JP3863958B2 - ファージ耐性納豆菌およびその納豆 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、納豆菌ファージ耐性を有する納豆菌およびその納豆に関する。更に詳しくは、本発明は、納豆菌ファージKS1又はその同系統に属するファージ(KS系ファージ)に耐性を有し、しかも納豆生産能は維持している新規な納豆菌およびその納豆に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
納豆の生産に於いてファージ汚染は、糸切れの発生、発酵不良の原因となる。ファージ汚染の問題を解決する方法としてファージ耐性菌の分離があり、福岡女子大の藤井等は、納豆菌に感染するファージの1つであるPN1についてそれに耐性を有する納豆菌の分離を報告している(藤井ら:農化、第41巻、第1号、p.39−43(1967))。
しかし、ファージには多くの種類があり、1つの菌株に対して感染するファージは通常複数存在する。また、一つのファージに対する耐性株は他のファージに対しては耐性を有しないのが一般的である。
従って、ファージ耐性菌を用いてファージ汚染の問題を解決しようとすると、実際に生産現場で発生しているファージの種類を特定し、そのファージに対する耐性菌を取得する必要がある。
しかしながら、現在納豆の生産現場で発生しているファージの種類や系統については情報がなく、どのようなファージについて耐性株を取得すればよいかを判断することは全く困難であった。そのため、現在もファージ汚染の問題は納豆生産業界では未解決のままになっている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記した技術の現状に鑑み、現在納豆生産現場で発生しているファージに対して耐性を有するファージ耐性納豆菌、特にファージ耐性実用納豆菌を育種し、該菌を用いて納豆を製造する目的でなされたものである。
【0004】
【課題を解決するための手段】
本発明は、上記の目的を達成するためになされたものであって、実際に複数の納豆生産現場で生産された納豆よりファージを新規に分離した。そして、それらの新規分離ファージについて、遺伝子レベルでの分類を行い、それらが同一の系統のファージ(KS系ファージ)であることを明らかにし、現在全国の納豆工場において単一の系統のファージが主として発生していることを明らかにした。
さらに、本発明では、上記の知見を基に新規分離ファージに耐性を有しかつ優れた納豆生産能を有するファージ耐性納豆菌を分離、育種することに成功した。また、本発明で得られたファージ耐性実用納豆菌は、同系統の他のファージにも相互に耐性を有していた。このことより、本発明で取得したファージが、現在日本国内の納豆工場に広く分布するKS系の他のファージについても同様に耐性を有することが予測される。
【0005】
そして更に検討の結果、該耐性株によって納豆を工業的に製造できることを確認し、ここに、ファージ耐性実用納豆菌の育種に成功し、本発明の完成に至ったものである。
以下、本発明について詳述する。
【0006】
先ずはじめに、糸を引かない納豆又はそれ由来のファージから既知のファージPN1とは相違する新規ファージKS1を分離し、納豆菌を指示菌(親株)とし、自然変異手段等の常法にしたがってファージ耐性菌を得る。
【0007】
そしてこのようにして新たに分離したファージ耐性菌について、液体培養におけるファージ耐性を確認し、糸引き性(曳糸性)を確認し、更に、納豆生産能及び製品納豆の風味、食感を確認して、単なるファージ耐性納豆菌にとどまらず、KS系ファージに対して感受性を有するが、溶菌はしないという本発明の目的である、ファージ耐性実用納豆菌を新たに得るものである。
【0008】
このようにして本発明にしたがって分離育種したファージ耐性実用納豆菌は、KS系ファージに対して感受性を有するが(KS系ファージ107PFU/g納豆以下、好ましくは106PFU/g納豆以下の接触によって生育がわずかに抑制される。PFUとはプラーク形成単位、即ち Plaque-Forming Units の略である。)、溶菌はしないという特質を有する点以外は、通常の納豆菌と同一の菌学的性質を有し、曳糸性はもとより納豆生産能も有し、官能的にすぐれた納豆を製造できるという特徴を有するものである。
【0009】
