JP2021158938A - 小腸上皮細胞層を含む細胞構造物、その用途、及び、その製造方法 - Google Patents

小腸上皮細胞層を含む細胞構造物、その用途、及び、その製造方法 Download PDF

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Abstract

【課題】小腸に類似した蠕動運動能を有する細胞構造物、及びその製造方法の提供。【解決手段】小腸上皮細胞層、並びに、カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞を含む組織を含み、前記小腸上皮細胞層に、α−フェトプロテイン陰性な小腸上皮細胞を含む、細胞構造物。【選択図】図2

Description

本開示は、小腸上皮細胞層を含む細胞構造物に関する。
本開示はまた、前記細胞構造物を用いた、被検物質の小腸に対する影響を評価する方法に関する。
本開示はまた、前記細胞構造物を含む、被検物質の小腸に対する影響を評価するためのキットに関する。
本開示はまた、前記細胞構造物の製造方法に関する。
本開示はまた、小腸又は細胞構造物の蠕動運動の活性化剤に関する。
本開示はまた、小腸上皮細胞の分裂抑制剤に関する。
本開示はまた、小腸上皮細胞の成熟促進剤に関する。
胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)等の多能性幹細胞は目的細胞に分化誘導することができ、再生医療の分野での応用が期待されている。多能性幹細胞を培養して分化誘導させ、ヒトの組織に近いオルガノイドと呼ばれる構造物を得る方法が研究されている。
自発的な動きを伴う細胞構造物を、細胞培養により誘導する技術の開発が近年なされている。特に食物等を動かす体内の重要な機能である腸の蠕動運動を生体外で模倣する細胞構造物の開発が求められている。
例えば特許文献1では、膜上に接着させた腸上皮細胞を物理的に収縮運動させる事で蠕動運動の模倣を達成させる方法が記載されている。
そこで目的組織を胚性幹細胞より誘導する試みがなされている。例えば、特許文献2では、マウスiPS細胞より得られた胚葉体を接着培養させる事により得られた腸菅様細胞構造物が蠕動運動を起こす事が記載されている。
また特許文献3では、(a)未分化胚性幹細胞を回収し、回収された該未分化胚性幹細胞をBDNFを含む培地中でハンギングドロップ培養し、胚様体を誘導する工程、(b)工程(a)で誘導された胚様体を培養ディッシュ上に付着させ、さらに培養する工程、を含んでなる、壁内神経系を備えた腸管様細胞塊を構築する方法が記載されており。そして、特許文献3では、前記腸管様細胞塊が、神経細胞やカハール細胞を含み、蠕動様運動を起こすことが記載されている。特許文献3では、この組織を用いてテトロドトキシンによる毒性検査を行うことも開示されている。
さらに特許文献4においては、ヒト腸オルガノイドおよび神経堤細胞を免疫不全動物に移植する事で血管網を有する成熟した組織を得る方法が記載されている。またこの組織は蠕動様収縮機能を有する事が記載されている。収縮運動を用いた薬物応答に関しても記載がある。
更に、特許文献5、6及び非特許文献1には、細胞培養領域のパターンが形成された細胞培養基材上でヒトES細胞又はiPS細胞を培養することで、絨毛層が外向きで外部より有用成分が吸収することができ、かつ三胚葉由来細胞全てが含まれていることを特徴とする小腸上皮細胞を含む細胞構造物を得る方法が記載されている。そして、得られた細胞構造物が、蠕動運動能を有することが非特許文献1に記載されている。
特許第6122388号公報 WO2010/143747 特開2006−239169号公報 特表2017−532964号公報 特許第6151097号公報 特開2019−000014号公報 特許第5923492号公報 特許第5881801号公報 WO2013/061608 特表2004−524516号公報 特許第5447913号公報
Uchida et al., JCI Insight 第2巻 e86492 2017年 田中 医学のあゆみ 第270巻 1070〜1075ページ 2019年 高山ら 日消誌 第98巻 922〜934ページ 2001年 藤田ら 日本薬理学雑誌 第123巻 170〜178ページ 2004年 Salli et al., Experimental Neurology 第188巻 351〜364ページ 2004年 Tokuyama et al., Experimental biology and medicine 第235巻 649〜657ページ 2010年 Lee et al., Stem Cell Reports 第6巻 257〜272ページ 2016年 Mustata et al., Cell Reports 第5巻 421〜432ページ 2013年 Harper et al., Proceeding of the National Academy of the Sciences USA 第108巻 10585〜10590ページ 2011年 Cirillo et al., Developmental Biology 第168巻 395〜405巻 1995年 Zachos et al., The Journal of Biological Chemistry 第291巻 3759〜3766ページ 2016年 Anderson et al., Gastroenterology 106巻 414〜422ページ 1994年 Matsuki et al., Plos One 第8巻 e63053 2013年 Current Methods in Cellular Neurobiology Volume 4, Jeffery Barker, John Wiley & Sons, Inc.,1983年 Spence et al., Nature 第470巻 105〜109ページ 2011年 林ら 愛知衛所報 第61巻 31〜38ページ 2010年 長谷川ら 愛知衛所報 第64巻 23〜31ページ 2014年 立野ら 山口県環境保健センター所報 第50号 47〜49ページ 2008年 知見ら 食衛誌 第26巻 471〜476ページ 1985年 北脇 臨床婦人科産科 第71巻 45〜52ページ 2017年
小腸の蠕動運動を模倣した機能を有する細胞構造物は、下剤や便秘薬等の開発や蠕動運動の評価による薬物毒性評価への使用が期待されており、その量産技術確立が求められている。
しかし、例えば特許文献1に記載されている腸上皮細胞を物理的に収縮運動させる方法は生体での蠕動運動を模倣しているとは言い難い。
特許文献3に記載されている蠕動運動を起こす組織は細胞塊であり、その細胞の配置や形状は不均一である事が課題である。また、特許文献3では、蠕動運動を起こす組織の率も低いことが示唆されている。
特許文献4に記載の方法では、組織を誘導する際の操作が工業上実施することが難しく、より単純な方法で蠕動運動を起こす組織の誘導が必要となっていた。さらに免疫動物に移植するという手間に加えて異動物成分が含まれる事や動物愛護の観点からも課題がある手法と言える。さらに上皮細胞は内向きであり吸収評価での使用においては課題であった。
特許文献5、6及び非特許文献1には、上記の通り、絨毛層が外向きで外部より有用成分が吸収することができ、かつ三胚葉由来細胞全てが含まれていることを特徴とする小腸上皮細胞を含む細胞構造物の製造方法が記載されている。しかし、これらの文献に記載の方法では、蠕動運動能を有する細胞構造物の収率が約5%と低いことが課題であった。
そこで本明細書では、小腸に類似した蠕動運動能を有する細胞構造物、及びその製造方法を提供するための技術を開示する。
本開示は、以下の発明を包含する。
(1)小腸上皮細胞層、並びに、
カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞を含む組織
を含み、
前記小腸上皮細胞層に、α−フェトプロテイン陰性な小腸上皮細胞を含む、
細胞構造物。
(2)前記細胞構造物が袋状であり、
前記小腸上皮細胞層が、絨毛層が外向きとなるように、前記細胞構造物の外周部に存在している、
(1)に記載の細胞構造物。
(3)前記小腸上皮細胞層に含まれる小腸上皮細胞のうち、α−フェトプロテイン陽性の小腸上皮細胞の割合が8%以下である、(1)又は(2)に記載の細胞構造物。
(4)前記筋肉細胞が、デスミン陽性且つ平滑筋アクチン陽性の平滑筋細胞を含む、(1)〜(3)のいずれかに記載の細胞構造物。
(5)ヒスタミン系化合物及びセロトニン系化合物から選択される1以上の化合物の存在下で自発的に蠕動運動する能力を有する、(1)〜(4)のいずれかに記載の細胞構造物。
(6)血清代替成分、並びに、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中に維持されている、(1)〜(5)のいずれかに記載の細胞構造物。
(7)多能性幹細胞から分化誘導された、(1)〜(6)のいずれかに記載の細胞構造物。
(8)前記多能性幹細胞がヒトに由来する、(7)に記載の細胞構造物。
(9)被検物質の小腸に対する影響を評価する方法であって、
(1)〜(8)のいずれかに記載の細胞構造物を、被検物質の存在下で観察する工程11、及び
前記観察結果に基づき、前記被検物質の小腸に対する影響を評価する工程12
を含む方法。
(10)前記工程11が、ヒスタミン系化合物及びセロトニン系化合物から選択される1以上の化合物の存在下で行われる、(9)に記載の方法。
(11)前記工程11の後に、前記細胞構造物を、前記被検物質を含まない液体媒体により洗浄する工程13を更に含み、
前記工程13の後に、前記細胞構造物を再び前記工程11に用いること、
を含む、(10)に記載の方法。
(12)小腸上皮細胞層、並びに、
カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞を含む組織
を含み、
前記小腸上皮細胞層に、α−フェトプロテイン陰性な小腸上皮細胞を含む、
細胞構造物の製造方法であって、
表面上に細胞接着部のパターンを備える細胞培養基材上に幹細胞を播種する工程21と、
前記幹細胞を培養して、小腸上皮細胞層を含む未成熟細胞構造物へと分化誘導させる工程22と、
前記未成熟細胞構造物を、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中で浮遊培養して、前記細胞構造物へと分化誘導させる工程23と
を含む方法。
(13)前記工程23で用いる前記培地が、血清代替成分を更に含む、(12)に記載の方法。
(14)(1)〜(8)のいずれかに記載の細胞構造物を含む、被検物質の小腸に対する影響を評価するためのキット。
(15)トランスフェリン、
インスリン、
プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、
プトレシン、並びに
亜セレン酸塩
を有効成分として含む、小腸又は細胞構造物の蠕動運動の活性化剤。
(16)トランスフェリン、
インスリン、
プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、
プトレシン、並びに
亜セレン酸塩
を有効成分として含む、小腸上皮細胞の分裂抑制剤。
(17)前記小腸上皮細胞が、小腸又は細胞構造物に含まれる、(16)に記載の小腸上皮細胞の分裂抑制剤。
(18)トランスフェリン、
インスリン、
プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、
プトレシン、並びに
亜セレン酸塩
を有効成分として含む、小腸上皮細胞の成熟促進剤。
(19)前記小腸上皮細胞が、小腸又は細胞構造物に含まれる、(18)に記載の小腸上皮細胞の成熟促進剤。
本開示の一以上の実施形態に係る細胞構造物は、小腸組織に類似した蠕動運動能を有する。
本開示の一以上の実施形態に係る細胞構造物はまた、成熟した腸組織に類似した特徴を有する。
本開示の一以上の実施形態に係る方法によれば、前記細胞構造物を用いることで、動物実験に依らずに、薬物等の被検物質の小腸に対する影響を評価することができる。
本開示の一以上の実施形態に係る細胞構造物の製造方法によれば、簡便な方法で効率的に、小腸組織に類似した蠕動運動能を有する細胞構造物を製造することができる。
本開示の一以上の実施形態に係る小腸又は細胞構造物の蠕動運動の活性化剤は、生体内又は生体外において小腸又は細胞構造物の蠕動運動を活性化することができる。
本開示の一以上の実施形態に係る小腸上皮細胞の分裂抑制剤は、生体内又は生体外において小腸上皮細胞の分裂を抑制することができる。
本開示の一以上の実施形態に係る小腸上皮細胞の成熟促進剤は、生体内又は生体外において小腸上皮細胞の成熟を促進することができる。
図1は、実験1で用いた、複数の環状の細胞接着部を備える細胞培養基材の、細胞接着部が支持基材の露出した表面である実施形態の模式図である。図1(A)は細胞培養基材を平面図であり、図1(B)は図1(A)におけるA−A線に沿った断面模式図である。 図2は、実施例A、実施例B、及び、比較例A〜Cで用いた培地を説明する。 図3は、実施例A及び比較例Aにおける、蠕動運動能を有する細胞構造物の割合を示す。 図4は、比較例B及び比較例Cのパターン培養の各時点での培養物の写真を示す。スケールバーは500μmを示す。 図5は、実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物の免疫染色の結果を示す。外向きの絨毛層(Villin陽性)を有する小腸上皮細胞(CDX2陽性)、カハール細胞(c−kit陽性)、神経細胞(βIII tublin陽性)、筋肉細胞(SMA陽性)の検出結果。スケールバーは40μmを示す。 図6の上段は、比較例Aで得られた細胞構造物のうち蠕動運動能を有する細胞構造物の免疫染色の結果を示し、下段は、比較例Aで得られた細胞構造物のうち蠕動運動能を有さない細胞構造物の免疫染色の結果を示す。カハール細胞(c−kit陽性)及び筋肉細胞(SMA陽性)の検出結果。スケールバーは40μmを示す。 図7は、実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物、実施例Bで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物、及び、比較例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物の、E−カドヘリン及びAFPの免疫染色の結果を示す。スケールバーは40μmを示す。 図8は、実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物、及び、比較例Aで得られた蠕動運動能を有さない細胞構造物の、Ki67(分裂細胞マーカー)及びCDX2(小腸上皮細胞マーカー)の免疫染色の結果を示す。スケールバーは40μmを示す。 図9は、実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物、実施例Bで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物、及び、比較例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物のPCNA(分裂細胞マーカー)及びE−カドヘリン(小腸上皮細胞マーカー)の免疫染色の結果を示す。スケールバーは40μmを示す。 図10は、実施例A及び比較例Aの袋状の細胞構造物の浮遊培養時の培地中への細胞放出の観察像である。スケールバーは500μmを示す。 図11は、実験4の実施例Cの免疫染色の結果を示す。スケールバーは200μmを示す。 図12は、実験7での、実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物のサンプルのDesmin及びSMAの免疫染色の結果を示す。スケールバーは100μmを示す。 図12は、実験7での、実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物のサンプルのVimentin及びSMAの免疫染色の結果を示す。スケールバーは100μmを示す。 図14は、実験7での、比較例Aで得られた蠕動運動能を有さない細胞構造物のサンプルのDesmin及びSMAの免疫染色の結果を示す。スケールバーは100μmを示す。 図15は、実験7での、比較例Aで得られた蠕動運動能を有さない細胞構造物のサンプルのVimentin及びSMAの免疫染色の結果を示す。スケールバーは100μmを示す。
<1.用語>
本明細書における「幹細胞」及び「細胞培養基材」について説明する。
<1.1.幹細胞>
本開示の1以上の実施形態で用いる幹細胞としては、小腸上皮細胞、カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞への分化能を有する幹細胞であればよいが、好ましくは、内胚葉系細胞(小腸上皮細胞等)、外胚葉系細胞及び中胚葉系細胞への分化能を有する幹細胞であり、より好ましくは、多能性幹細胞である。多能性幹細胞としては特に、胚性幹細胞(ES細胞)又は人工多能性幹細胞(iPS細胞)が好適である。
