JP2014141410A - 電解質を添加した移動相を用いた原子内包フラーレン塩の分離・精製方法 - Google Patents

電解質を添加した移動相を用いた原子内包フラーレン塩の分離・精製方法 Download PDF

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Abstract

【課題】原子内包フラーレン塩を必要十分な程度まで分離・精製する簡便・高収率・高効率な方法がない。
【解決手段】分離・精製向上の妨げが内包処理後の原子内包フラーレンのクラスター構造にあることから、このクラスター構造をなす原子内包フラーレンを脱電子酸化して生成した原子内包フラーレン塩を、移動相として電解質を添加した溶液を用いるHPLC法で分離・精製するようにした。
【選択図】図1

Description

本発明は、電解質を添加した溶離液を移動相に用いた高速液体クロマトグラフィー装置(High Performance Liquid Chromatography:以下、「HPLC」と略記する。)により、原子内包フラーレン塩を含有する原材料から効率よく分離、精製する原子内包フラーレン塩の分離・精製方法に関する。
フラーレンは、直径約0.7〜1.0nmのサッカーボールやラグビーボールのような対称性のよい形状をした、特異な立体構造(ケージ構造)をとる炭素の新しい分子構造体であり、12個の炭素五員環と2個以上の炭素六員環からなり実際上C60以上のサイス゛の球殻状に閉じた一般式C2n(2n≧60)で表わされる一群の炭素分子の総称である。具体例としては、C60、C70、C76、C82、C90、C96などがある。
このフラーレンはケージの内側に原子を数個程度入れることができる自由空間をもっており、不安定な原子でさえ安定に保持するカプセルの役割を担うことができるものである。
このフラーレンの内部空洞に原子(以下Mで表わす)を内包したものは、原子内包フラーレンと呼ばれ一般式M@C2n(2n≧60)で表わされる分子の総称である。ここでMは、単一もしくは複数の原子またはそれらを含む原子団であり、かならずしも単一の原子でなくてもよい。
前記の原子内包フラーレンのうちで、内包原子が金属原子であるものが金属内包フラーレンである。
内部の原子もしくは金属から炭素ケージへの電子移動に伴って、新しい電気的特性を発現することが期待されるため、この分野の研究は近年著しい進展を見せている。
特許3926331号公報 WO2007/123208号公報 特願2008−217289号 特開2006−036569号公報 特開2005−272159号公報
R.Tellgmann, E.E.B.Campbell et al., Nature, 382 (1996)407-408 「フラーレンの物理と化学」 篠原、齋藤著 名古屋大学出版会 1997年
そして、従来から、内包金属原子として周期表の3族の元素(Sc、Y、La)、ランタニド系元素、アクチノイド系元素が、また、フラーレンとしてC2n(2n≧82以上)のものが主に検討されてきている(非特許文献2)。
これに対し、よりケージ空間が小さいC60への金属原子の内包が検討されている。このサッカーボール型構造をもつC60は最も対称性の良好なフラーレンで、原子を内包させた後の解析や物性を予測する上で好都合な素材である。
また、周期表1族のアルカリ金属は1価の陽イオンとなりやすいため、アルカリ金属の内包フラーレンでは、電子をフラーレンケージに与え、電子を得たフラーレンが負の電荷を帯び、内包金属原子が正の電荷を有し、新たな物性を創出することが期待されている。
その中でもとりわけ、非常に反応性に富み、酸化数が常に+1価であるリチウム原子が内包された、リチウム原子内包C60(化学記号Li@ C60)が注目され、その有意で特異的な性質(リチウム原子は、イオン化エネルギーが小さい1族元素すなわちアルカリ金属類の中で最小径であることに由来するとされる)から、応用開発のための合成・分離の技術が検討されている。
応用面では特に、クリーンな太陽エネルギーを用いる有機薄膜太陽電池の光電変換効率向上に寄与する材料として注目を集めている。
ところで、内包フラーレンは、レーザー蒸着法、アーク放電法、イオン注入法、プラズマ照射法などにより合成される。それぞれの方法で合成された生成物の中には、この金属原子の内包フラーレン以外に、空のフラーレンや内包されなかった金属原子などの不純物が含有されている。
このため、高純度の内包フラーレンを製造するためには、合成された生成物から内包フラーレンとそのほかの不純物とを分離してから精製する必要がある。
従来、内包フラーレンの分離精製方法あるいは分離された内包フラーレンについては、非特許文献1,2、特許文献1〜5において各種技術が開示されている。それぞれの文献について以下説明する。
以下において、M@Cnなる化学式は、内包フラーレンを表す一般式であり、n個の炭素原子からなるフラーレンのケージの中にMなる原子又は分子が内包されていることを示すものである。
(非特許文献1)
非特許文献1はCampbellらのグループの研究者による報告である。
非特許文献1には、イオン注入法によるリチウム内包C60の生成が報告されている。
上記報告では、レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析装置(以下「LDI−TOF−MS」という。)の質量スペクトルにおいて、Li@C60の生成を示す質量数727でのピークの他に、質量数720の空フラーレンC60のピークも見られる。そして、ピーク強度比を見るとC60/Li@C60が1/4程度で依然C60を多く同伴しており、単一のピークを与える状態、あるいは他を圧倒するようなピークを有する略単独に分離した(単離した)状態であるとは言い難い。
(非特許文献2)
非特許文献2においては、金属内包フラーレンの分離は困難を極めることを述べつつ、その図8.9(c)において、LDI−TOF−MSにおけるLa@C82の単一のピークからLa@C82の単離に成功した旨が記載されている。
ここで記載されている技術は、吸着機構の異なる二つの固定相(カラム)を用いた二段階のHPLCにより金属内包フラーレンの分離、精製を行なうものである。その原理について次のように述べている。『金属内包フラーレンは、クロマトグラム上で空のフラーレンと同じ保持時間に表れることが多い.このような場合、吸着機能の異なる複数の固定相を用いることにより、目的とする金属内包フラーレンを空のフラーレンから完全に分離することができる。』(第206頁)。
また、M@C60に関しては、『Ca@C60とCa@C70は酸素除去下での室温のピリジンによって抽出されることを報告している。』と述べている(第221頁)。
そして、酸素除去下でなくとも、『5℃前後での超音波抽出でCa@C60は比較的効率よく抽出される。』と述べている(第232頁 注101))。
しかし、室温でのピリジンによる抽出物のLDI−TOF−MS図(図8.17)は、Ca@C60とCa@C70が完全に単離されたものではなく、Ca@C60、Ca@C70、C60、C70、C74が混在していることを示すものである。すなわち、Ca@C60あるいはCa@C70は、他の内包フラーレンあるいは空のフラーレンを同伴しており、単一のピークを与える状態、あるいは他を圧倒するようなピークを有する略単独に分離された状態である(単離)ということはできない。
そもそも、非特許文献2に記載のように、C60フラーレンを始めとする各種フラーレン類に広く適用されている分離・精製方法としては、昇華法、HPLC法、溶解度差法などが知られている。
昇華法は、物質による昇華温度の差を利用した分離・精製法で、各種フラーレン類の分離・精製に用いられる。
溶解度差法は、溶媒に対する物質による溶解度差を利用した分離・精製法で、抽出・洗浄を含め一般に広く用いられている(後述の特許文献1〜3に例示)。
カラムクロマトグラフィーの一種であるHPLC法は、対象物質と固定相(固体)および移動相(展開液、有機溶剤や水などが一般的)間の相互作用(吸着性、分配係数など)の差を利用した分離・精製法である(後述の特許文献4,5に例示)。
(特許文献1)
特許文献1には、フラーレン混合物中において、第一のフラーレン群と第二のフラーレン群とを以下により分離する方法について開示されている。
すなわち、
(ステップ1)第一と第二のフラーレン群を含むフラーレン混合物を用意する。
(ステップ2)第一もしくは第二のフラーレン群のうちどちらか一つのについて安定なフラーレンカチオンを溶媒中に形成して、フラーレンカチオンをもう一方のフラーレン群より分離する。ここでカチオン類の選択的形成は、化学的な酸化や電気化学的な酸化、又はカチオン性親電子基を化学的に付加することにより行われる。
(ステップ3)再結晶化又は沈殿化の手法により、カチオン化したフラーレンと中性フラーレンとを分離する。
そして、望ましいフラーレンを化学修飾し、目的とするフラーレン類と目的外のフラーレン類に異なる化学的特性を付与することで、これらフラーレン類の分離、精製を可能としている。
ここで、第一のフラーレン群と第二のフラーレン群との分離の例として、金属内包フラーレンと空のフラーレンとの分離も例示されている。
また、請求項28と本文明細書において、酸化容易な(酸化電位が0.8V以下の)M@C2nを含む昇華したフラーレン材料を第一の溶媒中で酸化剤(AgSbF6)に接触させることを示し、これによりM@C2nのカチオンを含有する第一の溶液を形成する手法を用いてM@C2nを精製している。
