JP2015193891A - 成形性に優れた高強度薄鋼板およびその製造方法 - Google Patents

成形性に優れた高強度薄鋼板およびその製造方法 Download PDF

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Abstract

【課題】引張強さTS:980MPa以上の高強度を有し、成形性に優れた高強度薄鋼板およびその製造方法を提供する。【解決手段】質量%で、C:0.10%以上を含み、ビッカース硬さで300HV以上の硬さを有する薄鋼板を基板とし、基板の少なくとも一方の表面に、C:0.20%未満で、かつMneq(=Mn+0.26?Si+1.3?Cr+3.5?P+2.68?Mo+180?B+0.37?Ni+0.46?Cu)が2.5未満を満足する、好ましくは粒子径1〜100μmの鉄基粒子を、好ましくは500〜1000℃に加熱した作動ガスと混合したのち、スプレーノズルを用いてスプレーするコールドスプレー法で堆積層を形成する。【選択図】なし

Description

本発明は、自動車等、輸送機器の構造部材用として好適な薄鋼板に係り、とくに引張強さTS:980MPa以上の高強度を有しながら、延性や曲げ性などの成形性に優れた高強度薄鋼板およびその製造方法に関する。
近年、地球環境の保全という観点から、自動車の燃費向上が要望され、自動車車体の軽量化が指向されて、自動車部材への高強度鋼板の適用が進められている。さらに最近では、衝突時の乗員の安全性確保という観点から、引張強さTS:980MPa以上と特に高い強度領域で、かつ板厚の薄い高強度鋼板の自動車構造部材への適用が積極的に進められている。
しかしながら、一般的に、鋼板を高強度化すると、延性や曲げ性などの加工性(成形性)が低下する。そのため、高強度と優れた成形性とを兼備する高強度鋼板が強く要望されている。
このような要望に対して、例えば、特許文献1には、質量%で、C:0.03〜0.20%、Si:0.005〜1.0%、Mn:1.0〜3.1%、Al:0.005〜1.2%を含み、P、S、Nを所定値以下に調整し、AlとSiが、0.3≦0.7×[Si]+[Al]≦1.5なる関係を満足する組成を有し、フェライトとマルテンサイトを含む金属組織を有し、ナノインデンターを用いて100箇所以上で測定された硬度に関する表式で定義される平均値Yaveを40以上である成形性に優れた高強度鋼板が記載されている。特許文献1に記載された技術で製造された鋼板は、延性を示す指標である、引張強さTSと全伸びElとの積TS×Elが16000MPa%を超える、優れた成形性を有するとしている。
また、特許文献2には、質量%で、C:0.1〜0.3%、Si:1.0〜3.0%、Mn:0.5〜3.0%、P:0.1%以下、S:0.03%以下、Al:0.01〜1.0%、N:0.01%以下を含む組成を有し、鋼組織が、面積%で、ベイニティックフェライトと焼戻マルテンサイトの合計で65%以上、フレッシュマルテンサイトを3〜18%、残留オーステナイトを5%以上、およびポリゴナルフェライトを5%以下(0%を含む)を満たし、かつ、平均KAMが1.00°以下で0.50゜以上を満たす、引張強さが980MPa以上である成形性および形状凍結性に優れた高強度冷延鋼板が記載されている。特許文献2に記載された技術で製造された鋼板は、TS×Elが16000MPa%を超える、優れた成形性を有するとしている。
また、特許文献3には、質量%で、C:0.10〜0.3%、Si:1.0〜3%、Mn:1.5〜3%、Al:0.005〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下を含む組成の鋼材を、Ac3点以上の温度で50s間以上保持して均熱した後、300℃以上400℃未満の温度範囲までを平均冷却速度15℃/s以上で冷却し、300℃以上400℃未満の温度範囲で5〜180s間保持し、次いで400℃以上540℃以下の温度域に加熱し、この温度域で50s間以上保持してから冷却する、加工性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法が記載されている。得られる高強度鋼板は、20〜80面積%の高温域生成ベイナイト、20〜80面積%の低温変態生成ベイナイトと焼戻マルテンサイトを含み、高温域生成ベイナイト、低温変態生成ベイナイトと焼戻マルテンサイトの合計で70面積%を満足し、3体積%以上の残留オーステナイトからなる組織を有し、伸び、穴広げ性および曲げ性に優れるとしている。
また、特許文献4には、質量%で、C:0.12〜0.22%、Si:0.8〜1.8%、Mn:2.2〜3.2%を含み、P、S、Nを適正値以下に調整し、Al:0.005〜0.08%、Ti:0.001〜0.040%、B:0.0001〜0.0020%を含む成分組成からなる鋼スラブを、熱間圧延し、酸洗後、350〜650℃の温度域で1回目の焼鈍を施し、ついで冷間圧延後、820〜900℃の温度域で2回目の焼鈍を施し、引続き720〜800℃の温度域で3回目の焼鈍を施したのち、冷却速度:10〜89℃/sで冷却停止温度:300〜500℃まで冷却し、この温度で100〜1000s保持し、再度、100〜300℃の温度域で4回目の焼鈍を施す成形性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法が記載されている。これにより、金属組織の体積分率の調整や形態の制御ができ、高価な合金元素であるNbやV、Cu、Ni、Cr、Moを含有しない成分系においても、伸びおよび伸びフランジ性、さらには曲げ性が向上した、引張強さTSが1180MPa以上の高強度冷延鋼板が得られるとしている。また、得られた高強度冷延鋼板は、TS×Elが20000MPa%以上であり、成形性に優れる鋼板であるとしている。
