車室内の騒音を低減するための手法として、音響特性Cの事前同定を必要とせず、且つ制御中に音響特性Cの変化に追従できる、直接法と呼ばれているアルゴリズムを利用した制御手法がある。
特許文献1には、直接法を用いた消音システムが開示されている(特許文献1の図1参照)。この消音システムは、騒音低減用の適応フィルタ(有限インパルス応答(FIR)フィルタ(C))、騒音源から誤差マイクまでの騒音伝達経路(W1)の推定特性を表す適応フィルタ(制御FIRフィルタ(D))、制御スピーカから誤差マイクまでの伝達経路(G)の推定特性を表す適応フィルタ(制御FIRフィルタ(K))として働く3つのFIRフィルタを有している。制御FIRフィルタの適応更新には、誤差マイクで検知した誤差信号eからシステム内部で生成する仮想的な2つの誤差信号e1、e2が用いられている。
特許文献1の図1に示される直接法を用いた消音システムは、以下の原理で動作する。
ここで、e1:仮想的な誤差信号、e2:仮想的な誤差信号、e:誤差信号、r:参照信号の時系列信号ベクトル、*:フィルタリング計算(FIRフィルタでは畳み込み計算)、C:制御FIRフィルタ(C)のフィルタ係数、K:制御FIRフィルタ(K)のフィルタ係数、D:制御FIRフィルタ(D)のフィルタ係数、である。
このように直接法では、システム内部で2つの仮想的な誤差信号e1、e2が計算され
る。上記式の2つの仮想的な誤差信号e1、e2を足すと、下式になる。
2つの仮想的な誤差信号e1、e2が同時に最小値(0)に収束すると、仮想的な誤差信号e1、e2を用いて更新している制御FIRフィルタ(C)及び制御FIRフィルタ(K)も一定値に収束するため、上記式は、e=0、となる。
以上のことから、制御中に音響特性(G)の事前測定値を用いることなく、仮想的な誤差信号e1、e2が同時に最小値に収束すれば、誤差マイク位置における音圧(e)も最小値に収束することがわかる。
以下に、「FIRフィルタを用いた直接法」と「最小二乗平均(LMS)アルゴリズムのフィルタ係数更新」について説明する。
まず、図1を参照してFIRフィルタを用いた直接法について説明する。図1に示すように、この能動型振動騒音低減装置では、一次経路の伝達特性を示す一次経路伝達特性d^及び二次経路の伝達特性を示す二次経路伝達特性y^が使用される。一次経路とは、振動騒音源から誤差信号検出手段(誤差マイク、エラーマイク)までの経路である。二次経路とは、振動騒音打消し手段(二次音源、スピーカ)から誤差信号検出手段までの経路である。
図1に示される直接法のブロック図より、Cの事前同定を必要とせず、制御中にCが変化しても消音できる原理は以下の通りである。
ここで、e1とe2が最小値(=0)に収束すると、式(b)、式(c)より以下の連立方程式が成立する。
式(2)より、下式が成立する。
式(1)と式(3)より、下式が成立する。
ここで、式(a)に式(5)を代入すると、下式が成立し、"e=0"となる。
よって、直接法によれば、H^とC^の真値が未知であっても、e1とe2が"0"に収束するとH^とC^の比が一定値(H^とC^が一定値)に収束し、制御フィルタ係数Wも最適値(=−H/C)に収束するため、誤差信号eが最小になる。これが、直接法によって、Cの事前同定を必要とせず、制御中にCが変化しても消音(又は制振)できる原理である。
次に、FIRフィルタを用いた直接法で、仮想誤差信号e1とe2を用いたLMSアルゴリズムによるフィルタ係数の更新について説明する。H^の更新は下式により表される。
C^の更新は下式により表される。
Wの更新は下式により表される。
各更新式は、LMSアルゴリズムを用いてフィルタ係数を入力信号と誤差信号を基に誤差信号が最小となるように逐次更新するものである。ここで、各更新式におけるμは、正のスカラ量であり、サンプリングごとの適応フィルタのフィルタ係数の更新量を制御する(決定する)パラメータで、ステップサイズパラメータ(step size parameter)と呼ばれる。なお、一般的に、ステップサイズパラメータは正の定数である。
以上より、e1とe2は下式となる。
ここで、時間ステップをn、上記3つのFIRフィルタのタップ数(インパルス長)を"N"とする。基準信号をx(n)とし、次式でX(n)を定義する。なお、X(n)は、基準信号の時系列信号ベクトルを表す。
一次経路モデル(推定値、フィルタ)、二次経路モデル(推定値、フィルタ)、制御フィルタのフィルタ係数は以下とする。
誤差信号en=e(n)で、実測値(スカラ)である。
二次音源の出力(スピーカ出力、制御フィルタ出力)をu(n)とすると、次式で表される。
また、U(n)を次式で表す。
参照信号をr(n)とすると、次式で表される。
また、R(n)を次式で表す。
式(b)より、下式となる。
また、式(c)より、下式となる。
H^の更新は、式(6)と式(9)より次式で表される。
C^の更新は、式(7)と式(9)より次式で表される。
Wの更新は、式(8)と式(10)より次式で表される。
直接法によれば、制御音源(スピーカ)から誤差マイクまでの空間伝達経路の音響特性Cの事前同定を必要とせず、制御中にCが変化しても消音(又は制振)が可能となる。しかしながら、直接法では、3つの適応フィルタ、即ち、制御フィルタ(フィルタ係数;W)、一次経路モデルのフィルタ(フィルタ係数H^)、二次経路モデルのフィルタ(フィルタ係数C^)が必要である。
特許文献1に示されるように、各適応フィルタにFIRフィルタを用いると、これら3つのフィルタのフィルタ係数を更新する際には、前述の更新式(A)、(B)、(C)で示されるように畳み込み演算となるため、演算負荷が大きくなる。また、例えば車室振動騒音の打ち消しの場合、車両の急加速に対応させようとすると、サンプリング周波数を高くする必要があるほか、FIRフィルタのタップ数を多くする必要があり、FIRフィルタの演算負荷が大きくなる。そのため、能動型振動騒音低減装置にデジタルシグナルプロセッサなど演算能力の大きなものが必要となって、能動型振動騒音低減装置が高価になるという問題点があった。
一方、エンジン篭もり音のようなエンジンの出力軸の回転(エンジン回転数)に同期して発生する振動騒音は、エンジン回転数の0.5次成分を基本周波数とした周期的複合音(調波複合音)である。すなわち、エンジン篭もり音はエンジン回転によって発生した加振力が車体に伝達されて発生する振動放射音であることから、エンジンの回転数に同期した顕著な周期性を有する振動騒音であり、例えば、4サイクル4気筒エンジンであれば、エンジン出力軸の1/2回転ごとに起こるガス燃焼によるトルク変動によりエンジンを基点とした加振振動が発生し、これが原因で車室内に振動騒音が発生する。したがって、4サイクル4気筒エンジンであれば、エンジン出力軸の回転2次成分と称されるエンジン回転数の2倍の周波数を有する振動騒音が、エンジン篭もり音を支配している。よって、その支配的な振動騒音を狙って振動騒音制御することで効率良く消音又は制振効果が期待できる。このことに着目して、振動騒音源から振動騒音を発生する要因となる周波数を検出して、周期性及び狭帯域騒音の振動騒音制御に特化して、その周波数に基づく調波の周波数(振動騒音の多くを占めている支配的な周波数)の振動騒音を、適応ノッチフィルタ(SAN型フィルタ;Single frequency Adaptive Notch Filter)を用いて消音又は制振することで、効率良く消音/制振効果を得ることができる技術を出願人は発明している(特許文献2、特許文献3など)。なお、適応ノッチフィルタを用いた能動型振動騒音低減装置は、畳み込み演算を必要とせず単純な四則演算だけで対応できるので演算負荷が非常に小さいという利点がある。
以下に、適応ノッチフィルタを用いた能動型振動騒音低減装置の概要を説明する。
図2に示されるフィルタ係数C^を有する適応ノッチフィルタは、大きさをC倍し位相を遅らせるものと捉えることができる。周波数;f、1[sec]間で2πf[rad]、時刻t[sec]でx[rad]とすると、下式となる。
1:2πf=t:x
∴x=2πft
C^は位相をφだけ遅れさせるものとすると、下式となる。
図3に示すように、"i"を乗算することはπ/2(90°)反時計回りに回転することになるからである。また、"−i"をかけることは、90°時計回りに回転することになるため、下式となる。
