JP3940263B2 - 耐へたり性に優れたばね用鋼およびばね用鋼線並びにばね - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、強い冷間引抜き加工を施して使用されるばね(加工ばね)の素材として有用なばね用鋼、およびばね用鋼線材並びにばねに関するものであり、殊に伸線ままで熱処理せずとも優れた耐へたり性を発揮することのできるばねを得ることのできるばね用鋼、ばね用鋼線およびこうした特性を発揮することのできるばね等に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
自動車等の軽量化や高出力化に伴い、エンジンやサスペンション等に使用される弁ばねや懸架ばねにおいても、高応力化が指向されている。また、ばねの負荷応力の増大に伴い、疲労強度、耐へたり性等の特性が優れていることが要求されている。特に、弁ばねの疲労強度の増大への要求は強く、とりわけ高応力負荷時の耐へたり性の改善が課題となっている。ばねの耐へたり性が低い場合には、高応力負荷中に、ばねのへたり量が大きくなり、設計通りにエンジンの回転数が上がらず、応答性が悪くなるという問題が生じる。
【0003】
これまでにも、耐へたり性を改善する技術は様々提案されており、例えば特許第2734347号には、化学成分組成を調整すると共に、油焼入れ・焼戻しによって残留オーステナイト量を低減して耐へたり性を改善する技術が提案されている。
【0004】
上記した各種技術の開発によって、耐へたり性の改善については或る程度の効果が得られているが、多大なコストを要するという問題もある。こうしたことから、近年の要求特性に十分に応えることのできる耐へたり性を発揮できるばね用鋼を低コストで得ることが望まれている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
本発明はこうした状況の下になされたものであって、その目的は、高応力負荷条件下で使用されても、近年の要求特性に十分に応えることのできる耐へたり性を発揮するばねを伸線ままで製造することのできるばね用鋼、およびこの様なばねの素材となるばね用鋼線材、並びに上記特性を発揮するばね等を提供することにある。
【0006】
【課題を解決するための手段】
上記の目的を達成し得た本発明のばね用鋼とは、C:0.5〜0.8%未満、Si:1.2〜2.5%、Mn:0.5〜1.5%、Cr:0.05〜1.5%およびV:0.05〜0.25%を夫々含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなると共に、パーライト組織中のフェライトに、円相当直径で50nm以下のV,Cr炭化物、炭窒化物およびVとCrの複合炭化物、複合炭窒化物が合計で10個/μm2以上である点に要旨を有するものである。このばね用鋼においては、必要によって(1)Ni:1.5%以下、(2)Mo:0.5%以下等を含有すること、および(3)Al:0.005%以下に抑制することも有効である。また、パーライトラメラ間隔が200μm以下であることが好ましい。
【0007】
また、上記の様なばね用鋼を用いて伸線加工することによって、希望する特性を発揮するばねの素材として有用なばね用鋼線材となる。
【0008】
更に、上記の様なばね用鋼線材をコイル状に加工することによって、優れた耐へたり性を発揮することのできるばねが得られる。
【0009】
【発明の実施の形態】
本発明者らは、上記目的を達成することのできるばね用鋼の実現を目指して様々な角度から検討した。その結果、パーライト中の最弱部であるフェライトを強化すれば、耐へたり性を改善できるとの着想が得られた。そして、フェライトを強化する為の手段について更に検討したところ、フェライト中に微細な析出物を析出させること、具体的には円相当直径で50nm以下のV,Crの炭化物、炭窒化物、およびVとCrの複合炭化物、複合炭窒化物(以下、これらを総称して「複合炭窒化物等」と呼ぶことがある)が合計で10個/μm2以上となる様にすれば、上記目的が見事に達成されることを見出し、本発明を完成した。尚、「円相当直径」とは、該当する析出物の大きさに着目して、その面積が等しくなる様に想定した円の直径を求めたものである。
【0010】
本発明のばね用鋼には、上記の要件を満足する限り、大きさが円相当直径で50nmを超える様な複合炭化物等を一部に含んでいても良いが、複合炭化物等はその殆ど若しくは全部が50nm以下のものがあることが好ましい。また、複合炭化物等の大きさの下限については特に限定するものではないが、実際問題として例えば15万倍の透過型顕微鏡で確認できる大きさの限界は約10nmであるので、この値が実質的な下限となる。
【0011】
ところで、フェライト中に微細析出物を多量に分散させて上記の条件を満足させるためには、例えば(1)圧延終了後、800〜900℃近傍のオーステナイト温度領域を2℃/sec以上で冷却し(オーステナイト領域ではあまり析出させない)、750〜400℃の温度域を0.5〜1℃/secの冷却速度で冷却したり、(2)900℃で加熱して640℃にて変態させた後、400℃までの温度域を0.5〜1℃/secの冷却速度で冷却する様にすれば良い。
【0012】