また、特許文献5には、質量%で、C:0.16〜0.26%、Si:1.2〜2.2%、Mn:2.6〜3.6%を含み、P、S、Nを調整し、Al:0.005〜0.08%、Ti:0.001〜0.040%、B:0.0001〜0.0020%を含む成分組成からなる鋼スラブを、熱間圧延後、400〜800℃の温度域で1回目の焼鈍を施し、冷間圧延し、ついで、760〜860℃の温度域で2回目の焼鈍を施し、冷却速度:10〜80℃/sで冷却停止温度:300〜500℃まで冷却し、この温度域に100〜1000s保持したのち、冷却しその後、200〜400℃の温度域で3回目の焼鈍を施す加工性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法が記載されている。これにより、金属組織の体積分率の調整や形態の制御ができ、高価な希少金属を含有させることなく、伸びおよび伸びフランジ性、さらに曲げ性などの加工性が向上した、引張強さTSが1180MPa以上の高強度冷延鋼板が得られるとしている。得られた高強度冷延鋼板は、TS×Elが20000MPa%以上であり、加工性に優れる鋼板であるとしている。
また、特許文献6には、質量%で、C:0.12〜0.3%、Si:0.5%以下、Mn:1.5%未満、Al:0.15%以下を含み、N、P、Sを調整して含む組成と、鋼組織をマルテンサイト単一組織として、かつ、鋼板の表面から(板厚×0.1)深さまでの表層域において、介在物群のサイズや分布を特定範囲に制御した曲げ加工性に優れた高強度冷延鋼板が記載されている。特許文献6に記載された技術では、上記した介在物群の形態は、熱間圧延時における約950℃以下の温度域での圧延時の圧下率および冷間圧延時の圧下率の合計圧下率が97%未満と制御することにより達成できるとしている。
また、特許文献7には、質量%で、C:0.10〜0.3%、Si:1.0〜3%、Mn:1.5〜3%、Al:0.005〜0.2%、P:0.1%以下、S:0.05%以下を含む組成の鋼材を、Ac3点以上の温度に加熱したのち、50s以上均熱する工程と、400〜540℃の温度域の温度まで15℃/s以上で冷却する工程と、400〜540℃の温度域で5〜100s間保持する工程と、200℃以上400℃未満の温度域で200s間以上保持する工程を行う加工性に優れた高強度冷延鋼板の製造方法が記載されている。得られる高強度冷延鋼板は、20〜80面積%の高温域生成ベイナイト、20〜80面積%の低温域生成ベイナイトと焼戻マルテンサイトを含み、高温域生成ベイナイト、低温域生成ベイナイトと焼戻マルテンサイトの合計で70面積%を満足し、3体積%以上の残留オーステナイトからなる組織を有し、引張強さTSが980MPa以上で、伸び、伸びフランジ性および曲げ性の全てがバランス良く向上した加工性全般に優れた高強度冷延鋼板であるとしている。
また、特許文献8には、質量%で、C:0.07〜0.20%、Si:0.005〜1.5%、Mn:1.0〜3.1%、P:0.001〜0.06%、S:0.001〜0.01%、N:0.0005〜0.01%、Al:0.005〜1.2%を含み、C、Mnと、狙いの強度値TSとが特定の関係を満足し、さらに、ナノインデンターにて100点以上の箇所で硬度測定を行い、硬度分布が特定の関係式を満足し、金属組織がフェライトとマルテンサイトとを含有する、加工性に優れた高強度鋼板が記載されている。特許文献8に記載された技術では、冷間圧延後の連続焼鈍工程での焼鈍処理条件を特定条件に適正化することにより、上記した特性を有する加工性に優れた高強度鋼板が得られるとしている。
また、特許文献9には、質量%で、C:0.12〜0.3%、Si:0.5%以下、Mn:1.5〜3.0%、Al:0.15%以下を含み、N、P、Sを調整して含む組成と、鋼組織をマルテンサイト単一組織として、かつ、鋼板の表面から(板厚×0.1)深さまでの表層域において、介在物群のサイズや分布を制御することによる曲げ加工性に優れた高強度冷延鋼板が記載されている。特許文献9に記載された技術では、上記した介在物群の形態は、熱間圧延時における約950℃以下の温度域での圧延時の圧下率および冷間圧延時の圧下率の合計圧下率が97%未満と制御することにより達成できるとしている。
特許4860784号公報 特開2013-227654号公報 特開2013-227653号公報 特開2013-185196号公報 特開2012-237042号公報 特開2011-246746号公報 特開2011-157583号公報 特開2011-144409号公報 特開2010-236053号公報
しかしながら、特許文献1,2に記載された技術で、引張強さTS:980MPa以上の超高強度鋼板を得ようとすると、伸び値が低下し、延性を表す強度−伸びバランスTS×Elが、20000MPa%未満となり、成形性に問題を残していた。さらに、特許文献1,2に記載された技術では、超高強度鋼板でとくに重要と考えられている曲げ性については、なんの考慮もなされていない。
また、特許文献3,7に記載された技術では、引張強さTS:980MPa級の強度を示す980MPa級高強度鋼板で、TS×Elが20000MPa%を超える例が示されているが、1180MPa級では、TS×Elは高々21000MPa%、1270MPa級では20000MPa%未満となり、高強度になるほどTS×Elが低くなるという問題がある。さらには特許文献3,7に記載された技術では、曲げ性の評価を行っているが、JIS規格に準拠した目視による割れ判定になっており、最近、問題になっている、肉眼で認識できない微細割れまでの評価を行っておらず、肉眼で認識できない微細割れまでを防止できるほどの成形性を有しているかは不明である。
また、特許文献4,5に記載された技術では、TS:1180MPa級の高強度で、延性を表すTS×Elが21000MPa%以上を有する高強度鋼板の例が示されているが、得られるTS×Elは高々22000MPa%未満程度までであり、さらに優れた成形性を有する高強度鋼板についての例示はない。また、引張強さも1180MPa級に限定されており、より高い強度の鋼板についてまでの検討はなされていない。さらに、特許文献4,5に記載された技術では、曲げ性の評価を行っているが、JIS規格に準拠した目視による割れ判定になっており、最近、問題になっている、肉眼で認識できない微細割れまでの評価を行っておらず、肉眼で認識できない微細割れまでを防止できるほどの成形性を有しているかは不明である。
