JP2015208256A - 植物の脱分化細胞製造方法及び植物細胞の脱分化誘導剤 - Google Patents

植物の脱分化細胞製造方法及び植物細胞の脱分化誘導剤 Download PDF

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哲 岩瀬
慶子 杉本
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慶子 杉本
桃子 池内
Momoko Ikeuchi
桃子 池内
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Abstract

【課題】煩雑な手間や外因性の植物ホルモンを必要とせず、簡便かつ低コストで植物細胞の脱分化を誘導し、脱分化細胞を製造できる方法を開発し、提供する。【解決手段】植物体の全部又は一部を28℃〜42℃で30分間〜5日間、熱ショック処理し、その後通常の生育温度で培養する脱分化細胞製造方法を提供する。【選択図】なし

Description

本発明は、植物の脱分化細胞製造方法及び植物細胞の脱分化誘導剤に関する。
分化全能性を有する植物は、高度に分化した体細胞を脱分化させ、細胞分裂能と多分化能を再獲得したカルスを形成させることができる。このカルスに再分化処理を施し、一定条件下で培養することによって、脱分化前とは別の組織に再分化させることや完全な植物体を再生させることが可能である(非特許文献1)。このようなカルスの性質を利用した植物の組織培養は、有用物質の生産、新品種の開発、植物体への遺伝子導入、形質転換体の再生、及び人工種子の生産等を行う上で、種苗産業や花卉園芸産業において重要な技術となっている。それ故に、カルスを簡便、かつ効率的に製造する方法が求められている。
一般に植物細胞の脱分化及び再分化は、植物ホルモンであるオーキシン及びサイトカイニンの培地中の濃度比によって制御できる。例えば、培地中のオーキシンの比率が高い場合、カルスから不定根の再分化が促進され、また、サイトカイニンの比率が高い場合は不定芽の再分化が促進される。一方、両ホルモンの適当な濃度比下ではカルス状態が維持されることが知られている(非特許文献1)。この性質を利用して、当該分野では植物を切断した後に、その組織片を植物ホルモンを含む脱分化誘導培地で培養する方法が、カルスを製造する一般的な方法となっている。
例えば、非特許文献2は、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の根から茎葉を再分化させる最適化された方法を開示している。具体的には、切断した根を脱分化誘導培地で4日間培養した後に、組織片を茎葉再分化培地に移して培養することで茎葉を再分化させる方法である。すなわち、この方法では、切断処理と植物ホルモン処理により植物細胞の脱分化を誘導し、多分化能を得た細胞に再分化の刺激を与えることで茎葉を再生させている。シロイヌナズナにおいては、現在でもこの手法が標準方法として用いられている。しかし、この方法は、組織を切断したり、組織片を種々の誘導培地に数回置き換えて培養しなければならず、カルスを得るまでに労力と時間を要するという問題がある。
非特許文献3は、ニンジン(Daucus carota)の茎頂分裂組織を、ショ糖による高浸透圧ストレスや次亜塩素酸によるストレス、又はカドミウムイオンによる重金属ストレス等の条件下で1〜3週間培養した後、通常の培地で培養することで体細胞胚を誘導し、それを培養することで個体を生じさせる方法が開示されている。この方法は、カルス形成を経ずに体細胞胚が誘導されるため、非特許文献2の方法と比較して再分化の方向性が限定的であり、また、カルスのような細胞増殖が見込めないため、量産が難しいという問題がある。
非特許文献4は、ニンジンの茎頂分裂組織を35℃若しくは37℃で2〜4週間培養し、茎頂分裂組織から出てくる白化した本葉を25℃で培養する方法を開示している。この方法は、比較的簡便ではあるものの、長時間のストレス処理過程を必要とすることと、カルス形成を経ずに体細胞胚が誘導されるため非特許文献3と同様の問題がある。
近年では変異原処理や遺伝子組み換え技術により植物細胞の脱分化が誘導され、カルスが形成される事例も報告されている(非特許文献5)。これらの事例は、種々の遺伝子機能解析から偶発的に脱分化が誘導及び促進された例に基づくものであり、多くの場合植物ホルモンへの応答経路が変化したことが原因と考えられている。しかし、この事例の多くは、発生したカルスが継代可能であるか否かについては検証されていない。
また、特許文献1は、転写因子をコードするAt1g78080遺伝子を植物体に導入して過剰発現させることによって、植物ホルモン非存在下で、その形質転換植物において茎、葉、根等にカルスを形成させる方法を開示している。また、得られたカルスが継代可能であることを立証している。しかし、この方法も形質転換植物を得るまでにAt1g78080遺伝子のクローニングや目的の植物の形質転換等の煩雑な手間を要する上に、得られた形質転換植物が遺伝子組み換え植物であるという問題がある。
特許5083792号
Slater A, et al., 2003, Plant Tissue Culture (Chapeter 2). in "Plant Biotechnology: The Genetic Manipulation of Plants" pp.35-53 Valvekens, D. et al., 1988, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 85: 5536-5540. Kamada, H. et al., 1989, In vitro cellular & Developmental Biology 25: 1163-1166. Kamada, H. et al., 1994, Plant Tissue Culture Letters, 11: 229-232. Ikeuchi, M et al. , 2013, Plant Cell, 25, 3159-3173
本発明は、煩雑な手間を必要とせず、簡便かつ低コストで植物細胞の脱分化を誘導し、脱分化細胞を製造できる方法を開発し、提供することである。
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行ったところ、植物体に対して所定の温度で所定の時間、熱ショック処理を行うだけで、従来法のように組織の切断及び植物ホルモンを添加した脱分化誘導培地での培養等を必要とすることなく、植物細胞の脱分化を誘導し、脱分化細胞を製造できるという画期的な方法を見出した。当該方法で生産される脱分化細胞は、従来方法で生産されるカルスと同様の高い分化可塑性(再分化能)を再獲得していた。
また、本発明者らは、当該知見に関して、さらに研究を続け、熱ショック処理によって発現が増強し、植物細胞の脱分化誘導する因子を単離した。さらに、この因子をコードする遺伝子を植物体に導入して過剰発現させることで熱ショック処理なしに植物体にカルスを生じさせることができた。本発明は、上記新規知見に基づくものであって以下を提供する。
(1)植物体の全部又は一部を28℃〜42℃で30分間〜5日間、熱ショック処理する脱分化誘導工程、及び脱分化誘導工程後の植物体をその植物の通常の生育温度で培養する培養工程を含む、脱分化細胞製造方法。
(2)前記通常の生育温度が10℃〜27℃である、(1)に記載の脱分化細胞製造方法。
(3)培養工程前及び/又は後に、植物体又はその一部を切断する切断工程をさらに含む、(1)又は(2)に記載の脱分化細胞製造方法。
(4)前記植物体の一部が根部を含む、(1)〜(3)のいずれかに記載の脱分化細胞製造方法。
(5)前記植物体の一部が根部である、(4)に記載の脱分化細胞製造方法。
(6)以下の(a)〜(c)に示すいずれかのアミノ酸配列を含むポリペプチド又はその一部からなり植物細胞の脱分化を誘導する活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを有効成分として包含する植物細胞の脱分化誘導剤。
(a)配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列、
(b)配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、及び
(c)配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列に対して90%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列
