本明細書において、「(メタ)アクリル酸」は、「メタクリル酸」及び「アクリル酸」の少なくとも一方を示す。「〜」を用いてその前後に数値又は物性値を挟んで表現する場合、その前後の値を含むものとして用いることとする。
[アクリル樹脂]
アクリル樹脂は、メタクリル酸エステル系単量体と、アクリル酸エステル系単量体とを含むアクリル系単量体の共重合体からなる。アクリル樹脂は、メタクリル酸エステル系単量体由来の構成単位を主成分とすることが好ましい。
メタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体のうちの少なくとも一方は、多環式飽和炭化水素基を有する単量体を含有する。多環式飽和炭化水素基は、不飽和結合を有さないため、アクリル樹脂の複屈折率の上昇を抑制する。これにより、アクリル樹脂は高い透明性を示す。また、多環式飽和炭化水素基は、複数の環構造を有するため、アクリル系単量体の共重合体からなるアクリル樹脂のポリマー鎖で立体障害を引き起こしやすい。そのため、多環式飽和炭化水素基は、ポリマー鎖を動きにくくし、ポリマー鎖同士の動きも制限すると考えられる。これらの結果、多環式飽和炭化水素基を有するアクリル樹脂は優れた耐熱性を示す。
多環式飽和炭化水素基は、ジシクロペンタニル基、アダマンチル基、ノルボルニル基、又はイソボルニル基であることが好ましい。この場合には、共重合により樹脂のガラス転移温度を高める成分である多環式飽和炭化水素基を樹脂中に容易に導入することができる。また、この場合には、多環式飽和炭化水素基が嵩高い官能基となるため、アクリル樹脂のポリマー鎖がいっそう動きにくくなる。したがって、アクリル樹脂のガラス転移温度がさらに高まり、耐熱性がさらに向上する。
多環式飽和炭化水素基を有する単量体は、メタクリル酸エステル系単量体であることが好ましい。
アクリル系単量体中の多環式飽和炭化水素基を有する単量体の総含有量は、メタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体との合計100モル%に対し、10〜35モル%であることが好ましい。この場合には、製造コストを抑制しつつ、アクリル樹脂のガラス転移温度Tg、アクリル樹脂中間体のメタノール不溶分のガラス転移温度Tg1を高くすることができ、Tg、Tg1が、125℃を超え易くなる。
メタクリル酸エステル系単量体としては、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸ブチル、メタクリル酸2−メチルブチル、メタクリル酸2−メチルペンチル、メタクリル酸2−エチルブチル、メタクリル酸3−メチルペンチル、メタクリル酸2−メチルヘキシル、メタクリル酸3−メチルヘキシル、メタクリル酸2−エチルヘキシル、メタクリル酸ドデシル、メタクリル酸オクタデシル等のメタクリル酸アルキルエステル;メタクリル酸イソボルニル、メタクリル酸ノルボルニル、メタクリル酸ジシクロペンタニル、メタクリル酸アダマンチル、メタクリル酸シクロペンチル、メタクリル酸メチルシクロペンチル、メタクリル酸エチルシクロペンチル、メタクリル酸シクロヘキシル、メタクリル酸メチルシクロヘキシル、メタクリル酸エチルシクロヘキシル、メタクリル酸トリメチルシクロヘキシル、メタクリル酸シクロデシル、メタクリル酸メチルノルボルニル、メタクリル酸エチルノルボルニル、メタクリル酸メンチル、メタクリル酸フェンチル、メタクリル酸メチルアダマンチル、メタクリル酸エチルアダマンチル、メタクリル酸ジメチルアダマンチル、メタクリル酸メチルジシクロペンタニル、メタクリル酸ジシクロペンテニル等のメタクリル酸シクロアルキルエステルが例示される。
アクリル酸エステル系単量体としては、アクリル酸メチル、アクリル酸プロピル、アクリル酸ブチル、アクリル酸エチル、アクリル酸2−メチルブチル、アクリル酸2−メチルペンチル、アクリル酸2−エチルブチル、アクリル酸3−メチルペンチル、アクリル酸2−メチルヘキシル、アクリル酸3−メチルヘキシル、アクリル酸2−エチルヘキシル、アクリル酸ドデシル、アクリル酸オクタデシル等のアクリル酸アルキルエステル;アクリル酸イソボルニル、アクリル酸ノルボルニル、アクリル酸ジシクロペンタニル、アクリル酸アダマンチル、アクリル酸シクロペンチル、アクリル酸メチルシクロペンチル、アクリル酸エチルシクロペンチル、アクリル酸シクロヘキシル、アクリル酸メチルシクロヘキシル、アクリル酸エチルシクロヘキシル、アクリル酸トリメチルシクロヘキシル、アクリル酸シクロデシル、アクリル酸メチルノルボルニル、アクリル酸エチルノルボルニル、アクリル酸メンチル、アクリル酸フェンチル、アクリル酸メチルアダマンチル、アクリル酸エチルアダマンチル、アクリル酸ジメチルアダマンチル、アクリル酸メチルジシクロペンタニル、アクリル酸ジシクロペンテニル等のアクリル酸シクロアルキルエステルが例示される。
メタクリル酸エステル、アクリル酸エステルは、それぞれ、単独で用いられても、2種類以上を混合して用いられても良い。
アクリル樹脂は、メタクリル酸エステル系単量体としてのメタクリル酸メチルに由来する構成単位を含んでいることが好ましい。この場合には、アクリル樹脂の透明性をより高めることができる。かかる作用効果をより高める観点から、アクリル系単量体中のメタクリル酸メチルの含有量は、メタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体との合計100モル%に対し、65〜88モル%であることがより好ましい。
また、アクリル樹脂は、アクリル酸エステル系単量体としてのアクリル酸メチルに由来する構成単位を含んでいることが好ましい。この場合には、アクリル樹脂の成型加工時等における熱安定性をより高めることができる。かかる作用効果をより高める観点から、アクリル系単量体中のアクリル酸メチルの含有量は、メタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体との合計100モル%に対し、1〜4モル%であることがより好ましい。
また、アクリル樹脂は、多環式飽和炭化水素基を有する単量体としてのメタクリル酸イソボルニルに由来する構成単位を含んでいることが好ましい。この場合には、アクリル樹脂の耐熱性をより高めることができる。かかる作用効果をより高める観点から、アクリル系単量体中のメタクリル酸イソボルニルの含有量は、メタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体との合計100モル%に対し、10〜32モル%であることが好ましい。
メタクリル酸エステル系単量体はメタクリル酸メチルとメタクリル酸イソボルニルであり、アクリル酸エステル系単量体はアクリル酸メチルであることがより好ましい。これらの単量体を組み合わせて使用することにより、アクリル樹脂の透明性、熱安定性及び耐熱性を高め、かつ、これらの特性のばらつきを低減することができる。かかる作用効果をより高める観点から、これらの単量体の合計100モル%に対し、アクリル系単量体中のメタクリル酸メチルの含有量を65〜88モル%、アクリル酸メチルの含有量を1〜4モル%、メタクリル酸イソボルニルの含有量を10〜32モル%とすることがさらに好ましい。
なお、アクリル樹脂を構成する共重合体は、本発明の目的を阻害しない範囲内において、(メタ)アクリル酸エステル系単量体以外の単量体に由来する構成単位を含有してもよい。(メタ)アクリル酸エステル系単量体以外の単量体としては、アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸アミド、メタクリル酸アミドなどが挙げられる。(メタ)アクリル酸エステル系単量体以外の単量体は、過剰に添加すると樹脂の耐熱性や吸水性に悪影響を及ぼすおそれがあることから、(メタ)アクリル酸エステル系単量体100モル%に対して、5モル%以下であることが好ましく、2モル%以下であることがより好ましく、0モル%であること、つまり、(メタ)アクリル酸エステル系単量体以外の単量体を含まないことが特に好ましい。
