JP3850670B2 - 抗酸菌症鑑別用試薬および鑑別方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は,抗酸菌症鑑別用試薬および抗酸菌症鑑別方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
かつては国民病と言われていた結核は,栄養と衛生の状態が改善したこと,優れた抗結核薬の開発などにより着実に減少してきた。しかし近年,結核罹患率の減少速度が鈍化する一方で結核と臨床症状が似た非結核性抗酸菌症(非定型抗酸菌症とも呼ばれる),特にマイコバクテリウム・アビウム・コンプレックス(Mycobacterium avium complex)症とマイコバクテリウム・カンサシ(Mycobacterium kansasii)症の増加が著しく,公衆衛生上の大きな問題となっている。非結核性抗酸菌は,結核菌と同じ抗酸菌に分類されるが,感染性は結核菌よりも弱く,免疫能が低下した場合に感染する日和見感染菌と考えられており,非結核性抗酸菌症の約70%がマイコバクテリウム・アビウム・コンプレックス症,約25%がマイコバクテリウム・カンサシ症である。マイコバクテリウム・アビウム・コンプレックス症は,生化学性状によりマイコバクテリウム・アビウム(Mycobacterium avium)とマイコバクテリウム・イントラセルラ(Mycobacterium intracellulare)の間を区別できないことから,これまでこれらはまとめてマイコバクテリウム・アビウム・コンプレックス(Mycobacterium avium complex)症として取り扱われてきた経緯がある。(阿部千代治著「抗酸菌の検査」43頁,財団法人結核予防会発行,1997年11月20日改訂版)
非結核性抗酸菌症の詳細に関しては,小山 明著の「非結核性抗酸菌症」(財団法人結核予防会発行,1996年10月4日初版発行)に記載されているので参照できる。
【0003】
以上の背景の下,結核と非結核性抗酸菌症の初期の臨床症状が似ていること,治療面で結核菌と非結核性抗酸菌に有効な薬剤が異なること,結核への公衆衛生対策面などから結核菌と非結核性抗酸菌との分離・鑑別同定は一層に重要性を増してきている。
【0004】
従来の抗酸菌検査は,初期の病気がもっぱら肺に局在するため喀痰を検査試料として用い,塗抹染色による顕微鏡観察や分離培養により行われてきた。しかし,分離培養の結果を得るには2〜3週間を要し,胸部X線所見と臨床症状から深く抗酸菌感染が疑われる場合でも,25〜50%の検査試料からは菌の検出ができないのが現状である。よって結核菌と非結核性抗酸菌との鑑別同定が可能なのは,これ以外の菌の増殖を抑えて目的の抗酸菌の分離培養に成功した分離菌株を用い,菌種の鑑別同定検査,例えばナイアシン試験や耐熱カタラーゼ試験など複数の組み合わせ試験で鑑別できた場合に止まっていた。以上の抗酸菌検査の詳細は,阿部千代治著の「抗酸菌の検査」に記載されているので参照できる。
【0005】
この状況を改善すべく,抗酸菌の新しい培養法が開発されている。例えば,ベクトン・デッキンソン社の開発した培養方法[セプティチェック(Septi-Check)AFB,BACTECシステム,およびMGIT]やオルガノンテクニカ社が開発したMB/BacT マイクロバイアルディテクションシステム(Microbial Detection System)などがこれに当たり,これらの抗酸菌検出率は従来の培養法(小川法:60.2%,小川変法:75.9%)と比較してSepti-Check(84.3%),MGIT(84.3%)へと改善し,培養期間も2週間程度まで短縮可能であると報告されている。(阿部千代治著「抗酸菌の検査」29〜35頁)
また,抗酸菌の鑑別同定法として核酸を用いる新しい検査法も開発されている。例えば,米国ジン−プローブ(Gen-Probe)社が開発したアキュプローブ法や極東製薬工業のDDHマイコバクテリアは,検査試料から分離培養できた抗酸菌の鑑別同定をそれぞれ2時間(アキュプローブ法),4〜6時間(DDHマイコバクテリア)で正確に行うことができる。
【0006】
さらに,検査試料から直接に結核菌を検出・鑑別同定まで行う試みが進められている。例えば,ロシュ社が開発したAMPLICPR法または米国ジン−プローブ(Gen-Probe)社が開発したMTD法を用いれば,検査試料から直接に菌種の鑑別同定が行えるまでに達しており,慣れた人ならば1日30〜50検体を処理できると報告されている。(阿部千代治著「抗酸菌の検査」73〜89頁)
以上に示した多くの技術は,全てが検査試料の喀痰から抗酸菌を分離・鑑別同定する試みであるが,喀痰に菌が排泄されている場合でなければ有用性が無い。
【0007】
他の試みとしては,血液を検査試料とする検査方法が開発されている。例えば,抗酸菌細胞膜に共通した構成成分であるミコール酸誘導体を固定化した固相担体を用い,当該担体と血液を接触させることにより,ミコール酸誘導体に結合する血液中の抗体を当該担体上に捕捉した後,当該担体に捕捉された抗体量を測定する方法が開示されている。[特許第2519128,平成8年5月17日登録]この方法によれば,結核や非結核性抗酸菌症を罹患した患者の血液中に増加する特定の抗体(ミコール酸誘導体に結合する抗体)量を測定することにより,抗酸菌感染症を簡易に診断できると報告されているが,ミコール酸誘導体は結核菌にも非結核性抗酸菌にも共通して存在するので,結核菌と非結核性抗酸菌との感染症を鑑別することはできない。