(7)前記ポリヌクレオチドが以下の(d)〜(g)に示すいずれかの塩基配列を含む、(6)に記載の植物細胞の脱分化誘導剤。
(d)配列番号2又は4に示す塩基配列
(e)配列番号2又は4に示す塩基配列において1若しくは複数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列
(f)配列番号2又は4に示す塩基配列に対して80%以上の同一性を有する塩基配列
(g)配列番号2又は4に示す塩基配列と相補的な塩基配列に対して高ストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列
(8)前記ポリヌクレオチドを発現可能な状態で包含する発現ベクターを含む、(6)又は(7)に記載の植物細胞の脱分化誘導剤。
(9)(6)〜(8)のいずれかに記載の植物細胞の脱分化誘導剤を目的とする植物に施用する工程を含む、形質転換植物の作出方法。
(10)(9)に記載の方法で得られた形質転換植物及びその後代。
本発明の脱分化細胞製造方法によれば、熱ショック処理という極めて簡便かつ安価な方法で植物細胞の脱分化を誘導し、再分化能を有する脱分化細胞を製造することができる。
本発明の植物細胞の脱分化誘導剤によれば、当該脱分化誘導剤を植物に施用することで、脱分化誘導培地や熱ショック処理を必要とすることなく目的の植物に脱分化を誘導し、カルスを含む脱分化細胞を形成させることができる。
A.シロイヌナズナの植物体に37℃で3日間熱ショック処理し、その後、通常の培養温度である22℃で60日間培養した根部を示す図である。B.Aの対照区として、シロイヌナズナの草体を熱ショック処理をせずに22℃で63日間連続培養した根部を示す図である。図中、矢印は、不定形の細胞塊、すなわち脱分化細胞を示す。 図1Aに示した熱ショック処理後のシロイヌナズナの根部を切断し、22℃で7日間さらに培養した根部を示す図である。図中、矢印は、根部切断面等から生じた脱分化細胞を示す。 A.シロイヌナズナの根部に37℃で24時間熱ショック処理した後、茎葉再分化培地で培養した状態を示す図である。B.Aの対照区として、シロイヌナズナの根部を熱ショック処理をせずに22℃で24時間処理した後、茎葉再分化培地で培養した状態を示す図である。 図3における各区の再生茎葉密度をグラフ化した図である。 熱ショック脱分化誘導候補因子をコードするHSFB1遺伝子及びHSFB2B遺伝子の傷害ストレス後の発現量の変化を示す図である。 HSFB2Bp: GUS遺伝子を形質転換したシロイヌナズナの葉に対して、22℃で6時間処理した対照区と37℃で6時間処理した熱ショック処理区を示す図である。 HSFB2Bp: HSFB2B-GFP遺伝子を形質転換したシロイヌナズナに対して、22℃で15時間処理した対照区(A及びC)と37℃で15時間処理した熱ショック処理区(B及びD)を示す図である。上段のA及びBは実体顕微鏡像を、下段のC及びDはGFP蛍光像を示す。 HSFB2B遺伝子及びHSFB1遺伝子のダブルノックアウト変異株における熱ショック後のカルス形成能の抑制を示す図である。Aは野生株(WT)の、またBはhsfb2b hsfb1変異株の熱ショック処理後の根部を示す。矢印は、脱分化した部位を示す。 HSFB2B遺伝子の過剰発現による脱分化誘導を示す図である。Aは野生株を、またBはHSFB2B過剰発現株を示す。矢印は、カルス化した部位を示す。
1.脱分化細胞製造方法
1−1.概要及び定義
本発明の第1の態様は、脱分化細胞製造方法である。本発明の脱分化細胞製造方法によれば、植物体やその一部に対して特定の条件で熱ショック処理を行うだけで植物細胞の脱分化を誘導し、脱分化細胞を製造することができる。
本明細書において「カルス」とは、多分化能と細胞分裂能を再獲得した植物細胞の脱分化細胞をいう。ここで、植物細胞の「分化」とは、一つの単純な系又は細胞集団が二つ以上の互いに異質な系又は細胞集団に分かれることをいう。
本明細書において植物細胞の「脱分化」とは、分化した組織や器官の細胞が再び未分化性の高い状態に戻り、多分化能を再獲得することをいう。つまり、脱分化とは、分化とは逆のプロセスであって、器官、組織等の機能分化又は形態分化が完了した細胞が様々な細胞種に再分化できる状態になる現象をいう。脱分化した細胞は多くの場合、細胞分裂能を再獲得することが知られている。
本明細書において植物体の「全部」とは、生きている植物体を構成する全領域をいう。また、植物体の「一部」とは、生きている植物体を構成する一部領域、具体的には、器官(例えば、根部、茎部、葉部、花部若しくはそれらの組み合わせ、又は花粉、卵細胞若しくは種子等を含む)、形態的及び/又は機能的に分化した細胞群からなる組織若しくはその一部、又は細胞をいう。植物体の一部で好ましい部位は、根部を含む領域である。例えば、茎部の一部と根部の一部からなる領域が該当する。特に好ましい部位は、根部全領域又は根部の一部である。
本明細書において対象となる植物は、特に制限はされず、被子植物又は裸子植物のいずれであってもよい。また、被子植物は、双子葉類又は単子葉類植物のいずれも包含される。代表的なものとしては、農業上、特に種苗産業及び花卉園芸産業上、重要な植物、例えば、穀類、花、野菜、果物等の作物植物が挙げられる。具体的には、双子葉類植物であればアブラナ科に属する種(例えば、キャベツ、ダイコン、ハクサイ、アブラナ)、マメ科に属する種(例えば、ダイズ、ピーナッツ、エンドウ、インゲンマメ、アズキ、ソラマメ、スイートピー)、ナス科に属する種(例えば、トマト、ナス、ジャガイモ、タバコ、ピーマン、トウガラシ、ペチュニア)、バラ科に属する種(例えば、イチゴ、バラ、リンゴ、ナシ、モモ、ビワ、アーモンド、スモモ、ウメ、サクラ)、ラン科に属する種(例えば、シンビジウム、ファレノプシス、カトレア、デンドロビウム)、ユリ科に属する種(例えば、ユリ、チューリップ、ヒアシンス、ムスカリ、ネギ、タマネギ、ニンニク)、ミカン科(例えば、ミカン、オレンジ、グレープフルーツ、レモン、ユズ)、ブドウ科に属する種(例えば、ブドウ)、キク科に属する種(例えば、レタス、キク、ダリア、マーガレット、ヒマワリ)、ナデシコ科に属する種(例えば、カーネーション、カスミソウ)、ツバキ科に属する種(例えば、サザンカ、チャノキ)が該当する。また、単子葉類植物であればイネ科に属する種(例えば、イネ、コムギ、オオムギ、トウモロコシ、サトウキビ、ソルガム、コウリャン)が該当する。特に、ラン科に属する種のように実生栽培が困難な植物や品種改良によって得られた有用株の無性繁殖を行う植物は、本発明の対象植物として好ましい。
1−2.方法
本発明の脱分化細胞製造方法は、必須の工程として脱分化誘導工程及び培養工程を、また選択工程として、回収工程及び切断工程を含む。以下、各工程について具体的に説明をする。
1−2−1.脱分化誘導工程
「脱分化誘導工程」は、植物体の全部又は一部に対して熱ショック処理することで植物細胞の脱分化を誘導する工程をいう。
本明細書において「熱ショック処理」とは、対象植物を所定の温度で、かつ所定の時間、加熱することで植物体に熱ストレスを与える処理をいう。
「所定の温度」とは、28℃〜42℃、好ましくは30℃〜41℃、33℃〜40℃、又は35℃〜40度の温度をいう。
「所定の時間」とは、10分間〜5日間(120時間)、1時間〜100時間、3時間〜4日間(96時間)、5時間〜85時間又は10時間〜3日間(72時間)をいう。熱ショックは、所定の時間で連続付与するのが好ましいが、積算温度が脱分化誘導に足る時間に達するのであれば、キー因子が充分量発現し得るので間断付与であっても構わない。
熱ショック処理の方法は、対象植物に熱ショックを与えることができれば特に限定はしない。例えば、所定の温度に設定した恒温器内に植物体ごと入れてもよいし、所定の温度に調節した水等の溶媒中に植物体の全部又は一部を浸漬してもよい。また、カイロのような熱源を植物体の一部に接触させてもよい。
1−2−2.培養工程
「培養工程」は、脱分化誘導工程後の植物体をその植物の通常の生育温度で培養する工程である。本工程は、脱分化誘導工程後の植物体からカルスを発生させ、またそれを増殖することを目的とする。
「通常の生育温度」とは、脱分化細胞製造に用いる植物種が正常に生育する上で適切な温度をいう。植物種によって異なるため対象とする植物種の至適生育温度にすればよい。一般的には10℃〜27℃、好ましくは15℃〜25℃の範囲である。