また、特許文献6,9に記載された技術では、曲げ性については充分な配慮が成されているが、組織をマルテンサイト単相としており、延性に乏しく、全伸び(El)が10%未満で、延性が非常に乏しいという問題がある。
また、特許文献8に記載された技術で製造された高強度鋼板では、延性を表す強度−伸びバランスTS×Elが、20000MPa%を超える例が示されているが、引張強さTSが980MPa未満の場合に限られ、TS:980MPa以上の高強度領域では、TS×Elは20000MPa%未満となっている。さらに、TS:980MPa以上の高強度領域では、延性(伸び)も低く、成形性が低下している。
本発明は、このような従来技術の問題に鑑みて、引張強さTS:980MPa以上の高強度を有し、かつ延性や曲げ性などの、成形性に優れた高強度薄鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
なお、ここでいう「成形性に優れた」とは、強度−伸びバランスTS×Elが18000MPa%以上である場合をいうものとする。また、ここでいう「薄鋼板」とは、板厚5mm以下である鋼板をいうものとする。
本発明者らは、上記した目的を達成するため、引張強さTS:980MPa以上を有する高強度鋼板の成形性に及ぼす各種要因について鋭意検討した。その結果、高強度鋼板を基板にして、該基板の表面に成形性に富む軟質層を形成することにより、すなわち、板厚方向に特性が変化する材料とすることにより、相反する特性である強度と成形性の両立が可能となることに見出した。
本発明者らは、高強度を有する基板部とその表面に形成された軟質層を有する材料(鋼板)では、塑性変形に際し、基板部が軟質層により拘束されながら、変形するため、基板部(鋼板)が単体で塑性変形するのに比較して、格段に延性が改善するものと考えた。
本発明者らは、界面の密着性や、生産性の問題から、従来とは異なる製造プロセスを適用して、上記したような板厚方向に特性が変化する材料を製造することに思い至った。
従来とは異なる製造プロセスとして、本発明者らは、コールドスプレー法に着目した。
コールドスプレー法は、表面改質技術の一つであり、低温の高速作動ガスによって粒子を加速させて、基材表面に皮膜を形成するために利用されている(例えば、榊和彦:表面技術、vol.59、N0.8、2008、p.490〜494)。
本発明者らは、コールドスプレー法の製造条件や基板やスプレーする粒子の性質を厳密に制御して、より厚みのある層構造を形成する手段として利用することに思い至った。そして、本発明者らは、低温の高速作動ガスによって粒子を加速させて、基材表面に衝突させ、堆積させるというコールドスプレー法の技術的特徴から、得られる層(堆積層)が、空隙が少なく所望の厚さに制御でき、かつ優れた界面密着性をも実現できることを見出した。
また、本発明者らは、更なる検討により、引張強さTS:980MPa以上の高強度を有しながら、TS×Elが18000MPa%以上を有する薄鋼板とするためには、基板を質量%でC:0.10%以上で、かつビッカース硬さが300HV以上である鋼板とすること、さらに基板表面に形成される堆積層を、C:0.20%未満で、かつビッカース硬さが300HV未満とする必要があることを知見した。
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は、つぎの通りである。
(1)基板部と、該基板部の少なくとも一方の表面に堆積層を有してなる薄鋼板であって、前記基板部が、質量%で、C:0.10%以上を含み、ビッカース硬さで300HV以上の硬さを有し、前記堆積層が、鉄基粒子を用いてコールドスプレー法により形成された層で、質量%で、C:0.20%未満を含み、ビッカース硬さで300HV未満の硬さを有する層であることを特徴とする成形性に優れた高強度薄鋼板。
(2)(1)において、前記堆積層が、表裏面合計で、前記基板部の厚さに対する比率で0.10〜0.80の厚さを有することを特徴とする高強度薄鋼板。
(3)(1)または(2)において、前記堆積層が、気孔率:10%未満であることを特徴とする高強度薄鋼板。
(4)(1)ないし(3)のいずれかにおいて、前記基板部が、残留オーステナイトを体積率で3%以上を含む組織を有することを特徴とする高強度薄鋼板。
(5)(1)ないし(4)のいずれかにおいて、前記基板部と前記堆積層との間に拡散層を有することを特徴とする高強度薄鋼板。
(6)(1)ないし(5)のいずれかにおいて、前記高強度薄鋼板が、引張強さTS:980MPa以上を有し、強度−伸びバランスTS×Elが18000MPa%以上を有することを特徴とする高強度薄鋼板。
(7)基板の少なくとも一方の表面に堆積層を有する薄鋼板の製造方法であって、前記基板を、質量%で、C:0.10%以上を含み、ビッカース硬さで300HV以上の硬さを有する薄鋼板とし、該基板の少なくとも一方の表面に、
質量%でC:0.20%未満で、かつ次(1)式
Mneq=Mn+0.26×Si+1.3×Cr+3.5×P+2.68×Mo+180×B+0.37×Ni+0.46×Cu ‥‥(1)
(ここで、Mn、Si、Cr、P、Mo、B、Ni、Cu:各元素の含有量(質量%))
で定義されるMneqが2.5未満を満足する鉄基粒子を、加熱した作動ガスと混合したのち、スプレーノズルを用いて、スプレーするコールドスプレー法で、堆積層を形成することを特徴とする成形性に優れた高強度薄鋼板の製造方法。
(8)(7)において、前記基板が、残留オーステナイトを体積率で3%以上を含む組織を有する薄鋼板であることを特徴とする高強度薄鋼板の製造方法。
(9)(7)または(8)において、前記加熱した作動ガスの温度が、500〜1000℃の範囲の温度であることを特徴とする高強度薄鋼板の製造方法。
(10)(7)ないし(9)のいずれかにおいて、前記鉄基粒子が、粒子径:1〜100μmであることを特徴とする高強度薄鋼板の製造方法。
