鋼の連続鋳造では、鋳型内に注入された溶鋼は水冷式鋳型によって冷却され、鋳型との接触面で溶鋼が凝固して凝固層(「凝固シェル」という)を生成し、この凝固シェルが、鋳型下流側に設置された水スプレーや気水スプレーによって冷却されながら内部の未凝固層とともに鋳型下方に連続的に引き抜かれ、この引き抜き過程で、水スプレーや気水スプレーによる冷却によって中心部まで凝固し、その後、ガス切断機などによって切断されて、所定長さの鋳片が製造されている。
鋳型内における冷却が不均一になると、凝固シェルの厚みが鋳造方向及び鋳片幅方向で不均一となる。凝固シェルには、凝固シェルの収縮や変形に起因する応力が作用し、凝固初期においては、この応力が凝固シェルの薄肉部に集中し、この応力によって凝固シェルの表面に割れが発生する。この割れは、その後の熱応力や連続鋳造機のロールによる曲げ応力及び矯正応力などの外力によって拡大し、大きな表面割れとなる。凝固シェル厚みの不均一度が大きい場合には、鋳型内での縦割れとなり、この縦割れから溶鋼が流出するブレークアウトが発生する場合もある。鋳片表面に存在する割れは、次工程の圧延工程で鋼製品の表面欠陥となることから、鋳片の段階において、鋳片の表面を手入れして表面割れを除去することが必要となる。
鋳型内の不均一凝固は、特に、炭素含有量が0.08〜0.17質量%の範囲内である、包晶反応を伴う鋼(中炭素鋼という)において発生しやすい。これは、包晶反応によるδ鉄(フェライト)からγ鉄(オーステナイト)への変態時の体積収縮による変態応力に起因する歪みによって凝固シェルが変形し、この変形により凝固シェルが鋳型内壁面から離れ、鋳型内壁面から離れた部位(この鋳型内壁面から離れた部位を「デプレッション」という)の凝固シェル厚みが薄くなり、この部分に上記応力が集中することによって表面割れが発生すると考えられている。
特に、鋳片引き抜き速度を増加した場合には、凝固シェルから鋳型冷却水への平均熱流束が増加し(凝固シェルが急速冷却される)、熱流束の分布が不規則で且つ不均一になることから、鋳片表面割れの発生が増加傾向となる。具体的には、鋳片厚みが200mm以上のスラブ連続鋳造機においては、鋳片引き抜き速度が1.5m/min以上になると表面割れが発生しやすくなる。
従来、上記の包晶反応を伴う中炭素鋼の表面割れを抑制するために、例えば特許文献1に提案されるように、結晶化しやすい組成のモールドパウダーを使用し、モールドパウダー層の熱抵抗を増大させて凝固シェルを緩冷却することが試みられている。これは、緩冷却により凝固シェルに作用する応力を低下させて表面割れを抑制することをねらった技術である。しかし、モールドパウダーによる緩冷却効果のみでは、十分な不均一凝固の改善は得られず、変態量の大きい鋼種では、表面割れの発生を防止することはできない。
そこで、連続鋳造用鋳型自体を緩冷却化する手段が多数提案されている。
例えば、特許文献2には、メニスカス近傍の鋳型内壁面に、深さ0.5〜1.0mm、幅0.5〜1.0mmの格子状の溝を設置し、この溝によって凝固シェルと鋳型との間に強制的にエアギャップを形成させ、これにより、凝固シェルの緩冷却を図り、表面歪みを分散させ、鋳片の縦割れを防止する技術が提案されている。しかし、この技術では、モールドパウダーが溝に侵入しないようにするために溝の幅及び深さを小さくする必要があり、一方、鋳型内壁面は鋳片との接触によって摩耗することから、鋳型内壁面に設けた溝が浅くなり、緩冷却効果が低減するという問題点、つまり、緩冷却効果が持続しないという問題点がある。
