しかし、従来の製造方法では、ナノ粉の生産性の向上を図ることが難しい。
ペンタカルボニル鉄などの有機鉄の合成には、高圧かつ高温の環境下でCO処理を行うといった複雑な工程が必要なため、原料自体の生産性に劣る。また、このような複雑な工程が必要なために原料費用が高くなり、コストの増加を招く。塩化鉄などの金属塩化物やオレイン酸といったコロイド安定化剤も、一般に、高価である。更に、ペンタカルボニル鉄や塩化鉄などは、熱的に不安定であり、熱環境下で容易に分解したり反応したりする上に、大気中の酸素や水分とも顕著に反応する。つまり、これらは経時的に劣化し易く、長期保管が困難である。また、ペンタカルボニル鉄などの有機鉄は、毒性が高く、取り扱い難い。そのため、これらの有機金属や無機化合物、金属塩などは、ナノ粉の製造中の環境だけでなく、原料の保管設備や保管環境も十分に整える必要があり、取り扱い難く、作業性の低下を招く。特許文献2に記載されるように所望の組成の金属ナノ粉を製造するために、原料に、製造途中で除去する金属を利用する手法も、コストの増加を招く。従って、原料にこれらのものを用いていては、ナノ粉の生産性を向上することが難しい。
マイクロ波やプラズマ、超臨界水を用いた製造方法では、製造設備が特殊で大掛かりであり、作業性に劣ることから、生産性の低下を招く。また、プラズマや超臨界水を用いた製造方法では、原料の液体を希釈して用いることから、1度に製造可能な粉末量が少ない点からも、生産性に劣る。更に、プラズマを用いた製造方法では、原料の液体をプラズマによる高温に晒して、瞬時に溶媒を揮発させると共に、金属や金属酸化物を結晶化させるため、金属などを急冷することになる。その結果、得られる金属や金属酸化物の結晶性が悪く、非晶質になる恐れがある。このような金属酸化物を仮に還元しても、所望の金属ナノ粉が得られない恐れがある。従って、これらの製造設備などを用いていては、ナノ粉の生産性を向上することが難しい。
そこで、本発明の目的の一つは、金属粉末を生産性よく製造可能な金属粉末の製造方法を提供することにある。また、本発明の他の目的は、生産性に優れる金属粉末を提供することにある。
本発明者らは、カルボン酸溶液に鉄粉などの金属粉(以下、原料に用いる粉末を原料金属粉と呼ぶことがある)を溶解して、金属錯体を含有する前駆体溶液(ゾル)を作製し、この前駆体溶液を乾燥してゲル状固体とし、このゲル状固体から金属酸化物の粒子を生成し、この金属酸化物の粒子を還元することで、ナノオーダーの鉄粉といった微細な金属粉末(以下、金属ナノ粉と呼ぶ)が得られる、との知見を得た。特に、本発明者らは、カルボン酸溶液中に遊離炭酸といった活性な炭酸を存在させると、カルボン酸による金属の溶解反応性を高められると共に遊離炭酸との結合反応性を高められ、炭酸金属錯体が安定して存在する前駆体溶液を製造できる、との知見を得た。つまり、前駆体溶液の製造時間を短くでき、ひいては金属ナノ粉の製造時間を短縮できる。また、反応性を高められることで、カルボン酸の使用量も低減できると期待される。このように(1)原料に、金属粉といった比較的容易に製造可能なものや、カルボン酸や、遊離炭酸を発生可能な炭酸塩や二酸化炭素ガスなどといった取り扱い易いものを用いる、(2)原料使用量を低減できる、(3)製造時間を短縮できる、ことから、上述の原料金属粉と、カルボン酸溶液と、遊離炭酸とを用いる製造方法は、金属ナノ粉の生産性を向上できる、といえる。本発明は、これらの知見に基づくものである。
本発明の金属粉末の製造方法は、以下の溶液作製工程と、乾燥工程と、分離工程と、還元工程とを具える。
溶液作製工程 少なくとも1種の材質の原料金属粉と、カルボン酸溶液と、遊離炭酸発生源とを混合して、上記原料金属粉を上記カルボン酸溶液中で溶解して前駆体溶液を作製する工程。
乾燥工程 上記前駆体溶液を乾燥すると共に炭酸成分を除去して乾燥体を得る工程。
分離工程 上記乾燥体に熱処理を施して、上記乾燥体中の有機成分を除去して金属酸化物の粉末を作製する工程。
還元工程 上記金属酸化物の粉末に還元処理を施して、上記原料金属粉よりも微細な金属の粉末を作製する工程。
本発明の金属粉末の製造方法は、いわゆるゾルゲル法に類する手法によって、前駆体溶液(ゾル)を乾燥した乾燥体(ゲル状固体)から金属酸化物の粒子を生成し、この金属酸化物を還元することで、微細な金属の粒子を生成する。特に、本発明の金属粉末の製造方法では、ゾルの製造にあたり、弱酸及びキレート作用という性質を有するカルボン酸を利用することで、金属と酸との反応を比較的穏やかに進行できる。そのため、原料金属粉を構成する各粒子(以下、原料金属粒子と呼ぶ)は、その表面から内部に至って完全に酸との反応が可能であり、各原料金属粒子から金属錯体を形成できる。ここで、硝酸や塩酸、硫酸などの強酸を利用すると、これらの強酸は金属との反応性が高いため、原料金属粒子の表面全体がごく短時間で反応し、原料金属粒子の表層に酸化膜が形成される。その結果、原料金属粒子の内部にまで完全に反応が進行しない傾向にある。このような表層のみが酸化されて酸化膜を具える粒子から、粒径がナノオーダーである微細な金属酸化物粒子を生成することは難しく、その結果、金属ナノ粉を生産性よく製造できない。一方、カルボン酸を用いた場合、金属錯体から金属酸化物粒子を十分に生成可能である上に、キレート作用により金属イオンを閉じ込めることで微細な粒子を生成し易い。この微細な金属酸化物粒子を用いることで、金属ナノ粉を生産性よく製造できる。
かつ、本発明の金属粉末の製造方法では、ゾルの製造にあたり、カルボン酸溶液中に遊離炭酸を存在させることで、カルボン酸による金属の溶解反応性を高められると共に炭酸との結合反応性を高められ、遊離炭酸を用いない場合と比較して、(炭酸)金属錯体の生成時間を短縮できる。ここで、本発明者らは、カルボン酸を用いた金属ナノ粉の製造にあたり、金属とカルボン酸との反応性を高めるために種々検討した。例えば、pHを調整することが考えられるが、上述の強酸に近づくため、良好な反応が得られなかった。一方、金属と炭酸とを単純に反応させると、金属炭酸塩の沈殿が生じる。この沈殿物から炭酸を除去してナノ粉を生成することを検討したが、金属炭酸塩の沈殿物は化学的に安定しており、炭酸の除去が困難であった。他方、金属とカルボン酸とを含む溶液に炭酸ガスを吹き込んだところ、金属炭酸塩の沈殿が生じず、金属が溶けた溶液の状態を維持できる、との知見を得た。この理由は、カルボン酸のキレート作用によって、沈殿を抑制したため、と考えられる。また、金属が完全に溶けた状態では、この溶液は、安定性に優れており、例えば、大気中での長期保存が可能である、との知見も得た。更に、この溶液からは、均一的な大きさの金属酸化物の粒子を生成でき、このような金属酸化物の粒子を用いることで均一的な大きさの金属ナノ粉を生成できる、好ましくは量産できる、との知見も得た。
更に、本発明の金属粉末の製造方法は、原料に金属粉という比較的大きなもの、代表的にはマイクロオーダーの粉末を用いており、原料自体の生産性に優れる上に、原料を取り扱い易く、比較的安価でもある。
このように本発明の金属粉末の製造方法は、(1)製造工程が複雑であったり、毒性を有していたり、経時的に変質し易かったり、取り扱い難かったり、更には高価であったり、コスト増加を招き得る原料を利用する必要がない、(2)マイクロ波やプラズマ、超臨界水を取り扱うような特殊な設備を利用する必要がない、(3)製造時間を短縮できる、(4)均一的な大きさの金属ナノ粉を量産できる、ことから、金属ナノ粉を生産性よく安定して製造できる。また、本発明の金属粉末の製造方法では、溶液作製工程で製造した前駆体溶液が取り扱い易い上に、炭酸金属錯体が安定しているため、大気中での長期保管も可能である。従って、この前駆体溶液を作製しておけば、任意のときに所望の量の金属ナノ粉を製造できる。この点からも、本発明の金属粉末の製造方法は、工業的意義が高い。
本発明の金属粉末の製造方法の一形態として、上記原料金属粉がFe,Co,Ni,Zn,Cu,Mn及びCrからなる群より選ばれる1種の金属の粉末、又は2種以上の金属の粉末である形態が挙げられる。
上記形態は、所望の組成の原料金属粉を1種又は2種以上用意することで、単一の金属元素からなる純金属のナノ粉、又は、複数種の金属元素を含む合金のナノ粉を製造できる。特に、合金ナノ粉の製造にあたり、原料に、合金や複数種の金属元素を含む化合物などを用意する必要もなく、上記形態はこの点からも金属ナノ粉の生産性に優れる。
本発明の金属粉末の製造方法の一形態として、上記原料金属粉の平均粒径が1μm以上100μm以下である形態が挙げられる。
上記形態は、原料金属粉が取り扱い易い大きさである上に、原料金属粒子の表面から内部に至ってカルボン酸との反応が十分に進行して、原料金属粉を良好に溶解できることから、均一的な炭酸金属錯体を安定して形成できる。その結果、上記形態は、原料金属粉よりも微細な金属の粉末を生産性よく、かつ安定して製造できる。
