JP3894118B2 - イオントラップ質量分析計を用いた探知方法及び探知装置 - Google Patents

イオントラップ質量分析計を用いた探知方法及び探知装置 Download PDF

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Description

技術分野
本発明は爆発物や麻薬の探知技術に係わり、特に質量分析計を用いた探知装置に関する。
背景技術
国際紛争の深刻化に伴い、テロの防止や治安維持のため、爆発物を探知するための探知装置が求められている。探知装置では、X線透過を用いた手荷物検査装置が空港を中心に広く用いられている。X線探知装置などは、対象を塊として認識し、形状等の情報から危険物を判別するため、バルク検出と呼ばれる。一方、ガス分析をベースとした探知法はトレース検出と呼ばれ、化学分析情報から物質の同定を行う。トレース検出には、カバンなどに付着した極微量の成分を探知できるという特徴がある。社会的にセキュリティ強化が求められる中、バルク検出とトレース検出とを組み合わせて、より高精度に危険物を探知する装置が望まれている。
一方、様々なルートで持ち込まれる禁制薬物の発見のため、税関等でも探知装置が使用される。税関では主にバルク検出装置と麻薬探知犬が使用されているが、麻薬探知犬に代わる禁制薬物用のトレース分析装置が熱望されている。
トレース検出では、イオンモビリティスペクトロスコピー、ガスクロマトグラフィなど様々な分析方法が試みられている。探知装置として重要なスピード、感度、選択性を全て兼ね備えた装置の開発に向けて研究が進められている。
このような状況のなか、質量分析法は基本的にスピード、感度、選択性に優れているため、例えば特開平7−134970号公報の様に、質量分析法をベースとした探知技術が提案されている。第16図を用いて、質量分析法をベースとした従来の探知装置を説明する。
空気取り入れプローブ1は絶縁パイプ2を介してイオン源3に接続され、イオン源3は排気口4、絶縁パイプ5を介し空気排気用ポンプ6に接続される。イオン源3は針電極7と第1細孔電極8と中間圧力部9と第2細孔電極10とを備え、針電極7は電源11に接続され、第1細孔電極8と第2細孔電極10はイオン加速電源12に接続される。中間圧力部9は排気口13を介し真空ポンプに接続される。中間圧力部の後段に静電レンズ14が配置され、静電レンズ14の後段に質量分析部15、検出器16が配置される。検出器16からの検出信号は増幅器17からデータ処理部18に供給される。データ処理部18は特定の薬物を示す複数のm/z(イオンの質量数/イオンの価数)値を判定し、被検気体に特定の薬物が含まれているか否かを判定する。
このデータ処理部18は、質量判定部101、薬物A判定部102、薬物B判定部103、薬物C判定部104と警報駆動部105とを備えている。また、警報駆動部105により駆動される警報表示部19には、表示部106、107、108が配置される。
発明の開示
上記従来技術には、次のような課題があった。
上記の装置では、イオン源で生成したイオンのm/z値を用いて薬物判定を行う。従って、探知している薬物と同じm/zを有するイオンを生成する化学物質が存在した場合、薬物が無いにもかかわらず警報を表示してしまうといった誤報の可能性が高かった。
より具体的には、手荷物中の覚醒剤を探知している際に、手荷物に入れられた化粧品の成分に反応して誤報を発してしまうといった課題があった。これは、イオンを分析する質量分析部の選択性が低い事が原因であり、偶然同一のm/zを有する覚醒剤由来のイオンと化粧品由来のイオンとを区別できないために起きる。
質量分析装置において選択性を高める方法として、タンデム質量分析法が知られている。タンデム質量分析法を実施するための装置として、三連四重極質量分析計や四重極イオントラップ質量分析計などがある。
タンデム質量分析法では、通常、
(1)1段目の質量分析
