大きな板ガラスを小さく分割する方法は、タングステンカーバイトや多結晶ダイヤモンドなどの超硬工具刃によって、切断予定線上の表面にスクライブ線(傷)を入れ、スクライブ線に直行する方向に曲げ応力を加え、機械的な手法で折り割ることが過去1世紀に亘って行われてきた一般的な手法である。
ところが、こうした機械的な切断手法では、折り割り時に「キリコ」と呼ばれる小破片が発生し、切断したガラスの表面や切断面を汚染する。また、折り割りによって、切断面に「マイクロクラック」と呼ばれる無数の微小な傷が発生し、切断したガラスの機械的な強度が低下するという問題があった。
また、主にビル用などに使用される、厚板ガラス(例えば、板厚で15mmを超えるようなもの)では、折り割り時に、切断予定線上に均等なせん断力が加えにくく、「そげ」、「角」、「切り口のかけ」、「はま欠け」、「逃げ」などのJIS R3202に記載されるような切り口欠点が生じやすいといった問題点があった。
一方、機械的切断方法に代わって、近年、レーザー光照射による熱応力切断法が使用されるようになってきている。この手法によれば、従来の機械的な切断手法に固有の欠点、切断時の「キリコ」の発生による切断したガラスの汚染や、「マイクロクラック」発生によるガラス強度の低下が避けられ、機械的な切断方法に比べ、高強度な切断面が得られると言われている。
板ガラスのこのようなレーザ切断方法として、特許文献1の特許出願がなされている。特許文献1にはフラットパネルディスプレイ用のような薄板ガラス(例えば、板厚0.7mm)を切断する方法が開示されている。
当該方法では、ガラス端面に切断を開始するための初期亀裂を機械的な方法で生成し、次いで、ガラス端面から切断予定線に沿って加熱用レーザー光を照射してガラス表面を加熱した後、冷却流体によりガラス表面を急速に冷却することによって、ガラス表面に大きな引張り応力を発生させる。この引張り応力が、初期亀裂又は初期亀裂から続いてきたスクライブ線の先端に集中することにより、ガラス表面から垂直方向に亀裂が進展し、ガラス切断予定線に沿ってスクライブ線が形成される。最後に、スクライブ線が形成されたガラスをスクライブ線に沿って、機械的な手法で曲げ応力を加えることで、ガラスを折り割り切断が完了する(このガラスを折り割ることを、以後ブレーク又は割断と呼ぶこともある)。
一方で、厚板ガラスを対象にしたレーザー切断方法として、特許文献2、3の特許出願がなされている。
特許文献2は、波長可変レーザーを用いて、切断対象物のレーザー光波長に対する吸収特性に応じて、切断対象物の表面から裏面に至るまでの全板厚において、レーザー光を吸収させ、切断に適したレーザー光の波長を選択することで、スクライブ深さが切断対象物の全板厚方向に及び、ブレーク工程が不要となる脆性材料のフルボティー切断に関するものである。
また、特許文献3には、予め割断予定位置を面熱源により予備加熱して、ガラスの割断予定位置に熱応力による引張り応力を与えて割断直前の状態に保持した後、前記予備加熱されている割断予定位置に局所熱源を走査して前記引張り応力を増加させ、前記割断予定位置に沿ってフルボディー割断する方法が開示されている。当該方法は、面状に予備加熱を行った後、板ガラスの厚み方向にレーザーを照射し切断速度を調整しながら板ガラスをフルボディー切断することを可能としたものである。
また、前述したようなレーザーを用いた切断の他に、特許文献4では近赤外線光を集光して合わせガラスを予備加熱し、該合わせガラスのガラス板の強度を低下させた後、せん断力を加えることによって該合わせガラスを折り割る方法が開示されている。特許文献4は、合わせガラスに近赤外線を線状集光照射することで、当該加熱部(切断予領域)のガラス強度を低下させ、最終的に当該切断予定領域に機械的に曲げ応力を加えて折り割るものであり、従来の超硬工具刃によって、切断予定線上の表面にスクライブ線を入れる代わりに、近赤外線光による加熱によって、スクライブ線を入れたものにすぎない。この機械的な折り割り工程により、切断予定線部においてガラス同士が触れるため、「キリコ」と呼ばれる小破片が発生し、切断したガラスの表面や切断面を汚染すると考えられる。また、切断面に「マイクロクラック」と呼ばれる無数の微小な傷が発生し、切断したガラスの機械的な強度が低下する可能性もある。