このように特許文献1では、内包フラーレンのカチオンを形成することにより内包フラーレンを分離精製するものである。そして、カチオン形成プロセスにおいて、酸化剤、プロトン剤を用いている。
特許文献1では、具体的には3つの方式を提示している。以下、それぞれの方式を述べる。
[方式1(第25頁(表3))]
以下、方式1の処理概要を順に示す。
(1)カーボンアーク方式ですすを含む空フラーレン及び内包フラーレンを合成する。
(2)すすを750℃で昇華し、昇華温度が低い炭素原子数の少ないフラーレンを昇華させ、これにより昇華せず残った巨大フラーレン類を除去する。そして、嫌気下でフラーレン昇華物を回収する。
(3)昇華物をODCB(o−ジクロロベンゼン)抽出し、その後ろ過することにより、不溶物質(C74、M@C60、M@C70、その他のM@C2n)を除去し、可溶ろ過物(M@C82、空C2n)をODCB中に抽出する。
(4)可溶ろ過物(M@C82、空C2n)をODCB中で、[Ag+][SbF6−]により酸化処理し、その後ろ過する。これにより、析出したAg金属析出物を除去するとともに、ODCB中に可溶混合物である[M@C82+][SbF6−]及び中性C2nを残す。
(5)可溶混合物をヘキサン中に析出させろ過し、可溶なろ過物であるC60とC70と、不溶な[M@C82+][SbF6−]及び中性C2nを含む固体を分離する。
(6)以降、各種工程後M@C82最終品を得る。
この方式1では、M@C82を最終品として得る処理を行っているのであり、処理過程でM@60、M@70はODCB抽出・ろ過で除去されており、そもそも単離・精製の対象とはなっていない。さらに方式1は、溶解度差法を利用した分離・精製であり、HPLC法による分離・精製ではない。
[方式2(第30頁(表4))]
以下、方式2の処理概要を順に示す。
(1)カーボンアーク方式ですすを含む空フラーレン及び内包フラーレンを合成する。
(2)すすを750℃で昇華し、昇華温度が低い炭素原子数の少ないフラーレンを昇華させ、これにより昇華せず残った巨大フラーレン類を除去する。そして、嫌気下でフラーレン昇華物を回収する。
(3)昇華物をODCBに[Ag+][SbF6−]を混入した酸化剤で抽出し、その後ろ過する。これにより、析出した不溶物質(M@C60、M@C70、C74)の除去、Ag金属析出物の除去を行い、ODCB中に可溶ろ過物である[Mm@C2n+][SbF6−]及び中性C2nを残す。
(4)ODCBに可溶ろ過物をヘキサン中に析出させろ過し、ヘキサンに可溶なろ過物であるC60とC70と、ヘキサンに不溶な[Mm@C2n+][SbF6−]及び極性が減少した中性C2nを含む固体を分離する。
(5)以降、各種工程での処理の後Mm@C2n最終品を得る。
この方式2では、最終品Mm@C2nであるが、nは36以上である(特許文献第29頁段落番号[0019])。すなわち、M@C60が単離・精製されているわけではない。
ODCB[Ag+][SbF6−]抽出工程において、M@C60、M@C70は酸化されることなく不溶物質となってしまっている。のみならず、最終品においても、Gd@C72とGd@C82とが併存している(特許文献1図6参照)。結局、方式2では、M@C2nで2n>60であっても単離されておらず、2n=60であっても単離されていない。この方式2も、溶解度差法を利用した分離・精製であり、HPLC法を用いたものではない。
[方式3(第33頁(表5))
特許文献1では、『何種かのランタノイド金属を内包するM@C2n(M=Sm、Eu、Tm、Yb及び可能性としてはEr)』については、『酸化耐性で不溶なM@C60類の性質からの逸脱を含・・・・中程度の酸化力である酸化剤を用いて酸化することができ、それによって新規な可溶性カチオンM@C60+が生ずる。』と述べている(特許文献1第32頁第11行目〜第18行目)。
(特許文献2、特許文献3)
特許文献2及び特許文献3は、本願の発明者らによる既出願になるものである。
先ず、発明者らが採用しているプラズマ照射法による内包フラーレンの合成物の製造方法と、得られたフラーレンベース材料について本願の図6〜図9を参照して説明する。
プラズマ照射法は、真空容器中で内包対象原子からなるイオンを含むプラズマ流を発生させ、発生したプラズマ流内のイオンと、フラーレンオーブンにより発生させたフラーレン蒸気とを反応させ、堆積基板上に内包フラーレンを含む膜を形成するものである。
図6は、プラズマ照射法により内包フラーレンを製造するための成膜装置の構造を説明する概略説明図である。図6で、301は真空チャンバ、302は真空ポンプ、303は電磁コイル、304,308はオーブン、305,309はノズル、306は加熱基板、307はプラズマ流、310は堆積基板、311は合成物、312はバイアス電圧の印加装置、313は加熱フィラメントを示している。
真空チャンバ301は、例えばステンレススチールなどの耐腐食性のある金属で、図6に示す横方向に長く、断面形状が円または矩形の筒状をなし筒の両開口に蓋体を設けて密閉容器状にするとともに、真空チャンバ301内の部品の交換・保守のための図示しない開閉自在で密閉できる蓋体を設けた構造をなしている。また、後述する真空ポンプ302で内部を減圧雰囲気とするので大気圧による圧力にも耐え得る構造とする。
加熱フィラメント313は、タングステンなどの高融点金属によるコイル状に巻かれた細線で作製され、後述する加熱基板306を図6に示す左側から例えば真空中で2700℃程度まで加熱するもので、真空チャンバ301の蓋体から不図示の電流導入端子を介して不図示の電源から給電される。
加熱基板306は、タングステンやレニウムなどの高融点金属による耐熱性と耐腐食性を有する板で、図6に示すように、加熱フィラメント313に対し真空チャンバ301の内側で、真空チャンバ301の中心軸に対して板面が略直交するように配設する。
堆積基板310は、ステンレススチールなどから作製される平滑面を有する板であり、図6に示すように、平滑面を加熱基板306と対向させて配設する。この堆積基板310の平滑面に所望の膜を形成する。
バイアス電圧の印加装置312は、後述するプラズマ流307により堆積基板310近傍に導かれた内包対象原子のイオンに加速エネルギーを与えるように堆積基板310に負の電圧を印加するもので、真空チャンバ301の図6に示す右側の蓋体から不図示の電流導入端子を介して一端が堆積基板310に、また他端が接地される。
真空ポンプ302は、真空チャンバ301内圧を10−4Pa程度まで減圧してプラズマの生成を容易にするとともに、ガス状態にある所望の分子の平均自由行程を大きくし、堆積基板310に到達する分子を多く確保するものである。そして、到達圧力を10−4Paより小さくすることができるように、例えば粗引きポンプとしてロータリーポンプ、補助ポンプとして拡散ポンプ、ターボ分子ポンプなどとした組み合わせで用いる。
電磁コイル303は、比較的大きな電流容量をもつ電気伝導度が良好な銅などの金属線で、真空チャンバ301の外周を巻回させた大きなコイルである。電磁コイル303に不図示の電流源から給電することで真空チャンバ301内の空間に図6に示す矢印方向の磁場Bを発生させる。
また、オーブン304,308は、気化させる材料を収納する気化装置の開口側に、図6に示すように開口を覆い曲がり管を有し不図示の加熱ヒータを設けたノズル305,309をそれぞれ密着固定したものである。そして、オーブン304,308の各々のノズル305,309を真空チャンバ301の内部に露呈させるとともに、ノズル先端部の中心軸が加熱基板306、堆積基板310の略中央に向けて設ける。
なお、成膜装置300には不図示であるが真空チャンバ301を大気圧に戻すための窒素ガスなどの開閉弁を備えた給気配管が設けられる。
このように構成した成膜装置は、例えば内包対象原子であるリチウム(以下、「Li」と記す。)を予めオーブン304に供給しておくとともに、オーブン308に例えばC60粉末などを供給しておく。
そして、先ず真空ポンプ302により真空チャンバ301内を例えば10−4Paまで減圧してから、加熱フィラメント313に不図示の電源から給電して加熱基板306を2700℃程度まで加熱する。
一方、オーブン304及びオーブン308の不図示のヒータにも通電してリチウムとC60が気化しない程度まで加熱する。このとき、加熱基板306とオーブン304,308内面からのガス放出で内圧が高くなるので、真空チャンバ301が所定の圧力となるまで真空排気を続行する。なお、このときノズル305,309も不図示のヒータにより加熱する。
次に、真空チャンバ301が所定の圧力に安定したとき、印加装置312により堆積基板310にバイアス電圧を印加する。そして、電磁コイル303に不図示の電流源から給電し真空チャンバ301内に軸Lに略平行な磁場(2〜7kG)を発生させる。
次に、リチウムが供給されているオーブン304を、減圧下での沸点より高い500〜550℃に設定し直して加熱しリチウムを気化させ、また、C60が供給されているオーブン308を、昇華温度より高い400〜650℃に設定し直して加熱しC60を気化させる。
このとき、ノズル305,309を介してオーブン304,308と真空チャンバ301との雰囲気が接続されているので、これらの中での気相状態の分子は十分大きい平均自由行程をもつものとなる。
ここで、真空チャンバ301内の気化したリチウムとC60の挙動について説明する。
