JP2015206066A - 転がり軸受 - Google Patents

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Abstract

【課題】風車用軸受や建設機械用軸受のように、大型で、組織変化型はく離が生じやすい条件で使用する転がり軸受の転動疲労寿命をより一層長くすることを目的とする。【解決手段】内輪及び外輪の少なくとも一方が、特定組成の合金鋼製で浸炭処理または浸炭窒化処理されており、転動体との接触面の表面から深さ0.01D(Dは転動体の直径)における硬さがHv63〜Hv800で、圧縮残留応力が50〜300MPaであり、下記(1)式及び(2)式([ ]内は各元素の含有量、[γR]は残留オーステナイト量)を満足する転がり軸受。(1)式:[Cr]*=[Cr]−3.5([C]−0.02[γR])(2)式:0.5[Si]+0.2[Mn]+0.2[Cr]*+0.7[Mo]≧0.95【選択図】図1

Description

本発明は転がり軸受に関し、特に白色組織はく離の発生を抑止して長寿命化を図った転がり軸受に関する。
例えば風力発電装置を構成する主軸や、各種回転機械装置を構成する回転軸の回転支持部には、これらの回転部材を回転自在に支持するために転がり軸受が設けられている。この転がり軸受は、図1に示すように、外周面に内輪軌道を有する内輪1と、内周面に外輪軌道を有する外輪2と、これら内輪軌道と外輪軌道との間に設けけられた転動体3と、転動体3を転動自在に保持する保持器4とにより基本的に構成される。図の例は、深溝ラジアル玉軸受であり、転動体3として玉が用いられているが、より大きなラジアル荷重が加わる場合には、転動体として円錐ころまたは円筒ころを用いたラジアル円錐ころ軸受またはラジアル円筒ころ軸受が使用される場合もある。
転がり軸受では、荷重が負荷された状態での長時間の使用により、金属疲労が生じて軌道面や転動面の表面がはく離する場合がある。より具体的には、合金鋼を構成する酸化物や窒化物等の非金属介在物を起点として疲労亀裂が生じてはく離に至る内部起点型はく離と、潤滑剤中に混入した異物により軌道面に生じた圧痕を起点として疲労亀裂が生じてはく離に至る圧痕起点型はく離が知られている。
更に、使用条件の厳しい一部の用途では、転がり軸受を構成する合金鋼の基地自体の金属組織が、マルテンサイト組織から白色組織と呼ばれる微細なフェライト粒に変化し、その組織変化部を起点として疲労亀裂が生じてはく離に至る組織変化型はく離も知られている。この組織変化型はく離は、軌道面に形成された潤滑膜が部分的に破断されるような条件下で、軌道面と転動体とが接触して現れた活性な新生面が触媒となり、新生面と潤滑油とがトライボケミカル反応を起こすことで発生した水素が鋼材中の応力集中部に集積することが原因であると考えられている。特に転動体にころを用いた転がり軸受や、転動体の直径が30mm以上の転がり軸受は、軌道輪と転動体との接触面積が大きいため、油膜が安定して形成されにくいため、局所的に金属接触が生じやすく、トライボケミカル反応により潤滑油が分解して水素が発生しやすい。
また、歯車で動力を伝達する変速機では、軸に作用するトルクの方向が一時的に変化するため、転動体と軌道輪との間に大きな滑りが発生するため、油膜が切れやすい。そのため、局所的に金属接触が生じやすく、トライボケミカル反応により潤滑油が分解して水素が発生しやすい。同様に、転がり軸受の回転方向が頻繁に変化する用途でも、転動体と軌道輪との間の油膜が切れやすく、局所的に金属接触が生じやすため、トライボケミカル反応により潤滑油が分解して水素が発生しやすい。
