JP3790821B2 - ノルコクラウリン6−o−メチルトランスフェラーゼ遺伝子が導入された形質転換植物、及び、その形質転換植物を用いたイソキノリンアルカロイド生合成の誘導方法 - Google Patents
ノルコクラウリン6−o−メチルトランスフェラーゼ遺伝子が導入された形質転換植物、及び、その形質転換植物を用いたイソキノリンアルカロイド生合成の誘導方法 Download PDFInfo
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、コクラウリンの生合成酵素であるノルコクラウリン6−O−メチルトランスフェラーゼをコードする遺伝子が導入された形質転換植物、及び、その形質転換植物を用いてイソキノリンアルカロイドの生合成を誘導する方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
植物細胞が生産する様々な二次代謝産物は、香辛料、染料として利用されるばかりでなく、有用医薬品としても利用されている。これらの植物は天然から採取されたり、栽培されたりしているが、多くの植物は生育が遅く、培養細胞など他の方法による生産方法が模索されている。
【0003】
このような植物の二次代謝産物の一つであるアルカロイドは、少量投与でヒト、動物などに顕著な生理活性を示すものが多い。アルカロイドの中でも、イソキノリン誘導体及び生合成的にこれに由来するイソキノリン系アルカロイドには、ベルベリン、モルフィン、パパベリンなど強い生理活性を有するものが多く、現在でも多くの有用医薬品に使用されている。このイソキノリンアルカロイドの生合成系の前半部分は、各種化合物で共通しているため、上記イソキノリンアルカロイドの生合成を効率よく行う方法として、その生合成に関わる遺伝子を利用する方法が挙げられる。これら遺伝子を利用してイソキノリンアルカロイドの生合成を行うためには、当該遺伝子の単離と同定が不可欠である。
【0004】
このような経緯から、これまでにイソキノリンアルカロイド生合成系の酵素をコードする遺伝子の単離・同定が実施されている。特許文献1には、ベルベリンの生合成に関わる酵素の一つであるノルコクラウリン6−O−メチルトランスフェラーゼ(6OMTと略記される)をコードする遺伝子の単離と同定が報告されている。この6OMTは、ベルベリン生合成系の最初のメチル化反応を触媒する酵素である。
【0005】
【特許文献1】
特開平11−178577号公報(公開日:平成11年7月6日)
【0006】
【非特許文献1】
Yun DJ, Hashimoto T., Yamada Y.、 Metabolic engineering of medicinal plants: transgenic Atropa belladonna with an improved alkaloid composition.、Proceedings of National Academy of Sciences, USA、第89巻、11799-11803頁(1992年)
【0007】
【非特許文献2】
F. Sato, T. Hashimoto, A. Hachiya, K. Tamura, K.-B. Choi, T. Morishige, H. Fujimoto and Y. Yamada、Metabolic engineering of plant alkaloid biosynthesis、Proceedings of National Academy of Sciences, USA、第98巻(1)、367-372頁(2001年)
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、昨今、アルカロイドの生合成に関与する種々の酵素遺伝子を利用してアルカロイド生合成系を律速する酵素反応を増強することにより、アルカロイド生合成活性を増大することが試みられている。非特許文献1には、トロパンアルカロイド生合成系の最終反応の律速酵素であるヒヨスチアミン−6−β−ヒドロキシラーゼ(hyoscyamine−6−β−hydroxylase)の過剰発現によって、最終産物のスコポラミン(scopolamine)の含量が増大することが報告されている。しかしながら、この試みでは、当該酵素の反応産物のみの増加にとどまり、生合成系全体の活性が増加することは期待されていなかった。即ち、生合成系における最終反応の酵素以外の酵素の過剰発現によって、有用二次代謝産物の生合成が活性化されることは知られていなかった。