本開示の1以上の実施形態において使用される胚性幹細胞(ES細胞)は、好ましくは哺乳動物由来のES細胞であり、例えば、マウスなどのげっ歯類又はヒトなどの霊長類由来のES細胞などを使用することができる。特に好ましくは、マウス又はヒト由来のES細胞を使用する。ES細胞は、動物の発生初期段階である胚盤胞期の胚の一部に属する内部細胞塊より作られる幹細胞株を指し、生体外にて、理論上すべての組織に分化する分化多能性を保ちつつ、ほぼ無限に増殖させることができる。ES細胞としては、例えば、その分化の程度の確認を容易とするために、Pdx1遺伝子付近にレポーター遺伝子を導入した細胞を用いることができる。例えば、Pdx1座にLacZ遺伝子を組み込んだ129/Sv由来ES細胞株又はPdx1プロモーター制御下のGFPレポータートランスジーンをもつES細胞SK7株などを使用することができる。あるいは、Hnf3β内胚葉特異的エンハンサー断片制御下のmRFP1レポータートランスジーン及びPdx1プロモーター制御下のGFPレポータートランスジーンを有するES細胞PH3株を使用することもできる。また、国立成育医療研究センターの生殖・細胞医療研究部で樹立し、Akutsu H, et al. Regen Ther. 2015;1:18-29 に開示したES細胞株である、SEES1、SEES2、SEES3、SEES4、SEES5、SEES6又はSEES7や、これらのES細胞株に更なる遺伝子を導入した細胞株を使用することもできる。
本開示の1以上の実施形態において使用される人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、体細胞を初期化することによって得られる多能性を有する細胞である。人工多能性幹細胞の作製は、京都大学の山中伸弥教授らのグループ、マサチューセッツ工科大学のルドルフ・ヤニッシュ(Rudolf Jaenisch)らのグループ、ウイスコンシン大学のジェームス・トムソン(James Thomson)らのグループ、ハーバード大学のコンラッド・ホッケドリンガー(Konrad Hochedlinger)らのグループなどを含む複数のグループが成功している。例えば、国際公開WO2007/069666号公報には、Octファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子、並びにOctファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、Soxファミリー遺伝子及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子が記載されており、さらに体細胞に上記核初期化因子を接触させる工程を含む、体細胞の核初期化により誘導多能性幹細胞を製造する方法が記載されている。
iPS細胞の作製に用いる体細胞の種類は特に限定されず、任意の体細胞を用いることができる。即ち、本開示で言う体細胞とは、生体を構成する細胞の内生殖細胞以外の全ての細胞を包含し、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。体細胞の由来は、哺乳動物、鳥類、魚類、爬虫類、両生類の何れでもよく特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、マウスなどのげっ歯類、又はヒトなどの霊長類)であり、特に好ましくはマウス又はヒトである。また、ヒトの体細胞を用いる場合、胎児、新生児又は成人の何れの体細胞を用いてもよい。体細胞の具体例としては、例えば、線維芽細胞(例えば、皮膚線維芽細胞)、上皮細胞(例えば、胃上皮細胞、肝上皮細胞、肺胞上皮細胞)、内皮細胞(例えば血管、リンパ管)、神経細胞(例えば、ニューロン、グリア細胞)、すい臓細胞、血球細胞、骨髄細胞、筋肉細胞(例えば、骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞)、肝実質細胞、非肝実質細胞、脂肪細胞、骨芽細胞、歯周組織を構成する細胞(例えば、歯根膜細胞、セメント芽細胞、歯肉線維芽細胞、骨芽細胞)、腎臓・眼・耳を構成する細胞などが挙げられる。
iPS細胞は、所定の培養条件下(例えば、ES細胞を培養する条件下)において長期にわたって自己複製能を有し、また所定の分化誘導条件下において外胚葉、中胚葉及び内胚葉への多分化能を有する幹細胞のことを言う。また、本開示におけるiPS細胞はマウスなどの試験動物に移植した場合にテラトーマを形成する能力を有する幹細胞でもよい。
体細胞からiPS細胞を製造するためには、まず、少なくとも1種類以上の初期化遺伝子を体細胞に導入する。初期化遺伝子とは、体細胞を初期化してiPS細胞とする作用を有する初期化因子をコードする遺伝子である。初期化遺伝子の組み合わせの具体例としては、以下の組み合わせを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
(i)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子、Myc遺伝子
(ii)Oct遺伝子、Sox遺伝子、NANOG遺伝子、LIN28遺伝子
(iii)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子、Myc遺伝子、hTERT遺伝子、SV40 largeT遺伝子
(iv)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子
<1.2.細胞培養基材>
本開示で用いる細胞培養基材は、表面上に細胞接着部のパターンを備える。
前記細胞接着部の形状は特に限定されないが、例えば、細胞非接着部を内包し、その細胞非接着部の周縁に沿って連続的に又は断続的に延在し、前記細胞非接着部を囲う細胞接着部であることができる。
細胞接着部の形状の別の例としては、細胞非接着部を内包していない四角形を初めとする多角形、円形、楕円形等であることができ、円形が好ましい。
以下の説明では、細胞接着部を含む、細胞構造物が接着培養される領域を「細胞培養部」と称する。
前記細胞培養部は、前記細胞培養基材の表面上に1以上含まれ、好ましくは2以上含まれる。1つの細胞培養基材に含まれる2以上の前記細胞培養部の形状、寸法は同一であってもよいし、異なっていてもよい。
細胞接着部は、典型的には、細胞非接着部のなかに島状に配置されている。
前記細胞培養部が細胞非接着部を内包する場合、前記細胞接着部に含まれる前記細胞非接着部は、前記細胞培養部以外の部分に存在する細胞非接着部(後述する第1の細胞非接着部)と区別するために、「第2の細胞非接着部」或いは「中央部」と称する場合がある。
以下の説明では、本開示で用いる細胞培養基材のうち前記細胞接着部及び細胞非接着部以外の部分を指して「支持基材」と称する場合がある。すなわち、本開示の一以上の実施形態で用いる細胞培養基材は、前記一以上の細胞接着部のパターンを含む表面を有する支持基材を含む、ということができる。
<1.2.1.細胞培養基材の支持基材、細胞非接着部及び細胞接着部>
まず、支持基材の特徴、並びに、細胞非接着部と細胞接着部の形状以外の特徴について以下に説明する。
細胞培養基材に用いられる支持基材としては、その表面に、細胞非接着部と細胞接着部を形成することが可能な材料で形成された支持基材であれば特に限定されるものではない。具体的には、ガラス、金属、セラミック、シリコン等の無機材料、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を含む支持基材を挙げることができる。特に、ガラス基材を支持基材として用いることが好ましい。支持基材の形状も限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜等の平坦な形状や、シリンダ、スタンプ、マルチウェルプレート、マイクロ流路等の立体的な形状が挙げられる。
本開示において「細胞接着性」とは、細胞を接着する強度、すなわち細胞の接着しやすさを意味する。「細胞接着部」とは細胞接着性が良好な表面上の領域を意味し、「細胞非接着部」とは、細胞の接着性が悪い表面上の領域を意味する。従って、細胞接着部と細胞非接着部とが所定のパターンで配置された表面上に細胞を播種すると、細胞接着部には細胞が接着するが、細胞非接着部には細胞が接着しないため、細胞培養基材の表面に細胞がパターン状に配列されることになる。
「細胞接着部」は、実際に培養する細胞、好ましくは幹細胞、を細胞培養基材に播種した際に接着する部分と定義され、「細胞非接着部」は、実際に培養する細胞、好ましくは幹細胞、を播種した際に接着しない部分と定義される。細胞培養基材に細胞を播種する際に、細胞培養基材の表面は、タンパク質等でコーティングされ、細胞接着性が高められた状態であってもよい。「幹細胞」の具体例は本明細書に記載の通りである。細胞非接着部は、細胞接着部に接着し増殖した細胞により被覆されてもよい。
細胞接着部であるか細胞非接着部であるかを判断する指標として、実際に細胞培養した際の細胞接着伸展率を用いることができる。細胞接着性を有する細胞接着部の表面は、細胞接着伸展率が60%以上の表面であることが好ましく、細胞接着伸展率が80%以上の表面であることが更に好ましい。細胞接着伸展率が高いと、効率的に細胞を培養することができる。本開示における細胞接着伸展率は、播種密度が4000 cells/cm以上30000 cells/cm未満の範囲内で培養しようとする細胞を測定対象表面に播種し、37℃、CO濃度5%のインキュベータ内に保管し、14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%))と定義する。
上記測定において、細胞の播種は、10%FBS入りDMEM培地に懸濁させて測定対象表面上に播種し、その後、細胞ができるだけ均一に分布するよう、細胞が播種された測定対象表面をゆっくりと振とうすることにより行うものである。さらに、細胞接着伸展率の測定は、測定直前に培地交換を行って接着していない細胞を除去した後に行う。細胞接着伸展率の測定では、細胞の存在密度が特異的になりやすい箇所(例えば、存在密度が高くなりやすい所定領域の中央、存在密度が低くなりやすい所定領域の周縁)を除いた箇所を測定箇所とする。
細胞接着部は、支持基材の表面に細胞接着層が形成された領域であってもよいし、支持基材の表面が細胞接着性である場合(例えばガラス基材の表面)は、支持基材の表面が露出した領域であってもよいが、好ましくは、支持基材の細胞接着性の表面が露出した領域である。細胞非接着部は、支持基材の表面に細胞非接着層が形成された領域であることができる。細胞接着部および細胞非接着部は、種々の材料や方法により形成可能である。好ましくは、細胞非接着部は、支持基材の表面が、親水性ポリマー等の親水性有機化合物を含む層等の細胞非接着層により被覆された部分である。細胞非接着部を構成する細胞非接着層の平均厚さは、0.8nm〜500μmが好ましく、0.8nm〜100μmがより好ましく、1nm〜10μmがより好ましく、1.5nm〜1μmが最も好ましい。平均厚さが0.8nm以上であれば、タンパク質の吸着や細胞の接着において、支持基材の細胞非接着層で覆われていない領域の影響を受けにくいため好ましい。また、平均厚さが500μm以下であればコーティングが比較的容易である。特に、細胞非接着層を、ポリエチレングリコールの層により形成する場合、その膜厚の一例として5nm〜10nmが例示できる。親水性有機化合物の具体例は、後述する通りである。
細胞非接着層として親水性ポリマーとしてポリエチレングリコール(PEG)を含む細胞培養基材の製造方法としては、特許文献6に記載された方法を用いることができる。
細胞接着部および細胞非接着部の形成方法の特に好ましい形態として、以下の2つの形態が挙げられる。
第1の形態では、支持基材の表面に細胞非接着層を形成し、次いで、細胞非接着層の一部に所定の処理を施し、細胞接着性を発現させて細胞接着部とする形態である。具体的には、支持基材の表面に、親水性ポリマー等の親水性有機化合物を含む細胞非接着性の親水性膜を細胞非接着層として形成し、次いで、細胞非接着層である前記親水性膜の一部を選択的に、酸化処理及び/又は分解処理を施して、前記一部を、細胞接着性を有する細胞接着部に改質する例が挙げられる。この形態では細胞非接着性の親水性膜を形成し、次いで、細胞の接着が望まれる部位に対して、酸化処理及び/又は分解処理を施すことにより、当該部位を、細胞接着性を有する部位に転換して細胞接着部とする。第1の形態により形成された細胞培養基材では、細胞非接着部が、支持基材の表面が、親水性ポリマー等の親水性有機化合物を含む層により被覆された部分であり、細胞接着部が、親水性ポリマー等の親水性有機化合物を含む層が酸化処理及び/又は分解処理により除去されて支持基材の表面が露出した部分、或いは、親水性ポリマー等の親水性有機化合物を含む層が酸化処理及び/又は分解処理を受けて細胞接着性に改質された層(=細胞接着層)により被覆された部分である。
第2の形態は、支持基材の表面上での有機化合物の密度の高低によって細胞接着部および細胞非接着部とする形態である。第2の形態により形成された細胞培養基材では、細胞接着部が、親水性ポリマー等の親水性有機化合物の密度が低い(親水性有機化合物を含まない場合も包含する)表面であり、細胞非接着部が、親水性ポリマー等の親水性有機化合物の密度が高い表面である形態である。第2の形態は、親水性ポリマー等の親水性有機化合物を高密度で含む支持基材の表面が細胞非接着性を有するのに対して、前記化合物の密度が低い支持基材の表面が細胞接着性を有することを利用したものである。支持基材表面に前記化合物が結合しやすい第1領域と結合しにくい第2領域とを設け、該基材表面に前記化合物の膜を形成すると、第1領域は細胞非接着部となり、第2領域は細胞接着領域となる。或いは、支持基材表面の一部をフォトレジスト等で選択的にマスキングし、マスキングされていない領域に前記親水性有機化合物の膜を形成して細胞非接着部を形成し、その後マスキングを除去して支持基材の表面を露出させることで細胞接着部を形成することができる。
また、上記の形態に限らず、細胞非接着性の表面(細胞非接着性層の表面であってよい)を有する支持基材を用意し、前記表面の一部をコラーゲンやフィブロネクチンなどの細胞接着性タンパク質をパターニングして被覆し、細胞接着性のパターンを形成してもよい。或いは、細胞接着性の表面(細胞接着性層の表面であってもよい)を有する支持基材を用意し、前記表面の一部をシリコーンゴム(例えば三菱ケミカル製 珪樹(登録商標))等の細胞非接着性の樹脂により被覆し、残部を細胞接着性のパターンとしてもよい。或いは、表面に所定のパターンの導電性層が設けられた支持基材を用意し、該支持基材の表面に細胞非接着性層を積層し、前記導電性層への電圧印加により、前記導電性層上を被覆する前記細胞非接着性層を剥離させて、露出した前記導電性層を細胞接着部としてもよい(具体的には特開2012−120443号公報、特開2013−179910号公報参照)。
以下では、支持基材表面上に細胞接着部と細胞非接着部を形成して、細胞接着部と細胞非接着部とを含む表面を有する細胞培養基材を製造する上記の第1の形態及び第2の形態について、順に説明する。
まず、第1の形態について説明する。
第1の形態では、まず、支持基材表面に、細胞非接着層として、親水性有機化合物、好ましくは親水性ポリマー、を含む親水性膜を設ける。当該親水性膜は、水溶性や水膨潤性を有する薄膜であり、酸化及び/又は分解される前は細胞非接着性を有し、酸化及び/又は分解された後の支持基材の露出した表面、或いは、酸化処理及び/又は分解処理を受けて改質された薄膜の表面が細胞接着性を呈するものであれば特に限定されない。
細胞非接着層が、親水性有機化合物により形成される親水性膜である場合、支持基材の表面と親水性膜との間には、必要に応じて結合層を設けることが好ましい。結合層は、親水性膜の前記有機化合物が有する官能基と結合可能な官能基(結合性官能基)を有する材料を含む層であることが好ましい。結合層の材料が有する結合性官能基と、親水性有機化合物が有する官能基との組み合わせとしては、エポキシ基と水酸基、フタル酸無水物と水酸基、カルボキシル基とN−ハイドロキシスクシイミド、カルボキシル基とカルボジイミド、アミノ基とグルタルアルデヒド等が挙げられる。それぞれの組み合わせにおいて、いずれが結合層側の官能基であってもよい。これらの方法においては、親水性有機化合物によるコーティングを行う前に、支持基材上に、所定の官能基を有する材料により結合層を形成する。細胞非接着層における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、結合性官能基を有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には45°以上、望ましくは47°以上である。このような結合層は、結合性官能基を有する材料の被膜を支持基材の表面に形成することにより得られる。
親水性有機化合物としては、親水性ポリマー(親水性オリゴマーを包含する)、水溶性有機化合物、界面活性物質、両親媒性物質等が挙げられ、親水性ポリマーが特に好ましい。
具体的な親水性ポリマーとしては、ポリアルキレングリコール、リン脂質極性基を有する両性イオンポリマー、ポリアクリルアミド、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリビニルアルコール、多糖類等を挙げることができる。親水性ポリマーのこれらの具体例は、その誘導体の形態のものも包含する。親水性ポリマーの分子形状は、直鎖状、分岐を有するもの、デンドリマー等を挙げることができる。
