JP2017179423A - 疲労特性に優れた鋼線、およびその製造方法 - Google Patents

疲労特性に優れた鋼線、およびその製造方法 Download PDF

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Abstract

【課題】疲労特性に優れた鋼線、およびその製造方法を提供する。【解決手段】鋼線の長軸方向に垂直な断面を観察したときに、前記鋼線の表面には、下記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物が、長軸方向に垂直な長さ20μmあたり40本以上存在する鋼線。(1)前記粒界酸化物と前記鋼線の表面との交点における前記粒界酸化物の接線と、前記鋼線の表面とのなす角度が60〜120°である。(2)前記交点からの深さ方向長さが0.05〜1μmである。【選択図】図2

Description

本発明は、疲労特性に優れた鋼線、およびその製造方法に関する。
自動車エンジンの弁ばね、サスペンションの懸架ばね、クラッチばねなどに用いられるオイルテンパー線は、軽量化を目的として、高強度化が益々進んでいる。オイルテンパー線とは、伸線して得られた伸線材をAc3変態点以上の温度から焼入れ、さらに300〜500℃程度の温度で焼戻した鋼線である。オイルテンパー線を高強度化すると、疲労強度が向上して線径を細くできる反面、靱性が低下するため、疵感受性が高くなり、小さな疵が疲労特性を低下させる原因となる。
そこで、特許文献1には、オイルテンパー線の材料に起因するノイズ信号を低減し、および/または、スケールの剥離に依存するノイズ信号を低減することで、既存の探傷器を用いて30μm程度の微小な疵の検出を可能にしたオイルテンパー線が記載されている。このオイルテンパー線は、鋼線の金属組織が、焼戻しマルテンサイトと、該焼戻しマルテンサイト中に分布したCoを含有する球状化セメンタイトを含み、該鋼線の保磁力は38.0Oe以上である。上記オイルテンパー線は、Coを0.05〜3.00%の範囲で含有している。
また、特許文献2には、Crを1.0%以上の範囲で含有し、かつ粒界酸化層深さを10μm以下とすることで、耐へたり性と、耐欠陥感受性との両方を向上したばね用鋼線が記載されている。この特許文献2には、粒界酸化層を薄くするために、焼入れ時及び/又は焼戻し時の炉雰囲気を制御して積極的に鋼線表面に酸化層を形成し、この酸化層によって鋼線内部(粒界)の酸化を抑制することが記載されている。炉の雰囲気としては、所定濃度以上の水蒸気を含むガスを使用できることが記載されている。また、実施例では、オイルテンパー処理における加熱温度を960℃としている。
特開2007−308785号公報 特開2004−300481号公報
上記特許文献1に記載されているオイルテンパー線は、高価なCoを含有する必要があり、コスト高となる。また、上記特許文献2では、粒界酸化層を薄くするために、焼入れ時及び/又は焼戻し時の炉内雰囲気を所定濃度以上の水蒸気を含むガス雰囲気に制御してオイルテンパー処理を行っているが、疲労特性向上の観点から改善の余地があった。
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、疲労特性に優れた鋼線、およびその製造方法を提供することにある。
上記課題を解決することのできた本発明に係る疲労特性に優れた鋼線とは、質量%で、C:0.4〜0.8%、Si:0.01〜3%、Mn:0.3〜2%、P:0%超、0.05%以下、S:0%超、0.05%以下、Cr:0.05〜2%を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる鋼線であって、前記鋼線の長軸方向に垂直な断面を観察したときに、前記鋼線の表面には、下記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物が、長軸方向に垂直な長さ20μmあたり40本以上存在する点に要旨を有する。
(1)前記粒界酸化物と前記鋼線の表面との交点における前記粒界酸化物の接線と、前記鋼線の表面とのなす角度が60〜120°である。
(2)前記交点からの深さ方向長さが0.05〜1μmである。
上記鋼線は、更に他の元素として、質量%で、下記(a)および(b)よりなる群から選ばれる任意の元素を少なくとも1種含有してもよい。
(a)Mo:0%超、1%以下、Cu:0%超、1%以下、およびNi:0%超、1%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種。
