ワイヤロープの用途を大別すると静索と動索に分けられる。静索は単に荷重が印加された状態で静止しているが、動索用ワイヤロープはロープに荷重が印加された状態でシーブを通過したり、ドラムに巻き取られたりする。
動索の典型はエレベータロープであり、このエレベータロープとして使用されるワイヤロープ101は、例えば図5に示されるように、1つの駆動モータに連動すると共にワイヤロープ101の方向を転換するシーブ102と、ワイヤロープ101の方向を転換するプーリ103とを介して、エレベータ箱104とカウンターウェイト105とを連結している。このエレベータ箱104は、シーブ102の回転とワイヤロープ101とのトラクションを利用して上昇、下降するが、このとき、ワイヤロープ101は荷重が印加された状態で曲げ応力が加わるので、単に荷重を印加した状態である静索に比べて数倍のダメージを受けることになる。
こうしたエレベータ用のワイヤロープは、従来、図6に示すように、麻等の繊維芯111の外周に複数本の側ストランド112を配して撚合した構造が採用されているが、エレベータ特有のワイヤロープとシーブとの適度なトラクションを確保するため、通常、シーブにV溝やアンダーカット溝を付ける等の工夫がなされている。このため、ワイヤロープがシーブにより曲げられたときにワイヤロープ表面とシーブ表面との接触が歪みになりやすく、ワイヤロープの素線断線が生じやすくなる虞がある。
また、近年では、図7に示すような機械室レス式のエレベータシステムが採用されるようになってきている。このシステムでは、ワイヤロープ101でエレベータ箱104を抱え上げる構造になっており、図5に示す従来のシステムに比べてワイヤロープ101が通過するシーブ102やプーリ103の数は格段に増えている。このようにワイヤロープ101がシーブ102やプーリ103を通過する回数が増えることにより、ストランド同士の接触やシーブ102やプーリ103と素線との圧接による素線の疲労断線が増大することは避けられない。
一方で、最近の機械室レスのエレベータは、構造のコンパクト化が進み、シーブ径が小さくなる傾向にあり、それに伴ってワイヤロープの細径化も検討されている。しかしながら、単にワイヤロープを細径化するだけでは破断強度が低下するため、ワイヤロープの設置本数を多くする必要が生じる。したがって、従来並みの強度を確保しつつワイヤロープを細径化することが望まれている。そこで、このように高強度且つ細径化の施策としては、ロープに占める鋼素線の充填率(有効断面積)を増やすか、あるいは強度の高い素線を使用することが一般的に知られている。
また、上述したシーブ曲げによって隣接するストランド同士の接触疲労断線を防止し、且つロープに占める鋼素線の充填率を増やして伸びを少なくする先行技術として、鋼素線又はストランドを撚合して構成したワイヤロープ本体を樹脂被覆した芯ロープを使用し、芯ロープの周りの側ストランド間に樹脂の緩衝材を配合して撚合し、ストランド同士の接触による磨耗断線を改善する技術が開示されている(例えば、特許文献1参照)。
そしてまた、樹脂被覆ロープを用いつつ、必要なトラクション力を安定して発生させることができるエレベータ装置も紹介されている(例えば、特許文献2参照)。
次に、本発明の実施形態に係るエレベータ用ワイヤロープについて図面を参照して説明する。なお、以下に記載される実施形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこれらの実施形態にのみ限定するものではない。したがって、本発明は、その要旨を逸脱しない限り、様々な形態で実施することができる。
図1は、本発明の実施形態1にかかるエレベータ用ワイヤロープの断面図である。なお、図1では、説明を判り易くするため、各部材の厚さやサイズ、拡大・縮小率等は、実際のものとは一致させずに記載した。