特許文献3には、鋳型内壁面に縦溝と横溝とを設け、これらの縦溝及び横溝の内部にモールドパウダーを流入させて、鋳型を緩冷却化する技術が提案されている。しかし、この技術では、モールドパウダーの溝部への流入が不十分で溝部に溶鋼が侵入したり、溝部に充填されていたモールドパウダーが鋳造中に剥がれ、その部位に溶鋼が侵入したりすることにより、拘束性ブレークアウトが発生するおそれがあるという問題点がある。
このように、鋳型内壁面に溝を形成し、溝によってエアギャップを形成する技術及び溝にモールドパウダーを流入させる技術では、安定した緩冷却効果が得られない。これに対して、鋳型内壁面に形成した凹部に、鋳型銅板とは異なる熱伝導率を有する金属または非金属を充填し、凝固シェルに規則的な熱伝達分布を与える手段が提案されている。凹部に金属または非金属を充填することで、溝部への溶鋼の侵入によって発生する拘束性ブレークアウトは未然に解消される。
例えば、特許文献4及び特許文献5には、規則的な熱伝達分布を与えることによって不均一凝固量を減らす目的で、鋳型内壁面に溝加工(縦溝、格子溝)を施し、この溝に低熱伝導金属やセラミックスを充填する技術が提案されている。しかし、この技術では、縦溝または格子溝と銅(鋳型)との境界面、及び、格子部の直交部において、凹部に充填する物質と銅との熱歪差による応力が作用し、鋳型銅板表面に割れが発生するという問題点がある。
特許文献6及び特許文献7には、特許文献4及び特許文献5における問題点を解決するために、鋳型内壁面に円形または擬似円形の凹部を形成し、この凹部に低熱伝導金属やセラミックスを充填する技術が提案されている。特許文献6及び特許文献7では、凹部の鋳型銅板内壁面における開口形状を円形または擬似円形とするので、凹部に充填する物質と鋳型銅板との境界面は曲面状となり、境界面で応力が集中しにくく、鋳型銅板表面に割れが発生しにくいという利点が得られる。
また更に、特許文献8には、特許文献4、5、6、7に開示されるような、鋳型内壁面に円形、疑似円形、縦溝、横溝または格子溝の凹部を形成し、この凹部に鋳型銅板とは異なる熱伝導率を有する物質を充填させた異種物質充填層を有する連続鋳造用鋳型において、前記異種物質充填層を形成する物質と鋳型銅板との間に隙間(空隙)が生じることを防止するために、凹部の底壁と凹部の側壁とが交差する部位に、円弧状の丸め部を設ける技術、及び、凹所の側壁に、底壁へ向けて先細り断面形状となるテーパーを設ける技術が提案されている。特許文献8によれば、鍍金処理によって異種物質充填層を形成する場合も、また、溶射処理によって異種物質充填層を形成する場合も、充填物質を凹部にまんべんなく付着・堆積させることができ、異種物質充填層の剥離が防止されるのみならず、鋳型内の抜熱を所望する範囲に制御できるとしている。
以下、添付図面を参照して本発明を具体的に説明する。図1は、本発明に係る連続鋳造用鋳型の一部を構成する鋳型長辺銅板であって、内壁面側に異種物質充填層が形成された鋳型長辺銅板を内壁面側から見た概略側面図、図2は、図1に示す鋳型長辺銅板のX−X’断面図である。
図1及び図2に示す連続鋳造用鋳型は、スラブ鋳片を鋳造するための連続鋳造用鋳型の例であり、スラブ鋳片用の連続鋳造用鋳型は、一対の鋳型長辺銅板(純銅製または銅合金製)と一対の鋳型短辺銅板(純銅製または銅合金製)とを組み合わせて構成され、図1及び図2は、そのうちの鋳型長辺銅板を示している。鋳型短辺銅板も鋳型長辺銅板と同様に、その内壁面側に異種物質充填層が形成されるとして、ここでは、鋳型短辺銅板についての説明は省略する。但し、スラブ鋳片においては、スラブ厚みに対してスラブ幅が極めて大きいという形状に由来して、鋳片長辺面側の凝固シェルで応力集中が起こりやすく、鋳片長辺面側で表面割れが発生しやすい。したがって、スラブ鋳片用の連続鋳造用鋳型の鋳型短辺銅板には、必ずしも異種物質充填層を設置する必要はない。