質量分析を行い、イオン源で生成されたイオンのm/zを測定する。
(2)選択
様々なm/zを有するイオンの中から、特定のm/zを有するイオンを選択する。
(3)解離
選択されたイオン(プリカーサーイオン)を中性ガスなどとの衝突により解離させ、分解物イオン(フラグメントイオン)を生成する。
(4)2段目の質量分析
フラグメントイオンの質量分析を行う。
というステップが用いられる。プリカーサーイオンが解離する場合、分子の中でどの部位が切れるかは、部位ごとの化学結合の強さに依存する。従って、フラグメントイオンを分析すると、プリカーサーイオンの分子構造情報を極めて豊富に含んだ質量スペクトルが得られる。従って、イオン源で生成されたイオンのm/zが偶然同じでも、フラグメントイオンの質量スペクトルを調べる事で探知の対象物が含まれているか否かを判別できる。
従って、第16図に示した従来の探知装置において、質量分析部15を三連四重極質量分析計や四重極イオントラップ質量分析計に置き換え、タンデム質量分析法を行えば、選択性が向上し、誤報を低減できる。しかしながら、タンデム質量分析法は通常の質量分析法に比べて時間がかかるため、探知装置に求められる探知スピードが達成できないといった課題があった。
以上の様な理由により、高い選択性と速い探知スピードとを兼ね備えた探知装置が望まれていた。
本発明の目的は、高速のスクリーニングモードと、高選択性の精査モードとを併用する事により、高速かつ誤報の少ない爆発物・禁制薬物等の探知装置を提供することにある。
発明を実施するための最良の形態
以下、本発明の実施の形態について、図を用いて詳細に記載する。
第1図は本発明の一実施例のアルゴリズムを説明する図である。
本実施例では、質量スペクトルを取得する第1の分析ステップ201と、第1の固有のm/zのイオンが存在するか判定する第1の判定ステップ202と、前記第1の判定ステップ202の判定結果に応じてタンデム質量分析法を行う第2の分析ステップ203と、第2の固有のm/zのイオンが存在するか判定する第2の判定ステップ204と、前記第2の判定するステップ204の判定結果に応じて警報を発動する告知ステップ205を設ける。ステップ201とステップ202による測定操作をスクリーニングモード、ステップ203とステップ204による測定操作を精査モードとする。
探知を行う場合、試料ガスから生成されるイオンをステップ201において分析し、探知対象物由来のイオンに相当するm/zを有するイオンが検出されたかどうかをステップ202において判定する。例えば、覚醒剤の一種であるアンフェタミンを正の大気圧化学イオン化モードでイオン化すると、アンフェタミン分子にプロトンが付加した擬似分子イオン(M+H)(Mは試料分子、Hはプロトン)が生成される。この擬似分子イオンのm/zは136であるため、ステップ202ではm/zが136のイオンが検出されたかどうかを判定する。(第1の判定)
ここで、ステップ202において判定するm/zの値が探知対象物に応じて異なる事は言うまでも無い。種々の麻薬、覚醒剤等に対応して、複数の異なるm/zを判定しても良い。
第1の分析ステップ201における分析時間を0.1秒とした場合、ステップ201を繰り返し、測定結果を積算してから積算した結果に対してステップ202により判定しても良い。積算する事で、ランダムノイズが平均化されるので、ステップ202において誤った判定する割合を低減できる。
ステップ202において、あらかじめ設定しておいた第1の固有のm/zを有するイオンが存在すると判定された場合、タンデム質量分析法(以下では、MS/MSと記載する)を行う第2の分析ステップ203が実行される。ステップ203には、プリカーサーイオンの選択、プリカーサーイオンの解離、フラグメントイオンの質量分析が含まれる。分析の精度を上げるため、ステップ203ではステップ201に比べて長い時間をかけると良い。