このような水素によって引き起こされる組織変化に対する対策として、例えば特許文献1、2では、軸受に封入する潤滑剤として、潤滑油の代わりにグリースを用い、このグリースを改良することにより、転がり軸受の長寿命化を図ることを提案している。しかしながら、転がり軸受の用途によっては、潤滑剤としてグリースを用いずに潤滑油を用いる場合がある。特に、比較的大型の転がり軸受では、グリースよりも潤滑油を用いる場合が多い。このように、潤滑剤として潤滑油を用いる転がり軸受には、グリースの改良により組織変化型はく離に対する対策を適用することができない。
また、特許文献3、4では、最適な合金成分からなる鋼材を用いて各種熱処理品質を規定することにより、水素による組織変化を抑制して転がり軸受の長寿命化を図ることを提案している。しかしながら、靭性が低下しやすく、大型軸受のような高靭性が必要な軸受には適用できない場合がある。
また、特許文献5では、ずぶ焼鋼における各合金元素の長寿命化に対する効果を定量化することを提案している。しかしながら、肌焼鋼についての規定はなされていない。
特開2002−327758号公報 特開2003−106338号公報 特開2005−314794号公報 特開2013−11010号公報 特開2012−163204号公報
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、風車用軸受や建設機械用軸受のように、大型で、組織変化型はく離が生じやすい条件で使用する転がり軸受の転動疲労寿命をより一層長くすることを目的とする。
上記課題を解決するために、本発明は、内輪と、外輪と、前記内輪と前記外輪との間に転動自在に設けられた転動体とを備える転がり軸受において、前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方が、
Cを0.1〜0.3質量%、
Siを0.2〜0.5質量%、
Mnを0.6〜1.2質量%、
Crを2.6〜4.5質量%、
Moを0.1〜0.4質量%、
を必須成分とし、任意的成分として
Niを0.20質量%以下、
Cuを0.20質量%以下、
Sを0.020質量%以下、
Pを0.020質量%以下、
Oを20質量ppm以下、
をそれぞれ含有し、残部がFe及び不可避不純物である合金鋼からなり、その表面が浸炭処理または浸炭窒化処理されており、
前記転動体との接触面の表面から深さ0.01D(Dは転動体の直径)における硬さがHv653〜Hv800で、圧縮残留応力が50〜300MPaであり、
下記(1)式及び(2)式を満足することを特徴とする転がり軸受を提供する。
(1)式:[Cr]=[Cr]−3.5([C]−0.02[γR])
(2)式:0.5[Si]+0.2[Mn]+0.2[Cr]+0.7[Mo]
≧0.95
(ここで、[Cr]、[Si]、[Mn]、[Mo]は、それぞれ鋼材中のCr、Si、MnまたはMoの含有量(質量%)であり、[C]は転動体との接触面の表面から深さ0.01DにおけるCの含有量(質量%)であり、[γR]は転動体との接触面の表面から深さ0.01Dにおける残留オーステナイト量(容積%)である。)
本発明の転がり軸受は、鋼材組成を特定するとともに、せん断応力が高く組織変化が生じやすい領域における炭素量と残留オーステナイト量との関係を規定したことにより、組織変化型はく離が生じやすい条件であっても長寿命化を実現することができる。そのため、本発明の転がり軸受は、風力発電装置や産業機械、建築機械等の回転軸に使用される大型の軸受として特に有用である。
転がり軸受の一例を示す断面図である、 深さ0.01D位置における、残留オーステナイト量と炭素量との関係を示すグラフである。 熱処理方法の一例を説明するための図である。 熱処理方法の他の例を説明するための図である。 熱処理方法の更に他の例を説明するための図である。 (2)式の左辺の値と白色組織はく離寿命比との関係を示すグラフである。
以下、図面を参照して本発明を詳細に説明する。
