JP3759114B2 - 多電極ガスシールドアーク溶接方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明はフラックス入りワイヤを使用した多電極ガスシールドアーク溶接方法に関し、特に多電極1プール溶接施工(2電極で1つの溶接池を形成するガスシールドアーク溶接法)において、磁気吹きの発生によりスパッタが多発し、ビード形状が悪化することを防止できる多電極ガスシールドアーク溶接方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来、造船又は橋梁の水平すみ肉溶接の高能率化を図るために、多電極ガスシールドアーク溶接方法が検討されてきた。多電極ガスシールドアーク溶接方法の1プール溶接施工としては次のような技術が提案されている。
【0003】
特開平6−234075号公報(特許文献1)には、アルカリ金属酸化物の1種以上、アルカリ金属酸化物を除く酸化物、Mg、Si及びMnを含有する所定の組成のフラックス入りワイヤを先行電極及び後行電極として使用し、両電極間を15乃至50mmにしてガスシールドアーク溶接を行う方法が開示されている。この従来方法により、1m/分以上の高速溶接において、作業性が良好で且つ耐気孔性が優れたガスシールドアーク水平すみ肉溶接方法が得られるとされている。
【0004】
また、特開平6−312267号公報(特許文献2)には、先行電極と後行電極の両方、又は一方に、溶着金属の拡散性水素量が15.0乃至40.0ミリリットル/100gであるルチール系フラックス入りワイヤを使用し、両電極の極間距離を20乃至50mmとし、実質的に1プールを形成して水平すみ肉溶接を行なう方法が開示されている。この方法により、造船、橋梁等の分野で多用されているプライマー塗装鋼板の水平すみ肉溶接において、特に高能率で耐ピット性に優れた高速水平すみ肉ガスシールドアーク溶接法が得られるとされる。
【0005】
更に、特開平7−256455号公報(特許文献3)には、直径が1.2乃至2.0mmの溶接ワイヤを使用し、第1電極と第2電極との間隔を15乃至40mm、第2電極と第3電極との間隔を70mm以上とし、各電極に750A以下の溶接電流を供給し、第1及び第2電極より第1の溶融池を形成し、第3電極により第2の溶融池を形成して、2m/分以上の溶接速度で溶接を実施する方法が開示されている。この方法により、特殊な大容量溶接機を必要とせず、ビード外観・形状及びアーク安定性等の溶接作業性が優れ、且つ、ピット、ブローホール及び融合不良等の溶接欠陥が発生しないガスシールドアーク溶接方法が提供されるとされている。
【0006】
特開平9−277042号公報(特許文献4)には、フラックスコアードワイヤーを使用して、2電極にて行う水平すみ肉溶接方法において、後行電極の溶接電流を先行電極の0.8乃至0.9倍の範囲になるようにすると共に、両電極間の距離を、10乃至100mmの範囲内となるようにし、また先行電極の後退角及び後行電極の前進角が夫々5乃至10°の範囲内となるようにすみ肉溶接する方法が開示されている。この方法により、湯流れの無い安定した湯溜りが形成されて、欠陥の無いビードが得られ、溶接速度を高速化した場合でも、良好なビードが得られるとされている。
【0007】
更に、特開平10−216943号公報(特許文献5)には、少なくとも後行電極をルチール系フラックス入りワイヤとするフラックス入りワイヤを使用して行う2電極1プール方式の水平すみ肉ガスシールドアーク溶接方法において、先行電極のワイヤ突き出し長さが後行電極の突き出し長さに対し、下記数式1を満足するように施工する方法が開示されている。この本発明により、溶接構造物の歪みを低減するために小脚長化した場合でも、溶接欠陥がなく、良好なビード形状が得られる小脚長高速水平すみ肉ガスシールドアーク溶接方法が得られる。
【0008】
【数1】
(WL1+5mm)<WL2≦45mm
但し、WL1=15乃至25mm
【0009】