【0009】
また、一次代謝から二次代謝への入り口にあたる酵素の過剰発現によっても、その生合成系の活性化は極めて限られていた。例えば、ニコチアナ・シルベストリス(Nicotiana sylvestris)のニコチン生合成系において、プトレシン−N−メチルトランスフェラーゼ(putrescine−N−methyltransferase)を4〜8倍過剰発現させても、ニコチンの増加量はわずか40%に留まっている(非特許文献2参照)。
【0010】
そこで本発明では、イソキノリンアルカロイド生合成系全体が活性化され、その最終産物であるイソキノリンアルカロイドの生合成量が増加する形質転換植物を提供するとともに、この形質転換植物を用いて医薬品などとして有用なイソキノリンアルカロイドの誘導を効率的に行う方法を提供する。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本願発明者らは、イソキノリンアルカロイド生合成系の律速段階を明らかにするために、各種イソキノリンアルカロイド生合成酵素遺伝子を宿主に導入したところ、ノルコクラウリン6−O−メチルトランスフェラーゼ(6OMT:Norcoclaurine 6-O-methyltransferase)の導入によってのみ、イソキノリン生合成系遺伝子全体の発現が促進され、生合成量が増大することが確認された。即ち、本願発明者らは、イソキノリンアルカロイド生合成においては、6OMTによって触媒される特定の生合成段階が極めて重要な調節的役割を担うということを見出した。このように、本発明は6OMT遺伝子を導入して作製された形質転換植物では、イソキノリンアルカロイド生合成系全体の活性が向上するという知見に基づいて、イソキノリンアルカロイド生合成植物におけるアルカロイド生合成機能の増強方法を提案するものである。
【0012】
本発明に係る形質転換植物は、イソキノリンアルカロイドを生産する植物に、ノルコクラウリン6−O−メチルトランスフェラーゼ(6OMT)遺伝子を導入することにより、イソキノリンアルカロイドの生合成機能を野生型植物よりも向上させたことを特徴とするものである。
【0013】
6OMTは、ベルベリン生合成の最初のメチル化反応を触媒する酵素であり、S−アデノシル−L−メチオニンをメチル基供与体としてノルコクラウリンの6−位の水酸基をメチル化し、コクラウリンを生成する酵素である。上記形質転換植物は、この6OMTをコードする遺伝子が植物を宿主として導入されたものであり、その結果として、6OMTのみならずイソキノリンアルカロイド生合成経路のその他の生合成関連酵素の発現が促進され、イソキノリンアルカロイドの生合成機能が野生型植物よりも向上しているものである。
【0014】
上記「ノルコクラウリン6−O−メチルトランスフェラーゼ(6OMT)遺伝子」とは、上記6OMTとしての酵素活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を意味する。上記6OMTをコードする遺伝子として、具体的には、上述の特許文献1に記載のオウレン(Coptis japonica)由来のものが挙げられる。そして、上記6OMTをコードする遺伝子としてより具体的には、配列番号1に示す塩基配列を有するものを挙げることができる。
【0015】
ここで、上記「遺伝子」には、DNAおよびRNAが含まれるものとする。また、DNAには少なくともゲノムDNA、cDNAが含まれ、RNAには、mRNAなどが含まれる。上記「遺伝子」は、上記6OMTをコードする配列以外に、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。また、「遺伝子が導入され」たとは、公知の遺伝子工学的手法(遺伝子操作技術)により、宿主となる植物(宿主植物)内に発現可能に導入されることを意味する。
【0016】
また、上記形質転換植物は、イソキノリンアルカロイドの生合成機能を向上させることから、イソキノリンアルカロイドを生産する植物(即ち、イソキノリンアルカロイド生産植物)に上記6OMT遺伝子が導入されたものであることが好ましい。上記イソキノリンアルカロイド生産植物の一例として、ベンゾフェナンスリジンアルカロイド生合成系を有するハナビシソウ(Eschscholtzia californica)が挙げられる。ハナビシソウを宿主植物として6OMT遺伝子が導入された形質転換植物は、後述の実施例でも説明するように、イソキノリンアルカロイド生合成系全体の酵素誘導に顕著な効果を示すことが確認されている。
