〔第一実施形態〕
以下、添付図面を参照して本発明の第一実施形態を詳細に説明する。以下の説明においては、まず、本実施形態の車両用制御装置による制御の一指標となるタイヤTの滑り状態の求め方、具体的には、滑り状態識別子IDSlip(=ζS/ζ2)の求め方を説明する。次に、本実施形態の車両用制御装置による制御の一指標となる重心横滑り角βの推定方法を説明する。その後、これらの滑り状態識別子IDSlip(=ζS/ζ2)及び重心横滑り角βの指標を用いて、車両用制御装置による駆動輪である前輪のスリップ抑制制御の具体的方法について説明する。
また、説明にあたり、4つの車輪やそれらに対して配置された部材については、それぞれ符号に前後左右を示す添字を付す。例えば、左前輪WfL、右前輪WfR、左後輪WrL、右後輪WrRと記す。また、総称する場合には前輪Wf、後輪Wr等のように、必要に応じて、LやRを省略して記す。
〔滑り状態識別子IDSlipの求め方〕
図1は、第一実施形態に係る車両用制御装置を備えた車両における駆動手段・制動手段を示す図である。図1に示すように、内燃機関Eを走行用の駆動源とする四輪の車両は、駆動輪である左右一対の前輪Wf,Wf(具体的には、左前輪WfL,右前輪WfR)と、従動輪である左右一対の後輪Wr,Wr(具体的には、左後輪WrL,右後輪WrR)とを備えており、内燃機関Eの駆動力は変速機M、差動装置Dおよび左右のドライブシャフトSd,Sdを介して左右の前輪Wf,Wfに伝達される。
ブレーキペダルP1により作動してブレーキ液圧を発生するマスタシリンダCmは,電動オイルポンプを内蔵した液圧モジュレータHを介して左右の前輪ブレーキキャリパCf,Cfおよび左右の後輪ブレーキキャリパCr,Crに接続される。液圧モジュレータHは、マスタシリンダCmが発生したブレーキ液圧を任意に増圧あるいは減圧して左右の前輪ブレーキキャリパCf,Cfおよび左右の後輪ブレーキキャリパCr,Crに供給し、四輪の制動力を個別に制御することが可能であり、減速時の車輪ロックを抑制するアンチロックブレーキ制御や旋回時の横滑りを抑制する横滑り防止制御を行う。
マイクロコンピュータよりなる制御手段である電子制御ユニットU(ECU:Electronic Control Unit)には、ブレーキペダルP1の踏力からマスタシリンダCmが発生するブレーキ液圧を検出するブレーキ操作量検出手段S1と、アクセルペダルP2の操作量を検出するアクセル開度検出手段S2と、差動装置Dの回転数を検出する差動装置回転数検出手段S3と、左右の前輪Wf,Wfの車輪速を検出する前輪車輪速検出手段S4,S4と、左右の後輪Wr,Wrの車輪速を検出する後輪車輪速検出手段S5,S5とが接続される。
運転者がブレーキペダルP1を操作してマスタシリンダCmがブレーキ液圧を発生すると、そのブレーキ液圧は液圧モジュレータHを介して前輪ブレーキキャリパCf,Cfおよび後輪ブレーキキャリパCr,Crに伝達され、前輪Wf,Wfおよび後輪Wr,Wrを制動する。アンチロックブレーキ制御を行う場合には、電子制御ユニットUからの指令で液圧モジュレータHが作動し、前輪ブレーキキャリパCf,Cfおよび後輪ブレーキキャリパCr,Crに伝達されるブレーキ液圧を任意に調整する。
また電子制御ユニットUは、アクセル開度検出手段S2で検出したアクセル開度に基づいてスロットルバルブを操作し、内燃機関Eに所定の駆動力を発生させるドライブバイワイヤ制御を行うだけでなく、内燃機関Eの駆動力を低減して駆動輪である前輪Wf,Wfのスリップを抑制するトラクション制御を行う。
つぎに、図2に示す簡易なモデルを用いてタイヤTの摩擦特性を説明する。通常ホイールWはアルミや鋼などの金属製であり円環構造を持つことからゴム製のタイヤTに比べて十分剛である。すなわち、ホイールWに駆動トルクが与えられた際にはタイヤTのサイドウォール部およびトレッド部に変形が生じている。この弾性変形を表現するためにホイールWとタイヤTのトレッド表面(接地面から成る円環)とを剛体質量で代表し、両者のねじれを抑制する方向にばね力が作用する状態を考える。タイヤTと路面との接地部においては車両の質量のためタイヤTが変形し、ある一定幅(接地幅)にてタイヤTと路面とが接触(接地面)した状態となる。接地面にはゴムと路面との間に摩擦力Fが作用し、この摩擦力Fは次式で表される。
F=μN …(1)
μはゴムと路面との間の摩擦係数(タイヤTの経年変化や路面、環境条件などにより変化する)、NはタイヤTの接地荷重である。摩擦力Fは走行抵抗に対抗して車両を走行(加速、減速、等速走行)させるために必要な力、すなわち駆動力とその合力の大きさが釣り合う必要がある。
つぎに、図3に基づいて、ホイールWに駆動トルクが与えられタイヤTが転動し、車両が走行する状態を考える。
ホイールWに駆動トルクが与えられた瞬間にはタイヤTにトルクは伝達されておらず、タイヤTはまだ転動しない。このときタイヤTは弾性変形しホイールWとタイヤTとの間にはねじれ角が生じる(図3(A)参照)。この状態においてタイヤTは、ホイールWの駆動トルクに比例してねじれ角が生じる静ねじり状態にあり、図4にあるような特性を示す(簡単のため粘弾性などの非線形性を無視する)。