図1に示すように、実施形態1にかかるエレベータ用ワイヤロープ1は、ワイヤロープ1の中心をなす芯11と、芯11の外周に沿って配設された5本の側ストランド12と、各々の側ストランド12の外側であって、互いに隣接する側ストランド12と側ストランド12との間(谷間)に各々配設され且つ側ストランド12よりも細い(径が短い)5本の補助ストランド13とを備えて構成されている。
芯11は、例えば、押し出し成型等で得られる樹脂連続体からなり、芯11の断面は円形状をなしている。芯11の材質としては、特に限定されるものではないが、ワイヤロープ1の形状を安定させるため圧縮剛性の高いものが望ましく、例えば、ポリ塩化ビニール、ナイロン、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン及びこれら樹脂の共重合体等を用いることができる。また、必要に応じてグラスファイバ等の補強繊維を樹脂に添加してもよく、補強繊維を添加することにより、引張強度、弾性率をより高くすることもできる。
芯11にいずれの材質を採用した場合でも、引張り強度が20MPa以上で且つ弾性率が500MPa以上、より好適には30MPa以上で且つ弾性率が550MPa以上の特性を有していることが好ましい。引張り強度を20MPa以上にすることで、ワイヤロープ製造時の張力でロープ製造時の張力で破断する虞がない。また、弾性率が500MPa以上なのでワイヤロープに張力が負荷された際、側ストランド12と芯11とが接触しても円形が保たれ、安定した形状が得られ、型崩れすることがない。
なお、芯11の材質として、前述したものの他、圧縮剛性を高めた密度の高い麻や、樹脂製の繊維芯等を用いてもよい。この場合、潤滑油やグリース等を芯11に良好に含浸させることができるため、ロープ内部からグリースが染み出すことにより、長期に渡ってロープ全体を潤滑できるというメリットがある。
側ストランド12の構造は、特に限定されるものではないが、実施形態1では、5×S(19)の構造を有している。即ち、側ストランド12の中心をなす芯素線21と、芯素線21の外周に沿って配設された9本の素線22と、各々の素線22の外側に配設された9本の外層素線23とを有し、芯素線21、素線22及び外層素線23を撚合した形態を有している。芯素線21、素線22及び外層素線23は、全てが普通丸線から構成されている。また、素線22は、芯素線21及び外層素線23に対し、相対的に細い(径が短い)素線から形成されている。
また、補助ストランド13の構造も特に限定されるものではないが、実施形態1では、5×P・7の構造を有している。即ち、補助ストランド13の中心をなす芯素線31と、芯素線31の外周に沿って配設された異形線である6本の外層素線32とを有し、芯素線31及び外層素線32を撚合した形態を有している。なお、芯素線31は普通丸線から構成されている。
ここで、補助ストランド13の直径は、側ストランド12の直径に比べて小さいことから、構成される素線径も自ずと小さくなってしまう。よって、ワイヤロープの早期山切れや、早期谷切れを防止する視点から見れば、摩耗しにくく且つ可能な限り太い素線径を取れる構造を選定することが望ましい。そこで、実施形態1では、補助ストランド13の構造として5×P・7の構造、即ち、7本の素線から構成された構造を採用した。このように、補助ストランド13の外層素線32を異形線で構成したことにより、外層素線32の外周表面が平坦になるので、シーブや、隣接する側ストランド12の外層素線23との接触による耐摩耗性を向上させることができる。また、外層素線32同士の接触状態が面接触となるため、耐摩耗性を向上させることができると共に、形崩れを少なくすることができる。さらにまた、外層素線32同士の間隔を小さくすることができ、実装密度(有効断面積)を向上させることができる等のメリットもある。
この構成を備えたワイヤロープ1は、断面視で、各側ストランド12の外接円(図1に符号Aで示す一点鎖線で記載した円)と、各補助ストランド13の外接円(図1に符号Bで示す一点鎖線で記載した円)とが、ワイヤロープ1の外接円(図1に符号Cで示す一点鎖線で記載した円)に内接するように形成されている。即ち、各側ストランド12の外接円Aと、各補助ストランド13の外接円Bは、ほぼ同一の円に内接するように配置されている。
