JP2024030522A - オーステナイト系ステンレス鋼管 - Google Patents

オーステナイト系ステンレス鋼管 Download PDF

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Abstract

Figure 2024030522000001
【課題】高価な合金元素を低減しつつも、水素環境下での疲労特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼管を提供する。
【解決手段】溶接部を有する鋼管であって、昇温脱離水素分析法を用いて、100℃/hの昇温速度で25~800℃の温度範囲において放出される水素量の測定を行った場合に、放出水素量[H]が、10.0ppm未満であり、水素放出のピーク温度[Tp]が、350℃以上であり、水素放出のピーク速度[Rmax]が、0.050ppm/min以下であり、溶接部の結晶粒度が、粒度番号で8.0以上である、オーステナイト系ステンレス鋼管。
【選択図】 図1

Description

本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼管に関する。
近年、化石燃料に代わる新たなエネルギー源として、水素が注目されている。水素は、COを排出しないクリーンなエネルギー源である。その一方、水素は、例えば、素材を脆化させる水素脆化を引き起こすことがある。そこで、特許文献1には、耐水素ガス脆化性を向上させたオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。
特開2015-196842号公報
水素環境下で製造される部品には、例えば、水素ガス製造装置等に使用される鋼管がある。しかしながら、特許文献1に開示されたオーステナイト系ステンレス鋼を鋼管に使用した場合、高価な合金元素を多く添加しており、製造コストが高くなる。加えて、オーステナイト系ステンレス鋼を、鋼管として使用する場合、水素環境下における疲労特性が問題になるが、特許文献1ではこの疲労特性を検討していない。このため、鋼管の疲労特性について、さらに、改善の余地がある。
以上を踏まえ、本発明は、上記課題を解決し、高価な合金元素を低減しつつも、水素環境下での疲労特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼管を提供することを目的とする。
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のオーステナイト系ステンレス鋼管を要旨とする。
(1)溶接部を有する鋼管であって、
昇温脱離水素分析法を用いて、100℃/hの昇温速度で25~800℃の温度範囲において放出される水素量の測定を行った場合に、
放出水素量[H]が、10.0ppm未満であり、
水素放出のピーク温度[Tp]が、350℃以上であり、
水素放出のピーク速度[Rmax]が、0.050ppm/min以下であり、
前記溶接部の結晶粒度が、粒度番号で8.0以上である、オーステナイト系ステンレス鋼管。
(2)前記鋼管の化学組成が、質量%で、
C:0.080%以下、
Si:1.0%以下、
Mn:2.0%以下、
P:0.050%以下、
S:0.020%以下、
Cr:17.0~20.0%、
Ni:8.0~13.0%、
N:0.25%以下、
Nb:0~0.20%、
Ti:0~0.20%、
Mo:0~1.0%、
Cu:0~1.0%、
Al:0~0.30%、
Co:0~0.50%、
V:0~0.50%、
W:0~0.50%、
B:0~0.0050%、
Ca:0~0.010%、
Mg:0~0.010%、
Zr:0~0.50%、
Ga:0~0.05%、
Hf:0~0.10%、
REM:0~0.10%、
残部:Feおよび不純物である、上記(1)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼管。
(3)高圧水素ガス環境または液化水素環境で用いられる、上記(1)または(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼管。
(4)水素ガス製造装置または水素ガス供給装置の部品に用いられる、上記(1)または(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼管。
本発明によれば、高価な合金元素を低減しつつも、水素環境下での疲労特性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼管を得ることができる。
図1は、水素放出曲線(TDA曲線)を模式的に示した図である。