ねじれ角が生じるとその反力としてタイヤTにトルクが伝達され、タイヤTは転動を始める(図3(B)参照)。タイヤTが転動するに伴い弾性変形を生じていたタイヤTの1要素は接地面を離れるとともに弾性ひずみが解放される。このとき解放された弾性ひずみに対応する分の反力がホイールWの駆動トルクを伝達するために必要な大きさに対して不足するため、タイヤTの転動は一時的に止まろうとする。しかしながら、接地面を離れたタイヤTの1要素と交代に新たな要素が路面と接地し弾性ひずみを生じることで失われた反力を回復しタイヤTは再び転動する。このように個々の要素に係る境界条件が各要素に固有ではなく、要素の運動に伴い移動する場合を特に移動境界と呼ぶ。実際のタイヤTが継続して転動するとき上記のような現象が連続して起こるため(図3(C)参照)、ホイールWの回転角に対して一定の割合でタイヤTの転動角は減少する。単位時間あたりでのホイールWの回転角は回転数(回転角速度)に比例するため、タイヤTの転動角もホイールWの回転数に比例して減少し一定の回転伝達ロスが生じる(図3(D)参照)。この現象を弾性変形に起因してホイールWと路面との間に見かけ上滑りが生じることから弾性滑りと呼ぶ。ところで、弾性滑り量はホイールWの回転数に対して一定の割合で生じるため、滑りによる回転数ロスΔωとホイールWの回転数ωwheelとの比Sr=Δω/ωwheel
で表すのが便利である。この比Srを滑り率と呼ぶ。
Sr=Δω/ωwheel …(2)
タイヤTの弾性滑りの特性を図示すると図5のようになるが、これはタイヤTと路面との間の摩擦係数が十分高い(あるいはタイヤTの接地荷重が十分大きい)場合である。当然ながらタイヤTと路面との間の摩擦力にも限界があるので、ホイールWの駆動トルクを増加していくとついにはタイヤTの接地面と路面とが滑り始める。これを弾性滑りと区別して移動滑りと呼ぶことにする。すなわち、ホイールWの駆動トルクを増加していくと図6に示すように最初は弾性滑りが進展し、最終的は移動滑りに至り駆動輪はそのグリップを失う。
図6に示す駆動トルクを式(1)を用いて無次元化した摩擦係数がタイヤTの摩擦特性として一般に用いられる(図7の破線参照)。ところで、これらは理想的な状態での特性であり、タイヤTの構造やゴムの粘弾性による弾性変形の非線形性に加え、接地面が滑り動摩擦状態になると一般に摩擦係数が低下することを考慮すると実際の摩擦特性は図7の実線のようになる。しかしながら、弾性滑りから移動滑りに至るまでの状態変化(滑り状態と呼ぶ)に起因する摩擦メカニズムおよび物理的特性は同様である。
以上より、タイヤTの最大グリップ力を得るためには弾性滑り状態と移動滑り状態との境界の滑り状態を維持することが望ましい。また、弾性滑り状態内では接地面に滑りは生じていないことから耐摩耗性向上の観点からも弾性滑り状態の限界(移動滑り状態との境界)内で滑り状態を維持することが望ましい。しかしながら、タイヤTの個体差および経年変化、路面など環境条件の変化によって図7の実線の特性(滑り率や摩擦係数)は変化するため、滑り率を検出する従来手法では滑り率の進展を捉えたとしてもその境界(弾性滑り限界)を判断することはできず、明らかな移動滑り状態しか判断できない。したがって上記の課題を解決するためには滑り状態の検出手法が必要となる。
本発明の滑り状態を検出する原理について説明する。図3のような弾性滑り状態のうち、弾性変形によりホイールWとタイヤTとの間にねじれ角φEが生じ、接地面が接地長さだけ移動した状態(タイヤTが接地長さだけ転動した状態、接地面がちょうど入れ替わった状態)を考える。このとき転動前の接地面には弾性変形によるひずみエネルギ(kTφE 2/2)が蓄えられており、転動によってこのひずみエネルギは解放される。このひずみエネルギは車両の走行に関して仕事をしないので、ホイールWから与えられた駆動エネルギをひずみの生成と解放というサイクルで散逸している状態と考えることができる。このようなエネルギ散逸が見かけ上の滑り(弾性滑り)によって生じるものと捉えれば、接地面に作用する摩擦力をFとして、次式のように書ける。
kTφE 2/2=FRφE =TfφE …(3)
すなわち、エネルギ散逸を式(3)のように摩擦力と見かけ上の滑りによる仮想仕事に置き換えることができる。kTはタイヤTのねじり剛性、RはタイヤTの動半径であり、Tfは接地面に生じる摩擦トルクに相当する。一方、ねじれ角φEに対応してタイヤTが転動したとき、ねじれ角φEを含めてホイールWの回転角がφwheelであったとすると滑り率Srは幾何学的関係より、
Sr=φE/φwheel …(4)
となる。式(2)および式(4)より、
φE=(φwheel/ωwheel)Δω …(5)
となり、これを式(3)に代入すると、
Tf=(kTφwheel/2ωwheel)Δω=cTΔω …(6)
となり、摩擦トルクTfはホイールWと路面との間に生じる滑り(回転数ロス)Δωに比例した粘性抵抗力で表される。ここで、cTは粘性係数に相当しタイヤ剛性kTに比例する。したがって、差動装置Dから見たタイヤ接触面までの力学的モデルを図8のように表すことができる。