【0017】
上記の形質転換植物は、カリフラワーモザイクウイルス由来の35Sプロモーターを使用して作製されることが好ましい。即ち、上記6OMT遺伝子の発現を促すプロモーターとして、上記カリフラワーモザイクウイルス由来の35Sプロモーターが上記6OMT遺伝子とともにベクターなどに組み込まれていることが好ましい。これによれば、上記6OMT遺伝子を過剰発現させることができ、イソキノリン生合成系をより活性化し、その最終産物であるイソキノリンアルカロイドを多量に生成することができる。
【0018】
本発明に係る形質転換植物は、6OMT遺伝子が過剰発現するように宿主植物に導入することによって、アルカロイドの生産量を野生型植物の平均値の6〜7倍に増加させることが可能である。このことは、6OMT反応がイソキノリンアルカロイド生合成の制御反応として極めて特異的であり、その過剰発現がイソキノリン生合成系全体の活性化に有効であることを示唆している。このような代謝的調節遺伝子である6OMT遺伝子を導入することによって、ノルコクラウリン(norcoclsurine)からコクラウリン(coclaurine)を経由するイソキノリンアルカロイド生合成系の活性化と、その産物である様々なイソキノリン系アルカロイドの効率的生産とを可能とすることが期待できる。
【0019】
上述の形質転換植物を利用すれば、医薬品原料などとして有用なイソキノリンアルカロイドを工業的に大量生産することができると考えられる。従って、本発明には、上記形質転換植物を用いてイソキノリンアルカロイドの生合成を誘導する方法も含まれる。この方法によれば、医薬品原料として有用なイソキノリンアルカリロイドを高効率に大量に生産することができる。即ち、6OMT遺伝子が導入された上記の形質転換植物は、サングイナリンやベンゾフェナンスリジンアルカロイドに留まらず、ベルベリンやモルフィナンアルカロイドなど共通の生合成系を有する多くの重要な医薬品の生合成系の活性化を可能とするものである。そのため、上記のイソキノリンアルカロイド生合成の誘導方法は、これら重要な医薬用アルカロイドの工業的生物生産系として広範囲に利用できる可能性を有している。
【0020】
なお、上記のイソキノリンアルカロイドの生合成の誘導方法は、微生物由来のエリシターを作用させることが好ましい。上記エリシターとして、具体的には酵母から抽出された酵母エキスを用いることが好ましい。これによれば、上記形質転換植物においてイソキノリンアルカロイドの生合成系がより活性化され、より効率的にアルカロイドを生産することができる。
【0021】
【発明の実施の形態】
以下、本発明についてより詳細に説明するが、本発明はこの記載に限定されるものではない。
【0022】
本発明の形質転換植物は、ノルコクラウリン6−O−メチルトランスフェラーゼ遺伝子が導入され、イソキノリンアルカロイドの生合成機能が野生型植物よりも向上していることを特徴とするものである。本実施の形態では、上記形質転換植物の一例として、配列番号1に示す塩基配列を有する遺伝子が導入されたものについて説明する。
【0023】
この配列番号1に示す塩基配列を有する遺伝子は、オウレン(Coptis japonica)由来のノルコクラウリン6−O−メチルトランスフェラーゼ(6OMT)のcDNAである。上記6OMTは、上述のように、イソキノリンアルカロイドの一種であるベルベリン生合成の最初のメチル化反応を触媒する酵素であり、ノルコクラウリンの6−位の水酸基をメチル化し、コクラウリンを生成する酵素である(F.Sato et al., Eur. J. Biochem. 225, 125-131 (1994)参照)。なお、ベルベリンの生合成関連酵素には上記6OMTの他に、S−3’−ヒドロキシ−N−メチルコクラウリンからS−レチクリンへの転換反応を触媒するS−3’−ヒドロキシ−N−メチルコクラウリン4’−O−メチルトランスフェラーゼ(以下、4’OMTと称する)や、S−レチクリンからS−スコウレリンへの転換反応を触媒するベルベリンブリッジ酵素(以下、BBEと称する)などがある(図1参照)。
【0024】