特開2000−52033号公報(特許文献6)には、3電極以上の多電極アーク溶接において、最後部の電極3以外の電極1、2を異なる極性の直流電極の組み合わせで使用する方法が開示されている。そして、この方法により、最後部の電極のアークに影響を与える帰還電流値を小さくしアークの安定性が良く、且つビード形状の良好な多層溶接を可能とする多電極アーク溶接方法が得られるとしている。
【0010】
更に、特開2001−225168号公報(特許文献7)には、2本のワイヤを使用する消耗電極ガスシールドアーク溶接方法において、先行ワイヤ及び後行ワイヤにパルス電流を通電して先行ワイヤ及び後行ワイヤのアーク長をパルス周波数を変化させて溶接電流の平均値を増減させることによって制御を行なう溶接構造物における消耗電極ガスシールドアーク溶接方法が開示されている。この方法は、特に2電極消耗電極ガスシールドアーク溶接方法に関するものである。
【0011】
【特許文献1】
特開平6−234075号公報
【特許文献2】
特開平6−312267号公報
【特許文献3】
特開平7−256455号公報
【特許文献4】
特開平9−277042号公報
【特許文献5】
特開平10−216943号公報
【特許文献6】
特開2000−52033号公報
【特許文献7】
特開2001−225168号公報
【0012】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上記の技術では実際の構造物の場合、各種の外乱要因(▲1▼すみ肉溶接部の過大ギャップ、▲2▼ショッププライマの過大塗布膜厚、▲3▼工場内での電流電圧変動等)により、これらの施工のポイントである湯溜り10(図2参照)の均一性且つ安定性が無くなり、その結果アーク不安定が生じて、スパッタ多発、ビード形状、外観及び揃いの悪化、アンダカットの多発等により、手直し溶接が増大している。特に、溶接速度150乃至200cm/分前後においてこの傾向が著しくなるので、溶接速度が大きくても、手直し比率が増大して結果的には溶接工数が大幅に増加するという不具合が生じている。
【0013】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、溶接速度が200cm/分以上の高速溶接において上述した外乱要因(▲1▼すみ肉溶接部の過大ギャップ、▲2▼ショッププライマの過大塗布膜厚、▲3▼工場内での電流電圧変動等)が生じても、溶接作業性が極めて安定し、手直しの必要がない多電極ガスシールドアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【0014】
【課題を解決するための手段】
本発明に係る多電極ガスシールドアーク溶接方法は、ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを先行電極及び後行電極として使用し、先行電極と後行電極との極間距離を15乃至50mmに設定し、フィラーワイヤを前記先行電極と後行電極との間の溶融金属中に挿入し、前記フィラーワイヤに正極性の電流(フィラーワイヤが溶融金属に対して負極性)を流しながら溶接することを特徴とする。
【0015】
この多電極ガスシールドアーク溶接方法において、例えば、前記フィラーワイヤがフラックス入りワイヤである。また、前記後行電極の更に後方に第3電極を前記後行電極と前記第3電極との間の極間距離が100mm以上となるように設けることが好ましい。更に、前記フィラーワイヤに流す電流が100A以上であることが好ましい。
【0016】
本発明者等は上記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、従来から指摘されている先行電極と後行電極との間で形成される所謂湯溜りを安定化させればアークが安定化するという知見に加えて、更にスパッタの抑制、ビード形状、外観及び揃いの安定化並びにアンダカットを抑制できることを見出したものである。そこで、従来は湯溜りの安定化に対し、電極の前進後退角度、極間距離、電極の狙い位置、母材アースの取る位置、ワイヤ突き出し長さ等を調整していたのに対し、本発明では全く新規の着想の基に、湯溜りにフィラーワイヤを挿入し、且つ、そのフィラ−ワイヤに正極性の電流を流しながら溶接するものである。