したがって本発明に係るファージ耐性納豆菌を使用すれば、ファージに感染することなく正常の曳糸性を有する優れた納豆を製造することが可能となり、曳糸性の欠如を理由とする製品納豆の返品等の問題が解決され、特に工業上ないし実用上大きな貢献がなされる。
【0010】
また、新規分離ファージ(KS系ファージ)を用いることによって、自然変異株及び/又は人工変異株の中から、常法にしたがって目的とする耐性株を自由にスクリーニングすることができるので、すぐれたファージ耐性実用納豆菌を各種分離、育種することが容易にできる。したがって、本発明は、上記したファージ耐性実用納豆菌のほか、上記した特性を有する変異株も、その対象として包含するものである。
以下、本発明の実施例について述べる。
【0011】
【実施例1】
納豆菌ファージに耐性を有する納豆菌を次のようにして分離した。(なお本発明において、納豆菌は、その生育に特にビオチンを要求するので、Bacillus nattoに属せしめたが、枯草菌の変種としてBacillus subtilis var. nattoに分類している文献も存在する。)
【0012】
(1)使用菌株
実施例において、納豆菌O−2を親株、指示菌として使用したほか、市販の納豆菌として既知の高橋3号菌(T3株)を東京農業大学菌株保存室から分穰を受けて使用した。また、他に以下の菌株を使用した。
【0013】
Bacillus natto IFO3009
Bacillus subtilis IFO3007
Bacillus subtilis IFO3215
Bacillus subtilis IFO3026
Bacillus subtilis IAM12021
Bacillus amyloliquefaciens IFO3022
Bacillus pumilus IFO3813
【0014】
(2)培地
納豆菌の培養には、肉汁培地を用いた。尚、固体培地は、肉汁培地に1.5%の寒天を加えることにより、寒天重層法に用いる上層寒天は0.8%の寒天を加えることにより作成した。胞子形成用培地には、Sterlini-Mandelstam置換培地を使用し、納豆菌の保存には、SG固体培地を使用した。使用した肉汁培地、SG固体培地(粘質物生成培地)、胞子形成用培地(Sterlini-Mandelstam置換培地)の各組成をそれぞれ下記表10、表11、表12に示す。
【0015】
【表10】
【0016】
【表11】
【0017】
【表12】
【0018】
(3)ファージの分離
以下のサンプルから寒天重層法によりファージを分離、純化した。指示菌にはO−2を用いた。
【0019】
▲1▼青森県内の納豆工場で生産された納豆。
▲2▼愛知県内の納豆工場で生産された納豆。
▲3▼栃木県内の納豆工場で生産された納豆。
上記のサンプルから分離したファージをそれぞれKS1、KW1、MD2と命名し、以下の実験に用いた。また、既知のファージである納豆菌ファージPN1(藤井等)については、分穰を受けたものを使用した。
【0020】
(4)ファージの分類
i)宿主特異性
上記のファージの宿主特異性をスポット試験法(藤井等)で調べた。
既ち、5ml肉汁培地を含む試験管で各種枯草菌を37℃、一夜振とう培養する。得られた培養液の内0.1mlを3mlの上層寒天培地(電子レンジで寒天を溶解後、50℃まで冷却したもの)に混合し、肉汁寒天培地に重層する。室温で約10分放置し寒天を固化させた後、105〜107PFU/mlのファージ液を一滴滴下し、24時間培養した。
【0021】
結果を表1に記す。尚、藤井等の文献に記載されているファージの宿主特異性に関するデータも併せて記載した。
なお表中、++:完全に溶菌、+:薄く生える又は薄い斑点になる、−:感染せず、をそれぞれ表わす。各微生物は、寄託番号のみを表示した。
【0022】
【表1】
【0023】
上記した表1(分離ファージの宿主域及び既知ファージとの比較)から明らかなように、分離ファージであるKS1とKW1は、全く同じ宿主特異性を示す一方、MD2はこれら2つのファージとは異なる宿主特異性を示した。
また、PN1はこれらの分離ファージとは全く異なる宿主域を示した。なお、PN1については、文献記載のもの(藤井等)と一部その宿主域が相違している。その原因は不明であるが、PN1又はB. subtilis IFO 3813の保存中にこれらのファージ又は菌に変異が生じたものと推定される。
【0024】
ii)ファージの保存安定性