アクリル樹脂のガラス転移温度Tgは125℃を超える。したがって、アクリル樹脂は優れた耐熱性を示し、アクリル樹脂からなる成形体の高温環境下での使用が可能になる。Tgが低すぎる場合には、アクリル樹脂の耐熱性が不十分になり、成形体の耐熱性も低下する。成形体の耐熱性をさらに向上させるという観点から、アクリル樹脂のガラス転移温度Tgは127℃以上であることが好ましく、128℃以上であることがより好ましく、130℃以上であることがさらに好ましい。
また、アクリル樹脂のガラス転移温度は145℃以下であることが好ましく、140℃以下であることがより好ましい。この場合には、成形加工時におけるアクリル樹脂の成形性をより向上させることができる。なお、アクリル樹脂のガラス転移温度Tgの測定には、JIS K7121(1987)に準拠した方法を採用することができる。ガラス転移温度Tgの測定方法は実施例にてより詳細に説明する。
アクリル樹脂の重量平均分子量は、5万〜15万であることが好ましい。この場合には、アクリル樹脂が高い力学強度を示すと共に、アクリル樹脂の粘度の上昇が抑制されるためアクリル樹脂の成形をより容易に行うことができる。これらの効果をより高めるという観点から、アクリル樹脂の重量平均分子量は6万〜14万であることがより好ましく、7万〜13万であることがさらに好ましい。アクリル樹脂の重量平均分子量の調整には連鎖移動剤の使用が有効である。なお、アクリル樹脂の重量平均分子量は、ポリスチレンを標準物質とするゲルパーミエーションクロマトグラフィ法により測定されたポリスチレン換算分子量である。アクリル樹脂の重量平均分子量の測定方法は実施例にてより具体的に説明する。
アクリル樹脂中に含まれる、重量平均分子量が1000〜3000である低分子量成分の含有量は0.10質量%以下(0を含む)である。これにより、アクリル樹脂及びその成形体の耐熱性をより向上させることができる。その結果、高温環境下で使用可能な成形体を得ることができる。また、この場合には、成形加工等による黄変をより効果的に抑制することができ、より低いイエローインデックスを有する成形体を得ることができる。
このようなアクリル樹脂は、重合条件などの製造条件を調整することにより製造される。アクリル樹脂中の低分子量成分の含有量は、0.08質量%以下(0を含む)であることが好ましく、0.05質量%以下(0を含む)であることがより好ましい。前述した低分子量成分の含有量は、ポリスチレンを標準物質とするゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)法により取得された測定試料の積分分子量分布曲線に基づいて算出することができる。低分子量成分の含有量の測定方法は、実施例にてより具体的に説明する。
低分子量成分は、主に、重合時にポリマー生長が十分に進行せずに停止することによって生成する。このような低分子量成分は、特に、重合の初期段階におけるラジカル濃度が過度に高い場合に増加する傾向がある。したがって、重合開始剤の種類、その添加量、連鎖移動剤の種類、その添加量、前段重合工程の重合温度等の重合条件を調整して、ラジカル濃度の過度の上昇を抑制することにより、低分子量成分の低減が可能になる。
重量平均分子量が1000〜3000である低分子量成分は、アクリル樹脂のガラス転移温度を低下させる傾向があり、沸点が高いため脱揮処理による除去も困難である。したがって、アクリル樹脂の耐熱性の向上のためには、アクリル樹脂中の低分子量成分を十分に低減することが好ましい。また、アクリル樹脂の透明性を向上させる観点からも、アクリル樹脂中の低分子量成分を十分に低減することが好ましい。
アクリル樹脂中の低分子量成分をより低減する観点からは、アクリル酸エステル系単量体とメタクリル酸エステル系単量体とを懸濁重合によって重合させることが好ましい。懸濁重合は、連続塊状重合などの他の重合法と比較して重合温度を低くし、温和な条件で重合を行うことができる。そのため、懸濁重合によって製造されたアクリル樹脂は、他の重合法で製造されたアクリル樹脂よりも、樹脂中の低分子量成分をより低減できる傾向にある。
なお、アクリル樹脂中の低分子量成分の含有量は、0に近づけることが好ましいが、懸濁重合によってアクリル酸エステル系単量体とメタクリル酸エステル系単量体とを重合させる場合であっても、低分子量成分を全く含有しないアクリル樹脂を得ることは難しい。それ故、懸濁重合によって製造されるアクリル樹脂中には、通常、微量の低分子量成分が含まれる。懸濁重合によって製造されたアクリル樹脂中の低分子量成分の含有量は、例えば0.01質量%以上である。
アクリル樹脂中に残留する未反応のメタクリル酸エステル系単量体、未反応のアクリル酸エステル系単量体は、アクリル樹脂を可塑化し、耐熱性などの熱物性や力学物性を低下させる傾向がある。また、これらの単量体は、脱揮工程や成形加工等においてアクリル樹脂のYIなどの光学物性を低下させる傾向がある。アクリル樹脂の熱物性、力学物性、光学物性を十分に高めるという観点から、アクリル樹脂中に残留するメタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体との合計量は、0.5質量%以下(0を含む)である。耐熱性等の熱物性等をさらに高めるという観点から、アクリル樹脂中のメタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体との合計量は、0.4質量%以下(0を含む)であることが好ましく、0.3質量%以下(0を含む)であることがより好ましい。なお、アクリル樹脂中に残留するメタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体との合計量は、ヘッドスペースガスクロマトグラフ質量分析法により測定することができる。前述した合計量の測定方法は、実施例にてより具体的に説明する。
アクリル樹脂は、125℃を超えるという高いガラス転移温度を示しながらも、アクリル樹脂中に残留するメタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体との合計量が低く、重量平均分子量が1000〜3000である低分子量成分の含有量が低い。これにより、アクリル樹脂のTgの低下を抑制しつつ、脱揮工程での黄変を抑制してアクリル樹脂の透明性を高めることができる。このようなアクリル樹脂は、耐熱性及び透明性に優れた成形体の製造を可能にする。
多環式飽和炭化水素基を有する単量体を用いてTgの高いアクリル樹脂を得ようとする場合、Tgが重合温度よりも高くなる傾向がある。そのため、従来の製造方法では、未反応物、つまり、重合しなかったメタクリル酸エステル系単量体やアクリル酸エステル系単量体の低減が困難であった。これは、懸濁重合時の温度範囲においては、系内に生成するポリマー油滴の粘度が著しく上昇し、ポリマー油滴内での単量体とラジカルとの衝突頻度が低下するためであると考えられる。
従来の製造方法においてポリマー油滴の粘度を低下させるためには、例えば、重合温度をより高くする方法が考えらえる。しかし、アクリル樹脂の場合、重合温度を高くすると解重合反応が進行しやすいため、重合温度を高くする方法を採用することができなかった。
また、例えば、重合反応を促進するために重合開始剤を増量する方法も考えられる。しかし、この場合には、重合開始剤による反応の促進効果が不十分である上に、重合反応中のラジカル濃度の過度の増大を招く。ラジカル濃度の過度の増大は、低分子量成分の生成を促進させ、アクリル樹脂の耐熱性などの熱物性や力学物性、光学物性に悪影響を及ぼすおそれがある。
これに対し、上記の態様のアクリル樹脂は、例えば、懸濁重合時に有機溶剤を使用しつつ、さらに重合条件を調整することによって製造されているため、ガラス転移温度が高く、未反応物及び低分子量成分が少ない。そのため、上記の態様のアクリル樹脂においては、未反応物や低分子量成分による熱物性、力学物性、光学物性への悪影響が抑制されている。その製造方法の詳細については、「中間体の製造方法」、「アクリル樹脂の製造方法」、「実施例」にて説明する。
アクリル樹脂のイエローインデックスは1.0未満である。したがって、アクリル樹脂は、黄変が少なく、高い透明性を示し、透明性に優れた成形体の製造を可能にし、透明性が要求される各種用途に好適である。「イエローインデックス」は、適宜「YI」と表記される。YIは、ASTM E313に準拠して測定される。成形体の透明性をさらに高めるという観点から、アクリル樹脂のYIは0.9以下であることが好ましく、0.8以下であることがより好ましい。
