JP3744026B2 - 眼科疾患治療剤 - Google Patents
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【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は医薬あるいは試薬として、臨床上あるいは研究上有用な網膜色素上皮細胞増殖因子であるtissue-factor-pathway inhibitor-2を有効成分とする眼科疾患治療剤に関する。
【0002】
【従来の技術】
視覚は感覚機能の中でも最も重要であり,外界の情報の80%は視覚系を通って入力される。したがって,視力低下や失明などの視機能の障害は重大な身体的障害のひとつに挙げられている。特に情報化社会において高齢化が進んでいる現状を考えると、視機能障害を防止することは現在の医療の重要な課題の一つと言えよう。実際、日常生活に支障をきたす疾患の治療に際して患者のQOL(quality of life) を向上させることの重要性が最近提唱されているが,眼疾患においては,特に視機能の改善と維持を含めたQOLV(quality of life and vision)の向上に必須の要件であり,これを達成させる治療法の確立が急務である。
【0003】
重度の視力低下や失明は種々の原因によって起こり得るが,最も直接的な原因となり易いのは,網膜新生血管病と呼ばれている糖尿病網膜症や新生血管黄斑症,網膜剥離,脈絡膜炎、また遺伝疾患である網膜色素変性症,黄斑ジストロフィーなどの網膜脈絡膜疾患である。これらの疾患に対してはある種の薬物療法,レーザーによる光凝固術,硝子体手術等が治療法として施行されているが,それらの成績は未だ十分に満足され得るレベルにはなく,確実に奏効する薬物療法の開発が待ち望まれている。侵襲を伴う光凝固術や硝子体手術に比べ,薬物療法は侵襲が少なく,簡便であるという大きな利点があるため、増加しつつある種々の眼疾患の治療への期待が大きいが,有用性の高い薬剤が少ないのが現状である。
【0004】
一方,近年の基礎的,臨床的研究の進展で,網膜脈絡膜疾患における病態の解明も進んでいる。すなわち,視力障害は,狭義の感覚器である網膜の視細胞の病変だけではなく,視細胞の代謝に大きく関与している網膜色素上皮の病変,神経線維の障害や網膜の循環障害,さらには脈絡膜の循環障害によっても起こってくることが明らかになり出した。
【0005】
このうち,特に網膜色素上皮(RPE:retinal pigment epithelial)細胞の視細胞維持における重要な役割が判明してきた。すなわち、細胞は網膜最下位層でブルッフ膜上に一層に配列しており,網膜に到達した光を吸収して反射を防ぐほか,ブルッフ膜と共に視細胞と脈絡膜血管板を仕切る血液網膜関門(blood-retinal barrier )を構築し,各種のサイトカインの産生にも関与しているなど,視細胞の維持や再生などの物理的にも生理的に重要な機能を持つ。
【0006】
また,RPE細胞の関与するサイトカインには血管新生に対する促進因子と抑制因子も含まれており,脈絡膜新生血管の発生,進展,抑制,退縮を制御していることが最近の研究で解明されている(総説として,田中靖彦,眼科,31, 1233-1238, 1989 あるいは宇山昌延,日本眼科学会雑誌,95, 1145-1180, 1991 )。
このような機能を持つRPE細胞を培養して生理学的および病理学研究を行うことは,眼の生理的機能や病態の解明、さらには治療法の開発に大いに役立つことが期待される。しかし,RPE細胞の機能を修飾する因子の研究は始まったばかりであり,インターロイキン(IL)−1β,IL−6,IL−8,TNF(tumor necrosis factor),GM−CSF(granulocyte-macropharge colony stimulating factor),MCP(monocyte chemotactic protein),bFGF(basic Fibroblast growth factor) などが増殖刺激を,TGFβ(transforming growth factor- β)が増殖抑制をもたらすことが明らかにされた程度にすぎず(玉井信,日本眼科学会雑誌, 97, 1-2 ,1993),しかも,これらの修飾因子は多様な作用を持つことが知られ,RPE細胞に対する選択的な薬理作用は期待できそうにない。