気化したリチウムはノズル305から噴出し、高温の加熱基板306に衝突する。このとき、高温の加熱基板306に衝突し熱接触した気相状態のリチウム原子は、気化に伴う運動エネルギーに加えてさらに大きな熱エネルギーを供給され、リチウム原子自身が電子を離して正イオン化して近傍の電子と共に、マクロ的には中性のプラズマを形成する(熱接触電離)。
また、真空チャンバ301内には長手方向に磁場Bが形成されているので、正電荷をもつリチウムイオンはこの磁場Bから力を受けて広がることが制限される。
一方、加熱基板306で熱接触電離したリチウムイオンと電子とはペアーで運動するが、電子は圧倒的に大きな質量のリチウムイオンに引きずられる。
このようなリチウムイオンが受ける磁場Bによる広がりを抑制する力により、衝突後のリチウムイオンと電子のペアーの運動方向は真空チャンバ301の概ね長手方向となり、図6に示す右側に移動するプラズマ流307が生成される。このプラズマの流速は音速程度で、きわめて低速度といえるものである。
気化したC60は、ノズル309から真空チャンバ301内の堆積基板310に向けて噴出する。この噴出した分子は、堆積基板310の近傍に高濃度のC60雰囲気を形成する。そして、堆積基板310が小さい負電位となるように印加されているので、この堆積基板310の近傍にきわめて薄いイオンシースが形成される。そして、C60が濃密に存在する堆積基板310近傍でのみリチウムイオンが加速され、C60を破壊することなくリチウム原子が内包される。
この結果、堆積基板310上に内包フラーレンを含む反応生成物の膜を逐次生成することになる。
この方法では、プラズマ流307は比較的小さな磁場により形成され、リチウムイオン自体は堆積基板310近傍の電界で弱く加速されるため、リチウムイオンのC60分子への相互作用は物理的でなく化学的反応が主たるものとなる。この結果、C60自体が衝撃で破壊される比率が減少し、より収率の高い内包フラーレン合成ができるものとなる。
図7は、このようにして堆積基板310上に生成された膜のLDI−TOF−MS(レーザー脱離イオン化飛行時間型質量スペクトル)による質量分析結果を示し、空のC60の存在を示す質量数720のピークのほかに、Li@C60の存在を示す質量数727のピークを確認することができ、堆積膜310中にリチウムが内包されたフラーレンであるLi@C60が生成されたことがわかる。
このように堆積基板310上に生成される合成膜は、C60とC60のケージ中にリチウム原子が内包されたLi@C60だけでなく、内包されていないリチウム原子なども混在した混合膜(以下、この段階の混合膜を「内包フラーレン未精製物」という)が得られる。
特許文献2において本願発明者らは上述のプラズマ照射法により内包対象原子等のフラーレンへの内包化を行い、対象原子を内包させたフラーレンを含有する合成物の製造方法と、この合成物を溶媒等で抽出・精製して得られる析出物であるフラーレンベース材料(「TCE」とも称する)が1個の内包フラーレンの周りに複数の空フラーレンが取り囲んで結合したクラスター構造をなしていることを示した。
この特許文献2のフラーレンベース材料の製造方法は、内包フラーレンを含む合成物から、少なくとも、水系溶媒により内包されなかった内包対象原子と内包対象原子の化合物を除去する第一の処理と、内包フラーレンを溶媒に抽出する第二の処理と、再沈法により空のフラーレンを除去する第三の処理を行うことにより、内包フラーレンを含む分子クラスターを分離精製するものである。
このように、内包フラーレンの分離精製を、少なくとも、未反応の内包対象原子の除去工程と、内包フラーレンの溶媒抽出工程と、再沈法による空のフラーレンの除去工程とからなる複合工程により行うことで、溶媒抽出だけでは不十分であった内包フラーレンの分離精製を、高純度に行い、また、合成物から精製して回収できる内包フラーレンの量の収率の向上させている。
なお、特許文献2には、溶液中の生成物の粒径分布を動的光散乱法により測定したものが示してあり、C60の溶液中での粒径分布からC60の径サイズが0.7nmにピークをもっていること、クロロナフタレン溶液中の粒径分布からこの溶液中の粒子の径サイズが4〜6nmにピークをもっていることを述べている。
(特許文献3) IS503単離した内包フラーレン特許
このため特許文献3においては、特許文献2記載の処理に代えて、空のフラーレンと内包フラーレンとの結合力を断ちクラスター構造をなすフラーレンベース材料をさらに分離・精製することを行った。
特許文献3では、単離された内包フラーレンを製造する技術が開示しており、内包フラーレンは概ね次に示す工程を有すものとした。
すなわち、
(a)内包フラーレンと、その周囲を取り囲んでなる複数の空のフラーレンとからなるクラスター構造を有する材料を溶媒に導入する工程、
(b)この溶媒中で材料のクラスター構造を分解するとともに内包フラーレンカチオンを形成する工程、
(c)内包フラーレンカチオンの塩を析出させる工程、
(d)溶媒と析出した内包フラーレンカチオンの塩とを分離する工程
この結果、クラスター構造を有する材料を分解することができることを見いだし M@C2nで表される単離された内包フラーレンが得られたことを開示している。
本発明者らは、脱電子酸化反応によりクラスター構造をほぐし、リチウム内包C60フラーレンをカチオン塩として得ることに成功した。一例で示したリチウム内包C60フラーレンカチオン(Li@C60 +)塩は、原子内包フラーレン塩の一種である。
ここで一般的に塩(えん)とは、カチオン(陽イオン)とアニオン(陰イオン)とがイオン結合した化合物のことである。身近な代表例としては食塩(化学記号NaCl、イオン結合した化合物つまり塩であることを強調してNa+Cl-とも記す)がある。よって、原子内包フラーレン塩とは、原子内包フラーレンのカチオン(陽イオン)もしくはアニオン(陰イオン)を含む塩をいっている。
すなわち、M@C2nで表される単離された内包フラーレンが得られたこと、この単離された内包フラーレンの、LDI−TOF−MSでのこの内包フラーレンのピーク強度に対する他のフラーレンのピーク強度比がポジティブモードで0.5%以下、ネガティブモードで50%以下であるものであることを示した。なお、「単離」を、質量スペクトルで見たとき単一のピークを与える状態、あるいは他を圧倒するようなピークを有する略単独に分離された状態という意味で用いた。
(特許文献4、特許文献5)HPLC
特許文献4および特許文献5には、内包フラーレンを含む材料からHPLC(高速液体クロマトグラフィー:High Performance Liquid Chromatography)を用いて所望の内包フラーレンを分離したり精製したりする技術が開示されている。
ここでHPLCについて略記すると、このHPLCは、カラムクロマトグラフィーの一種で、移動相として高圧に加圧した液体を用いることが特徴である。
カラムクロマトグラフィーとは、化合物の精製法のひとつで、2種類の異なった相(固相と液相)の間の物質の分配を利用したものである。筒状の容器(カラム)に例えばシリカゲルなどのような充填剤(固定相)をつめ、そこに溶媒に溶かした反応混合物(溶離液)を流し、化合物によって充填剤との親和性や分子の大きさが異なることを利用して混合物の分離を行うものである。
ここでの分離は、試料中のそれぞれの分子(またはイオン)の両相間の分配の度合いに依存する。そして、容器中の充填剤である固定相の粒径が小さいほど、理論段数が高くなるが送流抵抗は大となる。
なお、理論段数とは、2相間での物質の分配比の差を利用して物質の分離を行う装置の性能を表す指標で、カラムの性能を表す指標としても用いられる。この数値が高ければ高性能なカラム、つまり分離性能の良いカラムであるといわれる。
HPLCでは、高圧ポンプを用いて高速で溶離液を流す方式を採用し、かつ検出器を用いて記録紙の上にチャートを記録するという方法を採用して分析、分取に必要な時間を大幅に短縮できるようにしている。
特許文献4には、金属内包フラーレンのそれまでの抽出方法の欠点を改良した金属内包フラーレンの効率的かつ選択的抽出法に関するものが開示されている。この特許文献4に開示されている金属フラーレンの抽出方法は、金属内包フラーレン及び空フラーレンを含む例えばすす状の混合物を、ドナー数が25以上である溶媒(A)とドナー数が25未満で、かつ誘電率が10より大きな溶媒(B)との混合溶媒で抽出するものである。
この特許文献4に開示されている技術では、金属内包フラーレン及び空フラーレンを含む混合物から金属内包フラーレンを選択的に抽出して混合物中の金属内包フラーレンの含有率を高くすることができる。 このため、HPLCを用いた分離作業などでの前処理として混合溶媒で抽出を採用することでHPLC処理に要する時間と溶離溶媒の双方を減らすことにつながり、金属内包フラーレンの効率的、選択的抽出に資するとしている。
ここで溶離液である抽出用の混合溶媒のうち、溶媒(A)としてトリチルアミン、エチルアミン、等のアミン系溶媒やジメチルスルホキシドなどから選ばれ、溶媒(B)としては、アセトン、シクロヘキサン等のケトン系溶媒、アセトニトリル等のニトリル系溶媒、テトラヒドロフラン、1,2−ジメトキシエタン等のエーテル系溶媒、ほかが用いられるとしている。
そして、この混合溶媒抽出による前処理済み液では、空のフラーレンなどがほとんど検出されないので、HPLCを適用することにより金属内包フラーレンのみをさらに効率的に精製できるとしている。ここでのHPLCは、溶離液に先の混合溶媒を用いたものと考えられる。