ポリアルキレングリコールとしては具体的には、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールとポリプロピレングリコールの共重合体、例えば、Pluronic F108、Pluronic F127等が好ましい。
リン脂質極性基を有する両性イオンポリマーとしては具体的には、ポリ(メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリン)(=MPCポリマー)、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンとアクリルモノマーの共重合体等が好ましい。
ポリアクリルアミドとしては具体的にはポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)が例示できる。
ポリメタクリル酸としては具体的にはポリ(2−ヒドロキシエチルメタクリレート)が例示できる。
多糖類としては具体的にはデキストラン、ヘパリン等が例示できる。
細胞非接着層を備える支持基材の表面は、細胞非接着層により被覆された状態では高い細胞非接着性を有し、細胞非接着層の酸化処理及び/又は分解処理後には、露出した支持基材の表面が、或いは、細胞非接着層が酸化処理及び/又は分解処理により改質されて形成される層の表面が細胞接着性を示すものであることが望ましい。
親水性ポリマーとしては特にポリエチレングリコール(PEG)が好ましい。PEGは、1つ以上のエチレングリコール単位((CH−O)からなるエチレングリコール鎖(EG鎖)を少なくとも含むが、直鎖状でも分岐鎖状でもよい。エチレングリコール鎖は、例えば、次式:
−((CH−O)
(mは重合度を示す整数である)
で表される構造を指す。mは、好ましくは1〜13の整数であり、より好ましくは1〜10の整数である。
PEGにはエチレングリコールオリゴマーも包含される。また、PEGには、官能基が導入されたものも包含される。官能基としては、例えば、エポキシ基、カルボキシル基、N−ハイドロキシスクシイミド基、カルボジイミド基、アミノ基、グルタルアルデヒド基、(メタ)アクリロイル基等が挙げられる。官能基は、場合によりリンカーを介して、好ましくは末端に導入されたものである。官能基が導入されたPEGとして、例えば、PEG(メタ)アクリレート、PEGジ(メタ)アクリレートが挙げられる。
細胞接着部は、支持基材の表面に形成された親水性有機化合物を含む細胞非接着層に酸化処理及び/又は分解処理を施して、細胞接着性を有する支持基材の表面を露出させる、或いは、細胞非接着層を改質して細胞接着層に転換することで形成することができる。
本開示において「酸化」とは狭義の意味であり、有機化合物が酸素と反応して酸素の含有量が反応以前よりも多くなる反応を意味する。
本開示において「分解」とは有機化合物の結合が切断されて1種の有機化合物から2種以上の有機化合物が生じる変化を指す。「分解処理」としては典型的には、酸化処理による分解、紫外線照射による分解などが挙げられるがこれらには限定されない。「分解処理」が酸化を伴う分解(つまり酸化分解)である場合、「分解処理」と「酸化処理」とは同一の処理を指す。また細胞非接着層を分解して除去することも「分解処理」に含まれる。
紫外線照射による分解とは、有機化合物が紫外線を吸収し、励起状態を経て分解することを指す。なお、有機化合物が、酸素を含む分子種(酸素、水など)とともに存在している系中に紫外線を照射すると、紫外線が化合物に吸収されて分解が起こる以外に、該分子種が活性化して有機化合物と反応する場合がある。後者の反応は「酸化」に分類できる。そして活性化された分子種による酸化により有機化合物が分解する反応は、「紫外線照射による分解」ではなく「酸化による分解」に分類できる。
以上のように「酸化処理」と「分解処理」は操作としては重複する場合があり、両者を明確に区別することはできない。そこで本明細書では「酸化処理及び/又は分解処理」という用語を使用する。
次に、第2の形態について説明する。第2の形態により形成される細胞培養基材では、支持基材の表面のうち、細胞接着部が、親水性ポリマー等の親水性有機化合物の密度が低い(親水性有機化合物を含まない場合も包含する)表面であり、細胞非接着部が、親水性有機化合物の密度が高い表面である。すなわち、細胞接着部と細胞非接着部とは、親水性有機化合物の密度が相違する。同密度が高いほど細胞は接着しにくくなる傾向がある。細胞接着部では、親水性有機化合物の密度が、細胞が接着できる程度に低い。親水性有機化合物及び親水性ポリマーの好ましい例は第1の形態について既述の通りである。
第2の形態では、細胞接着部及び細胞非接着部を、密度を制御した親水性膜により形成する場合には、支持基材との密着性を高めるために支持基材上に必要に応じて結合層を形成し、次いで親水性有機化合物からなる親水性膜を形成するのが好ましい。結合層は、親水性有機化合物が有する官能基と結合可能な官能基(結合性官能基)を含む材料を含む層であることが好ましい。結合層の材料が有する官能基と、親水性有機化合物が有する官能基との組み合わせとしては、エポキシ基と水酸基、フタル酸無水物と水酸基、カルボキシル基とN−ハイドロキシスクシイミド、カルボキシル基とカルボジイミド、アミノ基とグルタルアルデヒド等が挙げられる。それぞれの組み合わせにおいて、いずれが結合層側の官能基であってもよい。これらの方法においては、親水性材料によるコーティングを行う前に、支持基材上に、所定の官能基を有する材料により結合層を形成する。結合層における前記材料の密度は結合力を規定する重要な因子である。前記密度は、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。なお、水接触角は、協和界面科学社製 CA−Zを用い、マイクロシリンジから純水を滴下して30秒後に測定した値である。
細胞接着部の結合層における、結合性官能基を有する材料の密度は低い。細胞接着部における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、結合層を構成する結合性官能基を有する材料として、エポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には、10°〜43°、望ましくは15°〜40°である。このような結合層を形成する方法としては、結合性官能基を有する材料の被膜(結合層)を支持基材の表面に形成した後、当該結合層の表面を酸化処理及び/又は分解処理する方法が挙げられる。結合層表面を酸化処理及び/又は分解処理する方法としては、結合層表面を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法などが挙げられる。結合層表面の全面を酸化処理及び/又は分解処理してもよいし、部分的に処理してもよい。部分的な処理は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いたりすることにより行うことができる。また、紫外線レーザー等のレーザーを用いた方式等の直描方式で酸化処理及び/又は分解処理を施してもよい。諸条件などについても、親水性膜の酸化処理及び/又は分解処理により細胞接着部を形成する方法の場合と同様の条件を適用できる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞接着部が形成できる。
細胞非接着部の結合層における、結合性官能基を有する材料の密度は高い。細胞非接着部における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、結合性官能基を有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には45°以上、望ましくは47°以上である。このような結合層は、結合性官能基を有する材料の被膜を支持基材の表面に形成することにより得られる。結合層表面を部分的に酸化処理及び/又は分解処理した場合には、処理を受けない残余の部分が前記水接触角を有する結合層となる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞非接着層が形成できる。
第2の形態ではまた、支持基材表面の一部を選択的に感光性フォトレジスト等によりマスキングし、マスキングされていない領域に前記親水性有機化合物の膜を形成して細胞非接着部を形成し、その後マスキングを除去して支持基材の表面を露出させることで細胞接着部を形成してもよい。
続いて、上記の第1の形態又は第2の形態、或いは他の方法により形成された細胞接着部と細胞非接着部の特徴について更に説明する。
細胞接着部(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量は、細胞非接着部(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量と比較して低いことが好ましい。具体的には、細胞接着部の炭素量が、細胞非接着部の炭素量に対して20〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、細胞接着部及び細胞非接着部に含まれる親水性有機化合物層の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「炭素量(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
また、細胞接着部(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値は、細胞非接着部(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して小さい値であることが好ましい。具体的には、細胞接着部における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値が、細胞非接着部における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して35〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「酸素と結合している炭素の割合(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
細胞接着部及び細胞非接着部に含まれる親水性有機化合物層(結合層が存在する場合には結合層も含む)の評価手法としては、接触角測定、エリプソメトリー、原子間力顕微鏡観察、電子顕微鏡観察、オージェ電子分光測定、X線光電子分光測定、各種質量分析法などを用いることができる。これらの手法の中で、最も定量性に優れているのはX線光電子分光測定(XPS/ESCA)である。この測定方法で求められるのは相対的定量値であり、一般的に元素濃度(atomic concentration、%)で算出される。以下、本開示におけるX線光電子分光分析方法を詳細に説明する。
細胞接着部及び細胞非接着部の「炭素量」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる炭素量」と定義される。また、本開示において細胞接着部及び細胞非接着部の「酸素と結合している炭素の割合」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる酸素と結合している炭素の割合」と定義される。具体的な測定は、特開2007−312736に記載されるとおりに実施できる。
<1.2.2.細胞接着部の形状の好ましい例>
細胞接着部の形状の一例は、上記の通り、細胞非接着部を内包していない四角形を初めとする多角形、円形、楕円形等であり、円形が好ましい。円形の場合の直径は、好ましくは、上記面積の範囲を満たす直径であることができ、具体的には円形の直径は350μm以上が例示でき、好ましくは800μm以上、好ましくは1000μm以上、好ましくは1200μm以上、より好ましくは1500μm以上であり、好ましくは6000μm以下、より好ましくは4000μm以下、さらに好ましくは3000μm以下、さらに好ましくは2000μm以下である。この例では、細胞培養部は、細胞接着部のみからなる。
細胞接着部の形状の別の一例は、細胞非接着部を内包し、その細胞非接着部の周縁に沿って連続的に又は断続的に延在し、前記細胞非接着部を囲う細胞接着部であることができる。この例では、細胞培養部は、細胞非接着部と、それを囲う細胞接着部とからなる。この例に係る細胞培養部を有する細胞培養基材の特徴について、以下に、図1を参照して説明する。
本開示の一例である細胞培養基材1は、細胞培養部20を含む表面Sを有する。
そして、細胞培養部20は、細胞非接着部(中央部)21と、細胞非接着部21の周縁Pに沿って連続的に又は断続的に延在し(図1では連続的に延在している例を示す)、細胞非接着部21を囲う細胞接着部22とを備える。本実施形態は、細胞培養基材1の表面S上に細胞培養部20が1以上含まれ、1以上の細胞培養部20の各々が、上記の特徴を有する例である。
図1に示す例では、1以上の細胞培養部20は、細胞非接着部10中に島状に点在している。この例では、細胞非接着部10を「第1の細胞非接着部」と称し、細胞接着部20の細胞非接着部21を「第2の細胞非接着部」と称する場合がある。また、以下の説明では「細胞非接着部21」を「中央部21」或いは「細胞非接着部である中央部21」と称する場合がある。
また、細胞培養基材1のうち、第1の細胞非接着部10及び細胞接着部20が表面に配置される部分を「支持基材30」とする。
図1に示す例では、第1の細胞非接着部10、第2の細胞非接着部である中央部21は、支持基材30の表面上に積層された第1の細胞非接着層10A、第2の細胞非接着層21Aの表面である。
図1に示す例では、細胞接着部22は、露出した支持基材30の表面である。図示しないが、細胞接着部22は、支持基材30の表面上に積層された細胞接着層の表面であってもよい。
図1(B)では、説明の便宜上、細胞非接着層10A及び細胞非接着層21Aの厚さ、並びに、細胞接着部22と、細胞非接着層10A又は細胞非接着層21Aとの段差を強調して示しているが、培養される細胞及び細胞構造物の寸法に対して、前記厚さ及び段差は十分に小さいため、1以上の細胞培養部20を含む表面Sは実質的に平坦な表面として細胞を支持することができる。
図1(B)では、支持基材30と、第1の細胞非接着層10A、第2の細胞非接着層21Aとは直接接している例を示しているが、既述のように結合層が間に介在していてもよい。
支持基材30、第1の細胞非接着部10、第1の細胞非接着層10A、第2の細胞接着部21、第2の細胞非接着層21A、細胞接着部22の具体例及び製造方法は既述の通りである。
このような構造の細胞培養基材1上で幹細胞を培養するとき、細胞非接着部(中央部)21を囲う細胞接着部22に幹細胞が接着し増殖することで細胞が密に凝集した凝集部が形成され、形成された細胞の凝集部において栄養外胚葉細胞のマーカーを発現する小腸上皮細胞に分化でき袋状の細胞構造物(組織)が形成され易い。得られた細胞構造物は、小腸上皮細胞を含み、腸オルガノイドとしての機能を有する。上記構造の細胞培養基材を用いて幹細胞の分化誘導を行うと、小腸上皮細胞を含む細胞構造物が比較的短時間で細胞培養基材から遊離し回収することができる。
細胞培養部20の形状及び寸法は特に限定されないが、好ましい実施形態では以下の特徴を有する。
細胞接着部22の内周Q上の、中央部21を間に介して対向する最も離れた二つの点A1,A2の中間点Cを通る直線を直線Lとする。この直線Lと、細胞接着部22の内周Qとの2つの交点A3,A4の間の距離を距離Xとする。また、細胞接着部22の、中間点Cを通る直線Lに沿った方向の幅を幅Wとする。
前記距離Xは、好ましくは80μm超880μm以下であり、より好ましくは、180μm以上880μm以下、特に好ましくは180μm以上600μm以下、特に好ましくは180μm以上500μm以下である。距離Xが小さすぎると、増殖培養時に細胞によりすぐに中央部21が被覆されてしまい、細胞構造物の外周部に特異的な袋状構造が得られにくい。一方、距離Xが大きすぎると、細胞が増殖して中央部21を完全に被覆するまでの時間が長時間になるため、細胞構造物の生産効率が低下する。距離Xが上記の範囲にあるとき、袋状構造の細胞構造物を比較的短時間で高収率で培養することができる。前記距離Xは、中央部21の形状が図1に示すように円である場合は円の直径を指し、円が真円である場合は、直線Lをどのようにとっても距離Xは同じである。図示しないが中央部21が矩形である場合は、距離Xは、直線Lが対角線方向の場合に最大になり、直線Lが短手方向の場合に最小になる。本開示では好ましくは、全周に亘り(すなわち全ての直線Lに対して)距離Xが上記範囲である。