ステップ203において、分子構造情報を豊富に含んだ質量スペクトルが得られる。この質量スペクトルをステップ204において判定し(第2の判定)、探知対象物特有のm/zを有するイオンが存在するかどうか判定し、存在する場合にはステップ205において警報を駆動し告知する。
ステップ204において判定を行う際、探知対象物のタンデム質量分析法による質量スペクトルをあらかじめ測定してデータベースとし、このデータベースを参照する事により精度の高い判定が可能になる。
第1図に示したアルゴリズムを用いた探知方法を、より具体的に説明すると以下の様になる。探知中は、まずスクリーニングモード(すなわちステップ201における測定とステップ202による判定)を実行し、これを繰り返す事になる。ステップ201に要する時間を0.1秒に設定し、10回の測定結果を積算してからステップ202により判定すると、トータルの探知時間はおよそ1秒である。ステップ202による判定によって、探知対象物が存在すると疑われる場合は、精査モードに移行する。ステップ203に要する時間を0.5秒とし、やはり10回の測定結果を積算してからステップ204により判定すると、ステップ201から始まるスクリーニングモードを含めてトータルで約6秒程度の探知時間になる。セキュリティゲートなどに付随する手荷物検査の場合、通常は探知装置への手荷物の搬入、探知、探知装置からの手荷物の搬出を含めて数秒で行わなければならない。従って、実際に探知に費やす事が出来る時間は1〜2秒であるが、ほとんどの手荷物には探知対象物は入っていないと想定されるので、スクリーニングモードによりおよそ1秒で探知を終了させる事が出来る。従って、第1図に示したアルゴリズムを用いる事により、まれに精査モードまで行うため時間がかかる事があっても、探知に要する平均時間として手荷物一つ当たり1〜2秒程度に抑える事ができ、セキュリティゲートにおいて荷物の流れを著しく妨げる事無く手荷物の検査を行う事が出来る。また、最終的に精査モードによりタンデム質量分析法に基づく判定を行うため、選択性が高く、誤報を低減させることが出来る。
以上の様に、タンデム質量分析法により精査するには時間がかかるため、ステップ202の判定の結果ステップ203に移行した場合、すなわちスクリーニングモードから精査モードへと移行した場合、この段階で警告ランプを点灯させるなど、操作者が認識しやすい信号を出力すると良い。
第2図は、本発明を実施するための具体的な装置構成を示す図である。質量分析部に、四重極イオントラップ質量分析計(以下では、イオントラップ質量分析計と記載する)を使用した例を示す。イオン源20にはガス導入管21、および排気管22a、22bが結合されている。試料ガス採集口からのガスは、排気管22a、22bに結合されたポンプにより吸引され、ガス導入管21を介してイオン源20に導入される。イオン源に導入されたガス中に含まれる成分は、一部がイオン化される。イオン源により生成したイオンおよびイオン源に導入されたガスの一部は、第1細孔23、第2細孔24、第3細孔25を介して真空ポンプ26により排気された真空部27に取り込まれる。これらの細孔は、直径0.3mm程度であり、細孔の開口する電極はヒータ(図示せず)により、100℃から300℃程度に加熱される。第1細孔23から取り込まれなかったガスは、排気管22a、22bからポンプを介して装置の外部に排気される。
細孔23、24、25の開口する電極の間は差動排気部28、29になっており、荒引きポンプ30により排気される。荒引きポンプ30には、通常、ロータリポンプ、スクロールポンプ、またはメカニカルブースタポンプなどが用いられるが、この領域の排気にターボ分子ポンプを使用することも可能である。また、細孔23、24、25の開口する電極には電圧が印加できるようになっており、イオン透過率を向上させると同時に、残留する分子との衝突により、断熱膨張で生成したクラスタイオンの開裂を行う。