特許文献5には、C60等のフラーレン分子の内部に銅等のゲスト元素を内包させた内包フラーレンの製造方法などに関する技術が開示されている。
この特許文献5に開示されている内包フラーレンの製造方法は、ゲスト元素の供給源とフラーレン分子の供給源とをプラズマ発生室内に存在させる工程と、このプラズマ発生室内で供給源からのゲスト元素とフラーレン分子とをプラズマ励起下で互いに衝突反応させてゲスト元素をフラーレン分子内部に導入し、得られた内包フラーレンを精製する工程とを、有するものである。
また、内包フラーレンの精製工程が、溶媒によって堆積物の可溶性部分を抽出する工程と、不必要な沈殿物をろ過する工程と、HPLCによって目的物を分離する工程とを有するものである。
このようにしたので、容易かつ効果的にフラーレン分子の内部にゲスト元素を内包させることができ、また、低温(例えば25℃)、低圧(例えば25Pa)による製造方法であるため、周期表の全ての元素に適用できるとしている。
ここで精製工程でのHPLCによる分離は、明確に記載されていないが、液相に二硫化炭素を用いるとともに一般的な固定相カラムによると考えられる。
非特許文献1に記載されているように、Li@C60の存在・生成は、電磁スペクトル観察や質量分析などで確認されている。しかし、特許文献2で示したように、合成物中の内包フラーレンは、空のC60フラーレンが周囲を包みこんだ状態のいわゆるクラスター状になっており、クラスター構造ではなく単離された純粋なLi@C60を手に取る量(重量でミリグラムオーダー)で安定的に得ることができず、特性を詳細に測定・評価するに至っていなかった。
また、特許文献1の図13において実際に示されている、分離したとされる材料の質量スペクトルMSを見ると、いずれも空フラーレン(C60)および/もしくは複数種フラーレン内包物(Tm@C60,Tm@C70など)が混在しており、単離(単独に分離した)とは言い難い。
特に、特許文献1記載技術は、M@C60については、MがTmである場合を除き、酸化によるカチオン形成は困難であることを示している。すなわち、特許文献1の(表4)(方式2フローでの枠中記載の処理工程)「ODCB[Ag+][SbF6−]抽出その後ろ過」によっても、M@C60は酸化されず不溶物として除去されている。M@C60とC60という酸化されにくいフラーレン同士の分離については適用できないことを暗に示唆していると考えられる。
上述のように、特許文献1では、酸化処理後のM@C60あるいはM@C70の単離・精製についての道筋を示唆する記載は見当たらない。
さらにいえば、特許文献1は、空フラーレン類と内包フラーレン類との混合状態から、両者の化学的特質の明確な相違を利用した溶解度差法による精製方法であり、両者がそれぞれ溶液中や不溶物中で相互作用なく存する場合に有効なものである。後述する本願での処理対象物のように、異なるフラーレン同士が結合状態(クラスター状態)を形成している場合の結合の分解手法ではない。
一方、特許文献2記載の技術では、HPLCによるLi@C60の精製を複数回試行したが、内包フラーレンの精製量を試料の重量の7〜8%以上とすることはできなかった。つまり、特許文献2記載の技術では、空のフラーレンの除去に限度があるがため、精製によりある一定以上の収率向上は図れず、また依然クラスイター構造を有するものであった。
この状況下、特許文献3に開示したように、本発明者らは、脱電子酸化反応によりクラスター構造をほぐし、リチウム内包C60フラーレンをカチオン塩として得ることに成功した。このリチウム内包C60フラーレンカチオン(Li@C60 +)塩は、原子内包フラーレン塩の一種である。
上述したように原子内包フラーレン塩とは、原子内包フラーレンのカチオン(陽イオン)またはアニオン(陰イオン)を含む塩であり、Li@C60PF6(塩であることを強調してLi@C60 PF6 -とも記す)、Li@C60SbCl6などが具体的な代表例である。
本発明者らは、特許文献3に記載した脱電子酸化して得た原子内包フラーレン塩の典型例であるLi@C60SbCl6をさらに分離・精製するため、昇華法やHPLC法を試みた。しかし、十分な成果を得るに至らなかった。
すなわち、Li@C60SbCl6は分解し易く加熱による昇華法での精製は不適切であると分かった。また、従来内包フラーレンの製造に用いられるHPLC手法をそのまま適用したとき、Li@C60塩や同カチオンがカラムから排出されなかった。この原因として、Li@C60塩や同カチオンがHPLCカラム内の固定相に強くに吸着されたまま保持されて脱離され難かったためと推測している。
また、特許文献3に示したように、溶解度差法によりLi@C60塩の分離・精製に成功したものの、得られた原子内包フラーレン塩は、低純度、低回収率などという処理工程上の不都合があった。
すなわち、前述の方法では未だ分離・精製が十分ではなく、不純物を十分除き切れず低純度であった。また、溶解度差が十分確保できていないために不純物側の液に目的物が漏れ出したり、容器・治具類への付着による損失などに起因する回収率の低さなどの問題が残っていた。
かかる点に鑑み、本発明は原子内包フラーレン塩の分離・精製方法として、実績のある上述した溶解度差法での欠点を解決し、高純度化、高回収率化が実現できる安価で簡便な方法を確立するものである。
すなわち、上述した公知あるいは発明者らが検討した各種分離・精製方法のうち、HPLC法はフラーレン類を含む各種有機物の分離・精製法としてよく知られた方法の一つであり、簡便かつ高効率(高分離率、高精製率、低工程損失)なので広く利用されている。
よって本発明では、HPLCの従来法の不具合点である原子内包フラーレン塩もしくは同イオン(カチオンまたはアニオン)がHPLCカラム充填剤に吸着されカラムから排出されない点を克服し、原子内包フラーレン塩もしくは同イオンが他成分と分離されてカラムから容易に排出される新規なHPLC法を提案するものである。
以下、HPLCについて概要を説明する。
クロマトグラフィーとは、気体や液体、そして溶質の相互分離に使われる手法(技術)の一つである。このうち液体クロマトグラフィーでは、最初は真っ直ぐに立てたガラス管にアルミナや珪藻土などの吸着質を詰めてカラムとしたものを用いた。試料をカラムの頂部から注いで吸着させ、その後上から新しい溶媒を連続的に滴下する(「展開」操作)。展開により頂部に吸着した試料の中から、溶媒に溶けやすいものが液側に移動し、カラム中を下降してくる。
新しい溶媒をさらに加えてカラムを洗う(「溶離」操作)と、吸着剤と溶媒との分配比の大きさの順に試料中から各成分が分離してくるので、カラムの下端から溶出してくるそれぞれのフラクションを分け取ることで各成分を分離することができる。
これに対し、HPLC(High Pressure Liquid
Chromatography:高速液体クロマトグラフィー)では、溶離操作のための溶媒である溶離液を、高圧ポンプを用いて高速で流す方式を採用し、分析に必要な時間を大幅に短縮できるようにしたものである。また、原理発見当初ガラス管カラムの中の変化を目視で観察していたものも、検出器を用いて記録紙の上にチャートとして記録する方法に改善されている。
また、クロマトグラフィーは、2種類の異なった相(固定相と移動相)の間の物質の分配を利用したものをいうが、この分配による分離は、試料中のそれぞれの分子(またはイオン)の両相間の分配の度合いに依存する。先の葉緑素におけるカラムクロマトグラフィーは「吸着」クロマトグラフィーと呼ばれるものの典型で、試料をアルミナのような吸着媒体上に吸着させる。
「分配クロマトグラフィー」では、固定相に液体(例えば水)を含ませておき、これと混じらない別の液体を移動相とする。この場合、分離を左右するのは溶質の二液相間分配である。
「イオン交換クロマトグラフィー」では固定相(イオン交換樹脂など)のイオン性官能基とそれぞれのイオンとの結合や錯形成の競合を利用して分離を行う。
「ゲルろ過クロマトグラフィー」では試料の分子サイズが分離を左右する。(ジョン・ディンティス著 ブルーバックス「新・化学用語小事典」1993年11月より)
上記でも略述したが以下、HPLCを、図を参照して説明する。
HPLCのシステムは、溶離液瓶、脱気装置、ポンプ、インジェクタ、カラム及びカラム恒温槽、検出器、記録装置などのユニットによって構成される。
以下、各ユニットについて説明する。
a)脱気装置
検出器で検出する段階でノイズとなり、ベースライン不安定要因となる、溶離液中に混入している酸素その他の気体を除くために用いられる。

b)ポンプ
ポンプはHPLCのシステムの最上流に設置され溶離液瓶中の溶離液をシステムに送り込みます。
周期的な圧力変動(脈動という)を極力減らし、どのような条件でも一定の流速で溶離液を流し測定への影響を与えぬよう様々な工夫が考案なされている。この結果、微量の試料を高感度で分析することができるようになっている。
c)インジェクタ
インジェクタはポンプの次に設置され、分析しようとする試料をここからシリンジという注射器のようなもので溶離液中に注入する。なお、多数の試料を連続的に一定間隔で注入するときはオートインジェクタ(オートサンプラ)も多く用いられる。

d)カラム
上述の当初に用いられたガラス管に吸着質を詰めたものと同じ原理であるが、ガラス管ではなくステンレス管のものが用いられる。そして、中に詰められるものとしてはシリカゲルやポリマーゲルなどが採用される。カラム中で試料の分離が行われるのでHPLCシステムの中で最も重要な部品である。
