JP3877839B2 - 耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤ - Google Patents

耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤ Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤに関し、特には、軟鋼、耐候性鋼、低合金鋼、高張力鋼等の鋼の溶接に用いられる耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤに関する技術分野に属する。
【0002】
【従来の技術】
現在、スラグ形成剤等のフラックスを軟鋼材よりなる外皮で包み、該外皮の内部に充填してなるフラックス入り溶接ワイヤは、鋼の溶接用の溶接ワイヤとして一般的に使用されており、その殆どが自動あるいは半自動溶接法で使用されている。かかる溶接ワイヤには、溶接時の送給安定性、耐スパッタ性、通電性、アーク安定性あるいは保存時の耐錆性の観点から、種々の元素の合金化や様々な表面処理が施されている。
【0003】
ところで、溶接ワイヤに錆が発生すると美観上の問題があるのみでなく、送給不良の原因となり、それにより作業効率が著しく低下するため、溶接ワイヤの耐錆性の向上は非常に重要な技術的課題である。
【0004】
かかる溶接ワイヤの耐錆性の向上のための技術として、下記の如き技術が提案されている。
【0005】
(1) フッ素樹脂を0.5 〜99.5%含む送給潤滑剤をワイヤの表面に形成させる方法(特公昭51-43987号公報)。
(2) ワイヤ表面に油溶性アミン及び防錆油を付着させた溶接ワイヤ(特公昭59-6760 号公報)。
【0006】
また、耐錆性及び送給性の改善のための表面処理として、鋼よりも電気化学的に貴な電位を有し、且つ潤滑性を有する銅をめっきした溶接ワイヤ(以下、銅めっき溶接ワイヤという)も使用されている。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
ところが、溶接ワイヤにおいては、耐錆性のみではなく、通電性や耐スパッタ性等の様々な要求特性があるため、防錆油の使用にも制限があり、防錆油の使用量及び種類にも制限があるので、前記特公昭51-43987号公報や特公昭59-6760 号公報に記載の耐錆性向上技術(1) 〜(2) の如き防錆油による耐錆性向上策は充分ではない。又、防錆油による耐錆性向上策では、何らかの外的要因により防錆油が無くなった部位や防錆油がぬぐい取られた部位では当然に防錆効果は得られず、発錆が起こる。加えて、溶接作業は一般的に海浜地域(例えば、造船業)等の如く発錆の起きやすい環境で多く行われる傾向にあるため、防錆油による耐錆性向上効果のみでは不充分であり、抜本的改善策が要望されている。
【0008】
又、前記銅めっき溶接ワイヤにおいては、めっき表面に銅めっきのピンホール部等の如く溶接ワイヤ素地(鉄あるいは鋼)が露出した部分が存在すると、ガルバニック腐食により溶接ワイヤ素地(鉄あるいは鋼)が激しく腐食するため、銅めっき溶接ワイヤはかえって耐錆性に劣る場合があり、従って、信頼性に乏しく、安心して使用できないという欠点がある。
【0009】
本発明はかかる事情に着目してなされたものであって、その目的は前記従来の技術の有する問題点を解消し、防錆油の塗油や銅めっきを適用せず、それら適用の場合での如き耐スパッタ性や通電性等の低下を招くことなく、また、耐錆性の信頼性の低下を来すことなく、優れた耐錆性を有し得る、耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤを提供しようとするものである。
【0010】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するために、本発明に係るフラックス入り溶接ワイヤは、請求項1〜記載の耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤとしており、それは次のような構成としたものである。即ち、請求項1記載の耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤは、C:0.01〜0.20質量%、Si:0.01〜1.00質量%、Mn:0.01〜2.00質量%、S:0.005 〜0.03質量%、Zr又は/及びTi:0.01〜0.50質量%、P:0.001 〜0.10質量%、Cu:0.01〜1.00質量%、Ni:0.01〜1.00質量%を含有し、さらに Ca La Ce から選ばれる少なくとも1種の元素を 0.0005 0.05 質量%含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる外皮でフラックスを包んでなる耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤである(第1発明)。