【0007】
以上のように,重大な視機能低下や失明を来たす網膜脈絡膜疾患は今後増加が予想されながらも,まだ十分な治療法は確立しておらず,この疾患の病態を左右すると考えられるRPE細胞の組織学的および機能的研究もようやく着手され出したにすぎない。また,RPE細胞の増殖や活性化による網膜脈絡膜疾患の治療や予防に関する研究も緒についたばかりである。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
上述したように、有力な薬物療法がない網膜脈絡膜疾患に対して、RPE細胞を増殖活性化させる因子を治療薬として開発すべきことが課題として挙げられる。 重大な視力障害をもたらす網膜脈絡膜疾患につながるRPE細胞の変性にかかわる疾患のうち、例えば網膜色素変性症は遺伝性疾患であり、血管拡張剤やビタミンAなどの対症治療法がなされているにすぎず、根本的治療法はない。このような疾患には、RPE細胞を増殖、活性化させる因子が有用な薬剤になると考えられる。
【0009】
一方、新生血管を伴う網膜症、黄斑疾患やジストロフィーなどに対しては、レーザーによる光凝固が奏効する場合もあるが、薬物療法においては現状では根治療法に属するものはない。レーザーによる光凝固は血管閉塞による止血効果を有するものの、網膜内層にも熱凝固が及び、網膜の機能が広範囲に失われるため、中心視力を司どる黄斑部中心窩に発症した病型には適用できない。また、脈絡膜新生血管が中心窩付近に存在する場合には光凝固の治療は不可能である。さらに光凝固では新生血管の再発する場合が多いことも問題である。このような光凝固の難点をカバーするためにも有用な薬物療法が望まれている。RPE細胞は増殖期には血管新生抑制因子を産生することが知られているので(前出の宇山の総説による)、RPE細胞増殖因子は血管新生抑制剤として光凝固の代替あるいは併用療法に応用することが期待できる。
【0010】
また、原発性および続発性網膜剥離に対して治療を施す場合、網膜の接着効果を高める薬剤が求められている。網膜の裂孔を瘢痕形成によって閉鎖させる熱凝固(ジアテルミー)や冷凍凝固、光凝固を施す場合、瘢痕形成を促す薬剤も望まれる。これらの場合、瘢痕形成の主役となるRPE細胞を増殖させる薬剤は網膜剥離治療促進剤として応用できると考えられる。
【0011】
このように、網膜症、黄斑疾患、網膜変性、ジストロフィー、網膜剥離などの難治性疾患に簡便に適用し得る新規なRPE細胞増殖剤の開発は大いに期待されているところである。
【0012】
本発明は医薬あるいは試薬として、臨床上あるいは研究上有用な網膜色素上皮細胞増殖因子であるtissue-factor-pathway inhibitor-2を有効成分とする眼科疾患治療剤に関する。
【0013】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは強力にRPE細胞の増殖を促進する作用を有する細胞増殖剤を見出すべく鋭意研究の結果、本発明を完成した。
すなわち本発明は医薬あるいは試薬として、臨床上あるいは研究上有用であるtissue-factor-pathway inhibitor-2 を有効成分とする眼科疾患治療剤に関する。
【0014】
【発明の実施の形態】
本発明に用いられるtissue-factor-pathway inhibitor-2 (Sprecher et al.,Proc. Natl. Acad. USA, 91, 3353-3357, 1994)は血液凝固VIIa因子の阻害活性を有することが知られている。またこれは、T98Gグリオーム細胞の産生するセリンプロテアーゼ・インヒビターとして見出だされ、さらにこれが血液凝固に関与するplacental protein 5 (Miyake et al., J.Biochem., 116 , 939-942, 1994)とアミノ酸配列が同一であることが報告されている。しかしながら、これらのタンパクが網膜色素上皮細胞増殖活性を有することはこれまでに報告されておらず、本発明で網膜色素上皮細胞増殖活性を持つことを明らかにした。
