以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1に、スピンドルモータの一構成例を概念的に示す。同図に示すスピンドルモータは、HDD等のディスク駆動装置に用いられるものであって、流体動圧軸受装置1と、流体動圧軸受装置1の軸部材2に固定されたディスクハブ3と、半径方向隙間を介して対向するステータコイル4およびロータマグネット5と、内周に流体動圧軸受装置1のハウジング7を固定したモータベース6とを備える。ロータマグネット5はディスクハブ3に固定され、ステータコイル4はモータベース6に固定されている。ディスクハブ3には、所定枚数(図示例では2枚)のディスクDが保持されている。このような構成を有するスピンドルモータにおいて、ステータコイル4に通電すると、ステータコイル4とロータマグネット5との間の電磁力でロータマグネット5が回転し、これに伴って軸部材2、ディスクハブ3及びディスクDが一体的に回転する。
図2に、本発明の第1実施形態に係る流体動圧軸受装置1を示す。この流体動圧軸受装置1は、軸部材2と、軸方向一方側および他方側の端部が開口したハウジング7と、ハウジング7の内周に固定された軸受スリーブ8と、ハウジング7の軸方向他方側の端部開口を閉塞する蓋部材10とを備え、ハウジング7の内部空間には流体としての潤滑油(密な散点ハッチングで示す)が充填されている。なお、以下では、説明の便宜上、蓋部材10が配置された側を下側、これとは軸方向の反対側を上側というが、流体動圧軸受装置1の使用態様を限定するものではない。
軸部材2は、軸部2aと、軸部2aの下端に一体又は別体に設けられたフランジ部2bとを有し、軸部2aおよびフランジ部2bは、例えばステンレス鋼等の金属材料で形成される。軸部2aは、軸受スリーブ8の内周に挿入され、フランジ部2bは、ハウジング7、軸受スリーブ8および蓋部材10の間に画成される空間内に配置される。
ハウジング7は、黄銅やステンレス鋼等の金属材料(溶製材)、あるいは樹脂材料で略円筒状に形成され、円筒状の筒部7aと、筒部7aよりも径方向内側に突出した短円筒状のシール部7bとを一体に有する。筒部7aの内周面は、相対的に小径の小径内周面7a1と、小径内周面7a1の下側に配置され、相対的に大径の大径内周面7a2とを有する。
シール部7bの内周面7b1は、下方に向けて漸次縮径したテーパ面状に形成されており、対向する軸部2aの円筒状外周面2a1との間に下方に向けて漸次縮径したくさび状のシール空間Sを形成する。シール空間Sは、ハウジング7の内部空間に充填された潤滑油の温度変化に伴う容積変化量を吸収するバッファ機能を有し、想定される温度変化の範囲内で潤滑油の油面を常にシール空間Sの軸方向範囲内に保持する。図示は省略するが、くさび状のシール空間Sは、径一定の円筒面状に形成されたシール部7bの内周面7b1と、上方に向けて漸次縮径するテーパ面状に形成された軸部2aの外周面2a1とで形成することもできる。
蓋部材10は、黄銅やステンレス鋼等の金属材料、あるいは樹脂材料で円板状に形成され、ハウジング7の筒部7aの大径内周面7a2に固定される。蓋部材10の上端面10aは円環状のスラスト軸受面を有し、該スラスト軸受面には、スラスト軸受部T2のスラスト軸受隙間内の潤滑油に動圧作用を発生させるための動圧発生部(スラスト動圧発生部)Cが形成されている。図示は省略するが、スラスト動圧発生部Cは、例えば、後述するスラスト動圧発生部B(図4参照)と同様に、スパイラル形状の動圧溝と、動圧溝を区画する凸状の丘部とを周方向に交互に配して構成される。
軸受スリーブ8は円筒状をなし、その内周面8aには、円筒面状のラジアル軸受面が軸方向に離間した二箇所に設けられている。2つのラジアル軸受面には、それぞれ、図3に示すように、ラジアル軸受部R1,R2のラジアル軸受隙間内の潤滑油に動圧作用を発生させるための動圧発生部(ラジアル動圧発生部)A1,A2が形成されている。図示例のラジアル動圧発生部A1,A2は、何れも、軸方向に対して傾斜し、周方向に離間して設けられた複数の上側動圧溝Aa1と、上側動圧溝Aa1とは反対方向に傾斜し、周方向に離間して設けられた複数の下側動圧溝Aa2と、両動圧溝Aa1,Aa2を区画する凸状の丘部(図中クロスハッチングで示す)とで構成され、丘部は全体としてヘリングボーン形状に形成されている。すなわち、丘部は、周方向で隣り合う動圧溝間に設けられた傾斜丘部Abと、上下の動圧溝Aa1,Aa2間に設けられた環状丘部Acとからなる。ラジアル動圧発生部A1においては、上側動圧溝Aa1の方が下側動圧溝Aa2よりも軸方向寸法が大きく、ラジアル動圧発生部A2を構成する両動圧溝Aa1,Aa2の軸方向寸法は、ラジアル動圧発生部A1の下側動圧溝Aa2の軸方向寸法と同寸である。
