JP3938488B2 - 醤油酵母の分離識別法 - Google Patents
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Description
【産業上の利用分野】
本発明は、醤油酵母の分離識別法、特に分類学的に一属一種に包括され、従来は分離識別が不可能であった個々の醤油酵母株を簡単に分離識別する方法、および醤油諸味中に生育する醤油主発酵酵母株の菌株構成解析(以下、フローラ解析という)を行う方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
醤油は麹菌酵素による大豆および小麦蛋白質の加水分解調味料であると同時に、耐塩性の醤油酵母および醤油乳酸菌の醗酵を利用して製造する発酵調味料でもあり、醤油醸造において、醤油酵母および乳酸菌の微生物管理は品質のよい醤油を製造するための重要な因子である。
【0003】
醤油醸造に関わる耐塩性の醤油酵母は、分類学的にはチゴサッカロマイセス ルーキシー(Zygosaccharomyces rouxii)の一属一種に属し、10〜20%の塩化ナトリウムの存在下でもグルコースをもとに旺盛なエタノール醗酵を行なう能力を有し、主に醤油諸味のエタノール醗酵に寄与する醤油主醗酵酵母と、この醤油主醗酵酵母によるエタノール醗酵が終了した頃から活躍し始めて、主として醤油特有の香気の生成に関与する、かつては後熟酵母群とも呼ばれていた、耐塩性キャンディダ(Candida)属酵母群ないしは耐塩性トルロープシス(Torulopsis)属酵母群とがある(栃倉辰六郎編著、醤油の科学と技術、日本醸造協会、163〜170頁 (1988))。
【0004】
この醤油主醗酵酵母と後熟酵母群とを分離識別する方法としては、以下のものが既に報告されている。
【0005】
(1)醤油主醗酵酵母は高濃度の塩化ナトリウム存在下でもマルトースを資化できるが、耐塩性トルロープシス属酵母は資化できないので、この高塩下におけるマルトース資化性の差を利用して、マルトースを唯一の炭素源とする加塩栄養寒天培地上での生育の有無に基づいて、これらの酵母を分離識別する方法(茂木恵太郎ら、農化、42、466 (1968))。
【0006】
(2)後熟酵母群は、18%の塩化ナトリウム存在下、かつpH4.5以上の条件下において、亜鉛イオンないしはリチウムイオンに対する耐性を示すが、醤油主醗酵酵母はその耐性を持たないことを利用して、18%塩化ナトリウムおよび特定濃度の亜鉛イオンないしはリチウムイオンを含有することを特徴とする栄養寒天培地上での生育の有無に基づいて、これらの酵母を分離識別する方法(馬場林留ら、農化、51、261 (1977))。これらの培地を以下それぞれ「Z培地」および「L培地」と言う。
【0007】
(3)醤油主醗酵酵母はオルソバニリンにより生育が阻害されないが、後熟酵母群(耐塩性トルロープシス属酵母)は生育が阻害されることを利用して、オルソバニリン加栄養寒天培地(以下、「OV培地」と言う)上での生育の有無に基づいて、これらの酵母を分離識別する(奥沢洋平ら、醤研、6、138 (1980))。
【0008】
しかしながら、一概に醤油主醗酵酵母とひとまとめに言っても、株によってその性質は大きく異なっており、醤油諸味中での増殖能やエタノール醗酵能には大きな違いがある。
実際の醤油醸造工程は完全な無菌状態ではないために、醸造工程における諸味中には、多数の野生の醤油主醗酵酵母株が混在して、醤油主醗酵酵母叢を形成しているが、これらの醤油主醗酵酵母株のすべてが醤油諸味のエタノール醗酵に同等に関与しているわけではなく、主にエタノール醗酵を担っている株はそのうちのほんのごく少数に過ぎない。
純粋培養条件下においては、エタノール生産性が高かったり、あるいは優良な醤油の香気を形成したりする醤油主醗酵酵母株を取得したにも関わらず、これらの株を実際の醸造工程において積極的に利用した場合には、純粋培養条件下で得られたような結果が得られないケースが多い。
これは醤油諸味に添加した性質優良な醤油主発酵酵母株が、これらの諸味中に混在する野生の醤油主醗酵酵母群との生存競争に敗れ、その結果「ガウゼ則(Gause’s axiom)」に基づく生存競争的排除が起こり、駆逐されてしまうことによる。
つまり、ある特定の醤油主醗酵酵母株を醤油諸味中に添加した際に、その株が、野生の醤油主醗酵酵母株も含めた他の醤油主醗酵酵母株との混合培養条件下において、他の株からの生存競争的排除に打ち勝つだけの力がなければ、諸味にこの株から期待されるところの効果を付与することはできない。
【0009】
しかしながら、一属一種に属する複数の醤油主醗酵酵母株を識別する方法としては、性的接合型の違いを用いる森らの方法(H.Mori,J.Ferment.Technol.,51,379 (1973)、H.Mori et al.,Appl.Microbiol.,15,928 (1967))が僅かに知られているに過ぎない。
しかも、この性的接合型を調べる方法はきわめて煩雑で手間がかかり、同種の接合型株どうしの識別は不可能である。