以上のように、多環式飽和炭化水素基を有する単量体を共重合成分として含有するアクリル樹脂における、ガラス転移温度、低分子量成分の含有量、未反応物の含有量及びYIをそれぞれ上記の範囲内とすることにより、耐熱性と透明性とを両立したアクリル樹脂を得ることができる。また、かかるアクリル樹脂によれば、優れた耐熱性と透明性とを高いレベルで兼ね備える成形体を製造することができる。このようなアクリル樹脂は、前述した耐熱性及び透明性に加え、アクリル樹脂特有の高い耐候性、表面硬度を有するものであることから、自動車等の車両に搭載される機器や、自動車用の部材等の用途に特に好適になると考えられる。
多環式炭化飽和炭化水素を有する単量体に由来する構成単位を含むアクリル樹脂中の未反応物量の低減と、アクリル樹脂のYIの低下との両立は、前述したように、従来困難であった。即ち、多環式炭化飽和炭化水素基を有する単量体は、押出機を用いた脱揮処理等による未反応物の除去が困難である。また、未反応物の除去のために高温加熱や繰り返し加熱等の厳しい条件での脱揮処理を行うと、アクリル樹脂の黄変が誘発される。これに対し、本明細書において開示するアクリル樹脂では、脱揮前のアクリル樹脂中間体における未反応物の含有量が十分に低くなるため、高温加熱などの厳しい条件での脱揮が不必要になる。これにより、アクリル樹脂中の未反応物量の低下と、YIの低下との両立が可能になる。
アクリル樹脂は、耐熱性、透明性が求められる用途に好適である。アクリル樹脂は、ガラス代替材料として用いることができ、レンズなどの光学用途への適用も可能である。アクリル樹脂の用途としては、具体的には、携帯電話等のディスプレイ、液晶ディスプレイの導光板、意匠性のアクリルパネル、計装カバー、カメラレンズ等が例示される。
[アクリル樹脂中間体]
アクリル樹脂中間体は、例えばアクリル樹脂の製造に用いられる。「アクリル樹脂中間体」のことを、適宜、「中間体」という。中間体には、メタクリル酸エステル系単量体と、アクリル酸エステル系単量体とを含むアクリル系単量体の共重合体と、有機溶剤とが含まれている。
有機溶剤は、共重合体の粘度を下げる効果を示す。例えば懸濁重合では、有機溶剤はポリマー油滴の過度な粘度上昇を抑制し、ポリマー油滴とラジカルとの衝突頻度を高くすることができる。したがって、有機溶剤は、反応に大きな悪影響を及ぼすことなく中間体の製造時に共重合体の重合率を高め、中間体中の未反応物を低減することができる。さらに、有機溶剤を添加することにより、重合温度を必要以上に高めなくても重合反応を促進させることができるため、共重合体を構成するポリマーの解重合反応が抑制される。その結果、未反応物や低分子量成分の含有量が少ない中間体を得ることができる。
共重合体に有機溶剤を添加することにより、中間体のガラス転移温度Tg2を110℃未満とすることができる。中間体のガラス転移温度Tg2は、105℃以下であることが好ましく、100℃以下であることがより好ましい。この場合には、中間体中の未反応物の含有量がより低減されている。そのため、かかる中間体によれば、より未反応物の含有量の少ないアクリル樹脂を得ることができる。
中間体のメタノール不溶分のガラス転移温度Tg1は125℃を超える。したがって、例えば中間体に脱揮工程を行うことにより、ガラス転移温度の高いアクリル樹脂を得ることができる。なお、中間体のメタノール不溶分は、メタノールを用いて中間体の再沈殿を行った場合に沈殿物として得られる成分である。メタノール不溶分のガラス転移温度Tg1の測定は、JIS K7212(1987)に準拠した方法により行うことができる。Tg1の測定方法は、実施例にてより具体的に説明する。
中間体中に残留する未反応のメタクリル酸エステル系単量体と未反応のアクリル酸エステル系単量体との合計量、つまり、未反応物の含有量は、1.5質量%以下(0を含む)である。この場合には、例えば中間体に脱揮工程を行うことにより、未反応物の含有量が0.5質量%以下のアクリル樹脂を得ることができる。アクリル樹脂中の未反応物の含有量をさらに低減するという観点から、中間体中に残留する未反応物の含有量は、1.4質量%以下(0を含む)であることが好ましく、1.2質量%以下(0を含む)であることがより好ましい。中間体中に残留する未反応物の含有量の測定は、アクリル樹脂の場合と同様に、ヘッドスペースガスクロマトグラフ質量分析法により行うことができる。前述した測定方法は、実施例にてより具体的に説明する。
中間体の低分子量成分の含有量等のその他の構成は、上述のアクリル樹脂と同様である。
[アクリル樹脂中間体の製造方法]
アクリル樹脂中間体は、有機溶剤が添加された水性媒体中でメタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体とを含むアクリル系単量体を懸濁重合することにより製造される。水性媒体は例えば水である。アクリル樹脂中間体の製造では、少なくとも2段階の重合を行う。具体的には、前段重合工程と後段重合工程とを行う。懸濁重合は、例えば攪拌装置を備えたオートクレーブなどの圧力容器内で行われる。
<前段重合工程>
前段重合工程では、80℃以下の重合温度で重合を行う。具体的には、水性媒体中で80℃以下の温度でモノマー転化率が70質量%以上となるまでメタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体とを含むアクリル系単量体の重合を行う。前段重合工程では、重合途中の共重合体を含むポリマー油滴が水性媒体中に生じる。なお、前段重合工程のモノマー転化率は、前段重合工程においてモノマーがポリマーに転化した割合であり、前段重合工程終了時における重合率で表される。「前段重合工程」を、例えば「第1重合工程」と表現することもできる。
前段重合工程の重合温度が高すぎる場合には、重合初期のラジカル濃度が高くなり、ラジカル同士の再結合停止反応が促進されるとともに解重合反応が起こりやすくなる。そのため、この場合には、未反応物の含有量の増大や、重量平均分子量1000〜3000の低分子量成分の含有量の増大を招くおそれがある。また、70質量%未満のモノマー転化率で後段重合工程に移行すると、移行時や後段重合工程でラジカル濃度が高くなり、低分子量成分が増加しやすくなり、アクリル樹脂の耐熱性、透明性の低下を招くおそれがある。アクリル樹脂の耐熱性、透明性の低下をさらに抑制するという観点から、前段重合工程の重合温度は75℃以下であることが好ましく、前段重合終了時のモノマー転化率は75質量%以上であることが好ましい。一方、重合効率を高める観点からは、前段重合工程の重合温度は、60℃以上であることが好ましく、65℃以上であることがより好ましい。
<後段重合工程>
後段重合工程では、105℃以上135℃以下の重合温度で重合を行う。具体的には、水性媒体中で105℃以上135℃以下の温度でモノマー転化率が98質量%以上となるまでメタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体とを含むアクリル系単量体の重合を行う。「後段重合工程」を、例えば「第2重合工程」と表現することもできる。
後段重合工程の重合温度が低すぎる場合には、重合が十分に進行しにくくなる。これにより、アクリル樹脂中の未反応物の含有量が増大し、アクリル樹脂の耐熱性、透明性の低下を招くおそれがある。また、重合温度が低すぎる場合には大量の有機溶剤が必要となるため、コスト高になるおそれがある。更に、大量の有機溶剤を使用した場合には、有機溶剤への連鎖移動が生じやすくなり、重合速度の低下を招くおそれがある。その結果、未反応物の含有量が増大するおそれもある。
アクリル樹脂の耐熱性をさらに向上させるという観点から、後段重合工程の重合温度は、110℃以上であることが好ましく、115℃以上であることがより好ましい。後段重合工程の重合温度が高すぎる場合には、ポリマーの解重合反応が生じやすくなり、樹脂中に残留する未反応物の含有量が増加するおそれがある。また、この場合には、省エネルギーでの生産が困難になる。