軸受スリーブ8の下端面8bにはスラスト軸受面が設けられ、このスラスト軸受面には、図4に示すように、スラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間内の潤滑油に動圧作用を発生させるための動圧発生部(スラスト動圧発生部)Bが形成されている。図示例のスラスト動圧発生部Bは、スパイラル形状の動圧溝Baと、動圧溝Baを区画する凸状の丘部Bb(図中クロスハッチングで示す)とを周方向に交互に配して構成される。
図2および図3に示すように、軸受スリーブ8の上端面8cには、環状溝8c1と、径方向外側および内側の端部が環状溝8c1および軸受スリーブ8の上端内周チャンファにそれぞれ開口した径方向溝8c2とが形成されている。また、軸受スリーブ8の外周面8dには、一又は複数(本実施形態では三本)の軸方向溝8d1が形成されている。
以上の構成を有する軸受スリーブ8は、多孔質体、ここでは銅および鉄を主成分とする焼結金属の多孔質体で形成される。すなわち、本実施形態の軸受スリーブ8は、例えば銅粉末(銅系粉末)および鉄粉末(鉄系粉末)を主成分とする原料粉末の圧粉体を加熱・焼結することで形成された銅鉄系の焼結体からなり、ここでは、保油能力や機械的強度を考慮して、80%以上90%未満の相対密度を有するものが使用される。軸受スリーブ8の内周面8aに設けられるラジアル動圧発生部A1,A2は、焼結体に寸法矯正加工(サイジング)を施すのと同時に型成形される。軸受スリーブ8の下端面8bに設けられるスラスト動圧発生B、軸受スリーブ8の上端面8cに設けられる環状溝8c1および径方向溝8c2、並びに軸受スリーブ8の外周面8dに設けられる軸方向溝8d1は、例えば、上記圧粉体を圧縮成形するのと同時に、あるいは焼結体にサイジングを施すのと同時に型成形される。
軸受スリーブ8は、その上端面8cをシール部7bの下端に当接させた状態でハウジング7の筒部7aの内周に固定されている。より詳細には、図5に示すように、軸受スリーブ8を筒部7aの内周にすきまばめすることで互いに対向する軸受スリーブ8の外周面8dと筒部7aの小径内周面7a1との間に径方向隙間11を形成し、この径方向隙間11に介在させた接着剤を硬化させることで筒部7aの内周に軸受スリーブ8が固定される。要するに、軸受スリーブ8は、径方向隙間11に形成した接着剤層12(図5中クロスハッチングで示す)を介してハウジング7の筒部7aの内周に固定されている。接着剤層12を構成する接着剤として、ここではエポキシ樹脂系接着剤に代表される熱硬化型接着剤を使用している。使用可能な熱硬化型接着剤の具体例としては、90℃程度でゲル化(硬化を開始)し、100℃程度で完全に硬化する味の素ファインテクノ社製のAE−780を挙げることができる。
図3および図5に示すように、径方向隙間11を介して互いに対向する軸受スリーブ8の外周面8dとハウジング7の筒部7aの小径内周面7a1との間には、接着剤層12が介在しない円筒(短円筒)状の非接着部13、すなわち軸受スリーブ8とハウジング7の筒部7aとを全周に亘って接着固定していない部分が上下二箇所に離間して設けられている。非接着部13は、径方向寸法が径方向隙間11の隙間幅δ1よりも大きい環状凹部14で構成され、環状凹部14は、筒部7aの小径内周面7a1に溝深さδの環状溝7cを設けることで形成される。各環状凹部14は、径一定の円筒状部14aと、円筒状部14aの軸方向両側に設けられ、軸方向外側に向かうにつれて漸次縮径した縮径部14b,14cとを有する。従って、各環状凹部14の縮径部14b,14cは、接着剤層12が形成された径方向隙間11と軸方向で隣接配置されている。