前述したように、機械的な切断手法では折り割り時に「キリコ」と呼ばれる小破片が発生したり、折り割りによってその断面にマイクロクラックや「そげ」、「角」、「切り口のかけ」、「はま欠け」、「逃げ」などのJIS R3202に記載されるような切り口欠点が発生したりすることがあり、切断物の機械的な強度が低下するという問題があった。
また、前述したレーザーを用いた切断方法の場合、特許文献2によれば、2.8mmの無アルカリガラスの切断に必要なレーザー出力は200Wであるが、板ガラスの厚みが厚くなると200Wよりも高出力のレーザーが必要となり、そのようなレーザーを用意することは技術的に困難である。
そこで、本発明は、上記問題点を鑑みて、薄板から厚板までの板ガラスを切断予定線上の表面を傷つけることなく、ガラス板と非接触でフルボディー切断することができる装置及び方法の提供を目的とする。
本発明者は、板ガラスをある程度透過する波長域帯の光を発光し、レーザーに比べ高出力化が容易な近赤外線ラインヒーターによる板ガラスの熱処理を研究する過程で、近赤外線ラインヒーターの光を板ガラスを分割するエッジからエッジまでの切断予定線上にライン状に集光させることにより、ブレークなしでもガラス板を切断できるというこれまでに報告されたことのない手法を見出した。
上記のように集光した近赤外線光を板ガラスのエッジからエッジまでの切断予定線上にライン状に照射すると、該板ガラスの切断予定線上のガラス表面において、該板ガラスがライン状に赤外線光を吸収すると共に、ガラス表面からの放熱が生じることで、ガラス表面に温度勾配が生じる。また、赤外線光を集光させ斜入射光のエネルギーを高くすることにより、ガラス裏面の切断予定線上より所定間隔離れた位置の温度が上昇し、ガラス裏面に温度勾配が生じる。これらの温度勾配が生じることにより、板ガラス表面のガラスエッジ及び切断予定線上の板ガラス裏面に引張り応力が発生し、建築用途で使用されるような厚板ガラスであっても、板ガラスをフルボディー切断によって分割できるという知見を得て本発明に至った。
すなわち、本発明は、板ガラスを切断する装置であって、赤外線光源、該赤外線光源から発する赤外線光を、板ガラスのエッジからエッジまでの切断予定線に沿ってライン状に集光する集光装置、該板ガラスを載置する載置台、及び該赤外線光源と該板ガラスとの距離を調整可能な昇降装置を有し、該赤外線光の照射によって該板ガラスを切断することを特徴とする板ガラスの切断装置である。
本発明の板ガラスの切断装置は、集光させた赤外線光を該板ガラスの切断予定線上にライン状に照射した後、板ガラスが切断されるまで照射を続ければブレークを行うことなく板ガラスが切断される。本発明の切断装置を用いると、切断予定線を有する面のうち、板ガラスの厚み方向に平行な面が、切断後に切断面となる。
切断は前述したエッジからエッジまでの切断予定線に沿って行う。本明細書では、該切断予定線はガラス面の切断を行うラインを指すものとする。ただし、「切断予定線上」とは、該切断予定線を有する面のうち、板ガラスの厚み方向に平行な面内に存在することを指し、前述した「上」「下」の方向を指すものでない。また、当該「板ガラスの厚み方向に平行な面」は、切断後に切断面となる。
本発明における「ガラス板と非接触で該板ガラスを切断する」とは、例えばブレークのように、板ガラスに装置や人の手等を接触させ力を加えて切断するような、加熱を除く外力を人為的に加えることによる切断を行わないことを指している。前述したように、本発明の切断装置は、ライン状に集光した赤外線光の照射のみで板ガラスをフルボディー切断により分割することが可能である。
また、本発明の「フルボディー切断」とは、物体を2分割することを指している。また、「2分割」は、1本の切断予定線に対して2つに分割することを指すものとする。
前記集光装置は、赤外線光源をライン状に集光可能な位置に設置する。例えば赤外線光源を赤外線ランプとし、凹面鏡を用いて集光する場合、所望の箇所に焦点を合わせることが可能となるように設置する。この時、板ガラスのガラス面に赤外線光を照射可能となるように、該板ガラスの上方に赤外線ランプを設置し、該赤外線ランプを集光可能となるように、該赤外線ランプの上方に該凹面鏡を設置する。