細胞増殖因子であるtissue-factor-pathway inhibitor-2 は、ヒト培養細胞培養上清からの精製分離、あるいは本細胞増殖因子に対するcDNAを用いて、いわゆる遺伝子組換え技術によって作成された細胞の抽出液あるいは細胞培養上清からの精製分離、さらには胎児胚に本細胞増殖因子に対するcDNAを適当なベクター系に注入して得られた、いわゆるトランスジェニック動物の乳などの体液成分からの精製分離することによって得られる。
ヒト培養細胞は、本増殖因子を産生する能力を有する各種の正常組織由来細胞あるいは株化細胞のいずれでも対象となるが、好ましくは上皮系細胞、ストローマ細胞や繊維芽細胞である。遺伝子組換え型技術を利用して本増殖因子を調製する場合には、宿主細胞として、CHO(チャイニーズハムスター卵巣)細胞、マウスC127細胞などの哺乳動物細胞、カイコ、夜盗蛾などの昆虫細胞、大腸菌、枯草菌、酵母などの微生物などを用いることができる。さらに、トランスジェニック動物を宿主とする場合は、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ウシなどを用いることができる。
【0015】
このようにして調製された本増殖因子は、原料となる細胞培養上清、虫体抽出液、菌抽出液、生体抽出液から種々のクロマトグラフィーにより、精製分離することができる。用いるクロマトグラフィーは本増殖因子に親和性を有するものであればいずれでも良いが、例えば、二酸化ケイ素(シリカ)やリン酸カルシウムを吸着素材とするカラム、ヘパリンや色素や疎水基をリガンドとするカラム、金属キレートカラム、イオン交換カラム、ゲル瀘過カラムなどである。
【0016】
本増殖因子は,広く網膜色素変性や網膜脈絡膜萎縮症に治療に応用できる。具体的には,網膜色素変性,小口症,斑状網膜,網膜色素線上,網膜色素上皮症(急性後極部多発性網膜色素上皮症,多発性後極部網膜色素上皮症),加齢性黄斑変性症,老人性円板状黄斑変性症,眼ヒストプラスマ症,中心性漿液性網脈絡膜症,中心性滲出性網脈絡膜症,黄斑円孔,近視性黄斑萎縮,Stargardt 病,卵黄状黄斑変性症などである。さらにまた,特発性および続発性網膜剥離の光凝固治療時の治療促進剤としても用いることができる。
【0017】
本発明の細胞増殖因子は、そのままもしくは自体公知の薬理学に許容される担体、賦形剤などと混合した医薬組成物として、経口または非経口的に投与することができる。
【0018】
経口投与のための剤型としては、具体的には錠剤、丸剤、カプセル剤、顆粒剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤などが挙げられる。かかる剤形は、自体公知の方法によって製造され、製剤分野において通常用いられる担体もしくは賦形剤を含有するものである。例えば錠剤用の担体、賦形剤としては、ラクトース、マルトース、サッカロース、澱粉、ステアリン酸マグネシウムなどが挙げられる。
【0019】
非経口投与のための剤形としては、例えば、軟膏剤、クリーム剤、注射剤、湿布剤、塗布剤、坐剤、点眼剤、経鼻吸収剤、経肺吸収剤、経皮吸収剤などが挙げられる。眼科用途に限って言えば、注射剤(全身投与、硝子体内投与、網膜下投与、テノン嚢投与、結膜下投与等)、経角結膜剤、点眼剤などが特に挙げられる。溶液製剤は自体公知の方法、例えば、本増殖因子を通常、注射剤に用いられた無菌の水溶液に溶解、あるいは抽出液に懸濁、さらには乳化してリポソームに包埋させた状態で調製され得る。固体製剤としては、自体公知の方法、例えば、本増殖因子にマンニトール、トレハロース、ソルビトール、ラクトース、グルコースなどを賦形剤として加え、凍結乾燥物として調製され得る。さらにこれを粉体化して用いることもできる。ゲル化剤としては、自体公知の方法、例えば、本増殖因子をグリセリン、ポリエチレングリコール、メチルセルロース、カルボキシルメチルセルロース、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸などの増粘剤や多糖に溶解した状態で調製され得る。
【0020】