本発明の金属粉末の製造方法の一形態として、上記遊離炭酸発生源は、炭酸水、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、炭酸カリウム、及び炭酸水素カリウムからなる群より選ばれる1種、又は2種以上である形態が挙げられる。
上記炭酸水や炭酸塩は、カルボン酸と反応して遊離炭酸を発生する。つまり、上記形態では、カルボン酸はキレート作用による錯体の生成及び維持(沈殿の抑制)に加えて、遊離炭酸を発生させる分解剤としても機能する。遊離炭酸は、(溶解された)金属との反応性に優れており、上記形態は、炭酸金属錯体溶液を良好に製造でき、ひいては金属ナノ粉の生産性に優れる。
上記炭酸水や炭酸塩を用いる形態として、上記遊離炭酸発生源のモル数と上記原料金属粉のモル数との比率(以下、炭酸モル比と呼ぶ)を遊離炭酸発生源:金属=2:1〜9:1とする形態が挙げられる。
上記炭酸モル比が上述の範囲を満たすことで、金属と遊離炭酸との結合反応を過不足なく行える上に、カルボン酸と遊離炭酸との反応や、溶液の溶媒が水の場合に水と金属との酸化反応、金属炭酸塩の沈殿を抑制でき、均質で安定した炭酸金属錯体を良好に製造できる。従って、上記形態は、前駆体溶液を良好にかつ安定して製造できるため、ひいては金属ナノ粉の生産性に優れる。
本発明の金属粉末の製造方法の一形態として、上記遊離炭酸発生源が炭酸ガス、二酸化炭素ガス、及び一酸化炭素ガスからなる群より選ばれる1種のガス、又は2種以上の混合ガスであり、上記溶液作製工程では、上記1種のガス、又は上記混合ガスをバブリングすることで混合する形態が挙げられる。
上記ガスや上記混合ガスをバブリングすることで、溶液中に遊離炭酸を容易に存在させられる上に、(溶解された)金属との結合反応性に優れる遊離炭酸を溶液中に連続して供給でき、金属と遊離炭酸とを順次反応させられる。また、バブリングによって溶液をある程度撹拌でき、金属と遊離炭酸との結合反応を促進できると期待される。従って、上記形態は、炭酸金属錯体溶液を良好にかつ効率的に製造でき、ひいては金属ナノ粉の生産性に優れる。
本発明の金属粉末の製造方法の一形態として、上記カルボン酸がクエン酸、リンゴ酸、酒石酸、マロン酸、フタル酸、コハク酸、マレイン酸、及びグルコン酸からなる群より選ばれる1種の酸、又は2種以上の酸である形態が挙げられる。
列挙した各酸は、上述のキレート作用及び弱酸の性質を有し、炭酸金属錯体溶液を良好にかつ安定して形成できる。また、列挙した各酸は、取り扱い易い上に、市販されており、容易に入手可能であることから、上記形態は、ひいては金属ナノ粉の生産性に優れる。
本発明の金属粉末の製造方法の一形態として、上記カルボン酸のモル数と上記原料金属粉のモル数との比率(以下、カルボン酸モル比と呼ぶ)をカルボン酸:金属=2:1〜8:1とする形態が挙げられる。
上記カルボン酸モル比が上述の範囲を満たすことで、カルボン酸による金属の溶解反応及び金属と遊離炭酸との結合反応を良好に行えて、均質な炭酸金属錯体を安定して形成できる。従って、上記形態は、均質な前駆体溶液を良好にかつ安定して製造できるため、金属ナノ粉の生産性に優れる。
本発明の金属粉末の製造方法の一形態として、上記溶液作製工程は、不活性ガスのフロー雰囲気とし、上記不活性ガスの流量を3リットル/min以上10リットル/min以下とする形態が挙げられる。
原料金属粉が溶解して炭酸金属錯体を生成する前の状態では、大気中の酸素や水分と反応し易く、反応によって金属酸化物を生成したり、金属炭酸塩の沈殿を招いたりする。不活性ガスは上述の溶解した金属と反応せず、かつ代表的には酸素を含有しないガスであることから、上記形態は、前駆体溶液の作製時に金属酸化物が生成されたり金属炭酸塩の沈殿が生じたりすることを防止でき、炭酸金属錯体の溶液を良好に製造できる。特に、上記不活性ガスの流量が上述の範囲を満たすことで、反応によって生じて溶液外に放出されたCO2ガスや、大気中の酸素、未反応の遊離炭酸を雰囲気外に効率的に除去できる。このため、これらのガスが溶液中に再溶解したり、再溶解により粗大な金属酸化物や金属炭酸塩の沈澱が生じたりすることを抑制できる。
上記不活性ガスは、Ar,He,Ne及び窒素からなる群より選ばれる1種のガス、又は2種以上の混合ガスが挙げられる。
Ar,He,Neといった希ガスや窒素ガス、これらの混合ガスはいずれも、安定性に優れ、上述の溶解された金属と実質的に反応しない。従って、上記希ガスや窒素ガスを用いる上記形態は、粗大な金属酸化物や金属炭酸塩の沈澱の生成を抑制できるため、炭酸金属錯体の溶液を良好にかつ安定して製造でき、ひいては金属ナノ粉の生産性に優れる。
本発明の金属粉末の製造方法の一形態として、上記溶液作製工程では、雰囲気中の酸素量を体積割合で100ppm以下とする形態が挙げられる。
溶液作製工程の雰囲気を上述の低酸素雰囲気、好ましくは非酸素雰囲気とする上記形態は、上述のように前駆体溶液の作製時に(粗大な)金属酸化物や金属炭酸塩の沈殿が生じることを防止でき、炭酸金属錯体の溶液を良好にかつ安定して製造でき、ひいては金属ナノ粉の生産性に優れる。
本発明の金属粉末の製造方法の一形態として、上記溶液作製工程では、混合液の温度を40℃以上100℃以下とする形態が挙げられる。
本発明の金属粉末の製造方法では、カルボン酸に加えて遊離炭酸を利用することで、反応性を高められるため、前駆体溶液の作製にあたり、高温にする必要が無く、例えば、原料金属粉とカルボン酸溶液と遊離炭酸発生源との混合液の温度を室温(25℃程度)とすることができる。しかし、上記混合液の温度を高めることで、原料金属粉の溶解や遊離炭酸との結合反応を促進できる。また、上記混合液の温度を100℃以下とすることで、金属表面に皮膜が生成されて溶解反応を阻害することを防止できる。従って、上記形態は、炭酸金属錯体の溶液を良好にかつ安定して製造できる上に、前駆体溶液の製造時間を短縮でき、金属ナノ粉の生産性の向上に寄与する。
本発明の金属粉末の製造方法の一形態として、上記溶液作製工程では、混合液のpHを1超5以下とする形態が挙げられる。
上記形態は、原料金属粉とカルボン酸溶液と遊離炭酸発生源との混合液のpHが上記の範囲を満たすことで、遊離炭酸における水素との再結合を抑制し、炭酸金属錯体溶液を安定して製造でき、ひいては金属ナノ粉の生産性に優れる。
本発明の金属粉末の製造方法の一形態として、上記熱処理は、加熱温度を320℃以上500℃以下とし、保持時間を20分以上4時間以下とする形態が挙げられる。
熱処理条件を上記の範囲とする上記形態は、有機成分を良好に除去できる上に、金属酸化物の粒子の成長を抑制して、金属酸化物の粉末を微細にできるため、ひいては金属ナノ粉末を良好に製造できる。
本発明の金属粉末の製造方法の一形態として、上記還元処理は、加熱温度を300℃以上550℃以下とし、保持時間を10分以上3時間以下とする形態が挙げられる。
還元条件を上記の範囲とする上記形態は、酸素を良好に除去できる上に、金属粒子の成長を抑制して、微細な金属粉末を良好に製造できる。
本発明の金属粉末の製造方法の一形態として、上記還元処理は、水素雰囲気で行う形態が挙げられる。
水素(H2)雰囲気は還元性に優れることから、上記形態は、酸素を十分に除去でき、金属ナノ粉末を良好に製造できる。
本発明の金属粉末の製造方法により得られた本発明の金属粉末として、平均粒径が8nm以上200nm以下であるものが挙げられる。
本発明の金属粉末の製造方法では、平均粒径が200nm以下の金属粉末を製造できる。平均粒径が上記の範囲を満たす粉末は一般にナノ粉と呼ばれ、種々の原料などに利用できる。粉末を構成する金属は、実質的に1種の金属元素からなる純金属、2種以上の複数の金属元素を含む合金の双方を取り得る。
本発明の金属粉末の一形態として、上記金属がFeとCo,Ni,Zn,Cu,Mn,及びCrからなる群より選ばれる1種以上の元素とを含む合金である形態が挙げられる。
上記合金は、飽和磁化が高いといった磁気特性に優れるものが多く、上記形態は、磁性部材の原料に好適に利用できる。
本発明の金属粉末の製造方法は、粒径がナノオーダーの超微細な金属粉末を生産性よく製造できる。本発明の金属粉末は、生産性に優れる。
以下、本発明をより詳細に説明する。
[金属粉末の製造方法]
(溶液作製工程)