いま差動装置Dから一定の回転数にてドライブシャフトSdが駆動されタイヤTの駆動力と釣り合った状態にあるとき、差動装置D、ホイールW、タイヤTに相当する剛体質点の平衡点からの変位(角)をそれぞれθ1,θ2,θ3とすると変分方程式は次式となる。
ここで、式(7)を、
の変数変換により無次元化し、状態変数x(ベクトル量)を、
と表すことにすると、式(7)の状態方程式表現は次式となる。
差動装置Dの回転数変動に対するホイールWの回転数の周波数応答を式(8)より求めると図9のようになる。図9(A)は差動装置Dの回転変動振幅に対するホイールWの回転変動振幅の増幅比(振幅比m)であり、図9(B)は差動装置Dの回転変動に対するホイールWの回転変動の位相遅れ(Ψ1)である。
式(6)より、滑り状態は摩擦粘性係数cTの値が小さくなるほど移動滑り状態に近づく。図9中の(a)は弾性滑り状態の応答を表し、(c)は移動滑り状態の応答を表している。また、(b)は両滑り状態の境界(弾性滑り限界)にあたる。図9中の(a)と(c)とを比較すると移動滑り状態となることに伴い応答のピーク(振幅比)が低周波側に移行していることが分かる。このときの応答がピークとなる振動モードを弾性滑りモード(a)、移動滑りモード(c)と呼ぶことにし、それぞれの振動モードの違いを図10に示す。
弾性滑りモードではタイヤTの弾性変形により駆動力を路面に伝達するので、タイヤ剛性(kT)によって生じた弾性力はホイールWにも反力として作用する。そのため、ホイールWがドライブシャフト剛性(k1)およびタイヤ剛性(kT)によって生じる弾性力の合力を受け振動する。
移動滑りモードでは、タイヤTと路面とが動的に滑ることからタイヤ剛性(kT)によって生じる弾性力は滑りによって解放され、ホイールWに作用する反力も消失する。そのため、ホイールWとタイヤTが一体となってドライブシャフト剛性(k1)によって生じる弾性力のみを受け同相で振動する。
以上より、弾性滑り状態から移動滑り状態へと移行するに伴い弾性滑りモードが消失し、移動滑りモードが発現する。したがって、この移動滑りモードに対応する周波数帯の差動装置Dの回転変動とホイールWの回転変動とを監視することで移動滑り状態を判定することができる。移動滑りモードにおいては、振幅比が急激に増加し、また図9より位相遅れが0degから90degに近づく。したがって、移動滑りモードに対応する周波数帯における振幅比の急激な増加および位相遅れの90deg接近のうち少なくとも一方をもって移動滑り状態を判定することができる。移動滑りモードに対応する周波数は図8に示すモデルの設計諸元、すなわちドライブシャフト剛性(k1)、タイヤ剛性(kT)、ホイールWの慣性モーメント(I2)、タイヤTの慣性モーメント(I3)によって決まり、式(8)に示すヤコビ行列Aの固有値および固有ベクトルを計算することにより求めることができる。
ところで、車両の駆動源となる内燃機関Eには一般にトルク変動が生じ、このトルク変動は差動装置DからタイヤTにも伝達される。トルク変動の要因として、内燃機関Eであれば筒内圧の変動、電動モータであればポール数に起因したコギングトルクがある。差動装置Dには入力されたトルク変動に起因した回転変動が同時に生じる。このとき、差動装置Dの回転変動が、
で表されたとすると、式(8)は上記境界条件での強制加振と捉えることができる。A1は差動装置Dの回転変動振幅、Ωは加振力(内燃機関Eのトルク変動)の角振動数、tは時間である。このような強制加振状態において、式(8)に示す状態方程式は次式となる。
式(9)より、Bは外力(加振入力)を表し、もともとの系がもつ固有の振動モード(以下、固有モードと呼ぶ)はヤコビ行列Aによって決まる。ヤコビ行列Aを決定するパラメータはρ,ω1,ω2,ζ2であるが、そのうちρ,ω1,ω2は設計諸元(既知数)であるから、結局、固有モードは、本発明の滑り識別量に対応する無次元量ζ2で決まる(固有モードのうち、どのモードが励起されるかは加振入力Bによって異なる)。したがって、無次元量ζ2を何らかの方法で知ることができれば上述の滑り状態を指標化することができるはずである。ここで、式(9)の周期解を次のように仮定する。
これを式(9)に代入しガラーキン法に立脚して係数決定を行えば次の関係式を得る。
mは差動装置Dの回転変動振幅に対するホイールWの回転変動振幅の増幅比(振幅比)であり、Ψ1は差動装置Dの回転変動に対するホイールWの回転変動の位相遅れであるから、差動装置Dの回転変動とホイールWの回転変動を計測することで式(10)より無次元量ζ2を求めることができる。ここで式(10)の関係式は2つであることから最大2つの未知数を求めることができる。そこで無次元量ζ2に加えω2を同時に求めることができ、タイヤ剛性や摩擦係数が個体差や経年変化、路面状況などにより変化しても現状に適合した値を求めることができる。
つぎに無次元量ζ2と固有モードとの関係について説明する。固有モードの振る舞いはヤコビ行列Aの固有値λを求めることによって記述できる。上述の移動滑りモードに対応する固有値λの振る舞い(根軌跡)を図11に示す。図11の(a)〜(c)は、図9の(a)〜(c)および図10の(a)、(c)に対応する。