(11)(7)ないし(10)のいずれかにおいて、前記堆積層を形成したのち、前記薄鋼板に、さらに、焼鈍温度:700℃〜900℃の範囲の温度で焼鈍を行う焼鈍処理を施すことを特徴とする高強度薄鋼板の製造方法。
本発明によれば、自動車構造部材に適用可能な、引張強さTS:980MPa以上の高強度と、延性や曲げ性などの優れた成形性とを兼備する高強度薄鋼板を容易に製造でき、産業上格段の効果を奏する。また、本発明高強度薄鋼板を自動車構造部材に適用すれば、より一層の乗員の安全性確保ができるとともに、大幅な車体軽量化が可能で、より一層の燃費向上を図ることが期待できるという効果もある。
本発明高強度薄鋼板は、基板部と、該基板部の少なくとも一方の表面に堆積層を有し、引張強さTS:980MPa以上で、強度−伸びバランスTS×Elが18000MPa%以上となる薄鋼板である。自動車構造部品などへの適用を考えた場合には、高い延性が必要であり、強度−伸びバランスTS×Elで18000MPa%以上を有する必要がある。なお、高強度と優れた成形性をバランスよく確保するためには、強度−伸びバランスTS×Elは、引張強さTSが980〜1180MPaの場合には22000MPa%以上、1180〜1480MPaの場合には20000MPa%以上、1480〜1780MPaの場合には、18000MPa%以上とすることが好ましい。
上記した強度を有し、上記した強度−伸びバランスTS×Elを確保するために、本発明では、基板部は、質量%で、C:0.10%以上を含み、ビッカース硬さで300HV以上の硬さを有することとする。なお、以下、組成における質量%は単に%で記す。
基板部は、最終製品(薄鋼板)の強度に大きく影響するため、充分な強度を保有する必要がある。そのため、基板部は、0.10%以上のCを含有する。
Cは、固溶強化により、さらには焼入れ性の向上を介して、鋼を強化する作用を有する重要な元素で、所望の高強度を確保するために0.10%以上の含有を必要とする。Cが0.10%未満では、最終製品(薄鋼板)で引張強さTS:980MPa以上を確保することが困難になる。このため、基板部のCを0.10%以上に限定した。なお、好ましくは0.15%以上である。基板部のCの上限はとくに限定しないが、所望の溶接性、靭性を確保する観点から、0.7%をその上限とすることが好ましい。
なお、基板部は、上記したC以外の成分はとくに限定する必要はないが、所望の高強度を確保するため、また必要な延性、靭性を確保するために必要な、C以外の合金元素を含有してもよいことはいうまでもない。C以外の合金元素としては、Si、Mn、P、S、Al、N、Ti、Nb、V、Cr、Mo、Ni、Cu、B、Caなどが例示できる。
さらに、基板部は、上記したCを含み、さらにビッカース硬さで300HV以上の硬さを有する。基板部が、ビッカース硬さで300HV未満では、最終製品(薄鋼板)で引張強さTS:980MPa以上を確保することが困難になる。基板部のビッカース硬さが300HV未満である場合に、最終製品の所望の高強度(TS:980MPa以上)を確保するためには、軟質である堆積層の厚さを低減する必要があり、その場合、充分な成形性向上の効果を得ることができなくなる。このため、基板部は、ビッカース硬さで300HV以上の硬さを有することとした。
さらに、基板部は、残留オーステナイト(γ)相を体積率で3%以上を含む組織とすることが好ましい。基板部に残留γ相を含むことにより、表面に軟質な堆積層を形成することによる成形性向上効果が、飛躍的に向上する。これは、軟質な堆積層による塑性拘束と、基板部に残留γ相を含有することによる歪の伝播性の向上とが、相乗的に作用した結果であると考えられる。このような効果は、体積率で3%以上の残留γ相を含有することにより顕著となる。なお、好ましくは10%以上である。残留γ相の含有は、所望の強度確保という観点から、50%以下である。
なお、基板部の組織は、残留γ相以外の構成相についてとくに限定する必要はないが、所望の強度、延性に応じて適宜決定すればよいが、最終製品(薄鋼板)で引張強さTS:980MPa以上を確保するためには、マルテンサイト相またはベイナイト相を主相とすることが好ましい。ここでいう「主相」とは、組織全体に対する面積率で50%以上を占める相をいう。ここでいう「マルテンサイト」は、焼戻マルテンサイト、焼戻しをされていないフレッシュマルテンサイトのいずれをも含むものとする。また、主相以外の第二相としては、残留γ相、あるいはさらに、フェライト相、パーライトなどが例示できるが、第二相のフェライト相、パーライトは0%であってもよい。
なお、最終製品(薄鋼板)で引張強さTS:980MPa以上、伸びEl:18%以上を安定して確保するためには、基板部が、C:0.10〜0.70%、Si:0.001〜2.0%、Mn:1.0〜5.0%、P:0.001〜0.1%、S:0.0001〜0.005%、Al:0.001〜1.0%、N:0.001〜0.02%、を含み、あるいはさらにCu:0.01〜1.0%、Ni:0.01〜1.0%、Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜1.0%、Ti:0.001〜0.2%、Nb:0.001〜0.2%、V:0.001〜0.2%、B:0.0001〜0.005%のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、Ca:0.0001〜0.01%、REM:0.0001〜0.01%のうちから選ばれた1種または2種、を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有することが好ましい。
さらに、本発明高強度薄鋼板では、基板部の少なくとも一方の表面に堆積層を有する。
本発明では、堆積層は、鉄基粒子を用いてコールドスプレー法により形成された層とし、C:0.20%未満を含み、ビッカース硬さで300HV未満の硬さを有する層とで、基板部に比べて軟質な層とする。
基板部表面に形成される堆積層は、最終製品の成形性に大きく影響するため、高い塑性変形能を有する必要がある。そのため、本発明では、堆積層は、C:0.20%未満に限定する。