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、一種一属に属する複数の醤油酵母株を簡単に個々の菌株ごとに識別し、また醤油諸味中の醤油主発酵酵母株のフローラ解析を簡単に行う方法を提供することを課題とする。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、1%(W/V)以上の塩化ナトリウムを含まない通常の酵母用栄養培地に特定濃度の糖類および特定濃度の塩化ナトリウム以外の無機塩類、すなわち硫酸銅、塩化リチウムまたは塩化マンガンを加えて得られた、1種または2種以上の無塩寒天培地に、醤油酵母を接種し、該寒天培地での生育の有無を判定に利用することによって、分類学的には一属一種に包括され、これまでは識別不可能であったはずの複数の醤油主発酵酵母株を、その培地上での生育の有無に基づいて分離識別できることを知った。また、その際糖類の濃度は、4.0%(W/V)から飽和濃度が好ましいこと、そして硫酸銅は、0.08%(W/V)から飽和濃度、塩化リチウムは、0.6%(W/V)から飽和濃度、そして塩化マンガンは、1.0%(W/V)から飽和濃度がそれぞれ好ましいことを知り、これらの知見に基づいて本発明を完成した。
【0012】
即ち本発明は、塩化ナトリウムを1%(W/V)以上含まず、4.0%(W/V)から飽和濃度の糖類を含有し、更に0.08%(W/V)から飽和濃度の硫酸銅、0.6%(W/V)から飽和濃度の塩化リチウムまたは1.0%(W/V)から飽和濃度の塩化マンガンを含有する、1種または2種以上の無塩寒天培地に、醤油酵母を接種培養し、該培地上での生育の有無を判定に利用することを特徴とする醤油酵母の分離識別法である。
【0013】
また本発明は、醤油酵母を以下の3種類の無塩寒天培地に接種培養し、該培地上での生育の有無のパターンを判定に利用することを特徴とする醤油諸味中の醤油酵母のフローラ解析法である。
1.塩化ナトリウムを1%(W/V)以上含まず、4.0%(W/V)から飽和濃度のグルコースおよび0.08%(W/V)から飽和濃度の硫酸銅を含有する無塩寒天培地。
2.塩化ナトリウムを1%(W/V)以上含まず、4.0%(W/V)から飽和濃度のグルコースおよび0.6%(W/V)から飽和濃度の塩化リチウムを含有する無塩寒天培地。
3.塩化ナトリウムを1%(W/V)以上含まず、4.0%(W/V)から飽和濃度のグルコースおよび1.0%(W/V)から飽和濃度の塩化マンガンを含有する無塩寒天培地。
【0014】
【発明の実施の形態】
以下本発明を詳細に説明する。本発明は、本発明者が得た以下の知見に基づくものである。
(1)1〜3%(W/V(=55〜160mM))グルコースを加えた醤油主発酵酵母用の無塩栄養培地(「無塩」とは、1%(W/V)以上の塩化ナトリウムを含んでいないという意味である)に、更に0.2%(W/V(=8mM))硫酸銅を加えると、ほとんどすべての醤油主発酵酵母株の生育が阻害され、培地上に集落が形成されない。しかしながら、(2)グルコース濃度を4〜5%(W/V(=220〜280mM))以上に高めてやると、0.2%(W/V(=8mM))硫酸銅が加えられた無塩培地であっても、醤油主発酵酵母株の中でも一部の株については生育が認められる(加糖による銅耐性能の獲得)ようになる。しかも、ある特定濃度の硫酸銅に対する耐性を獲得して培地上で生育するのに必要なグルコース濃度は、それぞれの株によって大きく異なる(図1は、NISL3353株の0.16%(W/V)硫酸銅加液体培地における増殖(30℃、7日間の振盪培養(120rpm.))に及ぼす、グルコースを含む各種糖類及び各種無機塩類の影響について調べた結果をまとめたものである)。
(3)1〜3%(W/V(=55〜160mM))グルコースを加えた醤油主発酵酵母用の無塩栄養培地に、更に1%(W/V(=50mM))塩化マンガンを加えると、ほとんどすべての醤油主発酵酵母株の生育が阻害され、培地上に集落が形成されない。しかしながら、(4)グルコース濃度を4〜5%(W/V(=420〜450mM))以上に高めてやると、1.0%(W/V(=50mM))塩化マンガンが加えられた無塩培地であっても、醤油主発酵酵母株の中でも一部の株については生育が認められる(加糖によるマンガン耐性能の獲得)ようになる。しかも、ある特定濃度の塩化マンガンに対する耐性を獲得して培地上で生育するのに必要なグルコース濃度は、それぞれの株によって大きく異なる。
(5)1〜3%(W/V(=55〜160mM))グルコースを加えた醤油主発酵酵母用の無塩栄養培地に、更に0.8%(W/V(=189mM))塩化リチウムを加えると、ほとんどすべての醤油主発酵酵母株の生育が阻害され、培地上に集落が形成されない。しかしながら、(6)グルコース濃度を10%(W/V(=900mM))以上に高めてやると、0.8%(W/V)塩化リチウムが加えられた無塩培地であっても、醤油主発酵酵母株の中でも一部の株については生育が認められる(加糖による塩化リチウム耐性能の獲得)ようになる(図2及び3は、NISL3353株の0.6%(W/V)塩化リチウム加液体培地における増殖(30℃で、図2については7日間の振盪培養(120rpm.))条件下でのNISL3353株の増殖に及ぼす、グルコースを含む各種糖類及び各種無機塩類の影響について調べた結果をまとめたものである)。しかも、ある特定濃度の塩化リチウムに対する耐性を獲得して培地上で生育するのに必要なグルコース濃度は、それぞれの株によって大きく異なる(図4)。(図1〜図4で用いた液体培地の基本組成は下記の通りである。3%(W/V)グルコース、0.4%(W/V)カザミノ酸[DIFCO製]、0.2%(W/V)酵母エキス[DIFCO製]、0.05%(W/V)燐酸二水素カリウム、0.05%(W/V)硫酸マグネシウム、0.01%(W/V)塩化カルシウム(pH=5.4))。