寿命となっている。また、前記特許2518608号で正のスキューが大きいとスキュー制御によって生じる内輪の滑り等で内輪側の寿命が短くなることが懸念されているが、この点からも内輪を外輪より長寿命となる材質・熱処理とすることは理にかなっており、内輪だけ長寿命材を用いても内外輪とも長寿命仕様とした場合と同程度の寿命が得られ、生産性の向上やコストの低廉化が期待できる。
【0033】
また、試験を行った6回の軸受温度の平均値は、実施例1〜4及び比較例6が47〜49℃であったのに対して、比較例5の場合は51℃と高かった。この軸受温度の差は軸受の発熱による差で、実施例1〜4及び比較例6の内部設計仕様は、比較例6の外輪粗さ以外が同じなので、実施例1〜4と比較例5は材料及び熱処理、比較例5と比較例6は外輪軌道面粗さの差によって生じたものである。自動調心ころ軸受の発熱の差は、ころのスキューによるものが主要因である。このことは、ころのスキューが比較例6と実施例1〜4とでほぼ同等であるのに対して、比較例5は大きく、比較例5でフレーキングが軌道面の端に寄って発生した短寿命の場合には、軸受温度が52〜54℃と更に高くなったことにも表れている。実施例1〜4に、この影響が表れなくなったのは、内輪に浸炭窒化処理を施した窒化処理による摩擦低減で、外輪のずぶ焼きと摩擦係数の差を生じさせることにより、比較例5よりスキューを抑制できるようなったためである。
【0034】
また、比較例5では、スキュー制御に関しては、前述と同様に、実施例1〜4と同等以上であるが、前記表1の寿命試験データから明らかなように、油膜パラメータΛの値が小さいことによる外輪フレーキングの短寿命が生じている。即ち、比較例6は短寿命が表れるので、粗さを大きくすることは危険性を伴う。更に、比較例6は油膜パラメータΛの差が摩擦係数にも影響しており、必要以上に摩擦係数の差を大きくしたことによる内輪の滑りによる内輪軌道面の温度上昇の影響もあり、内輪フレーキングの場合でも実施例1〜4よりは幾分短寿命の傾向が見られた。なお、油膜厚さが小さいことによる短寿命が表れないための油膜パラメータΛの値としては、今回の試験では1.17以上で短寿命が表れないことを確認しており、望ましくは1.2以上となるが、前記文献にもあるように、内外輪の摩擦係数比μi /μO が1より小さいことによりスキューのような滑りの問題が解決されているので、油膜パラメータΛが0.8より大きな領域では短寿命が表れないと判断される。
【0035】
また、本実施形態は、前述と同様に、面圧が高い内輪に浸炭窒化処理を施すことにより、内輪の疲労寿命を向上させ、面圧が低い外輪と同程度の寿命とすることも一つの特徴となっている。以下に、その実験的裏付けを説明する。図3は、前記実施例1,2及び比較例5,6の内輪と同一仕様の材料・熱処理のフラットワッシャテストピースを用いて転がり疲労寿命試験を行った結果の一例である。実施例1,2の内輪に相当する材料・熱処理の寿命値は、何れも比較例5,6より長寿命特性を示している。これは、浸炭窒化等の表面硬化処理を施すことにより表面硬さが高くなり、異物混入により軌道輪や転動体に生じる圧痕を小さく且つ浅く抑えることができるためである。なお、実施例3は実施例1と、実施例4は実施例2と同程度の寿命特性となる。これは、浸炭窒化により微細な炭化物及び窒化物を析出させた効果によるものである。また、自動調心ころ軸受は、内輪と外輪とではその幾何学的形状から、内輪の方が最大接触面圧が高くなり、通常の使用条件では内輪にフレーキングが発生する比率が高い。このため、内輪に浸炭窒化等の表面効果処理を施すことにより長寿命とすることが可能となるのである。
【0036】
