光ファイバに高いパワーの信号光を伝搬させると、四光波混合(Four WaveMixing: FWM)、自己位相変調(Self-Phase Modulation: SPM)、相互位相変調(Cross-Phase Modulation: XPM)などの非線形光学現象が発生する。光ファイバ通信においては、これら非線形光学現象は、信号光の品質を劣化させ、伝搬できる情報容量を制限する要因となる。したがって、通信用光ファイバにおいては非線形光学現象を抑制することが望まれる。
一方で、光ファイバ中で生じる非線形光学現象を積極的に利用する応用技術が提案されている。非線形光学現象をより効率良く発現させるのに適した光ファイバとして、シリカガラスをベースとした高非線形光ファイバ(Highly Nonlinear Fiber: HNLF)が開発されている。HNLFは、ファイバレーザ、広帯域で低雑音の光増幅、スーパーコンティニューム(Supercontinuum: SC)光源、光信号処理、歪・温度センサ、周波数・時間・長さ等の計測、近赤外分光といった様々な応用技術への適用がなされている。
光ファイバの非線形性の大きさ非線形係数γで表される。非線形係数γ[1/W/km]は、下記(1)式で表される。ここで、n2は光ファイバガラスの非線形屈折率[m2/W]であり、Aeffは光ファイバの実効断面積[μm2]であり、λは波長[nm]である。
HNLFを用いた応用技術の一つとして、単一または少数の波長の種光をHNLFに入力し、HNLF中のFWMにより周波数間隔の等しい多波長光を発生させる光周波数コムが知られている。光周波数コムは、計測および分光等の用途で古くから研究が行われている。また、近年では、光周波数コムは、大容量波長分割多重(Wavelength Division Multiplexing: WDM)伝送用の多波長光源への適用も検討されている。
光通信に用いる波長帯である波長1550nm付近の広い波長範囲において、高効率でFWMを発生させ、高品質な光周波数コムを発生させるためのHNLFとして、分散フラットHNLFが提案されている。分散フラットHNLFは、波長1550nm付近で波長分散の絶対値が小さく且つ分散スロープがほぼゼロ(すなわち波長分散が極大)であり、広い波長帯域に亘って波長分散の絶対値を小さく抑えたものである。
本明細書では、分散スロープがゼロとなり波長分散が極大となる波長を「ピーク波長」[nm]と呼び、このピーク波長における波長分散を「ピーク分散」[ps/nm/km]と呼ぶ。
非特許文献1には、光通信波長帯にピーク波長を持ち且つピーク分散がゼロであるHNLFが報告されている(Table 1のHNLF-F, Fig.2のType-III)。
特許文献1の図2、図7、表1、表2には、ピーク波長が波長1550nmであり且つピーク分散がゼロである分散フラットHNLFが開示されている。また、特許文献1の図11、表3には、波長1550nmにおける波長分散がほぼゼロであるが、ピーク波長が波長1550nmより長い又は短いHNLFが開示されている。これらのHNLFでは、ピーク分散は異常分散(正の波長分散)である。
しかし、分散フラットHNLFでは、ピーク波長に対し短波長側および長波長側に波長が離れるに従って、波長分散値はピーク分散から離れていく。それ故、Cバンド(1530nm〜1565nm)、Lバンド(1565nm〜1610nm)、または、CバンドおよびLバンドの双方に亘って、波長分散の絶対値を小さく抑えて広帯域な光周波数コムを発生させるためには、波長1550nmにおいて波長分散が0ps/nm/kmであることよりも、ピーク波長がCバンドまたはLバンド中に存在することが必要である。
加えて、異常分散の領域においては、変調不安定と呼ばれる非線形光学現象が発生し、これが伝送波形歪の原因となることが知られている。従って、使用する全ての波長域において、正常分散(負の波長分散)であることが望まれる。すなわち、ピーク分散はゼロ未満である必要がある。
また、分散フラットHNLFでは、Aeffが小さく、非線形係数γが大きいほど、高効率でFWMを発生させることができるので好ましい。特許文献1にも、Aeffが小さいほど非線形係数が大きくなり好ましいことが記載されている。
一方、これらの分散フラットHNLFを光源装置の一部として用いる場合、HNLFの片端または両端は標準的なシングルモードファイバ(SSMF)と接続される。SSMFは、波長1550nmにおけるAeffが80μm2程度であり、モードフィールド径(MFD)が10.4μm程度である。