図1及び図2に示すように、鋳型長辺銅板1における定常鋳造時のメニスカスの位置よりも長さQ(長さQは、ゼロ以上の任意の値)離れた上方の位置から、メニスカスよりも長さL(長さLは、20mm以上の任意の値;但し、上限がある)離れた下方の位置までの鋳型長辺銅板1の内壁面の範囲には、複数個の異種物質充填層3が形成されている。図1及び図2に示す異種物質充填層3は、鋳型長辺銅板1の内壁面における開口形状が円形であり、図1及び図2では、開口形状が円形の異種物質充填層3の直径をd、異種物質充填層3の充填厚みをH、異種物質充填層同士の間隔をPとして表示している。
この異種物質充填層3は、図2に示すように、鋳型長辺銅板1の内壁面側にそれぞれ加工された凹部2の内部に、鋳型長辺銅板1の熱伝導率とは異なる熱伝導率を有する金属または非金属が、鍍金処理、溶射処理、焼き嵌め処理などによって充填されて形成されたものである。
鋳型長辺銅板1の内壁面には、鋳型内壁面の全面に第1の鍍金層6が設けられ、更に、異種物質充填層3が設置されていない、鋳造方向下部側の長さVの範囲には、第1の鍍金層6と鋳型銅板との間に第2の鍍金層7が設けられている。つまり、第1の鍍金層6は、異種物質充填層3、異種物質充填層3の設置されていない鋳型長辺銅板1の表面及び第2の鍍金層7を覆っている。この場合に、第2の鍍金層7は、異種物質充填層3が設置されていない領域から10mmないし200mm下方の位置から鋳型下端までの範囲に設置されている。つまり、長さLの領域の下端と長さVの領域の上端との間隔を10mmないし200mmとして、第2の鍍金層7が配置されている。
尚、図2では、長さVの領域における鍍金層は、第1の鍍金層6と第2の鍍金層7との2層であるが、3層以上としても構わない。また、図2では、第2の鍍金層7は、鋳型長辺銅板1の鋳造方向下部側の表面を切削し、この切削部に設置されているが、平坦な鋳型長辺銅板1の鋳造方向下部側に第2の鍍金層7を設け、その上に第1の鍍金層6を設けても構わない。当然ではあるが、第1の鍍金層6と第2の鍍金層7とは、鍍金処理に使用する材料が異なり、したがって、熱伝導率などの物性値も異なる。
また、図2における符号4は、鋳型長辺銅板1の背面側に設置された、鋳型冷却水の流路を構成するスリット、符号5は、鋳型長辺銅板1の背面と密着するバックプレートであり、バックプレート5で開口側を閉ざされたスリット4を通る鋳型冷却水によって、鋳型長辺銅板1は冷却される。
本明細書において、「メニスカス」とは「鋳型内溶鋼湯面」であり、非鋳造中にはその位置は明確でないが、通常の鋼の連続鋳造操業では、メニスカス位置を鋳型銅板の上端から50mmないし200mm程度下方の位置としている。したがって、メニスカス位置が鋳型長辺銅板1の上端から50mm下方の位置であっても、また、上端から200mm下方の位置であっても、長さQ及び長さLが、以下に説明する本発明の条件を満足するように異種物質充填層3を配置する。
即ち、凝固シェルの初期凝固への影響を勘案すれば、異種物質充填層3の設置領域は、少なくとも、メニスカスからメニスカスの下方20mmの位置までの領域とする必要があり、したがって、長さLは、20mm以上とする必要がある。
連続鋳造用鋳型による抜熱量は、メニスカス位置近傍が他の部位に比べて高い。つまり、メニスカス位置近傍の熱流束は、他の部位の熱流束に比較して高い。本発明者らによる実験の結果、鋳型への冷却水の供給量や鋳片引き抜き速度にもよるが、メニスカスから30mm下方の位置では、熱流束が1.5MW/m2を下回るものの、メニスカスから20mm下方の位置では、熱流束は、概ね1.5MW/m2以上となる。
本発明では、鋳片に表面割れの発生しやすい高速鋳造時や中炭素鋼の鋳造時においても、鋳片表面割れの発生を防止するために、異種物質充填層3を設置して、メニスカス位置近傍の鋳型内壁面において、熱抵抗を変動させている。つまり、異種物質充填層3を設置することによって熱流束の周期的な変動を十分に確保し、これによって鋳片表面割れの発生を防止している。
