以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰返さない。
図1は、実施の形態に共通する溶接装置のブロック図である。なお、図1は、溶接装置が2ワイヤ溶接を行なう例を示すが、これには限定されない。たとえば、電極が消耗電極ワイヤでない溶接装置(たとえば、TIG溶接装置)などにも本発明は適用することができる。
図1を参照して、溶接装置100は、溶接トーチ14と、ワイヤ送給装置25,26と、電源装置22と、トーチ移動機構(ロボット)21と、制御装置27とを含む。溶接装置100は、消耗電極ワイヤ3と、フィラーワイヤ4とを用いた2ワイヤ溶接を行なう。
溶接トーチ14は、トーチ移動機構21に装着されている。トーチ移動機構21は、一般的にはロボットアームなどが使用されるが、他の機構であっても良い。溶接トーチ14は、コンタクトチップ1,2を有している。コンタクトチップ1には、消耗電極ワイヤ3が挿通可能な貫通孔が設けられている。コンタクトチップ2には、フィラーワイヤ4が挿通可能な貫通孔が設けられている。
2ワイヤ溶接においては、消耗電極ワイヤ3が図1中の矢印で示す溶接方向の前方に位置し、フィラーワイヤ4が溶接方向の後方に位置した状態で、溶接トーチ14がトーチ移動機構21よって溶接方向に移動される。
電源装置22は、溶接用電源23と、検出用電源24とを含む。溶接用電源23は、消耗電極ワイヤ3にアークを発生させるための電源であり、設定された溶接電圧および溶接電流に基づいてコンタクトチップ1に溶接電流および溶接電圧を供給する。溶接電圧および溶接電流の設定は、制御装置27によって行なわれる。また、溶接電圧および溶接電流の設定値は、溶接中に随時変更され得る。コンタクトチップ1は、消耗電極ワイヤ3と導通している。したがって、消耗電極ワイヤ3には、コンタクトチップ1を経由して溶接用電源23から溶接電圧および溶接電流が供給される。図示しないが、溶接用電源23は、溶接電流が流れるとオンになるウェルディングカレントリレー(WCR)を含む。制御装置27は、WCRのON・OFF状態を監視することができる。
検出用電源24は、フィラーワイヤ4が母材8に接触したことを検出するための電源である。コンタクトチップ2は、フィラーワイヤ4と導通している。したがって、フィラーワイヤ4には、コンタクトチップ2を経由して検出用電源24から検出電圧および検出電流が供給される。
制御装置27は、中央演算処理装置(CPU)30と、データ入力部32と、表示部34と、データベース36とを含む。データベース36には、予め実験的に求められた各種の溶接法の溶接条件を示すデータが記録されている。CPU30は、選択メニューなどを表示部34に表示させ、ユーザにデータ入力部32から必要な母材情報を入力させる。CPU30は、ユーザがデータ入力部32に入力した母材情報に基づいて、データベース36に予め記録された複数のデータのうちから1つのデータを読み出す。
CPU30は、データベース36から読み出した情報に基づいて、ワイヤ送給装置25,26と電源装置22とトーチ移動機構21とを制御する。なお、制御装置27は、電源装置22とトーチ移動機構21に分割配置されても良く、複数のコンピュータが相互通信して実現されるものであっても良い。
図2は、トーチ移動機構の一例である溶接ロボットに溶接トーチおよびワイヤ送給装置が装着された具体的な形状を説明するための図である。
図2を参照して、トーチ移動機構21(以下、ロボット21と称する)のアームの先端に溶接トーチ14が装着される。また、ワイヤ送給装置25,26は、アーム上腕部の関節付近に装着される。
ワイヤ送給装置25は、消耗電極ワイヤ3を送給する。ワイヤ送給装置26は、フィラーワイヤ4を送給する。ワイヤ送給装置25,26は、各々が、モータなどの駆動源を有しており、消耗電極ワイヤ3とフィラーワイヤ4とを個別に送給することが可能である。