モノマー転化率は、例えば次のようにして算出される。まず、ガスクロマトグラフ質量分析法により、有機溶剤を添加する直前、前段重合終了時、後段重合終了時の各段階において、オートクレーブ内から測定対象物を採取する。そして、採取した測定対象物における有機溶剤の含有量A(質量%)および未反応物の含有量B(質量%)を求める。モノマー転化率は、以下の式に有機溶剤の含有量A(質量%)および未反応物の含有量B(質量%)の値を代入することにより算出することができる。
モノマー転化率(%) = 100 ×(100−A−B)/(100−A)
後段重合工程においては、重合温度Tpを、中間体のガラス転移温度Tg2より15℃以上高くすることが好ましい。つまり、Tp−Tg2≧15℃であることが好ましい。この場合には、ポリマー油滴の粘度がさらに低下し、重合効率が向上する。その結果、未反応物のさらなる低減が可能になる。この効果をさらに高めるという観点から、Tp−Tg2≧20℃であることが好ましく、Tp−Tg2≧25℃であることがより好ましい。Tg2の測定方法は、実施例にて説明する。
中間体のメタノール不溶分のガラス転移温度Tg1と、中間体のガラス転移温度Tg2とは、Tg1−Tg2≧25℃の関係を満足することが好ましい。この場合には、中間体中の未反応物の量を低減するとともに、未反応物の量のばらつきをより低減することができる。この効果をさらに高めるという観点から、Tg1−Tg2≧30℃の関係を満足することがより好ましく、Tg1−Tg2≧40℃の関係を満足することがさらに好ましい。
アクリル樹脂のガラス転移温度Tgと、中間体のガラス転移温度Tg2とは、Tg−Tg2≧20℃の関係を満足することが好ましい。この場合には、アクリル樹脂の透明性を損なうことなく脱揮処理等によって未反応物の量を低減するとともに、アクリル樹脂中に残存する未反応物の量のばらつきをより低減することができる。この効果をさらに高めるという観点から、Tg−Tg2≧25℃の関係を満足することがより好ましく、Tg−Tg2≧30℃の関係を満足することがさらに好ましい。
<重合開始剤>
メタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体とを含むアクリル系単量体の重合には、第1重合開始剤と第2重合開始剤とを含む、2種類以上の重合開始剤が用いられる。第1重合開始剤は、主に、前段重合工程における開始剤として機能する。また、第2重合開始剤は、主に、後段重合工程における開始剤として機能する。
メタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体との重合に、第1重合開始剤と第2重合開始剤とを併用することにより、多環式飽和炭化水素基を有する単量体由来の構成単位を共重合体中に有しながらも、未反応物が少なく、低分子量成分が少ない中間体の製造が可能になる。その結果、中間体のメタノール不溶分のガラス転移温度Tg1を高くし、ひいてはアクリル樹脂のガラス転移温度Tgを高くすることができる。また、かかる中間体によれば、透明性の高いアクリル樹脂を得ることができる。
第1重合開始剤としては、アゾ化合物、ジアシル型有機過酸化物及びパーエステル型有機過酸化物(但し、t−ブチルオキシ基またはクミルオキシ基を有するパーエステル型有機過酸化物を除く)から選択され、かつ、10時間半減期温度が50〜90℃である化合物を使用することができる。なお、10時間半減期温度とは、当該化合物を不活性溶媒中で加熱した場合に、初期量の50%が10時間で熱分解する温度をいう。
10時間半減期温度は、例えば次のようにして測定することができる。まず、測定対象の化合物をベンゼンに溶解し、濃度0.1mol/リットルの溶液を得る。この溶液を、予め内部の空気を窒素により置換したガラス管内に封入する。次いで、恒温槽を用いてガラス管の温度を任意の温度Tに保持し、化合物を熱分解させる。そして、時間tが経過した後に、恒温槽からガラス管を取り出し、溶液中の化合物の濃度を測定する。
温度Tにおける化合物の熱分解反応の反応速度定数をk(T)、ガラス管の保持時間をt、化合物の初期濃度を[PO]0、時間t後の化合物の濃度を[PO]tとすると、k(T)t=ln[PO]0/[PO]tの関係が成り立つ。それ故、例えば、時間tを横軸にプロットし、ln[PO]0/[PO]tを横軸にプロットしたグラフの傾きから反応速度定数k(T)を求めることができる。
ここで、温度Tにおける半減期時間t1/2(T)、つまり、初期量の50%が熱分解する時間においては、温度によらず[PO]0/[PO]t=2となる。それ故、任意の温度Tにおいてt1/2(T)=ln2/k(T)の関係が成り立つ。前述した方法により算出した反応速度定数k(T)の値を上記の関係式に代入することにより、任意の温度Tにおける半減期時間t1/2(T)を求めることができる。
かかる方法により、温度Tを種々変更して半減期時間t1/2(T)を求めた後、例えば、lnt1/2(T)を縦軸にプロットし、1/Tを横軸にプロットしたグラフを作成する。そして、これらのプロット点から決定した近似直線上においてt1/2(T)の値が10時間となる温度Tの値を決定する。この温度Tを10時間半減期温度とすることができる。
10時間半減期温度が過度に低い化合物を第1重合開始剤として使用する場合には、前段重合工程における重合反応中のラジカル濃度の調整が困難となり、中間体中に含まれる未反応物の量や低分子量成分の量の増大を招くおそれがある。第1重合開始剤として10時間半減期温度が50℃以上の化合物を使用することにより、かかる問題を回避することができる。
また、10時間半減期温度が過度に高い化合物を第1重合開始剤として使用する場合には、前段重合工程における重合が進行しにくくなり、中間体中の未反応物の含有量が増大するおそれがある。第1重合開始剤として10時間半減期温度が90℃以下の化合物を使用することにより、かかる問題を回避することができる。中間体中の未反応物をさらに低下させるという観点から、第1重合開始剤の10時間半減期温度は、85℃以下であることが好ましく、80℃以下であることがより好ましい。
第1重合開始剤として使用し得るアゾ化合物としては、例えば、2,2’−アゾビスイソブチロニトリル、2,2’−アゾビス−2,4−ジメチルバレロニトリル等を使用することができる。第1重合開始剤として使用し得るジアシル型有機過酸化物としては、例えば、ラウロイルパーオキサイド、オクタノイルパーオキサイド、3,5,5−トリメチルヘキサノイルパーオキサイド、イソノナノイルパーオキサイド、デカノイルパーオキサイド、ドデカノイルパーオキサイド、ステアロイルパーオキサイド等を使用することができる。第1重合開始剤として使用し得るパーエステル型有機過酸化物としては、例えば、t−アミルパーオキシピバレート、t−アミルパーオキシイソブチレート、t−アミルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート、t−ヘキシルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート、t−ヘキシルパーオキシピバレート、1,1,3,3−テトラメチルブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート、1,1,3,3−テトラメチルブチルパーオキシネオデカノエート等を使用することができる。なお、t−ブチルオキシ基及びクミルオキシ基のうち少なくとも一方を有するパーエステル型有機過酸化物は、第1重合開始剤として使用することはできない。
第1重合開始剤としては、これらの化合物から選択される1種または2種以上の化合物を使用することができる。第1重合開始剤としては、ラウロイルパーオキサイドを用いることが好ましい。
第2重合開始剤としては、モノカーボネート型有機過酸化物、パーエステル型有機過酸化物及びパーケタール型有機過酸化物から選択され、かつ、10時間半減期温度が80〜120℃である1種または2種以上の化合物を使用することができる。但し、t−ブチルオキシ基及びクミルオキシ基のうち少なくとも一方を有する化合物は、第2重合開始剤として使用することはできない。
10時間半減期温度が過度に低い化合物を第2重合開始剤として使用する場合には、後段重合工程における重合反応中のラジカル濃度の調整が困難となり、中間体中に含まれる未反応物の量や低分子量成分の量の増大を招くおそれがある。第2重合開始剤として10時間半減期温度が80℃以上の化合物を使用することにより、かかる問題を回避することができる。