このような、初期凝固への影響を勘案すれば、少なくとも、熱流束の大きいメニスカスから20mm下方の位置までは、異種物質充填層3を配置する必要がある。つまり、長さLが20mm未満の場合には、鋳片表面割れの防止効果が不十分になる。
長さLの上限は、特に規定する必要はないが、異種物質充填層3による加工・設置コストを削減するという観点、及び、異種物質充填層3による表面割れ防止効果が飽和してそれ以上の長さを必要としないことから、本発明では、長さLの範囲の下端位置が鋳型長さL0の1/2の位置となる長さLの長さを上限とし、好ましくは、長さLを100mm以下とする。
一方、異種物質充填層3の上端部の位置は、メニスカスと同一位置またはメニスカス位置よりも上方である限り、どこの位置であっても構わず、したがって、図1に示す長さQは、ゼロ以上の任意の値で構わない。但し、メニスカスは、鋳造中に異種物質充填層3の設置領域に存在する必要があり、しかも、メニスカスは鋳造中に上下方向に変動するので、異種物質充填層3の上端部が常にメニスカスよりも上方位置となるように、設定されるメニスカス位置よりも10mm程度上方位置まで、望ましくは20mm〜50mm程度上方位置まで、異種物質充填層3を設置することが好ましい。
凹部2の内部に充填する金属または非金属の熱伝導率は、一般的には、鋳型長辺銅板1を構成する純銅または銅合金の熱伝導率よりも低いが、例えば、鋳型長辺銅板1を熱伝導率の低い銅合金で構成した場合には、充填される金属または非金属の熱伝導率の方が高くなることもある。充填する物質が金属の場合には、鍍金処理または溶射処理によって充填し、充填する物質が非金属の場合には、溶射処理、または、凹部2の形状に合わせて加工した非金属を凹部2に嵌め込む(焼き嵌め)などして充填する。
本発明においては、異種物質充填層3を形成させた鋳型銅板の内壁面に、凝固シェルによる磨耗や熱履歴による鋳型表面の割れを防止することを目的として、第1の鍍金層6を設けている。本発明では、この第1の鍍金層6の適否を、第1の鍍金層6の熱抵抗(m2×K/W)で評価した。熱抵抗は、その物質の熱伝導率とその物質の厚みとに依存する。したがって、第1の鍍金層6の熱抵抗は、第1の鍍金層6を構成する金属の熱伝導率及び第1の鍍金層6の厚みに依存し、鍍金用金属の熱伝導率が低下するほど、また、鍍金層厚みが増大するほど、第1の鍍金層6の熱抵抗は大きくなる。
第1の鍍金層6の熱抵抗の適否を評価する方法としては、異種物質充填層3を設置した試験片銅板の表面に、この試験片銅板の全表面を覆う、熱抵抗の異なる、第1の鍍金層6を模擬した鍍金層を形成し、熱疲労試験(JIS 2278、高温側:700℃、低温側:25℃)によって、試験片銅板の表面に亀裂が発生するまでの熱サイクル数と第1の鍍金層6を模擬した鍍金層の熱抵抗との関係を求め、試験片銅板の表面に亀裂が発生するまでの熱サイクル数が多いほど、前記鍍金層の熱抵抗が適性であると評価した。また、前記試験片銅板を試験連続鋳造機の鋳型として設置し、この鋳型に溶鋼を注入して生成する凝固シェルの表面割れ個数を調査し、凝固シェルの表面割れ個数密度が低いものほど、第1の鍍金層6を模擬した鍍金層の熱抵抗が適性であると評価した。
図3に、第1の鍍金層6を模擬した鍍金層の熱抵抗と、試験片銅板表面に亀裂が発生した時の熱サイクル数との関係を示す。図3に示すように、第1の鍍金層6を模擬した鍍金層の熱抵抗が8.5×10−6m2×K/W以下の場合に、試験片銅板表面の亀裂の発生が少なく、鋳型寿命が長いことがわかった。これは、第1の鍍金層6を模擬した鍍金層の熱抵抗が8.5×10−6m2×K/Wを超えると、鋳型表面温度が高くなり、鋳型表面に亀裂が発生し易くなると考えられる。