いずれの製剤においても、安定化剤としてヒト血清アルブミン、ヒト免疫グロブリン、α2マクログロブリン、アミノ酸などを添加することができ、また分散剤あるいは吸収促進剤として本増殖因子の生理活性を損なわない範囲でアルコール、糖アルコール、イオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤などを添加することができる。また、微量金属や有機酸塩も必要に応じて加えることができる。本発明の細胞増殖因子の投与は全身投与あるいは局所投与で行われ,有効投与量および投与回数は,投与剤形,投与ルート,患者の年齢,体重,治療対象疾患,症状もしくは重篤度によっても異なるが,通常,成人一人あたり0.01〜100mgを,好ましくは0.1〜10mgを一回または数回に分けて投与することができる。
【0021】
【実施例】
以下,本発明をより詳細に説明するために実施例を示すが,本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例1
細胞増殖因子の分離精製法および活性の測定
1.細胞増殖因子の分離精製法:
ヒト線維芽細胞を1×106 cell/mlで5%新生仔ウシ血清を含むイーグルMEM1リットルに播種し,16リットルのガラス培養槽で,0.3%マイクロキャリー(“Cytodex l ”,Pharmacia-Biotech 社)に接着させて攪拌しながら,37℃,5日間培養した。その後,無血清イーグルMEM培地14リットルに交換し,100国際単位/mlでヒト・インターフェロンβを加えた。24時間後,さらにポリ(I):ポリ(C)を10μg/mlで加え,その2時間後,少量のメチルセルロースを含むイーグルMEM培地に置換し,その後,6日間培養を続けた。培養終了後,マイクロキャリヤーを沈降させた後,上清を別の容器に移し,精製原液とした。フィルターで瀘過して不純物を除去した精製原液100リットルをS-Sepharose カラム(500ml,Pharmacia-Biotech 社)に流し,10mMリン酸緩衝液(PB)(pH7)5リットルで洗浄した後,0.5M NaClを含む10mM PB(pH7)で溶出を行った。タンパク質のピ−ク画分200mlを1M硫酸アンモニウム溶液(pH7)として、Polypropyl Aカラム(0.8×25cm,PolyLC社)吸着させた後,硫酸アンモニウムの濃度勾配(1−0M)溶離法によりタンパク質の溶出を行った。
【0022】
後述したRPE細胞増殖活性の測定法により検出された活性画分4mlを,C4逆相カラム(1×25cm,Vydac 社)に注入し,0.1%トリフルオロ酢酸(pH2)を含む水/アセトニトリルの濃度勾配(0−70%)溶離法により溶出した。活性画分2mlをSpeed Vac 濃縮機で100μlまで減圧濃縮した。
【0023】
次に,この濃縮活性画分をLaemmli の方法(Nature, 227, 680-685, 1970)に準じて,非還元条件下でドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を含むポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)を行い,さらに精製した。泳動後,SDS−PAGEゲルを2mm幅でスライスし,スライス片(1×2×4mm)あたり0.5mlの蒸留水で4℃,一晩浸漬し,ゲル中のタンパク質を溶出した。活性画分の溶出液中のRPE細胞増殖活性は,下記2.の方法により測定した結果、240単位/mlであった。
【0024】
RPE細胞増殖活性を有する画分を,再度,非還元条件下のSDS−PAGEし,銀染色したところ,分子量27,000±3,000 の位置に単一のバンドが検出された。この画分の精製タンパク質5μgを,プロテイン・シーケンサー(Applied Biosystams社470型)でアミノ酸配列を分析したところ,そのアミノ酸配列は,.Proc. Natl. Acad. USA, 91, 3353-3357, 1994 に記載されたtissue-factor-pathway inhibitor-2 及び J. Biochem., 116, 939-942, 1994に記載されたplacental protein 5 と同一であることを確認した。
【0025】
2.RPE細胞増殖因子活性の測定:
RPE細胞樹立株であるK−1034細胞(Kigasawaら,Jap. J. Ophthalmol.