分散フラットHNLFのMFDは一般にSSMFのMFDより小さい。接続されるファイバ間のMFDの不整合量が大きいと、接続損失が大きくなることが知られている。接続損失が大きいと、分散フラットHNLFに入射される光パワーが実質的に小さくなるので、SSMFとの接続損失は小さいことが必要である。従って、分散フラットHNLFとSSMFとの間のMFDの不整合を小さくして接続損失を低く抑えるためには、分散フラットHNLFのMFDは大きいことが望まれる。すなわち、同じAeffに対してMFDを大きくするには、下記(2)式で表されるk値が小さいことが必要である。非特許文献1および特許文献1では、MFDを大きくすることについては考慮されていない。
本発明の光ファイバは、シリカガラスからなる光ファイバであって、最大屈折率n1を有するコアと、このコアを取り囲み平均屈折率n2を有するディプレストと、このディプレストを取り囲み平均屈折率n3を有するクラッドと、を備え、n1>n3>n2であり、波長1530nm〜1610nmの範囲内において波長分散が極大となる波長を有し、その波長における波長分散が−2ps/nm/km以上0ps/nm/km未満である。
本発明の光ファイバにおいて、波長1550nmにおける実効断面積が18μm2以下であるのが好適である。波長1550nmにおける非線形係数が9/W/km以上であるのが好適である。波長1530nm〜1610nmの範囲内において波長分散が極大となる波長における分散カーブが−0.0003ps/nm3/km以上0ps/nm3/km以下であるのが好適である。また、波長1550nmにおけるk値が1.01以下であるのが好適である。
本発明の光ファイバにおいて、前記コアの半径をa[μm]とし、ファイバ軸からの径方向の距離r[μm]の位置における比屈折率差をΔ(r)[%]として、下記(3)式で表されるコア面積A[%・μm]が2.2%・μm以上であるのが好適である。前記クラッドに対する前記コアの比屈折率差の最大値Δ1が1.2%以上3.0%以下であり、下記(4)式で表されるコア面積比率ρが0.7以上1.0以下であるのが好適である。
本発明の光ファイバにおいて、前記コアの直径2aが3.0μm以上5.0μm以下であるのが好適である。前記コアの直径2aと前記クラッドの外直径2bとの比(2b/2a)が1.6以上3.2以下であり、前記クラッドに対する前記ディプレストの比屈折率差の平均値Δ2が−1.0%以上−0.5%以下であるのが好適である。
本発明の光源装置は、中心波長が1530nm〜1610nmの範囲にある4つ以下の波長成分を持つ光を出力する種光源と、前記種光源から出力された光を入射端に入力して導波させ、その導波の際に発現する非線形光学現象により、前記種光源が出力する光の波長成分の数より多い数の波長成分の光を発生させて出力端から出力する上記の本発明の光ファイバと、を備える。
以下、添付図面を参照して、本発明を実施するための形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。本発明は、これらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
図1は、本実施形態の光ファイバの屈折率分布を示す図である。本実施形態の光ファイバは、シリカガラスからなり、最大屈折率n1を有するコアと、このコアを取り囲み平均屈折率n2を有するディプレストと、このディプレストを取り囲み平均屈折率n3を有するクラッドと、を備える。これらの屈折率の間の大小関係は、n1>n3>n2である。コアの直径を2aとする。ディプレストの外直径を2bとする。クラッドに対するコアの比屈折率差の最大値をΔ1(=100×(n1−n3)/n1)とする。クラッドに対するディプレストの比屈折率差の平均値をΔ2(=100×(n2−n3)/n2)とする。コアは、GeO2を含むシリカガラスからなる。ディプレストは、Fを含むシリカガラスからなる。クラッドは、純シリカガラスであってもよいし、FまたはClを含むリカガラスであってもよい。