【0011】
請求項2記載の耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤは、前記Zr又は/及びTi:0.01〜0.50質量%がZr:0.01〜0.50質量%である請求項1記載の耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤである(第2発明)。即ち、C:0.01〜0.20質量%、Si:0.01〜1.00質量%、Mn:0.01〜2.00質量%、S:0.005 〜0.03質量%、Zr:0.01〜0.50質量%、P:0.001 〜0.10質量%、Cu:0.01〜1.00質量%、Ni:0.01〜1.00質量%を含有し、さらに Ca La Ce から選ばれる少なくとも1種の元素を 0.0005 0.05 質量%含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる外皮でフラックスを包んでなる耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤである。
【0012】
請求項3記載の耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤは、前記Zr又は/及びTi:0.01〜0.50質量%がZr及びTi:0.01〜0.50質量%である請求項1記載の耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤである(第3発明)。即ち、C:0.01〜0.20質量%、Si:0.01〜1.00質量%、Mn:0.01〜2.00質量%、S:0.005 〜0.03質量%、Zr及びTiの合計量:0.01〜0.50質量%、P:0.001 〜0.10質量%、Cu:0.01〜1.00質量%、Ni:0.01〜1.00質量%を含有し、さらに Ca La Ce から選ばれる少なくとも1種の元素を 0.0005 0.05 質量%含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる外皮でフラックスを包んでなる耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤである。
【0013】
【0014】
【発明の実施の形態】
本発明は例えば次のようにして実施する。
C:0.01〜0.20質量%、Si:0.01〜1.00質量%、Mn:0.01〜2.00質量%、S:0.005 〜0.03質量%、Zr又は/及びTi:0.01〜0.50質量%、P:0.001 〜0.10質量%、Cu:0.01〜1.00質量%、Ni:0.01〜1.00質量%を含有し、さらに Ca La Ce から選ばれる少なくとも1種の元素を 0.0005 0.05 質量%含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる組成の鋼よりなるフープ板を製作し、このフープ板を細管状に成型加工すると共に、該管(外皮)でフラックスを包み、該管(外皮)の内部にフラックスを充填した後、これを成型伸線、仕上伸線する。これにより、本発明に係るフラックス入り溶接ワイヤの一例に相当するフラックス入り溶接ワイヤが得られる。即ち、上記組成の外皮でフラックスを包んでなるフラックス入り溶接ワイヤが得られる。このようにして得られたフラックス入り溶接ワイヤは、通常、表面処理(送給潤滑油塗布など)が施されてから、溶接に用いられる。
【0015】
本発明に係るフラックス入り溶接ワイヤは、前述の如き構成を有しており、それに起因して耐錆性に優れている。この詳細を以下説明する。
【0016】