【0008】
抗酸菌細胞膜成分に関しては,上記のミコール酸誘導体の他に非結核性抗酸菌の特定種が固有するグリコペプチドリピド(Glycopeptidolipid)について多くの報告がある。グリコペプチドリピドは,一般式(I)に示した構造のR1位に脂質,R2位に糖鎖[oligosaccharide]を有するペプチド糖脂質であり,当該糖鎖はD-タロース(D-talose)の6位炭素がD-ハイドロキシ-アロ-スレオニル基と結合する共通構造を含む糖誘導体2から5個程度の直鎖構造を有している。この糖鎖構造は,非結核性抗酸菌の種類によって異なるので菌種の区別に利用されている。一方,当該糖鎖以外の構造部位は非結核性抗酸菌の種類に関わらず共通性が高いのでインバリアント リピド コア(invariant lipid core)と呼ばれている。グリコペプチドリピドの詳細に関しては,マイクロバイアル リピッズ(Microbial lipids)第1巻251〜263頁に記載されているので参照できる。
【0009】
【化1】
【0010】
グリコペプチドリピドのインバリアント リピド コア,および菌種に固有の糖鎖の抽出精製法に関しては,ジョン・ティ・ベリスル(John T. Belisle)らの方法[ジャーナル オブ バイオロジカル ケミストリー(The Journal of Biological Chemistry),第268巻第14号,10510〜10516頁,1993年],レイモンド ティ (Raymond T. Camphausen)らの方法[ジャーナル オブ バクテリオロジー(Journal of Bacteriology),第168巻第2号,660〜667頁,1986年]などが例示できる。また,西川慶一郎はグリコペプチドリピドをベータ排除(β-elimination)法で糖鎖を脱離した血清型16型不完全グリコペプチドリピド,すなわち上記のインバリアント リピド コアの分子量を高速原子衝突質量分析法(fast atom bombardment mass spectrometry, FAB/MA)を用いて測定し,分子量が1028であると報告している。[結核 第73巻第4号,295〜306頁,1998年]
グリコペプチドリピドの菌種に固有の糖鎖に関しては,当該糖鎖に結合する抗体試薬を作製して菌種判別に利用する試みが行われている。すなわち,レイモンド ティ (Raymond T. Camphausen)らの方法[Proc. Natl. Acad. Sci. USA,Vol.82,pp.3068-3072,1985]やジェイムス シー デナー(James C. Demmer)らの方法[ジヤーナル オブ クリニカル マイクロバイオロジー(Journal of Clinical Microbiology),第30巻第2号,473〜478頁,1992年]などは,グリコペプチドリピドの糖鎖構造の差異に基づいて非結核性抗酸菌を判別できることを報告している。
【0011】
また,グリコペプチドリピドの菌種に固有の糖鎖を利用して非結核性抗酸菌症の診断法開発が試みられている。すなわち,バイ−ユウ リイ(BAI-YU LEE)らは,マイコバクテリウム・アビウム・コンプレックスに属する非結核性抗酸菌11種類のグリコペプチドリピドの混合物を抗原試薬として用いた酵素免疫測定法を組み立て,抗酸菌感染症の罹患率が高い免疫不全患者やマイコバクテリウム・アビウム(Mycobacterium avium)の感染が確認できている患者の血液を検査試料として当該グリコペプチドリピド混合物に結合する抗体量を測定した。そして,マイコバクテリウム・アビウムに感染した患者では血液中に当該抗体量が増すことを報告[ジャーナル オブ クリニカル マイクロバイオロジ(Journal of Clinical microbiology),第29巻5号,1026〜1029頁,1991年]している。同様に,北田らは第23回 結核・非定型抗酸菌症治療研究会(平成12年6月3日,後楽園会館,主催:財団法人結核予防会)において,13種のグリコペプチドリピド混合物を抗原試薬として用いた酵素免疫測定法で検討した結果,マイコバクテリウム・アビウム・コンプレックス症の患者では血清中にグリコペプチドリピドと結合するIgG抗体量が増加することを報告している。
【0012】
これらの報告は,マイコバクテリウム・アビウム・コンプレックスに属する多種の抗酸菌由来のグリコペプチドリピドを混合する,すなわち菌種によって異なる糖鎖の多種類を用いることにより,当該糖鎖と結合する抗体を逃さずに捕らえようとする試みであるが,糖鎖の種類が多くなるほど精製の手間が増えるので実用困難な方法である。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】
喀痰を検査試料とする検査方法は,喀痰中に菌体が排出されていなければどの様に優れた方法を開発しても抗酸菌鑑別診断はできない。また,抗酸菌感染症を罹患した人の血液中に発病原因菌種の細胞膜成分と特異的に結合する抗体量が増加することは開示されているが,抗酸菌の如何なる細胞膜成分を用いれば抗酸菌鑑別診断が可能になるかは未だ不明であった。
【0014】