e)カラム恒温槽
HPLC分析は温度によって分離がかなり変わってくることがあるので、分析する対象によっては、カラムをカラム恒温槽内に設置して測定を行う。
f)検出器
試料の分離はカラムの中で行われるが、分離された結果を見える形に変換するものが検出器である。試料が含まれていない溶離液の組成は一定であるのに対し、溶離液に試料中の成分が含まれていると組成が変わってくるのでこの変化を電気信号として取り出すものである。
g)記録計
検出器から電気信号として出力された検出された結果を目に見える形にするためのもので、従来のペンレコーダーから、コンピュータを利用したデータ処理器(インテグレータともいう)へと、より簡便かつ高機能になっている。
このように構成されたHPLCは、上述のように化合物を2種類の異なった相(固相と液相)の間の物質の分配を利用して精製する。ステンレス製のカラムに例えばシリカゲルなどのような充填剤(固定相)をつめ、そこに溶媒に溶かした反応混合物(溶離液)を流し、化合物によって充填剤との親和性や分子の大きさが異なることを利用して混合物の分離を行う。
ここでの分離は、試料中のそれぞれの分子(またはイオン)の両相間の分配の度合いに依存する。そして、容器中の充填剤である固定相の粒径が小さいほど、理論段数が高くなるが送流抵抗は大となる。
なお、理論段数とは、2相間での物質の分配比の差を利用して物質の分離を行う装置の性能を表す指標で、カラムの性能を表す指標としても用いられる。この数値が高ければ高性能なカラム、つまり分離性能の良いカラムであるといわれる。
なお、HPLCを含む液体クロマトグラフィーなる手法には、上述のように相間の分配度合いの違いから、吸着クロマトグラフィー、分配クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィーなどと分類されるが、本願では特定の態様のHPLCに限定されない。
本発明原子内包フラーレン塩の分離・精製方法は、電解質を添加した溶液を移動相として用いるHPLC法によるものである。
本発明原子内包フラーレン塩の分離・精製方法によれば、電解質を添加した溶液を移動相として用いるHPLC法を採用したので、固定相であるカラムから容易に原子内包フラーレン塩もしくは同イオンが排出され、分離・精製ができるようになる。
すなわち、発明者らの試行の結果、移動相として通常用いられる有機溶媒に対し、この移動相に可溶な電解質を添加し溶解した有機溶媒溶液をHPLCでの移動相に用い、HPLCでの分取・分析のための溶液注入口であるインジェクターから原子内包フラーレン塩を含む液を注入することにより、容易に原子内包フラーレン塩もしくは同イオンが固定相カラムから排出され、分離・精製が可能となることを見出した。
これは以下の理由により発現されると考えられる。電解質を添加していない通常の移動相を用いると、カラム充填剤の固定相表面の活性な吸着サイトに注入された原子内包フラーレンカチオンが強く吸着されて排出され難いものとなる。
一方、本発明の電解質を添加した移動相を用いたとき、充填剤の固定相表面の活性な吸着サイトに電解質のイオンが原子内包フラーレンイオンより先に吸着し、原子内包フラーレンイオンが吸着されるのを妨げ、原子内包フラーレンイオンが固定相から排出されるようになると考えられる。
なお、原子内包フラーレンイオンと他成分(不純物)とが分離される機構は、充填剤の結合相と原子内包フラーレンイオン間の相互作用と結合相と他成分(不純物)との相互作用の強弱差によるもので、通常のHPLC法の分離機構に倣うものである。
以下、用語について説明する。上述したものについても必要に応じ再掲した。
(フラーレン、原子内包フラーレン)
フラーレンとは、12個の五員環と2個以上の六員環からなる、実際上C60以上のサイズの球殻状に閉じた一般式C2n(2n≧60)で表わされる一群の炭素分子の総称である。具体例としては、C60、C70、C76、C82、C90、C96などがあるがこれらに限定されるものではない。
フラーレンは炭素原子の五員環と六員環からなる三次元の閉じた球形分子である。
原子内包フラーレンは、フラーレンの球殻内に原子(以下Mで表わす)を閉じ込めた構造の、一般式M@C2n(2n≧60)で表わされる分子の総称である。 ここでMは、単一もしくは複数の原子またはそれらを含む原子団であり、かならずしも単一の原子でなくてもよい。
(原子内包フラーレン塩)
一般的に塩(えん)とは、カチオン(陽イオン)とアニオン(陰イオン)とがイオン結合した化合物のことである。
身近な代表例としては食塩(化学記号NaCl、イオン結合した化合物つまり塩であることを強調してNa+Cl-とも記す)がある。
原子内包フラーレン塩とは、原子内包フラーレンのカチオン(陽イオン)もしくはアニオン(陰イオン)を含む塩である。イオンの価数は1もしくは1以上である。Li@C60PF6(塩であることを強調してLi@C60 PF6 -とも記す)、Li@C60SbCl6などが具体的な代表例であるが、これらに限定されるものではない。
(分離・精製の対象物質)
本発明において、対象物質は原子内包フラーレン塩としたが、一般的な塩であれば原子内包フラーレン塩に限定することなく本発明すなわち電解質添加移動相を用いるHPLC法による分離・精製方法は適用可能である。
(電解質)
電解質とは、溶媒中に溶解した際に、カチオン(陽イオン)とアニオン(陰イオン)に電離する物質のことである。一般的には、酸、塩基または塩(えん)のような物質である。
本願に用いるものとしては、移動相の溶媒に可溶で、溶解してカチオンとアニオンとに電離する物質(電解質)であればよく、以下に列挙するカチオンとアニオンの組合せからなる電解質が代表的なものであるが特にこだわらない。
(電解質の種類)
電解質の種類としては、移動相の溶媒に可溶であれば特にこだわらない。以下、電解質を構成するカチオン(陽イオン)とアニオン(陰イオン)の例を具体的に列挙するが、これらに限定するものではない。
カチオン(陽イオン)の例として、プロトン(H+)、アルカリ金属カチオン( Li+、Na+、K+、Rb+、Cs+)、その他の金属カチオン ( Ag+、Tl+、)、アンモニウムカチオン ( NH4 +)、有機アンモニウムカチオン(第1級ないし第4級) ( CH3NH3 +、(C2H5)3NH+、(C4H9)4N+=TBA(Tetrabutlyammonium))、アンモニウム以外のオニウムカチオン( (CH3)3S+、(C4H9)4P+、(C6H5)4P+、(C6H5)4As+、(C6H5)4Sb+
アニオン(陰イオン)の例の例として、ハロゲンアニオン( Cl-、Br-、I-)、その他の無機アニオン ( SCN-、NO3 -、ClO4 - )、含ホウ素アニオン( B(C4H9)4 -、B(C6H5)4 - )、アルキルスルホン酸( CH3SO3 - )、アリルスルホン酸 ( p-CH3C6H4SO3 -)、含フッ素アニオン ( BF4 -、PF6 -、AsF6 -、SbF6 -、CF3SO3 -、C4H9SO3 -、N(CF3SO2)2 -、C(CF3SO2)3 - )、含塩素アニオン( SbCl6 -、PCl6 - )、その他の有機アニオン ( CH3CO2 -、CH3CO3 -、C2H5CO3 -、C2H5O-
(電解質濃度)
移動相溶媒に添加する電解質の濃度は、溶媒1L(リットル)に対し1mmol(1mmol/l)以上が望ましい。不足する(濃度が低い)と原子内包フラーレン塩がHPLCから排出されにくくなる。また、濃度の上限としては、電解質と溶媒との組合せによる飽和溶解度(飽和濃度)が目安となる。
(移動相溶媒)
移動相の溶媒は、分離・精製する対象物質を変質することなく溶解でき、かつHPLCの移動相として使用できる溶媒であればよい。好ましくは、比誘電率が10以上の溶媒から選ぶ。分離・精製の対象物質が原子内包フラーレン塩であり高極性溶媒つまり比誘電率の大きな溶媒に溶け易いためである。比誘電率が10以上の溶媒の数例を以下に列挙(数値が比誘電率)するが、これらに限定するものではない。
例を挙げれば、N−メチルアセトアミドC3H7NO 179.0、ホルムアミドCH3NO
111.0、ジメチルスルホキシドC2H6OS 47.24、アセトニトリル(ANと略記)C2H3N 36.64、メタノール
33.0、エタノール
25.3、アセトン 21.01、oージクロロベンゼンC6H4Cl2(ODCBと略記) 10.12、である。
移動相溶媒として、二種類以上の溶媒からなる混合溶媒でもよい。この場合も、比誘電率が実質的に10以上の混合溶媒が好ましい。
本発明の原子内包フラーレンの分離・精製方法の説明フローである。 実施例において得られたLi@C60塩のポジティブMS図である。 実施例において得られたLi@C60塩のネガティブMS図である。 内包フラーレン合成物を生成するための成膜装置の構成を示す概略説明図である。 フラーレンクラスターの説明図であり、(a)は単離状態の内包フラーレンとフラーレンを示し、(b)は単層状に空フラーレンを有するクラスター、(c)は2層状に空フラーレンを有するクラスターである。 本発明で得られるLi@C60塩の代表的な分子構造の模式図である。(a)はSbCl6塩であり、(b)はPF6塩である。 Li@C60塩のHPLCクロマトグラムにおける電解質添加効果を示すグラフである。
以下、本例の原子内包フラーレン塩の分離・精製方法につき、内包対象原子としてリチウム(以下、「Li」と記す。)、被内包フラーレンとしてC60を用いた例で説明する。