i*xc=cos(θ+π/2)=−sin(θ)=−xs
i*xs=sin(θ+π/2)=cos(θ)=xc
−i*xc=cos(θ−π/2)=sin(θ)=xs
−i*xs=sin(θ−π/2)=−cos(θ)=−xc
よって適応ノッチフィルタは図4に示す構成となる。なお、基準正弦波信号xs及び基準余弦波信号xcは下式で表される。
xc=cos(2πft)
xs=sin(2πft)
次にLMSアルゴリズムについて説明する。図5に示される誤差信号eについては下式が成立する。
評価関数Jを最小にするフィルタ係数k1(スピーカの制御フィルタである適応ノッチフィルタのフィルタ係数)を求めるのがLMSアルゴリズムであり、具体的には、評価関数J(即ち、e
2)をk1について偏微分した値(傾きΔ)で、フィルタ係数k1を更新する。傾きΔを求めると下式となる。
評価関数すなわち2乗誤差の傾きΔが求められたので、この傾きΔをステップサイズパラメータμとして用い、評価関数すなわち2乗誤差(e
2)が最小となる伝達特性(k1)をLMSアルゴリズムを用いた適応処理の更新式で求めると、下式となる。
次に、図6を参照して適応ノッチフィルタを用いたLMSアルゴリズムについて説明する。cos信号(xc)及びsin信号(xs)は"i"をかけると、下式となる。
二次経路の打消振動騒音推定値yは下式となる。
図6において、打消音伝達特性推定値C^は下式で表される。
C^=C0−iC1
W0及びW1の更新は下式に基づいて行われる。
評価関数Jを最小にするフィルタ係数W0、W1を求めるのがLMSアルゴリズムであり、具体的には、評価関数Jをスピーカの制御フィルタである適応ノッチフィルタのフィルタ係数W0、W1について偏微分した値をステップサイズパラメータとして用いて、フィルタ係数W0、W1を更新する。フィルタ係数W0、W1の更新式は下式で表される。
図7はXATに基づく適応ノッチフィルタを用いたLMSアルゴリズムのブロック図である。この例ではフィルタ係数W0、W1は下式で表される。
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について詳細に説明する。
適応ノッチフィルタを直接法に用いる際の最適なモデル化を以下のようにして行う。
時間ステップをn(時刻;t)、その時の基準信号をx(n)とすると、次式で表される。SANフィルタにおいては直交する2つの基準信号x(xc、xs)が用いられる。
一次経路モデル(推定値、フィルタ)、二次経路モデル(推定値、フィルタ)、制御フィルタのフィルタ係数は以下とする。
xcに対する適応フィルタをW0(n)、xsに対する適応フィルタをW1(n)とする。
誤差信号en=e(n)で、実測値(スカラー)である。
図8に示されるように、二次音源出力(スピーカ出力、制御フィルタ出力)をu0(n)とすると、次式で表される。
一次経路の基準信号をXとすると、振動騒音推定信号d^(n)は次式で表される。ここで、振動騒音源では振動騒音が発生しているから、振動騒音の基準信号はcos信号(xc)とする。
なお、マイクに到達する(入力される)騒音(騒音信号);d(n)は、次式で表される。
打消振動騒音推定信号y^(n)、及び、参照信号r0(n)、r1(n)は次式で表される。
仮想誤差信号e1(n)、e2(n)は次式で表される。
FIRフィルタを用いた直接法を参考にして、SANフィルタを用いた直接法において仮想誤差信号e1とe2を用いたLMSアルゴリズムによるフィルタ係数の更新について説明する。
H^の更新、すなわち、H0及びH1の更新は下式に基づいて行われる。
評価関数J1を最小にするフィルタ係数H0、H1(振動騒音源からマイクまで(一次経路)の伝達特性を示す適応ノッチフィルタのフィルタ係数)を求めるのがLMSアルゴリズムであり、具体的には、下式に示すように、評価関数J1をフィルタ係数H0、H1について偏微分した値をステップサイズパラメータとして用いて、フィルタ係数H0、H1をそれぞれ更新する。
ここで、μh0、μh1;ステップサイズパラメータ、である。累乗の微分公式は以下の通りである。
FIRフィルタを用いた直接法を参考にして、SANフィルタを用いた直接法において仮想誤差信号e1とe2を用いたLMSアルゴリズムによるフィルタ係数の更新について説明する。C^の更新、すなわち、C0及びC1の更新は、上式(11)に基づいて行われる。評価関数J1を最小にするフィルタ係数C0、C1(スピーカからマイクまで(二次経路)の伝達特性を示す適応ノッチフィルタのフィルタ係数)を求めるのがLMSアルゴリズムであり、具体的には、下式に示すように、評価関数J1を適応ノッチフィルタのフィルタ係数C0、C1について偏微分した値をステップサイズパラメータとして用いて、フィルタ係数C0、C1を更新する。
ここで、μc0、μc1;ステップサイズパラメータ、である。
W0及びW1の更新は下式に基づいて行われる。
評価関数J2を最小にするフィルタ係数W0、W1(制御フィルタをなす適応ノッチフィルタのフィルタ係数)を求めるのがLMSアルゴリズムであり、具体的には、下式に示すように、評価関数J2を適応ノッチフィルタのフィルタ係数W0、W1について偏微分した値をステップサイズパラメータとして用いて、フィルタ係数W0、W1を更新する。
ここで、μw0、μw1;ステップサイズパラメータ、である。
一般的なFIRフィルタを用いた直接法のブロック図である図1を基に、SANフィルタを用いた直接法により最適にモデル化した振動騒音低減システムが、図9に示されるブロック図である。2つの仮想誤差信号、3つの適応ノッチフィルタのフィルタ係数更新式、打消振動騒音推定信号、振動騒音推定信号を以下のように定義した。
具体的には、式(I)〜式(VII)より、SANフィルタを用いた直接法により最適にモデル化した振動騒音低減システムのブロック図が図9として示される。
フィルタC^はスピーカから誤差マイクまでの音響特性(信号伝達特性)の推定値(二次経路モデル)に相当するため、その大きさは周波数によって変化する。
C^が小さいと、フィルタWの更新に用いる参照信号(r0、r1)が小さくなり、Wの収束が遅くなる。更に、C^の更新には、Wの出力も用いているためC^自身の収束も遅くなる。一方、C^が大きい周波数帯域では、WとC^の収束が速くなるが、毎回の更新量が大きいため最適値に確実に収束することができないため制御が不安定になりやすい傾向がある。
C^の大きさを正規化処理してC^の位相のみに基づいてフィルタ係数を更新することにより、制御の安定性を確保した上でC^の大きさに左右されず収束性能を向上させたSANフィルタを用いた直接法を提供する。
なお、「正規化」とは、ベクトルの正規化のことであり、ベクトルの方向は維持しつつ大きさを「1」にすることである。
C^の正規化は次式により行われる。
C^(n+1)の振幅(大きさ)|C^(n+1)|は、次式となる。
正規化後のC^(n+1)をC'^(n+1)とすると、C'^(n+1)は次式となる。
正規化されたC'^(n+1)で、制御フィルタのフィルタ係数(W(n+1))の更新と、次の二次経路モデルのフィルタ係数(C^(n+2))の更新を行う。
上記正規化の代替え案として、計算量軽減のためC0^とC1^の絶対値の大きい方を用いることも可能である。
次に、可変ステップサイズパラメータについて説明する。
フィルタ係数の更新は、事前に設定する初期値(小さい数値、例えば"0"など)から更新し始めるため、開始時点ではフィルタ係数が小さい値のため、最適値への収束を速くするためには毎回の更新量を大きくする必要がある。更新量を大きくするにはステップサイズパラメータμを大きく設定することになる。しかしながら、μを大きくすると最適値に確実に収束することができないため制御が不安定になりやすい傾向があり、収束速度と安定性がトレードオフになっている。
フィルタ係数は、更新初期においては小さな値であるが、最適値に近づくにつれて大きくなっていくことに着目し、ステップサイズパラメータの値をフィルタ係数の大きさによって可変にすることにより、制御の安定性を確保した上で収束性能を向上させたSANフィルタを用いた直接法を提供する。それぞれの適応ノッチフィルタの更新式のステップサイズパラメータに、更新直前の各適応ノッチフィルタの振幅の逆数を乗算することでステップサイズパラメータを可変させることができる。又は、それぞれの適応ノッチフィルタの更新式のステップサイズパラメータに、更新直前の各適応ノッチフィルタの2つのフィルタ係数の絶対値の大きい方の値の逆数を乗算することで可変する。固定のステップサイズパラメータを用いた各更新式は、次式となる。