フラックス入り溶接ワイヤの鉄錆発生は、大気中において溶接ワイヤ表面に形成された薄い水膜あるいは水滴内での電気化学反応によるものであると解釈することができる。このとき、電気化学的な不均一部、例えばフェライトとセメンタイト、あるいは結晶粒界や介在物と粒内生地部とがミクロ電池を形成し、電気化学的に卑である部分からFeがFe2+となり溶解し、鉄錆となることが一般的に知られている。
【0017】
ところで、素地(マトリックス)のFeと反応性の高いSは、鋼中に添加すれば低融点化合物である硫化鉄(FeS やFeS2)を容易に形成する。よって、フラックス入り溶接ワイヤの外皮(鋼又は鉄)材中にSを添加すると、外皮内(外皮表面を含む)に硫化鉄が形成され、外皮表面あるいは表層部の硫化鉄により溶接時のアーク安定性が向上し、溶接作業を円滑に行い得るようになるので、Sは硫化鉄となって溶接時のアーク安定性向上に寄与する有益な添加元素である。
【0018】
しかしながら、Sは溶接部の脆化や溶接割れを招く元素であり、又、硫化鉄となって鋼の電気化学的不均一性を増大させてミクロ電池の形成を促進し、ひいては溶接ワイヤの耐錆性を劣化させるので、かかる点においてSは極めて有害な元素でもある。
【0019】
そこで、かかるSの有害性を無害化して溶接ワイヤの耐錆性を向上するため、Sを添加すると共に種々の元素を添加した種々の組成の鋼よりなる外皮を有するフラックス入り溶接ワイヤを製作し、それらの溶接ワイヤについて耐錆性を克明に調査し、又、ワイヤの強度、靱性等の機械的性質や、溶接時の送給安定性、通電性、アーク安定性、耐スパッタ性等の溶接作業性を調べ、更に、溶接後の溶接部の強度、靱性等の機械的性質や耐食性を調べた。
【0020】
その結果、Zr又は/及びTi(即ち、Zr、Tiの1種又は2種)、及び、Cuを添加することにより、Sの有益性を損なうことなく、Sの有害性を無害化して溶接ワイヤの耐錆性を向上することができるという知見が得られた。
【0021】
即ち、ZrやTiは、鋼中において形成された硫化鉄の一部と反応し、硫化物(ZrS やTiS)を形成し、この硫化物(ZrS やTiS )は鋼中で微細析出すると同時に、残部の硫化鉄(ZrやTiと反応せず、残った硫化鉄)も微細分散させる。このように微細析出した硫化物(ZrSやTiS )や微細分散した硫化鉄は、ミクロ電池を形成し難いので、溶接ワイヤの耐錆性を劣化させない。つまり、ZrやTiは、前記の如きSの有害性(即ち、硫化鉄となって鋼の電気化学的不均一性を増大させてミクロ電池の形成を促進し、ひいては溶接ワイヤの耐錆性を劣化させるというSの有害性)を無害化し、鋼の電気化学的不均一性を低下させ、ミクロ電池を形成し難くし、ひいては溶接ワイヤの耐錆性を向上させ得ることがわかった。
【0022】
また、Cuは、ZrやTiの場合と同様、鋼中においてSの一部と反応し、硫化物を形成し、この硫化物は鋼中で微細析出すると同時に、残部の硫化鉄も微細分散させ、そのため、Zr及びTiの場合と同様、Sの有害性を無害化し、ミクロ電池を形成し難くし、ひいては溶接ワイヤの耐錆性を向上させ得ることがわかった。更には、Cuは鋼表面に緻密で安定な皮膜を形成して耐錆性を向上させる効果もあることがわかった。
【0023】
このとき、Sや硫化鉄は、上記の如く、一部はCuやZr、Tiの硫化物となるが、その他のもの(残部)は微細分散した硫化鉄となって鋼中に存在するので、この微細分散した硫化鉄は溶接ワイヤの外皮表面あるいは表層部にも存在し、それにより、充分に必要なアーク安定性が得られることがわかった。つまり、硫化鉄となって溶接時のアーク安定性向上に寄与するというSの有益性を損なわず、充分に優れたアーク安定性を確保し得ることがわかった。
【0024】
更に、P及びNiを添加することにより、溶接ワイヤの耐錆性を向上することができ、充分に優れた耐錆性を有し得る溶接ワイヤとなることがわかった。即ち、Pは、大気環境で鋼表面に付着して形成される水膜中あるいは水滴中へ溶解し易く、溶解の際にリン酸塩を形成し、このリン酸塩が腐食の反応障壁となり、インヒビターとして作用するため、溶接ワイヤの耐錆性を向上させ得ることがわかった。又、Niは、フェライト中に固溶して陽極活性度を低下させて、発錆の腐食反応を抑制するため、溶接ワイヤの耐錆性を向上させ得ることがわかった。
【0025】