後述の実施例にも示すように、上記のベルベリン生合成関連酵素のうちで、特に6OMTをコードする遺伝子を導入して作製されたものが、他の酵素をコードする遺伝子と比較して、イソキノリンアルカロイド生合成系全体の誘導に顕著な効果を示すことが本願発明者等によって確認されている。このことから、イソキノリンアルカロイドの生合成においては、特定の生合成段階、即ち、6OMTによって触媒される反応が極めて重要な調節的役割を担うということが見出された。それゆえ、本発明に係る形質転換植物は、イソキノリンアルカロイド生合成植物においてアルカロイド生合成機能が増強された植物であると言うこともできる。
【0025】
本実施例においては、6OMT遺伝子としてオウレン由来のものを例に挙げて説明しているが、本発明の形質転換植物は、オウレン由来の6OMT遺伝子が導入されたものに限定されることはない。即ち、導入される上記6OMT遺伝子としては、図1に示すアルカロイドの生合成経路において、SAMをメチル基供与体としてノルコクラウリンからコクラウリンに変換する反応を触媒する酵素をコードする遺伝子であればよい。上記6OMT遺伝子を有する植物としては、セリバオウレンなどのキンポウゲ科Coptis属植物、アキカラマツなどのキンポウゲ科Thalictrum属植物、キハダなどのミカン科Phellodendron属植物、セイヨウメギなどのメギ科Berberis属植物、ケシなどのケシ科Papaver属植物などを挙げることができる。従って、本発明の形質転換植物は、上述の植物由来の6OMT遺伝子が導入されたものであり、イソキノリンアルカロイドの生合成機能が野生型植物よりも向上しているものであってもよい。
【0026】
また、本発明の形質転換植物に導入される上記6OMT遺伝子としては、その翻訳産物が6OMTとしての酵素活性を有するものであれば、上記配列番号1に示す塩基配列のうちの一部が改変されていてもよい。即ち、上記配列番号1に示すオウレン由来の6OMT遺伝子の変異遺伝子であってもよい。
【0027】
続いて、上記形質転換植物の作製方法について説明する。
形質転換植物の作製には、ポリエチレングリコール法、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、プロトプラスト融合法あるいは、アグロバクテリウム属細菌の感染を利用する方法などの従来公知の遺伝子工学的手法(遺伝子操作技術)を用いることができる。ここでは、上記6OMT遺伝子を組み込んだベクターを作製し、そのベクターを宿主植物に導入するという形質転換方法について詳しく説明する。
【0028】
形質転換植物の作製に際し、先ず6OMT遺伝子を単離する。上記6OMT遺伝子の単離方法としては、従来公知の方法を利用することが可能であり、特に限定されるものではない。その一例として、配列番号1に示すオウレン由来の6OMT遺伝子のcDNAの一部の塩基配列をプローブとして用いて、オウレンあるいはその他の植物のcDNAライブラリーをスクリーニングする方法を挙げることができる。
【0029】
次に、単離された6OMT遺伝子を用いてベクターを構築する。本発明で使用できるベクターとしては、従来から植物細胞の形質転換に使用されているベクターを例示することができる。上記ベクターには、6OMTをコードする遺伝子の他に、従来から知られている当該遺伝子を発現させるための恒常発現型または発現制御型のプロモーター、形質転換体の選抜を容易にする薬剤耐性遺伝子、アグロバクテリウムのバイナリーベクター系を使用するための複製開始点などを包括することができる。
【0030】
基本的なベクターとしては、アグロバクテリウムによる導入に適したものとしてpBI101やpBI121などを例示することができる。エレクトロポレーション法を用いて植物細胞への導入を図る場合には、ベクターに特に制限はない。また、薬剤耐性遺伝子としては、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子などの抗生物質耐性遺伝子を例示することができる。プロモーターとしては本実施例において使用されるカリフラワーモザイクウイルス由来の35Sプロモーター(恒常発現型)や熱ショック誘導タンパク質のプロモーター(発現制御型)を例示することができる。複製開始点としては、TiまたはRiプラスミド由来の複製開始点などを例示することができる。なお、図3には上記ベクターの一例として、後述の実施例で使用された6OMT発現バイナリーベクターの一部の構造を示す。
【0031】