図11の横軸は実軸、縦軸は虚軸を表し、虚数部は振動解を示す。弾性滑り状態(図11の(a)参照)において根は実軸上にあり振動解が存在しないことを示す。一方で移動滑り状態(図11の(c)参照)において根は虚数部をもち振動が発生することを示す。すなわち、無次元量ζ2<0.86(図11の(b)参照)となったとき移動滑りモードが発現することが分かる。したがって、無次元量ζ2の値に基づき下記のように滑り状態を判定することができる。
無次元量ζ2>0.86とき、弾性滑り状態
無次元量ζ2=0.86のとき、弾性滑り限界(グリップ限界)
無次元量ζ2<0.86とき、移動滑り状態
ただし、弾性滑り限界となる無次元量ζ2の値がζ2=0.86となるのは本実施の形態の場合であり、この値は設計諸元によって異なる。
以上より、差動装置Dの回転変動とホイールWの回転変動とを計測することにより無次元量ζ2を求め、無次元量ζ2の値と、基準値であるζSとの大小関係を比較することで滑り状態の判定が可能である。ζSは弾性滑り限界におけるζ2であり、上述の例ではζS=0.86となる。
図1に示す車両において、差動装置回転数検出手段S3により検出した差動装置Dの回転変動と、前輪車輪速検出手段S4,S4により検出した前輪Wf,WfのホイールWの回転変動とに基づいて、電子制御ユニットUは無次元量ζ2の値を監視し、ζ2<ζSとなった場合に移動滑り状態への移行を判定し、電子制御スロットルバルブを介して内燃機関Eの駆動力を制限するトラクション制御を行い、あるいは液圧モジュレータHを介して前輪ブレーキキャリパCf,Cfの制動力を制限するアンチロックブレーキ制御を行う。
内燃機関Eの駆動力を制限する代わりに、変速機Mのダウンシフトを制限することで駆動力を制限してもよい。これによりタイヤTのグリップ性能を最大限に活かした加減速を得ることができ、同時に不要なホイールスピンを防止することで車両の挙動が不安定になる状況を回避することができる。さらには、移動滑りの発生を最小限に抑えることによりタイヤTの摩耗を抑制することができる。
式(4)〜(6)の関係を用いると、
ω2/ζ2=kT/cT =2Δω/φE …(11)
となり、ホイールWと路面との間に生じる滑りΔωを無次元量を用いて表すことができる。
いま弾性滑り限界にありΔω=ΔωSであったとすると、
ΔωS=φEω2/2ζS …(12)
であるから式(11)、(12)より、
Δω/ΔωS=ζS/ζ2 …(13)
となり、無次元量ζ2を求めることで弾性滑り限界に対する現在の滑りの割合を求めることができる。これにより滑り状態の判定に加え、弾性滑り限界に対する現在の滑りの余裕度を定量的に表すことができる。
したがって、差動装置Dの回転変動とホイールWの回転変動を計測することにより求まる無次元量ζ2とζSとの比であるζS/ζ2の値(滑り状態識別子IDSlip)が1となるように駆動力あるいは制動力を増減(フィードバック制御)することができる。これにより、弾性滑り限界に対して現在の駆動力あるいは制動力の過不足量に応じた制御が可能となり、精度よくタイヤTのグリップ限界を維持し、最大の加減速を得ると同時に車両の挙動を安定化させることができる。さらには、移動滑りの発生を最小限に抑えることによりタイヤTの摩耗を抑制することができる。
〔重心横滑り角βの推定方法〕
次に、車両1の重心横滑り角βの推定方法を説明する。まず、車両1の重心横滑り角βの推定に必要な構成について説明する。図12は、車両用制御装置を備えた車両1における車輪操舵構成及び各種検出手段を示す図である。
図12に示すように、車両1は、ステアリングバイワイヤ方式の四輪操舵自動車である。車両1は、前輪Wf,Wfの操舵に供される前輪操舵制御装置4と、後輪Wr,Wrの操舵に供される後輪操舵制御装置5R、5Lとを備えている。前輪Wf,Wf及び後輪Wr,Wrは、それぞれのナックル6に回転自在に支持されている。ナックル6はサスペンションアームやスプリング、ダンパ等からなるサスペンション7に支持されている。
車両1の運転席側には、その後端にステアリングホイール9(ハンドル:操作子)が取り付けられたステアリングシャフト11が設置されている。ステアリングシャフト11には、運転者に操舵反力を与える反力アクチュエータ13が設置されている。
前輪操舵制御装置4は、その両端に前輪側ナックル6fR,6fLがそれぞれ連結されたステアリングギヤ15や、ステアリングギヤ15を駆動する前輪操舵アクチュエータ16等から構成されている。
後輪操舵制御装置5R、5Lは、車両1とナックル6rR,6rLとの間にそれぞれ後輪操舵アクチュエータ8R,8Lを備えている。後輪操舵アクチュエータ8R,8Lは、モータによって軸方向に駆動される出力ロッドを備えた直動型の電動アクチュエータである。各出力ロッドの先端はナックル6rR,6rLにそれぞれ連結されており、後輪操舵アクチュエータ8R,8Lが伸縮作動することによって後輪WrR,WrLの舵角(トー角)が変化する。後輪操舵制御装置5R、5Lは、左右の後輪操舵アクチュエータ8R,8Lの一方を伸ばして他方を縮めることによって、左右の後輪WrR,WrLを同方向(同位相)に転舵することができる。
