JP3881935B2 - エリンギ新菌株およびエリンギ新菌株の育種法 - Google Patents
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Description
【産業上の利用分野】
本発明は、エリンギ新菌株およびエリンギ新菌株の育種法に関し、詳しくは胞子形成能のない子実体を形成するエリンギ新菌株およびエリンギ新菌株の育種法に関する。
【0002】
【従来の技術】
「エリンギ(Pleurotus eryngii)」と呼ばれているヒラタケ属の一種である食用キノコは、わが国に自生しているキノコではないが、近年、消費量が急激に増加しており、わが国においても栽培されるようになってきている。
エリンギは、一般に、15〜20℃の温度条件、80〜90%の相対湿度の環境下で栽培させるわけであるが、殆どが、容器内に充填させてなるエリンギの菌糸を蔓延させた菌床を人工的に栽培する方法が行われている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、エリンギは、子実体から発生する胞子の量が、他のキノコと比べると非常に多いため、たとえば、エリンギを栽培している室内の空調機器に胞子が付着して故障の原因となってしまったり、胞子がエリンギを栽培する菌床の表面を覆ってしまい新たにエリンギが発生しにくくなってしまったりするなどの問題があった。
【0004】
また、エリンギは、本来わが国に生育していないキノコであるため、その胞子がエリンギを栽培している室外に飛散してしまうと、わが国の生態系に何らかの悪影響を引き起こしてしまうことも考えられる。
さらに、エリンギの胞子が、キノコ栽培をしている作業者にとって、アレルギーを引き起こす基(アレルゲン)として作用し、いわゆる花粉症などの症状を引き起こすことも考えられる。
【0005】
そこで、本発明は、上述した問題を鑑みてなされ、様々な問題を引き起こす原因とされる胞子を全く出さないエリンギの新菌株を提供するとともに、このエリンギ新菌株の育種法を提供することを目的としている。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、このような課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、キノコの細胞には核および細胞質内のミトコンドリア等に存在する遺伝子が、エリンギ子実体の胞子形成能など種々の細胞機能調節に関与しているものと推定し、エリンギ親株の組織をプロトプラスト化処理し、この処理により得られたプロトプラストを人工変異処理して、核および細胞質の遺伝子を変異させることで、胞子形成能のない子実体を形成するエリンギ新菌株が得られることを見出した。
また、上記エリンギ新菌株と、他のエリンギ菌株とを交配させたとき、胞子欠損性変異が優性的に発現して、無胞子性の品種をつくることができることを見出した。
本発明は、上記知見に基づいてなされたものである。
【0007】
まず、本発明の請求項1及び請求項2にかかるエリンギ新菌株(以下、「請求項1、及び請求項2のエリンギ新菌株」と記す。)は、エリンギの培養菌糸体をプロトプラスト化処理し、このプロトプラストに照射後の生存率が1〜3%となる強度の紫外線を照射する人工変異処理を施して、プロトプラスト内の遺伝子が変異した変異プロトプラストを形成したのち、この変異プロトプラストを暗黒下で培養することによって再生したコロニーの中からクランプを有する菌糸体を選別することにより得られたもののうち、無胞子性のものである。
【0008】
上記構成においてプロトプラスト化処理するエリンギの種類としては、特に限定されず、野生株または市販されている在来の栽培エリンギ品種株のどちらであっても構わない。また、プロトプラスト化処理するエリンギの組織としては、培養菌糸体である。