(b)Ti:0%超、0.2%以下、Nb:0%超、0.5%以下、V:0%超、1%以下、およびB:0%超、0.01%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種。
また、上記課題を解決することのできた本発明に係る上記鋼線の製造方法は、上記成分組成を満足する伸線材を、酸素:0体積%超、10体積%以下、および水素:10〜80体積%を含有し、残部:窒素からなる雰囲気で、850〜950℃で、60〜180秒間保持する工程と、焼入れ焼戻しする工程と、をこの順で含む点に要旨を有する。
本発明によれば、鋼線の表面に存在する粒界酸化物の形状(角度および深さ方向長さ)および分布状態(隣接する粒界酸化物の間隔)を適切に制御しているため、鋼線の疲労特性を改善できる。
図1は、鋼線の表面に存在する粒界酸化物の形態を示した模式図である。 図2は、鋼線の長軸方向に垂直な断面を撮影した図面代用写真である。 図3は、鋼線の長軸方向に垂直な断面を撮影した他の図面代用写真である。
本発明者らは、鋼線の疲労特性を向上させるために鋭意検討を重ねてきた。その結果、鋼線の表面に、所定の角度および深さ方向長さを有する微細な粒界酸化物を多数分布させれば、回転曲げ疲労時に鋼線にかかる応力を分散できる結果、破断しにくくなり、疲労特性を向上できることを見出し、本発明を完成した。即ち、本発明に係る鋼線は、該鋼線の長軸方向に垂直な断面を観察したとき、前記鋼線の表面に、下記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物が、長軸方向に垂直な長さ20μmあたり40本以上存在する点に特徴がある。
(1)前記粒界酸化物と前記鋼線の表面との交点における前記粒界酸化物の接線と、前記鋼線の表面とのなす角度が60〜120°である。
(2)前記交点からの深さ方向長さが0.05〜1μmである。
上記粒界酸化物とは粒界が酸化したものであり、酸化は、鋼線の表面から深さ方向に進行する。粒界酸化部分は電界放射型走査電子顕微鏡観察などで黒く見えるため、酸化されていない粒界と明確に区別できる。以下、本発明の鋼線を特徴づける粒界酸化物について、図1の模式図を用いて説明するが、粒界酸化物の形態は図1に限定されない。
図1は、鋼線の長軸方向に対して垂直な方向(横方向)に切断し、樹脂埋め込み、表面研磨、エッチングなどの処理を行なって得られた表面を電界放射型走査電子顕微鏡で観察した模式図である。図1に示すように鋼線の表面Sには、形状の異なる二つの粒界酸化物a、bが、間隔Lをあけて存在している。
詳細には粒界酸化物aは、鋼線の表面Sとの交点a1から、粒界酸化物aの末端a2まで、深さ方向に向かって弧状に生成している。ここで粒界酸化物aの末端a2とは、表面Sから進行した粒界の酸化が停止した位置である。粒界酸化物aの深さ方向長さは、a1とa2を結ぶ直線距離である。また交点a1を基点として粒界酸化物aの接線a3を引いたとき、粒界酸化物aは、表面Sと接線a3とのなす角度θaで深さ方向に生成している。以下では、上記角度θaを「粒界酸化物の生成角度」、または単に「生成角度」ということがある。
一方、粒界酸化物bは、鋼線の表面Sとの交点b1から、粒界酸化物の末端b2まで、深さ方向に向かってS字状に生成している。粒界酸化物bの深さ方向長さは、b1とb2を結ぶ直線距離である。また交点b1を基点として粒界酸化物bの接線b3を引いたとき、粒界酸化物bは、表面Sと接線b3とのなす角度θb(粒界酸化物の生成角度、または生成角度)で深さ方向に生成している。
(1)粒界酸化物の生成角度:60〜120°
上述したとおり粒界酸化物の生成角度は、図1中、θa、θbに相当する。なお、図1では鋭角側を粒界酸化物の生成角度θa、θbと表記したが、鈍角側を粒界酸化物の生成角度θa、θbとしてもよい。
本発明では、粒界酸化物の生成角度が60〜120°を満足する必要がある。上記生成角度が60°未満であるか、120°を超える粒界酸化物は、鋼線の表面Sに略沿って生成するため、このような粒界酸化物を含む鋼線に応力がかかると、当該粒界酸化物が起点となって鋭利な亀裂が生成し、剥離や亀裂進展が助長される。その結果、疲労特性を改善できない。従って本発明では、生成角度が60〜120°の粒界酸化物を測定対象とする。
(2)深さ方向長さ:0.05〜1μm
上述したとおり粒界酸化物の深さ方向長さは、図1中、粒界酸化物aでは交点a1と粒界酸化物の末端a2とを結んだ距離を意味し、粒界酸化物bでは交点b1と粒界酸化物の末端b2とを結んだ距離を意味する。
