JP3806189B2 - ヒト羊膜細胞への遺伝子導入方法及び遺伝子治療用細胞の調製方法 - Google Patents
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本発明は、遺伝子治療に用いることができる遺伝子導入ヒト羊膜細胞を調製する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
外来遺伝子を患者に導入することにより遺伝病を治療する、従来の遺伝子治療法の主なものとして、細胞をドラッグ・デリバリー・システム(DDS)として使う治療法がある。この遺伝子治療の例としては、アデノシン・デアミネース欠損症やプリンヌクレオチド・ホスホリラーゼ欠損症等の遺伝病の治療のために、これらの酵素の遺伝子をレトロウイルスベクターに組み込み、この組換えベクターを用いて患者から採取した骨髄細胞を形質転換し、形質転換骨髄細胞を患者に自家移植することが行われている。この方法では、移植による拒絶反応を防止するために、患者自身の骨髄細胞を用いており、また、形質転換細胞も骨髄に移植する必要があることから、患者の負担が大きい。また、患者のリンパ球に外来遺伝子を導入して患者に戻すことも知られているが、反復治療が必要であり、この方法で治療可能な遺伝病は限定される。
【0003】
一方、羊膜細胞は、その表面にHLA−A、B、C及びDR抗原並びにβ2 ミクログロブリンを発現せず、また、リソゾーム酵素を大量に産生するので、羊膜細胞を用いて遺伝病であるリソゾーム蓄積疾患(lysosomal storage diseases) の治療性が示唆されていた(Adinolfi, M et al., Nature 295:325-327, 1982) 。このように、羊膜細胞を遺伝子治療におけるDDSとして用いることも公知である。そしてムコ多糖症、リピドーシスなどの遺伝性代謝病に羊膜組織移植術が施行され、一部の患者に有効性が認められている(Tyiki-Szymanska A et al., J Inher Metab Dis 8:101-104, 1985; Sakuragawa N et al., Brain & Dev 14:7-11, 1992)。臨床的にも、これらの患者からは拒絶反応は報告されていない。しかしながら、この術式は、羊膜細胞が本来的に産生する酵素のDDSとして羊膜細胞を利用することであり、羊膜細胞に外来遺伝子を導入して発現させることは示唆されていないし、また、実際に遺伝子導入された羊膜細胞は報告されていない。また羊膜細胞の免疫発現性については、その後詳細に検討されていない。
【0004】
遺伝子治療においてDDSとして利用可能な細胞の種類が増えれば、遺伝子治療により治療可能な遺伝病の幅が広がるので有利である。また、他人に移植した場合でも拒絶反応が起きなければ、移植細胞を患者から調製する必要がなく、患者の負担が減るだけでなく、予め作製した細胞を治療に用いることができるので迅速かつ効果的に遺伝子治療を行うことができる。従って、本発明の目的は、従来から知られている骨髄細胞やリンパ球とは異なる、遺伝子治療のDDSとして用いることができる新規な遺伝子導入細胞であって、他人に移植した場合でも拒絶反応をほとんど起こさないものを調製する方法を提供することである。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、羊膜細胞が、移植時の拒絶反応において最も重要な役割を果たすHLA−class II抗原を発現せず、また、HLA−class I 抗原の発現も僅かであることを見出し、かつ、羊膜細胞に外来遺伝子を効率良く導入することに初めて成功し、本発明を完成した。
【0006】
すなわち、本発明は、発現させたい所望の遺伝子を担持する組換えアデノウイルスベクターでヒト羊膜細胞に遺伝子導入することにより、該遺伝子がコードする産物をヒト羊膜細胞中で発現させる方法を提供する。また、本発明は、ある遺伝子の産物が欠損、不足又は異常である遺伝病の治療のための細胞を調製する方法であって、前記細胞が、正常な該遺伝子が導入され該遺伝子がコードする産物を発現するヒト羊膜細胞から成り、前記ヒト羊膜細胞が、正常な該遺伝子を担持する組換えアデノウイルスベクターで遺伝子導入することにより調製されることを特徴とする方法を提供する。