10時間半減期温度が過度に高い化合物を第2重合開始剤として使用する場合には、後段重合工程における重合が進行しにくくなり、中間体中の未反応物の含有量が増大するおそれがある。第2重合開始剤として10時間半減期温度が120℃以下の化合物を使用することにより、かかる問題を回避することができる。中間体中の未反応物の含有量をさらに低下させるという観点から、第2重合開始剤の10時間半減期温度は115℃以下であることが好ましく、110℃以下であることがより好ましい。
第2重合開始剤として使用し得るモノカーボネート型有機過酸化物としては、例えば、t−ヘキシルパーオキシイソプロピルモノカーボネート、t−アミルパーオキシイソプロピルモノカーボネート、t−アミルパーオキシ2−エチルヘキシルモノカーボネートなどがある。第2重合開始剤として使用し得るパーエステル型有機過酸化物としては、例えば、t−アミルパーオキシイソノナノエート、t−アミルパーオキシアセテートなどがある。第2重合開始剤として使用し得るパーケタール型有機過酸化物としては、例えば、1,1−ジ−t−ブチルパーオキシシクロヘキサン、1,1−ジ−t−アミルパーオキシシクロヘキサンなどがある。
第2重合開始剤としては、これらの化合物から選択される1種または2種以上の化合物を使用することができる。第2重合開始剤としては、t−ヘキシルパーオキシイソプロピルモノカーボネートを用いることが好ましい。t−ヘキシルパーオキシイソプロピルモノカーボネートの分解によって生じるアルコキシラジカルは速やかにβ開裂反応を起こし、水素引抜反応を起こしにくいアルキルラジカルに変化する。そのため、t−ヘキシルパーオキシイソプロピルモノカーボネートは水素引抜反応を起こしにくい。
第1重合開始剤の使用量と第2重合開始剤の使用量との合計は、単量体混合物100質量部に対して例えば0.05〜2質量部である。重合開始剤の使用量をこの範囲に調整することにより、中間体中に残存する未反応物及び低分子成分の量を低減するとともに、これらの量のバラつきをより低減することができる。
第1重合開始剤及び第2重合開始剤としては、水素引き抜き能の低い化合物を使用することが好ましい。第1重合開始剤または第2重合開始剤の水素引抜能が高い場合には、得られる中間体の透明性が低下するおそれがある。また、この場合には、重合過程において、ポリマー中の水素が引き抜かれ、二重結合や環状構造の生成などの副反応が生じやすくなる。その結果、懸濁液中にゲルが生成したり、中間体が黄変したりするおそれがある。
第1重合開始剤及び第2重合開始剤の水素引き抜き能は25%以下であることが好ましい。この場合には、前述した諸問題の発生をより効果的に抑制し、光学物性及び力学物性に優れたアクリル樹脂を得ることができる。
重合開始剤として使用される化合物の水素引き抜き能は、例えばメチルスチレンダイマーを使用したトラッピング法により測定することができる。具体的には、まず、アンプル中にメチルスチレンダイマー、シクロヘキサン及び測定対象の化合物を投入する。このアンプルを加熱し、測定対象の化合物からラジカルを発生させる。発生したラジカルの水素引き抜き能が高い場合、シクロヘキサンの水素がラジカルによって引き抜かれ、シクロヘキシルラジカルが生成する。シクロヘキシルラジカルはメチルスチレンダイマーに捕捉され、シクロヘキシルラジカルのトラッピング生成物が形成される。従って、アンプル中に生じたトラッピング生成物の量をガスクロマトグラフで定量することにより、測定対象の化合物の水素引抜能を見積もることができる。
<有機溶剤>
中間体の製造にあたっては、水性媒体中に有機溶剤を添加する。有機溶剤は、懸濁重合におけるポリマー油滴の粘度を下げる効果を発揮する。これにより、ポリマー油滴内におけるモノマーとラジカルとの衝突頻度が上昇し、重合反応が促進される。その結果、中間体中に残留する未反応物量を低減することができる。つまり、未反応物の残留量の少ない中間体を得ることができる。
中間体の製造時には、中間体のガラス転移温度Tg2が110℃未満となるように有機溶剤を添加する。例えば、有機溶剤の種類、添加量、添加時期を調整することにより、ガラス転移温度Tg2を110℃未満に調整することができる。
有機溶剤の分配係数LogPowは、0.2以上であることが好ましい。この場合には、有機溶剤による未反応物量の低減効果が高まる。この効果をさらに向上させるという観点から、有機溶剤の分配係数LogPowは0.4以上がより好ましく、1.0以上がさらに好ましい。分配係数LogPowが0.2以上の有機溶剤を用いることにより、中間体のガラス転移温度Tg2を110℃未満に調整しやすくなる。
前述した分配係数LogPowは、オクタノール/水分配係数、つまり、有機溶剤をオクタノール相と水相との間で分配する場合の分配の程度を表す係数である。LogPowは、具体的には以下の式により表される。なお、下記式におけるCoはオクタノール相中の有機溶剤のモル濃度であり、Cwは水相中の有機溶剤のモル濃度である。
LogPow=Log(Co/Cw)
上記式より、LogPowの値が高い有機溶剤は、疎水性が高く、水相よりもオクタノール相に分配されやすいことを意味し、LogPowの値が低い有機溶剤は、親水性が高く、オクタノール相よりも水相に分配されやすいことを意味する。例えば、LogPowの値が0以下の有機溶剤をオクタノール相と水相との間で分配した場合、オクタノール相への溶解量よりも水相への溶解量が多くなる。また、LogPowの値が1の有機溶剤をオクタノール相と水相との間で分配した場合、オクタノール相への溶解量は水相への溶解量の10倍となる。本発明におけるLogPowは、アメリカ合衆国環境保護庁によって開発された物性値推算ソフトEPI Suite(登録商標)を用い、化合物の分子構造に、当該ソフトに組み込まれた予測モデルであるKOWWIN v1.68を適用することによって推算された値である。
有機溶剤としては、具体的には、ペンタン、シクロヘキサン、ノルマルヘキサン、ヘプタン等の炭化水素化合物;トルエン、スチレン等の芳香族化合物;メチルエチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類;テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル等のエーテル類;ブタノール、ヘキサノール等のアルコール類が例示される。有機溶剤は、単独で又は2種以上を組み合わせて用いられる。
有機溶剤としては、炭素数5〜11の炭化水素を用いることが好ましく、炭素数6〜8の炭化水素を用いることがより好ましい。また、有機溶剤は、飽和炭化水素であることがさらに好ましい。このような有機溶剤は、脱揮工程において中間体から揮発しやすく、アクリル樹脂中に残留しにくい。また、このような有機溶剤を用いることにより、アクリル樹脂中の未反応物の含有量をより低減することができる。
分配係数LogPowが0.2以上の有機溶剤を使用する場合、有機溶剤の添加量は、アクリル酸エステル系単量体とメタクリル酸エステル系単量体との合計100質量%に対して4質量%以上20質量%以下であることが好ましい。有機溶剤の添加量を4質量%以上に調整することにより、重合中の共重合体のガラス転移温度を十分に低下させてポリマー油滴の粘度上昇を十分に抑制できる。その結果、有機溶剤の未反応物量の低減効果が向上する。また、有機溶剤の添加量を20質量%以下にすることにより、有機溶剤への連鎖移動反応が抑制され、重合効率の低下を抑制することができる。その結果、有機溶剤の未反応物量の低下効果が向上する。有機溶剤の未反応物量の低下効果をさらに高めるという観点から、有機溶剤の添加量は、アクリル酸エステル系単量体とメタクリル酸エステル系単量体との合計100質量%に対して6質量%以上15質量%以下であることがより好ましい。また、有機溶剤の添加量を上記の範囲に調整することにより、中間体のガラス転移温度Tg2を110℃未満に調整しやすくなる。