上記のファージについて、4℃、肉汁培地中での安定性を調べた。結果を図1に示す。
KS1では、保存中殆どファージ数の減少が見られなかった。それに対し、KW1、MD2では、ファージ数の減少が起こった。特に、MD2では減少速度が速く、MD2が非常に不安定なファージであることが分かる。
【0025】
iii)ファージDNAの制限パターンの解析
上記ファージのDNAを調製し、その制限パターンを比較した。DNAの調製はラムダファージのDNA調製用のキットであるQIAGEN Lamda Mini Kit(フナコシ)を用いて行った。制限パターンは、各ファージのDNAを制限酵素HincIIで切断後1%アガロースゲル電気泳動することにより調べた。マーカーとしては、λHindIII分解物を使用した。
結果を図2に示した。
【0026】
上記結果から明らかなように、KS1とKW1のDNA泳動パターンは殆ど同一であった。しかし、両者で共通しないバンドも観察されることにより両者は全く同一ではないと考えられる。
また、MD2は、他の2つのファージと明らかに泳動パターンが異なった。しかし、他の2つのファージと共通するバンドも観察された。
一方、PN1は、他の3つのファージと全く異なるバンドパターンを示した。
【0027】
iv)ファージDNA間の相同性
digoxigenin−dUTPラベルしたKS1のDNAをプローブとして用い、KS1、KW1、MD2、PN1のDNAのサザンハイブリダイゼーションを行った。
結果を図3に示した。
【0028】
上記結果から明らかなように、KS1、KW1、MD2のいずれのDNAもほぼ同じ強度でプローブとハイブリダイズした。
一方、PN1は、ほとんどハイブリダイズしなかった。
このことより、3つの分離ファージ、KS1、KW1、MD2は殆ど同じ遺伝子配列を有することが明らかになった。一方、PN1は、他の3ファージとは全く異なる遺伝子配列を有することが明らかになった。
【0029】
KS1、KW1、MD2は、上記の結果より互いに異なるファージであることが分かった。しかし、何れのファージもDNAが非常に高い相同性を有することにより同じ系統のファージであると考えられる。
一方、PN1は、他のファージと遺伝子の制限パターンが全く異なり、相同性も非常に低い。このことよりPN1は他の分離ファージとは全く異なる系統のファージであると考えられる。
以上の結果より、現在日本国内の納豆工場において、KS1等と同系統のファージが広く分布していることが明らかになった。また、現在日本国内で広く分布しているファージが同系統のファージであることが明らかになったことより、KS1等の上記の新規分離ファージのいずれかについて耐性を有する納豆菌を育種すれば、日本国内に分布する他のKS1と同系統のファージについても耐性を有するファージ耐性納豆菌を取得できると考えられる。
【0030】
(5)ファージ耐性菌の分離
i)分離方法の選択
ファージ耐性菌の分離は、自然変異法及びEMS等による化学変異法のほか、γ線や紫外線等を照射する方法その他既知の変異方法によって適宜行うことができる。
【0031】
本実施例においては、ファージ耐性菌の取得は、通常行われている自然変異によって行った。自然変異法としては、ファージ耐性菌のスクリーニングを液体培養した指示菌にファージを感染させることにより溶菌させ、溶菌後さらに培養を継続し生育してきた菌をプレート上で分離することにより行ってもよいが、本実施例においては、常法により、プレート上での固体培養によりファージ耐性菌のスクリーニングを行うこととした。
すなわち、指示菌とファージの混合液を固体培地上にまき、生育してきたコロニーを取得することによって、ファージ耐性菌の分離を行った。
【0032】
ii)KS1、KW1に対するファージ耐性菌のスクリーニング
5ml肉汁培地を含む試験管で、O−2を37℃、一夜振とう培養した。得られた培養液の内0.1mlを約106PFUのファージを含むファージ液0.1mlとを試験管中で混合した。さらに3mlの上層寒天培地(電子レンジで寒天を溶解後、50℃まで冷却したもの)に混合し、肉汁寒天培地に重層した。37℃で一夜保存すると、この条件では、指示菌は完全に溶菌した。そして、さらに培養を継続し、ファージ耐性菌コロニーの出現を観察した。
【0033】