図3は、フィラーワイヤの先端部の母材からの距離Dを説明するための図である。図3を参照して、フィラーワイヤ4が送給されると母材と接触する点を点Pとすると、点Pとフィラーワイヤ4の先端との間の距離を距離Dとする。溶接開始時に距離Dが短すぎると、送給開始タイミングが早すぎることになり、溶融池が形成されていない母材8にフィラーワイヤ4が衝突してしまう。これは、フィラーワイヤ4の座屈や折損を生じるおそれがある。一方、溶接開始時に距離Dが長すぎると、フィラーワイヤ4の送給開始タイミングが遅すぎることになり、溶融池が形成されたにもかかわらずフィラーワイヤ4が供給されない箇所ができてしまう。この箇所に形成された溶接ビードは極端に肉痩せすることとなり、溶接割れなどの溶接欠陥の原因となってしまう。したがって、距離Dは、溶接開始時には、適切な値に設定される。
距離Dとフィラーワイヤの送給速度と送給開始タイミングとによって、適正に形成された溶融池にフィラーワイヤが挿入されるか否かが決まる。母材の板厚、開先形状、溶接電流などを変更する場合には、距離Dとフィラーワイヤの送給速度と送給開始タイミングとを調整する必要がある。
たとえば、距離Dおよびフィラーワイヤの送給速度を一定にしたときは、送給開始タイミングを調整して母材の板厚、開先形状、溶接電流などの変更に対応することができる。
次に、溶接装置100(図1)の溶接開始時の動作についてより詳細に説明する。
再び図1を参照して、溶接装置100は、消耗電極ワイヤ3に加えてフィラーワイヤ4を使用することによって2ワイヤ溶接を行なう。具体的に、消耗電極ワイヤ3の先端と母材8の表面との間にアークを発生させ、そのアーク熱によって形成され始めた溶融池にフィラーワイヤ4を送給することによって、溶融池を溶接に適した大きさ(厚みや幅)に成長させる。これにより溶接が適切に行なわれる。
溶接開始時に消耗電極ワイヤ3の先端と母材8の表面との間にアークを発生させるための処理(以後、「アーク発生処理」という)は、溶接用電源23から消耗電極ワイヤ3に溶接電圧および溶接電流を供給することによって行なう。具体的に、消耗電極ワイヤ3に溶接電圧が印加された状態で、消耗電極ワイヤ3が送給され、母材8に接触後両者の間にアークが発生する。
アークが発生すると、アーク熱によって母材8の温度が上昇して融解し、溶融池が形成され始める。形成され始めた溶融池にフィラーワイヤ4が送給され、また、溶接方向に沿って溶接が進められる。ここで、アーク発生処理を実行してから溶融池が形成されるまでには、一定の時間が掛かる。そのため、溶接開始予定位置において、アーク発生処理を実行してからフィラーワイヤ4の送給を開始するまでの間には、適切な遅延時間(以後、「第1フィラーワイヤ送給開始遅延時間」という)が設定される。
[実施の形態1]
図4は、実施の形態1のアーク溶接方法の動作を説明するための波形図である。図4には、上からWCR信号、フィラーワイヤ4と母材8の間の検出電圧Vt1、フィラーワイヤ4の送給速度Fw1が示されている。
図1、図4を参照して、時刻t0〜t1においては、WCR信号がOFF状態において、検出電圧Vt1がフィラーワイヤ4に印加された状態で、フィラーワイヤ4の送給がワイヤ送給装置26によって行なわれる。この間は、送給速度Fw1>0となっている。
時刻t1において、フィラーワイヤ4が母材8に接触すると、検出電流が流れ、検出電圧Vt1の低下が検出される。これにより制御装置27は、ワイヤ送給装置26に送給を停止させ、時刻t2からはリトラクト(逆方向の送給)を行なわせる。この間は、送給速度Fw1<0となっている。逆送給が行なわれた結果、フィラーワイヤ4の先端が時刻t3で母材8から離れたことによって、再び検出電圧Vt1が上昇する。
そして、時刻t2〜t4の間、フィラーワイヤ4の逆送給が実行され、この逆送給の速度と時間で定まる距離が図3に示した距離Dとなる。
図5は、図4の時刻t5において、アークが発生した直後の溶接トーチとワイヤの状態を模式的に示した図である。図4、図5を参照して、時刻t5では、消耗電極ワイヤ3の送給および溶接電圧の印加された後、アークが発生し溶接電流が流れると、WCR信号がオン状態に変化する。