これらの新知見は、すなわち、糖類(例えばグルコース)およびナトリウム以外の特定の無機塩類(硫酸銅、塩化マンガンまたは塩化リチウム)の濃度を調節した加糖無塩培地を用いることにより、分類学的には一属一種に包括され、これまでは識別不可能であったはずの複数の醤油主発酵酵母株を、その培地上での生育の有無に基づいて分離識別できることを意味している。そこで本発明では、4%(W/V)から飽和濃度までの濃度範囲に含まれる特定濃度の糖類(例えばグルコース)およびナトリウム以外の無機塩類(硫酸銅、塩化マンガンまたは塩化リチウム)を含む加糖無塩寒天培地1種類ないしは複数種を用いる醤油主発酵酵母株の分離識別法及び本法を用いた発酵食品中の醤油主発酵酵母叢のフローラ解析法を提供する。
【0015】
先ず本発明を実施するには、塩化ナトリウムを1%(W/V)以上含まない酵母用栄養培地に4.0%(W/V)から飽和濃度の糖類を含有し、更に0.08%(W/V)から飽和濃度の硫酸銅、0.6%(W/V)から飽和濃度の塩化リチウムまたは1.0%(W/V)から飽和濃度の塩化マンガンを含有する、1種または2種以上の無塩寒天培地を作製する。なお、本発明で言う無塩とは、全く塩化ナトリウムを含有しないか、または含有しても1%(W/V)以上含まないことを意味する。また、醤油酵母とは、通常の醤油醸造に利用または関与する耐塩性の酵母を意味する。
【0016】
ここにおいて用いられる酵母用栄養培地としては、通常の醤油酵母群の一般的な計数に用いられる培地、酵母増殖用に用いられる培地および酵母の純粋分離用に用いる培地など酵母が生育繁殖できる培地であれば任意の培地が用いられる。
具体的には、以下に示す組成からなる「Mn培地」、「Cu培地」、「Li培地」、醤油酵母群の一般的な計数に用いられる寒天培地(以下「C培地」と言う)、奥沢らの方法による寒天培地(以下「OV培地」と言う)、馬場らの方法による寒天培地(以下「L培地」と言う)およびそれらの培地に用いられている基本培地などが挙げられる。
【0017】
これらの培地の組成および調製方法を以下に示す。
【0018】
(A)−1
「Mn培地」の組成
5.85%(W/V)イースト・カーボン・ベース(Yeast Carbon Base)[DIFCO製]、0.7%(W/V)硫酸アンモニウム、2.5%(W/V)グルコース、1.0%(W/V)塩化マンガン(II)・四水和物(MnCl2・4H2O)、2.0%(W/V)寒天から構成される、pH5.4の寒天培地。
【0019】
(A)−2
「Mn培地」の調製法
5.85gイースト・カーボン・ベース、0.7g硫酸アンモニウムを蒸留水に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH5.4に調整した後、更に蒸留水を加えて全量を25mlとする(以下「A液」と言う)。
これとは別に、1.0g塩化マンガン(II)・四水和物を蒸留水25mlに溶かす(以下「B液」と言う)。
また2.5gグルコースおよび2.0g寒天を蒸留水50mlに溶かす(以下「C液」言う)。
B液およびC液は加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌し、またA液は無菌条件下でワットマン社製シリンジフィルター(25mmGD/X)を用いて除菌濾過し、無菌化する。
加熱殺菌の済んだB液およびC液は44〜48℃にまで冷却した後、無菌条件下でA液25ml、B液25ml、C液50mlの割合ですばやく混合し、その混合液10mlずつを無菌シャーレに流し込んで固め、Mn培地とする(A液、B液、C液を混合すると、B液中の塩化マンガンが不溶化して、培地が白濁するので、すばやく混合してシャーレに分注しないと、シャーレ一枚一枚ごとに培地に含まれる塩化マンガンの濃度に誤差を生ずることになるので注意する。
またイースト・カーボン・ベース5.85g中には、5gのグルコースが含まれており、ゆえに調製した本培地の最終的なグルコース濃度は7.5%(W/V)となる)。
【0020】
(B)−1
「Cu培地」の組成
4.68%(W/V)イースト・カーボン・ベース(Yeast Carbon Base)[DIFCO製]、0.7%(W/V)硫酸アンモニウム、0.2%(W/V)硫酸銅(II)・五水和物(CuSO4・5H2O)、2.0%寒天から構成される、pH5.4の寒天培地(以下「Cu培地」と言う)。
【0021】
(B)−2
「Cu培地」の調製法
4.68gイースト・カーボン・ベース、0.7g硫酸アンモニウムを蒸留水に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH5.4に調整した後、更に蒸留水を加えて全量を25mlとする(以下「a液」と言う)。
これとは別に、0.2g硫酸銅を蒸留水25mlに溶かす」(以下「b液」と言う)。
また2.0g寒天を蒸留水50mlに溶かす(以下「c液」と言う)。
b液およびc液は加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌し、またa液は無菌条件下でワットマン社製シリンジフィルター(25mmGD/X)を用いて除菌濾過し、無菌化する。