また、側ストランド12と補助ストランド13の撚り長さは同じであり、補助ストランド13は、隣接する側ストランド12と互いに線接触となるように、補助ストランド13と平行に撚られている。
そしてまた、側ストランド12及び補助ストランド13を構成する各素線として、鋼素線を用いることができる。この鋼素線は、ワイヤロープに高い疲労性と強度が要求される場合、引張り強さ1600N/mm2以上の特性を有するものが使用される。このような鋼素線は、炭素含有量が0.60wt%以上の原料素線を伸線することで得ることができる。また、素線は、表面に薄い耐食性被覆、例えば亜鉛メッキ、亜鉛・アルミ合金メッキ、錫メッキ等を有していてもよい。
この実施形態1にかかるワイヤロープ1は、芯11が樹脂質連続体で構成されており、繊維芯を有する従来のワイヤロープに比べ圧縮剛性が高いことから、シーブにより繰り返し曲げを受けてもロープ断面の形崩れが小さく、したがってストランド間での相対摩擦が少なくなるため、谷切れ寿命を延ばすことができる。また、芯11として素線を用いないことから、内部の素線断線が起こらないので、保守に電磁探傷法が必要でなくなり、メンテナンスコストを低減することができる。
また、実施形態1にかかるワイヤロープ1には、補助ストランド13が設けられているため、ワイヤロープ1に占める鋼素線の充填率を上げることができる結果、ワイヤロープ1を高強度且つ細径化することができる。さらにまた、実施形態1にかかるワイヤロープ1は、補助ストランド13が設けられていないワイヤロープと比べて、ロープとシーブとの接触箇所を倍増することができるため、ロープ表面の面圧を低減することができる。したがって、摩耗による山切れの寿命を延ばすことができる。
また、本発明の必須条件ではないが、側ストランド12と補助ストランド13とを接触させて配置することで、側ストランド12の径及び補助ストランド13の径が一定(固定)となり、ワイヤロープ1の形崩れをさらに防止でき、強度をさらに向上させることができる。
次に、本発明の実施形態2にかかるワイヤロープについて説明する。図2は、実施形態2にかかるエレベータ用ワイヤロープの断面図である。なお、実施形態2では、前述した実施形態1にかかるワイヤロープ1と同様の部材には同一の符号を付し、詳細な説明は省略する。
図2に示すワイヤロープ2は、芯11の外周に沿って、配設された5本の側ストランド42と、各々の側ストランド42の外側であって、互いに隣接する側ストランド42と側ストランド42との間(谷間)に各々配設され且つ側ストランド42よりも細い(径が短い)5本の補助ストランド13とを備えて構成されている。
側ストランド42は、5×Fi(29)の構造を有している。即ち、芯素線21の外周に沿って7本の素線43を配設して撚り合わせ、且つ素線43同士の間の各谷間に細径素線44を各々配設(合計7本配設)して撚り合わせて内層とし、これらの外周に沿って外層素線45を14本配設して撚合した形態を有している。芯素線21、素線43、細径素線44及び外層素線45は、全てが普通丸線から構成されている。また、補助ストランド13は、実施形態1と同じ5×P・7の構造を備えている。
このワイヤロープ2も、ワイヤロープ1と同様に、断面視で、各側ストランド42の外接円(図2に符号Aで示す一点鎖線で記載した円)と、各補助ストランド13の外接円(図2に符号Bで示す一点鎖線で記載した円)とが、ワイヤロープ2の外接円(図2に符号Cで示す一点鎖線で記載した円)に内接するように形成されている。即ち、各側ストランド42の外接円Aと、各補助ストランド13の外接円Bは、ほぼ同一の円に内接するように配置されている。
また、側ストランド42と補助ストランド13の撚り長さは同じであり、補助ストランド13は、隣接する側ストランド42と互いに線接触となるように、補助ストランド13と平行に撚られている。
