JP3823137B2 - 植物の開花促進遺伝子rft1および植物の開花時期を予測する方法 - Google Patents

植物の開花促進遺伝子rft1および植物の開花時期を予測する方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、植物の開花促進遺伝子RFT1および該遺伝子の発現を指標とした植物の開花時期を予測する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
イネの出穂期(開花時期)は主に日長に依存する感光性とそれ以外の要因(基本栄養成長性あるいは感温性)によって決定されている。この出穂期に関する遺伝解析は古くから行われ、これまでSe1座(第6染色体)、E1座(第7染色体)、E2座(不明)、E3座(第3染色体)、あるいはEf1 座(第10染色体)等の出穂期関連遺伝子が突然変異や品種に内在する変異として見い出されている。近年、DNAマーカーがイネの遺伝解析に利用されるようになって、出穂期のような複雑な遺伝に従う形質の遺伝解析(量的形質遺伝子座(QTL)のマッピング)が進展した。それらの背景のもと、イネの感光性に関与する遺伝子の単離が進められてきた(Yano et al., Plant Cell 12:2473-2484, 2000; Takahashi et al., PNAS 98:7922-7927, 2001)。しかしながら、依然として多くの出穂期関連遺伝子が単離同定されずに残されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、植物の開花を促進する遺伝子を提供することにある。また、本発明は、該遺伝子の発現量を指標とした植物の開花時期を予測する方法を提供することを目的とする。
【0004】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究を行った。本発明者らは、出穂期関連遺伝子Hd3aをマップベースクローニングによって単離同定する過程で、RFT1遺伝子を見出した。RFT1遺伝子がイネの出穂に影響を与えるかどうかを明らかにするために、RFT1遺伝子の相補DNA断片の形質転換を行った。形質転換には、日本型品種日本晴およびインド型品種Kasalath由来のcDNA断片を用いた。検討の結果、短日条件における日本晴およびKasalathのRFT1遺伝子を導入した形質転換個体(T0)の一部は著しい早生となり、なかには移植前後にすでに出穂する個体も認められた。長日条件においても、早生個体は観察された。ベクターのみの個体は、出穂まで移植後約40〜50日を要し、同じ条件で栽培した日本晴とは大きな差は認められなかった。これらの結果から、RFT1遺伝子は出穂を促進させる作用をもつことが明らかとなった。
【0005】
さらに、RFT1遺伝子のイネの出穂に対する役割をより詳細に解析するために、人工調節環下の短日(10時間)および長日(14.5時間)条件下において、極早生品種はやまさり、ARC10313、早生品種アキヒカリ、日本晴および極晩生品種Nona Bokraを栽培し、生育過程に置けるRFT1およびHd3aのmRNA量の変化を解析した。短日条件ではHd3a遺伝子のmRNAが日本晴およびNona Bokraで播種後10日目で既に検出されたのに対して、ARC10313では20日目から検出された。はやまさりにおいては70日後までHd3amRNAは検出できなかった。一方、短日条件でのRFT1遺伝子のmRNAは、はやまさり、日本晴およびNona Bokraにおいて播種後10日目で検出できたが、ARC10313においては40日目において検出された。これらの発現量と出穂期の関係を見ると、短日条件ではHd3aおよびRFT1遺伝子のどちらもが出穂に関与する可能性が示唆された。長日条件下ではHd3aのmRNAは、ARC10313の70日目に検出されたが、それ以外の品種では検出できなかった。一方、RFT1遺伝子のmRNAは、はやまさりおよびアキヒカリでは播種後40日目でその転写量が増大し、はやまさりの転写量が最も増大していた。ARC10313および日本晴では播種後70日目で検出された。Nona Bokraでは播種後70日目においてもmRNAは検出できなかった。これらのmRNAの転写レベルの高低は長日条件下における出穂の早晩をよく反映していた。
【0006】
また、出穂期が異なるイネの27品種・近縁種について、圃場での生育過程におけるHd3aおよび RFT1のmRNA発現量を調査した。2001年4月23日(4/23)に播種し、5/23に移植した植物体の葉を6/12、7/10および8/7に採取し、RT-PCR解析を行った。その結果、Hd3aはいずれの時期においてもインド型の1系統(ARC10313)を除くすべての品種において転写レベルは低かった。一方、RFT1の発現量は生育初期から増加する品種が認められ、その転写産物量と出穂期(到穂日数)の間には相関が認められた。これらの結果から、自然日長条件下ではHd3a ではなくRFT1遺伝子の働きによって出穂が決定されることが示唆された。
【0007】
さらに、発現量と出穂期の相関をより詳細に解析するために、定量PCR法による各生育時期でのRFT1遺伝子のmRNA量を比較した。その結果、各生育時期において、極めて高い負の相関関係が認められた。
【0008】
以上の結果から、自然日長条件または長日条件下において、植物の開花を促進する機能を有するRFT1遺伝子とその利用方法が提供できる。
【0009】
即ち、本発明は、
〔1〕 自然日長条件または長日条件下において、植物の開花を促進する機能を有する植物由来のタンパク質をコードする、下記(a)から(d)のいずれかに記載のDNA、
(a)配列番号:3または6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
(b)配列番号:1、2、4または5に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA、
(c)配列番号:3または6に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加したアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするDNA、
(d)配列番号:1、2、4または5に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA、
〔2〕 イネ由来である、〔1〕に記載のDNA、
〔3〕 下記(a)から(d)のいずれかに記載のDNA、
(a)〔1〕または〔2〕に記載のDNAの転写産物と相補的なアンチセンスRNAをコードするDNA、
(b)〔1〕または〔2〕に記載のDNAの転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有するRNAをコードするDNA、