加熱殺菌の済んだb液およびc液は44〜48℃にまで冷却した後、無菌条件下でa液25ml、b液25ml、c液50mlの割合ですばやく混合し、その混合液10mlずつを無菌シャーレに流し込んで固め、Cu培地とする(イースト・カーボン・ベース4.68g中には、4gのグルコースが含まれており、ゆえに調製した本培地の最終的なグルコース濃度は4%(W/V)となる)。
【0022】
(C)−1
「Li培地」の組成
5.85%(W/V)イースト・カーボン・ベース(Yeast Carbon Base)[DIFCO製]、0.7%(W/V)硫酸アンモニウム、9.0%(W/V)グルコース、0.8%(W/V)塩化リチウム、2.0%(W/V)寒天から構成される、pH5.4の寒天培地(以下「Li培地」と言う)。
【0023】
(C)−2
「Li培地」の調製法
5.85gイースト・カーボン・ベース、0.7g硫酸アンモニウムを蒸留水に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH5.4に調整した後、更に蒸留水を加えて全量を25mlとする(以下「α液」と言う)。
これとは別に、0.8g塩化リチウムを蒸留水25mlに溶かす(以下「β液」と言う)。
また9.0g(W/V)グルコースおよび2.0g(W/V)寒天を蒸留水50mlに溶かす(以下「γ液」と言う)。
β液およびγ液は加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌し、またα液は無菌条件下でワットマン社製シリンジフィルター(25mmGD/X)を用いて除菌濾過し、無菌化する。
加熱殺菌の済んだβ液およびγ液を44〜48℃にまで冷却した後、無菌条件下でα液25ml、β液25ml、γ液50mlの割合ですばやく混合し、その混合液10mlずつを無菌シャーレに流し込んで固め、Li培地とする(イースト・カーボン・ベース5.85g中には、5gのグルコースが含まれており、ゆえに調製した本培地の最終的なグルコース濃度は14%(W/V)となる)。
【0024】
(D)−1
C培地(醤油酵母群の一般的な計数に用いられる培地)の組成
3.0%(W/V)グルコース、0.5%(W/V)酵母エキス[DIFCO製]、0.5%(W/V)燐酸二水素カリウム、0.05%(W/V)硫酸マグネシウム(MgSO4・4H2O)、10〜20%塩化ナトリウム、2.2%寒天(pH 4.8〜5.2)
【0025】
(D)−2
C培地の調製法
培地成分を蒸留水に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH=4.8〜5.2に調整してから、更に蒸留水を加えて容量を整え、加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌する。殺菌した培地は、無菌条件下でその10mlずつを無菌のシャーレに分注し、冷却して固め、C培地とした。
【0026】
(E)−1
OV培地(奥沢らの方法による寒天培地)の組成
3%(W/V)グルコース、0.4%(W/V)カザミノ酸[DIFCO製]、0.2%(W/V)酵母エキス[DIFCO製]、0.1%(W/V)燐酸二水素カリウム、0.05%(W/V)硫酸マグネシウム(MgSO4・4H2O)、0.01%(W/V)塩化カルシウム(CaCl2・2H2O)、18%(W/V)塩化ナトリウム、2.2%(W/V)寒天(pH4.9)。
【0027】
(E)−2
OV培地の調製法
基本培地成分を蒸留水に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH4.9に調整してから、更に蒸留水を加えて容量を整え、加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌する。
殺菌した培地100mlは、44〜48℃にまで冷却した後、無菌条件下で8mg/mlのオルソバリニンを含む99.5%エタノール溶液1mlを加えてよくかき混ぜ、その10mlずつを無菌のシャーレに分注し、冷却して固め、OV培地とした。
【0028】
(F)−1
L培地(馬場らの方法による寒天培地)の組成
3%(W/V)グルコース、0.4%(W/V)カザミノ酸[DIFCO製]、0.2%(W/V)酵母エキス[DIFCO製]、0.1%(W/V)燐酸二水素カリウム、0.05%(W/V)硫酸マグネシウム(MgSO4・4H2O)、0.01%(W/V)塩化カルシウム(CaCl2・2H2O)、0.42%(W/V)塩化リチウム、18%(W/V)塩化ナトリウム、2.2%(W/V)寒天(pH4.9)。
【0029】
(F)−2
L培地の調製法
培地成分を蒸留水に溶かし、水酸化ナトリウム水溶液を加えてpH4.9に調整し、更に蒸留水を加えて容量を整え、加圧加熱殺菌器で121℃、15分間殺菌する。殺菌した培地10mlずつを、無菌条件下でシャーレに分注し、冷却して固め、L培地とした。
【0030】
以下、実験例および実施例を示して本発明をより具体的に説明する。
なお、下記実験例において用いた「基本培地A」は、通常の酵母用液体栄養培地を意味し、その組成は下記の通りである。
基本培地Aの組成
3%(W/V)グルコース、0.4%(W/V)カザミノ酸[DIFCO製]、0.2%(W/V)酵母エキス[DIFCO製]、0.1%(W/V)燐酸二水素カリウム、0.05%(W/V)硫酸マグネシウム、0.01%(W/V)塩化カルシウム、塩化ナトリウム0%(W/V)、(pH5.4)。
【0031】
実験例1