この実施形態2にかかるワイヤロープ2は、補助ストランド13の外層素線32の直径を側ストランド42の外層素線45の直径に近づけることができるため、補助ストランド13の外層素線32に素線切れが生じやすくなるという偏りをさらに防ぐことができる。
次に、本発明の実施形態3にかかるワイヤロープについて説明する。図3は、実施形態3にかかるエレベータ用ワイヤロープの断面図である。なお、実施形態3では、前述した実施形態1にかかるワイヤロープ1と同様の部材には同一の符号を付し、詳細な説明は省略する。
図3に示すワイヤロープ3は、実施形態1にかかるワイヤロープ1の各側ストランド12と各補助ストランド13との間隙に樹脂被覆体40を充填した構成を有している。この樹脂被覆体40の外表面は、断面視で、ワイヤロープ3の外接円(図3に符号Cで示す円)とほぼ一致している。また、このワイヤロープ3も、ワイヤロープ1と同様に、断面視で、各側ストランド12の外接円(図3に符号Aで示す一点鎖線で記載した円)と、各補助ストランド13の外接円(図3に符号Bで示す一点鎖線で記載した円)とが、ワイヤロープ3の外接円(図3に符号Cで示す一点鎖線で記載した円)に内接するように形成されている。
樹脂被覆体40としては、芯11と同じ系統の熱可塑性樹脂を用いることができ、例えば、ポリ塩化ビニール、ナイロン、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン及びこれら樹脂の共重合体等が一般的であるが、耐摩耗性、耐候性、柔軟性(耐ストレスクラック性)に加え、適度の弾性を有し、摩擦係数が比較的高く、加水分解しない熱可塑性樹脂、例えば、アクリル系、ポリウレタン系(エーテル系ポリウレタン)等も好適に使用することができる。
この構成を備えたワイヤロープ3は、樹脂被覆体40が各々の側ストランド12の外層素線23及び各々の補助ストランド13の外層素線32の間に入り込み、ワイヤロープ3の断面形状を安定させることができる。したがって、ワイヤロープ3がシーブから繰り返し引張り曲げを受けることにより、小径である補助ストランド13の各素線が経年的により多く伸び、たるみや浮き等の形崩れが発生することをさらに効果的に防止することができる。また、ワイヤロープ3の芯11方向に垂直な断面視(図3)で、樹脂被覆体40の外周がワイヤロープ3の外接円Cとほぼ一致している(樹脂被覆体40の頭部曲率頂面がワイヤロープ3の径に相応した輪郭をなしている)ため、ワイヤロープ3とシーブとの摩擦力を向上することができる。
次に、ワイヤロープに占める鋼素線の充填率を側ストランド数毎にグラフ化したものを図4に示す。図4には、側ストランドのみの場合と、補助ストランドを設けた場合の両方の充填率を記載した。
図4から、補助ストランドを設けたワイヤロープは、前記側ストランドのみを設けたワイヤロープに比べ、前記充填率を7〜11%程度上げることができ、ストランド数が小さい程、充填率が高くなることが分かる。
なお、前述した各実施形態では、ロープの高強度、細径化を重視して充填率が最も高くなる5ストランドのワイヤロープについて説明したが、これに限るものではない。例えば、ロープは、ストランド数が多い程、芯の占める面積を大きくすることができ、ロープの柔軟性を高くすることができる。よって、ストランド数の選定にあたっては、設計仕様に応じて最適なバランスとなる数を選定すればよい。
また、前記各実施形態では、側ストランドの構造をシール形やフィラー形としたが、これに限らず、側ストランドの構造は、例えば、ウォーリントン形、ウォーリントンシール形等、他の断面構成であってもよい。
さらにまた、近年、鋼材の伸線技術の進歩により、素線の高強度化が可能になってきている。したがって、前記各実施形態において、例えば、2000N/mm2以上の強度を有する素線を内層素線に適用し、1770N/mm2以下の強度を有する素線を外層素線に適用してもよい。この構成の場合、外層素線と接触するシーブ溝との摩耗をさらに抑えつつ、ロープの高強度化をさらに図ることができる。