通常の生育温度での培養期間は、少なくとも植物体から脱分化細胞が発生を開始する時点まで継続すればよい。一般に、通常の生育温度下であれば、脱分化誘導工程後、培養2日目〜7日目で脱分化細胞が発生する。それ以降は、必要に応じて適当に培養を継続すればよい。ただし、過剰な培養期間は、工程上の律速となり、またコスト高となる等、脱分化細胞製造上効率的でないことから、培養は、発生した脱分化細胞が回収可能な程度に十分増殖した時点で停止することが好ましい。好適な培養期間は、3日間〜90日間、より好ましくは4日間〜60日間である。
1−2−3.回収工程
「回収工程」は、培養工程後に植物体等に生じた脱分化細胞をその植物体等から採取する工程である。本工程は、選択工程であり、必要に応じて行えばよい。
植物体等からカルスを採取する方法は、特に限定はしない。脱分化細胞のみを摘出してもよいし、脱分化細胞を生じた植物体等から不要な部分を切除してもよい。回収した部分に脱分化細胞以外の部分を含んでいてもよい。
1−2−4.切断工程
「切断工程」は、植物体又はその一部を切断する工程である。本工程も選択工程であり、必要に応じて行えばよい。
本明細書において切断工程の「切断」とは、植物体又はその一部を、刃物等を用いて切り分けること、及び/又は植物体又はその一部の表面に傷を付けることをいう。切断工程によって、外界に曝露された切断面や傷口における細胞の脱分化を促進し、効率的に脱分化細胞を製造することが可能となる。
本態様の脱分化細胞製造方法において、脱分化誘導工程と切断工程の順序は問わない。例えば、切断工程を脱分化誘導工程の前に行ってもよいし、脱分化誘導工程後に行ってもよい。好ましくは、脱分化誘導工程後である。脱分化誘導工程後に、脱分化細胞を生じた箇所を確認し、その周辺部位を切断することで脱分化細胞をより効率的に製造できるからである。切断工程は、培養工程の前でも後でも構わない。また、回収工程を選択する場合には、切断工程は回収工程に先立ち行うようにする。
図3及び図4で示されるように、本発明の脱分化細胞は、再分化能を再獲得している。脱分化細胞からの再分化が必要な場合、例えば、基本培地にインドール酢酸(IAA)及びイソペンテニルアデニン(2-ipA)等の植物ホルモンを添加した再分化誘導培地で本発明の脱分化細胞を培養すればよい。それによって、茎葉への分化を誘導できる。
1−3.効果
従来方法では、切断処理(傷害ストレス)と植物ホルモン処理を数日間行うことで植物細胞の脱分化を誘導し、再分化培地に植物片を移す作業を行っていた。しかし、本発明の脱分化細胞製造方法によれば、それらの作業を行うことなく、所定温度で所定時間、熱ショックを与えるだけで、再分化能を獲得した脱分化細胞を生じさせることができる。それ故に、従来の慣用法のように植物細胞の脱分化誘導方法において、植物組織を無菌環境で切断し、植物ホルモンを含有する脱分化誘導培地で培養する等の煩雑な作業工程を必要とせずに、極めて簡便に脱分化細胞を製造する画期的方法を提供することができる。
本発明によれば、植物の組織培養の大幅な時間的、過程的な省力化が可能となり、大幅なコスト削減もできる。さらに、従来法では脱分化細胞が困難であった植物種からの脱分化細胞製造も可能となる。それ故に、種苗産業、花卉・園芸産業等の植物系特定産業において効率的な有用品種の大量生産技術や分子育種技術の向上に貢献し得る。
2.植物細胞の脱分化誘導剤
2−1.概要
本発明の第2の態様は、植物細胞の脱分化誘導剤である。本発明の植物細胞の脱分化誘導剤(しばしば「脱分化誘導剤」とする)は、熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドを有効成分として包含する。本発明の脱分化誘導剤を植物に施用することで、形質転換したその植物は、脱分化が容易に誘導される植物となる。
2−2.構成
本発明の植物細胞の脱分化誘導剤は、有効成分、及び必要に応じて液性媒体、及び/又は担体を含むことができる。以下、各成分について具体的に説明をする。
2−2−1.有効成分
(1)熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチド
本発明の植物細胞の脱分化誘導剤は、熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドを有効成分として包含する。
本明細書において「熱ショック脱分化誘導因子」とは、熱ショックによって植物細胞の脱分化を誘導するタンパク質因子をいう。具体的には、野生型HSFB1若しくは野生型HSFB2B、脱分化誘導活性を有する変異型HSFB1若しくは変異型HSFB2B、又はそれらの一部からなり脱分化誘導活性を有するポリペプチドが該当する。
「HSFB1」及び「HSFB2B」は、熱ショック因子(HSF;Heat Shock Factor)群に属する転写因子である。これら2つの因子は、熱ショックに応答して遺伝子発現が上昇し、熱耐性獲得において正に関与することや、互いに機能重複するパラログであることが知られている(Ikeda, M. et al., 2011, Plant physiology, 157: 1243-54.)。しかし、その具体的な機能はこれまで不明であった。今回、本明細書において、HSFB1及びHSFB2Bが熱ショックによってその発現が誘導され、植物細胞の脱分化誘導に機能することが明らかとなった。
シロイヌナズナ由来の野生型HSFB1は、配列番号1で示される全長284アミノ酸(NCBI-ID No.At4G36990.1)からなる。また、他種植物においてもHSFB1オルソログが存在し、各オルソログ間のアミノ酸配列は、その多くが40%以上と、比較的高度に保存されている。例えば、ブドウ科のブドウ(Vitis vinifera)において、配列番号5(NCBI-ID No. VIT_16s0100g00720.t01)で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、マメ科のダイズ(Glycine max)において、配列番号6(NCBI-ID No. GLYMA09G26510.1)で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質等がHSFB1オルソログとして挙げられる。
シロイヌナズナ由来の野生型HSFB2Bは、配列番号3で示される全長377アミノ酸(NCBI-ID No.At4g11660.1)からなる。また、HSFB2Bも、他種植物においてオルソログが存在し、各オルソログ間のアミノ酸配列は、その多くが40%以上と、比較的高度に保存されている。例えば、ナス科のジャガイモ(Solanum tuberosum)において、配列番号7(NCBI-ID No. PGSC0003DMG400014323)で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質、ヤナギ科のポプラ(Populus trichocarpa)において、配列番号8(NCBI-ID No. POPTR_0012s13430.1)で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質等がHSFB2Bオルソログとして挙げられる。
「脱分化誘導活性を有する」とは、野生型HSFB1又は野生型HSFB2Bと同等以上の脱分化誘導活性を有することをいう。
「変異型HSFB1及び変異型HSFB2B」は、それぞれ野生型HSFB1及び野生型HSFB2Bに変異を有するタンパク質をいう。これらの変異タンパク質は、例えば、配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を含むポリペプチドが挙げられる。「複数個のアミノ酸」とは、2〜20個、2〜15個、2〜10個、2〜7個、2〜5個、2〜4個又は2〜3個のアミノ酸をいう。また、前記変異タンパク質は、例えば、配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列に対して90%以上、好ましくは95%以上、96%以上、又は97%以上、より好ましくは98%以上又は99%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドも該当する。「アミノ酸同一性」とは、例えば、野生型HSFB1と変異型HSFB1のアミノ酸配列の一方又は両方のアミノ酸配列に、必要に応じてギャップを導入し、両アミノ酸配列間でアミノ酸残基の一致度が最も高くなるように整列(アラインメント)させたときの一致するアミノ酸残基数をいう。ここでいう「%」は、野生型HSFB1のアミノ酸配列の全アミノ酸残基数に対する変異型HSFB1のアミノ酸配列の最大一致度のときの同一アミノ酸残基の割合(%)をいう。%同一性は、相同性検索プログラムBLAST(Basic local alignment search tool;Altschul, S. F. et al,J. Mol. Biol., 215, 403-410, 1990)検索等の公知のプログラムを用いて容易に決定できる。