Cは、固溶強化により鋼を強化する作用を有する元素であるが、焼入れ性を向上させる作用も有する。そのため、Cを0.20%以上と過剰に含有すると、コールドスプレー法による堆積の過程で、過度な硬化や部分的な焼入れによる硬質化が生じ、成形性が低下する場合があり、最終製品で所望の成形性を確保することが困難となる。このため、堆積部のCは0.20%未満に限定した。なお、好ましくは0.10%未満である。成形性の向上という観点からは、Cはできるだけ低減することが好ましいが、溶製技術の観点からその範囲を、0.0005%以上とすることが好ましい。
なお、堆積部は、上記したC以外の成分はとくに限定する必要はないが、所望の成形性を確保するために必要な、C以外の合金元素を含有してもよいことはいうまでもない。C以外の合金元素としては、Si、Mn、P、S、Al、N、Ti、Nb、V、Cr、Mo、Ni、Cu、B、Caなどが例示できる。
さらに、堆積部は、上記したCを含み、さらにビッカース硬さで300HV未満の硬さを有する。堆積部が、ビッカース硬さで300HV以上では、最終製品(薄鋼板)での堆積層による成形性向上効果が得られない。このため、堆積部は、ビッカース硬さで300HV未満に限定した。なお、好ましくは250HV以下である。
また、堆積部の組織は、とくに限定する必要はないが、軟質層とするために、フェライト相を主相とすることが好ましい。ここでいう「主相」とは、面積率で50%以上を占有する相とする。主相以外の第二相は、面積率で10%以下のパーライト、ベイナイト、マルテンサイト等が例示できる。
また、堆積部は、気孔率を面積率で10%未満とすることが好ましい。
コールドスプレー法は、微粒子を高速、高圧で基板に吹付けることで堆積層を形成する。しかし、衝突速度、突出圧力、粒子サイズ等の条件が不適切である場合には、基板に付着した粒子間に空隙が残り、堆積層中に気孔を生じる場合がある。この気孔が多いと、堆積層が塑性変形時に分断されやすく、また、堆積層の密着性が低下して塑性加工時に剥離しやすくなる。このため、堆積層による延性向上効果を十分に発揮できなくなる。堆積層形成による塑性変形能の向上効果を十分に発現させるためには、堆積層の気孔率は面積率で10%未満とする必要がある。
なお、最終製品(薄鋼板)で、TS×El:18000MPa%以上を安定して確保するためには、堆積部が、C:0.20%未満、Si:0.001〜1.0%、Mn:0.01〜2.0%、P:0.001〜0.03%、S:0.0001〜0.003%、Al:0.001〜0.1%、N:0.001〜0.005%を含み、あるいはさらにCu:0.01〜1.0%、Ni:0.01〜1.0%、Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜1.0%、Ti:0.001〜0.05%、Nb:0.001〜0.05%、V:0.001〜0.2%、B:0.0001〜0.002%のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、Ca:0.0001〜0.01%、REM:0.0001〜0.01%のうちから選ばれた1種または2種、を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有することが好ましい。
また、本発明高強度薄鋼板では、堆積層の厚さが、表裏面合計で、基板部厚さに対する比率で0.10〜0.80の範囲とすることが好ましい。堆積層の厚さが0.10未満では、塑性拘束が不足し、所望の最終製品の成形性を確保することが困難となる。一方、0.80超では、軟質な層が多くなりすぎて、所望の最終製品の強度を確保することが困難となる。このため、堆積層の厚さは表裏面合計で、基板部厚さに対する比率で0.10〜0.80の範囲に限定することが好ましい。
さらに、本発明高強度薄鋼板では、基板部と堆積層との界面近傍に、界面の密着性を向上させるために、拡散層を有することが好ましい。拡散層は、堆積層を形成した後に、焼鈍処理を施すことにより形成できる。拡散層は、基板部と堆積層の界面付近で熱処理などにより原子の拡散が生じることにより形成され、この領域内では化学成分や硬さが滑らかに変化している。このため、拡散層を有することにより、軟質な堆積層による塑性拘束作用が高められ、成形性をより向上させることができる。
つぎに、本発明高強度薄鋼板の好ましい製造方法について説明する。
本発明高強度薄鋼板では、基板を用意し、該基板の少なくとも片面に、コールドスプレー法で堆積層を形成する。
使用する基板は、上記したような組成、すなわち、質量%で、C:0.10%以上を含み、かつビッカース硬さで300HV以上の硬さを有する高強度薄鋼板とする。さらに詳しくは、質量%で、C:0.10〜0.70%、Si:0.001〜2.0%、Mn:1.0〜5.0%、P:0.001〜0.1%、S:0.0001〜0.005%、Al:0.001〜1.0%、N:0.001〜0.02%、を含み、あるいはさらにCu:0.01〜1.0%、Ni:0.01〜1.0%、Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜1.0%、Ti:0.001〜0.02%、Nb:0.001〜0.2%、V:0.001〜0.2%、B:0.0001〜0.005%のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、Ca:0.0001〜0.01%、REM:0.0001〜0.01%のうちから選ばれた1種または2種、を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成と、TS:980MPa以上の強度を有する高強度薄鋼板とすることが好ましい。なお、基板とする高強度薄鋼板は、残留γ相を体積率で3%以上を含み、マルテンサイト相、ベイナイト相を主体とする組織を有する鋼板とすることが好ましい。