図4に、第1の鍍金層6を模擬した鍍金層の熱抵抗と、凝固シェルの表面割れ個数密度との関係を示す。図4に示すように、第1の鍍金層6を模擬した鍍金層の熱抵抗が1.0×10−6m2×K/W以上の場合に、凝固シェルの表面割れ個数密度が小さく、鋳片の表面割れが少なくなることがわかった。これは、第1の鍍金層6を模擬した鍍金層の熱抵抗が1.0×10−6m2×K/Wより小さくなると、凝固シェルの冷却速度が速くなり、凝固シェル表面に割れが発生し易くなると考えられる。
これらの結果から、鋳型表面の亀裂を防止すると同時に鋳片の表面割れを防止するためには、第1の鍍金層6の熱抵抗は、下記の(1)式を満たす必要のあることがわかった。
1.0×10−6≦R1≦8.5×10−6……(1)
但し、(1)式において、R1は第1の鍍金層6の熱抵抗(m2×K/W)である。
また、第1の鍍金層6を模擬した鍍金層の熱抵抗を(1)式の範囲として、更に、第1の鍍金層6を模擬した鍍金層と試験片銅板表面との間に、第2の鍍金層7を模擬した鍍金層を形成し、第2の鍍金層7を模擬した鍍金層の熱抵抗を種々変更し、この試験片銅板を試験連続鋳造機の鋳型として設置し、この鋳型に溶鋼を注入して生成する凝固シェル厚み及び鍍金層の摩耗量を調査し、第2の鍍金層7を模擬した鍍金層の熱抵抗を評価した。生成する凝固シェル厚みが厚く、且つ、第1の鍍金層6を模擬した鍍金層の摩耗量が少ないほど、第2の鍍金層7を模擬した鍍金層の熱抵抗が適性であることを示す。
その結果、第2の鍍金層7の熱抵抗が下記の(2)式を満足する場合に、第1の鍍金層6の損耗を抑制し、且つ、鋳型出側における凝固シェル厚みの低下を抑制できることがわかった。
2.5×10−7≦R2≦3.5×10−5……(2)
但し、(2)式において、R2は第2の鍍金層7の熱抵抗(m2×K/W)である。
即ち、本発明の連続鋳造鋳型において、第2の鍍金層7の熱抵抗は上記の(2)式を満たす必要のあることがわかった。第2の鍍金層7の熱抵抗が2.5×10−7m2×K/Wより小さい場合は、第2の鍍金層7の厚みが小さすぎて鍍金層としての効果が得られなくなり、一方、第2の鍍金層7の熱抵抗が3.5×10−5m2×K/Wを超えると、鋳型の冷却能が小さくなり、つまり、凝固シェル厚みが薄くなり、鋳型出側での凝固シェル厚みの不足に起因するブレークアウトの可能性が高くなる。
このようにして構成される本発明に係る連続鋳造用鋳型のメニスカス近傍における熱抵抗を、図5に概念的に示す。図5は、鋳型銅板よりも熱伝導率の低い物質が充填されて形成された異種物質充填層3を有する鋳型長辺銅板1の三箇所の位置における熱抵抗を、異種物質充填層3の位置に対応して概念的に示す図であり、この場合、異種物質充填層3の設置位置では熱抵抗が相対的に高くなる。
複数の異種物質充填層3を、メニスカス位置を含んでメニスカス近傍の連続鋳造用鋳型の鋳型幅方向及び鋳造方向に設置することにより、図5に示すように、メニスカス近傍の鋳型幅方向及び鋳造方向における連続鋳造用鋳型の熱抵抗が規則的且つ周期的に増減する。これによって、メニスカス近傍、つまり、凝固初期での凝固シェルから連続鋳造用鋳型への熱流束が規則的且つ周期的に増減する。尚、鋳型銅板よりも熱伝導率の高い物質を充填して異種物質充填層3を形成した場合には、図5とは異なり、異種物質充填層3の設置位置で熱抵抗が相対的に低くなるが、この場合も同様に、メニスカス近傍の鋳型幅方向及び鋳造方向における連続鋳造用鋳型の熱抵抗が規則的且つ周期的に増減する。