【0007】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0008】
下記参考例に具体的に示されるように、本願発明者らは、ヒト羊膜細胞の表面上には、HLA−class II抗原が全く存在せず、また、HLA−class I抗原の量もごく僅かであることを見出した。HLA−class II抗原は、移植時の拒絶反応において最も重要な免疫原である。これが全く発現していないということは、移植片として非常に有利なことであり、他人の組織であっても移植可能なことが示唆される。
【0009】
さらに、単球、フィブロブラスト及び内皮細胞を包含する種々のタイプの細胞において、γ−インターフェロンによりclass I 及びclass II抗原の発現が誘起されることがよく知られている。γ−インターフェロンはTリンパ球により産生されるので、移植部分に侵入したT細胞が産生するγ−インターフェロンにより、class I 及びclass II抗原が誘起され、局所的な炎症反応が起きる虞がある。そこで、下記参考例に示すように、ヒト羊膜細胞について、γ−インターフェロンと共培養して調べたところ、ヒト羊膜細胞の表面にはγ−インターフェロンによりclass I 及びclass II抗原のいずれも全く誘起されないことを見出した。これにより、ヒト羊膜細胞を移植しても、局所的な炎症は起きないものと考えられる。
【0010】
以上のように、ヒト羊膜細胞は、移植時の拒絶反応において最も重要なHLA−class II抗原を全く発現せず、class I 抗原の発現も僅かであり、また、これらの抗原は、γ−インターフェロンによっても誘起されないから、移植するのに理想的であり、他人への移植も可能であると考えられる。
【0011】
本発明により、ヒト羊膜細胞は、発現させたい所望の遺伝子が効率良く導入され、該遺伝子がコードする産物を発現するようになる。ヒト羊膜細胞は、下記実施例に具体的に記載するように、アデノウイルス由来ベクターを用いて効率良く遺伝子導入することができることを見出した。該ベクターは市販(または供与)されているので、それらのマルチクローニング部位に常法により所望の遺伝子を挿入し、得られた組換えベクターでヒト羊膜細胞に遺伝子導入し、所望の遺伝子産物を産生するクローンを選択することにより遺伝子導入細胞を得ることができる。ベクターとしては、アデノウイルス由来ベクターが特に好ましく、下記実施例に示されるように、培養ヒト羊膜細胞については遺伝子導入効率がほぼ100%という、驚異的な結果が得られた。なお、遺伝子導入方法は、例えば市販のエレクトロポレーション装置を用いて、常法であるエレクトロポレーションにより行うことができる。
【0012】
本発明により得られる遺伝子導入細胞は、遺伝子治療のためのDDSとして用いることができる。すなわち、ある遺伝子の産物が欠損、不足又は異常である遺伝病を治療するために、上記ベクターで正常な該遺伝子を挿入したヒト羊膜細胞を患者に移植することにより、移植された遺伝子導入ヒト羊膜細胞により産生された遺伝子産物が患者の体内に供給され、患者の遺伝病の症状が治癒又は緩和される。本発明により得られる遺伝子治療用細胞により治療可能な遺伝病は、外来遺伝子の発現により治療可能なあらゆる遺伝病であり、好ましい例として、プロリダーゼ欠損症、糖原病及びムコ多糖症等の遺伝病を挙げることができる。
【0013】
本発明により得られる遺伝子治療用細胞を用いた遺伝子治療は、本発明により得られる細胞を患者の皮下に移植することにより行うことができる。移植する部位としては、特に限定されないが、腹筋鞘下又は腹部皮下等が好ましい。また、移植する細胞の数は、患者の症状や、本発明により得られる細胞の目的遺伝子産物の産生能に基づき適宜決定されるが、通常、109〜1010個程度である。あるいは、所望の遺伝子産物が透過できる大きさの孔を有する合成樹脂製の膜で細胞被覆し、これを皮下に埋め込むこともできる(Experimental Neurology 113, 322-329 (1991)) 。
【0014】
【実施例】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0015】