本発明者らは,上記の状況を鑑み,非結核性抗酸菌症の大半を占めるマイコバクテリウム・アビウム・コンプレックス症(以下MAC症と略記する)と結核との鑑別診断ができるだけでも臨床治療に大きく貢献できると考えた。そして,MAC症と結核とを鑑別するための試薬と方法に関して誠意研究に努めた結果,MAC症を罹患している人の血液中にはグリコペプチドリピドのインバリアント リピドコアと特異的に結合する抗体量が増加していることを見出し,MAC症と結核とを鑑別するための試薬と方法を発明するに至った。
【0015】
【課題を解決するための手段】
本発明は,非結核性抗酸菌の細胞膜に由来したグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアを有効成分とする、当該有効成分に結合するIgA抗体またはIgM抗体から選ばれた1種またはその組合せを検出するために用いる、抗酸菌症鑑別用試薬に関する。
【0016】
また,本発明は上記の試薬を用いて,検査試料中の当該試薬に結合するIgA抗体またはIgM抗体から選ばれた1種またはその組合せの抗体量を免疫学的測定法で測定することを特徴とする抗酸菌症鑑別方法に関する。
【0017】
上記本発明の抗酸菌症鑑別方法においては,免疫学的測定法が,放射免疫測定法,酵素免疫測定法,蛍光免疫測定法,免疫比濁法,ラテックス法,ドットブロット法,イムノクロマト法から選ばれた1種であることが好ましい。
【0018】
さらにまた,上記本発明の抗酸菌症鑑別方法においては,検査試料が人を含む恒温動物の血液,血漿,血清,喀痰,気道分泌液,気管支分泌液,肺胞分泌液から選ばれた1種またはその組合せであることが好ましい。
【0019】
【発明の実施の形態】
本発明の抗酸菌症鑑別用試薬は,非結核性抗酸菌のグリコペプチドリピドが共通して有する共通構造部位に相当するインバリアント リピド コアに結合するIgA抗体またはIgM抗体から選ばれた1種またはその組合せを検出するために用いるものであるため,多種の抗酸菌由来のグリコペプチドリピドを精製して混合する必要は無く,少なくとも1種の抗酸菌由来のグリコペプチドリピド,またはグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアを用いれば良い。本発明において「グリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアを有効成分とする」の意味は、前述したように、抗酸菌症鑑別用試薬として「グリコペプチドリピドのインバリアント リピド コア」そのものを用いてもよいし、これを含んでいる「グリコペプチドリピド」を用いてもよいと言う意味である。
【0020】
また当該試薬は,グリコペプチドリピドを細胞膜成分として持っているマイコバクテリウム・アビウム・コンプレックスに該当するマイコバクテリウム・アビウム(Mycobacterium avium)やマイコバクテリウム・イントラセルラ(Mycobacterium intracellulare)の20種以上の菌種,その他のグリコペプチドリピドを菌体細胞膜成分として持つマイコバクテリウム属から選んだ一種またはその複数種を混合して培養した後,高圧蒸気滅菌などの殺菌法により死滅させた菌体を原料として抽出精製することができる。
【0021】
グリコペプチドリピドやそのインバリアント リピド コアの抽出精製法は,既知の手法が適用可能であり,例えばレイモンド ティ (Raymond T. Camphausen)らの方法[ジャーナル オブ バクテリオロジー(Journal of Bacteriology),第168巻第2号,660〜667頁,1986年]が利用できる。例えば,グリコペプチドリピドは,特に限定するものでないが,死滅させた非結核性抗酸菌の菌体と適当な有機溶媒,例えばクロロホルムとメタノールの混合液などと充分に混和することにより脂質成分を有機溶媒へ抽出し,有機溶媒を集めて乾燥させた後,水酸化ナトリウム溶液などを加えてアルカリ加水分解処理を施すことによりグリコペプチドリピド以外の脂質を分解し,さらに適当な有機溶媒,例えばクロロホルムとメタノールの混合液などと充分に混和することによりグリコペプチドリピドを有機溶媒へ抽出し,適当な有機溶媒,例えばクロロホルムなどを展開溶媒としたシリカゲルのカラムクロクトグラフィを行うことにより精製することができる。
【0022】
かくして得られたグリコペプチドリピドからインバリアント リピド コアを抽出精製するには,特に限定するものではないが,適当な有機溶媒に溶解したグリコペプチドリピドに水酸化ナトリウムと水素化硼素ナトリウムとを添加して還元処理を施すことによりグリコペプチドリピドから糖鎖を外し,適当な有機溶媒,例えばクロロホルムのメタノールの混合液と充分に混和することによりインバリアント リピド コアを有機溶媒へ抽出する方法があげられる。
【0023】
原料として用いる非結核性抗酸菌の培養は,既知の抗酸菌の液体培養法が適用可能であり,培地の各組成成分を自家混合しても良いが,市販の培地組成混合物と添加剤を利用することもできる。市販の培地組成混合物は,ミドルブルック(Middlebrook)7H9 BROTH [Difco laboratories社,米国],添加剤はBBLTM ミドルブルック OACD エンリッチメント[Difco laboratories社,米国]が好ましく用いられる。
【0024】