上記6OMT遺伝子を植物細胞に導入する方法としては、上述のベクターに当該遺伝子を組み込み、アグロバクテリウム法やエレクトロポレーション法などを用いて導入する方法を挙げることができる。
【0032】
アグロバクテリウム法では、形質転換しようとする植物から滅菌した葉などの切片を作製し、これにバイナリー形式で当該遺伝子を導入したアグロバクテリウム・ツメファシエンスまたはアグロバクテリウム・リゾゲネスを感染させるという方法で、植物細胞に上記6OMT遺伝子を導入することができる。この後、植物切片に付着したアグロバクテリウムを洗浄及び殺菌し、6OMT遺伝子とともにベクターに組み込んでおいた薬剤耐性マーカーに対応した抗生物質を含む培地で、上記植物切片を培養すれば、形質転換が起こった細胞から選択的に腫瘍組織、根、シュートなどの形質転換組織の増殖を図ることができる。
【0033】
また、エレクトロポレーション法では、形質転換しようとする植物から滅菌した葉、茎、根や胚、又は培養細胞を調整し、これらに上記6OMT遺伝子を組み込んだベクターを塗布した金粒子など適当な微粒子を、パーティクルガンなどを用いて打ち込み、細胞に取り込ませることができる。この後、上述のアグロバクテリウム法の場合と同様に、ベクターに組み込んでおいた薬剤耐性マーカーに対応した抗生物質を含む培地で上記植物切片を培養し、形質転換が起こった細胞から選択的に形質転換組織または細胞の増殖を図ることができる。
【0034】
このようにして得られた形質転換植物組織からは、従来公知の植物組織培養法によって植物個体を再生することができるので、圃場などで栽培することができる。また、形質転換植物細胞は、通常の植物培養細胞と同様、液体培地などで増殖させることができるので、タンクなどで大量培養することができる。なお、上記形質転換植物細胞は暗所で培養することが好ましい。これによって、葉緑体の分化に伴う二次代謝活性の低下を防ぐという効果が得られる。得られた形質転換植物(形質転換植物細胞を含む)は、通常の植物と同様に、有機溶媒などによる有効成分の抽出に供することができる。
【0035】
上記6OMT遺伝子が導入される宿主植物としては、上記6OMT遺伝子の導入がアルカロイド生合成機能を上昇させることから、イソキノリンアルカロイドを生産する植物であることが好ましい。このような宿主植物として具体的には、オウレン属植物、ケシ、ハナビシソウなどを挙げることができる。特に、ケシの場合、組織培養では、その有用アルカロイドであるモルフィンの生合成は認められないが、本発明のように6OMT遺伝子を導入することによって、生合成系の活性化とモルフィナンアルカロイドの生合成が期待できる。
【0036】
また、上記宿主植物には、完全な植物のみならず、その一部、例えば、葉、種子、塊茎、挿木等も含まれるものとする。さらに、上記宿主植物には、予め形質転換された遺伝子組み換え植物やその子孫を起源とする植物組織、プロトプラスト、細胞、カルス、器官、植物種子、胚芽、花粉、卵細胞、接合子などの増殖可能な植物材料;花、茎、実、葉、根などを含む植物の一部;等も含まれるものとする。
【0037】
上記の形質転換植物は、実施例の結果(図5参照)からも分かるように、通常のイソキノリンアルカロイド生合成植物(即ち、野生型植物)に比べ、イソキノリンアルカロイドの生合成機能が向上し、その結果アルカロイド生成量が増大する。そのため、上記形質転換植物から種々の有用アルカロイドを大量に取得できることが期待できる。
【0038】
また、上記形質転換植物を用いれば、イソキノリンアルカロイドの生合成を効率的に誘導することができる。このイソキノリンアルカロイド生合成の誘導方法によれば、6OMTが関与して生合成されるイソキノリンアルカロイドを高効率に取得することができる。6OMTが関与するイソキノリンアルカロイドには、サングイナリンやベルベリン以外にも重要な局方医薬品であるモルフィナンアルカロイドなど重要な二次代謝産物が含まれる。このような観点から、イソキノリンアルカロイドの生合成が向上した上記形質転換植物を用いてイソキノリンアルカロイドの生合成を誘導する方法は、医薬品原料として有用なアルカロイドの工業的生産に利用できる可能性が高い。
【0039】
上記形質転換植物細胞を用いてイソキノリンアルカロイドの生合成を行う場合には、酵母エキスのような微生物由来の化合物をエリシターとして作用させることが好ましい。これによって、より高効率に有用イソキノリンアルカロイドを誘導させることができる。