(c)植物細胞における発現時に、RNAi効果により、〔1〕または〔2〕に記載のDNAの発現を抑制するRNAをコードするDNA、
(d)植物細胞における発現時に、共抑制効果により、〔1〕または〔2〕に記載のDNAの発現を抑制するRNAをコードするDNA、
〔4〕 植物の開花を促進するために用いる、〔1〕または〔2〕に記載のDNA、
〔5〕 植物の開花を遅延するために用いる、〔3〕に記載のDNA、
〔6〕 〔1〕から〔5〕のいずれかに記載のDNAを含むベクター、
〔7〕 〔1〕から〔5〕のいずれかに記載のDNAまたは〔6〕に記載のベクターを保持する形質転換植物細胞、
〔8〕 〔7〕に記載の形質転換植物細胞を含む形質転換植物体、
〔9〕 〔8〕に記載の形質転換植物体の子孫またはクローンである、形質転換植物体、
〔10〕 〔8〕または〔9〕に記載の形質転換植物体の繁殖材料、
〔11〕 〔8〕に記載の形質転換植物体の製造方法であって、〔1〕から〔5〕のいずれかに記載のDNAまたは〔6〕に記載のベクターを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む方法、
〔12〕 〔1〕または〔2〕に記載のDNAを植物体の細胞内で発現させることを特徴とする、植物の開花を促進する方法、
〔13〕 植物体の細胞内における、内因性の〔1〕または〔2〕に記載のDNAの発現を抑制することを特徴とする、植物の開花を遅延する方法、
〔14〕 〔3〕に記載のDNAを植物に導入することを特徴とする、〔13〕に記載の方法、
〔15〕 〔1〕または〔2〕に記載のDNAの発現量を測定する工程を含む、自然日長条件または長日条件下における植物の開花時期を予測する方法、
〔16〕 〔1〕または〔2〕に記載のDNAにハイブリダイズし、少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有するオリゴヌクレオチド、
〔17〕 〔16〕に記載のオリゴヌクレオチドを含む、植物の開花時期を予測するための試薬、
を提供するものである。
【0010】
【発明の実施の形態】
本発明は、自然日長条件または長日条件下において、植物の開花を促進する機能を有する植物由来のRFT1タンパク質をコードするDNAを提供する。
【0011】
本発明において、RFT1タンパク質をコードするDNAが由来する植物としては、特に限定はなく、イネ、シロイヌナズナ、ダイズ、トウモロコシ、オオムギ、コムギ、アサガオ、カンキツ、リンゴなどが挙げられる。
【0012】
また、上記DNAが導入されることで開花が促進される植物としては、特に制限はなく、例えば、有用農作物や鑑賞用植物等を挙げることができる。具体的には、有用農作物としては、例えばイネなどの単子葉植物や、ダイズ等の双子葉植物が挙げられる。また、果樹としてカンキツ類、リンゴ、ナシおよびモモ、さらには観賞用植物として、例えばキク、アサガオ、ポインセチア、コスモス等の花卉植物が挙げられる。
【0013】
本発明において開花とは通常、花が咲くことを指すが、イネを含むイネ科植物等においては出穂を意味する。本発明において開花の促進とは、開花時期を早めることを指す。また、開花の遅延とは、開花時期を遅らせることを指す。
【0014】
本発明において、自然日長条件とは、日本の初夏(4月)から盛夏(8月)の日長条件であり、好ましくは1日の日照時間が14時間から16時間程度になる条件である。また、本発明において、長日条件とは、人工気象室において1日24時間のうち、明期が暗期よりも長い条件であり、具体的には、日照時間が14時間以上になる条件である。本実施例では明期を14.5時間、暗期を9.5時間に設定したが、この条件に限定されるものではない。
【0015】
また、本発明において、RFT1タンパク質をコードするDNAとしては、例えば配列番号:1、2、4または5に記載の塩基配列のコード領域を含むDNAや配列番号:3または6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAが挙げられる。
【0016】
また、本発明は、配列番号:3または6に記載のアミノ酸配列からなるRFT1タンパク質と構造的に類似しており、自然日長条件または長日条件下において植物の開花を促進する機能を有するタンパク質をコードするDNAを包含する。
【0017】
あるDNAが、自然日長条件または長日条件下において植物の開花を促進する機能を有するタンパク質をコードするか否かは、例えば、該DNAが導入された植物の開花が自然日長条件または長日条件下において促進するか否か、または、該DNAの発現を抑制するDNAが導入された植物の開花が自然日長条件または長日条件下において遅延するか否かを観察することで検証することができる。
【0018】
このようなDNAには、例えば、配列番号:3または6に記載のアミノ酸配列において1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする変異体、誘導体、アリル、バリアントおよびホモログが含まれる。
【0019】
アミノ酸配列が改変されたタンパク質をコードするDNAを調製するための当業者によく知られた方法としては、例えば、site-directed mutagenesis法(Kramer W & Fritz H-J: Methods Enzymol 154: 350, 1987)が挙げられる。また、自然界においても、塩基配列の変異によりコードするタンパク質のアミノ酸配列が変異することは起こり得る。このように、RFT1タンパク質のアミノ酸配列において1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするDNAであっても、天然型のRFT1タンパク質(配列番号:3または6)と同等の機能を有するタンパク質をコードする限りは、本発明のRFT1タンパク質をコードするDNAに含まれる。また、たとえ塩基配列が変異していても、その変異がタンパク質中のアミノ酸の変異を伴わないこと(縮重変異)があるが、このような縮重変異体も本発明のRFT1タンパク質をコードするDNAに含まれる。
【0020】
配列番号:3または6に記載のアミノ酸配列からなるRFT1タンパク質と機能的に同等なタンパク質をコードするDNAを調製するために、当業者によく知られた他の方法としては、ハイブリダイゼーション技術(Southern EM: J Mol Biol 98: 503, 1975)やポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術(Saiki RK, et al: Science 230: 1350, 1985、Saiki RK, et al: Science 239: 487, 1988)を利用する方法が挙げられる。すなわち、RFT1領域のゲノム塩基配列(配列番号:1もしくは4)、RFT1 cDNAの塩基配列(配列番号:2もしくは5)、または、その一部をプローブとして、また、RFT1領域のゲノム塩基配列、RFT1 cDNAの塩基配列に特異的にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドをプライマーとして、イネや他の植物からRFT1タンパク質をコードするDNAと高い相同性を有するDNAを単離することは、当業者にとって通常行い得ることである。このように、ハイブリダイゼーション技術やPCR技術によって単離し得るRFT1タンパク質と同等の機能を有するタンパク質をコードするDNAもまた、本発明のRFT1タンパク質をコードするDNAに含まれる。