前記昇降装置は、赤外線光源を昇降させるものでも、板ガラスを昇降させるものでも、
両方を昇降させるものでもよい。また、前記集光装置に該昇降装置が併設されていてもよい。
本発明の板ガラス切断装置は一般的な建築用板ガラス(例えばJIS R3202に記載の板ガラス)として用いられる厚み2mm以上、25mm以下の板ガラスに用いることができるが、原理的に上記の厚みに限定されるものではない。
赤外線光源は、赤外線光のピーク波長を、近赤外線(780〜2500nm)領域とすることにより、特に、建築用の板ガラス(780〜2500nmにおける透過率は約30〜85%)を、より効果的に短時間で切断することが可能である。すなわち、赤外線光源としては前記赤外線光のピーク波長が、近赤外線領域であることが好ましい。
本発明の板ガラス切断装置によって非接触で板ガラスをフルボディー切断できる原理については十分に解明できていないが、赤外線光を集光し照射することによって板ガラスに温度勾配が生じ、該温度勾配によって引張り応力が発生しフルボディー切断に至ると推察される。当該原理を図1を参照しながら以下に説明する。
図1(a)に切断前の板ガラス1表面に赤外線光を集光照射する様子を表す模式図、図1(b)に切断前の板ガラス1表面から放熱が生じる様子を表す模式図をそれぞれ示した。まず、赤外線光源を切断予定線3に沿ってI−I′面上のライン状に集光し照射すると、該切断予定線3上で該赤外線光9の吸収が生じる。次に、該切断予定線3上の板ガラス1の表面が大気と接触するため、一度吸収した熱が一部大気中へ放熱される。また、ライン状に集光し照射すると照射面の温度分布はラインの中央部が最も高く、ラインの両端側に次第に低くなるとともに、板ガラス1のガラスエッジ7からは側面からの放熱も生じるため、さらに温度が低下する。
次に、板ガラス1表面で吸収されず、反射もされなかった赤外線光は、透過光としてガラス内部へ侵入し、侵入した赤外線光は切断予定線3を中心として、板ガラス1の厚み方向へ進行する。該赤外線光は一部が該板ガラス1に吸収され、吸収が生じると温度が上昇する。一方で吸収されない赤外線光は引き続き板ガラス内を進行する。該赤外線光は焦点から離れる程ガラスに吸収され、単位面積当たりのエネルギー量が小さくなるため、該板ガラスの温度上昇は焦点から離れる程小さくなる。また、ガラス内部へ斜入射する光は集光装置によって集光させた赤外線光であり、ガラス内部へ直進する光よりエネルギー量が大きくなる為、該斜入射光の進行方向は温度が上昇し易く、切断予定線上の板ガラス裏面付近の温度よりも高くなる。
赤外線光が板ガラス内を進行し、板ガラス内の温度を上昇させる為、板ガラス表面、及び板ガラス内部に温度勾配が生じた状態となる。板ガラス1表面の温度勾配を、図1(c)示した切断される直前のI−I′面の温度勾配を表す断面模式図を参照しながら説明する。該板ガラス1表面は、前述したように集光させたラインの中央部が最も高く、ラインの両端側に次第に低くなるとともに、板ガラス1のガラスエッジ7からは側面からの放熱も生じるため、該ガラスエッジ7の温度が最も低くなる。
また、板ガラス内部の温度勾配について、図1(d)に示した切断される直前のII−II′面の温度勾配を表す断面模式図を参照しながら説明する。板ガラス1表面近傍は空気中への放熱により温度が下がるため、切断予定線上の表面から板ガラスの内部へ僅かに離れた位置の温度が最も高くなる。また、板ガラス内部へ斜入射した斜入射光はエネルギー量が大きい為、該斜入射光の進行方向の温度が著しく上昇する。その一方で切断予定線上の裏面付近の温度上昇は小さい為、板ガラスの裏面付近では、温度が低い部分を中心として、所定間隔離れた位置の温度が高くなるような温度勾配となる。
また、上記のような温度勾配が生じると、板ガラス表面及び板ガラス内部に引張り応力と圧縮応力が生じた状態となる。一般的に板ガラスに生じる応力には引張り応力と圧縮応力があり、通常、ガラスは引張り応力の発生により破壊される。ガラスの温度が高い高温部には圧縮応力が生じ、該高温部の周囲は引っ張られ、特にガラスの温度が低い低温部には強い引っ張り応力が生じる。板ガラス表面ではガラスエッジがラインの中央部へ引っ張られ、該ガラスエッジに強い引っ張り応力が生じた状態となる。また、ガラス内部では、図1(d)に示したように、切断予定線3上の裏面付近に、該切断予定線3の垂直線を中心として該垂直線から離れる方向に引っ張り応力が生じた状態となる。