適応ノッチフィルタの更新式のステップサイズパラメータに、更新直前の各適応ノッチフィルタの振幅の逆数を乗算することで可変する具体的な方法は次の通りである。
各適応ノッチフィルタの振幅(大きさ)|H^(n)|、|C^(n)|、|W(n)|は、次式となる。
各更新式のステップサイズパラメータは、次式となる。
可変ステップサイズパラメータを用いた各更新式は、次式となる。
それぞれの適応ノッチフィルタの更新式のステップサイズパラメータに、更新直前の各適応ノッチフィルタの2つのフィルタ係数の絶対値の大きい方の値の逆数を乗算することで可変する具体的な方法は次の通りである。
各適応ノッチフィルタの振幅(大きさ)|H^(n)|、|C^(n)|、|W(n)|は、次式となる。
各更新式のステップサイズパラメータは、次式となる。
可変ステップサイズパラメータを用いた各更新式は、次式となる。
このように能動型振動騒音低減装置では、基準信号生成手段が、振動騒音源から発生する振動騒音周波数に基づく周波数を有する基準正弦波信号xs及び基準余弦波信号xcを基準信号として生成する。第1適応ノッチ制御フィルタW0は基準余弦波信号xcに基づいて第1制御信号ucを出力し、第2適応ノッチ制御フィルタW1は基準正弦波信号xsに基づいて第2制御信号usを出力する。振動騒音打消手段は、第1制御信号ucと第2制御信号usとを加算して得られる第1加算信号u0に基づいて打消振動騒音を出力する。誤差信号検出手段は、振動騒音源から発生する振動騒音と振動騒音打消手段から出力される打消振動騒音との差に基づく誤差信号eを出力する。補正手段は、基準信号の周波数に対する、振動騒音打消手段から誤差信号検出手段までの信号伝達特性に対応する第1補正フィルタC^0及び第2補正フィルタC^1により基準余弦波信号xc及び基準正弦波信号xsをそれぞれ補正して第1及び第2参照信号r0、r1を生成する。
第1推定信号生成手段は、第3補正フィルタH^0及び第4補正フィルタH^1により基準余弦波信号xc及び基準正弦波信号xsをそれぞれ補正して第1及び第2振動騒音推定信号を得て、該第1振動騒音推定信号と該第2振動騒音推定信号とを加算して振動騒音推定信号d^を生成する。第2推定信号生成手段は、基準余弦波信号xcを第1補正フィルタC^0及び第1適応ノッチ制御フィルタW0で補正した第1補正制御信号と、基準正弦波信号xsを第2補正フィルタC^1及び第1適応ノッチ制御フィルタW0で補正した第2補正制御信号と、基準正弦波信号xsを第1補正フィルタC^0及び第2適応ノッチ制御フィルタW1で補正した第3補正制御信号と、基準余弦波信号xcを第2補正フィルタC^1及び第2適応ノッチ制御フィルタW1で補正した第4補正制御信号とを加算して第1打消振動騒音推定信号y^を生成する。第1仮想誤差信号生成手段は、振動騒音推定信号d^と第1打消振動騒音推定信号y^とから第1仮想誤差信号e2を生成する。第1フィルタ係数更新手段は、第1及び第2参照信号r0、r1と第1仮想誤差信号e2とに基づいて第1仮想誤差信号e2が最小となるように第1及び第2適応ノッチ制御フィルタW0、W1のフィルタ係数をそれぞれ逐次更新する。
第1適応ノッチ制御フィルタW0は基準正弦波信号xsに基づいて第3制御信号を出力し、第2適応ノッチ制御フィルタW1は基準余弦波信号xcに基づいて第4制御信号を出力する。第1補正フィルタC^0は第1適応ノッチ補正フィルタC^0で、第2補正フィルタC^1は第2適応ノッチ補正フィルタC^1でそれぞれ構成される。第3推定信号生成手段は、第1加算信号u0を第1適応ノッチ補正フィルタC^0で補正して得られる第5補正制御信号と、前記第3制御信号及び前記第4制御信号を加算して得られる第2加算信号u1を第2適応ノッチ補正フィルタC^1で補正して得られる第6補正制御信号とを加算して第2打消振動騒音推定信号y^を生成する。第2仮想誤差信号生成手段は、誤差信号eと振動騒音推定信号d^と第2打消振動騒音推定信号y^とから第2仮想誤差信号e1を生成する。第2フィルタ係数更新手段は、第1制御信号uc、第2制御信号us、第3制御信号及び第4制御信号と第2仮想誤差信号e1とに基づいて第2仮想誤差信号e1が最小となるように第1及び第2適応ノッチ補正フィルタC^0、C^1のフィルタ係数をそれぞれ逐次更新する。
第3補正フィルタH^0は第3適応ノッチ補正フィルタH^0で、第4補正フィルタH^1は第4適応ノッチ補正フィルタH^1でそれぞれ構成される。第3フィルタ係数更新手段は、基準正弦波信号xsと基準余弦波信号xcと第2仮想誤差信号e1とに基づいて第2仮想誤差信号e1が最小となるように第3及び第4適応ノッチ補正フィルタH^0、H^1のフィルタ係数をそれぞれ逐次更新する。
正規化手段は、第1及び第2適応ノッチ補正フィルタのフィルタ係数に、これら第1及び第2適応ノッチ補正フィルタのフィルタ係数の2乗和の平方根の逆数を乗算して第1及び第2正規化フィルタ係数を算出する。補正手段は、第1正規化フィルタ係数を有する第1適応ノッチ補正フィルタ及び第2正規化フィルタ係数を有する第2適応ノッチ補正フィルタにより基準余弦波信号xcと基準正弦波信号xsをそれぞれ補正して第1及び第2参照信号r0、r1を生成する。
正規化手段は、第1及び第2適応ノッチ補正フィルタC^0、C^1のフィルタ係数に、これら第1及び第2適応ノッチ補正フィルタC^0、C^1のフィルタ係数の絶対値の大きい方の値の逆数を乗算して第3及び第4正規化フィルタ係数を算出してもよい。この場合、補正手段は、第3正規化フィルタ係数を有する第1適応ノッチ補正フィルタ及び第4正規化フィルタ係数を有する第2適応ノッチ補正フィルタに基づいて基準余弦波信号xc及び基準正弦波信号xsをそれぞれ補正して第1及び第2参照信号r0、r1を生成する。
第1、第2及び第3フィルタ係数更新手段は、それぞれが更新する適応ノッチフィルタのフィルタ係数の更新量を制御するステップサイズパラメータμを、更新直前のフィルタ係数の2乗和の平方根に基づいて決定する。
第1、第2及び第3フィルタ係数更新手段は、それぞれが更新する適応ノッチフィルタのフィルタ係数の更新量を制御するステップサイズパラメータμを、更新直前のフィルタ係数の絶対値の大きい方の値に基づいて決定してもよい。
次に、図10〜図12を参照して、本発明に係る能動型振動騒音低減装置10の第1〜第3適用例を説明する。これらの例では、能動型振動騒音低減装置10が車両1に適用されている。
図10に示すように、車両1には走行駆動源としてエンジン2が搭載されている。能動型振動騒音低減装置10は、車室3内の騒音を検出する振動騒音検出部である誤差マイク11と、騒音を打ち消すための制御音として、騒音と逆位相の打消音を発生する打消音発生手段であるスピーカ12と、能動型振動騒音制御部13とを有している。誤差マイク11は、例えば前部座席の上方及び後部座席の上方の天井に取り付けられる。スピーカ12は、オーディオシステムのスピーカ12であってもよく、前部ドア及び後部ドアに取り付けられたドアスピーカである。誤差マイク11は、振動騒音源であるエンジン2からの騒音とスピーカ12からの打消音との相殺誤差を誤差信号eとして検出する誤差信号検出手段として機能する。能動型振動騒音制御部13には、エンジン回転数や車速などの車両情報と誤差マイク11により検出された誤差信号eとが供給される。能動型振動騒音制御部13は、これらの車両情報と誤差信号eとに基づいて、スピーカ12を駆動するための制御信号u0(第1加算信号)を生成し、スピーカ12に発生させる打消音を制御することにより、エンジン2の振動に起因して乗員に伝わるエンジン騒音(エンジン篭もり音)を低減する。この場合、能動型振動騒音制御部13は、能動型騒音制御部として機能する。