基本培地Aに、図1記載の各糖類(グルコース、グリセロールおよびスクロース)および各無機塩類(塩化ナトリウムおよび塩化カリウム)をそれぞれ0%(W/V)から飽和濃度まで加え、さらに0.16%(W/V)の硫酸銅を加えて、各液体培地を調製した。
各培地に、それぞれ醤油主発酵酵母株チゴサッカロマイセス ルーキシー(Zygosaccharomyces rouxii)NISL3353株を接種し、30℃、7日間振盪(120rpm.)培養し、得られた培養液の濁度を測定した。
そして、醤油主発酵酵母株NISL3353株の0.16%(W/V)硫酸銅加液体培地における増殖に及ぼす、グルコースを含む各糖類および各無機塩類の影響について調べた。
結果を図1に示す。
【0032】
図1の結果から、0〜5%(W/V)の糖類(例えばグルコース)を加えた基本培地Aに、更に0.16%(W/V)硫酸銅を加えると、醤油主醗酵酵母株は生育が阻害されることが判る。
しかし、基本培地Aの糖類濃度をさらに高めてやると、0.16%(W/V)硫酸銅の存在下でも、生育(加糖による銅耐性能の獲得)が認められるようになることが判る。
この加糖による銅耐性能の獲得という現象は、おそらく、加糖による培地の浸透圧変化が関係しているものと考えられるため、グルコースなどの糖質に較べて著しい浸透圧変化をもたらす塩化ナトリウムや塩化カリウムなどの無機塩類をかわりに用いた場合には、わずか1〜2%程度の添加によっても銅耐性能を獲得し、それゆえにNISL3353株の銅感受性−銅耐性の境界線に相当する培地中グルコース濃度は明確に見極められても、銅感受性−銅耐性の境界線に相当する培地中の無機塩類濃度は見極めにくいという特徴がある。
【0033】
実験例2
塩化ナトリウムを含まない基本培地Aに、図2記載の各糖類(グルコース、グリセロールおよびスクロース)および各無機塩類(塩化ナトリウムおよび塩化カリウム)をそれぞれ0%(W/V)から飽和濃度まで加え、さらに0.6%(W/V)の塩化リチウムを加えて、各培地を調製した。
各培地にそれぞれ醤油主発酵酵母株チゴサッカロマイセス ルーキシー(Zygosaccharomyces rouxii)NISL3353株を接種し、30℃、7日間振盪(120rpm.)培養し、得られた培養液の濁度を測定した。
そして、醤油主発酵酵母株NISL3353株の0.6%(W/V)塩化リチウム耐性に及ぼす培地中のグルコースを含む各糖類および各無機塩類の影響について調べた。
結果を図2に示す。
【0034】
図2の結果0〜2%(W/V)糖類(例えばグルコース)を加えた基本培地Aに、更に0.6%(W/V)塩化リチウムを加えると、醤油主醗酵酵母株は生育が阻害される。
しかしながら、糖類、特にグルコース濃度を4%(W/V)以上に高めてやると、0.6%(W/V)塩化リチウムが加えられた無塩培地であっても、醤油主醗酵酵母株が旺盛に生育し、濁度が急激に増加することが判る。
この加糖によるリチウム耐性能の獲得という現象は、おそらく、加糖による培地の浸透圧変化が関係しているものと考えられるため、グルコースなどの糖質に較べて著しい浸透圧変化をもたらす塩化ナトリウムや塩化カリウムなどの無機塩類をかわりに用いた場合には、わずか1〜2%程度の添加によってもリチウム耐性能を獲得し、それゆえにNISL3353株のリチウム感受性−リチウム耐性の境界線に相当する培地中グルコース濃度は明確に見極められても、リチウム感受性−リチウム耐性の境界線に相当する培地中の無機塩類濃度は見極めにくいという特徴がある。
【0035】
実験例3
塩化ナトリウムを含まない基本培地Aに、図3記載のごとくグルコース1から20%(W/V)および塩化リチウム0.6%(W/V)加え、醤油主発酵酵母株チゴサッカロマイセス ルーキシー(Zygosaccharomyces rouxii)NISL3353株を接種し、30℃で振盪(120rpm.)培養し、得られた培養液について経時的にクレット値を測定した。
そして、醤油主発酵酵母株NISL3353株の0.6%(W/V)塩化リチウム耐性に及ぼす培地中グルコース濃度の影響について調べた。
結果を図3に示す。
【0036】
図3の結果から、醤油主発酵酵母株NISL3353株の0.6%(W/V)塩化リチウム耐性におよぼす培地中グルコース濃度は、5%以上であり、培地中に加えられたグルコース濃度が高くなればなるほど、生育速度が速くなることが判る。
【0037】
実験例4
塩化ナトリウムを含まず、図4記載のごとく1〜30%(W/V)のグルコースおよび0.08〜0.16%(W/V)の硫酸銅を含む基本培地Aそれぞれに醤油主発酵酵母株チゴサッカロマイセス ルーキシー(Zygosaccharomyces rouxii)NISL3353株、同3354株、同3356株を接種し、30℃、7日間振盪(120rpm.)培養し、培養液の濁度を測定した。
そして、これら3株の0.08〜0.16%(W/V)硫酸銅耐性に及ぼす培地中グルコース濃度の影響について調べた。
結果を図4に示す。
【0038】
図4の結果から、NISL3353株、同3354株、同3356株は、培地中のグルコース濃度を高めてやると、0.08〜0.16%(W/V)硫酸銅に対して耐性を示すようになるという点で共通しているが、ある特定濃度の硫酸銅に対して、耐性を獲得して培地中で生育できるようになるために必要とするグルコース濃度は、それぞれの株によって大きく異なることが判る。