第2図では、荒引きポンプ30に排気速度900リットル/分のスクロールポンプ、真空部27を排気する真空ポンプ26に排気速度300リットル/分のターボ分子ポンプを使用した。ターボ分子ポンプの背圧側を排気するポンプとして、荒引きポンプ30を兼用している。第2細孔24と第3細孔25間の圧力は約1トールである。また、第2細孔24の開口する電極を除去し、第1細孔24と第3細孔25の二つの細孔で構成された差動排気部にすることも可能である。ただし、上記の場合に比較して、流入するガス量が増えるので、使用する真空ポンプの排気速度を増やす、細孔間の距離を離すなどの工夫が必要となる。また、この場合も、両細孔間に電圧を印加することは重要となる。
生成したイオンは第3細孔25を通過後、収束レンズ31により収束される。この収束レンズ31には、通常3枚の電極からなるアインツエルレンズなどが用いられる。イオンはさらにスリット電極32を通過する。第3細孔25を通過したイオンは、収束レンズ31によりスリット電極32の開口部に収束し、通過するが、収束されない中性粒子などはこのスリット部分に衝突し質量分析部側に行きにくい構造となっている。スリット電極32を通過したイオンは、多数の開口部を備えた内筒電極33と外筒電極34よりなる二重円筒型偏向器35により偏向かつ収束される。二重円筒型偏向器35では、内筒電極の開口部より滲みだした外筒電極の電界を用いて偏向かつ収束している。この詳細は、既に特開平7−85834に開示している。
二重円筒型偏向器35を通過したイオンは、リング電極36とエンドキャップ電極37a、37bで構成されるイオントラップ質量分析計に導入される。ゲート電極38は質量分析計へのイオンの入射のタイミングを制御するために設けられている。つば電極39a、39bは、イオンがリング電極36とエンドキャップ電極37a、37bを保持する石英リング40a、40bに到達し、石英リング40a、40bが帯電するのを妨げるために設けられている。
イオントラップ質量分析計の内部には、ヘリウムガス供給管(図示せず)からヘリウムが供給され、10−3トール程度の圧力に保たれている。イオントラップ質量分析計は、質量分析計制御部(図示せず)により制御される。質量分析計内に導入されたイオンは、ヘリウムガスと衝突してエネルギーを失い、交流電界により捕捉される。捕捉されたイオンは、リング電極36とエンドキャップ電極37a、37bに印加された高周波電圧を走査することによって、イオンのm/zに応じてイオントラップ質量分析計の外に排出され、イオン取り出しレンズ41を経て検出器42により検出される。検出された信号は増幅器43によって増幅後、データ処理装置44にて処理される。
イオントラップ質量分析計は内部(リング電極36とエンドキャップ電極37a、37bとで囲まれた空間)にイオンを捕捉する特性を有するので、探知対象物質の濃度が低く生成されるイオン量が少ない場合でもイオンの導入時間を長くすると検出できる点にある。従って、試料濃度が低い場合でも、イオントラップ質量分析計のところでイオンの高倍率濃縮が可能であり、試料の前処理(濃縮など)を非常に簡便化できる。
第3図は、第2図における装置のイオン源部の拡大図である。試料ガス導入管21を通して導入されたガスは、いったんイオンドリフト部45に導入される。このイオンドリフト部45はほぼ大気圧状態にある。イオンドリフト部45に導入された試料ガスの一部は、コロナ放電部46に導入され、残りは排気管22bを通してイオン源外に排出される。コロナ放電部46に導入された試料ガスは、針電極47に高電圧を印可する事で針電極47の先端付近に生成されるコロナ放電領域48に導入され、イオン化される。このとき、コロナ放電領域48では、針電極47から対向電極49に向かってドリフトするイオンの流れにほぼ対向するような方向に試料ガスが導入される。生成したイオンは電界により対向電極49の開口部50を通して、イオンドリフト部2に導入される。このとき、対向電極49と第1細孔23の開口する電極との間に電圧を印加することにより、イオンをドリフトさせ、効率良く第1細孔23に導く事ができる。第1細孔23から導入されたイオンは、第2細孔24及び第3細孔25を通して、真空部27に導入される。