【0040】
【実施例】
本実施例では、上記形質転換植物の一例として、宿主植物にハナビシソウ(Eschscholtzia californica)を用いたものについて説明する。
【0041】
ハナビシソウは、イソキノリンアルカロイドの一種ベンゾフェナンスリジンアルカロイド生合成系を持っており、L−チロシンを出発物質として、いくつかのベンゾフェナンスリジンアルカロイドを生合成する。図1には、ハナビシソウにおけるベンゾフェナンスリジンアルカロイドの生合成経路を示す。
【0042】
図1に示すように、ハナビシソウにおいては、アミノ酸の一種であるL−チロシンから各種反応酵素の作用によって、ベンゾフェナンスリジンアルカロイドであるジヒドロサングイナリン(Dihydrosanguinarine)、あるいはチェレリスリン(Chelerythrine)が生合成される。そして、これらベンゾフェナンアルカロイドから、抗菌性のサングイナリン(Sanguinarine)、チェリルビン(Chelirubine)、マカルピン(Macarupine)、10−ヒドロキシチェレリスリン(10−hydroxychelerythrine)が生合成される。
【0043】
上記ベンゾフェナンスリジンアルカロイドの生合成経路は、S−スコウレリンが生合成されるところまでは、ベルベリンなどのその他のイソキノリンアルカロイドの生合成経路とほぼ共通の生合成系を有している。但し、ハナビシソウのベンゾフェナンスリジンアルカロイド生合成経路においては、オウレン細胞のイソキノリンイソキノリンアルカロイド生合成経路において認められるS−スコウレリン(S−Scoulerine)からベルベリン(Berberine)への反応酵素S−スコウレリン−9−O−メチルトランスフェラーゼ(SMT:▲4▼)を欠いている。
【0044】
多くのイソキノリンアルカロイドに共通する生合成経路には、上記6OMT(▲1▼)の他に、4’OMT(▲2▼)やBBE(▲3▼)などの酵素が関与する反応が含まれる。なお、上記6OMTが関与するS−ノルコクラウリン(S−Norcoclaurine)からS−コクラウリン(S−Coclaurine)への反応は、図1に示す生合成経路において、4’OMTやBBEが関与する反応の上流に位置する。
【0045】
続いて、上記形質転換植物の作製方法について説明する。なお、本実施例では、6OMT遺伝子が導入された形質転換植物を作製したが、同時に比較例として4’OMT遺伝子が導入された形質転換植物も作製した。
【0046】
先ず、6OMT及び4’OMTのcDNAを単離した。これらのcDNAの塩基配列については、DDBJ/Genbank/EMBLに登録されているため、従来公知の方法に基づき容易に単離することができる。6OMTのcDNAの塩基配列のアクセッション番号はD29811であり、4’OMTのcDNAの塩基配列のアクセッション番号はD29812である。
【0047】
次に、単離した6OMT及び4’OMTのcDNAを用いて発現ベクターを構築した。上記発現ベクターの構築は、上記非特許文献2の記載に準じて行った。即ち、単離した6OMT及び4’OMTのcDNAをカリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーターにエンハンサー配列を結合した高発現ベクターpEITEXEl2のXbaI/SacI部位に導入した。導入に際し、6OMT(あるいは4’OMT)の3’側のXhoIサイトをSacIサイトに改変した後、XbaIとScaIとで切断し、ベクターに導入した。図3には、構築された6OMT発現バイナリーベクターの一部の構造を模式的に示す。
【0048】
構築した発現ベクターの導入についても、上記非特許文献2の記載に準じて行った。即ち、ハナビシソウの種子を無菌的に発芽させ、発芽後2〜3週間目の葉及び葉柄を5〜10mmに切断し、上記の発現ベクターを含むアグロバクテリウム(Agrobacterium tumefaciens(LBA4404))を感染させ、2日間アセトシリンゴン100μmM、ナフタレン酢酸10μM、ベンジルアデニン1μM、ショ糖3%を含むリンスマイヤー・スクーグ(Linsmaier-Skoog)培地で共存培養した。その後、セフォタキシム200μg/ml、ハイグロマイシン20μg/ml、ナフタレン酢酸10μM、ベンジルアデニン1μM、ショ糖3%を含むリンスマイヤー・スクーグ(Linsmaier-Skoog)培地で選抜培養した。3週間ごとに培地を交換し、生育してくる細胞を選抜した。