本発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼管において、高価な合金元素を低減しつつも、水素環境下での疲労特性を高めるために、種々の検討を行い、以下の(a)~(c)の知見を得た。
(a)オーステナイト系ステンレス鋼の水素脆化は、-100~-40℃となる水素環境下で生じやすい。これは、この温度域で、オーステナイト相(以下、「γ相」ともいう。)が不安定になり、ひずみの蓄積等に起因して、脆くて弱いα′相に相変態するためと考えられる。このため、γ相の安定性を高めるために、Ni、Cu、Mn等の添加元素の含有量を高めることが考えられる。一方、上記のような元素の含有量を高め、高合金化することで、合金コストが増加する。
(b)そこで、本発明者らは、高合金化をせずに、水素環境下における疲労特性を向上させるべく、鋼中に含まれる水素に着目した。通常の鋼の製造プロセスおよび水素環境下では、鋼中に水素が侵入してしまうため、鋼内部に微量の水素が取り込まれた状態になる。このような鋼中の水素が、例えば、ひずみが蓄積されたような箇所に集積すると、水素脆化が促進され、鋼管の疲労特性が低下する。従って、鋼中の水素は、放出されるのが望ましいが、使用環境となる低温での水素存在下では、鋼の外部に放出するのが難しい。
(c)このため、鋼内部に存在する水素の集約を抑制し、水素が移動しにくくするのが望ましい。つまり、水素が鋼内部でトラップされた状態となるよう、水素の存在状態を制御するのが有効である。水素の存在状態を制御する上で、鋼管製造時に50~400℃の温度域で長時間、熱処理する加温処理を行うのが好ましい。加えて、水素が、より強固にトラップされた状態となる様、溶接部の結晶粒を微細にし、結晶粒度を粒度番号で8.0以上とするのが好ましい。
本発明の一実施形態は上記の知見に基づいてなされたものである。本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼管は、溶接部を有する鋼管である。詳しくは、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼管は、溶接により、溶融金属が凝固し、接合部となった溶接部を有する。溶接部以外には、母材部も有する。なお、母材部は、溶接により入熱の影響を受ける溶接熱影響部を含む。
1.水素の存在状態
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼管では、鋼内部で水素が移動しにくい状態、すなわちトラップされた状態となるよう、水素の存在状態を制御する。水素の存在状態を定量的に把握するために、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼管では、昇温脱離水素分析法を用いる。
昇温脱離水素分析法とは、ステンレス鋼材を一定の昇温速度で加熱し、放出される水素を、ガスクロマトグラフまたは四重極質量分析装置で検出する手法である。水素は、原子空孔、転位、結晶粒界などの格子欠陥、析出物および介在物の界面、といった多くの欠陥にトラップされている。そして、昇温脱離水素分析法を用いることにより、これらの欠陥にトラップされている水素の量を定量的に評価できる。
ここで、図1に昇温脱離水素分析法により得られる、水素放出曲線(以下、「TDA曲線」ともいう。)について説明する。TDA曲線は、横軸が温度、横軸が水素放出速度となる。鋼材、鋼管等のTDA曲線は、一般的に、ある温度で、水素放出速度がピークをとるような曲線となる。そして、このTDA曲線において、ピークの水素放出速度となるような温度を、水素放出のピーク温度[Tp]という。また、この際の水素放出速度を、水素放出のピーク速度[Rmax]という。また、この曲線を積分することで、放出水素量[H]も算出できる。
上述した放出水素量[H]、水素放出のピーク温度[Tp]、および水素放出のピーク速度[Rmax]は、それぞれ、鋼中の水素の存在状態を示す指標となる。
そして、昇温脱離水素分析法を用いて、100℃/hの昇温速度で25~800℃の温度範囲において放出される水素量の測定を行った場合に、放出水素量[H]を、10.0ppm未満とし、水素放出のピーク温度[Tp]を、350℃以上とし、水素放出のピーク速度[Rmax]を、0.050ppm/min以下とする。
上記方法で測定される放出水素量[H]が10.0ppm以上であると、過剰に鋼中に水素が取り込まれており、耐水素脆化性の向上が難しくなる。このため、放出水素量[H]は、10.0ppm以下とする。放出水素量[H]は、8.5ppm以下とするのが好ましく、6.5ppm以下とするのがより好ましく、5.0未満であるのがさらに好ましい。なお、放出水素量[H]の下限は、特に、限定されないが、通常、0.5ppm程度となる。