【0021】
このようなDNAを単離するためには、好ましくはストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーション反応を行う。本発明においてストリンジェントなハイブリダイゼーション条件とは、6M 尿素、0.4% SDS、0.5×SSCの条件またはこれと同等のストリンジェンシーのハイブリダイゼーション条件を指す。よりストリンジェンシーの高い条件、例えば、6M 尿素、0.4% SDS、0.1×SSCの条件下では、より相同性の高いDNAを単離できると期待される。高い相同性とは、アミノ酸配列全体で少なくとも50%以上、好ましくは70%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の配列の同一性を指す。
【0022】
アミノ酸配列や塩基配列の同一性は、カーリンおよびアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264-2268, 1990、Proc Natl Acad Sci USA 90: 5873, 1993)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF, et al: J Mol Biol 215: 403, 1990)。BLASTNを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=100、wordlength=12とする。また、BLASTXを用いてアミノ酸配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=50、wordlength=3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)。
【0023】
本発明のDNAには、ゲノムDNA、cDNAおよび化学合成DNAが含まれる。ゲノムDNAおよびcDNAの調製は、当業者にとって常套手段により行うことが可能である。ゲノムDNAは、例えば、RFT1タンパク質をコードするDNAを有するイネ品種からゲノムDNAを抽出し、ゲノミックライブラリー(ベクターとしては、例えば、プラスミド、ファージ、コスミド、BAC、PACなどが利用できる)を作製し、これを展開して、本発明のRFT1タンパク質をコードするDNA(例えば、配列番号:1、2、4または5)を基に調製したプローブを用いてコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことで調製できる。また、本発明のRFT1タンパク質をコードするDNA(例えば、配列番号:1、2、4または5)に特異的なプライマーを作製し、これを利用したPCRを行って調製することも可能である。cDNAは、例えば、RFT1タンパク質をコードするDNAを有するイネ品種から抽出したmRNAを基にcDNAを合成し、これをλZAPなどのベクターに挿入してcDNAライブラリーを作製し、これを展開して、上記と同様にコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことで、またPCRを行うことにより調製できる。
【0024】
本発明のRFT1タンパク質をコードするDNAは、例えば、植物の開花を促進するために用いることができる。該DNAを用いることによって、自然日長条件または長日条件だけでなく、短日条件でも開花の促進を行うことが可能である。ここで、短日条件とは、人工気象室において1日24時間のうち、暗期が明期よりも長い条件であり、具体的には、1日の日照時間が11時間以下になる条件である。本実施例では明期を10時間、暗期を14時間に設定したが、これに制限されない。
【0025】
開花が促進された形質転換植物体を作製するには、上記DNAを適当なベクターに挿入して、後述する方法で、これを植物細胞に導入し、これにより得られた形質転換植物細胞を再生させる。本発明は、このような植物の開花を促進させる方法を提供する。
【0026】
本発明は植物の開花を遅延させる方法もまた提供する。開花が遅延した形質転換植物体は、例えばRFT1タンパク質をコードするDNAの発現を抑制するDNAを適当なベクターに挿入して、後述する方法で、これを植物細胞に導入し、これにより得られた形質転換植物細胞を再生させることによって作製できる。「RFT1タンパク質をコードするDNAの発現の抑制」には、これらDNAの転写の抑制およびタンパク質への翻訳の抑制が含まれる。また、DNAの発現の完全な停止のみならず発現の減少も含まれる。また、翻訳されたタンパク質が植物細胞内で本来の機能を発揮しないことも含まれる。
【0027】
植物における特定の内在性遺伝子の発現を抑制する方法としては、アンチセンス技術を利用する方法が当業者に最もよく利用されている。植物細胞におけるアンチセンス効果は、電気穿孔法で導入したアンチセンスRNAが植物においてアンチセンス効果を発揮することをエッカーらが示したことで初めて実証された(Ecker JR & Davis RW: Proc Natl Acad Sci USA 83: 5372, 1986)。その後、タバコやペチュニアにおいてもアンチセンスRNAの発現により標的遺伝子の発現が低下した例が報告されており(van der Krol AR, et al: Nature 333: 866, 1988)、現在では、アンチセンス技術は植物における遺伝子発現を抑制させる手段として確立している。
【0028】