図2および図3に示すように、非接着部13(環状凹部14)は、少なくともその軸方向一部領域が、動圧軸受からなるラジアル軸受部R1,R2のうち、流体動圧が最大となる最大圧力発生領域VMAXと軸方向でオーバーラップするように設けられる。本実施形態の非接着部13は、図5に拡大して示すように、その軸方向全域が最大圧力発生領域VMAXと軸方向でオーバーラップするように設けられる。本実施形態におけるラジアル軸受部R1,R2の最大圧力発生領域VMAXは、それぞれ、ラジアル動圧発生部A1,A2を構成する環状丘部Acの対向領域である。従って、図5に示すように、非接着部13(環状凹部14)の軸方向寸法(環状溝7cの溝幅)をL、環状丘部Acの軸方向寸法をL1とすると、L≦L1の関係式が成立し、かつ非接着部13は、その上端部および下端部が、それぞれ、環状丘部Acの上端部および下端部よりも軸方向内側に位置するように(環状丘部Acの軸方向範囲内に位置するように)設けられる。
以下、以上の構成を有する流体動圧軸受装置1の組立方法について、ハウジング7の内周に軸受スリーブ8を接着固定する方法を中心に説明する。
まず、図6(a)に示すように、環状溝7cが上下に離間した二箇所に設けられたハウジング7の小径内周面7a1のうち、下側の環状溝7cよりも下方側の領域に接着剤(熱硬化型接着剤)12’を全周に亘って塗布してから、ハウジング7の下端開口部を介して軸受スリーブ8を筒部7aの内周に挿入する。軸受スリーブ8の挿入がある程度進展すると、軸受スリーブ8が接着剤12’に接触し、軸受スリーブ8の上端外周縁部付近に接着剤12’が付着する。以降、軸受スリーブ8の挿入が進展するのに伴い、軸受スリーブ8に付着した接着剤12’が軸受スリーブ8の挿入方向後方側に相対移動し、互いに対向する軸受スリーブ8の外周面8dとハウジング7の小径内周面7a1との間の径方向隙間11に接着剤12’が充填されていく[以上、図6(b)(c)参照]。
図6(a)に示す態様でハウジング7の小径内周面7a1に塗布した接着剤12’に軸受スリーブ8の上端外周縁部が接触すると、軸受スリーブ8の上端外周縁部には比較的多量の接着剤12’が付着する。このとき、接着剤12’の塗布箇所よりも軸受スリーブ8の挿入方向前方側(上側)に環状溝7cが存在しなければ、軸受スリーブ8の上端外周縁部に付着した接着剤12’の多くは軸受スリーブ8とともに軸受スリーブ8の挿入方向前方側に移動する。そのため、径方向隙間11に必要量の接着剤12’を介在させることができず、ハウジング7と軸受スリーブ8の間に所望の接着強度を確保できなくなる可能性がある。また、余剰の接着剤12’が軸受スリーブ8の上端面8cを介して軸受スリーブ8の内周に回り込み、ラジアル軸受部R1の軸受性能に悪影響を及ぼす可能性もある。
これに対し、上記のように、小径内周面7a1のうち環状溝7cよりも軸受スリーブ8の挿入方向後方側(特に、下側の環状溝7cよりも下側)に接着剤12’を予め塗布すれば、軸受スリーブ8の挿入に伴って軸受スリーブ8の上端外周縁部付近に付着した接着剤12’が上下二箇所の環状溝7cで捕捉されるため、上記のような問題発生の可能性が可及的に低減される。そのため、軸受スリーブ8の挿入完了後には、径方向隙間11の略全域[図6(c)中に、符号Yで示す軸方向領域]に接着剤12’を介在させることができる。
以上のようにして、ハウジング7の内周に軸受スリーブ8が仮固定されたアセンブリを製作した後、このアセンブリに加熱処理を施すことで接着剤12’を硬化させ、軸受スリーブ8をハウジング7に対して接着固定する。接着剤12’として前述の味の素ファインテクノ社製AE−780を使用する場合、アセンブリに対する加熱処理は、例えば、以下のような手順で行われる。
(A)内部温度が室温(25℃)程度に保たれた加熱容器に上記のアセンブリを投入する。(B)加熱容器の内部温度を、接着剤12’が完全に硬化可能な温度(100℃程度)に到達するまで徐々に昇温させる。
(C)容器内部温度を100℃程度で所定時間保持する。
上記(B)のステップでは、加熱容器の内部温度が上昇するのに伴い、接着剤12’の粘度が徐々に低下し、加熱容器の内部温度が接着剤12’のゲル化温度に到達する直前段階においては、接着剤12’の粘度がほぼゼロになる。これに伴い、ハウジング7の環状溝7cで形成される環状凹部14内に介在する接着剤12’は、毛細管力によって径方向寸法が相対的に小さい径方向隙間11に引き込まれ、その後硬化する。特に、本実施形態では、環状凹部14が軸方向外側に向かうにつれて漸次縮径した縮径部14b,14cを有し、該縮径部14b,14cが径方向隙間11と軸方向で隣接配置されているので、接着剤12’の粘度低下に伴って環状凹部14(環状溝7c)内に介在する接着剤12’は、径方向隙間11に円滑に引き込まれる。