また、水素放出のピーク温度[Tp]が、350℃未満であると、水素のトラップ度合いが低く、水素が鋼内で移動しやすくなる。このため、水素放出のピーク温度[Tp]は、350℃以上とする。水素放出のピーク温度[Tp]は、370℃以上とするのが好ましく、400℃以上とするのがより好ましく、450℃以上とするのがさらに好ましい。なお、水素放出のピーク温度[Tp]の上限は、特に、限定されないが、通常、500℃程度となる。
さらに、水素放出のピーク速度[Rmax]が、0.050ppm/min超であると、水素のトラップ度合いが低く、水素が鋼内で移動しやすくなる。このため、水素放出のピーク速度[Rmax]は、0.050ppm/min以下とする。ピーク速度[Rmax]は、0.045ppm/min以下とするのが好ましく、0.035ppm/min以下とするのがより好ましく、0.020ppm/min以下とするのがさらに好ましい。なお、水素放出のピーク速度[Rmax]の下限は、特に、限定されないが、通常、0.005ppm/min程度となる。
なお、放出水素量[H]、水素放出のピーク温度[Tp]、および水素放出のピーク速度[Rmax]は、昇温脱離水素分析法により測定するが、具体的には、以下の手順で測定すればよい。
鋼管から30mm長さ(伸管方向)の試験片を切り出した後、試験片を有機溶剤で脱脂・洗浄する。次に、この試験片を用い、昇温脱離水素分析法(TDA)を用い、脱離する水素を測定することによって評価する。TDAでは、アルゴン雰囲気中、25(室温)~800℃の温度範囲を昇温速度100℃/hで加熱し、試験片から放出(脱離)される水素をクロマトグラフで測定する。使用したクロマトグラフは、0.01ppmの精度で水素を検出可能である。TDAの測定結果に基づき、図1のようなTDA曲線を作成し、放出水素量[H]、水素放出のピーク温度[Tp]、および水素放出のピーク速度[Rmax]を算出する。なお、放出水素量は、当該曲線を積分することによって算出できる。
2.溶接部の結晶粒度
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼管では、さらに、水素がトラップされた状態とするために、溶接部の結晶粒を微細にし、結晶粒度を制御する。具体的には、溶接部の結晶粒度は、粒度番号で、8.0以上とする。溶接部の結晶粒度の粒度番号が、8未満であると、溶接部の金属組織が粗粒であり、水素をトラップしにくくなる。このため、溶接部の結晶粒度の粒度番号は、8.0以上とし、10以上とするのが好ましい。なお、上記粒度番号の上限は、特に限定されないが、通常、13程度となる。
溶接部の結晶粒度の粒度番号は、以下の手順で測定すればよい。最初に鋼管の溶接部を含み、伸管方向に垂直な断面が観察面となるような埋込み試料を作製する。続いて、この試料を光学顕微鏡で組織観察し、溶接部の結晶粒度を測定する。なお、結晶粒度の測定は、JIS G 0551:2020に記載された顕微鏡試験方法にある切断法に準拠して行う。
3.化学組成
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼管においては、上述のように、水素の存在状態を制御することによって耐水素脆化性を向上させている。そのため、オーステナイト系ステンレス鋼管であれば、化学組成を特に制限する必要はない。しかしながら、本実施形態の鋼管の効果は特に、高価な合金元素を低減した成分設計において顕著に発揮される。そのため、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼管は、以下に示す化学組成を有することが好ましい。各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
C:0.080%以下
C(炭素)は、オーステナイト相の安定化に有効な元素であり、強度を向上させる効果を有する。しかしながら、Cが過剰に含有されると、靭性が低下する。このため、C含有量は、0.080%以下とするのが好ましい。C含有量は、0.070%以下とするのがより好ましく、0.065%以下とするのがさらに好ましい。一方、上記効果を得るためには、C含有量は、0.010%以上とするのが好ましい。
Si:1.0%以下
Si(ケイ素)は、脱酸に有効な元素であり、耐水素脆化性を向上させる。しかしながら、Siを過剰に含有させると、σ相などの金属間化合物の生成を助長し、靭性等を低下させる。このため、Si含有量は、1.0%以下とするのが好ましい。Si含有量は、0.9%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Si含有量は、0.1%以上とするのが好ましい。
Mn:2.0%以下
Mn(マンガン)は、オーステナイト相の安定化に有効な元素であり、耐水素脆化性の向上に有効な元素であるが、過剰に含有されると、合金コストが増加する。このため、Mn含有量は、2.0%以下とするのが好ましい。Mn含有量は、1.9%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mn含有量は、0.5%以上とするのが好ましい。