次に、引張り応力が生じた状態の板ガラスのガラスエッジにクラックが発生し、該クラックが引張り応力が生じている切断予定線上の裏面まで伝搬し、切断予定線上を進行する事によって、該板ガラスのフルボディー切断に至る。一般的に板ガラスの面内とエッジ部分との機械的強度を比べると、ガラスエッジの方が弱いため、切断予定線のガラスエッジが始点となって、板ガラスにクラックが発生することとなる。なお、切断予定線上のガラスエッジは2点存在するが、2点のうち機械的強度の弱い方が起点となる。
上記のような作用によって、ガラス板と非接触でフルボディー切断することができると考えられる。
本発明により、板ガラス、特に厚板ガラスを切断予定線上の表面を傷つけることなく、板ガラスと非接触でフルボディー切断によって分割することが可能となった。また、本発明の切断装置は、赤外線光源の出力と位置の調整による簡単な操作で短時間で正確な切断を行うことができる。また、本発明によれば、は切断予定線上にスクライブを形成せず、かつ、ガラスを切断する際にガラス同士が触れることが無いため、ガラスエッジに、「マイクロクラック」の発生が無く、エッジ強度の低下を抑制することが可能となった。また、本発明により、切断によってカレットが発生しないため、切断面及びガラス表面に「キリコ」の付着を無くすことが可能である。また、本発明により、切り口欠陥(「そげ」、「角」、「切り口のかけ」、「はま欠け」、「逃げ」など)のない切断面を得ることが可能である。
本発明は、板ガラスを切断する装置であって、赤外線光源、該赤外線光源から発する赤外線光を、板ガラスのエッジからエッジまでの切断予定線に沿ってライン状に集光する集光装置、該板ガラスを載置する載置台、及び該赤外線光源と該板ガラスとの距離を調整可能な昇降装置を有し、該赤外線光の照射によって該板ガラスを切断することを特徴とする板ガラスの切断装置である。
1.板ガラスの切断装置
以下、本発明の切断装置についてより詳細に説明する。
本発明の切断装置に用いる赤外線光源としては、近赤外線ラインヒーター、中赤外線ラインヒーター、遠赤外線ラインヒーター等が挙げられる。特に、建築用で用いられる板ガラスであるソーダライムシリケートガラスにおいては、前述したように、近赤外線ラインヒーターの波長帯で、赤外線の透過性、吸収性が高く、板ガラスの厚み方向において赤外線光を吸収する為、好適に用いることが可能である。上記のようにソーダライムシリケートガラスの切断に近赤外線ラインヒーターを用いると、板ガラスの全板厚方向に好適な温度分布を板幅の範囲に形成することが可能となり、切り口欠陥のない良好な切断面を得ることができる。
前述した各種ラインヒーターは、一般的に各波長光を発するランプ部分を有し、該ランプ部分は、切断予定線と平行になるように設置するのが好ましい。
また、上記のラインヒーターの長さは、板ガラスのエッジからエッジまでの長さ以上だと問題なく切断可能だが、該ラインヒーターの長さが、板ガラスのエッジからエッジまでの長さより僅かに短くとも切断可能であることがわかった。すなわち本発明は、前記赤外線ランプが赤外線ラインヒーターであり、該赤外線ラインヒーターの長さが、板ガラスのエッジからエッジまでの長さに対して、90%以上であるのが好ましい。
また、切断予定線の長さが、前記のラインヒーターよりも長い場合、複数のラインヒーターを並べて切断を行うことも可能である。この時、ラインヒーターとラインヒーターとの間隔が広いと良好な切断面が得られない事があるため、間隔は極力狭くすることが望ましい。すなわち、ライン状に集光された2以上の赤外線光が1直線上に重なる又は接触するように、前記赤外線光源及び前記集光装置を2以上設置することが好ましい。
本発明の切断装置に用いる集光装置は、赤外線光を効率良く集光可能であることから凹面鏡を用いるのが好ましい。すなわち、本発明の切断装置は、前記集光装置が凹面鏡からなり、板ガラスのガラス面の垂直方向上に、切断予定線と平行するように赤外線光源を有し、該赤外線光源の上にライン状に集光可能な該凹面鏡を有することが好ましい。