抗酸菌症鑑別用試薬を用いて当該試薬に結合する抗体量を測定する方法は,検査試料中に存在する抗体量の多少が測定できる方法であれば良く,蛋白質測定法,高速液体クロマトグラフィ法,アフィニティークロマトグラフィ法,免疫学的測定法などやその組合せが使用可能であるが,好ましくは免疫学的測定法が用いられる。免疫学的測定法としては,放射免疫測定法,酵素免疫測定法,蛍光免疫測定法,免疫比濁法,イムノラテックス法,ドットブロット法,イムノクロマト法などが好ましく,なかでも測定操作が簡易で測定精度と検出感度が良好な酵素免疫測定法,ドットブロット法,イムノクロマト法が一層好ましいく用いられる。免疫学的測定法の原理や測定に用いる材料・器具に関しては,ジェイ・クラウセン(J. CLAUSEN)著,佐々木 實監訳「免疫学的同定法(第3版)」(株式会社 東京化学同人,1993年11月22日発行)に詳細が記載されているので参照できる。
【0025】
検査試料は,抗体を含有している血液,血漿,血清,喀痰,気道分泌液,気管支分泌液,肺胞分泌液から選ばれた1種またはその組合せが使用できるが,中でも採取が容易であり,検査試料の均一性が良好な血液,血漿,血清が一層好ましい。
【0026】
抗体は,人を含む生物が持つ生体防御機能(免疫能)の主要物質として生体内に異物が進入した時に盛んに分泌される蛋白質であり,立体構造やアミノ酸組成の違いからIgA,IgD,IgE,IgM,IgGなどの種類に分類され,生体内に進入した特定の異物(抗原と呼ばれる)とだけ結合する性質を有しているものであり,詳細に関しては矢田純一著「免疫」第1版(株式会社東京化学同人,第5刷1992年3月25日発行)に記載されているので参照できる。本発明で測定する抗体の種類は,IgA抗体またはIgM抗体から選ばれた1種またはその組合せであることが好ましい。
【0027】
【実施例】
以下に本発明の理解を容易にするために,実施例を挙げて説明するが,本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0028】
実施例1:[非結核性抗酸菌の培養]
非結核性抗酸菌は,米国の菌株保存施設であるアメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(American Type Culture Collection, ATCC)からマイコバクテリウム・アビウム・コンプレックスに該当するマイコバクテリウム・アビウムの血清型1〜6型菌株および8〜11型菌株,マイコバクテリウム・イントラセルラの血清型7型菌株および12〜20型菌株を入手した。培地は,市販の培地組成混合物であるミドルブルック(Middlebrook)7H9 BROTH [Difco laboratories社,米国]の4.7グラムとグリセロールの2ミリリットルを3リットル容量の三角フラスコに分取し,蒸留水900ミリリットルを加えて溶解した後,高圧蒸気滅菌器で121℃,10分間の滅菌処理を施し,40〜45℃程度に冷却した時点で無菌的に添加剤のBBLTM ミドルブルック OACD エンリッチメント[Difco laboratories社,米国]の100ミリリットルを添加した。
【0029】
入手した各菌1種当たり上記の培地各1個を用意し,安全キャビネット[アメリカ・フォーマサイエンテフィック社製1124型]の中で各培地に各菌体を1種ずつ植え付けた。培養は,37℃の恒温振とう器[BR-3000LF,タイテック株式会社]で100回転/分の攪拌を加えながら3週間行った。
【0030】
培養後の各三角フラスコは,高圧蒸気滅菌器で121℃,20分間の滅菌処理を施し,遠心分離器[株式会社トミー精工製SRX-201]により8000回転/分の遠心分離を行って集菌した。結果として得られた各菌の湿潤重量は,菌種により異なったが5〜15グラムの範囲であった。
【0031】
実施例2:[グリコペプチドリピドの抽出精製]
マイコバクテリウム・アビウムの血清型4型菌株の培養により得た湿潤菌体5グラムを300ミリリットル容量のビーカに秤取し,クロロホルムとメタノールを容量比で2対1に混合した溶液100ミリリットルを加えた後,超音波発生器[ブランソン(BRANSON)社製 cell disruptor 185]により10分間の菌体破砕処理を施した。当該溶液は300ミリリットル容量の分液ロートに移し入れて激しく5分間攪拌した後,静置して有機溶媒相と水相が分離するのを待ち,下位の有機溶媒相を分取した。さらに分液ロート内に残った水相に前記のクロロホルムとメタノールを混合した溶液100ミリリットルを添加して上記と同様の抽出操作を繰り返し,下位の有機溶媒相を分取して先の有機溶媒相と混合した。この有機溶媒相にはグリコペプチドリピドを含む脂質及びそれ以外の脂質も含んだ脂質成分(以下、この両者をまとめて、単に、「脂質成分」と略称する)が抽出される。
【0032】
当該有機溶媒相は,50℃恒温で減圧にすることにより有機溶媒を除去した後,クロロホルムとメタノールを容量比で9対0.5に混合した溶液1ミリリットルを加えて溶解した。当該溶液は,カラムクロマトグラフィとしての,クロロホルムとメタノールを容量比で9対0.5に混合した溶液で湿潤させたシリカゲル60(230〜400メッシュ,ナカライテスク株式会社製)を充填したガラス製カラム[内径1.5センチメートル,長さ20センチメートル]に添加し,クロロホルムとメタノールを容量比で9対0.5に混合した溶液を用いて展開して,カラム溶出液4ミリリットル毎に10ミリリットル容量の試験管に分画して50本分を分取した。この操作により,脂質成分の分離を行うことができる。
【0033】