図6は、図4の時刻t6において、フィラーワイヤが送給開始された時点の溶接トーチとワイヤの状態を模式的に示した図である。図4、図6を参照して、時刻t6では、アーク発生後母材に入熱されたことにより、図5に示したよりもアーク長が長く、溶融池の大きさが大きくなっている。しかし、まだ溶融池の成長は不十分である。
図7は、図4の時刻t7において、溶融池の形成が完了した状態の溶接トーチとワイヤの状態を模式的に示した図である。図4、図7を参照して、時刻t7では、溶融池は適正な大きさに成長しており、ちょうどそのタイミングでフィラーワイヤの先端は距離Dだけ送給され溶融池に挿入されている。
時刻t5から第1フィラーワイヤ送給開始遅延時間TD後の時刻t6において、フィラーワイヤ4の送給が開始され、時刻t7において、溶融池にフィラーワイヤ4が接触することによって検出電圧Vtが低下する。なお、時刻t7では、母材は適正な溶融池の形成が完了した状態となっている。以降は、このアーク状態が維持されたまま溶接が実行される。
時刻t5〜t7は、アークがスタートしてから溶融池の形成が完了するまでの時間、すなわち溶融池形成時間T1である。溶融池形成時間T1と送給開始遅延時間TDとの差(T1−TD)は、フィラーワイヤが空走する時間を示す。この値とフィラーワイヤ送給速度Fw1と図3の距離Dとの間には、次式(1)に示す関係が成立する。
(T1−TD)×Fw1=D …(1)
なお、溶接装置の制御パラメータとしては、送給開始遅延時間TDのほうが直接的に使用しやすいため、次式(2)で送給開始遅延時間TDを算出してもよい。
TD=T1−D/Fw1 …(2)
図8は、実施の形態1において実行される溶接スタート時の溶接条件の読み込み動作を説明するためのフローチャートである。
図1、図8を参照して、まずステップS1において、CPU30は、表示部34にメニューなどを表示し、溶接法、ワイヤ材質、ワイヤ径、ガス種類などの情報の入力をデータ入力部32から入力するようにユーザに促し、入力を受け付ける。
この時に入力されるデータは、たとえば、溶接法(短絡溶接、パルス溶接など)、母材材質(軟鋼、ステンレス鋼など)、ワイヤ材質(=母材材質)、ワイヤ径、ガス(MAG80%Ar,20%CO2など)等の情報を含む。
続いて、ステップS2においてCPU30は、ステップS1で入力されたデータに基づいて、データベース36の中に格納されている複数のデータベースの中から使用するデータベースを選択する。
ステップS3において、CPU30は、表示部34にメニューなどを表示し、母材データ(板厚、開先形状など)および溶接仕上がり形状(たとえば脚長など)の情報の入力をユーザに促し、入力を受け付ける。
図9は、ステップS2で選択され、ステップS3で使用されるデータベースを説明するための図である。図9には、データベースの一例が示されているが、溶接法などが変わると適宜入力データや溶接条件の数や内容も変更される。図9を参照して、データ番号1には、入力データとして、板厚TH(1)、開先形状G(1)、脚長L(1)に対応する溶接条件(電流I(1),電圧V(1),溶接速度F(1))と溶融池形成時間T1(1)とが予め記録されている。データ番号2には、入力データとして、板厚TH(2)、開先形状G(2)、脚長L(2)に対応する溶接条件(電流I(2),電圧V(2),溶接速度F(2))と溶融池形成時間T1(2)とが予め記録されている。
CPU30は、図8のステップS4において、図9に示したデータベースの入力データ部分とステップS3でユーザから入力されたデータとを照合し、データベースから対応する溶接条件(電流I,電圧V,溶接速度F)を取得し、ステップS5において溶融池形成時間T1を取得する。
そして、ステップS6において、送給開始遅延時間TDを算出する。送給開始遅延時間TDの算出は、たとえば先に説明した式(2)を使用して行なうことができる。なお、実施の形態1では、図9に示したように溶融池形成時間T1をデータベースに格納していたが、溶融池形成時間T1に代えて送給速度Fw1や送給開始遅延時間TDをデータベースに格納しておいて、読み出して使用するようにしてもよい。
続いて、ステップS7においてアークの発生処理が行なわれ、ステップS8において、CPU30は、決定されたフィラーワイヤ4の制御条件を適用して溶接の開始を実行させる。