この熱流束の規則的且つ周期的な増減により、δ鉄からγ鉄への変態によって発生する応力や熱応力が低減し、これらの応力によって生じる凝固シェルの変形が小さくなる。凝固シェルの変形が小さくなることで、デプレッションの発生が抑制され、凝固シェルの変形に起因する不均一な熱流束分布が均一化され、且つ、発生する応力が分散されて個々の歪量が小さくなる。その結果、凝固シェル表面における表面割れの発生が抑制される。
本発明では、鋳型銅板として純銅または銅合金を使用する。鋳型銅板として使用する銅合金としては、一般的に連続鋳造用鋳型銅板として使用される、クロム(Cr)やジルコニウム(Zr)などを微量添加した銅合金を用いる。純銅の熱伝導率は398W/(m×K)であるのに対し、銅合金の熱伝導率は、一般的に、純銅よりも熱伝導率が低く、純銅の略1/2の熱伝導率を有する銅合金も連続鋳造用鋳型として使用されている。
凹部2に充填する物質としては、その熱伝導率が鋳型銅板の熱伝導率に対して80%以下、または、125%以上である物質を使用することが好ましい。充填する物質の熱伝導率が、鋳型銅板の熱伝導率に対して80%よりも大きい、または、125%よりも小さいと、異種物質充填層3による熱流束の周期的な変動の効果が不十分であるために、鋳片表面割れの発生しやすい高速鋳造時や中炭素鋼の鋳造時において、鋳片表面割れの防止効果が不十分になる。
本発明において、凹部2に充填する物質は、特にその種類を特定する必要はない。但し、参考までに充填物質として使用可能な金属を挙げれば、ニッケル(Ni、熱伝導率;90W/(m×K))、クロム(Cr、熱伝導率;67W/(m×K))、コバルト(Co、熱伝導率;70W/(m×K))、及び、これら金属を含有する合金などが好適である。これらの金属や合金は、純銅及び銅合金よりも熱伝導率が低く、また、鍍金処理や溶射処理によって容易に凹部2に充填することができる。また、凹部2への充填物質として使用可能な非金属としては、BN、AlN、ZrO2などのセラミックスが好適である。これらは、低熱伝導率であるので、充填物質として好適である。
本発明において、第1の鍍金層6を構成する物質は、特にその種類を特定する必要はない。但し、参考までに使用可能な金属を挙げれば、ニッケルまたはニッケルを含有する合金、例えば、ニッケル−コバルト合金(Ni−Co合金)やニッケル−クロム合金(Ni−Cr合金)などが好適である。
同様に、第2の鍍金層7を構成する物質も、特にその種類を特定する必要はない。但し、参考までに使用可能な金属を挙げれば、ニッケルまたはニッケルを含有する合金、例えば、ニッケル−コバルト合金(Ni−Co合金)やニッケル−クロム合金(Ni−Cr合金)、純銅などが好適である。
鋳型銅板として銅合金を使用する場合には、第2の鍍金層7を熱伝導率の高い純銅で構成することで、鋳型下部の熱抵抗が低下し、鋳型出側での凝固シェル厚みを増大することができ、これによって、凝固シェル厚みの不足に起因するブレークアウトを防止することができる。純銅は、銅合金やニッケル、ニッケル合金よりも熱伝導率が高く、抜熱量を増大させることができる。
図1及び図2では、異種物質充填層3の鋳型長辺銅板1の内壁面における形状が円形であるが、円形とする必要はない。例えば楕円形のような、所謂「角」を有していない、円形に近い形状である限り、どのような形状であっても構わない。以下、円形に近いものを「擬似円形」と称す。擬似円形とは、例えば楕円形や、角部を円や楕円とする長方形など、角部を有していない形状である。
異種物質充填層3の直径(擬似円形の場合は円相当径)は、2〜20mmであることが好ましい。2mm以上とすることで、異種物質充填層3における熱流束の低下が十分となり、表面割れ抑制効果を得ることができる。また、2mm以上とすることで、金属を鍍金処理や溶射処理によって凹部2の内部に充填することが容易となる。一方、異種物質充填層3の直径(擬似円形の場合は円相当径)を20mm以下とすることで、異種物質充填層3での凝固遅れが抑制されて、その位置での凝固シェルへの応力集中が防止され、凝固シェルでの表面割れ発生を防止することができる。尚、円相当径とは、擬似円形を円と仮定して擬似円形の異種物質充填層3の面積から算出されるものである。