以上により、図3および図5に示す態様でハウジング7の内周に軸受スリーブ8が接着固定されたアセンブリ、すなわち、径方向隙間11に形成された接着剤層12を介してハウジング7の内周に軸受スリーブ8が固定されたアセンブリであって、径方向隙間11を介して互いに対向するハウジング7の小径内周面7a1と軸受スリーブ8の外周面8dとの間に接着剤層12が介在しない円筒状の非接着部13が設けられたアセンブリ、が得られる。
以上のようにして得られたアセンブリのうち、軸受スリーブ8の内周に軸部材2の軸部2aを挿入してから、蓋部材10をハウジング7の筒部7aの大径内周面7a2に固定する。具体的には、まず、軸部材2のフランジ部2bの上端面2b1を軸受スリーブ8の下端面8bに当接させると共に、フランジ部2bの下端面2b2に蓋部材10の上端面10aを当接させ、スラスト軸受部T1,T2のスラスト軸受隙間の隙間幅をゼロの状態にする。その後、軸部材2を両スラスト軸受隙間の隙間幅の合計量だけ下方に移動させることで蓋部材10をハウジング7に対して下降移動させ、その位置でハウジング7と蓋部材10を固定する。そして、いわゆる真空含浸等の手法により、焼結金属製の軸受スリーブ8の内部気孔も含め、ハウジング7の内部空間に潤滑油を充満させる。以上により、図2に示す流体動圧軸受装置1が完成する。
以上の構成からなる流体動圧軸受装置1において、軸部材2と軸受スリーブ8が相対回転すると(本実施形態では軸部材2が回転する)、軸受スリーブ8の内周面8aに設けた上下2つのラジアル軸受面とこれに対向する軸部2aの外周面2a1との間にラジアル軸受隙間がそれぞれ形成される。そして、軸部材2の回転に伴い、両ラジアル軸受隙間に形成される油膜の圧力がラジアル動圧発生部A1,A2の動圧作用によって高められ、軸部材2をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部R1,R2が上下に離間して形成される。これと同時に、軸受スリーブ8の下端面8bに設けたスラスト軸受面とフランジ部2bの上端面2b1との間、および蓋部材10の上端面10aとフランジ部2bの下端面2b2との間にスラスト軸受隙間がそれぞれ形成される。そして、軸部材2の回転に伴い、両スラスト軸受隙間に形成される油膜の圧力がスラスト動圧発生部B,Cの動圧作用によって高められ、軸部材2をスラスト一方向およびスラスト他方向に非接触支持するスラスト軸受部T1,T2が形成される。
軸部材2の回転時には、ラジアル動圧発生部A1を構成する上側動圧溝Aa1と下側動圧溝Aa2との軸方向寸法差により、軸部2aの外周面2a1と軸受スリーブ8の内周面8aとの間の径方向隙間(ラジアル軸受部R1のラジアル軸受隙間)に介在する潤滑油は下方に押し込まれ、第1スラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間→軸受スリーブ8の軸方向溝8d1で形成される軸方向の流体通路→軸受スリーブ8の上端外周チャンファ等で形成される環状空間→軸受スリーブ8の環状溝8c1および径方向溝8c2で形成される流体通路という経路を循環して、ラジアル軸受部R1のラジアル軸受隙間に再び引き込まれる。これにより、ハウジング7の内部空間を満たす潤滑油の圧力バランスが保たれると同時に、局部的な負圧の発生に伴う気泡の生成、気泡の生成に起因する潤滑油の漏れや振動の発生等の問題を解消することができる。
以上で説明したように、本発明に係る流体動圧軸受装置1においては、接着剤層12が形成された径方向隙間11を介して互いに対向するハウジング7の小径内周面7a1と軸受スリーブ8の外周面8dとの間に接着剤層12が介在しない円筒(短円筒)状の非接着部13が設けられる。このような非接着部13が設けられていれば、軸受スリーブ8の内周面8a(ラジアル軸受面)のうち、非接着部13と軸方向でオーバーラップする円筒領域には、接着剤層12の膨張・収縮の影響が及び難くなる。このため、非接着部13の少なくとも軸方向一部領域(本実施形態では軸方向全域)を、ラジアル軸受部R1,R2の最大圧力発生領域VMAXと軸方向でオーバーラップするように設けておけば、最大圧力発生領域VMAXの少なくとも一部領域において、ラジアル軸受部R1,R2のラジアル軸受隙間の隙間幅精度が変動し難くなる。これにより、ラジアル軸受部R1,R2の軸受性能を効果的に高めることが可能となる。