P:0.050%以下
P(リン)は、鋼中に含まれる不純物元素であり、機械的特性を低下させる元素である。このため、P含有量は0.050%以下とするのが好ましい。P含有量は、極力低減するのが好ましいが、Pの過度の低減は、精錬コストを増加させる。このため、P含有量は、0.010%以上とするのが好ましい。
S:0.020%以下
S(硫黄)は、鋼中に含まれる不純物元素であり、機械的特性を低下させる。このため、S含有量は、0.020%以下とするのが好ましい。S含有量は、極力低減するのが好ましいが、Sの過度の低減は、精錬コストを増加させる。このため、S含有量は、0.0002%以上とするのが好ましい。
Cr:17.0~20.0%
Cr(クロム)は、ステンレス鋼の耐食性を維持する上で必要な元素である。また、Crは、強度を向上させる効果も有する。このため、Cr含有量は、17.0%以上とするのが好ましい。Cr含有量は、17.5%以上とするのがより好ましく、18.0%以上とするのがさらに好ましい。しかしながら、Crが過剰に含有されると、靭性が低下する。このため、Cr含有量は、20.0%以下とするのが好ましい。Cr含有量は、19.5%以下とするのがより好ましい。
Ni:8.0~13.0%
Ni(ニッケル)は、耐水素脆化性を向上させる効果を有する。また、強度を向上させる効果も有する。このため、Ni含有量は、8.0%以上とするのが好ましい。Ni含有量は、8.5%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Niは高価な元素であるので、Niが過剰に含有されると、合金コストが増加する。このため、Ni含有量は、13.0%以下とするのが好ましく、12.0%以下とするのがより好ましい。
N:0.25%以下
N(窒素)は、MnおよびNiと同様に、耐水素脆化性の向上に有効な元素である。しかしながら、Nを過剰に含有させると、溶製時のブローホール等、内部欠陥が発生する場合があり、破壊の起点が生じやすくなる。この結果、耐衝撃特性が低下する。このため、N含有量は、0.25%以下とする。N含有量は、0.24%以下とするのが好ましく、0.20%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、N含有量は、0.04%以上とするのが好ましい。
上記の元素に加えて、さらにNbおよびTiから選択される一種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。各元素の限定理由について説明する。
Nb:0~0.20%
Nb(ニオブ)は、微細な析出物を形成し、水素をトラップする作用を高める効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、高価な元素であるため、Nbが過剰に含有されると、合金コストが増加する。また、析出物を過剰に形成させることで、靭性が低下する。このため、Nb含有量は、0.20%以下とするのが好ましい。Nb含有量は、0.18%以下とするのがより好ましく、0.15%以下とするのがさらに好ましい。一方、上記効果を得るためには、Nb含有量は、0.03%以上とするのがより好ましい。
Ti:0~0.20%
Ti(チタン)も、Nbと同様、微細な析出物を形成し、水素をトラップする作用を高める効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、高価な元素であるため、Tiが過剰に含有されると、合金コストが増加する。このため、Ti含有量は、0.20%以下とするのが好ましい。Ti含有量は、0.18%以下とするのがより好ましく、0.15%以下とするのがさらに好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ti含有量は、0.01%以上とするのがより好ましい。
上記の元素に加えて、さらにMo、Cu、Al、Co、V、W、B、Ca、Mg、Zr、Ga、HfおよびREMから選択される一種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。各元素の限定理由について説明する。
Mo:0~1.0%
Mo(モリブデン)は、強度および耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Moは、高価な元素であり、Moが過剰に含有されると、合金コストが増加する。このため、Mo含有量は、1.0%以下とするのが好ましい。Mo含有量は、0.5%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mo含有量は、0.1%以上とするのが好ましい。