, 38, 10-151994 )を1×104 cell/0.5ml medium/wellで24ウェルプラスチックプレートに播種した。培養液は5%新生仔ウシ血清(FCS)を含むダルベッコMEM培地を用いた。これに被験サンプル2μlを加え,37℃,5日間培養した。培養後,細胞数を細胞計数機(コールター・カウンターZM型)で計測し,対象群に対する被験群の存在率をRPE細胞増殖活性比率として算出した。細胞数を2倍に増加させる力価を1単位とし,希釈倍率を乗じて単位数とした。
【0026】
【発明の効果】
本発明の網膜色素上皮細胞増殖因子であるtissue-factor-pathway inhibitor-2は、網膜色素変性、網膜症、黄斑疾患、網膜剥離などの眼疾患に治療剤として用いることができる。
【発明の属する技術分野】
本発明は医薬あるいは試薬として、臨床上あるいは研究上有用な網膜色素上皮細胞増殖因子であるtissue-factor-pathway inhibitor-2を有効成分とする眼科疾患治療剤に関する。
【0002】
【従来の技術】
視覚は感覚機能の中でも最も重要であり,外界の情報の80%は視覚系を通って入力される。したがって,視力低下や失明などの視機能の障害は重大な身体的障害のひとつに挙げられている。特に情報化社会において高齢化が進んでいる現状を考えると、視機能障害を防止することは現在の医療の重要な課題の一つと言えよう。実際、日常生活に支障をきたす疾患の治療に際して患者のQOL(quality of life) を向上させることの重要性が最近提唱されているが,眼疾患においては,特に視機能の改善と維持を含めたQOLV(quality of life and vision)の向上に必須の要件であり,これを達成させる治療法の確立が急務である。
【0003】
重度の視力低下や失明は種々の原因によって起こり得るが,最も直接的な原因となり易いのは,網膜新生血管病と呼ばれている糖尿病網膜症や新生血管黄斑症,網膜剥離,脈絡膜炎、また遺伝疾患である網膜色素変性症,黄斑ジストロフィーなどの網膜脈絡膜疾患である。これらの疾患に対してはある種の薬物療法,レーザーによる光凝固術,硝子体手術等が治療法として施行されているが,それらの成績は未だ十分に満足され得るレベルにはなく,確実に奏効する薬物療法の開発が待ち望まれている。侵襲を伴う光凝固術や硝子体手術に比べ,薬物療法は侵襲が少なく,簡便であるという大きな利点があるため、増加しつつある種々の眼疾患の治療への期待が大きいが,有用性の高い薬剤が少ないのが現状である。
【0004】
一方,近年の基礎的,臨床的研究の進展で,網膜脈絡膜疾患における病態の解明も進んでいる。すなわち,視力障害は,狭義の感覚器である網膜の視細胞の病変だけではなく,視細胞の代謝に大きく関与している網膜色素上皮の病変,神経線維の障害や網膜の循環障害,さらには脈絡膜の循環障害によっても起こってくることが明らかになり出した。
【0005】
このうち,特に網膜色素上皮(RPE:retinal pigment epithelial)細胞の視細胞維持における重要な役割が判明してきた。すなわち、細胞は網膜最下位層でブルッフ膜上に一層に配列しており,網膜に到達した光を吸収して反射を防ぐほか,ブルッフ膜と共に視細胞と脈絡膜血管板を仕切る血液網膜関門(blood-retinal barrier )を構築し,各種のサイトカインの産生にも関与しているなど,視細胞の維持や再生などの物理的にも生理的に重要な機能を持つ。
【0006】
また,RPE細胞の関与するサイトカインには血管新生に対する促進因子と抑制因子も含まれており,脈絡膜新生血管の発生,進展,抑制,退縮を制御していることが最近の研究で解明されている(総説として,田中靖彦,眼科,31, 1233-1238, 1989 あるいは宇山昌延,日本眼科学会雑誌,95, 1145-1180, 1991 )。
このような機能を持つRPE細胞を培養して生理学的および病理学研究を行うことは,眼の生理的機能や病態の解明、さらには治療法の開発に大いに役立つことが期待される。しかし,RPE細胞の機能を修飾する因子の研究は始まったばかりであり,インターロイキン(IL)−1β,IL−6,IL−8,TNF(tumor necrosis factor),GM−CSF(granulocyte-macropharge colony stimulating factor),MCP(monocyte chemotactic protein),bFGF(basic Fibroblast growth factor) などが増殖刺激を,TGFβ(transforming growth factor- β)が増殖抑制をもたらすことが明らかにされた程度にすぎず(玉井信,日本眼科学会雑誌, 97, 1-2 ,1993),しかも,これらの修飾因子は多様な作用を持つことが知られ,RPE細胞に対する選択的な薬理作用は期待できそうにない。