基板とする鋼板は、コールドスプレー法で堆積層を形成する際に、所望の強度、特性を保持していればよく、その製造方法については、とくに限定する必要はない。また、基板の板厚は、目的や用途に応じて適宜設定できる。なお、汎用性を考慮して、基板は、熱延鋼板、冷延鋼板のいずれかとすることが好ましい。その製造方法としては、公知の薄鋼板の製造方法がいずれも適用できる。例えば、熱延鋼板では、連続鋳造法、造塊法、薄スラブ鋳造法などにより製造されたスラブを、再加熱して粗圧延および仕上圧延を行う熱間圧延を施し、引続き、ランアウトテーブル上で所定の冷却を施し、巻き取る方法が、また、冷延鋼板では、熱延鋼板にさらに、酸洗によりスケールを除去したのち、冷間圧延を施し、さらに連続焼鈍法、箱焼鈍法などの常用の焼鈍処理を施す方法が、例示できる。
このような組成、組織、強度を有する薄鋼板を基板とし、該基板の少なくとも片面に、鉄基粒子を用いたコールドスプレー法で所定厚さの堆積層を形成する。
本発明で使用するコールドスプレー法は、粒子を、所定の温度に加熱した作動ガスと混合して、スプレーノズルから、基板に高速で衝突させて、堆積層を得る方法である。本発明で使用する装置はとくに限定する必要はなく、常用のコールドスプレー装置がいずれも適用できる。
コールドスプレー装置は、例えば、作動ガス供給装置、作動ガス加熱装置(ヒータ)、粒子供給装置、作動ガスと粒子を混合させるスプレーガンおよび粒子を基板に吹き付けるノズル等から構成される。なお、作動ガスは、通常、ヘリウム、窒素、大気、あるいはそれらの混合ガスを用いる。
本発明では、使用する粒子は鉄基粒子とする。使用する鉄基粒子は、質量%でC:0.20%未満で、かつ次(1)式
Mneq=Mn+0.26×Si+1.3×Cr+3.5×P+2.68×Mo+180×B+0.37×Ni+0.46×Cu ‥‥(1)
(ここで、Mn、Si、Cr、P、Mo、B、Ni、Cu:各元素の含有量(質量%))
で定義されるMneqが2.5未満を満足する鉄基粒子とする。なお、(1)式を計算するに際しては、表示された元素のうち、含有しない元素については零として計算するものとする。
本発明高強度薄鋼板では、優れた成形性を確保するため、形成される堆積層には、基板部に対して充分に高い塑性変形能を有することが要求される。このため、コールドスプレー時に鉄基粒子を基板に衝突させて、高温状態で堆積する際に、あるいはコールドスプレー後の熱処理時に、低温変態相などの硬質な組織が発現することを回避する必要がある。このようなことから、本発明では、使用する鉄基粉末を、C:0.20%未満で、かつMneqが2.5未満の鉄基粉末とした。ここでいう「Mneq」は、鋼の焼入れ性を示す指標で、この値が大きいほど焼入れ性が高く、コールドスプレー処理あるいは引続く熱処理を施され、冷却された後に、高い硬さを示しやすくなる。
鉄基粉末のC含有量が、0.20%以上では、堆積層が硬質化するとともに、塑性変形能が著しく低下し、堆積層による成形性向上効果が充分に発揮できない。また、鉄基粉末のMneqが2.5以上となると、C:0.20%未満であっても、硬化する部分が生じ、延性が著しく低下し、堆積層による成形性向上効果が充分に発揮できない。このようなことから、使用する鉄基粒子は、C:0.20%未満で、かつMneqが2.5未満の鉄基粉末とした。なお、鉄基粒子の組成は、粒子全体の平均的な値を用いるものとする。
なお、使用する鉄基粒子は、コールドスプレー法で形成された堆積層が上記した堆積層組成が得られるような組成を有する粒子とする。すなわち、C:0.20%未満、Si:0.001〜1.0%、Mn:0.01〜2.0%、P:0.001〜0.03%、S:0.0001〜0.003%、Al:0.001〜0.1%、N:0.001〜0.005%を含み、あるいはさらにCu:0.01〜1.0%、Ni:0.01〜1.0%、Cr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜1.0%、Ti:0.001〜0.05%、Nb:0.001〜0.05%、V:0.001〜0.2%、B:0.0001〜0.002%のうちから選ばれた1種または2種以上、および/または、Ca:0.0001〜0.01%、REM:0.0001〜0.01%のうちから選ばれた1種または2種、を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する粒子とすることが好ましい。
また、使用する鉄基粒子は、粒子径:1〜100μmであるものとする。
使用する粒子の径が100μmを超えて大きい場合には、コールドスプレー法により形成される堆積層中に比較的に大きな空隙を有するようになり、基板部との密着性が低下する。このため、堆積層による塑性拘束作用が充分に得られない。粒子径が1μm未満と小さい場合には、スプレーによる直進性が損なわれたり、単位時間あたりの堆積量が低下するなど、所望の堆積層が充分に形成されない。このため、使用する鉄基粒子の粒子径を1〜100μmの範囲に限定した。なお、好ましくは10〜80μmである。ここで、「粒子径」とは、例えばレーザ回折・散乱法などを用いて粒度分布測定を行ない、粒径と累積(積算)個数分布の関係で、累積個数が50%となる粒子径(メジアン径:d50)をいう。
つぎに、本発明で適用するコールドスプレー条件について説明する。
本発明で適用するコールドスプレー法は、鉄基粒子を、加熱した作動ガスと混合したのち、スプレーノズルを用いて、基板表面にスプレーして、堆積層を形成する。
使用する作動ガスの温度は、500〜1000℃の範囲の温度とする。
作動ガスの温度が、500℃未満と低いと、粒子に充分な運動エネルギーが付与されず、充分な厚さの堆積層を形成できない。一方、作動ガスの温度が1000℃超と高い場合には、鉄基粒子が過度に軟質化したり、あるいは溶融するため、所望厚さの堆積層が形成できない。このため、作動ガスの温度は500〜1000℃の範囲の温度とする。なお、ここで言う「作動ガス温度」とは、スプレーノズル入口での温度である。