また、異種物質充填層3の充填厚みは0.5mm以上とすることが好ましい。充填厚みを0.5mm以上とすることで、異種物質充填層3における熱流束の低下が十分となり、上記効果を得ることができる。また、異種物質充填層3の充填厚みは異種物質充填層3の直径及び円相当径以下にすることが好ましい。充填厚みを異種物質充填層3の直径及び円相当径と同等、またはそれらよりも小さくするので、鍍金処理や溶射処理による円形凹溝及び擬似円形凹溝への充填物質の充填が容易となり、且つ、充填した物質と鋳型銅板との間に隙間や割れが生じることもない。
図1及び図2では、異種物質充填層3が間隔Pで離れて配置されているが、本発明において、異種物質充填層3を離して配置する必要はなく、複数の異種物質充填層同士が当接または連接していても構わない。
異種物質充填層3が配置された領域内の鋳型銅板内壁面の面積A(mm2)に対する、全ての異種物質充填層3の面積の総和B(mm2)の比である面積率ε(ε=(B/A)×100)は、10%以上であることが好ましい。面積率εを10%以上確保することで、熱流束の小さい異種物質充填層3の占める面積が確保され、異種物質充填層3と純銅部または銅合金部とで熱流束差が得られ、鋳片表面割れ抑制効果を安定して得ることができる。面積率εの上限値は特に規定する必要はないが、50%以上としても周期的な熱流束差による鋳片表面割れ抑制効果は飽和することから、50%とすれば十分である。
このように構成される連続鋳造用鋳型を用いて鋳片を連続鋳造するにあたり、特に、表面割れ感受性が高い、炭素含有量が0.08〜0.17質量%の中炭素鋼のスラブ鋳片(厚み;200mm以上)を連続鋳造する際に使用することが好ましい。従来、中炭素鋼のスラブ鋳片を連続鋳造する場合は、鋳片の表面割れを防止するために、鋳片引き抜き速度を低速化することが一般的であるが、本発明を適用することで鋳片表面割れが防止できるので、1.5m/min以上の鋳片引き抜き速度であっても、表面割れのない、または表面割れの著しく少ない鋳片を連続鋳造することが実現される。
図6に、炭素含有量が0.08〜0.17質量%の中炭素鋼のスラブ鋳片を、本発明に係る連続鋳造用鋳型を用いて1.5m/minの鋳片引き抜き速度で鋳造した場合と、異種物質充填層3を備えていない従来の連続鋳造用鋳型を用いて1.0m/minの鋳片引き抜き速度で鋳造した場合とで、スラブ鋳片の表面割れ個数密度を比較して示す。図6かからも明らかなように、本発明に係る連続鋳造用鋳型を用いることで、中炭素鋼のスラブ鋳片の表面割れを大幅に軽減することが可能となる。
以上説明したように、本発明によれば、水冷式銅鋳型の内壁面に複数個の異種物質充填層3を有する連続鋳造用鋳型において、熱抵抗を所定の範囲に制御した第1の鍍金層6で鋳型内壁面の全面を覆い、且つ、鋳型下部の異種物質充填層3が設置されていない範囲は、第1の鍍金層6と鋳型銅板との間に、熱抵抗を所定の範囲に制御した第2の鍍金層7を設けているので、第1の鍍金層6により、異種物質充填層3の損耗が防止されると同時に、鋳型銅板の異種物質充填層3との界面における亀裂や、鋳造する鋳片の表面割れが防止され、且つ、第2の鍍金層7により、鋳型下部の抜熱量が適正化され、生成する凝固シェルの厚みを増大することができる。
尚、上記説明はスラブ鋳片の連続鋳造に関して行ったが、本発明はスラブ鋳片の連続鋳造に限定されるものではなく、ブルーム鋳片やビレット鋳片の連続鋳造においても上記に沿って本発明を適用することができる。