【0007】
以上のように,重大な視機能低下や失明を来たす網膜脈絡膜疾患は今後増加が予想されながらも,まだ十分な治療法は確立しておらず,この疾患の病態を左右すると考えられるRPE細胞の組織学的および機能的研究もようやく着手され出したにすぎない。また,RPE細胞の増殖や活性化による網膜脈絡膜疾患の治療や予防に関する研究も緒についたばかりである。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
上述したように、有力な薬物療法がない網膜脈絡膜疾患に対して、RPE細胞を増殖活性化させる因子を治療薬として開発すべきことが課題として挙げられる。 重大な視力障害をもたらす網膜脈絡膜疾患につながるRPE細胞の変性にかかわる疾患のうち、例えば網膜色素変性症は遺伝性疾患であり、血管拡張剤やビタミンAなどの対症治療法がなされているにすぎず、根本的治療法はない。このような疾患には、RPE細胞を増殖、活性化させる因子が有用な薬剤になると考えられる。
【0009】
一方、新生血管を伴う網膜症、黄斑疾患やジストロフィーなどに対しては、レーザーによる光凝固が奏効する場合もあるが、薬物療法においては現状では根治療法に属するものはない。レーザーによる光凝固は血管閉塞による止血効果を有するものの、網膜内層にも熱凝固が及び、網膜の機能が広範囲に失われるため、中心視力を司どる黄斑部中心窩に発症した病型には適用できない。また、脈絡膜新生血管が中心窩付近に存在する場合には光凝固の治療は不可能である。さらに光凝固では新生血管の再発する場合が多いことも問題である。このような光凝固の難点をカバーするためにも有用な薬物療法が望まれている。RPE細胞は増殖期には血管新生抑制因子を産生することが知られているので(前出の宇山の総説による)、RPE細胞増殖因子は血管新生抑制剤として光凝固の代替あるいは併用療法に応用することが期待できる。
【0010】
また、原発性および続発性網膜剥離に対して治療を施す場合、網膜の接着効果を高める薬剤が求められている。網膜の裂孔を瘢痕形成によって閉鎖させる熱凝固(ジアテルミー)や冷凍凝固、光凝固を施す場合、瘢痕形成を促す薬剤も望まれる。これらの場合、瘢痕形成の主役となるRPE細胞を増殖させる薬剤は網膜剥離治療促進剤として応用できると考えられる。
【0011】
このように、網膜症、黄斑疾患、網膜変性、ジストロフィー、網膜剥離などの難治性疾患に簡便に適用し得る新規なRPE細胞増殖剤の開発は大いに期待されているところである。
【0012】
本発明は医薬あるいは試薬として、臨床上あるいは研究上有用な網膜色素上皮細胞増殖因子であるtissue-factor-pathway inhibitor-2を有効成分とする眼科疾患治療剤に関する。
【0013】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは強力にRPE細胞の増殖を促進する作用を有する細胞増殖剤を見出すべく鋭意研究の結果、本発明を完成した。
すなわち本発明は医薬あるいは試薬として、臨床上あるいは研究上有用であるtissue-factor-pathway inhibitor-2 を有効成分とする眼科疾患治療剤に関する。
【0014】
【発明の実施の形態】
本発明に用いられるtissue-factor-pathway inhibitor-2 (Sprecher et al.,Proc. Natl. Acad. USA, 91, 3353-3357, 1994)は血液凝固VIIa因子の阻害活性を有することが知られている。またこれは、T98Gグリオーム細胞の産生するセリンプロテアーゼ・インヒビターとして見出だされ、さらにこれが血液凝固に関与するplacental protein 5 (Miyake et al., J.Biochem., 116 , 939-942, 1994)とアミノ酸配列が同一であることが報告されている。しかしながら、これらのタンパクが網膜色素上皮細胞増殖活性を有することはこれまでに報告されておらず、本発明で網膜色素上皮細胞増殖活性を持つことを明らかにした。
細胞増殖因子であるtissue-factor-pathway inhibitor-2 は、ヒト培養細胞培養上清からの精製分離、あるいは本細胞増殖因子に対するcDNAを用いて、いわゆる遺伝子組換え技術によって作成された細胞の抽出液あるいは細胞培養上清からの精製分離、さらには胎児胚に本細胞増殖因子に対するcDNAを適当なベクター系に注入して得られた、いわゆるトランスジェニック動物の乳などの体液成分からの精製分離することによって得られる。