【0009】
これは、培養菌糸体を用いるようにすると、プロトプラスト化の操作が容易であり、安定してプロトプラストを得ることができるからである。
本発明においてエリンギの菌糸体を得る方法としては、エリンギ菌が必要とする栄養源を含む液体栄養培地、固体栄養培地にエリンギ菌を接種培養し、該培養物より菌糸体を分離することにより行われる。
【0010】
また、プロトプラスト化処理の方法としては、たとえば、細胞壁溶解酵素を含む酵素溶液により、エリンギ組織の細胞壁を溶解させる処理などが挙げられる。このとき、酵素溶液は、浸透圧調整剤や緩衝溶液などを含有していても構わない。
上述した細胞壁溶解酵素としては、公知のものを使用すればよく、特に限定されないが、たとえば、エリンギに使用する場合、β−1,3−グルカナーゼ、キチナーゼなどが挙げられる。また、細胞壁溶解酵素として、上述した二つの酵素活性を同時に有する市販酵素を用いてもよい。二つの酵素を併用するときは、エリンギのプロトプラストの形成率を著しく高めることができるので好ましい。
浸透圧調整剤としては、特に限定されないが、たとえば、マニトールやシュクロースなどが挙げられる。
緩衝液材としては、特に限定されないが、たとえば、マレイン酸などが挙げられる。
【0011】
紫外線を照射する人工変異処理とは、適切な強度の紫外線を照射することである。これは、操作が非常に容易であるのに加えて、エリンギの組織をプロトプラスト化処理して得られたプロトプラストを高い確率で突然変異させることができるからである。
【0012】
また、上述した適切な強度とは、プロトプラストの生存率が1〜3%程度、好ましく3%程度となるような強度である。具体的な紫外線照射処理の条件としては、照射する紫外線の強度が5〜20ワット、紫外線を照射する照射源とプロトプラストとの距離が5〜20cm、紫外線の照射時間が10〜30秒程度である。
【0013】
すなわち、上述した範囲よりも生存率が少ないと、殆どが致死状態にあることとなり、その後培養してサンプルを作成する作業の効率が悪くなってしまう。また、上述した範囲よりも生存率が多いと、突然変異が発生する可能性が低くなり、目的とするエリンギ新菌株を得ることが困難な状態となってしまう。
また、紫外線照射処理を行った後の変異プロトプラストは、再生株を好適に発現させるために、可視光線に当てないようにして、暗黒下、25℃前後で培養する。
【0014】
サンプルは、人工変異処理を行った変異プロトプラストを5〜8日程度、暗黒下で培養することにより再生してきたコロニーを、顕微鏡観察によりクランプの有無を調べ、クランプを保有するコロニーを試験管斜面培地に分離培養したものをさらに培養することで出現した再生株により形成される。
【0015】
このとき再生株を培養する培地としては、特に限定されないが、たとえば、マルト試験管斜面培地、マルト平板培地などが挙げられる。
サンプルの数としては、特に限定されないが、5000個以上用意することが好ましく、特に10000個程度用意することが好ましい。
【0016】
このようにして、選別された無胞子性エリンギ新菌株として、具体的には請求項1及び請求項2に記載のエリンギ新菌株を挙げることができる。
ここで、本発明の請求項1にかかるエリンギ新菌株(以下、「請求項1のエリンギ新菌株」と記す。)は、独立行政法人産業技術総合研究所の特許生物寄託センターに寄託して、FERM P−18859の寄託番号が付与されたエリンギ新菌株である。
【0017】
また、本発明の請求項2にかかるエリンギ新菌株(以下、「請求項2のエリンギ新菌株」と記す。)は、独立行政法人産業技術総合研究所の特許生物寄託センターに寄託して、FERM P−18860の寄託番号が付与されたエリンギ新菌株である。
【0018】