本発明において転がり軸受の種類には制限はなく、例えば図1に示す玉軸受を例示することができる。そして、本発明では、内輪1及び外輪2の少なくとも一方、好ましくは両方をCを0.1〜0.3質量%、Siを0.2〜0.5質量%、Mnを0.6〜1.2質量%、Crを2.6〜4.5質量%、Moを0.1〜0.4質量%を必須成分とし、任意的成分としてNiを0.20質量%以下、Cuを0.20質量%以下、Sを0.020質量%以下、Pを0.020質量%以下、Oを20質量ppm以下をそれぞれ含有し、残部がFe及び不可避不純物である合金鋼製とする。
(C含有量:0.1〜0.3質量%)
炭素(C)は、焼入れによって基地組織に固溶し、その硬さを向上させる元素である。C含有量が0.1質量%未満であると、芯部の硬さが不足して剛性が低下してしまう。好ましくは、0.16質量%以上である。一方、C含有率が0.3質量%を超えると、芯部の靱性が低下してしまう。好ましくは、0.25質量%以下である。尚、浸炭処理または浸炭窒化処理を行うと、表面が硬く、内部にいくほど硬さが下がっていくが、硬さが下がりきって一定になったところを「芯部」と定義する。
(Si含有量:0.2〜0.5質量%)
珪素(Si)は、基地組織に固溶して焼入れ性を向上させる元素である。また、マルテンサイトを安定化するため、水素によるマルテンサイトからフェライトへの組織変化が遅延されて寿命を延長させる効果をもたらす。Si含有量が0.2質量%未満であると、これらの効果が十分に得られない。好ましくは0.28質量%以上である。一方、Si含有量が0.5質量%を超えると、浸炭性及び浸炭窒化性が低下する場合がある。
(Mn含有量:0.6〜1.2質量%)
マンガン(Mn)は、基地組織に固溶して焼入れ性を向上させる元素である。また、マルテンサイトを安定化させるため、水素によるマルテンサイトからフェライトへの組織変化が遅延されて寿命を延長させる効果をもたらす。更に、熱処理後の残留オーステナイトを生成させやすくする効果をもたらす。生成された残留オーステナイトは、合金鋼中の水素の拡散及び集積を遅延させるため、上記の組織変化が局所的に生じるのを遅延させ、寿命を延長させる効果をもたらす。Mn含有量が0.6質量%未満であると、これらの効果が十分に得られない。好ましくは、0.76質量%以上である。一方、Mn含有量が1.20質量%を超えると、旧オーステナイト粒径が粗大化したり、残留オーステナイト量が過多になり、寸法安定性が低下する。好ましくは、1.11質量%以下である。
(Cr含有量:2.6〜4.5質量%)
クロム(Cr)は、基地組織に固溶して焼入れ性を向上させる元素である。また、炭素と結合して炭化物を形成し、耐摩耗性を向上させる作用をもたらす。更に、炭化物と基地組織のマルテンサイトを安定化させるため、水素によるマルテンサイトからフェライトへの組織変化が遅延させて寿命を延長させる効果をもたらす。Cr含有量が2.6質量%未満であると、これらの効果が十分に得られない。好ましくは、2.85質量%以上である。一方、Cr含有量が4.5質量%を超えると、靱性が低下したり、浸炭性及び浸炭窒化性が低下する場合がある。また、クロムは高価な元素であり、素材のコストアップになるため、その含有量は少ない方が好ましい。更に、焼入れ温度を高くしないと所定の硬さを得られなくなるため、生産性を低下させてしまう。好ましくは、4.0質量%以下である。
(Mo含有量:0.1〜0.4質量%)
モリブデン(Mo)は、基地組織に固溶して焼入れ性及び焼戻し軟化抵抗性を向上させる元素である。また、炭化物と基地組織のマルテンサイトを安定化させるため、水素によるマルテンサイトからフェライトへの組織変化が遅延されて寿命を延長させる効果をもたらす。Mo含有量が0.1質量%未満では、これらの効果が十分に得られない。好ましくは、0.17質量%以上である。一方、Mo含有量が0.40質量%を超えると、素材のコストアップを生じたり、被削性が低下して生産性を低下させてしまう。好ましくは、0.34質量%以下である。