コロナ放電部46に流入するガスの流量は高感度かつ安定に探知するために重要である。このため、排気管22aには流量制御部51を設けると良い。また、ドリフト部45やコロナ放電部46、ガス導入管21などは、試料の吸着を防ぐ観点から、ヒーター(図示せず)などにより加熱しておくと良い。ガス導入管21や排気管22bを通過するガス流量は、ダイアフラムポンプのような吸引ポンプ52の容量及び配管のコンダクタンスにより決定することができるが、ガス導入管21や排気管22bにも第3図に示した流量制御部51のような制御装置を設けても良い。吸引ポンプ52を、ガスの流れから見てイオン生成部(すなわち、図示した構成ではコロナ放電部46)の下流に設ける事で、吸引ポンプ52の内部の汚染(試料の吸着等)による影響が少なくなる。
第4図は、本発明に係る装置の試料ガス採取部の一例を示す図である。探知装置は大きく分けて、本体53、ガス吸引部54、筐体55、データ処理装置44により構成される。ガス吸引部54として、プローブ56を接続したガス導入管21を用い、手荷物などにプローブ56を近づけて手荷物周辺の空気を本体53に吸引し、探知を行う。
参考まで、本発明の一実施例におけるイオントラップ質量分析計の動作について説明するため、第5図、第6図にリング電極とエンドキャップ電極に印可する電圧のタイミングを示す。第5図は、第1図におけるステップ201での動作を表し、第6図は、ステップ203での動作を表す。
ステップ201において、イオン閉じ込め時302には、リング電極に高周波を印可し、質量分析計内にイオンを捕捉するための電界を発生させる。また、ゲート電極に印可する電圧を調整し、イオンがゲート電極を通過して質量分析計に導入されるよう制御する。次に質量分析時303には、イオンがさらに流入するのを防止するためゲート電極に印可する電圧を調整する。リング電極及びエンドキャップ電極に印可する高周波の振幅などを操作して、電界により内部に捕捉されたイオンの中からm/zの異なるイオンを順に質量分析計外に排出し、検出器で検出する事により質量スペクトルを得る。次に、残留イオン除去時間301を設け、リング電極に印可する電圧を切る事により質量分析計の内部に残留するイオンを除去する。
典型的には、イオン閉じ込め時間302を0.04秒、質量分析時間303を0.05秒、残留イオン除去時間301に0.01秒とし、0.1秒で質量スペクトルを1回取得する事が出来る。試料の濃度が希薄で、高い感度が必要な場合は、イオン閉じ込め時間302をさらに長くしても良い。
次に、ステップ202での動作を第6図を用いて説明する。イオン閉じ込め時302と質量分析時303の動作はステップ201の場合と同様である。選択時間304では、イオン閉じ込め時間203で閉じ込められた様々なイオンの中から、定められたm/zを有するイオンを残留させ、それ以外のイオンを排除する操作を行う。この選択時間304では、例えばラピッド コミュニケーションズ イン マス スペクトロメトリー誌、7巻、1086頁(1993年)に開示されているフィルタード ノイズ フィールドを使用する事ができる。解離時間305では、選択時間304で選択された定められたm/zを有するイオンにエネルギーを与え、質量分析計内のヘリウムガスなどと衝突させ、フラグメントイオンを生成する。イオンにエネルギーを与えるには、エンドキャップ電極間に高周波を印可し、イオンを質量分析計内で加速する。加速されたイオンはヘリウムなどのガスと衝突するが、その際にイオンの運動エネルギーの一部がイオンの内部エネルギーへと変換され、衝突を繰り返すうちに内部エネルギーが蓄積されてイオンの中の化学結合の弱い部分が切断されて解離が起きる。