また、上記の集光装置としては、シリンドリカルレンズ等の各種レンズを用いてもよい。シリンドリカルレンズを用いる場合は、赤外線光源と板ガラスとの間に設置する。
上記のような集光装置を用いて赤外線光源を集光する際、フルボディー切断の精度を上げるために焦点における集光幅を狭くするのが好ましい。なお、集光幅は集光装置に依存する。本明細書の実施例においては、集光幅を3mmとして切断を行った。
また、集光の効率を上げるために、板ガラス表面の切断予定線上に赤外線吸収層を形成してもよい。該赤外線吸収層は集光幅程度の幅以下とするのが好ましく、例えば黒色ペン等でラインを引くのが簡便である。
本発明の切断装置において、載置台は板ガラスを設置できれば特に限定されるものではない。また、該載置台は赤外線光に曝されることから、耐熱性の部材を用いるのが好ましい。また、板ガラスと接する面にはグラスウール等の断熱材を設置し、該断熱材を介して板ガラスと接してもよい。該断熱材を設置することで、赤外線による載置台の直接加熱を防ぐことができ、載置台の保護に役立つ。また、上記の載置台が昇降装置を有する昇降台であってもよい。
尚、本明細書では板ガラスの載置台側を下、板ガラス側を上として記載している。ゴミ等から赤外線光源を保護することが容易であるため、赤外線光源は板ガラスの上側に設置するのが好ましい。また、赤外線光源を載置台の下に設けることも可能である。当該実施形態の一案としては、赤外線光源と集光装置とを載置台の下側に設け、集光された赤外線が板ガラス表面に届くように、該載置台に線状のスリット等を設けることが考えられる。該スリット部分では載せた板ガラス表面が露出するため、該スリット部分に切断予定線を合わせることで板ガラスを切断することが可能となる。
また、本発明の切断装置は、前述したように、集光した赤外線光の照射のみにより板ガラスの分割を可能とする。この分割は切断予定線上に生じる強い引っ張り応力によるため、場合によっては分割された板ガラスが切断面同士を離すように載置台上を滑ることがある。このような場合、載置台の大きさによっては分割した板ガラスが該載置台の下へ落下してしまう可能性があるため、予め落下防止用の補助部材を設置してもよい。当該補助部材は板ガラスの落下を防ぐ事が可能であれば載置台上に設置しても、載置台とは別に設置するものでもよい。また、該補助部材は切断前から板ガラスに接触していても、分割された板ガラスが載置台を滑った際に接触するように設置するものでもよい。
2.板ガラスの切断方法
次に、本発明の切断装置を用いる板ガラスの切断方法についてより詳細に説明する。
本発明の板ガラスの切断装置は、集光させた赤外線光を該板ガラスの切断予定線上に照射した後、板ガラスが切断されるまで照射を続ければブレークを行うことなく板ガラスが切断される。
前述したように本発明の切断装置は引張り応力を利用してフルボディー切断を行うものであるため、切断予定線は複雑でないのが好ましく、例えば直線であるのがより好ましい。
上記の「板ガラスが切断されるまで」とは、板ガラスが分割されるまでを指すが、板ガラスが分割された後に照射が継続していても板ガラスの切断面に欠陥を生じさせるものではない。
切断の対象となる板ガラスは、赤外線光を吸収するガラスであれば特に限定するものではないが、例えばソーダライムガラス、石英ガラス、ホウ珪酸ガラス、アルミノシリケートガラス等が挙げられる。
赤外線光の照射は、加熱される部分が板ガラスの軟化点未満の温度となるように行う。ガラスが軟化点まで達すると、ガラスに流動が生じてしまい、ガラス面が粗くなったり、切断後に反りが生じてしまうことがある。例えば一般的な建築用ガラスに用いられるソーダライムガラスの場合、軟化点は720〜730℃程度である。
また、赤外線光源はラインヒーターを用いるのが望ましく、その長さは少なくともガラスエッジを除く切断予定線上を不足なく加熱できるようにするのが望ましい。該赤外線光源が短すぎると加熱が不足した部分でクラックが曲がり、切り口欠陥が発生する可能性がある。このような欠陥が発生する可能性が低くするためには、エッジからエッジまでの切断予定線の長さと同じかそれ以上にするのがよい。また、該ラインヒーターの長さが板ガラスのエッジからエッジまでの長さより僅かに短くとも不足なく加熱することが可能であることから、該赤外線ラインヒーターの長さが、板ガラスのエッジからエッジまでの長さに対して、90%以上とするのが好ましい。