そして、上記の如き優れた作用効果を奏するための元素の添加量は、Sは0.005 〜0.03質量%、ZrやTiはZr又は/及びTiで0.01〜0.50質量%〔即ち、Zr、Tiの中のZrのみ添加する場合、Zr:0.01〜0.50質量%、Tiのみ添加する場合、Ti:0.01〜0.50質量%、Zr及びTiの両方を添加する場合、それらの合計量(Zr+Ti)で0.01〜0.50質量%〕、Pは0.001 〜0.10質量%、Cuは0.01〜1.00質量%、Niは0.01〜1.00質量%とする必要があるという知見が得られた。更に、後述のように、上記の添加元素に加えて、さらに Ca La Ce から選ばれる少なくとも1種の元素を 0.0005 0.05 質量%添加すると、溶接ワイヤの耐錆性をより向上し得るという知見が得られた。
【0026】
そこで、本発明に係るフラックス入り溶接ワイヤは、前述の如く、C:0.01〜0.20質量%、Si:0.01〜1.00質量%、Mn:0.01〜2.00質量%、S:0.005 〜0.03質量%、Zr又は/及びTi:0.01〜0.50質量%、P:0.001 〜0.10質量%、Cu:0.01〜1.00質量%、Ni:0.01〜1.00質量%を含有し、さらに Ca La Ce から選ばれる少なくとも1種の元素を 0.0005 0.05 質量%含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる外皮でフラックスを包んでなるものとしている(第1発明)。
【0027】
従って、前記知見よりして、本発明に係るフラックス入り溶接ワイヤは、硫化鉄となって溶接時のアーク安定性向上に寄与するというSの有益性が損なわれることなく、硫化鉄となってミクロ電池の形成を促進して耐錆性を劣化させるというSの有害性が無害化されて耐錆性が大幅に向上し、極めて優れた耐錆性を有するものである。
【0028】
又、本発明に係るフラックス入り溶接ワイヤは、防錆油の塗油や銅めっきの適用により耐錆性を向上するものではないので、それら適用の場合での如き耐スパッタ性や通電性等の低下を招くことなく、また、耐錆性の信頼性の低下を来すことなく、優れた耐錆性を有することができる。
【0029】
ここで、第1発明での元素量の限定理由を以下説明する。
【0030】
Cは、鋼の機械的強度を向上させる必須元素であり、溶接ワイヤの外皮の強度及び溶接部の強度を確保するために0.01質量%以上とする必要がある。しかし、Cは、鋼組織においてミクロ電池のカソードサイトとなるセメンタイト(Fe3C)を形成するため、溶接ワイヤの耐錆性及び溶接部の耐食性の点からは少ないほうがよく、0.20質量%以下とする必要がある。従って、C:0.01〜0.20質量%としている。
【0031】
Siは、溶接時のアーク安定性剤及び脱酸剤として働き、かつ、溶接ワイヤ及び溶接部の強度を向上させる元素であり、これらの効果を得るために0.01質量%以上添加する必要がある。しかし、過剰に添加すると溶接部の靱性が劣化し、それを避けるために1.00質量%以下とする必要がある。従って、Si:0.01〜1.00質量%としている。
【0032】
Mnは、溶接時の脱酸剤として働き、かつ、溶接ワイヤ及び溶接部の強度を向上させる元素であり、これらの効果を得るために0.01質量%以上添加する必要がある。しかし、Mnは鋼中のSと化合物(MnS )を形成し易く、該化合物は前記セメンタイトの場合と同様にミクロ電池のカソードサイトとなるため、過剰に添加すると溶接ワイヤの耐錆性及び溶接部の耐食性が劣化し、又、溶接部の靱性が劣化するので、それらを避けるために2.00質量%以下とする必要がある。従って、Mn:0.01〜2.00質量%としている。尚、溶接ワイヤの耐錆性及び溶接部の耐食性、及び、溶接部の靱性の点からMn:0.01〜1.00質量%とすることが望ましい。
【0033】
Sは、前述の如く、硫化鉄となって溶接時のアーク安定性向上に寄与する元素であり、この効果を得るために0.005 質量%以上添加する必要がある。一方、Sは、前述の如く、溶接部の脆化、溶接割れ、溶接ワイヤの耐錆性の劣化等の面で有害な元素でもあるが、このSの有害性はZr又は/及びTi(Zr、Tiの1種又は2種)及びCuの添加によって無害化される。しかし、Sを過剰に添加すると、上記Zr、Tiの1種又は2種及びCuによる無害化の効果が消失するので、それを避けるためにSは0.03質量%以下とする必要がある。従って、S:0.005 〜0.03質量%としている。
【0034】