脱揮工程において中間体からの有機溶剤の脱揮をより効率よく行う観点からは、有機溶剤の沸点は低い方が好ましい。具体的には、中間体の脱揮処理における加熱温度(例えば押出機のシリンダー温度)よりも低い沸点を有する有機溶剤を用いることが好ましい。例えば沸点が30〜200℃である有機溶剤は、脱揮工程において中間体から揮発しやすい上に、取り扱いが容易である。脱揮工程における揮発性と取り扱い性とを両立させる観点からは、有機溶剤の沸点が50〜150℃であることがより好ましく、60〜130℃であることがさらに好ましい。
懸濁重合においては、メタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体とのモノマー転化率が50質量%未満(0を含む)の段階で有機溶剤を水性媒体中に添加する。有機溶剤の添加時期が遅くなりすぎると、ポリマー油滴の粘度が高い時期が長くなるため、有機溶剤の未反応物量の低減効果が不十分になる。未反応物量の低下効果をさらに向上させるという観点から、モノマー転化率が30質量%以下の段階で有機溶剤を添加することが好ましく、重合開始前から(つまり、モノマー転化率0の段階で)水性媒体中に有機溶剤を添加しておくことがより好ましい。同様の観点から、モノマー転化率が50質量%未満(0を含む)の段階で、水分配係数LogPowが0.2以上の有機溶剤を4質量%以上20質量%以下(アクリル酸エステル系単量体とメタクリル酸エステル系単量体との合計100質量%とする。)添加することが特に好ましい。
懸濁重合においては、有機溶剤の全量を一度に添加してもよいし、複数回に分けて添加してもよい。有機溶剤を複数回に分けて添加する場合、モノマー転化率が上記範囲の段階で、有機溶剤の全添加量の50質量%以上を添加することが好ましく、60質量%以上を添加することがより好ましく、80質量%以上を添加することがさらに好ましい。
有機溶剤の添加方法は、特に限定されないが、例えば、(メタ)アクリル酸エステル単量体と有機溶剤とを混合して圧力容器などの反応容器内に投入したり、例えばポンプを用いて反応容器内に注入することができる。
重量平均分子量の調整には連鎖移動剤の使用が有効であり、懸濁重合においては、水性媒体中に連鎖移動剤を添加することができる。連鎖移動剤としては、例えば、アルキルメルカプタン、アルキルサルファイド、アルキルジサルファイド、チオグリコール酸2−エチルヘキシル、α−メチルスチレンダイマー、β−メルカプトプロピオン酸、ベンジルメルカプタン、チオフェノール、チオクレゾール、チオナフトールを用いることができる。これらの中でも、n−ブチルメルカプタン、n−ヘプチルメルカプタン、n−オクチルメルカプタン、n−デシルメルカプタン、n−ドデシルメルカプタン、t−ドデシルメルカプタン、n−ヘキサデシルメルカプタン、t−ヘキサデシルメルカプタン、n−エイコシルメルカプタン、n−ドコシルメルカプタン等のアルキルメルカプタンを用いることが好ましく、n−オクチルメルカプタンを用いることがさらに好ましい。この場合には、例えば重量平均分子量が5万〜15万の範囲内のアクリル樹脂が得られやすくなる。さらに、中間体中の未反応物の含有量を低減するとともに、未反応物の含有量のばらつきをより低減することができる。なお、連鎖移動剤は上述した化合物に限定されるものではなく、連鎖移動剤として用いられる化合物を使用することができる。連鎖移動剤は、単独で又は2種以上を組み合わせて用いられる。
懸濁重合においては、水性媒体中に懸濁剤を添加することができる。懸濁剤としては、例えば、ポリビニルアルコール、メチルセルロース、ポリビニルピロリドンなどの親水性高分子;第三リン酸カルシウム、ピロリン酸マグネシウム、ヒドロキシアパタイト、酸化アルミニウム、タルク、カオリン、ベントナイトなどの難水溶性無機塩を用いることができる。必要に応じて、懸濁剤と界面活性剤を併用しても良い。なお、難水溶性無機塩を使用する場合は、アルキルスルホン酸ナトリウムやドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムなどのアニオン性界面活性剤を併用することが好ましい。
懸濁剤の使用量は、メタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体との合計100質量部に対して、0.01〜5質量部であることが好ましい。難水溶性無機塩とアニオン性界面活性剤とを併用する場合は、メタクリル酸エステル系単量体とアクリル酸エステル系単量体との合計100質量部に対して、難水溶性無機塩を0.05〜3質量部、アニオン性界面活性剤を0.0001〜0.5質量部用いることが好ましい。
[アクリル樹脂の製造]
アクリル樹脂は、中間体に脱揮工程を行うことにより製造される。脱揮工程においては、例えば、押出機などを用いてアクリル樹脂中間体を溶融混練する。これにより、アクリル樹脂中間体に含まれる有機溶剤、未反応のメタクリル酸エステル系単量体及び未反応のアクリル酸エステル系単量体をアクリル樹脂中間体から揮発させて除去する。アクリル樹脂における有機溶剤の残存量を低減し、アクリル樹脂の熱物性、力学物性の低下を抑制する観点から、脱揮工程において、アクリル樹脂中の有機溶剤の含有量を0.1質量%以下(0を含む)とすることが好ましい。
中間体から脱揮される有機溶剤、メタクリル酸エステル系単量体、アクリル酸エステル系単量体の量を多くするためには、脱揮工程における混練温度を高めることが好ましい。しかし、混練温度を過度に高めると、アクリル樹脂が熱劣化しやすくなり、アクリル樹脂のYIの上昇を招くおそれがある。混練温度は、生産性や本発明の効果を損ねない範囲で調整でき、有機溶剤や単量体の沸点、押出機の減圧度に基づいて決定することができる。混練温度は、例えば200〜240℃であることが好ましく、210〜230℃であることがより好ましい。
脱揮工程は、例えばベント式二軸押出機を用いて行われる。具体的には、脱揮工程では、中間体をベント式二軸押出機内に供給した後、押出機内において加熱し、中間体を溶融混練する。これにより、中間体中に含まれる未反応物、有機溶剤等の揮発成分が脱揮され、アクリル樹脂を得ることができる。押出機のバレル温度より低い沸点を有する有機溶剤を用いることにより、アクリル樹脂中の有機溶剤の残存を回避しやすくなる。
アクリル樹脂の黄変等を抑制し、光学物性のバラつきをより低減する観点から、脱揮工程において、酸化防止剤や紫外線吸収剤等を適宜中間体に配合してもよい。
酸化防止剤としては、例えば、ペンタエリスリトールテトラキス3−3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニルプロピオネート、オクタデシル−3−3,5−ジ−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニルプロピオネート等のフェノール化合物;トリス2−4−ジ−t−ブチルフェニルホスファイト、トリスノリルフェニルホスファイト等のリン化合物;ジドデシル−3,3’−チオジプロピオネート、3,3’−チオジプロピオン酸ジオクタデシルエステル等の硫黄化合物;ビス−1,2,2,6,6−ペンタメチル−4−ピペリジニル−2−ブチル−2−4−ヒドロキシル−3,5−ジ−t−ブチルベンジルプロピオネート、テトラキス−2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジルブタン−1,2,3,4−テトラカルボキシレート等のヒンダードアミン化合物などを使用することができる。これらの化合物は、単独で使用してもよく、2種以上の化合物を併用してもよい。
また、本発明の効果を損なわない範囲において、必要に応じて、UV吸収剤、光安定剤、耐候剤、着色剤、表面改質剤、離型剤、難燃剤などの、樹脂用の添加剤を配合してもよい。
以下に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例によって限定されるものではなく、本発明の要旨を超えない限り、種々の変更が可能である。オートクレーブ内の温度は、水性媒体の温度を意味する。「%」は特に表記がないかぎり、質量基準である。
(実施例1)
まず、撹拌装置の付いた内容積が3Lのオートクレーブ内に、脱イオン水1000g、懸濁剤として第三リン酸カルシウム0.6g、電解質として酢酸ナトリウム1.5g、界面活性剤としてドデシルジフェニルエーテルスルホン酸二ナトリウム(具体的には、花王製ペレックスSSH)0.05gを投入した。