上記のラインヒーターの加熱時の出力は切断可能となるように適宜選択されればよい。例えば、本明細書の実施例では、近赤外ラインヒーターを用いて、ラインヒーター出力(W)/ラインヒーター長さ(cm)で表される値が100W/cmとなるように加熱を行った。また、上記の近赤外ラインヒーターを凹面鏡で集光させた当該実施例において、100mm×100mm、厚みが8mm、12mm、25mmの3種類のガラスを切断したところ、厚みによって異なるが照射開始から10〜20秒で板ガラスの分割が完了した。
本発明においては、集光した赤外線光の照射のみにより、板ガラスの切断予定線上のガラスエッジに傷が生じ、これを始点として、該傷が板ガラス表面及び板ガラス内部へ伝搬することにより板ガラスがフルボディー切断される。この時、ガラスエッジに傷が生じると同時に傷の伝搬が始まるため、該傷が発生すると直ちに板ガラスの切断も開始される。該切断の完了により板ガラスの分割が完了するが、上記のガラスエッジの発生から分割の完了までにかかる時間は短時間であり、例えば本明細書の実施例の、100mm×100mm、厚み25mmの板ガラスの場合、傷の発生からほぼ瞬時に切断が完了し、1秒未満であった。
また、本発明においては、集光した赤外線光の照射開始からガラスエッジに傷が発生するまでの時間と、ガラスエッジの傷の発生から分割の完了までにかかる時間とでは、前者の方が長くなる。
なお、上記の「分割の完了」は、例えば分割後は切断予定線上に切断面が生じることから、目視で分割を確認することが可能である。
本発明においては、ガラスエッジに効率良く傷を生じさせることにより、板ガラスのフルボディー切断に要する時間を短縮することが可能となる。このようにガラスエッジに傷を生じさせる方法としては、例えばガラスエッジとガラスエッジ周辺との温度差を大きくするために、該ガラスエッジの温度を下げる、又はガラスエッジへの加熱を少なくする等が挙げられる。
上記のガラスエッジの温度を下げるためには、冷却装置を用いても良い。切断予定線上の加熱部を、冷却装置によって冷却することで、切断予定線のガラス表面の加熱部分が急冷されるため、切断予定線の板厚方向の内部との温度差が大きくなり、切断予定線により大きな引張り応力を発生させることができると考えられる。例えば、上記のガラスエッジにエアー等を噴きつける事によって、ガラスエッジの傷の発生を促進させる事が可能である。
上記のガラスエッジへの加熱を少なくするためには、ガラスエッジに照射される赤外線光を減らす事が考えられ、該ガラスエッジに赤外線光が当たらない程度に、ラインヒーターの長さをエッジからエッジまでの切断予定線の長さより僅かに短くする、又は集光装置の長さを切断予定線の長さより僅かに短くすることが挙げられる。上記のようにすることにより、ガラスエッジへの加熱が少なくなるため、ガラスエッジの温度上昇を抑えることが可能となる。
また、上記以外にも、ガラスエッジ部分にラインヒーターからの赤外線光を遮光するマスク材を予め設置してもよい。
図2、図3は、本発明の赤外線光による板ガラスの切断装置の一実施態様を示す模式図である。
本実施形態に係る板ガラスの切断装置は、昇降台5上に断熱材4を積置し、更に、断熱材4上に板ガラス1を積置し、板ガラス1の切断予定線3の直上に、ラインヒーター型赤外線ランプ2、赤外線ランプ2の上に凹面鏡6を配置して構成する。
図2では、赤外線ランプ2のランプ長が切断予定線3よりも長いものを使用している。このような赤外線ランプを用いることにより、不足なく切断予定線上を加熱できるため、加熱不足により切り口欠陥が発生してしまうのを防ぐことができる。
また、幅が長尺の板ガラスを切断する場合には、赤外線ランプ2のランプ長さを切断予定線の長さに相当する長いものにしても良いし、赤外線ランプ2を複数台用意し、切断予定線の長さに相当するように直列に並べて照射を行っても良い。