Cu:0~1.0%
Cu(銅)は、強度および耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Cuは、高価な元素であり、Cuが過剰に含有されると、合金コストが増加する。また、鋼が過剰に硬質化して、靭性等の機械的特性が低下する。このため、Cu含有量は、1.0%以下とするのが好ましい。Cu含有量は、0.9%以下とするのがより好ましく、0.6%以下とするのがさらに好ましい。一方、上記効果を得るためには、Cu含有量は、0.1%以上とするのが好ましい。
Al:0~0.30%
Al(アルミニウム)は、脱酸効果を有する元素である。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Alが過剰に含有されると、介在物が過剰に形成し、表面性状が低下する。また、熱間加工性も低下する。このため、Al含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。Al含有量は、0.25%以下とするのがより好ましく、0.10%以下とするのがさらに好ましい。一方、上記効果を得るためには、Al含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
Co:0~0.50%
Co(コバルト)は、強度および耐食性を向上させる効果を有する。また、オーステナイト相を安定化させることで、耐水素脆化性を向上させる効果も有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Coは、高価な元素であり、過剰に含有されると、合金コストが増加する。また、加工性および靭性も低下する。このため、Co含有量は、0.50%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Co含有量は、0.1%以上とするのが好ましい。
V:0~0.50%
V(バナジウム)は、鋼中に固溶または炭窒化物として析出し、強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Vが過剰に含有されると、炭窒化物が過剰に形成し、熱間圧延時の製造性を低下させる。このため、V含有量は、0.50%以下とするのが好ましい。V含有量は、0.30%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、V含有量は、0.05%以上とするのが好ましい。
W:0~0.50%
W(タングステン)は、強度および耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Wが過剰に含有されると、合金コストが増加する。このため、W含有量は、0.50%以下とするのが好ましい。W含有量は、0.30%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、W含有量は、0.05%以上とするのが好ましい。
B:0~0.0050%
B(ボロン)は、粒界を強化し、強度を向上させるとともに、強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Bが過剰に含有されると、加工性が低下する。このため、B含有量は、0.0050%以下とするのが好ましい。B含有量は、0.0030%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、B含有量は、0.0002%以上とするのが好ましい。
Ca:0~0.010%
Ca(カルシウム)は、低融点元素の粒界偏析を抑制して、粒界を強化する効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Caを過剰に含有させると、偏析が生じやすくなり、靭性が低下する。このため、Ca含有量は、0.010%以下とするのが好ましい。Ca含有量は、0.005%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ca含有量は、0.0002%以上とするのが好ましい。
Mg:0~0.010%
Mg(マグネシウム)は、低融点元素の粒界偏析を抑制して、粒界を強化する効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Mgを過剰に含有させると、介在物が多量に形成し、破壊の起点になりやすくなる結果、靭性が低下する場合がある。このため、Mg含有量は、0.010%以下とするのが好ましい。Mg含有量は、0.005%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mg含有量は、0.0002%以上とするのが好ましい。
Zr:0~0.50%