ZrやTiは、前述の如く、鋼中において硫化鉄あるいは固溶Sの一部と反応し、硫化物(ZrS やTiS )を形成し、この硫化物(ZrS やTiS)は微細析出すると同時に、残部の硫化鉄も微細分散させる作用を有する。このような微細析出した硫化物(ZrSやTiS)や微細分散した硫化鉄は、ミクロ電池を形成し難いので、溶接ワイヤの耐錆性を劣化させない。又、この硫化物(ZrS やTiS)は、溶接時に容易にスラグ中に分配されるため、溶接部の機械的性質を害することもない。つまり、ZrやTiは、前記Sの有害性を無害化し、溶接ワイヤの耐錆性を向上させる作用効果を有する。このような効果を得るためにZrやTi(Zr又は/及びTi)は0.01質量%以上添加する必要がある。しかし、過剰に添加すると、溶接部の機械的性質が低下して不充分となるので、それを避けるためにZr又は/及びTiは0.50質量%以下とする必要がある。従って、Zr又は/及びTi:0.01〜0.50質量%としている。
【0035】
Pは、前述の如く、大気環境で鋼表面に形成される水膜中あるいは水滴中へ溶解し易く、溶解の際にリン酸塩を形成し、このリン酸塩が腐食の反応障害となり、インヒビターとして作用するため、溶接ワイヤの耐錆性向上に有効である。この効果を得るためにPは0.001 質量%以上添加する必要がある。しかし、0.10質量%超の場合には、溶接部の靱性が劣化し、溶接割れを発生する。従って、P:0.001 〜0.10質量%としている。
【0036】
Cuは、前述の如く、鋼中においてSの一部と反応し、硫化物を形成し、Sの有害性を無害化し、溶接ワイヤの耐錆性を向上させる効果を有する元素である。更に、Cuは鋼表面に緻密で安定な皮膜を形成するため、溶接ワイヤの耐錆性及び溶接部の耐食性の向上に有効である。これらの効果を得るためにCuは0.01質量%以上添加する必要がある。しかし、1.00質量%超の場合には、溶接割れの原因となる。従って、Cu:0.01〜1.00質量%としている。尚、溶接ワイヤの耐錆性及び溶接部の耐食性の点からCu:0.05〜1.00質量%とすることが望ましく、更にはCu:0.15〜1.00質量%とすることが望ましい。
【0037】
Niは、前述の如く、陽極活性度を低下させて溶接ワイヤの耐錆性を向上させる作用効果を有する。又、Niは、フェライト中に固溶することにより靱性を向上させると共に、溶接部の陽極活性度を低下させて耐錆性及び耐食性を向上させる効果を有する元素である。これらの効果を得るためにNiは0.01質量%以上添加する必要がある。しかし、1.00質量%超では添加量の割に上記効果の向上の程度が小さくて上記効果が飽和し、又、Niは高価な元素であることから、Ni:0.01〜1.00質量%としている。尚、溶接ワイヤの耐錆性、溶接部の耐錆性及び耐食性の点からNi:0.05〜1.00質量%とすることが望ましく、更にはNi:0.15〜1.00質量%とすることが望ましい。
【0038】
尚、上記第1発明におけるZr又は/及びTi:0.01〜0.50質量%とは、Zr、Tiの1種又は2種:0.01〜0.50質量%のことであり、より詳細には、Zr量:0.01〜0.50質量%(Zr、Tiの中のZrのみを添加する場合)、Ti:0.01〜0.50質量%(Zr、Tiの中のTiのみを添加する場合)、Zr及びTiの合計量(Zr+Ti):0.01〜0.50質量%(Zr及びTiの両方を添加する場合)のいずれかのことである。
【0039】
第2発明は、上記第1発明におけるZr又は/及びTi:0.01〜0.50質量%を、Zr量:0.01〜0.50質量%に特定したものである。即ち、Zr、Tiの中のZrのみを添加し、そのZr量を0.01〜0.50質量%としたものである。ここで、前述の如きZrやTiの作用効果について、Zrの場合とTiの場合とを比較するに、Zrの場合の方がTiの場合よりも作用効果の程度が大きい。従って、上記第2発明の場合の如くZr又は/及びTi:0.01〜0.50質量%をZr量:0.01〜0.50質量%に特定したものは、Ti量:0.01〜0.50質量%にしたものよりも、Sの有害性を無害化し、溶接ワイヤの耐錆性を向上させる作用効果の程度が大きく、溶接ワイヤの耐錆性が優れている。
【0040】