以上説明したように、実施の形態1によれば、フィラーワイヤを使用する溶接方法において、母材材質や被溶接対象物の形状が変更されたときにフィラーワイヤに関する制御パラメータを試行錯誤して決める必要がなくなり、作業効率が向上するとともに溶接品質も安定させることができる。
[実施の形態2]
アーク発生処理は、通常、溶接を開始しようとする位置(溶接開始予定位置)において行なわれる。しかし、このアーク発生処理を行なうときに、たとえば、母材の表面にスラグなどの非金属物質が存在すると、アークが発生しないことがある。実施の形態2は、このような場合にアーク発生をリトライする際のアークスタート制御に関する。
再び図1を参照して、溶接開始予定位置でアークが発生しない場合、溶接装置100は、溶接開始予定位置とは異なる位置(以後、「アーク発生処理リトライ位置」という)でアーク発生処理を実行する。アーク発生処理リトライ位置は、たとえば、溶接開始予定位置から溶接方向に進んだ位置、すなわち溶接線(溶接ライン)上のいずれかの位置とすることができる。もちろん、アーク発生処理リトライ位置は、溶接線上とは異なる位置であってもよい。また、アーク発生処理リトライ位置においてもアークが発生しないことがあるが、その場合、溶接装置100は、さらに別のアーク発生処理リトライ位置においてアーク発生処理を実行することができる。すなわち、溶接装置100は、アークの発生を試行しながら消耗電極ワイヤ3の先端を溶接開始予定位置から移動させ、いずれかのアーク発生処理リトライ位置でアークを発生させる。
アーク発生処理リトライ位置でアークが発生すると、溶接装置100は、発生したアークを維持しつつ溶接開始予定位置に移動させる。アークを維持しつつ移動させるには、消耗電極ワイヤ3と母材8との間の距離を適切に保ちながら消耗電極ワイヤ3を移動させる。消耗電極ワイヤ3は、溶接トーチ14によって、フィラーワイヤ4とともに移動する。
この移動の間、溶接装置100は、フィラーワイヤ4の送給は行なわない。消耗電極ワイヤと母材との間にアークが発生していても、フィラーワイヤの送給を行なわなければ、アーク熱によって溶融池が形成されはじめたとしてもその成長が抑制される。これにより、アークが発生した位置と溶接開始予定位置との間に、不所望な溶接ビードが形成されるのを防ぐことができる。
アークが溶接開始予定位置まで移動した後は、フィラーワイヤ4の送給を開始し、溶接方向に沿って溶接が進められる。ここで、アークが溶接開始予定位置に到達してから溶融池が形成されるまでには、一定の時間が掛かる。そのため、アーク発生処理リトライ位置において発生したアークが、溶接開始予定位置に到達してからフィラーワイヤ4の送給を開始するまでの間にも遅延時間(以後、「第2フィラーワイヤ送給開始遅延時間」という)を設けることが好ましい。
溶接品質を向上させるためには、フィラーワイヤ4の送給は、送給開始時は比較的小さい速度で行なわれ、その後徐々に速度を上げ、最終的に一定の速度にすることがより好ましい。この変化は、溶接速度、溶接電流および溶接電圧についても同様である。そのため、フィラーワイヤ4の送給速度、溶接速度、溶接電流および溶接電圧が一定(以後、「溶接定常状態」という場合もある)になるタイミングが揃うように、それぞれの変化が適切に制御される。
アーク発生処理リトライ位置においてアークが発生した場合、そのアークが溶接開始予定位置に移動するまでの間に、アーク熱によって母材が加熱される。つまり、アークが溶接開始予定位置に到達したときには、すでに母材の温度がある程度上昇しており、比較的短時間で母材が融解して溶融池が形成され始める。ここで、アーク熱により長期間母材を加熱すると溶融池が大きくなりすぎて好ましくない。そのため、第2フィラーワイヤ送給開始遅延時間は、実施の形態1で説明した、第1フィラーワイヤ送給開始遅延時間(リトライしなかった時の送給開始遅延時間)よりも短く設定される。これにより、適切な大きさの溶融池が形成される。