図11に示す能動型振動騒音低減装置10は、車室3内の騒音を検出する誤差マイク11と、騒音の原因となるエンジン2の振動を打ち消すための、当該振動と逆位相の相殺振動を発生する相殺振動発生部である振動アクチュエータ14と、能動型振動騒音制御部13とを有している。誤差マイク11は図10に示す能動型振動騒音低減装置10のものと同様である。振動アクチュエータ14は、発生した相殺振動をエンジン2に与えられるように構成されており、例えばアクティブエンジンマウントにより構成されている。能動型振動騒音制御部13には、エンジン回転数や車速などの車両情報と誤差マイク11により検出された誤差信号eとが供給される。能動型振動騒音制御部13は、これらの車両情報と誤差信号eとに基づいて、振動アクチュエータ14を駆動するための制御信号u0を生成し、振動アクチュエータ14に発生させる相殺振動を制御することにより、エンジン2の振動を低減し、エンジン振動に起因して乗員に伝わるエンジン騒音(エンジン篭もり音)を低減する。この場合、能動型振動騒音制御部13は能動型振動制御部として機能する。
図12に示す能動型振動騒音低減装置10は、車室3内の騒音の原因となるエンジン2の振動を検出する振動騒音検出部である振動センサ15と、エンジン2の振動を打ち消すための相殺振動を発生する振動アクチュエータ14と、能動型振動騒音制御部13とを有している。振動センサ15は、エンジン2に取り付けられ、エンジン2の回転によって発生するエンジン振動と振動アクチュエータ14によってエンジン2に与えられた相殺振動との合成である誤差振動を誤差信号eとして検出する誤差信号検出手段として機能する。振動アクチュエータ14は図11に示す能動型振動騒音低減装置10のものと同様である。能動型振動騒音制御部13には、エンジン回転数や車速などの車両情報と振動センサ15により検出された誤差信号eとが供給される。能動型振動騒音制御部13は、これらの車両情報と誤差信号eとに基づいて、振動アクチュエータ14を駆動するための制御信号u0を生成し、振動アクチュエータ14に発生させる相殺振動を制御することにより、エンジン振動を低減し、エンジン2の振動に起因して乗員に伝わるエンジン騒音(エンジン篭もり音)を低減する。この場合も、能動型振動騒音制御部13は能動型振動制御部として機能する。
このように、本発明に係る能動型振動騒音低減装置10は、様々な態様での適用が可能である。これらの例以外では、例えば、駆動源としてエンジン2の代わりにモータが搭載されており、能動型振動騒音低減装置10が振動騒音の発生源となるモータの振動騒音を低減するように構成されてもよい。或いは、能動型振動騒音低減装置10が、車両1の走行時におけるプロペラシャフト、ドライブシャフトなどの駆動系回転体の振動騒音に起因して乗員に伝わる駆動系騒音を低減するように構成されてもよい。すなわち、能動型振動騒音低減装置10は、回転体の回転運動によって周期的且つ狭帯域の振動騒音を発生するエンジン2又は駆動系の振動騒音を低減する。
以下に説明する各実施形態では、車両1が駆動源としてエンジン2を備え、能動型振動騒音低減装置10が、振動騒音検出部として誤差マイク11を備え、相殺音発生手段としてスピーカ12を備え、能動型振動騒音制御部13が能動型騒音制御部として機能するものとする。
≪第1実施形態≫
まず、図13〜図15を参照して本発明の第1実施形態について説明する。図13は、第1実施形態に係る能動型振動騒音低減装置10の機能ブロック図である。図13に示すように、能動型振動騒音制御部13には、エンジン/駆動系信号Xが供給される。エンジン/駆動系信号Xは、エンジン2の出力軸の回転周波数などの振動周波数に同期するエンジンパルスや、エンジン2の駆動力を車輪に伝達する駆動系の回転パルスなどであってよい。エンジン/駆動系信号Xは、これに限定されるものではなく、例えば、エンジン2の回転数、車速、モータ回転数、ギヤ段(トランスミッション)情報に基づいたギヤ回転速度など、車両情報のうち、振動騒音源となる駆動源又は駆動系の作動に関する作動関連情報であればよい。能動型振動騒音制御部13は、エンジン/駆動系信号Xに基づいて、基準信号x(xc、xs)を生成する基準信号生成部21を備えている。
基準信号生成部21では、周波数推定回路22がエンジン/駆動系信号Xから車室3内の騒音になる振動騒音dの周波数fを推定する。具体的には、周波数推定回路22は、エンジン/駆動系信号Xに基づいて振動騒音dの周波数fを、マップを参照することなどによって推定する。推定された周波数fは、余弦波発生回路23及び正弦波発生回路24に供給される。余弦波発生回路23は、供給された周波数fに基づいて、エンジン2の回転に起因してエンジン2・駆動系から発生する振動騒音dに同期する基準信号xである基準余弦波信号xcを生成する。正弦波発生回路24は、供給された周波数fに基づいて、振動騒音dに同期する基準信号xである基準正弦波信号xsを生成する。つまり、基準信号生成部21は、マイクや振動センサによって検出される振動騒音dの物理量から周波数fを検出して基準信号x(xc、xs)を生成するのではなく、エンジン2・駆動系の作動関連情報に基づいて推定した振動騒音dの周波数fを有する基準信号x(xc、xs)を生成する。基準信号生成部21により生成された基準信号x(xc、xs)は、制御信号生成部25、基準信号補正部26、参照信号生成部27(補正手段)及び振動騒音推定信号生成部28(第1推定信号生成手段)に供給される。
制御信号生成部25は、基準信号x(xc、xs)をフィルタ処理することによって制御信号u0を生成するノッチフィルタであり、1つの複素数を用いて表される適応ノッチフィルタ係数Wを有している。この適応ノッチフィルタ係数Wは制御信号生成部25の回路特性を示している。制御信号生成部25は、適応ノッチフィルタ係数Wの実部をなす第1適応ノッチフィルタ係数W0を有する第1適応ノッチ制御フィルタ31、適応ノッチフィルタ係数Wの虚部をなす第2適応ノッチフィルタ係数W1を有する第2適応ノッチ制御フィルタ32及び、加算器33を有する。基準余弦波信号xcは第1適応ノッチ制御フィルタ31に供給されて第1適応ノッチフィルタ係数W0を用いてフィルタ処理され、基準正弦波信号xsは第2適応ノッチ制御フィルタ32に供給されて第2適応ノッチフィルタ係数W1を用いてフィルタ処理される。第1適応ノッチ制御フィルタ31から出力される第1制御信号uc及び第2適応ノッチ制御フィルタ32から出力される第2制御信号usは、加算器33にて加算されることによって制御信号u0になる。制御信号生成部25は基準信号補正部26の一部を構成しており、基準信号x(xc、xs)が制御信号生成部25の回路特性(適応ノッチフィルタ係数W)により補正されて制御信号u0(第1加算信号)になる。
基準信号補正部26は、上記の制御信号生成部25を含み、更に、第1適応ノッチフィルタ係数W0を有する第1適応ノッチフィルタ34、第2適応ノッチフィルタ係数W1の極性を反転させた値を係数に有する第2適応ノッチフィルタ35及び、加算器36を有する適応ノッチフィルタである。基準余弦波信号xcは第1適応ノッチフィルタ34に供給され、第1適応ノッチフィルタ係数W0を用いてフィルタ処理される。基準正弦波信号xsは第2適応ノッチフィルタ35に供給され、第2適応ノッチフィルタ係数W1の極性を反転させた値を用いてフィルタ処理される。第1適応ノッチフィルタ34から出力される第3制御信号及び第2適応ノッチフィルタ35から出力される第4制御信号は、加算器36にて加算することにより、基準信号x(xc、xs)が制御信号生成部25の回路特性(適応ノッチフィルタ係数W)により補正された制御信号u1(第2加算信号)になる。
制御信号生成部25から出力された制御信号u0は、D/A変換器37にてアナログ信号に変換されてスピーカ12に供給される。スピーカ12は供給される制御信号u0に基づいて、騒音源であるエンジン2・駆動系から発生する騒音を打ち消すための打消音(制御音)を発生する。
参照信号生成部27においては、スピーカ12から誤差マイク11までの打消音の音響特性Cの推定値である打消音伝達特性推定値C^が設定されている。打消音伝達特性推定値C^は、後述する第1適応ノッチ補正フィルタ部60により提供される値である。打消音伝達特性推定値C^は、スピーカ12から誤差マイク11までの伝達特性(振幅特性及び位相特性)を設定する関数に基づき、打消音の周波数fに対して求められる1つの複素数を用いて表され、実部C^0(第1補正フィルタ係数)と虚部C^1(第2補正フィルタ係数)とを有している。