タンデム質量分析法では、選択や解離の際にイオンの損失が生じるため、フラグメントイオンの良好な質量スペクトルを取得するためには十分な量のイオンをイオン閉じ込め時302において閉じ込めておく必要がある。このため、典型的には、イオン閉じ込め時間302を0.40秒、質量分析時間303を0.05秒、選択時間304を0.03秒、解離時間305を0.01秒、残留イオン除去時間301を0.01秒とし、0.5秒で質量スペクトルを1回取得する。
分析分野において、質量分析法は様々な用途に用いられている。しかしながら、探知装置に質量分析法を用いた場合では、通常の分析とは状況が異なる点がある。
まず、通常の分析では極めて多くの成分を対象としているのに対し、探知装置では極めて限られた物質を検出対象とする。例えば、爆弾は様々な爆薬を混合して作成されるため、主要な爆薬を数成分選択して探知すれば、爆弾を見つける事ができる。また、通常の分析では物質の濃度などの定量が行われるが、探知の際は対象物の有無を判定できれば良い。
そこで、探知装置において特に有効な質量分析計の動作方法を第6図を用いて説明する。イオントラップ質量分析計において、閉じ込められたイオンを外部に取り出す際、質量走査の速度によって取り出し効率が異なる。すなわち、第5図の分析時間303において、リング電極に印可する振幅の増加率を増やし、短い時間で分析時間303が終了するように設定すると、質量分析計の外に取り出され検出器まで到達するイオン量が増えるため、感度が向上するという利点がある。しかしながら、分析時間303におけるリング電極に印可する振幅の増幅率を増やと、質量分解能が低下したり、所定のタイミングでイオンが排出されないため測定されたm/zが正しい値からずれるといった問題点があった。そこで、第7図に示す様に、イオントラップ質量分析計を動作させる際、イオン閉じ込めのステップ206(イオン閉じ込め時間302に相当)と、イオン排出のステップ208(分析時間303に相当)の間に、特定のイオンを選択するステップ207(選択時間307に相当)を設けた。つまり、高速で質量走査する事による分解能の低下を、あらかじめ質量分析計内に残るイオンのm/zを制限する事により補うのがポイントである。具体的には、アンフェタミンの探知を行う場合、まずチェックするのはm/zが136の正イオンである。そこで、イオン源で生成されたイオンをステップ206により質量分析計内に閉じ込め、次にステップ207においてm/zが136以外の値を有するイオンを排除し、m/zが136のイオンを選択的に残留させる。次に、イオン排出のステップ208において高速で質量走査し、質量分析計内に残っているイオンを効率良く質量分析計の外部に引き出す。この様にする事により、検出器に到達するイオンのm/zが136である事が明らかであるので、ステップ208において精密な質量選択を行う必要がなくなり、分析時間を短縮できるとともに感度の良い探知が可能となる。この方法は、スクリーニングの際だけではなく、タンデム質量分析法により精査する場合でも有効である。第8図に示す様に、解離を行うステップ209とイオンの排出を行うステップ208との間に、質量分析計内に残るイオンのm/zを選択するステップ210を設ける事で可能になる。
さらに、探知対象物の種類が限定される事から、対象物に関するデータベースをデータ処理装置上に構築しておき、このデータベースを参照しながら探知する方法は極めて有効である。より具体的には、タンデム質量分析法を行う場合、解離時間の長さや、解離時にイオンにエネルギーを与えるためエンドキャップ電極に印可する高周波の振幅などの最適値は対象となる化学物質により異なる。従って、第9図に示すように、各々の探知対象成分に対する最適な分析条件をあらかじめ調べてデータベース化しておき、高速モードで特定の物質の存在が疑われた場合に、精査モードに移る際にデータベースを参照してその物質に対する最適分析条件を読み込むステップ211を設ける。この様にすることにより、フラグメントイオンの良好な質量スペクトルが得られ、精度良く判定する事ができる。例えば、アンフェタミンやコカインなどの様々な禁制薬物に対して、各々の最適の分析条件を調べてデータベース化しておき、アンフェタミンが疑われた場合にはアンフェタミン用の分析条件を、また、コカインが疑われた場合にはコカイン用の分析条件を呼び出して分析するとよい。