さらに、アーク発生処理のリトライ位置においてアークが発生した場合は、アークが溶接開始予定位置に到達してから溶接定常状態に至るまでの時間が比較的短いため、溶接速度、溶接電流および溶接電圧も、比較的短時間で大きく変化するように制御する。
図10は、溶接開始時におけるアーク発生のリトライ動作を説明するための図である。図10には、溶接対象の一例として、2枚の金属板をL字型に組み合わせてなる母材8Aが示されている。
図1および図10を参照して、溶接開始予定位置においてアークが発生しない場合、消耗電極ワイヤ3はアーク発生処理リトライ位置に移動する(図10の「移動1」)。アーク発生処理リトライ位置でアーク発生処理を実行し、アークが発生すると、発生したアークは、消耗電極ワイヤ3の移動に伴い溶接開始予定位置に移動する(図10の「移動2」)。アークが溶接開始予定位置に移動した後、フィラーワイヤ4の送給が開始され、消耗電極ワイヤ3は溶接方向に移動する(図10の「移動3」)。
消耗電極ワイヤ3の溶接方向への移動によりアークが移動するため、溶接方向には溶融池が連続的に形成され始める。それに合わせてフィラーワイヤ4が送給されることで、溶接方向に、適切な大きさの溶融池が連続的に形成される。形成された溶融池は、アークが遠ざかるまたはアークが消滅すると、温度が低下して凝固し、溶接ビードになる。
図11は、実施の形態2の溶接開始方法により形成された溶接ビードを説明するための図である。図11は、母材とその表面に形成された溶接ビードを断面で見た図である。図11に示すように、溶接開始予定位置から溶接方向に向かって、均一な厚みの溶接ビードが形成される。このため、実施の形態2の溶接開始方法によれば、溶接箇所によって溶接ビードの形状が異なるといったことがなく、適切な溶接が行なわれることになる。
図12は、実施の形態のアーク溶接開始方法における制御を説明するためのフローチャートである。このフローチャートの処理は、図1および図2の制御装置27で実行される。
図1および図12を参照して、はじめに、ステップS11においてCPU30は、アークの発生の通常のスタート設定をデータベース36から読み出す。データベースの一例については、後に図13を用いて説明する。
そして、溶接開始予定位置においてアーク発生処理が実行される(ステップS12)。
溶接開始予定位置においてアークが発生した場合(ステップS13でYES)、通常設定でフィラーワイヤ4の送給が開始され、溶接方向に溶接が行なわれる(ステップS14)。通常設定については、後に図14を参照して説明する。ステップS14の溶接が開始されると、フローチャートの処理は終了する(ステップS23)。
溶接開始予定位置においてアークが発生しなかった場合(ステップS13でNO)、アーク発生処理が中止される(ステップS15)。アーク発生処理の中止は、たとえば、消耗電極ワイヤ3への溶接電流および溶接電圧の供給を停止することによって行なわれる。
ステップS15においてアーク発生処理が中止された後、ステップS16において、CPU30は、リトライ設定をデータベース36から読み出す。なお、ステップS16の処理は、ステップS11の処理を実行した時に同時に行っておいてもよい。この場合には、CPU30は、通常スタート設定とリトライ設定の2種類の設定をアークスタートの成否にかかわらず最初に読み出し、必要が生じたときのみリトライ設定を使用することになる。
アーク発生処理が中止された後、消耗電極ワイヤ3はアーク発生処理リトライ位置に移動される(ステップS17)。アーク発生処理リトライ位置は溶接開始予定位置以外の任意の位置でよいが、すでにアークの発生を試みて失敗した位置は除かれる。
ステップS17においてアーク発生リトライ位置に移動した後、アーク発生処理が実行される(ステップS18)。
アーク発生リトライ位置においてアークが発生した場合(ステップS19でYES)、ステップS20に処理が進められる。一方、アーク発生リトライ位置においてアークが発生しなかった場合(ステップS19でNO)、溶接処理は終了する(ステップS23)。