上記の方法でKS1を14枚のプレートに、KW1を10枚のプレートにプレーティングし、耐性コロニーの出現の有無を観察した。その結果、KS1では、全てのプレートで、KW1では6枚のプレートで、培養開始後24時間頃から小さな納豆菌らしきコロニーが出現した。更に24〜76時間培養を継続し、コロニーがはっきり確認できるようになった時点で、KS1プレートから14株(KS1R1〜KS1R14と命名)、KW1プレートから7株(KW1R1〜7)の計21株を釣菌した。通常、納豆菌は肉汁寒天培地上で一夜培養(37℃、16時間)すると大きなコロニーを形成するが、本スクリーニングではコロニーの形成には長時間を要した。
ファージ耐性菌コロニーの検出結果を、下記表2に示す。
【0034】
【表2】
【0035】
iii)耐性コロニーの純化と耐性の確認
ii)のスクリーニングで得られたコロニーのファージ耐性の確認と純化を行うため、得られたコロニーを109PFUのファージ液を塗布した肉汁寒天培地上にストリークし、単コロニーを拾った。さらに、ファージの持ち込みを排除するため、肉汁寒天培地上に得られたコロニーをストリークし、最終的に単一コロニーを分離した。
尚、ファージを塗布した肉汁寒天培地上での菌の生育は、通常の肉汁寒天上での生育に比べ非常に悪く、ファージにより耐性菌の生育が抑制されていると考えられた。純化の過程で、KW1R1、KW1R4、KW1R5はファージ耐性を有しないことがわかったので、以後の試験から除外した。
【0036】
次に、純化した17株のKS1、KW1に対する耐性をスポット試験法で調べた。得られた結果を、下記表3に示した。なお式中、各符号は、それぞれ次の意味を表わす。
++:完全に溶菌、プラーク形成
+:スポットした部分の生育が抑制、しかし生育する
−:スポットした部分も正常に生育、プラーク形成されず
【0037】
【表3】
【0038】
上記したファージ耐性菌のファージ耐性試験の結果から明らかなように、得られた17株の耐性株は、コロニーの純化を行う過程で観察されたとおり、ファージにより生育は抑えられたが溶菌はせずファージ耐性を有していることが明らかになった。KS1R5株は、納豆の風味が良好であった。
【0039】
また、全てのファージ耐性菌がKS1、KW1の両方のファージに対して耐性になっており、調べた範囲ではMD2に対しても耐性を示した。これは、これら3種のファージが同系統のファージであるためと考えられた。
尚、今回得られたファージは、ファージにより生育が抑えられるが、調べた範囲ではKS1、KW1は、耐性菌を指示菌としたときプラークを形成できなかった。
【0040】
上記のように、KS1、KW1に対する耐性菌17株を取得できた。得られた耐性株は、現在取得されている全てのファージに対して耐性を示した。ただし、完全な耐性ではなく、高濃度のファージを感染させると生育が抑制された。
【0041】
(6)ファージ耐性菌の特徴
i)液体培養におけるファージ耐性の確認
耐性菌の一つKS1R5について、ファージ耐性の確認を液体培養により行った。
5ml肉汁培地を含む試験管でO−2およびKS1R5を37℃、一夜振とう培養した。得られた培養液の内0.15mlをそれぞれ2本の150mlの肉汁培地を含む坂口フラスコに植菌し、37℃で振とう培養した。OD660が約0.5になったところでそれぞれの菌株のフラスコの一方にKS1液(O−2をKS1で溶菌させた溶菌液)を4×108PFU/mlとなるように添加した。残りの一本はコントロールとしてそのまま培養した(感染多重度 multipicity of infection,以後 m. o. i と略す。 m. o. i =約1に相当する。)。また、150ml肉汁培地にファージのみ添加したものも同時に37℃で振とうした。
【0042】
培養経過を図4に示した。また、培養終了後の菌濃度(OD660)、ファージ濃度を表6にまとめて示した。
【0043】
【表6】
【0044】
上記結果から明らかなように、親株であるO−2は、ファージ添加後約2時間で溶菌し始め、約3時間半で完全に溶菌した。溶菌後の溶菌液中のファージ数は添加量の約30倍に増加していた。
一方、KS1R5では、ファージを添加しても溶菌はおこらなかった。しかし、ファージを添加した場合は生育の抑制がおこり、ファージ無添加の場合最終菌濃度がOD660=3を越えるのに対し、ファージを添加した系ではOD660=約2で生育が止まった。
しかし、培養終了後の培養液中のファージ濃度は6×107PFU/mlと添加時に比べむしろ減少しており、ファージの増殖はおこっていないことが確認された。ファージ濃度の減少は菌にファージが吸着したことによって遊離のファージが減少したためと考えられる。