凹面鏡6は、ライン状に集光可能な形状に加工されたものを用いる。図2では該凹面鏡6の長さが赤外線ランプ2よりも長いものを使用している。上記のような凹面鏡を用いることにより該赤外線ランプから発する赤外線光を無駄なく集光できる。
赤外線ランプ2の集光ラインと切断予定線3が平行になるように赤外線ランプ2及び凹面鏡6を配置するのが好ましい。また、該集光ラインの焦点位置は板ガラス1が適切に切断できれば特に限定されるものではないが、切断始点を切断予定線付近に発生させるために、ガラス板による赤外線の吸収や温度勾配等を考慮し、ガラス板の表面または裏面に集光させることがより好ましい。
赤外線ランプ2の集光ラインの焦点の調整は、昇降台5によって行えば良い。また、赤外線ランプ2側に昇降機構を設けて、焦点の調整を行っても良い。
なお、図3において、赤外線ランプ2の表面には、赤外線ランプ2及び凹面鏡6を保護するカバーガラス8を設けている。前述したように、板ガラス1の切断は強い引張り応力によって行われることから、板ガラスの分割時に該板ガラスが載置台上を滑ることがある。この時、載置台にゴミやガラス屑等があると、該板ガラスに弾かれて赤外線ランプ2や凹面鏡6に当たり破損することがある。カバーガラス8によりこのような破損を防止することが好ましい。また、該カバーガラスの材質は赤外線の透過率が高ければ特に限定されるものではない。
図2、3に示すような赤外線ラインヒーターを用いて基板を加熱した場合の赤外線光の焦点におけるライン幅方向(X方向)及びライン長さ方向(Y方向)の温度分布の一例を図4に示す。図のX方向とはライン状の焦点の幅方向(ライン状の焦点と直交する方向)を示し、Y方向とはライン状の焦点の長さ方向(ライン状の焦点と平行になる方向)を示す。また、当該データは光を反射しない黒体を用いて行った値である。ラインヒーターはX方向、Y方向共に焦点のラインの中央部が最も温度が高く、ピーク温度は1200℃程度に達し、ラインの両端側へ広がるに従って次第に温度が低くなる温度分布を示し、大きな温度勾配で基板を加熱できることがわかる。
上記のようなラインヒーターでガラス板を加熱した場合、切断直前の板ガラス1に生じる温度勾配は図1の(c)及び(d)のようになると推察される。図1(c)は板ガラス1のI−I′切断面、図1(d)は板ガラス1のII−II′切断面をそれぞれを表している。尚、図1(c)、(d)ともに予想図であり、発生する温度勾配をこれに限定するものではない。
板ガラス1中の最高温度到達箇所は、板ガラス1の表面から少し内部に入ったところとなり、図1(c)に示したI−I′面では該板ガラス1の深さ方向には、なだらかな温度勾配が形成されると予想される。一方、図1(d)に示したII−II′面では、I−I′面と同様に板ガラス1の表面から少し内部に入った箇所の温度が最も高くなる。また、赤外線光9の焦点を頂点として、ガラス内部を進行する斜入射光は切断予定線上から遠ざかって行くが、該遮入射光の進行に伴いガラスの温度も上昇し、図1(d)に示したように板ガラス1の裏面では切断予定線3上の温度が最も低くなる。
上記のような温度勾配が生じると、ガラスエッジ7及び板ガラス裏面には引張り応力が発生している引張り応力層が生じ、該引張り応力とバランスを取るように板ガラス内の高温部分には圧縮応力が発生している圧縮応力層が生じる。該ガラスエッジ7や板ガラス裏面の引張り応力層は局所的であり、一方で板ガラス内部の圧縮応力層は上記の引張り応力層と比較して広範囲となる。対応する引張り応力層と圧縮応力層は、範囲が局所的である程応力が大きくなる傾向にあることから、結果的に引張り応力の方が圧縮応力よりも大きくなると考えられる。
以下に、本発明の実施例を示す。
実施例1
まず、赤外線ランプと凹面鏡とが予め配置された近赤外型ラインヒーター((株)ハイベック社製、ラインヒーターHYL25−12)を昇降台のガラス載置面と平行になるように設置した。使用したラインヒーターの長さは12cmであった。
切断に用いた板ガラスは100mm×100mmで、厚みが8mm、12mm、25mmの3種類とした。
次に、昇降台の上に板ガラス(ソーダライムガラス)を設置し、昇降台を操作して該板ガラスの表面に焦点を合わせた。尚、本実施例では赤外線ランプのカバーガラス表面と該板ガラス表面との距離を25mmとした。