以上、探知対象物質をイオン化し、イオンのm/zに基づいてスクリーニングする方法について説明したが、必ずしも質量分離によりイオンのm/zを特定しなくともスクリーニングを行う事ができる。第10図,第11図により、イオン電流値によりスクリーニングを行う本発明の第2の実施例を説明する。第10図はリング電極とエンドキャップ電極に印加する高周波のタイミングを示す。第6図に示したように、イオン閉じ込め時間302とイオン選択時間304を順に設けても良いが、第10図では、イオン閉じ込めと選択を同時に行う閉じ込め・選択時間302、304を設けた。第11図は、閉じ込め・選択時間302、304にエンドキャップ電極に印可する高周波の周波数を示す。イオントラップ質量分析計の内部に閉じ込められたイオンは、そのm/zに応じて共鳴し易い周波数を有する。そこで、探知対象とする物質のイオンのm/zに対応した周波数(f1、f2、f3)を含まず、それ以外の周波数成分を含んだ信号を印可すると、閉じ込め・選択時間302、304では着目するm/zを有するイオンだけが閉じ込められる。次に、イオン排出時間306を設け、質量分析計内に残っているイオンを排出させ、検出器で検出する。ここで、何らかの信号が得られた場合には、警報を発するなり、より詳しい精査モードに移行するなりすればよい。この方法では、質量分析に要する時間が不用になるため、より高速でスクリーニングを行う事ができる。
次に、爆発物の探知に有効な、本発明の第3の実施例について、第12図、第13図を用いて説明する。爆薬が解離して得られるニトロ基由来のイオンでスクリーニングする方法である。ニトロ化合物はエネルギーを加えると分解しやすく、ニトロ基の部分が解離しやすい傾向がある。このため、第12図に示したように、イオン閉じ込めと解離とを同時に行う閉じ込め・解離時間302、305を設ける。第13図は、閉じ込め・解離時間302、305にエンドキャップ電極に印可する高周波の周波数を示す。探知対象とする物質のイオンのm/zに対応した周波数(f1、f2、f3)を含み、検出するニトロ基由来のイオンのm/zに対応した周波数(f4)を含まない信号を微弱ながらエンドキャップ電極に印可する。探知対象とする爆薬のイオンが閉じ込められると、エンドキャップ電極に印可された高周波により共鳴し、エネルギーが与えられてヘリウムなどのガスと衝突する。その際にニトロ基が解離するので、この解離したニトロ基由来のイオン、例えばNO を分析時間303において検出することでスクリーニングを行う事ができる。この方法の利点は、探知対象としていた物質以外のニトロ化合物が含まれていたとしても、解離したニトロ基を検出するので、発見できる事である。
以上に示した方法において、選択性を更に高めるため、第14図に示したように更に高次の質量分析を行っても良い。すなわち、フラグメントイオンの中から特定のm/zを有するイオンを選択し、そのイオンを解離させて得られるイオンを質量分析するステップ212(これはMS/MS/MSまたはMSと呼ばれる)を設けても良い。このような選択、解離、質量分析の過程は、選択性が満足されるまで繰り返すことができる(一般にMSと呼ばれる)。
本発明において、高速のスクリーニング時と精査時では、探知に要する時間が異なる。そこで、第15図に示す様に、本発明による探知装置を荷物の搬送装置57と組み合わせて使用すると良い。搬送装置57、搬送装置制御装置58、探知装置本体53とを信号ライン59a、59bにて結び付ける。スクリーニング時は一定速度で搬送を行うが、本体53が精査モードに切り替わって数秒の時間をかけて探知を行う場合には、搬送装置57の搬送速度を遅くするなどの制御を行うと良い。