アンチセンス核酸が標的遺伝子の発現を抑制する作用としては、以下のような複数の要因が存在する。すなわち、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造が作られた部位とのハイブリッド形成による転写阻害、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエクソンとの接合点におけるハイブリッド形成によるスプライシング阻害、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング阻害、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行阻害、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング阻害、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始阻害、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳阻害、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻害、および核酸とタンパク質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現阻害などである。このようにアンチセンス核酸は、転写、スプライシングまたは翻訳など様々な過程を阻害することで、標的遺伝子の発現を抑制する(平島および井上: 新生化学実験講座2 核酸IV 遺伝子の複製と発現 (日本生化学会編, 東京化学同人) pp.319-347, 1993)。
【0029】
本発明で用いられるアンチセンス配列は、上記のいずれの作用により標的遺伝子の発現を抑制してもよい。一つの態様としては、遺伝子のmRNAの5'端近傍の非翻訳領域に相補的なアンチセンス配列を設計すれば、遺伝子の翻訳阻害に効果的と考えられる。また、コード領域もしくは3'側の非翻訳領域に相補的な配列も使用することができる。このように、遺伝子の翻訳領域だけでなく非翻訳領域の配列のアンチセンス配列を含むDNAも、本発明で利用されるアンチセンスDNAに含まれる。使用されるアンチセンスDNAは、適当なプロモーターの下流に連結され、好ましくは3'側に転写終結シグナルを含む配列が連結される。このようにして調製されたDNAは、公知の方法を用いることで、所望の植物へ形質転換できる。アンチセンスDNAの配列は、形質転換される植物が持つ内在性遺伝子またはその一部と相補的な配列であることが好ましいが、遺伝子の発現を有効に抑制できる限りにおいて、完全に相補的でなくてもよい。転写されたRNAは、標的遺伝子の転写産物に対して好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相補性を有する。アンチセンス配列を用いて標的遺伝子の発現を効果的に抑制するには、アンチセンスDNAの長さは少なくとも15塩基以上であり、好ましくは100塩基以上であり、さらに好ましくは500塩基以上である。通常用いられるアンチセンスDNAの長さは5kbよりも短く、好ましくは2.5kbよりも短い。
【0030】
内在性遺伝子の発現の抑制は、また、リボザイムをコードするDNAを利用して行うことも可能である。リボザイムとは触媒活性を有するRNA分子のことを指す。リボザイムには種々の活性を有するものが存在するが、中でもRNAを切断する酵素としてのリボザイムに焦点を当てた研究により、RNAを部位特異的に切断するリボザイムの設計が可能となった。リボザイムには、グループIイントロン型やRNase Pに含まれるM1 RNAのように400ヌクレオチド以上の大きさのものもあるが、ハンマーヘッド型やヘアピン型と呼ばれる40ヌクレオチド程度の活性ドメインを有するものもある(小泉誠および大塚栄子: 蛋白質核酸酵素, 35: 2191, 1990)。
【0031】
例えば、ハンマーヘッド型リボザイムの自己切断ドメインは、G13U14C15という配列のC15の3'側を切断するが、その活性にはU14とA9との塩基対形成が重要とされ、C15の代わりにA15またはU15でも切断され得ることが示されている(Koizumi M, et al: FEBS Lett 228: 228, 1988)。基質結合部位が標的部位近傍のRNA配列と相補的なリボザイムを設計すれば、標的RNA中のUC、UUまたはUAという配列を認識する制限酵素的なRNA切断リボザイムを作出することができる(Koizumi M, et al: FEBS Lett 239: 285, 1988、小泉誠および大塚栄子: 蛋白質核酸酵素 35: 2191, 1990、 Koizumi M, et al: Nucl Acids Res 17: 7059, 1989)。例えば、RFT1タンパク質をコードするDNA(配列番号:2または5)中には、標的となり得る部位が複数存在する。
【0032】
また、ヘアピン型リボザイムも本発明の目的に有用である。このリボザイムは、例えばタバコリングスポットウイルスのサテライトRNAのマイナス鎖に見出される(Buzayan JM: Nature 323: 349, 1986)。ヘアピン型リボザイムからも、標的特異的なRNA切断リボザイムを作出できることが示されている(Kikuchi Y & Sasaki N: Nucl Acids Res 19: 6751, 1991、菊池洋: 化学と生物 30: 112, 1992)。
【0033】
標的を切断できるように設計されたリボザイムは、植物細胞中で転写されるように、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーターなどのプロモーターおよび転写終結配列に連結される。このとき、転写されたRNAの5'端や3'端に余分な配列が付加されていると、リボザイムの活性が失われることがあるが、こういった場合は、転写されたリボザイムを含むRNAからリボザイム部分だけを正確に切り出すために、リボザイム部分の5'側や3'側にシスに働く別のトリミングリボザイムを配置させることも可能である(Taira K, et al: Protein Eng 3: 733, 1990、Dzianott AM & Bujarski JJ: Proc Natl Acad Sci USA 86: 4823, 1989、Grosshans CA & Cech TR: Nucl Acids Res 19: 3875, 1991、Taira K, et al: Nucl Acids Res 19: 5125, 1991)。また、このような構成単位をタンデムに並べ、標的遺伝子内の複数の部位を切断できるようにすることで、より効果を高めることもできる(Yuyama N, et al: Biochem Biophys Res Commun 186: 1271, 1992)。このように、リボザイムを用いて本発明における標的遺伝子の転写産物を特異的に切断することで、該遺伝子の発現を抑制することができる。
【0034】