本発明では、粒界酸化物の深さ方向長さが0.05〜1μmを満足する必要がある。上記深さ方向長さが0.05μm未満の粒界酸化物は、応力の分散にほとんど寄与しないため、亀裂の進展を抑制できず、疲労特性を改善できない。従って本発明では、深さ方向長さが0.05μm以上の粒界酸化物を測定対象とする。しかし、深さ方向長さが1μmを超える粒界酸化物が生成すると、亀裂が進展しやすくなり、却って疲労特性が劣化する。従って本発明では、深さ方向長さが1μm以下の粒界酸化物を測定対象とする。
上記鋼線の長軸方向に垂直な断面を観察したとき、上記生成角度が60〜120°を満足する粒界酸化物の深さ方向長さの最大値は、1μm以下が好ましい。鋼線の表面に存在し、上記生成角度が60〜120°を満足する全ての粒界酸化物の深さ方向長さが1μm以下であることにより、疲労特性が一層改善される。上記深さ方向長さの最大値は、より好ましくは0.9μm以下、更に好ましくは0.8μm以下である。
(3)上記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物が、鋼線の長軸方向に垂直な長さ20μmあたり40本以上
鋼線の長軸方向に垂直な長さとは、鋼線の長軸方向に垂直な断面を観察したときの鋼線表面の長さを意味する。図1では、鋼線の表面Sの長さである。
本発明では、所定の観察領域の鋼線表面(研磨処理後のもの)に存在する粒界酸化物のうち上記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物の本数(以下、該当本数ということがある。)を測定し、鋼線表面の長さ20μmあたりに換算したとき、40本以上を満足する必要がある。上記本数が40本を下回ると、上記要件を満足する粒界酸化物の存在量が少なくなるため、疲労特性を改善できない。上記本数は、好ましくは41本以上、より好ましくは43本以上である。上記本数の上限は特に限定されず、本数が多くなるほど、粒界酸化物が密に生成し、応力が分散され、疲労特性が向上する。しかし、粒界酸化物の本数を増やすには、雰囲気や温度など製造条件を一層厳密に制御する必要があり、コスト高となる。従って本発明では、上記本数は62本以下が好ましく、より好ましくは58本以下である。
上記(1)または(2)の少なくとも一方の要件を満足しない粒界酸化物の本数(以下、非該当本数ということがある。)は、鋼線表面の長さ20μmあたり、5本以下が好ましい。該当本数が上記要件を満足しても、非該当本数が多くなると、疲労特性が劣化することがある。上記本数は、好ましくは3本以下、より好ましくは0本である。
参考のため、図2に、上記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物を含む試験片を撮影した図面代用写真を示す。図2は、後記する実施例の表2に示したNo.4のサンプルを撮影した写真である。更に比較のため、上記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物の生成量が少なく、上記(1)および(2)の要件を満足しない粒界酸化物の生成量が多い試験片を撮影した図面代用写真の一例を図3に示す。図3は、後記する実施例の表2に示したNo.7のサンプルを撮影した写真である。
図2、図3は、鋼線を長軸方向に垂直に切断し、樹脂に埋め込み、切断面を研磨、腐食し、電界放射型走査電子顕微鏡で撮影した図面代用写真である。図2は、倍率15000倍、図3は、倍率5000倍で撮影した写真である。図2、図3において、Aは鋼線、Sは鋼線の表面を示しており、図2、図3では、粒界酸化物は、鋼線の表面近傍に黒い線状物として観察されている。
図2に示した試験片には、図中に矢印で示すように、微細な粒界酸化物が11本、鋼線の表面Sから深さ方向に向かって生成している。11本の粒界酸化物の生成角度は60〜116°、深さ方向長さは0.3〜0.8μmであり、上記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物の本数を、鋼線の表面長さ20μmに換算すると、41本であった。なお、上記(1)または(2)の少なくとも一方を満足しない粒界酸化物の本数を、鋼線の表面長さ20μmに換算すると、0本であった。
一方、図3に示した試験片には、図中に矢印で示すように、鋼線の表面から深さ方向に向かって粒界酸化物が生成しているほか、鋼線の表面に沿うように、写真の略横方向にも生成している。図中に矢印で示すように、粒界酸化物は23本であった。粒界酸化物の生成角度は18〜177°、深さ方向長さは1〜5μmであり、上記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物の本数を、鋼線の表面長さ20μmに換算すると、1本であった。なお、上記(1)または(2)の少なくとも一方を満足しない粒界酸化物の本数を、鋼線の表面長さ20μmに換算すると、42本であった。