また、作動ガスの圧力は、本発明ではとくに限定する必要はないが、緻密な堆積層を形成するという観点から、1MPa以上とすることが好ましい。なお、ここでいう「作動ガスの圧力」とは、スプレーノズル入口での圧力である。なお、作動ガスの圧力は、粒子の衝突速度が、200〜1000m/s、もしくはそれ以上となるように選定することが好ましい。
コールドスプレー法で形成する堆積層は、表裏面合計で、基板の厚さに対する比率で0.10〜0.80の厚さとすることが好ましい。堆積層の厚さが0.10未満では、塑性拘束が不足し、所望の最終製品の成形性を確保することが困難となる。一方、0.80超えでは、軟質な層が多くなりすぎて、所望の最終製品の強度を確保することが困難となる。
上記したように、堆積層を形成したのち、本発明では、さらに、焼鈍温度:700〜900℃の範囲の温度で焼鈍処理を施すことが好ましい。
堆積層と基板部との密着性を向上するため、薄鋼板に焼鈍処理を施すことが好ましい。焼鈍処理を施すことにより、堆積層と基板部の界面近傍で、原子の相互拡散が行われ、拡散層を形成し、界面の密着性を効果的に高めることができる。焼鈍温度が700℃未満と低い場合には、十分に原子の拡散が行われず、さらに基板部が焼戻により強度が低下する場合がある。一方、焼鈍温度が900℃を超えて高い場合には、原子の拡散量が大き過ぎて、基板部と堆積層の間の組成差が認められなくなり、所望の塑性拘束効果を得ることができなくなる。このようなことから、焼鈍処理の温度は700〜900℃の範囲の温度に限定することが好ましい。なお、本発明における焼鈍処理は、上記した拡散層の形成以外に、基板部の強度、延性を調整する目的で、温度、冷却条件を調整してもよい。
また、堆積層を形成した後に、表面の平滑化や形状矯正などを目的として、圧下率:10%未満の冷間圧延を施してもよい。
以下、実施例に基づき、さらに本発明について説明する。
基板用として、表1に示す組成の薄鋼板を準備した。これら鋼板は、真空溶解炉で溶製し、鋳造して鋼塊とし、熱間圧延と、その後の冷却により、あるいは熱間圧延により得られた熱延板にさらに焼鈍処理を施し、あるいは熱延板に酸洗と、冷間圧延とさらに焼鈍を施して、製造された薄鋼板である。
なお、基板として用いる薄鋼板について、組織、引張特性、硬さを調査した。
基板として用いる薄鋼板から、組織観察用試験片を採取し、圧延方向に平行な板厚断面を観察面として、研磨、腐食(腐食液:3vol.%ナイタール)し、走査型電子顕微鏡(SEM)(倍率:3000倍)で10視野観察し、組織を同定し、画像処理により組織分率(面積%)を算出した。
また、基板として用いる薄鋼板から、圧延方向と直角方向にJIS 5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠して、クロスヘッド速度:20mm/minで引張試験を実施し、引張特性(引張強さTS、全伸びEl)を測定した。
また、基板として用いる薄鋼板から、硬さ測定用試験片を採取し、ビッカース硬度計(試験力:10N)を用いて、JIS Z 2241に準拠して板厚1/4位置で5点測定しビッカース硬さHVを、5点測定し、算術平均して当該鋼板の硬さHVとした。
得られた結果を表1に併記した。
Figure 2015193891
さらに、コールドスプレー法で、堆積層形成用として用いる鉄基粒子として、表2に示す組成を有する鉄基粒子(ガスアトマイズ製粒子)を準備した。なお、使用する鉄基粒子は、粉砕、篩いによる分級を繰返して、0.2〜200μm範囲の所定の粒子径となるように調整したものを使用した。
表1に示す基板表面に、表2に示す鉄基粒子を用いたコールドスプレー法で堆積層を形成した。作動ガスを窒素ガスとし、該作動ガスをコールドスプレー装置のヒータで表3に示す温度に加熱し、加熱した作動ガスに、コールドスプレー装置の粒子供給装置から鉄基粒子を供給して混合し、スプレーノズルで、基板に吹き付けた。なお、作動ガス圧は3MPaとした。また、所定の堆積層厚となるように、機械制御でノズルの走査速度を調整した。なお、一部の鋼板については表3に示す熱処理(加熱後空冷)を施した。
Figure 2015193891
得られた鋼板(薄鋼板)について、組織観察、引張試験、硬さ試験、曲げ試験を実施した。なお、堆積層形成後の鋼板板厚、堆積層厚さ、気孔率についても測定した。試験方法はつぎのとおりとした。なお、堆積層の組成は、粒子組成とほとんど変化なかったので省略した。
(1)組織観察
得られた鋼板(薄鋼板)から、組織観察用試験片を採取し、圧延方向断面を研磨、腐食(腐食液:ナイタール液)して、光学顕微鏡(倍率:1000倍)および走査型電子顕微鏡(倍率:3000倍)を用いて、主として堆積層の組織を観察し、組織の同定および、画像処理を用いて組織分率を算出した。なお、基板部の組織は、高温での熱処理を施されたもの以外は、ほぼ堆積層形成前と同じであった。
なお、堆積層の気孔率は、組織写真から、気孔部を同定し、画像処理で、面積率を求めた。
また、堆積層形成後の板厚は、得られた鋼板の10箇所で代表し、マイクロメータで測定し、その算術平均を当該鋼板の板厚とした。
また、得られた鋼板の堆積層の厚さは、得られた鋼板の10箇所で代表し、その断面を板厚方向に、電子線マイクロアナライザー(EPMA)で元素分析を行ない、堆積層側の成分組成から基板側の成分組成に変化する遷移領域の中央位置を、堆積層と基板との境界と定義して、堆積層の厚さをそれぞれ測定し、その算術平均を当該鋼板の堆積層厚とした。
なお、基板部板厚方向中央部が観察面となるように、X線回折用試験片を採取し、観察面をバフ研磨したのち化学研磨を施し、X線回折を行なって、残留オーステナイト(γ)相の含有量を測定した。γ相の(200)面、(220)面、(311)面とα鉄の(220)面、(211)面のピークの積分強度についてすべての組合せについて強度比を算出し、これらの平均値を残留γ量とした。なお、得られた残留γ量を面積%に換算した。
(3)引張試験
得られた鋼板(薄鋼板)から、圧延方向と直角方向にJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠して、クロスヘッド速度:20mm/minで引張試験を実施し、引張特性(引張強さTS、全伸びEl)を測定した。