【0017】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態について、添付の図面を参照して具体的に説明する。図1は本発明の実施形態に係る多電極ガスシールドアーク溶接方法を示す平面図、図2はその溶融金属部を示す拡大縦断面図である。図1及び図2に示す溶接態様は、水平すみ肉溶接に関するものであるが、本発明はこの様な態様に限定されていないことは勿論である。被溶接材としての下板1が水平に設置され、立板2がこの下板1上に垂直に配置されている。この立板2と下板1との間の隅部を先行電極3,後行電極4及び第3電極6により、すみ肉溶接する。この場合に、先行電極3と後行電極5との間の溶融金属8に、フィラーワイヤ4が挿入されている。本実施形態においては、先行電極3と後行電極5との間の極間距離が15乃至50mmであり、後行電極5と第3電極6との間の極間距離が100mm以上である。また、フィラーワイヤ4は、フィラーワイヤ4が溶融金属8に対して負極性になるように給電され(正極性電流)、この給電電流は100A以上である。
【0018】
この水平すみ肉溶接において、先行電極3及び後行電極5により溶融金属8が形成され、この溶融金属8が凝固して、溶接金属7が形成される。溶融スラグ9は溶接金属7上に浮上する。なお、符号10は湯溜りを示す。
【0019】
次に、上述の数値限定の理由について説明する。
先行電極と後行電極との間の極間距離:15乃至50mm
本発明においては、先行電極と後行電極の極間が15乃至50mmであることが必須である。ここで、極間距離とは、各電極におけるワイヤ先端間の距離である。DC電源を用いて溶接を行う場合、磁気吹き及び1つの溶融池形成の点から先行電極及び後行電極の極間距離が問題となる。この極間距離が15mmよりも小さいと、先行電極、後行電極が共にアークが安定せず、ビード外観・形状が悪くなり、またスパッタの発生量が多くなる。一方、極間距離が50mmよりも大きいと、2電極で1つの溶融池を形成することが不可能となり、耐ピット性が悪くなる。従って、先行電極と後行電極の極間距離を15乃至50mmの範囲とする。なお、より好ましい範囲は、25乃至35mmである。
【0020】
フィラーワイヤ及びその極性:溶融池が正極性、フィラーワイヤーが負極性
本発明においては、フィラーワイヤ4を先行電極3と後行電極5との間に形成される溶融金属8(プール)に挿入することが最も重要な特徴である。そのフィラーワイヤ4としては、ソリッドワイヤ又はフラックス入りワイヤを適用できる。ソリッドワイヤの場合には従来のメッキありソリッドワイヤでもよく、また最近、適用範囲が拡大しているメッキ無しソリッドワイヤでも良い。特に成分は規定がなくJISZ3312に規定されるYGW11乃至YGW24の中から適切なものを選択できる。フラックス入りワイヤの場合には成分の調整が可能であり、先行電極3に使用するワイヤの成分と後行電極に使用するワイヤの成分を変えたりしても良い。なお、フラックス入りワイヤの中でも所謂メタル系と称される金属粉を主体とするフラックスを充填したワイヤが好ましい。フィラーワイヤは主に抵抗加熱により溶融するためスラグ形成剤のような融点の高い粉体は解け残りが懸念されるため、メタル系であれば殆ど金属粉末であるため容易に溶融していく。
【0021】
いずれにしても、湯溜りの安定化にはフィラーワイヤ4を溶融池(溶融金属8)に挿入して、その極性が正極性(フィラーワイヤ4が負極性)の電流をフィラーワイヤに供給することが必須である。逆極性にすると各種の外乱要因(▲1▼すみ肉溶接部の過大ギャップ、▲2▼ショッププライマの過大塗布膜厚、▲3▼工場内での電流電圧変動等)の影響を解消することはできない。極間距離が15mm未満の場合の問題点と同様に、先行電極、後行電極が共にアークが安定せず、ビード外観・形状が悪くなる、また、スパッタの発生量が多くなる等の問題が生じる。スパッタの多発はシールドノズルへのスパッタの付着によりシールド不良になり気孔発生の原因にもなる。一方、フィラーワイヤに正極性電流を流すと、各種外乱にも影響されない安定した湯溜りが形成される。このメカニズムは必ずしも明らかではないが、以下のように考察することができる。