第3発明は、上記第1発明におけるZr又は/及びTi:0.01〜0.50質量%を、Zr及びTiの合計量(Zr+Ti):0.01〜0.50質量%に特定したものである。換言すれば、第2発明でのZr:0.01〜0.50質量%の中の一部のZrに代えてTiを用い、Zr及びTi:0.01〜0.50質量%としたものである。即ち、Zrと共にTiを、Zr及びTi:0.01〜0.50質量%となるように添加したものである。この第3発明の場合の如くZrと共にTiをZr及びTi:0.01〜0.50質量%となるように添加する方が、第2発明の場合の如くZr:0.01〜0.50質量%となるようにZrを添加するよりも、溶接ワイヤの製造に際してコスト面で有利であり、又、原料の添加技術が簡便であって添加し易く、更に、ZrとTiとの相乗的効果があってZr及びTiの作用効果の方がZrの作用効果よりも大きい。かかる点において第3発明の方が第2発明に比して優れており、従って、第2発明及び第3発明の中では第3発明の方を採用することが望ましい。
【0041】
前記製作された種々の溶接ワイヤについての耐錆性等の調査の結果さらにCa、La、Ceから選ばれる少なくとも1種の元素を0.0005〜0.05質量%添加すると、溶接ワイヤの耐錆性をより向上し得るという知見が得られた。
【0042】
即ち、Ca、La、Ceはいずれも硫化物を形成し易いので、発錆原因である硫化鉄の生成を防止し、そのため耐錆性を向上させる。更には、Ca、La、Ceは大気中において溶接ワイヤ表面に付着した水膜中あるいは水滴中へ容易に溶解し、その水膜や水滴が弱アルカリ性となるため、鉄イオンや塩化物等の加水分解時のpHの低下による溶接ワイヤの素地鉄(鋼)の活性溶解反応促進を防止し、溶接ワイヤの耐錆性及び耐食性を向上させるという作用効果を有する。そして、かかる効果を得るためには、Ca、La、Ceの1種又は2種以上を合計で0.0005質量%添加すればよいが、0.05質量%超にすると酸化物系の介在物が形成され、ワイヤの伸線加工性が低下して不充分となることから、0.0005〜0.05質量%とする必要があることがわかった。
【0043】
従って、さらにCa、La、Ceから選ばれる少なくとも1種の元素を0.0005〜0.05質量%添加する。これにより、溶接ワイヤの耐錆性をより向上し得るようになる(第発明)。
【0044】
尚、上記La、Ceの添加に際しては、それらを含有するミッシュメタルとして添加することもできる。
【0045】
【実施例】
表1及び表2に示す組成の鋼(No.1〜26、No.27 〜31)よりなるフープ板を細管状に成型加工すると共に、該管(外皮)でフラックスを包み、該管(外皮)の内部にフラックスを充填した後、これを成型伸線、仕上伸線し、その後、表面処理(スキンパス、送給潤滑油塗布など)を行い、これによりワイヤ径:1.2mmφのチタニア系フラックス入り溶接ワイヤを製作した。
【0046】
このとき、表3及び表4に示す如く、表面処理の際に No.1以外のワイヤについては、ワイヤ表面に送給潤滑油を塗布したが、No.1のワイヤについては、送給潤滑油を塗布したもの(No.1a )の他に、その送給潤滑油に代えて、フッ素樹脂を30% 含有する潤滑油を塗布したもの(No.1b )、有機インヒビターを0.1%含有する潤滑油を塗布したもの(No.1c )、防錆剤を2% 含有する潤滑油を塗布したもの(No.1d )も製作した。
【0047】
上記のようにして製作されたフラックス入り溶接ワイヤについて、耐錆性評価試験として加速試験及び大気暴露試験を行い、点錆が発生するまでの時間を調べた。ここで、加速試験は、溶接ワイヤを温度50℃、相対湿度80%RH の恒温恒湿雰囲気に保持する方法により行った。
【0048】
又、上記製作のフラックス入り溶接ワイヤの溶接作業性評価試験として、490 N/mm2 級高張力鋼板の突合わせマグ溶接を表5に示す溶接条件で行い、このときのワイヤ送給性、アーク安定性、及び、溶接後に得られた溶接部の性状を調査した。尚、フラックス入り溶接ワイヤとしては、製作後に工場内に1ケ月間放置したものを用いた。
【0049】
上記耐錆性評価試験の結果を表3〜4に示す。この表3〜4からわかる如く、加速試験において、比較例1(1a、1b、1c、1d)、2〜5に係る溶接ワイヤは5〜12日間で点錆が発生しているが、これに対し、本発明の実施例〜21に係る溶接ワイヤはいずれも、14日間経過しても点錆の発生がなく、比較例1a、2〜5に係る溶接ワイヤに比べて耐錆性に優れており、又、防錆効果を有すると考えられるフッ素樹脂含有潤滑油を塗布したもの(比較例1b)、有機インヒビター含有潤滑油を塗布したもの(比較例1c)、及び、防錆剤含有潤滑油を塗布したもの(比較例1d)に比べても耐錆性に優れている。