上述の、前輪操舵アクチュエータ16、後輪操舵アクチュエータ8R,8L、反力アクチュエータ13等とは、電子制御ユニットUが接続されている。電子制御ユニットUは、CPUやROM、RAM、周辺回路、入出力インタフェース、各種ドライバ等から構成されている。
また、車両1には、電子制御ユニットUに対して検出信号を伝える、各種センサが配置・接続される。具体的には、上述の、ブレーキ操作量検出手段S1、アクセル開度検出手段S2、差動装置回転数検出手段S3、前輪車輪速検出手段S4,S4、後輪車輪速検出手段S5,S5が、電子制御ユニットUに接続される。
その他、車両1には、各種センサとして、ステアリングホイール9の操作量θH(ハンドルの操舵角)を検出する操舵角検出手段S6と、車両1の重心点の進行速度である車速Vを検出する車速検出手段S7と、横加速度ay(横G)を検出する横加速度検出手段S8と、ヨー角速度γ(ヨーレイト)を検出するヨー角速度検出手段S9と、前輪舵角δ1を検出する前輪舵角検出手段S10,S10と、後輪舵角δ2を検出する後輪舵角検出手段S11,S11と、後輪操舵アクチュエータ8R,8Lのストローク位置を検出するストローク検出手段S12,S12等が配置される。この他、不図示の前後加速度Gxを検出する前後加速度検出手段が配置される。
上述のような検出手段を有する車両1における重心横滑り角βの推定方法について図13を用いて説明する。図13は、車輪及び車両の重心点が車両の進行方向に対してなす角度を示す図である。図13において、車両1の前後方向がx方向、それと直交する方向がy方向である。なお、上述のように、本実施形態においては、前輪Wfを駆動輪とし後輪Wrを従動輪とした例を示す。
図13に示すように、前輪Wfは、重心点から車両前方に距離l1だけ離れており、後輪Wrは、重心点から車両後方に距離l2だけ離れている。また、同図は、車両1が左旋回する場合を示しており、この場合の前輪Wf側の状態量は、前輪Wfの進行速度である前輪進行速度Vf、前輪Wfの操舵角である前輪舵角δ1、前輪Wfの横滑り角である前輪横滑り角α1である。前輪舵角δ1は、車両1を上方から見たときの前輪Wfの前後方向が、車両1の前後方向(x方向)に対してなす角、前輪横滑り角α1は、車両1を上方から見たときの前輪進行速度のベクトルが、前輪Wfの前後方向に対してなす角である。また、後輪Wr側の状態量は、後輪Wrの進行速度である後輪進行速度Vr、後輪Wrの操舵角である後輪舵角δ2、後輪Wrの横滑り角である後輪横滑り角α2である。後輪舵角δ2は、車両1を上方から見たときの後輪Wrの前後方向が、車両1の前後方向(x方向)に対してなす角、後輪横滑り角α2は、車両1を上方から見たときの後輪進行速度のベクトルが、後輪Wrの前後方向に対してなす角である。そして、車両1の重心点における状態量は、車両1の重心点の進行速度である車速V、車両1の重心点の横滑り角である重心横滑り角β、ヨー角速度γである。重心横滑り角βは、車両1を上方から見たときの車速のベクトルが、車両1の前後方向(x方向)に対してなす角である。以下の説明では、これらの状態量を用いて説明する。
重心横滑り角βを推定する場合、まず、後輪舵角δ2、ヨー角速度γ、後輪車輪速Vrwの検出値を取得する。後輪車輪速Vrwは、後輪Wrの回転速度(タイヤと路面との接地面における後輪Wrの周速)であり、後輪Wrが路面に対して滑ることなく転動している場合には、後輪進行速度Vrは後輪車輪速Vrwに一致する。一般には、x,y方向の速度間には、幾何学的に式(14)、式(15)の関係が成り立つ。x方向速度Vxは、車速Vのx方向成分、y方向速度Vyは、車速Vのy方向成分である。
式(14)を式(15)に代入すると、式(16)が得られる。
ここで、後輪Wrは従動輪であることから、滑りによる影響が無視できると仮定すれば(Vrcosα2≒Vrw,α2≒0)、近似的に式(17)が得られる。
このように、重心横滑り角βは、後輪舵角δ2、ヨー角速度γ、後輪車輪速Vrw、車両1の重心から後輪Wrまでの距離l2に基づいて推定(算定)される。
〔駆動輪のスリップ抑制制御〕
次に、上述のようにして求めた2つの指標である滑り状態識別子IDSlip(=ζS/ζ2)及び重心横滑り角βの推定値に基づいて、車両1の電子制御ユニットUは、前輪Wfのスリップ抑制制御を行う。図14は、電子制御ユニットUの概略構成を示すブロック図である。
図14に示すように、本実施形態の電子制御ユニットUは、滑り状態識別子IDSlipが1より大きい状態か否かを判定するタイヤ滑り状態判定部21と、重心横滑り角βを推定する横滑り角推定部22と、滑り状態識別子IDSlip(=ζS/ζ2)及び重心横滑り角βの算定値(推定値)に基づいて駆動輪である前輪Wfにおける目標前輪コーナリングフォースCF1tを設定する目標コーナリングフォース設定部23と、目標前輪コーナリングフォースCF1tの値を用いて前輪Wf又は後輪Wrの目標舵角を設定する目標舵角設定部24と、目標舵角に応じた駆動電流を設定する駆動電流設定部25と、を有する。なお、タイヤ滑り状態判定部21、横滑り角推定部22、目標舵角設定部24、駆動電流設定部25には、それぞれ、必要に応じて各種センサからの検出信号が入力される。詳細は後述する。