(4)硬さ試験
得られた鋼板(薄鋼板)から、硬さ測定用試験片を採取し、ビッカース硬度計(試験力:10N)を用いて、JIS Z 2241に準拠して測定した。なお、測定位置は、基板部では基板(堆積層形成前の状態)の板厚方向1/4位置相当箇所で、堆積部では堆積による板厚増加分の1/2に相当する箇所とした。各箇所でそれぞれ5点、ビッカース硬さHVを測定し、算術平均して当該箇所の硬さとした。
(5)曲げ試験
得られた鋼板(薄鋼板)から、圧延方向と直角方向に短冊状の曲げ試験片(幅30mm×長さ120mm)を採取した。試験片端部を表面粗さRyが1.6〜6.3Sとなるように平滑にした後、JIS Z 2248の規定に準拠してVブロック法により、曲げ角度:90°で、曲げ半径を変えて曲げ試験を行った。亀裂やネッキングの生じない最小の曲げ半径を求め、限界曲げ半径Rとした。なお、亀裂の判定は、極微小の割れを確認するために、曲げ外側表面を拡大鏡(倍率:50倍)で観察することにより行った。限界曲げ半径Rを板厚tで除した、R/tを求め、曲げ性を評価した。
得られた結果を表4に示す。
Figure 2015193891
Figure 2015193891
Figure 2015193891
本発明例はいずれも、引張強さTSが980MPa以上で、TS×Elが18000MPa%以上と、高強度でかつ優れた成形性を示す鋼板である。また、本発明例はいずれも、曲げ性に優れ、R/tがTS:980〜1180MPaの範囲では1.5以下、1180〜1480MPaの範囲では2.0以下、1480〜1780MPaの範囲では、2.5以下であった。
一方、本発明の範囲を外れる比較例は、所望の高強度および所望の優れた成形性(TS×El:18000MPa%以上)を確保できていない。
鋼板No.4,No.15,No.21は、堆積層厚さが薄く、堆積層による塑性拘束効果が不足して、所望の成形性(TS×El:18000MPa%以上)を確保できていない。
また、鋼板No.6は、熱処理の加熱温度が高すぎて、堆積層の硬さが増加し、堆積層と基板部との特性差がなくなり、堆積層による塑性拘束効果が不足して、所望の成形性(TS×El:18000MPa%以上)を確保できていない。
また、鋼板No.12は、使用したコールドスプレー用鉄基粒子の粒径が大きく、所望の気孔率を確保できず、所望の成形性を確保できていない。
また、鋼板No.20は、熱処理温度が低いため、焼戻による軟化が顕著となり、所望の高強度が確保できていない。
また、鋼板No.23,No.24は、使用した基板の強度が不足しているため、堆積層を形成したのちも、所望の高強度が確保できていない。
また、鋼板No.25,No.26,No.27は、コールドスプレー用鉄基粒子の組成が適正な範囲を外れているため、所望の成形性が確保できていない。また、曲げ性も不足している。

Claims (11)

  1. 基板部と、該基板部の少なくとも一方の表面に堆積層を有してなる薄鋼板であって、前記基板部が、質量%で、C:0.10%以上を含み、ビッカース硬さで300HV以上の硬さを有し、前記堆積層が、鉄基粒子を用いてコールドスプレー法により形成された層で、質量%で、C:0.20%未満を含み、ビッカース硬さで300HV未満の硬さを有する層であることを特徴とする成形性に優れた高強度薄鋼板。
  2. 前記堆積層が、表裏面合計で、前記基板部の厚さに対する比率で0.10〜0.80の厚さを有することを特徴とする請求項1に記載の高強度薄鋼板。
  3. 前記堆積層が、気孔率:10%未満であることを特徴とする請求項1または2に記載の高強度薄鋼板。
  4. 前記基板部が、残留オーステナイトを体積率で3%以上を含む組織を有することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の高強度薄鋼板。
  5. 前記基板部と前記堆積層との間に拡散層を有することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の高強度薄鋼板。
  6. 前記高強度薄鋼板が、引張強さTS:980MPa以上を有し、強度−伸びバランスTS×Elが18000MPa%以上を有することを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の高強度薄鋼板。
  7. 基板の少なくとも一方の表面に堆積層を有する薄鋼板の製造方法であって、
    前記基板を、質量%で、C:0.10%以上を含み、ビッカース硬さで300HV以上の硬さを有する薄鋼板とし、
    該基板の少なくとも一方の表面に、質量%でC:0.20%未満で、かつ下記(1)式で定義されるMneqが2.5未満を満足する鉄基粒子を、加熱した作動ガスと混合したのち、スプレーノズルを用いて、スプレーするコールドスプレー法で、堆積層を形成することを特徴とする成形性に優れた高強度薄鋼板の製造方法。

    Mneq=Mn+0.26×Si+1.3×Cr+3.5×P+2.68×Mo+180×B+0.37×Ni+0.46×Cu ‥‥(1)
    ここで、Mn、Si、Cr、P、Mo、B、Ni、Cu:各元素の含有量(質量%)
  8. 前記基板が、残留オーステナイトを体積率で3%以上を含む組織を有する薄鋼板であることを特徴とする請求項7に記載の高強度薄鋼板の製造方法。
  9. 前記加熱した作動ガスの温度が、500〜1000℃の範囲の温度であることを特徴とすることを特徴とする請求項7または8に記載の高強度薄鋼板の製造方法。
  10. 前記鉄基粒子が、粒子径:1〜100μmであることを特徴とする請求項7ないし9のいずれかに記載の高強度薄鋼板の製造方法。
  11. 前記堆積層を形成したのち、前記薄鋼板に、さらに、焼鈍温度:700℃〜900℃の範囲の温度で焼鈍を行う焼鈍処理を施すことを特徴とする請求項7ないし10のいずれかに記載の高強度薄鋼板の製造方法。
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