また、本発明の請求項3にかかるエリンギ新菌株(以下、「請求項3のエリンギ新菌株」と記す。)は、請求項1、請求項2に記載のエリンギ新菌株と、他のエリンギ菌株とを交配して得られたもののうち、無胞子性のものである。
【0019】
なお、上記構成において、他のエリンギとは、特に限定されず、野生種のエリンギであっても、人工栽培されているエリンギであってもよく、特に限定されない。
また、無胞子性変異株と、他のエリンギ株とを交配させる方法としては、たとえば、無胞子性変異株をプロトプラスト化処理したプロトプラストと、他のエリンギ株の組織をプロトプラスト化処理したプロトプラストとを対峙培養あるいは細胞融合させる公知の方法で行うことなどが挙げられる。
【0020】
また、本発明の請求項4にかかる無胞子性エリンギ新菌株の育種法(以下、「請求項4の育種法」と記す。)は、エリンギの培養菌糸体をプロトプラスト化処理し、このプロトプラストに照射後の生存率が1〜3%となる強度の紫外線を照射する人工変異処理を施して、プロトプラスト内の遺伝子が変異した変異プロトプラストを得る人工変異処理工程と、前記人工変異処理工程により得られた変異プロトプラストを暗黒下で培養することによって再生したコロニーの中から、クランプを有する菌糸体を選抜分離して、無胞子性変異株を選別する選別工程と、前記無胞子性変異株と他のエリンギ株とを交配させて新たな無胞子性のエリンギ新品種をつくる交配工程と、前記交配工程で得られた無胞子性のエリンギ新品種を育種する育種工程と、を備えているものである。
なお、無胞子性エリンギ新品種の育種は、プロトプラストから再生した菌糸体を公知のエリンギ栽培用の固体栄養培地に接種して育種することで行う。
【0021】
【発明の実施の形態】
以下に本発明の無胞子性エリンギ新菌株を作出する実施の形態を説明する。
〔1〕まず、親株となるエリンギ株として野生型のエリンギ株(奈良県森林技術センター保存株、NPE−010)を用意して、このエリンギ株の培養菌糸体をプロトプラスト化処理してプロトプラストを得る。
このとき、培養菌糸体は、エリンギ菌が必要とする栄養源を含む液体栄養培地、固体栄養培地にエリンギ菌を接種培養して、得られた培養物より菌糸体を分離することにより行われる。
【0022】
その液体栄養培地としては、例えば麦芽エキス、酵母エキス、およびグルコースを所定の割合で配合したMYG培地、この他ツアペツク培地、ポテト−ブドウ糖培地などが挙げられる。また炭素源として可溶性澱粉、シュクロース、デキストリン、セルロースなどが挙げられ、窒素源としてペプトン、肉エキス、酵母エキス、大豆粉、ヌカ、フスマ、カゼイン、ポリペプトン、グルテンなど、無機塩として各種リン酸塩、硫酸塩、塩酸塩など、さらに必要によりビタミン類、核酸などを適宜加えた、合成培地、半合成培地を用いてもよい。
【0023】
また固体栄養培地としては、樹脂分が少なくエリンギにより分解され易いスギ、クヌギ、シイ、ブナ、シデ、ホオノキなどの広葉樹から得られたオガコに、米糠、フスマ、コーンコブ、コーンブラン、ビール酵母、ビートパルプ、コットンシードハル等の栄養剤、あるいは市販の培地栄養剤などを単独あるいは二種以上を混合し、これに加水しエリンギ菌糸の生育に好適な水分に調整した人工培養基、あるいは小麦、トウモロコシ、粟、稗等の穀類を粉砕した後に加水し水分を調整した天然培地が挙げられる。
【0024】
液体培養は、15〜30℃、好ましくは25℃前後で、3〜5日間静置培養、振盪培養、または通気培養等の好気的培養を行うようにすることが好ましい。固体培養は、15〜30℃好ましくは22〜26℃で30〜40日間培養することが好ましい。
上記培養は、液体培養、固体培養ともに暗黒下で行うことが望ましい。
【0025】