本発明では、超微細な金属の粉末の製造にあたり、まず、炭酸金属錯体の溶液を作製する。この溶液は、金属炭酸塩の沈殿物が実質的に存在せず、炭酸金属錯体が存在するものである。特に、本発明では、炭酸金属錯体の溶液の製造にあたり、原料に金属粉を用いることを特徴の一つとする。原料金属粉の材質は、製造しようとする金属の材質に応じて適宜選択する。1種の金属の粉末を原料に用いることで、実質的に単一の金属元素からなる純金属の微細粉末が得られ、2種又は3種以上の金属の粉末を原料に用いることで、2種又は3種以上の金属元素を含む合金(2元合金、3元合金、又はそれ以上の合金)からなる微細粉末が得られる。つまり、複数の金属元素を含む合金粉末を製造する場合には、合金中の金属元素の数に応じた複数種の材質の金属粉を用意するとよく、合金粉や化合物粉、特許文献2に記載されるような製造途中で除去され得る金属を原料に用いる必要はない。原料金属粉は、例えば、Fe,Co,Ni,Zn,Cu,Mn及びCrからなる群より選ばれる1種の金属の粉末、又は2種の金属の粉末、又は3種以上の金属の粉末が挙げられる。各原料金属粉は、その金属元素の含有量が99.99質量%以上のいわゆる純金属からなるものが好ましい。粉末の形態(形状や製法による差異など)は特に問わない。還元金属粉、金属繊維、鋳造金属粉、海綿状金属粉などのいずれも利用できる。市販の金属粉を利用することも、もちろんできる。また、複数の異なる形態(形状など)の粉末を組み合わせて用いることもできる。なお、原料に合金粉を利用することもできるが、上述のように原料に複数種の純金属粉を利用する方が、配合比が所望の値を満たす合金からなるナノ粉を得易く、生産性に優れると考えられる。
原料金属粉は、弱酸のカルボン酸溶液に容易に溶解可能な大きさであると、前駆体溶液の製造時間を短縮でき、前駆体溶液を生産性よく製造できる。原料金属粉が大き過ぎると、遊離炭酸を利用しても完全に溶解しなかったり、溶解し難くなったりする恐れがある。そこで、原料金属粉(複数の金属粉を用いる場合は各金属粉)の平均粒径は100μm以下が好ましい。この大きさであれば、原料金属粉を十分に溶解可能であり、マイクロオーダーの原料金属粉を用いて、ナノオーダーという微細な金属粉末を良好に製造できる。原料金属粉の平均粒径は、小さいほど溶解が進行し易く溶解時間の短縮を図れる上に、微細な金属酸化物粒子を生成し易く、結果として原料金属粉よりも十分に微細な金属粉末を得易いことから、50μm以下がより好ましい。但し、小さ過ぎると、(1)原料金属粒子の表面に酸化膜が形成され、この酸化膜の存在によって溶解反応性を低下させる、(2)嵩高くなって取り扱い難く作業性が低下する、ことから、ひいては金属ナノ粉の生産性の低下を招く。従って、原料金属粉の平均粒径は、1μm以上が好ましく、10μm以上がより好ましい。原料に複数の金属粉を用いる場合、各金属粉の平均粒径は同じでもよいし、異ならせてもよい。
原料金属粉の平均粒径は、市販の装置によって測定するとよい。繊維状の金属粉の場合、繊維の長手方向に直交する方向の断面(横断面)をとり、この断面積の円相当径を直径とし、この直径の平均を平均粒径とする。直径及び長さの双方が100μm以下の金属線などを原料に利用してもよい。
本発明では、炭酸金属錯体の溶液の製造にあたり、遊離炭酸発生源を用いることを特徴の一つとする。例えば、炭酸水などと金属とを単純に接触させると、上述のように金属炭酸塩が形成され、この金属炭酸塩は一般に沈殿する。しかし、後述するように本発明では、カルボン酸を添加することで、この沈殿を抑制し、炭酸金属が錯体の状態で存在する溶液を製造できる。そして、この炭酸金属錯体溶液(ゾル)から、溶液の溶媒と、炭酸成分と、有機成分(カルボン酸)とを除去することで、金属酸化物からなる微細な粒子が得られ、この粒子を還元することで微細な金属粒子が得られる。そこで、本発明では、遊離炭酸を発生可能なものを原料に用いる。
遊離炭酸発生源は、溶液中に遊離炭酸を生じ得る種々のものが利用できる。例えば、炭酸ガス、二酸化炭素ガス、及び一酸化炭素ガスからなる群より選ばれる1種のガス、又は2種以上の混合ガスが挙げられる。上記1種のガスや上記2種以上の混合ガスは、原料金属粉と後述するカルボン酸溶液との混合液中にバブリングして混合することで、混合液中に遊離炭酸を容易に発生できる。このようなガスを利用する形態では、ガスの供給量と遊離炭酸の生成量とが実質的に比例することから、ガスの供給量を調整することで、遊離炭酸の量を容易にかつ精度よく調整できる。また、この形態では、ガスの連続供給が可能なため、遊離炭酸を連続して供給でき、遊離炭酸と金属とが順次反応できる。特に、バブリングすることで、溶液を撹拌できることからも、遊離炭酸と金属とを反応させ易い。これらの点から、この形態は、炭酸金属錯体溶液を良好に、かつ効率的に製造でき、金属ナノ粉の生産性をより向上できると期待される。
遊離炭酸発生源の他の例として、後述するカルボン酸と反応して遊離炭酸を生成するものが挙げられる。具体的には、炭酸水、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、炭酸カリウム、及び炭酸水素カリウムからなる群より選ばれる1種、又は2種以上が挙げられる。炭酸水や上記の炭酸塩はいずれも、所望の遊離炭酸が得られるように添加量を調整し、カルボン酸溶液に混合する。特に、炭酸塩を用いる場合、1種でも、2種以上の複数を混合してもよい。この炭酸水や炭酸塩を用いる形態では、カルボン酸溶液に定量を添加したら、反応完了まで添加し続けなくてもよく、前駆体溶液の作製雰囲気を所望の雰囲気に維持し易い。なお、炭酸水は、遊離炭酸を含み得るが、カルボン酸との反応により、遊離炭酸をより多く、より確実に発生できる。
遊離炭酸発生源として上記炭酸水や炭酸塩を用いる場合、その添加量は、炭酸金属錯体を生成可能な十分な量を選択するとよい。具体的には、原料金属粉のモル数(複数種の材質を用いる場合には合計モル数)を1とするとき、遊離炭酸発生源のモル数(複数種の材質を用いる場合には合計モル数)を2倍以上9倍以下とすることが挙げられる。即ち、上述の炭酸モル比を遊離炭酸発生源:金属=2:1〜9:1とする。遊離炭酸発生源のモル数を原料金属粉のモル数の2倍以上とすることで、遊離炭酸が十分に存在して、金属と遊離炭酸との結合反応を過不足なく良好に行える。また、遊離炭酸が十分に存在することで、金属炭酸塩の沈殿が優位になったり、溶液中の溶媒が水の場合に水と金属との酸化反応が優位になったりして、金属の溶解反応性が低下することも抑制できる。遊離炭酸発生源のモル数が多いほど、金属の溶解反応や金属との結合反応を良好に行えるが、多過ぎると、カルボン酸と遊離炭酸との反応が顕著になって金属の溶解反応性の低下を招く恐れがある。従って、遊離炭酸発生源のモル数は原料金属粉のモル数の9倍以下が好ましい。炭酸モル比が2:1〜9:1の範囲では、均質で、炭酸金属錯体が安定して存在する前駆体溶液を良好に製造できる。上述の炭酸モル比は、遊離炭酸発生源:金属=2:1〜6:1がより好ましい。
本発明では、炭酸金属錯体の溶液の製造にあたり、カルボン酸を利用することを特徴の一つとする。カルボン酸は、弱酸であることから、カルボン酸溶液に原料金属粉を混合すると、原料金属粉を構成する各原料金属粒子と穏やかに反応でき、かつキレート作用を有することから、原料金属粒子の表面から内部に至って反応を進行でき、原料金属粉を溶解できる。つまり、強酸を用いる場合と異なり、カルボン酸を用いる本発明では、原料金属粉と酸とを完全に反応させられる。かつ、本発明では、上述の遊離炭酸がカルボン酸溶液中に存在することで、カルボン酸によって溶解された金属と遊離炭酸とが速やかに反応して、炭酸金属錯体を生成でき、かつ炭酸金属錯体を安定して維持できる。従って、カルボン酸と遊離炭酸発生源との双方を用いる本発明では、金属炭酸塩の沈殿を抑制でき、炭酸金属錯体が安定して存在する前駆体溶液を製造できる。また、前駆体溶液中の炭酸金属錯体から、粒径がナノオーダーである超微細な金属酸化物の粒子を製造でき、この金属酸化物粒子を還元することで微細な金属粒子を製造できる。
カルボン酸は、オレイン酸といった不飽和カルボン酸を除く種々のものが好ましい。特に、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、マロン酸、フタル酸、コハク酸、マレイン酸、及びグルコン酸からなる群より選ばれる1種以上の酸(果実酸と呼ばれることがある)が好適に利用できる。列挙した酸はいずれも市販されており、容易に入手可能である。複数の異なるカルボン酸を組み合わせて用いてもよい。
カルボン酸溶液は、代表的には、溶媒に蒸留水を用いた水溶液や、アルコール溶液が挙げられる。