「それらの一部からなり脱分化誘導活性を有するポリペプチド」とは、前記野生型ポリペプチド又はその変異型ポリペプチドのポリペプチド断片であって、野生型HSFB1又は野生型HSFB2Bと同等以上の脱分化誘導活性を有する断片をいう。ポリペプチド断片のアミノ酸の長さは特に限定しない。
「熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチド」とは、野生型HSFB1遺伝子若しくは野生型HSFB2B遺伝子、前記変異型HSFB1遺伝子若しくは変異型HSFB2B遺伝子、又はそれらの一部からなり脱分化誘導活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドをいう。
野生型HSFB1遺伝子は、前記野生型HSFB1をコードする遺伝子である。シロイヌナズナ由来の野生型HSFB1遺伝子は、配列番号2で示される塩基配列(NCBI-ID No. AT4G36990.1)からなる。また、そのオルソログ遺伝子として、例えば、ブドウ科のブドウ(Vitis vinifera)において、配列番号9(NCBI-ID VIT_16s0100g00720.t01)で示される塩基配列からなる遺伝子、マメ科のダイズ(Glycine max)において、配列番号10(NCBI-ID GLYMA09G26510.1)で示される塩基配列からなる遺伝子等が挙げられる。
野生型HSFB2B遺伝子は、前記野生型HSFB2Bをコードする遺伝子である。シロイヌナズナ由来の野生型HSFB2B遺伝子は、配列番号4で示される塩基配列(NCBI-ID No. At4g11660.1)からなる。また、そのオルソログ遺伝子としては、例えば、ナス科のジャガイモ(Solanum tuberosum)において、配列番号11(NCBI-ID No. PGSC0003DMG400014323)で示される塩基配列からなる遺伝子、ヤナギ科のポプラ(Populus trichocarpa)において、配列番号12(NCBI-ID No.POPTR_0012s13430.1)で示される塩基配列からなる遺伝子等が挙げられる。
変異型HSFB1遺伝子及び変異型HSFB2B遺伝子は、それぞれ野生型HSFB1遺伝子及び野生型HSFB2B遺伝子に変異を有するポリヌクレオチドをいう。これらの変異遺伝子は、例えば、配列番号2又は4に示す塩基配列において1若しくは複数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列を含むポリヌクレオチド、配列番号2又は4に示す塩基配列に対して90%以上、95%以上、98%以上、又は99%以上の塩基同一性を有する塩基配列を含むポリヌクレオチド、又は野生型遺伝子の部分塩基配列に相補的な塩基配列からなる核酸断片と高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列を含むポリヌクレオチドが挙げられる。ここで前記「塩基同一性」とは、野生型遺伝子と変異型遺伝子の一方又は両方の塩基配列にギャップを導入して又は導入しないでアラインメントさせたときに、野生型遺伝子の塩基配列の全塩基数に対する変異型遺伝子の塩基配列の同一塩基数の割合(%)をいう。「複数個の塩基」とは、2〜60個、2〜45個、2〜30個、2〜14個、2〜10個、例えば、2〜8個、2〜6個、2〜5個、2〜4個又は2〜3個の塩基をいう。また、「高ストリンジェントな条件」とは、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。例えば、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、高温かつ低塩濃度の条件である。具体的には、60℃以上で1×SSC以下、好ましくは65℃以上で0.1×SSC以下の条件をいう。前記変異型遺伝子の具体例としては、SNP(一塩基多型)等の多型に基づく変異遺伝子、スプライス変異体、遺伝暗号の縮重に基づく変異体等が挙げられる。
「それらの一部からなり脱分化誘導活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド」とは、前記HSFB1若しくはHSFB2Bの野生型遺伝子又はその変異型遺伝子の断片であって、その断片がコードするポリペプチドが脱分化を誘導する活性を保持しているものをいう。
本発明の脱分化誘導剤は、異なる二以上の熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドを包含することができる。例えば、野生型HSFB1遺伝子を変異型HSFB2B遺伝子を一の脱分化誘導剤に含む場合が該当する。
(2)発現ベクター
前記熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドは、発現ベクターに発現可能な状態で包含されていることが好ましい。
本発明において「発現ベクター」は、内包する遺伝子等、例えば、熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドを発現できる遺伝子発現システムをいう。本明細書で「発現可能な状態」とは、前記ポリヌクレオチド、すなわちHSFB1若しくはHSFB2Bの野生型遺伝子、その変異型遺伝子、又はその断片が植物細胞内で発現可能なように発現ベクター内に挿入されていることを意味する。具体的には、発現ベクター内のプロモーターとターミネーターの制御下に配置されていることをいう。したがって、発現ベクターは、熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドに加えて、少なくともプロモーター及びターミネーターを有している。
発現ベクターに含まれるプロモーターは、植物細胞内で転写制御機能を有するプロモーターであれば、その種類は特に限定はしない。当該分野で公知のプロモーターを用いればよい。例えば、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)由来の35Sプロモーター、Tiプラスミド由来のノパリン合成酵素遺伝子のプロモーターPnos、トウモロコシ由来のユビキチンプロモーター、イネ由来のアクチンプロモーター、タバコ由来PRタンパク質プロモーター、リブロース二リン酸カルボキシラーゼの小サブユニット(Rubisco ssu)プロモーター、及びヒストンプロモーターが挙げられる。これらのプロモーターは、いずれも後述する過剰発現型及び誘導発現型を組み合わせた性質の発現ベクターにおけるプロモーターとして好適である。
発現ベクターに含まれるターミネーターは、植物細胞内で転写終結機能を有するターミネーターであれば、その種類は特に限定はしない。例えば、ノパリン合成酵素(NOS)遺伝子のターミネーター、オクトピン合成酵素(OCS)遺伝子のターミネーター、CaMV 35Sターミネーター、大腸菌リポポリプロテインlppの3’ターミネーター、trpオペロンターミネーター、amyBターミネーター、ADH1遺伝子のターミネーター等が挙げられる。
前記発現ベクターは、熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチド、プロモーター及びターミネーターに加えて、他の遺伝子発現調節領域を選択的に含むことができる。他の遺伝子発現調節領域としては、例えば、エンハンサ、ポリA付加シグナル、5'-UTR(非翻訳領域)配列、標識若しくは選抜マーカー遺伝子、マルチクローニング部位、複製開始点等が該当する。
発現ベクターに含まれるエンハンサには、例えば、CaMV 35Sプロモーター内の上流側の配列を含むエンハンサ領域が挙げられる。また、標識若しくは選抜マーカー遺伝子には、例えば、薬剤耐性遺伝子(例えば、テトラサイクリン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、又はネオマイシン耐性遺伝子)、蛍光又は発光レポーター遺伝子(例えば、ルシフェラーゼ、β-ガラクトシダーゼ、β-グルクロニダーゼ(GUS)、又はグリーンフルオレッセンスプロテイン(GFP))、ネオマイシンホスホトランスフェラーゼII(NPT II)、ジヒドロ葉酸還元酵素、ブラストサイジンS耐性遺伝子等の酵素遺伝子が挙げられる。それぞれの種類は、植物細胞内で特有の機能を発揮し得るものであれば、特に限定されない。導入する植物に応じて当該分野で公知のものを適宜選択すればよい。