また、前記表1に示すように、実施例1〜4の内輪には浸炭窒化処理により10kgf/mm2 より絶対値の大きな(負値表示では数値は小さい)圧縮残留応力が発生する。これに対して、比較例5では圧縮残留応力が殆ど0であり、比較例6では圧縮残留応力の絶対値が2〜15kgf/mm2 の範囲にばらついている。このうち、実施例1,2及び比較例5,6の軸受をシャフトに取付けたときの嵌め合い応力と内輪割れによる破壊までの繰り返し回数との関係を図4に示す。同図から明らかなように、嵌め合い応力に対する内輪割れまでの繰り返し回数は、実施例2>実施例1>比較例6>比較例5の順で、圧縮残留応力が大きいほど内輪割れ強度が向上していることが分かる。
【0037】
また、自動調心ころ軸受で残留オーステナイト量を殆ど0にする熱処理を行う理由は、高温条件下で残留オーステナイトが分解して寸法変化を引き起こすためであり、かなりの高温で使用される前提のもとで、軟化抵抗性及び寸法安定性が要求される。更に、図5は、前記実施例2の内輪のSi添加量を0.2%と1%に変えた材料を用いて、Si添加による高温での焼戻し抵抗性を調べた結果である。まず、この図から本実施形態において内輪の熱処理を浸炭窒化処理等により表面硬化したものは、ともに比較例5より優れた特性を示し、窒化処理は軟化抵抗性を増加する効果があるので、浸炭窒化したものの方が焼戻し軟化抵抗性に優れている。次に、Si添加量を増やすことにより焼戻し軟化抵抗性が大きくなり、硬さの低下が小さい。転がり疲労寿命をよくするには硬さが低下しないことが必須条件であり、硬さ係数として硬さ低下に伴う寿命低下の割合も規定されている。即ち、Si添加に伴い硬さ低下が小さくなることにより、寿命特性が向上する。図5はSi0.2%と1%添加の場合を示しているが、Si添加量と焼戻し軟化抵抗性の関係はほぼ比例関係にあり、使用保証温度範囲が通常200℃という高温まで要求される場合は、Si添加量を0.4%以上とするのが望ましい。同様に、Si添加は焼戻し軟化抵抗性に加えて、寸法安定性の向上にも寄与する。
【0038】
また、通常の使用環境下では、前記表2のように硬さを上げることが長寿命につながるが、自動調心ころ軸受や円すいころ軸受は、抄紙機や圧延機のように水や蒸気が混入する条件下でも使用される。水や蒸気が入ることにより、通常の使用条件の1/5以下という短寿命で固定輪にフレーキングが発生し易くなる。この寿命低下は、水混入により水分中の水素が材料と反応して水素脆性として材料強度が低下するためであり、フレーキングが固定輪に発生し易くなるのは従来の応力絶対値依存性より応力繰返し数依存性が高くなるためである。この対策としては、固定輪に対して、このような水素脆性や遅れ破壊に強い材料・熱処理とすることが必要である。また、水素脆性が発生し易くなる粒界酸化の防止や炭素の偏析を少なくすることが有効であり、マトリックスに固溶する分だけ炭素を含有するように、その量を減らす必要がある。目安としては、炭素の含有量0.9wt%が実験的に確認されており、これ以下に抑えることにより、水混入下でも長寿命化が図れる。即ち、本実施形態では、前記実施例1〜3は炭素を0.9wt%以下とすることにより、このような使用条件下でも長寿命を示す。
【0039】
以上より、本実施形態では、スキューコントロールによる回転性能の向上、圧縮残留応力の付加による耐内輪割れ特性の向上、転がり疲労寿命特性の向上を達成すると共に、付随的に水や水蒸気が混入する条件下での外輪の耐転がり疲労特性の向上という効果がある。