【0049】
形質転換体の確認は、導入した遺伝子の存在をゲノムDNAを用いてPCR解析することによって行った。図2には、上記の方法によって培養されたハナビシソウ培養細胞を示す。なお、図2(a)は、野生型のハナビシソウ培養細胞であり、図2(b)は、6OMT遺伝子導入形質転換細胞(本実施例に係る形質転換植物)である。上記6OMT遺伝子導入形質転換細胞は、野生型と比べ培地中に赤色色素を分泌しやすいという特徴とともに、顕著な細胞肥大を示し、二次代謝産物生産及びその蓄積により適した分化を示していた。
【0050】
細胞からのアルカロイドの抽出は、上記非特許文献2に記載のように行い、その抽出物を島津製作所社製SCL-10システム(移動相;50mM 酒石酸/10mM SDS:アセトニトリル:メタノール=4:4:1を1.2ml/min、TSK-GEL ODS-80)を用いてHPLC解析した。また、それぞれのアルカロイドの同定は、島津製作所社製LC/MS-2010(移動相;水:アセトニトリル:メタノール:酢酸=391:400:100:9を0.5ml/min、TSK-GEL ODS-80)を用いて行った。
【0051】
その結果を図4に示す。図4において、各ピークが示すアルカロイドは次の通りである。A:サングイナリン、B:ベルベリン、C:10−ヒドロキシチェレリスリン、D:チェレリスリン、E:チェリルビン、F:マカルピン
また、アルカロイドと判断されたピークの面積を積算し含有量を算出した結果を図5に示す。なお、図5のグラフの横軸には、左から順に野生型(WT)、4’OMT形質転換体、6OMT形質転換体を示し、縦軸にはそれぞれのサングイナリン換算によるアルカロイド含量(mg/g cell(fresh weight))を示す。図5に示すように、6OMTを導入した形質転換体においては、野生株(WT)の平均値の6〜7倍という顕著なアルカロイド蓄積量の増加を認めた。一方、4’OMTの導入においては、コントロール(WT)と比べ有意な差は認められなかった。また、各種アルカロイドの中でも特に顕著な増加が認められたのは、代謝系末端に位置するマカルピン及びチェリルビン(図1参照)であった。
【0052】
上記の結果から、6OMTが関与するノルコクラウリンからコクラウリンを生成する反応が、イソキノリンアルカロイドの生合成系の制御反応として極めて特異的であり、6OMT遺伝子の過剰発現がイソキノリンアルカロイド生合成系全体の活性化に有効であることが示唆される。
【0053】
次に、6OMTの導入によるさらなる効果を調べるために、イソキノリンアルカロイド生合成関連酵素の遺伝子の発現解析をノザン法によって行った。具体的には、それぞれの細胞から全RNAを抽出し、常法によりアガロース電気泳動を行って分離した後、メンブレンに転写し、そのmRNAの蓄積量を、6OMT及び4’OMTの場合にはオウレンのそれぞれの遺伝子をプローブとし、BBEの場合にはハナビシソウの遺伝子を32Pで標識し、プローブとして検出した。
【0054】
その結果を図6に示す。図6に示す各メンブレンの模式図は、上から順にハナビシソウBBEプローブの場合、オウレン6OMTプローブの場合、オウレン4’OMTプローブの場合であり、各レーンは左から順に、泳動のサイズマーカー、野生株(WT)、6OMTを導入した6−14株、4’OMTを導入した4−2株、オウレン細胞である。
【0055】
図6に示すように、ほぼ同程度のRNAを泳動しているにもかかわらず、6OMTを導入した6−14株では6OMTの発現がオウレン細胞並みに増加していることが確認された。また、4’OMTを導入した4−2株では4’OMTの発現がオウレン細胞並みに増加していることが確認された。また、6OMTを導入した6−14株では、4’OMT及びBBEの発現が野生株よりも明らかに増加していることが確認された。一方、4’OMTを導入した4−2株の場合には、BBEの増加が若干認められるものの、6OMT遺伝子の発現は野生株と同程度であり、生合成系全体の発現誘導現象は観察されなかった。
【0056】