本発明のばね用鋼では、化学成分組成も適切に調製する必要があるが、本発明のばね用鋼における基本的な成分であるC,Si,Mn,CrおよびVにおける範囲限定理由は下記の通りである。
【0013】
C:0.5〜0.8%未満
Cは、高応力が負荷されるばね鋼として十分な強度を確保するために不可欠の元素であり、その為には少なくとも0.5%以上含有させる必要がある。C含有量は、好ましくは0.55%以上とするのが良いが、0.8%以上に過剰に含有なると、靭性および延性が極端に悪くなる。
【0014】
Si:1.2〜2.5%
Siは、製鋼時の脱酸剤として必要な元素であり、またフェライト中に固溶して、焼戻し軟化抵抗を上げ、耐へたり性を改善するために有効な元素な元素である。こうした効果を発揮させる為には、Siは1.2%以上含有させる必要があるが、その含有量が2.5%を超えて過剰になると、靭性や延性が悪くなるばかりか、表面の脱酸や疵等が増加して耐疲労性が悪くなる。尚、Si含有量の好ましい下限は1.5%程度であり、好ましい上限は2.3%程度である。
【0015】
Mn:0.5〜1.5%
Mnは、製鋼時の脱酸に有効な元素であり、また焼入れ性を高めて強度向上にも寄与する元素である。こうした効果を発揮させる為には、Mnは少なくとも0.5%以上含有させる必要があるが、過剰に含有させると熱間圧延時やパテンティング処理時にベイナイト等の過冷組織が生成し易くなり、伸線性が著しく劣化するので、1.5%以下とすべきである。尚、Mn含有量のより好ましい下限は0.6%であり、より好ましい上限は1.0%である。
【0016】
Cr:0.05〜1.5%
Crは、パーライト組織中のフェライトに、Cr炭化物、Cr炭窒化物およびCrとVの複合炭化物若しくは炭窒化物を析出させるのに有用な元素である。また、パーライトラメラ間隔を小さくして、圧延後、または熱処理後の強度を上昇させ、耐へたり性を向上させるのに有用な元素である。こうした効果を発揮させるためには、Cr含有量は0.05%以上とする必要がある。しかしながら、Cr含有量が過剰になると、パテンティング時間が長くなり過ぎ、また靭性や延性が劣化するので、1.5%以下とする必要がある。
【0017】
V:0.05〜0.25%
VはCrと同様に、パーライト組織中のフェライトに、V炭化物、Cr炭窒化物およびCrとVの複合炭化物若しくは炭窒化物を析出させるのに有用な元素である。こうした効果を発揮させる為には、Vは0.05%以上含有させる必要があり、好ましくは0.08%以上含有させるのが良い。しかしながら、0.25%を超えて過剰に含有させても、マルテンサイトやベイナイト組織が生成し、加工性が悪くなる。
【0018】
本発明のばね用鋼における基本的な化学成分組成は上記の通りであり、残部は実質的にFeからなるものであるが、必要によって、(1)Ni:1.5%以下、(2)Mo:0.5%以下等を含有することや、(3)Al:0.005%以下に抑制することも有効である。これらの元素による各作用は下記の通りである。
【0019】
Ni:1.5%以下
Niは、焼入れ性を高め、低温脆化を防止するのに有効な元素である。こうした効果は、その含有量が多くなるにつれて大きくなるが、過剰に含有させると、圧延においてベイナイト或はマルテンサイト組織が生成し、伸線性が著しく劣化すると共に、靭性および延性が劣化するので、1.5%以下とする必要がある。尚、上記効果を発揮させる為のNi含有量の好ましい下限は、0.05%である。
【0020】
Mo:0.5%以下
Moは、焼入れ性を確保すると共に軟化抵抗を向上させることによって、耐へたり性を向上させる元素である。こうした効果は、その含有量が多くなるにつれて大きくなるが、過剰に含有させると、パテンティング時間が長くなり過ぎ、また延性も劣化するので、その上限は0.5%とした。
【0021】
Al:0.005%以下
Alは、製鋼時の脱酸剤として含有されるが、過剰に含有させると粗大な非金属介在物を生成し、疲労強度を劣化させるので、その含有量は0.005%以下に抑制するのが好ましい。
【0022】
本発明のばね用鋼には、上記の各種成分以外にもばね用鋼の特性を阻害しない程度の微量成分を含み得るものであり、こうした鋼線材も本発明の範囲に含まれものである。上記微量成分としては不純物、特にP,S,As,Sb,Sn等の不可避不純物が挙げられる。
【0023】
ところで、ばね用鋼の耐へたり性を向上させるには、パーライトを強化すれば良いことは前述した通りであるが、パーライトを強化する為の手段としてはパーライトラメラ間隔を小さくすることも有効である。こうした観点から、パーライトラメラ間隔を200nm以下にすれば、特に優れた耐へたり性を発揮できるので好ましい。
【0024】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に徴して設計変更することはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0025】
【実施例】
下記表1に示す化学成分組成の鋼(No.1〜19)を溶製し、熱間圧延して直径:9.0mmの鋼線材を作製した。その後、軟化焼鈍、皮削り、パテンティング処理および伸線処理を行なって線径:3.0mmの線材とした。このとき、パテンティング処理は加熱温度940℃、鉛炉温度620℃にて行なった。その後、ばね成形し、歪み取り焼鈍(400℃×20分)、座研磨、ダブルショットピーニング、低温焼鈍(230℃×20分)および冷間セッチングを行なった。