上述しているように、Liが内包されたC60を、Li@C60と記す。
図1に示す工程に従ってLi@C60カチオンの合成・分離・精製を行った。
S1:合成
(S11:(クラスター材料の)合成)
Liを内包した内包フラーレンの製造に、円筒形状のステンレス製容器の周囲に電磁コイルを配した構造の、図6に示す構成の製造装置を用いた。
使用原料であるLiは、アルドリッチ社製の同位体に関し未精製のLiを用い、また、使用原料であるC60は、フロンティアカーボン社製のC60を用いた。
(i)真空容器301を真空度4.2×10−4Paに排気し、電磁コイル303により、磁場強度0.044Tの磁界を発生させた。
(ii)内包原子昇華オーブン304に固体状のLiを充填し、400〜600℃の温度に加熱してLiを昇華させ、Liガスを発生させた。
(iii)発生したLiガスを500℃に加熱したガス導入管を通して導入し、2500℃に加熱した熱電離プレート306に噴射した。
(iv)Li蒸気が熱電離プレート306表面で電離し、Liの正イオンと電子からなるプラズマ流が発生した。
(v)さらに、発生したプラズマ流に、チムニー型のフラーレンオーブン308で610℃に加熱、昇華させたC0蒸気を導入した。
(vi)プラズマ流と接触するカップ状の堆積基板310に−30Vのバイアス電圧を印加し、堆積基板301表面に内包フラーレンを含む薄膜を堆積した。
原料供給比(Liイオン/C60)は0.5とした。
(vii)約2時間の堆積を行い、厚さ0.8〜1.4μmの薄膜が堆積した。
(S12:合成物回収)
次に、次の手順で合成物の採取・回収を行った。
(i)合成装置の堆積基板装着取り出し口に設けたグローブバッグ内を嫌気雰囲気(アルゴンガス)に置換するとともに、装置内の堆積基板装着部を嫌気ガスにより大気圧に復帰させる(グローブバッグ内には、予めコックなどで内部空間を開放したデシケータを入れておき、デシケータ内部を含めての嫌気雰囲気置換を、グローブバッグの真空排気後にアルゴンガスを導入して行った)。
(ii)グローブバッグの内側から装置内の堆積基板装着部を開け、中の基板を取り出しデシケータに入れ蓋をし、コックを閉じ外気と遮断するとともに、装置の基板装着取り出し口を閉じた。
(iii)グローブバッグから、アルゴンによる嫌気ガス中に外気と遮断された状態で堆積基板が収容されたデシケータを取り出した。
(iv)アルゴンガスによる嫌気雰囲気とした回収用グローブボックスに、堆積基板入りデシケータを入れ、スパチュラで基板上の合成物を削り落とし、アルミニウム箔上に回収した。
(v)次に、グローブボックス内で回収物をメノウ乳鉢ですり潰した。
(vi)そして、グローブボックス内で回収物を電子天秤で秤量した。
この組成物である回収した回収物(すす)を出発材料とし、この材料を5.66g、5.60g、5.62g、5.63gの4Lot分用意し、それぞれについて以下の処理(S2〜S3)を行った。
嫌気下での回収により、回収作業での溶媒への不溶化やクラスター分解効率の低減などの大気中の酸素や水分による組成物への影響を抑制することができる。
S2:酸化
S2〜S3は処理法を示すため、代表して回収物5.66gを用いた場合について記述する。
(S21:クラスター分解(酸化))
本工程は、クラスター構造をなすLi@C60と複数の空フラーレンとを含む組成物である回収物(すす)を、酸化試薬とともに溶媒(第1と第2の溶媒による混合溶媒)に投入し、脱電子酸化の化学反応によりLi@C60と空フラーレンそのほかの成分が、溶液中で遊離して存在する状態にする工程である。
(i)アルゴンガスにより嫌気雰囲気としたグローブボックス内で、容量1Lのナス型フラスコに、回収物と酸化試薬であるアミニウム塩42.45gを投入した。
ここで、アミニウム塩の投入量は、算出される予想含有Li@C60の量に対するよりも多くし、組成物に含まれているC60フラーレンと外接したり内包されたりしていないリチウム原子(遊離リチウム)も除去するようにした。
なお、使用したグローブボックスは、内容積6mの美和製作所製のもので、水分量は2ppm(露点−75℃相当)、酸素量は60ppmであった。
以下では、酸化試薬であるアミニウム塩を、次に示す化学式による「アミニウムA」とし説明する。
すなわち、本例での「アミニウムA」は、化合物名:ヘキサクロロアンチモン酸トリス(4−ブロモフェニル)アミニウム、示性式:(4−BrCNSbClなるものである。
このアミニウムAとして、Aldrich社製試薬を用いた。
(ii)引き続きグローブボックス内で、前記の材料入りナス型フラスコに、第1の溶媒で無極性溶媒であるo−ジクロロベンゼン(以下、ODCBと記す)283ml、第2の溶媒で極性溶媒であるアセトニトリル(以下、ANとも記す)142mlを投入した。
前記溶媒としてそれぞれ、脱水o−ジクロロベンゼン(Aldrich製)、脱水アセトニトリル(和光純薬工業株式会社製)を用いた。
(iii)前記ナス型フラスコを超音波洗浄機の槽に載置し、超音波エネルギーを10分間印加し、回収物およびアミニウムAを溶媒へ分散もしくは溶解した。
この結果、容量1Lのなす型フラスコの内容物は、やや青みがかった濃黒色の懸濁液となった。
(iv)前記懸濁液入りナス型フラスコをグローブボックス内で室温下(特に温度管理は行っていないが、内部温度は30℃)磁気攪拌しながら23.5時間分解反応を行った。
(S22:AN留去)
前記した酸化反応終了後の懸濁液からANを留去することによってLi@C60カチオン類を次工程S31で、析出しやすくすることを目的に行った。
前記懸濁液入りナス型フラスコをグローブボックス内より取り出し、エバポレーターに接続した。70℃に保持した高温水槽にナス型フラスコを浸け、ダイアフラムポンプで75hPa以下に減圧してANを留去した。
AN留去終了の目安は、溶液表面からの発泡が目視で観察されなくなる時点とした。
S3:洗浄・抽出工程
(S31:再沈ろ過)
前記AN留去後のODCBを主成分とする溶液に、この溶液内溶解全成分の貧溶媒であるヘキサンとトルエン(第3の溶媒)を添加することで、Li@C60カチオン類を含む全溶質を沈殿させ固形分として得るための工程である。
(i)黒褐色を呈している上記懸濁溶液中のヘキサン、トルエン不溶成分の沈殿を促すため、ナス型フラスコにヘキサンを611ml、トルエンを306ml加え溶解量を落とした。
(ii)前記の“溶液とヘキサン、トルエン”入り三角フラスコに共栓をし、手に持ち十分振り混ぜた。
(iii)十分な沈殿物を生成するため、懸濁液が入った三角フラスコをさらにそのあと冷暗所に1時間静置した。
(iv)静置後の懸濁液を、加圧ろ過器でろ過した。
ろ過フィルターには、メンブレンフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP09025 、仕様 孔経0.2μm、直径90mmφ、厚さ65μm)を用いた。
この結果、フィルター上に第1の組成体である黒色の過残渣を得た。
(S32:塩類除去(AN洗浄))
ろ過残渣(第1の組成体)から酸化剤であるアミニウム塩の未反応物及び反応物を溶媒(第4の溶媒)で溶解し除去するための工程である。
なお、ここで、第4の溶媒としてアミニウム塩の未反応物及び反応物に対する良溶媒で、Li@C60カチオン類とC60フラーレンの貧溶媒であるANを用いる。
(i)容量500mlのナス型フラスコに、ろ過残渣とフィルターとを入れ、第4の溶媒であるAN300mlを注ぎ込みこれらが浸るようにした。
(ii)この三角フラスコを超音波洗浄機内に載置し、超音波エネルギーを3分間印加しAN中にろ過残渣が分散した懸濁液とした。
(iii)加圧ろ過器で懸濁液を、ろ液受け三角フラスコ中にろ過した。
フィルター上にはろ過固形分が残渣として残った(「ろ過1」処理)。
ろ過フィルターは、メンブレンフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP09025 、仕様 孔経0.2μm、直径90mmφ、厚さ65μm)を用いた。
(iv)前記「ろ過1」処理で使用し未だ少し固形分が固着している容量500mlのナス型フラスコにAN300mlを入れ、ろ過1の残渣をフィルターごとナス型フラスコに入れた。超音波洗浄機による分散を3分間行った。
(v)加圧ろ過器で懸濁液を、ろ液受け三角フラスコ中にろ過した。
フィルター上にはろ過固形分が残渣として残った(「ろ過2」処理)。
(vi)前記「ろ過2」処理で使用し未だわずかに固形分が固着している容量500mlのナス型フラスコにAN150ml入れ、ろ過2の残渣をフィルターごとナス型フラスコに入れた。超音波洗浄機による分散を3分間行った。
(vii)加圧ろ過器で懸濁液を、ろ液受け三角フラスコ中にろ過した。
フィルター上にはろ過固形分が残渣として残った(「ろ過3」処理)。以上により、容量500mlのナス型フラスコに残っていた固形分中のアミニウム塩の未反応物及び反応物を溶出させた。
(viii)「ろ過3」までの繰り返しろ過により得られた残渣固形分が第2の組成体であるろ過残渣固形分である。
なお、この塩類除去処理でのANの使用量は、「ろ過1」で300ml、「ろ過2」で300ml、「ろ過3」で150mlの計750mlであった。
(S33:空フラーレン除去(トルエン洗浄))
本工程では、第2の組成体であるろ過残渣固形分から、第5の溶媒(トルエン)を用いて空フラーレン(C60)を溶解除去する。第5の溶媒は、空フラーレンの良溶媒、かつ内包フラーレンカチオン類を実質的に溶解しないものが選択される。