前記発現ベクターは、過剰発現ベクター、構成発現ベクター、誘導発現ベクター、多コピー発現ベクター又はその組み合わせ型発現ベクターが利用できる。
「過剰発現ベクター」は、包含する熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドを過剰発現することのできる発現ベクターである。この発現ベクターは、前記ポリヌクレオチドを、細胞あたり通常の発現量の2倍以上、好ましくは5倍以上、より好ましくは10倍以上、又は20倍以上発現することができる。
「構成発現ベクター」とは、包含する熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドを構成的に発現することのできる発現ベクターである。この発現ベクターは、発現時期や発現部位を問わず、前記ポリヌクレオチドを常時発現し続けることができる。
「誘導発現ベクター」とは、包含する熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドの発現を誘導することのできる発現ベクターである。この発現ベクターは、時期特異的又は部位特異的に、前記ポリヌクレオチドを発現することができる。
「多コピー型発現ベクター」とは、植物細胞内に導入された後、そのシステム自身の高い自己複製能力によって、複数のコピーを生産し、植物細胞あたりの発現ベクターの数を増大することのできる発現ベクターである。この発現ベクターは、個々の発現ベクターからの遺伝子の発現量が低い場合であっても、発現ベクター自体の数を増やすことで、一細胞あたりの発現量を増加することができる利点がある。
「組み合わせ型発現ベクター」とは、上記発現ベクターの性質を組み合わせたベクターである。例えば、上記過剰発現ベクターと構成発現ベクター、過剰発現ベクターと誘導発現ベクター、又は過剰発現ベクター、構成発現ベクター及び多コピー発現ベクターを組み合わせた性質の発現ベクターが挙げられる。例えば、前述の35Sプロモーターを含む発現ベクターは、過剰発現ベクター及び構成発現ベクターの組み合わせた発現ベクターに該当し、包含する遺伝子を過剰に、かつ構成的に発現することができる。
一の発現ベクターは、同一の又は異なる熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドを二以上含んでいてもよい。例えば、一の発現ベクター内に、野生型HSFB1遺伝子と野生型HSFB2B遺伝子を含むことができる。
本発明の脱分化誘導剤の有効成分に発現ベクターを施用することで、熱ショック処理を必要とすることなく、施用した植物細胞の脱分化を誘導し、カルスを製造することもできる。
上述した発現ベクターの具体的な例としては、例えば、プラスミドを利用したプラスミド発現ベクター又はウイルスを利用したウイルス発現ベクターが挙げられる。発現ベクターがプラスミド発現ベクターの場合、骨格となる母核部分は、例えば、pPZP系、pSMA系、pUC系、pBR系、pBluescript系(stratagene社)、pTriEXTM系(TaKaRa社)、又はpBI系、pRI系若しくはpGW系のバイナリーベクター等を利用することができる。また、発現ベクターがウイルス発現ベクターの場合、ウイルス部分は、カリフラワーモザイクウイルス、インゲンマメゴールデンモザイクウイルス、タバコモザイクウイルス等を利用することができる。
2−2−2.液性媒体
本発明の植物細胞の脱分化誘導剤は、液剤等の場合には、液性媒体を構成成分として含むことができる。液性媒体には、例えば、水、エタノール、プロピレングリコール、及びTE(Tris-EDTA)バッファのようなDNA保存用バッファ等の溶媒が挙げられる。
2−2−3.担体
本発明の植物細胞の脱分化誘導剤は、必要に応じて担体を構成成分として含むことができる。
担体は、脱分化誘導剤の植物への施用を容易にし、有効成分である熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドの分解を抑制する物質をいう。例えば、非イオン性乳化剤及びアニオン性乳化剤のような乳化剤、カオリン、クレイ、タルク及びチョークのような粉砕天然鉱物、粉砕合成鉱物、分散剤、及び界面活性剤等が挙げられる。
2−3.有効成分の調製
本発明の植物細胞の脱分化誘導剤の有効成分である熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチド又はそれを包含する発現ベクターの調製は、当該分野で公知の方法、例えば、Green, MR and Sambrook, J, (2012) Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New Yorkに記載の方法に従って行えばよい。以下、一例を挙げて調製方法を説明する。
2−3−1.熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドの調製
熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドは、当該分野で公知の方法を用いて調製することができる。例えば、シロイヌナズナの野生型HSFB2B遺伝子をクローニングする場合、配列番号4で示される塩基配列から適当な領域を選択し、その塩基配列を有するオリゴヌクレオチドを化学合成する。化学合成は、ライフサイエンスメーカーの受託合成サービスを利用すればよい。
次に、そのオリゴヌクレオチドをプローブとしてシロイヌナズナのcDNAライブラリーから当該分野で公知の方法に基づいてHSFB2B遺伝子を単離する。詳細な単離方法については、上記Green, MR et. al.,(2012)を参照すればよい。また、シロイヌナズナのcDNAライブラリーは、Stratagene社のようなライフサイエンスメーカー各社から市販されているので、それを利用することもできる。あるいは、配列番号4で示される塩基配列に基づいてプライマーペアとなるオリゴヌクレオチドを化学合成して、そのプライマーペアを用いて、シロイヌナズナのゲノムDNA又はcDNAライブラリーから、PCR法等の核酸増幅法により目的とするHSFB2B遺伝子を増幅してもよい。核酸増幅を行なう場合には、3’-5’エキソヌクレアーゼ活性を有するフィデリティーの高いDNAポリメラーゼを使用することが好ましい。核酸増幅の詳細な条件等ついては、例えば、Innis M. et al (Ed.), (1990) Academic Press, PCR Protocols: A Guide to Methods and Applicationsに記載の方法を参照すればよい。単離したHSFB2B遺伝子は、必要に応じて適当なクローニングベクターに挿入され、大腸菌等の宿主微生物内でクローニングされた後、全長塩基配列を公知技術に基づいて決定し、確認する。
2−3−2.発現ベクターの調製
以下で、プラスミド発現ベクター及びウイルス発現ベクターの調製例について、具体的に説明をする。
(1)プラスミド発現ベクターの調製
前記「2−3−1.熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドの調製」でクローニングした熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドをプラスミド発現ベクターのマルチクローニング部位等を利用して所定の部位に挿入する。プラスミド発現ベクターには、前述の発現ベクターを用いればよい。これら一連の遺伝子操作技術は、当該分野で周知の技術である。詳細な方法については、上記Green, MR et. al. (2012)を参照すればよい。
(2)ウイルス発現ベクターの調製
基本操作は、前記プラスミド発現ベクターの調製方法と同じでよい。まず、植物ウイルスゲノムを当該分野で公知の方法により調製した後、それを適当なクローニングベクター(例えば、大腸菌由来のpBI系、pPZP系、pSMA系、pUC系、pBR系、pBluescript系)に挿入して組換え体を得る。次に、組換え体に含まれるウイルスゲノム内の所定の部位に熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドを挿入し、クローニングする。続いて、制限酵素によって前記組換え体から植物ウイルスゲノム領域を切り出せばよい。それによって、目的のウイルス発現ベクターが得ることができる。