図2は、本実施形態の光ファイバのファイバ軸からの径方向の距離r[μm]の位置における比屈折率差Δ(r)[%]を示す図である。この図においてハッチングで示した領域の面積をコア面積A[%・μm]と定義する。コア面積Aは下記(5)式で表される。また、下記(6)式で表されるコア面積比率ρを定義する。コアの半径aは、ファイバ軸から、屈折率がクラッドの屈折率n3と等しくなる位置までの距離、または、ファイバ軸から、コアの屈折率分布を変数rで微分したときの微分値が最大となる位置までの距離である。
以下で説明する図3〜図10では、Δ2=−0.79%、2b/2a=2.0 とした。また、ピーク分散が−0.5ps/nm/kmとなるようにコア半径aを調整した。
図3は、Δ1およびコア面積比率ρの各値に対するピーク波長の関係を示す図である。Δ1が高いほど、γを大きくすることができ、より効率よく非線形光学現象を発生させることができる。この図に示されるとおり、Δ1が高いほど、ピーク波長が長波長側にずれてしまう。一方、同じΔ1でもρを大きくすることでピーク波長を短波長側にシフトできるので好ましい。ピーク波長が1530nm〜1610nmの範囲内にあるためには、Δ1は1.2%〜3.0%の範囲内であって、ρは0.7〜1.0の範囲内であるのが好ましい。
図4は、Δ1およびコア面積比率ρの各値に対する波長1550nmにおける実効断面積Aeffの関係を示す図である。図5は、Δ1およびコア面積Aの各値に対する波長1550nmにおける実効断面積Aeffの関係を示す図である。これらの図に示されるとおり、Δ1が高いほどAeffは小さい。また、同じΔ1でもρが大きい方が、Aeffが小さく、光のパワー密度を向上させて効率よく非線形光学現象を発生させることができるので好都合である。また、図5に示されるとおり、コア面積Aが大きいほど、Aeffが小さくできるので好都合である。Aeffを18μm2以下にするために、Δ1は1.2%以上、ρは0.7〜1.0、Aは2.2 %・μm以上であることが好ましい。より好ましくは、Aeffを15μm2以下にするために、Δ1は1.4%以上、Aは2.6 %・μm以上であることが望ましい。最も好ましくは、Aeffを12μm2以下にするために、Δ1は2.0%以上、Aは3.3%・μm以上であることが望ましい。
図6は、Δ1およびコア面積比率ρの各値に対する波長1550nmにおける非線形係数γの関係を示す図である。図7は、Δ1およびコア面積Aの各値に対する波長1550nmにおける非線形係数γの関係を示す図である。これらの図に示されるとおり、Δ1が高いほどγは大きい。同じΔ1でもρが大きい方が、γが大きく、効率よく非線形光学現象を発生させることができるので好都合である。また、図7に示されるとおり、コア面積Aが大きいほどγを大きくできるので好都合である。γを9/W/km以上にするために、Δ1は1.2%以上、ρは0.7〜1.0、Aは2.2 %・μm以上であることが好ましい。より好ましくは、γを11/W/km以上にするために、Δ1は1.4%以上、Aは2.6%・μm以上であることが望ましい。最も好ましくは、γを15/W/km以上にするために、Δ1は2.0%以上、Aは3.3%・μm以上であることが望ましい。
図8は、Δ1およびコア面積比率ρの各値に対するピーク波長における分散カーブの関係を示す図である。図9は、Δ1およびコア面積Aの各値に対するピーク波長における分散カーブの関係を示す図である。ここで、分散カーブ[ps/nm3/km]は、分散スロープ[ps/nm2/km]を波長で微分した値である。ピーク波長における分散カーブの絶対値が小さいほど、分散が波長に対して平坦である。したがって、広帯域に亘って分散の絶対値を小さく抑えて広帯域な光周波数コムを発生させるためには、分散カーブはゼロに近いことが好ましい。
図8に示されるとおり、Δ1が高いほど、分散カーブの絶対値を小さくすることができるので好ましい。また、Δ1が2.1%以下では、Δ1が同じでもρが大きいほど、分散カーブの絶対値を小さくすることができるので好ましい。また、図9に示されるとおり、Aが大きいほど分散カーブの絶対値を小さくすることが出来るので好ましい。ピーク波長における分散カーブを−0.0003〜0ps/nm3/kmの範囲内にするには、Δ1は1.1%以上、ρは0.7〜1.0、コア面積Aは2.2%・μm以上であることが好ましい。より好ましくは、ピーク波長における分散カーブを−0.0002〜0ps/nm3/kmの範囲に抑えるには、Δ1は1.3%以上、コア面積Aは2.6 %・μm以上であることが好ましい。