300トンの中炭素鋼(化学成分、C:0.08〜0.17質量%、Si:0.10〜0.30質量%、Mn:0.50〜1.20質量%、P:0.010〜0.030質量%、S:0.005〜0.015質量%、Al:0.020〜0.040質量%)を、鋳型内壁面に、異種物質充填層、第1の鍍金層及び第2の鍍金層が設置された、図1及び図2に示す鋳型長辺銅板を備えた水冷式銅合金製鋳型を用いて定常鋳造時の鋳片引き抜き速度が2.0〜2.2m/minで連続鋳造し、鋳造後のスラブ鋳片の表面割れ個数及び鋳型銅板表面の亀裂発生個数を調査する試験を行った(本発明例及び比較例)。
また、鋳型長辺銅板の鋳型幅方向に50mm間隔で埋め込んだ熱電対を用いて鋳型長辺銅板の温度を連続鋳造中に測定し、この温度測定値から鋳型出口における凝固シェル厚みを推定し、推定した凝固シェル厚みからブレークアウト懸念の有無を評価した。比較のために、異種物質充填層、第1の鍍金層及び第2の鍍金層が設置されていない水冷式銅合金製鋳型における試験(従来例)も実施した。
用いた水冷式銅合金製鋳型は、長辺長さが1.8m、短辺長さが0.22mの内面空間サイズを有する鋳型である。この水冷式銅合金製鋳型の上端から下端までの長さは950mmであり、定常鋳造時のメニスカス(鋳型内溶鋼湯面)の位置を、鋳型上端から100mm下方位置に設定し、鋳型上端から60mm下方の位置から、鋳型上端から200mm下方の位置までの領域に、異種物質充填層を配置した。第1の鍍金層を鋳型上端から鋳型下端までの全面に設置し、第2の鍍金層は、鋳型上端から250mm下方の位置から、鋳型下端までの領域に設置した。
鋳型銅板としては、熱伝導率が360W/(m×K)の銅合金を用い、異種物質充填層の充填金属としては、純ニッケル(熱伝導率;90W/(m×K))を使用した。凹部の鋳型長辺銅板の内壁面における開口形状を円形(直径=5.0mm)とし、充填厚みを3.0mm、面積率εを25%として形成した凹部に鍍金処理によって純ニッケルを充填した。このようにして異種物質充填層を形成した水冷式銅合金製鋳型に、第1の鍍金層及び第2の鍍金層を種々の条件で設置した。
表1に、使用した連続鋳造鋳型における異種物質充填層の有無、第1の鍍金層の熱抵抗R1及び第2の鍍金層の熱抵抗R2を示す。
連続鋳造終了後、鋳造したスラブ鋳片表面の21m2以上の面積を染色浸透探傷検査によって検査し、1.0mm以上の長さの表面割れの個数を測定し、その総和を鋳片測定面積で除算して得られる鋳片表面割れ個数密度を用いて、鋳片表面割れの発生状況を評価した。また、連続鋳造終了後、鋳型寿命の評価として鋳型銅板表面の亀裂個数を測定した。上記の表1に、スラブ鋳片の表面割れ個数密度、鋳型銅板表面の亀裂発生個数及びブレークアウト懸念の有無の調査結果を併せて示す。
図7に、本発明例1〜11、比較例1〜7及び従来例におけるスラブ鋳片の鋳片表面割れ個数密度を比較して示す。図7に示すように、本発明例では、比較例及び従来例に比較して鋳片表面割れ個数密度を軽減できることがわかった。
図8に、本発明例1〜11、比較例1〜7及び従来例における鋳型銅板表面の亀裂個数の調査結果を比較して示す。図8に示すように、本発明例では、比較例に比較して鋳型銅板表面の亀裂発生を軽減できることがわかった。
また、本発明例では、鋳型下部における鋳片の冷却が十分であり、表1に示すように、ブレークアウト発生の懸念は全く起こらなかった。これに対して、比較例では、鋳型出口における凝固シェル厚みが10mm未満と薄く、ブレークアウト発生の懸念があった。
即ち、本発明に係る連続鋳造用鋳型を使用することで、スラブ鋳片の表面割れが抑制され、且つ、鋳型寿命が延長でき、更に、鋳型出口での凝固シェル厚みを十分に確保できることが確認できた。