2−4.効果
本発明の植物細胞の脱分化誘導剤によれば、目的の植物に施用して、その植物を形質転換することによって、その植物細胞の脱分化を誘導することができる。脱分化が誘導された形質転換植物は、分化が抑制される結果、植物ホルモン非存在下で、かつ通常は脱分化しない条件下でもカルス化しやすい状態にすることができる。
3.形質転換植物の作出方法
3−1.概要
本発明の第3の態様は、前記第2態様に記載の植物細胞の脱分化誘導剤を用いた形質転換植物の作出方法、並びにその方法で得られる形質転換植物及びその後代である。
本発明の作出方法によれば、第2態様に記載の植物細胞の脱分化誘導剤を施用して、対象とする植物を形質転換することで、植物ホルモン無添加の状態で、また熱ショック処理を必要とすることなく、脱分化を誘導し、葉部、茎部及び/又は根部等にカルスを形成させることができる。
3−2.方法
本発明の形質転換植物の作出方法は、必須の工程として施用工程を、また選択工程として再生工程を含む。以下、各工程について説明をする。
3−2−1.施用工程
「施用工程」は、前記第2態様に記載の植物細胞の脱分化誘導剤を対象とする植物に施用して、形質転換細胞を調製する工程で、本発明の形質転換植物の作出方法における必須の工程である。
本明細書において「施用」とは、薬剤、すなわち第2態様に記載の植物細胞の脱分化誘導剤で対象とする植物を処理することをいう。第2態様に記載の植物細胞の脱分化誘導剤は、熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドを有効成分とすることから、本態様における施用とは、実質的に熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドで対象とする植物を形質転換することをいう。したがって、脱分化誘導剤を施用する方法は、当該分野で公知の植物の形質転換方法を用いればよい。
好適な形質転換方法として、例えば、有効成分である熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドがプラスミド発現ベクターに包含される場合、プロトプラスト法、パーティクルガン法又はアグロバクテリウム(Agrobacterium)法等を用いることができる。
プロトプラスト法は、セルラーゼ等の酵素的処理によって細胞壁を除去した植物細胞(プロトプラスト)を用いて、脱分化誘導剤中のプラスミド発現ベクターを植物細胞中に導入する方法である。この方法は、遺伝子導入の方法により、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法又はポリエチレングリコール法等に、さらに分類することができる。エレクトロポレーション法は、プロトプラストと脱分化誘導剤の混合液に電気パルスを与えてプロトプラスト内にプラスミド発現ベクターを導入する方法である。また、マイクロインジェクション法は、微針を用いて顕微鏡下でプロトプラスト中に脱分化誘導剤を直接導入する方法である。そして、ポリエチレングリコール法は、ポリエチレングリコールを作用させてプロトプラストにプラスミド発現ベクターを導入する方法である。
パーティクルガン法は、金又はタングステン等の微粒子を含む溶液と脱分化誘導剤を混合し、金属微粒子にプラスミド発現ベクターを付着させて、それを高圧ガスにより植物組織細胞内に打ち込み、プラスミド発現ベクターを細胞内に導入する方法である。この方法は、対象とする植物細胞のゲノムDNA中に目的のプラスミド発現ベクターが取り込まれた形質転換細胞を得ることができる。形質転換した細胞は、通常、プラスミド発現ベクター中のマーカー遺伝子産物に基づいて選択、分離される。
アグロバクテリウム法は、形質転換因子としてアグロバクテリウム属の菌(例えば、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(A. tumefaciens)、アグロバクテリウム・リゾゲネス(A. rhizogenes))及びそれに由来するTiプラスミドを用いて目的のプラスミド発現ベクターを対象とする植物細胞のゲノムDNA中に導入することができる。
上記の方法は、いずれも当該分野においては公知の方法であり、詳細については植物代謝工学ハンドブック(2002年、NTS社)又は新版モデル植物の実験プロトコル:遺伝学的手法からゲノム解析まで(2001年秀潤社)等の適当なプロトコルを参照すればよい。
また、熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドがCaMV、BGMV、TMV等のウイルス発現ベクターに包含される場合には、そのウイルス発現ベクターを目的の植物細胞に感染させることによって、形質転換細胞を得ることができる。このようなウイルスベクターを用いた遺伝子導入方法の詳細については、Hohnらの方法(Molecular Biology of Plant Tumors(Academic Press、New York)1982、pp549)を参照すればよい。
なお、第2態様の植物細胞の脱分化誘導剤に包含される熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドの由来植物の種類と、その脱分化誘導剤を施用する植物の種類とを一致させる必要はない。例えば、アブラナ科(Brassicaceae)に属するシロイヌナズナのHSFB2B遺伝子を包含する脱分化誘導剤をラン科(Orchidaceae)に属するシンビジウムの細胞に導入してもよい。
3−2−2.再生工程
「再生工程」は、施用工程後の形質転換細胞から形質転換植物を再生する工程である。形質転換細胞から植物体を再生する方法は、当該分野で公知の方法に基づいて行えばよい。例えば、カルス形成を経て植物体に再生させるインビトロ再生方法が挙げられる。本方法は、上述の植物代謝工学ハンドブック(2002年、NTS社)又は新版モデル植物の実験プロトコル:遺伝学的手法からゲノム解析まで(2001年秀潤社)等を参照することができる。形質転換細胞の増殖及び/又は分裂を促進するために、オーキシン、ジベレリン及び/又はサイトカイニンのような植物ホルモンを使用してもよい。
3−3.形質転換植物及びその後代
本明細書において「形質転換植物」とは、第2態様の植物細胞の脱分化誘導剤を用いて、それに含まれる同種及び/又は異種の熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドにより形質転換された植物体をいう。形質転換植物は、熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドを発現可能な状態で細胞内に包含する。形質転換植物は、野生株と比較して熱ショック脱分化誘導因子の発現及び活性が増強された状態が好ましい。
本発明の形質転換植物は、植物ホルモンを添加した従来の脱分化誘導培地を必要とせず、植物組織においてカルスを形成することができる。
この形質転換植物には、同一の遺伝情報を有するクローン体も包含される。例えば、形質転換植物から採取した植物体の一部を挿し木、接木若しくは取り木したもの、細胞培養した後、カルス、カルスを植物体に再生させたもの、又は形質転換植物から無性生殖で得られる栄養繁殖器官(例えば、根茎、塊根、球茎、ランナー等)より生じた新たな栄養体が該当する。
本明細書において「その後代」とは、前記形質転換植物の作出方法により得られた形質転換植物第1世代の有性生殖を介した子孫であって、第2態様に記載の外因性の熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドをその細胞内に保持しているものをいう。形質転換植物第1世代からその後代を得る方法は、公知の方法で取得することができる。例えば、第1世代を結実させて、その種子を得ればよい。その種子、及び種子を適当な培地上で発芽させ、それを、土を入れたポットに移植して生育させた植物体が後代第1世代となる。後代は、外因性の熱ショック脱分化誘導因子をコードするポリヌクレオチドを細胞内に保持する限り、その世代数を問わない。後代第2世代以降は、後代第1世代取得の方法と同様の方法を繰り返していけばよい。
<実施例1:熱ショック処理による植物細胞の脱分化誘導>
(目的)
植物体に熱ショック処理を施すことで脱分化を誘導できることを検証する。