上記図2に示すように、鋼線の表面に、微細な粒界酸化物を密に分布させると、疲労特性を改善できるのに対し、上記図3に示すように、粒界酸化物の生成領域が、鋼線の表面から深い範囲までになると、疲労特性を改善できなくなる。
以上、本発明を特徴づける粒界酸化物の形態について説明した。
次に、上記鋼線の成分組成について説明する。以下、%は、質量%を意味する。
Cは、鋼線の強度を高めるために必要な元素であり、本発明では、C量は、0.4%以上とする。C量は、好ましくは0.55%以上、より好ましくは0.60%以上である。C量の増加に伴って鋼線の強度は向上する。しかし、C量が過剰になると粗大セメンタイトを多量に析出し、ばね形状への加工性、およびばねの特性に悪影響を及ぼす。従って本発明では、C量は0.8%以下とする。C量は、好ましくは0.75%以下、より好ましくは0.7%以下である。
Siは、脱酸剤として作用すると共に、鋼線の強度向上に必要な元素である。こうした効果を発揮させるために、Si量は0.01%以上とする。Si量は、好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.15%以上である。しかしSi量が過剰になると、鋼線を硬化させるだけでなく、延性および靱性が低下する。また、圧延時に線材表面の脱炭が進行し、疲労特性を低下させることがある。従って本発明では、Si量は3%以下とする。Si量は、好ましくは2.8%以下、より好ましくは2.6%以下である。
Mnは、脱酸剤として作用すると共に、鋼中のSをMnSとして固定する元素である。また、Mnは、焼入れ性を高めて鋼線の強度向上に寄与する元素である。こうした効果を発揮させるために、Mn量は0.3%以上とする。Mn量は、好ましくは0.4%以上、より好ましくは0.5%以上である。しかし、Mn量が過剰になると、焼入れ性が過度に向上するため、圧延時にマルテンサイトやベイナイト等の過冷組織が生成しやすくなり、冷却後の圧延材や伸線中に割れが発生する。従って本発明では、Mn量は2%以下とする。Mn量は、好ましくは1.9%以下、より好ましくは1.8%以下である。
Pは、旧オーステナイト粒界に偏析し、金属組織を脆化させ、疲労特性を低下する元素である。従って本発明では、P量は0.05%以下とする。P量は、好ましくは0.03%以下、より好ましくは0.025%以下である。P量は、できるだけ少ない方が好ましいが、通常、0.001%程度含有する。
Sは、Pと同様、旧オーステナイト粒界に偏析し、金属組織を脆化させ、疲労特性を低下する元素である。従って本発明では、S量は0.05%以下とする。S量は、好ましくは0.03%以下、より好ましくは0.025%以下である。S量は、できるだけ少ない方が好ましいが、通常、0.001%程度含有する。
Crは、焼入れ性を向上させて鋼線の強度を向上させる元素である。またCrは、Cの活量を低下させて圧延時や熱処理時の脱炭を防止する作用を有する元素である。こうした効果を発揮させるために、Cr量は0.05%以上とする。Cr量は、好ましくは0.10%以上、より好ましくは0.2%以上である。しかしCr量が過剰になると、Cr系合金炭化物が増加し、鋼線の疲労特性が低下する。従って本発明では、Cr量は2%以下とする。Cr量は、好ましくは1.9%以下、より好ましくは1.8%以下である。
本発明に係る鋼線の基本成分は上記の通りであり、残部は、鉄および不可避不純物である。不可避不純物としては、本発明の効果を損なわない範囲で、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素の混入が許容される。
上記鋼線は、更に他の元素として、
(a)Mo:0%超、1%以下、Cu:0%超、1%以下、Ni:0%超、1%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種、
(b)Ti:0%超、0.2%以下、Nb:0%超、0.5%以下、V:0%超、1%以下、B:0%超、0.01%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種、
などを含有してもよい。
(a)Mo、Cu、およびNiは、いずれも鋼線の強度を高めるために有効に作用する元素であり、単独で、あるいは2種以上を用いることができる。