Zr(ジルコニウム)は、脱酸効果を有する。また、耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Zrが過剰に含有されると、靭性および加工性が低下する。このため、Zr含有量は、0.50%以下とするのが好ましい。Zr含有量は、0.30%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Zr含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
Ga:0~0.05%
Ga(ガリウム)は、熱間加工性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて、含有させてもよい。しかしながら、Gaが過剰に含有されると、製造性を低下させる。このため、Ga含有量は、0.05%以下とするのが好ましい。Ga含有量は、0.02%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ga含有量は、0.001%以上とするのが好ましい。
Hf:0~0.10%
Hfは、強度を向上させ、耐水素脆化性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて、含有させてもよい。しかしながら、Hfを過剰に含有させると、加工性が低下する。このため、Hf含有量は、0.10%以下とする。Hf含有量は、0.07%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Hf含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
REM:0~0.10%
REMは、熱間加工性を向上させる効果を有する。また、耐食性を向上させる効果も有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、REMを過剰に含有させると、その効果が飽和するばかりか熱間加工性が低下する。このため、REM含有量は、0.10%以下とする。REM含有量は、0.07%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、REM含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、上記REM含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。REMは、工業的には、ミッシュメタルの形で添加されることが多い。
本実施形態の鋼管の化学組成において、残部はFeおよび不純物であるのが好ましい。ここで「不純物」とは、オーステナイト系ステンレス鋼を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本実施形態の鋼管に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
4.用途および形状
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼管は、高圧水素ガス環境または液化水素環境で用いられるのが好ましい。例えば、水素ガス製造装置または水素ガス供給装置の部品に用いられるのが好ましい。なお、水素ガス製造装置または水素ガス供給装置の部品として、例えば、タンクの本体、口金、ライナー、バルブ、熱交換器、ディスペンサーなどの計器類の流路に使用される配管がある。なお、上記用途から、鋼管の肉厚は、0.25~6.0mmの範囲であるのが好ましい。鋼管の外径は25.4mm(1インチ)以下が望ましいがこれに限定されるものでない。
5.製造方法
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼管は、例えば、以下のような製造方法により、安定して製造することができる。
5-1.鋼管素材の製造
ステンレス鋼を溶製し、鋼片を製造し、この鋼片に以下に記載するような熱間圧延、冷間圧延、冷延板焼鈍、酸洗等を行い、鋼板を製造し、鋼管素材とする。鋼管素材の製造方法は、特に、限定されないが、以下に記載の方法で、製造するのがよい。
上述したように、ステンレス鋼を溶製し、鋼片を製造する。鋼片の化学組成は、上述した範囲とするのが好ましい。得られた鋼片を、熱間圧延し、熱延板とする。なお、熱間圧延の際の条件は、特に、限定されないが、例えば、鋼片の加熱温度は、1150~1250℃の範囲とするのが好ましい。また、熱間圧延後に、組織を調整するために、必要に応じて、熱延板焼鈍、酸洗を行ってもよい。熱延板焼鈍の条件は、特に、限定されないが、例えば、焼鈍温度は、950~1150℃の範囲とし、焼鈍時間は、0.5~15minの範囲の範囲とするのが好ましい。なお、熱間圧延後、または、熱延板焼鈍後に、必要に応じて、酸洗を行ってもよい。