(Ni含有量:0.20質量%以下)
ニッケル(Ni)は、鋼の精錬中に微量に含まれる元素である。また、焼入れ性を向上させる効果と、オーステナイトを安定化させる元素でもある。更に、靭性を向上させる効果をもたらす。ニッケルの含有量が多いほどこれらの効果が高まるが、ニッケルは高価であり、鋼材コストを上げる原因にもなるため、積極的には添加せず、含有量を0.2質量%以下に抑制することが好ましい。
(Cu含有量:0.2質量%以下)
銅(Cu)は、鋼の精錬中に微量に含まれる元素である。また、焼入れ性を向上させる効果と、粒界強度を向上させる元素でもある。但し、Cu含有量が0.2質量%を超えると、熱間鍛造性が低下するため、接触的に添加せず、0.2質量%以下に抑制することが好ましい。
(S含有量)0.02質量%以下)
硫黄(S)は、硫化マンガン(MnS)を形成して介在物となるため、その含有量は少ないほど好ましい。そのため、S含有量を0.02質量%以下、好ましくは0.012質量%以下とする。
(P含有量:0.02質量%以下)
リン(P)は、結晶粒界に偏析して粒界強度や破壊靱性を低下させるため、その含有量は少ないほど好ましい。そのため、P含有量を0.02質量%以下とする。
(O含有量:20質量ppm以下)
酸素(O)は、鋼中でAl2 3 等の酸化物系の非金属介在物を形成する。酸化物系の非金属介在物ははく離の起点となり、転動疲労寿命に悪影響を及ぼすため、その含有量は少ないほど好ましい。そのため、O含有量を20質量ppm以下とする。
その他はFe及び不可避不純物である。
上記の合金鋼は浸炭処理または浸炭窒化処理され、玉3との接触面の表面から深さ0.01Dにおける硬さをHv653〜Hv800、圧縮残留応力を50〜300MPa、下記(1)式及び(2)式を満足するように調整される。
(1)式:[Cr]=[Cr]−3.5([C]−0.02[γR])
(2)式:0.5[Si]+0.2[Mn]+0.2[Cr]+0.7[Mo]
≧0.95
(ここで、[Cr]、[Si]、[Mn]、[Mo]は、それぞれ鋼材中のCr、Si、MnまたはMoの含有量(質量%)であり、[C]は転動体との接触面の表面から深さ0.01DにおけるCの含有量(質量%)であり、[γR]は転動体との接触面の表面から深さ0.01Dにおける残留オーステナイト量(容積%)である。)
尚、Dは玉3の直径であり、玉3との接触面の表面から深さ0.01Dにおける位置を「深さ0.01D位置」と呼ぶ。
(深さ0.01D位置)
転がり軸受では、軌道輪(外輪及び外輪)と転動体との接触応力によって、接触面直下の各部品の内部にせん断応力が発生し、このせん断応力によって金属疲労が生じ、接触面の表面おはく離に至る。このせん断応力の分布は、軌道輪と転動体との接触応力と、接触面積により決定されるので、転動体の直径(D)がせん断応力の分布に大きく影響を与える。通常の使用条件では、Dの1%程度の深さ(深さ0.01D)でせん断応力が大きくなり、その領域を起点としてはく離が生じる。水素による組織変化も同様であり、せん断応力が大きくなる深さ0.01Dの領域で発生しやすい。そこで本発明では、この深さ0.01Dにおける硬さや圧縮残留応力、(1)式、(2)式を最適化する。
(深さ0.01D位置の硬さ:Hv653〜Hv800)
水素は合金鋼中を動き回り、応力が高い領域に集積しやすい性質を有している。上述のとおり、深さ0.01D位置でせん断応力が大きくなるため、この位置に水素が集積しやすくなる傾向がある。本発明者らが検討したところ、その水素による組織変化は、局所的に塑性変形が生じることにより引き起こされ、この組織変化の発生を遅延させるには。この位置での硬さを高め、甦生変性に対する抵抗値を向上させる必要があるとの知見を得た。そして、深さ0.01D位置における硬さをHv(ビッカース硬さ)653〜800(ロックウェル硬さHCでは58〜64)の範囲することにより、水素による組織変化の発生を効果的に抑制できることを見出した。