【0050】
又、大気暴露試験においても、本発明の実施例〜21に係るワイヤは、比較例1〜5に係る溶接ワイヤよりも点錆が発生し難く、耐錆性に優れており実施例9〜21に係る溶接ワイヤ350 日間経過しても点錆の発生がなく、極めて耐錆性に優れている。
【0051】
上記溶接作業性評価試験の結果を表3〜4に示す。この表3〜4からわかる如く、比較例1(1a、1b、1c、1d)、2〜5に係る溶接ワイヤは、ワイヤ送給性及び/又はアーク安定性が不良又はやや不良であり、比較例5に係る溶接ワイヤは溶接部の性状もやや不良である。又、比較例6〜10に係る溶接ワイヤは、溶接部に肌荒れや割れの発生が認められた(但し、表3〜4に表示していない)。これに対し、本発明の実施例に係るワイヤはいずれも、ワイヤ送給性及びアーク安定性が良好であり、又、溶接部の性状も良好であり、溶接部の肌荒れや割れの発生もないことが確認された。
【0052】
以上の如く、本発明の実施例に係る溶接ワイヤは、耐錆性に優れており、製作後1ケ月間工場内に放置したものであっても実用上問題のない優れた溶接作業性能を有する溶接ワイヤであることが確認された。
【0053】
【表1】
Figure 0003877839
【0054】
【表2】
Figure 0003877839
【0055】
【表3】
Figure 0003877839
【0056】
【表4】
Figure 0003877839
【0057】
【表5】
Figure 0003877839
【0058】
尚、本実施例においては、フラックス入り溶接ワイヤとしてスラグ系フラックス入り溶接ワイヤの一種であるチタニア系フラックス入り溶接ワイヤを用いたが、これ以外のスラグ系フラックス入り溶接ワイヤ、或いは、メタル系フラックス入り溶接ワイヤを用いても本実施例の場合と同様の傾向の結果が得られる。又、フラックス入り溶接ワイヤの製造法が本実施例以外の方法であっても本発明の効果は得られる。
【0059】
【発明の効果】
本発明に係るフラックス入り溶接ワイヤは、防錆油の塗油や銅めっきを適用せず、それら適用の場合での如き耐スパッタ性や通電性等の低下を招くことなく、また、耐錆性の信頼性の低下を来すことなく、優れた耐錆性を有し得る、極めて耐錆性に優れた溶接ワイヤであり、そのため、美観上の点で良好であり、又、溶接作業性能に優れ、溶接作業効率が高く、溶接に好適に使用できるという効果を奏する。
【0060】
特に、本発明に係るフラックス入り溶接ワイヤは、防錆油塗布による防錆策の場合や銅めっき溶接ワイヤの場合と異なり、適用の制限がなく、耐錆性が安定しており、耐錆性の信頼性が高く、長期保管の際にも発錆が起こり難い。そのため、長期保管の場合であっても、美観が保たれるだけでなく、ワイヤ送給性等の溶接ワイヤの基本性能の低下が起こり難く、長期保管後であっても溶接作業性能に優れ、溶接作業効率が高く、溶接に好適に使用できるという効果を奏する。又、海浜地域(造船業など)等の如く発錆の起きやすい環境においても、耐錆性に優れており、そのため、ワイヤ送給性等の溶接ワイヤの基本性能の低下が起こり難く、溶接に好適に使用できるという効果を奏する。

Claims (3)

  1. C:0.01〜0.20質量%、Si:0.01〜1.00質量%、Mn:0.01〜2.00質量%、S:0.005 〜0.03質量%、Zr又は/及びTi:0.01〜0.50質量%、P:0.001 〜0.10質量%、Cu:0.01〜1.00質量%、Ni:0.01〜1.00質量%を含有し、さらに Ca La Ce から選ばれる少なくとも1種の元素を 0.0005 0.05 質量%含有し、残部が鉄及び不可避的不純物からなる外皮でフラックスを包んでなる耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤ。
  2. 前記Zr又は/及びTi:0.01〜0.50質量%がZr:0.01〜0.50質量%である請求項1記載の耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤ。
  3. 前記Zr又は/及びTi:0.01〜0.50質量%がZr及びTi:0.01〜0.50質量%である請求項1記載の耐錆性に優れたフラックス入り溶接ワイヤ。
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