【0026】
【表1】
【0027】
得られた鋼材について、パーライト組織におけるフェライト中に析出している化合物の数と大きさを測定した。化合物の測定は、薄膜レプリカ法により抽出した化合物を透過型電子顕微鏡(TEM)にて、加速電圧:200KV、15万倍の撮影を行なった。これについて、フェライト1μm2[15万倍の倍率で(150mm)2]中に析出している50nm以下の微細析出物の個数を測定した。
【0028】
尚、測定部位については、(a)表面部分がばねの最大応力位置であること、(b)圧延材は、圧延後、SV処理によって表面を削り落とすことから、表面から0.2mmの深さ位置とした。また、炭・窒化物の測定は、TEMにて観察される複合炭窒化物等を目視で判断し、目視で判断できない微細な複合炭窒化物等については、X線回折パターンによって複合炭窒化物等であることを確認し、15万倍で10〜50nmの大きさの複合炭窒化物等の個数を測定した。更に、測定は各鋼材について任意の三視野で行ない、その平均値を求めた。
【0029】
TEMにて観察した組織の例を図1(図面代用写真)に示す。この図1において、縞状になっている黒い部分がパーライト組織におけるセメンタイト(図中Cで示す)、白い部分がフェライト(図中Fで示す)であり、フェライト中に析出している炭化物若しくは炭窒化物を矢印で示す。
【0030】
また、各ばねについて、637±490MPaの負荷応力下で疲労試験を行ない、更に120℃、882MPaの応力下で、48時間締め付けた後、残留せん断歪を測定した。その結果を、下記表2に示す。
【0031】
【表2】
【0032】
これらの結果から、次の様に考察できる。まず、鋼No.1〜12のものは、いずれも本発明で規定する要件を満足する実施例のものであるが、パーライト組織におけるフェライト中の50nm以下の析出物(複合炭窒化物等)の個数が10個以上であり、疲労強度および耐へたり性ともに優れていた。
【0033】
これに対して、鋼No.13〜21のものは、本発明で規定する要件のいずれかを欠く比較例であり、いずれかの特性が劣化していることが分かる。即ち、鋼No.13のものでは、C含有量が少ないので、伸線後に十分な強度が確保できず、疲労寿命が短く、残留せん断歪も大きくなっている。また、鋼材No.14のものでは、C含有量が過剰になっているので、靭性および延性が劣化し、疲労寿命が短く、残留せん断歪も大きくなっている。
【0034】
鋼材No.15のものでは、Si含有量が少ないので、伸線後に十分な強度が確保できず、疲労寿命が短く、残留せん断歪も大きくなっている。鋼材No.16のものでは、Si含有量が過剰になっており、パテンティング処理時に過冷組織が生成し、伸線時に断線が発生した。
【0035】
鋼No.17のものでは、Mn含有量が少ないので、伸線時に十分な強度が確保できず、疲労寿命が短く、残留せん断歪も大きくなっている。鋼No.18のものでは、Mn含有量が過剰になっているので、パテンティング処理時に過冷組織が生成し、伸線時に断線が発生した。
【0036】
鋼No.19のものでは、Crが含有されていないので、パーライト組織のフェライト中に析出する析出物が少なくなり、残留せん断歪が大きくなっている。鋼No.20のものでは、Vが含有されていないので、パーライト組織のフェライト中に析出する析出物が少なくなり、残留せん断歪が大きくなっている。鋼No.21のものでは、V含有量が過剰になっているので、パテンティング処理時に過冷組織が生成し、伸線時に断線が発生した。
【0037】
【発明の効果】
本発明は以上の様に構成されており、高応力負荷条件下で使用されても、近年の要求特性に十分に応えることのできる耐へたり性を発揮するばねを伸線ままで製造することのできるばね用鋼、およびこの様なばねの素材となるばね用鋼線材、並びに上記特性を発揮するばね等が実現できた。
【図面の簡単な説明】
【図1】TEMにて観察した組織の例を示す図面代用写真である。
Claims (7)
- C:0.5〜0.8%未満(質量%の意味、以下同じ)、Si:1.2〜2.5%、Mn:0.5〜1.5%、Cr:0.05〜1.5%およびV:0.05〜0.25%を夫々含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなると共に、パーライト組織中のフェライトに、円相当直径で50nm以下のV,Cr炭化物、炭窒化物およびVとCrの複合炭化物、複合炭窒化物が合計で10個/μm2以上であることを特徴とする耐へたり性に優れたばね用鋼。
- Ni:1.5%以下を含有するものである請求項1に記載のばね用鋼。
- Mo:0.5%以下を含有するものである請求項1または2に記載のばね用鋼。
- Al:0.005%以下に抑制したものである請求項1〜3のいずれかに記載のばね用鋼。
- パーライトラメラ間隔が200μm以下である請求項1〜4のいずれかに記載のばね用鋼。
- 請求項1〜5のいずれかに記載のばね用鋼を用いて伸線加工したものであるばね用鋼線。
- 請求項6の鋼線材をコイル状に加工したものであるばね。
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