【0022】
湯溜りを安定して形成するために、プールの粘性及び溶接速度等の重要なファクターがあるが、2電極のアークの発生方向及びアーク力(プラズマ気流による圧力)が適当にバランスしていることも、湯溜りの安定形成に欠くことができないと考えられる。磁気吹きにより、このアークの方向性、力のバランスが崩れると、湯溜りが不安定となり、健全な溶接ができなくなる。
【0023】
一般に磁気吹きと言われている現象はその原因は大きく分けて2種類と思われる。即ちアークを通過して被溶接物を流れる電流が被溶接物の形状不均一及び被溶接物の形状そのものが非対称複雑である場合、又は被溶接物の端部を溶接する場合に端部であるため被溶接物の一方向に電流が流れやすい場合、被溶接物のアース位置が不適当な場合等の理由により、被溶接物に流れる電流全体により生じる磁界が不均一になる場合である。構造物の形状やアース線の取り方により、アーク発生点近傍の磁界の偏りの影響によりアークが偏向することが1つ目の磁気吹き現象である。この場合は多電極施工法の複数のアーク全体が影響を受け、いずれか一方向に偏向する等の問題が生じる。この対策には従来アース位置を複数設けたりすることが提案されている。本発明者らはこれには被溶接物に流れる全電流を下げることが溶融池近傍の磁界の偏りを低減出来るのではと考えた。その具体的方策として、溶融池にフィラーを挿入し、逆向きに電流を流すことで、被溶接物に流れる全電流値を下げることが適切であると考察した。逆極性の2電極に間に、正極性のフィラーを挿入することで、プール近傍の構造物に流れる直流電流が2電極の電流の和から、フィラーワイヤの電流を差し引いた値となるため、磁界の偏りが小さくなりこのため、磁気吹きが起こり難くなったものと思われる。
【0024】
図4を使用して上記の説明を補足する。i1は先行電極に流れる溶接電流を表し、i2は後行電極に流れる溶接電流を表し、i3はフィラーワイヤに流れる電流を表す。フィラーワイヤを挿入しない場合には、被溶接物に流れる全電流はi1+i2である。しかし、フィラーワイヤを挿入して逆向きにi3を流すことによリ、被溶接物に流れる全電流はi1+i2−i3となり、i3の電流分が低下する。そのため、全電流により生じる磁界も低下し、被溶接物に流れる電流全体により、磁気吹きは軽減される。
【0025】
もう一つの磁気吹きの原因としては2電極1プールを構成する先行電極と後行電極による2つのアーク同士による干渉である。従来、湯溜りは先行電極と後行電極により挟まれた溶融金属が先行電極と後行電極のアーク力により押されて安定しているものと考えられ、2つのアークは互いに引合う方向(湯溜りを押し合う方向)に調整するのが必要と考えられていたが、本発明では逆にフィラーには逆向き電流を流すことによって夫々のアークにはフィラーからは反発する方向に電磁力を加えると湯溜りが極めて安定することを発見した。この理由は必ずしも明確ではないが、以下のように推定できる。もともと2電極に同一方向の電流を流すと夫々の電極の磁界の影響で引き合う方向に力が働き、この状態で湯溜りをつくりながら上手くバランスしているが、例えば磁気吹き等をきっかけに湯溜りを越えて互いのアークが引き合う状況、又はギャップが大きくプールが下がり湯溜りが無くなれば、アークが直接引き合う状況になる。一旦、こうなると安定した湯溜りを再形成することが困難となることが推測できる。2電極の間に存在する適当な湯溜りがアークの干渉を和らげる役割を持っていると思われる。2電極の間に逆向きに電流を流すフィラーワイヤがあれば、この2電極の電流による偏った磁界をある程度キャンセルすることになるため、2電極が引き合う力が弱くなりアークの干渉が低減されることになる。従って、本発明においては、フィラーワイヤには溶接電流とは逆向きに電流を流すことが大きなポイントとなる。