前記幅Wは、好ましくは30μm超400μm以下であり、より好ましくは40μm以上400μm以下であり、特に好ましくは60μm以上300μm以下である。幅Wが小さすぎると培養中に細胞が剥離し易いという問題がある。また、袋状の細胞構造物の誘導のためには、細胞接着部22の幅方向に複数個の細胞が接着して凝集部を形成することが望ましく、そのためには幅Wは大きいほうが好ましいことから、上記の通り幅Wは40μm以上が好ましく、60μm以上がより好ましい。一方、幅Wが大きすぎると、細胞接着部22に接着した細胞の密度の偏りが生じ易く、幅方向に均一な細胞の凝集部が形成され難くなり、均一な構造の細胞構造物が得られにくい。幅Wが上記の範囲にあるとき、細胞構造物を比較的短時間に高収率で培養することができる。本開示では好ましくは、全周に亘り(すなわち全ての直線Lに対して)幅Wが上記範囲である。
比X/Wは、好ましくは0.5以上、より好ましくは1.0以上、より好ましくは1.3以上であり、好ましくは20.0以下、より好ましくは15.0以下、より好ましくは10.0以下である。前記比X/Wが上記の範囲にあるとき、細胞構造物を比較的短時間に高収率で培養することができる。本開示では好ましくは、全周に亘り(すなわち全ての直線Lに対して)前記比X/Wが上記範囲である。
図1では、中央部21が円形であり、細胞接着部22が円形の中央部21を同心円的に囲う環状形状であり、対称性が高いため、均一な細胞構造物を得るためには特に好ましい。しかし、このような例には限定されず、中央部21が矩形(正方形又は長方形)であり、細胞接着部22が、内郭と外郭が矩形の形状であってもよい。また、図示しないが、中央部が楕円形で、細胞接着部が、中央部に沿って延在する楕円の環状形状であってもよい。また、上記で挙げた例では、細胞接着部の内郭と外郭が相似形状であるが、それには限定されず、例えば細胞接着部の内郭(すなわち中央部の外郭)が矩形等の多角形であり、細胞培養部の外郭が円形又は楕円形であってもよいし、逆に、細胞接着部の内郭(すなわち中央部の外郭)が円形又は楕円形であり、細胞培養部の外郭が矩形等の多角形であってもよい。また、中央部21は、半円形状であってもよい。
図1に示す例では、細胞接着部22は、第2の細胞非接着部である中央部21の周縁Pに沿って連続的に延在し、全周に亘って中央部21を囲う。しかし、細胞接着部は、断続的に延在する形状であってもよい。このような構造であっても細胞接着部22上に接着した細胞は、増殖を経て、細胞接着部22の切れ目の部分を繋ぐような組織を形成することができる。細胞接着部22が、中央部21の周縁Pに沿って断続的に延在する実施形態では、中断部分は、1か所あたり、中央部21の周縁Pの全周の好ましくは2分の1以下、より好ましくは4分の1以下、より好ましくは6分の1以下、より好ましくは8分の1以下の長さであり、また、複数の中断部分を含む場合は、中断部分の合計が、中央部21の周縁Pの全周の好ましくは2分の1以下、より好ましくは4分の1以下、より好ましくは6分の1以下、より好ましくは8分の1以下の長さである。
本開示で用いる細胞培養基材では、細胞接着部が、細胞非接着性の中央部を囲うように延在している構造であることで、その上に細胞が接着し増殖すると細胞が密になり栄養外胚葉細胞の性質を有する細胞への分化が促進され易く、且つ、増殖した細胞が積層し易い。この結果、外周部に栄養外胚葉細胞の性質を有する細胞が分布した袋状の細胞構造物を効率的に得ることができる。
細胞培養基材1のように複数の細胞培養部20が存在する場合、それらは互いに隔離されており、好ましくは0.20mm以上、より好ましくは0.30mm以上互いに離れて配置されている。各細胞培養部20を一定距離以上隔離することにより、各細胞培養部20内の細胞が隣接する他の細胞培養部20の細胞と細胞間結合を形成することなく均一に一定間隔で培養され、再現性の高い実験系を構築できる。
図1に示す形状の細胞接着部のパターン(リングパターン)を含む細胞培養基材上で幹細胞を接着培養して袋状の細胞構造物を得ることは、例えば非特許文献2に記載されている。
<2.細胞構造物の製造方法>
本明細書に開示する、
小腸上皮細胞層、並びに、
カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞を含む組織
を含み、
前記小腸上皮細胞層に、α−フェトプロテイン陰性な小腸上皮細胞を含む、
細胞構造物の製造方法は、
表面上に細胞接着部のパターンを備える細胞培養基材上に幹細胞を播種する工程21と、
前記幹細胞を培養して、小腸上皮細胞層を含む未成熟細胞構造物へと分化誘導させる工程22と、
前記未成熟細胞構造物を、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中で浮遊培養して、前記細胞構造物へと分化誘導させる工程23と
を含むことを特徴とする。
本開示に係る方法は、好ましくは、(1)蠕動運動能を有し、(2)幼若性の指標であるα−フェトプロテイン(AFP)の発現が陰性な成熟した小腸上皮細胞を含み、且つ、(3)筋組織が発達していることを特徴とする細胞構造物を製造することが可能である。
(1)蠕動運動能について
生体における蠕動運動は、非特許文献3、4に記載の通り、ペースメーカー細胞であるカハール細胞が、神経細胞やホルモンよりシグナルを受けた後に筋肉細胞へと刺激を与えることで収縮運動が起きることで生じる。そのため蠕動運動を起こすためにはカハール細胞への神経細胞の接続および筋肉細胞との接続を形成させることが必要である。
c−kitおよび/またはS100陽性なカハール細胞の存在は上記、非特許文献1において記載されている。また、同文献内には蠕動運動が起きる組織と起きない組織との違いとして神経細胞の発達の違いが記載されている。しかし、従来は、カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞を含み、蠕動運動能を有する細胞構造物を誘導する方法は知られていなかった。
本明細書の実施例で示すように蠕動運動能を有さない組織でも筋肉細胞は観察される。しかし、蠕動運動能を有さない組織ではカハール細胞の数は少なく、神経細胞経由での蠕動リズムの制御ができないと考えられる。
蠕動運動可能な細胞構造物を得るためには、神経細胞とカハール細胞を発達させることが必要であると考えられる。
本開示に係る方法では、細胞培養基材上で接着培養(パターン培養)を行う工程22において、袋状の、小腸上皮細胞層を含む未成熟細胞構造物が誘導され、続いて、前記未成熟細胞構造物を、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中で浮遊培養する工程23により、培地中の前記因子により細胞の性質、成長、増殖性が変化して、蠕動運動を可能にする、カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞を含む組織の発達が促されると考えられる。
工程23の浮遊培養に用いるトランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩は「N−2サプリメント」の因子として知られている。
N−2サプリメントが特に接着培養系において神経細胞の成長を促すことは特許文献7に記載がある。この文献ではラット胎児より取得した小腸細胞を、N−2サプリメントを入れた培地中で培養する事で腸管神経を得る実施例が記載されており、その発達や分化を促していると考えられる。
また非特許文献5、6にはマウスES細胞よりN−2サプリメントを入れた培地によりセロトニン作動性ニューロンが分化誘導された事例が報告されている。
しかしながら、小腸上皮細胞層を含む未成熟細胞構造物を、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中で浮遊培養することにより、蠕動運動を可能にする、カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞を含む組織の発達が促されることは、従来技術に何ら示唆されていない。
(2)幼若性の指標であるα−フェトプロテイン(AFP)発現の低下について
本開示に係る方法により製造される細胞構造物は、小腸上皮細胞層中に、幼若性の指標であるAFP陰性な小腸上皮細胞を含むことを更なる特徴とする。
本開示に係る方法の工程23では、工程22で得られた小腸上皮細胞層を含む未成熟細胞構造物を、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中で浮遊培養することにより、小腸上皮細胞の発達が促進され得る。
本開示に係る方法の工程22での細胞培養基材上の接着培養において、幹細胞が凝集して幼弱な小腸上皮細胞に分化し、これが袋状の構造物(未成熟細胞構造物)を構成する。この未成熟細胞構造物の小腸上皮細胞層は、栄養外胚葉としての性質も有することがこれまでに分かっている。
幼若な小腸上皮細胞が、CDX2陽性な内胚葉細胞と栄養外胚葉の両方の性質を有する場合があることが非特許文献7に記載がある。
実際に非特許文献8では、マウス胎児または新生児から取得した腸幹細胞を培養して袋状細胞構造物を調製したことが記載されており、初期の幼若な段階では栄養外胚葉のマーカーであるTrop2やConnexin43が上皮細胞に残っていることが示されている。
また肝臓に主に発現するα−フェトプロテイン(AFP)がマウス胎児や新生児腸に発現することは非特許文献9、10に記載がある。そして、AFPが幼弱な腸細胞の指標として利用できることが確認されている。
本開示に係る方法の工程23では、AFP陰性な小腸上皮細胞を細胞構造物が得られていることから、工程23において小腸組織として発達し成熟していると考えられる。
一般的に胚性幹細胞より誘導されたオルガノイドは、成体由来の細胞から作製した時であっても幼若性を有することが、非特許文献11でも示唆されている。オルガノイドの成熟性を促進させる手段は従来知られていなかった。
本開示に係る方法は、小腸上皮細胞層を含む細胞構造物を、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中で浮遊培養することにより、小腸上皮細胞の発達が促進されるという予想外の知見に基づく。
培地に添加される前記5因子の1つであるプトレシンはポリアミンの一種であり、母乳等に含まれ乳児の成長に寄与していることが知られている。また特許文献8には、ポリアミンが腸において健康維持に寄与していることが記載されている。
また前記5因子の別の1つであるトランスフェリンが、腸細胞へのエンドサイトーシスによって鉄分の細胞内への輸送に関与することが非特許文献12に示唆されている。
しかしながら、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩の組み合わせにより、細胞構造物中での小腸上皮細胞の成熟が促進されることは、従来知られていない予想外の知見である。
なお本明細書の実施例で示されるように、工程23において前記5因子を含有する培地で浮遊培養して細胞構造物を得た後に、前記5因子を含有しない培地に切り替えて更に前記細胞構造物を浮遊培養した場合でも、AFPの発現は低下した状態が維持され、自発的な蠕動運動能は維持される。
(3)筋組織の発達について
本開示に係る方法で製造される細胞構造物の更なる特徴として、成熟し発達した筋組織を有することが挙げられる。
発達した筋組織は、好ましくは、デスミン(Desmin)陽性且つ平滑筋アクチン(SMA)陽性の平滑筋細胞を含む。
非特許文献15のSupplemental Figure14中の記載によると、腸上皮細胞を含むオルガノイドで見られる間質細胞においてデスミン陽性且つ平滑筋アクチン陽性の細胞は平滑筋様細胞であること、ビメンチン(Vimentin)陽性且つSMA陽性の細胞は腸筋線維芽細胞の性質を有することが記載されている。
蠕動運動は平滑筋によって行われるため、デスミン陽性且つ平滑筋アクチン陽性の平滑筋細胞を含む細胞構造物は、蠕動運動能を有する。対して腸筋線維芽細胞は腸上皮基底膜直下に存在し、上皮細胞と基底膜細胞との分子輸送に関与していると考えられており、運動への寄与は低いと考えられる。
本明細書の実施例では、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を添加していない培地中で工程22からの未成熟細胞構造物の浮遊培養を行った場合には、細胞構造物中の大部分の平滑筋アクチン陽性細胞はビメンチン陽性細胞であったのに対して、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含むN−2サプリメントを添加した培地中で工程22からの未成熟細胞構造物の浮遊培養を行った場合には、細胞構造物中にデスミン陽性且つ平滑筋アクチン陽性の平滑筋細胞が確認された。
このように、本開示に係る方法によれば、工程23での細胞構造物の浮遊培養をトランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中で行うことにより、細胞構造物中の筋組織の発達が進む。前記5因子は、神経のみならず筋組織の成熟化にも寄与すると考えられる。
(4)小腸上皮細胞の分裂の抑制について
本開示に係る方法で製造される細胞構造物、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中にあるとき、小腸上皮細胞の分裂が抑制される場合がある。
本開示に係る方法では、工程23において、工程22で得られた小腸上皮細胞層を含む未成熟細胞構造物を、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中で浮遊培養することにより、小腸上皮細胞の分裂が抑制されると考えられる。
例えば非特許文献13では乳酸菌が作り出す酢酸塩や酪酸塩の添加により上皮細胞の分裂が抑制されることが知られているが、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩が同様の作用を有することは従来知られていない。
また、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含むN−2サプリメントが、神経細胞以外の細胞の成長を促進することはないことが非特許文献14に記載されているが、N−2サプリメントの小腸上皮細胞の分裂への影響は不明であった。
すなわち、本開示に係る方法の工程23により小腸上皮細胞の分裂が抑制されることは予想外の効果である。
工程23を経て得られた細胞構造物は、工程23終了後も引き続きトランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中で維持することが、分裂細胞の割合の増加を抑制する観点から好ましい。
以下、本開示に係る細胞構造物の製造方法の各工程の好ましい実施形態について説明する。
<2.1.工程21>
本開示に係る細胞構造物の製造方法の工程21は、表面上に細胞接着部のパターンを備える細胞培養基材上に幹細胞を播種する工程である。
ここで細胞培養基材及び幹細胞の好ましい実施形態については既述の通りである。
細胞培養基材は、幹細胞の細胞接着部への接着を促進する目的で、プレコート剤によりプレコート処理されていることが好ましい。プレコート剤とは、細胞培養基材に予め適用して、細胞接着部への細胞の接着を促進するための成分である。プレコート剤としては、細胞外マトリックス(コラーゲン、フィブロネクチン、プロテオグリカン、ラミニン、ビトロネクチン)、ゼラチン、リジン、ペプチド、それらを含むゲル状マトリックス、血清等が挙げられる。プレコート処理を実施することにより、接着性の低い幹細胞の細胞接着部への接着を促進でき、細胞の接着培養及び分化誘導を効果的に実施できる。
幹細胞は、播種前に未分化性を維持した条件で培養することができる。このときの培養に用いる培地は、幹細胞を分化誘導させない培地であれば特に限定されないが、例えば、マウス胚性幹細胞及びマウス人工多能性幹細胞の未分化性を維持する性質を有していることが知られているleukemia inhibitory factorを含む培地や、ヒトiPS細胞の未分化性を維持する性質を有していることが知られているbasic FGFを含む培地等が挙げられる。
工程21及び後述する工程22は、幹細胞を増殖させ、分化誘導することができる培地中で行えばよく、培地は特に限定されない。工程21及び後述する工程22で使用する培地の基礎培地として、KnockoutDMEM(KDMEM)培地、DMEM培地、EMEM培地、MEM培地、DMEM−F12培地、BME培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM−160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地、RPMI1640培地等を用いることができる。培地には、各種増殖因子、血清又は血清代替成分、抗生物質、アミノ酸などを加えてもよい。例えば、0.1〜2%のピルビン酸、0.1〜2%の非必須アミノ酸、0.1〜2%のペニシリン/ストレプトマイシン、0.1〜1%のグルタミン、0.1〜2%のβメルカプトエタノール、1mM〜20mMのROCK阻害剤(例えば、Y27632)を添加してもよい。工程21及び後述する工程22で使用する培地の具体例としては、実施例で記載するXF32培地や、StemFit(味の素社)、StemFlex(Life Technologies社)、ReproFF(リプロセル社)などの市販の培地が例示できる。前記培地は、血清含有培地であってもよいし、血清代替成分を含有した無血清培地であってもよいが、好ましくは血清代替成分を含有した無血清培地である。