前述のとおり、ラジアル軸受部R1,R2の軸受性能は、ラジアル軸受隙間の隙間幅精度に影響を受けることから、ラジアル軸受部R1,R2の軸受性能を高める上では、非接着部13の軸方向の形成範囲(軸方向寸法L:図5参照)を拡大するのが有利であるとも考えられる。しかしながら、非接着部13の軸方向の形成範囲を拡大するほど、接着剤層12の軸方向の形成範囲が縮小することから、ハウジング7に対する軸受スリーブ8の接着強度が弱まり易くなる。特に、以上で説明したように、相対密度が80%以上90%未満の焼結金属からなる軸受スリーブ8を用いた場合、接着剤層12の形成過程では、径方向隙間11に介在させた接着剤12’が毛細管力によって軸受スリーブ8の内部気孔に吸い込まれ易い。このため、非接着部13の軸方向の形成範囲をむやみに拡大すると、ハウジング7と軸受スリーブ8の間に所望の接着強度を確保することができなくなる。ハウジング7と軸受スリーブ8の間に所望の接着強度が確保されていない場合、例えば流体動圧軸受装置1に対して大きな衝撃荷重が負荷されると、ハウジング7に対する軸受スリーブ8の相対位置等に狂いが生じ、流体動圧軸受装置1の軸受性能が低下する。
軸受スリーブ8を黄銅等の非多孔質材料で形成すれば、接着剤12’の吸い込みに起因した接着強度の低下を防止することができるため、非接着部13の軸方向の形成範囲を拡大することができる。しかしながら、焼結金属からなる軸受スリーブ8であれば、その内部気孔で潤滑油を保持することができるため、ラジアル軸受部R1,R2のラジアル軸受隙間やスラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間における油膜切れを可及的に防止し、ラジアル軸受部R1,R2およびスラスト軸受部T1の軸受性能を安定的に発揮可能とする上で有利である。
そこで、軸受スリーブ8を焼結金属で形成する場合に享受し得る上記の作用効果を損なわずに、非接着部13の軸方向の形成範囲を拡大するためには、例えば、相対密度が90%以上に高められた高密度の焼結金属からなる軸受スリーブ8を用いるのが有効である。但し、軸受スリーブ8の相対密度を高め過ぎると、軸受スリーブ8の内部気孔での保油量が減少するために軸受隙間の油膜切れ防止効果が損なわれる可能性がある。そのため、焼結軸受スリーブ8の相対密度は95%以下にするのが好ましい。
ハウジング7の内周に、相対密度が90%以上に高められた焼結金属(銅鉄系の焼結金属)製の軸受スリーブ8を固定してなるアセンブリの部分拡大断面図を図7(a)に示す。同図に示す軸受スリーブ8は、その相対密度が90%以上に高められている以外に、少なくとも外周面8dの表面開孔を封止した封孔部15を有する点において、以上で説明した軸受スリーブ8と構成を異にしている。封孔部15は、軸受スリーブ8の表層部の内部気孔に樹脂材料等の封孔材を含浸・硬化させることで形成することもできるが、本実施形態では、軸受スリーブ8(の基材である焼結体)に塑性加工としてのサイジング加工を施すことで封孔部15を形成している。
すなわち、詳細な図示は省略するが、上記の封孔部15は、軸方向に相対移動可能に同軸配置された軸状のコア、円筒状のダイおよび上下パンチを有するサイジング金型を用いて形成することができる。具体的には、まず、軸受スリーブ8を下パンチの上端面に載置してから、コアを下降させ、軸受スリーブ8の内周にコアを挿入(すきまばめ)する。次いで、上パンチを下降移動させ、上下パンチで軸受スリーブ8を軸方向に挟持した後、コア、上パンチおよび下パンチを一体的に下降させてダイの内周に軸受スリーブ8を圧入する。ダイの内周面に対する軸受スリーブ8の外周面8dの圧入代は、軸受スリーブ8の大きさに応じて変更されるが、例えば、径方向の肉厚(内周面8aと外周面8dの間の径差)が2mm以下の軸受スリーブ8の場合、100μm以上とする。
ダイの内周に軸受スリーブ8を圧入した後、上パンチをさらに下降させて軸受スリーブ8を軸方向に圧縮すると、軸受スリーブ8が径方向に膨張変形し、軸受スリーブ8の外周面8dがダイの内周面に強く押し付けられる。これにより、軸受スリーブ8の外径側表層部(特に外周面8d)が塑性変形し、外周面8dの表面開孔を封止する封孔部15が形成される。本実施形態のように軸受スリーブ8が銅鉄系の焼結金属からなる場合、封孔部15は、図7(b)に模式的に示すように、軸受スリーブ8が有するFe組織とCu組織のうち、主に、相対的に軟質のCu組織が部分的に塑性変形することで形成される。従って、同図に示すように、軸受スリーブ8にサイジング加工を施すことで軸受スリーブ8に形成される封孔部15は、Cu組織の一部が塑性変形してなる変形部16を有する。