Moは、鋼線の強度を高めるほか、特に、軟化抵抗を高める作用を有する元素であり、ばね形状に成形した後の歪取焼鈍時に、2次析出硬化を起こしてばねの強度の向上に寄与する。こうした効果を有効に発揮させるには、Mo量は0.05%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.08%以上である。しかし、過剰に含有すると焼入れ性が過度に向上するため、圧延時にマルテンサイトやベイナイト等の過冷組織が生成し、冷却後の圧延材や伸線中に割れが発生する。従って本発明では、Mo量は1%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.97%以下、更に好ましくは0.95%以下である。
Cuは、0.05%以上とすることが好ましい。Cu量は、より好ましくは0.1%以上である。しかし、Cu量が過剰になると、高温で液相となったCuが、熱間圧延時にオーステナイト結晶粒界に偏析し、表面割れを発生させる原因となる。従って本発明では、Cu量は1%以下とすることが好ましい。Cu量は、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.6%以下である。
Niは、鋼線の強度を高めるほか、鋼線の靱性を高めるのにも有効に作用する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、Ni量は0.05%以上とすることが好ましい。Ni量は、より好ましくは0.10%以上である。しかしNi量が過剰になると、焼入性が過度に向上し、マルテンサイトやベイナイト等の過冷組織が生成し、冷却後の圧延材や伸線中に割れが発生する。また、Ni量が過剰になると、オイルテンパー線の製造工程である焼入れ焼戻し時に残留オーステナイトが過度に生成するため、ばねの耐へたり性を著しく低下させる。また、Niを過剰に含有するとコスト高となる。従って本発明では、Ni量は、1%以下とすることが好ましい。Ni量は、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.6%以下である。
(b)Ti、Nb、V、およびBは、いずれも鋼線の延性および靭性を向上させる元素であり、単独で、あるいは2種以上を用いることができる。
Tiは、熱間圧延時および焼入れ焼戻し処理時に、結晶粒を微細化する作用を有する元素であり、Tiを含有することにより延性および靱性が向上する。こうした効果を有効に発揮させるには、Ti量は0.03%以上とすることが好ましい。Ti量は、より好ましくは0.06%以上である。しかし、過剰に含有すると靱性が却って低下することがある。従って本発明では、Ti量は0.2%以下とすることが好ましい。Ti量は、より好ましくは0.18%以下、更に好ましくは0.16%以下である。
Nbは、Tiと同様、熱間圧延時および焼入れ焼戻し処理時に、結晶粒を微細化する作用を有する元素であり、Nbを含有することにより延性および靱性が向上する。こうした効果を有効に発揮させるには、Nb量は0.01%以上とすることが好ましい。Nb量は、より好ましくは0.05%以上である。しかしNbを過剰に含有すると降伏点を上昇させ、加工性を低下させることがある。また、Nbを過剰に含有するとコスト高となる。従って本発明では、Nb量は0.5%以下とすることが好ましい。Nb量は、より好ましくは0.45%以下、更に好ましくは0.40%以下である。
Vは、Tiと同様、熱間圧延時および焼入れ焼戻し処理時に、結晶粒を微細化する作用を有する元素であり、Vを含有することにより延性および靱性が向上する。またVは、ばね形状に成形した後の歪取焼鈍時に2次析出硬化を起こしてばねの強度を高めるのに有効に寄与する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、V量は0.05%以上とすることが好ましい。V量は、より好ましくは0.1%以上、更に好ましくは0.2%以上である。しかしV量を過剰に含有すると、CrとVの複合合金炭化物が増加するため、ばねの疲労特性が低下することがある。従って本発明では、V量は1%以下とすることが好ましい。V量は、より好ましくは0.95%以下、更に好ましくは0.90%以下である。
Bは、焼入れ性を高めると共に、オーステナイト結晶粒界を清浄化させる元素であり、延性および靱性の向上に有効に作用する元素である。こうした効果を有効に発揮させるには、B量は0.001%以上とすることが好ましい。B量は、より好ましくは0.002%以上、更に好ましくは0.003%以上である。しかしBを過剰に含有させるとFeとBの複合化合物が析出し、熱間圧延時に割れを引き起こすことがある。また、Bを過剰に含有すると焼入れ性が過度に向上するため、マルテンサイトやベイナイト等の過冷組織が生成し、冷却後の圧延後や伸線中に割れが発生する。従って本発明では、B量は0.01%以下とすることが好ましい。B量は、より好ましくは0.008%以下、更に好ましくは0.006%以下である。