カルボン酸溶液中のカルボン酸の含有量は、主として原料金属粉の添加量に応じて調整するとよい。例えば、原料金属粉のモル数(複数種の材質を用いる場合には合計モル数)を1とするとき、カルボン酸のモル数(複数種の材質を用いる場合には合計モル数)を2倍以上8倍以下とすることが挙げられる。即ち、上述のカルボン酸モル比をカルボン酸:金属=2:1〜8:1とする。カルボン酸のモル数を原料金属粉のモル数の2倍以上とすることで、カルボン酸が十分に存在するため、原料金属粉の溶解を過不足なく良好に行える上に、炭酸金属錯体を安定して存在させられる。かつ、カルボン酸が十分に存在することで、遊離炭酸発生源に上述の炭酸水や炭酸塩を用いた場合には、カルボン酸による遊離炭酸の生成も良好に行える。更に、カルボン酸がある程度多いほど、金属酸化物の粒径を微細にできる傾向にある。加えて、カルボン酸が十分に存在することで、上述のように遊離炭酸を十分に生成できることから、結果として、金属炭酸塩の沈殿が優位になったり、溶媒が水の場合に水と金属との酸化反応が優位になったりして原料金属粉の溶解や遊離炭酸との結合反応が低下することも抑制できる。しかし、カルボン酸が多過ぎると、カルボン酸と遊離炭酸との反応が顕著になって金属の溶解反応性の低下を招く恐れがある。従って、カルボン酸のモル数は、原料金属粉のモル数の8倍以下が好ましい。カルボン酸モル比が2:1〜8:1の範囲では、均質で、炭酸金属錯体が安定して存在する前駆体溶液を良好に製造できる。また、本発明では、遊離炭酸発生源を併用することで、金属の溶解反応性や遊離炭酸との結合反応性を高められることから、炭酸金属錯体の形成時間(反応時間)を短縮でき、製造時間の短縮を図ることができる。例えば、遊離炭酸発生源を用いない場合と比較して、金属粉末1kgあたりの製造時間を1/2〜1/3程度に短縮できると期待される。更に、上述の反応性の向上によって、カルボン酸の使用量も低減でき、原料費用も低減できる。これらの点からも、本発明は、金属ナノ粉の生産性の向上に寄与すると期待される。カルボン酸モル比は、カルボン酸:金属=2:1〜6:1がより好ましい。なお、カルボン酸の添加と遊離炭酸発生源の添加とはいずれが先でもよい。
前駆体溶液の製造にあたり、原料金属粉とカルボン酸溶液と遊離炭酸発生源との混合液は、室温(例えば25℃程度)であっても、原料金属粉を溶解して炭酸金属錯体を生成できる。しかし、上記混合液の温度を高めると、原料金属粉の溶解の進行や溶解した金属と遊離炭酸との結合を促進でき、前駆体溶液の製造時間を短縮できる。特に、上記混合液の温度を40℃以上とすると上述の溶解や結合を進行し易い。上記混合液の温度が高いほど、上述の溶解や結合を促進でき、50℃以上、更に60℃以上とすることで、上記製造時間をより短縮でき、ひいては金属ナノ粉の生産性を向上できる。但し、カルボン酸溶液が水溶液である場合、上記混合液の温度を100℃超とすると、水が蒸発する際に生じる酸素によって、原料金属粒子の表面に皮膜(酸化膜)が形成され、この皮膜によって原料金属粒子の内部までカルボン酸と反応することを阻害する恐れがある。また、上記混合液の温度を低くすれば、加熱エネルギーも低減でき、生産性の向上に寄与できる。従って、上記混合液の温度は100℃以下が好ましく、85℃以下がより好ましい。また、100℃以下であれば、工業的量産にあたり、上記混合液を取り扱い易い。
前駆体溶液の製造にあたり、原料金属粉とカルボン酸溶液と遊離炭酸発生源との混合液は、水素イオン指数(pH)を1超5以下(1×10-1mol/リットル超1×10-5mol/リットル以下)の範囲で調整することができる。この範囲では、遊離炭酸における水素との再結合を抑制でき、原料金属粉の溶解及び遊離炭酸との結合反応を良好に行えることから、炭酸金属錯体溶液を安定して製造できる。pHが大き過ぎると、原料金属粉の溶解が不十分になったり、カルボン酸による錯体の安定化が阻害されたりする。pHを2以上4以下とすると、炭酸金属錯体をより安定して得られ易い上に、利用し易いと期待される。pHの調整には、代表的には、水酸化ナトリウムやアンモニウム塩などのアルカリ塩を添加することが挙げられる。アルカリ塩の添加量を多くすると、pHが大きくなる。
前駆体溶液を作製するときの雰囲気は、不活性ガス雰囲気が好ましい。また、雰囲気中の酸素濃度が体積割合で100ppm以下、更に80ppm以下の低酸素雰囲気、特に非酸素雰囲気が好ましい。不活性ガス雰囲気とすることで、原料金属粉はもちろん、溶解された金属と、雰囲気ガス自体とが反応することを防止できる。また、溶解された金属と、雰囲気中の酸素、大気中の酸素や水分とが反応することも防止できる。その結果、前駆体溶液の作製時に金属酸化物や金属炭酸塩の沈殿物が生成されることを防止できる。
より具体的な不活性ガス雰囲気として、Ar,He,及びNeといった希ガス、及び窒素からなる群より選ばれる1種のガス、又は2種以上の混合ガスが挙げられる。希ガスや窒素ガス、これらの混合ガスはいずれも、原料金属粉や溶解された金属、炭酸金属と実質的に反応しない。従って、雰囲気ガスをこれらのガスとすることで、炭酸金属錯体を安定して形成できるため、前駆体溶液を良好に製造できる。単一種のガス雰囲気とすると、制御が容易であり利用し易い。
前駆体溶液の作製にあたり、例えば、密閉容器内に所望の雰囲気ガスを封止した状態とすることができる。密閉容器内に雰囲気ガスを流通させるフロー雰囲気とすると、密閉容器内に外部からの酸素が侵入し難く、上述の低酸素雰囲気、好ましくは非酸素雰囲気を維持し易い。フロー雰囲気とする場合のガスの流量は、例えば、3リットル/min以上10リットル/min以下が挙げられる。上記流量を3リットル/min以上とすることで、反応によって生じて溶液外に放出されたCO2ガスや、外部から侵入し得る大気中の酸素を雰囲気外に効率的に除去できるため、これらのガスが溶液中に溶解又は再溶解して、(粗大な)金属酸化物や金属炭酸塩の沈殿が生じることを抑制できることから、炭酸金属錯体溶液を良好に製造できる。10リットル/min以下とすることで、未反応の遊離炭酸を溶液外に、更には雰囲気外に除去できるため、溶液内に滞留した過剰な遊離炭酸と炭酸金属錯体との再反応による金属炭酸塩の沈澱を防ぐことができる。上記流量は4リットル/min以上8リットル/min以下がより好ましい。
その他、溶液作製工程では、原料金属粉を構成する金属が磁性体であり、製造しようとする金属も磁性体である場合、磁場を印加することができる。磁場の印加によって、磁場の印加方向に細長く金属成分を凝集させられる結果、アスペクト比が大きな金属酸化物粒子、つまり細長い粒子が得られ、この金属酸化物粒子を還元することで、アスペクト比が大きな金属粒子が得られる。アスペクト比が大きな金属粒子は、形状異方性によって磁気特性に優れる。従って、このような形状異方性を有する金属ナノ粉末は磁性部材の原料に好適に利用できる。アスペクト比が大きな粒子を得るためには、印加磁場は、3T以上、更に5T以上が好ましい。磁場の印加には、常電導コイルや超電導コイルによるパルス磁場を利用することができる。
(乾燥工程)
前駆体溶液は、カルボン酸溶液の溶媒(水など)を含んだ湿潤状態である。また、前駆体溶液中の炭酸金属錯体は、炭酸を含んだ状態である。そこで、乾燥工程では、前駆体溶液から主として上記溶媒を除去すると共に、炭酸成分(代表的には二酸化炭素)を除去する。乾燥は、所定の温度に保持した熱処理炉に前駆体溶液を載置して排気しながら行うと、水などの溶媒や炭酸成分を効率よく除去できる。乾燥条件は、温度が140℃以上(好ましくは145℃以上)270℃以下、保持時間が1時間以上3時間以下、が挙げられる。乾燥工程の雰囲気は、大気雰囲気、真空雰囲気、窒素雰囲気が挙げられる。乾燥工程や後述する分離工程は大気雰囲気とすると、制御が容易であり、作業性に優れる。なお、反応が完全に完了した前駆体溶液は、大気中の酸素や水分などと実質的に反応しない。そのため、前駆体溶液を例えば大気中などで保管しておき、所望のときに乾燥工程、後述の分離工程及び還元工程を行うことができる。
(分離工程)
乾燥工程を経て、炭酸成分が除去された金属錯体を含有する乾燥体(ゲル状固体)が得られる。この乾燥体は、カルボン酸の有機成分を含んだ状態である。そこで、分離工程では、主として有機成分(錯体)を除去して、金属錯体を金属酸化物にする。有機成分の除去は、所定の温度に保持した熱処理炉に乾燥体を載置して排気しながら行うと、有機成分を効率よく除去できる。分離工程の熱処理条件は、加熱温度が320℃以上500℃以下、保持時間が20分以上4時間以下、が挙げられる。上記の範囲とすることで、有機成分を完全に除去できる上に、残存する溶媒や炭酸成分も確実に除去できる。加熱温度が高いほど、又は保持時間が長いほど、有機成分の除去の確実性を高められるが、生成される粒子が熱によって成長して粗大化し易くなる。この粒子は後述する還元工程でも加熱されることを考慮すると、分離工程では、上述のように加熱温度は500℃以下、保持時間は4時間以下が好ましい。分離工程の熱処理条件は、加熱温度が350℃以上460℃以下、保持時間が30分以上2時間以下、がより好ましい。分離工程の雰囲気は、大気雰囲気、アルゴン雰囲気、窒素雰囲気が挙げられる。乾燥体の大きさによっては、予め粉砕すると、熱処理を均一的に施せて好ましく、量産性に優れる。