細胞培養基材への幹細胞の播種密度は常法に従えばよく特に限定されるものではない。本開示においては、幹細胞を細胞培養基材に対し3×10 cells/cm以上の密度で播種することが好ましく、3×10〜5×10 cells/cmの密度で播種することがより好ましく、3×10〜2.5×10 cells/cmの密度で播種することがさらに好ましい。
<2.2.工程22>
本開示に係る細胞構造物の製造方法の工程22は、工程21で播種された前記幹細胞を前記細胞培養基材上で培養して、小腸上皮細胞層を含む未成熟細胞構造物へと分化誘導させる工程である。
工程22で使用できる培地は上記の通りである。
工程22での培養温度は、通常37℃である。CO細胞培養装置などを利用して、5%程度のCO濃度雰囲気下で培養するのが好ましい。
工程22での培養期間は、細胞の初期播種密度や細胞接着部の形状、大きさによって差異が生じるが、2〜4週間程度であることが好ましい。本明細書に記載の構造の細胞培養基材上で幹細胞を培養し分化誘導するとき、播種後2〜4週間で、分化誘導された小腸上皮細胞層を含む未成熟細胞構造物が自然に浮遊して剥離し、回収することができる。また、未成熟細胞構造物を破壊しない温和な酵素処理(例えばAccutaseやTrypLEなど)やEDTA処理、培地等の液体の吹きかけ、スクレーパーによる物理的な剥離等の各種手法を用いて、細胞培養基材からの、未成熟細胞構造物の剥離を促進してもよい。
工程22で得られる小腸上皮細胞層を含む未成熟細胞構造物は、典型的には、小腸上皮細胞層が、絨毛層が外向きとなるように、前記細胞構造物の外周部に存在している袋状の細胞構造物である。
工程22で得られる小腸上皮細胞層を含む未成熟細胞構造物は、細胞培養基材から剥離したときに、長軸の長さが0.5mm〜5mmの袋状の細胞構造物であることができる。
<2.3.工程23>
本開示に係る細胞構造物の製造方法の工程23は、工程22で得られた小腸上皮細胞層を含む未成熟細胞構造物を、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中で浮遊培養して、小腸上皮細胞層、並びに、カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞を含む組織を含み、前記小腸上皮細胞層が、α−フェトプロテイン陰性な小腸上皮細胞を含む、細胞構造物へと分化誘導させる工程である。
工程23では、工程22で得られた小腸上皮細胞層を含む未成熟細胞構造物を、液体培地中で浮遊させながら培養を行う。このとき、浮遊状態を維持するために、ペトリディッシュや、ポリマーコーティングする事により細胞接着性を低下させた表面を有する培養容器に、未成熟細胞構造物を液体培地とともに収容して培養することが好ましい。
工程23での浮遊培養は、1つの容器中に複数個の細胞構造物を収容した状態で行うことができる。1つの容器に収容する細胞構造物の個数に特に制限は無いが、多いほど生産効率は高く、少ないほど細胞構造物の成熟が阻害されにくく蠕動運動能を有する細胞構造物の収率が高くなることから、目安として、5〜10個程度好ましい。
浮遊培養を3.5cmペトリディッシュで行う場合、培地2〜3mL程度と、5〜10個の未成熟細胞構造物を収容して浮遊培養を行うことが好ましい。
工程23の浮遊培養に用いる培地は、所定の前記5因子が添加されている点を除いて、特に限定されず、上記の工程21、工程22で用いる培地と同様の範囲から選択できる。例えば、基礎培地としては、KnockoutDMEM(KDMEM)培地、DMEM培地、EMEM培地、MEM培地、DMEM−F12培地、BME培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM−160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地、RPMI1640培地等を用いることができる。培地には、各種増殖因子、血清又は血清代替成分、抗生物質、アミノ酸などを加えてもよい。工程23で使用する培地の具体例としては、実施例で記載するXF32培地が例示できる。工程23で使用する培地は、血清含有培地であってもよいし、血清代替成分を含有した無血清培地であってもよいが、好ましくは血清代替成分を含有した無血清培地である。実施例では、所定の前記5因子を含有する血清含有培地中での浮遊培養よりも、所定の前記5因子を含有する血清代替成分を含有した無血清培地中での浮遊培養のほうが、蠕動運動能を有する細胞構造物が誘導される効率が高いことを見出している。また、血清含有培地に含まれる接着性タンパク質の影響により細胞構造物が培養容器と接着する場合があるため、無血清培地を用いることが好ましい。無血清培地中の血清代替成分の濃度は1%以上であることが好ましい。
工程23の浮遊培養に用いる培地は、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含有することを特徴とする。これらの5因子は「N−2サプリメント」として知られている。希釈前のN−2サプリメントの組成の一例としては、トランスフェリン(Transferrin)1mM、インスリン(Insulin)0.086mM、プロゲステロン(Progesterone)0.002mM、プトレシン(Putrescine)10mM、亜セレン酸塩(Selenite)0.003mMが例示でき、この濃度のN−2サプリメントを例えば1/100に希釈した濃度で含む培地中で工程23を行うことができる。亜セレン酸塩は亜セレン酸ナトリウムが例示できる。
工程23の浮遊培養に用いる培地は、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含有するものであればよく、終濃度は特に限定されない。例えば培地中のトランスフェリンの濃度は1μM〜100μMであることができる。例えば培地中のインスリンの濃度は0.086μM〜8.6μMであることができる。例えば培地中のプロゲステロンの濃度は0.002μM〜0.2μMであることができる。例えば培地中のプトレシンの濃度は10μM〜1mMであることができる。例えば培地中の亜セレン酸塩の濃度は0.003μM〜0.3μMであることができる。
タンパク質であるトランスフェリン及びインスリンは、起源生物は特に限定されないが、ヒト型のトランスフェリン及びヒト型のインスリンであってよい。ヒト型のトランスフェリン及びヒト型のインスリンは、ヒト遺伝子を組み込んだ大腸菌や酵母などの微生物より生合成することができる。またプロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩は化学合成により得られる。なお近年インスリンを化学合成により得ようとする研究も進められている。
また、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩は、これらを全て含有するB−27(登録商標)サプリメント(Invitrogen社製)として培地に添加してもよい。なお、B−27(登録商標)サプリメントの正確な組成は公開されていないが、含まれる成分の例は例えば特許文献9に記載されている。更に、N−2サプリメントとB−27(登録商標)サプリメントとを両方配合した培地を用いてもよく、そのような培地としてはN2B27培地が例示できる。
工程23の浮遊培養の時間は特に限定されないが、蠕動運動能を有する細胞構造物が得られる収率を高めるためには、2週間以上が好ましく、3週間以上がより好ましく、4週間以上が特に好ましい。
浮遊培養の期間中の培地交換の頻度や量は特に限定されない。例えば1週間に1回、培地の半分量を交換することができる。
工程23を経て得られる細胞構造物の寸法は特に限定されず、小さな寸法の細胞構造物であっても蠕動運動能を有する。工程23を経て得られる細胞構造物は、例えば長軸の長さが0.5mm〜5mmの袋状の細胞構造物であることができる。
工程23を経て得られる細胞構造物は、全体又はその一部が蠕動運動することができる。
<3.細胞構造物の特徴>
本明細書に開示する細胞構造物の好ましい実施形態は、小腸上皮細胞層、並びに、カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞を含む組織を含み、前記小腸上皮細胞層に、α−フェトプロテイン陰性な小腸上皮細胞を含むことを特徴とする。
本開示に係る細胞構造物は、カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞の機能により、自発的に蠕動運動することができる。このため、本開示に係る細胞構造物は、薬物や毒物等の被験物質の、小腸に対する影響を評価するために用いることができる。カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞を含む組織は、典型的には、小腸上皮細胞層の絨毛層と反対側に配置されている。
細胞構造物中の細胞種の特定は、免疫染色や、in situ hybridizationにより、標的とする細胞種に特異的に存在するタンパク質又は核酸(マーカー)を指標として行うことが好ましい。或いは、PCR、マイクロアレイ、RNA−seq等の遺伝子的解析、ウェスタンブロッティング等の特定のタンパク質に特異的に結合する抗体を用いたタンパク質の解析により細胞種の特定を行ってもよい。
小腸上皮細胞のマーカーとしては、CDX2、Villin、E−cadherin、HNF4等が挙げられる。特にVillinは、絨毛層のマーカーとなるため、Villinを発現する細胞は、絨毛層の存在により腸細胞の性質を有していることが強く示唆される。前記マーカーを発現している細胞を小腸上皮細胞とみなすことができる。
カハール細胞(カハール介在細胞とも呼ばれる)はペースメーカー細胞として機能する。カハール細胞のマーカーとしてはc−kit、CD34、CD117、S−100β等が挙げられる。前記マーカーを発現している細胞をカハール細胞とみなすことができる。
神経細胞のマーカーとしては、βIII tublin(Tuj−1)、MAP−2、MAP2ab、Neurofilament、HuC/D、Doublecortin、PSA−NCAM等が挙げられる。また、神経細胞の細胞核のマーカーとすいてはNeuN、PAX6等が挙げられる。さらにSynapsin等のシナプスマーカーも神経細胞のマーカーとして利用できる。前記マーカーを発現している細胞を神経細胞とみなすことができる。
筋肉細胞のマーカーとしては、平滑筋アクチン(Smooth Muscle Actin、SMA)、デスミン(Desmin)ミオシン(Myocin)D、ビメンチン(Vimentin)、等が挙げられる。前記マーカーを発現している細胞を筋肉細胞とみなすことができる。特に好ましくは、SMAとデスミンが共に陽性の細胞を、蠕動運動に関与する平滑筋細胞とみなすことができる。デスミン陽性且つ平滑筋アクチン陽性の平滑筋細胞は、蠕動運動に関与することが知られている。なわち、本開示に係る細胞構造物の好ましい実施形態では、前記筋肉細胞が、デスミン陽性且つ平滑筋アクチン陽性の平滑筋細胞を含む。
本開示に係る細胞構造物は、小腸上皮細胞層に、幼若性の指標であるα−フェトプロテイン(AFP)陰性な小腸上皮細胞を含むことを特徴とする。特許文献6等に記載の従来の小腸オルガノイドは幼若細胞の特性を有していた。本発明者らは、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中で細胞構造物を浮遊培養させることで、小腸上皮細胞の成熟を促進させ、AFP陰性な成熟した小腸上皮細胞を含む細胞構造物が得られることを見出した。
小腸上皮細胞の幼若性の指標としてはAFP以外に、Cytokeratin7が可能性として挙げられる。さらに小腸上皮細胞の成熟性の指標となるマーカー例としては、特許文献4に記載のように、ジペプチジルペプチダーゼ4(DPPIV)、スクロースイソマルターゼ(SIM)、アルカリンホスファターゼ(ALPI)、ラクターゼ(LCT)、胃抑制ペプチド(GIP)等が挙げられる。また、小腸上皮細胞が成熟していることの判断は、陰窩の発達を観察することによって行うこともできる。
一以上の態様では、本開示に係る細胞構造物が、小腸上皮細胞層にAFP陰性な小腸上皮細胞を含むとは、小腸上皮細胞層に、小腸上皮細胞のマーカー(例えばCDX2、Villin、E−cadherinなど)陽性な細胞であり、且つ、AFP陰性な細胞が存在することを意味する。また、別の一以上の態様では、本開示に係る細胞構造物が、小腸上皮細胞層にAFP陰性な小腸上皮細胞を含むとは、小腸上皮細胞層の組織において、他の基準となる組織と比較してAFPの発現が低下していることを意味する。また、本開示に係る細胞構造物に含まれる細胞のなかから小腸上皮細胞のみをフローサイトメトリー等により分離し、分離された小腸上皮細胞のなかに、AFP陰性な細胞が存在する場合や、AFPの発現が低下している細胞が存在する場合に、本開示に係る細胞構造物が、小腸上皮細胞層にAFP陰性な小腸上皮細胞を含むと評価することができる。 本開示に係る細胞構造物の好ましい実施形態では、小腸上皮細胞層に含まれる小腸上皮細胞のうちAFP陽性な小腸上皮細胞の割合(細胞数基準)が例えば70%以下(すなわち、AFP陰性な小腸上皮細胞の割合が30%以上)、好ましくは50%以下(すなわち、AFP陰性な小腸上皮細胞の割合が50%以上)、より好ましくは30%以下(すなわち、AFP陰性な小腸上皮細胞の割合が70%以上)、特に好ましくは8%以下(すなわち、AFP陰性な小腸上皮細胞の割合が92%以上)である。この割合の算出方法として免疫細胞によって小腸上皮細胞のマーカー陽性な細胞のうちAFPと共発現する陽性細胞の数を測定する方法が挙げられる。前記割合はまた、本開示に係る細胞構造物の小腸上皮細胞層のAFPの発現量を、他の基準となる組織でのAFPの発現量とを比較し、前者の、後者に対する相対比により規定することができる。ここでAFPの遺伝子発現量は、AFPの遺伝子的解析に基づく発現量であってもよいし、AFPのタンパク質の量に基づく発現量であってもよい。タンパク質の量は例えばウェスタンブロッティングでのバンド強度に基づき定量することができる。
本開示に係る細胞構造物は、好ましくは、ヒスタミン系化合物及びセロトニン系化合物から選択される1以上の化合物の存在下で自発的に蠕動運動する能力を有する。
本開示に係る細胞構造物は、好ましくは、袋状の構造を有し、前記小腸上皮細胞層が、絨毛層が外向きとなるように、前記細胞構造物の外周部に存在していることを特徴とする。この構成を有する細胞構造物は、周囲に存在する物質を、細胞構造物の内側に吸収して取り込むことができる。この実施形態では、カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞を含む組織は、小腸上皮細胞層と隣接し、袋状構造の内側に配置されていることが好ましい。絨毛層はVillinの存在を指標として特定することができる。
本開示に係る細胞構造物の好ましい実施形態では、小腸上皮細胞層に含まれる小腸上皮細胞の分裂が抑制されており、具体的には、小腸上皮細胞層に含まれる小腸上皮細胞のうち、分裂細胞の割合(細胞数基準)が1%以下である。分裂細胞のマーカーとしては、Ki67、PCNA、CyclinD等が挙げられ、前記マーカーを発現している細胞を分裂細胞と特定できる。また、BrdU、IdU等のチミジンアナログを取り込ませ、その物質を免疫染色で検出する方法やラジオアイソトープのトリチウム等を用いた方法により、細胞が分裂細胞であることを特定することも可能である。
本開示に係る細胞構造物は、好ましくは、血清代替成分、並びに、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中に維持されている。このような培地としては、上記の工程23の浮遊培養のための培地として開示したものが例示できる。血清代替成分、並びに、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中に維持された本開示に係る細胞構造物では、上記の特性、特に、小腸上皮細胞の抑制された分裂性、が安定に保持されるため好ましい。
本開示に係る細胞構造物は、好ましくは多能性幹細胞、より好ましくはヒト由来の多能性幹細胞、最も好ましくはヒト由来のiPS細胞又はES細胞から分化誘導されたものである。
本開示に係る細胞構造物は、特に好ましくは、工程21、工程22及び工程23を含む前記の方法により製造されたものである。
<4.細胞構造物を用いて被検物質の小腸に対する影響を評価する方法、及び、そのためのキット>
本明細書の開示はまた、
被検物質の小腸に対する影響を評価する方法であって、
前記の本開示に係る細胞構造物を、被検物質の存在下で観察する工程11、及び
前記観察結果に基づき、前記被検物質の小腸に対する影響を評価する工程12
を含む方法に関する。
ここで被検物質とは、毒物、薬物等が挙げられる。
毒物、薬物等の被検物質の小腸に対する影響を評価するためには、従来、マウス等の動物に被検物質を投与することが多かったが、バラつきが大きい事、コストや時間を要する事、動物愛護の観点で代替法が求められていた。