次に、上記熱延板を冷間圧延し、冷延板とするのが好ましい。冷間圧延の際の条件も、特に、限定されない。常法に従えばよい。また、冷間圧延を複数回行ってもよく、冷間圧延と冷間圧延の間に熱処理を行ってもよい。熱処理を行う場合は、例えば、950~1150℃の温度範囲で、10s~10min行うのが好ましい。
得られた冷延板に、冷延板焼鈍を行う。この際の焼鈍温度は、950~1150℃の範囲とするのが好ましい。また、焼鈍時間は、5s~3minの範囲とするのが好ましい。焼鈍温度および焼鈍時間を上記範囲とすることで、再結晶を促進し、均質な組織とできるからである。上記焼鈍後、冷却し、オーステナイト系ステンレス鋼板とする。なお、焼鈍後、必要に応じて、酸洗を行ってもよい。なお、この際の酸洗の条件も、特に限定されない。常法に従えばよい。
5-2.鋼管の製造
得られた鋼板、すなわち鋼管素材を、管状に成形する。成形方法は、特に限定されないが、通常、種々の曲率を有するロールを用いて、曲げ加工し、管状に成形する、所謂、ロールフォーミングを用いる。
続いて、成形された鋼管素材の板幅方向の端部を溶接するのが好ましい。溶接方法は、特に限定されないが、例えば、高周波電気抵抗溶接(「ERW」ともいう。)、イナートガスアーク溶接(「TIG溶接」ともいう。)、またはレーザー溶接とすればよい。その他、溶接条件は、適宜、調整すればよい。
溶接された鋼管素材を、冷間で引き抜き加工してもよい。引き抜き加工の際の条件も特に、限定されないが、例えば、引き抜き加工の際の肉厚減少率は20%以下とするのが好ましい。なお、上記引き抜き加工は、複数回行ってもよい。
また、冷間での引き抜き加工後に、必要に応じて、熱処理を行っても良い。引き抜き加工後の最終の熱処理の熱処理温度は、950~1050℃の範囲とするのが好ましい。上記熱処理温度が、950℃未満であると、十分、組織を均質にできない。上記熱処理温度は、1000℃以上とするのがより好ましい。一方、上記熱処理温度が1050℃を超えると、溶接部の結晶粒が粗大になり、粒度番号が8.0未満になり、疲労特性が低下する。
なお、上記熱処理の熱処理時間は、1~30分の範囲とするのが好ましい。また、引き抜き加工を複数回行う場合は、引き抜き加工と、熱処理とを複数回繰り返してもよい。上記最終の熱処理後、適切な範囲の冷却速度で冷却し、オーステナイト系ステンレス鋼管とする。
また、上記熱処理の雰囲気は、大気雰囲気、LNG燃焼雰囲気で行うのが好ましいが、水素ガスを含む還元雰囲気でも構わない。水素ガスを含む雰囲気としては、100%水素ガスの雰囲気、またはアンモニア分解ガス(75%水素ガス+25%窒素ガス)が一般的である。大気雰囲気で熱処理した場合には、酸洗を行うのが好ましい。なお、この際の酸洗の条件も、特に限定されない。常法に従えばよい。その他の熱処理の条件も、特に、限定されない。
5-3.加温処理
得られた鋼管に加温処理を行う。加温処理とは、50~400℃の温度域で、0.5~360h保持する熱処理である。このように、低温で長時間の熱処理を行うことで、水素の存在状態を制御し、放出水素量[H]、水素放出のピーク温度[Tp]、および水素放出のピーク速度[Rmax]を、本実施形態の範囲内にすることができる。
なお、加温処理を行う際の雰囲気は、特に、限定されない。大気雰囲気、または大気圧のNガスまたはArガスの雰囲気とすればよい。
以下、実施例によって本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼管をより具体的に説明するが、本実施形態はこれらの実施例に限定されるものではない。
熱間圧延、冷間圧延、焼鈍、酸洗等を行い、板厚2.0mmであるオーステナイト系ステンレス鋼板を製造した。このオーステナイト系ステンレス鋼板を鋼管素材とし、70mm幅のフープから成形を行い、外径が22mmになる様、調整した。その後、両幅の端部をTIG溶接した。TIG溶接された鋼管素材に引き抜き加工と熱処理を繰り返し行い、最終的に外径が6.35mm(1/4インチ)、肉厚が1.3mmのオーステナイト系ステンレス鋼管を得た。最終の熱処理の条件は、表2に記載されたとおりである。得られた鋼管の一部の例について、加温処理を行った。なお、得られた鋼管の化学組成は、表1に記載したとおりである。
Figure 2024030522000002
なお、後述する表2において、熱処理における雰囲気の項目の「大気」は、大気雰囲気で10min以下熱処理を行った後、酸洗したことを表し、「BA」は、0.1MPaH雰囲気で、10min以下焼鈍を行ったことを表す。
表2において、加温処理の項目の「有り 1」は、大気雰囲気において、80℃で、7日保持する加温処理を行ったことを表し、「有り 2」は、大気圧のNガスまたはArガス雰囲気において、300℃で、4h保持する加温処理を行ったことを表す。