【0026】
更に、フィラーワイヤの挿入は2電極1プールである本施工法での湯溜りを安定化させる別の効果ももたらす。即ち、フィラーによる溶着金属の増加はアークよりも低温度の溶融金属を供給し、この溶融金属を湯溜り部分に供給することは湯溜り安定に極めて有効と考えられる。フィラーワイヤを挿入することで、溶着金属が増加して、湯溜りが大きくなり、また湯の温度が低下している(アークを発生していないから)と考えられる。湯溜りが大きくなることは、磁気吹きを低減する方向であり、湯の温度が下がることも溶融金属の流動性が低下して湯溜りの揺れを抑制するのに効果があると推定される。
【0027】
第3電極と後行電極の極間距離:100mm以上
本発明は3電極による施工でも適用できる。3電極の溶接を行う場合には大脚長溶接(通常脚長が8mm以上)を目的としており、第3電極と後行電極の極間距離は100mm以上離す必要があり、100mm未満では先行電極(第1電極)と後行電極(第2電極)による母材(被溶接材)への投入された熱量の関連で第3電極によりさらに母材への入熱が加わるために、図3に示すように、アンダカットが発生し、手直し溶接が必要となる。100mm以上離すと第3電極の溶接までに母材温度が下がり、アンダカット発生が少なくなる。なお、第3電極にもガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを適用する。
【0028】
フィラーワイヤの電流:100A以上
フィラーワイヤに流す電流はワイヤ溶融速度に影響を与え、高すぎると溶融金属(溶融プール)からはみ出しアークになるため、自ずから上限はあるが、逆に低すぎることは抵抗加熱には影響がない。通常は、下限値は存在しないが、本発明においては、磁気吹きを抑制するためには最低限の電流値がある。100A未満ではその効果がない。更に詳しくは先行電極と後行電極の電流値に関連があるが通常の範囲であれば100Aが下限値である。なお、フィラーワイヤの電源には垂下特性又は定電流特性が適しており、アーク溶接電源とは別個の電源にして独立して制御されることが望まれる。単に母材に流れる溶接電流をフィラーワイヤで分流させるのではなく、積極的に逆向き電流を制御すべきである。
【0029】
その他の溶接条件は、従来から施工されている2電極タンデム溶接と変わりがない。必要に応じて規制するのが望ましい条件は以下のようである。
【0030】
ワイヤ径
先行電極のワイヤの直径(ワイヤ径という)は1.2乃至4.0mm、後行電極のワイヤ径は1.2乃至4.0mmとし、且つ、(先行電極のワイヤ径)≧(後行電極のワイヤ径)の関係にするのが望ましい。ワイヤ径は、アークの安定性、溶融池の安定性及びビード外観に大きく影響を及ぼし、特に多電極の場合では先行電極及び後行電極のワイヤ径のバランスも重要である。
【0031】
即ち、先行電極のワイヤ径が1.2mmよりも小さいと、アークが安定せず、ビード形状が悪くなり、4.0mmよりも大きいと、先行電極からのスパッタ発生量が多くなる。また、後行電極のワイヤ径が1.2mmよりも小さいとアークの広がりがなくなり、ビード外観・形状が悪くなる。また先行電極よりも大きいと後行電極におけるアーク及び溶融池が不安定となり、後行電極からのスパッタ発生量が多くなる。従って、先行電極及び後行電極のワイヤ径並びに両者の関係を上記のとおりとする。
【0032】
先行電極、後行電極及び第3電極の組成
先行電極、後行電極及び第3電極として、いずれもフラックス入りワイヤを適用する。ルチールを主体とするチタニヤ系フラックス入りワイヤ又は所謂メタル系と称する金属粉を主体とするフラックス入りワイヤのいずれでも適用可能である。
【0033】