(i)容量500mlのナス型フラスコに、第2の組成体のろ過残渣固形物とフィルターとを入れ、第5の溶媒であるトルエン300mlを注ぎ込みこれらが浸るようにした。この三角フラスコを超音波洗浄機内に載置し、超音波エネルギーを3分間印加しトルエン中に第2組成体ろ過残渣固形物が分散した懸濁液とした。
(ii)加圧ろ過器で懸濁液を、ろ液受け三角フラスコ中にろ過した。
フィルター上にはろ過固形分が残渣として残った(「ろ過1」処理)。
トルエンは特級トルエン(和光純薬工業製)、ろ過フィルターは、メンブレンフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP09025 、仕様 孔経0.2μm、直径90mmφ、厚さ65μm)を用いた。
(iii)「ろ過1」処理により得られた固形分が第3の組成体であるろ過残渣固形分である。
(S34:再溶解(Li@C60カチオン抽出))
本工程では、第3の組成体であるろ過残渣固形分から、第6の溶媒(ODCBとAN)を用いて内包フラーレンカチオンを溶解抽出する。第6の溶媒は、内包フラーレンカチオンの良溶媒が選択される。
(i)容量500mlのナス型フラスコに、前記の第3組成体ろ過残渣固形物とフィルターとを入れ、第6の溶媒であるODCB40mlとAN40mlを注ぎ込みこれらが浸るようにした。 この三角フラスコを超音波洗浄機内に載置し、超音波エネルギーを3分間印加しODCB、AN中に第3組成体ろ過残渣固形物が分散した懸濁液とした。
(ii)加圧ろ過器で懸濁液を、容量200mlのろ液受けナス型フラスコ中にろ過した。 ODCBは、特級ODCB(Aldrich製)、ANは、特級AN(和光純薬工業株式会社製)ろ過フィルターは、メンブレンフィルター(日本ミリポア社製 オムニポアメンブレンフィルター、型番 JGWP09025 、仕様 孔経0.2μm、直径90mmφ、厚さ65μm)を用いた。
(S35:固体析出)
本工程では、ろ液から内包フラーレンカチオンを固形分として析出させる。ANを留去し、ろ液を冷却することでカチオンの溶解量を低減させる。
(i)ロータリーポンプに液体窒素冷却トラップをつけ、ナス型フラスコを接続し減圧留去した。
AN留去終了の目安は、溶液表面からの発泡が目視で観察されなくなってから30分後とした。
(ii)ナス型フラスコに共栓をし、クランプをはめて5℃に設定した冷蔵庫に入れ68時間静置した。冷蔵庫は、日本フリーザ(株)製 型式KT−1744を用いた。
(iii)冷温静置後、ナス型フラスコのろ液中に黒色粉状固体(OxAm−Cと呼ぶ)の析出が確認できた。
(S36:固体回収)
本工程では、析出した黒色粉状固体OxAm−Cの洗浄を行い、不用物を除去し必要な固体を回収する。
(i)冷温静置後、ナス型フラスコのろ液の上澄み液を吸引ろ過装置のフィルターホルダーに注いでろ過した(デカンテーションろ過)。上澄み液とともに流れ出たわずかの黒色粉状固体がフィルター上に残った。
(ii)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したナス型フラスコにトルエン2mlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した。
(iii)続いて、デカンテーションろ過実施後の前記ろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方からナス型フラスコの上澄み液を注ぎ、デカンテーションろ過した(「トルエンデカンテーション」処理)。
(iv)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したナス型フラスコにAN3mlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した。続いて、「トルエンデカンテーション」実施後の前記ろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方からナス型フラスコ内の上澄み液を注ぎ、デカンテーションろ過した(「ANデカンテーション」処理)。これを三回繰り返した。
(v)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したナス型フラスコにODCB500μlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した後、マイクロピペットでナス型フラスコ内の内容物をできるだけ吸引し、それをANデカンテーション実施後のろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方から注ぎ吸引ろ過した。(「ODCBデカンテーション」)
(vi)大部分の黒色粉状固体を内壁と底部に残したナス型フラスコにヘキサン1mlを注ぎ黒色粉状固体を洗浄した後、マイクロピペットでナス型フラスコ内の内容物をできるだけ吸引し、それをODCBデカンテーション実施後のろ過装置のフィルター上の黒色の残渣ろ過固形分の上方から注ぎ吸引ろ過した。これを三回繰り返した。(「ヘキサンデカンテーション」)
(vii)得られた黒色の残渣ろ過固形分をフィルターとともにアルミニウム箔上に取り出し、これを真空デシケータに入れダイアフラムポンプで乾燥した。
(viii)乾燥後の黒色粉状固体は、目的物である内包フラーレンカチオンLi@C60カチオン類を含み、OxAm−Cと称することにする。 ここで得られたOxAm−Cの重量は26.9mgであった。
(S41: OxAm-C(粗精製物)溶液化)
以下実施例は試作タイプ2(OxAm199−202−H26)とする。
上記S36(viii)で得られた26.9mgのOxAm−Cを、以下の混合溶媒40.36mlが入った三角フラスコに入れ、超音波洗浄機UT205HSにより3分間超音波を印加して溶解させた。
AN(アセトニトリル) 20.18ml 和光純薬工業株式社製 HPLCクロマトグラム用
ODCB(オルトシ゛クロロヘ゛ンセ゛ン) 20.18ml Aldrich社製 HPLCgrade
AN:ODCB=1:1容量比の混合溶媒 OxAm-C 1mgに対して混合溶媒1.5ml
赤紫色の溶液となったが、一部溶け残り(残存固形分)が見られた。
上記の溶液をダイアフラムポンフ゜吸引ろ過器で0.2μmフィルターを使いろ過し、ろ液40.36mlを得た。
目的物Li@C60カチオンはろ液に溶解している。フィルター上に残ったろ過残渣固形分は不溶解不純物である。
その他の3LotのOxAm−C 26.4mg、19.0mg、16.5mgもそれぞれ上記の処理方法で溶液化し、4Lotの溶液を合わせて130.5mlのろ液を得た。
(S42:HPLC分取)
HPLC分取を行った。
分析装置は島津製作所製LC−Avpシリーズで、カラムはナカライテスク製NPEカラム- サイズ10φ×250mmを使用した。
移動相として、上記分析の場合と同じくODCB:AN=1:2容量比混合溶媒に対し電解質TBAPF6を50mmol/L添加した溶液を用いた。
HPLC分取条件は下記とした。
移動相;ODCB/AN 1:2 電解質TBAPF6を50mmol/l添加
流量;6.0ml/min
カラム;ナカライテスク製5NPEカラム- サイズ10φ×20mm+10φ×250mmオーブン温度;30℃
検出UV波長;380nm
上記の条件でHPLC分取を行い上記S41のろ液130.5mlから、分取液429mlを得た。
S5:(分取液)固体化
分取液濃度測定
分取液中のLi@C60+濃度をHPLC分析法で測定する。 前工程HPLC分取の出来栄え判定と最終的に得られるLi@C60塩量の予測ができる。
AN留去
Li@C60塩析出固体化の一環で、溶媒量を減少させてLi@C60塩を濃縮するため、混合溶媒の一成分であるAN(アセトニトリル、acetonitrile)を留去(蒸留除去の短縮語か)する。
ANのbp(沸点)は82℃で、混合溶媒の片方の成分ODCBのbp180℃より低く留去し易い。
<S5−01:>AN留去
Li@C60塩析出固体化の一環で、溶媒量を減少させてLi@C60塩を濃縮するため、混合溶媒の一成分であるAN(アセトニトリル、acetonitrile)を留去した。
上記S42工程で得た分取液492mlを1Lナス型フラスコに入れ、エバポレーターに接続した。
35℃に保持した高温水槽に前記の濃縮液入りナス型フラスコを浸け、ダイアフラムポンプで75hPa以下に減圧してANを留去した。
AN留去終了の目安は、溶液表面からの発泡が目視で観察されなくなる時点とした。
さらにANをより低圧で留去するため、ロータリーポンプに液体窒素冷却トラップをつけ、ナス型フラスコを接続し減圧留去した。
AN留去終了の目安は、溶液表面からの発泡が目視で観察されなくなってから30分後とした。
(S51:ヘキサン再沈)
上記で分取したLi@C60カチオンを含む溶液に、貧溶媒であるヘキサンを添加してLi@C60塩などを析出させる工程である。
前記S5-02工程でAN留去した溶液164mlにヘキサン492mlを加えた。 この混合溶液を、実験台下部にある戸棚内(室温暗所)に60分静置し、固形分を十分析出させた。
加えるヘキサン量は、HPLC分で取得した液量の3倍
(S52:(OxAm-H)ろ過・乾燥)