ヒト培養細胞は、本増殖因子を産生する能力を有する各種の正常組織由来細胞あるいは株化細胞のいずれでも対象となるが、好ましくは上皮系細胞、ストローマ細胞や繊維芽細胞である。遺伝子組換え型技術を利用して本増殖因子を調製する場合には、宿主細胞として、CHO(チャイニーズハムスター卵巣)細胞、マウスC127細胞などの哺乳動物細胞、カイコ、夜盗蛾などの昆虫細胞、大腸菌、枯草菌、酵母などの微生物などを用いることができる。さらに、トランスジェニック動物を宿主とする場合は、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ウシなどを用いることができる。
【0015】
このようにして調製された本増殖因子は、原料となる細胞培養上清、虫体抽出液、菌抽出液、生体抽出液から種々のクロマトグラフィーにより、精製分離することができる。用いるクロマトグラフィーは本増殖因子に親和性を有するものであればいずれでも良いが、例えば、二酸化ケイ素(シリカ)やリン酸カルシウムを吸着素材とするカラム、ヘパリンや色素や疎水基をリガンドとするカラム、金属キレートカラム、イオン交換カラム、ゲル瀘過カラムなどである。
【0016】
本増殖因子は,広く網膜色素変性や網膜脈絡膜萎縮症に治療に応用できる。具体的には,網膜色素変性,小口症,斑状網膜,網膜色素線上,網膜色素上皮症(急性後極部多発性網膜色素上皮症,多発性後極部網膜色素上皮症),加齢性黄斑変性症,老人性円板状黄斑変性症,眼ヒストプラスマ症,中心性漿液性網脈絡膜症,中心性滲出性網脈絡膜症,黄斑円孔,近視性黄斑萎縮,Stargardt 病,卵黄状黄斑変性症などである。さらにまた,特発性および続発性網膜剥離の光凝固治療時の治療促進剤としても用いることができる。
【0017】
本発明の細胞増殖因子は、そのままもしくは自体公知の薬理学に許容される担体、賦形剤などと混合した医薬組成物として、経口または非経口的に投与することができる。
【0018】
経口投与のための剤型としては、具体的には錠剤、丸剤、カプセル剤、顆粒剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤などが挙げられる。かかる剤形は、自体公知の方法によって製造され、製剤分野において通常用いられる担体もしくは賦形剤を含有するものである。例えば錠剤用の担体、賦形剤としては、ラクトース、マルトース、サッカロース、澱粉、ステアリン酸マグネシウムなどが挙げられる。
【0019】
非経口投与のための剤形としては、例えば、軟膏剤、クリーム剤、注射剤、湿布剤、塗布剤、坐剤、点眼剤、経鼻吸収剤、経肺吸収剤、経皮吸収剤などが挙げられる。眼科用途に限って言えば、注射剤(全身投与、硝子体内投与、網膜下投与、テノン嚢投与、結膜下投与等)、経角結膜剤、点眼剤などが特に挙げられる。溶液製剤は自体公知の方法、例えば、本増殖因子を通常、注射剤に用いられた無菌の水溶液に溶解、あるいは抽出液に懸濁、さらには乳化してリポソームに包埋させた状態で調製され得る。固体製剤としては、自体公知の方法、例えば、本増殖因子にマンニトール、トレハロース、ソルビトール、ラクトース、グルコースなどを賦形剤として加え、凍結乾燥物として調製され得る。さらにこれを粉体化して用いることもできる。ゲル化剤としては、自体公知の方法、例えば、本増殖因子をグリセリン、ポリエチレングリコール、メチルセルロース、カルボキシルメチルセルロース、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸などの増粘剤や多糖に溶解した状態で調製され得る。
【0020】
いずれの製剤においても、安定化剤としてヒト血清アルブミン、ヒト免疫グロブリン、α2マクログロブリン、アミノ酸などを添加することができ、また分散剤あるいは吸収促進剤として本増殖因子の生理活性を損なわない範囲でアルコール、糖アルコール、イオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤などを添加することができる。また、微量金属や有機酸塩も必要に応じて加えることができる。本発明の細胞増殖因子の投与は全身投与あるいは局所投与で行われ,有効投与量および投与回数は,投与剤形,投与ルート,患者の年齢,体重,治療対象疾患,症状もしくは重篤度によっても異なるが,通常,成人一人あたり0.01〜100mgを,好ましくは0.1〜10mgを一回または数回に分けて投与することができる。
【0021】
【実施例】