相対密度が90%以上に高められた焼結金属(銅鉄系の焼結金属)からなり、かつ、外周面8dの表面開孔を封止する封孔部15を有する軸受スリーブ8を用いることにより、接着剤層12の形成過程で軸受スリーブ8の内部気孔に接着剤12’が吸い込まれ難くなるので、図7(a)に示すように、非接着部13の軸方向の形成範囲(軸方向寸法L)を拡大しても、ハウジング7に対する軸受スリーブ8の接着強度を高めることができる。図示例では、L>L1の関係式を満たし、かつ非接着部13(環状凹部14)の上端部および下端部が、それぞれ、ラジアル動圧発生部A1(A2)の環状丘部Acの上端部および下端部よりも軸方向外側に位置するように非接着部13を設けている。なお、上記構成の軸受スリーブ8を採用することにより、ハウジング7に対する軸受スリーブ8の接着強度(単位面積当たりの接着強度)を高めることができると言えども、非接着部13の軸方向寸法Lを過剰に拡大すると、ハウジング7に対する軸受スリーブ8の接着強度が却って低下する。そのため、非接着部13の軸方向寸法Lは、環状丘部Acの軸方向寸法L1の6倍未満(L<6L1)とするのが好ましい。
以上、本発明の第1実施形態に係る流体動圧軸受装置1を説明したが、本発明を適用し得る流体動圧軸受装置は上記の実施形態に限られない。以下、図面を参照しながら本発明を適用し得る他の実施形態に係る流体動圧軸受装置を説明するが、説明の簡略化を図るため、上述した流体動圧軸受装置1と共通する構成については詳細説明を省略する。
図8に、本発明の第2実施形態に係る流体動圧軸受装置21を示す。この流体動圧軸受装置21が図2等に示す流体動圧軸受装置1と異なる主な点は、ハウジングとして、円筒状の筒部7aと、筒部7aの下端開口を閉塞する底部7d(蓋部材10に相当する部位)とが一体に設けられた有底筒状のハウジング17を使用している点、および内周面9aでシール空間Sを形成するシール部9がハウジング17とは別部材で構成され、ハウジング17の上端部内周に圧入、接着等の適宜の手段で固定されている点、にある。従って、動圧軸受からなるスラスト軸受部T2のスラスト軸受隙間は、フランジ部2bの下端面2b2とハウジング17の底部17dの上端面17d1との間に形成される。
図9に本発明の第3実施形態に係る流体動圧軸受装置31を示す。この流体動圧軸受装置31が、図2等に示す流体動圧軸受装置1と異なる主な点は、
・ハウジングとして、内周に軸受スリーブ8を隙間接着した円筒状の筒部7aと、内径寸法および外径寸法が、それぞれ、筒部7aの内径寸法および外径寸法よりも大きい大径筒部7eとが一体に設けられたハウジング27を使用している点、
・円盤部19aおよび円筒部19bを一体に有する断面逆L字状のシール部材19を軸受スリーブ8の上端に固定し、円盤部19aのテーパ状内周面19a1と軸部2aの円筒状外周面2a1との間に下方に向けて漸次縮径したくさび状の第1シール空間S1を形成すると共に、円筒部19bの円筒状外周面19b2とハウジング27の大径筒部7eのテーパ状内周面7e1との間に下方に向けて漸次縮径したくさび状の第2シール空間S2を形成している点、
などにある。
第1シール空間S1と第2シール空間S2は、何れも潤滑油の油面を保持しており、両シール空間S1,S2は、円盤部19aの下端面19a2に設けた径方向溝19a3で形成される流体通路、軸受スリーブ8の外周面8dに設けた軸方向溝8d1で形成される流体通路、および円筒部19bの下端面とハウジング27の段差面7a4との間の軸方向隙間などを介して連通している。
また、本実施形態の流体動圧軸受装置31では、軸受スリーブ8の外周面8dの軸方向の一部領域のみがハウジング27の筒部7aの小径内周面7a1に隙間接着(両面8d,7a1間の径方向隙間11に形成された接着剤層12を介して固定)されている。このため、軸受スリーブ8の内周面8aのうち、軸受スリーブ8の外周面8dが筒部7aの小径内周面7a1に固定されていない軸方向領域Pの精度は、軸受スリーブ8がハウジング7の内周に固定されても変化しない。特に、図示例の形態では、上記の軸方向領域Pと、ラジアル軸受部R1の最大圧力発生領域VMAXの軸方向略全域とが軸方向でオーバーラップしていることから、ラジアル軸受部R1の軸受性能がハウジング7と軸受スリーブ8の固定態様に大きく影響を受けない。従って、本実施形態において、非接着部13は、ラジアル軸受部R2の最大圧力発生領域VMAXと軸方向でオーバーラップするように設けられる。