内在性遺伝子の発現の抑制は、さらに、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有する二本鎖RNAを用いたRNA interferance(RNAi)によっても行うことができる。RNAiとは、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有する二重鎖RNAを細胞内に導入すると、導入した外来遺伝子および標的内在性遺伝子の発現がいずれも抑制される現象のことを指す。RNAiの機構の詳細は明らかではないが、最初に導入した二本鎖RNAが小片に分解され、何らかの形で標的遺伝子の指標となることにより、標的遺伝子が分解されると考えられている。RNAiは植物においても効果を奏することが知られている(Chuang CF & Meyerowitz EM: Proc Natl Acad Sci USA 97: 4985, 2000)。例えば、植物体におけるRFT1タンパク質をコードするDNAの発現をRNAiにより抑制するためには、RFT1タンパク質をコードするDNA(配列番号:2または5)またはこれと類似した配列を有する二本鎖RNAを目的の植物へ導入し、得られた植物体から野生型植物体と比較して開花が遅延した植物を選択すればよい。RNAiに用いる遺伝子は、標的遺伝子と完全に同一である必要はないが、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の配列の同一性を有する。また、配列の同一性は上述した手法により決定できる。
【0035】
内在性遺伝子の発現の抑制は、標的遺伝子配列と同一もしくは類似した配列を有するDNAの形質転換によって起こる共抑制によっても達成できる。「共抑制」とは、植物に標的内在性遺伝子と同一もしくは類似した配列を有する遺伝子を形質転換により導入すると、導入した外来遺伝子および標的内在性遺伝子の発現がいずれも抑制される現象のことを指す。共抑制の機構の詳細は明らかではないが、少なくともその機構の一部はRNAiの機構と重複していると考えられている。共抑制は植物においても観察される(Smyth DR: Curr Biol 7: R793, 1997、Martienssen R: Curr Biol 6: 810, 1996)。例えば、RFT1タンパク質をコードするDNAが共抑制された植物体を得るためには、RFT1タンパク質をコードするDNAまたはこれと類似した配列を有するDNAを発現できるように作製したベクターDNAを目的の植物へ形質転換し、得られた植物体から野生型植物体と比較して開花が遅延した植物を選択すればよい。共抑制に用いる遺伝子は、標的遺伝子と完全に同一である必要はないが、少なくとも70%以上、好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の配列の同一性を有する。また、配列の同一性は上述した手法により決定できる。
【0036】
本発明は、本発明のDNAを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む形質転換植物体の製造方法を提供する。
【0037】
本発明において、植物細胞が由来する植物としては、特に制限はない。また、植物細胞の形質転換に用いられるベクターは、該細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば特に制限はない。例えば、植物細胞内で恒常的に遺伝子を発現させるためのプロモーター(例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター)を有するベクターや、外的な刺激により誘導的に活性化されるプロモーターを有するベクターを用いることもできる。ここで言う「植物細胞」には、種々の形態の植物細胞、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどが含まれる。
【0038】
植物細胞へのベクターの導入には、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法など、当業者に公知の種々の方法を用いることができる。アグロバクテリウム(例えば、EHA101)を介する方法においては、例えば、超迅速単子葉形質転換法(特許第3141084号)を用いることが可能である。また、パーティクルガン法においては、例えば、バイオラッド社のものを用いることが可能である。形質転換植物細胞からの植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である(Toki S, et al: Plant Physiol 100: 1503, 1995)。
【0039】
例えば、イネにおいて形質転換植物体を作出する手法については、ポリエチレングリコールを用いてプロトプラストへ遺伝子導入し、植物体(インド型イネ品種が適している)を再生させる方法(Datta SK: In Gene Transfer To Plants (Potrykus I and Spangenberg, Eds) pp.66-74, 1995)、電気パルスによりプロトプラストへ遺伝子導入し、植物体(日本型イネ品種が適している)を再生させる方法(Toki S, et al: Plant Physiol 100: 1503, 1992)、パーティクルガン法により細胞へ遺伝子を直接導入し、植物体を再生させる方法(Christou P, et al: Biotechnology 9: 957, 1991)、およびアグロバクテリウムを介して遺伝子を導入し、植物体を再生させる方法(Hiei Y, et al: Plant J 6: 271, 1994)など、いくつかの技術が既に確立し、本願発明の技術分野において広く用いられている。本発明においては、これらの方法を好適に用いることができる。
【0040】
ゲノム内に本発明のDNAが導入された形質転換植物体がいったん得られれば、該植物体から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることができる。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラストなど)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。
【0041】
また、本発明は、本発明のDNAの発現量を測定する工程を含む、自然日長条件または長日条件下における植物の開花時期を予測する方法を提供する。本発明のDNAの発現量の測定は、RNAやcDNAなどの核酸や本発明のDNAからコードされるタンパク質の発現量を指標とすることもできる。よって、「本発明のDNAの発現量」には、これら核酸やタンパク質の発現量も含まれる。
【0042】
該方法では、本発明のDNAの発現量が増加すれば穂の形態形成が始まることから、発現量によって出穂が始まる時期を予測することが可能である。
【0043】
また、該方法では、自然日長条件下において、本発明のDNAの発現量をモニタリングすることで、条件下での植物の開花時期を予測することが可能であるだけでなく、人工気象室の長日条件下における本発明のDNAの発現量をモニタリングすることによって、栽培時期に依存することなく、自然日長条件での植物の開花時期を予測することもまた可能である。
【0044】