ステップS20では、アーク発生リトライ位置において発生したアークが維持されつつ溶接開始予定位置に移動する。このとき、フィラーワイヤ4の送給は行なわれない。このときの移動速度は、溶接が行なわれる速度とは異なる速度であってもよい。生産性などの観点から、移動速度は、アークが維持されなくなるのを回避できる(すなわちアーク切れを起こさない)程度に速い速度であることが好ましい。これにより、フィラーワイヤ4の送給による溶接が行なわれることなく、アークが溶接開始予定位置に到達する(ステップS21)。
アークが溶接開始予定位置に到達すると、リトライ設定で、フィラーワイヤ4の送給が開始され、溶接方向に溶接が行なわれる(ステップS22)。リトライ設定については、後に図15を参照して説明する。ステップS22の溶接が開始されると、フローチャートの処理は終了する(ステップS23)。
図13は、図12のステップS11およびステップS16でアクセスされるデータベースに格納されているデータの一例を示した図である。図13を参照して、データ番号1,2・・・は、通常設定のデータであり、データ番号1R,2R・・・はリトライ設定のデータである。各々のデータ番号には、板厚TH、開先形状G、脚長Lとこれらに対応する実験的に求められた溶接条件1(電流I,電圧V,溶接速度F)と溶接条件2(送給開始遅延時間TD、溶接電流増加率β1、溶接電圧増加率β2、溶接速度増加率β3)とが予め記録されている。
データ番号1には、入力データとして、板厚TH(1)、開先形状G(1)、脚長L(1)に対応する溶接条件1(電流I(1),電圧V(1),溶接速度F(1))と溶接条件2(送給開始遅延時間TD(1)、溶接電流増加率β1(1)、溶接電圧増加率β2(1)、溶接速度増加率β3(1))とが記録されている。データ番号2には、入力データとして、板厚TH(2)、開先形状G(2)、脚長L(2)に対応する溶接条件1(電流I(2),電圧V(2),溶接速度F(2))と溶接条件2(送給開始遅延時間TD(2)、溶接電流増加率β1(2)、溶接電圧増加率β2(2)、溶接速度増加率β3(2))とが記録されている。
データ番号1Rには、入力データとして、板厚TH(1)、開先形状G(1)、脚長L(1)に対応する溶接条件1(電流I(1),電圧V(1),溶接速度F(1))と溶接条件2(送給開始遅延時間TDR(1)、溶接電流増加率β1R(1)、溶接電圧増加率β2R(1)、溶接速度増加率β3R(1))とが記録されている。データ番号2Rには、入力データとして、板厚TH(2)、開先形状G(2)、脚長L(2)に対応する溶接条件1(電流I(2),電圧V(2),溶接速度F(2))と溶接条件2(送給開始遅延時間TDR(2)、溶接電流増加率β1R(2)、溶接電圧増加率β2R(2)、溶接速度増加率β3R(2))とが記録されている。
なお、実施の形態1のように溶融池形成時間T1を記録しておいてこれに基づいて対応する送給開始遅延時間TDを算出するようにしてもよい。
図14、図15を使用して、図12のステップS14およびステップS22の詳細を対比しつつ説明する。
図14は、図12のステップS14の通常設定の詳細を説明するフローチャートである。図1および図14を参照して、通常設定では、アーク発生処理を試みてから通常設定での遅延時間経過後にフィラーワイヤ4の送給を開始する(ステップS201)。アーク発生処理を試みるとは、たとえば、消耗電極ワイヤ3に溶接電圧を印加し、溶接電圧が印加された状態で消耗電極ワイヤ3が送給され、母材8に接触させて、両者の間にアークが発生するといった動作を示す。通常設定での遅延時間は、第1のフィラーワイヤ送給開始遅延時間に相当する。
ステップS201においてフィラーワイヤの送給が開始されると、そこから溶接定常状態に至るまでの間、溶接電流は増加率β1で、溶接電圧は増加率β2で、溶接速度は増加率β3で変化するように制御される(ステップS202)。
フィラーワイヤ4の送給速度、溶接速度、溶接電流、または溶接電圧が一定、つまり溶接定常状態になると、フローチャートの処理は終了する(ステップS203)。