動物試験に代わる代替法として例えば特許文献10に挙げられるイムノクロマト法や特許文献11、非特許文献16〜18にあるような培養細胞の生死での判定やLC/MSによる同定が挙げられる。
これらの代替法では準備に時間を要するのに加えて既知の化合物との比較により行われるため例えば化合物が変化した際に検出されずに見逃すリスクが考えられる。これは単一細胞での培養評価系でも感受性が不明であるため同じである。
本開示に係る評価方法では、被検物質の小腸に対する影響を直接評価することができる。また、本開示に係る細胞構造物は、小腸上皮細胞、神経細胞、カハール細胞、及び、筋肉細胞を含むため、これらの細胞に対する被検物質の作用を一度に評価することができる。
また、被験物質の存在下で本開示に係る細胞構造物の袋構造が破壊した場合や、機能性タンパク質の発現量が低下した場合に、被験物質が小腸上皮細胞に対し毒性を有していると判断することができる。
本開示に係る評価方法における工程11は、より好ましくは、前記の本開示に係る細胞構造物の、被検物質の存在下での蠕動運動を観察する工程である。
蠕動運動の変化が評価対象になりうる根拠として非特許文献19にあるようにモルモットの消化管を用いて麻痺性貝毒に由来する毒物を投与する事により蠕動運動が変化する事が記載されている。自発的に蠕動運動をする本開示に係る細胞構造物に、被検物質を与えたときの蠕動運動の変化を検出することで、被検物質の毒性又は薬効を評価することができる。
蠕動運動を観察する際には、ヒスタミン系化合物及びセロトニン系化合物から選択される1以上の化合物を添加することにより本開示に係る細胞構造物の蠕動運動を促進させながら、被検物質を与えることが好ましい。前記化合物は、水に容易に溶解できるよう塩の状態であることが好ましい。
また、蠕動運動を観察する際には、電気刺激により本開示に係る細胞構造物の蠕動運動を促進させながら、被検物質を与えてもよい。電気刺激による蠕動の促進は例えば特許文献4に記載されている。
蠕動運動は、被検物質を含む培地又は緩衝液中で本開示に係る細胞構造物の動画を撮像し、動画から本開示に係る細胞構造物の形状の変化を評価することで観察することができる。取得した動画を等速では無く、再生速度を高めて観察する事により容易に変化を捉えてもよい。撮像装置や撮像方法に制限は無い。また変化を定量するために、本開示に係る細胞構造物を浮遊状態ではなく基材に固定した状態で撮像してもよい。
工程11において蠕動運動を観察する場合には本開示に係る細胞構造物を液体媒体中に浮遊培養させ、収縮、膨潤が容易にできる状態で、被検物質を前記液体媒体中に添加し、蠕動運動の変化を観察する。被検物質の添加濃度や、被検物質を作用させる時間は物質に応じて適宜設定し得る。
工程11において、被検物質の存在下で本開示に係る細胞構造物の蠕動運動が停止又は減衰した場合に、工程12において、被検物質が小腸に対して毒性のある物質を含むと判断できる。
本開示に係る評価方法は、好ましくは、工程11の後に、本開示に係る細胞構造物を、被検物質を含まない液体媒体により洗浄する工程13を更に含み、前記工程13の後に、前記細胞構造物を再び前記工程11に用いることを含む。再利用のできない培養細胞と異なり、本開示に係る細胞構造物は繰り返し再利用可能であるため、コスト低減の面から好ましい。
また、工程11において、被検物質の存在下で本開示に係る細胞構造物の蠕動運動が停止又は減衰した場合に、この蠕動運動の停止又は減衰が、細胞構造物の細胞死によるものでないことを確認するために、細胞構造物を、被検物質を含まない液体培地や緩衝液等の液体媒体により洗浄し、毒物含まない培地に移す事で再度蠕動運動を起きることを確認することができる。
下痢等を起こす可能性のある毒素は小腸の蠕動運動を高める作用を有することが知られている。その具体例としては、一般的にエンテロトキシンに分類される、ブドウ球菌、コレラ菌、大腸菌、サルモネラ菌、ウェルシュ菌、セレウス菌由来毒素等が挙げられる。このような作用を有する毒物を含む可能性のある試料を被検物質として用い、工程11において本開示に係る細胞構造物の蠕動運動の変化を観察し、蠕動運動が促進された場合に、工程12において、前記試料は前記作用を有する毒物を含むと評価することができる。エンテロトキシンの有無の評価は、従来、サル等の試験動物を用いて行われていた。本開示に係る評価方法は動物試験の代替法として有用である。
被検物質の他の例としては、本開示に係る細胞構造物に含まれる細胞又は組織に影響のある物質、例えば、テトロドトキシン等の神経細胞のNaチャネルブロッカー;パリトキシンやオカダ酸といった各種麻痺性貝毒等が挙げられる。
被検物質はまた、腸過敏性症候群のような蠕動運動関連する疾患の治療薬の候補物質や、下剤のように蠕動運動を促進させる薬剤の候補物質等の、小腸に対して有益な作用を奏すると期待される薬剤候補物質であってもよい。被検物質はまた、腸蠕動運動を刺激または抑制する物質や、腸内細菌との共培養により蠕動運動に効果を及ぼす物質であってもよい。
本開示に係る評価方法によれば、小腸様組織である細胞構造物に被検物質を直接接触させるため、検出時間の短縮が可能である。従来の、培養細胞を用いた評価方法は、細胞を増殖させる準備に加えて検査品を投与してから数時間を要するものであったが、本開示に係る評価方法では比較的短時間での評価が可能である。
本明細書の開示はまた、前記の本開示に係る細胞構造物を含む、被検物質の小腸に対する影響を評価するためのキットに関する。
本開示に係るキットは、前記細胞構造物に加えて、前記細胞構造物を収容するための容器、前記細胞構造物を培養するための培地、前記細胞構造物を洗浄するための液体媒体から選択される1以上を更に含むことが好ましい。前記容器に関しては特に制限は無い。前記培地としては、前記工程23の浮遊培養に用いる培地、或いは、前記工程21又は工程22で用いる培地と同様の範囲から選択することができる。前記液体媒体としては、前記培地と同じものであってもよいし、適当な緩衝液であってもよい。
本開示に係るキットは、蠕動運動を促進するための物質、例えば、ヒスタミン系化合物及びセロトニン系化合物から選択される1以上の化合物を更に含んでもよい。
本開示に係るキットは、蠕動運動を抑制するための物質、例えば、ノルエピネフリン等の薬剤を更に含んでもよい。
本開示に係るキットは、観察を容易にするために前記細胞構造物を固定するための容器又は治具を更に含んでもよい。
本開示に係るキットは、撮像装置や、画像中での前記細胞構造物の大きさの変化を測定する解析ソフト等を更に含んでもよい。
<5.小腸又は細胞構造物の蠕動運動の活性化剤>
本明細書の開示はまた、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、プトレシン並びに亜セレン酸塩を有効成分として含む、小腸又は細胞構造物の蠕動運動の活性化剤に関する。
本開示に係る活性化剤の第一の実施形態は、ヒト又は非ヒト動物の生体内の小腸の蠕動運動の活性化剤として利用することができる。この実施形態に係る活性化剤は、生体内での蠕動運動を促すために利用可能である。この実施形態に係る活性化剤は、医薬組成物又は食品組成物の形態であってよい。
本開示に係る活性化剤の第二の実施形態は、生体外に存在する細胞構造物、好ましくは蠕動運動能を有する小腸オルガノイドの蠕動運動の活性化剤として利用可能である。蠕動運動能を有する細胞構造物を誘導する目的で利用することができる。
本開示に係る活性化剤の第一の実施形態は、好ましくは、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、プトレシン並びに亜セレン酸塩を有効成分として含む、ヒト又は非ヒト動物に投与可能な形態の組成物である。投与経路としては経口投与又は非経口投与が挙げられ、好ましくは、経口投与、注射による投与、点滴による投与が挙げられる。経口投与用の製剤としては、カプセル剤又は錠剤が挙げられる。本開示に係る活性化剤の第一の実施形態は、前記有効成分に加えて、医薬として許容される或いは食品として許容される1以上の成分を含むことができる。
本開示に係る活性化剤の第二の実施形態は、好ましくは、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、プトレシン並びに亜セレン酸塩を有効成分として含む、生体外に存在する細胞構造物に適用可能な形態の組成物である。例えば、本開示に係る活性化剤の第二の実施形態は、前記有効成分と培地成分とを含む、培地組成物であることができる。
プロゲスチンとは、腸管吸収後に肝臓で代謝されやすいプロゲステロンの代わりに人工的に合成された黄体ホルモン作用を持つ類似物質群である。プロゲスチンはプロゲスターゲンとも呼ばれる。プロゲスチンの具体的な種類として非特許文献20に記載の例が挙げられる。例えば17α−ヒドロキシプロゲステロン、メドロキシプロゲステロン酢酸エステル、ノルエチステロン、レボノルゲストレル、ジエノゲスト、ジドロゲステロン、ドロスピレノン等がプロゲスチンの例である。
本開示に係る活性化剤の第一又は第二の実施形態において、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、プトレシン並びに亜セレン酸塩の種類及び濃度は、工程23の浮遊培養に用いる培地における各成分の種類及び濃度と同様の範囲から選択できる。プロゲスチンはプロゲステロンと同様の濃度で用いることができる。
<6.小腸上皮細胞の分裂抑制剤>
本明細書の開示はまた、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、プトレシン並びに亜セレン酸塩を有効成分として含む、小腸上皮細胞の分裂抑制剤に関する。
前記小腸上皮細胞は、生体外に単離された小腸上皮細胞であってもよいし、生体内に存在する又は生体外に単離された小腸に含まれる小腸上皮細胞であってもよいし、生体外に存在する細胞構造物、好ましくは蠕動運動能を有する小腸オルガノイド、に含まれる小腸上皮細胞であってもよい。
本開示に係る分裂抑制剤の第一の実施形態は、ヒト又は非ヒト動物の生体内の小腸に含まれる小腸上皮細胞の分裂抑制剤として利用することができる。この実施形態に係る分裂抑制剤は、生体内での小腸上皮細胞の分裂を抑制するために利用可能である。この実施形態に係る分裂抑制剤は、医薬組成物又は食品組成物の形態であってよい。
本開示に係る分裂抑制剤の第二の実施形態は、単離された小腸上皮細胞、生体外に単離された小腸に含まれる小腸上皮細胞、或いは、生体外に存在する細胞構造物に含まれる小腸上皮細胞、好ましくは蠕動運動能を有する小腸オルガノイドに含まれる小腸上皮細胞、の分裂抑制剤として利用可能である。
本開示に係る分裂抑制剤の第一の実施形態は、好ましくは、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、プトレシン並びに亜セレン酸塩を有効成分として含む、ヒト又は非ヒト動物に投与可能な形態の組成物である。投与経路としては経口投与又は非経口投与が挙げられ、好ましくは、経口投与、注射による投与、点滴による投与が挙げられる。経口投与用の製剤としては、カプセル剤又は錠剤が挙げられる。本開示に係る分裂抑制剤の第一の実施形態は、前記有効成分に加えて、医薬として許容される或いは食品として許容される1以上の成分を含むことができる。
本開示に係る分裂抑制剤の第二の実施形態は、好ましくは、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、プトレシン並びに亜セレン酸塩を有効成分として含む、単離された小腸上皮細胞、生体外に単離された小腸に含まれる小腸上皮細胞、或いは、生体外に存在する細胞構造物に含まれる小腸上皮細胞に適用可能な形態の組成物である。例えば、本開示に係る分裂抑制剤の第二の実施形態は、前記有効成分と培地成分とを含む、培地組成物であることができる。
本開示に係る分裂抑制剤の第一又は第二の実施形態において、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、プトレシン並びに亜セレン酸塩の種類及び濃度は、工程23の浮遊培養に用いる培地における各成分の種類及び濃度と同様の範囲から選択できる。プロゲスチンはプロゲステロンと同様の濃度で用いることができる。
<7.小腸上皮細胞の成熟促進剤>
本明細書の開示はまた、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、プトレシン並びに亜セレン酸塩を有効成分として含む、小腸上皮細胞の成熟促進剤に関する。
前記小腸上皮細胞は、生体外に単離された小腸上皮細胞であってもよいし、生体内に存在する又は生体外に単離された小腸に含まれる小腸上皮細胞であってもよいし、生体外に存在する細胞構造物、好ましくは蠕動運動能を有する小腸オルガノイド、に含まれる小腸上皮細胞であってもよい。
本開示に係る成熟促進剤の第一の実施形態は、ヒト又は非ヒト動物の生体内の小腸に含まれる小腸上皮細胞の成熟促進剤として利用することができる。この実施形態に係る成熟促進剤は、生体内での小腸上皮細胞の成熟を促進するために利用可能である。この実施形態に係る成熟促進剤は、医薬組成物又は食品組成物の形態であってよい。
本開示に係る成熟促進剤の第二の実施形態は、単離された小腸上皮細胞、生体外に単離された小腸に含まれる小腸上皮細胞、或いは、生体外に存在する細胞構造物に含まれる小腸上皮細胞、好ましくは蠕動運動能を有する小腸オルガノイドに含まれる小腸上皮細胞、の成熟促進剤として利用可能である。
本開示に係る成熟促進剤の第一の実施形態は、好ましくは、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、プトレシン並びに亜セレン酸塩を有効成分として含む、ヒト又は非ヒト動物に投与可能な形態の組成物である。投与経路としては経口投与又は非経口投与が挙げられ、好ましくは、経口投与、注射による投与、点滴による投与が挙げられる。経口投与用の製剤としては、カプセル剤又は錠剤が挙げられる。本開示に係る成熟促進剤の第一の実施形態は、前記有効成分に加えて、医薬として許容される或いは食品として許容される1以上の成分を含むことができる。
本開示に係る成熟促進剤の第二の実施形態は、好ましくは、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、プトレシン並びに亜セレン酸塩を有効成分として含む、単離された小腸上皮細胞、生体外に単離された小腸に含まれる小腸上皮細胞、或いは、生体外に存在する細胞構造物に含まれる小腸上皮細胞に適用可能な形態の組成物である。例えば、本開示に係る成熟促進剤の第二の実施形態は、前記有効成分と培地成分とを含む、培地組成物であることができる。
本開示に係る成熟促進剤の第一又は第二の実施形態において、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、プトレシン並びに亜セレン酸塩の種類及び濃度は、工程23の浮遊培養に用いる培地における各成分の種類及び濃度と同様の範囲から選択できる。プロゲスチンはプロゲステロンと同様の濃度で用いることができる。
以下、具体的な実験結果を参照して本開示を説明するが、本開示の範囲は実験結果の範囲には限定されない。
<実験1>
(細胞培養基材の作製)
細胞培養基材として、ガラス基材上に形成された、ポリエチレングリコール400の層が酸化分解されて形成された領域である、内径600μm且つ幅100μmの環状パターンからなる細胞接着部(図1参照)と、前記細胞接着部の環状パターンの内側及び外側の、ガラス基材の表面がポリエチレングリコール400で被覆された領域である細胞非接着部とを備える細胞培養基材を作製した。前記細胞培養基材は、複数個の、300〜500μm間隔で形成された前記環状パターンからなる細胞接着部を備える(図1参照)。以下の説明では、環状パターンからなる細胞接着部を「環状細胞接着部」と称する。
細胞培養基材は、特許第5070565号に記載の手順により作製した。以下にその概要を説明する。
(一段階目の反応)
トルエン39.0g、エポキシシランTSL8350(GE東芝シリコーン製)0.48g、トリエチルアミン0.97gを混合し、室温で10分間攪拌した。このシラン溶液にUV洗浄済みの10cm角のガラス基板を洗浄面が上向きとなるように浸漬した。室温で16時間放置した後、基板をエタノールと水で洗浄し、窒素ブローで乾燥させた。これにより、ガラス基板表面にエポキシ基を含む薄膜が形成された。
(二段階目の反応)
50gの平均分子量400のポリエチレングリコール(PEG400)を攪拌しながら25μlの濃硫酸を一滴ずつ添加した。そのまま数分間攪拌してから、全量をガラス皿に移した。ここに上記の基板を浸漬し、80℃で20分間反応させた。反応後、基板をよく水洗し、窒素ブローで乾燥させた。これにより、ガラス表面に均一な親水性薄膜が形成された。
(酸化処理)
表面全域に酸化チタン系光触媒を塗布したフォトマスクを作製した。フォトマスクは、複数個の、300〜500μm間隔で形成された上記寸法の環状細胞接着部に対応する形状の開口部が形成され、且つ、周囲に幅約1.5cmの開口部を有する5インチサイズのものを用いた。あらかじめ露光機の照度を350nmの波長で計測し、露光時間の設定の目安とした。このフォトマスクの光触媒層と基板表面の親水性薄膜を接触させ、フォトマスク側から光が照射されるよう露光機内に設置した。波長350nmの照度が20mW/cmの水銀ランプで50秒間露光し、基板表面の親水性薄膜を部分的に酸化分解した。この基板を25mm×15mmの大きさに切断し、細胞接着基板として使用した。細胞培養に使用する前に、細胞培養基材に対しEOG滅菌処理を22時間施した。