次に,採取した50本の分画の内,脂質成分の含まれている分画の選定を行うため,分画したカラム溶出液は,各溶液0.05ミリリットルを少量ずつシリカゲル薄層板[アナルテック(ANALTECH)社製 薄層クロマトグラム]に温風を当てながら滴下した後,クロロホルムとメタノールを容量比で9対0.5に混合した溶液を用いて展開し,風乾後に硫酸とエタノールを容量比で1対9に混合した溶液を噴霧して200℃で5分間加熱した。
【0034】
この操作により,脂質成分を含有するカラム溶出液は,赤色から黒褐色に発色する展開像を示すので,同様の展開像を示すカラム溶出液を集めて6分画にまとめた後,各分画を50℃恒温で減圧することにより有機溶媒を除去した。乾燥した各分画は,各々にクロロホルムとメタノールを容量比で2対1に混合した溶液の5ミリリットルを加えて溶解した後,さらに0.2モル濃度水酸化カリウム含有メタノール溶液の5ミリリットルを加えて37℃で60分間攪拌後に酢酸を加えて中和して,各分画毎に別の100ミリリットル容量の分液ロートに移し入れた。それぞれの分液ロートに水,メタノールおよびクロロホルムの適量を順次に添加して激しく攪拌し,水相と有機溶媒相を分離できる液組成に調整後,静置して分離した下位の有機溶媒相を別々に集めた。この操作により,アルカリ加水分解に耐えるグリコペプチドリピドが分解されずに残り,他の脂質成分が分解される。
【0035】
次に,各有機溶媒相の各溶液0.05ミリリットルを少量ずつシリカゲル薄層板[アナルテック(ANALTECH)社製 薄層クロマトグラム]に温風を当てながら滴下した後,クロロホルムとメタノールを容量比で5対1に混合した溶液を用いて展開し,風乾後に硫酸とエタノールを容量比で1対9に混合した溶液を噴霧して200℃で5分間加熱した。
【0036】
この操作により,アルカリ加水分解された脂質成分を含んだ有機溶媒相は,展開先端の位置に褐色から茶褐色に発色する展開像を示すが,アルカリ加水分解に耐えるグリコペプチドリピドを含んだ有機溶媒相は,展開先端以外の位置に黄色から黄褐色に発色する展開像を示すので,当該有機溶媒相の溶液を選び出して50℃恒温で減圧することにより有機溶媒を除去して乾燥させた。
【0037】
引き続き,グリコペプチドリピドを含んだ有機溶媒相の乾燥物は,クロロホルムとメタノールを容量比で5対1に混合した溶液0.5ミリリットルを加えて溶解した。当該溶液は,カラムクロマトグラフィとしての,クロロホルムとメタノールを容量比で5対1に混合した溶液で湿潤させたシリカゲル60(230〜400メッシュ,ナカライテスク株式会社製)を充填したガラス製カラム[内径1センチメートル,長さ20センチメートル]に添加し,クロロホルムとメタノールを容量比で5対1に混合した溶液を用いて展開して,カラム溶出液1ミリリットル毎に5ミリリットル容量の試験管に分画して50本分を分取した。この操作により,アルカリ加水分解に耐えるグリコペプチドリピドと分解した脂質成分とを分離できる。
【0038】
分画したカラム溶出液は,各溶液0.05ミリリットルを少量ずつシリカゲル薄層板[アナルテック(ANALTECH)社製 薄層クロマトグラム]に温風を当てながら滴下した後,クロロホルムとメタノールを容量比で5対1に混合した溶液を用いて展開し,風乾後に硫酸とエタノールを容量比で1対9に混合した溶液を噴霧して200℃で5分間加熱した。
【0039】
この操作により,グリコペプチドリピドを含有するカラム溶出液は,展開先端以外の位置に黄色から黄褐色に発色する展開像を示すので,同様の展開像を示すカラム溶出液を集めて50℃恒温で減圧することにより有機溶媒を除去した。以上の操作により,マイコバクテリウム・アビウムの血清型4型菌株の湿潤菌体5グラムからグリコペプチドリピドの7.4ミリグラムを得た。
【0040】
なお,他の血清型菌株についても上記と同様に実施することでグリコペプチドリピドの精製が可能であった。
【0041】
実施例3:[グリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアの抽出精製]
実施例2の操作により得られるマイコバクテリウム・アビウムの血清型4型菌株由来グリコペプチドリピドの40ミリグラムを10ミリリットル容量の蓋付きガラス製試験管に分取し,2ミリリットルのエタノール,1ミリリットルの1モル濃度水酸化ナトリウム水溶液,および150ミリグラムの水素化硼素ナトリウムを加えて充分に攪拌した後,60℃で24時間の加熱処理を施した(還元による糖鎖をはずす操作)。当該溶液は,100ミリリットル容量の分液ロートに移し入れ,水,メタノールおよびクロロホルムの適量を順次に添加して激しく攪拌し,水相と有機溶媒相を分離できる液組成に調整後,静置して分離した下位の有機溶媒相を集め,50℃恒温で減圧することにより有機溶媒を除去して乾燥させた。引き続き有機溶媒相の乾燥物は,アセトンとクロロホルムとを容量比で1対3に混合した溶液1ミリリットルを加えて溶解し,カラムクロマトグラフィとしての,アセトンとクロロホルムを容量比で1対3に混合した溶液で湿潤させたシリカゲル60(230〜400メッシュ,ナカライテスク株式会社製)を充填したガラス製カラム[内径1.5センチメートル,長さ25センチメートル]に添加し,アセトンとクロロホルムとを容量比で1対3に混合した溶液を用いて展開して,カラム溶出液4ミリリットル毎に10ミリリットル容量の試験管に分画して20本分を分取した。続いて同様にアセトンとクロロホルムを容量比で1対2に混合した溶液により10本分,さらにアセトンとクロロホルムを容量比で1対1に混合した溶液により30本分を分取した。この操作によりグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアと分解した糖鎖を分離できる。