なお、先行電極及び後行電極に使用するフラックス入りワイヤについては特に通常の単電極用に設計されたものより多電極施工法に適した組成が好ましい。即ち、先行電極及び後行電極の両方のフラックス入りワイヤにより1つの溶融池が形成されるためで、第3電極については溶融池は別個に形成されるため、このような配慮は不要である。特に、組成についての制限はないが、特に好ましいワイヤ組成はチタニヤ系フラックス入りワイヤの場合にはワイヤ全質量あたり酸化物(TiO2、SiO2、MgO、Al2O3、FeO、Fe2O3、ZrO2等)は1.5乃至5.5質量%である。酸化物が1.5質量%未満ではビード表面を被うスラグがまだらになり、ビード外観・形状が悪化する。一方、酸化物が5.5質量%を超えると、スラグ量が過剰となり、スラグの流動性が大きくなるために、ビード止端部の揃いが悪化する。従って、酸化物は1.5乃至5.5質量%の範囲とする。なお、酸化物の原料にはルチール、イルミナイト、ジルコンサンド、アルミナ、マグネシア、珪砂等が挙げられる。
【0034】
アルカリ金属酸化物(K2O、Na2O及びLi2O換算)は種々のものが適用でき、合計でワイヤ全質量あたり0.01乃至0.15質量%含有すべきである。これらのアルカリ金属酸化物が0.01質量%未満では、アークの安定が得られない。一方、アルカリ金属酸化物が0.15質量%を超えると、アークの吹きつけが強くなりすぎ、溶融池が安定しない。また、アルカリ金属酸化物の原料は吸湿しやすいので、ワイヤ全体の耐吸湿性が劣化しやすい。従って、アルカリ金属酸化物はK2O、Na2O及びLi2Oの1種又は2種以上を0.01乃至0.15質量%の範囲とする。なお、K2O、Na2O、Li2Oの原料としては、長石、ソーダガラス、カリガラス等が挙げられる。
【0035】
更にMg、Si、Mnが脱酸剤等の目的で添加される。Mgは原料としては、金属Mg、Al−Mg、Si−Mg、Ni−Mg等が挙げられる。Si原料としては、Fe−Si、Fe−Si−Mn等が挙げられる。Mn原料としては、金属Mn、Fe−Mn、Fe−Si−Mn等が挙げられる。
【0036】
その他、含有される組成は、鉄粉、フッ化物、酸化ビスマス等である。メタル系フラックス入りワイヤの場合の特に好ましいワイヤ組成はワイヤ全質量あたり酸化物(TiO2、SiO2、MgO、Al2O3、FeO、Fe2O3、ZrO2等)は1.5質量%以下である。その代わり、金属原料はワイヤ全質量あたり98質量%以上を含有させる。換言するとフラックス中には金属原料をフラックス全質量あたり94質量%以上含ませることが望ましい。金属原料は鉄粉又はFe−Mn及びFe−Si等の鉄合金がある。アーク安定剤としてアルカリ金属酸化物(K2O、Na2O及びLi2O換算)はチタニヤ系と同様の種々のものが適用でき、合計でワイヤ全質量あたり0.01乃至0.15質量%含有すべきである。これらのアルカリ金属酸化物が0.01質量%未満では、アークの安定が得られない。一方、アルカリ金属酸化物が0.15質量%を超えると、アークの吹きつけが強くなりすぎ、溶融池が安定しない。また、アルカリ金属酸化物の原料が吸湿しやすいので、ワイヤ全体の耐吸湿性が劣化しやすい。従って、アルカリ金属酸化物はK2O、Na2O及びLi2Oの1種又は2種以上を0.01乃至0.15%の範囲とする。なお、K2O、Na2O、Li2Oの原料としては、長石、ソーダガラス、カリガラス等が挙げられる。その他、Mg、Si、Mnは同様に添加される。
【0037】
前進・後退角
先行電極のワイヤの角度を0乃至後退角15°とし、後行電極のワイヤの角度を0乃至前進角25°とするのが望ましい。前進角及び後退角は、スパッタの発生量、ビード形状に大きく影響を及ぼす。先行電極は前進角になると先行電極からスパッタ発生量が多くなり、後退角が15°よりも大きくなるとアンダカット発生し易くなる。後行電極は後退角になるとアーク安定せず、スパッタ発生多くなる。前進角が25°よりも大きくなると、ビード外観・形状が悪くなる。従って、先行電極及び後行電極のワイヤ角度を上記のとおりとする。
【0038】
トーチ角度:
先行電極及び後行電極共にトーチ角度を40乃至60°とするのが望ましい。トーチ角度は、ビード形状及びビード外観に大きく影響を及ぼす。40°よりも小さいと、下板にアンダカットが発生し易くなり、60°よりも大きいと、上板にアンダカットを発生し易くする。従って、先行電極及び後行電極共にトーチ角度を上記のとおりとする。
【0039】
溶接電流
先行電極の電流を250A以上の直流ワイヤ正極性(DCEP、Direct Current Electrode Positive)、後行電極の電流を200A以上の直流ワイヤ正極性(DCEP)とし、且つ、(先行電極の電流)≧(後行電極の電流)の関係とするのが望ましい。これは一般に溶接構造物のすみ肉溶接部に必要とされる脚長4.0mmを確保するために必要な電流であり、上記電流を下回るとアークが安定しない。また、先行電極の電流が後行電極の電流よりも小さいと、先行電極と後行電極におけるアークの干渉により、先行電極のアークが乱れるためにビードの外観・形状が悪くなる。従って、先行電極と後行電極の電流並びに両者の関係を上記のとおりとする。
【0040】
また、特に上記施工法を2電極(ツイン)で行う場合、以下に示す条件において前記目的の達成が可能であることが判明した。
【0041】
シフト間隔
立板を挾む両先行電極・後行電極のシフト間隔を0乃至30mm又は70mm以上とするのが望ましい。シフト間隔が30乃至70mmの間では、スパッタの発生が多くなり、溶接作業性が悪くなるので、この間を除いたシフト間隔とする。ここで、シフト間隔とは、図5に示すように、各先行電極のずれの距離を表す。
【0042】
なお、更に本発明を効果的に実施するには、狙い位置(即ち、ワイヤ先端からの上板までの距離)の調整が重要なポイントとなる。狙い位置は、溶込み確保、外観・形状が良好なビードの形成、溶融池の安定性及び耐気孔性に大きく影響を及ぼす。そのためには、先行電極の狙い位置はルートより下板側0乃至2mm、後行電極の狙い位置はルートより下板側0乃至3mmとし、且つ、先行電極の狙い位置が後行電極の狙い位置よりもルートに近いか又は同一とするのが望ましい。
【0043】
先行電極の狙い位置は、溶込みを確保するために調整する必要があり、狙いが立板側であると、立板にアンダカットが発生しや易くなり、ビード形状が悪くなり、また狙いが下板側2mmよりも大きいと、ルート部の溶込みを確保できず、ビードが等脚とならないことから、すみ肉部の強度を確保できない。また、後行電極の狙い位置は、ビード外観・形状を良くするために調整する必要があり、狙いが下板側0mm(上板側)よりも小さいか又は3mmよりも大きいと、溶融池が安定せず、ビード外観・形状が悪くなり、またスパッタの発生量が多くなる。また後行電極の狙い位置が先行電極の狙い位置よりもルートに近くなると、耐気孔性が悪くなり、また溶融池が安定せず、ビード外観・形状が悪くなる。従って、先行電極及び後行電極の狙い位置並びに両者の関係を上記のとおりとする。なお、第3電極は逆に上板側を狙い、ルート部から上板側に5mm程度を狙う。
【0044】
【実施例】
以下、本発明の実施例について、本発明の範囲から外れる比較例と対比して説明する。
【0045】
下記表1に示す成分組成のフラックスを軟鋼製ケーシング内にフラックス率14%で充填して直径1.6mmのフラックス入りワイヤを製造し、このワイヤを先行電極、後行電極及び第3電極のワイヤとして使用し、以下の条件で溶接試験を行った。溶接条件は以下のとおりである。
(1)供試鋼板及び継手形状:12mm×100mm×1000mm鋼板を用いてT型すみ肉継手を形成した。なお、プライマ膜厚は40μmである。
(2)溶接姿勢:2電極水平すみ肉溶接
(3)シールドガス:100%CO2、流量25リットル/分
(4)ワイヤ突出し長さ:25mm
(5)電源特性:DCワイヤ(+)
(6)ワイヤ径:先行電極:1.6mm、後行電極:1.6mm、第3電極:1.6mm
(7)溶接電流・電圧:先行電極:500A×38V、後行電極:450A×35V、第3電極:400A×33V
(8)トーチ角度:先行電極:50°、後行電極:50°、第3電極:50°
(9)前進・後退角:先行電極:後退角10°、後行電極:前進角10°、第3電極:前進角0°