そして、菌糸体を得る方法としては、特に限定されないが、たとえば液体培養物から菌糸体を得る方法としては、該培養物をガーゼ、綿等のメッシュで濾過するかまたは遠心分離して、培養菌糸体を集める方法が挙げられる。
このとき、培養菌糸体は、プロトプラスト化処理する前に、滅菌水やマニトール液で遠心洗浄しておくことが望ましい。
【0026】
また、固体培養物から菌糸体を得る方法としては、該培養基の表面に形成された菌糸塊をナイフ等で切り取り採取する方法が挙げられる。
【0027】
プロトプラスト化処理は、培養菌糸体を細胞壁溶解酵素液中に浸漬させて処理することにより行う。
細胞壁溶解酵素としては、セルラーゼオノヅカRSなどのβ−1,3−グルカナーゼやキチナーゼを使用する。このとき、細胞壁溶解酵素として、上述した二つの酵素活性を同時に有する市販酵素を用いてもよい。二つの酵素を併用すると、エリンギのプロトプラストの形成率を著しく高めることができるのでより好ましい。
【0028】
また、プロトプラスト化処理されたものからプロトプラストを集菌するには、プロトプラスト化処理液をナイロンメッシュ、ガラスフィルター(G1またはG2)などで濾過し、濾液そのままか、これにマニトールを加え遠心分離して沈殿させることにより行う方法が一般的である。
勿論、他の公知の方法によりプロトプラストを集菌するようにしても構わない。
【0029】
〔2〕上述した操作により得られたプロトプラストをマニトール液に溶解させた状態で、人工変異処理として、紫外線照射を行い、プロトプラスト内の核および細胞質に含まれる遺伝子を突然変異させ変異プロトプラストを得る。
紫外線照射の条件としては、紫外線強度が5〜10ワットの紫外線ランプを使用して、この紫外線ランプとプロトプラストとの距離が5〜20cm、照射時間10〜30秒で行うようにする。これにより、プロトプラストの生存率が1〜3%程度になる。
【0030】
〔3〕上記操作により得られた変異プロトプラストを、暗黒下25℃で培養して、再生してきたコロニーを無作為にマルト平板培地にシャーレ一つにつき25個程度分離し、25℃で4日間培養した後、顕微鏡観察でクランプの有無を調べる。そして、クランプを保有するコロニーを、さらにマルト試験管斜面培地に分離して、さらに培養したものをサンプルとして使用する。
【0031】
サンプルは、約10,000個程度のサンプルを調整し、このサンプルを目的に沿った方法で培養し、再生してきた菌糸体を、樹脂分が少なくエリンギにより分解され易いスギあるいはブナなどのオガコに、米糠、フスマ、コーンコブ、コーンブラン、ビール酵母、ビートパルプ、コットンシードハル等の栄養剤、あるいは市販の培地栄養剤などを単独あるいは二種以上を混合した固体栄養培地に接種・培養することにより子実体形成を促し、この中で最も目的に沿った胞子形成能を有さない子実体を形成する無胞子性変異株を選別する。
【0032】
固体栄養培地での菌糸体の培養は、22〜26℃で30〜40日間での培養後、15〜20℃の温度条件、80〜90%の相対湿度、100〜500Luxの照度、800〜3000ppmのCO2濃度の条件下で子実体形成を促すようにして行う。
このなかで、特に優れた品質を有する無胞子性のエリンギ株の二つを、独立行政法人産業技術総合研究所の特許生物寄託センターに寄託したところ、FERM P−18859、FERM P−18860の寄託番号が付与された。
【0033】
〔4〕上記寄託株は、他のエリンギ株と交配させた新菌株を育種したとき、胞子欠損性変異が優性的に発現して、得られる新しいエリンギ品種として無胞子性のエリンギ品種をつくることができる。
上記交配は、寄託株の菌糸体を上述したのと同様の方法でプロトプラスト化処理して、二核菌糸体を構成するそれぞれの核(A核およびB核)から胞子欠損性変異の遺伝情報を有する一核(A核)を有するプロトプラストを分離し、これを他のエリンギの菌糸体と対峙培養することにより行う。