分離工程を経て得られる金属酸化物の粒子は、粒径がナノオーダーの超微細な粒子である。特に、本発明では、カルボン酸に加えて、遊離炭酸発生源を利用することで、遊離炭酸発生源を利用しない場合と比較して、原料金属粉の溶解及び遊離炭酸との結合を均一的に行い易い。そのため、上記工程によって、均一的な粒度分布を有する金属酸化物粉末を製造できる。
(還元工程)
この工程では、分離工程を経て得られた金属酸化物に還元処理を施して、金属酸化物中の酸素を除去して、金属酸化物を金属にする。還元条件は、加熱温度が300℃以上550℃以下、保持時間が10分以上3時間以下、還元雰囲気、が挙げられる。還元処理を上記の条件とすることで、酸素を除去できる上に、残存する有機成分を完全に除去できる。加熱温度が高いほど、又は保持時間が長いほど、酸素の除去の確実性を高められるが、熱によって粒子が成長して粗大化し易くなる。従って、還元条件は、上述のように加熱温度が550℃以下、保持時間が3時間以下、が好ましい。還元条件は、加熱温度が350℃以上440℃以下、保持時間が20分以上2時間以下、がより好ましい。還元雰囲気は、還元性が高い水素を含む雰囲気が好ましい。例えば、水素のみの雰囲気、水素と上述の不活性ガスとの混合雰囲気(水素割合は30体積%以上)が挙げられる。特に、水素のみの雰囲気では、還元性が非常に高いため、酸素が残存し難くて好ましい。この還元工程によって、金属ナノ粉、好ましくは均一的な粒度分布を有する金属ナノ粉末を製造できる。また、還元工程を経て形成された金属粉末は、還元前の金属酸化物に比較して、酸素が除去されたことで、若干小さくなる場合がある。
[金属粉末]
本発明の金属粉末は、構成する各金属粒子の粒径が上述のようにナノオーダーであり、代表的には平均粒径が200nm以下であるものが挙げられる。原料金属粉の大きさ、上述の炭酸モル比やカルボン酸モル比、溶液作製工程の混合液の温度、分離工程や還元工程の加熱温度や保持時間などを調整することで、平均粒径が180nm以下、更に160nm以下、100nm以下、60nm以下といったより微細な金属ナノ粉とすることができる。また、平均粒径が8nm以上、更に9nm以上、10nm以上、15nm以上であると、原料の準備や製造条件の調整・制御を行い易く、生産性に優れると期待される。
本発明の金属粉末を構成する金属は、実質的に1種の金属元素のみからなる純金属、2種又は3種以上の金属元素を含む合金(2元合金、3元合金、又はそれ以上の合金)の双方がある。具体的な金属元素として、Fe,Co,Ni,Zn,Cu,Mn及びCrからなる群より選ばれる1種以上が挙げられる。このうち、Fe,Co,Niといった鉄族金属元素を含む金属は、磁性体が多く、磁性部材の原料に利用できる。例えば、Feと、Fe以外の金属元素とを含む合金として、Feと、Co,Ni,Zn,Cu,Mn及びCrからなる群より選ばれる1種以上の元素とを含有する合金(Feの含有量は20質量%以上)が挙げられる。特に、Fe-Ni合金、Fe-Co合金、Ni-Co合金、Fe-Ni-Co合金からなる金属ナノ粉は、磁性部材の原料に好適に利用できる。
以下、試験例を挙げて、本発明のより具体的な形態を説明する。後述する各試験例はいずれも、溶液の作製→乾燥→分離→還元という工程を経て粉末を製造し、得られた粉末の材質、平均粒径、及び磁気特性を調べた。但し、後述する各試験例ではそれぞれ、異なる条件により粉末を製造した。以下、詳細に説明する。
[試験例1]
この試験では、原料金属粉とカルボン酸と遊離炭酸発生源との混合液の温度を変化させた。
原料金属粉として、平均粒径が50μmの還元鉄粉(純鉄粉)と、平均粒径が50μmのニッケル粉末(純ニッケル粉)とを用意した。各原料金属粉の平均粒径は、市販のレーザ回折式粒度分布測定装置を用いて湿式法により測定した。この平均粒径の測定は、後述する試験例も同様である。
秤量したクエン酸と蒸留水とを混合して、カルボン酸溶液としてクエン酸水溶液を作製した。このクエン酸水溶液と、用意した還元鉄粉及びニッケル粉末との混合水溶液を作製した。還元鉄粉とニッケル粉末との配合比は、モル比でFe:Ni=3.9:13.6とした。遊離炭酸発生源として炭酸水素ナトリウムを用意してこの混合水溶液に添加して混合液とした。この試験では、25℃,40℃,63℃,100℃,120℃に混合液を保持して、試験溶液を作製した。混合液におけるクエン酸のモル数と原料金属粉のモル数(ここでは還元鉄粉とニッケル粉末との合計モル数、以下同様)との比率はクエン酸:金属=4:1とし、炭酸水素ナトリウムのモル数と原料金属粉のモル数との比率は、炭酸水素ナトリウム:金属=3:1とした。混合液のpHは2とした。また、試験溶液の作製は、Arガスを流量6リットル/min(L/min)で流通させて、雰囲気中の酸素量が体積割合で60ppmである不活性ガスのフロー雰囲気下で行った。
その結果、混合液の温度を40℃以上100℃以下とすると、原料金属粉の溶解及び遊離炭酸との結合反応が十分に生じて、均一的な炭酸金属錯体溶液(前駆体溶液、ゾル)が得られた。この炭酸金属錯体溶液の製造に要した時間(混合から反応終了までの時間)は、0.5day/1kg程度である。一方、40℃未満とすると、原料金属粉の溶解が生じるものの、反応性がよくなく、反応時間の長大化を招く恐れがある。他方、100℃超とすると、原料金属粉の溶解や遊離炭酸との結合反応が十分に行われなかった。この理由は、溶媒である蒸留水が沸騰して、原料金属粉を構成する原料金属粒子の表面に皮膜が生じ、溶解反応を阻害したためと考えられる。
得られた試験溶液を160℃の加熱状態(大気雰囲気)に2時間保持して乾燥した後、コーミル粉砕機で粉砕した。粉砕粉末に、大気中で450℃×2h(120min)の熱処理(分離)を施した後、水素雰囲気中で420℃×1h(60min)の条件で還元処理を行った。その結果、いずれの試料も粉末が得られた。
還元後に得られた各試料の粉末をX線回折によって結晶相分析を行った。その結果、及び製造条件を表1に示す。また、得られた各試料の粉末の粒径を市販の粒度分布測定装置(日機装株式会社製 マイクロトラックBlueRaytrac)によって測定した。その結果を表1に示す。更に、得られた各試料の磁気特性を調べた。その結果を表1に示す。ここでは、振動試料型磁力計(VSM-5SC-5HF型、東英工業株式会社製)により飽和磁化(G)を測定した。なお、G=kA/mである。
結晶相分析を行った結果、いずれの試料も、金属の存在が確認できた。このことから、原料金属粉とカルボン酸溶液と遊離炭酸発生源との混合液を用いることで、金属の粉末を生成できることが確認できた。特に、混合液の温度を40℃,63℃,100℃とした試料No.1-2〜No.1-4では、Fe-78.5Niという2元合金の存在が確認できた(質量割合、以下同様)。また、試料No.1-2〜No.1-4では、Fe-78.5Ni以外の相の存在が実質的に確認できなかった。更に、試料No.1-2〜No.1-4で確認されたFe-78.5Niは、表1に示すようにいずれも平均粒径が65nm以下のナノ粉である上に、これらのナノ粉は、粒径のばらつきも小さく、均一的な粒度分布を有していた。このようなFe-78.5Niからなるナノ粉は、表1に示すように飽和磁化が高く(ここでは760(G)以上)、磁気部材の原料などに好適に利用できるといえる。
一方、混合液の温度を25℃とした試料No.1-1、及び120℃とした試料No.1-5では、Fe,NiとFe-78.5Niとが存在した。また、これらの試料は200nm以下の粒子も存在するものの粒径のばらつきが大きい上に平均粒径も大きく(ここでは生成した全ての粒子を混合した状態で平均粒径を測定した。以下同様)、一般にナノ粉と呼ばれる大きさ(代表的には平均粒径200nm以下)ではない。この理由は、上記温度が低過ぎる場合、上述のように溶解反応性に劣ることから炭酸金属錯体を良好に形成できず、合金化し難くなったり、粗大な粒子が生成され易くなったりしたためと考えられる。上記温度が高過ぎる場合、上述のように皮膜によって溶解反応が阻害されて、合金化し難くなったり、粗大な粒子が生成され易くなったりしたためと考えられる。また、試料No.1-1,No.1-5の生成相は、Fe-78.5Niのみである試料No.1-2〜No.1-4よりも磁気特性に劣る(ここでは生成した全ての粒子を混合した状態で磁気特性を測定した。以下同様)。このことから、原料金属粉とカルボン酸溶液と遊離炭酸発生源との混合液を40℃以上100℃以下とすることで、前駆体溶液を良好に製造できる結果、金属ナノ粉(ここでは合金ナノ粉)を良好にかつ安定して量産できるといえる。
[試験例2]
この試験では、原料金属粉の大きさを変化させた。