上記S51工程で析出したLi@C60塩から共存不純物(主としてHPLC移動相に添加した電解質で析出時に共沈したもの)を溶媒洗浄して除去することによりLi@C60塩を精製し、さらに洗浄溶媒を乾燥除去して高純度の最終目的物Li@C60塩を得る工程である。
(S52−1:ろ過)
ダイアフラムポンプ付きの吸引ろ過器で、孔径0.2μmのメンブレンフィルターを使用して前記51工程で得られた固形分を含む溶液をろ過した。 目的物は、フィルター上のろ過残渣に含まれる。
(S52−2:洗浄)
目的物と共存する不純物(主としてHPLC移動相に添加した電解質でS51工程の析出時に共沈したもの)を、溶剤で洗い流して除去する工程である。
S52-1工程で得たフィルター上残渣にAN(アセトニトリル) 82mlを注いで吸引ろ過し洗浄した。
ついで、上記AN洗浄後の残渣固形分を遠沈管に入れたAN5mlに溶かし、超音波を1〜2分印加した。その後遠心分離機で2000rpm×10分掛けた。 上澄み液をデカンテーション法で廃棄した。
再度残渣が残っている遠沈管にAN:5mlを加え超音波、遠心分離を行い、上澄み液を廃棄した。
この後、ANを遠沈管に1ml加え超音波を1分印加し残渣を懸濁させる。この懸濁液を孔径0.2μmのメンブレンフィルターを使用してろ過し、フィルター上に回収する。遠沈管内に残渣が残らないよう、さらに、AN1mlを加え、超音波を印加し、ろ過をする作業を3回繰り返した。このフィルター上の固体が目的物である。
(S52−3:乾燥)
フィルター上に回収した目的物を乾燥しANを蒸発させ除く工程である。
S52-2工程で得たフィルター上の固体をアルミフォイルに包み、室温下、ガラス製のデシケータに入れダイアフラムポンプで15時間減圧乾燥を行った。
(S52−4:回収)
乾燥終了後のフィルター上の固体をスパチュラを使いフィルターから剥がした。
(S61:秤量)
最終目的物であるLi@C60塩(固体)の取得重量を測定する工程である。
測定結果から収率計算を行う。
取得重量は31.1mgであった。
収率すなわち、S12に記載の出発材料である回収物(すす)重量に対する、最終取得重量は0.14% であった。
(S62:特性測定)
上記S52の最終取得物について次の各種測定を行った。
(LDI−TOF−MS測定 posi/nega)
質量スペクトル(LDI−TOF−MS,装置名:島津製作所製AXIMA−CFR plus, レーザーパワー60)を測定したところ、強いm/z =727のピークを観測した。
このピークはLi@C60イオンに帰属される(以下このピークを(A)ピークと呼ぶ)。
positiveモードおよびnegativeモードのいずれにおいても、分子量700−800の範囲で(A)ピークがベースピーク(最大強度ピーク)であり、その他不純物のピークは殆ど観測されなかった。
図2にpositiveモードの測定結果を、図3にnegativeモードの測定結果を示す。
(Li含有率(Li定量)と炭素・水素・窒素含有率(CHN定量))
Li分析は、湿式灰化法で分析試料を調整し、JARRELL−ASH社RIS−AP型 装置によるICP−OES法で行った。
C、H、N分析には、YANACO社製CHN分析装置MT−6を用いた。
以下に、分析測定の結果を示す。
Li含有率(Li定量)
Li[wt.%]; 0.728
CHN含有率(CHN定量)
C[wt.%];81.913
H[wt.%]; 0.244
N[wt.%]; 0.244
Li@C60PF6の理論含有量は
Li[wt.%]; 0.80
C[wt.%];82.59
H[wt.%]; 0.0
N[wt.%]; 0.0
であり、若干量の残留溶媒あるいは残留電解質由来と考えられるH、Nが観測されてはいるものの、90%以上の純度の目的物が得られた。
以下では、HPLC分取に代えて、電解質を添加しない溶液を移動相として処理したときに得られるクロマトグラムと、本願でのHPLC適用条件の検討内容につきについて説明する。
従って、以下での実施条件は、上述した図1における「S4:HPLC」に係る説明した条件とは異なっていることを付言しておく。
電解質を添加しない溶液を移動相としてHPLCで分析したとき、目的物質のピークは観測されない(すなわち、分離されない)が、電解質濃度を増やしていくとピークが現れるようになりピークそのものも複数に分離されるようになる。
ピークが分離されるような濃度になれば、保持時間を目安にHPLCで目的物を濃縮し取得できるようになる(HPLC分取)。
分取した目的物についてのTOF−MS図は、図3で既に記載してあるが、電解質不添加で溶液を用いたものでは、ピークがないため分離することはできず測定不可である。すなわち、TOF−MS図を得ることはできない。
以下では、異なる電解質濃度におけるクロマトグラム(スペクトル強度−保持時間チャート)を図7(a)〜(d)を参照して説明する。
図7(a)電解質無添加の溶液を用いた移動相でのクロマトグラム濃度0、図7(b)は移動相1lに対し電解質20mmolとした濃度20mmol/l、図7(c)は濃度50mmol/l、図7(d)は100mmol/lでのクロマトグラムである。
Li@C60塩はイオン性であるため、クーロン力を補償するために移動相に電解質を加える必要がある。有機溶媒に対し十分な溶解度を持ち電離しやすい安定な電解質として、ヘキサフルオロリン酸テトラブチルアンモニウム(TBAPF6)を選択した。
また、HPLC分析条件は以下とした。
a)カラム: NPEカラム φ4.6 mm x 250 mm
b)移動相:
混合溶液(ODCB:AN = 1:1)、

添加電解質(TBAPF6
電解質濃度 混合溶液1lに対し 0, 20, 50, 100 mmol を添加
c)流速: 1.5 mL/min
d)カラム温度: 30 ℃
e)検出波長: UV 380 nm
図YY(a)〜(d)に示すように、無添加ではピークが見られず、電解質濃度を20mmol/l、50mmol/l、100mmol/lと大きくしていくにつれ、本来保持時間4分付近にあるべき目的物のピークが、顕著に現れるようになることが分かる。
なお、濃度50mmol/lと100mmol/lでは保持時間のずれはあるが、ピーク強度はほぼ同程度であった。また、電解質の効果は50 mmol/lでほぼ飽和することがわかった。
各図での縦軸の強度目盛差を勘案すると、濃度が大きくなるに従いピークが明瞭に先鋭になり、分離されてくるのが了解できる。すなわち、目的物に対して、それ以外の成分のピークの強度が相対的に小さくなり、目的物の分離にとってより適した条件となっていることが分かる。
そして、電解質を添加した移動相を用いることにより、導入したLi@C60カチオンがピークを与えることが分かった。
さらに、C60その他不純物との分離条件を検討した結果、移動相としてはODCB:AN = 1:2の混合溶媒に、TBAPF6が 50 mmol/lの濃度となるように添加した溶液を用いることとした。
本発明により、高純度の原子内包フラーレン塩が、手に取る量(ミリグラムmgオーダー以上)で容易にかつ安定して得られるため、
・原子内包フラーレン塩または原子内包フラーレンの物性解明が可能となる。
・物性解明に伴いその応用、用途開発の範囲が広がる。
・分子分散が可能となり、分子機能を発現させることができる。
・誘導体合成が容易となるので、各種機能の付加が可能となる。
などの効果が期待できる。
上記の効果を生かす具体的な産業上の利用分野としては、有機薄膜型太陽電池、繊維型太陽電池が最も有望である。その他、電子材料、高温超伝導材料としての応用は広範囲に亘る。更には、誘電体特性を利用した圧電素子としての応用で血圧測定装置、スピーカーなどの音響機器なども有力な分野である。
301 真空チャンバ、
302 真空ポンプ、
303 電磁コイル、
304 オーブン、
305 ノズル、
306 加熱基板、
307 プラズマ流、
310 堆積基板、
308 オーブン、
309 ノズル、
310 堆積基板、
311 合成物、
312 バイアス電圧の印加装置、
313 加熱フィラメント

Claims (9)

  1. 電解質を添加した溶液を移動相として用いるHPLC法による原子内包フラーレン塩の分離・精製方法
  2. 電解質がPF6アニオンを含むことを特徴とする請求項1記載の原子内包フラーレン塩の分離・精製方法
  3. 電解質がTBAPF6であることを特徴とする請求項2記載の原子内包フラーレン塩の分離・精製方法
  4. 溶液の溶媒が比誘電率が10以上の高極性有機溶媒であることを特徴とする請求項1〜3記載の原子内包フラーレン塩の分離・精製方法
  5. 溶液の溶媒がアセトニトリルとo−ジクロロベンゼンの2:1(体積比)の混合溶媒であることを特徴とする請求項1〜3記載の原子内包フラーレン塩の分離・精製方法
  6. 原子内包フラーレン塩が金属内包フラーレン塩であることを特徴とする請求項1〜5記載の原子内包フラーレン塩の分離・精製方法
  7. 原子内包フラーレン塩がアルカリ金属内包フラーレン塩であることを特徴とする請求項6記載の原子内包フラーレン塩の分離・精製方法
  8. アルカリ金属内包フラーレン塩がアルカリ金属内包C60フラーレン塩であることを特徴とする請求項7記載の原子内包フラーレン塩の分離・精製方法
  9. アルカリ金属内包C60フラーレン塩がリチウム原子内包C60フラーレン塩であることを特徴とする請求項7記載の原子内包フラーレン塩の分離・精製方法
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