以下,本発明をより詳細に説明するために実施例を示すが,本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例1
細胞増殖因子の分離精製法および活性の測定
1.細胞増殖因子の分離精製法:
ヒト線維芽細胞を1×106 cell/mlで5%新生仔ウシ血清を含むイーグルMEM1リットルに播種し,16リットルのガラス培養槽で,0.3%マイクロキャリー(“Cytodex l ”,Pharmacia-Biotech 社)に接着させて攪拌しながら,37℃,5日間培養した。その後,無血清イーグルMEM培地14リットルに交換し,100国際単位/mlでヒト・インターフェロンβを加えた。24時間後,さらにポリ(I):ポリ(C)を10μg/mlで加え,その2時間後,少量のメチルセルロースを含むイーグルMEM培地に置換し,その後,6日間培養を続けた。培養終了後,マイクロキャリヤーを沈降させた後,上清を別の容器に移し,精製原液とした。フィルターで瀘過して不純物を除去した精製原液100リットルをS-Sepharose カラム(500ml,Pharmacia-Biotech 社)に流し,10mMリン酸緩衝液(PB)(pH7)5リットルで洗浄した後,0.5M NaClを含む10mM PB(pH7)で溶出を行った。タンパク質のピ−ク画分200mlを1M硫酸アンモニウム溶液(pH7)として、Polypropyl Aカラム(0.8×25cm,PolyLC社)吸着させた後,硫酸アンモニウムの濃度勾配(1−0M)溶離法によりタンパク質の溶出を行った。
【0022】
後述したRPE細胞増殖活性の測定法により検出された活性画分4mlを,C4逆相カラム(1×25cm,Vydac 社)に注入し,0.1%トリフルオロ酢酸(pH2)を含む水/アセトニトリルの濃度勾配(0−70%)溶離法により溶出した。活性画分2mlをSpeed Vac 濃縮機で100μlまで減圧濃縮した。
【0023】
次に,この濃縮活性画分をLaemmli の方法(Nature, 227, 680-685, 1970)に準じて,非還元条件下でドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を含むポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)を行い,さらに精製した。泳動後,SDS−PAGEゲルを2mm幅でスライスし,スライス片(1×2×4mm)あたり0.5mlの蒸留水で4℃,一晩浸漬し,ゲル中のタンパク質を溶出した。活性画分の溶出液中のRPE細胞増殖活性は,下記2.の方法により測定した結果、240単位/mlであった。
【0024】
RPE細胞増殖活性を有する画分を,再度,非還元条件下のSDS−PAGEし,銀染色したところ,分子量27,000±3,000 の位置に単一のバンドが検出された。この画分の精製タンパク質5μgを,プロテイン・シーケンサー(Applied Biosystams社470型)でアミノ酸配列を分析したところ,そのアミノ酸配列は,.Proc. Natl. Acad. USA, 91, 3353-3357, 1994 に記載されたtissue-factor-pathway inhibitor-2 及び J. Biochem., 116, 939-942, 1994に記載されたplacental protein 5 と同一であることを確認した。
【0025】
2.RPE細胞増殖因子活性の測定:
RPE細胞樹立株であるK−1034細胞(Kigasawaら,Jap. J. Ophthalmol.
, 38, 10-151994 )を1×104 cell/0.5ml medium/wellで24ウェルプラスチックプレートに播種した。培養液は5%新生仔ウシ血清(FCS)を含むダルベッコMEM培地を用いた。これに被験サンプル2μlを加え,37℃,5日間培養した。培養後,細胞数を細胞計数機(コールター・カウンターZM型)で計測し,対象群に対する被験群の存在率をRPE細胞増殖活性比率として算出した。細胞数を2倍に増加させる力価を1単位とし,希釈倍率を乗じて単位数とした。
【0026】
【発明の効果】
本発明の網膜色素上皮細胞増殖因子であるtissue-factor-pathway inhibitor-2は、網膜色素変性、網膜症、黄斑疾患、網膜剥離などの眼疾患に治療剤として用いることができる。
Claims (1)
- 網膜色素変性、網膜症、黄斑疾患、または網膜剥離のいずれかの網膜疾患の治療に用いる、tissue-factor-pathway inhibitor-2を有効成分とする眼科疾患治療剤。
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