本実施形態では、軸受スリーブ8の外周面8dの軸方向一部領域のみがハウジングの内周面に接着固定されるため、軸方向寸法が同寸の軸受スリーブ8を使用すると仮定すると、軸受スリーブ8の外周面8dの軸方向全域がハウジングの内周面に接着固定される場合(例えば、図2)に比べ、ハウジングに対する軸受スリーブ8の接着強度が低くなる。そのため、本実施形態では、図8の拡大図中に示すように、筒部7aの小径内周面7a1の上端部に小径内周面7a1よりも大径の大径内周面7fを設け、この大径内周面7fと軸受スリーブ8の外周面8dとの間に接着剤溜り(径方向隙間11に形成される接着剤層12よりも径方向の肉厚が大きい接着剤層12が形成された部位)を設けている。
以上、本発明の実施形態に係る流体動圧軸受装置1,21,31について説明したが、これらの流体動圧軸受装置には本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜の変更を施すことが可能である。
例えば、非接着部13を構成する環状凹部14は、図10(a)に示すように、ハウジング7の小径内周面7a1に断面V字状の溝底形状を有する環状溝7cを設けることで形成することができる他、図10(b)に示すように、溝底面の一部が円弧面状をなす環状溝7cをハウジング7の小径内周面7a1に設けることで形成することもできる。なお、図10(a)に示す形態の場合、環状凹部14は、円筒状部14aが省略され、縮径部14b,14cのみで構成される。また、以上の実施形態では、ハウジング7の内周面7a1に環状溝7cを設けることで非接着部13(環状凹部14)を形成するようにしたが、この非接着部13は、径方向隙間11を介してハウジング7の内周面7a1と対向する軸受スリーブ8の外周面8dに環状溝を設けることで形成することができる他、径方向隙間11を介して対向するハウジング7の内周面7a1および軸受スリーブ8の外周面8dの双方に環状溝を設けることで形成することもできる。
また、以上の実施形態では、ハウジングの内周に軸受スリーブ8を接着固定(隙間接着)するための接着剤12’として熱硬化型接着剤を使用したが、本発明は、熱硬化型接着剤以外の接着剤、例えば嫌気性接着剤を用いてハウジングの内周に軸受スリーブ8が接着固定される流体動圧軸受装置にも好ましく適用することができる。但し、熱硬化型接着剤であれば、これを硬化させる過程で一旦粘度が下がる関係上、径方向隙間11を介して互いに対向するハウジングの内周面と軸受スリーブ8の外周面との間に、所望の接着剤層12と非接着部13とを容易に形成できるという利点がある。
また、以上の実施形態では、銅鉄系の焼結金属の多孔質体からなる軸受スリーブ8を使用したが、本発明は、銅を含むその他の焼結金属(例えば、銅−ステンレス鋼系の焼結金属や、銅−鉄−ステンレス鋼系の焼結金属)で形成された軸受スリーブ8を使用する場合や、焼結金属以外の多孔質体、例えば多孔質樹脂で形成された軸受スリーブ8を使用する場合にも好ましく適用することができる。また、本発明は、黄銅等の軟質金属や樹脂材料等、非多孔質材料で形成された軸受スリーブ8を使用する場合にも適用することができる。
また、ラジアル動圧発生部A1,A2の形状は以上で示したものに限られるわけではなく、要求特性等に応じて適宜変更されるのはもちろんである。また、ラジアル動圧発生部A1,A2は、軸受スリーブ8の内周面8aに対向する軸部2aの外周面2a1に設けても構わない。
また、本発明は、軸部材2を回転側、軸受スリーブ8を静止側とした流体動圧軸受装置のみならず、軸部材2を静止側、軸受スリーブ8を回転側とした流体動圧軸受装置にも好ましく適用することができる。
また、本発明は、送風用の羽根を有するロータ、あるいはポリゴンミラーが軸部材2に設けられる流体動圧軸受装置にも好ましく適用することができる。すなわち、本発明は、図1に示すディスク駆動装置用のスピンドルモータのみならず、PC用のファンモータやレーザビームプリンタ(LBP)用のポリゴンスキャナモータ等、その他の電気機器用モータに組み込まれる流体動圧軸受装置にも好ましく適用することができる。
本発明の有用性を実証するため、以下に説明する2種類の確認試験(第1および第2の確認試験)を実施した。