以下に本発明の予測方法の具体的な態様を記載するが、本発明の予測方法は、それらの方法に限定されるものではない。
【0045】
本発明のDNAの発現量を測定する工程を含む予測方法の一つの態様としては、まず、被検植物から経時的にRNA試料を調製する。次いで、該RNA試料に含まれるRFT1タンパク質をコードするRNAの量を測定する。その他の態様としては、まず、被検植物から経時的にRNA試料を調製する。次いで、該RNA試料からcDNA試料を合成する。次いで、該cDNA試料に含まれるRFT1タンパク質をコードするcDNAの量を測定する。このような方法としては、当業者に周知の方法、例えばノーザンブロッティング法、RT-PCR法、DNAアレイ法等を挙げることができるが、上記方法は、これらの方法に限定されない。
【0046】
RNAやcDNA試料の調製は、当業者に周知の方法で行うことができる。例えば被検植物の播種10日後から出穂30日前までの葉から、mRNAを単離する。
【0047】
mRNAの単離は、公知の方法、例えば、グアニジン超遠心法(Chirgwin, J. M. et al., Biochemistry (1979) 18, 5294-5299) 、AGPC法 (Chomczynski, P. and Sacchi, N., Anal. Biochem. (1987) 162, 156-159) 等により全RNAを調製し、mRNA Purification Kit (Pharmacia社) 等を使用して全RNAからmRNAを精製する。また、QuickPrep mRNA Purification Kit (Pharmacia社) を用いることによりmRNAを直接調製することもできる。得られたmRNAから逆転写酵素を用いてcDNAを合成する。cDNAの合成は、AMV Reverse Transcriptase First-strand cDNA Synthesis Kit (生化学工業社)等を用いて行うこともできる。
【0048】
また、本発明のDNAの発現量を測定する工程を含む予測方法の別の態様としては、まず、被検植物から経時的にタンパク質試料を調製する。本発明において、タンパク質試料は、例えば、被検植物の播種10日後から出穂30日前までの葉から、当業者に周知の方法で調製することができる。
【0049】
本発明の方法においては、次いで、該タンパク質試料に含まれるRFT1タンパク質の量を測定する。このような方法としては、当業者に周知の方法、例えば、SDSポリアクリルアミド電気泳動法、2次元電気泳動法、プロテインチップによる解析法(蛋白質 核酸 酵素 Vol.47 No.5(2002)、蛋白質 核酸 酵素 Vol.47 No.8(2002))、酵素結合免疫測定法(ELISA)、免疫蛍光法、ウェスタンブロッティング法、ドットブロッティング法、免疫沈降法が挙げられるが、上記方法は、これらに限定されない。
【0050】
本発明はまた、植物の開花時期を予測するための試薬を提供する。このような試薬としては、RFT1タンパク質をコードするDNAにハイブリダイズし、少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有するオリゴヌクレオチドを含む試薬が挙げられる。また、RFT1タンパク質に結合する抗体を含む試薬も挙げられる。
【0051】
上記オリゴヌクレオチドは、RFT1タンパク質をコードするDNA(例えば配列番号:2または5)に特異的にハイブリダイズするものである。特異的なハイブリダイズが可能であれば、該オリゴヌクレオチドは、RFT1タンパク質をコードするDNAに対し、完全に相補的である必要はない。
【0052】
上記オリゴヌクレオチドを含む試薬としては、上記方法に使用しうるプローブ(該プローブが固定された基板の形態であってもよい)やプライマーが挙げられる。上記オリゴヌクレオチドをプライマーとして用いる場合、その長さは、通常15bp〜100bpであり、好ましくは17bp〜30bpである。プライマーは、本発明のDNAの少なくとも一部を増幅しうるものであれば、特に制限されない。このようなプライマーとしては、例えば、配列番号:9、10、13、14、17および18に記載のDNAが例示できるが、これらに限定されるものではない。
【0053】
また、上記オリゴヌクレオチドをプローブとして使用する場合、該プローブは、RFT1タンパク質をコードするDNAに特異的にハイブリダイズするものであれば、特に制限されない。該プローブは、合成オリゴヌクレオチドであってもよく、通常少なくとも15bp以上の鎖長を有する。このようなプローブとしては、例えば、配列番号:19に記載のDNAが例示できるが、これらに限定されるものではない。
【0054】
本発明のオリゴヌクレオチドは、例えば市販のオリゴヌクレオチド合成機により作製することができる。プローブは、制限酵素処理等によって取得される二本鎖DNA断片として作製することもできる。
【0055】
本発明のオリゴヌクレオチドをプローブとして用いる場合は、適宜標識して用いることが好ましい。標識する方法としては、T4ポリヌクレオチドキナーゼを用いて、オリゴヌクレオチドの5'端を32Pでリン酸化することにより標識する方法、およびクレノウ酵素等のDNAポリメラーゼを用い、ランダムヘキサマーオリゴヌクレオチド等をプライマーとして32P等のアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識された基質塩基を取り込ませる方法(ランダムプライム法等)を例示することができる。
【0056】
上記の試薬においては、有効成分であるオリゴヌクレオチドや抗体以外に、例えば、滅菌水、生理食塩水、植物油、界面活性剤、脂質、溶解補助剤、緩衝剤、タンパク質安定剤(BSAやゼラチンなど)、保存剤等が必要に応じて混合されていてもよい。
【0057】
【実施例】
以下、本発明を実施例により、さらに具体的に説明するが本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
[実施例1] RFT1遺伝子について
RFT1遺伝子は、出穂期関連遺伝子Hd3aをマップベースクローニングによって単離同定する過程で見出された遺伝子である。すなわちHd3a遺伝子領域の精度の高い遺伝地図を作成したところ、Hd3a遺伝子の候補領域として絞り込まれたゲノム領域外に、Hd3a遺伝子と塩基配列が類似する遺伝子の存在が明らかとなった。この遺伝子は、組み換え個体の存在から、遺伝学的にHd3a遺伝子の候補からは除外されていた(図1)。
【0058】
[実施例2] RFT1候補遺伝子の塩基配列および推定アミノ酸配列の比較