(方法)
市販の漂白剤(ハイター:花王)を5倍に希釈した滅菌用溶液でシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の種子を10分間表面殺菌した。殺菌後の種子をMurashige & Skoog(MS)培地の無機塩と1% ショ糖を含む0.6%のゲルライト固体培地上に播種した。22℃にて長日条件(16時間明期:8時間暗期)で育成し、播種後21日目の植物を実験に用いた。固体培地プレートを37℃の恒温培養機に入れて、3日間熱ショック処理を行った(熱ショック処理区)。対照区として、通常の栽培温度である22℃の処理区を準備し、同様に3日間処理した。処理後、両試験区の植物体を植物ホルモンを含まない培地(MS培地の無機塩と1% ショ糖を含む0.6%のゲルライト固体培地)で22℃下にて60日間培養した。また、熱ショック処理区における植物体を22℃下で60日間培養後、根部を切断し、植物ホルモンを含まない前記培地で培養した。
(結果)
図1及び2に結果を示す。
図1は、3日間処理した植物体の根部を示している。Aは熱ショック処理区、Bは対照区を示す。熱ショック処理区の根の表面には、対照区には見られない不定形の細胞塊、すなわち脱分化細胞(矢印)が観察された。また、熱ショック処理区は、対照区と比較して根部の肥大化を生じている。これは、根の内部や表皮で活発な細胞分裂が起きた結果である。この結果から、本発明の脱分化細胞製造方法は、Valvekensら(1988)が開発した切断工程やカルス誘導培地上での培養工程を要する従来のカルス製造方法とは異なり、熱ショック処理で植物細胞の脱分化を誘導し、その後、通常温度で生育するだけで脱分化細胞を製造できることが立証された。その他、熱ショック処理区は、対照区と比較して根部が緑化して、色彩が濃くなる現象も観察された。これは、根においてサイトカイニン応答が昂進している事を示唆しており、脱分化細胞形成を促進している一因となっていると考えられる。
図2は、図1Aの根部を切断した後、再培養した根部を示す。矢印で示すように切断面から顕著な脱分化細胞形成が観察された。この結果から、本発明の脱分化細胞製造方法は、植物体を切断することで、切断面において、より効率的に脱分化細胞を製造できることが示された。
<実施例2:本発明の脱分化細胞における再分化能の検証>
(目的)
脱分化細胞には様々な状態があることが知られているが、多くの場合、再分化能を再獲得している。そこで、本発明の脱分化細胞製造方法で得られた脱分化細胞が再分化能を再獲得していることを検証する。
(方法)
基本的な方法は、実施例1に記載の方法に準じた。ただし、本実施例では、熱ショック処理時間を24時間に短縮し、熱ショック処理後の熱ショック処理区(37℃、24時間処理)と対照区(22℃、24時間処理)のシロイヌナズナの根部のみを、茎葉再分化培地であるB5基本培地(0.25%ゲルライトにイソペンテニルアデニンとインドール酢酸を含む)(Valvekens, D. et al., 1988, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 85: 5536-5540)上で22℃にて4日間培養した。
(結果)
図3及び4に結果を示す。
図3において、Aは熱ショック処理区を、またBは対照区を示す。Bの対照区では、根の切断部位(矢印)や、処理中についた傷害部位(矢頭)からのみ茎葉の再分化が認められたのに対して、Aの熱ショック処理区では、切断面や傷害部位以外からも茎の再分化が認められた。
図4は、図3の熱ショック処理区(37℃)と対照区(22℃)において、切断部位から1cm以上離れた部位における茎葉再生を根1cm当たりの密度で評価した結果を示す。この図から、熱ショック処理区では対照区の約10倍茎葉が再分化していることが明らかとなった。
これらの結果から、本発明の脱分化細胞製造方法により根部の様々な箇所で細胞の脱分化が誘導され、またそれによって生じた細胞は、再分化能を獲得していることが立証された。
<実施例3:熱ショック処理による脱分化誘導に関与する因子の単離>
(目的)
熱ショック処理により発現誘導される植物細胞の脱分化誘導因子を探索し、単離する。
(方法)
植物細胞の脱分化は、傷害ストレスによっても引き起こされることが知られている(Iwase et al.,2011, Current biology, 21:508-14)。そこで、真核生物に広く保存される熱ショック因子(HSF;Heat Shock Factor)群のうち、傷害ストレスによって発現誘導される因子を本発明の熱ショック脱分化誘導因子と予測して、その候補因子を絞り込んだ。シロイヌナズナの組織に傷害ストレスを与えた際に、発現が変化する遺伝子を網羅的に単離するために、シロイヌナズナの胚軸を切断し、経時的にRNAを抽出した後、RNAシークエンス法による経時的なトランスクリプトーム解析を行った。RNA抽出は、Qiagen社RAeasy Mini kitの方法に従い、RNAシークエンスは、ユタ州立大の受託解析(http://bioserver.hci.utah.edu/BioInfo/index.php/Sequencing)で行った。
(結果)
その結果、図5に示すように、BタイプHSFであるHSFB2Bの遺伝子とそのパラログであるHSFB1遺伝子が傷害ストレス後1時間以内という極めて短時間に発現が劇的に上昇することが明らかとなった。これら2つのHSFは、熱ショック処理に応答して遺伝子発現が上昇し、機能重複しながら熱耐性獲得において正に関与することが既に報告されている(Ikeda, M. et al., 2011, Plant physiology, 157: 1243-54)。ただし、植物細胞の脱分化誘導に関しては記載も示唆もされていない。そこで、HSFB2B及びHSFB1の2つのHSFを本発明の熱ショック脱分化誘導候補因子として分離し、以下の実験に用いた。
<実施例4:熱ショック脱分化誘導候補因子のプロモーターにおける熱ショックによる活性化>
(目的)
実施例3で分離されたHSFのプロモーターが熱ショック処理によって活性化されるかを確認する。
(方法)
配列番号13に示す塩基配列からなるシロイヌナズナのHSFB2Bプロモーターと配列番号14に示す塩基配列からなるβ-グルクロニダーゼ(GUS)遺伝子をベクター(pGWB3)に挿入して発現ベクターpGWB3-HSFB2Bp:GUSを構築した。発現ベクターの構築方法は、Green, MR and Sambrook, J, (2012) Molecular Cloning: A Laboratory Manual Fourth Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New Yorkに記載の方法を参照した。
pGWB3-HSFB2Bp:GUSで形質転換したトランスジェニックシロイヌナズナの作製は、まず、アグロバクテリウムコンピテントセル(GV3101)100μLに対し、1μLのpGWB3-HSFB2Bp:GUSを加え、よく混和して、エレクトロポレーション処理した。LB培地を1mL加え、200rpmで振とうしながら28℃で2時間培養した。カナマイシン及びゲンタマイシンをそれぞれ50μg/mL含むLB培地に広げ、28℃で2日間培養した。その後、ベクターが導入されたコロニーを同濃度のカナマイシン及びゲンタマイシンを含む100mLのLB液体培地で、28℃で一晩前培養した。培養液を7000rpm、10分間遠心し、上清を除去した。Infiltration培地(MS培地、1000×Gamborg's Vitamin、スクロース、Benzylamino Purin、silwet、pH5.7)を加えて懸濁した。Infiltration培地を300mLビーカーに移し、ポットに栽培したシロイヌナズナの野生型株をポットごと逆さまにして2分間浸漬した。その後、植物体をビニール袋で包み、一晩置いた後、そのままポットで植物体を生育させた。その後、その植物体から得られた種子をカナマイシン25μg/mL及びカルベニシリン25μg/mL含むMS培地に播き、T1形質転換体の選抜を行った。得られたT1種子をカナマイシン20μg/mL含むMS培地に播種し、T2形質転換体、さらには同様の手順でT2種子からT3形質転換体の選抜を行った。得られた形質転換体を「HSFB2Bp:GUS形質転換体」とした。
播種後21日目のHSFB2Bp: GUS形質転換体から葉を採取し、37℃の湯に6時間浸漬した(熱ショック処理区)。対照区として、22℃の水に6時間浸漬した。その後、各区の葉部におけるGUSの発現を確認した。GUS染色の方法は表1に示す試薬を混合して調製した。