(10)狙い位置:先行電極:0mm、後行電極:2mm(下板側)、第3電極:5mm(上板側)
(11)極間距離:25mm
(12)溶接速度:2.2m/分
(13)フィラーワイヤ径:1.2mm
(14)すみ肉ルート部のギャップ:2.0mm
この溶接試験の溶接条件を下記表2に示し、その結果を下記表3に示す。
【0046】
【表1】
【0047】
【表2】
【0048】
【表3】
【0049】
但し、表2において、◎は優れている場合、○は良好な場合、△はやや不良の場合、×は不良の場合である。
表1から明らかなように、実施例4、5、7、8、9、10は本願請求項1を満足しており、総合判定で良好であった。特に、実施例7乃至10は請求項3又は4を満足しており、特に良好(優)であった。
【0050】
一方、比較例1は、ソリッドワイヤのフィラーワイヤを湯溜り10に挿入しているにも拘わらず、先行電極と後行電極の極間距離が15mmよりも小さいので、先行電極、後行電極が共にアークが安定せず、ビード外観・形状が悪くなった。またスパッタの発生量が多くなった。また、比較例2は同様にソリッドワイヤのフィラーワイヤを湯溜りに挿入しているにも拘わらず、先行電極と後行電極の極間距離が50mmよりも大きいので、2電極で1つの溶融池を形成することが不可能となり、耐ピツト性が悪くなった。また湯溜りの安定性に欠き、高速溶接ができなくなる。比較例3はフィラーワイヤの極性が逆極性であるため、湯溜りが不安定になりアークが不安定となり、スパッタが増加した。またビード外観・形状が悪化する。比較例6は比較例3のフィラーワイヤがフラックス入りワイヤの場合であるが、フラックス入りワイヤにおいてもフィラーワイヤの極性が逆極性であるため、湯溜りが不安定になり、アークが不安定となりスパッタが増加した。またビード外観・形状が悪化した。
【0051】
【発明の効果】
以上詳述したように、溶接速度が200cm/分以上の高速溶接において、すみ肉溶接部の過大ギャップ、ショッププライマの過大塗布膜厚、工場内での電流電圧変動等の外乱要因が生じても、溶接作業性が極めて安定し、手直しの必要がない多電極ガスシールドアーク溶接方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施形態に係る多電極ガスシールドアーク溶接方法を示す平面図である。
【図2】同じくその溶融金属部を示す拡大縦断面図である。
【図3】アンダーカットを示す図である。
【図4】本発明の実施形態に係る多電極ガスシールドアーク溶接方法を示す平面回路図である。
【図5】各先行電極のずれの距離を表すシフト間隔を示す平面図である。
【符号の説明】
1;下板
2;立板
3;先行電極
4;フィラーワイヤ
5;後行電極
6;第3電極
7;溶接金属
8;溶融金属
9;溶融スラグ
10;湯溜り
Claims (4)
- ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを先行電極及び後行電極として使用し、先行電極と後行電極との極間距離を15乃至50mmに設定し、フィラーワイヤを前記先行電極と後行電極との間の溶融金属中に挿入し、前記フィラーワイヤに正極性の電流(フィラーワイヤが溶融金属に対して負極性)を流しながら溶接することを特徴とする多電極ガスシールドアーク溶接方法。
- 前記フィラーワイヤがフラックス入りワイヤであることを特徴とする請求項1に記載の多電極ガスシールドアーク溶接方法。
- 前記後行電極の更に後方に第3電極を前記後行電極と前記第3電極との間の極間距離が100mm以上となるように設けたことを特徴とする請求項1又は2に記載の多電極ガスシールドアーク溶接方法。
- 前記フィラーワイヤに流す電流が100A以上であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の多電極ガスシールドアーク溶接方法。
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