【0042】
分画したカラム溶出液は,各溶液0.05ミリリットルを少量ずつシリカゲル薄層板[アナルテック(ANALTECH)社製 薄層クロマトグラム]に温風を当てながら滴下した後,アセトンとクロロホルムを容量比で3対5に混合した溶液を用いて展開し,風乾後に硫酸とエタノールを容量比で1対9に混合した溶液を噴霧して200℃で5分間加熱した。この操作により,グリコペプチドリピドのインバリアントリピド コアを含有するカラム溶出液は,赤紫から赤色に発色する展開像を示すので,同様の展開像を示すカラム溶出液を集めて50℃恒温で減圧することにより有機溶媒を除去した。
【0043】
以上の操作により,マイコバクテリウム・アビウムの血清型4型菌株由来グリコペプチドリピドの40ミリグラムからインバリアント リピド コアの7.3ミリグラムを得た。得られたグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアは,高速原子衝突質量分析法(FAB/MS)[日本電子株式会社製SX102型二重収束高分解能質量分析計]により分子量を確認して前出の西川慶一郎らが報告しているインバリアント リピド コアの分子量(1028)と一致することを確認した。
【0044】
なお,マイコバクテリウム・イントラセルラの血清型14型菌株由来グリコペプチドリピドの40ミリグラムを上記の操作で抽出精製した場合,インバリアント リピド コアの7.2ミリグラムが得られ,高速原子衝突質量分析法(FAB/MS)による分子量測定値は前記と同様の1028であった。すなわち,異なる菌種由来のグリコペプチドリピドから本操作によりインバリアント リピド コアを抽出精製できることが確認できた。
【0045】
実施例4:[グリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアを用いたヒト抗体の酵素免疫測定]
実施例3の操作により得られたグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアの2ミリグラムを1ミリリットルのエタノールに溶解し,さらに10ミリモル濃度リン酸水素2ナトリウム水溶液で200倍に希釈した溶液の0.05ミリリットルを,ポリスチレン製96穴マイクロプレート[ヌンク(Nunc)社製CI96-C, #446612]の穴に分注して4℃で16時間静置した。この操作によりグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアがマイクロプレートに固定される。
【0046】
穴中の溶液を廃棄した後,ヤギ血清[ケミコン(CHEMICON International, Inc.)社製]とリン酸生理食塩水とを容量比で2対100に混合した溶液の0.3ミリリットルを添加して30分間攪拌後に廃棄し,次にヤギ血清とリン酸生理食塩水を容量比で25対100に混合した溶液で40倍希釈したヒト血清0.05ミリリットルを添加して室温で60分間攪拌した。引き続き穴中の溶液を廃棄した後,ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレートとリン酸生理食塩水を容量比で0.05対100に混合した溶液(以下,洗浄液と表示する)を0.3ミリリットル添加して室温で30秒間攪拌して廃棄する操作を計3回繰り返した。この操作によりグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアに結合する血清中のヒト抗体はマイクロプレートに捕捉される。
【0047】
次に,捕捉されたヒト抗体の内,IgM抗体を検出するために,0.01ミリリットルのヤギ由来ペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgM抗体[F(ab')2分画,ICN Pharmaceuticals, Inc.製]を牛血製アルブミン(ナカライテスク社製)とリン酸生理食塩水を重量比で1対10に混合した溶液により60,000倍に希釈し,当該溶液0.05ミリリットルをマイクロプレートの穴に分注して室温で60分間攪拌した。そして穴中の溶液を廃棄した後,0.3ミリリットルの洗浄液を添加して室温で30秒間攪拌して廃棄する操作を計6回繰り返した。この操作によりマイクロプレートに捕捉されたヒトIgM抗体にペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgM抗体を結合させることができる。
【0048】
最後に,10ミリグラムのオルトフェニレンジアミン[ナカライテスク株式会社製]を10ミリリットルの0.2モル濃度リン酸クエン酸緩衝液(5ミリモル濃度過酸化水素含有,pH4.8)で溶解した溶液0.05ミリリットルをマイクロプレートの穴に分注して室温で20分間静置した後,追加して4モル濃度硫酸水溶液0.05ミリリットルを添加した。この操作によりペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgM抗体のペルオキシダーゼが酵素活性を発現するので,ペルオキシダーゼ量が多いほど黄〜橙色の発色が増す。この発色の強度は,マイクロプレートリーダー[バイオラッド社製モデル550]を用いて測定波長490ナノメータの吸光度として測定した。この操作では,ヒト血清中にグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアに結合するヒトIgM抗体が多いほど強い吸光度測定値として得られる。