このような構成により、駆動電流設定部25で設定された駆動電流の設定値は、前輪操舵アクチュエータ16、右後輪操舵アクチュエータ8R及び左後輪操舵アクチュエータ8Lに対して出力される。このように、本実施形態では、ステアリングバイワイヤ方式であり、前輪Wfと後輪Wrとを独立して制御し得る。
まず、第一実施形態における制御の概要を説明する。図15は、第一実施形態に係る制御の概要を説明するフローチャートである。図15に示すように、車両1の走行時に、電子制御ユニットUは、滑り状態識別子IDSlip(=ζS/ζ2)及び重心横滑り角βを、上述の方法で算定する(ステップs1)。
そして、滑り状態識別子IDSlip>1の場合、すなわち、移動滑りが発生した場合で、且つ、重心横滑り角βが予め設定した重心横滑り角許容値βSの範囲内(|β|≦βS,βS≧0)である場合か重心横滑り角許容値βSの範囲外(|β|>βS,βS≧0)である場合かを判断する(ステップs2、ステップs3)。
そして、いずれの条件をも満たされる場合、前輪の滑り状態は移動滑りが発生しており、且つ重心横滑り角βには、まだ余裕があるといえる。このような場合には、電子制御ユニットUは、後輪舵角δ2の値を増加させる制御を行う(ステップs10)。後輪舵角δ2を増加させることは、従動輪である後輪Wrにおける後輪コーナリングフォースCF2を増加させることにつながる一方、駆動輪である前輪Wfにおける前輪コーナリングフォースCF1を減少させる。これにより、前輪Wfのスリップを抑制することとなる。
一方、上記いずれかの条件を満たさない場合、前輪の滑り状態は弾性滑り状態であるか、重心横滑り角βに余裕がないか、いずれかの状態であるといえる。この場合、電子制御ユニットUは、後輪舵角δ2の値を減少させる制御を行う(ステップs20)。このように、後輪舵角δ2を減少させることで、重心横滑り角βの増加を抑制する。
なお、重心横滑り角βが重心横滑り角許容値βSの範囲外(所定範囲外)となる場合に、後輪舵角δ2の値を減少させる制御としては、後輪舵角δ2を0(車両1の前後方向に対して平行)となるように固定することとしてもよく、後輪舵角δ2が0となる平行位置(車両1の前後方向に対して平行となる後輪Wrの位置)からの後輪舵角δ2の変更量を制限することとしてもよい。
その後、電子制御ユニットUは、ステップs10又はステップs20のように設定した後輪舵角δ2の値を後輪Wrに反映して、車両1の走行を行う(ステップs4)。
次に、上述のステップs10及びステップs20における、後輪舵角δ2の値の決定方法を、図16及び図17を用いてより具体的に説明する。図16は、図15をより詳細に示すフローチャートである。図17は、前輪コーナリングフォースCF1とヨー角加速度及び後輪コーナリングフォースCF2との関係を示す図である。
図16に示す、ステップs2、ステップs3において、滑り状態識別子IDSlip>1の条件を満たし、且つ、重心横滑り角βが重心横滑り角許容値βSの範囲内(|β|≦βS,βS≧0)であるという条件の双方を満たす場合には、ステップs10に移行する。
ステップs10においては、まず、目標前輪コーナリングフォースCF1tの絶対値を減少させる(ステップs11)。目標前輪コーナリングフォースCF1tの絶対値は、図17の上図のように、全コーナリングフォースCFAの絶対値の線上において、前輪コーナリングフォースCF1の絶対値と後輪コーナリングフォースCF2の絶対値とを比較しつつ、より前輪コーナリングフォースCF1の絶対値が小さくなる値に設定する。
次に、横加速度ayが0又は正の値であるか否かを確認する(ステップs12)。ここで、横加速度ayが0又は正の値である場合には、左旋回をしているため、目標前輪コーナリングフォースCF1tの絶対値にマイナスを付して目標前輪コーナリングフォースCF1tとする(ステップs13)。一方、横加速度ayが負の値である場合には、右旋回をしているため、目標前輪コーナリングフォースCF1tの絶対値をそのまま目標前輪コーナリングフォースCF1tとする(ステップs14)。
そして、決定した目標前輪コーナリングフォースCF1tの値を用いて、式(18)を用いて後輪舵角δ2の値を算定する(ステップs15)。
式(18)においては、目標前輪コーナリングフォースCF1tの他、横加速度ay、重心横滑り角β、ヨー角速度γ、車速V、前輪舵角δ1、を入力する。ここで、物性値として、車両1の重量m1、タイヤTの弾性係数K2(CF2=K2α2で求められる。後輪横滑り角α2は前述のとおり。)、車両1の重心から後輪Wrまでの距離l2を用いる。なお、前輪Wfの駆動力(又は制動力)Ff及び後輪Wrの駆動力(又は制動力(本実施形態においては制動力))Frは、駆動源の出力トルクとレシオや、ブレーキ液圧より推定する。ただし、通常の舵角範囲においては影響が小さいこともあり、その場合には0としてもよい。
このように、ステップs15において、式(18)を用いて後輪舵角δ2の値を算定すると、後輪舵角δ2の値を増加させることとなる(ステップs10)。