即ち、深さ0.01D位置における硬さがHv653未満では、硬さが不足して水素による組織変化の発生を重文に抑制できず、転動疲労寿命の低下をもたらず。好ましくは、Hv698以上である。一方、この硬さがHv800を越えると、靭性が低下してしまう。
尚、深さ0.01D位置における硬さをこの範囲にするには、合金鋼の組成とともに、浸炭処理や浸炭窒化処理の条件を調整して、表面化から芯部への(C+N)含有量の傾斜を制御することにより実施できる。
(深さ0.01D位置での圧縮残留応力:50〜300MPa)
上述のとおり、接触面のはく離は深さ0.01D位置での水素による組織変化を起点として亀裂が発生することに起因する。水素が集積しやすいこの位置での圧縮残留応力は、組織変化からの亀裂の発生及びその伝播を抑制するため、水素による組織変化の発生を遅延させる効果を高める。深さ0.01D位置での圧縮残留応力が50MPa未満では、この組織変化を遅延させる効果が十分に得られない。好ましくは、160MPa以上である。一方、深さ0.01D位置での圧縮残留応力が300MPaを超えると、この圧縮残留応力と平衡をとるために材料内部に発生する引張残留応力の値が大きくなり、逆に亀裂の進展を加速する可能性がある。好ましくは、280MPa以下である。
尚、深さ0.01D位置における圧縮残留応力をこの範囲にするには、合金鋼の組成とともに、浸炭時間または浸炭窒化時間を調整して、表面化から芯部への(C+N)含有量の傾斜を制御することにより実施できる。
((1)式及び(2)式)
本発明者らは、特許文献5において、合金成分と白色組織はく離寿命との関係を回帰分析することにより、白色組織はく離に及ぼす各合金元素の効果を定量化した。即ち、Si、Mn、Cr、Moの各合金元素の添加量の効果の寄与率は、Si:Mn:Cr:Mn=5:2:2:7となる。しかし、特許文献5はずぶ焼鋼についての関係式であり、肌焼き鋼の場合には適用できない。
上述のとおり、炭化物が生成すると基地組織内に固溶していたCrが炭化物に取られてしまう。また、炭化物の周囲と、その他の領域で合金成分の分布が不均一になり、疎な領域では十分な組織変化の抑制効果が得られなくなる。一般的な軸受鋼であるSUJ2のようなずぶ焼鋼は、焼入れ前に球状化焼鈍を行っているので微細な炭化物が均一に分布した状態になっているため、上記のような合金成分の分布が不均一になることは殆どない。しかし、肌焼き鋼では、C濃度の分布や、浸炭または浸炭窒化後の冷却過程の影響で合金成分の分布が不均一になりやすい。特に、Crが多い肌焼き鋼ではこの現象が顕著になる。
そこで本発明者らは、検討の結果、(1)式で示される[Cr]を高くするほど、Crが多い肌焼き鋼でも炭化物の生成を抑制して基地組織に合金成分を均一に、多く固溶させることができることを見出した。具体的には、Cr含有量が3%の鋼に浸炭窒化後、焼入れ焼戻し処理を行い、C含有量が1.0%となる位置でのEDSを用いて測定した機知組織の固溶Cr量と残留オーステナイト量(γR)との関係を調査した結果、図2に示す回帰直線が得られ、下記(1)式の係数を得た。
(1)式:[Cr]=[Cr]−3.5([C]−0.02[γR])
(1)式中の[Cr]は、深さ0.01D位置での基地組織内の近似的な固溶Cr量であるが、[Cr]は鋼材の合金成分のCr含有量であり、[Cr]が多いほど[Cr]は高くなる。また、[C]は深さ0.01D位置でのC含有量であり、C含有量が多いほど基地組織に固溶しきれなかったCがCrと結合して炭化物として生成するため、C含有量が低いほど[Cr]が高くなる。一方、[γR]は深さ0.01D位置での残留オーステナイト量であり、一般的にC含有量が多くしたり、焼入れ温度を高くすることで基地組織への固溶C量を多くすると、γR量も多くなることが知られている。そのため、γR量が多いほど[Cr]は高くなる。