図15は、図12のステップS22のリトライ設定の詳細を説明するフローチャートである。図1および図15を参照して、リトライ設定では、アークが溶接開始予定位置に到達してからリトライ設定での遅延時間経過後にフィラーワイヤ4の送給を開始する(ステップS301)。リトライ設定での遅延時間は、上述の第2のフィラーワイヤ送給開始遅延時間TDRに相当する。つまり、ステップS301におけるリトライ設定での遅延時間は、図14のステップS201における通常設定での遅延時間よりも短い。
ステップS301においてフィラーワイヤの送給が開始されると、そこから溶接定常状態に至るまでの間、溶接電流は増加率β1Rで、溶接電圧は増加率β2Rで、溶接速度は増加率β3Rで変化するよう制御される(ステップS302)。ステップS302における溶接電流、溶接電圧および溶接速度は、図14のステップS202における溶接電流、溶接電圧および溶接速度よりも、短時間で大きく変化する。そのため、ステップS302における溶接電流、溶接電圧および溶接速度の増加率は、図14のステップS202における溶接電流、溶接電圧および溶接速度の増加率よりも、大きい。
フィラーワイヤ4の送給速度、溶接速度、溶接電流、または溶接電圧が一定、つまり溶接定常状態になると、フローチャートの処理は終了する(ステップS303)。
図16は、実施の形態2によるアーク溶接開始方法を説明するための図である。
まず、溶接開始予定位置において失敗せずアークが発生した場合の各要素の経時変化を、図16の実線で説明する。
図1および図16を参照して、溶接開始時には、まず、時刻t10において、トーチスイッチがONになる。トーチスイッチは、溶接装置100に溶接を開始させるためのスイッチである。トーチスイッチは、たとえば、制御装置27に設けられおよび/または制御される。なお、溶接が手動で行なわれる場合、トーチスイッチは、溶接トーチ14に設けられ、作業者によって制御される。
時刻t10においてトーチスイッチがオンになると、溶接電圧Vが消耗電極ワイヤ3に印加される。また、消耗電極ワイヤ3の送給が開始される。ただし、このときの消耗電極ワイヤ3の送給速度は比較的低い速度(スローダウン速度)である。
時刻t20において、WCR(ウェルディングカレントリレー)がオン(ON)になる。すなわち、溶接電流Iが流れ始め、アークが発生する。これに伴い、溶接電圧は低下する。また、溶接速度が与えられ、進行方向に溶接が進み始める。
溶接開始予定位置でアークが発生すると、時刻t40において溶接定常状態になるよう、溶接電流I、溶接電圧V、溶接速度F、フィラーワイヤ送給速度Fw1、消耗電極ワイヤ送給速度Fw0が変化する(t20からt40の間の実線)。特に、溶接電流Iは、傾き(スロープ)が増加率β1を示すように変化する。溶接電圧Vは、傾きが増加率β2を示すように変化する。溶接速度Fは、傾きが増加率β3を示すように変化する。
また、フィラーワイヤ送給速度Fw1は、時刻t28において0から増加する。つまり、時刻t28においてフィラーワイヤの送給が開始される。時刻t10から時刻t28に至るまでの時間が、第1フィラーワイヤ送給開始遅延時間TDに相当する。
時刻t40以降、溶接電流I、溶接電圧V、溶接速度F、フィラーワイヤ送給速度Fw1、消耗電極ワイヤ送給速度Fw0がいずれも一定の状態(溶接定常状態)で、溶接方向に溶接が進められる。
一方、溶接開始予定位置ではなくアーク発生処理リトライ位置においてアークが発生した場合の各要素の経時変化を、図16の一点鎖線で説明する。
図1および図16を参照して、アーク発生処理リトライ位置において発生したアークが、溶接開始予定位置に到達した時刻は、時刻t20に対応する。この場合、時刻t30において溶接定常状態になるよう、溶接電流I、溶接電圧V、溶接速度F、フィラーワイヤ送給速度Fw1、消耗電極ワイヤ送給速度Fw0が変化する(t20からt30の間の一点鎖線)。つまり、アーク発生処理リトライ位置でアークが発生した場合、溶接開始予定位置でアークが発生した場合に溶接定常状態になる時刻t40よりも前の時刻である時刻t30で、溶接定常状態に至る。特に、溶接電流Iは、傾きが増加率β1Rを示すように変化する。溶接電圧Vは、傾きが増加率β2Rを示すように変化する。溶接速度Fは、傾き増加率β3を示すように変化する。