【0034】
このときの新しいエリンギ品種の育成は、まず、上述した〔3〕の操作と同様に、プロトプラストから再生した菌糸体をスギあるいはブナなどのオガコに、米糠、フスマ、コーンコブ、コーンブラン、ビール酵母、ビートパルプ、コットンシールハル等の栄養剤、あるいは市販の培地栄養剤などを単独あるいは二種以上を混合した固体栄養培地に接種・培養することにより行う。
固体栄養培地での育種条件は、上述した〔3〕の操作と同じである。
【0035】
以上の操作により得られたエリンギ新菌株は、子実体を形成させたとき、この子実体が胞子形成能を有していないため、エリンギ栽培時に胞子が飛散することがおこらず、エリンギを栽培する作業者に対して、いわゆる花粉症などのような諸症状を引き起こさせるおそれがなくなり、また、もともとわが国に存在しなかったエリンギの胞子がわが国の生態系へ悪影響を与えるおそれもなくなる。
【0036】
また、このエリンギ新菌株は、他のエリンギ(従来、わが国で栽培されていた品種や野生種)と交配させたときであっても、胞子欠損性変異を優性的に発現させるため、さらに子実体の形状や大きさ、品質を向上させる際にも、胞子を発生させないエリンギ新菌株を作り出すことができる。
【0037】
【実施例】
以下に本発明にかかるエリンギ新菌株が生み出されるまでの過程、およびエリンギ新菌株の育種法の1実施例を説明する。
〔1〕菌糸体の前培養
ストックカルチャーから切り取った0.5cm四方の野生株のエリンギ菌糸寒天片を、15mlのMYG培地(麦芽エキス(malt extract)2%、酵母エキス(yeast extract)0.2%、グルコース(glucose)2%)を含む100mlフラスコに1個づつ接種後、25℃暗黒下で菌糸が培地表面を覆うようになるまで7〜8日培養した。
【0038】
〔2〕プロトプラスト作出用菌糸体の培養
上述した〔1〕工程で得られた菌糸体を培地ごと約10,000rpmで10秒間ホモジナイズして良く撹拌した後、15mlのMYG培地を含む100mlフラスコ1本あたり1mlづつ接種して、25℃暗黒下で2.5〜3日間静置培養した。この培養で得られる菌糸体量は、フラスコ1本あたり50〜100mg程度であった。
【0039】
〔3〕プロトプラストの作成
プロトプラストを作成するために以下の処理を行った。このとき、汚染を防ぐため、作業は出来る限りクリーンベンチ内で行った。
1)培養菌糸体の洗浄処理
培養菌糸体を培地ごと滅菌済スピッツ型50mlガラス遠心管に流し込み、3,000rpmで5分間遠心して菌糸体を沈殿させた。
その後、上澄み液を捨て、滅菌水で一度遠心洗浄した。
【0040】
続いて、洗浄後の滅菌水を捨て、滅菌済み0.6Mマニトール液でさらに一度遠心洗浄し、洗浄後のマニトール液を捨てることで沈殿菌糸体を得た。
なお、上記滅菌水、滅菌済みマニトール液は、120℃で20分間オートクレーブすることにより滅菌を行った。
また、マニトール液は、pH調整を特に行わなかった。
【0041】
2)細胞壁溶解酵素液の準備
0.6Mマニトール液にSigma社製Lysing emzymes(コードNo.:L−2265、Trichoderma harzianum由来)を1%、さらに和光純薬製Chitinaseを0.3%になるように加え、良く溶かした(酵素量は菌糸体50mgに対し1ml)後、ミリポアーフィルター(孔径0.45ミクロン)で濾過滅菌することで細胞壁溶解酵素液を作成した。
【0042】
3)プロトプラストの作成(酵素処理)
上記2)工程で作成した細胞壁溶解酵素液を、上記1)工程で処理した洗浄済み沈殿菌糸体の入ったガラス遠心管に加え、手で軽く振り混ぜながら菌糸体をほぐした後、ガラス遠心管を28℃に調整した恒温槽に入れ、1時間軽く振騰しながら処理した。
【0043】
4)プロトプラストの精製