そして、(1)式で求めた値[Cr]を用いて下記(2)式を計算することにより、Crが多い肌焼き鋼では、水素による組織変化型はく離寿命によい相関が得られることを見出した。
(2)式:0.5[Si]+0.2[Mn]+0.2[Cr]+0.7[Mo]
≧0.95
つまり、各合金成分量とともに、熱処理品質(C濃度分布、γR値)を適正化することにより(1)式の値[Cr](基地組織中の固溶Cr量)を増やし、(2)式を満たすことで、高い組織変化の抑制効果が得られる。また、(1)式及び(2)式を用いることで、生産性の低下やコストアップの要因となるSi、Mo、Niを過剰に添加せずとも十分な長寿命効果を得ることが可能になる。
前述した合金元素の効果は、物理的には複雑であり、(1)式や(2)式のような一次式で表せるものではないが、本発明者らは、白色組織はく離寿命と各合金元素の添加量との関係が、近似的に(1)式や(2)式のような一次式で表すことが可能であることを寿命試験の結果により見出した。
(深さ0.01D位置でのC量[C])
尚、(1)式における深さ0.01D位置でのC量[C]は、0.5〜1.2質量%が好ましい。[C]が0.5質量%未満では、十分な硬さが得られない。一方、[C]が1.2質量%を超えると、例えば焼入れ温度を高くするなど熱処理条件を調整しても、基地組織に固溶しきれなかったCが炭化物として生成しやすくなり、その際、基地組織内に固溶していたCrが炭化物に取られてします。また、炭化物の周辺と、その他の領域とで合金成分の分布が不均一になり、疎な領域では十分な組織変化の抑制効果が得られなくなる。より好ましい[C]は、0.5〜1.0質量%である。
(熱処理条件)
上記の(1)式及び(2)式を満足するには、例えば下記に示す熱処理を行えばよい。
図3に示すように、先ず、880〜1000℃にて所定時間保持する浸炭処理または浸炭窒化処理、好ましくは浸炭窒化処理を行う。浸炭窒化処理によりNが基地組織に固溶されると、C含有量が低い場合でも硬さとγR量を高く保つことができる。より好ましくは、N含有量を0.05〜0.50質量%とする。880℃未満では、CやNの十分な拡散速度を得ることができず、処理時間が長くなるため、生産性を低下させる。一方、1000℃を越えると、旧オーステナイト粒が粗大化してしまう。炉内のガス濃度については、最適な(C+N)含有量を得るために調整する必要があり、例えばプロパンやブタン等の炭化水素系のガス流量を制御することでC濃度を、アンモニアのガス流量を制御することでN濃度をそれぞれ調整する。保持時間については、内輪や外輪のサイズに応じて最適な浸炭または浸炭窒化の深さとなるように調整する。
浸炭処理または浸炭窒化処理後に、放冷却する。また、図4に示すように、急冷してもよい。あるいは、図5に示すように、浸炭処理または浸炭窒化処理後に800〜880℃で所定時間保持した後に、急冷してもよい。800℃未満で保持すると基地組織から析出Cによる炭化物が生成する。一方、保持温度が880℃を超えると、粗大化した旧オーステナイト粒が次工程の焼入れ処理に影響を及ぼし、組織が粗くなってしまう。尚、保持時間は、内輪や外輪のサイズに応じて最適な浸炭または浸炭窒化の深さとなるように調整する。
次いで、焼入れ処理を行う。その際、内輪や外輪を820〜900℃にて所定時間保持した後、油冷する。焼入れ温度が820℃未満では、焼入れ後の硬さが不足する。より好ましくは、基地組織への合金元素を溶け込みやすくするために、860℃以上で行う。一方、焼入れ温度が900℃を超えると、残留オーステナイト量が過剰になったり、旧オーステナイト粒の粗大化が生じたりして、靭性の低下をも足らず。尚、焼入れ時間は、内輪や外輪のサイズに応じて最適な浸炭または浸炭窒化の深さとなるように調整する。