以上、本発明によれば、高速かつ高選択性を有する探知が可能になり、荷物や人の流れを妨げることなく対象物質の有無を調べることができるようになった。
【図面の簡単な説明】
第1図は、本発明の一実施例のアルゴリズムを示す図であり、第2図は、本発明を実施するための装置構成の一例を示す図であり、第3図は、本発明を実施するためのイオン源部の構成の一例を示す図であり、第4図は、本発明を実施するための蒸気採取部の構成の一例を示す図であり、第5図は、本発明の一実施例での電圧印加のタイミングを示す図であり、第6図は、本発明の一実施例でのMS/MS分析の手順を示す図であり、第7図は、本発明の一実施例での分析の手順を示す図であり、第8図は、タンデム質量分析法を示すフローチャート図であり、第9図は、本発明の一実施例のアルゴリズムを示す図であり、第10図は、リング電極とエンドキャップ電極に印加する高周波電圧のタイミングを示す図であり、第11図は、閉じ込め選択時間にエンドキャップ電極印加された電圧の周波数を示す図であり、第12図は、本発明の一実施例でイオン閉じ込めと解離が同時に進行する状況を示す図であり、第13図は、本発明の一実施例でイオン閉じ込めと解離が同時に進行する際のエンドギャプ電極に印加された高周波電圧の周波数を示す図であり、第14図は、本発明の一実施例のアルゴリズムを示す図であり、第15図は、本発明の一実施例の装置構成を示す図であり、第16図は、危険物探知に用いられる従来の質量分析計の構成を示す図である。

Claims (6)

  1. イオントラップ質量分析計を用いた探知方法において、質量スペクトルを取得する第1の分析ステップと、第1の固有のm/zのイオンが存在するか判定する第1の判定ステップと、前記第1の判定ステップの判定結果に応じて分析条件をデータベースから読み込むステップと、タンデム質量分析を行う第2の分析ステップと、第2の固有のm/zのイオンが存在するか判定する第2の判定ステップとを有することを特徴するイオントラップ質量分析計を用いた探知方法。
  2. 前記第2の判定ステップの判定結果に応じて警報を発動する告知ステップを有する請求の範囲第1項記載のイオントラップ質量分析計を用いた探知方法。
  3. 前記第2の分析ステップは、第1の固有のm/zのイオンを閉じ込める閉じ込めステップと、前記閉じ込められたイオンから特定のm/zを有するイオンを選択する選択ステップと、前記選択ステップで選択されたイオンを排出する排出ステップと、を有することを特徴する請求の範囲第1項記載のイオントラップ質量分析計を用いた探知方法。
  4. 前記排出する工程の後に排出したイオンの電流値を計測するステップを付加したことを特徴とする請求の範囲第項記載のイオントラップ質量分析計を用いた探知方法。
  5. 前記第2の分析ステップは、第1の固有のm/zのイオンを閉じ込める閉じ込めステップと、前記閉じ込めたイオンを解離させる解離ステップと、前記イオンの解離により生成されたニトロ基由来のイオンを質量分析する第3の分析ステップからなることを特徴とする請求の範囲第1項記載のイオントラップ質量分析計を用いた探知方法。
  6. チェックすべき対象物を搬送する搬送装置と、前記搬送装置の搬送速度を制御する搬送装置制御装置と、前記対象物に由来するガスを吸引するガス吸引部と、コロナ放電により前記ガスに含まれる試料をイオン化するイオン源と、前記イオン源で生成されたイオンに対し第1の質量分析を行うイオントラップ質量分析計と、質量分析の分析データに基づき危険物質を判定するデータ処理部とを具備し、前記第1の質量分析による分析データにより前記ガスに危険物質が含まれていると判定された場合には、前記搬送装置制御装置は前記データ処理部からの信号に基づき前記搬送装置の搬送速度を低減し、前記データ処理部は前記イオントラップ質量分析計に対しタンデム質量分析による第2の質量分析を実行させることを特徴とする探知装置。
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