このように、6OMT遺伝子が導入されたハナビシソウの形質転換細胞においては、6OMTのみならず、生合成経路の下流に位置する4’OMT及びBBEの発現までも増大することが確認された。これまで、上流の遺伝子の導入によって、下流の遺伝子発現が誘導されるということは見出されておらず、このような顕著な生合成系の活性誘導が認められたのは新規な発見である。一方、4’OMTの導入によっては、このような効果は認められなかった。この結果が、図5に示す各形質転換体のアルカロイド含量の差につながったと考えられ、このことから6OMT遺伝子導入の有効性が明らかとなった。
【0057】
なお、本実施例で作製された形質転換植物は、導入した6OMT遺伝子がオウレン由来であり、宿主植物(植物細胞)がハナビシソウであることから、異なる植物種由来の6OMT伝子を宿主植物に導入することによって、イソキノリンアルカロイド生合成機能の向上させることが可能であることを示している。即ち、本発明の形質転換植物は植物種を超えて適用可能であると言える。
【0058】
【発明の効果】
以上のように、本発明の形質転換植物は、イソキノリンアルカロイドを生産する植物に、ノルコクラウリン6−O−メチルトランスフェラーゼ(6OMT)遺伝子を導入することにより、イソキノリンアルカロイドの生合成機能を野生型植物よりも向上させたことを特徴とするものである。
【0059】
上記の形質転換植物は、野生型植物に比べ顕著に高いイソキノリンアルカロイド生合成能を有しており、イソキノリンアルカロイドを高効率に取得することができる。イソキノリンアルカロイドは、医薬品原料などとして有用であるため、その工業的大量生産に利用できる可能性を有している上記形質転換植物は利用価値が高いと言える。
【0060】
また、上記形質転換植物を用いてイソキノリンアルカロイドの生合成を誘導する方法は、ベルベリンやモルフィナンアルカロイドなど共通の生合成系を有する多くの重要な医薬品の生合成系の活性化を可能とするものであり、これら重要な医薬用アルカロイドの工業的生物生産系としての利用可能性が期待できる。
【0061】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】ハナビシソウにおけるベンゾフェナンスリジンアルカロイドの生合成経路を示す図である。
【図2】(a)及び(b)は、本実施例で培養されたハナビシソウ培養細胞を示す模式図であり、(a)に野生株を、(b)に6OMT遺伝子が導入された形質転換株を示す。
【図3】本実施例において作製された6OMT発現バイナリーベクターの構造を示す模式図である。
【図4】本実施例において作製された6OMT遺伝子導入形質転換株の細胞抽出液のHPLC解析結果を示すグラフである。
【図5】本実施例において作製された6OMT形質転換体、及び野生型(WT)、4’OMT形質転換体の各株毎のアルカロイド含有量を示すグラフである。
【図6】本実施例において作製された6OMT形質転換体におけるイソキノリンアルカロイド生合成関連遺伝子の発現状況を、ノザン法によって調査した結果を示す模式図である。
Claims (9)
- イソキノリンアルカロイドを生産する植物に、ノルコクラウリン6−O−メチルトランスフェラーゼ(6OMT)遺伝子を導入することにより、イソキノリンアルカロイドの生合成機能を野生型植物よりも向上させたことを特徴とする形質転換植物。
- 前記ノルコクラウリン6−O−メチルトランスフェラーゼ遺伝子は、オウレン由来であることを特徴とする請求項1に記載の形質転換植物。
- 前記ノルコクラウリン6−O−メチルトランスフェラーゼ遺伝子は、配列番号1に示す塩基配列を有することを特徴とする請求項1または2に記載の形質転換植物。
- 前記ノルコクラウリン6−O−メチルトランスフェラーゼ遺伝子がイソキノリンアルカロイド生産植物に導入されることを特徴とする請求項1ないし3の何れか1項に記載の形質転換植物。
- 前記ノルコクラウリン6−O−メチルトランスフェラーゼ遺伝子がハナビシソウに導入されることを特徴とする請求項1ないし3の何れか1項に記載の形質転換植物。
- 前記形質転換植物は、カリフラワーモザイクウイルス由来の35Sプロモーターを使用して作製されることを特徴とする請求項1ないし5の何れか1項に記載の形質転換植物。
- 請求項1ないし6の何れか1項に記載の形質転換植物を用いて、イソキノリンアルカロイドの生合成を誘導する方法。
- 微生物由来のエリシターを作用させることを特徴とする請求項7に記載の方法。
- 前記エリシターとして酵母エキスを用いることを特徴とする請求項8に記載の方法。
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