次に、本発明に係る鋼線の製造方法について説明する。
上記鋼線は、上記成分組成を満足する伸線材を、酸素:0体積%超、10体積%以下、および水素:10〜80体積%を含有し、残部:窒素からなる雰囲気で、850〜950℃で、60〜180秒間保持する工程と、焼入れ焼戻しする工程とをこの順で含むことにより製造できる。即ち、線材を伸線して得られた伸線材を焼入れ焼戻しする際に、所定の条件で熱処理してから焼入れ焼戻しすることが重要である。以下、順を追って説明する。
[保持工程]
保持工程では、上記成分組成を満足する伸線材を、所定の雰囲気で、加熱保持する。
上記伸線材は、常法に従って製造されたものであればよく、例えば、上記成分組成を満足する鋼を溶製し、得られた鋼片を熱間圧延し、得られた圧延材を軟化焼鈍し、皮削りした後、伸線することによって製造できる。
(1)加熱雰囲気
オーステナイト化温度に加熱すると、鋼線表面に鉄酸化物スケールが形成されるが、Siを多く含むばね鋼では、鉄酸化物スケールと母材との間に、Si酸化物が生成し、緻密な鉄酸化物スケールが生成されない。その結果、鋼線表面に、上述した(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物が生成しにくくなる。そこで、緻密な鉄酸化物スケールを生成させるために検討したところ、加熱雰囲気は、酸素を0体積%超、10体積%以下、水素を10〜80体積%含有し、残部を窒素とすることが好ましいことが分かった。
酸素は、鉄と反応して鉄酸化物スケールを形成すると共に、鉄酸化物スケールの高次化に伴う成長を助ける働きを有する。また、酸素が作用することによって鋼線表面に粒界酸化物が生成する。こうした効果を有効に発揮させるには、酸素は0.1体積%以上が好ましく、より好ましくは0.3体積%以上、更に好ましくは0.5体積%以上である。しかし酸素が10体積%を超えると粒界酸化物の生成が促進され過ぎるため、疲労特性が却って低下する。従って本発明では、酸素は10体積%以下とすることが好ましい。酸素は、より好ましくは9体積%以下、更に好ましくは8体積%以下である。
水素が10体積%未満ではスケールが厚く生成しやすく、Si酸化物によって鉄がスケールに還元されないため、スケールが多孔質化し、粒界酸化物が成長しにくくなる。従って本発明では、水素は10体積%以上が好ましく、より好ましくは20体積%以上、更に好ましくは30体積%以上である。しかし水素が80体積%を超えると、鉄が還元され、粒界酸化物が過剰に成長し、長くなるため、疲労特性が低下することがある。従って本発明では、水素は80体積%以下が好ましく、より好ましくは70体積%以下、更に好ましくは60体積%以下である。
加熱雰囲気の残部は、窒素とすればよい。水素と酸素を適正範囲とすれば、残部の雰囲気は、鉄酸化物スケールを適切な範囲で生成させることに影響を及ぼさない。
(2)加熱温度
伸線した後、オーステナイト化するために、850〜950℃に加熱することが好ましく、加熱温度は、鋼線の表面に生成する粒界酸化物の形態に影響を及ぼす。加熱温度が850℃未満では、粒界酸化物が生成せず、鋼線表面に脱炭が生じるようになる。脱炭が生じると、ばね製品の疲労寿命が著しく低下する。従って本発明では、鋼線の脱炭を抑制するために、加熱温度は850℃以上とすることが好ましい。加熱温度は、より好ましくは865℃以上、更に好ましくは880℃以上である。加熱温度が高いほど粒界酸化物は多く生成するが、加熱温度が950℃を超えると粒界酸化物が長くなりやすく、鋼線の疲労特性が低下することがある。従って本発明では、加熱温度は950℃以下が好ましい。加熱温度は、より好ましくは940℃以下、更に好ましくは930℃以下である。
なお、上記加熱温度は、鋼線の表面温度で管理すればよい。
(3)保持時間
上記加熱温度で保持することにより鋼線の表面に粒界酸化物が生成する。そして保持時間を60〜180秒間とすることによって粒界酸化物の長さを0.05〜1μmに制御できる。保持時間が60秒未満では、粒界酸化物が充分に成長せず、疲労特性を改善できない。従って本発明では、保持時間は60秒以上とすることが好ましく、より好ましくは70秒以上、更に好ましくは80秒以上である。しかし保持時間が180秒を超えると、粒界酸化物が成長しすぎることがあり、疲労特性が却って低下することがある。従って本発明では、保持時間は180秒以下とすることが好ましい。保持時間は、より好ましくは160秒以下、更に好ましくは140秒以下である。