参照信号生成部27において、基準余弦波信号xcは、打消音伝達特性推定値C^の実部C^0を係数に有する第1補正フィルタ41に入力される。基準正弦波信号xsは、打消音伝達特性推定値C^の虚部C^1を係数に有する第2補正フィルタ42に入力される。また、基準正弦波信号xsは、打消音伝達特性推定値C^の実部C^0を係数に有する第1補正フィルタ43に入力される。基準余弦波信号xcは、打消音伝達特性推定値C^の虚部C^1の極性を反転させた値を係数に有する第2補正フィルタ44に入力される。
基準余弦波信号xcは、第1補正フィルタ41において打消音伝達特性推定値C^の実部C^0を用いてフィルタ処理される。基準正弦波信号xsは、第2補正フィルタ42において打消音伝達特性推定値C^の虚部C^1を用いてフィルタ処理される。第1補正フィルタ41の出力及び第2補正フィルタ42の出力は加算器45にて加算されることにより、基準信号x(xc、xs)が打消音伝達特性推定値C^で補正されて第1参照信号r0になる。また、基準余弦波信号xcは、第1補正フィルタ43において打消音伝達特性推定値C^の実部C^0を用いてフィルタ処理される。基準正弦波信号xsは、第2補正フィルタ44において打消音伝達特性推定値C^の虚部C^1の極性を反転させた値を用いてフィルタ処理される。第1補正フィルタ43の出力及び第2補正フィルタ44の出力は、加算器46にて加算されることにより、基準信号x(xc、xs)が打消音伝達特性推定値C^で補正されて第2参照信号r1になる。
振動騒音推定信号生成部28は、いわゆるSANフィルタ(Single frequency Adaptive Notch filter)である。振動騒音推定信号生成部28においては、騒音源であるエンジン2・駆動系から誤差マイク11までの騒音の(すなわち、騒音伝播経路の)伝達特性Hの推定値である伝達特性推定値H^の初期値として、例えば0などの小さな値が予め設定されている。伝達特性推定値H^は、騒音源から誤差マイク11までの伝達特性(振幅特性及び位相特性)を設定する関数に基づき、振動騒音dの周波数fに対して求められる1つの複素数を用いて表され、実部H^0(第3補正フィルタ係数(第3適応ノッチ補正フィルタ係数))と虚部H^1(第4補正フィルタ係数(第4適応ノッチ補正フィルタ係数))とを有している。伝達特性推定値H^は、騒音源の振動周波数を直接計測した物理量ではなく、上記のエンジン2・駆動系の作動関連情報に基づいて生成される基準信号xから生成される。
振動騒音推定信号生成部28において、基準余弦波信号xcは、伝達特性推定値H^の実部H^0を係数に有する第3適応ノッチ補正フィルタ51及び、第3適応ノッチ補正フィルタ51のフィルタ係数を適応的に更新するフィルタ係数更新部52(第3フィルタ係数更新手段)に入力される。基準正弦波信号xsは、伝達特性推定値H^の虚部H^1を係数に有する第4適応ノッチ補正フィルタ53及び、第4適応ノッチ補正フィルタ53のフィルタ係数を適応的に更新するフィルタ係数更新部54(第3フィルタ係数更新手段)に入力される。第3適応ノッチ補正フィルタ51及び第4適応ノッチ補正フィルタ53は、基準信号xの周波数に対する、振動騒音源である駆動源又は駆動系から誤差信号検出手段である誤差マイク11までの一次経路の信号伝達特性に対応する補正フィルタであり、且つフィルタ係数が適応的に更新される適応ノッチ補正フィルタである。フィルタ係数更新部52及びフィルタ係数更新部54については後に詳細に説明する。
基準余弦波信号xcは、第3適応ノッチ補正フィルタ51において伝達特性推定値H^の実部H^0を用いてフィルタ処理される。基準正弦波信号xsは、第4適応ノッチ補正フィルタ53において伝達特性推定値H^の虚部H^1を用いてフィルタ処理される。第3適応ノッチ補正フィルタ51から出力される第1振動騒音推定信号及び第4適応ノッチ補正フィルタ53から出力される第2振動騒音推定信号は、加算器55にて加算され、誤差マイク11に到達する振動騒音dの推定値である振動騒音推定信号d^になる。すなわち、振動騒音推定信号生成部28は、基準信号x(xc、xs)に基づいて、誤差マイク11における振動騒音推定信号d^を生成する。
基準信号補正部26から出力される制御信号u0及び制御信号u1は、第1適応ノッチ補正フィルタ部60(第3推定信号生成手段)に供給される。第1適応ノッチ補正フィルタ部60はSANフィルタであり、第1適応ノッチ補正フィルタ部60には、打消音伝達特性推定値C^の初期値として、例えば0などの小さな値が予め設定されている。第1適応ノッチ補正フィルタ部60において、制御信号u0は、打消音伝達特性推定値C^の実部C^0を係数に有する第1適応ノッチ補正フィルタ61及び、第1適応ノッチ補正フィルタ61のフィルタ係数を適応的に更新するフィルタ係数更新部62(第2フィルタ係数更新手段)に入力される。制御信号u1は、打消音伝達特性推定値C^の虚部C^1を係数に有する第2適応ノッチ補正フィルタ63及び、第2適応ノッチ補正フィルタ63のフィルタ係数を適応的に更新するフィルタ係数更新部64(第2フィルタ係数更新手段)に入力される。第1適応ノッチ補正フィルタ61及び第2適応ノッチ補正フィルタ63は、補正フィルタであり、且つフィルタ係数が適応的に更新される適応ノッチ補正フィルタである。フィルタ係数更新部62及びフィルタ係数更新部64については後に詳細に説明する。
制御信号u0は、第1適応ノッチ補正フィルタ61において打消音伝達特性推定値C^の実部C^0を用いてフィルタ処理される。制御信号u1は、第2適応ノッチ補正フィルタ63において打消音伝達特性推定値C^の虚部C^1を用いてフィルタ処理される。第1適応ノッチ補正フィルタ61から出力される第1補正制御信号及び第2適応ノッチ補正フィルタ63のから出力される第2補正制御信号は、加算器65にて加算され、誤差マイク11に到達する打消振動騒音yの第1推定値y^1(第2打消振動騒音推定信号)になる。すなわち、第1適応ノッチ補正フィルタ部60は、制御信号u0及び制御信号u1に基づいて、誤差マイク11に到達する打消音の第1推定値y^1を生成する。
参照信号生成部27から出力される第1、第2参照信号r0、r1は、第3適応ノッチフィルタ70(第2推定信号生成手段)に供給される。第3適応ノッチフィルタ70はSANフィルタであり、第3適応ノッチフィルタ70には制御信号生成部25の回路特性を示す適応ノッチフィルタ係数W(W0、W1)の初期値として、例えば0などの小さな値が予め設定されている。第3適応ノッチフィルタ70において、第1参照信号r0は、適応ノッチフィルタ係数Wの実部をなす第1適応ノッチフィルタ係数W0を有する第1適応ノッチ制御フィルタ71及び、第1適応ノッチ制御フィルタ71のフィルタ係数を適応的に更新するフィルタ係数更新部72(第1フィルタ係数更新手段)に入力される。第2参照信号r1は、適応ノッチフィルタ係数Wの実部をなす第2適応ノッチフィルタ係数W1を有する第2適応ノッチ制御フィルタ73及び、第2適応ノッチ制御フィルタ73のフィルタ係数を適応的に更新するフィルタ係数更新部74(第1フィルタ係数更新手段)に入力される。フィルタ係数更新部72及びフィルタ係数更新部74については後に詳細に説明する。
第1参照信号r0は、第1適応ノッチ制御フィルタ71において第1適応ノッチフィルタ係数W0を用いてフィルタ処理される。第2参照信号r1は、第2適応ノッチ制御フィルタ73において第2適応ノッチフィルタ係数W1を用いてフィルタ処理される。第1適応ノッチ制御フィルタ71の出力及び第2適応ノッチ制御フィルタ73の出力は、加算器75にて加算され、誤差マイク11における打消振動騒音yの第2推定値y^2(第1打消振動騒音推定信号)になる。すなわち、第3適応ノッチフィルタ70は、第1、第2参照信号r0、r1に基づいて、誤差マイク11に到達する打消音の第2推定値y^2を生成する。
第3適応ノッチフィルタ70において適応的に更新される適応ノッチフィルタ係数W(W0、W1)は、制御信号生成部25に提供される。すなわち、制御信号生成部25に設定された適応ノッチフィルタ係数W(W0、W1)は固定値ではなく、フィルタ係数更新部72及びフィルタ係数更新部74によって逐次更新された値と同じ値がそれぞれ適応ノッチフィルタ係数Wの実部W0及び虚部W1として適応的に設定される。