原料金属粉として、平均粒径が0.3μm,1μm,50μm,100μm,250μmの還元鉄粉(純鉄粉)と、平均粒径が0.3μm,1μm,50μm,100μm,250μmのニッケル粉末(純ニッケル粉)とを用意した(配合比はいずれもFe:Ni=3.9:13.4)。原料金属粉の大きさを変更した点、混合液の温度を63℃とした点以外は、試験例1と同様の条件にして、不活性ガスのフロー雰囲気下で試験溶液を作製した。その結果、原料に、平均粒径が1μm以上100μm以下の金属粉を用いると、2種類の原料金属粉を良好にかつ均一的に溶解でき、均一的な炭酸金属錯体溶液(前駆体溶液、ゾル)が得られた。一方、原料に、平均粒径が1μm未満の金属粉を用いると、原料粉末が嵩高くて取り扱い難い上に、原料金属粉の表面に皮膜が生じ易くなり、溶解反応性に劣る。他方、原料に、平均粒径が100μm超の金属粉を用いると、その他の試料に比較して、完全に溶解するまでの時間が長くなった。
得られた試験溶液に、試験例1と同様の条件で乾燥、粉砕、分離、還元を施した。その結果、いずれの試料も粉末が得られた。得られた粉末について、試験例1と同様にして、結晶相分析、平均粒径の測定、磁気特性の測定を行った。その結果及び製造条件を表2に示す。
結晶相分析を行った結果、いずれの試料も、金属の存在が確認できた。特に、この試験では、原料金属粉の平均粒径を1μm以上100μm以下とした試料No.2-2〜No.2-4では、Fe-78.5Niという2元合金の存在が確認でき、Fe-78.5Ni以外の相の存在が実質的に確認できなかった。また、試料No.2-2〜No.2-4で確認されたFe-78.5Niは、表2に示すようにいずれも平均粒径が70nm以下のナノ粉である上に、粒径のばらつきも小さく、均一的な粒度分布を有していた。このようなFe-78.5Niからなるナノ粉は、表2に示すように飽和磁化が高く(ここでは710(G)以上)、磁気部材の原料などに好適に利用できるといえる。
一方、原料金属粉の平均粒径を1μm未満とした試料No.2-1、及び100μm超とした試料No.2-5では、Fe,NiとFe-78.5Niとが存在した。また、これらの試料は200nm以下の粒子も存在するものの粒径のばらつきが大きい上に平均粒径も大きく、一般にナノ粉と呼ばれる大きさではない。この理由は、粗大な原料を用いた場合、溶解に時間がかかり溶解が不十分となることで、合金化し難くなったり、粗大な粒子が生成され易くなったりしたためと考えられる。微細な原料を用いた場合、上述の皮膜の存在によって溶解が阻害されることで、合金化し難くなったり、粗大な粒子が生成され易くなったりしたためと考えられる。このことから、原料金属粉の平均粒径を1μm以上100μm以下とすることで、前駆体溶液を良好に製造できる結果、金属ナノ粉(ここでは合金ナノ粉)を良好にかつ安定して量産できるといえる。
[試験例3]
この試験では、カルボン酸のモル数と原料金属粉のモル数との比率(カルボン酸モル比)を変化させた。
原料金属粉として、試験例1と同様の大きさ、材質のもの(平均粒径が50μmの還元鉄粉及びニッケル粉末)と、試験例1と同様のクエン酸水溶液及び炭酸水素ナトリウムとを用意して、試験例1と同様にして混合液を作製した。混合液におけるクエン酸のモル数と原料金属粉のモル数との比率を変更した点、混合液の温度を63℃とした点以外は、試験例1と同様の条件にして、不活性ガスのフロー雰囲気下で試験溶液を作製した。この試験では、カルボン酸モル比がクエン酸:金属=1:1、2:1、4:1、8:1、14:1を満たすように、クエン酸と原料金属粉とを用意した。なお、この試験では、いずれの試料も原料金属粉の溶解が生じた。
得られた試験溶液に、試験例1と同様の条件で乾燥、粉砕、分離、還元を施した。その結果、いずれの試料も粉末が得られた。得られた粉末について、試験例1と同様にして、結晶相分析、平均粒径の測定、磁気特性の測定を行った。その結果及び製造条件を表3に示す。
結晶相分析を行った結果、いずれの試料も、金属の存在が確認できた。特に、この試験では、カルボン酸モル比を2:1〜8:1とした試料No.3-2〜No.3-4では、Fe-78.5Niという2元合金の存在が確認でき、Fe-78.5Ni以外の相の存在が実質的に確認できなかった。また、試料No.3-2〜No.3-4で確認されたFe-78.5Niは、表3に示すようにいずれも平均粒径が75nm以下のナノ粉である上に、粒径のばらつきも小さく、均一的な粒度分布を有していた。この理由は、原料金属粉を良好にかつ均一的に溶解でき、均一的な炭酸金属錯体溶液(前駆体溶液、ゾル)が得られたためと考えられる。このようなFe-78.5Niからなるナノ粉は、表3に示すように飽和磁化が高く(ここでは700(G)以上)、磁気部材の原料などに好適に利用できるといえる。
一方、カルボン酸モル比を1:1とした試料No.3-1、及び14:1とした試料No.3-5では、Fe,NiとFe-78.5Niとが存在した。また、これらの試料は200nm以下の粒子も存在するものの粒径のばらつきが大きい上に平均粒径も大きく、一般にナノ粉と呼ばれる大きさではない。この理由は、原料金属粉に対するカルボン酸のモル数が小さ過ぎると、水との酸化反応や、炭酸鉄などの金属炭酸塩の沈殿が優位になる結果、原料金属粉の溶解や遊離炭酸との結合反応が低下し、合金化し難くなったり、粗大な粒子が生成され易くなったりしたためと考えられる。カルボン酸のモル数が大き過ぎると、遊離炭酸とカルボン酸との反応が顕著になる結果、原料金属粉の溶解や遊離炭酸との結合反応が低下し、合金化し難くなったり、粗大な粒子が生成され易くなったりしたためと考えられる。このことから、混合液におけるカルボン酸のモル数は原料金属粉のモル数の10倍以下とすること、好ましくはカルボン酸:金属=2:1〜8:1にすることで、前駆体溶液を良好に製造できる結果、金属ナノ粉(ここでは合金ナノ粉)を良好にかつ安定して量産できるといえる。
[試験例4]
この試験では、原料金属粉とカルボン酸と遊離炭酸発生源との混合液のpHを変化させた。
原料金属粉として、試験例1と同様の大きさ、材質のもの(平均粒径が50μmの還元鉄粉及びニッケル粉末)と、試験例1と同様のクエン酸水溶液及び炭酸水素ナトリウムとを用意して、試験例1と同様にして混合液を作製した。混合液におけるpHを変更した点、混合液の温度を63℃とした点以外は、試験例1と同様の条件にして、不活性ガスのフロー雰囲気下で試験溶液を作製した。この試験では、混合液に水酸化ナトリウムを添加し、その添加量を調整することで混合液のpHの調整を行い、pHを1,2,5,10とした。この試験では、いずれの試料も原料金属粉の溶解が生じた。特に、pHを2以上5以下とすると、原料金属粉が均一的にかつ良好に溶解でき、均一的な炭酸金属錯体溶液(前駆体溶液、ゾル)が得られた。一方、pHが小さ過ぎると、遊離炭酸と水素との再結合が生じて、原料金属粉の溶解や炭酸金属錯体の形成を阻害し、pHが大き過ぎると、原料金属粉の溶解や炭酸金属錯体の安定化が阻害される。
得られた試験溶液に、試験例1と同様の条件で乾燥、粉砕、分離、還元を施した。その結果、いずれの試料も粉末が得られた。得られた粉末について、試験例1と同様にして、結晶相分析、平均粒径の測定、磁気特性の測定を行った。その結果及び製造条件を表4に示す。
結晶相分析を行った結果、いずれの試料も、金属の存在が確認できた。特に、この試験では、混合液のpHを2,5とした試料No.4-2,No.4-3では、Fe-78.5Niという2元合金の存在が確認でき、Fe-78.5Ni以外の相の存在が実質的に確認できなかった。また、試料No.4-2,No.4-3で確認されたFe-78.5Niは、表4に示すようにいずれも平均粒径が80nm以下のナノ粉である上に、粒径のばらつきも小さく、均一的な粒度分布を有していた。このようなFe-78.5Niからなるナノ粉は、表4に示すように飽和磁化が高く(ここでは720(G)以上)、磁気部材の原料などに好適に利用できるといえる。
一方、混合液のpHを1とした試料No.4-1、及び10とした試料No.4-4では、Fe,NiとFe-78.5Niとが存在した。また、これらの試料は200nm以下の粒子も存在するものの粒径のばらつきが大きい上に平均粒径も大きい。この理由は、pHが小さ過ぎても大き過ぎても、上述のように金属の溶解が阻害されて、合金化し難くなったり、粗大な粒子が生成され易くなったりしたためと考えられる。このことから、混合液のpHを1超5以下とすることで、前駆体溶液を良好に製造できる結果、金属ナノ粉(ここでは合金ナノ粉)を良好にかつ安定して量産できるといえる。
[試験例5]
この試験では、遊離炭酸発生源のモル数と原料金属粉のモル数との比率(炭酸モル比)を変化させた。