但し、浸炭処理または浸炭窒化処理後に800〜880℃で所定時間保持した場合は、この焼入れ処理を行わなくてもよい。
次いで、焼き戻し処理を行う。その際、内輪や外輪を160〜240℃にて保持した所定時間後、空冷または炉冷する。焼戻し温度が160℃未満では、靭性の低下や、合金鋼の組織が水素に対して敏感になり、水素による組織変化が生じやすくなる。一方、焼入れ温度が240℃を超えると、残留オーステナイトが分解されて固溶Cが析出されるため、水素による組織変化を遅延させる効果が十分に得られなくなる。尚、焼戻し時間は、内輪や外輪のサイズに応じて最適な浸炭または浸炭窒化の深さとなるように調整する。
以上、玉軸受を例示して詳細に説明したが、本発明の転がり軸受は、油膜が切れやすい厳しい使用条件下においても、水素の発生と組織変化の抑制に優れた機能をもつため、転動体がころ形状である転がり軸受や、転動体の直径(ころの場合は最大直径)が30mm以上の大型の転がり軸受として好適であり、風力発電用風車の回転軸を支持する用途、建設機械の回転軸を支持する用途で好適に使用される。より具体的には、風力発電用風車の主軸や増速機(変速機)の回転軸を支持する用途、建設機械の車軸や変速機の回転軸を支持する用途で好適に使用される。また、風力発電用風車の変速機の入出力軸(増速機の回転軸)を支持する用途は、歯車で動力を伝達する変速機の軸を支持し、軸に作用するトルクの方向が一時的に変化する用途に含まれ、建設機械の車軸を支持する用途は、転がり軸受の回転方向が頻繁に変化する用途に含まれる。
尚、本発明の転がり軸受には潤滑剤が封入もしくは外部から供給されるが、潤滑剤は潤滑油でもグリースでも構わない。
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
(実施例1〜9、比較例1〜10)
玉軸受6317の内輪のみを表1に示す鋼材にて作製し、外輪及び玉についてはJIS SUJ2にて作製した。尚、比較例1では、内輪もJIS SUJ2(鋼種H)で作製した。これは、後述する転がり寿命評価試験では、内輪がはく離しやすいためである。そして、内輪について、表記する条件にて熱処理を施した。
即ち、表2に示すように、浸炭処理または浸炭窒化処理は、880〜1000℃で14時間保持した。尚、浸炭処理では初期からRXガスとエンリッチガスの混合ガス雰囲気とし、浸炭窒化処理では初期からRXガスとエンリッチガスとアンモニアガスとの混合ガス雰囲気とし、表記のC濃度になるようにCP値を調整した。また、一部の浸炭窒化処理では、処理後に860〜880℃で1.5時間保持した後、油冷却した。次いで、800〜900℃で1.5時間保持してから焼入れを行い、その後160〜240℃で焼戻しを行った。
熱処理後に研削加工と仕上げ加工を施し、得られた内輪とともに、外輪、玉及び保持器を組み立てて試験軸受(玉軸受6317:内径85mm、外径180mm、幅41mm、玉直径30.2mm)を作製した。
そして、試験軸受を用いて下記条件にて転がり寿命評価試験を行った、尚、試験回数は各3回とし、その平均値を寿命とし、比較例1との寿命比を求めた。結果を表2に示す。
<試験条件>
ラジアル荷重:53.2kN
回転速度:1000min-1
潤滑剤:高トラクション油(トランスミッション用合成油)
また、表2には、内輪軌道面の深さ0.01D位置での硬さ、炭素濃度、窒素濃度、残留オーステナイト量(γR)、圧縮残留応力、(1)式の右辺及び(2)式の左辺の各計算値を記載した。
更に、試験後に内輪断面を電子顕微鏡にて観察し、水素による組織変化の有無を確認した。表2には、組織変化がある場合「白色組織あり」、組織変化が無い場合を「白色組織なし」と記載した。
Figure 2015206066
Figure 2015206066