なお、前記実施形態では、自動調心ころ軸受や円すいころ軸受等のころ軸受の例を述べたが、ジェットエンジン等の高速回転用玉軸受では同様に玉のスピンによる滑り及び玉の遠心力による面圧の増大が問題となっており、スピン滑りが最も小さくなるように表面処理を施すことにより、内輪と転動体及び転動体と外輪の摩擦係数を調整して軸受性能が向上する例もある。例えば、スラスト転がり軸受の外輪軌道面の中心線平均粗さを内輪の夫より大きくして、玉のスピンを外輪コントロールとするものにも本発明を適用して、内輪を浸炭窒化等の表面処理、外輪をずぶ焼きとすることにより、同様の効果を得ることができる。
【0040】
【発明の効果】
上記の説明から明らかなように、本発明の転がり軸受によれば、例えば内輪に浸炭窒化等の表面処理を施すことにより、内輪及び転動体間の摩擦係数が外輪及び転動体間の摩擦係数に対して相対的に小さくなり、ころ軸受ではスキュー、玉軸受ではスピン等の軸受の不規則な挙動を小さく抑えることができると共に、粗さを粗くする必要がないので油膜パラメータを大きくして寿命低下を防ぎ、また内輪に圧縮残留応力があるので内輪と回転体との嵌め合い部に引張のフープ応力が発生しても内輪割れ強度が向上し、更に最大接触面圧が大きい内輪に浸炭窒化等の表面処理を施すことにより表面硬さが大きくなって転がり疲労寿命も長寿命化する。また、外輪の基地の炭素含有量を少なくすれば、粒界酸化や炭素偏析による水素脆性の影響が小さくなるので、水混入下での短寿命、即ち固定輪フレーキングの発生を防止して長寿命化を図り、窒化処理及びSi添加による軟化抵抗性の増大と寸法安定性の向上、クリープの防止、高温下での寿命低下の抑制を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の転がり軸受の実施例と比較例との内外輪摩擦係数比及び油膜パラメータの特性説明図である。
【図2】本発明の転がり軸受の実施例と比較例との粗さに対する摩擦係数特性の説明図である。
【図3】本発明の転がり軸受の実施例と比較例との転がり疲労寿命特性の説明図である。
【図4】本発明の転がり軸受の実施例と比較例との嵌め合い応力に応じた内輪割れ特性の説明図である。
【図5】本発明の転がり軸受の実施例においてSi添加量を変化させた場合と比較例との焼戻し温度別の表面硬さ特性の説明図である。
Claims (5)
- 内輪と外輪との間に転動体を配置し、潤滑剤で潤滑されて使用される転がり軸受において、外輪及び転動体間の摩擦係数に対する内輪及び転動体間の摩擦係数の比が0.8より大きく且つ1.0未満であり、且つ内輪に浸炭窒化処理が施されて圧縮残留応力が発生し、且つ外輪の熱処理がずぶ焼きであり、且つ内輪及び外輪の軌道面の粗さは0.04〜0.15μmRaであることを特徴とする転がり軸受。
- 外輪は、炭素含有量が0.7〜0.9wt%、Si含有量が0.4〜1.5wt%の炭素鋼であることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。
- 内輪の残留オーステナイト量が外輪の残留オーステナイト量よりも少ないことを特徴とする請求項1又は2に記載の転がり軸受。
- 下記で表す内輪と転動体間の油膜パラメータ及び外輪と転動体間の油膜パラメータが、0.8より大きく4.0未満であることを特徴とする請求項1乃至3の何れか一項に記載の転がり軸受。
油膜パラメータ:Λ=hmin /R1rms 2 +R2rms 2 )1/2
hmin :Dowson-Higginson,Hamrock-Dowsonの式で計算した最小油膜厚さ
R1rms:軌道輪の転動面自乗平均粗さ
R2rms:転動体の軌道面自乗平均粗さ - 自動調心ころ軸受であることを特徴とする請求項1乃至4の何れか一項に記載の転がり軸受。
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