【0045】
ii) ファージ耐性濃度の臨界効果
煮豆100gに市販納豆菌である三浦菌(宮城野納豆製造所)またはKS1R5の胞子を接種し、それぞれに種々の濃度のファージ(KS1)を添加した後納豆製造を行った。尚、該菌の接種量は3x103/g煮豆であり、熱によるファージの失活を防止するため、ファージの添加は納豆菌接種後煮豆の温度が十分に低下するのを待って行った(1時間〜2時間放置、40℃前後)。また、雑菌や空気中のファージの混入を防止するため、発酵は綿栓をしたガラスフラスコ中で無菌的に行った。結果を表4、表5に示した。
【0046】
【表4】
【0047】
【表5】
【0048】
なお表中において、糸切れの有無は納豆を混練した後、室温(25℃)で3〜4時間放置し、糸引き性の保持の有無で判断した。糸引き性が失われれば糸切れと判断した。
【0049】
発酵終了後の分析は以下の通りに行った。即ち発酵終了後のファージ数は、納豆を肉汁培地に懸濁しファージを培地中に遊離させ、固形物を遠心分離により除去した上清液について、O−2菌を指示菌として上層寒天法により測定した。
【0050】
粘度の測定は、次のようにして行った。
▲1▼恒温水槽を25℃にセットする。
▲2▼納豆100gをビーカーに取り、水200ml注入。
▲3▼恒温水槽内で90分間抽出する。
(30分毎ガラス棒で攪拌し、豆と粘液を分離)
▲4▼豆と粘液をナイロンシャーで分離する。
▲5▼東京計器社製・B型回転粘度計にて粘度を測定する。
(No.1ローター・30rpmにて1分、内径4cmの円筒形の容器中にて測定)
【0051】
上記した無菌的な納豆製造におけるファージ耐性試験(表4、表5)の結果から明らかなように、市販菌では、ファージ添加濃度0.1PFU/g煮豆でファージが増殖し、糸切れが生じた。それに対して、耐性菌KS1R5では、1x104PFU/g煮豆でもファージは増殖せず、糸切れも生じなかった。
【0052】
iii) ファージ耐性の安定性
ファージ耐性株KS1R5をSG固体培地で5回継代培養し、5代目の菌を用いて、納豆製造用の胞子を作成した。得られた胞子を肉汁寒天培地上で生育させ、コロニーを形成させ、その内10コロニーを無作為に拾い、そのKS1耐性を調べた。
その結果、調べた10コロニー全てがKS1耐性を保持しており、ファージ耐性が継代培養において安定して保持されることが分かった。
【0053】
iv) ポリグルタミン酸分解酵素の誘導
納豆菌にファージが感染するとポリグルタミン酸分解酵素の生産が誘導されることが知られている(Motoyoshi Hongo and Akihiko Yoshimoto, Agric. Biol. Chem. Vol.34, 1047-1054, 1970)。そこで、上記の培養液のポリグルタミン酸分解酵素活性を測定した。
酵素活性の測定は、0.5%のポリグルタミン酸溶液(1/45Mリン酸ナトリウムpH7.2)5mlに適当な濃度に希釈した酵素液0.1mlを加え、B型粘度計(HM−3ロータ)で粘度の低下を経時的に測定した。なお、ファージ添加量は終濃度4.0x108、ファージ添加時期はOD0.5とした。
得られた結果を前記表6に示した。
【0054】
上記したファージ耐性変異株KS1R5に対する感染試験の結果から明らかなように、O−2、KS1R5のみの培養液では酵素活性は検出されなかった。O−2にファージを添加し溶菌させた液では、培地にファージ液のみ添加した場合の30倍の活性が認められた(ファージのみの系で酵素活性があるのは、ファージ液中に既に存在した酵素が持ち込まれたからである)。一方、KS1R5にファージを感染させた場合にも酵素活性は検出された。しかし、その活性はO−2の溶菌液の1/10程度であった。この結果より、今回得られたファージ耐性株はファージが感染するとポリグルタミン酸分解酵素を合成するが、ファージが増殖できないためその合成量は親株にファージに感染した場合に比べ少なくなっていると考えられる。
【0055】
v)納豆生産能
▲1▼胞子化
今回得られたファージ耐性菌17株を5mlの胞子形成培地を含む試験管中で37℃、24時間振とう培養した。その結果、何れの株においても胞子形成がおこり、これらの株が胞子形成能を保持していることが確認された。
【0056】
▲2▼胞子のファージ耐性