原料金属粉として、試験例1と同様の大きさ、材質のもの(平均粒径が50μmの還元鉄粉及びニッケル粉末)と、試験例1と同様のクエン酸水溶液及び炭酸水素ナトリウムとを用意して、試験例1と同様にして混合液を作製した。混合液における炭酸水素ナトリウムのモル数と原料金属粉のモル数との比率を変更した点、混合液の温度を63℃とした点以外は、試験例1と同様の条件にして、不活性ガスのフロー雰囲気下で試験溶液を作製した。この試験では、炭酸モル比が炭酸:金属=1:1,2:1,3:1,9:1,13:1を満たすように、炭酸水素ナトリウムと原料金属粉とを用意した。なお、この試験では、いずれの試料も原料金属粉の溶解が生じた。原料金属粉のモル数に対する遊離炭酸発生源のモル数が2倍未満の場合(ここでは炭酸モル比が1:1の場合)、炭酸鉄などの金属炭酸塩の沈殿や水溶液中の水と原料金属粉との酸化反応が優位になって、金属の溶解反応性に劣り、9倍超の場合(ここでは炭酸モル比が13:1の場合)、カルボン酸と遊離炭酸との反応が顕著となって、金属の溶解反応性に劣る。
得られた試験溶液に、試験例1と同様の条件で乾燥、粉砕、分離、還元を施した。その結果、いずれの試料も粉末が得られた。得られた粉末について、試験例1と同様にして、結晶相分析、平均粒径の測定、磁気特性の測定を行った。その結果及び製造条件を表5に示す。
結晶相分析を行った結果、いずれの試料も、金属の存在が確認できた。特に、この試験では、炭酸モル比を2:1〜9:1とした試料No.5-2〜No.5-4では、Fe-78.5Niという2元合金の存在が確認でき、Fe-78.5Ni以外の相の存在が実質的に確認できなかった。また、試料No.5-2〜No.5-4で確認されたFe-78.5Niは、表5に示すようにいずれも平均粒径が105nm以下のナノ粉である上に、粒径のばらつきも小さく、均一的な粒度分布を有していた。この理由は、原料金属粉を良好にかつ均一的に溶解でき、均一的な炭酸金属錯体溶液(前駆体溶液、ゾル)が得られたためと考えられる。このようなFe-78.5Niからなるナノ粉は、表5に示すように飽和磁化が高く(ここでは700(G)以上)、磁気部材の原料などに好適に利用できるといえる。
一方、炭酸モル比を1:1とした試料No.5-1、及び13:1とした試料No.5-5では、Fe,NiとFe-78.5Niとが存在した。また、これらの試料は200nm以下の粒子も存在するものの粒径のばらつきが大きい上に平均粒径も大きく、一般にナノ粉と呼ばれる大きさではない。この理由は、原料金属粉に対する遊離炭酸発生源のモル数が小さ過ぎても大き過ぎても、金属の溶解反応性を低下させて、合金化し難くなったり、粗大な粒子が生成され易くなったりしたためと考えられる。このことから、混合液における遊離炭酸発生源のモル数は原料金属粉のモル数の2倍以上9倍以下とすること、即ち、炭酸モル比を炭酸:金属=2:1〜9:1にすることで、前駆体溶液を良好に製造できる結果、金属ナノ粉(ここでは合金ナノ粉)を良好にかつ安定して量産できるといえる。
[試験例6]
この試験では、試験溶液の作製中の雰囲気ガスの流量を変化させた。
原料金属粉として、試験例1と同様の大きさ、材質のもの(平均粒径が50μmの還元鉄粉及びニッケル粉末)と、試験例1と同様のクエン酸水溶液及び炭酸水素ナトリウムとを用意して、試験例1と同様にして混合液を作製した。不活性ガスのフロー雰囲気の形成にあたり、不活性ガス(ここではArガス)の流量を変更した点、混合液の温度を63℃とした点以外は、試験例1と同様の条件にして、不活性ガスのフロー雰囲気下で試験溶液を作製した。この試験では、Arガスの流量を1リットル/min,4リットル/min,6リットル/min,10リットル/min,12リットル/minとした。いずれの試料も、雰囲気中の酸素量は体積割合で60ppmである。この試験では、いずれの試料も原料金属粉の溶解が生じた。Arガスの流量を3リットル/min以上10リットル/min以下とすると、原料金属粉を良好にかつ均一的に溶解でき、均一的な炭酸金属錯体溶液(前駆体溶液、ゾル)が得られた。Arガスの流量を3リットル/min未満とすると、反応によって生じて溶液外に放出されたCO2ガスや、大気中の酸素を雰囲気外に効率よく除去し難くなり、これらのガスに起因して粗大な金属酸化物が形成され易くなる。10リットル/min超とすると、未反応の遊離炭酸を溶液外に、更には雰囲気外に十分に除去できず、溶液内に滞留した過剰の遊離炭酸と炭酸金属錯体とが再反応して、金属炭酸塩の沈澱を形成したり、粗大な金属炭酸塩の形成によって最終的に粗大な金属粒子の形成を促進したりする。
得られた試験溶液に、試験例1と同様の条件で乾燥、粉砕、分離、還元を施した。その結果、いずれの試料も粉末が得られた。得られた粉末について、試験例1と同様にして、結晶相分析、平均粒径の測定、磁気特性の測定を行った。その結果及び製造条件を表6に示す。
結晶相分析を行った結果、いずれの試料も、金属の存在が確認できた。特に、この試験では、試験溶液の作製雰囲気を不活性ガスのフロー雰囲気とし、このガスの流量を3リットル/min以上10リットル/min以下とした試料No.6-2〜No.6-4では、Fe-78.5Niという2元合金の存在が確認でき、Fe-78.5Ni以外の相の存在が実質的に確認できなかった。また、試料No.6-2〜No.6-4で確認されたFe-78.5Niは、表6に示すようにいずれも平均粒径が140nm以下のナノ粉である上に、粒径のばらつきも小さく、均一的な粒度分布を有していた。このようなFe-78.5Niからなるナノ粉は、表6に示すように飽和磁化が高く(ここでは700(G)以上)、磁気部材の原料などに好適に利用できるといえる。
一方、ガスの流量を小さくした試料No.6-1、及び大きくした試料No.6-5では、Fe,NiとFe-78.5Niとが存在した。また、これらの試料は200nm以下の粒子も存在するものの粒径のばらつきが大きい上に平均粒径も大きく、一般にナノ粉と呼ばれる大きさではない。この理由は、上述のように雰囲気中などの好ましくないガスの存在に起因して合金化し難くなったり、粗大な粒子が生成され易くなったりしたためと考えられる。このことから、前駆体溶液の作製にあたり、雰囲気ガスのフロー雰囲気とする場合、ガスの流量を3リットル/min以上(好ましくは4リットル/min以上)10リットル/min以下とすることで、前駆体溶液を良好に製造できる結果、金属ナノ粉(ここでは合金ナノ粉)を良好にかつ安定して量産できるといえる。
[試験例7]
この試験では、分離工程の条件又は還元工程の条件を変化させた。
原料金属粉として、試験例1と同様の大きさ、材質のもの(平均粒径が50μmの還元鉄粉及びニッケル粉末)と、試験例1と同様のクエン酸水溶液及び炭酸水素ナトリウムとを用意して、試験例1と同様にして混合液を作製した。また、混合液の温度を63℃とした点以外は、試験例1と同様の条件にして、不活性ガスのフロー雰囲気下で試験溶液を作製した(混合液のpH=2)。いずれの試料も、原料金属粉を良好にかつ均一的に溶解でき、均一的な炭酸金属錯体溶液(前駆体溶液、ゾル)が得られた。
得られた試験溶液(前駆体溶液)に、試験例1と同様の条件で乾燥、粉砕を順に行った後、表7,表8に示す条件で熱処理(分離)、還元処理を施した。表7に示す試料No.7-1〜No.7-23は、分離条件を変化させ、表8に示す試料No.8-1〜No.8-26は、還元条件を変化させた。試料No.7-1〜No.7-23の分離条件は、雰囲気を大気とし、加熱温度を250℃,350℃,450℃,500℃,800℃のいずれかとし、保持時間を10min,20min,2h(120min),4h(240min),6h(360min)のいずれかとし、還元条件は、試験例1と同様(420℃×1h(60min)、水素雰囲気)とした。試料No.8-1〜No.8-26の分離条件は、試験例1と同様(450℃×2h(120min)、大気中)とし、還元条件は、雰囲気を水素とし、加熱温度を250℃,300℃,420℃,550℃,650℃のいずれかとし、保持時間を5min,10min,30min,1h(60min),3h(180min),5h(300min)のいずれかとした。その結果、いずれの試料も粉末が得られた。得られた粉末について、試験例1と同様にして、結晶相分析、平均粒径の測定、磁気特性の測定を行った。その結果及び製造条件を表7,表8に示す。