前記細胞培養基材を、3.5cmペトリディッシュ(Corning社)の底面上に設置し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で1/100希釈したビトロネクチン(Life Technologies社)と室温で30分間以上接触させてコーティングした後に、PBSで3回洗浄してから使用した。
こうして得られた細胞培養基材は図1(B)に示すような断面構造を有する。
(培養)
国立研究開発法人国立成育医療研究センターは、月経血から取得した細胞に山中4因子をセンダイウイルスベクターによって一過的に発現させて、ヒトiPS細胞株であるEdom iPS細胞を樹立している(PLOS Genet. 2011 May; 7(5): e1002085. Published online 2011 May 26. doi: 10.1371/journal.pgen.1002085PMCID: PMC3102737)。Edom iPS細胞を、PBSで1/100希釈したビトロネクチン(Vitronectin,Life Technologies社)により上記と同様にコーティングした10cm細胞培養用ディッシュ(Corning社)中でStemFit培地(味の素社)を用いてあらかじめ増殖させた。増殖した細胞を、PBSで0.5mMに希釈したEDTA溶液(Life Technologies社)により処理して前記ディッシュから剥離した。
前記細胞培養基材に、剥離して回収した前記Edom iPS細胞を5×10個播種し培養した。培地として下記のXF32培地を用いた。このXF32培地中で培養することで細胞が環状細胞接着部上で増殖し袋状の細胞構造物が形成され、培養開始から3〜4週後に袋状の細胞構造物は自然に剥離して回収された。前記細胞培養基材上に細胞を播種し、細胞培養し、袋状の細胞構造物が剥離するまでの培養工程を「パターン培養」と呼ぶ。パターン培養において培地交換は3〜4日おきに行った。パターン培養で得られた袋状の細胞構造物を回収し、3.5cmサイズのペトリディッシュ内に6〜10個を目安に入れた。
なおXF32培地の組成は下記の通りであり、それぞれ混和して作製した(内容物濃度は非特許文献1より抜粋した)。
Knockout DMEM(KDMEM;ThermoFisher Scientific社):培地全体との体積比約85%
XenoFree−Knockout Serum Replacement(XF−KSR;ThermoFisher Scientific社):培地全体との体積比約15%
Basic Fibroblast Growth Factor(bFGF;ThermoFisher Scientific社):20ng/mL
Insulin growth factor−I(IGF−I;ニチレイ社):200ng/mL
Hereglin(富士フイルム和光純薬工業社):10ng/mL
Glutamax−I(L−alanyl−L−glutamine;ThermoFisher Scientific社):2mM
Non Essential Amino Acid Solution(NEAA;ThermoFisher Scientific社):非必須アミノ酸全てについて0.1mM
Sodium Pylvate(ThermoFisher Scientific社):1mM
Streptomycin(ThermoFisher Scientific社):50U/mL
Penicillin(ThermoFisher Scientific社)50μg/mL
そして袋状の細胞構造物を6〜10個収容した3.5cmサイズのペトリディッシュに、XF32培地に1/100希釈したN−2サプリメント(Life Technologies社)を加えた培地3mlを添加し、前記培地中で袋状の細胞構造物を3週間〜1カ月間浮遊培養した。培地は1週間に1回、半分量を目安に交換した。これを実施例Aとする。培地を含むペトリディッシュ中で袋状の細胞構造物を浮遊培養する工程を「浮遊培養」と称する。ここで、希釈前のN−2サプリメントはトランスフェリン1mM、インスリン0.086mM、プロゲステロン0.002mM、プトレシン10mM、亜セレン酸塩0.003mMを含有しており、浮遊培養に用いたN−2サプリメント添加XF培地は、各成分をこの1/100倍の濃度で含む。これら物質の製造法に関してはインスリンやトランスフェリンではヒト遺伝子を組み込んだ大腸菌や酵母などから生合成されて得られ、また低分子化合物であるプロゲステロン、プトレシン、亜セレン酸塩では化学合成により得られている。
比較例Aとして、N−2サプリメントを添加していないXF32培地中で3週間〜1カ月間浮遊培養した以外は、実施例Aと同じ手順で浮遊培養を行った。
実施例A及び比較例Aにおけるパターン培養及び浮遊培養で用いた培地の特徴を図2に示す。
蠕動運動の有無は下記記載の手法により検討した。リン酸緩衝液(PBS)により濃度10mMで作製したセロトニン−クレアチニン硫酸塩一水和物(富士フイルム和光純薬社)溶液を、浮遊培養後の実施例A又は比較例Aの袋状の細胞構造物を含む培地中に1/1000希釈で終濃度10μMとなるように添加し、刺激を行った。その後、オールインワン型蛍光顕微鏡のBF−X710(キーエンス社)により2〜5分間動画取得し、得られた動画を観察することで自発的な収縮の有無を確認した。なお再生速度は最大16倍速まで行い動きの有無を検討した。ファイル保存する際にはImageJ(NIH)を用いて16倍速にした上でファイル容量を抑制するためにavi形式をwmv形式に変換した。
その結果、実施例Aでは22個の細胞構造物のうち19個(約86.4%)で自発的な蠕動運動が観察された。なお実施例Aの細胞構造物の蠕動運動は、セロトニン−クレアチニン硫酸塩一水和物を添加しない場合であっても観察されたが、添加した方がより大きな運動が観察された。
なお実施例Aでは、N−2サプリメントを添加したXF32培地中での浮遊培養の開始1日後では、自発的に運動している細胞構造物は観察されなかった。そのためN−2サプリメントの添加自体による蠕動運動を起こしやすくする効果は無く、N−2サプリメントの存在下での浮遊培養の間に細胞構造物の組織が変化したことで自発的な運動が起きるようになったと示唆される。
さらに実施例Aにおいて蠕動運動が見られた浮遊培養後の細胞構造物を、N−2サプリメントを含まないXF32培地中で更に1週間維持した後(実施例B)に同様にセロトニン系物質により刺激を与えると蠕動運動が見られた。この事実もまた、N−2サプリメントは、それ自体が蠕動運動能を誘導するのではなく、蠕動運動に関与する組織の成長因子として働いていることを示唆している。また、この結果は、N−2サプリメントによる蠕動運動に関与する組織の発達後の蠕動運動能の維持のためには、N−2サプリメントは不要であることが示唆された。
また、実施例Aで得られた細胞構造物に対しては、刺激を与える別の物質として非特許文献4にあるように、終濃度2μMとなるように培地に添加したヒスタミン二塩酸塩(富士フイルム和光純薬工業社)によっても蠕動運動が促進されることが観察された。このことは、蠕動運動促進のために刺激を与える物質の種類は限定されないことを示唆する。
一方、浮遊培養後の比較例Aの細胞構造物では、24個のうち2個(約8.3%)のみで自発的な蠕動運動が観察された。そのことから、実施例Aのように袋状の細胞構造物をN−2サプリメント含有培地中で処理することにより、蠕動運動に関与する組織の形成が促進されたと結論付けられる。図3は、実施例A及び比較例Aにおける、蠕動運動能を有する細胞構造物の割合を示す。
上記とは別に、非特許文献1に記載されている、ポリエチレングリコール層で被覆された領域である細胞非接着部と、ポリエチレングリコール層が酸化分解されて形成された直径1500μmの円形の複数の細胞接着部とが形成された細胞培養基材を用意した。この細胞培養基材を用いて、上記と同様に、Edom iPS細胞を播種し、XF32培地中で1カ月パターン培養を行い、基材から遊離した袋状の細胞構造物を得た。得られた細胞構造物を、上記の実施例Aと同様に、XF32培地に1/100希釈したN−2サプリメント(Life Technologies社)を加えた培地中で1カ月間浮遊培養させた。その後、蠕動運動能の有無を、刺激物質を与えることで確認した。その結果、刺激物質として10μMのセロトニン−クレアチニン硫酸塩一水和物及び2μMのヒスタミン二塩酸塩の添加により蠕動運動が生じることが観察された。このことから、細胞接着部のパターンを表面に備える細胞培養基材上での培養で得られた袋状の細胞構造物の蠕動運動能は、細胞培養部の形状には依存しないことが示唆された。
前記実施例Bは以下の条件で行った。浮遊培養開始から4週間後までは、培地としてXF32培地に1/100希釈したN−2サプリメント(Life Technologies社)を加えた培地中で細胞構造物の浮遊培養を行い、この時点で蠕動運動が起きる事を確認した。その後1週間後まではN−2サプリメントを添加していないXF32培地中で細胞構造物の浮遊培養を行った以外は、実施例Aと同じ手順で、袋状の細胞構造物のパターン培養及び浮遊培養を行った。
<実験2>
実験1の実施例Aでは、N−2サプリメントを含まないXF32培地中でパターン培養を行った後、N−2サプリメントを含むXF32培地中に浮遊培養を行ったところ、蠕動運動能を有する細胞構造物が得られた。本実験では、異なる時期にN−2サプリメントを添加した場合にも蠕動運動能を有する細胞構造物が得られるかどうかを検討するため、以下の解析を行った。
比較例Bでは、1/100希釈したN−2サプリメントを添加したXF32培地を開始時から用いた以外は実施例Aのパターン培養と同じ条件でパターン培養を行い、培養開始から3〜4週間経過後に自然に剥離して浮遊した袋状の細胞構造物を回収した。培地交換は実施例Aと同様に3〜4日ごとに行った。
比較例Cでは、N−2サプリメントを添加していないXF32培地を播種から2週間後まで用い、その後に1/100希釈したN−2サプリメントを添加したXF32培地を用いた以外は実施例Aのパターン培養と同じ条件でパターン培養を行い、培養開始から3〜4週間経過後に自然に剥離して浮遊した袋状の細胞構造物を回収した。培地交換は実施例Aと同様に3〜4日ごとに行った。
図4は、比較例B及び比較例Cのパターン培養の各時点での培養物の写真を示す。
比較例Bでは、図4の上段に示す通り一部のパターンから袋状の細胞構造物が得られた。しかし、回収された8個の細胞構造物に10μMのセロトニン−クレアチニン一水和物を添加したところ、蠕動運動は生じなかった。
比較例Cでは、図4の下段に示す通り培養3〜4週間後の時点で長径0.5〜1mm程度の袋状の細胞構造物が数多く得られた。これらの細胞構造物を回収してXF32培地のみでペトリディッシュ内で1日〜1週間維持した後に実施例Aと同様に2μMのヒスタミン二塩酸塩又は10μMのセロトニン−クレアチニン一水和物を添加した。しかし、観察した30個の組織のうち蠕動運動を起こす組織は観察されなかった。
以上の結果より、N−2サプリメントをパターン培養の段階で用いられる培地に添加しても蠕動運動能を有する細胞構造物は得られないことが示された。蠕動運動能を有する細胞構造物を得るためには、N−2サプリメントを浮遊培養の段階で用いられる培地に添加することが好ましいと考えられた。
<実験3>
N−2サプリメント添加培地中での培養により誘導された細胞構造物の組織の状態や違いを免疫染色により検討した。以下手法を記載する。
実験1における、実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物、比較例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物、及び、比較例Aで得られた蠕動運動能を有さない細胞構造物を、それぞれiPGel(Genostaff社)で包埋した後に4%パラホルムアルデヒド(富士フイルム和光純薬工業社)により1晩以上固定してからパラフィン包埋し厚さ5μmの組織切片スライドを作製してから免疫染色を行った。
免疫染色の方法に関しては非特許文献1に記載の方法に倣って実施した。
使用した1次抗体は以下の通りである。
ウサギIgG標識抗−CDX2抗体(Abcam社 希釈率1/1000)
マウスIgG1標識抗−Villin抗体(SantaCruz社 希釈率1/200)
マウスIgG1標識抗c−kit抗体(Proteintech社 希釈率1/500)
ウサギIgG標識抗−βIII tublin抗体(Abcam社 希釈率1/1000)
マウスIgG1標識抗−αfetoprotein(AFP;ThermoFisher Scientific社 希釈率1/500)
マウスIgG1標識抗−Ki67抗体(DAKO社 原液使用)
マウスIgG2a標識抗−Smooth Muscle Actin抗体(SMA;Sigma社 希釈率1/500)
マウスIgG2a標識抗−E−cadherin抗体(BD Pharmingen社 希釈率1/1000)
ウサギIgG標識抗−PCNA抗体(SantaCruz社 希釈率1/200)
使用した2次抗体は以下の通りである。全てLife Technologies社製 希釈率1/1000である。
Alexa488標識抗ウサギIgG抗体
Alexa488標識抗マウスIgG1抗体
Alexa543標識抗マウスIgG抗体
Alexa568標識抗マウスIgG2a抗体
Alexa543標識抗ウサギIgG抗体
なお免疫染色後、細胞核はPBSで1/1000希釈したDAPI(Sigma社)により室温10分間で染色した。その後、Fluorescence Mounting Medium(DAKO社)及びカバーガラスで封入してBF−X710顕微鏡を用いて観察した。なおCDX2やKi67やPCNAなどの細胞核に発現するマーカーの陽性細胞をカウントする際には、細胞核に発現するマーカーとDAPIとが共染する場合に1個の陽性細胞と見なした。また、その他細胞膜や細胞質に発現するマーカーの陽性細胞に関しては、細胞が区切られていることが明確で、かつDAPIが含まれている場合に1個の陽性細胞と見なした。
図5は、実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物の免疫染色の結果を示す。この細胞構造物では、袋内部に対して外向きのVillin陽性な絨毛層を有するCDX2陽性な小腸上皮細胞を含む組織が確認された。この組織は、非特許文献1に記載の、N−2サプリメントを含まないXF32培地中で培養して調製した袋状の細胞構造物の組織と同じであった。このことからN−2サプリメントは、絨毛層が外向きの小腸上皮細胞を有する袋状の細胞構造物の形成を阻害しないことが確認された。
また実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物では、図5中段及び下段に示す通り、c−kit陽性なカハール細胞、βIII tublin陽性な神経細胞、及び、SMA陽性な筋肉細胞について検討を行い、これらの細胞が、小腸上皮細胞を含む組織の下層部に近接して存在することが確認された。
図6の上段は、比較例Aで得られた細胞構造物のうち蠕動運動能を有する細胞構造物の免疫染色の結果を示し、下段は、比較例Aで得られた細胞構造物のうち蠕動運動能を有さない細胞構造物の免疫染色の結果を示す。蠕動運動能を有する細胞構造物では、c−kit陽性なカハール細胞とSMA陽性な筋肉細胞とが近接した組織が観察された。一方、蠕動運動能を有さない細胞構造物では、SMA陽性な筋肉細胞と、(図示しないが)βIII tublin陽性な神経細胞が観察されたが、c−kit陽性なカハール細胞は観察されなかった。このことから蠕動運動能の欠如は、ペースメーカー細胞の発達が乏しいことが原因であると示唆された。
以上の結果から、N−2サプリメント含有培地中での細胞構造物の培養により、カハール細胞への分化が促進され、カハール細胞が筋肉細胞及び神経細胞とコンタクトした組織が形成されることにより蠕動運動が生じやすくなると推定される。
図7は、実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物、実施例Bで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物、及び、比較例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物の、E−カドヘリン及びAFPの免疫染色の結果を示す。比較例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物では、略全ての小腸上皮細胞(Eカドヘリン陽性細胞)でAFPの発現が観察された。一方、実施例Aでは、小腸上皮細胞のうちのAFP陽性率は4.7〜8%に低下していた。また実施例Bでも陽性率は2.6%であった。これら結果は、袋状の細胞構造物のN−2サプリメントの存在下での浮遊培養によりAFPの発現が低下する傾向が示唆され、その性質は維持されたことを示唆する。