伸線後、上記加熱温度までの加熱方法は特に限定されず、例えば、ガスによる加熱、高周波による加熱等、一般的に用いられる加熱方法を採用できる。
[焼入れ焼戻し工程]
上記加熱温度で所定時間保持した後は、ばね用鋼線の熱処理に一般的に用いられる条件で、焼入れ焼戻しを行えばよい。焼入れは、例えば、水焼入または油焼入れを行えばよい。油焼入れするときの油温は、例えば、40〜80℃とすればよい。焼戻しは、ガスによる加熱、高周波による加熱、流動層による加熱等の方法で、焼戻し後におけるばね用鋼線の機械的特性を考慮して常法に従って行えばよい。焼戻し温度は、例えば、250〜550℃、焼戻し時間は、例えば、5〜30分とすればよい。
得られたばね用鋼線は、ばね成形(コイリング)し、圧縮残留応力を付与してもよい。圧縮残留応力を付与するのは、ばねの疲労特性を向上させるためである。
圧縮残留応力付与手段としては、例えば、ショットピーニングが挙げられる。ショットピーニングは、一段よりも二段以上(特に、二段)とするのが望ましい。二段階に分けてショットピーニングすることにより、表面圧縮残留応力を高くできるとともに、圧縮残留応力の付与深さを深くできる。
上記ばねは、必要に応じて、窒化処理されていてもよい。窒化処理することにより、ばねの耐へたり性を高めることができる。窒化処理は、例えば、NH3を70〜90体積%程度、N2を10〜30体積%程度含有する雰囲気中で、温度400〜450℃程度で2〜4時間程度加熱することによって行えばよい。
上記ばねは、疲労特性に優れているため、この特性が求められる用途、例えば、自動車エンジンの弁ばね、サスペンションの懸架ばね、クラッチばね、ブレーキばねなどのような機械の復元機構に使用するばねなどに特に有用である。
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限を受けるものではなく、前記および後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
下記表1に示す成分組成を満足し、残部が鉄および不可避不純物からなる鋼を溶製し、得られた鋼片を熱間圧延して直径φ8.0mmの圧延材を製造した。得られた圧延材を軟化焼鈍し、皮削りした後、伸線し、直径φ4.0mmの鋼線を製造した。得られた鋼線に、下記表2に示す条件で熱処理を施した後、焼入れ焼戻しした。熱処理は、下記表2に示す雰囲気条件で、下記表2に示したオーステナイト化温度(℃)に加熱し、この温度で、下記表2に示す時間保持して行った。焼入れは油温度を70℃とし、焼戻し温度は450℃で10分とした。
焼入れ焼戻しして得られた鋼線の長軸方向に対して垂直な方向(横方向)に切断し、樹脂に埋め込み、表面を研磨し、ナイタール腐食液でエッチングし、電界放射型走査電子顕微鏡(Field Emission−Scanning Electron Microscope;FE−SEM)で、倍率15000倍で観察した。下記表2に示したNo.4のサンプルを撮影した図面代用写真を図2、No.7のサンプルを撮影した図面代用写真を図3に示す。
上述した手順で粒界酸化物の生成角度、および深さ方向長さを測定した。
(1)粒界酸化物の生成角度が60〜120°で、且つ(2)交点からの深さ方向長さが0.05〜1μmである粒界酸化物の本数を測定し、鋼線表面の長さ20μmあたりに換算した該当本数を下記表2に示す。また、上記(1)または(2)の少なくとも一方の要件を満足しない粒界酸化物の本数を測定し、鋼線表面の長さ20μmあたりに換算した非該当本数を下記表2に示す。
また、下記表2には、参考データとして、深さ方向長さの最大値(最長長さ)を併せて示す。
本発明では、上記該当本数が40本以上の場合を合格(発明例)と評価し、上記該当本数が40本未満の場合を不合格(比較例)と評価した。
次に、焼入れ焼戻しして得られた鋼線の疲労特性を評価した。疲労特性は、上記鋼線を用いて中村式回転曲げ疲労試験機で、下記に示す条件で疲労試験を行い、測定した破断するまでの回数に基づいて評価した。測定結果を下記表2に示す。疲労試験は、試験片が破断するか、2千万回まで行った。
(疲労試験条件)
試験片長さ :600mm
試験片本数 :20本
試験荷重 :95.8kgf/mm2(940MPa)
回転速度 :4500rpm
試験中止回数:2千万回
20本全ての試験片について、試験中止回数である2千万回まで破断しなかった場合を合格とし、疲労特性に優れると評価した。一方、試験片のうち1本でも試験中止回数である2千万回までに破断した場合を不合格とした。
下記表2から次のように考察できる。