Figure 2015208256
サンプルは、まず氷冷した90%アセトン中で30分処理し固定したのち、上記GUS染色用バッファ0.5〜3 mLをサンプル全体が浸るように入れた。室温で20分脱気処理を行い、その後37℃、18時間インキュベートした。次に70%エタノールでバッファと置き換える処理を数回行って脱色した。その後、蒸留水で置換し、実体顕微鏡または顕微鏡で観察を行った。
(結果)
結果を図6に示す。22℃の対照区と比較して37℃の熱ショック処理区では、GUS活性に顕著な上昇が確認された。この結果は、熱ショック処理によりHSFB2Bプロモーターが活性化し、下流の遺伝子の発現を誘導したことを示している。
<実施例5:熱ショック脱分化誘導候補因子の熱ショック誘導>
(目的)
実施例3で分離されたHSFタンパク質が実際に熱ショック処理によって発現誘導されるかを検証する。
(方法)
基本的な方法は、実施例4に準じて行った。本実施例では、配列番号15に示すシロイヌナズナのHSFB2Bプロモーター領域とイントロンを含むCDS領域のストップコドンまでのゲノム配列を配列番号19及び20に示すプライマーペアを用いて、PCRで常法により増幅し、GFP配列を内包するベクター(pGFPG)に導入して、pHSFB2Bp:HSFB2B-GFPベクターを構築した
調製したpHSFB2Bp:HSFB2B-GFPを実施例4と同様の方法でシロイヌナズナに導入し、トランスジェニックシロイヌナズナを得た。得られた形質転換体を「HSFB2Bp:HSFB2B-GFP形質転換体」とした。
HSFB2Bp:HSFB2B-GFP形質転換体を37℃で15時間処理した(熱ショック処理区)。対照区として、同形質転換体を22℃で15時間処理した。その後、実体顕微鏡(ライカ社、M165FC)を用いて、熱ショックによる各区の葉柄部におけるHSFB2Bの発現誘導をGFP蛍光として確認した。
(結果)
結果を図7に示す。A及びCは対照区(22℃)を、B及びDは熱ショック処理区(37℃)を示している。Cでは、GFPが全く認められないのに対して、Dでは核内においてGFPの顕著な局在が確認された。これらの結果は、熱ショック処理区では熱ショックによってHSFB2B-GFPが発現誘導された後、転写因子として核内で機能していることを示唆している。
<実施例6:熱ショック脱分化誘導候補因子のノックアウト変異株における熱ショック処理による脱分化誘導>
(目的)
実施例3で分離されたHSFB2B及びHSFB1が熱ショック処理による植物細胞の脱分化誘導に関与するのであれば、HSFB2B遺伝子及びHSFB1遺伝子を破壊したダブルノックアウト変異株(hsfb2b hsfb1)は、熱ショック処理後も脱分化が抑制されることが予想される。そこで、hsfb2b hsfb1変異株を用いて、熱ショック処理による脱分化誘導を検証する。
(方法)
hsfb2b hsfb1ダブルノックアウト変異株は、池田美穂博士(Ikeda, M. et al., 2011, Plant physiology, 157: 1243-54.)より分譲して頂いた。hsfb2b hsfb1変異株と野生株を実施例1に記載の方法に準じて種子から処理し、生育した植物体に37℃で2日間熱ショック処理を行った。その後、22℃で90日間栽培した。
(結果)
図8に結果を示す。Aは野生株(WT)の、またBはhsfb2b hsfb1変異株の熱ショック処理後の根部を示す。野生株では、実施例1と同様に不定形の細胞塊、すなわち脱分化細胞(矢印)が多数観察されたが、hsfb2b hsfb1変異株では脱分化細胞の発生が著しく抑制された。この結果から、実施例3で分離されたHSFB2B及びHSFB1は熱ショック処理による植物細胞の脱分化誘導に必要な因子であることが示唆された。
<実施例7:熱ショック脱分化誘導候補因子の過剰発現による脱分化誘導>
(目的)
熱ショック脱分化誘導候補因子を植物細胞内で過剰発現させた場合、熱ショック処理なしに脱分化を誘導できることを検証する。
(方法)
まずHSFB2B遺伝子をカリフラワーモザイクウィルスCMV 35Sプロモーター下流に連結した過剰発現ベクターを構築した。まず、ベクターp35SNOSGをSmaI消化後、脱リン酸化処理をし、リン酸化プライマーでPCR増幅したHSFB2BのCDSとライゲーションしてp35S:HSFB2Bを得た。シークエンスによる配列確認後、GatewayのLR反応により、pBCKHにクローニングして、過剰発現ベクターpBCKH-p35S:HSFB2Bを実施例4に記載の方法でシロイヌナズナに導入した。
得られた35S:HSFB2B形質転換体(T1)と野生株Col-0を、植物ホルモンを含まない培地(MS培地の無機塩と1% ショ糖を含む0.6%のゲルライト固体培地)に播種し、22℃で27日間栽培した。
(結果)
図9に結果を示す。野生株と比較して35S:HSFB2B形質転換体は、根や茎葉において形態な異常が認められた。例えば、地上部では、複数の茎頂分裂組織を有する植物体や、本葉が膨張したり透明化した植物体が生じた(図示せず)。また、地下部では、丸く変形した根毛を有する個体が出現した(図示せず)。さらに、図9において矢印で示すように、35S:HSFB2B形質転換体では、熱ショック処理を行うことなく65%の個体(13個体中8個体)で茎頂付近から脱分化細胞が生じた。これらの結果から、HSFB2B及びその機能相同物であるHSFB1は、脱分化誘導を正に制御している熱ショック脱分化誘導因子であり、その過剰発現により、熱ショックを施すことなく、植物細胞の脱分化を誘導できることが明らかとなった。

Claims (10)

  1. 植物体の全部又は一部を28℃〜42℃で30分間〜5日間、熱ショック処理する脱分化誘導工程、及び
    脱分化誘導工程後の植物体をその植物の通常の生育温度で培養する培養工程
    を含む、脱分化細胞製造方法。
  2. 前記通常の生育温度が10℃〜27℃である、請求項1に記載の脱分化細胞製造方法。
  3. 培養工程の前及び/又は後に、植物体又はその一部を切断する切断工程をさらに含む、請求項1又は2に記載の脱分化細胞製造方法。
  4. 前記植物体の一部が根部を含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の脱分化細胞製造方法。
  5. 前記植物体の一部が根部である、請求項4に記載の脱分化細胞製造方法。
  6. 以下の(a)〜(c)に示すいずれかのアミノ酸配列を含むポリペプチド又はその一部からなり植物細胞の脱分化を誘導する活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを有効成分として包含する植物細胞の脱分化誘導剤。
    (a)配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列、
    (b)配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列において1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列、及び
    (c)配列番号1又は3で示されるアミノ酸配列に対して80%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列
  7. 前記ポリヌクレオチドが以下の(d)〜(g)に示すいずれかの塩基配列を含む、請求項6に記載の植物細胞の脱分化誘導剤。
    (d)配列番号2又は4に示す塩基配列
    (e)配列番号2又は4に示す塩基配列において1若しくは複数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列
    (f)配列番号2又は4に示す塩基配列に対して90%以上の同一性を有する塩基配列
    (g)配列番号2又は4に示す塩基配列と相補的な塩基配列に対して高ストリンジェントな条件でハイブリダイズする塩基配列
  8. 前記ポリヌクレオチドを発現可能な状態で包含する発現ベクターを含む、請求項6又は7に記載の植物細胞の脱分化誘導剤。
  9. 請求項6〜8のいずれか一項に記載の植物細胞の脱分化誘導剤を目的とする植物に施用する工程を含む、形質転換植物の作出方法。
  10. 請求項9に記載の方法で得られた形質転換植物及びその後代。
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