図8は、実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物、及び、比較例Aで得られた蠕動運動能を有さない細胞構造物の、Ki67及びCDX2の免疫染色の結果を示す。実施例Aでは、CDX2陽性細胞のうちKi67陽性細胞(すなわち分裂細胞)は存在しなかった。対して比較例AではKi67陽性なCDX2陽性細胞が観察され、その割合は全CDX2陽性細胞のうち6.4%であった。
図9は、実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物、実施例Bで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物、及び、比較例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物のPCNA(別の分裂細胞マーカー)及びE−カドヘリン(小腸上皮細胞マーカー)の免疫染色の結果を示す。実施例Aでは、PCNA陽性率は、E−カドヘリン陽性な小腸上皮細胞のうち1%以下であった。比較例Aでは、PCNA陽性率は、E−カドヘリン陽性な小腸上皮細胞のうち6.0〜16.3%の範囲であった。一方、実施例BではPCNA陽性率は9.6%と上昇していたことから、実施例Aでの上皮分裂細胞の抑制はN−2サプリメントを含んだ培地に浸漬されることで誘導された示唆された。
図10は、実施例A及び比較例Aの袋状の細胞構造物の培地中での観察像である。袋状の細胞構造物は、絨毛層が外向きの小腸上皮細胞を有している特徴から、浮遊培養中にターンオーバーした細胞は培地中に放出される現象が見られる。培地中に放出された細胞の数は、実施例Aは比較例Aと比べて遥かに少ない傾向が観察された。この結果からも分裂細胞の数に差があることが示唆された。
<実験4>
細胞種の違いによる影響を検討するために以下の解析を行った。
ヒトES細胞であるSEES2細胞を用いて実験1の実施例Aと同様の条件でパターン培養及び浮遊培養を行い、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物を得た。浮遊培養では、1/100希釈したN−2サプリメントを添加した培地中に約1カ月培養した。これを実施例Cとする。
一方、ヒトES細胞であるSEES2細胞を用いて実験1の比較例Aと同様の条件でパターン培養及び浮遊培養を行い、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物を得た。これを比較例Dとする。
実験1と同様に、実施例Cの細胞構造物を含む培地に10μMのセロトニン−クレアチニン硫酸塩一水和物(富士フイルム和光純薬)を添加したところ、試験した6個の細胞構造物中全てで蠕動運動様の動きが見られた。
これに対して、比較例Dの細胞構造物について同様に刺激を与えたところ、試験した8個の細胞構造物のいずれも蠕動運動を起こさなかった。
更に実験3と同様の手順で、実施例Cの細胞構造物の組織切片の免疫染色を行った。マーカーとして、CDX2、Villin、Ki67、E−cadherin及びAFPを免疫染色した。
免疫染色の結果を図11に示す。実施例Cの細胞構造物は、実施例Aの細胞構造物と同じく、絨毛層が外向きの小腸上皮の構造を有していることが確認された。また実施例Cの細胞構造物の、分裂細胞マーカーであるKi67陽性なCDX2陽性細胞の割合はCDX2陽性細胞のうち0.038%のみであり、実施例Aの細胞構造物と同様にN−2サプリメント添加により分裂細胞の割合が低下している事が示唆された。さらに実施例Cの細胞構造物では、図示はしないが、AFP陽性な小腸上皮細胞の存在が見られなかった。すなわち、実施例Cの細胞構造物では、実施例A及びBの細胞構造物と同様にAFP発現の低下が見られた。
以上の結果は、N−2サプリメントによる蠕動運動促進及びAFP発現抑制は、用いる多能性幹細胞の種類には限定されないことを示す。
<実験5>
添加する栄養因子および培地種類の制限に関して以下の検討を行った。
実験1の実施例Aの浮遊培養に用いた培地(N−2サプリメント添加XF32培地)は、基礎培地KDMEM、15体積%XF−KSR、bFGF、IGF−I、Hereglin、1/100希釈N−2サプリメント及び他の成分を含む。各成分の濃度は実験1に記載の通りである。実験1の比較例Aで用いた培地は、N−2サプリメントを除いた以外は実施例Aと同じである。
本実験では、血清代替成分、栄養因子(bFGF、IGF−I、Hereglin)、及び、蠕動運動促進作用を有すると期待される候補成分の含有量又は種類の異なる培地1〜8を調製した。下記表では、培地1〜8の、実施例Aで用いたN−2サプリメント添加XF32培地との相違点を示す。培地1〜8の、表に示していない成分については、実施例Aで用いたN−2サプリメント添加XF32培地と同じ物質及び含有量である。
Figure 2021158938
培地1は、N−2サプリメント添加XF32培地から、bFGF、IGF−I、Hereglinを除いた組成を有する。
培地2は、N−2サプリメント添加XF32培地において、N−2サプリメントの代わりにB−27(登録商標)サプリメント(Invitrogen社製)を配合した培地である。B−27サプリメントは、N−2サプリメントの成分を全て含有する(WO2013/061608)。
培地3は、N−2サプリメント添加XF32培地において、血清代替成分として、XF−KSRの代わりに15体積%のKSR(Knockout Serum Replacement)(Life Technologies社製)を配合した培地である。
培地4は、N−2サプリメント添加XF32培地において、XF−KSRの濃度を1体積%に減少させた培地である。
培地5は、N−2サプリメント添加XF32培地から、XF−KSRを除去した培地である。
培地6は、N−2サプリメント添加XF32培地において、血清代替成分として、XF−KSRの代わりに15体積%のFBS(ウシ胎仔血清)(Life Technologies社製)を配合した培地である。
培地7は、N−2サプリメント添加XF32培地において、N−2サプリメントの代わりに10μMのL−カルノシン(富士フイルム和光純薬社)を配合した培地である。Fujii et al.,Cytotechnology 69巻 523〜527ページ 2017年及びSugihara et al.,Plos One 14巻e0217394 2019年によるとL−カルノシンは腸上皮細胞培養で用いられているCaco−2細胞において神経栄養因子のBDNFを誘導していることが報告されており、L−カルノシンの存在下で神経誘導が起きる可能性がある。同じくL−カルノシン添加したCaco−2細胞より放出されたエキソソームが神経細胞の成長を促すことも前記文献において報告されている。
培地8は、N−2サプリメント添加XF32培地において、N−2サプリメントの代わりに10ng/mLのBMP4(R&D System社)を配合した培地である。BMP4に関しては、WO2018/199142においてBMP4を含有する培地でニューロスフィアを培養することで交感神経を優位に誘導する技術の開示がなされている。交感神経は蠕動運動を亢進する作用があるため、BMP4は蠕動運動を活性化させられる可能性がある。
前記培地1〜8のいずれかを、浮遊培養のための培地として用い1カ月間浮遊培養を行ったことを除いて、実施例Aと同様の条件でEdom iPS細胞からのパターン培養及び浮遊培養を行い、袋状の細胞構造物を得た。各条件で得られた袋状の細胞構造物を1カ月間の浮遊培養後に実施例1と同じく10μMのセロトニン−クレアチニン硫酸塩一水和物を添加して蠕動運動の有無を観察した。1つの条件について6個以上の細胞構造物をサンプルとして用いて観察を行った。
結果を上記の表の「蠕動運動の有無」の欄に記載した。観察した6個以上の細胞構造物のうち半数以上で蠕動運動が観察された場合に「有」とし、蠕動運動が観察されたのが半数未満である場合に「無」とした。比較参考のため実施例A及び比較例Aも表内に併記する。
栄養因子であるbFGF、heleglin及びIGF−Iを除去した培地1を浮遊培養に用いた場合でも、実施例Aと同様に、有意に蠕動運動能を有する細胞構造物が得られたことから、これらの栄養因子は蠕動運動能の誘導には必須ではないことが示唆された。
また、血清代替成分としてKSRを配合した培地3、及び、1体積%XF−KSRを配合した培地4を浮遊培養に用いた場合でも、実施例Aと同様に、有意に蠕動運動能を有する細胞構造物が得られたのに対して、血清代替成分を除去した培地5及び血清を配合した培地6を浮遊培養に用いた場合には蠕動運動能を有する細胞構造物が得られなかった。この結果から、血清代替成分が望ましいことが示唆された。そして血清代替成分の浮遊培養用培地中での濃度は、1体積%以上が目安として挙げられることが示唆された。
N−2サプリメント添加XF32培地において、N−2サプリメントの代わりにB−27(登録商標)サプリメント(N−2サプリメントの成分を含有する)を配合した培地2を浮遊培養に用いた場合は、蠕動運動能を有する細胞構造物が得られた。一方で、N−2サプリメント添加XF32培地において、N−2サプリメントの代わりにL−カルノシンを配合した培地7、BMP4を配合した培地8を浮遊培養に用いた場合には、蠕動運動能を有する細胞構造物は得られなかった。このことから、浮遊培養に用いる培地中にN−2サプリメントを含む成分を添加することが望ましいことが示唆された。
<実験6>
N−2サプリメント含有培地中での浮遊培養により蠕動運動能が誘導された細胞構造物が、毒性検出試験に用いることが可能かを調べるために以下の検討を行った。
実験1の実施例Aで得られた袋状の細胞構造物に、10μMのセロトニン−クレアチニン一水和物を添加して、前記細胞構造物が蠕動運動能を有することを確認したうえで、前記細胞構造物に25μMのテトロドトキシン(富士フイルム和光純薬工業社)を添加し5〜10分ほど放置した後に蠕動運動の変化を観察した。観察後、同じ細胞構造物を新しいセロトニン−クレアチニン一水和物添加XF32培地に入れて蠕動運動が再び起きるがどうかを確認した。
蠕動運動している前記細胞構造物にテトロドトキシンを添加すると前記細胞構造物は運動が停止したことが観察された。また観察後に前記細胞構造物を新しいセロトニン−クレアチニン一水和物添加XF32培地に加えると、再び蠕動運動が生じた。このことからテトロドトキシンの毒性により組織が死滅して運動が停止したのではないと示唆された。
またテトロドトキシンの代わりに100ng/ml濃度のパリトキシン(富士フイルム和光純薬工業社)を培地に添加して上記と同様に細胞構造物の蠕動運動の変化を観察したところ、上記と同様にパリトキシンの添加5〜10分後に蠕動運動の停止が見られた。毒物の種類に関係なく、毒性検出試験に用いることができることが確認された。
以上の試験から、N−2サプリメント含有培地中での浮遊培養により蠕動運動能が誘導された細胞構造物が毒性検出試験に用いることができることが確認された。
<実験7>
実験1における、実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物、及び、比較例Aで得られた蠕動運動能を有さない細胞構造物から、それぞれ実験3に記載の手順で、組織切片を作製し、免疫染色を行った。
平滑筋細胞の存在を確認するために1次抗体として下記の抗体を使用した。
ウサギIgG標識抗−Desmin抗体(Abcam社 希釈率1/500)
マウスIgG1標識抗−Vimentin抗体(DAKO社 原液使用)
マウスIgG2a標識抗−Smooth Muscle Actin抗体(SMA;Sigma社 希釈率1/500)
2次抗体として下記の抗体を使用した。
Alexa488標識抗ウサギIgG抗体
Alexa488標識抗マウスIgG1抗体
Alexa543標識抗マウスIgG抗体
Alexa568標識抗マウスIgG2a抗体
実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物のサンプルのDesmin及びSMAの免疫染色の結果を図12に、Vimentin及びSMAの免疫染色の結果を図13に示す。比較例Aで得られた蠕動運動能を有さない細胞構造物のサンプルのDesmin及びSMAの免疫染色の結果を図14に、Vimentin及びSMAの免疫染色の結果を図15に示す。図12〜図15においてスケールバーは100μmである。
図12、13から、実施例Aで得られた蠕動運動能を有する細胞構造物ではSMA陽性細胞にはVimentin陽性細胞もDesmin陽性細胞も共に含まれることが示唆された。
図14、15から、比較例Aで得られた蠕動運動を有さない細胞構造物では、ほとんどのSMA陽性細胞はVimentin陰性であり、平滑筋細胞の割合は極めて少ないことが示唆された。

Claims (19)

  1. 小腸上皮細胞層、並びに、
    カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞を含む組織
    を含み、
    前記小腸上皮細胞層に、α−フェトプロテイン陰性な小腸上皮細胞を含む、
    細胞構造物。
  2. 前記細胞構造物が袋状であり、
    前記小腸上皮細胞層が、絨毛層が外向きとなるように、前記細胞構造物の外周部に存在している、
    請求項1に記載の細胞構造物。
  3. 前記小腸上皮細胞層に含まれる小腸上皮細胞のうち、α−フェトプロテイン陽性の小腸上皮細胞の割合が8%以下である、請求項1又は2に記載の細胞構造物。
  4. 前記筋肉細胞が、デスミン陽性且つ平滑筋アクチン陽性の平滑筋細胞を含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞構造物。
  5. ヒスタミン系化合物及びセロトニン系化合物から選択される1以上の化合物の存在下で自発的に蠕動運動する能力を有する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の細胞構造物。
  6. 血清代替成分、並びに、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中に維持されている、請求項1〜5のいずれか1項に記載の細胞構造物。
  7. 多能性幹細胞から分化誘導された、請求項1〜6のいずれか1項に記載の細胞構造物。
  8. 前記多能性幹細胞がヒトに由来する、請求項7に記載の細胞構造物。
  9. 被検物質の小腸に対する影響を評価する方法であって、
    請求項1〜8のいずれか1項に記載の細胞構造物を、被検物質の存在下で観察する工程11、及び
    前記観察結果に基づき、前記被検物質の小腸に対する影響を評価する工程12
    を含む方法。
  10. 前記工程11が、ヒスタミン系化合物及びセロトニン系化合物から選択される1以上の化合物の存在下で行われる、請求項9に記載の方法。
  11. 前記工程11の後に、前記細胞構造物を、前記被検物質を含まない液体媒体により洗浄する工程13を更に含み、
    前記工程13の後に、前記細胞構造物を再び前記工程11に用いること、
    を含む、請求項10に記載の方法。
  12. 小腸上皮細胞層、並びに、
    カハール細胞、神経細胞及び筋肉細胞を含む組織
    を含み、
    前記小腸上皮細胞層に、α−フェトプロテイン陰性な小腸上皮細胞を含む、
    細胞構造物の製造方法であって、
    表面上に細胞接着部のパターンを備える細胞培養基材上に幹細胞を播種する工程21と、
    前記幹細胞を培養して、小腸上皮細胞層を含む未成熟細胞構造物へと分化誘導させる工程22と、
    前記未成熟細胞構造物を、トランスフェリン、インスリン、プロゲステロン、プトレシン及び亜セレン酸塩を含む培地中で浮遊培養して、前記細胞構造物へと分化誘導させる工程23と
    を含む方法。
  13. 前記工程23で用いる前記培地が、血清代替成分を更に含む、請求項12に記載の方法。
  14. 請求項1〜8のいずれか1項に記載の細胞構造物を含む、被検物質の小腸に対する影響を評価するためのキット。
  15. トランスフェリン、
    インスリン、
    プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、
    プトレシン、並びに
    亜セレン酸塩
    を有効成分として含む、小腸又は細胞構造物の蠕動運動の活性化剤。
  16. トランスフェリン、
    インスリン、
    プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、
    プトレシン、並びに
    亜セレン酸塩
    を有効成分として含む、小腸上皮細胞の分裂抑制剤。
  17. 前記小腸上皮細胞が、小腸又は細胞構造物に含まれる、請求項16に記載の小腸上皮細胞の分裂抑制剤。
  18. トランスフェリン、
    インスリン、
    プロゲステロン及び/又はプロゲスチン、
    プトレシン、並びに
    亜セレン酸塩
    を有効成分として含む、小腸上皮細胞の成熟促進剤。
  19. 前記小腸上皮細胞が、小腸又は細胞構造物に含まれる、請求項18に記載の小腸上皮細胞の成熟促進剤。
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