イネ品種Kasalathおよび日本晴について、RFT1領域約2.9kbのゲノムおよびRFT1候補遺伝子のcDNAの塩基配列を解析した。ゲノムおよびcDNAの塩基配列の比較から、RFT1は4つのexon(461bp、62bp、41bpおよび473bp)からなり、コード領域は537bpであると推定された。日本晴の塩基配列に対し、Kasalathでは転写開始点上流域約1kbの領域に13箇所の1塩基置換および10塩基欠失、2塩基挿入、11塩基挿入が見られ、転写領域内には21箇所の1塩基置換および1塩基欠失、11塩基欠失、8塩基欠失が存在した。そのうち翻訳領域内に存在していたのは10箇所の1塩基置換で、3'末に見いだされた4個がアミノ酸置換を引き起こすことが推定された。
【0059】
Hd3aとRFT1の推定アミノ酸配列の比較を行なった(図2)。Hd3aとRFT1間のアミノ酸配列の相同性は全体で約91%と高く、特にC末端側は98%のアミノ酸が一致していた。RFT1のKasalathおよび日本晴間の配列を比較すると、N末端側で1アミノ酸、C末端側で4アミノ酸が異なっており、Kasalathの配列のほうが Hd3aと似た配列を持っていた。
【0060】
Kasalathおよび日本晴のRFT1領域のゲノム塩基配列をそれぞれ配列番号:1および4に、cDNAの塩基配列をそれぞれ配列番号:2および5に、これらDNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列をそれぞれ配列番号:3および6に示す。
【0061】
[実施例3] RFT1遺伝子の出穂に対する作用
RFT1遺伝子がイネの出穂に影響を与えるかどうかを明らかにするために、RFT1遺伝子の相補DNA断片の形質転換を行った。形質転換には、日本型品種日本晴およびインド型品種Kasalath由来のcDNA断片を用いた。すなわち、Kasalathの成熟期の葉から抽出した全RNAからcDNAを合成した。合成したcDNAを鋳型にして、PCR法でコード領域をカバーするcDNA断片の増幅を試みた。増幅にはプライマー対5'-GGATTGAACGGCAGGAGATACC-3'(配列番号:9)および 5'-TGCCAACCACCAGAGGATCG-3'(配列番号:10)を用いた。増幅した820bpのcDNA断片をTi-プラスミドベクターpPZP2Ha3(Fuse et al. Plant Biotechnology 18: 219-222, 2001)に組み込み、アグロバクテリウムを介して日本晴に導入した。再分化植物体は速やかに短日条件(10時間明)のグロースチャンバーに移して育成し、出穂までの所要日数(到穂日数)を調査した。
【0062】
短日条件における日本晴およびKasalathのRFT1遺伝子を導入した形質転換個体(T0)の一部は著しい早生となり、なかには移植前後にすでに出穂する個体も認められた(図3および表1)。長日条件においても、早生個体は観察された(表1)。ベクターのみの個体は、出穂まで移植後約40〜50日を要し、同じ条件で栽培した日本晴とは大きな差は認められなかった(表1)。これらの結果から、RFT1遺伝子は出穂を促進させる作用をもつことが明らかとなった。
【0063】
【表1】
Figure 0003823137
【0064】
[実施例4] RFT1候補遺伝子の発現レベルと出穂時期の関係
RFT1遺伝子のイネの出穂に対する役割をより詳細に解析するために、人工調節環下の短日(10時間)および長日(14.5時間)条件下において、極早生品種はやまさり、ARC10313、早生品種アキヒカリ、日本晴および極晩生品種Nona Bokraを栽培し、生育過程に置けるRFT1およびHd3aのmRNA量の変化を解析した。短日条件ではHd3a遺伝子のmRNAが日本晴およびNona Bokraで播種後10日目で既に検出されたのに対して、ARC10313では20日目から検出された。はやまさりにおいては70日後までHd3amRNAは検出できなかった(図4)。一方、短日条件でのRFT1遺伝子のmRNAは、はやまさり、日本晴およびNona Bokraにおいて播種後10日目で検出できたが、ARC10313においては40日目において検出された(図4)。これらの発現量と出穂期の関係を見ると、短日条件ではHd3aおよびRFT1遺伝子のどちらもが出穂に関与する可能性が示唆された。長日条件下ではHd3aのmRNAは、ARC10313の70日目に検出されたが、それ以外の品種では検出できなかった(図4)。一方、RFT1遺伝子のmRNAは、はやまさりおよびアキヒカリでは播種後40日目でその転写量が増大し、はやまさりの転写量が最も増大していた。ARC10313および日本晴では播種後70日目で検出された。Nona Bokraでは播種後70日目においてもmRNAは検出できなかった。これらのmRNAの転写レベルの高低は長日条件下における出穂の早晩(到穂日数の大小)をよく反映していた(図4)。
【0065】
長日条件における出穂とRFT1遺伝子の関係をより詳細に調べるために、出穂期が異なるイネの27品種・近縁種における自然日長条件下での出穂期とRFT1およびHd3a遺伝子の発現パターンを調査した。供試したイネ品種の到穂日数は、北海道の極早生品種では6月下旬(播種後約60日)から出穂を始め、7月下旬から8月(約90-120日)にかけて多くの品種が出穂し、極晩生品種・野生種などでは11月下旬(約200日)に出穂した(表2)。
【0066】
【表2】
Figure 0003823137
Figure 0003823137
【0067】
出穂促進機能を有するHd3aおよび RFT1について、圃場での生育過程におけるmRNA発現量を調査した。2001年4月23日(4/23)に播種し、5/23に移植した植物体の葉を6/12、7/10および8/7に採取し、RT-PCR解析を行った。mRNA量の比較にはイネユビキチン遺伝子を用いた。RT-PCR に用いたプライマーは、Hd3aの解析ではHd3a-45 5'- TCAGAACTTCAACACCAAGG -3'(配列番号:11)およびHd3a-46: 5'- ACCTTAGCCTTGCTCAGCTA-3'(配列番号:12)を、RFT1ではTFL-1:5'- GTACCACTGGAGCAACATT-3'(配列番号:13)およびTFL-2 5'- ATACAGCTAGGCAGGTCTCA -3'(配列番号:14)を用いた。イネユビキチン遺伝子では、OsUBQ-U2 5'-GCCGCAAGAAGAAGTGTGGT-3'(配列番号:15)およびOsUBQ-L2 5'-TGAAGCATCCAGCACAGTAAAA-3'(配列番号:16)を用いた。Hd3aはいずれの時期においてもインド型の1系統を除くすべての品種において転写レベルは低かった(図5)。一方、RFT1の発現量は生育初期から増加する品種が認められ、その転写産物量と出穂期(到穂日数)の間には相関が認められた(図5)。これらの結果から、自然日長条件下ではHd3a ではなくRFT1遺伝子の働きによって出穂が決定されることが示唆された。
【0068】
発現量と出穂期の相関をより詳細に解析するために、定量PCR法による各生育時期でのRFT1遺伝子のmRNA量を比較した。定量PCRには以下のプライマーを用いた。