このことから、本発明によれば特定濃度のグルコースおよび特定濃度の硫酸銅を含有する加糖無塩寒天培地に醤油酵母を接種し、培養して、その生育パターンを測定すれば、複数の醤油主醗酵酵母株をきわめて簡便かつ迅速に分離識別できることが判る。
【0039】
実験例5
塩化ナトリウムを含まない基本培地Aに、1〜3%(W/V)グルコースを添加した培地に、更に1.0%(W/V)塩化マンガンを加え、これにチゴサッカロマイセスルーキシーに属する8菌株を接種し、30℃、7日間の振盪(120rpm.)培養し、培養液の濁度を測定した。
その結果、ほとんどすべてのチゴサッカロマイセスルーキシーに属する菌株は、濁度の増加が観察されず、よって生育が阻害されることが判明した。
しかしながら、塩化ナトリウムを含まない基本培地Aに、4%(W/V)以上のグルコースを添加し、その濃度を高めてやると、1.0%(W/V)塩化マンガンが加えられた無塩培地であっても、上記微生物のうち一部の株については生育(加糖によるマンガン耐性能の獲得効果)が認められるようになることが判った。
しかも、ある特定濃度の塩化マンガンに対する耐性を獲得して培地上で生育するのに必要なグルコース濃度は、それぞれの株によって大きく異なることが判った。
【0040】
実験例6
塩化ナトリウムを含まない基本培地Aに、1〜3%(W/V)グルコースを添加した培地に、更に0.8%(W/V)塩化リチウムを加え、これにチゴサッカロマイセス ルーキシーに属する各菌株を接種し、30℃、7日間振盪(120rpm.)培養し、培養液の濁度を測定した。その結果、ほとんどすべてのチゴサッカロマイセス ルーキシーに属する各菌株は、濁度の増加が観察されず、よって生育が阻害されることが判明した。しかしながら、塩化ナトリウムを含まない基本培地Aに、4%(W/V)以上のグルコースを添加し、その濃度を高めてやると、0.8%(W/V)塩化リチウムが加えられた培地であっても、上記菌株のうち一部の株については生育(加糖によるマンガン耐性能の獲得効果)が認められることが判った。また、ある特定濃度の塩化リチウムに対する耐性を獲得して培地上で生育するのに必要なグルコース濃度は、それぞれの株によって大きく異なることが判った。
【0041】
実施例1
醤油諸味から分離した野生の醤油主醗酵酵母CuMn−8株およびOV−2株の同種2株混合培養系における、培養経過に伴うCuMn−8株およびOV−2株の増殖と、総酵母数に占める比率の変化を求めるフローラ解析方法。
なお、CuMn−8株は、醤油諸味から分離した醤油主発酵酵母株であり、先に開示した「Mn培地」および「Cu培地」では生育してコロニーを形成するが、「Li培地」上では生育が阻害され、コロニーを形成しないという性質を持つ。
一方OV−2株は、上記「Mn培地」、「Cu培地」および「Li培地」のいずれでも生育せず、コロニーを形成しないという性質を持つ。
本実施例では、この性質を本株の分離識別のためのマーカーとして用いるものである。
詳細を以下に示す。
7.0%(W/V)グルコース、15%(V/V)濃口生醤油、8.5%(W/V)塩化ナトリウムから構成される、pH5.2に調整された液体培地で30℃、2から3日間培養して、生育活性を安定化させたCuMn−8株およびOV−2株を同一の同組成の液体培地中に、105cfu/mlずつ接種して、30℃条件下で2日間混合培養した。
培養の終了した培養液を殺菌済みの10%塩化ナトリウム水溶液で適宜希釈した後、C培地上に塗抹して、30℃条件下で、C培地は7日間培養し、培地上に形成されたコロニーの数を計測してから、このコロニーすべてをCu培地、Mn培地およびLi培地に植え継ぎ、これらの培地上で生育するコロニーの数と生育しないコロニーの数を計測し、C培地上のコロニー数を総酵母数、Cu培地およびMn培地の両方では生育するが、Li培地上では生育しないコロニー数をCuMn−8株、いずれの培地でも生育しない株をOV−2株と見做し(図5参照)、総酵母数に占めるCuMn−8株およびOV−2株の比率も同時に調べた。
図6に示す通り、CuMn−8株はOV−2株との共存条件下においても高い増殖性を示し、培養終了後には全酵母数1.6×108cfu/ml中の88.7%をCuMn−8株が占めるまでに至ったのに対して、OV−2株はCuMn−8株との生存競争に負け、培養終了時には総酵母数に占める割合を著しく低下させることが確認された。
本試験において、C培地上に得られたコロニーの各々が示す、Cu培地、Mn培地、Li培地上での生育の有無という性質は繰り返し試験においても安定した再現性を示し、また本試験で用いた株はCu培地およびMn培地上では生育するが、Li培地上では生育しないCuMn−8株と、Cu培地、Mn培地、Li培地のいずれの培地でも生育しないOV−2株のみであったために、培養前および培養後の培養液中から分離されたコロニーはすべてこのいずれの性質を示すもののみであり、たとえばMn培地上では生育するが、Cu培地およびLi培地上では生育しないという性質を示すコロニーや、Mn培地およびLi培地上では生育するが、Cu培地上では生育しないといった性質を示すコロニーなど、試験で用いた株以外の、予期せぬ性質を示したコロニーはひとつも発見されなかった。これらのことより、この醤油主醗酵酵母株の分離識別法に用いている性質がきわめて安定かつ確実なものであることが確認された。
【0042】
実施例2
CuMn−8株と、OV−2株と同様に醤油諸味から分離した野生の醤油主醗酵酵母OV−1株およびOV−3株との同種3株混合培養系における3株の分離識別試験