実施例1〜9の内輪は、何れも本発明で規定する成分の合金鋼を浸炭処理または浸炭窒化処理したものであり、深さ0.01D位置での品質(硬さ、圧縮残留応力、(1)式及び(2)式)を満たしている。そのため、実施例1〜9の内輪を備える試験軸受は、比較例1の標準的なJIS SUJ2製の試験軸受と比べて寿命が10倍以上延びている。
これに対し比較例2〜10では、内輪の合金鋼組成または深さ0.01D位置での品質を満たしておらず、寿命も実施例の試験軸受に比べて短くなっており、試験後、内輪に水素による白色組織が観察された。即ち、比較例2、3では合金成分が本発明の範囲外であり、特に硬さが十分に得られていないため、寿命が短くなっている。また、比較例4〜10では(2)式を満足しておらず、水素による組織変化の遅延効果が十分に得られず、寿命が短くなっている。
また、(2)式の左辺の値と、白色組織はく離寿命比との関係を図6に示すが、(2)式の左辺の値が0.95以上になると寿命比が10倍以上になることがわかる。
1 内輪
2 外輪
3 玉(転動体)
4 保持器

Claims (1)

  1. 内輪と、外輪と、前記内輪と前記外輪との間に転動自在に設けられた転動体とを備える転がり軸受において、前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方が、
    Cを0.1〜0.3質量%、
    Siを0.2〜0.5質量%、
    Mnを0.6〜1.2質量%、
    Crを2.6〜4.5質量%、
    Moを0.1〜0.4質量%、
    を必須成分とし、任意的成分として
    Niを0.20質量%以下、
    Cuを0.20質量%以下、
    Sを0.020質量%以下、
    Pを0.020質量%以下、
    Oを20質量ppm以下、
    をそれぞれ含有し、残部がFe及び不可避不純物である合金鋼からなり、その表面が浸炭処理または浸炭窒化処理されており、
    前記転動体との接触面の表面から深さ0.01D(Dは転動体の直径)における硬さがHv653〜Hv800で、圧縮残留応力が50〜300MPaであり、
    下記(1)式及び(2)式を満足することを特徴とする転がり軸受。
    (1)式:[Cr]=[Cr]−3.5([C]−0.02[γR])
    (2)式:0.5[Si]+0.2[Mn]+0.2[Cr]+0.7[Mo]
    ≧0.95
    (ここで、[Cr]、[Si]、[Mn]、[Mo]は、それぞれ鋼材中のCr、Si、MnまたはMoの含有量(質量%)であり、[C]は転動体との接触面の表面から深さ0.01DにおけるCの含有量(質量%)であり、[γR]は転動体との接触面の表面から深さ0.01Dにおける残留オーステナイト量(容積%)である。)
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Cited By (3)

* Cited by examiner, † Cited by third party
Publication number Priority date Publication date Assignee Title
JP2018053291A (ja) * 2016-09-28 2018-04-05 山陽特殊製鋼株式会社 水素環境下での転動疲労寿命に優れる高清浄度軸受用鋼
JP2018119609A (ja) * 2017-01-25 2018-08-02 Ntn株式会社 転動部品、軸受および転動部品の製造方法
WO2018139460A1 (ja) * 2017-01-25 2018-08-02 Ntn株式会社 転動部品、軸受および転動部品の製造方法

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