誤差マイク11は、車室3内の騒音、すなわち、主にエンジン2・駆動系により発生されて誤差マイク11に到達する、ある周波数fを有する振動騒音dとスピーカ12により発生されて誤差マイク11に到達する打消振動騒音yとが合成された相殺誤差である騒音を誤差信号eとして検出する。なお、誤差マイク11が検出する騒音には、上記相殺誤差の騒音だけでなく、エンジン2・駆動系以外の騒音も含まれる。誤差信号eは、A/D変換器76にてデジタル信号に変換され、仮想誤差信号生成部80に供給される。
振動騒音推定信号生成部28から出力される、誤差マイク11における振動騒音推定信号d^も仮想誤差信号生成部80に供給される。また、第1適応ノッチ補正フィルタ部60及び第3適応ノッチフィルタ70から出力される、誤差マイク11に到達する打消振動騒音yの第1推定値y^1及び第2推定値y^2も、仮想誤差信号生成部80に供給される。
仮想誤差信号生成部80は、誤差信号e及び誤差マイク11における振動騒音推定信号d^に基づいて、みかけ上の仮想誤差信号e'(第2仮想誤差信号e'1及び第1仮想誤差信号e'2)を生成する。具体的には、仮想誤差信号生成部80は、第2仮想誤差信号e'1を生成する第2仮想誤差信号生成部81と、第1仮想誤差信号e'2を生成する第1仮想誤差信号生成部82とを有している。
第2仮想誤差信号生成部81においては、誤差信号eが加算器83に供給される。また、誤差マイク11における振動騒音推定信号d^が、第1極性反転回路84にて極性を反転された後、加算器83に供給される。更に、打消振動騒音yの第1推定値y^1が、第2極性反転回路85にて極性を反転された後、加算器83に供給される。加算器83は、供給される3つの値を加算することで第2仮想誤差信号e'1を生成する。第2仮想誤差信号e'1は、振動騒音推定信号生成部28及び第1適応ノッチ補正フィルタ部60に供給される。
第1仮想誤差信号生成部82においては、誤差マイク11における振動騒音推定信号d^が加算器86に供給される。また、打消振動騒音yの第2推定値y^2が加算器86に供給される。加算器86は、供給される2つの値を加算することで第1仮想誤差信号e'2を生成する。第1仮想誤差信号e'2は第3適応ノッチフィルタ70に供給される。
仮想誤差信号生成部80において生成される第2仮想誤差信号e'1及び第1仮想誤差信号e'2は、下式により表すことができる。
ここで、r:参照信号(基準余弦波信号xc、基準正弦波信号xsで構成)、*:フィルタリング計算(SANフィルタでは複素数の掛け算に相当)、n:サンプリング時刻、である。
振動騒音推定信号生成部28では、フィルタ係数更新部52が、基準余弦波信号xc及び第2仮想誤差信号e'1を用いて、LMSアルゴリズムを用いて第2仮想誤差信号e'1が最小になるように、第3適応ノッチ補正フィルタ51のフィルタ係数(H^0)を算出する。フィルタ係数更新部52は、サンプリング時間毎に第3適応ノッチ補正フィルタ51の係数演算を行い、第3適応ノッチ補正フィルタ51のフィルタ係数(H^0)を算出した値に更新する。また、フィルタ係数更新部54が、基準正弦波信号xs及び第2仮想誤差信号e'1を用いて、LMSアルゴリズムを用いて第2仮想誤差信号e'1が最小になるように、第4適応ノッチ補正フィルタ53のフィルタ係数(H^1)を算出する。フィルタ係数更新部54は、サンプリング時間毎に第4適応ノッチ補正フィルタ53の係数演算を行い、第4適応ノッチ補正フィルタ53のフィルタ係数(H^1)を算出した値に更新する。すなわち、振動騒音推定信号生成部28は、伝達特性推定値H^を更新する更新部をなす。
第1適応ノッチ補正フィルタ部60では、フィルタ係数更新部62が、制御信号u0及び第2仮想誤差信号e'1を用いて、LMSアルゴリズムを用いて第2仮想誤差信号e'1が最小になるように、第1適応ノッチ補正フィルタ61のフィルタ係数(C^0)を算出する。フィルタ係数更新部62は、サンプリング時間毎に第1適応ノッチ補正フィルタ61の係数演算を行い、第1適応ノッチ補正フィルタ61のフィルタ係数(C^0)を算出した値に更新する。また、フィルタ係数更新部64が、制御信号u1及び第2仮想誤差信号e'1を用いて、LMSアルゴリズムを用いて第2仮想誤差信号e'1が最小になるように、第2適応ノッチ補正フィルタ63のフィルタ係数(C^1)を算出する。フィルタ係数更新部64は、サンプリング時間毎に第2適応ノッチ補正フィルタ63の係数演算を行い、第2適応ノッチ補正フィルタ63のフィルタ係数(C^1)を算出した値に更新する。すなわち、第1適応ノッチ補正フィルタ部60は、打消音伝達特性推定値C^を更新する更新部をなす。
第3適応ノッチフィルタ70では、フィルタ係数更新部72が、第1参照信号r0及び第1仮想誤差信号e'2を用いて、LMSアルゴリズムを用いて第1仮想誤差信号e'2が最小になるように、第1適応ノッチ制御フィルタ71の第1適応ノッチフィルタ係数W0を算出する。フィルタ係数更新部72は、サンプリング時間毎に第1適応ノッチ制御フィルタ71の係数演算を行い、第1適応ノッチ制御フィルタ71の第1適応ノッチフィルタ係数W0を算出した値に更新する。また、フィルタ係数更新部74が、第2参照信号r1及び第1仮想誤差信号e'2を用いて、LMSアルゴリズムを用いて第1仮想誤差信号e'2が最小になるように、第2適応ノッチ制御フィルタ73の第2適応ノッチフィルタ係数W1を算出する。フィルタ係数更新部74は、サンプリング時間毎に第2適応ノッチ制御フィルタ73の係数演算を行い、第2適応ノッチ制御フィルタ73の第2適応ノッチフィルタ係数W1を算出した値に更新する。すなわち、第3適応ノッチフィルタ70は、制御信号生成部25の回路特性を表す適応ノッチフィルタ係数Wを更新する更新部をなす。
第3適応ノッチフィルタ70にて更新された第1適応ノッチフィルタ係数W0及び第2適応ノッチフィルタ係数W1は、上記のように制御信号生成部25に提供され、第1適応ノッチ制御フィルタ31の第1適応ノッチフィルタ係数W0及び第2適応ノッチ制御フィルタ32の第2適応ノッチフィルタ係数W1が逐次更新される。
これにより、制御信号生成部25によりフィルタ処理される基準余弦波信号xc及び基準正弦波信号xsが最適化され、制御信号u0に基づいてスピーカ12が発生する制御音によって、エンジン2・駆動系からの周期性騒音である振動騒音dが打ち消され、室内騒音が低減する。
これらの適応ノッチフィルタ(28、60、70)のフィルタ係数(H^、C^、W)は、仮想誤差信号e'(e'1、e'2)を用いて、以下ようにLMSアルゴリズムにより更新される。
ここで、μ:それぞれの適応フィルタ係数の更新量を調整するためのステップサイズパラメータ、である。
以上の適応更新により、第2仮想誤差信号e'1及び第1仮想誤差信号e'2が最小値(0)に収束すると、以下の連立方程式が成立する。
上式(13)より、下式(14)が導出される。
また、上式(14)及び上式(12)より、下式(15)が導出される。
ここで、/:複素数の割り算、である。
上式(14)及び上式(15)を連立すると、下式(16)となる。
誤差マイク11の位置における音圧を示す誤差信号eは、下式で表される。
e
n=d
n+y
n=r
n*H
n+r
n*W
n*C
n
この式に上式(16)を代入すると、e=0であることがわかる。
そのため、この能動型振動騒音低減装置10によれば、伝達特性推定値H^及び打消音伝達特性推定値C^の真値が未知であっても、第2仮想誤差信号e'1及び第1仮想誤差信号e'2が0に収束すれば、伝達特性推定値H^及び打消音伝達特性推定値C^の比が一定値に収束し、制御フィルタである制御信号生成部25にフィルタ係数を提供する第3適応ノッチフィルタ70の適応ノッチフィルタ係数Wも最適値である−H/Cに収束することが保証され、誤差マイク11における音圧(誤差信号e)が最小になる。これは、この能動型振動騒音低減装置10がスピーカ12から誤差マイク11までの打消音の伝達特性(音響特性C)の事前同定を必要とせず、制御中に打消音の音響特性Cに変化が生じても消音できる原理で作動することを意味する。
次に、実施形態に係る能動型振動騒音低減装置10について確認した作用効果について説明する。図14は、図10に示す能動型振動騒音低減装置10における想定する音響特性Cの変化を示すグラフである。図14に示すように、3000〜4500RPMのエンジン回転数に対応する周波数帯域(100Hz〜150Hz)において、音響特性Cが実線で示す当初の特性から破線で示す現在の特性に変化し、制御パラメータである打消音伝達特性推定値C^と実際の音響特性Cとの間に差分が生じているものと想定する。