方法は基本的に先の試験と同様に行なった。OV−1株はMn培地およびLi培地上では生育できるが、Cu培地上では生育できない株であり、またOV−3株はMn培地、Li培地、Cu培地のいずれの培地上での生育できない株であるため、これら3種類の培地上での生育パターンを調べる事により、Mn培地およびCu培地上では生育できるが、Li培地上では生育できないCuMn−8株と容易に分離識別ができる。
すなわち、先の試験と同様の培養条件で混合培養した後の培養液を適宜希釈した後、C培地上に塗抹して、30℃条件下で7日間培養し、培地上に形成されたコロニーの数を計測し、総酵母数を調べてから、これらのコロニーすべてをMn培地、Li培地、Cu培地に植え継ぎ、3種類の培地上での生育の有無を調べ、Cu培地およびMn培地上では生育するが、Li培地上では生育しないコロニーの数をCuMn−8株の数、Mn培地およびLi培地上では生育するが、Cu培地上では生育しないコロニーの数をOV−1株の数、3種類のすべての培地上で生育しないコロニーの数をOV−3株の数と見做し、総酵母数に占めるCuMn−8株、OV−1株、OV−3株の比率も同時に調べた。
図7に示す通り、CuMn−8株はOV−1株やOV−3株との共存条件下においても高い増殖性を示し、培養終了後には総酵母数1.7×108cfu/ml中の82.6%をCuMn−8株が占めるまでに至ったのに対して、OV−1株やOV−3株はCuMn−8株との生存競争に負け、培養終了後には総酵母数に占める割合を著しく低下させることが確認された。本分離識別試験においても、先の試験の場合と同様に、混合した株のいずれにも相当しない培地上での生育特性を示すコロニーはまったく認められず、これらのことからも、この醤油主醗酵酵母株の分離識別法に用いている性質がきわめて安定かつ確実なものであることが確認された。
【0043】
実施例3
醤油諸味中に添加した醤油主醗酵酵母株CuMn−8株の分離試験
本発明の方法を用いれば、醤油諸味に添加されたCuMn−8株のフローラ動態を解析することもできる。
以下に、その実施例として、CuMn−8株を用いた小規模の醤油醸造試験の例を示す。
実際の醤油醸造工程における諸味仕込み工程は、通常、完全な無菌状態ではないために、半年から、長い場合には一年以上の時間を要して醸造される醤油諸味に野生酵母株が混入するのはごく当たり前のことであり、醤油の品質向上や生産性の効率化の目的のために選抜したある種の醤油主醗酵酵母株を醤油諸味中に添加したとしても、醸造中に混入した野生酵母株の諸味中における生存性の方が強く、添加酵母株が「ガウゼ則」にしたがって駆逐されてしまい、結果的には選抜株の添加効果を生み出さない場合も少なくない。
そこで、本発明では、CuMn−8株をこのような選抜株と仮定して、本株を醤油諸味中に添加した際の、諸味中でのフローラ動態を解析するためのモデルとして、小規模の醤油醸造試験を行なった。
諸味の調製は、関根らの方法(醤研、13、149 (1987))に従い、諸味中に添加するCuMn−8株の種酵母液は、7.0%(W/V)グルコース、15%(W/V)濃口生醤油、8.5%(W/V)塩化ナトリウムから構成されるpH5.2の液体培地で、30℃、3日間振盪培養したものを用い、諸味への添加(接種)時期は諸味のpHが5.3を示した時点とし、添加量は添加後の諸味中の菌数が105cfu/gとなるように調節した。
諸味中の醤油酵母の数、醤油主醗酵酵母の数、CuMn−8株の数は以下の手順で計測した。
醤油諸味5gを採取し、通常の方法でホモジナイズした後、殺菌した10%塩化ナトリウム水溶液45mlに懸濁した。この懸濁液を2から3分静置して固形物を沈殿させた後、その上清液0.1mlを、殺菌した10%塩化ナトリウム水溶液9.9mlで適宜希釈した上で、この希釈液0.1mlをC培地に塗抹した。塗抹後の培地は30℃の培養器に入れ、3〜4日間放置した。その結果、培地上に形成されたコロニーの数を計測する(これを「醤油酵母の数」とする)とともに、このC培地上に形成されたコロニーすべてをOV培地に植え継ぎ、30℃下で7日間培養し、その培地上で生育性を示したコロニーすべてを釣菌して、更にL培地に接種、同様に30℃下で7日間培養した際に、本培地上ではコロニーを形成しないものの数を計測する(これを「醤油主醗酵酵母株の数」とする)。更にこのOV培地上で生育性を示すが、L培地上では生育性を示さないコロニーすべてを釣菌してMn培地に植え継ぎ、30℃で3〜10日間培養した後、このMn培地上で生育性を示したコロニーすべてを釣菌してCu培地に植え継ぎ、再び30℃で3から7日間培養した後、このCu培地上で生育性を示したコロニーすべてを今度はLi培地に植え継ぎ、30℃で3から7日間培養した後、このLi培地上では生育性を示さなかった株の数を計測する。この値がCuMn−8株の数となる(図8参照)。
この方法におけるOV培地、L培地、Mn培地、Cu培地、Li培地上での生育の有無の試験は、図9に示すように、同時に行ない、その結果をもとめて評価する方法をとるのも、時間短縮の観点からはよい方法である。
結果を表1に示す。
【0044】
【表1】
【0045】
表1に示した通り、添加したCuMn−8株は諸味中に混在する野生酵母群の中においても良好で旺盛な増殖を示して、諸味中エタノール濃度の迅速な上昇に伴い、その醤油酵母群ないしは醤油主醗酵酵母群に占める割合も高まり、醤油酵母群に占める割合に換算した場合には最大80.0%、醤油主醗酵酵母群に占める割合に換算した場合には最大92.9%にまで達することが判明した。