次に、板ガラスを2分割するための中央の長さ100mmの切断予定線に近赤外型ラインヒーターを1200Wで20秒間照射したところ、厚み8mmで12秒、厚み12mmで19秒、厚み25mmで15秒経過した時に板ガラスが分割された。また、この時、ガラスエッジに傷が生じてから、瞬時にフルボディー切断され、いずれの厚みの板ガラスにおいても1秒未満であった。
また、25mmの板ガラスを切断し2分割した際の写真を図5、切断面の写真を図6、従来のブレークによって折り割りを行った従来品の板ガラス(左)と本実施例で得た板ガラス(右)の角部分の写真を図7示す。図5〜図7に示した通り、切断面にマイクロクラックや切り口欠陥等が生じない、鋭利な刃物で裁断したようなきれいな切断面が得られた。また、他の板ガラスも同様の切断面が得られた。
また、本手法による切断面の稜線は、鋭利であるにもかかわらず、稜線を指でなぞっても、指を切創することがなかった。これは切断面にマイクロクラックの発生が無く、稜線においてガラスの微細な凹凸が形成されていないためである。
なお、図6の切断面に見える左右方向の白い線は、ガラス板の底面の稜線が透けて見える線である。
実施例2
ラインヒーターの長さが28cmである近赤外型ラインヒーター((株)ハイベック社製、ラインヒーターHYL25−28)、及び切断用の板ガラスとして250mm×300mm(切断予定の長さは300mm)で、厚みが8mm、15mm、25mmの3種類を準備した。板ガラスを2分割するための中央の長さ300mmの切断予定線に近赤外型ラインヒーターを1960Wで切断が完了するまで照射した以外は、実施例1と同様の方法で板ガラスの切断を行った。尚、本実施例ではラインヒーターの長さより板ガラス上の切断予定線の長さの方が長い為、切断予定線上のガラスエッジからラインヒーター端までの距離が左右で同じになるようにした。
切断に要した時間は、厚み8mmで23秒、厚み15mmで19秒、厚み25mmで38秒経過した時に板ガラスが分割された。また、この時、ガラスエッジに傷が生じてから、瞬時にフルボディー切断され、いずれの厚みの板ガラスにおいても1秒未満であった。
得られた板ガラスのうち25mmの板ガラスの切断面を光学顕微鏡で観察した。従来のブレークによって折り割りを行った従来品の板ガラス(左)と本実施例で得た板ガラス(右)の板ガラス表面の写真を図8示す。図8に示した通り、従来品はガラス表面にカッター傷によるマイクロクラックが見られるが、本手法品はマイクロクラックや切り口欠陥等が生じない、鋭利な刃物で裁断したようなきれいな切断面が得られた。また、他の厚みの板ガラスも同様であった。
実施例3
ラインヒーターの長さが28cmである赤外線ラインヒーター((株)ハイベック社製、ラインヒーターHYL25−28N)を2台直列に連結し、該ラインヒーターの間隔が20mmとなるように設置した。切断用の板ガラスとして400mm×600mm(切断予定の長さは600mm)で、厚みが8mm、15mm、25mmの3種類を準備した。板ガラスを2分割するための中央の長さ600mmの切断予定線に、赤外型ラインヒーターを各1960Wで切断が完了するまで照射した以外は、実施例1と同様の方法で板ガラスの切断を行った。尚、この時集光した2つの赤外光は、見かけ上2つの赤外光間に隙間の生じないものとなった。
切断に要した時間は、厚み8mmで30秒、厚み15mmで40秒、厚み25mmで60秒経過した時に板ガラスが分割され、赤外線ラインヒーターを2台連結した連結部の影響は見られなかった。また、この時、ガラスエッジに傷が生じてから、瞬時にフルボディー切断され、いずれの厚みの板ガラスにおいても1秒未満であった。
以上より、本発明の板ガラスの切断装置及び切断方法により、切断予定線上にスクライブを形成せず、かつ、ガラスを切断する際にガラス同士が触れることが無いため、ガラスエッジに、「マイクロクラック」の発生が無く、エッジ強度の低下を抑制することが可能となった。
また、本発明の切断装置による切断方法では、カレットが発生しないため、切断面及びガラス表面に「キリコ」の付着を無くすことが可能となった。
また、本発明の切断装置により、切り口欠陥(「そげ」、「角」、「切り口のかけ」、「はま欠け」、「逃げ」など)のない切断面を得ることが可能となった。