上記3)工程により酵素処理を行った後のガラス遠心管内に約10mlのマニトール液(0.6M)を加え、手で軽く液を混ぜるようにして、菌糸体間にトラップされたプロトプラストを遊離させた後、滅菌済みのガラスフィルターで濾過し未消化菌糸片を取り除いた。
その後、プロトプラストを含んだ濾液を2,000rpmで6分間遠心して、プロトプラストをガラス遠心管の底に沈殿させ、上澄み液をプロトプラストが流れ出ないようにガラス遠心管から捨てた。
【0044】
次に、20mlの0.6Mマニトール液をガラス遠心管に加えて、手で丁寧に振り混ぜプロトプラストを液中に拡散させた。
次に、同様の遠心操作を行うことで洗浄を行った後、上澄み液を捨てた後のガラス遠心管に5mlの0.6Mマニトール液を加えて上述したのと同様にプロトプラストをよく拡散させ、この中から極少量を無菌的に取り出し、血球計算盤を用いて、プロトプラスト数を計算した。
以上の操作を行うことにより、100mgの菌糸体から、1〜2×108程度のプロトプラストを得ることができることが分かった。
【0045】
〔4〕プロトプラストの人工変異処理
上記工程により得られた精製プロトプラスト液を、0.6Mマニトール液に溶解して、濃度が4〜5×106個/mlとなるように調整した後、複数のシャーレ再生用培地に0.1mlづつ均一に塗布するように接種を行った。
接種を行った後、暗黒内にて10ワットの紫外線ランプ(ナショナル:GL−10殺菌灯)を用い約10cmの距離から17秒、20秒、22秒のいずれかの時間照射して変異処理を行った。
このときの生存率は、17秒の照射で約3%、20秒の照射で約2%、22秒の照射で約1%となった。
【0046】
〔5〕無胞子性変異株の選別
上記〔4〕に示した処理を行った後の変異プロトプラストを可視光線に当てないようにして、暗黒下、25℃で10日間培養することで再生してきたコロニーを無作為にマルト平板培地にシャーレ毎25個程度分離し、25℃で4日間培養した後、顕微鏡観察でクランプの有無を調べた。クランプを保有するコロニーをマルト試験管培地に分離し、培養してサンプルとした。
【0047】
上記サンプルを10,000個程度調整して、それぞれのサンプルを培養して再生してきた変異体の中から、無胞子性変異株のみを選別取得した。
選別取得した無胞子性変異株を独立行政法人産業技術総合研究所の特許生物寄託センターに寄託したところ、FERM P−18859、FERM P−18860の寄託番号が付与された。
【0048】
なお、上記サンプルの培養(プロトプラストの再生のための培養)は、以下のようにして行った。
まず、上記〔4〕に示した処理を行った後の変異プロトプラストを直ちに0.6Mマニトール液で2回遠心洗浄をした後、適当量の0.6Mマニトール液に溶解して、再生用培地に播種した。
【0049】
播種法としては、寒天表面に塗布する方法と0.5%寒天加用再生培地(煮沸溶解後41℃に保温したもの)で積層する方法の2通りの方法を行った。
また、播種した再生用培地は、25℃、暗黒下の条件で約1週間培養して、再生してきたコロニーのうち大きめのものを中心にMYG平板寒天培地に、1枚のシャーレに25個のコロニーが形成されるように拾い上げた。
その後、3〜4日培養後、これらのコロニーを顕微鏡観察し、クランプを有するものだけを試験管斜面MYG培地に再移植して、変異体検出のための実験材料とした。
【0050】
上述した再生用培地としては、以下の組成の0.5Mスクロース加用半合成寒天再生培地を使用した。
1)カザミノ酸:2g
2)グルコース:20g
3)MgSO4・7H2O:0.5g
4)KH2PO4:1g
5)CaCl2・2H2O:0.1g
6)FeSO4・7H2O:1mg
7)ZnSO4・7H2O:0.9mg
8)MnSO4・4H2O:0.8mg
9)H3BO3:1mg