【0046】
実施例4
醤油酵母の分離識別試験
実際の製造工程における醤油諸味中には多数の野生の醤油酵母株が混在しており、今回の試験において供試株として用いたCuMn−8株と同じ性質を示す、すなわちCu培地およびMn培地上では生育するが、Li培地上では生育しないという性質を示す株も、その野生の醤油主醗酵酵母株の中には存在する可能性がある。
表2に示す醤油主醗酵酵母(Zygosaccharomyces rouxii)株計28株を、CuMn−8株の分離識別に用いたCu培地、Mn培地、Li培地に接種して、これらの培地上での生育の有無を調べてみた。
結果を表2に示す。
【0047】
【表2】
【0048】
表2の結果から、IFO0506株、IFO0525株、NISL3360株及びNISL3724株の計4株がCuMn−8株と同じ性質、すなわちCu培地およびMn培地上では生育するが、Li培地上では生育しないという性質を示すことが判る。また本発明の原理に基づき、更に複数種の、特定濃度のグルコースおよび無機塩類(硫酸銅、塩化リチウムまたは塩化マンガン)を含む加糖無塩培地を作製し、該各種培地上での生育の有無のパターンを判定に利用することにより、より厳密にCuMn−8株のような、ある特定の醤油主発酵酵母株のみを分離識別することが可能となる。
【0049】
【発明の効果】
本発明によれば、グルコース濃度および塩化ナトリウム以外の無機塩類(硫酸銅、塩化リチウムまたは塩化マンガン)の濃度を調整した加糖無塩培地を用いることにより、分類学的には一属一種に包括され、これまでは識別不可能であったはずの複数の醤油主発酵酵母株を、その培地上の生育の有無に基づいて分離識別することができる。また本発明は、特定濃度の糖類および硫酸銅、特定濃度の糖類および塩化マンガン、特定濃度の糖類および塩化リチウムを含む加糖無塩寒天培地などを用いることにより、複数の醤油主発酵酵母株をきわめて簡便かつ迅速に分離識別できる。また複数の醤油主発酵酵母株と混在した状態から、ある特定の醤油主発酵酵母株を分離識別することができる。多数の醤油酵母株が混在する醤油諸味中においても、たとえばCuMn−8株のような、特定の株のみを分離識別することができる。本発明は、性質の優秀な醤油酵母株を醤油諸味中へ人為的に添加して、目的とする成分含量の多い醤油を得ようとするときに、その添加効果の確認を入手する手段としてきわめて有用である。複数の醤油主発酵酵母株と混在した状態からある特定の醤油主発酵酵母株を分離識別することが可能となる効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【図1】Zygosaccharomyces rouxii NISL3353の0.16%硫酸銅(CuSO4・5H2O)耐性に及ぼす培地中の各種糖類および無機塩酸濃度の影響を示す。
【図2】Zygosaccharomyces rouxii NISL3353の0.6%塩化リチウム耐性に及ぼす培地中の各種糖類および無機塩酸濃度の影響を示す。
【図3】Zygosaccharomyces rouxii NISL3353の0.6%塩化リチウム耐性に及ぼす培地中グルコース濃度(1〜20%)の影響を示す。
【図4】Zygosaccharomyces rouxii NISL3353、同.NISL3354、同.NISL3356の0.08〜0.16%硫酸銅耐性とこれに及ぼす培地中グルコース濃度の影響を示す。
【図5】CuMn-8株およびOV-2株の分離識別手順を示す。
【図6】液体培地中での同種酵母2株混合培養系における培養前後の総酵母数に占める各株の比率の変化を示す。
【図7】液体培地中での複数酵母株混合培養に伴う酵母群に占めるCuMn-8株の比率の変化を示す。
【図8】CuMn-8株の分離識別手順(1)を示す。
【図9】CuMn-8株の分離識別手順(2)を示す。
Claims (3)
- 塩化ナトリウムを1%(W/V)以上含まず、4.0%(W/V)から飽和濃度の糖類を含有し、更に0.08%(W/V)から飽和濃度の硫酸銅、0.6%(W/V)から飽和濃度の塩化リチウムまたは1.0%(W/V)から飽和濃度の塩化マンガンを含有する、1種または2種以上の無塩寒天培地に、醤油酵母を接種培養し、該培地上での生育の有無を判定に利用することを特徴とする醤油酵母の分離識別法。
- 醤油酵母が、醤油主発酵酵母である請求項1に記載の醤油酵母の分離識別法。
- 醤油酵母を以下の3種類の無塩寒天培地に接種培養し、該培地上での生育の有無のパターンを判定に利用することを特徴とする醤油諸味中の醤油酵母のフローラ解析法。
1.塩化ナトリウムを1%(W/V)以上含まず、4.0%(W/V)から飽和濃度のグルコースおよび0.08%(W/V)から飽和濃度の硫酸銅を含有する無塩寒天培地。
2.塩化ナトリウムを1%(W/V)以上含まず、4.0%(W/V)から飽和濃度のグルコースおよび0.6%(W/V)から飽和濃度の塩化リチウムを含有する無塩寒天培地。
3.塩化ナトリウムを1%(W/V)以上含まず、4.0%(W/V)から飽和濃度のグルコースおよび1.0%(W/V)から飽和濃度の塩化マンガンを含有する無塩寒天培地。
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