得られた鋼管について、100℃/hの昇温速度で25℃から800℃まで昇温脱離水素分析法を行い、水素の存在状態(放出水素量[H]、水素放出のピーク温度[Tp]、水素放出のピーク速度[Rmax])を調べた。また、溶接部の結晶粒度番号も測定した。各値の測定は、以下の手順で行われた。
(水素の存在状態)
鋼管から30mm長さ(伸管方向)の試験片を切り出した後、試験片を有機溶剤で脱脂・洗浄した。次に、この試験片を用い、昇温脱離水素分析法(TDA)で、脱離する水素を測定した。TDAでは、アルゴン雰囲気中、25(室温)~800℃の温度範囲を昇温速度100℃/hで加熱し、試験片から放出(脱離)される水素をクロマトグラフで測定した。TDAの測定結果に基づき、TDA曲線を作成し、放出水素量[H]、水素放出のピーク温度[Tp]、および水素放出のピーク速度[Rmax]を算出した。
(溶接部の結晶粒度)
最初に鋼管の溶接部を含み、伸管方向に垂直な断面が観察面となるような埋込み試料を作製した。続いて、この試料を光学顕微鏡で組織観察し、結晶粒度を測定した。なお、結晶粒度の測定は、JIS G 0551:2020に記載された顕微鏡試験方法にある切断法に準拠して行った。
(疲労特性の評価)
上記の物性値の測定と同様に、水素環境下における疲労特性の評価も行った。具体的には、試験体収容チャンバに、得られた鋼管(長さ500mm)を設置した。-70℃にしたチャンバ内部で、鋼管内部のHガス圧力を、0MPaから70MPaへ昇圧後、70MPaから0MPaへ減圧するまでを1サイクルとし、水素の漏れが発生する、または管の外径が変化するまで繰り返し行った、1サイクルは、30秒、すなわち、周波数は、0.03とし、最大、10000サイクルまで行った。
表2において、疲労サイクル数の項目には、水素の漏れが発生したサイクル数を記載し、10000サイクル後も、水素の漏れが無かった場合、10000と記載した。また、疲労特性判定において、10000サイクル後に、水素の漏れが無かった場合を、○と判定し、10000サイクル後に、水素の漏れが無く、かつ外径の変化が無い場合を◎と判定した。一方、10000サイクル経過前に、水素の漏れが発生した場合を×と判定した。以下、結果を纏めて、表2に記載する。
Figure 2024030522000003
本実施形態の要件を満足するNo.1、4、7、9、11、13、15、17は、水素環境下において、良好な疲労特性を有していた。一方、本実施形態の要件を満足しないNo.2、3、5、6、8、10、12、14、16、18は、水素環境下における疲労特性が不良であった。

Claims (4)

  1. 溶接部を有する鋼管であって、
    昇温脱離水素分析法を用いて、100℃/hの昇温速度で25~800℃の温度範囲において放出される水素量の測定を行った場合に、
    放出水素量[H]が、10.0ppm未満であり、
    水素放出のピーク温度[Tp]が、350℃以上であり、
    水素放出のピーク速度[Rmax]が、0.050ppm/min以下であり、
    前記溶接部の結晶粒度が、粒度番号で8.0以上である、オーステナイト系ステンレス鋼管。
  2. 前記鋼管の化学組成が、質量%で、
    C:0.080%以下、
    Si:1.0%以下、
    Mn:2.0%以下、
    P:0.050%以下、
    S:0.020%以下、
    Cr:17.0~20.0%、
    Ni:8.0~13.0%、
    N:0.25%以下、
    Nb:0~0.20%、
    Ti:0~0.20%、
    Mo:0~1.0%、
    Cu:0~1.0%、
    Al:0~0.30%、
    Co:0~0.50%、
    V:0~0.50%、
    W:0~0.50%、
    B:0~0.0050%、
    Ca:0~0.010%、
    Mg:0~0.010%、
    Zr:0~0.50%、
    Ga:0~0.05%、
    Hf:0~0.10%、
    REM:0~0.10%、
    残部:Feおよび不純物である、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼管。
  3. 高圧水素ガス環境または液化水素環境で用いられる、請求項1または2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼管。
  4. 水素ガス製造装置または水素ガス供給装置の部品に用いられる、請求項1または2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼管。
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