結晶相分析を行った結果、いずれの試料も、金属の存在が確認できた。特に、この試験では、分離条件を、加熱温度を320℃以上500℃以下、保持時間を20分以上4時間以下とした試料No.7-6〜No.7-8,No.7-11〜No.7-13,No.7-16〜No.7-18では、Fe-78.5Niという2元合金の存在が確認でき、Fe-78.5Ni以外の相の存在が実質的に確認できなかった。また、還元条件を、加熱温度を300℃以上550℃以下、保持時間を10分以上3時間以下とした試料No.8-7〜No.8-10,No.8-13〜No.8-16,No.8-19〜No.8-21では、Fe-78.5Niの存在が確認でき、Fe-78.5Ni以外の相の存在が実質的に確認できなかった。そして、これらの試料で確認されたFe-78.5Niは、表7,表8に示すようにいずれも平均粒径が180nm以下のナノ粉である上に、粒径のばらつきも小さく、均一的な粒度分布を有していた。このようなFe-78.5Niからなるナノ粉は、表7,表8に示すように飽和磁化が高く(ここでは700(G)以上)、磁気部材の原料などに好適に利用できるといえる。
一方、分離条件を、加熱温度を320℃未満又は500℃超とした試料No.7-1〜No.7-4,No.7-20〜No.7-23、保持時間を20分未満又は4時間超とした試料No.7-5,No.7-9,No.7-10,No.7-14,No.7-15,No.7-19では、Fe-78.5Niが存在しなかったり、Fe-78.5Niが存在していてもFe-78.5Ni以外の相も存在していたりした。他方、還元条件を、加熱温度を300℃未満又は550℃超とした試料No.8-1〜No.8-5,No.8-23〜No.8-26、保持時間を10分未満又は3時間超とした試料No.8-6,No.8-11,No.8-12,No.8-17,No.8-18,No.8-22では、Fe-78.5Niが存在しなかったり、Fe-78.5Niが存在していてもFe-78.5Ni以外の相も存在していたりした。具体的な生成相を述べると、分離工程や還元工程の加熱温度が低過ぎたり、保持時間が短過ぎたりする試料は、Fe2O3,NiOといった酸化物、Ni,Feといった単体金属が存在し、特に分離工程の加熱温度が低過ぎる試料や加熱温度が低めで保持時間が短過ぎる試料では、上記に加えて、炭酸鉄や炭酸ニッケル、水酸化鉄や水酸化ニッケルも存在したが、いずれの試料もFe-78.5Niを確認できなかった。分離工程や還元工程の加熱温度が高過ぎたり、保持時間が長過ぎたりする試料は、Fe,NiとFe-78.5Niとが存在していた。そして、これらの試料は200nm以下の粒子も存在する試料もあるものの粒径のばらつきが大きい上に平均粒径も大きく、一般にナノ粉と呼ばれる大きさではない。この理由は、分離工程の加熱温度が低過ぎる場合や保持時間が短過ぎる場合、有機成分や水分などが十分に除去できなかったことで、上述の炭酸塩や酸化物が残存し易くなったり、これらの残存物に起因して還元処理も不十分となって粗大な粒子になり易くなったりしたためと考えられる。還元工程の加熱温度が低過ぎる場合や保持時間が短過ぎる場合、酸素などが十分に除去できず、粗大な粒子になり易くなったためと考えられる。分離工程や還元工程の加熱温度が高過ぎる場合や保持時間が長過ぎる場合には、有機成分や酸素などを除去できたものの、成長して粗大な粒子になり易かったためと考えられる。このことから、前駆体溶液に分離及び還元を順に施すにあたり、分離条件を、加熱温度を320℃以上500℃以下(好ましくは350℃以上)、保持時間を20分以上4時間以下、還元条件を、加熱温度を300℃以上550℃以下、保持時間を10分以上3時間以下とすることで、金属ナノ粉(ここでは合金ナノ粉)を良好にかつ安定して量産できるといえる。
[試験例8]
この試験では、試験例1に対して、カルボン酸の種類を異ならせた試料、遊離炭酸発生源の種類を異ならせた試料、原料金属粉の材質を異ならせた試料、雰囲気ガスを異ならせた試料を作製した。
原料金属粉として、表9に示す材質及び平均粒径のものを用意した。そして、各試料の製造条件をそれぞれ表9に示す条件とし、試験例1と同様の手順(試験溶液の作製→乾燥→分離→還元)で粉末を作製した。試験例1に対する主な相違点は、試料No.9-1では、カルボン酸にリンゴ酸を用いた点(混合液の温度63℃)、試料No.10-1では、遊離炭酸発生源に炭酸水素アンモニウムを用いた点(混合液の温度76℃)、試料No.11-1では遊離炭酸発生源に二酸化炭素ガスを用い、原料金属粉とクエン酸水溶液との混合液(混合液の温度70℃)に二酸化炭素ガスをバブリングしながら試験溶液を作製した点(流量は5リットル/min)、試料No.12-1は、試験例1と同様の還元鉄粉(Fe)とコバルト粉末(純コバルト粉、平均粒径40μm)とを用いた点(配合比はモル比でFe:Co=13:7)、試料No.100では、オレイン酸を用いた点、試料No.200では、試験溶液の作製時の雰囲気をアルゴンと酸素との混合ガス(酸素量は体積割合で130ppm)のフロー雰囲気(流量6リットル/min)とした点にある。なお、カルボン酸モル比はカルボン酸:金属(ここでは複数の金属の合計モル比)=3:1〜5:1から、炭酸モル比は遊離炭酸発生源:金属=2:1〜4:1からそれぞれ選択した。
その他、試料No.12-1,No.100,No.200の混合液の温度は63℃とした。試験溶液の作製時の雰囲気ガスの流量はいずれの試料も6リットル/minとした。酸素量は、試料No.12-1,No.200を除きいずれの試料も質量割合で60ppmとし、試料No.12-1は55ppmとし、試料No.200は130ppmとした。pHは試料No.100を除きいずれの試料もpH=2とし、試料No.100はpH=4とした。
得られた各試料の試験溶液に、以下の条件で乾燥を行った後、試験例1と同様にして粉砕を行い、更に表9に示す条件で熱処理(分離条件は400℃〜490℃から選択した温度×2h(120min)、大気中)を施した後、いずれの試料についても420℃×1h(60min)、水素雰囲気の条件で還元処理を施した。その結果、いずれの試料も粉末が得られた。得られた粉末について、試験例1と同様にして、結晶相分析、平均粒径の測定、磁気特性の測定を行った。その結果及び製造条件を表9に示す。乾燥は、以下の温度とし、いずれの試料も大気中で行い、保持時間を2時間とした。試料No.9-1は175℃、試料No.10-1は189℃、試料No.11-1は150℃、試料No.12-1は170℃、試料No.100,No.200は160℃である。
結晶相分析を行った結果、いずれの試料も、金属の存在が確認できた。特に、この試験では、クエン酸やリンゴ酸を用いると共に、前駆体溶液の作製時の雰囲気をArフロー雰囲気とした試料No.9-1〜No.12-1では、Fe-78.5NiやFe0.65Co0.35といった合金(ここではいずれも2元合金)の存在が確認でき、合金以外の相の存在が実質的に確認できなかった。また、試料No.9-1〜No.12-1で確認された合金は、表9に示すようにいずれも平均粒径が65nm以下のナノ粉である上に、粒径のばらつきも小さく、均一的な粒度分布を有していた。この理由は、原料金属粉を良好にかつ均一的に溶解でき、均一的な炭酸金属錯体溶液(前駆体溶液、ゾル)が得られたためと考えられる。特に、Fe-78.5Ni,Fe0.65Co0.35といった合金からなるナノ粉は、表9に示すように飽和磁化が高く(ここでは715(G)以上)があり、磁気部材の原料などに好適に利用できるといえる。
一方、オレイン酸を用いた試料No.100では、Fe,Niのみが存在し、つまり単体金属のみが存在し、試験溶液の作製時の雰囲気を酸素量が多い雰囲気とした試料No.200では、Fe,NiとFe-78.5Niとが存在した。また、これらの試料は200nm以下の粒子も存在するものの粒径のばらつきが大きい上に平均粒径も大きく、一般にナノ粉と呼ばれる大きさではない。この理由は、オレイン酸を用いることで、クエン酸やリンゴ酸を用いた場合のような金属の内部にまで及ぶ溶解反応が生じ難いことで、合金化し難くなったり、粗大な粒子が生成され易くなったりしたためと考えられる。酸素量が多い雰囲気とすることで金属などの酸化反応が優位になって金属の溶解反応性が低下し、合金化し難くなったり、粗大な粒子が生成され易くなったりしたためと考えられる。このことから、オレイン酸ではなく、クエン酸やリンゴ酸といったカルボン酸を用い、前駆体溶液の作製時の雰囲気は酸素量が少ない雰囲気、好ましくは酸素量が体積割合で100ppm以下、より好ましくは80ppm以下の不活性ガス雰囲気とすることで、前駆体溶液を良好に製造できる結果、金属ナノ粉(ここでは合金ナノ粉)を良好にかつ安定して量産できるといえる。
また、この試験結果、及び上述の試験結果から、原料金属粉の材質を変更する他、製造条件を適宜調整することで、種々の材質の金属ナノ粉末、特に合金粉末を製造できることが分かる。
なお、本発明は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱することなく、適宜変更することができる。例えば、カルボン酸の種類、原料金属粉の材質・粒径、遊離炭酸発生源の材質、雰囲気ガスの材質などを適宜変更することができる。