[第1の確認試験]
第1の確認試験では、内周面形状、具体的には、環状溝7cの溝幅(環状凹部14の軸方向寸法)Lおよび溝深さδ(図5参照)が相互に異なる三種類のハウジング(ここでは、図8に示すハウジング27)を、それぞれ10個準備した。次いで、味の素ファインテクノ社製の熱硬化型接着剤AE−780を使用し、各ハウジングの内周に、内周面に図3に示すラジアル動圧発生部A1,A2が形成された軸受スリーブ8を図5に示す態様で隙間接着した。そして、
(a)接着前後での軸受スリーブの内径寸法変化量(より詳細には、ラジアル動圧発生部A2を構成する環状丘部Acの形成領域における内径寸法変化量)
(b)ハウジングに対する軸受スリーブの接着強度
を確認した。なお、上記の接着強度は、軸受スリーブに軸方向荷重を付与し、接着剤層が破壊された(ハウジングから軸受スリーブが抜け落ちた)際の軸方向荷重(抜去力)で評価した。
第1の確認試験の実施に際して準備した三種類のハウジング(第1〜第3のハウジング)および軸受スリーブは以下のとおりである。
・第1のハウジング:環状溝なし(L=0mm、δ=0mm)
・第2のハウジング:L=1mm、δ=0.05mm
・第3のハウジング:L=2.5mm、δ=0.05mm
・軸受スリーブ:環状丘部Acの軸方向寸法L1(図3参照)=0.6mm
・ハウジングの内周面と軸受スリーブの外周面との間に形成される径方向隙間の隙間幅δ1(図5参照)=0.005mm
上記(a)(b)の確認結果を図11および図12にそれぞれ示す。図11および図12中の「サンプル1」〜「サンプル3」とは、それぞれ、上記の第1〜第3のハウジングの内周に上記の軸受スリーブを隙間接着してなるアセンブリである。
図11に示すとおり、軸受スリーブの内径寸法(環状丘部Acの形成領域における内径寸法)は、サンプル1において平均で1.05μm程度小さくなり、サンプル2において平均で0.4μm小さくなり、また、サンプル3において平均で0.15μm程度大きくなった。この確認結果から、軸受スリーブの内径寸法変化量の絶対値は環状溝の溝幅Lが大きくなるほど小さくなることがわかる。従って、軸受スリーブ8の内周面精度(特にラジアル軸受面の精度)を向上する上では、図5に示すように、径方向隙間11を介して互いに対向する軸受スリーブ8の外周面8dとハウジング7の内周面7a1との間に接着剤層12が介在しない円環状の非接着部13を設けることが有利であり、さらには、非接着部13の軸方向寸法を拡大することが一層有利であると言える。
一方、図12に示すとおり、ハウジングに対する軸受スリーブの接着強度は、環状溝7c(非接着部13)の軸方向寸法が拡大するほど低下し、特にサンプル3では、接着強度の低下が顕著であった。
以上より、実際のところは、必要とされる接着強度等に応じて非接着部の軸方向寸法を決定付ければ良いが、ラジアル軸受部の軸受性能を高めるためには、非接着部を、ラジアル軸受部の最大圧力発生領域(の軸方向全域)と軸方向でオーバーラップするように設けるのが好ましいと言える。
[第2の確認試験]
第2の確認試験では、多孔質体からなる軸受スリーブの相対密度と、軸受スリーブの外周面の表面開孔を封止する封孔部の有無とがハウジングと軸受スリーブの間の接着強度にどの程度影響を与えるかを確認した。具体的には、以下の(1)(2)の構成を有する軸受スリーブを、図2に示す黄銅製のハウジングの内周に隙間接着した場合の接着強度(10個のサンプルの平均値)を確認した。両者を固定するために使用した接着剤は、第1の確認試験と同様に、味の素ファインテクノ社製の熱硬化型接着剤AE−780である。
(1)相対密度が80%以上90%未満(87%)の銅鉄系の焼結金属からなり、外周面に封孔部を有さない軸受スリーブ(図5参照)。
(2)相対密度が90%以上(93%)の銅鉄系の焼結金属からなり、外周面に封孔部を有する軸受スリーブ[図7(a)参照]。
上記(1)の軸受スリーブ8を用いた場合、抜去力の平均値は985Nであったのに対し、上記(2)の軸受スリーブ8を用いた場合、抜去力の平均値は3202Nであった。
以上より、多孔質体からなる軸受スリーブを用いる場合、軸受スリーブの相対密度を高める(高密度の軸受スリーブを用いる)こと、さらには軸受スリーブの外周面に封孔部を設けることが、ハウジングに対する軸受スリーブの接着強度を高め、信頼性に富む流体動圧軸受装置を実現する上で好ましいと言える。