モノマー成分としてメタクリル酸メチル340g、メタクリル酸イソボルニル150g、アクリル酸メチル10gの混合物を準備した。混合物に、重合開始剤としてラウロイルパーオキサイド(具体的には、日油製パーロイルL)0.75gとt−ヘキシルパーオキシイソプロピルモノカーボネート(具体的には、日油製パーヘキシルI)0.5g、連鎖移動剤としてn−オクチルメルカプタン1.1g、有機溶剤としてシクロヘキサン35gを溶解させた。
オートクレーブ内を撹拌速度400rpmで撹拌しながら脱イオン水中に溶解物を投入した。オートクレーブ内の空気を窒素にて置換した後、オートクレーブ内を密閉した。
次に、1時間かけてオートクレーブ内の温度を40℃から70℃まで昇温し、そのまま6時間保持して前段重合工程を行った。その後、オートクレーブ内の温度を120℃まで2時間かけて昇温し、そのまま6時間保持して後段重合工程を行った。次に、オートクレーブ内の温度を4時間かけて室温まで冷却し、反応を完了させた。
冷却後、オートクレーブの内容物である粒子状の中間体を取り出した。中間体を硝酸で洗浄し、中間体の表面に付着した懸濁剤である第三リン酸カルシウムを溶解させ、さらに中間体を水で洗浄した。その後、遠心分離機を用いて中間体の脱水を行い、さらに気流乾燥装置を用いて中間体の表面の水分を除去した。
次いで、ベント式二軸押出機を用いて中間体に脱揮工程を行った。脱揮工程においては、押出機内に中間体、酸化防止剤及び脱揮剤を供給し、中間体を加熱溶融させるとともに中間体、酸化防止剤及び脱揮剤を混練した。この際、押出機のベント部をマイナス0.9bar(G:ゲージ圧)に真空引きすることにより、中間体に含まれる有機溶剤及び未反応物(つまり、アクリル酸エステル系単量体及びメタクリル酸エステル系単量体)を脱揮剤とともにベント口から排出した。有機溶剤及び未反応物が低減されたアクリル樹脂は、押出機の押出口からストランド状に押し出される。
本例の脱揮工程においては、LabTech社製バレル式二軸押出機を使用した。二軸押出機のスクリュー径は20mmである。脱揮工程における脱揮温度(つまり、バレル温度)は220℃とし、二軸押出機からのアクリル樹脂の吐出量は1.5kg/時とした。また、本例の脱揮工程においては、アクリル樹脂の有機溶剤の含有量が0.1質量%以下となるまで、脱揮工程を行った。
酸化防止剤としては、Songwon社製のSongnox1076及びSongnox1680を使用した。これらの添加量は、いずれも、100質量部の中間体に対して0.1質量部とした。脱揮剤としては水を使用した。水の添加量は、中間体100質量部に対して8質量部とした。押出機内に添加された水は、押出機内において溶融した中間体中に分散する。中間体中に分散した水は、ベント部において、有機溶剤及び未反応物の揮発を促進させ、脱揮効率を向上させることができる。
押出機からストランド状に押出されたアクリル樹脂を、回転式カッターにて長さ約3mmのペレット状にカットした。これにより、ペレット状のアクリル樹脂を得た。
本例の仕込み組成、重合条件を表1に示す。表中において、MAはアクリル酸メチル、MMAはメタクリル酸メチル、IBOMAはメタクリル酸イソボルニル、DCPMAは、メタクリル酸ジシクロペンタニル、DCPAはアクリル酸ジシクロペンタニル、ADMAはメタクリル酸アダマンチルを示す。これらは単量体である。表中において「R−」が付された単量体は、残留した単量体を意味する。例えば「R−MA」は、未反応で残留したアクリル酸メチルを意味する。
表中、LPOはラウロイルパーオキサイド(具体的には日油製パーロイルL)、HIはt−ヘキシルパーオキシイソプロピルモノカーボネート(具体的には日油製のパーヘキシルI)、AIBNは、アゾビスイソブチロニトリル、BOはt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキサノエート(具体的には日油製のパーブチルO)、BEはt−ブチルパーオキシ−2−エチルヘキシルモノカーボネート(具体的には日油製のパーブチルE)、「IA」は1,1−ジ−t−ブチルパーオキシ3,3,5−トリメチルシクロヘキサンを示す。これらは重合開始剤である。
表中、「c−C6」はシクロヘキサン(沸点:80℃)を示し、「MEK」はメチルエチルケトン(沸点:79℃)を示し、「C7」はヘプタン(沸点:98℃)を示し、「DMF」はジメチルホルムアミド(沸点:153℃)を示し、「C5」はペンタン(沸点:36℃)を示し、「Tol」はトルエン(沸点:111℃)を示す。
表中、「phr」は質量部を示す。「−」の項目は、該当するものがないこと示し、量であれば「0」を意味する。
有機溶剤の添加時期の項目における「昇温前」は、懸濁重合における加熱開始前の水性媒体中に有機溶剤を添加したことを意味する。また、経過時間の項目における「70℃到達から3.5h後」は、70℃の重合温度で保持を開始してから3.5時間経過時に有機溶剤を添加したこと意味し、「70℃到達から5h後」は、70℃の重合温度で保持を開始してから5時間経過時に有機溶剤を添加したこと意味する。
表中、各重合条件の項目における「温度(℃)×時間(h)」は、その温度での保持時間を示す。例えば、前段重合工程の項目における「70℃×6h」は、70℃で6時間保持したことを意味し、後段重合工程の項目における「120℃×5h」は、120℃で5時間保持したことを意味する。
本例にて作製した中間体、アクリル樹脂、成形品について、以下の測定を行った。その結果を表2に示す。なお、実施例、比較例におけるアクリル樹脂の有機溶剤の含有量は、すべて0.1質量%以下であった。
(未反応物の定量)
測定試料をジメチルホルムアミド(DMF)に溶解させた後、ヘッドスペースガスクロマトグラフ質量分析法により溶解物中の未反応物の含有量を測定した。測定試料は、中間体又はアクリル樹脂である。
具体的には、まず、DMF中の(メタ)アクリル酸エステル成分の濃度が10質量ppm、100質量ppm、1000質量ppm、10000質量ppmとなるように標準溶液を調製した。次に容積20mlのバイアル瓶に標準溶液0.2gを精秤し、さらにDMF1mlを入れて密封した。このバイアル瓶をヘッドスペースサンプラーにて保温した後、バイアル瓶内の気相部をガスクロマトグラフ質量分析計により測定し、クロマトグラムを得た。このクロマトグラムから検量線を作成した。
次に、容積20mlのバイアル瓶に試料0.2gを精秤し、さらにDMF1mlを入れて密封した。このバイアル瓶を室温で1日保持することにより、試料をDMFに完全に溶解させた。次いで、バイアル瓶をヘッドスペースサンプラーにて保温した後、バイアル瓶内の気相部をガスクロマトグラフ質量分析計により測定し、クロマトグラムを得た。このクロマトグラムとあらかじめ作成した検量線とから、未反応物の含有量を求めた。
ヘッドスペースガスクロマトグラフ質量分析法におけるより詳細な測定条件は以下の通りである。
ガスクロマトグラフ質量分析計:(株)島津製作所製GCMS−QP2020
ヘッドスペースサンプラー:(株)島津製作所製HS−20
キャピラリーカラム:ジーエルサイエンス(株)Stabilwax、内径0.32mm、長さ30m
ヘッドスペースサンプラー保温条件:90℃、1時間
カラム温度:50℃×2分→(昇温速度:10℃/分)→90℃→(昇温速度:5℃/分)→120℃→(昇温速度:20℃/分)→230℃×2分
イオン源温度:200℃
キャリヤーガス:ヘリウム、カラム流量 2ml/分
スプリット比:1/10
(モノマー転化率の測定)
以下の方法により、有機溶剤を添加する直前、前段重合終了時、後段重合終了時の各段階におけるモノマー転化率を算出した。まず、有機溶剤を添加する直前、前段重合終了時、後段重合終了時の各段階のオートクレーブ内から粒子状の測定試料を採取した。この測定試料を硝酸で洗浄し、粒子表面に付着した懸濁剤である第三リン酸カルシウムを溶解させ、さらに水で洗浄した。その後、遠心分離機を用いて脱水し、さらに気流乾燥装置を用いて粒子表面の水分を除去し、測定に用いた。また、これとは別に、100mLのメスフラスコにシクロペンタノール約5gを小数点以下第3位まで精秤し、ジメチルホルムアミド(DMF)を加えて全体を100mLとしたDMF溶液を準備した。このDMF溶液をさらにDMFで100倍に希釈し内部標準溶液とした。