参考例 ヒト羊膜細胞の調製及び特徴づけ
帝王切開により得られた胎盤から、羊膜上皮層を公知の方法(Akle et al., Lancet II: 1003-1005, 1981)により調製した。分離した羊膜を数個の断片に切り、トリプシン(トリプシン濃度:0.125%)で15分間処理して細胞を分離した。細胞を遠心分離により集め、10%ウシ胎児血清添加RPMI−1640培地中で、5%CO2 を含む空気雰囲気下、37℃で培養した。80cm2 の組織培養フラスコを用い、コンフルエントに近くなった細胞を実験に用いた。
【0016】
得られたヒト羊膜細胞の抗原性を調べるためのマウスモノクローナル抗体として、抗ヒトHLAclass I 抗原モノクローナル抗体(デンマーク、DAKO A/S社製、クローンW6/32)及び抗ヒトHLA−DR class II 抗原α鎖モノクローナル抗体(DAKO社製、クローンTAL.1B5)を用いた。さらに、酵素標識抗体法を行うために、セイヨウワサビペルオキシダーゼ(HRPO)−標識ヤギF(ab')2 抗マウスIg's(G+L) 抗体(米国カリフォルニア州TAGO社製)を用いた。フローサイトメトリーにおいてclass I 抗原及びclass II抗原を検出するために、抗ヒトHLAclass I 抗原モノクローナル抗体(上述)及び抗ヒトHLA−DRモノクローナル抗体(DAKO社製、クローンCR3/43)並びにフルオレッセイン結合抗マウス免疫グロブリンF(ab)2 分画(オーストラリア国、ホーソーンビクトリア、Silenus Lab.社製)を用いた。
【0017】
フローサイトメトリーは次のように行った。すなわち、トリプシン−EDTA処理により、80cm2 の組織培養フラスコから、コンフルーエントに近くなったヒト羊膜細胞を採取し、冷PBSで洗浄した。次いで細胞を一次抗体と30分間4℃でインキュベートし、次いでFITC−結合二次抗体と共に4℃で30分間再懸濁した。次いで細胞を直ちにフローサイトメーター(FCM−1D、東京、ジャスコ社製)にかけた。
【0018】
また、class I 及びclass II抗原の誘起についてのγ−インターフェロンの効果を調べるために、上記のように調製したヒト羊膜細胞をγ−インターフェロン(AB型のヒト血清10%を含む100U/ml、米国シグマ社製)と37℃で3日間処理し、上記と同様にフローサイトメトリーにかけた。
【0019】
フローサイトメトリーの結果を図1に示す。図1中、横軸は蛍光強度、縦軸は細胞数を示す。なお、図1Bは10%ヒト血清と3日間培養したものについての結果を示す。図1Aに示されるように、非特異的マウスIgG1抗体で染色した細胞との比較から、ヒト羊膜細胞はclass II抗原を全く発現していないことがわかる。また、対照として用いたリンパ球(図示せず)よりも蛍光強度が低いことからclass I 抗原は僅かに発現されていることがわかる。また、γ−インターフェロン処理により、class I 抗原及びclass II抗原とも、その発現が誘起されないことがわかった(図1C)。
【0020】
一方、プレパラート上の羊膜上皮細胞標本を抗class I 又は抗class II一次抗体と共に37℃で1時間インキュベートした。次いでこれらをHRPO結合抗体と37℃で1時間インキュベートし、ジアミノベンジジンと室温で5分間反応させることにより発色させた。その結果、抗class IIモノクローナル抗体を用いた場合には全く染色されず、抗class I モノクローナル抗体を用いた場合には極めて僅かに染色された。
【0021】
実施例1 SV40系ベクターを用いたヒト羊膜細胞への遺伝子導入