10)CuSO4・5H2O:0.15mg
11)Co(NO3)2:0.1mg
12)(NH4)6MO7O24・6H2O:0.2mg
13)チアミン塩酸塩:0.1mg
14)アデニン塩酸塩:5mg
【0051】
以上を蒸留水1lに溶解し、pHを6.0に調整した。
なお、上記組成の6)から12)までのものは1000倍水溶液、13)は80%エタノールで1000倍溶液としてそれぞれ作成しておき、培地作成の際に1mlづつ添加するようにすると便利であった。
15)浸透圧調整剤として0.5Mスクロースを添加
16)寒天粉末15g(下層培地)あるいは5g(上層培地)を添加溶解して、10mlあるいは5mlづつ分注し、20分オートクレーブして滅菌した。
【0052】
〔6〕新たな胞子欠損性変異株の育種
上述した〔5〕の工程で選別した胞子欠損性変異株の菌糸体から、上述した〔1〕〜〔3〕の工程で記載したのと同様の方法でプロトプラストを作成して、このプロトプラストから分離した変異の生じた一核菌糸を、他のエリンギ品種(野生株:品種名ドイツ、ATCC90212、WC827)の菌糸体から作成したプロトプラストあるいは一核菌糸体と交配させることにより新たなエリンギ新品種を育種した。
このとき、エリンギ新品種は、育種して得られた子実体が胞子形成能を有さないものであり、〔5〕の工程で選別した胞子欠損性変異株が胞子欠損性変異を優性的に発現させることが分かった。
【0053】
以上の操作により得られた胞子欠損性変異株および、この胞子欠損性変異株を他のエリンギ株と交配させて得られたエリンギ新品種は、培養して子実体を形成させたとき、この子実体から胞子を全く出すことがなかった。また、子実体の大きさや品質、収穫量などは、従来のエリンギ子実体と変わりないものであった。
【0054】
【発明の効果】
本発明の請求項1〜請求項3にかかるエリンギ新菌株は、子実体が胞子形成能を有さないため、エリンギの胞子がキノコ栽培をしている作業者に対してアレルゲンとして作用して、いわゆる花粉症などの養生を引き起こしたり、エリンギ子実体から発生する胞子により生態系に何らかの悪影響を及ぼしたりすることなくエリンギを栽培することが可能となる。
【0055】
また、本発明の請求項4にかかるエリンギ新菌株の育種法を行うと、胞子形成能を有さない子実体を形成するエリンギ新菌株を優性的に発現させることができる。
したがって、上述したようにエリンギの胞子がキノコ栽培をしている作業者に対してアレルゲンとして作用して、いわゆる花粉症などの養生を引き起こしたり、エリンギ子実体から発生する胞子により生態系に何らかの悪影響を及ぼしたりすることなくエリンギを栽培することが可能となる。
Claims (4)
- 寄託番号が、FERM P−18859であるエリンギ新菌株。
- 寄託番号が、FERM P−18860であるエリンギ新菌株。
- 請求項1、請求項2に記載のエリンギ新菌株と、他のエリンギ菌株とを交配して得られる無胞子性エリンギ新菌株。
- エリンギの培養菌糸体をプロトプラスト化処理し、このプロトプラストに照射後の生存率が1〜3%となる強度の紫外線を照射する人工変異処理を施して、プロトプラスト内の遺伝子が変異した変異プロトプラストを得る人工変異処理工程と、
前記人工変異処理工程により得られた変異プロトプラストを暗黒下で培養することによって再生したコロニーの中から、クランプを有する菌糸体を選抜分離して、無胞子性変異株を選別する選別工程と、
前記無胞子性変異株と他のエリンギ株とを交配させて新たな無胞子性のエリンギ新品種をつくる交配工程と、
前記交配工程で得られた無胞子性のエリンギ新品種を育種する育種工程と、
を備えている無胞子性エリンギ新菌株の育種法。
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