【0049】
以上と同様の操作により,米国胸部疾患学会の診断基準を満たす肺MAC症95例(培養陽性71例,培養陰性24例),活動性肺結核77例,陳旧性肺結核26例,MAC症以外の非結核性抗酸菌症15例,慢性閉塞性肺疾患24例,および健常人132例の血清を測定し,[健常人の吸光度測定値の平均+2×標準偏差]以上を検査陽性とした場合の結果を下記する。
【0050】
【表1】
【0051】
上記より,グリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアに結合するヒトIgM抗体量を測定する本発明の鑑別方法では,肺MAC症の患者から得られた血清では半数以上が検査陽性を示すが,活動性肺結核の症例では健常人と同程度の低い検査陽性率となり,MAC症と結核との判別が可能であると考えられた。
【0052】
次に,捕捉されたヒト抗体の内,IgA 抗体を検出するために,上記の操作で用いるヤギ由来ペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgM抗体の代わりにヤギ由来ペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgA抗体[EY Laboratories, Inc.製]を用い,上記と同様の患者血清に対して操作を実施した場合の結果を下記する。
【0053】
【表2】
【0054】
上記より,グリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアに結合するヒトIgA抗体量を測定する本発明の鑑別方法では,肺MAC症で培養陽性の症例では著しく高い検査陽性率となり,同培養陰性の症例では半数,MAC症以外の非結核性抗酸菌症では3分の1の検査陽性率を示した。逆に早急な治療が求められる活動性肺結核では検査陽性率が著しく低く健常人と同程度であった。すなわち,胸部X線所見と臨床症状から深く抗酸菌感染が疑われる患者に対して本発明の鑑別方法による血清診断を実施すれば,治療面から早急な鑑別が求められている活動性肺結核では検査陰性となるため,MAC症との鑑別診断が可能であると考えられた。
【0055】
実施例5:[血清のグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアによる吸収]
実施例4で用いた血清中の抗体がグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアに結合していることを確認するために以下の検討を行った。すなわち,実施例3で得られたグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアの2ミリグラムを1ミリリットルのエタノールに溶解し,10ミリモル濃度リン酸水素2ナトリウム水溶液10ミリリットルおよび実施例4の洗浄液10ミリリットルを順次に加えて希釈した溶液を調製し,この溶液2ミリリットルに肺MAC症の患者血清0.05ミリリットルを添加して室温で60分間攪拌する前処理を施した。この操作により,グリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアと結合する抗体の一部は抗原抗体反応を終えるので,後に実施例4の操作を行っても検査結果が陰性化する傾向が現れると考えた。
【0056】
実施例4で強い検査陽性を示した血清7例に対して上記の前処理を行い,実施例4の操作に従いグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアと結合するヒトIgA抗体量を測定した結果,全ての血清において前処理しない場合よりも吸光度測定値が低下し,2例では健常者血清と同程度まで吸光度測定値が低下した。すなわち,実施例4において検査陽性を示した肺MAC症の血清に含まれる抗体は,グリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアに結合していることが確認できた。
【0057】
実施例6:[グリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアを用いたドットブロット検出]
予めメタノールとリン酸生理食塩水とで順次に馴染ませたポリビニルデンジフロライド(PVDF)膜[ミリポア社製, #IPVH00010]をドットプレート[アドバンテック東洋株式会社製,DP-48]に装着して準備した。そして,実施例3の操作により得られたグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアの2ミリグラムを1ミリリットルのエタノールに溶解し,さらに10ミリモル濃度リン酸水素2ナトリウム水溶液で200倍に希釈した溶液の0.05ミリリットルをドットプレートの穴に分注して4℃で16時間静置した。この操作によりグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアがPVDF膜上に固定される。
【0058】