β−ガラクトシダーゼ構造遺伝子(lacZ)を有し、SV40のプロモーター及びエンハンサーを有する市販のベクターであるpSV−β−ガラクトシダーゼベクター(米国ウィスコンシン州、Promega Corp.)を、清澄ライセート変法(Sakuragawa et al., Cell Transplantation 4: 343-346, 1990) により調製した。なお、pSV−β−ガラクトシダーゼベクターの遺伝子地図を図2に示す。市販のエレクトロポレーション装置(GENE PULSER、米国カリフォルニア州、Bio Rad Lab.社製)を用いたエレクトロポレーション法により、20μgのpSV−β−ガラクトシダーゼベクターで4x106 個のヒト羊膜細胞をトランスフェクトし、次いで、細胞を60mmのディッシュに接種した。37℃で48時間インキュベート後、細胞を固定し、5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−β,D−ガラクトシド(X−gal)で染色して評価した。その結果、60mmのディッシュ1枚当たり2、3個の細胞がβ−ガラクトシダーゼ活性を有していた。これにより、SV40系ベクターによってヒト羊膜細胞が遺伝子導入可能であることが示された。
【0022】
実施例2 アデノウイルス系ベクターを用いたヒト羊膜細胞の遺伝子導入
アデノウイルスベクターであるpADEX1CA(「実験医学」Vol. 12 No. 15(増刊)1994、 pp.34-39、東京大学医科学研究所、遺伝子解析施設、斉藤 泉博士より入手可能)のマルチクローニング部位にlacZ遺伝子を組み込み、pADEX1CA−LACZを調製したものを供与された(東京大学医科学研究所、遺伝子解析施設、斉藤 泉博士より)。なお、この組換えベクターの遺伝子地図を図3に示す。この組換えベクターを、実施例1と同様にしてmoi20でトランスフェクトし、X−galを用いてlacZの発現を調べた。その結果、ほぼ100%の細胞がlacZを発現していた。このことから、ヒト羊膜細胞は、アデノウイルスベクターにより驚異的な効率で遺伝子導入されることがわかった。
【0023】
実施例3 遺伝子導入ヒト羊膜細胞の移植
実施例2で作製した、lacZ遺伝子を導入したヒト羊膜細胞106 個をラットの脳線条体に定位脳手術的に移植した。1週間後に屠殺して、移植部位の還流固定標本を常法により作製し、免疫組織化学的に検討した。すなわち、lacZ遺伝子を同定するため、X−gal染色を施行したところ、脳移植部位に青染する細胞が確認された。
【0024】
青染する生細胞が確認されたことにより、ヒト羊膜細胞が移植後生着すること及び生着したヒト羊膜細胞が外来遺伝子を発現することが確認された。すなわち、本発明の細胞による移植療法が可能であることが明らかになった。
【0025】
本発明により、遺伝子治療に有用な新規な遺伝子導入細胞を調製する方法が提供された。本発明により、外来遺伝子の発現を目的として遺伝子治療におけるDDSとして従来用いられていないヒト羊膜細胞が利用可能であることが明らかになったので、遺伝子治療可能な遺伝病の幅が広がる。また、本発明により得られる細胞は他人に移植した場合でも拒絶反応や局所的炎症を起こさないと考えられるので、他人への移植が可能である。従って、細胞を患者自身から調製する必要がなく、組織培養細胞を用いることができるので患者の負担も少なく、また、予め作製してある遺伝子導入細胞を治療に用いることができるから治療を迅速かつ効果的に行うことができる。従って、本発明は、遺伝子治療に大いに貢献するものと期待される。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の細胞又はγ−インターフェロン処理した本発明の細胞を抗class I 抗体又は抗class II抗体で染色したもののフローサイトメトリーの結果を示す図である。
【図2】ヒト羊膜細胞への遺伝子導入に用いた組換えベクターであるpSV−β−ガラクトシダーゼベクターの遺伝子地図である。
【図3】ヒト羊膜細胞への遺伝子導入に用いた組換えベクターであるpADEX1CA−LACZの遺伝子地図である。
Claims (2)
- 発現させたい所望の遺伝子を担持する組換えアデノウイルスベクターでヒト羊膜細胞に遺伝子導入することにより、該遺伝子がコードする産物をヒト羊膜細胞中で発現させる方法。
- ある遺伝子の産物が欠損、不足又は異常である遺伝病の治療のための細胞を調製する方法であって、前記細胞が、正常な該遺伝子が導入され該遺伝子がコードする産物を発現するヒト羊膜細胞からなり、前記ヒト羊膜細胞が、正常な該遺伝子を担持する組換えアデノウイルスベクターで遺伝子導入することにより調製されることを特徴とする方法。
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