また、フィラーワイヤ送給速度Fw1は、時刻t25において0から増加する。つまり、時刻t25においてフィラーワイヤの送給が開始される。すなわち、時刻t20から時刻t25に至る時間が、上述の第2フィラーワイヤ送給開始遅延時間TDRに相当する。
時刻t30以降、溶接電流I、溶接電圧V、溶接速度F、フィラーワイヤ送給速度Fw1、消耗電極ワイヤ送給速度Fw0がいずれも一定の状態(溶接定常状態)で、溶接方向に溶接が進められる。
図16に示すように、溶接開始予定位置でアークが発生した場合(図16の実線)と、溶接開始予定位置とは異なる位置であるアーク発生処理リトライ位置でアークが発生した場合(図16の一点鎖線)では、フィラーワイヤの送給を開始するタイミング、溶接電流I、溶接電圧V、溶接速度Fなどの各要素が相違する。
なお、実施の形態1にも実施の形態2の増加率β1〜β3を適用して溶接開始の制御を行なってもよい。
実施の形態2の溶接方法および溶接装置によれば、アークが発生した位置が溶接開始予定位置でなかった場合であっても、アークが発生した位置と溶接開始予定位置との間に、不所望な溶接ビードが形成されるのを防ぐことができる。
また、フィラーワイヤ送給開始遅延時間や溶接電流、溶接電圧、溶接速度の各増加率をリトライ設定において適宜変更することによって、適切な大きさの溶融池を形成できる。
最後に、実施の形態1,2について再び図1等を参照して総括する。実施の形態1、2に係るアーク溶接方法は、電極(消耗電極ワイヤ3)で発生させたアークにより母材8とフィラーワイヤ4とを溶融させて溶接するアーク溶接方法である。このアーク溶接方法は、溶接開始時に、データベース36に予め記録された複数のデータ(図9、図13のNo.1,No.2・・・のデータ)から、ユーザから入力される母材情報(たとえば、板厚、開先形状、脚長等)に基づいて、1つのデータをプロセッサ30が読み出すステップ(図8のS5;図12のS11)と、読み出された1つのデータに基づいて、フィラーワイヤ4の制御条件をプロセッサ30が決定し、決定されたフィラーワイヤ4の制御条件を適用して溶接の開始をプロセッサ30が実行させるステップ(図8のS6〜S8;図12のS14)とを備える。
ユーザが母材情報を入力することにより、プロセッサがフィラーワイヤの制御条件を決定するので、ユーザの調整作業などが大幅に軽減される。
好ましくは、予め記録された複数のデータの各々は、図9に示すように、母材形状および溶接仕上がり状態を示す第1データ(入力データ)と、フィラーワイヤの制御に関する第2データ(溶融池形成時間)とを含む。読み出すステップは、母材情報と第1データを照合して1つのデータを選択する。フィラーワイヤの制御条件は、第2データに基づいて決定されるフィラーワイヤの送給開始タイミングに関する条件(送給開始遅延時間TD)を含む。
好ましくは、実施の形態2に係るアーク溶接方法は、図12に示すように、溶接開始予定位置でアークの発生に失敗した場合に、アーク発生のリトライのために溶接トーチを溶接開始予定位置とは異なるリトライ位置に移動させるステップ(S17)と、溶接開始予定位置でアークの発生に失敗した場合に、データベースに予め記録された複数のデータから、リトライのための他の1つのデータをプロセッサが読み出すステップ(S16)と、リトライ位置において発生したアークを溶接開始予定位置に移動させるステップ(S17)と、発生したアークが溶接開始予定位置に移動した後に、フィラーワイヤの送給を開始するステップ(S22)とをさらに備える。
好ましくは、図1に示すように、電極は、消耗電極ワイヤであり、フィラーワイヤ4は、消耗電極ワイヤ3の溶接方向の後方に配置される。
ユーザが母材情報を入力することにより、アーク発生に失敗しリトライを行なう場合でも、プロセッサがアーク発生リトライ時のフィラーワイヤの制御条件を決定するので、ユーザの調整作業などが大幅に軽減される。
図1に示した溶接装置100は、上記いずれかのアーク溶接方法を制御装置に実行させて溶接を行なう溶接装置である。
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。