このような条件において、実施形態に係る能動型振動騒音制御部13が騒音低減制御を実行すると、エンジン篭もり音の音圧レベルが図15に示されるように低減される。図15には、制御オフと、従来例として安定化係数αを導入した手法による安定性向上制御と、本発明の第1実施形態の制御とによる音圧レベルが示されている。図15に示されるように、実際の音響特性Cが変化する3000〜4500RPMのエンジン回転数領域において、従来例では制御性能が大きく劣化しており、3800RPM付近では15dB程度の増音が発生している。これに対し、本発明では、制御中に実際の音響特性Cの変化に追従することができ、実際の音響特性Cが大きく変化しても、大きな性能劣化が発生せず、10dB程度の消音ができている。音響特性Cの変化がない領域では、本発明と従来例とは同等な性能を実現している。また、初期収束については、本発明は従来例より遅いが、収束時間としては非常に短く、一度収束すれば、それ以降は消音効果を維持できており、実用上問題ない。
このように、能動型振動騒音制御部13では、基準信号生成部21が、振動騒音源であるエンジン2・駆動系の作動関連情報であるエンジン/駆動系信号Xに基づいてエンジン2・駆動系が発する振動騒音dの周波数fを推定し、振動騒音dに同期する基準信号x(xc、xs)を生成する。また仮想誤差信号生成部80が、誤差信号e及び誤差マイク11に到達する振動騒音推定信号d^を用いて仮想誤差信号e'を生成する。そして、振動騒音推定信号生成部28は仮想誤差信号e'を用いた適応アルゴリズムを用いてフィルタ係数を逐次更新する。したがって、能動型振動騒音制御部13は、基準信号xを検出するためのマイクや振動センサを配置することなく、振動騒音源から伝達される振動騒音dの伝達特性Hを正確に同定しなくても、また振動騒音dの伝達特性Hに変化が生じたときにも、打消振動騒音yによって騒音を低減することができる。また、マイクや振動センサが不要になることで、能動型振動騒音制御部13の構成が簡単になり、更に、雑音が基準信号x(xc、xs)に混入しなくなるために良好な消音性能が実現可能である。
また、本実施形態では振動騒音推定信号生成部28がFIRフィルタではなくSANフィルタからなり、適応アルゴリズムを用いてフィルタ係数を逐次更新する。そのため、常に特性が変化する振動騒音dに対しても消音性能が確保され、更に、その計算量は少なく、処理性能が高い高価なプロセッサを必要としないため、消音性能が良好かつ能動型振動騒音低減装置10を安価に構成することが可能である。
そして能動型振動騒音制御部13では、基準信号補正部26が基準信号x(xc、xs)を、制御信号生成部25の回路特性を示す適応ノッチフィルタ係数Wで補正して、制御信号u0を生成し、第1適応ノッチ補正フィルタ部60が、制御信号u0を打消音伝達特性推定値C^で補正して、誤差マイク11における打消振動騒音yの第1推定値y^1を生成する。また、参照信号生成部27が基準信号x(xc、xs)を打消音伝達特性推定値C^で補正して、参照信号r(r0、r1)を生成し、制御信号生成部25に提供する適応ノッチフィルタ係数W(W0、W1)を有する第3適応ノッチフィルタ70が、参照信号rをこの適応ノッチフィルタ係数Wで補正して、誤差マイク11における打消振動騒音yの第2推定値y^2を生成する。そして、仮想誤差信号生成部80が、打消振動騒音yの第1推定値y^1及び第2推定値y^2を更に用いて仮想誤差信号e'を生成し、第1適応ノッチ補正フィルタ部60及び第3適応ノッチフィルタ70が、仮想誤差信号e'を用いた適応アルゴリズムを用いて対応するフィルタ係数を逐次更新する。
具体的には、仮想誤差信号生成部80では、第2仮想誤差信号生成部81が誤差信号e、振動騒音推定信号d^及び打消振動騒音yの第1推定値y^1に基づいて、第2仮想誤差信号e'1を生成し、第1仮想誤差信号生成部82が第2仮想誤差信号e'1及び打消振動騒音yの第2推定値y^2に基づいて、第1仮想誤差信号e'2を生成する。そして、振動騒音推定信号生成部28が基準信号x(xc、xs)及び第2仮想誤差信号e'1に基づいてフィルタ係数を更新し、第1適応ノッチ補正フィルタ部60が制御信号u0及び第2仮想誤差信号e'1に基づいてフィルタ係数を更新し、第3適応ノッチフィルタ70が参照信号r(r0、r1)及び第1仮想誤差信号e'2に基づいてフィルタ係数を更新する。
したがって、制御中にスピーカ12から誤差マイク11までの打消音の伝達特性(音響特性C)に大きな変化が発生しても、3つの適応ノッチフィルタ(28、60、70)が仮想誤差信号e'を用いた適応アルゴリズムを用いてフィルタ係数を逐次更新することにより、良好な消音性能が実現される。すなわち、能動型振動騒音制御部13が仮想誤差信号e'によりSANフィルタの係数を適応更新する上記の制御方法で騒音低減制御を行うことにより、音響特性Cの事前同定を必要とせず、音響特性Cに大きな変化が発生しても制御中に音響特性Cの変化に追従して良好な消音性能を発揮する能動型振動騒音低減装置10が実現される。また、能動型振動騒音制御部13は、FIRフィルタではなく、SANフィルタからなる適応ノッチフィルタを用いるため、計算量が少なく済み、高性能のプロセッサが不要であるため、安価な能動型振動騒音低減装置10が実現される。
また、本実施形態では、シートの位置又は角度の調整によって音響特性Cに大きな変化が発生しても、消音性能が劣化せずに騒音低減制御が可能であるため、誤差マイク11を乗員耳元付近のヘッドレストなどに配置することが可能になり、乗員耳元の消音効果を大幅に向上させることが可能である。
騒音源は、車両1の駆動源であるエンジン2又は駆動系に含まれる回転体であることから、振動騒音dの周波数fは狭帯域であり、能動型振動騒音低減装置10は振動騒音dを確実に低減することができる。
≪第2実施形態≫
次に、図16〜図18を参照して本発明の第2実施形態について説明する。なお、第1実施形態と同一又は同様の要素には同一の符号を付し、重複する説明は省略する。
図16は、第2実施形態に係る能動型振動騒音低減装置10の機能ブロック図である。図16に示されるように、本実施形態の能動型振動騒音低減装置10は、位相抽出部90を更に備える点で第1実施形態と異なっている。以下、具体的に説明する。
第1実施形態の能動型振動騒音制御部13が行う制御方法では、第1適応ノッチ補正フィルタ部60はスピーカ12から誤差マイク11までの打消音の伝達特性(音響特性C)の推定値(打消音伝達特性推定値C^)に相当するため、そのフィルタ係数の大きさは周波数fによって変化する。打消音伝達特性推定値C^が小さいと、制御信号生成部25にフィルタ係数を提供する第3適応ノッチフィルタ70の更新に用いる第1、第2補正参照信号r0、r1が小さくなり、第3適応ノッチフィルタ70の収束が遅くなる。更に、第1適応ノッチ補正フィルタ部60の更新には、適応ノッチフィルタ係数Wを有する、制御信号生成部25を含む基準信号補正部26の出力も用いられているため、第1適応ノッチ補正フィルタ部60自身の収束も遅くなる。一方、打消音伝達特性推定値C^が大きい周波数帯域では、第3適応ノッチフィルタ70及び第1適応ノッチ補正フィルタ部60の収束が速くなるが、毎回の更新量が大きいため、不安定になりやすい傾向がある。
そこで本実施形態の能動型振動騒音制御部13は、第1実施形態の制御方法の収束性能を向上するために、打消音伝達特性推定値C^の大きさによらない、打消音伝達特性推定値C^の位相情報を利用したフィルタ係数の更新を行うべく、位相抽出部90を更に備えている。
下式に示すように、振動騒音推定信号生成部28、第1適応ノッチ補正フィルタ部60及び第3適応ノッチフィルタ70が、第1実施形態と同じ式でフィルタ係数(H^、C^、W)を更新することに加え、位相抽出部90が打消音伝達特性推定値C^の正規化処理を行う。すなわち、位相抽出部90は、打消音伝達特性推定値C^の実部C^0と虚部C^1の2乗和の平方根の逆数を打消音伝達特性推定値C^の実部C^0と虚部C^1に乗算して、それぞれ第1及び第2正規化フィルタ係数を算出する。
ここで、「||」は複素数の振幅を表す。また、計算量軽減のために、打消音伝達特性推定値C^の振幅の代わりに、打消音伝達特性推定値C^の実部C^0と虚部C^1とのうち絶対値の大きい方が用いられてもよい。