図10は、Δ1およびコア直径2aの各値に対する波長1550nmにおけるk値の関係を示す図である。この図に示されるとおり、k値が小さいほど、同じAeffに対してMFDを大きくできるので好ましい。Δ1が小さいほど、2aが大きいほどk値を小さくすることができるので好ましい。k値を1.01以下にするために、Δ1は3.0%以下、2aは3.0μm以上であることが好ましい。より好ましくは、k値を1.00以下にするために、Δ1は2.4%以下、2aは3.5μm以上であることが好ましい。
図11は、Δ1およびΔ2の各値に対するピーク波長の関係を示す図である。ここでは、2b/2a=2.0、ρ=0.83とし、ピーク分散が−0.5ps/nm/kmとなるようにコア半径aを調整した。この図に示されるとおり、Δ2が負に大きいほどピーク分散を短くすることができる。ピーク波長が1.53μm〜1.61μmの範囲内にあるためには、Δ2は−1.0%〜−0.5%の範囲内であるのが好ましい。
図12は、Δ1および2b/2aの各値に対するピーク波長の関係を示す図である。ここでは、Δ2=−0.76%、ρ=0.83とし、ピーク分散が−0.5ps/nm/kmとなるようにコア半径aを調整した。この図に示されるとおり、2b/2a=2.0付近でピーク波長は最も短い。2b/2aがそれよりも小さい又は大きい場合はピーク波長は長くなる。ピーク波長が1.53μm〜1.61μmの範囲内にあるためには、2b/2aは1.6〜3.2の範囲内であるのが好ましい。
図13および図14は、実施例の分散フラットHNLFの諸元を纏めた表である。図13は、実施例のファイバ1〜12それぞれについて、コアの比屈折率差の最大値Δ1、ディプレストの比屈折率差の平均値Δ2、コアとディプレストとの外径比2b/2a、コアの直径2a、コア面積A、コア面積比率ρ、波長分散(@波長1550nm)および分散スロープ(@波長1550nm)を記している。図14は、実施例のファイバ1〜12それぞれについて、ピーク波長、ピーク分散、分散カーブ(@ピーク波長)、モードフィールド径MFD(@波長1550nm)、実効断面積Aeff(@波長1550nm)、非線形係数γ(@波長1550nm)およびk値(@波長1550nm)を記している。
次に、本実施形態の光ファイバの製造方法の一例について説明する。コア面積比率ρが0.7〜1.0であるコア用ガラスロッドは、VAD(VaporPhase Axial Deposition)法またはOVD(OutsideVapor Deposition)法などによって製造することができる。このとき、コアのα乗が大きい方が、コア面積比率ρをより1.0に近付けることができるので、好ましい。例えば、α=2.3は略ρ=0.7に相当し、α=3.0は略ρ=0.75に相当する。
あるいは、コア面積比率ρの小さいコア用ガラスロッドの外周を除去することで、コア面積比率ρを大きくして1.0に近付けることもできる。ただし、コア用ガラスロッドのうちGeが多量に添加されている領域まで外周を除去すると、一般にコア用ガラスロッドが割れやすくなったり発泡したりする可能性が高まる。Geが多量に添加されている領域までは外周を除去しないようにするためには、コア面積比率ρは0.7〜0.9がより好ましい。
上記によって得られたコア用ガラスロッドの周囲にディプレストとなるガラス層を形成し、さらにその周囲にクラッドとなるガラス層を形成することで、光ファイバ母材を作製する。この光ファイバ母材を線引きすることで、本実施形態の分散フラットHNLFを得ることが出来る。
次に、本実施形態の光ファイバを備える光源装置について説明する。図15は、光源装置1の構成を示す図である。光源装置1は、種光源10および光ファイバ20を備える。種光源10は、中心波長が1530nm〜1610nmの範囲にある4つ以下の波長成分を持つ光を出力する。光ファイバ20は、前述した本実施形態の分散フラットHNLFである。光ファイバ20は、種光源10から出力された光を入射端に入力して導波させ、その導波の際に発現する非線形光学現象により、種光源10が出力する光の波長成分の数より多い数の波長成分の光を発生させて出力端から出力する。光ファイバ20から出力される光の波長は1530nm〜1610nmの範囲にあることが好ましい。光ファイバ20から出力される光の各波長成分は一定の周波数間隔を持つことが好ましい。種光源10の出射端にはSSMFが接続されていてもよく、このSSMFと光ファイバ20とは融着またはコネクタ接続などの接続方法によって光学的に接続されていても良い。