穴中の溶液を廃棄した後,ドットプレートからPVDF膜を取り外して,ヤギ血清[ケミコン(CHEMICON International, Inc.)社製]とリン酸生理食塩水とを容量比で2対100に混合した溶液の50ミリリットルが入ったステンレス製トレーに浸して30分間振とうした。引き続き,新たなリン酸生理食塩水の50ミリリットルが入ったステンレス製トレーに移し替えて5分間振とうする操作を2回繰り返した。以後の操作ではPVDF膜を適当な大きさに裁断して用いた。
【0059】
グリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアが固定されているPVDF膜(縦横各0.7センチメートル)は,ヤギ血清とリン酸生理食塩水を容量比で25対100に混合した溶液で40倍希釈したヒト血清1ミリリットルを分注した5ミリリットル容量の試験管に入れて室温で60分間攪拌した。引き続き,PVDF膜は残したまま試験管内の溶液を廃棄し,ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレートとリン酸生理食塩水を容量比で0.05対100に混合した溶液(以下,洗浄液と表示する)を2ミリリットル分注して室温で30秒間攪拌して廃棄する操作を計5回繰り返した。この操作によりグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアに結合する血清中のヒト抗体はPVDF膜上に捕捉される。
【0060】
次に,捕捉されたヒト抗体の内,IgM抗体を検出するために,0.01ミリリットルのヤギ由来ペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgM抗体[F(ab')2分画,ICN Pharmaceuticals, Inc.製]を牛血製アルブミン(ナカライテスク社製)とリン酸生理食塩水を重量比で1対10に混合した溶液により60,000倍に希釈し,当該溶液1ミリリットルを試験管に分注して室温で60分間攪拌した。そしてPVDF膜は残したまま試験管内の溶液を廃棄し,2ミリリットルの洗浄液を添加して室温で30秒間攪拌して廃棄する操作を計5回繰り返した。この操作によりPVDF膜上に捕捉されたヒトIgM抗体にペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgM抗体を結合させることができる。
【0061】
PVDF膜上に結合したペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgM抗体は,ペルオキシダーゼ染色キット[ナカライテスク社製,#266-52]によりペルオキシダーゼ活性に依存した色素沈着の程度で観察した。すなわち,健常者の血清を上記の操作に用いた場合はPVDF膜上に発色がほとんど認められないが,実施例4で検査陽性となった肺MAC症の患者血清では,グリコペプチドリピドのインバリアント リピド
コアが固定されている膜部分に紫色の発色像が認められた。
【0062】
比較例1:[ヒトIgG抗体検出による酵素免疫測定]
実施例4の操作でマイクロプレートに捕捉されたヒト抗体の内,IgG抗体を検出するために,ヤギ由来ペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgM抗体の代わりにマウス由来ペルオキシダーゼ標識抗ヒトIgG抗体[ナカライテスク株式会社製]を用いて,実施例4と同様に患者血清を測定した結果を下記する。
【0063】
【表3】
【0064】
上記より,実施例4の操作に従ってグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアに結合するヒトIgG抗体量を測定した場合,肺MAC症で高い検査陽性率を示すが,判別したい活動性肺結核の症例でも3分の1が検査陽性となり,活動性肺結核とMAC症との鑑別診断が不可能であった。
【0065】
【発明の効果】
本発明の抗酸菌症鑑別用試薬および鑑別方法によれば,従来の方法では適わなかった結核と非結核性抗酸菌症,特にその約70%を占めるマイコバクテリウム・アビウム・コンプレックス症との鑑別診断ができ、しかも菌を培養することなく短時間で容易に一回の操作で多数の検体をほぼ同時に検査することができるので,抗酸菌感染症の患者の病名判断や適切な化学療法の適用が治療の早期から実施可能になり,無効な薬剤投与による治療遅延,病名不明のままに結核患者として隔離入院させるなどの危険性を低減することができる。
Claims (4)
- 非結核性抗酸菌の細胞膜に由来したグリコペプチドリピドのインバリアント リピド コアを有効成分とする、当該有効成分に結合するIgA抗体またはIgM抗体から選ばれた1種またはその組合せを検出するために用いる、抗酸菌症鑑別用試薬。
- 請求項1に記載の試薬を用いて,検査試料中の当該試薬に結合するIgA抗体またはIgM抗体から選ばれた1種またはその組合せの抗体量を免疫学的測定法で測定することを特徴とする抗酸菌症鑑別方法。
- 免疫学的測定法が,放射免疫測定法,酵素免疫測定法,蛍光免疫測定法,免疫比濁法,ラテックス法,ドットブロット法,イムノクロマト法から選ばれた1種であることを特徴とする請求項2に記載の抗酸菌症鑑別方法。
- 検査試料が人を含む恒温動物の血液,血漿,血清,喀痰,気道分泌液,気管支分泌液,肺胞分泌液から選ばれた1種またはその組合せであることを特徴とする請求項3に記載の抗酸菌症鑑別方法。
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