KS1R5の胞子を肉汁寒天培地上にプレーティングし、37℃、24時間培養し、コロニーを形成させた。12個のコロニーをランダムに拾い、5ml肉汁培地で1夜試験管培養後、スポット試験によりファージ耐性を保持しているかどうか調べた。ファージはKS1を使用した。その結果、12コロニー全てが耐性を保持していた。
この結果より、ファージ耐性は胞子化した後も保持されることが確認された。
【0057】
▲3▼▲1▼で得られたファージ耐性菌の胞子を用いて納豆生産試験を行った。試験は、極小大豆を用い、50gのトレイで行った。植菌量は3x103/g煮豆、培養条件は通常の家庭用納豆の発酵条件を用いた。
その結果、全ての耐性株で納豆が生産でき、全ての耐性株が納豆生産能を有していることが確認された。前述の表3の右欄の納豆生産能の列に表記した。
【0058】
本発明によって得られたファージ耐性菌は、ファージに感染すれば生育が抑さえられるが、ポリグルタミン酸分解酵素を生産することが分かった。しかし、耐性菌に感染したファージは増殖できず、そのため溶菌もおこらず、ポリグルタミン酸分解酵素の生産量も親株にファージがかかった場合に比べ低く抑えられることが分かった。
また、本発明によって得られたファージ耐性株は、胞子化が可能であり、耐性は胞子化によっては失われなかった。さらに、何れの耐性株も納豆生産能を保持していた。その他の性質は従来既知の納豆菌と同一であった。
【0059】
vi)ファージ耐性菌の菌学的性質
本発明によって新たに分離されたファージ耐性納豆菌の菌学的性質は、下記表7、表8に示すとおりである。
これらの耐性菌の内、KS1R5については、これを Bacillus subtilis KS1R5と命名し、工業技術院生命工学工業技術研究所にFERM BP−5803として国際寄託した。したがって本発明は、これら耐性菌はもとより、それらの変異株も包含するものである。
【0060】
【表7】
【0061】
【表8】
【0062】
【実施例2】
米国産小粒大豆5kgを水道水で洗浄後、4℃、17時間水道水に浸漬した。浸漬終了後大豆を1.5kg/cm2で約30分蒸煮した。得られた煮豆500gにファージKS1が102PFU/g煮豆、納豆菌の種菌(胞子液)が3x103/g煮豆、となるようにくわえ、ファージKS1と種菌を同時に混合し、工業生産と同様にポリスチレントレイ中で40℃、24時間発酵させた。
尚、ファージ耐性納豆菌として、KS1R5(FERM BP−5803)を、対照菌には市販の種菌である三浦菌を用いた。
また、対照として、ファージを加えないで上記の試験と同じ試験を行った。
【0063】
発酵終了後、ファージ数及び粘度の測定を、先に述べた方法によって行った。但し、粘度は、50gの納豆を200mlの水で抽出したものについて、20℃で測定した。得られた結果を下記表9に示した。
【0064】
【表9】
【0065】
上記した納豆製造過程におけるファージ耐性結果からも明らかなように、対照菌、耐性菌ともにファージ無添加の系では、通常通り納豆ができた。ファージ添加系では、対照菌においては、煮豆1gあたり1x105PFU以上のファージが検出され、ファージの増殖が確認された。また、発酵終了後には煮豆は納豆様に変化しているものの、ファージにより誘導されるポリグルタミン酸分解酵素による糸切れが生じ、納豆ネバの粘度はコントロールに比べ1/4以下に低下していた。一方、ファージ耐性菌においては、ファージ添加系においてもファージは検出されず、糸切れ、粘度低下も生じずファージ無添加の系と同様の納豆が生産された。
【0066】
【発明の効果】
本発明によれば、ファージに感染することなく良好な曳系性を有する食感、風味ともにすぐれた糸引き納豆を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】ファージの保存安定性を示す。
【図2】ファージDNAの制限酵素切断パターンを示す電気泳動写真である。
【図3】KS1のDNAをプローブとしたファージDNAのサザンハイブリダイゼーションの結果を示す写真である。
【図4】ファージ耐性菌KS1R5のファージ耐性を示す。
Claims (2)
- ファージ耐性実用納豆菌KS1R5(FERM BP−5803)。
- 請求項1に記載の納豆菌を用いて発酵させた納豆。
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