参照信号生成部27は、位相抽出部90が上式を用いて正規化した打消音伝達特性推定値C^を用いて基準信号x(xc、xs)を補正して参照信号r(r0、r1)を生成し、第3適応ノッチフィルタ70がこの参照信号r(r0、r1)を用いて打消振動騒音yの第2推定値y^2を生成する。また、第1適応ノッチ補正フィルタ部60は、次サンプルで打消音伝達特性推定値C^を更新するときにも、位相抽出部90が正規化した打消音伝達特性推定値C^に基づいて更新を行う。
能動型振動騒音制御部13がこのような制御を行うことにより、第2実施形態の能動型振動騒音低減装置10は第1実施形態に比べて高い消音性能を発揮する。具体的には、第1適応ノッチ補正フィルタ部60が、スピーカ12から誤差マイク11までの打消音の伝達特性(音響特性C)の推定値に相当する第1適応ノッチ補正フィルタ部60の位相情報を利用してフィルタ係数を更新する制御により、第1実施形態の制御方法に比べて収束性能が向上する。消音性能の詳細については後述する。
各適応ノッチフィルタ(28、60、70)は、それぞれのフィルタ係数(H^、C^、W)の適応更新を、事前に設定される初期値(小さい数値、例えば0など)から始めるため、初期値から最適値に早く収束させようとすると、毎回の更新量を大きくする必要がある。そのためには、ステップサイズパラメータμが大きく設定されるとよい。ただし、ステップサイズパラメータμが大きく設定されると、適応過程が不安定になりやすい傾向があり、収束速度と安定性とはトレードオフになっている。
そこで、各適応ノッチフィルタ(28、60、70)は、第1実施形態の制御方法に対して初期収束速度を向上させるために、ステップサイズパラメータμをフィルタ係数の大きさに応じて変化させるとよい。各適応ノッチフィルタ(28、60、70)は、第1実施形態と同様の式でフィルタ係数(H^、C^、W)を更新するが、下式に示すように、それぞれの更新式のステップサイズパラメータμにフィルタ振幅の逆数を乗じる計算を加える。
ステップサイズパラメータμにフィルタ振幅の逆数が乗じられることにより、適応過程初期において、それぞれのステップサイズパラメータμが大きくなり、収束速度が速くなる。各適応ノッチフィルタ(28、60、70)のフィルタ係数(H^、C^、W)が収束すると、ステップサイズパラメータμも小さくなりながら一定値に収束する。そのため、安定性が損なわれることなく、適応過程の初期収束が向上する。
また、計算量軽減のために、各適応ノッチフィルタ(28、60、70)が、下式に示されるように、フィルタ振幅の代わりに、適応ノッチフィルタ係数Wの第1適応ノッチフィルタ係数W0(実部)及び第2適応ノッチフィルタ係数W1(虚部)、伝達特性推定値H^の実部H^0及び虚部H^1、並びに、打消音伝達特性推定値C^の実部C^0及び虚部C^1の各絶対値の大きい方を用いてもよい。
更に各適応ノッチフィルタ(28、60、70)は、初期収束速度を向上させると同時に、最低限の安定性を保証するために、ステップサイズパラメータμの最大値を制限してもよい。振動騒音推定信号生成部28の更新用のステップサイズパラメータμ
Hの計算を例にすると、下式の通りとなる。
同様に、第1適応ノッチ補正フィルタ部60は更新用のステップサイズパラメータμ
Cに対し、第3適応ノッチフィルタ70は更新用のステップサイズパラメータμ
Wに対し、それぞれ上記式のように最大値を制限する。
能動型振動騒音制御部13がこのようにステップサイズパラメータμを可変にした制御を行うことにより、第2実施形態の能動型振動騒音低減装置10は第1実施形態やステップサイズパラメータμを固定にした場合に比べて高い消音性能を発揮する。
次に、本実施形態に係る能動型振動騒音制御部13について確認した作用効果について説明する。第1実施形態と同様に、図14に示される音響特性Cの変化が発生した場合を想定する。図17は、この場合のエンジン篭もり音の音圧レベルを示すグラフである。図17には、制御オフと、第1実施形態の制御と、第2実施形態(ステップサイズパラメータμを固定)の制御とによる音圧レベルが示されている。図17に示されるように、音響特性Cが変化する3000〜4500RPMのエンジン回転数領域において、第2実施形態の能動型振動騒音低減装置10は、第1実施形態と同様に、音響特性Cの変化に追従することができ、10dB以上の消音効果を実現している。
また、第2実施形態の能動型振動騒音低減装置10では、第1実施形態に比べ、全周波数帯域において収束性能が改善されている。特に、低回転数側(低周波数側)において、第2実施形態の能動型振動騒音低減装置10では、第1実施形態のものよりも5dB以上の消音性能改善がみられる。以上から、第2実施形態の能動型振動騒音低減装置10の有効性が確認できる。
図18は、能動型振動騒音制御部13がステップサイズパラメータμを可変にした場合のエンジン篭もり音の音圧レベルを示すグラフである。図18には、制御オフと、第2実施形態(ステップサイズパラメータμを固定)の制御と、第2実施形態(ステップサイズパラメータμを可変)の制御とによる音圧レベルが示されている。図18に示されるように、音響特性Cが変化する3000〜4500RPMのエンジン回転数領域において、ステップサイズパラメータμを可変にした制御を行う第2実施形態の能動型振動騒音低減装置10は、音響特性Cの変化に追従することができ、10dB以上の消音効果を実現している。
また、ステップサイズパラメータμを可変にした制御を行う第2実施形態の能動型振動騒音低減装置10は、ステップサイズパラメータμを固定にした場合に比べ、収束性能の改善を実現している。特に、適応過程初期の2000RPMまでの領域において、ステップサイズパラメータμを固定にした場合よりも10dB程の消音性能改善がみられる。以上から、適応更新のステップサイズパラメータμを正規化することで、第1実施形態の制御方法に比べて適応更新の初期収束速度が向上することが確認できる。
また、本実施形態では、能動型振動騒音制御部13が、打消音伝達特性推定値C^に相当するフィルタ係数の位相を抽出する位相抽出部90を更に有し、参照信号生成部27が、基準信号x(xc、xs)を打消音伝達特性推定値C^ではなくその位相で補正する。そのため、フィルタ係数更新量に対する打消音伝達特性推定値C^の振幅特性の影響が軽減され、適応更新の収束性能が第1実施形態の制御方法に比べて向上する。つまり、打消音伝達特性推定値C^は、振幅成分と位相成分とからなり、振幅成分の変化量が大きくなると、打消音伝達特性推定値C^の変化量も大きくなる。そして打消音伝達特性推定値C^には、周波数fの変化によって振幅成分が大きく変化する周波数帯域があり、この周波数帯域のときに、打消音伝達特性推定値C^は大きく変化する。したがってこの周波数帯域のときには、フィルタ係数の更新量が大きくなり、適応更新の収束性能が低下する虞がある。本実施形態では、打消音伝達特性推定値C^から位相(成分)を抽出し、この位相で基準信号xを補正することにより、フィルタ係数の更新量が抑制され、適応更新の収束性能が向上する。
また、振動騒音推定信号生成部28、第1適応ノッチ補正フィルタ部60、及び第3適応ノッチフィルタ70が、サンプル毎のフィルタ係数更新量の大きさを調整するためのステップサイズパラメータμに対して適応ノッチフィルタ振幅の逆数を乗じて正規化し、正規化されたステップサイズパラメータμを用いて対応するフィルタ係数(H^、C^、W)を更新する。そのため、サンプル毎のフィルタ係数更新量が自動的に調整され、制御安定性が損なわれることなく、適応更新の初期収束性能が第1実施形態の制御方法に比べて向上する。
以上で具体的実施形態の説明を終えるが、本発明は上記実施形態に限定されることなく幅広く変形実施することができる。例えば、上記実施形態では、一例として能動型振動騒音低減装置10が図10に示す構成を有するものとして説明したが、図11や図12の構成を有していてもよい。この場合、上記の打消音を相殺振動と読み替えることで説明することができる。この他、各部材や部位の具体的構成や配置、数量、数式、手順など、本発明の趣旨を逸脱しない範囲であれば適宜変更可能である。また、上記実施形態は適宜組み合わせることが可能である。一方、上記実施形態に示した各構成要素は必ずしも全てが必須ではなく、適宜選択することができる。