一方、図16に示す、ステップs2、ステップs3において、滑り状態識別子IDSlip>1の条件、又は、重心横滑り角βが重心横滑り角許容値βSの範囲内(|β|≦βS,βS≧0)であるという条件のいずれかを満たさない場合には、ステップs20に移行する。
ステップs20においては、まず、目標前輪コーナリングフォースCF1tの絶対値を増加させる(ステップs21)。目標前輪コーナリングフォースCF1tの絶対値は、図17の上図のように、全コーナリングフォースCFAの絶対値の線上において、前輪コーナリングフォースCF1の絶対値と後輪コーナリングフォースCF2の絶対値とを比較しつつ、より前輪コーナリングフォースCF1の絶対値が大きくなる値に設定する。
次に、横加速度ayが0又は正の値であるか否かを確認する(ステップs22)。ここで、横加速度ayが0又は正の値である場合には、左旋回をしているため、目標前輪コーナリングフォースCF1tの絶対値にマイナスを付して目標前輪コーナリングフォースCF1tとする(ステップs23)。一方、横加速度ayが負の値である場合には、右旋回をしているため、目標前輪コーナリングフォースCF1tの絶対値をそのまま目標前輪コーナリングフォースCF1tとする(ステップs24)。
そして、決定した目標前輪コーナリングフォースCF1tの値を用いて、式(18)を用いて後輪舵角δ2の値を算定する(ステップs25)。
このように、ステップs25において、式(18)を用いて後輪舵角δ2の値を算定すると、後輪舵角δ2の値を減少させることとなる(ステップs20)。
以上説明したように、本実施形態の車両用制御装置によれば、滑り状態が弾性滑り状態から移動滑り状態に遷移した場合には、移動滑り状態へ遷移したタイヤTの滑りの低減を行うことが好ましい。この場合、後輪舵角δ2を変更することで、前輪コーナリングフォースCF1と後輪コーナリングフォースCF2を適切な割合で分配することができる。これにより、駆動輪である前輪Wfにかかる負担を減らし、移動滑り状態へ遷移したタイヤTの路面に対する滑りを減少させることにより、走行に要する駆動源である内燃機関Eのエネルギ消費を最小限に抑えることができる。また、滑りを減少させることで、路面から適切な摩擦抵抗を得ることができ、車両1の挙動を安定させることができる。
また、本実施形態では、滑り状態識別子IDSlip(=ζS/ζ2)の値で滑り状態を判定し、滑り識別量(ζ2)<基準値(ζS)となった場合、すなわち、滑り状態識別子IDSlip>1の場合に、タイヤTが移動滑り状態であると判定する。これにより、弾性滑りと移動滑りの境界を適切に判定することができる。
また、本実施形態では、重心横滑り角βが所定範囲外となる場合(重心横滑り角βの絶対値が重心横滑り角許容値βS以下でない場合)には、重心横滑り角βを増加させる余地はないこととなる。この場合、後輪舵角δ2を車両1の前後方向に対して平行となるように固定したり、前記平行となる状態からの後輪舵角δ2の変更量を制限したりすることで、ヨー角速度γを増加させ、重心横滑り角βが所定範囲内となるまで重心横滑り角βの低減を図る。これにより、移動滑り状態へ遷移したタイヤTの路面に対する滑りを減少させることによって車両の挙動を安定させつつ、重心横滑り角βを所定範囲内に維持することによってステアリングホイール9の操作に対する車両挙動(転回)の応答性を向上することができる。
〔第二実施形態〕
本発明の第二実施形態について説明する。なお、前述の実施形態と同一又は相当する構成部分には同一符号を付し、以下ではその部分の詳細な説明を省略する。本実施形態では、第一実施形態の制御の後に、状況に応じて左前輪WfLと右前輪WfRのいずれか一方の制動力を増加させる。これを駆動輪制動力増加制御という(ステップs30)。
次に、駆動輪制動力増加制御について、具体的に説明する。図18は、第二実施形態に係る制御を説明するフローチャートである。図18に示すように、電子制御ユニットUは、滑り状態識別子IDSlip(=ζS/ζ2)及び重心横滑り角βを算定し(ステップs1)、滑り状態識別子IDSlip>1か否か、また、重心横滑り角βが重心横滑り角許容値βSの範囲内か否かを判断する(ステップs2、ステップs3)。その後、第一実施形態と同様の手順で後輪舵角δ2を算定し(ステップs10、ステップs20)、反映する(ステップs4)。
その後、駆動輪制動力増加制御に移行する(ステップs30)。ステップs30においては、まず、重心横滑り角βを算定し、重心横滑り角βが0又は正の値であるか否かを確認する(ステップs31)。ここで、重心横滑り角βが0又は正の値である場合には、左旋回中であれば車両前方が重心の旋回軌道外側を向いた状態(ヘッドアウト)、右旋回中であれば車両前方が重心の旋回軌道内側を向いた状態(ヘッドイン)となっている。この場合、左前輪WfLの制動力が増加するように調整する(ステップs32)。これにより、重心横滑り角βの絶対値を減少させることができる。一方、重心横滑り角βが負の値である場合には、左旋回中であれば車両前方が重心の旋回軌道内側を向いた状態(ヘッドイン)、右旋回中であれば車両前方が重心の旋回軌道外側を向いた状態(ヘッドアウト)となっている。この場合、右前輪WfRの制動力が増加するように調整する(ステップs33)。これにより、重心横滑り角βの絶対値を減少させることができる。