No.2〜6、9〜11、14、17〜20は、いずれも本発明で規定する要件を満足する例であり、成分組成および鋼線の表面に存在する粒界酸化物の形態を適切に制御しているため、疲労特性に優れている。
一方、No.1、7、8、12、13、15、16は、いずれも本発明で規定する要件を満足しない例であり、疲労特性を改善できなかった。
これらのうち、No.1は、熱処理時のオーステナイト化温度が低かったため、鋼線の表面に粒界酸化物が生成しなかった例である。その結果、200万回で破断し、疲労特性を改善できなかった。
No.7は、熱処理時のオーステナイト化温度が高かったため、粒界酸化物が過剰に成長し、上記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物が殆ど生成しなかった例である。その結果、300万回で破断し、疲労特性を改善できなかった。
No.8は、熱処理時の保持時間が短かったため、鋼線の表面に粒界酸化物が生成しなかった例である。その結果、500万回で破断し、疲労特性を改善できなかった。
No.12は、熱処理時の保持時間が長かったため、粒界酸化物が過剰に成長し、上記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物は生成しなかった例である。その結果、200万回で破断し、疲労特性を改善できなかった。
No.13は、熱処理時のH2濃度が低すぎたため、鋼線表面の鉄が還元されず、上記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物は生成しなかった例である。その結果、300万回で破断し、疲労特性を改善できなかった。
No.15は、熱処理時のH2濃度が高すぎたため、鋼線表面の鉄が還元され過ぎ、粒界酸化物の成長が促進されたため、上記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物は殆ど生成しなかった例である。その結果、200万回で破断し、疲労特性を改善できなかった。
No.16は、熱処理時のO2濃度が高すぎたため、鋼線表面に粒界酸化物が過剰に生成し、上記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物は生成しなかった例である。その結果、200万回で破断し、疲労特性を改善できなかった。
a、b 粒界酸化物
a1、b1 鋼線の表面と粒界酸化物との交点
a2、b2 粒界酸化物の末端
a3、b3 交点における粒界酸化物の接線
θa、θb 交点における粒界酸化物の接線と鋼線表面とのなす角度
L 交点間距離
S 鋼線の表面
A 鋼線

Claims (4)

  1. 質量%で、
    C :0.4〜0.8%、
    Si:0.01〜3%、
    Mn:0.3〜2%、
    P :0%超、0.05%以下、
    S :0%超、0.05%以下、
    Cr:0.05〜2%を含有し、
    残部が鉄および不可避不純物からなる鋼線であって、
    前記鋼線の長軸方向に垂直な断面を観察したときに、
    前記鋼線の表面には、下記(1)および(2)の要件を満足する粒界酸化物が、長軸方向に垂直な長さ20μmあたり40本以上存在することを特徴とする疲労特性に優れた鋼線。
    (1)前記粒界酸化物と前記鋼線の表面との交点における前記粒界酸化物の接線と、前記鋼線の表面とのなす角度が60〜120°である。
    (2)前記交点からの深さ方向長さが0.05〜1μmである。
  2. 更に他の元素として、質量%で、
    Mo:0%超、1%以下、
    Cu:0%超、1%以下、および
    Ni:0%超、1%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する請求項1に記載の鋼線。
  3. 更に他の元素として、質量%で、
    Ti:0%超、0.2%以下、
    Nb:0%超、0.5%以下、
    V :0%超、1%以下、および
    B :0%超、0.01%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する請求項1または2に記載の鋼線。
  4. 請求項1〜3のいずれかに記載の成分組成を満足する伸線材を、酸素:0体積%超、10体積%以下、および水素:10〜80体積%を含有し、残部:窒素からなる雰囲気で、850〜950℃で、60〜180秒間保持する工程と、
    焼入れ焼戻しする工程と
    をこの順で含むことを特徴とする疲労特性に優れた鋼線の製造方法。
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