RFT1遺伝子
RFT-cons 418F 5'- CGTCCATGGTGACCCAACA -3'(配列番号:17)
RFT-cons 501R 5'- CCGGGTCTACCATCACGAGT -3'(配列番号:18)
RFT-cons 452T 5'- CGGTGGCAATGACATGAGGACGTTC -3' (プローブ)(配列番号:19)
Hd3a遺伝子
Hd3aF 5'- GCTAACGATGATCCCGAT -3'(配列番号:20)
Hd3aR 5'- CCTGCAATGTATAGCATGC -3'(配列番号:21)
Hd3aP 5'- CTGCTGCATGCTCACTATCATCATCC -3' (プローブ)(配列番号:22)
ユビキチン(OsUBQ)遺伝子
CH262-476F 5'- GAGCCTCTGTTCGTCAAGTA -3'(配列番号:23)
CH262-543R 5'- ACTCGATGGTCCATTAAACC -3'(配列番号:24)
CH262-497T 5'- TTGTGGTGCTGATGTCTACTTGTGTC -3' (プローブ)(配列番号:25)
【0069】
RFT1mRNAとイネユビキチン遺伝子mRNA量の比を発現量の指標として、到穂日数との相関を見たところ、6/12では極めて高い負の相関関係(r=0.87817)が認められた(図6)。供試した品種のなかで極晩生3品種はその相関関係には適合しなかった。7/10および8/7では、極早生3品種ならびに極晩生3品種をのぞく21品種においては、相関関係(r=0.86530, r=0.56364)となり、いずれも極めて高い負の相関を示した。RFT1のmRNA量は出穂後減少することが観察され、このことが7/10および8/7の極早生品種では、相関関係が保持されない原因であると考えられる。一方、極晩生品種の到穂日数は約200日程度で他の品種の到穂日数に比べて著しくおおきい。このことが他の品種で認められた高い相関関係が極晩生品種では認められない原因であると考えられる。
【0070】
以上の結果から、比較的日長の長い期間に栽培される自然日長条件(つくば市4月〜9月)あるいは一定にした長日条件(14.5時間)のもとでの出穂にはRFT1遺伝子が重要な役割を演じていることが明らかとなった。短日条件での出穂にはRFT1遺伝子よりHd3a遺伝子の働きが強いと考えられる。また、例えば、長日条件に設定した人工気象室におけるRFT1遺伝子の発現量のモニタリングによって、栽培時期に依存することなく、自然日長条件(圃場)での任意の品種の出穂期を予測することができると考えられる。
【0071】
【発明の効果】
植物のRFT1遺伝子が、自然日長条件または長日条件下において、植物の開花を促進する機能を有することが判明した。品種改良における開花時期の改変は(1)交雑による早生・晩生系統の選抜、(2)放射線や化学物質による突然変異誘起などによって行われてきた。これらの作業は長期間を要することや変異の程度や方向性を制御できないことなどの問題があった。これに対し、本発明においては、単離したRFT1遺伝子の利用による開花時期の新しい改変法を確立することができた。すなわち、単離・同定したRFT1遺伝子は、植物の開花を促進する作用をもつ。したがって、この遺伝子をセンス鎖で形質転換することにより、植物の開花促進を図ることができる。一方、RFT1遺伝子の機能が保持されている品種、例えば日本晴あるいはKasalath、にアンチセンス方向にRFT1遺伝子を導入することにより、開花を遅延させることができる。形質転換に要する期間は交配による遺伝子移入に比較して極めて短期間であり、他の形質の変化を伴わないで開花時期の改変が可能となる。単離したRFT1遺伝子を利用することにより、植物の開花時期を容易に変化させることができ、異なる地域に適応した植物品種育成に貢献できると考えられる。
【0072】
また、RFT1遺伝子のmRNA量をモニターすることによって、任意の植物品種の開花時期を簡便に予測する手法を開発した。品種育成において、任意の品種の開花時期を予め予測することは極めて有用である。すなわち、任意の品種の交雑を行うためには、開花時期を一致させることが必要である。本発明により、予め、栽培する前に開花時期を予測することで、適切な日長処理が適用可能となり、品種の交配を効率化できるものと考えられる。
【0073】
【配列表】
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【図面の簡単な説明】
【図1】 RFT1遺伝子の染色体上での位置を示す図である。Hd3a遺伝子から短腕末端側10kbにHd3aと相同性の高い遺伝子RFT1が存在する。
【図2】 日本晴とKasalathから由来するRFT1およびHd3aタンパク質の推定アミノ酸配列を示す図である。Hd3a(Kasalath)、Hd3a(日本晴)、RFT1(Kasalath)、および、RFT1(日本晴)は、それぞれ、配列番号:7、配列番号:8、配列番号:3、および、配列番号:6に示している。
【図3】 RFT1遺伝子の過剰発現個体を示す写真である。再分化後約20日を経過した個体を示している。矢印は形成された穎花を示す。(A)左は過剰発現個体、右は通常の発現を示す個体である。(B)過剰発現個体を拡大した写真である。
【図4】 出穂期が異なるイネ5品目種の短日(10時間明)と長日(14.5時間明)におけるRFT1、Hd3aおよびUBQ遺伝子の転写レベルと出穂期の関係を示す写真である。
【図5】 供試27品目の到穂日数(A)とHd3aおよびRFT1遺伝子のmRNA量(RT-PCR)(B)を示す図および写真である。UBQは対照に用いたユビキチンmRNAである。
【図6】 RFT1遺伝子のmRNAレベルと到穂日数の相関関係を示す図である。

Claims (2)

  1. 播種後、下記(a)〜()のいずれかに記載のDNAが発現している、いずれかの期間において、該DNAの発現量を測定する工程を含む、自然日長条件または長日条件下における極晩生品種を除くイネの開花時期を予測する方法;
    (a)配列番号:3または6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA、
    (b)配列番号:1、2、4または5に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA、
    )配列番号:1、2、4または5に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであって、イネの開花を促進する機能を有するタンパク質をコードするイネ由来のDNA。
  2. 配列番号:17〜19のいずれかに記載のオリゴヌクレオチドを含む、請求項1に記載の方法に用いるための試薬。
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