このように、駆動輪制動力増加制御を行うことで、重心横滑り角βの増加を抑制することができる。すると、第一実施形態において、後輪コーナリングフォースCF2を増加させた場合、その状態を継続することができ、長時間の旋回状態であっても、前輪Wfのスリップ状態を低減することができる。また、重心横滑り角βを抑制することで、ステアリングホイール9の操作に対する車両挙動(転回)の応答性を向上することができる。
なお、第二実施形態では、重心横滑り角βが0又は正の値である場合に、左前輪WfLの制動力が増加するように調整し、重心横滑り角βが負の値である場合に、右前輪WfRの制動力が増加するように調整したが、これに限るものではない。すなわち、駆動輪が前輪Wfであるとき、重心横滑り角βが左方向に現れる場合は、左前輪WfLの駆動力が右前輪WfRに対して小さくなるようにし、重心横滑り角βが右方向に現れる場合は、右前輪WfRの駆動力が左前輪WfLに対して小さくなるようにすれば、同様の効果を得ることができる。
なお、駆動輪が後輪Wrであるときには、重心横滑り角βが左方向に現れる場合は、左後輪WrLの駆動力が右後輪WrRに対して小さくなるようにし、重心横滑り角βが右方向に現れる場合は、右後輪WrRの駆動力が左後輪WrLに対して小さくなるようにすればよい。
以上のように、本実施形態では、電子制御ユニットUは、重心横滑り角βが左方向に現れる場合は、左前輪WfL又は左後輪WrLの駆動力が右前輪WfR又は右後輪WrRに対して小さくなるようにし、重心横滑り角βが右方向に現れる場合は、右前輪WfR又は右後輪WrRの駆動力が左前輪WfL又は左後輪WrLに対して小さくなるようにする。これにより、重心横滑り角βを抑制し、車両1の挙動を安定させることができ、且つ、ステアリングホイール9の操作に対する車両挙動(転回)の応答性を向上することができる。
〔第三実施形態〕
本発明の第三実施形態について説明する。なお、前述の実施形態と同一又は相当する構成部分には同一符号を付し、以下ではその部分の詳細な説明を省略する。本実施形態では、第一実施形態の制御の後で、且つ、第二実施形態の駆動輪制動力増加制御の前に、駆動輪の舵角を補正する制御を行う。これを、駆動輪舵角補正制御という(ステップs40)。
次に、駆動輪舵角補正制御について、具体的に説明する。図19は、第三実施形態に係る制御を説明するフローチャートである。図19に示すように、電子制御ユニットUは、滑り状態識別子IDSlip(=ζS/ζ2)及び重心横滑り角βを算定し(ステップs1)、滑り状態識別子IDSlip>1か否か、また、重心横滑り角βが重心横滑り角許容値βSの範囲内か否かを判断する(ステップs2、ステップs3)。その後、第一実施形態と同様の手順で後輪舵角δ2を算定し(ステップs10、ステップs20)、反映する(ステップs4)。
次に、後輪舵角δ2、ハンドル操作量θH、ハンドル操作量θHとヨー角速度γとの間の制御ゲインiの値を用いて、式(19)から、補正後の前輪舵角δ1を求める。なお、ハンドル操作量θHとは、運転者によるステアリングホイール9の操作量である。
そして、式(19)で求めた補正後の前輪舵角δ1を、前輪Wfに反映する(ステップs40)。その後、第二実施形態で示した駆動輪制動力増加制御移行する(ステップs30)。
なお、本実施形態の操舵システムは、本実施形態では、ステアリングバイワイヤ方式であり、前輪Wfと後輪Wrとを独立して制御し得る。このため、ステアリングホイール9と前輪Wfとが機械的に接続されている場合と比較して、前輪舵角δ1を自由に補正し得る。
以上のように、本実施形態では、後輪舵角δ2を変更する場合に、後輪舵角δ2、ステアリングホイール9の操作量であるハンドル操作量θH、及びハンドル操作量θHと車両1のヨー角速度γとの間の制御ゲインiに応じて、前輪舵角δ1を補正する。このため、後輪舵角δ2の増加・減少制御をした場合など、後輪舵角δ2を変更した場合であっても、ステアリングホイール9によるハンドル操作量θHが一定となり、運転者によるハンドルの操作が容易となる。
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲、及び明細書と図面に記載された技術的思想の範囲内において種々の変形が可能である。
また本発明のタイヤの滑り状態判定方法の用途は、実施の形態のトラクション制御やアンチロックブレーキ制御に限定されるものではない。
また本発明の駆動源は、実施の形態の内燃機関Eに限定されず、電動モータ等の他種の駆動源であっても良い。
また本発明の駆動輪は、実施の形態の前輪Wfに限定されず、後輪Wrあるいは四輪駆動であっても良い。
また本発明の駆動輪制動力増加制御は左右の駆動輪に駆動力差を生じさせることが目的であるため、左右輪駆動力分配機構や左右輪に独立したインホイールモータを有する車両においては、実施の形態の制動力増加に限定されず、駆動力分配により左右の駆動輪に駆動力差を生じさせても良い。