次いで、測定試料約1gを小数点以下第3位まで精秤し、約18mLのDMFに溶解させた。この試料溶液にホールピペットにて正確に分取した内部標準溶液2mlを加え、混合溶液を調製した。マイクロシリンジにて正確に分取した混合溶液1μLをガスクロマトグラフに導入してクロマトグラムを得た。このクロマトグラムに基づき、シクロペンタノールを内部標準物質とする内部標準法により、有機溶剤の濃度及び未反応物の濃度を算出した。
混合溶液中の各成分の濃度は、以下の式により算出することができる。
成分濃度(質量%)=(Wi/10000)2×(An/Ai)×Fn÷Ws×100
なお、上記式における記号の意味は以下の通りである。
Wi:内部標準溶液の調製時に精秤したシクロペンタノールの質量(g)
Ws:試料溶液の調製時に精秤した測定試料の質量(g)
An:クロマトグラムに現れた測定対象成分に由来するピークのピーク面積
Ai:クロマトグラムに現れた内部標準物質に由来するピークのピーク面積
Fn:あらかじめ作成した検量線より求めた各成分の補正係数
また、ガスクロマトグラフにおける詳細な分析条件は以下の通りとした。
分析装置:(株)島津製作所製ガスクロマトグラフGC−6AM
検出器:FID(水素炎イオン化検出器)
カラム材質:内径3mm、長さ5000mmのガラスカラム
カラム充填剤:[液相名]FFAP(遊離脂肪酸)、[液相含浸率]10質量%、[担体名]ガスクロマトグラフ用珪藻土Chomasorb W、[担体粒度]60/80メッシュ、[担体処理方法]AW−DMCS(水洗・焼成・酸処理・シラン処理)、[充填量]90mL
注入口温度:100℃
カラム温度:40℃
検出部温度:100℃
キャリヤーガス:N2、流量40ml/分
以上により得られた有機溶剤の濃度A(質量%)及び未反応物の濃度B(質量%)を用い、以下の式に基づいて各段階でのモノマー転化率(%)を算出した。
モノマー転化率(%) = 100 ×(100−A−B)/(100−A)
(分子量の測定)
ポリスチレンを標準物質としたゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)法により測定試料のクロマトグラムを取得した。そして、得られたクロマトグラムに基づき、測定試料の重量平均分子量Mw及び数平均分子量Mnを算出した。測定試料は、中間体又はアクリル樹脂である。
クロマトグラムの取得には東ソー(株)製のHLC−8320GPC EcoSECを使用した。測定試料をテトラヒドロフラン(THF)に溶解させて濃度0.1wt%の試料溶液を調製した後、TSKguardcolumn SuperH−H×1本、TSK−GEL SuperHM−H×2本を直列に接続したカラムを用い、溶離液:テトラヒドロフラン(THF)、THF流量:0.6ml/分という分離条件で、ゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)により測定試料を分子量の違いによって分離し、クロマトグラムを得た。そして、標準ポリスチレンを用いて作成した較正曲線によって得られたクロマトグラムにおける保持時間を分子量に換算し、微分分子量分布曲線を得た。この微分分子量分布曲線から測定試料の数平均分子量Mn、重量平均分子量Mwをそれぞれ求めた。
(低分子量成分の含有量の測定)
ポリスチレンを標準物質としたゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)法により測定試料のクロマトグラムを取得した。得られたクロマトグラムを積分分子量分布曲線、つまり、横軸に重量平均分子量Mwをプロットし、縦軸に累積頻度(%)をプロットした曲線に変換した。この積分分子量分布曲線に基づき、重量平均分子量が1000〜3000である成分の含有割合を求め、これを低分子量成分の含有量とした。なお、低分子量成分の含有量の測定におけるクロマトグラムの取得方法は、上記した分子量の測定におけるクロマトグラムの取得方法と同様である。
(ガラス転移温度の測定)
測定試料のガラス転移温度は示差走査熱量(つまり、DSC)分析より算出した。測定試料は、中間体、中間体のメタノール不溶分、アクリル樹脂及びアクリル樹脂成形体である。中間体のガラス転移温度の測定には、オートクレーブから取り出してから3時間以内の中間体を測定試料として用いた。また、アクリル樹脂成形体のガラス転移温度は、後述するYI測定における試料と同様な条件でアクリル樹脂を射出成形し、得られた円板状成形体の中央部から採取した小片を測定試料として用いた。
中間体のメタノール不溶分は、以下のようにして調製することができる。まず、中間体1gをメチルエチルケトン10mLに溶解させた。次いで、300mLのメタノールを入れた容器を準備し、容器内のメタノールを攪拌させながら、メタノールにメチルエチルケトン溶液を滴下した。この滴下により、樹脂を再沈殿させた。沈殿物をろ別し、室温で恒量になるまで乾燥させた。このようにして得られた樹脂が中間体のメタノール不溶分である。次いで、メタノール不溶分2mgを秤量し、簡易密閉パンに充填し、ガラス転移温度の測定に用いた。
各測定試料のガラス転移温度の測定にはティ・エイ・インスツルメンツ社のQ1000を用い、JIS K 7121(1987年)に準拠して測定を行った。なお、DSC曲線の中間点温度をガラス転移温度とした。
(イエローインデックス(つまり、YI)の測定)
まず、アクリル樹脂を射出成形して円板状成形体を得た。射出成形機としては日精樹脂工業製のNS40−5Aを用いた。射出成形機のシリンダー温度条件を230℃、金型温度を100℃に設定して、アクリル樹脂の射出成形を行い、直径50mm、厚さ2mmの円板状成形体を得た。次いで、円板状成形体のイエローインデックスを、分光色差計(コニカミノルタ製、CM−5)を用い、ASTM E313に準拠して測定した。
(実施例2〜12)
表1に記載の条件とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。重合条件を表1に示し、測定結果を表2に示す。
(比較例1〜9)
表3に記載の条件とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。重合条件を表3に示し、測定結果を表4に示す。なお、比較例3では有機溶剤としてDMFを使用したため、前段重合終了時及び後段重合終了時の樹脂粒子中に含まれるDMFの定量においては、測定溶液及び内部標準溶液にアセトンを溶媒に用いて有機溶剤の濃度を測定し、モノマー転化率を算出した。
(比較例10)
脱揮工程における脱揮回数を2回とした以外は、比較例9と同様の操作を行った。本例では、脱揮後のアクリル樹脂を再度ベント式二軸押出機に供給して、実施例1における脱揮工程と同様の操作を行うことにより、脱揮工程を繰り返した。本例では、合計2回の脱揮工程を行った。重合条件を表3に示し、測定結果を表4に示す。
(比較例11)
脱揮処理における処理回数を3回とした以外は、比較例9と同様の操作を行った。重合条件を表3に示し、測定結果を表4に示す。
(比較例12)
脱揮処理における押出機のバレル温度を250℃とした以外は、比較例9と同様の操作を行った。重合条件を表3に示し、測定結果を表4に示す。
表1、表2に示すように、実施例のアクリル樹脂は、未反応物の含有量が少なく、ガラス転移温度Tgが高く、YIが低い。これらの結果から、実施例のアクリル樹脂は耐熱性や透明性に優れていることがわかる。一方、比較例1〜3では、懸濁重合後得られる中間体中に未反応物が多く残留しており、脱揮後に得られるアクリル樹脂においても未反応物が十分に除去されずに残留していた。そのため、比較例1〜3のアクリル樹脂は、実施例のアクリル樹脂に比べて成形体のYIが高く、Tgが低くなった。
比較例9〜12では、未反応物を十分に脱揮させる過程においてアクリル樹脂が熱劣化によって黄変する傾向が観察された。つまり、比較例9〜12では耐熱性と透明性を両立できていない。比較例4〜8では、低分子量成分が多く生成し、耐熱性の低下傾向が観察された。比較例4〜8における低分子量成分の増加は、重合条件が不適切であったためであると考えられる。